僕は彼女をジェシカと名付けた 恋愛

友人に恋人を寝取られ人間不信となった江洲翔平(30)は、マネキン・ジェシカに恋をする。いつしかジェシカと同居を始めた江洲はある日、隣人・宇津木優(25)も男性型マネキンと同居している事を知り……。
マヤマ 山本 5 0 0 12/24
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第一稿

<登場人物>
江洲 翔平(30)洋食屋の厨房スタッフ
宇津木 優(25)江洲の隣人
椎 千秋(30)江洲の友人
市場 愛(30)江洲の元恋人、弁護士

店長
スタッフ ...続きを読む
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<登場人物>
江洲 翔平(30)洋食屋の厨房スタッフ
宇津木 優(25)江洲の隣人
椎 千秋(30)江洲の友人
市場 愛(30)江洲の元恋人、弁護士

店長
スタッフA
スタッフB
男性刑事
女性刑事

ジェシカ 女性型マネキン
ショウ 男性型マネキン



<本編>
○デパート・前
   ショウウィンドウに飾られた女性型マネキン(以下、このマネキンの事をジェシカと呼ぶ)。
   ガラス越しにジェシカを見ている江洲翔平(30)。手に持っていたカバンを落とす。
江洲M「僕は彼女を、ジェシカと名付けた」

○アパート・外観
   二階建て。
   軽トラックが停まっている。

○同・江洲の部屋・中
   間取りは1K程度。階は二階。
   部屋中に段ボール箱が積んである。引越し作業中の江洲。そこに段ボール箱を抱えて入ってくる椎千秋(30)。悔しいが、イケメンである。
椎「おーい、翔平。コレどこ?」
江洲「あ〜、ソコ置いといて」
椎「(箱を下ろし)あ〜、疲れた。よし、ここらでよ、ちょっくら休もうぜ」
江洲「何で千秋が決めんだよ。ったく、しょうがねぇな」
   腰を下ろす椎と、近くのダンボール箱を開ける江洲。箱の中、一番上に江洲と市場愛(30)のツーショット写真が入っている。
江洲「おい、千秋。(写真を指して)コレ、捨てとけ、って言っただろ」
椎「ハハ、悪ぃ悪ぃ」
江洲「ったく」
   写真を破こうとするも出来ず、箱の中に戻す江洲。
椎「それにしてもよ、何と言うか。俺はてっきり、翔平は愛ちゃんと結婚するもんだと思ってたけどな」
江洲「俺だってそのつもりだったさ」
椎「だったらよ、一回寝取られたくれぇで別れんなよ。しかも『出て行け』って言うならともかくよ、自分がマンション出て行くとか、おかしくねぇ?」
江洲「……ソレ、寝取った本人が言うか?」
椎「だからよ、お詫びに引越し手伝ってんだろうが。それと(袋を取り出し)コレは引越し祝い。希崎ジェシカの最新作」
   袋から希崎ジェシカのアダルトDVDを取り出す椎。段ボール箱の中から同じDVDを取り出す江洲。
江洲「もう持ってる」
椎「ハハ、さすが」
江洲「ったく。続きやるぞ」
   部屋から出て行く江洲。

○同・同・前
   出てくる江洲。隣の部屋に入ろうとしている宇津木優(25)と目が合う。
江洲「あ、お隣さんですか? 今日、ココに越してきた江洲と申します」
   逃げるように部屋に入って行く優。
江洲「? 何だ?」
   そこにやってくる椎。
椎「どうかしたか?」
江洲「別に。お隣さんに挨拶しただけ」
椎「へぇ。女?」
江洲「あぁ」
椎「若い? かわいい? 俺のタイプ?」
江洲「興味ねぇ」
椎「またまた〜。愛ちゃんと別れたんだしよ、新しい出会い求めてんじゃねぇの?」
江洲「……」
椎「え? まさか、もう相手居んのか?」
江洲「ったく、そういう所は鋭いよな」
椎「おいおい、聞いてねぇぞ。一体、どこで出会ったんだよ」
江洲「不動産屋がデパートの中にあってさ。ソコで」
椎「デパガか。いいじゃねぇか。若い? かわいい? 俺のタイプ?」
江洲「千秋。お前、反省してねぇだろ」
   サムズアップする椎。
江洲「ったく」

○同・外観(夜)

○同・江洲の部屋・中(夜)
   棚に希崎ジェシカのDVDをズラリと並べて収納している江洲。ふと、窓の外に目を向ける。
江洲「ジェシカ……」

○同・外観(朝)

○デパート・前
   ショウウィンドウ越しにジェシカと向かい合う江洲。
江洲「おはよう、ジェシカ。行ってきます」

○洋食屋・外観
   商店街の一画にある店。道路を挟んだ向かい側にはペットショップ。

○同・店内
   ランチタイムで混んでいる。

○同・厨房
   調理中の厨房スタッフ達や店長。その中に居る江洲。
スタッフA「店長、お願いします」
店長「(味見して)薄い。やり直し」
スタッフB「店長、お願いします」
店長「(味見して)塩足して」
江洲「店長、お願いします」
店長「(味見して)うん、OK」

○デパート・前(夜)
   ショウウィンドウ越しにジェシカと向かい合う江洲。
江洲「ただいま、ジェシカ」

○アパート・前(夜)
   階段手前のポストから郵便物を取り出す優。一通がこぼれ落ちる。
優「あっ」
   それを拾う江洲。宛名には「宇津木 優」と書いてある。
江洲「落ちましたよ」
   江洲から奪うように郵便物を受け取る優。逃げるように階段を駆け上がる。
江洲「宇津木優さん、か……」

○デパート・前
   ショウウィンドウ越しにジェシカと向かい合う江洲。
江洲「おはよう、ジェシカ。服、替えたんだね。いいじゃん、似合ってるよ」
   周囲の人々、江洲の事を不審な目で見ている。
江洲「(視線に気付きながら)じゃあ、行ってきます」

○洋食屋・前(夜)
   「お先です」と言いながら、裏口から出てくる江洲。
江洲「やべっ、間に合うか……?」
   向かいのペットショップで働く店員姿の優。動物には笑顔で接する優。
江洲「へぇ……。って、時間ねぇんだって」
   走り出す江洲。

○デパート・前(夜)
   既に閉まっているシャッター。そこに立ち尽くす江洲、肩で息をしている。
江洲「くそっ、マジか……(シャッターをノックし)ジェシカ、ジェシカ〜!」

○アパート・外観(夜)

○同・江洲の部屋・中(夜)
   入ってくる江洲。
江洲「ただいま」
   キッチンで調理中の愛の幻影。
愛「お帰り、翔。遅かったね」
江洲「ちょっと残業させられてさ。で、何、夕飯作ってくれてんの?」
愛「まぁね。翔の好きなナポリタン」
江洲「おっ、やった」
愛「でもね、翔の味にはほど遠いというか……難しいね」
江洲「じゃあさ、代わる?」
愛「ううん、大丈夫。それよりね、洗濯物取り込んどいて欲しいんだけど」
江洲「了解。(ドアに鍵をかけるために一度背を向け、振り返り)そういえば……」
   既に消えている愛の幻影。
江洲「ったく、何してんだ俺は」
   ベランダから洗濯物を取り込む江洲。
優の声「ショウ」
   驚き、周囲を見回す江洲。
優の声「ねぇ、ショウってば」
   声の出所が優の部屋だと気付く江洲。
優の声「聞いてる? 今日、ウチの店にうるさいお客さんが来て……」
江洲「俺な訳ねぇか」
   ガラス戸を閉める江洲。
江洲「ペットでも飼ってんのか?」

○デパート・外観

○同・前
   ショウウィンドウの前に立つ江洲。ジェシカの姿がない。
江洲「あれ? ジェシカ?」

○同・婦人服売り場
   周囲を見回しながら歩く江洲。
江洲「ジェシカ〜? どこ行った……」
   青ざめる江洲。
   衣装替えの為、腕や顔がバラバラにされているジェシカ。
江洲「おい、止めろ!」
   従業員に掴み掛かる勢いで迫る江洲。警備員に止められる。
江洲「放せ! ジェシカが、ジェシカ〜!」

○同・前
   元の場所に戻っているジェシカと、それを見ている江洲。
江洲「ジェシカ……。俺は君の為に、何をしてあげられる……?」
   ジェシカに向け手を伸ばす江洲。

○DVDショップ・アダルトコーナー(夜)
   DVDの棚に手を伸ばす江洲。希崎ジェシカのアダルトDVDを手に取る。
江洲「ジェシカ……」
   そのDVDをレジに持っていく江洲。
   レジに立つのは店員姿の椎。手元以外はしきりがある為、お互いの顔は見えていない。
椎「何で理解されねぇんだろうな?」
江洲「え?」
椎「AV女優ってのは、俺たちに直接手を触れる事なく、画面を通して、それでも同種の興奮と感動を与えてくれる。そんな尊い存在だってのによ、何故世間では理解されねぇのか……。お客さんは、どう思う?」
江洲「(しきりから顔を覗かせ)千秋。お前客とそんな話してんのか?」
椎「翔平だと思ったからしてんだよ。俺が誰彼構わずよ、こんな話すると思うか?」
江洲「思うね」
椎「ハハ、正解」
江洲「ったく」
椎「で、例の新しい彼女はどうなんだ? 翔平がAV観る事はOKなのか? 愛ちゃんみてぇに後々になって『内心嫌だった』なんて言ってきたりしなさそうか?」
江洲「そんな話、どこで聞いたんだよ」
椎「ベッドの上」
江洲「喧嘩売ってんのか?」
椎「いや、DVDしか売ってねぇよ」
江洲「ったく。そもそもさ、まだ付き合ってる訳じゃねぇから」
椎「何躊躇してんだよ」
江洲「色々あんだよ」
椎「……愛にリスクは付きもんだぜ?」
江洲「え?」
椎「例えばよ、こうやってAVを新品で買う人間が居る。一方で、レンタルで借りるだけの男が居て、中古やレンタル落ちしか買わねぇ奴が居て、サンプル映像やネットの違法な無料動画しか観ねぇ輩も居る」
江洲「何の話して……」
椎「(無視し、DVDを掲げ)観る映像は一緒なのに、支払う金額が違う。この差は何だ? 愛だ」
江洲「愛……」
椎「そして、支払う金額がリスクだ。リスクの大きさこそが愛の大きさ。『彼女のためなら俺は何だって出来る』ってヤツだ。どうだ? 翔平は出来んのか?」
江洲「……あぁ。何だってやってやるさ」
椎「なら、奪っちまえ。本当に愛してんならよ、どんなリスクだって冒せるハズだ」
   サムズアップする椎。
江洲「……悪い、ちょっと行ってくるわ」
   出て行く江洲。
椎「(江洲の背中を見送り)翔平もとうとう寝取る側か。感慨深いね〜」

○デパート・外観(夜)
   警報が鳴り響く。

○同・前(夜)
   ジェシカを抱え、逃げて行く江洲。

○アパート・外観(朝)

○同・江洲の部屋・中(朝)
   ベッドで寝ている江洲。目を覚ますと隣で横になっているジェシカ。
江洲「おはよう、ジェシカ」
    ×     ×     ×
   玄関で出勤準備をする江洲と、玄関に立つジェシカ。
江洲「それじゃ、ジェシカ。行ってきます」
   周囲を気にし、ドアを最小限だけ開けて外に出て行く江洲。

○同・同・同(夜)
   周囲を気にし、ドアを最小限だけ開けて帰ってくる江洲。朝と同じ場所に立っているジェシカ。
江洲「ただいま、ジェシカ」
    ×     ×     ×
   座卓で食事する江洲。その向かい側にジェシカ。下半身部分を外す等して目線の高さは江洲と一緒(ただし、下半身部分は物陰等で映らないように)。
    ×     ×     ×
   風呂から出てくる江洲。腕にバスタオルをかけて立っているジェシカ。
江洲「お、ありがとう」
    ×     ×     ×
   ベッドに横になる江洲とジェシカ。
江洲「いいよね、ジェシカ」
   ゆっくりとジェシカの服を脱がし始める江洲。露になったジェシカの胸元にキスをする。

○同・同・前(朝)
   ドアの向こうから「行ってきます」という声が聞こえてくる。
   周囲を気にし、ドアを最小限だけ開けて出てくる江洲。かすかに笑みを浮かべている。ふと横を見ると同じくドアの前に立つ優と目が合う。
江洲「あ……(誤摩化すように)おはようございます」
   江洲から目をそらし、逃げるようにその場を立ち去る優。
   気まずい表情の江洲。しかしやがて思い出したように笑みを浮かべる。

○洋食屋・厨房
   皆、忙しそうで殺伐とした雰囲気。
   鼻歌混じりに調理する江洲。その様子を訝しげに眺める他の厨房スタッフ。

○アパート・江洲の部屋・前(夜)
   鼻歌混じりで帰ってくる江洲。ドアの前に立つ愛。
愛「翔」
江洲「愛……。何でココが?」
愛「千秋君に聞いた」
江洲「ったく、余計な事言いやがって」
愛「その……(頭を下げ)本当にゴメン」
江洲「別に、謝られてもさ」
愛「わかってる。もちろん、許して貰うのは難しいと思う。でもね、身勝手な事を言わせてもらうと、私はまだ翔が好きなの」
江洲「悪いけど、俺はその気はねぇからさ。千秋から聞いてんだろ?」
愛「何を?」
江洲「新しい相手が居る、って」
愛「え!?」
江洲「ったく、肝心な事黙りやがって」
愛「そう……なんだ……。それって、もう付き合ってるって事?」
江洲「……とにかく、話す事はないからさ。帰ってよ」
   ドアを少しだけ開け、中に入ろうとする江洲。
愛「待って。まだ話は……」
   閉じかけたドアを無理矢理開ける愛。
   玄関に立っているジェシカの姿。
愛「うわっ!? ビックリした。え、何でこんな所にマネキンあるの?」
江洲「それは……」
愛「何? インテリア? あ、ここに上着をかけるとか……?(と言いながらジェシカの右腕に触れる)」
江洲「触るな!」
   愛が驚いた拍子にジェシカの右腕が外れる。
愛「あ……」
江洲「おい、愛。ジェシカに何してんだよ」
愛「え? ジェシカ?」
江洲「あ……えっと……」
   意を決し、ジェシカにキスする江洲。その姿に若干引いている様子の愛。
愛「ちょっ、翔!?」
江洲「愛、紹介するよ。俺の新しい恋人の、ジェシカ」
愛「いや、ジェシカって……翔、それマネキン……だよね?」
江洲「だから? 何か法律に反してる?」
愛「そんな事はないけど……」
   愛から奪うようにジェシカの右腕を手に取り、ジェシカに取り付ける江洲。
江洲「ジェシカ、大丈夫?」
愛「……翔、私の事からかってる? お笑いだとしたら、かなり難しいんだけど」
江洲「本気だよ。俺がさ、そういう事するタイプに見える?」
愛「見えないけど……本気だとしたら、余計難しいよ。え、どういう事?」
江洲「別にいいよ。コッチだって、わかってもらおうと思って話した訳じゃないしさ。とにかく、話が終わりなら帰ってくれよ」
愛「でも……」
江洲「そもそも、不法侵入じゃないの?」
愛「え? あ……」
   一瞬動きの止まった愛を外に出し、ドアを閉める江洲。
愛「(ドアを強くノックしながら)ちょっと翔。翔ってば」
   しばらくドアを叩くも応答無し。
   やがて諦め、帰って行く愛。愛が通り過ぎた後、隣の部屋のドアが少しだけ開き、優が江洲の部屋の方に目をやりすぐにドアを閉める。
椎の声「それにしてもよ、まさか、マネキンと一緒に暮らし始めてるとはな」

○洋食屋・外観
椎の声「愛ちゃんから聞いた時はビックリしちまったぜ」

○同・店内
   食事する椎と、その脇に立つ仕事着姿の江洲。他に客はほとんど居ない。
椎「俺も色んなAV観てきたけどよ、さすがにマネキンものは未開拓だからな」
江洲「……おい、千秋。そんな話する為だけに『シェフを呼んで』とか言うんじゃねぇよ。そもそも、ウチはそういうタイプのレストランじゃねぇんだからさ」
椎「でもよ、人生で一度は言われてみてぇ台詞だろ?」
江洲「千秋が、人生で一度は言ってみてぇ台詞だっただけだろ」
椎「ハハ、正解」
江洲「ったく」
椎「(真顔で)けどよ、本題はココからだ」
江洲「(思わず身構え)ん?」
   封筒を江洲に渡す椎。封筒の中には一枚の紙。
江洲「コレは……」
椎「俺オススメのAV女優リストだ。今、翔平は俺をも超える逸材になりつつある。今こそ、もっと色んな女優やジャンルを観て見分を広めるべきだ。違うか?」
江洲「ったく、真剣に聞いて損したわ」
椎「騙されたと思って試してみろよ」

○アパート・前(夜)
   歩いている江洲。手には「俺のオススメ」と書かれた一枚のリスト。
椎の声「安心しろ、外れはねぇからよ」
江洲「馬鹿と言うか、仕事熱心と言うか」

○同・江洲の部屋・中(夜)
   入ってくる江洲。
江洲「ジェシカ、ただいま……」
   玄関に立っているジェシカ。右腕が外れ、床に落ちている。
江洲「おいおい、また外れてんじゃねぇか。大丈夫か、ジェシカ? 痛くないか?」
   と言いながらジェシカの右腕を取り付ける江洲。違和感を覚える。

○同・外観

○同・江洲の部屋・中
   ベッド脇に立っているジェシカ。右腕が外れ、床に落ちている。
江洲の声「どうすっかな〜」

○同・同・ベランダ
   手すりに寄りかかる江洲。
江洲「ジョイント部分がバカになってんのはわかったけど、だから、どうすりゃいいんだ? このままって訳にもいかねぇし。専門の業者とかに頼めばいいのか? あ〜、もうわっかんねぇ〜」
   ベランダのしきり部分(優の部屋側)からノックの音。
江洲「ん?」
   しきり部分の外側から伸びる優の手。手招きをしている。
江洲「?」

○同・優の部屋・中
   間取りは江洲の部屋と一緒。
   ジェシカの右腕のジョイント部分に液体接着剤を塗る優と、その様子を見ている江洲。
江洲「なるほど。接着剤でジョイント部分を補強して、ハマるようにする訳か」
優「コレで、乾いてから取り付ければ、多分大丈夫だと思います」
江洲「ありがとう。恩に着ます」
   握手しようと手を差し出す江洲。その手を見て露骨に目をそらす優。
江洲「(手を引っ込め)それにしてもさ、世間は狭いというか……同好の士が、まさかこんな近くに居たとは……」
   江洲の視線の先に立っている男性型マネキン(以下、このマネキンの事をショウと呼ぶ)。
江洲「あ、そうそう。何かお礼を……」
   首をブンブンと横に振る優。
江洲「いや、でもさ、それじゃあ俺の気が……そうだ。ちょっと待ってて」
    ×     ×     ×
   座卓を囲む江洲と優。座卓に美味しそうな料理が並んでいる。
江洲「家にあった残り物で申し訳ないけど」
   一口食べる優。美味しさに大きく目を見開く優。
江洲「それは……美味しいって事?」
   大きく首を縦に振る優。
江洲「そっか。それは良かった」
   二口目を食べる優。目を見開く。
   その様子を見て笑みを浮かべる江洲。
   部屋の両端に立つジェシカとショウ。

○同・外観(朝)

○同・江洲の部屋・前
   出てくる江洲。
江洲「行ってきます、ジェシカ」
   隣の部屋から出てくる優。
優「行ってくるね、ショウ」
   互いに目が合い、軽く会釈する江洲と優。優は大分ぎこちない。

○洋食屋・前
   休憩中の江洲。ペットショップで働く優の姿を見ている。

○アパート・優の部屋・前
   ドアの前に立つ江洲、中から出てくる優。手を合わせ、懇願する仕草を見せる江洲。

○同・同・中
   ジェシカのウィッグの手入れをする優とメモを取りながら見ている江洲。
    ×     ×     ×
   座卓を囲む江洲と優。料理を食べ、目を見開く優とそれを見て笑う江洲。
   近くに並んで立つジェシカとショウ。

○DVDショップ・アダルトコーナー(夜)
   両手にそれぞれアダルトDVDを持っている江洲。片方は希崎ジェシカで、もう片方は「俺のオススメ」というPOPが付いた別の女優作品。迷った末、希崎ジェシカのDVDを選ぶ江洲。

○アパート・江洲の部屋・前(朝)
   顔を合わせる江洲と優。大分慣れた様子で挨拶を交わす。

○洋食屋・店内
   客席で食事する優。目を見開く。
   その様子を厨房からこっそり覗き見る江洲。笑みを浮かべる。

○アパート・江洲の部屋・中
   服を選んでいる江洲。

○同・優の部屋・中
   服を選んでいる優。
    ×     ×     ×
   江洲の選んだ服を着たショウと、優の選んだ服を着たジェシカ。その二体を眺めて笑みを浮かべる江洲と優。
    ×     ×     ×
   座卓を囲む江洲と優。
江洲「そういえば、何で彼はショウって名前なの?」
優「……ショウウィンドウ」
江洲「あ、なるほどね」
優「ジェシカは?」
江洲「えっと……ほら、何か、『ジェシカ』って感じの顔じゃん?」
優「あ〜、確かに」
江洲「え、わかんの?」
   笑い出す江洲。
優「?」
   寄り添って立つジェシカとショウ。

○DVDショップ・アダルトコーナー(夜)
   両手にそれぞれアダルトDVDを持っている江洲。片方は希崎ジェシカで、もう片方は「俺のオススメ」というPOPが付いたあべみかこ作品。迷った末、あべみかこのDVDを選ぶ江洲。その後ろに立つ椎。
椎「おいおい、マジか」
江洲「(驚いて)うおっ。ったく、驚かすなよ。そもそも、千秋が薦めてんだろが」
椎「ハハ、そういえばそんな事もあったな」
江洲「で、オススメの理由は?」
椎「何か良いと思った」
江洲「は? ソレだけかよ」
椎「ナメんなよ? 年間何百本、人生で何千本というAVを観てきたこの俺が『何か良いと思った』んだ、それ以上の理由が必要か?」
江洲「ったく、無駄に説得力があるよな」
椎「あとは翔平が、その俺の直感を信じるか否かだ。で、どうすんだ? 買うの? 買わねぇの?」
江洲「……買うよ」
椎「毎度あり」
   レジに向かって歩き出す江洲と椎。途中で振り返り、江洲の顔を見て笑みを浮かべる椎。
江洲「何だよ?」
椎「いや。翔平もよ、人の事信用するようになったんだな、って」
江洲「は? いや、別に……」

○公園
   ベンチに並んで座る江洲と優。その隣には、それぞれジェシカとショウも居る。江洲手製の弁当を食べている優とその姿を見ている江洲。
江洲の声「信用してる訳じゃ……」
   一口食べ、目を見開く優。その姿を見て安堵の笑みを浮かべる江洲。周囲の人達は二人(と二体)を冷ややかな目で見ているが、気に留めない当人達。
優「……私、初めてなんです。こういうの」
江洲「何が?」
優「デート、って呼んでいいんですかね? こうやって、外でっていうのが」
江洲「へぇ。学生時代も?」
優「学校行ってなかったんで」
江洲「そっか……なんか、ゴメンね」
   首を横に振る優。
優「でも、誘ってもらえて良かったです」
江洲「そう?」
優「(ショウに目を向け)ね、ショウ」
   優の横顔を見つめる江洲。自身もジェシカに目を向けるが、ジェシカの視線は全然違う方向を向いている。
愛の声「ちゃんと目見てよ」

○(回想)同
   三年ほど前。
   ベンチに並んで座る江洲と愛。
愛「翔君から呼び出して話してるんでしょ? はい、私の目を見て、もう一回」
江洲「え〜。一回でわかんだろ?」
愛「一回じゃ難しいね」
江洲「ったく」
   姿勢を正し、愛を見つめる江洲。
江洲「I love you」
愛「何か英語で誤摩化した感じがする」
江洲「ソレは、考えすぎだろ。意味は一緒なんだからさ」
愛「何だかな〜」
江洲「で、返事は? 付き合ってくれるの? くれないの?」
愛「う〜ん……Me too」
江洲「英語で誤摩化された感じがする」
愛「難しく考えすぎ」
江洲「ったく」
   笑い合う二人。
優の声「ねぇ、ショウ」

○同
   ベンチに並んで座る江洲と優。それぞれの隣に立つジェシカとショウ。
江洲「(優の方に振り返り)ん? 何?」
   ショウの方を向いている優。
優「(笑いながら)何で江洲さんが返事するんですか?」
江洲「だよね。ゴメンゴメン。俺、前の彼女に『翔』って呼ばれてたから、つい」
優「へぇ。何で『翔』なんですか?」
江洲「え? いや、下の名前が……」
   首を横に傾げる優。
江洲「翔平だから」
優「へぇ、そうだったんですか」
江洲「あれ、知らなかったっけ?」
   首を縦に振る優。
江洲「そっか。ややこしくてゴメンね」
優「何でですか? 私は『江洲さん』って呼びますから、全然ややこしくないですよ? (ショウに顔を向け)ねぇ、ショウ」
江洲「……」
   弁当を口にし、目を見開く優。それを見て作り笑いを浮かべる江洲。

○アパート・外観(夜)

○同・江洲の部屋・中(夜)
   キッチンでフライパンを使って調理中の江洲。考え事をしている。

○(フラッシュ)公園
   首を横に傾げる優。
    ×     ×     ×
   ショウに笑顔を向ける優。

○アパート・江洲の部屋・中(夜)
   キッチンでフライパンを使って調理中の江洲。異変に気付く。
江洲「あっ、ヤベッ」
    ×     ×     ×
   座卓を囲む江洲とジェシカ。座卓にはコゲた料理が乗っている。ジェシカの分を皿に取り分ける江洲。
江洲「ごめんね、ジェシカ。ちょっと焦がしちゃってさ」
   自分の分も皿に取り分ける江洲。
江洲「まぁ、コレはコレで美味しいかもしれないしさ、とりあえず食べてみよっか」
   料理に手を付けない江洲とジェシカ。
江洲「……いただきます」
   料理を口にする江洲。
江洲「……不味っ」
椎の声「わかっちゃいたけど、悲しいよな」

○DVDショップ・アダルトコーナー(夜)
   並んで歩く江洲と椎。
江洲「え?」
椎「俺たちはこんなに思っているのに、圧倒的に足りねぇんだよ」
江洲「……あぁ」
椎「お互い、残りの人生のすべてを捧げたとしても、この国にある全てのAVを観終えるには、圧倒的に時間が足りねぇなんて、わかっちゃいたけど、悲しいよな」
江洲「一瞬前の俺の同意を返せ。ったく」
   商品棚の前、迷う事なくあべみかこのアダルトDVDを手に取る江洲。レジに向かう二人。
椎「……そういえばよ、この間また愛ちゃん来たぜ? まだ翔平の事が諦められねぇって、奪還プランを相談されちまったよ」
江洲「奪還って。何されんだ、俺?」
椎「精神鑑定に持ち込もうとしてたぜ?」
江洲「ったく、刑事裁判かよ」
椎「おいおい、元々翔平からアタックして付き合い始めたクセによ、立場が逆になっちまったら、随分スカした態度とるじゃねぇか。生意気な」
江洲「……別れるキッカケ作ったクセに、随分堂々としたもんだな」
椎「ハハ、だから言っといてやったよ。『無理だと思うぜ?』『もう愛ちゃんの知ってる翔平じゃねぇ』『アイツ、完全に心変わりしちまったよ』ってな」
江洲「そりゃ、手間かけさせたな」
   江洲の持つあべみかこのアダルトDVDを指す椎。
椎「『もう翔平は希崎ジェシカじゃなくて、あべみかこに夢中なんだ』って」
江洲「一瞬前の俺の労いを返せ。ったく」

○デパート・外観

○同・婦人服売り場
   歩いている江洲と、その後ろを付いてくる優。やや挙動不審気味な優。
江洲「(服を見ながら)あ〜、コレもいいかも。迷うな〜。(後方に居る優に視線を向けて)ねぇ、優ちゃんはどれが……(優の様子に気付き)大丈夫?」
   首を小さく縦に振る優。
江洲「そっか。……先にショウ君の服から探そうか?」
   首を縦に振る優。
江洲「了解。紳士服売り場は五階だったっけかな……」
   歩き出す江洲と優。
   その様子を遠巻きに見ている、元々ジェシカが居た売り場の女性従業員達。コソコソ話をしている。

○同・前
   買い物袋を手に歩く江洲。振り返ると、同じく買い物袋を手にした優が後ろから付いてきている。疲れている様子の優。
江洲「疲れた?」
   首を縦に振る優。
江洲「こういう所、苦手?」
   首を縦に振る優。
江洲「そっか。ゴメンね、付き合わせて。男一人で婦人服売り場は、なかなか難易度が高いからさ」
   首を横に振る優。
優「それは私も一緒ですから。(愛おしそうに買い物袋を抱きしめ)ショウ、喜んでくれるかな……」
江洲「じゃあさ、ちょっと一休みしてから帰ろうか」
優「え、でも……」
江洲「疲れてる時は無理しないの。ね?」
   軽く頷く優。

○公園
   ベンチに並んで座る江洲と優。肉まんを半分に分けて優に渡す江洲。
江洲「はい」
   肉まんを受け取り、口にする優。
江洲「美味しい?」
   首を傾げつつ、軽く頷く優。
江洲「普通?」
   首を縦に振る優。
江洲「そっか」
   肉まんを口に運ぶ江洲。
江洲「うん、普通だ」
   笑う江洲と優。
江洲「優ちゃんはさ、人混みが苦手なの?」
優「(思案した後)人が、苦手」
江洲「そっか」
優「実は、江洲さんの事も、最初、結構苦手で……」
江洲「あ〜、うん。ソレは気付いてた」
   目を見開く優。
江洲「気付かれてないと思ってた?」
   首を縦に振る優。
江洲「じゃあ、まぁ、ソレは俺が鋭いって事で、今は?」
優「う〜ん……いい人?」
江洲「おっ、例えばどの辺が?」
優「優しいし、気が利くし、話してくれるし話聞いてくれるし……あ、あと料理が凄く上手いですよね」
江洲「やった。大絶賛じゃん。じゃあ、ショウ君のいい所は?」
優「ショウの……?」
江洲「さて、六個以上出るかな……?」
優「……言いたくないです」
江洲「え? 何、恥ずかしい?」
優「そうじゃなくて……きっと、どんな綺麗な言葉を選んでも、口にしたらこの気持ちが汚れちゃう気がして」
江洲「(小声で)俺への気持ちは汚れてもいい、って事か……」
   首を傾げる優。
江洲「ううん、何でもない」
優「じゃあ、私、もう大丈夫なんで。帰りませんか?」
   と言いながら立ち上がる優。
江洲「あ、ちょっと待って」
   と言って優の腕を掴む江洲。軽く立ち上がる格好になり、その拍子に江洲の買い物袋が地面に落ちる。
優「!?」
   異常な程の拒否反応を見せる優。買い物袋を地面に落とし、触れられた腕を抱えるような仕草。
江洲「あ……ご、ゴメン」
   買い物袋(間違えて江洲の物を手に取っているが、この時点では気付いていない)をつかみ取り、早歩きでその場を立ち去る優。触れた方の手を見つめる江洲。

○アパート・前
   早歩きで歩く優と、その後ろから歩いてくる江洲。

○同・江洲の部屋・前
   階段を上がってくる江洲。既に自室の前に立つ優。江洲に軽く頭を下げると逃げるように部屋の中へ。
江洲「何もそこまで……」

○同・同・中
   入ってくる江洲。
江洲「ただいま、ジェシカ」
   座卓の脇に立つジェシカ。座卓の上にはラップされたナポリタンが二皿。
江洲「先に食べててくれて良かったのに」
   ポーズを変えようとジェシカの腕(優に触れたのと同じ辺り)を掴む江洲。触れた自分の掌を見つめ、ため息。
江洲「温めよっか」
   ラップされたナポリタンを電子レンジに入れる江洲。
江洲「あ、そうだそうだ。ジェシカに新しい服買ってきたんだよ」
   買い物袋をジェシカに見せる江洲。ジェシカの視線の先は全然違う方向。
   ため息。
   電子レンジから温め完了の音が鳴る。ナポリタンを取り出し、座卓で食べ始める江洲。
江洲「うん、我ながら美味く出来た。ジェシカも食べてよ」
   一人で食べ続ける江洲。
江洲「俺さ、ナポリタンって好きなんだよ。一番好きな食べ物かも」
   食べ方がどんどん乱暴になる江洲。
江洲「好きなんだよ。本当に好きなんだよ。ジェシカにも好きになって欲しいんだよ」
   立ち上がりジェシカにキスする江洲。
江洲「……何でだよ」
   ジェシカの体を大きく揺する江洲。その激しさで、ジェシカの右腕やウィッグが外れていく。
江洲「何でだよ。俺はこんなに好きなのに。何で何も返してくれないんだよ。喜んでくれよ。怒ってくれよ。泣いてくれよ。頷いてくれよ。首を横に振ってくれよ。ぎこちなくてもいいから笑ってくれよ」
   ジェシカを突き飛ばす江洲。
江洲「ジェシカ!」

○同・優の部屋・中
   手と、江洲に触れられた腕を入念に洗っている優。
    ×     ×     ×
   ショウに買い物袋を見せる優。
優「おまたせ、ショウ。買ってきた新しい服見たい? 行くよ? じゃーん」
   買い物袋から出てきた女性用の服。
優「あれ?」

○(フラッシュ)公園
   買い物袋をつかみ取る優。

○アパート・優の部屋・中
   ショウに女性用の服を見せている優。
優「間違えた……。(買い物袋に服を戻し)ごめんね、ショウ。ちょっと待ってて」

○同・江洲の部屋・前
   インターホンを押そうとする優。その時、ドアの向こうから大きな物音。
優「え?」

○同・同・中
   恐る恐るドアを開ける優。
優「江洲さん? 何か凄い音が……」
   バラバラに壊されているジェシカ。顔に付いた江洲の血やナポリタンの跡がまるでジェシカのに出来た傷のよう。
優「え……?」
   視線を上げると、右手から血を流し、肩で息をしている江洲。
   絶句し、買い物袋を玄関に落とす優。袋から服が飛び出る。
江洲「あれ? 優ちゃん。どうかしたの?  (袋から出た服に気付き)あ〜、袋逆だった? ゴメン、ゴメン」
   優の買い物袋を手に取ろうと背を向けた所で、勢い良くドアが閉まる音。
   振り返ると優の姿は無い。
   無言でジェシカを見下ろす江洲。

○洋食屋・外観

○同・店内
   テーブル席に座る店長に向かって頭を下げる江洲。江洲は喪服姿で右手に包帯を巻いている。
江洲「お世話になりました」
   立ち去る江洲。店長の前には退職願。

○アパート・外観

○同・江洲の部屋・前
   左手で手間取りつつ鍵を開ける江洲。
江洲「ったく」
   隣の部屋から出てくる優。
優「行ってくるね、ショウ……」
   江洲に気付く優。
江洲「おはよう。あ、ちょっと待ってて。ショウ君の分の服、今持ってくるからさ」
   逃げるように立ち去る優。
江洲「……完全に嫌われたな。こりゃ」
   ドアを開ける江洲。
女性刑事の声「江洲さん」
江洲「どうしたの、優ちゃん……」
   振り返る江洲。そこに立っている男性刑事と女性刑事。ともに警察手帳を提示している。
男性刑事「警察です」
江洲「……思ったよりも早かったですね」
男性刑事「どういう事ですか?」
女性刑事「(部屋の中を目にして)先輩」
男性刑事「ん?」
   江洲の部屋の玄関、バラバラになったジェシカの残骸が置いてある。
男性刑事「……署までご同行頂けますか?」
江洲「……なら、弁護士に連絡しても?」

○警察署・外観(夜)

○同・面会室(夜)
   入ってくる江洲。アクリル板を挟んだ反対側の席には愛が座っている。愛の胸元には弁護士バッジ。
愛「翔……」
江洲「悪いな、愛」
愛「本当だよ。久々に連絡来たと思ったら、コレだもん。リアクションが難しいよ」
江洲「こんな事頼めるの、愛だけだからさ」
愛「だからって……(小声で)『殺人罪で裁かれたい』って、どういう事?」
江洲「俺は、ジェシカを殺したんだ」
愛「いい? 翔が今ここに居るのは、窃盗及び器物損壊の容疑なんだよ?」
江洲「ジェシカは器物じゃない」
愛「そう言うと思った。なら、これでどう? 『殺人罪』っていうのはね『殺意を持って人を殺した』場合にしか適用されないの。翔は、ジェシカに殺意を持ってた?」
江洲「……じゃあ、傷害致死で」
愛「頑固だね〜」
江洲「ソレくらいの報いは受けないと、納得できないからさ。だって俺は、愛していた女をこの手で殺したんだぞ?」
愛「そもそも、何があったの? 私の時ですら、手を上げたりしなかったのに」
江洲「……俺の料理、食べてくれないから」
愛「は?」
江洲「それだけじゃない。目も見てくれないし、喋ってくれないし、笑ってくれない。それにさ、触ると冷たいし硬いしで」
愛「いや、そんなのは最初からわかってた事じゃないの?」
江洲「わかってたさ。でも……」

○(フラッシュ)アパート・江洲の部屋・前
   挨拶する江洲から逃げるように自分の部屋へ入って行く優。
江洲の声「最初はそうだとしても」

○(フラッシュ)同・優の部屋・中
   座卓で食事する江洲と優。
江洲の声「少しずつ変えられると思った」

○(フラッシュ)公園
   肉まんを手に笑う江洲と優。
江洲の声「俺の愛が伝わると思った」
    ×     ×     ×
   優の腕を掴む江洲。
江洲の声「俺の愛に応えてくれると思った」
   異常な程の拒否反応を見せる優。
江洲の声「でも、無理だった」

○警察署・面会室(夜)
   アクリル板越しに面会する江洲と愛。
江洲「俺はさ、ただ何か返して欲しかっただけだったんだよ。何でもいいからさ」
愛「……うん、その気持ちはわかる」
江洲「そっか」
愛「『そっか』って。私の気持ちに対して何も返してくれないのはどこの誰?」
江洲「ったく、愛こそ、何で未だに俺なんかを好きだって思えんだよ?」
愛「……理由なんてない」
江洲「無いのかよ」
愛「私、思うんだよね。『〇〇だから好き』じゃなくて『好きだから』なんだよ」
江洲「どういう事?」
愛「例えばね、私は翔が『料理が上手いから好き』『優しいから好き』『まっすぐだから好き』って訳じゃなくて。翔に会いたい翔の声が聴きたい、何でか説明できないけど翔と一緒に居たい。その説明できない時に使う理由が『好きだから』なんじゃないかな、って事」
江洲「『だから好き』じゃなくて『好きだから』か……」
愛「他にもね、例えば、翔がナポリタン食べたい理由も」
江洲「ナポリタンが好きだから?」
愛「翔がマネキンと一緒に暮らし始めたのも」
江洲「愛が弁護士って仕事を選んだのも?」
愛「翔が調理師になったのも」
江洲「千秋がAV観まくってるのも」
愛「ソレは翔もだけどね」
江洲「いや、千秋レベルと一緒にすんなよ」
   笑う二人。
愛「……あの頃の翔は?」
江洲「あの頃って、どの頃?」
愛「会ったばっかの頃。最初は翔の方からアプローチしてきたじゃん。忘れたの?」
江洲「覚えてるよ。最初はさ……」

○(フラッシュ)デパート
   服を選ぶ江洲と優。

○警察署・面会室(夜)
   アクリル板越しに面会する江洲と愛。
江洲「……あれ?」
愛「? どうしたの?」
江洲「いや……ほら、最初はさ」

○(フラッシュ)アパート・優の部屋・前
   ドアの前に立つ江洲、中から出てくる優。手を合わせ、懇願する仕草を見せる江洲。
江洲の声「『買い物付き合って』だなんだ」

○(フラッシュ)同・同・中
   ジェシカのウィッグの手入れをする優とメモを取りながら見ている江洲。
江洲の声「色々理由付けては、二人きりで会おうとして」
   ×     ×     ×
   座卓を囲む江洲と優。
江洲の声「料理作って胃袋掴もうとして」

○(フラッシュ)公園
   ベンチに並んで座る江洲と優。
江洲の声「それから、公園で……」

○警察署・面会室(夜)
   アクリル板越しに面会する江洲と愛。
江洲「あれ……俺、何で……?」
愛「好きだったから、じゃないの?」
江洲「そっか……。俺、好きになってたんだ……」
愛「やり直せないのかな?」
江洲「……やり直せんのか?」
愛「やり直せるよ、きっと。まだ間に合う」
江洲「そっか、そうだよな」
愛「そのためにもね、傷害致死罪より窃盗及び器物損壊罪を選ぼうよ。それなら翔は初犯だし、不起訴も難しくないと思う」
江洲「……じゃあ、ソレで」
愛「OK、任せといて」
江洲「ココ出たらすぐ、ちゃんと気持ち伝えに行くからさ」
愛「え? (頬を赤らめ)何、そんな改まって」
江洲「……何で愛が照れてんの?」
愛「……え?」

○警察署・外
   一礼し、出てくる江洲。走り出す。
江洲M「優ちゃん」

○(フラッシュ)各地
   首を横に振る優。
   頷く優。
   首を傾げる優。
江洲M「僕は、君が好きだ」

○走る江洲
江洲M「もしかしたら、君は僕の事を嫌いかもしれないけど」

○(フラッシュ)各地
   笑顔を見せる優。
   料理を食べ目を見開く優。
江洲M「それでも、この気持ちだけは伝えさせて欲しい」

○アパート・前
   駆け込んでくる江洲。
江洲M「だって僕は、君の事が好きだから」

○同・優の部屋・前
   駆け込んでくる江洲。
江洲M「君の側に黙って立っているだけの」
   しばし逡巡。やがて意を決し、インターホンに指を伸ばす。
江洲M「マネキンじゃないから」
   次の瞬間、ドアの向こうから物音が聞こえ、飛び退くように下がる江洲。
   ドアが開き、椎が出てくる。
椎「じゃあね、優ちゃん。(江洲に気付き)お、翔平。久しぶりじゃねぇか」
江洲「千秋?」
   開いたドアから中を覗き見る江洲。頬を紅潮させた優の姿が目に入る。
江洲「(驚いて)」
   ドアを閉める椎。
椎「ちょうどいいや。何か飯食ってくか? 出所祝いだしよ、奢ってくれんだろ?」
江洲「……おい、千秋。お前、何した?」
椎「ん?」
江洲「優ちゃんの家で、何してたんだって聞いてんだよ」
椎「ハハ、野暮な事は聞くんじゃねぇよ」
   震える江洲の拳。
江洲「千秋、テメェ!」
   拳を振りかざす江洲。

○DVDショップ・アダルトコーナー
   鬼の形相であべみかこのDVDを大量にレジ台に置く江洲。レジに立つ椎。
椎「今度こそ殴られるかと思ってたけどよ、割り引くだけでいいんだな」
江洲「もう警察沙汰は勘弁だしさ、それに……」
椎「それに?」
江洲「人間不信なんてさ、今に始まった事じゃねぇ」
椎「ハハ、確かに。じゃあよ、そんな翔平に良いもん見せてやろう。(スマホを取り出し)美少女AIと喋れるアプリの最新版」
江洲「美少女AI?」
椎「外見も名前も性格も自由にカスタマイズできるとは、七〇億種類の性癖がある現代社会に完全対応、って感じだな。ほれ」
   と言いながらスマホの画面を江洲に見せる圭。画面上、アニメ調の美少女キャラと「名前をつけてね」の文字。
   レジ台に積んだDVDの山が崩れる。
江洲M「僕は彼女を、みかこと名付けた」
                  (完)

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