「透明人間のハル」
篠宮 春歌(15)…高校1年生。
青野 宗輔(17)…高校2年生。「青春部」部長。
結城 千里(16)…高校2年生。「青春部」副部長。
神崎 康介(17)…高校2年生。
篠宮 梓(45)…春歌の母。
女子高生1…春歌のクラスメイト。
女子高生2…春歌のクラスメイト。
○私立成響高校・外観(夕方)
グランドでは部活動をする生徒達の姿。
夕焼けでオレンジ色に染まる校舎と、
グランドに隣接するクラブ棟に人目を
気にしながら入る篠宮春歌(15)。
○同・クラブ棟・「青春部」部室内(夕方)
参考書を開き勉強する結城千里
(16)と、少女漫画の雑誌を読む
青野宗輔(17)。
読んでいた漫画は告白したところで終
わる。
宗輔「(天を仰ぎ)千里、主人公が遂に告白
した…いいなぁ…青春だなぁ」
千里は無視する。
無視され不満げな宗輔、ページをパラ
パラめくっていく。
○同・同・2階廊下(夕方)
ドアにかかった、部活の名前が書かれ
た札を一つずつ見ていく春歌。
○同・同・「青春部」部室内(夕方)
ページをめくっていた宗輔の手が、雑
誌の占いコーナーで止まる。
宗輔「なぁ! 俺、今月の運勢めちゃいいだ
けど!」
千里「(にらみ)…さっきからうるさい。そ
んなの当たるわけないでしょ」
そう言うと千里は勉強を再開する。
宗輔「(占いページを読んでいく)…あ、千
里の運勢は最悪だって」
千里「(勉強する手が止まる)…嘘言わない
で」
宗輔「いや、ほんとほんと」
○同・同・「青春部」部室前(夕方)
「青春部」と書かれたドアの前に来た
春歌は、手に持っていた「青春部」の
チラシを見る。
チラシには「あなたの青春、応援しま
す!」というキャッチフレーズと場所
について書かれている。
春歌「ここ…だよね」
春歌はチラシをポケットにしまい、深
呼吸する。
○同・同・「青春部」部室内(夕方)
席を立つ千里。
千里「(宗輔の方に手を出し)何て書いてあ
るの? 見せなさいよ」
宗輔「(わざとらしく)え~、こんなの当た
んないんだろ?」
言葉に詰まる千里。
宗輔はドアのすりガラスに人影が見え
ることに気付く。
宗輔「あ! 誰か来た!(雑誌を持ったまま、
ドアへ)」
千里「あ! 待ちなさい!」
○同・同・「青春部」部室前(夕方)
春歌がドアノブに触れる寸前、宗輔が
勢いよくドアを開ける。
宗輔「(嬉しそう)ようこそ、青春部へ!
ご用件は?」
突然のことに驚き、固まる春歌。
宗輔「俺は『青春部』部長の青野宗輔。(後
ろにいる千里を指し)で、こっちが副部長
の結城千里」
千里「ちょっと! 一気に言ったらびっくり
するでしょ!」
宗輔「だって…人来るの久々だし、つい」
春歌「あ、あの…(俯く)」
宗輔「(春歌の様子に戸惑う)あれ? どう
したの?」
宗輔が顔を覗き込む。
春歌「あ、あの。ご、ごめんなさい!!」
春歌の姿がスゥーと透明になり、消え
る。
宗輔「(呆然とし)…え!?」
○タイトル「透明人間のハル」
○私立成響高校・クラブ棟・「青春部」部室内(夕方)
長机を挟み春歌の向かい側に座る、宗
輔と千里。
宗輔「えっと…とりあえず、お名前とクラス
をどうぞ」
春歌「…篠宮春歌です。クラスは1年C組」
宗輔「春ちゃんね…あのさ、さっきのこと聞
いていいかな?」
春歌「えっと…さっきのとは?」
宗輔「いやいや、誤魔化せないからね」
春歌「…あの、実は私『人体透化病』に罹っ
ているんです」
宗輔「『人体透化病』?」
千里「聞いたことある。思春期の子供がまれ
に罹るものよね?」
春歌「そうです。発作がおこると透明人間に
なってしまって…戻るには人に触れてもら
う必要があるんです」
宗輔「なるほど…それでさっき」
○同・同・「青春部」部室前(回想)
突然消えた春歌に呆然とする宗輔。
千里「(宗輔に近寄り)何が起きたの!?」
宗輔「何がなんだが…」
春歌「(声のみ)あの! そのまま手を前に
出してください!」
千里「(声に驚く)え、なに」
宗輔「こ、こう?」
宗輔が手を前に出すと、空中で何かに
触れる。
すると、透明だった春歌の姿がまた見
えるようになる。
○同・同・「青春部」部室内(夕方)
申し訳なさそうに縮こまる春歌。
宗輔「そういうことか。ありがとう教えてく
れて」
春歌「う、受け入れるの早いですね…」
千里「…それじゃあ、本題に入っていいかな?」
頷く春歌。
千里「ここ『青春部』は、生徒の青春を応援
する部活…まぁ、要するに何でも屋みたい
なものよ。ここに来たってことは何かお困
りのことがあるのよね?」
春歌「…はい。私、告白したい人がいるんで
す」
宗輔「(ガッツポーズをし)告白キターーー
ーー!!!」
春歌「え、な、何ですか?」
宗輔「(興奮気味に)いや、ここに来る相談
内容ってだいたい雑用でさ。『青春』って
言ったら普通『恋愛』なのに!」
千里「うっさい、黙って」
千里は宗輔の頭をはたく。
叩かれたところを抑え、うずくまる宗
輔。
千里の行動におびえる春歌。
千里「(優しい声で)ごめんね…さっきから
本当に落ち着きがなくて。続けて」
春歌「あの…なので、告白の手助けをお願い
したいんです」
千里「わかった。あなたの告白を全力で手伝
います。相手の名前を聞いていい?」
春歌「(恥ずかしそうに)…『神崎康介』さ
んです」
千里「あ、知ってる。同じクラスなの。どん
な告白がしたい?」
春歌「…どうしよう。全然考えてませんでし
た」
宗輔「(復活し)だったら、俺にいい考えが
あるよ」
立ち上がり、壁にかかったカレンダー
に近づく宗輔。
宗輔「もうすぐ、来るじゃないか。一大イベ
ントが!」
カレンダーは2月のページ。宗輔は14
日を指さす。
春歌「(指したとこを見て)『バレンタイン
デー』…」
宗輔「(満足そうに)そう!」
千里「今日が1日だから、あと約2週間か…い
いかもしれない。周りの雰囲気に乗れるし」
宗輔「でしょ!」
千里「篠宮さん、大丈夫?」
春歌「私チョコ作ったことないです…」
千里「作り方は私が教えるから」
少しの間、春歌は悩むが覚悟を決める。
春歌「(頭を下げ)よ、よろしくお願いしま
す!」
宗輔「告白、成功させようね! 春ちゃん!」
× × ×
次の日。無人の部室の壁のカレンダー
の14日が目立つように赤で強調されて
いる。
残り日数がわかりやすいように、昨日
の1日には×印が。
○同・校舎・調理室内(夕方)
エプロンを着た千里と春歌。
調理台の上にはクッキーの材料が並ん
でいる。
椅子に座り、見守る宗輔。
千里「チョコはうまい下手が味に出やすいか
ら、簡単で日持ちもするクッキーを作りま
しょう。味をチョコにすれば問題ないし」
春歌「お願いします」
千里「じゃあ、私と同じように作ってみて」
春歌「はい!」
× × ×
チンと、オーブンが鳴る。
春歌「できました!」
春歌は、千里と宗輔の前にクッキーが
乗ったトレーを取り出し置く。
トレーの上には、明らかにチョコの色
ではないクッキー。
真っ黒な物体が並んでいる。
千里「(宗輔を肘で小突き)試食係」
宗輔「(小声で)無理無理。あれ確実にアウ
トだよ」
千里「(小声で)行くの、早く逝け。GO!」
ひそひそと話す千里と宗輔を見る春歌。
春歌「…ごめんなさい(少し透明になってい
く)」
宗輔「(春歌を見て慌てて)い、いただきま
す!」
宗輔はクッキーを口にいれる。
× × ×
平気そうな顔の宗輔が椅子に座ってい
る。
千里「(器具を洗いながら)きっと、生地が
薄くて焦げたのね。今日はもう遅いから、
明日はもう少し生地を厚くして焼いてみま
しょう」
春歌「わかりました(メモを取る)」
千里「片付けは私たちがやるから、先に帰っ
て大丈夫よ」
春歌「え、でも」
千里「遅くなっちゃうから」
春歌「ありがとうございます」
一礼し、荷物を持って春歌は帰る。
春歌の足音が遠ざかっていく。
千里「…もう、大丈夫よ」
宗輔「(我慢をやめ)あああああっ! 吐く
かと思った」
千里「これは前途多難かもね」
宗輔「(お茶を一気飲みし)まだまだ、時間
はあるよ」
○同・クラブ棟・「青春部」部室内(夕方)
宗輔、カレンダーの2日のマスに×印
をつける。
春歌が入ってくる。
春歌「今日も、お願いします!」
○同・校舎・調理室内(夕方)
オーブンからトレーを出す春歌。
今度は十分に焼けてなくて、色が白
いクッキー。
一口食べる宗輔、表情が固まる。
千里がコツを教え、必死にメモを取
る春歌。
○同・クラブ棟・「青春部」部室内(夕方)
カレンダーの3日のマスに×印をつけ
る宗輔。
× × ×
カレンダーの4日のマスに×印をつけ
る千里。
× × ×
カレンダーの5日のマスに×印をつけ
る宗輔。
× × ×
カレンダーの6日のマスに×印をつけ
る宗輔。
宗輔「(マジックペンの蓋を閉め)…よし」
○同・校舎・調理室内(夕方)
調理室に入る宗輔。
中ではすでに千里と春歌がクッキー
を作っている。
宗輔「遅れてごめん」
千里「(振り向き)やっと来たわね。でも、
いいタイミングよ」
春歌「青野さん! 今回は上手くできたん
ですよ!」
春歌は宗輔に、クッキーが乗ったト
レーを見せる。
形は歪だが、きつね色焼けたクッキ
ー。
宗輔「(一つ口に入れ)…あ、美味しい」
とても嬉しそうに笑う春歌。
春歌「前よりいいですよね!」
宗輔「(思わず)うん! 食べれるように
なった! あっ」
春歌「前のクッキー…そんなにひどかった
んですね…無理させて…ごめんなさい…」
透明になる春歌。
春歌を戻そうと、春歌がいたあたり
に手を振る千里と宗輔。
千里が春歌に触れ、姿が見えるよう
になる。
宗輔「(安堵し)よかったぁ…春ちゃん、
ごめんね」
春歌「いえ…あの今、思ったんですがこれ
もマズいですよね」
宗輔「(よくわかってない)ん?」
千里「(納得し)あ…告白の時、消えたら
マズいってこと?」
春歌「…はい」
宗輔「じゃあ、練習しよう!」
首をかしげる春歌。
〇私立成響高校・外観(夕方)
夕焼けでオレンジ色に染まるクラブ
棟の窓から室内にいる春歌が見える。
〇同・クラブ棟・青春部部室内(夕方)
壁のカレンダーの7日のマスに×印。
上目づかいで宗輔を見つめる、真っ
赤な顔の春歌。
春歌「先輩! わ、私! 先輩のことが
…す、す、好き…。(顔を覆い、座り込
む)ああああああぁぁぁぁ! ごめんな
さい! これは無理です!」
座り込んだ春歌の姿が、スゥ―と透明
になり見えなくなる。
宗輔「(見えなくなった春歌を探しつつ)
やっぱり、ダメ?」
春歌「(声のみ)恥ずかしすぎますよ!
告白練習なんて!!」
少し離れた席で2人の様子を見ていた
千里が、手元のストップウォッチを止
める。
千里「(春歌に同情し)確かに練習とはいえ、
宗輔相手に告白なんてキツイわ…」
宗輔「(千里の方を向き)千里、それどうい
う意味だよ…」
千里「そんなこといいから、早く触ってあげ
なさいよ」
宗輔「(思い出し)あぁ! 春ちゃんごめん!
何処辺りにいる?」
春歌「(声のみ)此処です!」
手探りで春歌を探す宗輔。
なかなか見つけられない宗輔に声で自
分の位置を教える春歌。
宗輔、透明になった春歌に触れる。
春歌「(姿が見えるようになる)すいません
…」
× × ×
春歌と机を挟み、向かい側に座る宗輔
と千里。
春歌は心なしかぐったりしている。
千里「最終結果、透明人間にならずにいられ
たのは…25,6秒」
宗輔「伸びたな。最初は告白って意識した瞬
間、消えちゃってたのに」
春歌「本当に、すいません…(また透明にな
っていく)」
宗輔「あ、待って。消えないで!」
千里「この練習、大丈夫なの?」
宗輔「何言ってんだよ。いざって時に消えな
いためには、告白に慣れた方がいいだろ?」
春歌「私もそう思いますが…これって『告白』
に慣れるっていうより『青野さん』に慣れ
た感じが…」
宗輔「あ…(確かに)」
千里「(宗輔に)バカなの?」
う~んと、悩む一同。
宗輔「春ちゃん。消える条件って何かわかる
?」
春香「え、えっと…よくは、私もわからない
です」
千里「(春歌を見て)私が思うに、自信が無
くなったり…ネガティブ思考になると透明
人間になりやすいみたいね」
宗輔「じゃあ、明るくポジティブになろう!」
春香「(戸惑い)へ?」
千里「簡単に言わないの」
18時のチャイムが鳴る。
宗輔「もう、こんな時間か」
千里「今日は調理部が使ってるから、クッキ
ーは作れないし…今日は帰りましょう。篠
宮さんも疲れたでしょ、大丈夫?」
春歌「あ、全然…大丈夫です」
○学園駅前・バス停(夜)
並んで帰る春歌、宗輔、千里。
春歌「(立ち止まり)あの…私、バスなので」
宗輔「あ、そうなんだ。俺たち、電車だから
…ここでお別れだね」
千里「ばいばい、篠宮さん」
駅の改札へ向かう、宗輔と千里。
宗輔は振り返り、大きく手を振る。
宗輔「バイバイ! 春ちゃん、気をつけてね」
春香は小さく手を振り返す。
宗輔は先に行った千里の後を追い、姿
が見えなくなる。
一人、バス停で待つ春歌。
スカートのポケットの中のスマホが鳴
る。
春歌が取り出し、画面を見ると「お母
さん」の表示。
しばし表示を見つめた春歌、しぶしぶ
電話に出る。
春歌「もしもし、お母さん…今? 学校出て
バス停に並んでるところ…遅い? ご
めんなさい」
はっきりとは聞こえないが音が漏れる
程、大きな声で喋りたてる篠宮梓(45)
の文句をただ黙って聞く春歌。
春歌「え…あ、遊んでなんかないよ。先生…
そう、先生に授業でわからなかったことを
教えてもらってたの…嘘なんかついてない
よ。いつも、私はお母さんの言うこと守っ
てるじゃない…」
しかし、梓の文句は止まらない。
辛そうに俯く春歌。
春歌「(とっさに)あ! バス。バスが来た
から…うん…切るね(電話を切る)」
バスなんか来ていない。
バス停に再び静寂が訪れる。
春歌は天を仰ぎ、息を吐く。
吐いた息が白くなるのを、ぼーっと見
る春歌。
ふと足元を見ると、自分の足が透明に
なっているのに気付く。
春歌「いやっ」
何とか、全体が消えずに済む。
自分の足があることを確かめるように、
何度も足をさする春歌。
足が透明でなくなると、安堵しその場
にしゃがみ込む。
○私立成響高校・校舎・1‐C教室内(昼)
下校、部活のため教室を出て行く生徒
達。
黒板には2月9日と書かれている。
荷物をスクールバックにしまう春歌。
スマホからLINEの着信音。
LINEの画面には、グループ「青春部」
しか登録されていない。
春歌、トーク画面を開く。
千里『ごめん。今日、急用で行けなく
なっちゃった。私がいなくてもクッキ
ー作りできる?』の表示。
春香は、『大丈夫です』と返事をする。
宗輔が『大丈夫!!』とスタンプで返
す。
○同・同・調理室(夕方)
一人、エプロンを着て用意する春歌。
春歌「青野さん…来ないな…」
LINEの着信音に、春歌はトーク画面を
開く。
宗輔からで『先生に捕まった(泣)』
『ちょっと遅れる』の表示。
春歌『わかりました』と返す。
宗輔の『ごめんね』のスタンプが表示
される。
春歌「…一人でもできる。うん、大丈夫」
一人、気合いを入れる春歌。
× × ×
調理台の上には器具が乱雑に散らかっ
ている。
オーブンからトレーを取り出す春歌。
春歌「できた…」
最初の頃に比べたら、とても進歩して
いる。
でも動物の形のクッキーはまだ少し歪。
春歌「えっと…トッピングは…」
バックの中のメモ帳を探す。
春歌「メモ…メモ…あれ? ない」
バックの中を探す手が止まる。
春歌「あ…」
○同・同・1‐C教室内(回想)
授業中、先生に見つからないようにメ
モ帳に書き込みをする春歌。
春歌「(声のみ)あの時…そのまま」
授業が終わり、起立する生徒達。
書くのに夢中だった春歌は遅れて起立
する際、隠すように机の中にメモ帳を
入れる。
○同・同・調理室内(夕方)
トレーの上のクッキーをチラリと見る
春歌。
エプロンを急いで脱ぐと、メモ帳を取
りに調理室を出る。
○同・同・1‐C教室内(夕方)
放課後のため、誰もいない。
机の中からメモ帳を出す春歌。
中を見ると、クッキーのトッピングに
ついてのアイデアが書き留めてある。
飾りつけが楽しみで、一人微笑む春歌。
○同・同・調理室前~内(夕方)
メモ帳を大事そうに持ち、足取り軽く
戻ってきた春歌。
調理室のドアが開いており、中から話
し声が聞こえる。
思わず立ち止まる春歌。
こっそりと中を覗くと、2人の女子生
徒がいる。
春歌(Ⅿ)「え、何で」
女子生徒達はクッキーを見ている。
女子生徒1「甘いにおいがすると思ったら
…クッキー?」
女子生徒2「何で、ここで作ってんの?」
女子生徒1「それね」
女子生徒2「これってもしかして、バレ
ンタインのチョコ? 本命?」
女子生徒1「え、嘘!」
女子生徒1は、エプロンに気付く。
エプロンには「HARUKA」と刺繍さ
れている。
エプロンに近づく女子生徒1。
春歌(Ⅿ)「お願い、気付かないで」
女子生徒1「『はるか』だって」
女子生徒2「『はるか』って多い名前だから
わかんないね」
女子生徒1「同じクラスにいたよね?」
女子生徒2「いたっけ?」
女子生徒1「ほら、ずっと喋んない。オバケ
みたいな子」
息をのむ春歌。
女子生徒2「え、あれ? まさか、告白とか
無理でしょ」
女子生徒1「明日、聞いてみようよ」
女子生徒2「えー」
そのまま、クスクス笑う女子生徒達。
ドアの前で、辛そうにギュッと目をつ
ぶる春歌。
春歌「あ…」
手に持っていたメモ帳が床に落ちる。
メモ帳が落ちた音で、春歌の方を向く
女子生徒2人。
女子生徒1「え、誰? 帰ってきた?」
女子生徒2「誰もいない…」
女子生徒1「(女子生徒2の手を引き)ね、
ねぇ…早く出よ」
ドアの近くに立っていた春歌の姿が見
えていないのか、春歌を素通りして調
理室を出て行く2人。
去っていく女子生徒達を見ていた春歌。
自分の手を、目の前にかざす。
春歌「あ…私、また透明になっちゃたんだ」
× × ×
廊下を走る宗輔。
宗輔「くっそ。何であんなネチネチと…」
ブツブツと先生の文句を言いつつ、調
理室前に着く。
宗輔はドアの前にメモ帳が落ちている
ことに気付き、拾う。
宗輔「これ、春ちゃんの…」
ドアを開け中に入る宗輔。
宗輔「春ちゃん、遅くなってごめんね」
中には誰もいない。
クッキーはトレーに乗ったまま放置さ
れている。
キョロキョロあたりを見る宗輔。
宗輔「春ちゃん…?」
○桜川(夕方)
川の近くをふらふら歩く春歌(透明の
まま)。
春歌に気付かず、人々が近くを通りす
ぎていく。
土手に体育座りした春香は、夕日でキ
ラキラ光る川面を眺めている。
春歌(Ⅿ)「こんなことしてないで、早く
戻らなきゃ…それで触ってもらわない
と…」
× × ×
教室で一人、席で俯く春歌。
周りは仲がいい子同士で、喋っている。
女子生徒1の声「(先程の言葉)ほら、ずっ
と喋んない。オバケみたいな子」
女子生徒2の声「告白とか無理でしょ」
× × ×
涙で目が潤む春歌。
春歌「オバケか…」
春歌(Ⅿ)「このままスゥ―と、本当に消え
れたらいいのになぁ…」
顔を埋める春歌。
宗輔「春ちゃん!!」
顔を上げ、春歌が振り向くと宗輔がこ
ちらに向かってくる。
春歌「(目を見開き)なんで…」
宗輔は春歌に手を伸ばす。
伸ばした手は春歌の頭に触れ、春歌の
姿が戻る。
宗輔「(見えるようになり)見つけた」
宗輔は頭に触れている手で春歌の髪の
毛をぐちゃぐちゃにする。
走り回ったのか息切れしている宗輔は、
春歌の隣に座り込む。
宗輔「はぁ、はぁ…もうすっごい探した
んだから!」
春歌「なんで…」
宗輔「ん?」
春歌「なんで…わかったんですか…」
宗輔「それはね…勘だよ。勘」
春歌「(信じていない)…」
宗輔「…うそうそ。影があったから」
× × ×
走って春歌を探す宗輔。
土手に影だけがあるのに気付く。
宗輔の声「『あ、春ちゃんだ』って、
すぐわかったよ」
× × ×
びっくりしている春歌。
宗輔「影は透明にならなくってよかった
よ。知らなかった?」
春歌「…初めて知りました。迷惑かけてすい
ません」
宗輔「そんな。どうってことないよ」
そのまま2人、しばらく何も言わず黙
る。
宗輔「…何かあった?」
春歌「…」
宗輔「告白するの怖くなった…とか」
春歌「そう…なのかもしれません。急に
不安になったんです」
黙って話を聞く宗輔。
春歌「私、人前で透明人間にならないよ
うに…教室だと誰とも喋らないんです。
友達を作っても…もし、透明人間になって
しまった時の反応が怖くって…」
○私立成響高校・校舎・図書室内(回想)
棚の本の背表紙を見て、目当ての本を
探す春歌。
手にはすでに数冊、本を持っている。
春歌の声「だから人があまりいない、図書館
でよく過ごしてました」
棚から本を出し、立ち読みをする神崎
康介(17)。
春歌の声「そこで、神崎先輩に出会ったんで
す」
康介が持つ本を、読みたそうに見る春
歌。
視線に気付いた康介。
康介「あ、ごめん。探してるのはこれ?」
春歌「…はい」
康介「どうぞ(本を渡す)」
春歌「あ、ありがとうございます(受けとる)」
康介は、春歌がすでに持っていた本を
見て。
康介「あ、それ(指さし)。俺も好きなんだ」
春歌「そうなんですか? 私もです」
康介「(嬉しそう)初めて好きな人と出会え
たよ」
ドキッとする春歌。
○同・同・廊下(回想)
同級生達と会話する康介。
康介の姿が目に入り、思わず立ち止ま
る春歌。
康介は春歌に気付き、手を振る。
春歌は会釈し、その場を立ち去る。
春歌の声「神崎先輩はいつも明るくて…私と
は正反対の人で。でも、私もいつかあんな
風になりたいって」
○同・同・図書室内(回想)
ばったり会って会話する春歌と康介。
話す内容は、好きな本・作家について。
春歌の声「もっとずっと一緒に先輩といたい
…って」
○桜川(夕方~夜)
思い出しながら語る春歌。
春歌「…だからこの告白で自分は変わる
ことができるかも…と、思ったんです
けど」
春歌の視線の先では、夕日が地平線の
下に沈む。
春歌「告白に夢中で忘れてたんです」
宗輔「何を?」
春歌「いつも親の言いなりで、クラスメ
イトには『オバケみたい』なんて言わ
れてる…私には人より優れているもの
も、個性もないことに」
宗輔「…」
春歌「変わるも何も、私にはそもそも何もな
いんです。本当に私は『透明人間』みたい
に透明で何も無いんじゃないかって…そう
思うとだんだん不安になって…何も考えた
くなくなって」
宗輔「なくなって?」
春歌「『消えてしまいたい』って思うんです。
…これが透明になる条件だって、さっき気
付きました」
宗輔「それが条件…」
春歌「みたいです」
日が沈み、暗くなっていく空を見上げ
る宗輔。
宗輔「…俺、思ったんだけどさ。透明じゃダ
メなのかな?」
春歌「…どうして?」
宗輔「例えばさ!」
春歌の前に立つ、宗輔。
宗輔「(両手を広げ)例えばだよ? 俺た
ちが生きるのに必要なこの空気は透明
で見えないけどあるよね?」
川辺に行き、川の水を「冷たっ」と言
いつつ触る宗輔。
宗輔「これも透明だけどあるし」
春歌「(あきれ気味に)…あ、当たり前じゃ
ないですか」
宗輔「うん。でも春ちゃんの『自分を変えた
い』って気持ちも、『先輩への恋心』も誰
にも見えない…同じ透明だよね?」
春歌「…」
宗輔「それでも春ちゃんは、透明で見えない
から…『無い』って否定するの? ここま
で春ちゃんが頑張れたのは、この透明な思
いのおかげでしょ? 十分すごい思いだよ」
川辺から春歌のもとへ戻ってきた宗輔。
宗輔「透明で見えなくたっていいじゃん。き
っと俺たちは透明で不確かなもののおかげ
で前に進めてるんだ」
春歌「透明でも?」
宗輔「(座っている春歌に目線を合わせ)そ
う。透明で見えないだけで、ちゃんとそこ
には何かがあるんだよ。春ちゃんは『透明
で何も無い』って言うけど、俺は春ちゃん
のいいところ、いっぱい見つけてるからね!」
春歌「…え」
宗輔「まず…(大きな声で)目標にむけて頑
張るところ。相手を思いやる心…」
春歌「うわあぁぁ! は、恥ずかしいからや
めてください!」
宗輔「春ちゃんが、さっきの発言を撤回する
まで俺は止めない!」
春歌「て、撤回します! 私にもいいところ
ありました!」
宗輔は満足そうにうなずくと立ち上が
る。
宗輔「わかればいいんだよ、わかれば。もっ
と自分に自信を持って」
春歌「(疲れ気味)は…はい」
宗輔「また、透明になっても…絶対見つける
から。安心しなよ」
春歌「…ありがとうございます」
くしゃみをする春歌。
宗輔「大丈夫? 早く戻ろう(くしゃみが出
る)」
春歌、服についた汚れを払いながら立
つ。
宗輔も春歌も、飛び出してきたため薄
着。
春歌「(微笑み)…そうですね」
× × ×
並んで学校へ戻る2人の後ろ姿。
春歌「青野さん」
宗輔「んー?」
春歌「私、告白…がんばります」
宗輔「その意気だよ…春ちゃん」
○私立成響高校・校舎・教室~廊下
バレンタインデー当日、友達にチョコ
をあげる人などにぎやかな雰囲気。
○同・クラブ棟・「青春部」部室内
13日のマスに×印をつける宗輔。
宗輔「(カレンダーを見て)あああぁぁ…今
日なんだ」
千里「何であんたが、そんなに緊張してるの
よ」
宗輔「千里だって緊張してるじゃん」
千里「どこが?」
宗輔「さっきから何回、眼鏡ふいてるんだよ」
千里「…ゴミがなかなか取れないのよ」
そこへ春歌が入ってくる。
春歌「こ、こ、こんにちは。今日! ですね!」
千里「…結局みんな緊張してるのね」
宗輔「クッキーは持ってきた?」
春歌「はい!」
春歌はバックから、かわいくラッピン
グされたクッキーの袋を取り出す。
千里「(壁にかかった時計を見て)約束の時
間まで…」
春歌「…あと、30分」
現在、15時半を時計は指している。
春歌「先輩、来てくれるかな…」
宗輔「ちゃんと、言ったんだろ?」
春歌「…はい」
千里「なら、大丈夫よ。落ち着いて」
春歌「うぅ…」
緊張した面持ちで椅子に座る春歌。
宗輔と千里は目配せする。
千里は自分のバックから、小さな袋を
取り出す。
千里「篠宮さん、これ…(春歌に渡す)」
受け取る春歌。
中には何か入っている。
宗輔「開けてみて」
春歌「(中を見て)これって…」
中には、桜色の石がついたヘアゴムと
恋愛成就のお守りが。
宗輔「頑張った春ちゃんへ…俺たちからのプ
レゼント」
感動で言葉が出ない春歌。
千里「いつもとは違う篠宮さんを、神崎に見
せてやろうってことで…そのヘアゴムつけ
てあげる」
春歌「そんな…」
千里「いいの、ほら貸して」
× × ×
くしで春歌の髪を梳かしていく千里。
いつも無造作に下ろしている春歌の髪
を、あげたゴムでハーフアップにする。
千里「うん。できたよ(鏡を渡す)」
春歌「(綺麗にまとまった髪を見て)わぁ
…ありがとうございます」
宗輔「かわいいじゃん」
照れる春歌。
時計を見る春歌、約束の時間まで15分。
宗輔も時計を見る。
宗輔「ちょっと早いけど、行く?」
春歌「(頷く)」
お守りを制服のポケットに大事にしま
い、クッキー袋を持つ春歌。
ドアまで見送る宗輔と千里。
春歌はドアを開け出ようとするが、宗
輔と千里の方に振り返ろうとする。
春歌「あの…本当、ありがとうご…」
春歌がお礼を言いきる前に、宗輔と千
里は春歌の背中を叩く。
春歌「いたっ! え、なんで?」
千里「お礼とかは、全部終わった後」
宗輔「ほらほら、早く行って来い!」
春歌、泣きそうになるが堪える。
春歌「いってきます!!」
出て行った春歌、ドアがゆっくり閉ま
る。
千里「…行っちゃたぁ」
宗輔、椅子に座り目を閉じる。
千里も椅子に座る。
千里「あと私たちにできることは、祈る
ことぐらいね…」
宗輔「それ結構、キツイ…」
○同・校舎・階段~廊下
階段を上がる春歌。
春歌(Ⅿ)「透明な私の『恋心』…もし、
色があったら何色だろう?」
踊り場の鏡で、身だしなみの最終チェ
ックをする。
春歌「…よし」
鏡にヘアゴムについた石が見える。
その石にそっと触れる春歌。
春歌(Ⅿ)「これと同じ桜色だといいな」
また階段を上がり、春歌は屋上を目指
す。
○同・クラブ棟・「青春部」部室内
無言の宗輔と千里。
時計の秒針の音が聞こえる。
宗輔は窓の外の景色を見る。
宗輔「千里」
千里「…何?」
宗輔「…『青春』って何色だろうな?」
千里「は? 遂に壊れたの?」
○同・校舎・屋上
春歌以外、誰もいない屋上。
春歌「(自己暗示)…大丈夫。大丈夫、私
はできる」
深呼吸する春歌は空を見上げる。
○同・クラブ棟・「青春部」部室内
宗輔は窓の向こうに見える快晴の空を
見て。
宗輔「いや、きれいな青がいいなぁ…て、な
んとなく思っただけ」
千里「(空を見て)…そうね」
○同・校舎・屋上
屋上にいる春歌の視界には一面の空。
春歌(Ⅿ)「大丈夫」
落ち着きを取り戻す春歌。
ドアが開き、康介が春歌の前に来る。
康介「えっと…話って何?」
春歌は後ろに隠していたクッキー袋を
差し出す。
春歌「先輩! 私、先輩のことが…!」
春歌は康介から目を反らさず、真剣な
表情。
春歌(Ⅿ)「私はもう透明なんかじゃない」
(終わり)
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