【登場人物】
根本虎太朗(33)…人生に絶望してるニート
藤原学(34)…中流階級のサラリーマン
ドラッグストア店員の女子(19)…花のような乙女
強盗
○藤原が住むマンション・外観(夜)
高級感溢れるマンション。
○同・藤原の部屋・リビング(夜)
小綺麗な室内。
藤原学(34)がソファーに寝そべり、スマホゲ
ームに興じている。
と、スマホが鳴る。
藤原、スマホ画面に表示された未登録の番号
に懐疑な表情を浮かべる。
鳴り続けるスマホに痺れを切らし、出る。
藤原「……はい、藤原です」
電話の主「……」
藤原「? ……もしもし?」
電話の主「……俺だよ俺」
藤原「はぁ?」
電話の主「俺だよ俺!」
藤原「誰だよ誰?」
電話の主「……同級生の根本だよ」
藤原「根本? ……知らねーよ」
電話の主「中学の同級生の根本だよ!」
藤原「ん、根本なんてヤツ、居たっけ?」
電話の主「出席番号37番の根本虎太朗だよ!」
藤原「虎太朗……? ああ、もしかしてプー太郎?」
電話の主「……」
藤原「超久しぶりじゃん。よく分かったな俺
の番号。急にどーした、プー太郎?」
電話の主「(鼻息が荒くなる)……」
藤原「? おーい、プー太郎?」
電話の主「その呼び方止めろおおおおおー!」
藤原「!?」
あまりの絶叫ぶりにスマホのスピーカーから
耳を遠退ける藤原。
藤原「うっせーなぁ、何なんだよ?」
通話は切れている。
藤原「何だアイツ?」
再びスマホゲームに興じる藤原。
と、スマホが鳴る。
先程と同じ番号からの着信。出る藤原。
藤原「何だよ?」
電話の主「いいかよく聞け! 俺の事二度と
プー太郎って呼ぶんじゃねえ! 俺は虎太朗だ! プー太郎なんかじゃねえ、虎太朗だ! 分かったか!?」
藤原「……分かったよ、プー太郎」
通話がガチャ切られる。
藤原「あ、しまった」
スマホが鳴る。藤原、即座に出る。
電話の主「おい、俺は虎太朗だっつってんだ
ろうが!」
藤原「はいはい、プー……おっと、虎太朗、
何か用かい?」
電話の主「俺に謝れ」
藤原「は?」
電話の主「そして手伝え、全身全霊で」
藤原「はあ?」
電話の主「お前は俺の青春を台無しにしたん
だぞ?」
藤原「はあ~?」
電話の主「まず謝れ。変なあだ名付けてすい
ませんでしたと」
藤原「知らねーよ。つーか何でお前、プー太
郎なんだっけ?」
電話の主「……身に覚えがねーってか?」
藤原「うん」
電話の主「典型的な苛めっ子体質のゲス野郎
だなあオメーは。身に覚えがございませんだとよ!」
藤原「……ん、ちょっと待って……。ああ、何か思い出して来た」
○(回想)中学校・外観(朝)
T「20年前」
○同・体育館(朝)
全校生徒集会が執り行われている。
壇上で大義そうに演説する教師。
体育座りをして教師の話を適当に聞いている
生徒らの列に隣合って座る根本虎太朗(13)
と藤原(14)がいる。
演説が終わり降壇する職員。
緊張が途切れた様子でガヤガヤと騒々しくな
る館内。
格上の職員が登壇すると共に無駄話をする生
徒らを叱責する。
しんと静まりる館内。
と、『プぅ~!』と館内に響き渡る甲高い放
屁音。
生徒の嘲笑でまたざわめき出す館内。
虎太朗、赤面を体育座りした両膝に覆
い被せている。
隣の藤原、虎太朗を小突き
藤原「ギャハハ! お前、虎太朗じゃなくて、プー太郎じゃん!」
館内が生徒らの笑い声でざわめく。
顔面紅潮の虎太朗、更に深々と両膝に顔を埋
める。
壇上の格上職員がざわめきを叱責するが中々
おさまらない。
○(回想終わり)藤原が住むマンション・藤原の部屋・リビング(夜)
ソファーに寝そべりスマホで通話中の藤原。
藤原「いやー、あれにはまいったね! 最高
に笑わせてもらったよ」
虎太郎の声「……」
藤原「全校生徒を笑い転がせた快感に味占めて将来芸人になるんだろうなって皆で噂してたんだけど、どうなの? まだテレビで見かけないけど。下積み中なの?」
虎太郎の声「……」
藤原「おーい、プー太郎?」
虎太郎の声「ふざけんじゃねえ! 黙れ黙れ黙れええええ!」
藤原「うわ、うっせ!」
藤原、スマホを耳から若干離す。
虎太郎の声「お前のせいでお前のせいでお前
のせいでええええええ!」
スピーカー設定にでもしたかのようにスマホ
から声がだだ漏れて来ているのを引きつった
表情で眺めている藤原。
虎太郎の声「お前のせいで僕不登校! お前
のせいで僕人間不信! お前のせいで僕対
人恐怖症! 僕の青春台無しだああああ!」
藤原、警戒しながらスマホを耳にあてがう。
藤原「お前ねえ、何でもかんでも人のせいにすんなよな」
虎太郎の声「は!?」
藤原「全校集会のシーンとした場でドデカい
屁ぇこいたお前が悪いんじゃん」
虎太郎の声「はああ~!? 僕は元から胃腸が弱いんだから仕方ねーだろーが! お前はそれをからかって思春期で多感な少年の心をズタズタにしたんだぞ!?」
藤原「そんなねぇ、全校生徒のど真ん中でドデカい放屁をぶちかました訳だからさ、あんなおもしれー事そうそうねーじゃん。芸人顔負け、からかわない方が失礼ってもんでしょ?」
虎太郎の声「(荒い鼻息)……」
藤原「んな大昔の事、未だに根に持ってイチャモンつけられてもどーしよーもねーよ」
虎太郎の声「……お前ってやつは、マジでゲス野郎だな」
藤原「はいはい、もういいっしょ? スマゲーの続きやりたいから切るよ?」
虎太郎の声「あ~いいのかなー? 訴える準備は出来てんだけどなー!」
藤原「は?」
虎太郎の声「まあこれは独り言だけどね……、
つい先日僕の親父が亡くなった訳ですよ。お前のせいで親孝行の一つも見せられずニート街道まっしぐらの僕は悔やんでも悔やみきれない後悔の念に苛まれた訳ですよ。息子の輝く姿を見れずに逝ってしまった親父もさぞかし無念だったであろうと息子の僕は察する訳でありますよ。そんな親父は社会と接点を見出せずもがき苦しむ僕の身を案じてとっておきの遺言を残していた訳ですよ。(怪しい含み笑い)フフ、ブフフ……」
藤原「なんだよ……?」
虎太郎の声「ウン千万の遺産で青春を取り戻せとの激励の言葉が遺されていた訳ですよ」
藤原「……で?」
虎太郎の声「僕のトラウマの元凶がお前だって事は明らかな訳で……そこでその手の案件に強い敏腕弁護士の登場って訳ですよ」
藤原「……へ、へぇ~、そ、それで?」
虎太郎の声「金に糸目を付けず全力でお前に社会的制裁を与える事も可能だって事だクソ野郎!」
藤原、急に顔色が青くなり
藤原「は、はあ……さ、左様でございますか、
それはそれは……誠に恐縮でございますぅ」
虎太郎の声「あれま、どーしたの? さっきまでの威勢は?」
藤原「(急にビジネス口調で)当社の手違いで多大なご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございませんでした」
虎太郎の声「どうやら僕の権力を理解したみたいだな。となれば話は早い。これからは僕の右腕となって全身全霊でサポートしてもらうからな!」
藤原「はあ? 左様でございますか……」
虎太郎の声「超光速で青春を取り戻す! いいな?」
藤原「はあ? か、かしこまりました」
虎太郎の声「じゃあ明日の昼12時キッカリに駅前に集合だ!」
藤原「え? と申されましても、私明日は仕事がありまして」
虎太郎の声「訴えるぞ」
藤原「あのー、そのー、訴えるなぞと申され
ましても……」
虎太郎の声「口答えするんじゃねい! 金と時間がある者を敵に回すとどうなるか思い知らせてやるからな! あとな、金と時間以上にお前に対する莫大な憎しみが漲っているんだからな! 忘れんなよ!」
藤原「あ、私の思い違いでした、明日はちょうどお休みです」
虎太郎の声「じゃあ明日、大事な事だからもう一度言う。超高速で青春を取り戻すぞ!」
藤原「か、かしこまりました!」
スマホの通話がガチャ切られる。
藤原、大きな溜息をつき、放心状態。
藤原「めんどくせーのにからまれちまった……」
おもむろにスマホで電話をかける藤原。
藤原「あ、藤原です。夜分遅くにすみません。明日なんですが、急に熱が出て来たみたいで……」
タイトル「タイガーニート、プー!」
〇駅前・外観
人々が行き交う駅前。
〇同・喫煙所
苦々しい表情で腕時計を気にしながら煙草を
吹かしている藤原。
と、スマホが鳴り、出る。
藤原「はい、藤原です」
虎太郎の声「よ、よお。今どのへん?」
藤原「駅近の喫煙所で一服してまーす」
虎太郎の声「(ガチャ切り)」
藤原「……」
と、根本虎太郎(33)がチノパンにシャツイ
ン、ボサついた坊主頭といった出で立ちで現
れる。
藤原「!」
挙動不審なオーラを放つ虎太郎、中々藤原と
目を合わせないでいる。
藤原・虎太郎「……」
虎太郎、振り絞るような声で
虎太郎「よ、よお」
藤原「(笑いを堪えるのに必死)……」
虎太郎「?」
藤原「(笑いを堪え切れない)ぶふ、ぶふふ」
虎太郎「おい、何だよ!」
藤原「何だその格好? えなりかよ!」
虎太郎「そんな事言ったってしょうがないじゃないか! 胃腸が弱いから冷やしたくないんだ!」
藤原「わりい、久しぶりだっつーのに失礼し
た。立ち話もなんだからどっか移動しない?」
虎太郎「あ、ああ」
藤原、付近のファミレスを指差し
藤原「あそこのファミレスは?」
虎太郎「……うん」
ファミレスへ向かう二人。
〇ファミレス・店内入口
賑わう店内。
待機用のベンチに座っている藤原と虎太郎。
藤原「さすがに昼は混んでるな」
虎太郎「……」
と、店員が現れる。
店員「お客様、喫煙席なら今すぐご案内できますが、いかがなさいますか?」
藤原「はい、(チラッと虎太郎を見て)大丈夫です」
虎太郎「……」
〇同・喫煙席
ボックス席に向かい合って座る藤原と虎太
郎、それぞれメニューを吟味している。
藤原「俺、飲み物だけでいいわ」
虎太郎「……じゃあ僕は生姜焼き定食にするよ」
藤原「お、さすが金持ち」
虎太郎「(ムっとした表情)……」
× × ×
ガツガツと生姜焼き定食を食べている虎太
郎。
その様子をコーヒー片手に煙草を吹かしなが
ら無言で凝視している藤原。
藤原「プー太郎、今無職なんだろ。なのによく食えるなあ。そんなに腹減るもんかね?」
虎太郎、キッとした目付きで
虎太郎「(口に物を含みながら)プー太郎って言うな!」
虎太郎の口から食べカスが藤原に放射され
る。
藤原「うわ、きったね!」
虎太郎、ナプキンで口元を拭きながら
虎太郎「訴えるぞ……」
藤原「も、申し訳ない。虎太郎」
× × ×
食事を終えた虎太郎、ポケットからドラッグ
ストアのビニール袋を取り出す。
藤原「?」
虎太郎、袋から錠剤を取り出して服用する。
藤原「それ何の薬?」
虎太郎「胃腸薬だよ」
藤原「……そうか」
沈黙が続き、互いに顔色を窺っている。
藤原の手元の灰皿が吸い殻で山を成してい
る。
藤原「……虎太郎?」
虎太郎「おう」
藤原「昨日言ってたサポートってのは、具体
的に何すればいいんだよ?」
虎太郎、おもむろにドラッグストアのビニー
ル袋を藤原に差し出す。
藤原「ん、何これ? 捨てて来いって? は
いはい、わかりましたよ」
藤原、ビニール袋を取り、席を立つ。
虎太郎「ちょ、待てよ!」
藤原「え?」
藤原からビニール袋をひったくる虎太郎。
藤原「何だよ?」
虎太郎、ビニール袋を綺麗に引き延ばし、印
刷されたロゴ『スケキヨヒトシ』を藤原に見
せ付ける。
虎太郎「ここの店員に告白するから」
藤原「は?」
虎太郎「それを全面サポートするのだよ、お前は」
藤原「……」
藤原、唖然とした表情で席に着く。
虎太郎、ビニール袋を綺麗に折り畳み、ポケ
ットに仕舞う。
再度沈黙降臨。
藤原「……それさ、俺じゃなくてもよくね?」
虎太郎「あん?」
藤原「そういうのはもっと気心の知れた友達
に頼むもんじゃねーの?」
虎太郎「……」
藤原「あ、友達いねーのか」
虎太郎「……」
藤原「そもそも何十年ぶりに会った相手にそ んな込み入った要望するか普通? 俺ら過去同級だったってだけで今はもう赤の他人じゃん?」
虎太郎「……」
藤原「昔、屁こいたのからかったのは悪かったよ。あーゆーの大好きじゃんガキは。だけど未だにお前が後引いて苦しんでるなんてホント心が痛む思いだよ」
虎太郎「……(多少瞳が潤んでいる)」
藤原「この場を借りて謝るよ。あんときはごめん」
虎太郎「……」
藤原、すっくと立ち上がり
藤原「という訳で俺、先に帰るわ」
藤原、財布を取り出し、中から千円札を抜き
取って机上に置く。
藤原「まあ、がんばって」
虎太郎「ちょ、ちょ、待てよ!」
虎太郎、机上の千円札をバシッと手で払い除
ける。
藤原「!」
ヒラヒラと床に落ちる千円札。
藤原、屈んで千円札を取る。
と、スマホ画面を印籠のように藤原に見せ付
ける虎太郎。
藤原「何だよ……(ギョッとして二度見)!」
スマホ画面には虎太朗と占い師『太木数の
子』とのツーショット写真が表示されてい
る。
驚愕の表情で席に着く藤原。
藤原「……それ、占い師の太木数の子先生だ
よな?」
虎太郎「その通り」
藤原「お前、よく予約取れたな。巷じゃ当た
るって大評判で受付まで一年はかかるらし
いのによ」
虎太郎「言ったろ、金に糸目はつけないって」
藤原「(青ざめた表情)……」
虎太郎「人生立て直しの為、まずは占って頂いたのだよ、太木数の子大先生に」
藤原「(狼狽したか細い声)へぇ~……」
虎太郎「太木先生はズバリ言い当てたのだよ。僕が今、恋煩っていると」
藤原「はあ」
虎太郎「まずはこの片思いを成就させる事により新たな人生の道筋が示されるだろう、そう仰せつかったのだよ」
藤原「はあ」
虎太郎「それにはパートナーの助けが不可欠との見解を示されたのだよ」
藤原「それが何で俺なんだよ?」
虎太郎「人生転落の原因を作った人物と因縁
の再会を果たし、どんな手を使ってでも味
方につけなさいとのお言葉だ」
藤原「……」
虎太郎「さすれば過去のトラウマ克服に加えて栄えある新たな人生の幕開けとの大予言なのだよ!」
藤原「大予言ねえ……」
虎太郎「お前は僕への懺悔として恋のキューピット役を引き受けなければいけない責任がある!」
藤原「責任って言われてもなあ……」
虎太郎「訴える準備は出来てんだぞ」
藤原「くそ、またそれか……悔しいけど経緯は何となく理解できたよ」
勝ち誇った表情の虎太郎。
不穏な表情の藤原。
藤原「……告白の手助けねー、そういや今回はいつぶりの告白になんのよ?」
虎太郎「……」
藤原「ん?」
虎太郎「……今回が初めて」
藤原「え、て事はお前、もしや童貞?」
虎太郎「……だから?」
藤原「うわーマジかよ! 俺らもう三十路だ
っつーのにお前ときたらマジかよ!」
虎太郎「な、なんだと!」
藤原「魔法が使えるレベルじゃん! (卓上の箸を一本虎太朗に差し渡し)そいつ一振りでハリポタみたいに自力でどーとでもできんじゃねーの?」
虎太郎、箸をべキっとへし折り
虎太郎「訴えっぞ!」
藤原「……ごめん、言い過ぎました」
虎太郎「ケダモノみたいにヤリまくってる不純なお前らとは訳が違うのだよ、この僕は」
藤原「……」
虎太郎「僕はな、これから取り返す青春の中でこの尊くて清らかな童貞を彼女に捧げるんだ!」
藤原「とかなんとか言ってもその子も裏じゃ
ヤリまくってるって」
虎太郎「そんな訳あるかい! 絶対処女だ!
雰囲気からして乙女って感じなんだぞ」
藤原「はいはい、そーゆー事にしとこうね」
虎太郎「かけがえのない尊き存在の童貞と処女を馬鹿にするんじゃねい!」
藤原「かしこまりました~」
再び沈黙降臨。
黙々と煙草を吹かしている藤原。
虎太郎「……で、どうすればいい?」
藤原「え……どうすればって?」
虎太郎「案を練るんだよ、案を。恋愛成就の!」
藤原、煙草を重苦しい表情で吹かし
藤原「案ねえ……」
藤原、まじまじと虎太郎を見詰め
藤原「まずその髪型と服装を何とかしねーと」
虎太郎「え、どっかおかしい?」
藤原「おかしいもなにもダサさの極みですよ。まるでえなり君じゃありませんか」
虎太郎「そんな事言ったてしょうがないじゃないか! お前のせいでぼかー、過去に閉じ込められたまま、流行とは無縁で今に至っているんだから」
藤原「まあ、それらは上等の美容院と服屋で
なんとかなるか」
虎太郎「(ホッとした表情)……」
藤原「あと挙動だね。今のままだと不審者過ぎて誰も寄り付かねーよ」
虎太郎「えっえっ? ぼ、僕、ど、どっかおかしい?」
藤原「それだよそれ。もっと堂々と自分のオーラを示さないと。昨夜のプー太郎みたいにさ」
虎太郎「プー太郎って言うな!」
藤原「それだよそれ! その勢いだよ」
虎太郎「え、(自慢げに)そうかい?」
藤原「見た目とかは何とかカバーできるとして……無職っつーのがな、幾ら預金があるって言っても敬遠されるよね」
虎太郎「え、そうなの?」
藤原「あたりめーでしょ、女は現在進行形で
稼いでる男になびくもんなのよ」
虎太郎「乙女の彼女と童貞の僕、磁石のS極
とN極のように強く引き寄せられる運命に
ある訳で、汚れなき童貞であるこの僕の混
じりけなしの熱い純情をもってすれば無職
だろうがなんだろうが関係ないだろ!?」
と、向かいの席で井戸端会議をしている大学
生と思しき女友達二人組の会話が藤原と虎太
郎の耳に入って来る。
女1「でさー、彼氏が仕事決まるまで泊めてくれってせがんできてさー」
女2「うわーウゼー」
女1「だからもうその場でフッたよね、あたしはお前のヒモじゃないって」
女2「かっけー」
遠目で彼女らの会話を盗み聞きしている藤原
と虎太郎。
藤原「……な?」
虎太郎「家事手伝いしかした事ないよ僕……」
藤原、おもむろに財布から名刺を取り出して
虎太郎に見せる。
藤原「はい、これ俺の勤め先の名刺」
虎太郎、名刺を手に取り
虎太郎「(羨望の眼差し)へー」
藤原「やるよ」
虎太郎「え、いいの?」
藤原「これもなにかの縁だし……ただし会社
にまで押しかけて来んなよ」
虎太郎「あ~い、わがりやんした~」
虎太郎、名刺を物珍しそうに財布へ仕舞う。
と、何か閃いた様子の藤原。
藤原「そうだ! 名刺を作っちゃえばいいん
だ」
虎太郎「え?」
藤原「今時名刺なんて印刷屋に行けば個人で即日印刷してもらえるんだよ!」
虎太郎「へー」
藤原「架空の企業名に上級の役職付けて、あ
とはチャチャっと個人情報入れりゃあ立派な社会人の証が出来上がるぜ!」
虎太郎「おお!」
藤原「何となく工程が組み立てられて来たぞ」
虎太郎「うんうん!」
藤原「まずは美容院行ってから服を新調して、
名刺を印刷した後、大人のオーラを漂わせて彼女の元へゴーで決まりだな!」
虎太郎「んふっ! 完璧!」
藤原「美容院だけど、俺の行き付けでいいよな?」
虎太郎「あ、うん」
藤原「予約がいるから今度の土曜、同じ時間に駅で待ち合わせしようぜ」
虎太郎「うん」
藤原「それまで月9でもみて告白のイメトレしとけよ」
虎太郎「オッケー」
藤原「なんか最初は乗り気じゃなかったけど
面白くなってきたぞ!」
虎太郎「だね!」
藤原「やるぞ、プー太郎!」
虎太郎「(満面の笑みで)プー太郎って言うな!」
〇目まぐるしく変化する街並みの風景
〇駅前・喫煙所
行き交う人々の奥で一服している藤原。
と、藤原の背後から忽然と現れるシャツイン
姿の虎太郎。
藤原、煙草を揉み消し
藤原「相変わらずダセえな……」
虎太郎「そんな事言ったってしょうがないじゃないか!」
藤原「はいはい。でもまあ、そのダセえのも今日までだからよ」
虎太郎「(ニンマリと笑顔)ふひひ」
藤原「そのキモイ笑い、即刻やめた方がい
い!」
虎太郎「(咄嗟にキリっとした表情で目配せ)……」
藤原「……うん、その調子」
〇美容院・外観
小洒落た外装の美容院。
〇同・店内
小洒落た内装の賑わう店内。
〇同・受付前
ベンチに座って待機している藤原と虎太郎。
虎太郎「さすが千円カットとは訳が違うなあ」
藤原「あったりめーよ。カットだけで5千円
はするんだぜ」
虎太郎「高っ!」
藤原「何だよ、金あんだろ?」
虎太郎「……もちろん!」
と、奥からベテラン風の美容師がやって来
る。
美容師「それでは根本様、こちらへどうぞ」
カットルームへ虎太郎を誘導する美容師。
藤原「よし、行って来い!」
虎太郎「(若干怖気付き)お、おう!」
× × ×
ファッション雑誌片手にうたた寝している藤
原。
と、肩を小突かれる。
藤原「……ん?」
クールにカットされてイケてる髪型の虎太郎
が自信満々の表情で佇んでいる。
藤原「!」
虎太郎「……どうだい?」
藤原「おお、いいじゃん!」
〇セレクトショップ・外観
ハイセンスな佇まいのセレクトショップ。
〇同・店内
ハイセンスな内装の店内。客足は疎ら。
ハイセンスな装いの店員にアドバイスを受け
ながら服を物色している藤原と虎太郎。
店員「お客様、こちらのジャケットなどいかがでしょうか?」
店員にジャケットを宛がわれ、羽織ってみる
虎太郎。
藤原「お、いいじゃん」
店員「お客様、よくお似合いでございます」
虎太郎「え、そう?」
虎太郎、恐る恐るタグを見る。
『50000円(税別)』の文字。
虎太郎「高っ!」
藤原「何だよ、金に糸目は付けないんじゃなかったのか?」
虎太郎「あ、あたぼうよ!」
× × ×
姿見の前で、上等のジャケットを羽織り、上
等のパンツに身を包んだハイセンスなシルエ
ットの虎太郎が、様々な角度から自身のクー
ルな姿に見惚れている。
隣でその様子を満足気な表情で見守る藤原。
藤原「ちょーイケてんじゃん!」
虎太郎「(キモイ笑い)ふひひ」
藤原「(虎太郎の顔を指差し)それ、ダメ!」
虎太郎「(即座にキリッとした表情)む!」
藤原「よし!」
〇印刷屋・外観
『即日仕上げ!』のカラフルなのぼりが立ち
並ぶガラス張りの店舗。
〇同・店内・デザインスペース
パソコンを前に、デザインを吟味している藤
原と虎太郎。
藤原、パソコン画面の定形フォームをキーボ
ードとマウスでチャチャっと操作し
藤原「こんな感じでどうよ?」
虎太郎「うん、いいんじゃない」
藤原「会社名はどーすっかな……身近な単語を適当に……虎太朗だからタイガー、ニート、プー、株式会社っと」
虎太郎「うわあ、タイとかの外資系企業みたいでかっちょいー」
藤原「役職はどうすっかな……?」
虎太郎「うーん」
藤原「もうこの際、代表取締役にしちまおうぜ」
虎太郎「え! それ、社長って事?」
藤原「いーじゃんいーじゃん、社長はモッテ
モテだぜ」
虎太郎「いや、でも僕、社長って柄かなあ?」
藤原「割といるもんだぜ、俺らぐらいの歳で
代表勤めてる青年実業家」
虎太郎「そ、そうなの?」
藤原「これを機に資産つぎ込んで事業起こせばこの大ボラ名刺にも信憑性が出て来るってもんだぜ」
虎太郎「そんな無茶な……」
藤原「何だよ、人生やり直すとか青春取り戻すとかぬかしてただろ?」
虎太郎「…う、うん」
藤原「ならよ……起業するくらいの男気みせろよな、プー太郎」
虎太郎「お、おう!」
〇同・受付
待機している藤原と虎太郎。
やって来る店員。
店員「仕上がりまで30分ほどかかりますが
よろしいでしょうか?」
藤原「はい、出来上がった頃にまた来ます」
〇同・店外の喫煙所
一服している藤原。
どことなく不安気な表情の虎太郎。
藤原「ちゃんと月9みてイメトレした?」
虎太郎「え……ああ、もちろん」
藤原「告白の言葉とか決めてんの?」
虎太郎「そ、そりゃあね……」
藤原「じゃあロールプレイングしてみよっか」
虎太郎「え?」
藤原「俺の事、乙女の店員だと仮定して告白してみてよ」
虎太郎「……うん、いいよ」
藤原「はい、どうぞ」
虎太郎「ぼ、僕は死にましぇん!!!」
藤原「ちょ、ちょ待てよ!」
虎太郎「え?」
藤原「おま、それ……ずいぶん古いのチョイスしたな、名作だけどさ」
虎太郎「……」
藤原「そのセリフは101回目のベテランが
成せる技だから、もっとこう……初々しいストレートなヤツでいいと思うよ」
虎太郎「そうなの?」
藤原「好きです、付き合ってください。で、
名刺スっと渡すくらいのシンプルさで行けよ」
虎太郎「……うん」
藤原「何か不安になって来た……」
× × ×
虎太郎、店舗のガラス壁面を姿見に見立てて
自身のイケてるファッションを様々な角度か
らポージングしている。
虎太郎「好きです(ポーズを切り返し)、付き合ってください」
藤原、一服しながらその様子をしみじみとし
た表情で眺めている。
藤原「そろそろ時間だから中入ろうぜ」
虎太郎「あ、その前に……」
スマホをポケットから取り出しカメラモード
に設定する虎太郎。
虎太郎「2、3枚撮ってくれよ」
藤原「お、いいよ」
虎太郎からスマホを受け取り、シャッターを
切る構えになる藤原。
藤原「撮るよー」
虎太郎「おう!(クールにポージング)」
藤原がシャッターを切る度にポージングを変
える虎太郎。
藤原「こんなもんでいいだろ」
スマホを虎太郎に差し出す藤原。
と、スマホを持った藤原の手を取り、ツーシ
ョットの構えになる虎太郎。
藤原「?」
虎太郎「記念にさ……」
藤原「何だよ、急に。きもちわりーな」
虎太郎「何かさ、変な話だけど、ありがとう
な」
藤原「あぁ? ……うん、確かに感謝される筋合いはねーわな、強要されてやってる訳だし」
虎太郎「僕、ここまで他人と行動を共にした事ないんだよ」
藤原「あ、友達いねーんだもんな」
虎太郎「(涙目)うう……」
藤原「分かったよ、撮るぜ」
スマホの自撮りモードでシャッターを構える
藤原と寄り添う虎太郎。
虎太郎「僕の人生、今が一番輝いてる瞬間かも」
藤原「何言ってんだよ、告白がうまくいけばもっと人生充実するんだぜ」
虎太郎「……だよね(微笑む)」
と、シャッターを切る藤原。
藤原「いい笑顔だったぜ」
虎太郎「……ふひひ(キモイ笑顔)」
藤原「それは……ダメだ」
〇同・受付
待機している藤原と虎太郎。
と、名刺の束を持った店員がやって来る。
店員「こちらになります」
完成した名刺を一枚手に取り、虎太郎に見せ
る藤原。
藤原「おお、上出来じゃん!」
虎太郎「すげー」
藤原「さすが上質紙奮発しただけの事はある
な」
店員「お支払いですが、19800円になります」
藤原「だってよ」
虎太郎「う、うん」
財布を開く虎太郎。
虎太郎「……」
藤原「ん?」
青ざめた表情の虎太郎、財布を隅々まで調べ
ている。
藤原「おい、どした?」
虎太郎「ちょっと持ち合わせが……」
藤原「何だよ、待っててやるからコンビニで
下ろして来いよ」
虎太郎「……」
藤原「……何だよ?」
虎太郎「……」
藤原「コンビニすぐそこだぜ」
虎太郎「(高速瞬き)……」
藤原「おい」
虎太郎「(滴る冷や汗)……」
藤原「ウン千万の遺産が転がり込んだんじゃねーのかよ?」
虎太郎「(『ギュルル~』と腹が鳴る)……」
藤原「おいテメー、もしや……」
と、『ブボボ!』と猛烈な放屁をブチかま
し、猛ダッシュで店外へ逃走する虎太郎。
藤原「う!」
鼻を摘み、唖然とした表情で佇む藤原。
藤原「あ、あの野郎……スカンクかよ」
と、鼻を摘んだ店員が藤原の肩を叩く。
店員「お支払いですが……」
藤原「あ、はい……」
渋い表情で財布とにらめっこする藤原。
〇藤原が住むマンション・外観(夜)
〇同・藤原の部屋・リビング(夜)
机上に『タイガーニートプー株式会社・代表
取締役・根本虎太郎』と印刷されたハイクオ
リティーな名刺の束とスマホが置いてある。
その前で憤怒に満ちた表情でソファーに腰か
けている藤原。
藤原「あんのやろお……」
スマホを取って電話をかける藤原。
藤原「……」
延々と発信中。更に憤怒に満ちた表情になる
藤原。
と、スマホが繋がる。
藤原「おいプー太郎!」
虎太郎の声「……よ、よお」
藤原「なに急に逃げてんだよ?」
虎太郎の声「え? に、逃げてなんかいない
よ……。きゅ、急に腹の調子が悪くなったから家のトイレで落ち着きたかったのさ」
藤原「はあ? トイレなんかそこら中どこに
でもあんだろーが!」
虎太郎の声「ぼ、僕、トイレに関しては自分ちじゃないとダメな体質なんだよ……」
藤原「(溜息)……。金、もうねーんだろ?」
虎太郎の声「え? ……いいや、あ、あるよ!」
藤原「強がんなよ」
虎太郎の声「……」
藤原「別に俺、お前にちゃんと謝ったし、弱み握られてる訳でもねーんだからもう付きまとうんじゃねーぞ」
虎太郎の声「……」
藤原「まったく振り回しやがってよ……」
藤原、通話をガチャ切る。
〇目まぐるしく変化する街並みの風景
〇藤原が住むマンション・外観(夜)
〇同・藤原の部屋・玄関前(夜)
真っ暗な室内。
ドアが開き、スーツ姿の藤原が入って来る。
照明の電源を入れる藤原。くたびれた表情が
照らされる。
〇同・リビング(夜)
藤原、リクルート鞄をソファーに放り投げ
る。その上に脱いだ上着を重ねる。
首の関節をゴキゴキと鳴らしながら冷蔵庫へ
向かう。
冷蔵庫からペットボトルのジュースを取り出
し、飲みながらソファーへ向かう。
と、足をゴミ箱にぶつけてゴミ箱の中身が散
乱する。
藤原、溜息を吐いて中身を戻す。
と、ゴミに交じった『タイガーニートプー株
式会社』の名刺に目が留まる。
藤原「……」
何とも言えない複雑な表情で静止したままの
藤原。
〇同・寝室(夜)
仄暗い室内。
ベッドに横になっている藤原、中々寝付けな
いでいる。
× × ×
(フラッシュ)
印刷屋の喫煙所で満面の笑みの虎太郎と肩を
並べる藤原。
× × ×
呻き声を漏らし、寝返りを打つ藤原。いつま
でたっても寝付けない。
と、ベッドから起き上がる藤原。
〇同・バスルーム(夜)
換気が行き届いたバスルームで物思いにふけ
りながら一服をしている藤原。
と、忽然と屁をかます藤原。
『プう~!』の放屁音がバスルーム内に反響
する。
× × ×
(フラッシュ)
中学校の体育館。体育据わりで両膝に顔を埋
めて赤面を隠している虎太郎(13)。周囲
の生徒から嘲笑われている。
× × ×
藤原、何か思い立った表情で煙草を揉み消
し、バスルームを出る。
〇同・リビング(夜)
机上には『タイガーニートプー株式会社』の
名刺がいくつも乱雑に放置されている。
深刻な表情でソファーに座っている藤原。ス
マホで電話をかける。
延々と呼び出し音が鳴ったまま、静止してい
る藤原。
藤原「くそ、出ろよ。あんにゃろう……」
〇同・寝室(夜)
押し入れから段ボールを引っ張り出し、その
中から卒業文集を取り出す藤原。
ページの最後尾を捲り、生徒の住所を確認し
ている。
と、根本虎太郎の名前を見つける。
藤原、決意に満ちた表情で
藤原「待ってろよ、プー太郎!」
〇八百屋「根本青果」・外観
年季の入った老舗といった感じの外装。客は
いない。
〇同・店頭
数々の色艶の良い野菜が手書きの値札と共に
陳列されている。
と、藤原がやって来る。
店をまじまじと眺める藤原。
藤原「あいつんち、八百屋だったんだな」
と、奥から八百屋の親父・根本龍太郎(63)
が顔を出す。
龍太郎「へい、らっしゃい!」
藤原「あ、やっぱり生きてた」
龍太郎「え?」
藤原「あ、何でもないです……あの、プー……いや、虎太郎君ていますか?」
龍太郎「虎太郎? 君、友達かい?」
藤原「……まあ」
龍太郎「(悲し気な表情)ああ、いるっちゃいるけど……」
〇同・内・廊下
階段の下で佇む龍太郎と藤原。
龍太郎、階段の上を指差し
龍太郎「あそこが虎太郎の部屋だよ」
藤原「ありがとうございます」
龍太郎「中卒で引きこもりのあいつに友達がいたなんてビックリだよ」
藤原「(苦笑い)はは……」
龍太郎「昔はよく店の手伝いしてくれたけど、おっかあが死んでから腹の調子が良くないみたいでよ。ずっと引きこもったまんまなんだ」
藤原「そうですか……」
龍太郎「この店もいつまでやれるか分かんねーし、親の脛かじってねーで外で働けって、結構な支度金渡してついこないだ追い出したんだよ」
藤原「……そうだったんですか」
龍太郎「そしたら訳の分かんねー髪型と服に
使っちまったみてーでよ……まったく馬鹿だよなぁ。親の顔が見てみてえよ……ってそれ、俺か!」
藤原「(苦笑い)はは……入っても大丈夫で
すか?」
龍太郎「ああ、友達なんて久しぶりだから喜ぶと思うよ」
藤原「(苦笑い)はは……」
〇同・虎太郎の部屋・外
藤原、恐る恐るドアをノックする。
何も反応がない。
藤原「おーい、プー太郎! 俺だよ、俺!」
暫く待つ藤原。
と、ドアが開き、やつれた表情の虎太郎が顔を出す。
虎太郎「よ、よお」
〇同・内
物が溢れかえり、ゴミが散乱する室内。
その中で対峙する藤原と虎太郎。が、虎太郎
は藤原を直視出来ずにいる。
藤原「……腹の調子はどうよ?」
虎太郎「……まあまあだよ」
と、名刺ケースを虎太郎に投げ渡す藤原。
虎太郎「?」
虎太郎、ケースを開けると中には『タイガー
ニートプー株式会社』の名刺の束が入ってい
る。
虎太郎「これ……」
藤原「心の準備は出来てるか?」
虎太郎「え?」
藤原「告白のだよ」
虎太郎「……」
藤原「おい!」
虎太郎「……ムリだよ」
藤原「何!?」
虎太郎「……よくよく考えてみれば、いくら見た目を見繕ったところで、中身が伴わなきゃ僕なんかただの腐ったサツマイモだよ」
藤原「おいおい何だよそれ。情熱がどーとかで何とか行けるって言ってただろ!?」
虎太郎「……」
藤原「今までの威勢はどーした?」
虎太郎「……」
藤原「太木数の子大先生の大予言を信じろよ!」
虎太郎「あれね……嘘なんだ」
藤原「は?」
と、スマホを取って太木数の子とのツーショ
ット画面を藤原に見せる虎太郎。
画面を凝視する藤原。
藤原「!」
記念写真用の顔出しパネルに顔を入れただけ
の虎太郎の姿。
虎太郎「実際に占ってもらってはいないんだ」
藤原「……」
虎太郎「色々と騙してごめんよ……」
藤原「おめーってヤツは……よくもあんなにつらつらとペテンを言えたもんだな」
虎太郎「引きこもりがちだと妄想が捗るんだ……ご、ごめんよ!」
藤原「マジでおめー、何がしたかったんだよ」
虎太郎「最初はただ謝ってほしかっただけなんだ……だけど、色々と妄想してる内に後に引けなくなって……告白はただのついでで……もう、どーでもいいのさ」
藤原「ホントについでか? 告白がメインで謝罪がついでなんじゃねーのかよ?」
虎太郎「いや……それは……」
藤原「最初は見かけ倒しでもきっかけを掴んだらこっちのもんよ。彼女を幸せにする為に人生頑張って社長にでも会長にでも成り上がればいーんだよ!」
虎太郎「……」
藤原「今度は俺の言う事聞けよ。振り回した罰だ」
虎太郎「?」
藤原「今から告りに行くぞ!」
虎太郎「ええ!?」
藤原「さっさと着替えて髪型整えろよ!」
虎太郎「そんな事言ったってしょうがないよ! まだ心の準備が……」
藤原「こーゆーのは勢いだ。当たって砕けて、
忘れりゃいーのさ!」
虎太郎「そんな……でも……」
藤原「さっさとしろよ、爆風屁こき男!」
虎太郎「(わなわなと怒りに満ちた表情)うう……」
藤原「サツマイモ大好きオナラのプーさん、人呼んでプー太郎!」
虎太郎「ぷ、ぷ、プー太郎って言うな!!!」
藤原「その意気だ! 行くぞ!」
虎太郎「お、おう!」
〇ドラッグストア「スケキヨサトシ」・外観(夕)
〇同・物陰(夕)
ハイセンスな装いの虎太郎が中の様子を不安
に満ちた表情で窺っている。
と、入口から藤原がパンパンのビニール袋を
持ってやって来る。
藤原「買い占めてやったぞ、胃腸薬!」
虎太郎「僕、もうお金ないんだけど……」
藤原「告白前祝いとして全部やるよ」
虎太郎「(あまり嬉しくなさそうな表情)わ
あ……」
藤原「お目当ての胃腸薬は今品切れ中だ。取
り寄せ手続きのタイミングで名刺を渡して
告白だぞ」
虎太郎「う、うん」
藤原「イメトレは大丈夫だな?」
虎太郎「も、もちろん!」
藤原「じゃ、練習。はい、どうぞ」
虎太郎「僕は死にましぇん!」
藤原「ちょ……」
虎太郎「あなたが好きだから!」
藤原「待てよ、ちげーよ!」
虎太郎「え?」
藤原「……まあ、いいや。当たって砕けろだ」
藤原、おもむろにポケットを弄り
藤原「ほれ、プー太郎。やるよ」
野太いサツマイモを虎太郎に渡す藤原。
虎太郎「何だよこれ? こんなもの持ってたってしょうがないじゃないか!?」
藤原「サツマイモは元気の源だぜ。おまもり
だよ」
虎太郎、不満気な表情でサツマイモを受け取らないでいる。
藤原「受け取れよ。スーパーとかじゃなく、ちゃんと老舗って感じの八百屋のヤツだぜ」
虎太郎「……僕んちのだろ」
藤原「ま、屁のメタファーでもあるこいつを
握り締めてよ、あんときの屈辱を忘れずに
気合い入れて頑張るんだ!」
虎太郎「う、うん……」
嫌々サツマイモを受け取る虎太郎。
藤原「俺らは……いや、俺は後から加勢するから安心して行ってこい、プー太郎!」
虎太郎「お、おう!」
握り締めたサツマイモを天高く掲げ、出陣す
る虎太郎。
○同・店内(夕)
客足はまばら。レジを気にしながら店内を徘
徊する虎太郎。
〇同・レジ(夕)
レジ打ちをしている乙女な雰囲気を漂わせた
店員・広瀬要(19)。
その要を奥の陳列棚の隙間からチラチラと覗
いている虎太郎。
〇同・胃腸薬コーナー(夕)
そそくさとやって来る虎太郎。
がら空きの棚を確認すると胃腸薬『ガスピタ
クール』のサンプルの箱を手に取り、レジへ
向かう。
〇同・レジ(夕)
サンプル片手にレジに並ぶ緊張の面持ちの虎
太郎。
徐々に会計の順番が近付いて来る。
虎太郎、表情と動きが硬くなる。
要「次のお客様、どうぞ」
思い切った表情で足を踏み出す虎太郎。
対面する虎太郎と要。
決意に満ちた表情の虎太郎。
要「?」
虎太郎、『ガスピタクール』のサンプルを直
角に要へ差し出す。
虎太郎「こ、こ、これ……くだ、くだ、さい」
要「あ、そちらサンプルでして、只今品切れ
となっております」
虎太郎「はあ、そ、なん、すか……」
要「お取り寄せ致しますか?」
虎太郎「(活気漲る返答)はい!!!」
取り寄せ用紙を用意して手続きに移る要。
両手を後ろに回した虎太郎、ケツポケット左
に入れたサツマイモを握り、何やらぶつぶつ
と呟きつつ、ケツポケット右に入れた名刺を
出すタイミングを窺っている。
と、横やりに目出し帽を被った強盗が刃物を
要に突き付けて来る。
要「きゃあ!」
虎太郎「!」
強盗「レジの金をよこせ!」
狼狽して立ち尽くす要と虎太郎。
強盗、刃物を更に要に近付ける。
強盗「さっさとしろ!」
恐怖におののき身動き取れないでいる要。そ
の要を正義感溢れる動物的本能の眼差しで見
詰める虎太郎。
強盗「待たせんじゃねえ!」
刃物を振りかざす強盗。
虎太郎の声「ちょ、待てよ!!!」
声の発生源を見る強盗。
そこには刀の如くサツマイモを構えた虎太郎
の姿。
強盗「何だおめー?」
強盗、じりじりと虎太郎に歩み寄る。
虎太郎「(絶叫)僕はしにましぇん!!!」
強盗・要「???」
虎太郎「(横目で要を見て)あなたが好きだ
から!!!!!」
強盗「何言ってんだおめー!」
強盗、刃物を虎太郎に向かって振り落とす。
虎太郎、サツマイモで応戦する。
が、真っ二つに切断されるサツマイモ。
虎太郎「ひいい!」
腰を抜かしてへたり込む虎太郎。
その虎太郎に刃物を突き付ける強盗。
強盗「イモで対抗するたぁ、おもしれーやつだな」
絶体絶命のピンチに完全に怯え切った虎太
郎。
と、『ギュルル~』と虎太郎の腹が鳴る。
強盗、刃物を虎太郎に向けて振りかざす。
藤原の声「ちょ、待てよ!」
強盗・虎太郎「!?」
と、横やりに藤原登場。
藤原「いいとこ見せるチャンスだ!」
藤原、ジッポーライターを虎太郎の尻付近で
点火して目配せする。
藤原「プー太郎、分ってるな?」
虎太郎「ええ?」
藤原「いつものデカいやつ、頼む!」
何かを悟ったかのような鋭い眼差の虎太郎。
藤原「よし、出せえええええ!!!」
虎太朗、強盗にキュッと引き締まった可愛い
お尻をプリッと向ける。
虎太朗「喰らえ! タイガーニート、
プー!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
虎太郎の尻から『ブボボボボ!』と大放出さ
れるの台風のような大放屁。
ジッポーの火が大放屁に引火して猛烈な火炎
となり、強盗目掛けて放射される。
炎が強盗の頭に燃え移る。
強盗「ぎょえええええ!!!」
逃げ惑う強盗、そのまま店外へ退散。
硝煙が漂う静寂の店内。
放心状態で床に這いつくばる虎太郎。
唖然とした表情で棒立ちの要。
と、虎太郎の手を取って起こす藤原。
藤原「何だかんだで、当たって砕けたな」
虎太郎「……うん」
と、思い立った様子でケツポケットから名刺
を取り出す虎太郎。
虎太郎「そういえばまだ渡せてなかった」
虎太郎、名刺を両手で要に差し出し
虎太郎「わたくし、こういう者です」
要「……」
唖然とした表情で状況を飲み込めないでいる
要。
虎太郎、ケツポケットに名刺を戻し、吹っ切れた表情で
虎太郎「当たって、砕けて……忘れよう!」
藤原「そうだよ、その調子!」
虎太郎と藤原、肩を寄せ合い店外へ向かう。
その二人を困惑の視線で追う要。
〇同・店外~物陰(夜)
出て来る虎太郎と藤原。
藤原「よくよく考えてみりゃ告白された挙句、
放屁火炎放射なんて漫画みてーな醜態見せられたら、開いた口が塞がらねーのも無理ねーわ」
虎太郎「(涙ぐみ)そんな事言ったってしょうがないじゃないか……」
と、『グゥ~』と虎太郎の腹が鳴る。
虎太郎「何か今日は一日が濃厚過ぎて超お腹空いたよ」
藤原「だと思って取っといたよ」
藤原、ポケットからこんがりと焼けた真っ二
つの焼イモを取り出す。
虎太郎「……それってさっきの」
藤原、二欠片の焼イモを虎太郎に渡し
藤原「俺の分も食っていいぜ」
虎太郎「何か食欲失せてきた……」
藤原「今日のプー太郎、サイコーにカッコ悪いけどサイコーにカッコ良かったぜ」
虎太郎「それ、サイコーに矛盾してるね」
互いに微笑み合い、友情を噛み締めている様
子。
と、物陰から頭を焦がした目出し帽の男が現
れる。
虎太郎「!」
目出し帽の男「サイコーにハゲちまったぞ。
どーしてくれんだよ」
目出し帽の男、目出し帽を取って焼けて禿げ
た頭を虎太郎と藤原に見せ付ける。
虎太郎「ん? 君は……」
〇(回想)中学校・体育館
虎太郎(13)、赤面を体育座りした両膝に
覆い被せている。
隣の藤原(14)、虎太郎を小突き
藤原「プー太郎、プー太郎!」
と、その藤原の後ろにいる斎藤進(14)も
虎太郎を小突き
斎藤「むむ、クセ者がおるぞ! おぬしだな
クセ―のは! ギャハハ!」
どっと嘲笑の的になる虎太郎。
〇(回想終わり)ドラッグストア「スケキヨサトシ」・店外の物陰(夜)
ハゲ焦げた頭の斎藤(34)を見詰めている虎
太郎。
虎太郎「……斎藤君じゃないか」
斎藤「くっそー、割りに合わねえよ。藤原も
っとバイト代弾めよな!」
藤原「ブルース・ウィリスみたいで渋いぜ」
斎藤「うっせーよ! ダイ・ハードもビック
リの爆炎ぶりだったぞ!」
虎太郎「なーんだ、一杯食わされたなあ」
藤原「でもよ、文字通り当たって砕けた訳だ
しさ、これから皆で飲みに行ってサラッと
忘れちまおーぜ!」
賛同する一同。
と、背後から駆け付ける要。
要「お客様!」
虎太郎・藤原・斎藤「!」
要、胃腸薬『ガスピタクール』を虎太郎に差し出す。
要「一箱だけ在庫ありました!」
虎太郎「ど、どうも……」
要「あの、先程は助けて頂いてどうもありが
とうございました」
深々と頭を下げる要。
虎太郎「いや、そんな……」
藤原と斎藤、虎太郎を小突いて目配せする。
何かを悟った表情の虎太郎、ケツポケットか
ら名刺を取り出して要に差し出す。
虎太郎「(満面の笑みで)わたくし、こーゆ
ーものです!」
(完)
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