○ 人物表
鮫島陽一(23) 教育実習生
城ノ尾正義(50)3年1組担任、指導教諭
徳重(55) 学校長
三重洋子(50) 教頭
森隆二(60) 鮫島の恩師
後藤道子(24) 5年2組担任
鳥丸翔一郎(9) 転校生
桑原一秀(9) 学級委員長
松本ゆい(8)
山本大地(9)
緒方竜太郎(8)
林太郎(9)
久保田美夢(9)
鈴木杏実(9)
夏子(28) 翔一郎の母
鈴木楓(35) 鈴木杏実の母、PTA役員
本山(60) 教育委員
○ 第一小学校・校庭(夜)
闇に佇む古びた遊具。その多くには、囲いと「使用禁止」の貼紙がある。
鳥丸翔一郎(9)、首に缶箱を下げ、あっちにふらり、こっちにふらり、ハサミで貼紙を切って回っている。警備員が懐中電灯片手に現れる。
警備員「大丈夫か?」
翔一郎「…」
警備員「何してんの?お母さんは?」
翔一郎、無視。
警備員「ちょっとそこ出ようか」
翔一郎「…」
警備員「な、危ないから」
翔一郎、笑う。
警備員「?」
翔一郎「うんこ!」
翔一郎、逃げる!
警備員「おい!」
翔一郎、闇に消えゆく…
警備員、ハサミとバラバラの貼紙を拾い、呆然とする。
男の声「本当の自由とは何でしょうか?」
◯ 同・体育館・外観(夜)
入口に「遊具撤去について」とある。
◯ 同・体育館(夜)
薄暗い体育館。
両手に指輪を光らせ、ステージから話す城ノ尾正義(50)。手元のパソコンから背後のスクリーンに映像を映している(何百匹もの子グモが親グモの張った巣に群がって塊を成している停止画面)。
城ノ尾「クモの子を散らす、と言いますが、それは卵から孵化した何百もの子グモが危険から身を守るためにあちこちに逃げ惑う姿からきています。この様に」
動き出す映像(子グモが四方八方へ散っていく…)。
城ノ尾「しかしこのまま散らばってはそう長
く生存することは出来ないでしょう。彼ら
は帰ってくるのです」
(一匹、一匹と子グモが元の場所へ帰ってきて、群れを再形成していく)。
城ノ尾「これはマドイと呼ばれる習性です。集団の団に住居の居と書いて団居。彼らは暫くの間この団居を築き、独り立ちに向けて準備をするのです。母グモが作り上げた安全な巣の中で。我々も、そして保護者の皆様もこの点ではこの母グモに同じ。我が子には強くたくましく、そして安全に育ってもらいたい。母グモが作るこの糸の網は束縛するものではない。それは子グモの命を守り、自由と未来を保障するのです。そしていつの日か…」
別の映像に切り替わる(高い所へ伸びる一本の糸を一匹の子グモが上へ上へ伝っていく…。辿った先、枝の上には既に数匹の子グモ。体から出た糸が風に揺れている…段々持ち上がる体…遂に風に乗り、次々と空へと飛び去って行く)。
城ノ尾「彼らは自由の風に乗って遠い地へと
飛び立っていくのです」
映像、止まる。
城ノ尾「今夜お集まり頂いた皆様、その寛大なご協力に重ねて感謝致します。遂にこの遊具撤廃案、決議に至ることが出来ました。私個人としても大変嬉しく思っております。今後とも共に、落ち着きのある、より開かれた学び舎を作って参りましょう。では学校長、徳重先生をお招き致します」
パッと明るくなり、聴衆の拍手。
城ノ尾、徳重校長(55)に軽く会釈し、袖へ退場していく。
城ノ尾を迎える教師達。
教師ら「良かったですよ、城ノ尾先生!」
城ノ尾、素通り。
教師1「先生、続きは?」
城ノ尾「どうでもいい」
拍手の中、暗い袖に消えていく城ノ尾の背中…
◯ タイトル『ラクダの背骨』
◯ アパートの一室(朝)
ソファベッドに仰向けになり、天井を凝視する鮫島陽一(23)。
壁にポスター大の紙が3枚貼ってある。紙には「書くと自分が見えてくる!就活編」と題があり、約30社の企業名と日付が羅列され、その全てに赤ペンで二重線が引っ張ってある。続く2枚も同様である。が3枚目の最後、手書きで「11月 教育実習」と付け足されている。赤線はまだない。
時計(カチッ、5:00、ピピピピ!)
陽一、目覚ましコールを瞬殺、ため息、起きる。
○ 同・洗面所(朝)
陽一、鏡の前で身支度している。
ブーッ(電話・バイブ音)
陽一「うん?」
女性の声「起きてる?」
陽一「うん」
女性の声「良かった」
陽一「うん」
女性の声「じゃあ」
陽一「やっぱ止めようかな」
女性の声「何言ってるの」
陽一「嘘だけどさ」
女性の声「浪人して留年してそれじゃまた…いい加減抜け出さなきゃ」
陽一「嘘だって」
沈黙。
女性の声「じゃ。初心を忘れずにね」
電話、切れる。
陽一「今日が初心だよ」
陽一、ネクタイを締める。
○ 町・全景(朝)
薄暗い町に朝を告げる日の出。
○ 小学校・外観(朝)
校門に立つ警備員、スクールバス、立派な校舎。
陽一、自転車でやって来る。
コンコンコン(ノック)。
○ 同・廊下~職員室(朝)
陽一、職員室の前に立っている。中から男女の笑い声。陽一、またノック。
応答なし。思い切って、
陽一「失礼します(ドアを開ける)」
城ノ尾と三重洋子教頭(50)の二人しかいない。談笑、止む。
城ノ尾「はい?」
陽一「お早うございます。すみませんあの」
城ノ尾「実習生?」
陽一「はい、宜しくお願いします!」
城ノ尾「あ、そ」
三重「城ノ尾先生のクラスよね?」
陽一「はい。あの私」
城ノ尾「まず実習生っていうのは忘れた方
がいい。今日から君は」
陽一「あ、鮫島陽一です」
城ノ尾「鮫島君は先生だ。職員も児童も君を先生として見る。だから鮫島君も先生として振舞う。先生らしく振舞う。ここが君の職場で、そこは君の机だ」
陽一「はい!」
城ノ尾「でもノックはしないとな」
陽一「はい?」
城ノ尾、持っていたハサミでコツコツ机を叩く。
城ノ尾「ノック。開ける前に」
城ノ尾、じっと陽一を見ている。
陽一「えっと」
城ノ尾「ま、いいや。行くか」
城ノ尾、出て行く。
城ノ尾の声「鮫島君!」
陽一「はい!」
陽一、急いで城ノ尾を追う。
○ 同・裏門~駐車場(朝)
裏門から細い通りを挟んだ向かいに駐車場があり、橋渡しに押しボタン式横断歩道がある。
城ノ尾、赤信号を無視し横断歩道を突っ切る。
陽一、立ち止まる。迷う。ボタンを押す。
対岸で待つ城ノ尾、腕時計を見る。
信号、青になる。陽一、渡る。
駐車場にトヨタのセンチュリーがとめてある。城ノ尾、陽一に「乗れ」と合図。
○ 車内/駐車場~通り(朝)
清潔で整頓された車内。
運転席に城ノ尾、隣に陽一が乗り込む。
陽一「どこか行くんですか?」
城ノ尾、タバコに着火。
城ノ尾「職場で吸えってか?」
ブロロロロ!センチュリー、発車!
○ 走る車内/国道(朝)
陽気なサルサが流れる車内。タバコの煙にむせる陽一。城ノ尾、窓を開ける。
城ノ尾「今日は学校公開だ鮫島先生。6校時は役員や教育委員も来るからな。準備はどうだ?緊張してるか?」
陽一「ただでもしてます。でもこんないきなり大丈夫なんでしょうか」
城ノ尾「見て学ぶことも必要だが、授業実習は数をこなすほど上達するもんだ」
陽一「はい」
城ノ尾「教育実習はあっという間に終わる。だからまずは何かやってみる。何もしないで生み出されるものはたった一つ、無だ。無知、無気力、無駄、無益、無一文。そういう奴のことを何て言う?無能だ。低能より悪い。最悪。だろ鮫島君?」
陽一「はい」
城ノ尾「そうじゃないことを今日一日で証明してみろ。テストの語源を知ってるか?」
陽一「いえ」
城ノ尾「ラテン語で壺って意味だ。その壺で金属とそうでない物を選り分ける。そんなことに何週間もかけないだろ?実習は一ヶ月。でも勝負は今日だ」
陽一「分かりました」
城ノ尾「クラスのことは聞いてるか?」
陽一「なんかモデルクラスとかって」
城ノ尾「うん。今日みたいな日に公開する指定クラスだ。お偉方向けにな」
陽一「じゃ良いクラスですね?」
城ノ尾「そりゃボロキレを店頭に飾る店はないだろ(笑う)」
陽一「ああ」
城ノ尾「だが時間は掛かった。ボロキレとは言わないが。ここまで来るには」
城ノ尾、内ポケットからハサミを取り出し、渡す。
城ノ尾「名前あるだろ?」
陽一「(名札をみる)鳥丸翔一郎」
城ノ尾「俺のクラスは問題児の寄せ集めだ。でも落ちこぼれてる暇なんかない。競争は平等に始まってるんだ。そいつらを出来る限り早く立ち直らせる。それが俺の役目だ。そいつもその一人だ」
陽一「でもクラスは普通の」
城ノ尾「表向きはな。問題は何がそうさせたのか。学習障害やADHDだけじゃない。離婚、DV、虐待、過度の期待、圧力。皆どうかしてんだよ。だがそんな狂った狭い世界でも生きていくしかない。だから俺達がいるんだろ?」
陽一「そうですね、はい」
城ノ尾、笑う。
城ノ尾「君は何でも同意するんだな。ノックしたのにしてないと思われたらちゃんと言うんだぞ」
サルサは続く。
○ 車内/コンビニ駐車場(朝)
駐車した車内に独りの陽一。
城ノ尾、コーヒー片手に戻ってくる。
城ノ尾「マジで教師なりたいか?」
陽一「はい」
城ノ尾「どんな?」
城ノ尾、タバコに着火。
陽一「えっと、子供と心から向き合える…優しい、善い教師になれたら」
城ノ尾「向き合ってどうする?」
陽一「悩みとか、一緒にそういうことを、一緒に考えてあげたりとか」
城ノ尾「なるほど。で?」
陽一「で…その、それぞれの子に合わせてあげられたらと。分かんないですけど」
城ノ尾、頷く。
城ノ尾「教師には子供達を正しく導く責任がある。どこに導くか。右か左か、停まるのか進むのか。大事なのは全体を見ることだ。な、先生?」
陽一、頷く。
城ノ尾「そうすれば正しい判断ができ、正しい決断が下せる。横断歩道の渡り方も見えてくる」
陽一「横断歩道」
城ノ尾「国があるだろ。文科省があって、教育委員会がある」
陽一、頷く。
城ノ尾「学校があって、学校長がいる。そしてその学校長が俺を指導教官に選んで、実習生として君がいる。そうだろ?」
陽一、頷く。
城ノ尾、じっと陽一を見る。
城ノ尾「良い教師になれるといいな」
陽一「はい」
城ノ尾「言うだけなら空も飛べる」
城ノ尾、エンジンを掛ける。
○ 第一小学校・駐車場~裏門(朝)
センチュリーが戻ってくる。
城ノ尾、陽一、車から降りて、横断歩道へ歩き出す。
城ノ尾「そうだ。あれ忘れたな。貼紙取って来れるか?使用禁止ってやつだ。後部座席にある」
城ノ尾、鮫島に鍵を渡し、赤の横断歩道を突っ切る。
陽一、車を開けて貼紙を取る。下に酒瓶が転がっている。
陽一「…」
対岸で陽一を観察する城ノ尾。
陽一、車を閉め、横断歩道へ。赤信号を突っ切る。
城ノ尾、笑顔で迎える。
城ノ尾「それを遊具に貼っといてくれ。終わったら教室に行ってもいい。8時20分職員室だ」
陽一「はい。良かったですね、天気がもって。体育」
城ノ尾「そのうち崩れるだろ」
遠くの空に真っ黒な雨雲。
○ 同・廊下(朝)
ガランとした廊下。
翔一郎、缶箱を下げ、ふらふらやって来る。
○ 同・3年1組(朝)
清潔で整頓された教室。壁に「最優秀学級賞」の賞状が6月から10月まで飾ってある。鳥籠にマネシツグミが一羽、児童はいない。
翔一郎、入って来るなり鳥籠直行。
「ピーちゃんにエサやり禁止!」と貼紙がある。
翔一郎、満面の笑みで缶箱から活きのいいミミズをつまみ出し、鳥籠へ投入!
陽一の声「おはよう!」
翔一郎、ミミズ片手に振り向く。陽一、ズタズタの貼紙とハサミとプリントを抱え、立っている。
陽一「え?」
陽一、翔一郎に歩み寄る。
陽一「それ」
翔一郎、固まっている。
陽一「朝ごはん?」
翔一郎「誰の?」
陽一「誰の?」
翔一郎「ぼく」
陽一「何でやねん」
翔一郎、笑う。
翔一郎「(陽一の名札を読む)さめとり」
陽一「ん?」
翔一郎「鮫鳥」
陽一「あ、島だよ、しま。鳥じゃなくて」
翔一郎「じゃあ鮫か」
陽一「うん君は?」
翔一郎「それ、ぼくのハサミ」
陽一「ん?え君、あ、そうなの」
陽一、迷うが翔一郎にハサミを渡す。
翔一郎「食べやすく」
翔一郎、ミミズを切る。
陽一「おう、まじか」
一秀の声「餌やりは禁止です!」
桑原一秀(9)が入って来る。
一秀「規則を守って下さい。4月20日月曜6時間目にエサ係、うぁ!」
翔一郎、ミミズを投げつけ、出て行く。
陽一「僕、鮫島陽一です。教育実習で」
一秀「知ってます」
陽一「はい」
一秀「職員会議遅れますよ」
陽一「なるほど」
○ 同・職員室(朝)
教師達が揃っている。
陽一、席でソワソワ。そこに物腰柔らかな男性教師が近づいてくる。森隆二(60)。
陽一「森先生!」
森「や」
陽一「覚えてらっしゃいますか?」
森「もちろん」
陽一「本当に?」
森「覚えてるよ」
陽一「ほんと!?」
森「もちろん」
三重「朝の会議始めますよー」
森「おっと。またね」
森、席に戻っていく。
○ 同・3年1組(朝)
鉛筆の書く音が響く教室。同じ無地の鉛筆、同じ正しい握り方、同じ正しい姿勢で計算プリントを解く児童達。
ドアが開き、翔一郎が入ってくる。
全員、翔一郎に注目する。
翔一郎「やあやあ」
一秀「席に座ってプリントやって下さい」
一秀、最後尾、松本ゆい(8)の隣の空席を指す。翔一郎、鳥籠に向かう。
ゆい「(小声)ね!」
翔一郎、しぶしぶ座る。
翔一郎「何だね?」
ゆい「(小声)やるの!早く慣れてよ」
翔一郎、首をゆっくり横に振る。
○ 同・職員室(朝)
拍手する教員達。陽一、一礼し座る。
三重「鮫島先生は本日6校時の学級公開で授業実習が入っておられますね。早速ね。気合十分!ね。では私達も若い子に負けないように気を引き締めて、一日頑張りましょう!」
一同、解散。
徳重が陽一の元へ歩いて来る。
徳重「改めて宜しく。是非ね、来年度からはうちで」
陽一「え?」
徳重、豪快に笑う。
徳重「良い先生付けたから。期待してるよ」
陽一「はい、頑張ります!」
徳重、陽一の方を軽く叩く。
城ノ尾、職員室を出て行く。陽一、急いで続く。
○ 同・3年1組(朝)
時計を見る一秀。
時計、8時35分。
一秀「止め!回収!」
速やかに鉛筆を置く児童達。各列最後尾の児童がプリントを集め、教卓に置いていく。白紙のプリントを前に呑気に青表紙の本を読む翔一郎。
ゆい「早く!」
翔一郎「?」
○ 同・廊下(朝)
3年1組に向かって歩く城ノ尾と陽一。
○ 同・3年1組(朝)
何やらモメる翔一郎の列の児童達。
ゆい「早くしなきゃ!」
翔一郎「どうするの?」
一秀「もういい座って!」
ガラッ!後ろのドアが開く。
軍隊さながらに起立する児童達。
遅れて翔一郎、起立、ひとり敬礼。
城ノ尾、ゆっくり教卓へ。続く陽一。
一秀「姿勢!礼!」
一同「お早う御座います!」
城ノ尾「お早う御座います」
一秀「着席!」
一同、着席。遅れて翔一郎。
城ノ尾、教卓に置かれた大きな布袋を開ける。中には児童達の携帯電話。
城ノ尾「全員電源いいな?」
まじまじと陽一を見る児童達。
城ノ尾「教育実習で来られた鮫島先生だ。敬意と節度をもって接すること」
全員「はい!」
城ノ尾「鳥丸」
翔一郎「ヘイ!」
城ノ尾「起立」
翔一郎、ふにゃふにゃ立つ。
城ノ尾「どういうことだ?」
翔一郎の列だけ未回収のプリント。
翔一郎「うむ、それは謎だな」
城ノ尾「そうか。委員長」
即座に起立、前に出る一秀。
城ノ尾、一秀に平手打ち!
一秀、席に戻る。
城ノ尾、プリントを集めつつ翔一郎の席へ。翔一郎の鉛筆と消しゴムを没収、代わりに無地の鉛筆と消しゴムを置く。
城ノ尾「指定の筆記用具を使え。規則だぞ」
翔一郎「なんで」
城ノ尾、教卓に戻る。
城ノ尾「俺がそう決めたからだ。ここでは先生が規則だ。もし万が一破るようなことがあった場合は」
ピロロロロ!どこからか電話の音。
張り詰める教室の空気。
鳴り続く電話。
城ノ尾、歩き出し、久保田美夢(9)の席で止まる。美夢、引き出しから携帯を出し、城ノ尾に渡す。
城ノ尾「回収袋はあっちだぞ」
美夢、泣き出す。城ノ尾、電話に出る。
城ノ尾「はい…はい、城ノ尾です担任の…え?…いえ、仰って頂いたほうが…」
美夢、過呼吸を起こし始める。
城ノ尾「(美夢を見る)美夢ちゃんなら…とても元気そうで…はい…はい、では…失礼します、はい」
城ノ尾、携帯を切る。
城ノ尾「保健係、保健室に連れてけ」
陽一「大丈夫?」
美夢、保健係の鈴木杏実(9)に連れて行かれる。陽一、怪訝な表情。
城ノ尾、腕時計を見て、舌打ち。
○ 同・校庭
体育の授業。ラインカーで白い直線を引いていく山本大地(9)。
それを見る城ノ尾と陽一。
陽一「僕らもやるんですか?一緒に」
城ノ尾「子供と大人の間にも線があるもんだ。その一線を越えてこそ大人になれる。教師には全体が見えているべきだ。いつまでもコートの中にいちゃ全体を見ることは出来ない」
×××
ラインが繋がり、完成されたドッジボールコート。そのセンター線上に10個のボールを並べていく緒方竜太郎(8)。
城ノ尾の声「普通と違う点がひとつ。使うボールは10個だ。当たったら終わり。コートの外に出ること。どっちかが全滅したら試合終了。忘れるな、これはサバイバルだ。大事なのはチームで生き残ることだからな」
×××
1組児童、半数ずつに分かれ、コートの両端に並んでいる。翔一郎、一秀と同じ側に並ぶ。コートの外に城ノ尾と陽一。
ピッ!城ノ尾の笛でボールめがけて必死に走り出す児童達!翔一郎、一人だけ海開きの勢い。
ボールを奪い合う様子…
続いて始まるカオスなゲームの様子…
陽一「凄いですね…」
城ノ尾「俺はドッジボールが嫌いだ。一部の人間が幅を利かすようなゲームは。だからボールは10個使う。戦争っぽいだろ?戦争は平等だ」
次々とアウトになる児童達…
城ノ尾「戦場に英雄はいないからな」
陽一「これなら強い子が弱い子をいじめるってこともないですね。そもそもそんな余裕がないというか、こうすれば…」
城ノ尾「自分が特別じゃない事を知るんだ」
陽一「…」
一秀側、すでに翔一郎と大地しか残っていない。コート外からは仲間の声援。
二人はボールを捕っては陣地に溜め、すでに8個をキープ。
陽一「いいんですか?」
城ノ尾、笑っている。
大地、またボールを捕るが激しく転ぶ。
敵側から大歓声!
大地、起き上がれない。
敵陣の竜太郎、最後のボールで大地を狙う―
翔一郎、ボールを拾い上げ、投球!
一秀「おい止めろ!」
竜太郎、避ける。
翔一郎、もう一つボールを拾う。
一秀「山本いいから!おい!」
翔一郎、次々ボールを投げ、竜太郎を引き止めている。
一秀「負けるって!空気読めって!空気!」
翔一郎、最後のボールを投げ、大地に駆け寄って手を差し出す。
翔一郎「おい、助けに来たぞ!」
大地、驚いた表情…
ボンッ!
翔一郎、頭にボールを食らい、倒れる。
ポンッ!
山本、軽く当てられる。
ピーッ!城ノ尾の笛が鳴る。
敵、大歓声!味方、大ブーイング!
×××
全員、整列している。
城ノ尾「勝ったチームに拍手」
全員、拍手。
城ノ尾「鮫島先生から何かあれば」
陽一、少し考え…
陽一「皆凄かったね。負けたチームもよく頑張ったと思います。最後この、翔一郎君ね、アウトになっちゃったけど…皆、彼は負けたけど、勝ってたの分かった?」
全員、きょとん。
陽一「最後大地君を守ろうとしたよね。自分より友達を。僕はそれがとても素晴しいと思いました(翔一郎に)よくやったね」
全員、翔一郎に注目。翔一郎、照れる。
城ノ尾「皆どう思う?でも結局負けてしまった訳だ」
一秀「守るべきじゃなかったと思います」
城ノ尾「なぜ」
一秀「山本を守ったせいでチームが負けることになるからです」
城ノ尾「うん」
一秀「チームを守らないのと同じだと思います。しかも負けたの山本のせいみたいになって可哀相です」
竜太郎「空気空気!」
全員、賛同、翔一郎に注目。
翔一郎「どういう意味?」
城ノ尾「このゲームの目的、チームとして生き残ることだったな?じゃあ桑原が言った事は合理的だ。合理的って分かるか?まともで筋が通ってて正しいってことだ」
翔一郎「ねえ、どういう意味?ねえ」
城ノ尾「負けたチームが片付けをするって意味だ。勝ったチームは着替えたら遊んでいいって意味だ」
半数の歓声。大地、俯く。
○ 同・校庭
一秀ら負けチームと竜太郎が体育倉庫から出てくる。陽一、鍵を閉める。
一秀、わざと翔一郎にぶつかる。
一秀「あ、ごめん」
翔一郎「言いなりうんこマン!」
一秀「は?」
一秀、翔一郎に寄っていく。続く大地と竜太郎。
一秀「何?」
陽一「ちょっとさ…」
竜太郎「うんこ関係ないし」
翔一郎「おまけよ」
一秀「全然合理的じゃないんですけど」
翔一郎、一秀をペチッと叩く。
女性の声「翔一郎!!」
翔一郎の母、夏子(28)が立っている。
翔一郎「何でいるの?」
夏子、翔一郎に歩み寄る。
翔一郎「ねえ、何でいるの?」
夏子「ちょっと用事」
沈黙。
夏子「謝ったら?」
翔一郎「何」
翔一郎、俯く。
翔一郎「あっちが悪い」
夏子「それでも。許さなきゃダメ」
翔一郎「殴らないでやった」
夏子、しゃがみ、白いハンカチを取り出し、翔一郎の顔の汚れを優しく拭く。
夏子「辛い事はね、これからもたくさんあるの。翔一郎が負けたら、ママは悲しい。負けるって意味分かる?」
翔一郎、頷く。
夏子「許すってね、どんなパンチよりも効くのよ」
翔一郎、頷く。夏子、翔一郎の手を握り、ハンカチを渡す。
夏子「じゃあこれ、持っててくれる?また思い出せるように」
翔一郎「じゃママもあの、僕のカンカンあったじゃん。あれ、今持ってくるからさ、持ってて」
夏子「ダメだよ、あれママが翔一郎にあげたんだもん」
翔一郎「違う、だから今日帰った時返してもらうから」
夏子「ううん。翔一郎が持ってて」
翔一郎「何で、持ってて」
夏子「いいよママは」
翔一郎「持っててよ!」
夏子「出来ない…」
翔一郎「何で」
夏子「ごめんね」
翔一郎、ハンカチを捨て、走り去る。
夏子、辛そうに涙を堪え、立ち上がる。陽一、ハンカチを拾う。
陽一「あのこれ、後で渡しときますよ?」
夏子「すみません」
夏子、深く頭を下げる。
夏子「どうか翔一郎を宜しくお願いします」
夏子、顔を上げ、去って行く。
○ 同・中庭~校舎裏
城ノ尾と陽一が歩いている。
城ノ尾「離婚だったな(笑)」
陽一の手に夏子のハンカチ。
城ノ尾「何か言われたか?」
陽一「翔一郎君を宜しくとだけ」
城ノ尾「じゃあ宜しくしないとな。ちゃんと普通になれるように」
二人の足が止まる。
校舎裏で一秀、竜太郎、大地、林太郎(9)が翔一郎を壁に追い詰め、殴っている。翔一郎、殴られる度に立ち上がり、また殴られている。
陽一、咄嗟に駆け寄る。二人の教師に気づき、固まる子供達。
陽一「何してんの!何やってんの!」
城ノ尾、面白そうに観察している。
陽一「何で?」
俯く一秀、竜太郎、大地、太郎。
陽一「謝らなきゃ」
4人、翔一郎に雑に謝る。
陽一「何で?」
城ノ尾「30点だな」
城ノ尾、来て一秀の隣にしゃがむ。
一秀「クラスの和を乱すので…」
城ノ尾「ので?殴ったのか?委員長がクラスメートを殴るようなクラスを周りは良いクラスだと思うと思うか?あ?」
一秀「いいえ」
翔一郎「ぼく許すよ」
城ノ尾、手の指輪を弄り始める。
城ノ尾「誰かが言ってたんだ。誰だったかな?気に入らない奴と仲良くするには、そいつの靴を履いて歩いてみる。そうすればその人を理解できるんだ。相手の立場になって世界を見るってことだ。来い」
城ノ尾、翔一郎を一秀の隣に呼び、一秀を壁際に押し飛ばす。入れ替わる2人。
城ノ尾「殴れ」
竜太郎、大地、太郎、顔を見合す。
城ノ尾「いいぞ」
3人、なかなか出来ない。
城ノ尾「殴っていいぞ。今やってただろ?」
竜太郎、殴る。太郎も殴る。大地も続く。段々激しく殴る。
城ノ尾「もういい」
一秀、表情を変えず、立ち上がる。
城ノ尾「(翔一郎に)どうした」
翔一郎、じっと一秀の爪先を見ている。
城ノ尾「あは!目が合っちゃやりにくいな」
城ノ尾、一秀を後ろから抱え込み、小さな顔の上半分を大きな片手で隠す。
城ノ尾「素手は嫌か?ん?」
城ノ尾、大き目の石を拾い、翔一郎に渡す。
城ノ尾「本当は悔しいだろ?あんなに殴った奴だぞ?お前が憎くて堪らないんだ。せっかく友達を助けても、お前を皆の前で悪く言う奴だ。悔しくないか?」
一秀、口を歪め、体をくねらせ、もがいている。
城ノ尾「きっとお前がママに捨てられたら、手を叩いて喜ぶような奴だ。ほら」
どこか遠くから雷鳴が響く。
陽一、翔一郎の手をじっと見ている。
夏子の声「どうか翔一郎を…」
翔一郎、石を持った手を振り上げ―
陽一「やらないでいい!」
陽一、震える手で翔一郎の腕をしっかり掴んでいる。
翔一郎、石を落とす。
城ノ尾、ゆっくり立ち上がる。
互いに睨み合う城ノ尾と陽一。
城ノ尾、笑う。
城ノ尾「皆早く着替えろよ」
城ノ尾、ゆっくり去って行く。
○ 同・3年1組
算数の時間。陽一、朝自習のプリントを返却している。全員100点。一人だけ白紙を受け取る翔一郎。
城ノ尾「分からない点、曖昧な点は聞くこと。何遍でも見直していいぞ。鳥丸の朝自習が終わるまでな」
ゆい、一問ミスのプリントを受け取る。
城ノ尾「でも土日宿題をやっておいて、まさか間違った者はいないよな」
ゆい、じっとミスの答案を見ている。顔を上げ、他の児童の答案を見る…同じ答えに丸がされている。
ゆい「…」
翔一郎「おっ」
他の児童の答案とゆいの答案を見比べる翔一郎。
翔一郎「お?」
ゆい「…」
翔一郎「これ」
ゆい「いいの!」
翔一郎「え、だって」
ゆい「いいから!」
城ノ尾がゆっくりやって来る。
ゆい、答案を手で隠す。
城ノ尾「どうした」
ゆい「…」
城ノ尾「見えん」
ゆい、手をどかす。
城ノ尾「あってるぞ」
翔一郎「すっとこどっこい!」
城ノ尾「何だお前は」
翔一郎「直さずしてね」
城ノ尾「じゃあ俺のミスか?ん?」
ゆい「いえ」
城ノ尾「じゃあ何でバツなんだ?」
ゆい「最初、あの…」
城ノ尾「何!?」
ゆい「最初…」
城ノ尾「本当の事言わないとダメだぞ」
翔一郎「さあ、鼻が伸びるのはどっちか!」
城ノ尾「お前は来い」
城ノ尾に連行される翔一郎。
陽一、そっとゆいの元へ。
陽一「これ多分」
ゆい「もう大丈夫です」
陽一、赤ペンで丸を付ける。
陽一「先生が間違えたんだ。ごめんね」
ゆい、少し驚いて陽一を見上げる。
ゆい「うん」
城ノ尾「先生!ちょっと」
陽一、教卓横の机でプリントを解く翔一郎の傍に移動。
翔一郎、答案を消している。
城ノ尾「(小声)次ミスったら叩け」
陽一「!」
翔一郎、書き直す。
城ノ尾「ミスったぞ」
陽一「嫌ですよ」
翔一郎、消す。
城ノ尾「じゃ次ミスったら叩け」
陽一「嫌です」
城ノ尾「そうか。教室を見ろ。何してる?」
じっと待つ児童達。
陽一「待ってます」
城ノ尾「何もしてない。このクラスを無能の集まりにしたいか?」
陽一「しませんよ、でも」
城ノ尾「そうか」
城ノ尾、右手の指輪を全て第二関節にはめ直す。ゴツッ。翔一郎に拳骨!
城ノ尾「もう一回」
消す……書く、ゴツッ!
城ノ尾「もう一回」
翔一郎、書けない…ゴツッ!書こうとする、ゴツッ!涙を堪える翔一郎。
城ノ尾「消してからだろ」
消す、紙がぐしゃっとなる、ゴツッ!
城ノ尾「手で押さえろちゃんと」
翔一郎、書く、ゴツッ!
ゴツッ…ゴツッ…
陽一、じっと城ノ尾を睨んでいる。
○ 同・校長室
職員室の奥の部屋。ソファの右端に城ノ尾、左端に陽一が座っている。向かいのソファから耳を傾ける三重教頭。
城ノ尾「だからそれは体罰とは言わないんだ!言ったか?子供がそう言ったのか?」
陽一「でも叩いた時点で」
城ノ尾「俺がどうしたかじゃない。向こうがどう受け止めるかだ。理由があり目的がありその必要があった」
陽一「ただの苦痛です」
城ノ尾「成長には痛みが伴う」
陽一、城ノ尾を睨んでいる。
城ノ尾「じゃお前ならどうした?」
陽一「信じてじっくり待ってあげれば」
城ノ尾「他の子は?中には奮い立たせて否応無しにやらせる必要があるやつもいる。キレイごとで語るな」
陽一「…」
城ノ尾「パブロフの犬と同じだ」
陽一「はい?!」
陽一、呆れ顔。頷く三重。
城ノ尾「パブロフだ!人の話はしっかり聞け!」
陽一「聞いてますよ」
城ノ尾「聞いてねぇだろ!何でもはいはいはいはい、そりゃ聞くフリだ!聞くときは聞くために聞くんだ!」
三重「まあどの先生方にもそれぞれの…」
ノックの音。森が顔を出す。
森「いいかな?ちょっと1組の子が」
城ノ尾、立ち上がる。
森「いや、鮫島先生の方にね」
○ 同・職員室
入口に立つ翔一郎。手招きしている。
翔一郎「鮫セン」
陽一「!?」
陽一、翔一郎の元に行き、しゃがむ。
翔一郎「(耳元で)切るやつ貸して」
陽一「切るやつ?ハサミ?」
翔一郎「もっと切るやつ」
陽一、近くの教師に確認し、棚からペンチを取って翔一郎に渡す。
陽一「何するの?」
翔一郎「使うから」
翔一郎、出て行く。
○ 同・校長室
陽一、戻ってくる。
城ノ尾「いいのか?」
陽一、軽蔑の目。
城ノ尾、笑う。
城ノ尾「要するにありたい姿とあるべき姿の
話ってことだ」
内ポケットから長い定規を取り出す。
城ノ尾「算数100点だったね、かけっこ速かったね、凄いね、やれば出来るじゃん!お友達に優しく出来たね!偉いね!」
城ノ尾、褒め言葉の度に定規を上に湾曲させていく…
城ノ尾「褒められて、愛されて、小、中、高、大学、後は…」
パチン!城ノ尾、定規を勢い任せにしならせ、机を打つ。
城ノ尾「社会に叩きつけられて終わりだ。俺はそう思ってる。今は辛い。俺が厳しいからだ」
城ノ尾、定規をグッと下に曲げる。
城ノ尾「でもな、あいつらは耐えられる。そして耐えた分だけ、強く、高く飛ぶことができる。これが俺にとって信じるってことだ」
○ 同・廊下
翔一郎、歩いている。竜太郎と太郎、向こうから駆け寄ってくる。翔一郎、咄嗟にペンチを隠す。
竜太郎「あの、音楽だけど」
翔一郎「うん…何?」
太郎「一緒に行く?」
一秀と大地、足早に通り過ぎて行く。
翔一郎「僕後で」
と、今度はゆいと美夢が来る。
ゆい「あ、何してんの?」
翔一郎、竜太郎、太郎「別に」
ゆい「さっき大丈夫だった?(拳骨を頭に当てる仕草)あれ痛いよね」
翔一郎「余裕よ」
ゆい「(翔一郎に)行かないの?」
翔一郎「余裕よ」
ゆい「もう、時間ないよ」
翔一郎「ないなりに」
ゆい「場所分かる?音楽室」
翔一郎「よい」
ゆい「本当に?」
翔一郎、皆と逆方向に歩き出す。
ゆい「渡り廊下行った3階だから!」
ゆい、不安げに翔一郎の後姿を見送る。
○ 同・職員室
三重教頭の机の前に立つ陽一。
陽一「やっぱりあれは言ったほうが。教育委員会…せめて親には」
三重「そうね。でも性急な行動はね。子供達のこともですし、一教師の教師生命にも関わる事ですから。くれぐれもね」
陽一「…」
三重、背にもたれ、窓の外を見る…
一粒、また一粒、雨が降り始める…
○ 同・音楽室・窓越し
三重の声「それと城ノ尾先生が言うように…彼ら自身の声がね」
雨の向こう、歌う子供達の姿。
○ 同・空き教室
揺れるストーブの灯。
陽一、黒板で板書の練習をしている。力が入り過ぎてチョークが折れる。
城ノ尾の声「もっと力抜いてみろ」
城ノ尾、微笑を浮かべ、戸口に寄りかかって陽一を見ている。
陽一、練習を続ける。
城ノ尾、入ってきて、ストーブに手をかざす。
城ノ尾「こんな話知ってるか?大きな荷を負ったラクダが一頭、砂漠を歩いている。水も何もない、出口もない、ただ焼けるような砂だけが海みたいに広がってる砂漠だ。そのラクダの背中に藁を一本乗せる。もう一本、さらにもう一本…少しずつ。ラクダはただ歩き続ける。百本目の藁を乗せる。それでも歩き続ける。それしかないからだ。そして五百本、千本、一万本…ラクダは何も言わない。でもどこまで耐えられると思う?」
陽一「…」
城ノ尾「教師にとって最も危険なものは何か分かるか?」
陽一「いえ」
城ノ尾「理想だ。理想は完璧で、エゴで、非現実的で、人を誤った方向に導く」
陽一「…」
陽一「誰が藁を乗せるんですか?」
ドアが勢いよく開く!
太郎の声「先生!」
太郎、ただならぬ様子。
○ 同・3年1組
天井を見上げる1組の子供達。
ピーちゃんが教室中を飛び回っている。
全員、興奮の眼差し。
窓にぶつかるピーちゃん。
皆の笑う声。翔一郎、窓を開ける。
翔一郎「行け!」
ピーちゃん、窓枠に止まり、ピタッと動かなくなる。
固唾を呑んで見守る一同…
ピーちゃん、美しい一声を奏で、教室に大きく円を描いて…
誰かの声「あっ!」
ピーちゃん、遂に窓の外へ!
雨の空へ飛び去っていく…
城ノ尾の声「何やってる」
静まり返る教室。
城ノ尾、教室に入って来る。
城ノ尾「何だこれは」
鳥籠が大きく切り裂かれている。
陽一、少し嬉しそうな表情。
城ノ尾「見てみぬ振りは連帯責任だ。(一秀に)学級委員」
一秀、顔面蒼白。
○ 同・3年1組
詩の授業。何となくソワソワ、ウキウキしている教室。
翔一郎、立ってノートを朗読している。
翔一郎「…次には美麗な石がある。それを僕達遠方で、見つけて、うちへ持って来た。父さん嘘だというけれど、それは確かに黄金だ」
翔一郎、座る。
城ノ尾「良い詩だ。素晴しい詩だな。拍手!」
拍手。
城ノ尾「誰か感想あるか?」
一秀が手を挙げる。
城ノ尾「桑原」
一秀、起立。
一秀「学級文庫に青い詩集本があります。僕が9月10日の朝読書で読んだ11ページ目の詩にとても似ていると思いました」
一秀、着席。
陽一、驚いた顔で一秀を見る。
城ノ尾「素晴しい感想だな。鳥丸君、よく詩を知ってるじゃない。物知りなんだな」
城ノ尾、翔一郎の席まで行く。
城ノ尾「他人のものを写しただけの作品のことを何ていうか知ってるか?」
翔一郎「でも僕の詩だもん」
城ノ尾、引き出しから古びた青い本を机の上に取り出す。
城ノ尾「盗作っていうんだ。知ってるか。何でも知ってるもんな。鳥籠をあんなにした犯人も知ってるんじゃないのか?」
城ノ尾、引き出しをあさり、ペンチを取り出す。ペンチに「職員用」とある。
城ノ尾「コレ何だ?」
陽一「それは僕が」
城ノ尾「何に使った?」
翔一郎「…」
城ノ尾「やってないんだな?」
翔一郎「うん」
城ノ尾「よく分かった」
陽一「僕が貸したものなので」
城ノ尾「盗んだのかと思ったからさ…」
城ノ尾、ペンチをポケットに入れる。
チャイムが鳴る。
一秀「起立!」
○ 同・廊下
給食係が給食を運んでいる。
城ノ尾「じゃあ頼む」
城ノ尾、3年1組から出てくる。
女性の声「城ノ尾先生」
5年2組の担任、後藤道子(24)が自分の女子児童二人を連れて立っている。
城ノ尾「はい?」
後藤「先生にお話が」
城ノ尾「今ちょっとあれなんだが」
後藤「あの、この子達が少しだけ」
○ 同・校長室
徳重、教育委員の本山(60)が高級弁当を食べている。城ノ尾、入ってくる。
城ノ尾「どうも」
本山「や、城ノ尾先生。お元気そうで」
城ノ尾「本山先生こそ。お忙しいのに」
本山「いや先生方と教育委員は違いますよ」
城ノ尾、ソファに座る。
徳重「昼は?」
本山、弁当を勧める。
城ノ尾「いえ」
徳重「せっかく持ってきて下さったんだ」
城ノ尾「いえ、何にしろ喉を通りません」
徳重と本山、顔を見合わせ、笑う。
徳重「君が緊張するのか」
城ノ尾「人並みに」
本山「人並みにしちゃ君のクラスは毎年まるでサンプルだ。たまには学級崩壊でも見たいね」
徳重「縁起でもない事を!」
笑う本山と徳重。
城ノ尾「自分の作品をけなされるのは自分がけなされるのと同じですから」
徳重「作品ね」
本山「実習生が来たって?」
城ノ尾「ええ。まだ字もまともに書けんガキですよ」
本山「大丈夫かい、そんなのにいきなり任せちゃって。学校評価の方にも響くだろ」
城ノ尾「彼の授業は前半のみですから。後半は俺が」
徳重、笑い出す。
徳重「まさか本人も、自分がかませ犬だなんて知らんで、気の毒にな」
本山「なんだそうなのか!」
徳重「今日は誰だあの…何とか協会の元会長なんかも見えるから。そっちの方が際立って面白いだろ」
本山「あんたも考えるね。そこからの城ノ尾先生だもんな。そうかそうか…かませ犬」
徳重、本山、笑う。
城ノ尾「でもそれも優秀な児童達がいてこそです」
本山「そうだな。そう。どうやってそんな秀作を生み出せるのか是非お聞きしたいね。私の作品なんてゴミみたいなもんだったから。いや、社会に出てからはそれなりに…雑巾ぐらいにはなったと思うよ」
徳重と本山、腹を抱えて笑う。
徳重、ひとしきりして…
徳重「君は終わりだな」
城ノ尾「?」
徳重「今朝も保護者から電話があった。ちょくちょく出てきてる。君のやり方のことで。それにあの実習生だ。このままじゃまたPTAで問題になる。そうなれば」
本山「これ以上君をかばうのは無理だ」
城ノ尾「問題でも?何の証拠もない」
徳重「問題になることが問題なんだ」
本山「そう時点で」
徳重「安全策をとることになる」
城ノ尾、徳重と本山を交互に見る。
城ノ尾「どういう意味です?」
徳重「撤去だよ。怪我はしたくない」
城ノ尾「この程度で」
徳重「だからこそ早めにね」
本山「初日でこれじゃあな」
徳重「鳥が逃げたって?」
城ノ尾「それなら今目撃者に会ってきましたから」
徳重「どうも落ち着かんな」
城ノ尾「今日中に方を付けます」
本山「どうやって?」
城ノ尾「どうやってでも」
本山「どうだか」
徳重「かませ犬にも歯はあるからな」
城ノ尾「…」
城ノ尾の目に怒りが宿る。
○ 第一小学校・3年1組
給食配膳中。班をつくり、それぞれトレイを持って並んでいる。陽一は一秀の班に座っている。
翔一郎「牛乳あまる?」
杏実「さあ…何で?」
翔一郎「いつも2個飲んでた」
太郎「俺3個飲んだことある」
竜太郎「俺5個」
口々に飲んだ牛乳の本数を自慢し始める男共。
翔一郎「僕全員の飲めるよ!」
全員、翔一郎に注目する。
竜太郎「ウソだ。絶対ウソ!」
笑う児童達。
翔一郎「ウソだと思う人牛乳持って来―い」
美夢「思わない人は?」
翔一郎「の人も持って来―い!」
皆、笑う。一秀を除いて。
竜太郎「怒られるよでも…」
全員の視線が陽一に移る。
陽一「…」
竜太郎「ほらやっぱりやめよう」
陽一「いいよ。やろう!」
ワッと歓声が起こる。
○ 同・裏門
城ノ尾、赤の横断歩道を渡る。
○ 同・3年1組
1組、盛り上がっている。
翔一郎、机に積まれた牛乳パックを次々と飲み干していく。
大地、一秀の目を気にしながらも楽しんでいる。一秀、黙々と食べる。
竜太郎、空のパックを集計している。
竜太郎「17!……18!」
パックが空になる度に挙がる歓声。
○ 同・駐車場・センチュリー車内
沈黙の車内。灰皿に溜まったタバコから煙が昇っている。
城ノ尾、手で眉間を押さえたまま動かない。片手に酒瓶。聞こえるのはフロントガラスを打つ雨音だけ…
城ノ尾、錠剤2錠を取り出し、口に入れる。一口分もない酒を注ぎ込む…最後の一滴まで搾り取る。空き瓶を後部座席に投げ捨てる。
静寂。
バンッ!
フロントガラスに何か塊が落ちてくる。
城ノ尾、じっとガラスを見つめる。
○ 同・3年1組
竜太郎「まだ牛乳持ってる人?」
籠に空のパックが大量に積まれている。
翔一郎、笑っているが破裂寸前である。
大地、自分の牛乳を翔一郎の机に置く。
翔一郎、口を開ける。太郎、注ぐ。
竜太郎「29本目!」
翔一郎、噴き出しそうになりながら飲み干す。歓声!
竜太郎「あと1本は?あと1一本!」
「あと1本」コールが起こりだす。最後の1本は…
一秀、口の中のものを苦しそうに牛乳で流し込む。
翔一郎、太郎と竜太郎に抱えられ、一秀の横にやってくる。
翔一郎「ん!ん!」
続く1本コール。
一秀、無視。ただ口をモグモグ。
翔一郎、一秀の牛乳を取ろうとする。
一秀、意地でも離さない。
太郎「固くならずにぃ、あとこれで最後だからさあ」
翔一郎と一秀、牛乳を引っ張り合う…
陽一、何か一秀の様子が変だと気づく。
陽一「ちょっと待って!」
翔一郎「空気空気!」
陽一「それ一秀君のだから!」
翔一郎、手を離す。一秀、尻餅。こぼれる牛乳…
城ノ尾の足に飛び散っている。
静まる教室。
城ノ尾「給食うまかったか?見て見ぬ振り
は…」
翔一郎、ゲップ。
○ 同・1F男子トイレ
竜太郎「連帯責任め」
一秀以外の1組の男子と陽一、大便器を掃除している。
翔一郎、小便器に向かって用を足している。そのまま後退し始める。
翔一郎「どこまで行けるか!」
翔一郎の小便、アーチを描く。
竜太郎「いつまでやってんだよ!」
翔一郎「ほんの気持ちよ」
竜太郎「いらんがな」
翔一郎、用を足し終え、猛スピードで掃除を始める。
竜太郎「どうせ昼休み終わっちゃうよ」
翔一郎「アイアンマンパワー!」
竜太郎、呆れる。
太郎「先生何のヒーローが好き?」
陽一、手を止める。
陽一「スティーブ・ロジャースかな」
トイレの外、立ち聞きしている一秀。
太郎「誰?」
陽一「その人はね、時代や周りの人が変わっても、守るべきものを見失わないんだ」
竜太郎「へえ」
陽一「でも見失っちゃうんだよな、普通は」
大地、じっと聞いている。
陽一「翔一郎君」
翔一郎「ヘイ?」
陽一「ドッジボールの時さ、一人だけ責められたよね。どんな気持ちだった?」
翔一郎「嫌だったよ。何で」
陽一「僕も悪かったんだけど…さっきの一秀君、どんな気持ちだったかなと思って」
全員「…」
翔一郎「そうだね…」
太郎「俺にも聞いて」
竜太郎「は?」
太郎「聞いて。好きなヒーロー」
竜太郎「何」
太郎「俺でっかい緑のやつ」
竜太郎「何それ」
トイレの外、一秀はもういない。
○ 同・廊下
陽一、歩いている。ゆいが来る。
ゆい「女子トイレ終わりました」
陽一「ありがとう」
ゆい「先生もやってたの?」
陽一「うん、一応」
ゆい「へえ」
ゆい、何か言いたげ。
陽一「どうかした?」
ゆい「あの、さっき一秀の話してた?」
陽一「ああ、ちょっとね」
ゆい「そうなんだ…」
陽一「何で?」
○ 同・渡り廊下
翔一郎、ゴミ袋片手に立ち止まる。
翔一郎「あれ、どこだっけ?」
降り続く雨。
翔一郎「あっ」
雨の中、校庭を突っ切る一秀の姿。
ゆいの声「二年の時はあんなじゃなかったんだよ。誰に似てたと思う?今の1組で」
○ 同・校庭
校庭の隅にある小さな古びた屋外トイレに入る一秀。翔一郎、後を付ける。
ゆいの声「あの転校生だよ。あんなに楽しくてバカだったのに…森先生の時は…」
○ 同・屋外トイレ
「立ち入り禁止」の貼紙。
ゆいの声「いっぱい変わったな。分かんないけど。怖いし、食べるのも凄く遅くなったし」
翔一郎、入ってくる。汲み取り式便器に向かって吐く一秀の後ろ姿。
翔一郎「おい」
一秀、振り向く。
翔一郎「お腹空くぞ」
一秀「お前のせいだ」
一秀、口を拭う。
陽一の声「どうして話してくれたの?」
ゆいの声「優しい先生だから」
翔一郎「ごめんよ」
一秀「ごめんって言うな。僕も言うことになる」
翔一郎「でもごめん」
一秀、涙を堪える。
翔一郎「僕達友達になろう」
一秀、顔を上げる。
ゆいの声「また今日の皆みたいに笑ったらいいな。また今日みたいに皆で笑いたいな」
不意にトイレを影が覆う。
城ノ尾「俺に謝ってるのか」
城ノ尾、入口に立ち塞がって見下ろしている。
城ノ尾「そんな訳ないか。謝る理由なんて ないもんな」
城ノ尾、翔一郎のゴミ袋を見る。
城ノ尾「ピーちゃんは可哀相だな。こんな寒い日に追い出されて」
翔一郎「…」
城ノ尾「そうだ。これも捨てとけ」
城ノ尾、ポケットから何かの塊が入ったビニールを取り出し、投げ捨てて去って行く。
翔一郎、興味津々でビニールを拾い、中身を覗き込む…
ピーちゃんの死骸。
ショックで立ち尽くす翔一郎。
一秀、ただじっと翔一郎を見ている。
ビニールを打ち続ける冷たい雨…
翔一郎、缶箱にビニールを入れる。
真っ黒な空に大きな雷鳴が轟く…
○ 同・廊下~職員室
物凄い勢いで歩く陽一。手に翔一郎の缶箱。職員室のドアを開け、城ノ尾の元へ猛進!
城ノ尾「何だ!」
陽一、缶箱を城ノ尾に突きつける。
城ノ尾「何だ?」
陽一、城ノ尾の長定規を取り、力任せに折り曲げ、真っ二つに折る。
陽一「直し方知ってんでしょ」
教職員全員、二人に注目している。
城ノ尾、笑い出す。
城ノ尾「知るかよ。お前が折ったんだ」
陽一「翔一郎君の…これ」
城ノ尾、缶箱を見る。
城ノ尾「ゴミ出しを手伝っただけだ」
陽一「ゴミなんかじゃないです」
城ノ尾「確かに。少なくとも今朝まではな」
陽一「最低だ」
城ノ尾「俺のせいだって言いたいのか?」
陽一「そういうことじゃありません。でもわざわざどうしてこんな」
城ノ尾「じゃ誰だ?誰のせいでこうなった?」
城ノ尾、立ち上がる。
城ノ尾「誰が1組の鳥を殺したかって聞いてんだよ」
陽一「…」
城ノ尾「なんで外を飛んでたんだ?誰が籠から出した?そもそもどうやって…」
城ノ尾、ペンチを取り出す。
城ノ尾「籠から出したんだろうな?」
陽一「……」
城ノ尾「これだよ。理想は危険だって言わなかったか?」
城ノ尾、ペンチをポケットにしまう。
城ノ尾「帰れ」
授業の準備を始める城ノ尾。
城ノ尾「お前は学びに来てんだ。教えに来てんじゃない。その心構えが出来たら指導してやる。本当だ。今日は帰れ」
城ノ尾、折れた定規を陽一に渡す。
城ノ尾「直し方知ってんだろ(笑)?思い上がってんじゃねぇよ」
城ノ尾、缶箱を掴み、出て行く。
俯く陽一。
○ 同・廊下
城ノ尾が歩いている。
向こうから、ビシッとしたスーツ、来校者用の札を着けた女性、鈴木楓(35)が足早に歩いて来る。
城ノ尾、軽く会釈し、スルー…
鈴木「城ノ尾先生!」
城ノ尾、足止め、作り笑顔発動。
城ノ尾「はい、何でしょう」
鈴木「今1組を見てきたんです」
城ノ尾「あ、そうですか」
鈴木「何ですか、あれ」
城ノ尾「というと?」
鈴木「鳥籠。誰がやったの?」
城ノ尾「それはしっかりこちらで」
鈴木「転校生が来たんでしょ?その子じゃないの?」
城ノ尾「ま、そういうことはちょっと」
鈴木「授業の質を落とすなんてことはしないで下さいよね、そんな子のために」
城ノ尾「いえ、それはもちろんです」
鈴木「本当に大丈夫なの!?」
城ノ尾「そういったことは私の方でも対策はありますから、ご安心下さい」
鈴木「うちの子に良くない影響があると困るんですけど」
城ノ尾「いえ、それはもうご心配要りませんから」
鈴木、不信な眼差し。
鈴木「ま、いずれ分かりますけど」
鈴木、足早に去って行く。
城ノ尾、冷たい真顔に戻る。
○ 同・3年1組
図工の授業。班になり、それぞれが粘土で建物を作っている。一秀の机には精巧緻密な建物。丸っこい生物らしきモノを淡々と練る翔一郎。
教卓からじっと翔一郎に睨みを利かせる城ノ尾の怒りの目。
城ノ尾、缶箱を持ってゆっくり翔一郎の元へ。机に缶箱を置く。
翔一郎「…」
○ 同・校長室
立派な書斎机に座る徳重。陽一は名札を手に、ソファに座っている。
徳重「取りあえずそれは取っときなさい」
陽一「すみません」
徳重「彼も厳しい所があるから。でも彼についていけばきっと良い先生になれるよ」
陽一「…」
徳重「本当に6時間目のことは気にせんでもいいからね。城ノ尾先生がやってくれる。まあ、いい経験になるだろうとも思ったが、少しきつかったかもしれんね」
陽一「いえ」
徳重、席を立ち、陽一の隣に腰掛ける。
徳重「難しいとは思うけどね。少し大きな視野を持ってごらん。思う事があるなら、それは構わない。でもそれを外に訴えるとしたら、君はそういう人間だということになる。分かるかな?」
陽一「…」
徳重「今の世間は不寛容だよ。教師を見る目はいつにもなく厳しい。だから我々だけでもね、広い心を持ってあげたいと思うんだ、私はね。そういう人達の目に君がどう映るかってことだよ。君が本気で先生になりたいと思ってくれてるならね」
徳重、陽一の肩をポンと叩き、立ち上がる。
陽一「先生ならどうされますか?私のような
立場なら」
徳重「うん…どうだろう。きっとそれぞれ
が出すべき答えだろうね」
徳重、優しく笑う。
○ 同・職員室
机に置かれた名札。
陽一、帰り支度をしている。
森「先生?」
陽一、反応無し。
森「鮫島先生」
陽一、手を止める。
陽一「はい、あ、すみません」
森「陽一君」
陽一「はい」
森「この年になると忘れるばっかりだけどね。でも君のことはよく覚えてるんだ。あのクラスはね」
陽一「…」
森「君にね、見せたいものがあるんだ」
○ 同・3年1組
蹴り飛ばされる翔一郎!
城ノ尾「俺に恥掻かせやがって!」
翔一郎、立ち上がる。
城ノ尾、殴り倒す!
城ノ尾「5年生が全部見てんだ!嘘つく時は周りをよく見ろヘタレが!あ!?見えてんのか?な!?見えてんのかよ!」
城ノ尾、翔一郎の首根っこを掴み、鳥籠を翔一郎の頭に被せる。
城ノ尾「これでよく見えるだろ、あ?言ってみろ。ピーちゃんは死にました。僕がやりました。今日から僕にエサ下さい」
全員「…」
○ 同・職員室
パソコンに向かう森。隣に座る陽一。
森、フォルダ→ファイル→ビデオとクリック。映像が再生される。
○ パソコン画面
小学校。運動会、リレーの様子。
森の声「覚えてるかな?学級リレー。僕らのクラスはビリだったね」
4人の走者が走っている。白、白、赤、赤(ダントツビリ)の順。
○ 3年1組
城ノ尾、翔一郎を投げ飛ばす。翔一郎、涙を堪え、立ち上がる。
翔一郎「余裕よ」
城ノ尾、翔一郎を掴み、席に座らせる。
城ノ尾「何だこれ?」
丸っこい物体を指す城ノ尾。
翔一郎「ディグダ」
城ノ尾「何?」
翔一郎「ディグダ」
城ノ尾「やり直し」
城ノ尾、物体を握りつぶす。
翔一郎、粘土を丸め始める…
城ノ尾、鳥籠ごと翔一郎の頭を粘土に押し付ける。
城ノ尾「何だこれ?」
翔一郎「ディグ―」
城ノ尾「やり直し」
城ノ尾、物体を叩き潰す!
○ パソコン画面
タスキを掛けた走者にバトンが渡る。盛り上がる声援。
森の声「アンカーだ」
残り半周で転倒する白の1位走者。その横を走り去る別の白走者。大歓声!赤の走者、またその横を走り抜いて行く。
○ 3年1組
翔一郎、丸め始める。城ノ尾、潰す!翔一郎、丸める。城ノ尾、潰す!丸める、潰す!丸める、潰す!翔一郎、止まる。
翔一郎「やだ」
城ノ尾「あ!?」
翔一郎「もう嫌だ」
城ノ尾「何が?」
翔一郎「これ」
城ノ尾「建物なら作っていいんだぞ、ん?」
翔一郎「はい」
翔一郎、丁寧に四角く練り始める…
城ノ尾「それ何だ?」
翔一郎「ビル」
城ノ尾「そうか」
城ノ尾、粘土を奪い取り、壁に投げつける!
翔一郎「…」
城ノ尾「下手クソ過ぎて分からなかった」
翔一郎、城ノ尾の足元にくず折れる。
翔一郎「ごめんなさい」
目から溢れる大粒の涙…
城ノ尾「何?」
翔一郎「ごめんなさい」
城ノ尾「何が」
翔一郎「全部…」
城ノ尾「もうしないか?」
翔一郎、頷く。
一秀、机の下に手を入れ、何かを練り始
める。
城ノ尾「言う通りするか?」
また頷く。
城ノ尾、粘土を机に戻し、翔一郎の頭から籠を外して掃除用具入れに投げ入れる。大人しく座る翔一郎。
城ノ尾「そうだ。良い子にすればこうはならないんだぞ」
翔一郎「はい」
粘土を四角に練っていく翔一郎。
○ パソコン画面
白の走者、まだ立ち上がれない。
ビリの赤走者、やって来る。
森の声「君だよ」
赤走者、倒れている白走者に手を差し出す。手をとる白走者。立ち上がる。二人、肩を組んでゆっくり走り出す…ゆっくりゴールへ。
映像、止まる。
○ 第一小学校・職員室
森「僕はね、君が先生になるって聞いて嬉しかったよ」
陽一「はい」
森、陽一に向き合い、目を見据える。
森「陽一君。陽一君はどんな先生になりたいね?」
○ 同・正門
入ってくる何台もの車。
○ 同・正面玄関
「3年1組 学級公開」と立札がある。
本山を含め、大人達がやって来る。
徳重、三重、城ノ尾など、名札をつけた教職員達が出迎えている。
○ 同・3年1組
コの字型になり、席に着く1組。
ぞろぞろ入ってくる大人達。
○ 同・職員室
陽一、席で考えている。机の上には資料と折れた定規と名札。資料には「6時間目 授業実習」とある。
隅でコソコソ話す城ノ尾と徳重。チラッと陽一を見る。笑う。
三重「頑張って、先生!」
城ノ尾「頑張るのは子供らですよ」
城ノ尾、机から教材を取る。
城ノ尾「(陽一に)まだいたのか。これも ういいな?」
城ノ尾、陽一の授業実習資料だけを取って出て行く。
陽一、窓の外を眺める。
暗く、強まる雨足。「使用禁止」の
遊具を伝う雨しずく。
ゆいの声「また今日みたいに皆で笑いたいな」
窓に映る陽一の顔。
陽一「……」
陽一、名札を掴む。
○ 同・3年1組
外は雷雨。
ギャラリーで一杯の教室。徳重、本山、鈴木なども揃っている。
城ノ尾、陽一の資料を破ってゴミ箱に投げ捨てる。
城ノ尾「鳥丸君、これいいかな?」
全員分のプリントを差し出す城ノ尾。
翔一郎、教卓まで受け取りに行き、大人しくプリントを配り始める。
その姿を不甲斐なく見守る子供達。
翔一郎、着席。
城ノ尾「皆緊張してるか?」
全員「…」
城ノ尾、笑う。
城ノ尾「今日はディベートです。皆得意だな?議題は…」
ドアが開き、陽一が入ってくる。手には
テープでぐるぐる巻きの長定規。
陽一「すみません、遅れました」
陽一、教壇へ直進。
城ノ尾「…」
陽一「これ」
陽一、直した定規を差し出す。
城ノ尾、受け取る。
陽一「やらせて下さい」
城ノ尾、笑う。
城ノ尾「失礼しました。ではここからは鮫島先生にお願いしたいと思います。今教育実習でうちに来られている先生ですが、温かくお迎え下さい」
城ノ尾、資料を陽一に渡して隅へ。
陽一、手元の資料を見る。子供達のプリントを見る。自分のものではない。
陽一「あの…」
城ノ尾、ニヤついている。
陽一「……」
陽一を刺すギャラリーの視線。
陽一「今日は…」
城ノ尾「先生、声」
城ノ尾、「声を大きく」と合図。笑うギャラリー。
陽一、子供達を見る。一人一人を見る。
陽一「今日は…この話じゃない話をしましょ
う」
陽一、黒板に書き始める。
『どうしてピーちゃんは死んでしまった
のか?』
陽一「なぜピーちゃんは死んじゃったのか」
少しざわつく教室。
城ノ尾「先生―」
陽一「このクラスでは!皆で小鳥を飼ってい
ました。名前はピーちゃん。ある男の子は
今朝ピーちゃんに食べ物をあげました。籠
の中のピーちゃんに話しかけてみました。
それから鳥のピーちゃんが空を飛ぶのを見
てみたいと思いました。でも籠を開ける鍵
がありません。なので先生にペンチを借り
に行きました。そして男の子は、鳥を籠か
ら出してやりました。ピーちゃんは窓から
空に飛び去って行きました」
全員、静聴。
陽一「でも、ピーちゃんは上手く生きることが出来ませんでした。ピーちゃんは死んでしまったのです」
俯く子供達。
陽一「誰のせいだと思いますか?男の子か?
先生か?別の何か?皆はどうしてピーちゃ
んは死んじゃったんだと思う?今日はそう
いうことを話し合いたいと思います」
翔一郎「男の子」
陽一、驚いて翔一郎を見つめる。
陽一「男の子かな?」
翔一郎「逃がしたから」
城ノ尾、笑みがこぼれる。
陽一「じゃあどうして男の子は逃がしたんだと思う?」
翔一郎「……」
ゆい、挙手。
陽一「ゆいさん」
ゆい「私があの…もしその、鳥だったら、飛びたかったと思う。だから飛べて嬉しかったと思います。ただの想像だけど」
陽一「うん。想像でいいんだよ。鳥の気持ちは。相手の靴を履いて、相手の立場で歩いてみるってそういうことだから」
美夢、挙手。
陽一「美夢さん」
美夢「でも死ぬって分かってたら多分飛ばないと思う。私だったら」
陽一「うん。そう思う人もいるよね。じゃあこれ誰かのせいなのかな?」
鈴木が手を挙げる。
鈴木「すみませんこれ、本当のこと?」
陽一「そうです、はい」
鈴木「じゃ誰かのせいじゃない。犯人がいるわけでしょ?この中に」
陽一「犯人って」
鈴木「じゃちゃんとハッキリさせるべきじゃないですか?誰が、って大事なことじゃないの?」
ギャラリー、同意。
陽一「…」
城ノ尾「手を挙げてもらったら?」
陽一「いや…」
鈴木「責任は責任よ」
竜太郎「!」
城ノ尾「皆じゃあ目を閉じて」
竜太郎「見てた人もですか?」
城ノ尾「自分が犯人だと思う人だ。はい、目を閉じて」
目を閉じる子供達。
城ノ尾「正直に」
手が挙がる(翔一郎)。頷く城ノ尾。
手が挙がる(竜太郎)。
城ノ尾「!?」
手が挙がる(大地、太郎…)。次々と挙がっていく子供達の手。
城ノ尾「何やってんだ。何だ、目ぇ開け
ろ。何だこれ」
手を挙げたままの子供達。
大地「見てたので」
竜太郎「見て見ぬ振りは」
太郎「連帯責任」
城ノ尾、笑う。
城ノ尾「そうだな。でもピーちゃんはどこだ
ろう。持ってるだろうな、本当の犯人な
ら。捨ててなければ」
全員、手を下げる。
城ノ尾、教室をゆっくり歩き出す。
城ノ尾「大事に、大事に」
城ノ尾、翔一郎のところで止まる。翔一郎、泣いている。
城ノ尾「どうした?」
翔一郎「僕…」
翔一郎、缶箱を手に取る。
ゆい「(翔一郎に)だめ」
陽一「(大声)死んだと思いますか?皆ピー
ちゃんは本当に死んだと思いますか?」
一秀「まだ鳥丸君が話してます」
城ノ尾「その通り」
翔一郎、缶箱を差し出す。
翔一郎「僕です」
城ノ尾、缶箱を取り、教卓へ置く。
陽一「待ってください」
城ノ尾「俺がやってもいいんだぞ?」
缶箱に注がれる全員の視線。
本山「何隠すことがあるの」
鈴木「学校は開かれた場所ですよ」
陽一「…」
城ノ尾「無理するな」
陽一、教壇を城ノ尾に譲る。
城ノ尾、缶箱を開け、中身を取り出す。
ビニールに入った精巧緻密な粘土の小鳥。
城ノ尾「?」
全員きょとん。挙手する一秀を除いて。
城ノ尾、一秀を睨む。
城ノ尾「お前」
一秀、起立。
城ノ尾「勝手に立つな」
一秀「証拠がないので」
城ノ尾「座れ」
一秀「まだ喋ってます!」
城ノ尾「…」
一秀、何か覚悟を決める。息を吸う。
一秀「2013年4月8日月曜日。僕が小学校に入学した日。2015年4月6日月曜日。僕が3年生になった日。2015年4月15日水曜日。僕が先生に初めて殴られた日」
ざわめく教室。
一秀「2015年4月21日火曜日。僕が諦めた日。2015年5月8日金曜日。僕が食べ物を飲み込めなくなった日。2015年9月1日火曜日。僕が学級委員長にさせされた日。2015年9月2日水曜日。皆が友達じゃなくなってしまった日。2015年11月2日月曜日。僕にまた友達ができた日。そしてその友達を守ろうと決めた日」
ぽろぽろ涙をこぼす一秀。
波を打った様にしんとした教室。
城ノ尾、フリーズ。
鈴木「体罰ってこと?」
城ノ尾「軽く叩くことはあります」
本山「殴られたって言ったよ」
鈴木「どうなの?」
一秀、袖を捲くる。腕には痣。
ざわめき立つ人々。
一秀「ごめんなさい」
大地、立ち上がる。
大地「僕も。殴られました。毎日。友達を殴らされたこともあります。ごめんなさい」
鈴木「ちょっと待って、まだ…何人いるの?」
ひとり、またひとり、手を挙げる…
鈴木「杏実?」
杏実も手を挙げる。
城ノ尾「いや、体罰じゃないですから」
鈴木「黙って!」
城ノ尾「児童を誘導してる」
鈴木「言えないからよ!」
城ノ尾「落ち着いて」
鈴木「何なの?」
城ノ尾「受け止め方の問題です。彼らだっ て理由を理解してる。だから謝る」
本山「理由ってねえ」
城ノ尾「こっちは指導の―」
鈴木「だからそれが―」
城ノ尾「目的と必要に基づいて―」
鈴木「目的って何よ!」
本山「ちょっとこれはね」
鈴木「体罰は体罰!暴力でしょ!」
城ノ尾「教育上の」
ギャラリー1「ごちゃごちゃ言い訳すんなよ!」
ギャラリー2「やってんじゃん!」
ギャラリー3「資格ねぇよ、辞めろ!」
野次、激化。
城ノ尾「お前ぇらに分かるかよ!」
ピカッ!凄まじい雷鳴と光!と同時に、
バチッ!教室の電気が落ちる!
薄暗い中に立つ城ノ尾。
徳重「もう止めましょう」
城ノ尾「…」
徳重「先生」
城ノ尾「彼らは謝ってる」
徳重「それが体罰だったってことじゃないか?な?」
ギャラリー1「うわうわうわ、怖っ」
ギャラリー4「あんたが謝りなさいよ」
城ノ尾に注がれる憎しみと軽蔑の目。
城ノ尾、笑い出す。ギャラリーを見渡し、何度も頷く。
城ノ尾「お前らは、人が血祭りに上げられんの見たいだけだろ。どうでもいいんだよ」
城ノ尾、名札を教卓に置き、教室前の出口へ。ドアが開かない。引いたり押したり…開かない。城ノ尾、力任せにドアを叩き、蹴り飛ばす!ドアが外れ、教室に四角い穴が開いた様な状態になる。
城ノ尾「鳥の気持ちね」
城ノ尾、「穴」から出て行く。
ザワザワし始める教室。
○ 同・廊下
静かな廊下。教室から飛び出す陽一!
徳重の声「鮫島君!」
○ 同・裏門
雷鳴と横殴りの雨。
陽一、足を引きずる城ノ尾に追いつく。
陽一「どこ行くんですか?」
城ノ尾、一瞬止まり、歩き出す。
陽一「逃げちゃダメです」
止まらない城ノ尾。陽一、走っていって城ノ尾の腕を掴む。城ノ尾、振り払う!
振り向きざまに陽一を殴り倒す!城ノ尾の足にしがみつく陽一。倒れる城ノ尾。もみ合う二人…
陽一「ちゃんと謝ってください」
城ノ尾、陽一をフェンスに押し当て、腕で首を絞める。
陽一「あの子たちに…」
城ノ尾「お前も同じか」
陽一、城ノ尾の目を睨む。
陽一「!」
その目に浮かぶのは涙か、雨か…
陽一「あんただって…あったはずです…どうして…どうして…」
城ノ尾「ものの上下も分かんねぇのか。ここじゃ右左より大事なことだろ」
城ノ尾、陽一を離す。
倒れこむ陽一。
城ノ尾、去って行く。赤の横断歩道へ…立ち止まり、振り返る。
城ノ尾「でもお前は―」
ッドーーン!
横断歩道に突っ込んできた車にブッ飛ぶ城ノ尾!
急ブレーキで止まるが、走り去る車。
陽一、絶句。
○ 同・裏門・俯瞰
道路に転がったまま動かない城ノ尾。
遠くからサイレンの音。
三重の声「先生」
○ 同・3年1組
T「一ヵ月後」
陽一、夏子の白いハンカチ片手にぼーっと立っている。
三重「鮫島先生?」
陽一、はっとする。
教壇横の陽一を見る1組の子供達。
教壇に立っている三重。
三重「先生からも最後に」
陽一、しばし考え、教壇へ。子供達ひとりひとりの顔を見渡す。
陽一「皆ラクダって見たことある?」
「ある」という声。
陽一「どんなだった?」
竜太郎「デカイ!」
太郎「コブ!」
陽一「コブ、でかい。うん。じゃあよーくイ
メージして欲しいんだけどね。そんなでか
いラクダが荷物を背負って砂漠を歩いてい
ます。グラグラ暑くて、広い広い、ラクダ
が蟻に見えるくらい大きな砂漠です。水も
出口もありません。そのラクダの背中に藁
を一本乗せます。藁。葉っぱとかビニール
袋とか、風ですぐ飛ぶくらい軽い…」
陽一、ハンカチをひらひらさせる。
陽一「これぐらいかな。そんな植物です。次の日ラクダの背中には、また一本藁が乗っています」
竜太郎「足し算?」
1組、笑う。
陽一「うん、足し算」
大地「ほんとにそうなの?」
陽一「その次の日。またもう一本藁が乗っています。そして次の日、また次の日、藁はどんどん増えていきます。ラクダは休むことなくもう何日も歩いています、喉もカラカラです。でも休みません。一ヶ月、半年、一年が過ぎても、まだ歩き続けます。背中の藁はもう何百本にもなりました。もう風なんかで飛ぶ重さじゃありません。それでもまだ砂漠はずっと遠くまで砂漠です」
美夢「ラクダはどこに行ってるの?」
陽一「どこかな。皆はどこに行ってると思う?何をしてるのかな」
一秀「藁を届けに行ってる?」
ゆい「私だったらその前に水飲む」
竜太郎「って言うか藁誰が乗せとんねん!」
1組、笑う。
陽一「そうだね…すれ違ったり、追い越したりして通り過ぎていく人達だよ、多分ね」
ゆい「そんな乗せたら泣いちゃう、ラクダ」
竜太郎「泣かないよ。ってか泣けないよ、カラカラなんだから」
陽一「そんな風にしてずっと乗せ続けたら、ラクダはどうなると思う?」
竜太郎「え、死ぬ」
ゆい「嫌だよ」
竜太郎「あ、折れる?あの背中ってかコブ」
陽一「そう。大きくてどんなに強そうなラクダでも折れちゃうよねいつか。しかも最後はたった一本のこんな藁で」
翔一郎「じゃあ」
皆、翔一郎を見る。
翔一郎「何!?」
太郎「いや。急にだって…じゃあ?」
翔一郎「水やりしよう。皆で」
竜太郎「チューリップじゃないんだから」
全員の笑い声。
太郎「しかもなんでチューリップ?」
また笑い声。
ゆい「でも可哀想だね。もしそんなラクダがいたら」
全員「…」
陽一「皆その気持ちを忘れないで下さい」
陽一、翔一郎の席に歩いていく。
陽一「お水をあげたいって思う気持ち、可哀想だなって思う気持ち、誰もが皆持ってるその優しい気持ちを持ち続けて下さい」
陽一、翔一郎にハンカチを渡す。
翔一郎、受け取り、陽一を見上げる。
翔一郎「余裕よ」
陽一、笑う。また教壇へ。
翔一郎「鮫セン!」
陽一「うん?」
翔一郎「合唱コンクールいつだっけ?」
一秀「(即答)1月22日金曜日!」
笑う1組。
翔一郎「来てよ!」
陽一をまっすぐ見る1組の子供達。
陽一「余裕よ!」
教室に響く笑い声。
○ 同・校庭
雪がちらちら舞っている。
遊具がない広い校庭。
○ 同・体育館・外観
入口に「合唱コンクール」の看板。
○ 同・体育館・中
暗い体育館。
扉が開き、陽一が入ってくる。
ステージからはけていく児童達。
立ち見客を掻き分け、陣取る陽一。
○ 同・体育館・入口(回想・同じ日)
一秀、翔一郎、ゆいと話す陽一。
陽一「お願いって?」
一秀「ビデオって持ってる?」
○ 同・体育館・中
陽一、iPadを取り出し、ビデオを開く。
司会「次は3年1組の皆さんです」
ステージに現れる1組の子供達。
陽一、録画ボタンをタップ。
○ 病院・エレベーター~受付
エレベーターが開いて陽一が出てくる。
そのまま「精神科」とあるスタッフステーションへ行き、何か話す陽一。
○ 同・談話コーナー
陽一、そわそわした様子で椅子に座っている。ふと振り返り、立ち上がる…
廊下の向こう。車椅子に乗せられてナースに連れてこられる城ノ尾。ナースは陽一の傍で車椅子を止める。
無表情、無反応、宙を見る城ノ尾の姿。
ナース「何かありましたらすぐお呼び下さい」
陽一「あの、話すのは?」
ナース「レスポンスは難しいと思いますが聞こえてはおりますので」
ナース、どこかへ行く。
陽一、座る。
城ノ尾「……」
陽一「何とか終わりましたよ、実習」
城ノ尾「…」
陽一「やっぱり教師になろうと思います」
城ノ尾「…」
陽一「難しいです」
城ノ尾「…」
陽一「会ってきましたよ」
陽一、鞄からヘッドフォンとiPadを取り出す。
陽一「皆に頼まれて。1組の合唱コンクール。いいですか?ちょっと」
陽一、ヘッドフォンを城ノ尾に着ける。iPadの画面を見せる。
城ノ尾「…」
陽一「そう、これも」
陽一、鞄から箱を取り出し、テーブルに置く。小鳥が入るくらいの小さな箱。箱には手書きで「ぼくたちとわたしたちの先生へ」とある。
陽一「行きますよ」
陽一、録画した1組の合唱コンクールのビデオを再生する。
無表情、乾いた城ノ尾の目。
陽一「聞こえますか?」
少し動く目。
陽一「聞こえてますか?」
涙が込み上げる目。目から大粒の涙が…
○ 黒味
合唱曲BELIEVEの伴奏。そして…
1組の歌声「たとえば君が 傷ついて
くじけそうに なった時は
かならずぼくが そばにいて
ささえてあげるよ その肩を
世界中の 希望のせて
この地球は まわってる
いま未来の 扉を開けるとき
悲しみや 苦しみが
いつの日か 喜びに変わるだろう
アイ ビリーブイン フューチャー
信じてる
もしも誰かが 君のそばで
泣き出しそうに なった時は
だまって腕を とりながら
いっしょに歩いて くれるよね
世界中の やさしさで
この地球を つつみたい
いま素直な 気持ちになれるなら
憧れや 愛しさが
大空に はじけて輝るだろう
アイ ビリーブイン フューチャー
信じてる
いま未来の 扉を開けるとき
アイ ビリーブイン フューチャー
信じてる」
おわり。
○ 引用
子供の歌園、『僕の寶』、ロバート・ルイス・スティーブンソン著、赤星仙太訳、福音社書店、大正1年
BELIEVE、杉本竜一作詞作曲、1998年8月12日
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