ドラマ

赤城保(30)は幼い頃に祖父から貰った鍵が、どこの鍵穴にハマるのかをまだ知らない。まるで、保自身にピッタリと合う人生がまだ見つかっていない事を暗示するように……。
マヤマ 山本 55 0 0 04/07
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第一稿

<登場人物>
赤城 保(6)(30)会社員
小島 亜紀(18)高校生、保の義妹
堀 友美(25)保の担当する客
関内 圭(24)保の後輩
本村 妙子(44)保の上司
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<登場人物>
赤城 保(6)(30)会社員
小島 亜紀(18)高校生、保の義妹
堀 友美(25)保の担当する客
関内 圭(24)保の後輩
本村 妙子(44)保の上司
赤城 早紀(28)保の妻、亜紀の姉
赤城 穣(6)保の息子
赤城 開(60)保の父
赤城 卓(60)保の祖父、故人
箱崎(25)関内から引き継いだ客
大家(50)



<本編>
○マンション・外観(朝)

○同・保の家・外(朝)
   「赤城保 早紀 穣」と書いてある表札。
   目覚まし時計の鳴る音。

○同・同・中(朝)
   散らかっている部屋。
   洗っていない食器が溜まっているキッチンの流し台。
   土日の欄にも「10:00~」などと書いてあるカレンダー。
   散らかったテーブルの上に置かれた、早紀の名前だけ書いてある離婚届。
   ベッドから起き上がる赤城保(30)。ため息をつく。
卓の声「保」
    ×     ×     ×
   トースターから出てくる焼きたてのパン。触ってすぐに熱さのあまり手を離す保。スーツ姿。
保「熱っ」
卓の声「人間は皆、一本の鍵を持っている」
    ×     ×     ×
   靴箱の上に置かれた写真立て。保、赤城早紀(28)、赤城穣(6)が笑顔で写っている写真。
卓の声「そして目の前にはたくさんの扉がある」
   写真立ての前に置いてある古い鍵。
卓の声「人生という名の扉だ」
   古い鍵を手に持ち、家を出る保。
卓の声「その中で、自分の持っている鍵と合う扉は一つしか無い」

○同・同・外(朝)
   マンションの通路側に立ち、家のドアに鍵(先ほどの古い鍵とは別の鍵)をかける保。
卓の声「それを見つけるのは、とても大変な事だろう」

○走る電車

○電車・中
   満員の車内。その中に立つ保。苦痛の表情。
卓の声「だからと言って、最初から鍵のかかっていない扉を開けても」

○駅・ホーム
   電車の扉が開き、次々と降りる保を含む客達。
卓の声「それは誰にでも歩める、他の誰とも変わらない人生だ」

○コンビニ・外観

○同・中
   レジでお釣りを受け取る保。
卓の声「鍵の合わない扉を無理矢理こじ開けて入ったとしても」
   ビニール袋の中身を確認する保。弁当と栄養ドリンクが一本入っている。
卓の声「それは自分には合わない、苦痛を伴う人生だ」

○同・外
   ポケットにお釣りを入れる保。代わりにポケットから古い鍵を取り出し、見つめる。
卓の声「だからな、保」

○(回想)赤城家・卓の部屋
   向かい合って座る保(6)と赤城卓(60)。
卓の声「どんなに大変でも、時間がかかってもいい」
   卓から何かを受け取る保。
卓の声「根気強く、諦めず、妥協せず」
   保の手に握られた古い鍵。
卓の声「保の持っている鍵にピッタリと合う 扉を」

○コンビニ・外
   保の手に握られた古い鍵。
卓の声「保にピッタリと合う生き方を」
   古い鍵をポケットに入れる保。
卓の声「保にしか開けられない、保にしか歩めない人生の扉を」
   歩き出す保。
卓の声「見つけるんだぞ」

○メインタイトル『鍵』

○車・中
   エンジンを切り、鍵を引き抜く保。

○案内物件A・外観
   二階建てのアパート。
   入口前に停められた「ハウスサーチ」と書かれた車から出てくる保と堀友美(25)。
保「どうぞ、こちらです」

○同・部屋・前
   ドアの前に立つ保と友美。
   古い鍵を取り出し鍵穴に差し込む保。鍵が合わない。ポケットから別の鍵を取り出し、開ける。

○同・同・中
   間取りは1Kの室内。家具等はない。
   室内を眺める友美と保。
保「こちらのお部屋ですと、家賃、広さ、立地条件など、堀様のご要望にピッタリだと思うのですが……?」
友美「そうですね……」
保「いかがでしょう?」
友美「う~ん……、悪くはないんですけど、日当たりがちょっと……」
保「日当たり、ですか……」
   窓から見えるビル。
保「一応、南向きではあるんですが……こち らのビルで若干、遮られてしまってはいますよね」
友美「そうなんですよね」

○走っている車

○車・中
   運転する保と後部座席に座る友美。
友美「すみません、何か注文が多くて」
保「いえいえ、大事な事ですから。遠慮なくどんどんおっしゃってください」
友美「ありがとうございます。……ところで一つ気になっていた事があるんですけど」
保「何でしょう?」
友美「赤城さん、いつも部屋の鍵開ける時、一回古い鍵かなんか差すじゃないですか。あれ、何でなんですか?」
保「あ~、あれですか。あの鍵は、私が祖父から貰ったものなんですよ」
友美「そうなんですか」
保「祖父が言っていたんです。『人間は皆、一本の鍵を持っている』って」
    ×     ×     ×
   運転する保と後部座席に座る友美。
友美「『自分の持つ鍵にピッタリと合う人生を探す』か、いいお話ですね」
保「そんな祖父が、最後に私に残してくれたのがこの鍵でして。どこの鍵かは教えてもらえませんでした。『自分で探せ』って」
友美「そうだったんですか」
保「家中の扉という扉には合わなくて、仕方なく仕事中も、初めて行く家の扉で試している始末です」
友美「それで、まだ見つかっていないんですか?」
保「えぇ、残念ながら。でも、最近思うようになってきたんです。この鍵が、私の鍵なんじゃないかな、って」
友美「赤城さんの、鍵……」
保「だから、この鍵にピッタリ合う扉を見つけられたら、そこに私にピッタリの生き方が待っているんじゃないかな、って」
友美「なるほど。見つかるといいですね」
保「堀様も」
友美「え?」
保「堀様にピッタリと合う物件、どんなに時間がかかっても、見つけましょう。私も全力でお手伝い致しますから」
友美「はい、よろしくお願いします」

○ハウスサーチ・外観(夜)
   「ハウスサーチ」と書かれた看板。

○同・中(夜)
   席に着き、パソコンの向かう保。ため息をつく。
保「とは言ってみたものの……」
   心ここにあらず、といった表情の保。隣の席に座る関内圭(24)。保をつつく。
関内「……さん。赤城さんってば」
保「ん?」
関内「何ボケ~っとしてるんスか?」
保「悪い悪い。で、何だ?」
関内「いや、俺が担当している新婚の客なんスけど、両親の意見も聞きたいから、もう一度見学したいって言い出して」
保「してもらえばいいじゃん」
関内「そんな事してる間に、他の客に取られちゃったらどうすんスか? 条件に合う家見つけんの、マジ大変だったんスよ? それに……」
保「それに?」
関内「一組の客にばっかり時間かけると、部長がうるさいじゃないっスか」
保「まぁな……」
妙子「赤城~」
   振り返る赤城。
   奥の席に座る本村妙子(44)。クロスワードの本を読んでいる。
妙子「ちょっと(来い)」
保「はい」
   妙子の席の前に来る保。
保「部長、何でしょうか?」
妙子「二文字で『宴で歌を歌う芸妓』って、何かわかるか?」
保「……すみません、わからないです」
妙子「使えないな~」
保「すみません。で、ご用件は?」
   クロスワードの本を机に置く妙子。
妙子「堀さん、だっけ? あの人、まだ決まらないの?」
保「すみません」
妙子「もう三ヶ月だろ?」
保「四ヶ月です」
妙子「確か、そんなに理想も高くないし、難しい条件じゃなかっただろ?」
保「そうなんですが、妥協をされないというか、一点でも気になる点があると保留されてしまうんです」
妙子「だから、そこを何とか妥協させて、さっさと決めるのが、赤城の仕事だろ? 他の不動産屋に取られてもいい訳?」
保「それは、そうですけど……」
妙子「『一〇〇%の満足』はあり得ないの。人っていうのは、隣の芝生が青く見えて、逃がした魚を大きく感じる生き物なんだから。時間をかけても、結果は同じなの。だったら、さっさと決めた方がいいだろ?」
保「はい……」
妙子「それに、さっさと決めるっていうのはこっちだけじゃなくて、お客さんのためにもなるの。わかった?」
保「はい……」
   一礼して自分の席に戻る保。ため息。
関内「噂をすれば、でしたね」
保「噂なんてするもんじゃないな」
   席に着く保。疲れで眉間のあたりを押さえる。

○マンション・外(夜)
   歩いている保。
   窓から漏れる明かりを見つける。
保「え?」

○同・保の家・中
   入ってくる保。
保「早紀!? 穣!?」
   顔を出す小島亜紀(17)。高校の制服姿。
亜紀「残念でした」
保「何だ、亜紀ちゃんか」
亜紀「そんな言い方なくない?」
保「ごめんごめん。……そういえば、鍵は? 早紀から借りたの?」
亜紀「これがあれば充分だし」
   ポケットから針金を取り出す亜紀。
保「(ため息をついて)亜紀ちゃんさ、それ本当に止めた方がいいよ?」
亜紀「別に良くない? 泥棒しようって訳じゃないんだし」
保「そういう問題じゃ……。まぁ、いいや。で、今日はどうしたの?」
亜紀「大体わかるでしょ? いい加減、お姉ちゃん連れて帰ってよ」
保「やっぱり、その話か」
亜紀「他になくない? もう三ヶ月だよ? いい加減ウチらも迷惑だし」
保「そんな事言われてもさ、俺は追い出した側じゃなくて、出て行かれた側だから。頼むなら早紀に頼んでよ」
亜紀「だから、お姉ちゃんがうちに出戻ってきたのは、保君が仕事ばっかりで家の事見向きもしなかったからでしょ?」
保「そんな事ないって」
亜紀「でも、土日も全部仕事なんてあり得なくない?」
保「不動産業界っていうのは、お客さんが土日に来る事が多いから、仕方ないんだよ」
亜紀「その仕事、好きなの?」
保「別に、好きって訳じゃないかな」
亜紀「じゃあ、もう転職しちゃえばよくない?」
保「簡単に言わないでよ。今の時代、そう上手くはいかないって」
亜紀「じゃあ、お姉ちゃんと別れるの?」
保「そんなつもりはないよ」
亜紀「じゃあ、どうするの?」
保「仕事辞めるか、別れるか、どっちかしかないのかな?」
亜紀「少なくとも、お姉ちゃんはそう思ってるみたいだけど?」
保「そっか……俺の何がいけなかったのかな?」
亜紀「え?」
保「俺は、家族養うために働いているのに、そのせいで家族がバラバラになるなんて、何かおかしいと思わない?」
亜紀「いや、ウチに聞かれても困るし」
保「確かにね。亜紀ちゃんに愚痴っても仕方ないよね。ごめん」
亜紀「それは別にいいし。ただ、このままじゃ、お姉ちゃんはともかく、穣ちゃんがかわいそうじゃん」
保「穣は元気?」
亜紀「元気。もう超元気。ウチなんか相手してるだけでヘトヘトだし」
保「そっか。安心した」
   写真立ての写真を見る保。
亜紀「じゃあ、ウチはもう帰るね。言いたい事は、全部言ったし」
保「じゃあ送って行くよ。もう遅いし」
亜紀「大丈夫だって。何かあってもコレあるし」
   スタンガンを見せる亜紀。
保「……頼もしいね」

○(夢の中)同・外観(朝)

○(夢の中)同・保の家・中(朝)
   ベッドで寝ている保を起こす穣。
穣「パパ~。朝だよ~」
   目を覚ます保。
保「ん~……おはよう、穣」
穣「ママ~。パパ起きたよ~」
   食卓に向かう穣。
   起き上がり、穣の隣の席に座る保。
   ご飯の盛られた茶碗を保に渡す早紀。
早紀「おはよう。はい」
保「(受け取って)ありがとう」
   食卓に並んだ朝食。ごはん、味噌汁、トマトの入ったサラダなど。
保「いただきます」
穣「いただきま~す」
   トマトを保の皿に移す穣。
   保の向かい側に座る早紀。
早紀「こら、穣。好き嫌いはダメでしょ」
穣「だってトマト嫌いだもん」
保「好き嫌いしてると大きくなれないぞ?」
穣「でも、たけし君はトマト嫌いだけど、クラスで一番大きいよ?」
保「あ、そうなんだ」
早紀「ちょっと、納得しないでよ」
保「あ、ごめん」
早紀「いいから、好き嫌いしないでちゃんと食べるの。いい?」
穣「は~い……」
   嫌そうな顔をしながらもトマトを口に入れる穣。
   その様子を微笑ましそうに見ている保と早紀。互いを見合う。

○同・同・同(朝)
   目覚まし時計の鳴る音。
   目を覚ます保。起き上がる。
保「……夢、か」
   頬を伝う涙に気付き、拭う保。
保「何やってんだろ、俺……」

○コンビニ・外観

○同・中
   買い物をする保。カゴの中には弁当と栄養ドリンクが二本。
   求人情報誌を手に取る保。迷った挙げ句、カゴに入れる。

○案内物件B・外観
   七階建てくらいのマンション。

○同・部屋・前
   ドアの前に立つ保と友美。
   古い鍵を取り出し鍵穴に差し込む保。鍵が合わず、ポケットから別の鍵を取り出し、差し込む。

○同・同・中
   間取りは1Kの室内。家具等はない。
   室内を眺める友美と保。
保「いかがでしょうか?」
友美「そうですね。結構いい感じで……」
   上の階から物音がする。
友美「(上を見て)何ですかね?」
保「(上を見て)何でしょうね?」
友美「(カーテンを開け)あ、日当たりもいいですね」
保「そうですね。天気がよければ富士山も見えるらしいですよ」
友美「そうなんですか?」
   上の階から夫婦喧嘩の声。
友美「(上を見て)大変そうですね」
保「(上を見て)そうですね」
友美「あ、コンビニとかって近くにあるんですかね?」
保「え~っと……(資料を見ながら)一本向こうの通りにあるみたいですね」
友美「あ、それなら全然行ける距離で……」
   上の階から何かが割れる音。
   恨めしそうに上を見る保と友美。

○居酒屋・外観

○同・中
   並んで酒を飲む保と関内。
関内「そうっスか。先輩もまた決まらなかったんスか」
保「『も』って事は、関内もか」
関内「そうなんスよ。もう赤城さん、聞いて下さいよ」
保「聞いてるよ」
関内「あの新婚野郎、今度は姉夫婦にも見せたいからもう一度見学させてくれ、って言い出して」
保「見せてやればいいじゃん」
関内「じゃあ何スか? その姉夫婦が『この家じゃダメ』って言ったら、またゼロからやり直しっスか? 冗談じゃないっスよ」
   しばしの沈黙。
保「関内はさ、仕事辞めたいって思った事あるか?」
関内「当たり前じゃないっスか。毎朝思ってますよ」
保「毎朝か。それでよく続けてられるよな」
関内「赤城さんだって、辞めたいって思ってるんじゃないっスか?」
保「……そう見えるか?」
関内「世の中ね、ほとんどの奴が仕事辞めたいって思ってるもんスよ。ただ、辞められない理由があるから、辞めてないだけなんスよ。その理由がなくなれば、みんなすぐ仕事辞めますよ。間違いないっス」
保「辞められない理由、か……」
関内「赤城さんの場合は、家族養わなきゃいけないから、でしょ?」
保「まぁな。関内は?」
関内「俺は、やりたい事があるんスよ。そのためにも金が必要なんス。だから、それまでは辞める訳にはいかないっス」
保「やりたい事、か……」
   ため息をつく保。
関内「ちょっと、何スかそのため息」
保「羨ましいと思ってさ」
関内「何がっスか?」
保「若さ」
関内「何言ってんスか」

○ハウスサーチ・外観

○同・中
   妙子の机の上に置いてある辞表。
   席に座る妙子と、その前に立つ保。クロスワードの本を読んでいる妙子。
保「(辞表を指して)これは……?」
妙子「二文字で『小銃や大砲などを操作する技術』って何だかわかるか?」
保「……わかりません。で、これは?」
妙子「関内が置いてった」
保「関内が?」
妙子「もう『今日で辞めます』って」
保「理由は?」
妙子「宝くじが当たったから、もう仕事する意味なくなったって。私にはさっぱり意味がわからないんだけど」
保「あぁ……。それで、部長はその辞表を受理なさったんですか?」
妙子「受理できる訳ないだろ?」
保「そうですよね」
妙子「『辞表』ってのは、役職に就いている人が出すものなの。だから関内には『退職届』か『退職願』に書き直すように言っておいたよ」
保「そこですか」
   クロスワードの本を辞表の上に置く妙子。
妙子「私は、去る者は追わない主義なの。という訳で、関内の客をみんなに振り分けるから、赤城もしばらくキツくなるかもしれないけど、宜しく頼むよ」
保「はぁ……」
   席に戻る保。引き出しを開ける。中に入っている退職願。ため息をつき、引き出しを閉める。
    ×     ×     ×
   カウンター越しに向かい合って座る保と箱崎(25)。
保「関内の代わりに箱崎様の担当をさせていただく、赤城と申します」
箱崎「はぁ……」
保「早速ですが、箱崎様のご要望に合う物件の資料をご用意しましたのでご覧下さい」
   資料をカウンターの上に置く保。資料を見る箱崎。
箱崎「あの……えっと、赤城さん、でしたっけ?」
保「はい」
箱崎「この辺の、前に関内さんに見せて貰ったのと同じだと思うんですけど……?」
保「あ……(小声で)引き継ぎ資料くらい作っといてくれよ」

○コンビニ・中
   カウンターにカゴを置く保。カゴの中には弁当と栄養ドリンクが五本。

○ハウスサーチ・中
   カウンター越しに向かい合って座る保と大家(50)。
大家「関内さん、辞めたってどういう事?」
保「急な話で申し訳ございません」
大家「あの人が『狭い二部屋よりも、広い一部屋の方が需要があるから』って言うからこっちは部屋の壁ぶち抜いてんだよ? それがいきなり『辞めました』なんて、無責任にも程があるんじゃない?」
保「申し訳ございません」
大家「どう責任とってくれるんだよ?」
保「申し訳ございません」

○同・同(夜)
   自分の席でパソコンに向かう保。疲れで眉間のあたりを押さえる。
   栄養ドリンクを飲む。

○同・同
   カウンター越しに向かい合って座る保と友美。
保「こちらの物件なんですが」
   カウンターに資料を置く保。
友美「(資料を見ながら)え、この広さでこんなに安いんですか?」
保「はい。一応、堀様のおっしゃる条件は全て満たしていると思います」
友美「十分すぎるくらいです。あの、ここって、今日見学とかって出来ますか?」
保「出来ますが……実は、一つだけ問題がございまして」
友美「問題、ですか?」
保「実は……(小声で)曰く付きで」
友美「……出るんですか?」
保「らしいです」
友美「どうりで、安い訳ですね」
保「もし、堀様がこういうのをあまり気にされないのであれば、おすすめできる物件ではあるんですが……?」
友美「私、どちらかと言えば強い方なんですよね」
保「お強い、とは?」
友美「霊感です」
保「……やっぱり、無理ですよね。すみません。この物件の話は無かった事に」
友美「あの、赤城さん。大丈夫ですか?」
保「大丈夫です。必ず、堀様に合う物件を……」
友美「そうじゃなくて。何か、凄く疲れているように見えるんですけど……」
保「あ~、まぁ、多少は……」

○マンション・保の家・中(夜)
   帰ってくる保。手にはビニール袋。
   冷蔵庫の前に座り、箱買いした栄養ドリンク(一〇本)を冷蔵庫にしまう。立ち上がろうとして、ふらつく保。
保「うっ……」
   倒れる保。  

○同・同・同
   ベッドに横になる保。目をさます。
保「あれ……?」
   起き上がろうとしてふらつく保。
保「うっ……」
   鍋を持ってやってくる亜紀。
亜紀「あ、保君。起きた?」
保「あれ、亜紀ちゃん? どうして?」
亜紀「来たら倒れてるんだもん、超ビックリしたし」
保「ごめん、ありがとう。……ちなみに、鍵は?」
亜紀「(針金を見せて)聞くまでもなくない?」
保「……まあ、いいや」
亜紀「でもちょうど良かった、今おかゆ作った所だから。食べる?」
保「本当に? ありがとう」
   鍋のふたを開ける亜紀。真っ黒こげのおかゆが入っている。
保「……これは?」
亜紀「……おかゆ?」
保「……気持ちだけ受け取っておくよ」
亜紀「そっか」
   鍋のふたを閉じる亜紀。
保「それはそうと、今日は一体何の用?」
亜紀「う~ん……今日はいいや」
保「何で?」
亜紀「だって、こんな状態の保君にする話でもない気がするし」
保「いいよ、気にしないで。何?」
亜紀「……まぁ、進路相談っていうか」
保「進路? 亜紀ちゃんって、大学に行くんじゃなかったっけ?」
亜紀「まぁ『とりあえず』そうしようと思ってたんだけど、お父さんがね」
保「お義父さんがどうかしたの?」
亜紀「『大学は、とりあえずで行く所じゃない。そんなんじゃ早紀みたい就職もしないで結婚して、学費を無駄にするのがオチだ』って」
保「……耳が痛いね」
亜紀「あ、ごめんごめん、そういう意味じゃないし」
保「……でも、お義父さんの言う通りだよ」
亜紀「ちょっと、保君までそんな事言わない でよ」
保「でも、そうなんだよ。地元出れば何か見つかると思って、『とりあえず』東京の大学行って、でも結局何も見つからなくて」
亜紀「保君?」
保「『とりあえず』就職して、家族養うために頑張って働いて、でもそのせいで妻と子供が出て行って、おまけに過労で倒れて」
   泣き出す保。
保「俺がやりたかった事は、こんな事じゃなかったのに」
亜紀「ごめん。やっぱり、今の保君に相談した私が悪かった」
保「……いや、俺の方こそ、ごめん」
   しばしの沈黙。
保「ごめん、今日は帰ってもらえるかな?」
亜紀「わかった、そうする。じゃあ、お大事に。お姉ちゃん達にも、お見舞いにくるように言っとくし」
保「その事なんだけど……早紀たちには内緒にしておいてくれないかな?」
亜紀「何で?」
保「余計な心配はかけたくないんだ」
亜紀「いや、こんなチャンスなくない? これキッカケで、お姉ちゃん達がこの家に戻ってくれば、めでたしめでたしなんだし」
保「それじゃあダメなんだよ。ちゃんと問題を解決してからじゃないと」
亜紀「……わかった。その代わり、ちゃんと病院行って、仕事もしばらく休む事」
保「それは……ただでさえ忙しいのに、急に休む訳には……」
亜紀「じゃあ、お姉ちゃん達に言うし」
保「それとこれとは話が……」
   保にスタンガンを突きつける亜紀。
亜紀「ぐだぐだ言わない」
保「……わかりました」
亜紀「なら、よし。じゃあね」
   部屋を出ようとする亜紀。出口の所で立ち止まる。
亜紀「ねぇ、保君。さっきの話だけど」
保「何?」
亜紀「『何も見つからなかった』んじゃなくて、『まだ見つかってない』って事にはならないのかな?」
保「え?」
亜紀「じゃあね。お大事に」
   部屋を出る亜紀。
保「まだ見つかってない、か……」

○案内物件C・外観
   四階建てのマンション。比較的新しめの外観。

○同・中
   間取りは1Kの室内。家具等はない。室内を眺める友美と妙子。
妙子「いかがでしょうか?」
友美「そうですね……」
   クローゼットを開ける希美。
友美「収納って、ここだけですか? 押し入れとか……」
妙子「(資料を見ながら)そうですね……、こちらのクローゼットのみですね」
友美「そうですか」
妙子「収納スペースがご不満、という事でしょうか?」
友美「不満っていうか……もう少し広さが欲しいかな、って」
妙子「なるほど……ですが、築三年でこの条件というのはあまりございませんので、非常にお得かと」
友美「私、築年数には別にこだわらないんで……」
妙子「そうですか……。わかりました、では次の物件に参りましょうか」
友美「あの……すみません。やっぱり。今日はもう結構です」
妙子「何かご予定でも?」
友美「いえ。ただ、私はやっぱり、赤城さんを信用して、ここまで待ってきたので……」
妙子「そうですか……。いや、うちの赤城をそこまで評価していただけて光栄です」
友美「ところで、赤城さんってどれくらい休まれるんですか?」

○走る電車
   二両しかない電車。
亜紀の声「へぇ、一週間も休み貰えたんだ」
保の声「まぁ、何とかね」

○電車・中
   ほとんど乗客のいない車内。
   座席に座り、景色を眺める保。
亜紀の声「で、その間は穣ちゃんと遊んだりするの?」
保の声「まぁ、そういう時間もとれたらとは思うんだけどね」

○無人駅・外
   出てくる保。歩き出す。
保の声「その前に、行っておきたい場所があるんだ」

○田舎道
   ゆっくりと歩く保。

○赤城家・外
   「赤城」と書かれた表札。
   扉に手をかける保。鍵がかかっておらず、開く扉。

○同・玄関
   入ってくる保。
保「ただいま。……親父?」
   返事が無い。
保「……ったく」

○同・仏間
   卓の遺影が飾られている仏壇。
   その前で手を合わせる保。
保「ただいま、じいちゃん」

○同・居間
   広々とした居間。
   寝転がる保。起き上がる。
保「……腹減ったな」

○同・台所
   冷蔵庫を開け、トマトを手に取る保。水で洗い、そのまま食べる保。
保「……美味っ」
   玄関の扉の開く音。

○同・居間
   トマトを食べながら来る保。
   やってくる赤城開(60)。畑仕事の服装。以後、開は保と目を合わせようとしない。
保「おかえり、親父」
開「おう」
保「ただいま、親父」
開「おう」
保「畑行ってたのか?」
開「まぁな」
保「だったら、鍵くらいかけて行けよ。不用心だな」
開「大丈夫だよ。こっちは都会と違うんだ」
保「そういう問題じゃなくて」
開「お前こそ、せっかく帰ってきたのに、何で穣を連れて来ないんだ?」
保「言っただろ。今は別居中だって」
開「情けねぇな。俺の二の舞か」
保「まだ離婚はしてねぇよ」
開「で、こっちにはいつまでいるんだ?」
保「明後日には帰るよ」
開「そうか、随分とゆっくりだな」
保「まぁな」
開「で、何しに帰ってきたんだ?」
保「何しにって……」
開「お盆でもねぇ、じいちゃんの命日でもねぇ、おまけに穣は連れてこねぇ」
保「……色々あったんだよ」
開「お前の色々なんて、俺の色々に比べたら大した事ねぇ」
保「かもな」
開「まぁ、ゆっくりしていけ」
   再び外に出ようとする開。
保「親父、畑に戻るのか?」
開「ああ」
保「俺も行くよ」
開「手伝いなんていらねぇよ」
保「いいから」
開「……ったく、あいかわらず何考えてんだかわかんねぇ奴だな」

○畑
   たくさんのトマトがなっている。
   トマトを収穫する保。畑仕事の服装。離れた所にいる開。
開「おい、保。もっとやさしくもぎ取れ。そんなんじゃ商品に傷がつくだろ」
保「わかってるよ」
   トマトをもぎ取る保。失敗し、トマトに傷がつく。
保「あっ……」
    ×     ×     ×
   水道の水でトマトを洗い、食べる保。
保「……美味ぇな」
   同じようにトマトを食べる開。
開「確かに、今年のは良く出来た。穣にも食べさせてやりてぇな」
保「悪いけど、穣はトマト嫌いだから」
開「まったく、親の顔が見てみてぇな」
保「だったら、見りゃいいだろ」
   美味そうにトマトを食べる開。
   その様子を見ている保。

○同・外観(夜)

○同・居間(夜)
   ちゃぶ台を挟んで向かい合って座る保と開。トマトをつまみに酒を飲む。
保「……なぁ、親父」
開「何だ?」
保「俺に農業って、合ってると思う?」
開「お前には向いてねぇ」
保「何で言い切れるんだよ」
開「小学生の時、夏休みの宿題用の朝顔を三日で枯らしたのは、どこのどいつだ?」
保「……あんたの息子だよ」
開「そんなお前が、何でまた、そんな事急に言い出してきたんだ?」
保「親父は知ってる? じいちゃんが言ってた、鍵の話」
開「知らねぇ訳ねぇだろ。耳にタコができるくらい聞かされてんだ」
保「俺の持ってる鍵にピッタリの扉ってのが全然、見つからなくてさ」
開「『それを見つける』って、偉そうに東京出て行ったのにな」
保「最近じゃ、俺のやりたい事って何なのかどんどんわからなくなってきて」
開「それで、もしかしたらそれが農家かもしれない、って思っちまった訳か」
保「ダメか?」
開「……もし、お前が本気で農家になりてぇって言うなら、協力してやらん事もねぇ。ただ……」
保「ただ?」
開「俺も、お前が何をやりてぇのかは知らねぇが、お前が何をやりたくねぇかは知ってるぞ?」
保「何だよ、俺がやりたくない事って」
開「俺みたいにはなりたくねぇ」
保「……違いねぇ」
   笑う保と開。

○無人駅・外
   軽トラックがやってきて、止まる。
   降りてくる保。
   運転席に座る開。
保「悪いな、親父。送ってもらって」
開「気にすんな。配達のついでだ」
保「今度は、穣も連れてくるから」
開「その前に、離婚してなきゃいいけどな」
保「大丈夫、必ず連れてくる。穣も、早紀も」
開「……そうか」
保「じゃあな」
開「おう」
   走り出す軽トラック。
   軽トラックを見送り、駅に入る保。

○案内物件D・外観
   二階建てのアパート。

○同・部屋・中
   広めの部屋。
   室内を眺める保と箱崎。
箱崎「いいですね、ここ。広いし」
保「おすすめの物件ですね」
箱崎「決めた。俺、ここにします」
保「ありがとうございます」
箱崎「いや~、最初に担当変わった時はどうしようかと思いましたけど、赤城さんで良かったです」
   笑顔の箱崎。
保「そう言っていただけて光栄です。それでは、少々お待ちいただけますか?」
   部屋を出る保。

○同・同・外
   ドアの脇に立つ大家。
   出てくる保。
保「こちらで決めるそうです」
大家「本当ですか? いや~、ありがとうございます」
保「この広めのお部屋が気に入ったそうですよ」
大家「そうですか~。いや~、貴方に言われて壁ぶち抜いて良かったですよ」
   笑顔の大家。
保「あ、いえ、それは私ではなくて……」

○ハウスサーチ・外観

○同・中
   妙子の席の前に立つ保。笑顔の妙子。
妙子「そうか、決まったか。よくやった。さすが赤城だな」
保「ありがとうございます」
妙子「まぁ、一週間休んだ分、これからバリバリやってもらわないとな」
保「はい……」
妙子「どうした? 浮かない顔して。契約取ったんだ、もっと喜べよ」
保「……あの、部長」
妙子「何だ?」
保「ちょっと、お話が」

○マンション・外観(夜)

○同・保の家・中(夜)
   テーブルを挟み、向かい合って座る保と亜紀。
亜紀「結局、仕事続けてるんだ。てっきり辞めると思ってたし」
保「何で?」
亜紀「だって、倒れてまでする仕事とは思えなくない?」
保「まぁ、そうかもしれないよね」
亜紀「で、どうするの? これから」
保「探すよ。自分にピッタリ合う生き方」
亜紀「え?」
保「亜紀ちゃんがこの前言ってたでしょ? 俺は『まだ見つかってない』んだって」
亜紀「あ~、言ったかもしれない」
保「だから、探してみようと思う。根気強く、諦めず、妥協せず」
亜紀「でも、何か漠然としすぎてない?」
保「かもね。でも、ちょっとずつ見えてきた気がするんだ」
亜紀「へぇ」
保「今日の仕事で一件、契約が成立したんだ」
亜紀「おめでとう」
保「ありがとう。で、その時にお客さんとか大家さんとか上司から、お礼とか褒め言葉とか、色々言ってもらって」
亜紀「それで『これが俺の生きる道た』って思っちゃった?」
保「ううん。違うんだよ」
亜紀「え、違うの?」
保「確かにみんな笑顔だったし、色んな言葉かけてもらえたけど、何か違うって言うか、物足りなかったんだ」
亜紀「どういう事?」
保「俺が一番見たい笑顔は、別にあるんだって」
   写真立てを見る保。
保「俺は、早紀や穣と一緒に暮らしたい。それが、今一番やりたい事なんだ。だから、後はそれに合う生き方を探していけば、それが『俺にピッタリと合う人生』になるんじゃないかなって思うんだ」
亜紀「だったら、仕事辞めなきゃいけなくない? お姉ちゃんがそう言ってる訳だし」
保「違うよ。早紀は、俺が土日に家にいて穣の相手をしてあげられれば、今の仕事でも文句言わないはずだよ」
亜紀「そりゃそうだけど、そんな事できるの?」
保「今日、上司には相談した。一応、話は聞いてくれるみたい。『また倒れられたらかなわないから』って」
亜紀「そっか。良かったね」
保「ありがとね。亜紀ちゃん」
亜紀「え? ウチ?」
保「こんな風に考えられたのも、亜紀ちゃんのおかげだから」
亜紀「まぁ、ウチは早くお姉ちゃんに出て行ってもらいたかっただけだし」
保「亜紀ちゃんも見つかるよ。自分に合う生き方が」
亜紀「その台詞は、保君がちゃんとそういう生き方見つけてから言ってよ。今じゃまだ説得力なくない?」
保「そうだね」
   笑う保と亜紀。

○ハウスサーチ・外観

○同・中
   パソコンに向かう保。
妙子「おい、赤城」
保「はい」
   妙子の席に来る保。クロスワードの本を読んでいる妙子。
妙子「二文字で『めでたい儀式、祝い事』って何だかわかるか?」
保「……すみません、わからないです」
妙子「使えないな~」
保「すみません。で、ご用件は?」
   本を読みながら、保に一枚の資料を渡す妙子。
妙子「新しい空き物件の情報」
保「はい、了解です」
妙子「堀さんにピッタリじゃないか?」
保「(資料を見て)そうですね。ありがとうございます。早速、連絡してみます」
   自分の席に戻り、電話をかける保。

○走っている車

○車・中
   運転する保と後部座席に座る友美。
友美「資料見た限りは、良さそうな物件ですね」
保「そうですね。ただ少々、築年数が古いかもしれませんが……」
友美「私、築年数は気にしないので」
保「そうですよね。であれば、ご要望にはマッチした物件だと思います」
友美「あとは実際に見てみてどうか、って感じですね」
保「掘様に合う物件だといいですね」
保M「人間は皆、一本の鍵を持っている」

○赤城家・外
   ドアが開き、畑仕事姿の開が出てくる。大きく伸びをする。
保M「そして、目の前にはたくさんの、人生という名の扉がある」
   ドアを開けっ放しで歩いて行く開。
保M「その中には、鍵のかかっていない扉もある」

○喫茶店・外観
   開店祝いの花がある。

○同・中
   数名の女子高生が席に座って勉強をしている。
   その中にいる亜紀。一人だけ勉強せずに南京錠を針金でこじ開けている。開く南京錠。
亜紀「よし」
保M「鍵の合わない扉を無理矢理こじ開けて入る事もできる」
   睨むような目で見る女子高生達。
亜紀「……わかってるよ。ちゃんと勉強するし」
   閉じていた参考書を渋々開く亜紀。
保M「けれど、どんなに大変でも、どんなに時間がかかっても」
   その様子をカウンターの中から見ている関内。ドアの開く音。
関内「いらっしゃいませ」
保M「自分の持っている鍵にピッタリと合う扉を探したい」

○ハウスサーチ・中
   クロスワードの本を読む妙子。何か思いついたように本に書き込む。
保M「たった一つしかない、人生の扉を」

○マンション・外
   手をつないでやってくる早紀と穣。保の家を見上げる。
保M「俺にピッタリと合う、人生を」

○案内物件E・外観
   二階建てのアパート。かなり古い外観。

○同・部屋・前
   ドアの前に立つ保と友美。
保「こちらですね」
   古い鍵を取り出し鍵穴に差し込む保。鍵が開く。
保「えっ?」
友美「あっ」
   驚き顔を見合わせる保と友美。
保M「そしてもし、その扉を見つける事が出来たなら」
   つばを飲み、取っ手に手をかける保。
保M「その先には一体、どんな人生が」
   ゆっくりとドアを開ける保。
保M「待っているのだろうか?」
                  (完)

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