アイドルは些細な嘘をつく ドラマ

「俺、アイドルになるわ」  アイドルオタクの中村幸太(25)は宣言した。それを笑って冗談と捉えた同じくアイドルオタクの井上と田中だったが、何と中村はアイドルに合格する。性別をごまかしてアイドルとして活動する中村はどんどんと才能を開花させる。中村の姿を見て戸惑う井上と田中だったが、次第に活動を応援するようになる。しかし中村の元に怪しげなストーカーがやってきて… ※テレビ朝日のシナリオ大賞(配信ドラマ テーマ【25歳】)に間に合わなかったので供養のため投稿します。三話まであります
6 0 0 12/17
本棚のご利用には ログイン が必要です。

第一稿

登場人物
田中良一(25)夕方ロマンのオタク。バーテンダー。橋田小夏推し
井上悠馬(25)夕方ロマンのオタク。派遣会社リアルキャスト社員。箱推し。
中村幸太(25)夕方ロマン ...続きを読む
この脚本を購入・交渉したいなら
buyするには会員登録・ログインが必要です。
※ ライターにメールを送ります。
※ buyしても購入確定ではありません。
 

登場人物
田中良一(25)夕方ロマンのオタク。バーテンダー。橋田小夏推し
井上悠馬(25)夕方ロマンのオタク。派遣会社リアルキャスト社員。箱推し。
中村幸太(25)夕方ロマンのオタク。箱推し。
麻木美奈(17)気が強い。夕方ロマン二期生。
西山真弓(16)歌が上手い。夕方ロマン二期生。
横井咲(18)クールな性格。夕方ロマン二期生。
真山亜弥(14)夕方ロマン二期生最年少。
橋田小夏(25)夕方ロマン一期生不動のセンター。
白井真子(24)夕方ロマン一期生。
生野恵理奈(22)夕方ロマン一期生。
松井沙織(25)夕方ロマン一期生。
斎藤亜美菜(20)夕方ロマン一期生。
高田一乃(21)夕方ロマン一期生。
秋山久志(59)夕方ロマン事務所のプロデューサー。
綿貫裕太(33)夕方ロマン事務所のディレクター。
丸山小春(28)夕方ロマン事務所のディレクター。綿貫の後輩。
飯塚小太郎(23)夕方ロマン事務所のアシスタントディレクター。
小原浩二(44)派遣会社リアルキャスト課長。
新海真琴(22)派遣会社リアルキャスト社員
狩野秀(24)ストーカー。
山下幸雄(49)リアルキャストの派遣先のドライバー。
林正之(35)お笑いコンビ、ヘップバーンのツッコミ。
日澤治(36)お笑いコンビ、ヘップバーンのボケ。

安野幸正(39)ディレクター
川村大和(22)AD


泉健一郎(40)アナウンサー

久本敦(29)バーオーナー
志摩美和子(45)常連
宮脇涼(35)志摩の店のスタッフ


一話

○ ライブ会場(夜)
  光が少女たちを一瞬照らす。少女は俯いて立っている。
  観客が一斉に歓声をあげる。
  照明が一斉に少女たちに集まる。歓声がさらに大きくなる。
  音楽が鳴り始める。
  真ん中に立っている、男。

○ 中村家 (夜)
  夕方ロマンのポスターや、写真集が置かれている、雑多な部屋。
  テレビで見ている田中良一(25)、井上悠馬(25)、中村幸太(25)。
  曲が終わり、深いため息をつく三人。
田中「かーわいいなぁ!」
井上「ベストちゃう? いや良いわぁ」
  中村、神妙な顔で押し黙っている。
田中「衣装が良いよな」
井上「うん、振りに合ってる。それにしても小夏たんやばくない?」
田中「お前なら気付いてくれると思ってた! もう神の領域だよな、推してて良かった」
田中「よし! もっかい見よ」
井上「スローモーションにして」
田中「い~い~よぉ~」
井上「お前ちゃうねん」
  笑っている井上、田中。
  中村、動かず。
  PVが流れる。

○ ビル (イメージ)
  廃墟と化しているビルの一室。
  アイドル達が流々と踊っている。
  アイドルの中に目を閉じて立っている 中村。
  中村がカッと目を開く。
  アイドル達の決めポーズ。中村も同じボーズを取る。

○ 中村家
  井上、田中が幸せそうに見ている。
  いつのまにか立っている中村。
井上「おぉ、どうしたん」
田中「え、もうフリ覚えたの?」
  間。
中村「俺、アイドルになる」
  間。
  田中、井上爆笑。
井上「いきなり何言うねん!」
田中「良いじゃん!」
井上「俺が履歴書送ったるわ!」
田中「おぉ、よくあるやつ! 友達が勝手にー ってやつ!」
中村「頼む」
井上「握手会とか立ちっぱなしになるから鍛えとけよ!」
田中「ネットにある写真とか消しとけな」
  真剣な顔の中村。
  笑っている井上、田中。

○ 会場 (昼)
  緊張した面持ちで立っている女装した中村の姿。その横に立つ麻木美奈(17)西山真弓(16)横井咲(18)真山亜弥(14)。皆夕方ロマンの制服を着ている。五人の横に立っている泉健一郎(40)。
泉 「この五人が夕方ロマン二期生です! 皆さま大きな拍手を!」
  お辞儀をする五人。

○ 井上家 (夜)
  テレビの前でタオルで頭を拭きながら座っている井上。
  タオルがひらりと床に落ちる。
井上「なれるんかいッ!」
 スマホで田中に連絡する。
井上『衝撃や!』
田中『びっくりしてる…』
井上『とりあえず今から行くわ』
田中『おう』
  部屋を飛び出る井上。

○ バーココナッツ(夜)
  田中がバーテンダーの姿で楽しそうにグラスを磨いている。客はいない。
  スーツ姿の井上が入ってくる。
田中「お疲れお疲れー!」
井上「いやお疲れやないで、やばない?」
田中「ほんとだよ! すげーよなー」
井上「意味わからん意味わからん」
田中「これからどうなるのかな」
井上「分からん。あいつに連絡した?」
田中「一応ね、返事ないけど」
井上「もう忙しいアピールかい」
田中「まあアイドルになってるから」
井上「いや、そうやけど」
田中「自慢しよ」
井上「バレたらどうなんねやろ」
田中「大丈夫だよ。可愛いから」
井上「え、推せる?」
田中「うん」
井上「小夏たんは?」
田中「小夏たんには敵わないけど。特技とか面白いよ、見る?」
井上「特技?」
田中「うん」
井上「見せて!」
 動画を見せる田中。

○中村の部屋(映像)
 パジャマの中村。
中村「初めまして、中村幸です。今から特技を見せます」
 中村、コーヒーフレッシュを目に挟む。
 中村、目に力を入れ、フレッシュを開ける。
中村「出来ましたー」

○ バーココナッツ (夜)
  動画を見ている井上。
井上「…キモっ」
田中「でもすごくね?」
  店のドアが開き、帽子を深くかぶって、サングラスをかけマスクをした中村が入ってくる。
田中「きた!」
  椅子に座り、辺りをキョロキョロ見渡す。
井上「すごいなお前」
中村「おう」
井上「言葉出えへんわ」
田中「ビールで良い?」
中村「うん。あ、いや、カルアミルクで」
田中「そっか、アイドルだもんな」
井上「てか飲むなよ」
中村「なんで」
井上「アイドル、ていうかどういうことなん!?」
中村「どういうことって何」
井上「いやだって、お前、おと」
  店のドアが開く。
  顔を隠す中村。
  綿貫裕太(33)と丸山小春(28)が入ってくる。
田中「いらっしゃいませー」
 おしぼりを渡す田中。
中村「また今度な」
井上「ちょっと待てて! 説明してくれって」
 中村の手を掴む井上。
中村「何だよ」
井上「いや、何から聞いたら良いか分からんけど…」
中村「俺はアイドルになったんだ。それだけ」
井上「それだけちゃうやろ。何でそんな急に冷たいねん」
中村「冷たくない。普通」
井上「お前なぁ、アイドルになるんやったらもっと愛想良くせえよ」
中村「何が分かんねんッ! 偉そうに語んなボケッ!」
井上「何キレてんねん!」
  田中、綿貫、小春に向かって、
田中「すいません。(井上、中村に向かって)おい今はやめろって」
井上「ネットに書くぞ! 夕方ロマンの二期生中村はすぐキレるって!」
中村「やってみんかいそんなことする奴ロマオタちゃうわ!」
井上「やるぞ! ホンマにやるからな!」
中村「やれや! お前みたいなんに応援されても嬉しくないわ!」
井上「何で応援する前提やねん! お前のことなんか推すかボケ!」
中村「気ぃ悪いわ!」
  井上の手を振り払い、店を出て行く中村。
井上「ファン一人失ったぞ!」
  綿貫と小春に困り顔で接客している田中。
  ドアの方を見る綿貫。

○ リアルキャスト社内 (朝)
  デスクの並んだ社内。
  新海真琴(22)が井上をぼーっと見ながら座っている。
  スーツを着て電話している井上。
井上「おはようございます~ 桜井さん今どこにいらっしゃいますかー?」
  小原浩二(44)が車内に入ってくる。
井上「いやいや! 前も聞きましたよ! お母さんどんだけ危篤になるんですか!」
  井上の後ろに立つ小原。
井上「じゃあ事故って! じゃあて! …桜井さん? 桜井さーん!」
  電話を置く井上。
小原「おい」
 振り向いて、
井上「はいっ!」
小原「どうすんだ」
井上「はいッ、どうしましょう…」
小原「お前が行くんだよッ!」
 立ち上がり、
井上「ですよねー!」
 走って行く井上。
 × × ×
 作業着に着替えている井上。服を嗅いで、顔をしかめる。

○ 電車内(朝)
 混雑している車内。
 スマホを見ている井上。
 隣に立つ女子高生が顔をしかめる。
 スマホ画面には中村が載った記事が映っている。

○ ステージ (昼)
 美奈をセンターに、真弓、咲、亜弥、中村が踊っている。
 五人の踊りはぎこちない。
 ぎこちないながらも笑顔で踊る五人。
 中村がカメラに映り、ウインクする。
 湧く観客。
 中村を強く見つめている狩野秀(24)。

○ 会場 (映像)
 ファンと握手をしている美奈、真弓、咲、亜弥、中村。
N「今飛ぶ鳥を落とす勢いのアイドルグループ、夕方ロマンの第二期生が、今日お披露目会、握手会を行なった。まだ初々しい表情ながらも
 デビュー曲を含む三曲を踊り終え、その後は集まったファン二千人との握手で交流。パフォーマンスを終えた西山真弓は「お客さんの前で 
 踊るのはすごく緊張して、改めて先輩方の凄さが分かりました」、そして最年少の真山亜弥は「皆さんの笑顔を見てもっと素敵なアイドルになりたいと思いました」と笑顔で話す。そして最後にはグループ最年長になる中村幸太が「五里霧中」と締めくくり、大盛況のうちに幕を閉じた。新しい風が吹く夕方ロマンから、ますます目が離せなくなりそうだ」
  夕方ロマンのグループポーズをしている五人。

○ 電車内 (朝)
 スマホを見ている井上。
井上「何でやねん…」
 さらに顔をしかめる女子高校生。
 電車が停車し、たくさんの人が乗ってくる。
 女子高校生の後ろに立つ井上。片手にスマホ、片手はつり革を持つ。
 女子高校生のスマホ画面が見える。ツイッターが開かれている。
女子高校生『隣のおっさんスマホにツッコんでて画面見いたらアイドルだった… しかも変な匂いする。かわいそう』
 井上、深呼吸して、ゆっくりグループポーズをする。

○ 運送会社 駐車場(朝)  
  トラックの横に腕組みしている山下幸雄(49)。
  頭を何度も下げながら近寄っていく井上。
  男に小言を言われている井上。
  苦笑いで頭を下げている井上。
  山下が車に乗り、エンジンをかける。
  助手席に乗る井上。
山下「あ、くそ」
  車から降りる山下。
  ラジオから夕方ロマンの曲が流れる。
  ラジオのチャンネルをひねる井上。

○ スタジオ内 (昼)
  たくさんのカメラが並んでいる。
  ひな壇と、司会席、派手やかなセットが組まれているスタジオ内。
  お笑い芸人のヘップバーンの二人、林正之(35)と日澤治(36)がスタッフに会釈しながら司会席に座る。
  夕方ロマン一期生、橋田小夏(25)白井真子(24)生野恵理奈(22)松井沙織(25)斎藤亜美菜(20)高田一乃
  (21)他数名が挨拶をしながらスタジオ入りし、ひな壇に座る。
林 「二期生どうなの」
一乃「まだ挨拶しかしてないんですけど、かわいかったですよ」
林 「ホントに? 楽しみだなあ」
沙織「ひいきしないでくださいね~」
  和気あいあいとしている雰囲気。
  台本を抱えた安野幸正(39)がやってくる。
安野「そろそろ本番始めたいと思いまーす」
夕方「よろしくお願いしまーす」
  林に近づく安野。
安野「打ち合わせ通り、二期生来るんでいい感じにイジっちゃってください。面白い子いるんで」
林 「面白い子? 何て名前?」
安野「見たら分かります」
  ニヤリとする安野。
林 「オッケー」
  安野が素早く戻っていく。
安野「じゃあ本番いきまーす! 三、二、一!」
  手を差し伸べる安野。
林 「さあ始まりました、夕方ですがどうぞよろしく。司会のヘップバーンです!」
日澤「よろしくお願いしまーす」
林 「そしてこちらが、夕方ロマンでーす」
  夕方ロマンの前をカメラが移動する。

○ 楽屋内 (昼)
  美奈、真弓、咲、亜弥が座って楽屋内のテレビを見ている。
美奈「あー始まっちゃったぁー」
真弓「やばいんですけどぉ!」
亜弥「私何番目だっけ」
  騒いでいる三人から少し離れたところで、座禅を組んで目を瞑っている中村。ただならぬ雰囲気を醸し出している。
  楽屋がノックされ、川村大和(22)が入ってくる。
川村「失礼しまーす。そろそろ移動お願いしまーす」
  中村の眼がゆっくり開かれる。


○ 駐車場内 (夕)
  井上が載っていたトラックが駐車する。
  笑顔で降りてくる山下。
山下「もう桜井とかいうおじさんいらねえよ、お前これからも来いよー」
井上「エッヘッヘ、あざ~す」
山下「どうだ、これから飲みに行かねえか?」
井上「すいません、会社戻らないと駄目なんすわー」
山下「良いだろー もうそっちやめてこっち来ちゃえよ」
井上「マジっすかー 揺らぐわー」
山下「まあまた頼むわ。あと夕方ロマンの中村だっけ?」
井上「中村幸です!」
山下「そうだそうだ。今度会ったらもっと教えてくれな。ハマったわ」
井上「あざす! こちらこそお願いします!」
山下「じゃあなー」
井上「ありがとうございました!」
  井上、深く頭を下げる。

○ リアルキャスト社内 (夜)
  電気はほとんど消され、人気のない薄暗い社内。
  入口が開き、井上が入ってくる。
井上「井上、ただいま戻りましたー…」
  辺りを見渡しながら、自分の席に戻る。
  席につき、ため息をつく。
  スマホを取り出し、動画を再生する。

○ スタジオ (映像)
  入口のようなセットからスモークが焚かれ、シルエットが浮かぶ。
  スモークの中から悠々と歩く中村。
  薄く笑みを浮かべ、伏し目がち。

○ リアルキャスト内 (夜)
  静まり返ったオフィス内。
  井上の唾を飲み込む音が響く。
  亡霊のように中村の姿が井上の前に現れる。
真琴の声「こらッ!」
  飛び上がる井上。
  振り向くと、真琴が立っている。
井上「びっくりしたぁ。真琴ちゃんか…」
真琴「お疲れ様です。どうでした?」
井上「バッチリ。うちの会社に入れって言われた」
真琴「さすが。コミュ力だけ夫の名前は伊達じゃないっすね」
井上「まあな。オカンが大爆笑してる時に出てきた子やから」
真琴「どっかの大魔王みたいっすね」
井上「緑のな」
  パソコンを開き、キーボードを叩く井上。
真琴「明日にすれば良いじゃないですか」
井上「うーん。小原さんに怒られるん嫌やから」
真琴「嫌われてますもんね」
  井上の隣に座る真琴。
井上「待たんくて良いよ! 帰りなー」
真琴「良いんですよ、帰っても一人だし」
井上「(パソコンに向かいながら)寂しいなぁ。趣味とかないの」
真琴「ないですね」
井上「きっぱり言うなぁ。何か始めたら?」
真琴「うーん… 井上さんは何かあるんですか?」
井上「アイドルやな! 夕方ロマンって知ってる?」
真琴「あぁ、あの子は知ってます。橋田小夏」
井上「あぁ良いよなぁ。まあ俺は箱推しやけど」
真琴「箱推し?」
井上「全員好きってこと。でも一般の方に認知されてるってことに俺は深い感銘を受けてる。まあ今や国民的アイドルといって
 も過言ではない位置まで上り詰めてるもんな」
真琴「急にすごい喋るキモい」
井上「三枚目シングルまでは確かに既存のアイドル像としての新鮮さよりもどこか初々しい雰囲気を作り上げてたけどトランジ
 ットルールあこれが四枚目ねまあ僕らの中ではトラル革命と呼ばれてんねんけどそこから一切スカートとかヒラヒラした女性
 的な衣装を着る事は無くなって中性的でどこか儚げのある哀愁さが特色になったのよ夕方ロマンという名前の意味はここにあ
 ったんやなってやっぱり秋山先生はよく考えてはるわー!」
  真琴、デスクの上にあるお菓子箱でロボットを作る。
井上「…絶対聞いてないやん」
真琴「はい。逆に集中できました」
井上「…真琴ちゃんも美人やねんからアイドルになれば良いのに」
真琴「…いやもう二十二ですから」
井上「俺の友達同い年でアイドルになったで」
真琴「え、すご。マジですか」
井上「マジで。俺もびっくりしたわ」
真琴「すごいですね」
井上「うん。まあ俺がすごいわけちゃうけど」
真琴「仲良いんですか?」
井上「まあ、な。付き合い長いし」
真琴「じゃあ井上さんもすごいですよ」
井上「そんなことないよ」
真琴「写真とかないんですか?」
井上「あー ある! この前の夕方ロマンですがどうぞよろしくって番組のやつやねんけど。これがすごいインターネットでも話題になってて」
  スマートフォンを取り出す井上。
  田中から連絡が入っている。
田中『今日夕方ロマンから重大発表だって!』
  呆然としている井上。
井上「え…」
真琴「どうしたんですか」
井上「あー うーん…」
真琴「用事が出来たんなら私それやっときますよ(パソコンを指差す)」
井上「マジで?」
真琴「イエス。でも今度ご飯奢ってください」
井上「オッケ! ロマオタ御用達の店連れて行くわ! ありがとうな!」
  荷物を持って飛び出す井上。
真琴「キモいなぁ」
  井上の席に座る真琴。

○ バーココナッツ(夜)
  スマホを見ている私服の田中。
  井上が田中の席にやってくる。
井上「仕事せえよ」
  田中、顔を上げずに、
田中「それどころじゃないよ! すごいことになってる」
  井上に画面を見せる田中。
井上「えっ、三万人?」
田中「そう。ただ事じゃないでしょ」
井上「すごいな…」
田中「ちょっと店閉めるわ」
  田中が入口に向かう。
井上「あ、始まるで!」
  急いで井上の隣に座る田中。

○ スマートフォン画面
 『LOOK ROOM』というカラフルなロゴ。
  ロゴの下には、『配信までしばらくお待ちください』の文字。
  画面が切り替わり、画面上部に小夏がにこやかに座っている。
  画面下部には、人の形を模したアバターがたくさん並んでいる。
小夏「始まってる? あら、どうもこんばんわ」
  手をひらひらと振る小夏。
小夏「皆さんにお伝えしたいことがあってこういう形を取らせて頂きました」
  画面下部のアバターが『どうしたの?』『恐い恐い』『今日もかわええ』などコメントがつく。
小夏「え、三万人も見てるの?」
  画面に顔を寄せる小夏。
小夏「すごいですね、たくさん」
  微笑んでいる小夏。

○ バーココナッツ (夜)
  顔を寄せ合って画面を見ている井上と田中。
井上「これやばいんと違う…?」
  真剣に画面を見ている田中。

○ 夕方ロマン事務所会議室 (夜)
  広い部屋。
  机にカメラが置かれ、先には小夏が座っている。
  カメラの後ろに立っている秋山久志(59)ほか男性数名と夕方ロマンのメンバー。
  涙ぐんでいる真子、一乃。眉をひそめている中村。
小夏「アイドルになってから、約五年、ですかね。長かったような、短かったような。いや、短かったな」
  たまらなくなり、出て行こうとする中村。
  中村の手を掴む秋山。首を横に振る。
秋山「見て行きなさい」
  秋山を睨む中村。
小夏「私は映画が好きなので、映画みたいに言いますね。良いニュースと悪いニュースがあります」
  アバターが、『何~!』『聞きたくない!』『良いニュースから!』等コメントがつく。
小夏「良いニュースね、分かった。来年の三月十日に、ライブを行います」
  アバターが、『まじかー!』『きたぞー!』『待ってました!』等コメントがつく。
小夏「場所は今までで一番大きいところです。まだ言えないけど。すごい嬉しいです。それで悪いニュースは」
  頬を涙がつたう中村。 

○ バーココナッツ (夜)
  スマートフォンの画面を持っている井上。
  床に転がって耳を塞いでいる田中。
田中「やめてやめてやめてやめて…」
井上「嘘やろ…」
  入口のドアが開かずにガチャガチャと鳴っている。
小夏の声「三月のライブで、橋田小夏は卒業します」
田中「うわァァァァァッー!!!」
  ドアが蹴破られる。

                                                                                       続

二話

○ 中村家 (夜)
  夕方ロマンのポスターや写真集が置かれている雑多な部屋。ポスターに映っている写真のセンターは小夏。
  中村が立っている。それを見上げる井上と田中。
井上「おぉ、どうしたん」
田中「え、もうフリ覚えたの?」
  間。
中村「俺、アイドルになる」
  間。
  田中、井上爆笑。
井上「いきなり何言うねん!」
田中「良いじゃん!」
井上「俺が履歴書送ったるわ!」
田中「おぉ、よくあるやつ! 友達が勝手にー ってやつ!」
中村「頼む」
井上「握手会とか立ちっぱなしになるから鍛えとけよ!」
田中「ネットにある写真とか消しとけな」
  真剣な顔の中村。
  笑っている井上、田中。

○ バーココナッツ (夜)
  客のいない店内で、グラスを拭いている田中。手を止め、少し笑う。
  店のドアが開き、久本敦(45)が入ってくる。
田中「お疲れ様でーす」
  やつれた表情の熊田。カウンターに座る。
久本「水ちょうだい」
田中「はーい」
  水の入ったグラスを久本の前に置く田中。
田中「そういや、おしぼり届きました。元気にしてるかって」
久本「あーオッケー。サンキュ」
  カウンターに突っ伏す久本。
久本「うー」
田中「大丈夫ですか」
久本「だめ。涙もアルコールになってる」
田中「久本さん死んだらすごい火が強くなるでしょうね」
久本「うん。火柱を立てる」
田中「かっこいー」
  空になったグラスに水を入れる田中。
久本「だめだ。ハイボールちょうだい」
田中「あーぁ悪循環だ」
  ハイボールを作る田中。
久本「お前も何か飲めよ」
田中「あざっす」
  久本の前にハイボールを置く。
田中「じゃあ俺も」
  再びハイボールを作る田中。
久本「(一口飲んで)まだ好きなの、橋田なんとか」
田中「不動のセンター、橋田小夏ですね。当たり前っすよー」
久本「ふーん。ヤレないのに」
田中「そういうんじゃないんです。女性という性別の前にアイドルがありますから」
久本「もし店に来たらどうすんの」
田中「一回帰ります」
久本「なんでだよ」
田中「小夏たんの好きなタイプは短髪でチャラくなくて、身長があんまり高くないっていうのが条件なんで。髪の毛を切って服
 を着替えます」
久本「身長はどうすんの」
田中「くるぶしから下を切り落とします」
久本「(笑いながら)本気だな、キモいぞ」
  店のドアが開き、志摩美和子(45)と宮脇涼(35)が入ってくる。
久本「(爽やかに)いらっしゃい! おー美和子さん!」
美和子「敦~」
田中「いらっしゃいませ」
  久本の隣に座る美和子、涼。
  美和子と涼におしぼりを渡す田中。
久本「今日は早くない?」
美和子「ビールサーバーが壊れちゃってね、休みにしたの」
  意味深な目で田中を見る涼。
  気づかないふりをする田中。
久本「そうなんだ! 何飲みます?」
美和子「ビールもらおうかしら。敦も飲む?」
久本「あざっす! 頂きます」
涼 「私はウーロン茶で」
田中「かしこまりました」
   お酒を作る田中。
涼 「良一君元気だった?」
田中「(お酒を作りながら)ご覧の通りですよ」
涼 「最近お店に来てくれないね」
田中「金がなくて。すいません」
  作り笑いをしている田中。
  微笑んでいる涼。

○ ラブホテル (夜)
  タバコを吸っているバスローブ姿の涼。
  スマホを見ている裸の田中。
涼 「明日も出勤?」
田中「(スマホを見ながら)…ん? 何で?」
涼 「明日も休みだから。飲みに行こうかなって」
田中「明日は用事があるんですよ。すいません」
涼 「何時まであるの?」
田中「分かんない。結構遅くまでだと思う」
涼 「終わったら連絡してよ」
田中「あー。はい」
涼 「絶対よ」
田中「うーん…」
  着替え始める涼。
涼 「まだいるの?」
田中「うん」
涼 「じゃあお金、ここに」
田中「はーい」
  着替え終わり、一万円札を三枚置いて出て行く涼。
  立ち止まって田中の方を振り返るが、田中はスマホを見ている。
  出て行く涼。
  スマホを置いて、大の字になる田中。
  天井を見上げる田中。

○ 田中家 (朝)
  机と布団しかない、寂しげな部屋。
  カーテンもなく、朝日がそのまま窓から入っている。
  全身鏡で姿を確認している、落ち着いた格好をしている田中。表情が浮かれている。
  腕時計を確認し、机の上にある握手券五枚を大事そうに数えポケットに入れて歩き出す。

○ 握手会会場 (朝)
  様々な年代の男と、若い女性がごった返している会場。
  特攻服を着た男や、着ぐるみを着ている男の姿や、可愛い格好をしている女性。
  ロープで通路を作られており、通路の先はパーテーションで区切られている。
  夕方ロマンのメンバーの名前が書かれた看板が立っている。
  『橋田小夏』と書かれた看板が立っている長蛇の列に並ぶ田中。澄まし顔で立っている。
  × × ×
  列が進み、キョロキョロと落ち着きがなくなる田中。
  × × ×
  列の前の方に来てしまい、スマホを触ったり、貧乏ゆすりをしたりさらに落ち着きがない田中。
  パーテーションで区切られた部屋が近づく。

○ パーテーション内 (昼)
  部屋の入り口にスーツの男が立っている。
  長机が置かれ、小夏が立っている。
  おどおどしながら部屋に入る田中。
  男に握手券を渡す。
男 「一枚でーす」
  小夏に近づく田中。
小夏「初めましてー」
田中「あ、はい…」
  手を握られる田中。
  顔を上げられない田中。
小夏「大丈夫ですか?」
田中「…あ、はい…」
男 「お時間でーす」
  田中、男に剥がされ、部屋から出される。
小夏の声「あー! 久しぶりー!」
  去っていく田中。
  × × ×
  男に握手券を渡す田中。
男 「一枚でーす」
  小夏に近づいていく田中。
小夏「あれ、さっきも」
  手を握られる田中。
田中「あ、はい…」
小夏「ありがとうございます」
  顔が上げられない田中。
男 「お時間でーす」
  男に剥がされる田中。
  去っていく田中。
  × × ×
  男に握手券を渡す田中。
男 「一枚でーす」
  小夏に近づく田中。
  手を握られる田中。
小夏「緊張してますね」
田中「あ、はい…」
  田中の手をさする小夏。
小夏「大丈夫ですよ」
  田中、一瞬顔を上げるが、すぐに伏せる。
男 「お時間でーす」
  男に剥がされる田中。去っていく。
  × × ×
  男に握手券を渡す田中。
男 「一枚でーす」
  小夏の方から近寄って、手を出してくる。
小夏「名前、教えてください」
田中「あ、あ、えっと」
小夏「お名前」
男 「お時間でーす」
  手を離さない小夏。
小夏「名前っ」
  男が田中の方を掴む。
田中「た、たなかです」
男 「お時間でーす」
田中「田中、良一ですっ」
  男が強引に田中を剥がす。
小夏「良一君ね!」
  田中、部屋から出される。

○ 握手会会場 トイレ (夕)
  個室に入っている田中。手のひらを眺めている。
  ズボンを下ろし、自慰行為を始める田中。
  瞬く間に果て、手のひらを顔に押し付ける。
  ゆっくり手を下ろし、膝から崩れ落ちる。

○ パーテーション内 (夕)
  男に握手券を渡す田中。
男 「一枚でーす」
  手を差し出す小夏。
小夏「ありがとう、良一君」
  手を出さない田中。
小夏「良一君?」
田中「(すっと息を吸って)さっきオナニーしてきたんで握手できません」
  男が身を固くする。
  驚く小夏。
田中「…すいません。ずっと応援してます」
  部屋を出ていく田中。
小夏「(田中の背中を見ながら)またね」
  歩みを止める田中。再び歩き出す。

○ 道 (夜)
  人通りの少ない道を歩く田中。
  ポケットからスマホを取り出す。
  画面には中村からのメッセージ。
中村『ちょっと手伝って欲しいことがある。お店?』
田中『今日は休み! 家に行くよ!』
  シャツをズボンから出し、髪の毛を乱して歩き出す田中。

○ 中村家 (夜)
  チャイムを鳴らさず、部屋に入ってくる田中。
  汗だくになりながら掃除をしている中村。
田中「おうおう、どうしたの」
中村「お、ちょっと手伝って」
田中「う、うん」
  タンスを持つ田中と中村。
  × × ×
  綺麗になった部屋。
  袖で汗を拭く田中。
田中「何すんの」
中村「お前字キレイだろ? ちょっと俺が言うこと書いて」
  田中の前に履歴書を置く。
田中「なんで? どこに送るの」
中村「夕方ロマン」
田中「え?」
中村「これ見て」
  田中の前に雑誌を置く中村。
中村「二期生募集。期日は過ぎてるけど」
田中「いや、だってお前、おと」
中村「書類と一緒に動画も送る。ダンスは覚えてるし」
田中「え、え、まじで?」
中村「おう」
田中「……ホントに?」
中村「おう」
田中「…わかった。うんやろう」
中村「サンキュ」
田中「まず履歴書な、えーっと出身は?」
中村「大阪」
田中「…そうなの?」
中村「おう」
田中「関西弁出ないね。てか井上には教えないの?」
中村「うん。合格して驚かせてやりたいから」
田中「…オッケ。年齢も書くんだって」
中村「あ、二十三にしといて」
田中「え、違うじゃん。ダメだよ」
中村「若い方がいいだろ。芸能人皆やってるって」
田中「そうかなぁ」
  履歴書に向かう田中。正座している中村。

○ バーココナッツ (夜)
  綿貫と小春の前に立つ田中。
中村「気ぃ悪いわ!」
  井上の手を振り払い、店を出て行く中村。
井上「ファン一人失ったぞ!」
  ドアが乱暴に閉められる。
田中「すいません騒がしくて」
綿貫「(笑顔で)いえいえ」
田中「ちょっとすいません」
  井上の前に移動する。
田中「(小声で)何してんの。ケンカしすんなよ」
井上「いやあの態度はないやろ」
田中「おめでとうでしょまずは」
井上「いやいやいや! だってあいつおと」
綿貫の声「すいませーん。ビール二つ」
田中「あ、はい! (井上に向かって)ごめんって連絡しときなって」
井上「えー、うん」
  ビールを注ぐ田中。
  田中を見ている小春。

○ 会場 控え室(昼)
  美奈、真弓、咲、亜弥、中村が衣装を着て緊張した面持ちで座っている。
  秋山が入ってくる。
  立ち上がる五人。
五人「おはようございます!」
秋山「うん、おはよう」
  五人を見渡す秋山。
秋山「今日が君たち夕方ロマン二期生の初めての舞台になる。緊張してると思うけど、君たちは一万人の中から選ばれたんだか 
 ら、自信を持って。そして楽しんで、ね」
五人「はい!」
  スタッフの男性が控え室に入ってくる。
スタッフ「そろそろお願いしまーす」
秋山「じゃあ行こうか」
  控え室から移動する五人。
  真弓を止める秋山。
秋山「君はオーディションの時から光ってた。自慢の歌でファンの人を虜にしなさい」
真弓「はい!」
  出て行く真弓。
  秋山の前で立ち止まる亜弥。
秋山「君のダンスは君だけの武器だ。期待してるよ」
亜弥「ありがとうございます!」
  出て行く咲。
  秋山の前で立ち止まる美奈。
秋山「五人の中で最もアイドルなのは君だよ。胸を張って待っている全員をファンにさせる気持ちで頑張って」
美奈「頑張ります!」
  出て行く美奈。
  秋山の前で立ち止まる咲。
秋山「君のクールさが好きな人は必ずいる。だから堂々としていれば大丈夫。頼りにしているよ」
咲 「ありがとうございます」
  出て行く咲。
  秋山の前で立ち止まる、中村。
秋山「君は夕方ロマンの最終兵器だ。ありのままの君でいけば良い。自分を信じて」
中村「ウィッス!」
秋山「ウィッスはやめようね」
  出て行く中村。足取りは軽い。

○ 田中家 (夕)
  簡素な部屋で、スマホを見ている田中。
  画面にはお披露目会の記事。
  記事を閉じると、待ち受け画面には小夏の写真。
  写真を眺め、股間に手が伸びる田中。
  ズボンの中に手が入った時、着信が。
  相手は中村。
  焦りながら電話に出る田中。
田中「ど、どうしたの?」
  ズボンのチャックを閉める田中。
田中「今日? 二十三時くらいかな、え? うん、分かった」
  スマホを下ろす田中。

○ バーココナッツ (夜)
  裏口から入ってくる田中。
  カウンター内には久本。
田中「(着替えながら)早いっすね」
久本「あー良いからこっち来い」
  ネクタイを締めないままカウンターに入る田中。
  カウンターには涼が座っている。
田中「あ、」
久本「何してんのお前」
涼 「良いの、ごめんね来ちゃって」
久本「俺言ったよな、この仕事は自分も商品だって」
田中「はい」
久本「自分のこと買ってくれてるお客さん大事にしないってどういうことだよ」
田中「すいません」
涼 「もう良いから敦ちゃん。ごめん、ちょっと愚痴聞いてもらってただけなの」
久本「お前、もうアイドルとか追いかけるのやめてちゃんとしろよ」
田中「…」
久本「こんな良い人がいるのに、何でかねぇ」
涼 「大丈夫よ、良一君」
久本「俺らの時代は違うかったなぁ」
田中「………そういうのがないからアイドル好きなんすよ」
久本「あ?」
田中「大丈夫じゃないのに、心配して欲しいのに、構って欲しいのに、わざと逆のこと言って察してもらおうとか面倒臭い事し
 ないんですよ、アイドルは」
涼 「良一君?」
田中「アイドルは孤独なんですよ。寂しいからって誰かに助け求めたりしないんです。僕らに、何も求めないんです。それが良
 いんです」
久本「…何を偉そうに、いや最近の若いやつは怖いね。俺らの時代じゃ考えらんないわ」
田中「俺らの時代って何ですか。どうして自分の人生が終わったみたいなこと言う人に偉そうなこと言われなきゃいけないんす
 か」
久本「お前なぁ、お前の使ってるスマホとかだってお前より上の世代が作ったんだぞ? その人たちの意見は聞かなきゃダメだ
 ろ」
田中「じゃあ俺がこんなこと言うのもあんたらのせいってことになりますけど」
久本「誰に向かってあんたって言ってんだオイ」
田中「分かんないですか? あんたらの時代とやらはよっぽどクソな教育してきたんですね」
  田中を殴りつける久本。
  吹き飛ぶ田中。
涼 「ちょっとッ! やめなよ!」
田中「殴ったって何も変わらないんですよ。賢くなれて良かったですね」
久本「出てけッ!」
  立ち上がって出口へ歩く田中。
田中「あ、僕この仕事辞めないんで。明日もヨロシクお願いします」
  入口でお辞儀をし、出ていく田中。

○ レッスン室 (夜)
  壁が鏡張りになっている一室。
  美奈、真弓、咲、亜弥、中村がジャージ姿で汗だくになって踊っている。
  五人の前で一乃が踊っている。
  × × ×
  へたりこんでいる五人。
  その前に立つ一乃。
一乃「亜弥と咲、やっぱりテンポが駄目。あんたたちはもう夕方ロマンのメンバーなんだから。あんたたちのせいで人気が落ち
 るかもしれないってことをもっと真剣に考えて。分かった?」
亜弥「はい!」
咲 「(息が切れながら)はい」
一乃「じゃあストレッチして、解散。お疲れ様」
五人「お疲れ様でした!」
  出ていく一乃。
亜弥「…つかれた」
  五人の空気が緩む。
  × × ×
  おしゃれな服装に着替えている亜弥、美奈、真弓。
  柔軟をしている中村、咲。
美奈「じゃあ私ら行くね」
咲 「うん。お疲れ」
真弓「あんまり頑張りすぎちゃダメだよ」
中村「分かってる」
亜弥「じゃあお疲れー」
中村・咲「お疲れー」
  三人が出て行く。
咲 「先に帰って良いよ」
中村「大丈夫。手伝う」
咲 「ありがと」
  立ち上がる中村、咲。
  咲の前に中村が立ち、踊り出す。
  × × ×
  汗を拭いている中村。
  その後ろで着替えている咲。
咲 「そういやさ、あれどうなったの」
中村「大丈夫。今日は知り合いに送ってもらう」
咲 「…今日はいいかもしんないけどさ、誰かに相談したほうが良いよ」
中村「そうかも。でも警察とか嫌だし。特に今は」
咲 「うん、まあ。でも何かあったら連絡してね。何も出来ないけど」
中村「気持ちが嬉しいよ」
咲 「じゃあ私帰るね、気をつけて」
中村「うん。バイバイ」
  手を振り去って行く咲。
  スマホを見て、急いで着替える中村。

○ 駅前 (夜)
  ポツリポツリと人がいる駅前。
  腕組みして待っている田中。
  マスクをした中村がやってくる。
田中「おいーっす」
  手をあげる田中。
田中「何でこんなとこに呼び出したの」
中村「帰るから」
田中「え、引っ越したの?」
中村「うん」
  早足で歩く中村。
  それに追いつこうとする田中。

○ 道 (夜)
  人気のない住宅街。
  歩いている中村、田中。
田中「え、ストーカー!?」
中村「でかい!」
田中「だから引っ越したの?」
中村「違う。メンバーの寮は家賃いらないから」
田中「あ、そう。いやでもストーカー? 警察とかに言えば?」
中村「今そんなことで迷惑かけちゃいけないから」
田中「うーん。でも危ないよ」
中村「分かってる。着いた」
  二人の前に至って普通のマンションが建っている。
田中「防犯とかしっかりね」
中村「おう」
田中「じゃあね」
  手を挙げ、中村を見送る。
  辺りを見渡す田中。
  反対側の陰に、怪しい人影を見つけ、恐る恐る近付き、思って走る田中。
  光がその人物にあたり、顔が見える。
  そこには怯えた表情の小夏。
  驚く田中。
田中「あ、いや違うんです、これは」
  田中の方を見ずに、急いでマンションに入って行く小夏。
  立ち尽くす田中。
  スマホを取り出し電話をかけるが繋がらない。
  『さっきマンションの前で小夏たんに会ったけどストーカーじゃないですって伝えてお願い』と中村にメッセージを送る。
  呆然と立っている田中。

○ バーココナッツ (夜)
  私服姿の田中が床に転がっている。
小夏の声「三月のライブで、橋田小夏は卒業します」
田中「うわァァァァァッー!!!」
  ドアが蹴破られる。

                                           続

三話

○ 中村の夢の中 
  暗く、何もない空間。地面にはかかとまでの量の水が張っている。
  パンツのみで立っている中村。
  辺りを見渡し、ゆっくりと歩き出す。
  × × ×
  歩く先に光の当たっている場所を見つけ、そこへ向かう。
  そこにはスーツを着て満員電車に揺られる中村の姿。
  うとうとし、頭ががくんと下がって起きる。慌てて中村の方に走ってくる。
  パンツ中村とスーツの中村がすれ違い、スーツ中村の姿が消える。
  スーツ中村を追うように後ろを振り返ると、バックパックを背負った中村。
  無精髭で服装は汚いが、屈託のない笑顔で誰かと話している。
  手を振り、荷物を背負い直して歩き出すバックパック中村。
  パンツ中村の横を通り過ぎる。振り返るがその姿はない。
  何かを探すパンツ中村。
  光が降り注ぐ場所を見つけ、走り出す。
  × × ×
  肩で息をしながら光に近づく。
  中性的な格好をして俯いている中村。
  俯いている中性的中村の前に立つパンツ中村。
  遠くから音が聞こえてくる。
  だんだんと大きくなり、それが歓声だと分かると、中性的中村はゆっくりと顔をあげる。
  パンツ中村と目が合い、手を差し伸べる中性的中村。
  手を伸ばすパンツ中村。

○ 中村家 (朝)
  日の光がポスターを照らしている。
  勢いよく目を開ける中村。鼻水が出ている。
  夕方ロマンの写真集やグッズが整頓され、置かれた部屋。
  上体を起こし、肩で息をする。

○ 夕方ロマン事務所 会議室 (昼)
  清潔で小洒落たオフィス内。
  目の前に置かれた書類をつまらなさそうに見ている秋山。
  体を固くしている綿貫と小春。
綿貫「いかがでしょうか」
秋山「…」
  書類を机に置いて、腕組みをする秋山。
小春「麻木美奈、横井咲は二人ともなかなかの逸材だと思ってるんですけど…」
秋山「…」
  緊張している綿貫、小春。
秋山「…君達は夕方ロマンに何が足りないと思ってる?」
綿貫「えっと、清楚から中性的なイメージへの移行は成功しているので、さらにそれを強くする、ですかね」
秋山「丸山くんは?」
小春「バラエティに強いメンバーがいないので、もっと笑える可愛い子でしょうか」
秋山「君たちは本質が分かってない。真実というのはもっと端的でシンプルなんだよ」
綿貫「はい…」
秋山「インパクトだよ」
小春「インパクト、ですか」
秋山「今までにいなかったアイドルだ。一目見ただけで全ての人の目を引くような、そんな子が必要なんだ」
綿貫「はぁ…」
秋山「まあそんな子、なかなかいないというのも分かるんだけどね」
  手を組んで考え込む秋山。

○ 夕方ロマン事務所 廊下 (昼)
  会議室から出てくる綿貫と小春。歩き出す。
小春「なかなかいないの分かってんなら言うなっつーの」
綿貫「ほんとだよー」
小春「どうしたら良いんですかね」
綿貫「うーん… まあダメとも言われてないからこのままで良いんじゃないかな」
  二人の元にやってくる飯塚小太郎(23)。
飯塚「綿貫さん!」
  振り返る綿貫。
飯塚「もうオーディション終わっちゃいました? 一通来てるんですけど」
綿貫「もう先生に渡しちゃったよ」
飯塚「この子、ってかこの人なんですけど。履歴書と映像も送ってきてて」
綿貫「んー」
  書類を受け取り、眺める綿貫。
小春「期日も守れないのはちょっとなー」
  みるみる顔色が変わる綿貫。
  綿貫の手元を覗き見る小春。
綿貫「いや、これだ…!」
  踵を返し走っていく綿貫。
  それを追う小春。立ち止まり、
小春「(飯塚に向かって)ナイス!」
  走っていく小春。

○ 中村家 (昼)
  部屋で夕方ロマンのライブDVDを見ているジャージの中村。
  その顔に覇気はなく、ぼーっとしている。
  机の上に置いてあるスナック菓子を口に入れ、発泡酒を一口飲む。
  チャイムが鳴り、玄関に向かう。
  ドアを開けると、配達員が立っている。
配達員「書留でーす。中村幸太さんですか?」
中村「はい」
配達員「こちら届いてまーす」
  封筒を渡される中村。
配達員「ありがとうございましたー」
  封筒を開ける中村。封筒には『夕方ロマン二期生オーディション』の文字。
  しばし眺め、ガッツポーズする。
  テーブルに向かい、スナック菓子と発泡酒を捨てる。

○ 狩野家 (昼)
  カーテンが閉められ、どことなくジメジメした部屋。
  夕方ロマンの写真集やポスター、グッズが乱雑に貼られている。
  部屋の真ん中に置かれたテーブルには封筒が置かれ、紙を握りしめて正座する狩野秀(25)。
  
○ 会場 ステージ (昼)
  たくさんのファンが客席を埋め尽くしている。
  バックスクリーンには『夕方ロマン二期生登場』と映っている。
  ステージでは衣装を着た咲がマイクの前に立っている。
咲 「よくクールと言われます。でもクールじゃなくて、恥ずかしがり屋なだけです。宜しくお願いします。
  歓声が大きくなる。

○ 同 ステージ裏 (昼)
  衣装を着た中村。目を閉じて深呼吸する。
咲の声「私を笑わせてくれる人募集です。宜しくお願いします」
  歓声が上がる。
  
○ 同 ステージ (昼)
  袖からゆっくりと歩いてステージ中央に俯いたまま向かう中村。
  マイクの前に立つ。
  お辞儀をする。
  目の前が真っ白になる。徐々に慣れてくる中村。
  たくさんの観客の笑顔と、まばゆい光。
  笑顔になる中村。
中村「…大阪府出身、二十三歳、中村幸です。スタッフさんが時間が押してるって言ってました」
  客席から笑い声が生まれる。
中村「だから、一言だけ…… 最高ッ!!!!」
  笑い声と歓声が上がる。

○ 同 握手会会場 (昼)
  大勢のファンの姿。
  ロープでレーンが作られ、長テーブルが置かれており、美奈、真弓、咲、亜弥、中村が並んで立っている。
  ファンが流れ作業で五人と握手している。
ファンA「美奈ちゃん応援するよ!」
美奈「ありがとうございます!」
ファンB「歌うまいね、頑張って!」
真弓「はい。応援お願いします!」
ファンC「可愛いですね一期生の白井真子を彷彿とさせる可憐さがあるよ君には」
亜弥「あ、ありがとうございます…」
ファンD「もっとキャピキャピした方が良いんじゃない?」
咲 「しない。私は私だもん」
  悶絶しているファンD。
  中村の前に来る狩野。
  狩野に手を差し伸べる中村。
中村「よろしくお願いしまーす」
  手を握らず、中村の目を見つめる狩野。
中村「?」
狩野「顔は覚えた。お前は絶対に俺が、秘密を知ってるのは俺だけだ」
  逃げるように去っていく狩野。
  狩野の背中を見る

○ 同 控え室 (夕)
  飯塚がドアを開け控え室に入って来る。
  飯塚に続き、衣装を着た美奈、真弓、咲、亜弥、中村が入って来る。
飯塚「三十分後に撤収ですんで、準備してくださーい。お疲れ様でしたー」
  部屋から出ていく飯塚。
  椅子に座る五人。
美奈「疲れたぁー…」
真弓「ホントにー こんなに大変なんだ…」
  泣き出す亜弥。
真弓「どうしたの!」
  四人が亜弥の元に寄って来る。
  亜弥の手を見つめる中村。その手はまだ小さく幼い。
  亜弥の頭を撫でる真弓。
亜弥「(手で涙を拭きながら)大丈夫、ちょっと変なこと言われて…」  
  亜弥の背中をさする咲。
亜弥「ねえ、オカズにするって、どういう意味?」
咲 「そんな奴はカスだから。気にしない気にしない」
  無言で頷く亜弥。
美奈「でも変な人いたよね」
真弓「うん。ぶっちゃけちょっとキモい」
  泣きじゃくる亜弥。
  立ち尽くす五人。

○ バーココナッツ (夜)
  カウンター内に立っている田中。
  椅子に座っている中村と井上。
井上「それだけちゃうやろ。何でそんな急に冷たいねん」
中村「冷たくない。普通」
井上「お前なぁ、アイドルになるんやったらもっと愛想良くせえよ」
中村「何が分かんねんッ! 偉そうに語んなボケッ!」
井上「何キレてんねん!」
  田中、綿貫、小春に向かって、
田中「すいません。(井上、中村に向かって)おい今はやめろって」
井上「ネットに書くぞ! 夕方ロマンの二期生中村はすぐキレるって!」
中村「やってみんかいそんなことする奴ロマオタちゃうわ!」
井上「やるぞ! ホンマにやるからな!」
中村「やれや! お前みたいなんに応援されても嬉しくないわ!」
井上「何で応援する前提やねん! お前のことなんか推すかボケ!」
中村「気ぃ悪いわ!」
  井上の手を振り払い、店を出て行く中村。
井上「ファン一人失ったぞ!」
  綿貫と小春に困り顔で接客している田中。
  
○ 道 (夜)
  人通りの少ない道を不機嫌な顔で歩く中村。
  視線を感じて、後ろを振り返る。
  薄暗い道。
  早足で歩く中村。

○ 夕方ロマン事務所 会議室 (昼)
  綿貫、小春が並んで座り、前に秋山が座っている。
  秋山の顔は余裕の笑みを浮かべている。
綿貫「亜弥がファンとの会話で嫌な思いをしたらしいです。今はだいぶマシになってます。他のメンバーは概ね問題はないかと」
秋山「うんうん」
綿貫「ただ、中村が」
秋山「(身を乗り出して)何かあったのか」
小春「あの子はバーに行ってます。しかも知り合いみたいで」
秋山「(背中を預け)なんだそんなことか」
小春「でもアイドルがバーに通ってるっていうのは」
秋山「今までいなかっただけだ。前例がないっていうのはチャンスだってことだ」
小春「はい…」
秋山「…まあ何か問題があると怖い。監視は続けてくれ」
綿貫「分かりました」
秋山「ただし変なアドバイスはするなよ。あの子はありのままでいく」
  満足そうな表情の秋山。
 
○ テレビ局 楽屋内 (昼)
  美奈、真弓、咲、亜弥、中村が座って楽屋内のテレビを見ている。
  テレビではヘップバーンの二人が映っている。
美奈「あー始まっちゃったぁー」
真弓「やばいんですけどぉー」
亜弥「え、私何番目だっけ」
  騒いでいる三人から少し離れたところで、座禅を組んで目を瞑っている中村。ただならぬ雰囲気を醸し出している。
  楽屋がノックされ、川村大和(22)が入ってくる。
川村「失礼しまーす。そろそろ移動お願いしまーす」
  中村の眼がゆっくり開かれる。

○ 同 スタジオ内 (昼)
  林と日澤がひこやかに座っている。
林 「それではね、今日の企画に参りましょう! 題して、『初めまして二期生ちゃん!』」
  ○○が拍手をする。
日澤「この前オーディションが行われましてね、一万人の中から選ばれた、と」
林 「これはすごいねぇ。日澤さんも参加したんだっけ?」
日澤「そうそう、書類選考はいけたんだけどねー っておいバカ」
林 「それでは登場していただきましょう! どうぞ!」
  拍手をする林、日澤。

○ 同 スタジオ裏 (昼)
  落ち着きなく、うろうろしている真弓。
  壁に向かってブツブツ言っている亜弥。
  号泣している中村。
  中村の背中を撫でている咲。
咲 「大丈夫だって。ヘップバーンさんがなんとかしてくれるし。それにファンの人は私らの緊張してるところが見たいんだから」
  何度も頷く中村。
  川村がやってくる。
川村「そろそろです」
林の声「それでは登場していただきましょう! どうぞ!」
  真弓が移動する。
  炭酸ガスが吹き出される。
亜弥「頑張って!」
  真弓が炭酸ガスの中に消えていく。

○ 同 スタジオ内 (昼)
  炭酸ガスが消え、真弓が緊張した面持ちで立っている。
  ゆっくり進んで、林、日澤の隣に立つ。
真弓「西山真弓、埼玉県出身の十六歳です。よろしくお願いします」
  お辞儀をする真弓。
林 「はい、真弓ちゃんね、埼玉なんだ、日澤さんと一緒じゃない?」
日澤「そうだね、じゃあ俺たちマブダチだ」
林 「はえーよ!」
  笑い声が響くスタジオ内。

○ 同 スタジオ裏 (昼)
  深呼吸している亜弥。
  手のひらに人と書いている美奈。
  何度もえずく中村。
咲 「一回吐いてくれば?」
  首を横に振る中村。
林の声「はい、ありがとうございましたー それでは続いて登場していただきましょうー!」
  亜弥が移動し始める。
中村「緊張しない?」
咲 「してるよ。でもこれも仕事じゃん」
  見つめ合う咲と中村。

○ 同 スタジオ内 (昼)
  亜弥がお辞儀をして去っていく。
林 「皆さんなかなか緊張してるね、まあそれも初々しくて良いよね」
日澤「うん可愛いよね」
林 「じゃあ次の子に登場していただきましょうか」
  ちらりと安野を見る林。
  カメラ前にしゃがんでいる安野、笑顔で頷く。
林 「それでは登場していただきましょう! どうぞ!」
  炭酸ガスが吹き出し、現れる中村。
  堂々と立ち、余裕の笑みを浮かべている。
  悠々と歩く。
  息を呑む林。
  林、日澤の横に立つ。
中村「中村幸、二十三歳、大阪出身です」
林 「あ、お大阪出身は初めてじゃない?」
日澤「そうだね…」
  カメラの後ろで腕を組んで見ている秋山。
秋山「生まれた…」
  組んでいた腕が解かれ、呆然と立つ秋山。
  ひな壇に座っている小夏。中村を見て安堵した表情を浮かべる。
  × × ×
林 「(手を振りながら)それでは今週はここまでー! また来週ー!」
  手を振っている日澤。
安野「はい、オッケーです!」
  立ち上がる林。
林 「お疲れ様でしたー」
夕方ロマン「お疲れ様でしたー!」
  立ち上がってお辞儀をする夕方ロマンメンバー。
  安野に近づく林。
安野「(林に気づき)お疲れ様です。どうでした」
林 「MCやってて良かったよ」
  咲と話している中村。
秋山「二期生、ちょっと来てくれ」
  秋山の元に小走りで向かう美奈、真弓、咲、亜弥、中村。
秋山「今日のダンスレッスンだが、橋田、来てくれ」
  走ってくる小夏。
秋山「より実践に近づけるために、一期生に教えてもらう。しっかり学んでくれ」
二期生「よろしくお願いします!」
小夏「うん。よろしくお願いします」
  喜んでいる亜弥、真弓。
小夏「時間あるわけじゃないからきついと思うけど頑張ろうね」
咲 「はい!」
  楽しそうな咲。

○ レッスン室 (夕)
  ジャージを着て踊っている小夏。
  小夏の背中を見ながら踊っている美奈、真弓、咲、亜弥、中村。
小夏「咲遅い! 動作が終わるたびに止まっちゃダメ!」
咲 「はい!」
  上手に踊る中村。
  横目で中村を確認し、微笑む小夏。
  × × ×
  決めポーズをする小夏、美奈、真弓、咲、亜弥、中村。
小夏「…ちょっと休憩しよっか」
五人「はい、」
  その場にへたりこむ五人。
  中村に近寄る小夏。
小夏「幸、って呼んで良い?」
中村「はい!」
小夏「ダンス上手だね、踊ってた?」
中村「いえ、ライブDVD見て覚えました」
小夏「そうなの? 誰かに見てもらったりした?」
中村「友達に見てもらいました。その友達、小夏さんのファンですよ」
小夏「そうなんだ、嬉しい」
  中村の隣に座る小夏。
小夏「幸ちゃんは、アイドルやめたらどうする?」
中村「えー それ入ったばっかりに聞きます?」
小夏「(笑いながら)まあもしもの話で」
中村「…死にます」
小夏「え?」
中村「死ぬ」
小夏「ど、どういうこと?」
中村「この世から消えます」
小夏「普通の女の子に戻るとか、じゃなくて?」
中村「いや、もうさっぱりと。星のように死にます」
小夏「すごいね。…でも死なないでね」
中村「いえ、死にます」
小夏「ダメだよー」
  立ち上がる小夏。
小夏「さて、やりますか!」
  立ち上がる二期生。
小夏「私の全部を教えるよ」
  怪訝な顔をする中村。

○ 道 (夜)
  人通りの少ない夜道。
  大きな荷物を抱え、足を引きずるように歩く中村。
  中村の前に突然現れる狩野。
中村「えっ」
狩野「今日はダンスレッスン… 明日はボーカルレッスン。明後日は休み。ふふふふ」
中村「ちょっと。警察呼びますよ」
狩野「警察… 呼んだら大ごとになる。困るのは誰だろうね」
  狩野を避け、早足で去る中村。
  振り返る中村。
  こちらを見ている狩野。

○ 夕方ロマン事務所 会議室 (朝)
  腕を組んで目を瞑っている秋山。
  神妙な面持ちの綿貫。涙目の小春。
  すっきりとした顔の、小夏。
  立ち上がり、お辞儀をする小夏。
  部屋から出ていく。

○ レッスン室 (夜)
  ジャージ姿で踊っている一乃。その後ろで踊る美奈、真弓、咲、亜弥、中村。
  真剣な表情で踊る。

○ マンション内 中村の部屋(夜)
  疲れた表情で部屋に入る中村。
  荷物を玄関に置き、床に座る。
  ため息をつき、化粧を落とそうと鏡を取り出す。
  スマホが振動して、見ると田中からメッセージが。
  立ち上がり、部屋を出る。

○ マンション内 廊下 (夜)
  廊下に出る中村。
  小夏を見つけ、小走りで向かう。
中村「小夏さん!」
  振り返る小夏。
小夏「あぁ、幸ちゃん」
中村「下で男に会いましたよね? あれ友達なんです!」
小夏「…あぁ。そうだったんだ」
中村「びっくりしましたよね、ごめんなさい」
小夏「大丈夫… それよりさ。私、辞めることにした」
中村「え?」
  見つめ合う二人。何度も頭を振る中村。
  中村の肩に手を置く小夏。
  真剣な目で中村を見つめる小夏。
  涙目になる中村。

○ バーココナッツ前の道 (夕)
  店の裏口に入っていく田中。
  田中を見つめる狩野。
  ニヤリと笑う。

○ 夕方ロマン事務所会議室 (夜)
  机にカメラが置かれ、先には小夏が座っている。
  カメラの後ろに立っている秋山、綿貫、小春、飯塚と夕方ロマンのメンバー。
  涙ぐんでいる真子、一乃。眉をひそめている中村。
  深呼吸し、中村にウィンクをする小夏。
飯塚「じゃあ回しまーす。三、二、一」
  小夏に手を差し伸べる。

○ バーココナッツ (夜)
  床に転がっている田中。
  ドアが蹴破られ、狩野が入ってくる。
  振り返る井上。
井上「…だれや」
  笑っている狩野。
井上「お客さん?」
田中「(うずくまりながら)今日は休みです…」
  包丁を取り出す狩野。
井上「…え? 何やこいつ…」
  カウンターに置かれたスマホ画面。

○ スマートフォン画面
  アバターが『マジで?』『嘘だ』『信じない!』等コメントがつく。
  アバターの数が増えていく。
小夏「ホントなんですこれが。急でごめんなさい」
  頭をさげる小夏。
小夏「でも突然辞めて、はいさよならってのは虫が良すぎるので。私の代わりを紹介します」
  手招きをする小夏。

○ バーココナッツ (夜)
  立ち上がる井上。
井上「こいつ包丁持ってるで…」
田中「(寝転がったまま)良いよどうでも」
狩野「お前らが井上幸と知り合いなのは調べてる… 俺の言うことを聞け」
井上「何言うてんねん…」
狩野「早く出せ!」
井上「出すって何を…」
狩野「スマホだッ!」
  ゆっくり立ち上がる田中。
田中「うるさいよお前。そんな時じゃないんだよ」
  狩野に近づく涙目の田中。
狩野「寄るな! 刺すぞッ!」
田中「良いよ刺しなよ、刺してくれよ…」
  田中の腹を刺す狩野。
田中「え?」
井上「え?」
  腹を抑え倒れこむ田中。
狩野「刺せって言った刺せって言った… だ、だ出せ!」
  狩野にスマホを投げる井上。
狩野「暗証番号は!」
井上「…グループ結成日…」
  スマホを操作する狩野。

○ スマートフォン画面
  たくさんのアバターが画面を埋め尽くしている。
  小夏の隣に現れた中村。
小夏「二期生の中村幸ちゃんに、これからの夕方ロマンは任せます」
  アバターが、『無理だー!』『誰?』『小夏たんの代わりは無理』『お前がやめろ!』等コメントがつく。
小夏「ちょっと待ってください。幸ちゃん、ごめん。向こう行ってて」
  画面の外に行く中村。
小夏「私の代わりはいないってのはすごく嬉しい。でも他のコメントは許せないです。幸ちゃんの悪口を言うのは違う」
  アバターの動きが止まる。
小夏「皆さんが誰のファンでも構わない。でもメンバーを悪く言うのは、私の人生、私の誇り、私のグループ、夕方ロマンへの侮辱だと思う。それは絶対許さない」
  涙目になっている中村。スマホを取り出す。
  着信履歴が三十二件。
  メッセージアプリを開くと、倒れている田中と井上の写真が送られている。
  井上から電話がかかってくる。
中村「(電話口を手で覆いながら)どうしたっ」
狩野の声「どうしたじゃない」
  眉をひそめる中村。

○ バーココナッツ (夜)
  倒れこんでいる田中。
  田中に寄り添って狩野を見ている井上。
狩野「お前の友達は、こ、ここで倒れて、死ぬぞ」
中村「え、誰?」
狩野「…だ、誰でも良い。写真見ただろ、良いのか」
中村「何がしたいんだ、君」
狩野「小夏たんのルックルーム、見ている。そこで、お前の秘密を言え」  
中村「え、秘密って?」
狩野「お前が隠していることだよ!」
井上「やめろ! おい言わんでええぞ!」
狩野「黙れッ!」
田中「言わなくていいぞ! 俺は死んでもいいんだ…」
狩野「俺は知ってるぞ、お前が本当は」
  電話が切られ、画面を見つめる狩野。

○ 夕方ロマン事務所会議室 (夜)
  スマホをポケットに突っ込む中村。
小夏「皆分かってくれたみたいで嬉しい。じゃあ来て、幸ちゃん」
  秋山他スタッフが道を空ける。
  道の真ん中を歩く中村。
  小夏の隣に腰を下ろす中村。

○ スマートフォン画面
  静まり返っているアバター。
  小夏の隣に座り、前を向く中村。
中村「…小夏さん、お疲れ様でした。もっと色々話したいけど、決めたことですから。小夏さんの意思は必ず継ぎます。絶対にセンターをやりきります。よろしくお願いします。…でも皆さんに言わないといけないことがあります」
  中村の顔を見る小夏。
中村「隠してることがあります。嘘ついてました。実は…」
  顔を見合わす綿貫と小春。
  厳しい顔をする秋山。

○ バーココナッツ (夜)
  顔を紅潮させてスマホを見ている狩野。
  顔が青くなっている田中。
狩野「良いぞ… そうだ、これで…」
  ぐったりとしている田中を抱いている井上。
井上「これほんまにやばいで…」
田中「大丈夫、俺は幸せだった…」
井上「お前ッ! 顔真っ青やないか!」
田中「本望だよ… 青は小夏たんの色だから」
井上「小夏たん悲しむぞ!」
田中「もう、悲しませちゃったから…」
井上「え、何したん?」
田中「道で偶然会っちゃった」
井上「どこで!」
田中「マンションの下」
井上「それ寮やんけ! お前それはルール違反やろ! カス! 死ね!」
田中「うん、だから死にそうになってる…」
井上「お前寮の場所知ってんのかー…」
  スマホを見ていたが、後ろを振り向く狩野。
狩野「…寮?」
  井上に抱きかかえられている田中。
井上「あー… 聞いときたかったなぁ、寮の場所。でも絶対あかんな、うん。それはオタク失格や」
  井上、田中に近づく狩野。
田中「割と質素な感じだったよ…」
井上「黙れ! 偉そうにすな! 寮の場所知ってるくらいで!」
狩野「(近づきながら)寮の場所? え?」
  井上、田中の間合いに入る狩野。
  目を見開き、狩野に飛びかかる井上、田中。
  転がったスマホから、
中村の声『隠してたことがあります。実は…」

○ 夕方ロマン事務所会議室 (夜)
  顔を見合す綿貫と小春。
  目をぎゅっと閉じている中村。
小夏「幸ちゃん?」
中村「(目を開いて)実は…」
  スマホの画面ではたくさんのアバターが黙って見ている。
  白いTシャツ、白いパンツのアバターが現れる。アバター名は『ココナッツ』
  そのアバターから「もうだいじょうぶ」とコメントがつく。
中村「じ、実は、二十三じゃないんです、二十五歳なんです…」
  無反応のアバター。一瞬間を置いて、一気に騒ぎ出す。
  「そんなことかー!」「俺は分かってた」「大人の魅力出てるもんね!」「なんか分からんけど緊張した」等々。
  驚いている小夏。笑い出す。
小夏「何だろうと思ったよー。同い年だったの?」
中村「そうなんだ、ごめん」
  アバターが「急にタメ口w」「センターの風格感じた」「これからも夕ロマ推す」等のコメントがつく。
  困ったように笑う中村。画面を見ると、ココナッツはいなくなっている。

○ バーココナッツ (夜)
  狩野の上に乗って画面を見ている井上と田中。
井上「何とかなったな」
田中「うん、良かった…」
狩野「クソ、クソっ…」
井上「お前ほんまに寮の場所知ってんのか」
田中「…うん」
  倒れこむ田中。
井上「おいおいおい!」
田中「このまま死なせてくれ…」
  電話をかける井上。

○ ライブ会場 (夕)
  満員状態の観客席。皆高揚した表情で待っている。
  大掛かりなセットの組まれたステージ上には、中性的な衣装に身を包んだ夕方ロマンが立っている。
  皆俯いている。
  イントロが流れ、照明がつく。
  センターに立っている、中村。
  顔を上げ、踊り出す。
                                                                                       了

この脚本を購入・交渉したいなら
buyするには会員登録・ログインが必要です。
※ ライターにメールを送ります。
※ buyしても購入確定ではありません。
本棚のご利用には ログイン が必要です。

コメント

  • まだコメントが投稿されていません。
コメントを投稿するには会員登録・ログインが必要です。