雪の底 ドラマ

田舎の小さな印刷工場で働いている佐伯愁。 ある日、彼が密かに想いを寄せていた後輩・麻原優大が工場で事件を起こしてしまう。 現場に鉢合わせた佐伯は衝動的に麻原を助け、二人は逃亡生活を始めるが…。
潜熱 31 1 0 02/08
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第一稿

<人物>
佐伯愁(31)(32) 会社員
麻原優大(26)(27) 佐伯の職場の後輩
藤下一郎(56) 社長・死体のみ


<本編>
○藤下印刷工場・外観(夜)
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<人物>
佐伯愁(31)(32) 会社員
麻原優大(26)(27) 佐伯の職場の後輩
藤下一郎(56) 社長・死体のみ


<本編>
○藤下印刷工場・外観(夜)
   年季の入った小規模な工場。工場名の看板が出ている。
   雪がしんしんと降り積もっている。

○藤下印刷工場・事務所(夜)
   書類が乱雑に積まれた机と、小さな流し台があるこじんまりとした事務所。
   奥の机の前で、会社名の入った作業服を着た麻原優大(26)が震えながら立っている。
   息が荒い。
   麻原、自分の手元を見つめる。血のついた包丁が握られている。
   麻原の目の前には、腹部から血を流した藤下一郎(56)が倒れている。
   ドアをノックする音が響く。麻原と同じ作業服を着た佐伯愁(31)が部屋に入って来る。
   振り向く麻原。
佐伯「失礼します、社長…」
   佐伯、包丁を持つ麻原を見て固まる。
   一歩、また一歩と部屋の中に進み、倒れた藤下を見つける佐伯。
佐伯「麻原…」
麻原「…佐伯さん…おれ……」
   言葉が続かない麻原、その場で崩れ落ちる。駆け寄り麻原の体を支える佐伯。
   佐伯、床に広がる血を見て息を呑む。
麻原「おれ、むりでした、もう耐えられない」
   麻原、喋りながら涙を流す。
   きつく握り締められた麻原の右手に、ゆっくりと自分の手を重ねる佐伯。
佐伯「…麻原、落ち着け」
   佐伯、麻原の右手の指を順番に開いていき、包丁を取る。
   反対の手で麻原の頬をそっと包み、目線を合わせる。
佐伯「大丈夫だ」
   麻原、口を半開きにしたまま佐伯を見つめ返している。
   佐伯、倒れた藤下に鋭い視線を送る。

○高速道路(夜中)
   雪が降りしきる中、何台もの車が行き交っている。

○走る佐伯の車・内(夜中)
   年季の入った黒い軽自動車。
   佐伯、運転席でハンドルを握りながら固い表情でまっすぐ前を見つめている。
   助手席に座る麻原は小刻みに震えながら前屈みになり手で口を覆っている。

○ビジネスホテル・客室・中(夜)
   ドアが開き、荷物を抱えた佐伯が入ってくる。
   その後ろに突っ立っている麻原。
   佐伯、部屋に入ろうとしない麻原を見かねてその腕を掴む。
   引っ張られて部屋に入らされる麻原。ドアが静かに閉まる。
麻原「……話があるって、呼ばれて。行ったらまたいつもの暴言で。…あいつ、俺のことクビにしたかったんすよ。いつまで耐えてんの? いつ辞めるの? って」
   麻原、喋りながら泣き出す。
佐伯「…社長にはみんな参ってた」
   麻原、自分の手のひらを見つめ、
麻原「俺…俺は何を……もう終わりだ…」
   涙が止まらない麻原。佐伯、突然麻原を抱きすくめる。
佐伯「…社長のことは、誰にも見つからないうちに俺が何とかする。…お前は全部忘れろ。何もなかった。お前は何もしていない」
麻原「……佐伯さん、なんで」
佐伯「お前のことが好きだ」
   呆然とする麻原。
佐伯「俺と、逃げよう」
   佐伯、麻原を見つめる。窓の外には依然雪が降り続けている。


○住宅街(朝)
   一軒家が立ち並ぶ明るい住宅街。通りには桜が咲いている。

○かすみ荘・外観(朝)
   寂れた二階建てのアパート・「かすみ荘」の看板。

○同・102号室・台所(朝)
   コーヒーを入れている佐伯。
佐伯「優大」
   奥の部屋から寝起きの麻原が出てくる。
麻原「ねっむ…おはよーございます」
佐伯「おはよう」
   寝ぼけ眼の麻原を見て嬉しそうに微笑む佐伯。

○同・玄関(朝)
   リュックを持った佐伯、玄関で靴を履きながら、見送る麻原に向かって
佐伯「ごめんな、今日は俺のほうが早いから弁当作れなくて」
麻原「いーですって。行ってらっしゃい」
佐伯「うん、行ってきます」
   佐伯、麻原のおでこに軽くキスをして出て行く。
   玄関が閉まると、真顔に戻る麻原。

○かすみ荘102号室・寝室(夜)
   布団が二組敷かれており、佐伯が麻原にくっつき寝そべっている。
   佐伯、麻原にキスをする。受け入れている麻原。


○住宅街
   虫取り網を持った三人組の男の子たちが駆けて行く。
   奥側からスイカを抱えた佐伯と麻原が歩いてくる。
   佐伯と麻原、何か話しながら笑い合っている。
佐伯の声「警察だ」

○かすみ荘102号室・台所(夕)
   佐伯と麻原、テーブルに着き真剣な面持ちで向かい合っている。
麻原「え?」
佐伯「警察がこの辺まで来てる。逃げるんだ」
   佐伯、荷物をまとめ始める。
   麻原、しばらく突っ立っていたがやがて一人頷き、佐伯とともに荷物をまとめ始める。

○ガソリンスタンド(夜)
   無表情で給油をしている佐伯。暗い目をして助手席に座っている麻原。


○空(夜)
   暗雲が立ち込める空。雪が降ってくる。

○コーポ東雲205号室(夜)
   空き缶など、ゴミが目立つ暗い室内。
   ダウンジャケットを着た佐伯(32)、切羽詰まった様子で玄関から入って来る。
   中にいた麻原(27)、その剣幕に驚く。
麻原「どうしたんすか」
佐伯「さっきそこのファミマに警官いた」
麻原「……」
佐伯「間違いない。警官だ。聞き込みしてた」
   佐伯、喋りながらキャリーケースに荷物を詰め込んで行く。
   麻原、黙ってそれを見ている。佐伯、麻原の肩を掴み、
佐伯「優大。もう三度目だろ慣れろ。逃げて、息を潜めて暮らす。見つかったら逃げる。それの繰り返しだ」
   麻原、顔を歪める。
麻原「…いつまで?」
佐伯「…優大」
麻原「もう嫌なんすよ、いつ見つかるかって、しょっちゅうびくびくして、こんな生活ハナから無理だったんだ、逃げるなんて、そんなことできるわけねえ」
   麻原、涙を流し取り乱す。佐伯が手を伸ばすが、麻原はそれを振り払う。
麻原「佐伯さん怖いんすよ、何で普通に暮らせるんすか? 社長だって、どうやって処理したのか、全然関係ねえのに一緒に逃亡までして、怖えよ、もうなんなんだよ」
   佐伯、呆然と立ち尽くし聞いていたが、だんだんと表情を無くしていく。
佐伯「…お前の、屈託無く笑う所が好きなんだ。明るくて、ちょっと抜けてて、…衝動に任せて行動してしまう所も全部。俺にはないから。……あの日、絶好のチャンスだと思った。俺なら、優大のことを守って」
麻原「もうやめてくれ!」
佐伯「……」
麻原「俺は…俺はあんたが怖い…好きだと思ったことなんか一度もない!」
   佐伯、麻原に伸ばしかけた手が止まる。放心状態の佐伯。
   麻原、泣き崩れてその場に座り込む。
   伸ばしかけた手をゆっくりと下ろす佐伯。表情がない。
   暗くて寒々しい部屋の中に、麻原の泣く声だけが響く。

○交番前の道(朝)
   吹雪のような大荒れの天気。交番へと続く道を歩いている麻原。

○コーポ東雲205号室・台所(朝)
   換気扇の前でタバコを吸っている佐伯。
   鍋が火にかけられている。佐伯、遠い所を見つめているような瞳。

○交番・前(朝)
   麻原、交番の近くまでたどり着く。交番の入り口をじっと見つめている。
   しばらく厳しい顔で立ち尽くしているが、やがて踵を返す。
   来た道をずんずんと戻っていく麻原。下を向いている。
   ぼろぼろと涙を溢している。

○コーポ東雲205号室・台所(朝)
   佐伯が台所に立ち、鍋の味噌汁をお椀に注いでいる。
   そのお椀をテーブルへ運ぶ。
   食卓には、二人分の朝ご飯が並べられている。
   シンクのどこでもない所を見つめている佐伯。
   無言のまま、洗い物に手をつける。

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