○大城家・外観(朝)
閑静な住宅街に建つ二階建ての一軒家。
辺りには色とりどりの花が植えられて
いる。
○同・蓮の部屋(朝)
午前十時を指した目覚まし時計からジ
リリと音が鳴る。
大城蓮(20)、目を擦りながら音を
止める。
蓮 「ふあー。もう十時か。よし」
伸びをする蓮。
× × ×
階段を駆け上る音が部屋に響く。
大城すみれ(46)、勢いよくドアを
開ける。
すみれ「蓮!起きなさい!さっき目覚まし時
計鳴っていたでしょう?」
目覚まし時計が十二時を指している。
蓮、布団に潜り込む。
蓮 「うるさいなぁ。夏休みなんだからいい
だろ?」
すみれ「初日から昼まで寝る人がいますか!」
蓮 「いるだろ?ここに」
すみれ、掛け布団を剥ぎ取り廊下へ投
げ捨てる。
蓮 「あ」
すみれ「起きろー!」
○同・リビング(昼)
液晶テレビから昼のワイドショーが流
れている。
評論家、怒鳴りながら語っている。
評論家「一線超えてないわけないじゃない!
言い訳するんじゃないよ!こういうのはね、
潔く認めた方が週刊誌もそれ以上騒げない
んだよ」
蓮、寝巻き姿で椅子に胡座をかいて座
る。
マーガリンとイチゴジャムを塗ったパ
ンを頬張る蓮。
蓮 「まーた不倫かよ。もう飽きたっての」
すみれ「こら、ちゃんと座りなさい。今日は
何か予定はないの?」
洗濯物を畳みながら話しかけるすみれ。
蓮 「何もないよー。大学の友達はみんな帰
省しちゃったし高校の友達はまだ夏休みじ
ゃないし」
すみれ「あら、そうなの?じゃあ宿題でも進
めたら?」
蓮 「大学生の夏休みに宿題なんかないので
す。・・・この評論家同じことしか言わね
ーな」
すみれ「羨ましいわね・・・。だからって家
でずっとダラダラするんじゃないわよ」
蓮 「へいへい」
蓮、残りのパンを全て口へ放り込み食
器を重ね流し台へ運ぶ。
蓮 「ごちそうさま」
○同・玄関(昼)
蓮、着替えを済まし財布だけ持って靴
を履く。
蓮 「んじゃ散歩にでも行ってきまーす」
すみれの声「行ってらっしゃい」
完全に履ききれていない靴を踏みなが
ら履き直し玄関を開ける蓮。
○住宅街・路地(昼)
スーパーの袋を自転車の籠一杯に詰め
漕ぐ主婦。
公園では小さな子供たちがキャッキャ
と騒ぎ、それを母親たちが世間話をし
ながら見守る。
蓮 「はあ。散歩っつっても行く宛ないなぁ」
ズボンのポケットに両手を突っ込み歩
く蓮。
首輪を付けていない三毛猫、目の前を
横切る。
蓮 「お?」
三毛猫、立ち止まり蓮を振り返る。
再び少し歩き、また蓮を振り返る。
蓮 「付いて来いってか?」
三毛猫を追う蓮。
距離が離れては立ち止まり蓮を待つ三
毛猫。
○同・路地裏
光があまり届かず薄暗い。
足元には雑草が乏しく生え、空きカン
が転がっている。
蓮 「おいおい、三毛猫さんよ。俺は猫じゃ
ねーんだぜ?」
三毛猫、自分のペースを崩さずに進む。
○草原
路地裏を抜けた先の広い草原。
太陽の光が草に反射して光る。
蓮 「うわ、すげー。こんな場所あったんだ。
ここに連れてきたかったのか?」
三毛猫、少し立ち止まり再び歩き出す。
蓮 「ありゃ、違ったか」
蓮、肩を竦める。
○住宅街・路地
蓮 「ここ、お前がいた場所じゃねーか」
蓮、肩を落とし深い溜め息を吐く。
三毛猫、蓮を見つめる。
蓮 「ただお前の散歩に付き合わされたって
ことね・・・」
三毛猫、歩き出しT字路を左に曲がっ
たところで、「にゃあ」と鳴く。
呆れながらも付いて行く蓮。
蓮、T字路を左に曲がる。
蓮 「あれ?」
三毛猫の姿はなく、目の前にかなり老
朽化の進んだ一階建ての木造建物がひ
っそりと建っている。
入口のドアの脇には辛うじて読むこと
のできる看板が落ちている。
蓮 「こんな店あったっけ?『喫茶ハナミズ
キ』・・・?」
看板と睨めっこする蓮。
不意にドアが開く。
蓮、肩を弾ませ驚く。
中からペアルックを着たカップルが出
てくる。
彼氏「何だよ誰もいないのか?」
彼女「ちょっと気味が悪かったわね。気を取
り直して最近できたカフェ行かない?」
彼氏「いいよ、お前とならどこへでも!」
彼女、満更でもない様子で、
彼女「やだもう」
蓮の存在に気付かずに立ち去るカップ
ル。
蓮、不敵な笑みを浮かべてドアをゆっ
くりと開ける。
○喫茶『ハナミズキ』・ホール
恐る恐る店内に踏み入れる蓮。
ジャズ調の音楽が途切れ途切れ聞こえ
る。
所々蜘蛛の巣が張っている。
天井には動きそうにないプロペラ。
カウンターの脇の本棚には英字で書か
れた分厚い本。
奥にはワインレッド色の、光沢を失っ
たソファが置いてあり、壁に掛かって
いるアンティーク調のランプが微かに
照らしている。
花瓶には枯れ果てた花が生けてある。
全てに埃が被っている。
蓮 「こんにちはー」
蓮の声が店内に響く。
蓮 「誰かいませんかー?」
渡瀬賢治(72)、年季の入ったハン
チング帽を被り蓮を睨む。
渡瀬「・・・いらっしゃい」
蓮 「うわっ!」
瞬時に振り返る蓮。
蓮 「え、と、どうも」
頬が引きつる蓮。
渡瀬、顎をクイッと突き出しテーブル
席を示す。
蓮 「そ、そこに座れってことですか、ね」
渡瀬、腕を組み小さく頷く。
椅子の埃を払い、恐る恐る座る蓮。
渡瀬「・・・オムライスでいいかい?」
蓮 「はい?」
蓮を睨む渡瀬。
渡瀬「オムライスでいいかい?」
蓮 「は、はい」
ゆったりと踵を返しカウンターの奥へ
去る渡瀬。
渡瀬、水を持って来て蓮の目の前に乱
暴に置く。飛び散る水滴。
渡瀬、再びカウンターの奥へ去る。
終始硬直する蓮。
蓮、大きく息を吐く。
蓮 「ほんとに営業してるんだな」
蓮、店を見渡す。
ケンジ(23)、茶色く色あせたジャ
ケットを羽織り、ソファに座り読書を
している。
蓮 「わっ!」
蓮、驚き前に顔を向け直す。
蓮 「すみません、居るの気が付かなくて!」
蓮、そっと自分の脇の下からケンジを
覗く。
ケンジの座る席の周りは埃一つ無い。
ケンジ、変わらず読書を続ける。
蓮、安堵し水を一口飲む。
サチ(22)、黄色い花柄のエプロン
を身に纏い、オムライスをトレンチに
乗せ、ケンジの元へ歩み寄る。
サチ「お待ちどうさま!」
サチ、ケチャップがちょこんと乗った
オムライスをケンジの前に置く。
ケンジ、無言でスプーンを手に取りオ
ムライスを食べ始める。
サチ、悲しげに俯きカウンターの奥へ
去る。
渡瀬、オムライスを片手に蓮に歩み寄
る。
渡瀬「・・・あいよ」
蓮 「ありがとうございます・・・」
オムライスの上にケチャップがちょこ
んと乗っている。
蓮、無理やり笑顔を作りながら、
蓮 「お、俺も後ろのお客さんみたいに女性
の店員さんに持って来てほしかったなー!
なんて。ははは・・・」
蓮、表情を変えずに頬を掻く。
渡瀬、眉間に皺を寄せる。
渡瀬「・・・この店は俺一人だ」
蓮 「え・・・?そ、そんなはず」
蓮、後ろを振り向く。
誰もおらず、全ての席に埃が被ってい
る。
蓮 「は?」
渡瀬、黙ってカウンターの奥へ去る。
蓮、戸惑いながらオムライスを食べる。
一口飲み込んだ所で右目から涙を一滴
流す。
蓮 「あれ、何だこれ・・・?」
蓮、右手の人差し指で涙を拭い、濡れ
た人差し指をじっと見つめる。
ケンジ、オムライスを食べ終わりスプ
—ンを置く。
蓮、スプーンを置く音に反応して振り
返る。
蓮 「あ!す、すみません!」
ケンジ、手持ち鞄を持ち席を立つ。
蓮 「あの!あなたです、あなた!」
ケンジ、レジに向かって歩く。
蓮、立ち上がり腕を掴もうとする。
蓮の手がケンジの腕をすり抜ける。
蓮 「・・・は?」
サチ、カウンターからレジへ移動する。
サチ「えーと、500円です」
ケンジ、旧500円硬貨を一枚差し出
す。
サチ「ありがとうございました!」
サチ、満面の笑みでケンジを見る。
ケンジ、黙ってドアへ歩く。
サチ、哀愁の表情を浮かべ俯く。
ケンジ「・・・また来る」
サチ、顔を上げて微笑む。
サチ「お待ちしております!」
蓮、レジに駆け寄る。
蓮 「あの!ちょっといいですか!?」
サチ、笑顔のまま姿が薄れていき消え
る。
蓮、口を押さえながら
蓮 「はあ〜?」
渡瀬の声「おい!うるせぇぞ!黙って食え!」
蓮 「は、はい」
蓮、放心状態でオムライスを食べる。
× × ×
蓮、スプーンを置いてレジへ進む。
蓮 「ごちそうさまでしたー!お会計お願い
します!」
渡瀬、ゆったりと奥から現れる。
渡瀬「500円」
蓮、財布を開け小銭を漁り500円硬
貨を取り出して差し出す。
渡瀬「まいど」
蓮、少し間を置いて
蓮 「あの、この店って・・・」
渡瀬「なんだ?」
蓮 「いえ、ごちそうさまでした」
蓮、軽く会釈をして店を出る。
渡瀬、ケンジの座っていたソファを見
つめる。
タイトル「永遠に咲き君を待つ」
○大城家・リビング(夜)
テレビがバラエティ番組を写している。
食卓にはカレーとサラダが3人分置か
れている。
蓮、椅子に胡座をかいて座りカレーを
食べている。
すみれ、スプーンを置きテレビを見て
笑っている。
大城学(48)、ワイシャツにネクタ
イを少し緩めた姿で缶ビールを飲んで
いる。
学 「蓮、夏休み初日はどうだった?」
蓮 「んー、案外退屈しなかったよ」
学 「おぉ、何をしたんだ?」
蓮 「喫茶店でオムライス食べた」
すみれ「あら、蓮がオムライスなんて珍しい
わね」
学 「そういえばそうだな」
蓮 「そりゃ母さんが作らなきゃ食べないよ」
すみれ「蓮が小学生の頃に何度か作ろうとし
たけど毎回断るからいつからか作らなくな
ったのよ」
蓮、首を傾げる。
蓮 「ん?そうだっけ?」
すみれ「そうよ」
蓮 「何でだっけかなー?」
蓮、食べ終わった食器を重ねる。
蓮 「ご馳走さま!」
○同・蓮の部屋
蓮、ベッドに転がりながらスマホでゲ
ームをしている。
蓮 「・・・はあ」
蓮、スマホを置き天井を見上げる。
○喫茶『ハナミズキ』・ホール(回想)
ケンジ(23)、茶色く色あせたジャ
ケットを羽織り、店の奥の席に座り読
書をしている。
× × ×
ケンジ、レジに向かって歩く。
蓮、立ち上がり腕を掴もうとする。
蓮の手がケンジの腕をすり抜ける。
蓮 「・・・は?」
○大城家・蓮の部屋(夜)
蓮、左腕で目元を覆っている。
蓮 「あれ何だったんだろ・・・。幽霊?」
蓮、タオルケットを頭まで被り、眠り
に就く。
○同・玄関(昼)
蓮、財布とスマホをポケットに入れて
靴を履く。
蓮 「行ってきまーす」
すみれ、エプロン姿でリビングから玄
関を覗く。
すみれ「あら、また昨日の喫茶店行くの?よ
ほど気に入ったのね」
蓮、口籠らせて、
蓮 「んー、まあ、ね」
すみれ「遅くならないのよ」
蓮 「はーい」
蓮、玄関を出る。
○喫茶『ハナミズキ』・前
蓮、立ち止まり喫茶店を見渡している。
蓮 「やっぱやばいなこれは。営業してたよ
な?」
○同・ホール
蓮、ゆっくりとドアを開ける。
蓮 「こんにちはー・・・」
蓮の声がホールに響いている。
微かにジャズ調の音楽が聞こえる。
蓮、カウンターまで歩いて立ち止まる。
蓮 「おじさーん、いませんか・・・?」
渡瀬、カウンターの奥から現れる。
渡瀬「・・・いらっしゃい。また小僧か」
蓮 「小僧じゃなくて、蓮です」
渡瀬、右眉をピクッとあげて蓮を見る。
蓮 「・・・?あの?」
渡瀬「オムライスな。ちょっと待ってな」
蓮、昨日と同じ席に座る。
渡瀬、乱暴に水の入ったコップを置き、
カウンターの奥へ向かう。
蓮、テーブルの埃を息で吹き飛ばす。
埃が口に入り噎せる。
蓮 「ふー!・・・ゴホゴホ!」
蓮、胸をトントン叩く。
サチ「いらっしゃいま・・・あ、ケンジさん」
サチ、奥のテーブルを拭きながら入口
を見る。少しお腹が膨らんでいる。
ケンジ、三輪の花束を片手にドアの前
に立っている。
蓮、サチとケンジを交互に見る。
蓮 「出た」
ケンジ、サチの元へ歩み寄る。
目を泳がしながら、
ケンジ「サチ、そんな身体なんだ。働きすぎ
るなよ」
サチ「(ふふっと笑いながら)あら、優しい
のね」
ケンジ、目を逸らして頬を赤らめ、花
束をサチに向ける。
ケンジ「ん」
サチ、わあと声を出し笑顔で受け取る。
サチ「どうしたの?」
ケンジ「妊娠祝いだ」
サチ「ありがとう。うん、いい香りね。花瓶
買ってこなくちゃ」
ケンジ「・・・ん」
ケンジ、懐から花瓶を取り出す。
サチ「まあ、準備がいいのね。どうして三輪
なの?」
ケンジ「俺と、お前と・・・」
ケンジ、サチのお腹を見る。
サチ、自身のお腹をそっと撫でる。
ケンジと目が合い、微笑む。
ケンジ、サッと目を逸らす。
サチ「ねえ、これなんていう花?」
ケンジ「あぁ、それは」
渡瀬、オムライスを片手に蓮の元へ歩
み寄る。
渡瀬「お待ち」
蓮、渡瀬の方を見た後慌てて奥のテー
ブルを見直す。
奥のテーブル、誰もおらず埃を被って
いる。
渡瀬「・・・どうした?」
蓮 「い、いえ。いただきます!」
蓮、オムライスを食べながら、カウン
ター近くの枯れた花が生けてある花瓶
を見つめる。
蓮、呟くように、
蓮 「同じ花瓶だ・・・」
渡瀬「おい小僧。お前何か見えているのか?」
蓮 「え、・・・いや」
渡瀬「(即座に)何か、見えているのか?」
蓮 「・・・はい」
蓮、昨日今日と見たものを事細かに話
す。
× × ×
渡瀬「本当に、そんなことが・・・」
渡瀬、右手で口を覆う。涙が溢れる。
蓮 「だ、大丈夫ですか?」
蓮、渡瀬の顔を覗いている。
渡瀬「賢治」
蓮 「え?」
渡瀬「渡瀬賢治、俺の名前だ」
蓮、少し考えた後、
蓮 「賢治?ケンジって・・・!」
渡瀬、頷く。
渡瀬「恐らく小僧が見たのはこの店の記憶だ」
蓮 「記憶・・・」
渡瀬、蓮の肩を掴む。
渡瀬「・・・どうしてだ」
蓮 「え?」
渡瀬「どうして小僧にだけ見える!?何故俺
じゃないんだ!?ずっと、ずっと待ってい
るのに!」
渡瀬、目を充血させながら怒鳴る。
肩を掴む手が強まる。
蓮 「痛、痛いです!」
渡瀬「頼む!俺にも見せてくれ!もう一度、
サチに会わせてくれ!」
蓮 「し、失礼します!」
蓮、手を振りほどき500円硬貨を財
布から出してテーブルへ置く。
慌てて店を出る。
渡瀬、膝から崩れ落ちる。
渡瀬「サチ、サチ・・・!」
○住宅街・路地
蓮、店から少し離れた所まで走り、立
ち止まる。膝に手をつき息を切らして
いる。
蓮 「はあ、はあ・・・」
蓮、振り返り店を見つめる。
蓮 「どうすればいいんだよ・・・」
蓮、暫く立ち尽す。
○大城家・リビング(昼)(日替わり)
蓮、ソファに胡座をかきながら、録画
していたバラエティ番組を見ている。
蓮 「はははっ!くだらねぇー!」
すみれ、コーヒーを入れている。
すみれ「あら、今日は例の喫茶店行かないの
ね」
蓮、少し間をあけて、
蓮 「うん、流石に3日連続オムライスはき
ついからね」
すみれ、食卓に座りコーヒーを飲む。
すみれ「他のメニュー頼めばいいじゃない」
蓮 「オムライスしか置いてねーの」
すみれ「え・・・。蓮、その店って・・・」
蓮、すみれの方を向く。
蓮 「何?」
すみれ「・・・いいえ、なんでもないわ」
すみれ、コーヒーを一口飲む。
蓮、テレビの方を向き直す。
芸人の変顔を見ながら笑う。
蓮 「やばっ」
○同・蓮の部屋
蓮、パソコンを机の上で開き動画サイ
トを開いて音楽を聴いている。
× × ×
ベッドに寝転がり漫画を読んでいる。
読んでいたページに指を挟み漫画を閉
じ、腕を広げる。
天井の一点を見つめながら、溜息を吐
く。
ピロン、とポケットの中のスマホが鳴
る。
蓮、スマホを取り出し確認する。
○居酒屋『楓』・外観(夜)
飲み屋の立ち並ぶ繁華街の一角で和風
な雰囲気を醸し出している。店の前の
提灯には「酒」と書かれている。暖簾
には「楓」の文字が楷書で書かれてい
る。
○同・ホール
仕事終わりでスーツ姿のサラリーマン
達がジョッキを酌み交わしている。
蓮、ビールを飲み干しジョッキをテー
ブルに置く。
蓮 「ぷはー!やっぱうまいなビールは」
皆川武人(20)、子綺麗な白シャツ
を着てビールを少し飲み、ジョッキを
置く。
皆川「いやー、やっぱ僕はまだ慣れないなこ
の味」
皆川、眉間にしわを寄せる。
蓮 「ビールって飲めば飲むほど美味しく感
じるんだってさ!だからそのうち美味く感
じるよ」
皆川「蓮、そんなに飲んでるの?」
蓮 「俺は元々好きな味だったんだよ」
蓮、手を挙げて店員を呼び出す。
蓮 「んーと、ハイボールと唐揚げお願いし
ます。武人はまだ飲み物大丈夫?」
皆川「僕はもうちょいビールと戦うよ」
蓮 「おっけい。じゃあ以上で」
店員「はい、畏まりました」
蓮、お通しをつまむ。
蓮 「んで武人いつからこっちにいるの?」
皆川「昨日帰ってきたばっかりだよ。やっと
テストが終わってさ」
蓮 「お、ご苦労なこった」
皆川「どう?夏休み楽しんでる?」
蓮、真剣な眼差しで皆川を見る。
蓮 「それがさ、不思議なことがあって」
皆川「不思議なこと?」
蓮 「うちの近くにさ、ボロい喫茶店あるの
知ってる?」
皆川「ん?見たことないなぁ」
蓮 「だよな。俺も一昨日初めて知ったんだ」
皆川「20年も住んでるのにね」
蓮、笑いながら、
蓮 「それな。んでさ、その店で、なんか、
幻みたんだよね」
皆川「幻・・・?」
皆川、ビールを一口飲む。
蓮 「昔その店に来ていた客と店員の姿らし
いんだ。店の記憶?らしくて」
皆川、暫く蓮の目を見つめ、ビールを
一口飲む。
皆川「蓮、もうそんなに酔ってるの?」
蓮、深い溜息を吐く。
蓮 「まだビール一杯しか飲んでねーって!
本当なんだよ」
皆川「いや、流石にすぐ信じられないよ、そ
んなの。それが店の記憶って、なんでわか
ったの?」
蓮 「喫茶店のおっさんに全部話したんだ。
そしたら、その幻で見た客が自分だって言
うんだ。んで、スッゲー取り乱してた。な
んで俺には見えないんだーって。ずっと待
っているのにって」
皆川、ビールを飲み干す。
店員、ビールと唐揚げを持って来てテ
ーブルに置く。
店員「失礼します」
皆川、店員にジョッキを渡しながら、
皆川「すみません、カルーアミルクお願いし
ます」
店員「畏まりました」
蓮、ハイボールを一口飲む。
皆川「・・・え、マジなの?」
蓮 「(即座に)マジだよ」
皆川「マジか」
蓮 「マジだ」
皆川、素早く瞬きをして俯く。
顔を上げて、
皆川「よし、理解した」
蓮 「はやっ、マジで?」
皆川「マジだ」
蓮 「中学の時からそうだ。武人は俺の言う
事なんでも信じてくれるよな」
皆川「蓮に嘘つかれた事ないからね」
蓮「それでさ、言われたんだよ、そのおっさ
んに」
皆川「なんて?」
蓮 「俺にも見せてくれって。でもそんなの
俺にはどうしようもねーじゃん?」
皆川「まあ確かに」
蓮 「だろ?でも、今日一日ずっとそれが心
に引っ掛かってて」
蓮、唐揚げを食べて飲み込んでから、
蓮 「俺、どうすればいい?」
皆川「わからないよ」
蓮 「答えんの早くない?」
皆川、ふふっと笑う。
皆川「そりゃそうでしょう?無理な話じゃん
か」
蓮、テーブルに伏せる。
蓮 「だよなぁ。・・・もう行くのやめるか」
店員、カルーアミルクを持って来て皆
川の前に置く。
皆川お礼を言って一口飲む。
皆川「蓮はさ、絶対それだと忘れられないで
後悔すると思うよ?現に今も引っ掛かって
いるんでしょ?」
蓮 「はぁ?でも無理な話ってお前も言った
じゃん」
皆川「まあそのおじさんの願いを叶えること
は無理な話だけど、出来る事はあるんじゃ
ない?」
蓮 「出来る事・・・」
○大城家・蓮の部屋(夜)
蓮、机にノートを広げ、今までの出来
事を書いている。
文字を見ながらシャーペンで頭を掻く。
蓮 「ケンジとサチは幸せそうだったけど、
おじさんの反応的にハッピーエンドじゃな
かったんだろうなー」
蓮、ノートに大きくクエスチョンマー
クを書き、一番下に『Bad』と書く。
蓮 「情報量が少ないな・・・。よし、寝る」
蓮、シャーペンを置きベッドに倒れこ
む。
○同・玄関(昼)(日替わり)
蓮、ショルダーバッグを肩に掛け、靴
を履いて立つ。
すみれ、エプロン姿でリビングからや
ってくる。
すみれ「どこ行くの?」
蓮 「例の喫茶店」
すみれ「・・・そう」
蓮 「どうしたの?」
すみれ、首を横に振る。
すみれ「ううん、行ってらっしゃい。気をつ
けるのよ」
蓮 「はーい。行って来ます」
○喫茶『ハナミズキ』・ホール
渡瀬、カウンターに座り小説を片手に
コーヒーを飲む。
足音が聞こえ、振り向くと蓮が立って
いる。
蓮 「こんにちは、おじさん」
渡瀬「小僧・・・」
渡瀬、小説をカウンターに置き立ち上
がる。伏し目がちに、
渡瀬「こないだは、なんだ、その・・・。す
まなかった」
蓮 「いえ、大丈夫ですよ。代わりと言っち
ゃなんですが・・・」
渡瀬「・・・なんだ」
蓮、いたずらっぽく笑う。
蓮 「オムライス、ご馳走してください」
渡瀬、ハンチング帽を深くかぶる。
渡瀬「ふん、待ってろ」
渡瀬、カウンターの奥へ消える。
蓮、いつもの席に座る。
カウンターの奥からオムライスを作る
音が聞こえる。
蓮 「さあ、いつでも現れろ」
蓮、目を閉じる。
カウンターの方向からガタンと音がす
る。
蓮、振り返る。
ケンジ、眠っている赤ちゃんを抱き、
座っている。
蓮 「ケンジさん、ケンジさん!」
ケンジ、涙を流している。
涙が赤ちゃんの頬に落ちる。
蓮 「やっぱり聞こえない、か」
ケンジ「サチ、どこに行ってしまったんだ」
赤ちゃん、目を覚まし泣き始める。
ケンジ「ごめんな、ごめんなぁ・・・」
ゆっくりとケンジと赤ちゃんの姿が消
える。
渡瀬、オムライスを持ってくる。
渡瀬「あいよ」
蓮 「ありがとうございます」
渡瀬、カウンターに戻ろうとする。
蓮、引き止める。
蓮 「おじさん、なんでサチさんはいなくな
ってしまったんですか?」
渡瀬「・・・また、何か見えたのか」
蓮 「はい。ただ、今日見たのはもうサチさ
んがいなくなった後の店の記憶で、ケンジ
さんが赤ちゃんを抱いている姿でした」
渡瀬「そうか。だが、お前には関係のない事
だ」
渡瀬、カウンターに戻ろうとする。
蓮、再び引き止める。
蓮 「関係なくないです!見えてしまったか
ら。言ったじゃないですか、おじさん。も
う一度サチに会わせてくれって」
渡瀬「冷静になったよ。そんな事無理なんだ
ろう」
蓮 「はい、無理です」
渡瀬「それだったら」
蓮 「(遮って)でも力になれます。俺が見
た事をおじさんに伝えることが出来ます」
渡瀬、カウンター席に座る。
渡瀬「・・・俺も今だにわからないんだ。な
ぜいなくなってしまったのか」
蓮、「えっ」と声を漏らす。
渡瀬「ある朝起きたら、隣にはもう・・・」
蓮 「じゃあ、サチさんがいなくなってしま
った原因を探る手伝いをします!」
渡瀬「・・・今できることはない。それ食っ
たら早く帰れ」
蓮 「でも・・・」
渡瀬、カウンターの奥へ去る。
× × ×
蓮、食べ終わった皿にスプーンを置く。
立ち上がりカウンターの奥へ向かって、
蓮 「ご馳走様でした」
と言う。
蓮、少し立ち止まって渡瀬を待つ。
小さく溜息を吐いてからドアへ向かう。
ドアの取っ手に手を掛けたところで渡
瀬、
渡瀬「・・・また来い」
と言う。
蓮、振り返る。
渡瀬、腕を組みハンチング帽で顔を隠
してカウンター席に座っている。
蓮 「いいんですか?」
渡瀬「言ったはずだ、今できることはないと。
だから、明日来い」
蓮、笑顔で「はい!」と頷く。
○大城家・リビング(夜)
蓮、食卓の椅子に胡座をかき座りテレ
ビを見ている。
すみれ、キッチンで夕飯の準備をして
いる。
蓮 「今日親父は?」
すみれ「残業らしいわよ」
蓮 「ふーん」
すみれ、ケチャップがちょこんと乗っ
たオムライスを蓮の前に置く。
すみれ「夕飯、出来たわよ」
蓮、オムライスを目を大きく開いて見
つめる。
蓮 「え、これって・・・」
すみれ「最近あなたの行ってる喫茶店の名前
って、喫茶『ハナミズキ』?」
蓮、すみれの顔を凝視する。
蓮 「どうしてそれを?やっぱり知ってた
の?」
すみれ、少し迷ったような顔で、
すみれ「そのお店はオムライスとコーヒーし
か出していなくて、花瓶が一瓶置いてある。
店主の名前は渡瀬賢治。堅物な人よね」
蓮 「ず、随分詳しいね」
すみれ「蓮、驚かないで聞いて欲しいの」
蓮、動揺しながら、
蓮 「どうしたんだよ」
すみれ、椅子に座り真剣な眼差しで蓮
を見つめる。
すみれ「渡瀬賢治は私のお父さん」
蓮、「えっ」と声を漏らす。
すみれ「つまり、あなたのおじいちゃんよ」
蓮 「え、・・・は?いやいや、おじいちゃ
んって、俺が小学生の時に死んじゃったん
だよね?あんまり覚えてないけど・・・」
すみれ「えぇ、そうね。それと同じ年に、喫
茶『ハナミズキ』も取り壊されたのよ。あ
の場所は今は空き地になっているはずなの」
蓮、両手で頭を抱える。
蓮 「ちょ、ちょっと待って。何言ってんだ
よ。だって、今日も俺行ってきたし、おじ
さん・・・いや、おじいちゃん?にも会っ
てんだよ?」
すみれ「最初は私も信じられなかったわよ。
でもあなたが嘘をついているようにも見え
なくて・・・」
蓮 「じゃあ、俺が行ったのって?いや、でもあの店で幻見てるしな・・・」
すみれ「え?」
蓮 「あ、えと・・・。『ハナミズキ』で若
い頃のおじいちゃんとサチさん、は、おば
あちゃんか。その二人の幻を見たんだ」
すみれ「え、お母さんを見たの!?」
蓮 「う、うん」
すみれ、涙を浮かべる。
すみれ「そうなのね・・・。蓮、今から一緒
に行ってくれない?『ハナミズキ』に。私
もお母さんに会いたいの」
蓮、戸惑いながら、
蓮 「わかった」
と言う。
○住宅街・路地
すみれ、T字路の手前で立ち止まる。
蓮 「どうしたの?母さん」
すみれ「ちょっと緊張しちゃって」
すみれ、自分の胸を撫でる。
すみれ「うん、大丈夫。行きましょう」
蓮 「あぁ」
蓮とすみれ、T字路を左に曲がる。
蓮 「え・・・」
目の前には何もない空き地が広がって
いる。
蓮 「どうして・・・。本当にここに建って
たんだ!ボロボロだったけど。おじいちゃ
んだってまた明日来いって!」
蓮、すみれに必死に訴えかける。
すみれ「大丈夫よ、疑ってなんかないから。
でもどうしてかしら。蓮一人の時にしか現
れないってこと・・・?」
蓮 「わからない・・・。どうしよう、もう
会えなかったら。おじいちゃんの力になる
って約束したんだ。サチさんがいなくなっ
た原因を探る力になるって!」
すみれ、取り乱す蓮を抱きしめる。
すみれ「ありがとう、蓮。ありがとうね。で
も今日は帰りましょう」
蓮、頷く。
○大城家・リビング(昼)
蓮、ソファで胡座をかき俯いている。
蓮 「おじいちゃん・・・」
すみれ、蓮の隣に座り蓮の背中を撫で
る。
すみれ「蓮はおじいちゃんっ子だったわよね」
蓮 「・・・そうだったっけ?」
すみれ「そうよ。おじいちゃんが作ってくれ
るオムライスが大好きで。亡くなってから
はオムライスを作ってあげるって言っても
断るんだから。きっとおじいちゃんを思い
出してしまうのが辛かったのよね」
蓮 「全然覚えてないや」
すみれ「・・・今日はどうするの?」
蓮 「今日はやめておこうかな」
すみれ「そう」
すみれ、キッチンに戻る。
蓮、ソファに横たわる。
蓮 「はぁ・・・」
カリカリと音がする。
蓮、音のする方を見る。
三毛猫、外でサッシを引っ掻いている。
蓮 「ん?」
○住宅街・路地(昼)(回想)
首に鈴をつけた三毛猫、蓮の目の前を
横切る。
蓮 「お?」
三毛猫、立ち止まり蓮を振り返る。
再び少し歩き、また蓮を振り返る。
○大城家・リビング(昼)
蓮 「あの猫・・・!」
蓮、急いでソファを降りる。膝をテー
ブルにぶつける。
蓮 「いてっ!」
三毛猫、歩き出す。
蓮 「ちょっと待って!」
すみれ、キッチンから顔を覗かせる。
すみれ「どうしたの?」
蓮 「母さん!やっぱりあの喫茶店行くよ!
一緒に来て!」
すみれ「え、でも・・・」
蓮 「いいから早く!」
蓮、すみれの手を引き家を出る。
○同・玄関前
蓮、すみれを引き連れ慌てて家を出る。
三毛猫、座ってじっと蓮を見つめてい
る。家を出たのを確認して歩き出す。
蓮 「いた!あの猫を追おう!」
すみれ「分かったから、ちょっと待って!」
蓮 「あ、うん。ごめん」
三毛猫、蓮とすみれが立ち止まってい
るのを確認し立ち止まる。
すみれ「あの猫ちゃんも待ってくれているみ
たいだし、ゆっくり行きましょう」
蓮、頷く。
○住宅街・路地
蓮とすみれ、歩きながら三毛猫を追う。
すみれ「それで、どうしてあの猫を追ってい
るの?」
蓮 「初めて『ハナミズキ』を見つけた日も、
あの三毛猫に連れ回されてたんだ。もしか
したら導いてくれてたのかも・・・」
すみれ「そうだったのね。何者なのかしら」
× × ×
三毛猫、T字路の手前で振り返り、蓮
とすみれを確認すると左に曲がり、「
にゃあ」と鳴く。
蓮 「行こう」
すみれ、頷く。
蓮とすみれ、T字路を左に曲がる。
目の前には三毛猫の姿はなく、かなり
老朽化の進んだ一階建ての木造建築が
ひっそりと建っている。ドアの近くに
は看板が落ちており、辛うじて『喫茶
ハナミズキ』と読むことができる。
すみれ、両手で口元を覆う。
すみれ「本当に、あった・・・!」
蓮 「中に入ろう」
すみれ「ええ」
○喫茶『ハナミズキ』・ホール
蓮、ゆっくりと店の中へ入る。
ジャズ調の音楽が微かに流れている。
すみれ、蓮の後に続いて恐る恐る入る。
渡瀬、入り口に背を向けてカウンター
に座り、小説を読んでいる。足音に気
付き、振り向く。
渡瀬「小僧か・・・」
渡瀬、すみれを見て固まる。
渡瀬「すみれ、なのか・・・?」
すみれ、渡瀬の元へ駆け寄り抱きつく。
すみれ「お父さん、お父さん!会いたかった」
すみれ、涙を流す。
渡瀬、戸惑いながら抱き返す。
渡瀬「すみれ、どうしたんだ?少し、老けた
か?」
すみれ、離れて渡瀬の肩を軽く叩く。
すみれ「娘になんてこと言うんですか!でも
当然よね」
渡瀬、蓮に目を向ける。
渡瀬「小僧、どういうことだ?」
蓮 「えっと・・・」
すみれ「お父さん。あの子は蓮。あなたの孫
よ」
渡瀬、目を見開きすみれを見つめる。
渡瀬「・・・この間まで小学生だったじゃな
いか」
すみれ、蓮と目を合わせる。
すみれ「全部、話していいわよね」
蓮 「うん、それがおじいちゃんのためだと
思う」
渡瀬、二人を交互に見る。
すみれ「お父さん、よく聞いて。お父さんは
十五年前に亡くなっているのよ」
渡瀬「・・・何を言っている」
蓮、渡瀬の元に歩み寄る。
蓮 「本当なんだ。このお店も十五年目に取
り壊されてる。俺がおじいちゃんとサチさ
んの幻を見ているように、この店とおじい
ちゃん自体も・・・幻なんだよ」
渡瀬、口を開けるが言葉が出ない。立
ち上がり、カウンターの奥へ行く。
蓮とすみれ、困った顔で顔を見合わせ
る。
すみれ、カウンター席に座る。
蓮、すみれの隣に座る。
蓮 「おじいちゃん」
と呟く。
× × ×
渡瀬、ケチャップのちょこんと乗った
オムライスを両手にやってくる。
二人の前に置く。
渡瀬「・・・とりあえず食え」
蓮とすみれ、同時に「いただきます」
と言う。
すみれ、涙を流す。
すみれ「うん、美味しいわ。とっても」
渡瀬、頬を赤らめる。
渡瀬「ふんっ。・・・それで、俺は本当に死
んでいるのか」
すみれ「・・・えぇ、そうよ」
渡瀬「そうか」
蓮 「疑わないの?」
渡瀬「娘と孫の言うことを信じないでどうす
る。だが、どうしてこんなことが・・・」
蓮 「おじいちゃんは、ずっとサチさんを待
っていたんでしょう?死んでも、まだ待ち
続けているんじゃない?」
渡瀬「そうかも、しれないな。こぞ・・・い
や、蓮。今日はなにか見えたのか?」
蓮、申し訳なさそうに首を横にふる。
渡瀬「そうか・・・」
すみれ、奥の席を見て「あっ」と声を
上げる。
すみれ「お母、さん?」
蓮と渡瀬、すみれの見ている方を見る。
蓮 「あ、サチさんだ、おじいちゃんサチさ
んだよ!」
サチ、花瓶に挿している三輪の花の匂
いを嗅ぎ、周りを掃除している。
渡瀬「・・・どこだ?」
蓮、サチを指差し必死に訴える。
蓮 「ほら!ここだよ!ここで掃除をしてい
るじゃないか!」
渡瀬、目を細めながら蓮の指差す方向
を見る。
渡瀬「やはり俺には、見えないみたいだ」
すみれ「お母さん、私よ、すみれよ!お母さ
ん!」
サチ、カウンターの掃除を終え、テー
ブル席の掃除を始める。
蓮 「サチさん!・・・やっぱりこっちの声
聞こえないのか」
渡瀬「サチは今、何をしているんだ?」
蓮 「お店の掃除をしてる。おじいちゃんが
あげた花の匂いを嗅いで嬉しそうにしてい
たよ」
渡瀬、少し微笑み「そうか」と呟く。
小さい足音が聞こえる。
蓮、足元を見ると三毛猫が歩いている。
蓮 「あ、この三毛猫・・・」
サチ、三毛猫を見る。
サチ「あら猫ちゃん。迷い込んだのかしら?」
蓮 「え?」
三毛猫、カウンターを駆け上り花瓶を
倒す。
ゆっくりと床に落ちる花瓶。
花瓶の割れる音が店中に響き渡る。
その場にいる全員の動きが一瞬止まる。
花瓶の割れる音が収まると同時にサチ
の姿が消える。
三毛猫「にゃあ」
三毛猫、床に降りて立ち上がり、徐々
にサチの姿に変化する。
サチ、顔を上げ微笑む。
サチ「・・・やっと、やっと会えた」
蓮 「サチ、さん?」
サチ「ケンジさん、会いたかったわ。すみれ、
そばにいてあげられなくてごめんね」
すみれ、右手で口を覆い涙を流す。
渡瀬「本当に、サチ、なのか・・・?」
渡瀬、サチの元へ駆け寄り肩を掴む。
渡瀬「サチ!どうして、どうしていなくなっ
てしまったんだ!?」
サチ「・・・私ももっと一緒に居たかった。
ケンジさんと一緒にすみれの成長を見たか
ったし蓮くんにも会いたかった」
渡瀬「なら、どうして・・・」
サチ「それはね・・・」
○渡瀬家・寝室(朝)(回想)
敷布団を二つ並べ、ケンジとサチが寝
ている。
サチ側にピンク色の小さな揺り籠が置
いてあり、中で赤ん坊のすみれが眠っている。
掛け時計は朝四時半を指している。
サチ、目を覚まし布団からそっと出る。
寝ている赤ん坊の頭を撫で、ケンジの寝顔を見て微笑み襖をゆっくり開けて部屋を出る。
サチの声「あの日、私はケンジさんに気づか
れないようにそっと家を出たの」
○住宅街(回想)
霧がうっすらと出ている。
サチ、まだ薄暗い街を歩いている。
サチの声「でもいなくなるつもりはなかった。
その日のうちには帰る予定だったの」
× × ×
サチ、バス停で立ち止まり時刻表を確認し、ベンチに座る。
サチの声「ケンジさんが探していた本、遠く
の本屋さんにあるって知って買いに出かけ
たの。ケンジさんを驚かせたくて」
○本屋
本棚一杯に本が並べられている。
全て番号通りに並んでいる。
サチ、目当ての本を見つけ、手にとる。
サチの声「その時だったわ」
店中に煙が充満し、あっという間に視界が消える。
逃げ惑う人々の声が店に響く
サチ、咳をしながら倒れこむ。
サチ「ケンジさん、すみれ・・・」
サチ、炎に包まれる。
サチの声「一気に煙を吸い込んじゃったのね。
私はもう、意識を無くしてしまっていたわ」
○喫茶『ハナミズキ』・ホール
サチ「そして気がついたら何故だか猫の姿に
なってこの街にいたってわけよ」
渡瀬「そんな・・・。気付いてやることがで
きなくてすまん。でもどうして俺のために
本なんか・・・。なんでもない日だったろ
う?」
サチ「ケンジさんが妊娠祝いだって花を買っ
てきてくれたから、すみれが無事に生まれ
てから何かお返しがしたいと思っていたの」
サチと渡瀬、割れた花瓶を見る。
サチ「私はどうしてまだこの世界に残ってい
るのか。ずっと分からなかった。でもケン
ジさんが死んでお店を取り壊した後、この
お店を見つけた時思ったの。私はまだケン
ジさんを待たせてしまっているから逝けな
いんだって」
サチ、蓮を見る。
サチ「でも私にはどうすることもできなかっ
た。そんな時蓮くんに気付いてもらえた。
お店を見つけてくれた。嬉しかったなぁ」
蓮 「サチさん・・・」
サチ、渡瀬を見る。
サチ「ごめんなさい。ケンジさんは私を待っ
て、死んでしまっても尚このお店に縛り付
けられてしまっていた・・・」
ケンジ、サチに歩み寄り抱きしめる。
ケンジ「馬鹿野郎。こういう時はごめんなさ
いじゃなくて、ありがとう、だろうが。そ
れに全部俺のためだったんだろ?謝ること
は何一つねーぞ」
サチ「(頷きながら)うん、うん!ありがと
う、ケンジさん。ずっと私を待っていてく
れて」
すみれ、二人に駆け寄り抱きつく。
すみれ「お母さん!お父さん!」
サチ「すみれ、幸せそうでよかった。蓮くん
のことも立派に育て上げて、偉かったね」
すみれ「はい・・・!」
蓮、カウンター席に座り、3人を眺め
て微笑む。
蓮 「ははっ。どっちが母親だよ」
サチ、二人の元を離れ蓮に歩み寄る。
サチ「蓮くん、ありがとう。私たちを再会さ
せてくれて。私とあなたと会わせてくれて」
蓮、顔を赤らめて頬を掻く。
蓮 「俺は何も・・・。サチさんに会えてよ
かったです」
サチ「ねえ蓮くん、おばあちゃんって呼ん
で?」
蓮 「え?」
サチ「いいから」
サチ、蓮を少し睨む。
蓮 「お、おばあちゃん」
サチ、微笑む。
サチ「ふふっ。この年で孫に会えるなんて夢
にも思わなかったわ。あ、これ夢みたいな
ものかしら?」
蓮 「夢でもいいじゃないですか」
サチ「そうね」
サチ、渡瀬の元へ歩み寄る。
サチ「ケンジさん、もう行きましょう。今度
は一緒に」
渡瀬「あぁ、そうだな」
すみれ「待って!お母さん、ごめんなさい。
大切にしていたこのお店を、取り壊してし
まって・・・」
サチ「いいの。オムライス、あなたがちゃん
と受け継いでくれているから」
すみれ「・・・はい!」
サチ「じゃあね。すみれ、蓮くん。ほら、ケ
ンジさんもお別れを言って?」
渡瀬、ハンチング帽を脱ぎ胸に抱える。
渡瀬「・・・頑張れよ」
サチ「ふふっ。それだけ?」
渡瀬「ふんっ」
辺りが光りだす。
すみれ「お母さん、お父さん。あっちでも仲
良くね」
蓮 「おじいちゃん、おばあちゃん。会えて
よかった」
サチ、満面の笑顔で頷く。
渡瀬、ありがとうと口を動かす。
蓮とすみれ、眩い光に包まれ目を瞑る。
○住宅街・空き地(夕)
砂利だらけの空き地が広がっている。
カラスの鳴き声が聞こえる。
蓮、すみれと砂利の上に立ち尽くして
いる。
蓮 「行っちゃったね」
すみれ「えぇ」
○同・路地
蓮とすみれ、微妙な距離感で歩く。
すみれ「ちょっと遠回りしよっか」
○草原
広い草原が夕焼けを反射し橙色に染ま
っている。
蓮 「すっげ」
すみれ「この場所ね、おじいちゃんとおばあ
ちゃんの思い出の場所だったのよ」
蓮 「え?」
○同(回想)
太陽の光が草に反射して光る。
蓮 「うわ、すげー。こんな場所あったんだ。
ここに連れてきたかったのか?」
三毛猫、少し立ち止まり再び歩き出す。
○同
蓮 「そーゆーことね」
すみれ「あなたの名前、おじいちゃんの一番
好きな花の名前から取ったのよ。蓮の花」
蓮、すみれの横顔を見つめる。
○喫茶『ハナミズキ』・ホール(回想)
ケンジ、目を逸らして頬を赤らめ、花
束をサチに向ける。
ケンジ「ん」
サチ、わあと声を出し笑顔で受け取る。
サチ「どうしたの?」
ケンジ「妊娠祝いだ」
サチ「ありがとう。うん、いい香りね。花瓶
買ってこなくちゃ」
ケンジ「・・・ん」
ケンジ、懐から花瓶を取り出す。
サチ「まあ、準備がいいのね。どうして三輪
なの?」
ケンジ「俺と、お前と・・・」
ケンジ、サチのお腹を見る。
サチ、自身のお腹をそっと撫でる。
ケンジと目が合い、微笑む。
ケンジ、サッと目を逸らす。
サチ「ねえ、これなんていう花?」
ケンジ「あぁ、それは『蓮の花』だ。苦しい
環境でこそ、大きな花を咲かす」
サチ「ふふっ。私たちにぴったりね」
○草原
蓮 「そっか、あの花が・・・。そっかぁ」
蓮、草原に寝転がる。
すみれ「ふふっ。何してるのよ」
蓮 「ねえ、お母さん。オムライスの作り方
教えてくれない?」
すみれ「・・・いいわよ。じゃあ材料買って
帰りましょ」
蓮 「あ、今日じゃなくていいや」
すみれ「どうしてよ」
蓮 「俺この数日でどんだけオムライス食っ
てると思ってるの?」
すみれ「そうだったわね」
すみれ、笑いながら蓮の横に寝転がる。
(了)
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