○街中
スマホ画面を見ながら歩く桐生円(25)
円N「休みの日には、カフェに行きます」
○カフェ
キッチンで淹れられているコーヒーに、シナモンが振りかけられる。
円、店員に案内され、座る。
円「コーヒーのホットで」
円N「そこではよく、過去の日記を読み返すのです」
円、ノート(日記)を出し、読み始める。
円N「だから私は、まだ思っているのでしょう」
○道(夜)(日替わり)
出血し、倒れている桐生一(40)
円N「もう一度、父親に会いたい、と」
○桐生家・リビング(日替わり)
綺麗で広い部屋。桐生美紀(41)がジャケットに映ったCDが飾られている。
ピアノを弾いている円(14)。
円の傍に、美紀がいる。
美紀「違う!」
円、弾くのを止める。
円「ごめんなさい……」
美紀「そこは強く弾いちゃだめでしょう!……楽譜をしっかり読みなさい」
円「……ごめんなさい」
電話が鳴り、美紀が出る。
男の声「もしもし、そちら桐生様のお宅ですか?」
美紀「はいそうです」
男の声「私世田谷警察署の者ですが……」
円、指をさして確認しながら楽譜を読み込んでいる。
美紀「……夫が、なんですか?」
○カフェ『lin』・一階(日替わり)
カフェと雑貨屋を兼任しているような店内。
テレビ画面には一の笑顔が映っている。
アナウンサー(テレビ)「あの、ファーストデザインカンパニーの社長、桐生一が殺された事件、警察は、暴力団関係者を中心に犯人の調査を行っているようですが――」
テレビでニュースを観ながら食事をとる桐生守(39)と、鮎川千夏(36)。
○葬式会場(日替わり)
沢山の人がいる。円、美紀、守もいる。
美紀は号泣している。円は真顔である。
守は遠くから、円を見ている。
○新幹線(日替わり)
窓の外は自然でいっぱい。
円、座って勉強をしている。
円N「そう、それから一年後、母親が、ピアノの全国コンサートを行うということで、私はその間、預けられたのです」
○lin・一階
守、キッチンでコーヒーを淹れている。
円、スーツケースを手に、入ってくる。
守「(気づき)円さん、久しぶりです……兄の葬式以来ですかね?」
円「はい。宜しくお願いします」
守「じゃあ、えーと、お部屋、こっちです」
守、二階へ行く。円もついていく。
円N「その店の名前は、『lin』」
○同・外観
店の看板に『lin』と書かれている。
円N「日本語で、亜麻色、という意味です」
メインタイトル「亜麻色の髪の乙女」
○同・円の部屋(夜)
ピアノを弾いている円。
円、つっかえてしまい、指を止める。
円「……」
ノックの音。
円「どうぞ」
守、入る。
守「デザートあります、食べませんか?」
円「すみません。毎日ピアノの練習をしなさいと、母に言われているので」
守「じゃあ終わったら」
円「毎日勉強もしなさいと、母に言われているので」
守「……大変ですね」
円「でもそう、言われてるんで」
守「じゃあ勉強終わったら――」
円「多分そのころは遅いので、勉強が終わったら、日記を書いて、寝ます」
守「日記ですか……分かりました」
守、出ようとする。
守「ドビュッシーの、亜麻色の髪の乙女、でしたね、さっき弾いてたの。上手です」
円「……そんなことないです、母に怒られてばかりで」
守「そうだ円さん、明日、髪切りましょうか」
円「髪?」
守「長くないですか? 僕、知り合いに美容師がいます」
円、前髪をつまみ、
円「……母に、そろそろ切るよう言われてました」
○美容院(日替わり)
店には千夏と円がいる。
円、雑誌を読んでいる。
雑誌には、『オシャレカラーで劇的イメチェン大作戦』と言う小見出しに、
綺麗な女性の写真が載っている。
円、千夏が来るのに気づき、急いで雑誌を置く。
× × ×
千夏、円の髪をカットしている。
千夏「あなた、くせっ毛ね。私の客、くせっ毛の人が多いの。守君もそう」
円「……確かに、そうかもしれません」
千夏「お母さん、くせっ毛? 髪質は遺伝するから」
円「いえ、母はストレートです」
千夏「じゃあお父さん、どうだった? 多分そうでしょう」
千夏、円の首元に、薄い痣を発見する。
千夏「……」
円「……父のことは、あまり記憶にないです」
千夏「……そう」
× × ×
いるのは円と千夏。
円、髪色が薄茶色になっている。
円「結局何ですか? これは……」
千夏「染めたの。亜麻色に」
円「頼んでませんよね?!」
千夏「だって守君が、円ちゃんが似合うだろうから、染めてくれっていうんだもん」
守、入ってくる。
千夏「お、言った傍から」
円「守さん!」
守「千夏さん、ありがとうございます」
千夏「いいえ~」
守、千夏、円を見る。
円「母に言われてるんです! ピアニストは、黒のロングにしなさいって」
千夏「東京帰る時に、黒にすればいいじゃない。またやってあげる」
守「似合ってますよ、円さん」
千夏「うんうん」
円「……ほんと、ですか?」
守「ほんとです」
○lin・円の部屋(夜)
日記を書いている円。
円、窓に映った自分を見る。
円、髪を触ったりする。少し笑顔。
円「……」
円、首を振り、日記を書く。
円M(日記の文字)「駄目だ。ここに来た本当の目的を、忘れてはいけない」
○桐生家・リビング(夜)(回想)
いるのは円と美紀。
美紀「いい? やるべきことは三つよ。一つ、毎日お勉強をすること。二つ、毎日ピアノのレッスンをすること、三つ、これが一番大事……」
円「……」
美紀「桐生守が、お父さんを殺した証拠を、掴むこと」
(回想終わり)
○lin・廊下(夜)
歩いている円。守の部屋の前まで来る。
○桐生家・リビング(夜)(回想)
円と美紀が話している。
美紀「警察は暴力団関係って言って、まだ調査が進んでないけど、あなたの叔父さん、桐生守は犯人かもしれないの」
円「……」
美紀「円は彼のこと色々知るために、一緒にあの店で働きなさい? 証拠を掴んだら、私に連絡すること。いい?」
円、頷く。
(回想終わり)
○lin・廊下~守の部屋(夜)
円、守の部屋をノックする。
返事がないので、円、入る。
中には誰もいない。
円「……」
円、守の部屋を物色し始める。棚の上を見たり、クローゼットを開けてみたり。
円、ベッドと棚の間の溝を覗く。
円「……」
円、なにかを取り出す。
それは拳銃である。
円「……」
円、足音が聞こえ、拳銃をベッドと棚の間に戻す。
風呂上がりの守、入る。
守「円さん、どうしました?」
円「……ここで私、働いてもいいですか?」
○同・円の部屋(夜)
電話を掛けている円。
円「お母さん守さんの部屋に!――」
アナウンスの声「只今電話に出ることができません――」
円、携帯を、机に置く。
円、机上の問題集を見る。
円「……やらないと」
勉強を始める円。
○同・一階(日替わり)
コーヒーを運んでいる円。眠たそう。
円、マグカップを落とし、割ってしまう。
円「うわ!」
守の声「円さん?」
守、円に近づく。
円、守から遠ざかる。
守「円さん……?」
円「すみません、本当にすみません……!」
守「大丈夫ですよ。気にしないでください」
円「……え?」
守、座って、マグカップの破片を拾い始める。
円「(守を見て)……」
円も、守に倣う。
円「……怒らないんですか?」
守「(笑う)怒りません。円さん、もう少し、肩の力を抜いて、過ごしてください」
円「……」
守「もっとテキトーでいいんです。昼まで寝ていたり、冷蔵庫開けっ放しにしちゃったり。その位で」
円「それはいけないことだと、思います」
守「でも、ずっと円さんみたいだと、疲れてしまいます。何かしないとって気持ちより、何かしたいって気持ちが大事です」
円「……そういう守さんは?」
守「僕ですか?」
円「守さんこそ、真面目だと思います」
守「何と言うか……僕はもう、好きに生きてはいけない気がするんです」
円、手を止め、
円「その言葉、どういう意味ですか?」
客が来る。円と同年代くらいの女性とその父親である。
その二人は雑貨を見たりしている。
守「円さん頼んでいい?」
円「……はい」
円、立ち上がるが、動かない。
守「円さん?」
守も立つ。
円「……クラスメイト、です」
守「夏休みで、帰省してるんですかね。仲いいんですか?」
× × ×
教室の様子。みんな四、五人で仲良く集まってご飯を食べているが、
円は隅で、一人でご飯を食べている。
× × ×
円「……」
女性とその父親は、席に着き、メニューを見ている。
父親「(円と守に)すみません」
守「なら、僕に任せてくださ――」
円「いえ!……友達のことは大切にしなさいと、母親だけでなく、学校の先生にも、言われているので」
円、お客さん二人の元へ行く。
守、接客している円を見ている。
守「……」
父親「コーヒーとカフェラテ、どっちもホットで」
娘の方は携帯をいじっている。
娘「私アイスって言ったじゃん」
父親「あ、じゃあアイスカフェラテで」
円「かしこまりました。ホットコーヒーと、アイスカフェラテで宜しいでしょうか?」
父親「はい」
娘「は~い」
娘、円を一瞬見るが、気づかず、すぐ携帯に意識が向く。
円、守の元へ行き、
円「ホットコーヒーとアイスカフェラテです」
守「気づかれてませんでしたね」
円「髪、だいぶ変えたので」
守「髪色変えたくらいで気づかない人のこと、大切にする必要ありますか?」
守、コーヒーを淹れ始める。
守「円さん、大切にする人って、自分で選ぶものですよ」
円「……そんなこと……いいんですか?」
守「当たり前です」
○同・円の部屋(夜)
日記を書いている円。
着信が鳴り、円、応答する。
linにいる円とホテルの部屋にいる美紀との通話。
× × ×
美紀「ごめんなさいね電話出れなくて。お勉強とピアノはしてる?」
× × ×
円「うん、してるよ」
× × ×
美紀「そう、ならいいけど。それで、お父さんの件は?」
× × ×
円「……」
× × ×
美紀「円?」
× × ×
円「……あのさお母さん、私にとってお父さんって、大切な人なの?」
× × ×
美紀「円あなた、何言ってるの?」
× × ×
円「……」
○桐生家・リビング(夜)(回想)
いるのは円と一。
一「何なんだこの成績は?!」
円「ごめんなさい」
美紀の声「当たり前じゃない。守さんは、ずっと私達のことを守ってくれたでしょ」
一「学費払ってるのお前じゃないんだぞ!」
円「ごめんなさい」
美紀の声「厳しい時もあったのかもしれないけれど、それも円を思ってのこと」
一「このままじゃあ早慶にも受からないぞ!」
円「ごめんなさい」
美紀の声「そんな人が、あなたの叔父さんに殺されたのかもしれないの」
一「謝るんじゃなくてさ、結果を出せよ。結果を」
円「……ごめんなさい」
美紀「桐生守、あの人は、優しいふりしてとっても冷たい人なのかもしれないからね」
一、円に近づく。
円「……」
円、一から遠ざかる。
美紀「もし怒鳴られたり、殴られそうになったり、危ないと思うことがあったら、すぐ警察に言うのよ」
一「話聞いてたか?」
一、円の頭を掴み、後ろに倒す。
首元を椅子の角にぶつける円。
円、そのまま倒れる。
(回想終わり)
○lin・円の部屋(夜)
ホテルにいる美紀と電話している円。
円「……」
× × ×
美紀「聞いてるの?! 円!」
× × ×
円「……うん、聞いてるよ。ねえお母さん、守さんが、犯人だと思う理由って何?」
× × ×
美紀「……円くらいの年の子は、理由なんて聞かずに、親の言うことそのまま聞いて、頑張っていればいいの。犯罪者を探すってことは、絶対に正しいことでしょ?」
× × ×
円「……」
× × ×
美紀「ね?」
× × ×
円「……うん」
× × ×
美紀「あなたはこれまで通り、桐生守を調べていくの! いい?」
× × ×
円「……分かった」
○同・テラス席(日替わり)
千夏、ヘアカタログを読んでいる。
円、コーヒーを持ってくる。
円「アイスコーヒーです」
千夏「ありがと」
円、その場から動かず。
円「……」
千夏「もうちょっと短い方がよかった?」
円「千夏さんは守さんと、いつから知り合いなんですか?」
千夏「守君がこっちでお店始めた時からかな」
円「じゃあ結構長いんですね」
千夏「そうだねー」
円「守さんって最近、東京に来たことあるんですか?」
千夏、一瞬円を見た後、コーヒーを飲む。
円「千夏さん?」
千夏「……えー、そんなこと守君に聞きなよ」
円「守さんって、私の父親と仲良かったんですかね?」
千夏「どうだろーねー」
円「守さんって――」
千夏「急にどうしたの?」
円「……急、でしたね確かに」
千夏「……あなたはどこまで知ってるの?」
円「……え?」
千夏「何が知りたいの?」
円「……」
千夏「守君の、何が気になる?」
円「……」
千夏「誰しも隠したい秘密はある、母親なら尚更ね」
円「母親?」
千夏「……実はね」
円「……」
千夏「守君は、あなたのお母さん、桐生美紀さんと、昔付き合ってたの」
円「……そうなんですか?!」
千夏「(笑い)そうそう。二人、仲良かったんだけど、まあ、桐生一はお金もあるし、顔もいいしで、美紀さん、とられちゃったんだねー」
円「始めて、知りました」
千夏「それで二人はすぐ結婚して、それからもうほんとすぐに、あなたが生まれたの」
千夏、守が店内から微笑ましく二人を見ているのに気づく。
千夏、守に手を振る。
円「……だからお母さん……」
○同・一階(夜)
食事中の円、守。
テレビでは、殺人事件のニュースが映っている。
円、守をチラチラ見ている。
守「変えよっか」
守、バラエティ番組にテレビのチャンネルを変える。
円「……」
守、テレビを見て笑う。
円「守さんは、誰かを殺したいって思ったこと、ありますか?」
守「殺したい、ですか?」
円「はい」
守「……うーん、まあ、ありますよね」
円、一度守を見る。
目が合っている、円と守。
バラエティ番組内の笑い声。
守「円さんはありますか?」
円「……ないですね。誰かを殺したいなんて、絶対にいけない気持ちじゃないですか」
守「うん。その通りだ」
守、自分の食器を下げる。
守「円さん、コーヒー要る?」
円「まだコーヒーは飲んではダメだと、母に言われています。それに、今日の分の勉強も、しなくてはなりません。あ! そうだ、ピアノの練習も」
円、急いで食器を流しへ持っていく。
守「で、飲みます?」
円「いえ」
円、階段へ向かう。
守「……円さんを見ていると、僕は悲しくなってきます」
円「(止まり)私をですか?」
守「もっとしたいように、してください」
円「……」
守「なになにしなきゃ、なになにしちゃダメ、本当にするべきこと、しちゃ駄目なことはあるかもしれません。けど、少しくらい何か願ったって、いいじゃないですか」
円「……」
守、円の元へ行き、円の手を握る。
守「円さんにはこれから、そういう風に、生きてほしいんです……!」
守、泣き出す。
円「守さん? ちょ……大丈夫ですか?」
守「……すみません。情けない」
円「……でも、そう言われても、分かりません。今まで他人に何か願ったこと、多分、ないので」
守、キッチンから、コーヒーの豆を取り出し、円に見せる。
守「この豆、エチオピアのものです。豆の中でも、香りのいいものです」
円「(嗅ぎ)いいですね、すごい」
守「この豆で作ったコーヒー、飲んでみたいと思いますか?」
円「まだコーヒーは飲んではいけないと、母親に言われて――」
守「円さんが、飲んでみたいと思いますか?」
円「……」
円、頷く。
守「ちょっと、待っててください」
× × ×
挽かれているコーヒー豆。
× × ×
机上に置かれた二つのマグカップ。中はコーヒー。その隣にチョコレートもある。
円と守が座っている。
守「どうぞ」
円「……いただきます」
円、少し、コーヒーを飲む。
円「……」
守「どうですか?」
円「……おいしいです。おいしい……!(飲む)」
守「円さんは、舌が大人ですね」
円、また飲む。
円「……良かったです。少しだけ、悪いことしてみて」
守も飲む。
守「少しだけしてはいけないことは、大抵しても大丈夫なことです」
円「……(また飲む)」
守「円さん、だから、ここにいる間だけでもいい、僕はあなたに、もっとわがままになってほしいです」
円「……私の目の前で泣いた人は、守さんで三人目ですね」
守「え?」
円「一人目は私の母です。母はよく泣きますが、初めて見たのは、私のピアノのコンクール。私は納得する発表ができたのですが、優勝することができなくて、母は泣いていました」
守「……」
円「二人目は私の亡き父です。中学受験で第二志望に合格した時。私はその学校が嫌いではなかったのですが、第一志望の御三家に行けなければ終わりだと、父は泣いていました」
守「……」
円「そして三人目が、守さんです」
守「……円さんの前で泣いたのは、僕が三番目かもしれません。だけど、円さんの為に泣いたのは、きっと僕が初めてです」
円「……それはどういう、自慢ですか?」
守「……さあ」
守、少し、笑う。
円、つられて笑う。
円が口を着けたマグカップ、コーヒーの量は、だいぶ減っている。
○同・円の部屋(夜)
円、日記を書き終わる。
円M(日記の文字)「だからでしょうか、人に泣かれて嫌な思いをしなかったのは、今日が初めてでした」
円、携帯を手に取る。
○同・守の部屋(夜)
守、先程のコーヒーとチョコレートを食べながら携帯を見ている。
○ホテルの部屋(夜)
ホテルにいる美紀とlinにいる円の通話。
美紀「どうしたの円? 何か分かった?」
× × ×
円「多分守さん、犯人じゃないよ」
× × ×
美紀「どうしてそう思ったの?」
× × ×
円「人の為に涙を流す人が、人を殺せると思う?」
× × ×
美紀「円? どういうこと?!」
× × ×
円「私思えない」
○lin・守の部屋(夜)
守、チョコレートをベッドと棚の溝に落としてしまう。
円の声「これからも頑張って調べてみる。でもね」
守、その溝に潜る。
守「……」
守、なにかを取り出す。
それは、亜麻色の長い髪の毛である。
円の声「守さんは、そんな酷い人じゃない」
守「(髪の毛を見て)……」
○同・一階(日替わり)
客がちらほらいる。
円、その中の、小学生くらいの少女と、その父親を見ている。
父親、何かプレゼントらしきものを少女にあげている。
父親「誕生日おめでとう」
喜ぶ少女。
円「(その光景を見て)……」
守、円の傍に来る。
守「円さん、誕生日、近いですよね」
円「まあ、はい」
守「何か欲しいものありますか」
円「私誕生日、ここを出てからですよ」
守「少し早めの、ということで」
円「……でも私、そういうこと、聞かれたことないので……」
守「……」
円「いや、なので考えます、欲しいもの。そして分かったら、守さんに言います」
守「はい、宜しくお願いします」
円、娘連れの父親を見る。
円「守さん……私一つ、したいこと、見つかりました」
と言い、円、上に上がる。
守「……円さん?」
少しすると、上からハッピーバースデイのピアノのメロディが聞こえる。
それを聞いた娘と父親、笑顔になる。
守も嬉しそう。
○同・一階(夜)(日替わり)
コーヒーを淹れている守。
円、座っている。
守、バラエティ番組を見て、笑う。
円も微笑む。
円「……あの」
守「はい」
円「私にも、いいですか」
守「そのつもりでしたよ」
守、二つのマグカップにコーヒーを注ぐ。
○同・テラス席(日替わり)
千夏がいる。ヘアスタイルの雑誌を読んでいる。
円がアイスコーヒーを持ってくる。
円「アイスコーヒーです」
千夏「ありがと」
円も雑誌を見ている。
円「千夏さん」
千夏「なあに?」
円「将来私が、自由に髪を染めれるようになったら、またお願いしますね」
千夏、円を見て、
千夏「なんか、いい顔するようになったね」
円「ありがとうございます」
円、中に戻る。
千夏、円の後ろ姿を見ている。
千夏「……」
○同・庭(夕)(日替わり)
庭の植物を見ている円。
守が来る。
守「今日は勉強、しなくていいんですか?」
円「はい、今日は、気分でないので……だめでしょうか?」
守「いいと思います」
円「でも、教科書でしか見てこなかった植物を、こうやって近くで見るのもいいですね」
守「それも立派な勉強です」
円「はい」
守「円さん、あと二日じゃないですか、ここにいるの」
円「二日……確かに」
守「明日、お店休みにして、どこか、出かけましょう」
円「店空けちゃっていいんですか?」
守「いいんです。ここら辺は、面白い場所が沢山あります」
円「……」
守「行きたいですか?」
円「……はい!」
○美術館(日替わり)
教会のような作りで、奥にピアノがある。
そこを歩く円と守。
その荘厳さに圧倒されている円。
円「……」
○同・カフェ
コーヒーとサンドイッチを食べている円と守。
円「ああいうものを見ると、自分の悩みがちっぽけに思えます。感動です」
守「連れてきて正解でした」
円「守さん。ありがとうございます」
守「はい」
円「今日だけじゃなくて、この夏のことに、お礼を言いたいです、ありがとうございます。少し、心が温かくなった気がします」
守「……そうですか……うん」
守、涙目になっている。
円「……そんなに凄いこと、私言いました?」
守「……ちょっと、つい……」
円、コーヒーを飲む。
円「このコーヒー」
守「……お口に合いませんか」
円「美味しいです、でもうちの店よりは、美味しくないです。何か変わっているのかも」
守「変わっているのはうちの方なんです。うち、隠し味があって」
円「隠し味?」
守「コーヒーに、シナモンを入れてるんです」
円「シナモン」
守「少しだけ、風味が変わるんです」
○湿原
緑が広がっている。
歩行者用の道を歩いている円と守。
円と守の向こうから、小学生くらいの少女とその父親が歩いてくる。
守「(円に)あ、誕生日の」
円「そうですね」
守と円、親子、両者に気付き、軽く会釈をして、すれ違う。
守「円さん、誕生日、欲しい物決まりました? 何でも言ってください」
円「そうですね……何でもは、無理です」
守「いえ、本当に」
円「守さん、私の欲しいものは、もう手に入らないものです。だから尚更、欲しいのかもしれません」
守「……なんですか?」
円、後ろの、親子連れを見る。
円「ああいうのです」
守「……」
円「親、特に父親の、なんというか、愛、みたいなものです」
守「……」
円「だから誕生日プレゼントは、無しで大丈夫です」
守「……そう、ですか」
円、前を向き、歩き始める。
円と守の歩く後ろ姿。
○lin・円の部屋(夜)(日替わり)
スーツケースが広げられており、そこに荷物が入っている。
日記を書いている円、書き終わり、日記をスーツケースに入れる。
円は気づかないが、日記を閉じた風で、机上に落ちていた髪の毛が床へ落ちる。
それは黒くて短い髪の毛だ。
○同・外(朝)(日替わり)
スーツケーズを持って歩く円、守に手を振っている。
守は手を振り返す。
守、円が見えなくなる。
守「……」
守、linに戻る。
○美容院
黒い髪の毛になっている円。
その傍に千夏がいる。
千夏「……どう?」
円「綺麗に戻りましたね」
千夏「ちょっと細かい所切ろうか」
千夏、円の髪を切っていく。
千夏「守君は優しかった?」
円「はい、とっても。冬休みにも、また行きたいです」
千夏「冬か、そのころにまだ、捕まってないといいけどね」
千夏、ドライヤーを円にかける。
円「……」
円「え、誰にですか?」
千夏、聞こえず、ドライヤーを止める。
円「誰が誰にですか?」
千夏「……彼きっと、クロよ」
円「見たら分かります」
千夏「髪のことじゃない」
千夏、円の髪を整え始める。
円「……」
千夏「……あなたには、言わないといけないって、思ってたの」
円「何がですが?」
千夏「あなたも疑ってるんでしょう?」
円「……だから何を?」
千夏「守君のこと。あなたが守君のことを聞いてきたとき、そう思ったの」
円「……」
千夏「守君はね……」
× × ×
拳銃を持って自分の部屋を出る守。
千夏の声「きっと、あなたの父親を殺してる」
× × ×
円「……守さんはそんなこと……しません」
千夏「事件の日、私お店行ったらね、守君、珍しくいなかったの」
円「……」
千夏「その日から、急に真面目になって、なんか性格が変わったっていうか」
円「……」
千夏「で、私聞いてみたの、あの日どこにいたかって」
円「そしたら……?!」
千夏「ずっとお店にいましたよって」
円「……」
千夏、円の髪を整え終わり、
千夏「完成。駅まで送ってくよ」
○同・外
円、千夏を待って立っている。
円、携帯の電話帳の画面を見ている。『お母さん』と画面にはある。
円「……」
円、母親から電話が来る。
円、驚くも……応答する。
円「もしもし」
美紀の声「円? ごめんね今日またちょっと用事入って、ご飯遅くなるかも。今日の分の勉強はしてね、ピアノはご飯の後にね」
円「うん……あのねお母さん……お母さんに、言わないといけな――」
円、千夏の車が来るのに気付く。
美紀の声「何? 聞こえないんだけど」
円「……家で、話すね」
○車内
運転している千夏。助手席には円。
千夏「私はね……」
円「はい」
千夏「さっきの私の話、聞かなかったことに、してもいいと思う」
円「……それは、でも、ダメだと思います」
千夏「うんもちろん別に、警察とか、美紀さんに言っても良いと思うけど」
円「私にそんな、背負わせないでください……」
千夏「ごめんね」
円「……」
千夏「でもね、あなたが選ぶのが、一番良いと思うの」
円「そんなはず、ないです」
千夏「だって守さんは、あなたを守るために、一さんを殺したのよ」
円「……私? 守さんは、お母さんを奪われたから、殺したんじゃないんですか?」
千夏「まだ首元に薄い痣、あるでしょう、あなた」
円「……」
千夏「知ってたのよ、守君、あなたが父親から、ひどい目に遭ってること。そのことについてしょっちゅう、愚痴言ってた。それも、事件の日までの話だけど」
円「……じゃあ……本当に、私の為に?」
千夏「きっとそう。愛していたのね。あなたのこと」
○新幹線
座っている円、外を見ている。
窓の外、都会っぽくなっている。
円M(日記の文字)「いけないことだとは、分かってた」
○桐生家・リビング(夜)
美紀と円、対峙して座っている。
リビングには、美紀と一の写真がある。
円「お母さん、私あの後も色々調べたけど、殺したなんて証拠は、一切出てこなかった」
円M(日記の文字)「それでも私は、こうしたかった」
○同・円の部屋(夜)
日記を書いている円。
円M(日記の文字)「大切にしてくれた人を大切にしたいと、私自身が、思ったからだ」
円「(ペンを止め)……」
円、再び、日記を書き始める。
円M(日記の文字)「でも……何で?」
美紀の声「円、レッスン!」
円「……」
○同・リビング(夜)
円が来る。
円M(日記の文字)「何で守さんは、私のことをそこまで、思ってくれていたの?」
円、リビングの、一の写真を見る。
円「……ねえお母さん、お父さんって……髪の毛、真っすぐだった?」
美紀「そうね……あの人は、綺麗なストレート。昔お母さんが、切ってあげたこともあるの」
円「……だよね……」
美紀「それがどうしたの?」
円「お母さん、ごめん、ちょっと待ってて」
円、リビングを出る。
美紀「円?」
○同・廊下(夜)
小走りをする円。
○同・部屋~玄関(夜)
円、入り、日記に何か急いで書き込む。
× × ×
千夏「守君は、あなたのお母さん、桐生美紀さんと、昔付き合ってたの」
× × ×
日記に何か書き込んでいる円。
× × ×
千夏「二人、仲良かったんだけど、まあ、桐生一はお金もあるし、顔もいいしで、美紀さん、とられちゃったんだねー」
× × ×
まだ何か書き込んでいる円。
× × ×
千夏「それで二人はすぐ結婚して、それからもうほんとすぐに、あなたが生まれたの」
× × ×
まだ何か書き込んでいる円。
× × ×
千夏「あなた、くせっ毛ね。私の客、くせっ毛の人が多いの。守君もそう」
× × ×
まだ何か書き込んでいる円。
× × ×
千夏「髪質は遺伝するからね」
× × ×
円、書き終わる。
日記には、『守さんは私の父親?』と殴り書きされている。
円「……」
円、ノートの次の次のページくらいに何か文字が書かれているのが、うっすらと透けて見え
る。
円、そのページを開く。
ボールペンで文字が書かれている。
円、それを読んでいる。
美紀の声「円ー?!」
円、まだ読んでいる。
円、日記をリュックに入れる。
美紀、入る。と同時に、円は出る。
美紀「ちょっと」
円、そのまま玄関へ行き、靴を履く。
美紀「円?! ピアノは?! 駄目でしょうこんな時間に!」
円、家を飛び出す。
守の声(日記の文字)「円さんはこれを読んでいるころ、東京に戻っていると思います」
○東京駅・構内(夜)
そこを小走りの円。
守の声(日記の文字)「しかしそのころには、僕はもうあの店にはいないでしょう」
○lin・守の部屋(夜)(回想)
守、ベッドと棚の間の溝から亜麻色の髪の毛を取り出す。
守の声(日記の文字)「円さんは、僕が兄を殺めたと、疑っていますよね。僕はある日、そう確信しました」
守、その髪の毛を見ている。
守の声(日記の文字)「そう、その通り。僕は裁かれるべき人間です」
ベッドと棚の間の溝に拳銃が落ちている。
守の声(日記の文字)「でも、その前に、あなたに伝えたかった。僕のわがままを、どうか許してください」
(回想終わり)
○新幹線(夜)
円、座って日記を読んでいる。
守の声(日記の文字)「僕と美紀さんは昔、恋人同士でした。僕は真剣に、結婚を考えていました。しかし、それは叶いません」
○lin・円の部屋(日替わり)
円の日記に文字を書いている守。
守、黒の短い髪の毛が机に落ちるが、気付かない。
守の声(日記の文字)「ある日僕が、いきなり振られてしまうのです。それはいいのです。本題はここからです。兄と美紀さんが結婚してすぐ、あなたが生まれました」
○結婚式場(日替わり)
奥に一(27)と美紀(27)、円(1)が座っている。
守の声(日記の文字)「その姿を僕が初めて見たのは、あなたが一歳のころ。兄と美紀さんの結婚式の時です」
少し離れて円を見ている守(25)。
守の声(日記の文字)「あなたは僕にそっくりだった。その時僕は、今まで少し予感していたことが、確信に変わりました……あなたは僕の、子供であると」
守「……」
守の声(日記の文字)「そんなこと、結婚したばかりの彼らに言いたくありません。僕はあなたを、陰で見守ることにしました」
守、ワインのおかわりを貰う。
○桐生家・リビング(夜)(回想)
一、円の頭を掴み、後ろに倒す。
首元を椅子の角にぶつける円。
守の声(日記の文字)「しかし、僕は気づいてしまったのです。あなたが兄から、ひどい目に遭っていたことを。節目節目にあなたに会う時、僕はあなたの体の痣に、気づいていました」
円、そのまま倒れる。
(回想終わり)
○駅(夜)(日替わり)
乗り換えをしている円。
守の声(日記の文字)「僕は兄に言いました。円さんにそんなことしてはいけない。兄は否定しますが、僕は何回も言いました。そしてある日、兄は答えました。俺は警察に友達がいるから、問題になることはないと。僕はその時、決断したのです。このままだと、円さんが本当に危ない」
× × ×
血を出し、道に倒れている一。
守の声(日記の文字)「丸一年計画を立てて、僕はそれを、実行に移しました」
× × ×
乗り換えをしている円。
守の声(日記の文字)「それまでは潔く、自首をしようと思っていました」
○葬式会場(回想)
沢山の人がいる。円、美紀、守もいる。
美紀は号泣している。円は真顔である。
守は遠目から、円を見ている。
守の声(日記の文字)「しかしそこで、僕の最後の欲望が、湧きあがります……円さんと、一度だけでも、家族らしいことをしてみたい」
(回想終わり)
○警察署・部屋(夜)
警官に銃を渡す守。
守の声(日記の文字)「奇跡的にも、その欲望は叶いました……だから僕は、この期間が終わったら、裁きを受けようと思います」
○田舎道(夜)
円、息を切らして走っている。
守の声(日記の文字)「僕はもう二度と、あなたには会いたくないです。円さんのことは愛しています。でも、こんな罪を犯してしまった僕が、父親としての顔を、あなたに見せられるはずが、ないからです」
× × ×
バラエティ番組を見て、一緒に笑っている守と円。
守の声(日記の文字)「この数週間、本当に幸せでした」
× × ×
美術館のカフェで座っている円と守。
守は涙目である。
守の声(日記の文字)「幸せすぎて、感極まってしまうことも、多々ありました」
× × ×
息を切らして走っている円。
守の声(日記の文字)「最後に、そんな夢にも見たことを叶えさせてくれて、ありがとうございます」
○lin・外(深夜)
へとへとの状態で店に着く円。
守の声(日記の文字)「心から、円さんの幸せを祈ります。父より」
○同・内(深夜)
円、『守さん!』と言いながら守を探している。
円N「それから私は願っている。今も守さんが、どこかの喫茶店で、コーヒーを淹れていることを」
中に守はいない様子。
○カフェ(日替わり)
円の机上にあるコーヒー。
円(25)、日記を広げ、座っている。日記には守の文字が書かれいている。
円N「だから私はこうも毎週、様々なカフェに、行ってしまうのだろう」
円、日記を閉じ、カバンにしまう。
円、コーヒーを飲む。
円「……」
円、もう一度、飲む。
円、マグカップを持ったまま、コーヒーを見ている。
店員、円が気になり、声をかける。
店員「大丈夫ですか?」
円「……これ、シナモンが入っていて、美味しいですね」
店員「……ありがとうございます」
店員はその場から去る。
円、コーヒーを飲みきる。
円、キッチンの方を見る。
円、一人の男性の後ろ姿を目に留める。
円「……」
その男性、ハッキリとは分からないが、守(50)の姿に見える。
円、キッチンに声をかけようと口を開くも……止める。
円「……」
円、日記をちぎり、そこに何か書く。
円、その紙を机上に置き、お会計に立つ。
机上の紙には、『誕生日プレゼント、ありがとう』と書かれている。
おわり
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