水月と蛍の住む森 ドラマ

 一家心中で生き残った早苗は、転校し心に負った闇を隠しながら中学校に通っていた。 ある日、深い森の中で見た湖面に映る月と蛍。そこから事態が大きく変わる。  秘密にしていた事件が明るみにされてしまう。心無い生徒達に再び暗い闇に突き落とされた早苗の心を救う事は、できるのだろうか。 ※この物語は、実際に起きた事件を基に…… 
水田 悦夫 30 0 0 06/21
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第一稿

 人 物

竜崎 純平(14/18)中学生・主人公
竜崎 敏夫(44)純平の父
竜崎 優子(40)純平の母
立花 早苗(13)中学生
立花 道義(45)早苗の父
立花 ...続きを読む
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 人 物

竜崎 純平(14/18)中学生・主人公
竜崎 敏夫(44)純平の父
竜崎 優子(40)純平の母
立花 早苗(13)中学生
立花 道義(45)早苗の父
立花 すみれ(40)早苗の母
立花 杏里(8)早苗の妹
浜崎 諒子(43)早苗の叔母
浜崎 順次(50)諒子の夫
山崎 藍子(38)担任教師
横山 文江(38)家庭科教師
堤  健一(14)中学生
金山 美穂(14)中学生
片桐 正幸(14)中学生
警察官A
警察官B
男子A(14)中学生
男子B(14)中学生
女子A(14)中学生
医師
看護師
警察官

○住宅街・道路(夜)
   街路灯に照らされ薄暗く人気の無い道路。
   素足の立花早苗(13)が息づかい荒く必死に走っている。
早苗「痛い!」
   足を止め苦痛の顔。
   足元を見る早苗。
   道路に転がる小石。
   何かを思い出したように、ハッとした表情で振り返る早苗。
早苗「杏里……」
   遠くから聞こえる救急車サイレンの音。
   来た道を戻り走る早苗。

○池谷南中学校・全景(朝)
   校舎の裏には、山と森が広がる。
   花壇には、チューリップが咲いている。

○同・校門前(朝)
   校門の銘板『池谷市立池谷南中学校』。
   学生服姿の生徒たちが雑談をしながら校門から入って行く。
   スーツ姿の浜崎諒子(43)が制服姿の早苗と並んで校門に向かい歩いている。
   校門の前で立ち止まる早苗。
   諒子は、校門を通り過ぎて足を止め振り返る。
諒子「早苗どうしたの」
早苗「(下を向く)……」
   諒子が早苗の元へ寄る。
諒子「大丈夫? 無理しなくていいんだよ」
早苗「(顔を上げ)大丈夫、私やっぱり行くわ」
   校門から中へ入って行く早苗。
   慌てて早苗の横に並ぶ諒子。

○同・2年B組・中(朝)
   生徒達、思い思いに雑談している。
   教室後方窓際の席は空いている。
   教室の後ろから竜崎純平(14)が入ってくる。
   窓際の空いた席を横目に見ながら隣に座る純平。
   右側席に座っている堤健一(14)が純平を見て、
堤「よー、純平おはよう」
純平「おはよう」
堤「なあ、純平、そこ」
   窓際の机を指さす堤。
堤「その席、転校生が来るって噂だぜ」
純平「へー、そうなの。よく知ってるね、お前」
堤「まーな、急に机増えるから、皆『転校生がくるからじゃねー』って言ってるし」
純平「ふーん」
堤「なー、純平。もしかして女の子かもよ。どうする? 女の子だったら」
純平「別に……どーもしないし。女の子じゃないかもしれないじゃん」
堤「(真剣な顔で)ぜってー女の子だって」
純平「(不機嫌な顔)だからどうしたの」
   チャイムの音
   教室前方の戸が開き山崎藍子(38)が入ってくる。
   後ろから早苗が付いてくるが入口の前で下を向いたまま止まる。
   教壇に立つと藍子。
藍子「みなさん。おはようございます」
生徒達「おはようございます」
藍子「今日から、このクラスに転校生が入る事になりました」
藍子が早苗を手招きして、
藍子「早苗ちゃん入って」
   下を向いたまま早苗が教壇の横まで進み生徒の方を向く。
藍子「立花早苗ちゃんと言います。じゃあ早苗ちゃん自己紹介して」
   藍子が早苗の方を見る。
   早苗は、下を向いている。
早苗「……」
藍子「……そうね。早苗さんは、この町に引っ越してきたばかりでお友達もいません。少し大人しい子なので早くお友達ができるよう、皆さんからも優しく接してやってください。じゃあ、早苗ちゃん。後ろの空いている席に座って」
堤「(小声で)おい、純平やっぱ女子じゃん」
   堤は、嬉しそうな顔で純平の顔を覗く。
純平「(小声で)ああ、そうだな」
   純平が歩いてくる早苗を見る。
   席に腰掛け窓から外を見る早苗。

○同・2年B組・中
   生徒達、思い思いに雑談したり教室の出入りをしている。
   堤と純平が席に座っている。
堤「なあ純平、お前のお母さん病気どうなの?」
純平「……あんまり良くない。今日、手術なんだ」
   机の上に手を組みその手を見つめる純平。
堤「そっかー、心配だな。いいの? 病院行かなくて」
純平「うん、授業終わったら行く」
堤「そうなの……俺もお見舞い行こうか?」
純平「ありがとう。もう少し良くなったら、見舞いに来て」
堤「ああ、そうする」
   早苗は、席に座り外を見ている。
   金山美穂(14)が早苗に歩み寄る。後ろから四人の女子が付いてくる。
堤「(小声で)おい、純平。ほら、あれ。金山が立花さんに声かけるぜ」
   堤と純平がその様子を見る。
美穂「立花さん始めまして。私、金山美穂。このクラスの学級委員です。(微笑みながら)よろしくね」
早苗「(下を向き)……」
美穂「どこの学校から転校してきたんですか?」
早苗「……」
   美穂は、微笑みながら早苗を見ている。
   クラスの生徒たちは、雑談が止まり無言で美穂と早苗を見ている
美穂「立花さんは、おとなしいのね。がんばって早くお友達ができるといいね」
   教室から出ていく美穂。
   四人の女子は、ひそひそつぶやきながら、その後を付いて出て行く。
   見ていた生徒たちは、見るのを止めて雑談を始める。
   堤と純平が目を合わせ、
堤「だめだなこりゃ」
   窓から外を見ている早苗。

○富沢中央病院・全景(夕)

○同・手術室前・通路(夕)
   手術室前通路には、長椅子が置かれている。
   手術室ドアの上には『手術中』のサインが点灯している。
   スーツにネクタイ姿の竜崎敏夫(44)が手を組み長椅子に座っている。
   『手術中』のサインの点灯が消える。
   ドアが開き中からストレッチャーが看護師に押されて出てくる。
   ストレッチャーには、竜崎優子(40)が横たわっている。
   敏夫が立ち上がり優子の顔を覗き込む。
敏夫「優子……」
   優子の意識は、無い。
敏夫「看護師さん、妻の具合は、どうなんでしょう?」
看護師「もうすぐ先生が出てきますのでこちらでお待ちください。先生から詳しい説明があります」
   ストレッチャーは、看護師に押され隣の集中治療室に入って行く。
   不安そうに見送る敏夫。
   手術室から手術着にマスク姿の医師が出てくる。
   敏夫が医師を見て、
敏夫「先生、妻は、どうなんでしょう」
医師が敏夫の前に立ち止まりマスクを取る。
医師「腫瘍は、出来る限り取り除きました。しかし患部への浸潤が広範囲に及んでいまして、奥さんの体力がかなり落ちています」
敏夫「先生! 妻は、大丈夫なんですか」
医師「今は、危険な状態です。しばらく集中治療室で様子を見ましょう」

○同・集中治療室・前(夕)
   ドアには、『集中治療室』のプレートが付いている。
   集中治療室前の通路に置かれた長椅子に俯くように座る敏夫。
   学生服姿の純平が息を切らして駆け寄る。
純平「お父さん、どう? お母さんの具合」
   敏夫が立ち上がり、
敏夫「ああ、さっき手術終わったばかりだよ。大丈夫さ。手術は、無事成功した」
純平「ほんと? 良かった。もう大丈夫だよね」
   敏夫が純平の肩をそっと叩く。
純平「ねえ、治療室入れないの?」
敏夫「ああ、会っていくか。でも今お母さん意識が無いんだ。お母さん少し体力が落ちていて……」
純平「そうなの」
敏夫「ほらこれ」
   敏夫が使い捨てのマスクをポケットから出し純平に渡す。
敏夫「これ付けなきゃ入れないんだ。カバンは、ここに置いて行け。それと、あまり長くは、面会できない」
純平「そうか、せっかく来たのに……」
敏夫「すまんな、遠くから。車で迎えに行ければよかったんだけど」
純平「大丈夫だって、バスに乗ってきたから」
敏夫「純平、今日は、俺、帰れないから、帰りもバスで帰れるか?」
純平「えー、お父さん帰らないの。どうして?」
敏夫「いや、お母さんまだ意識戻らないだろ。戻った時だれも居ないと寂しいかなって」
純平「じゃあ、僕も居る」
敏夫「だめだ、お前、明日学校だろ。お母さんは、心配ないから今日は、帰れ」
純平「でも……じゃあ顔だけ見て帰る」
敏夫「ああ、わざわざ来てくれたのにすまんな」
純平「……」
   敏夫と純平がマスクを付け集中治療室ドアを開けて中に入って行く。

○同・集中治療室・中(夜)
   集中治療室は、カーテンで仕切られたベットが並んでいる。
   隣接したスタッフルームとつながっていて看護師が行き交っている。
   ベットに意識の無い優子が横たわる。
   バイタルサインモニタが繋がれ口には酸素マスク、腕には、点滴がされている。
   バイタルサインモニタの音。
   ベットの脇に立つ敏夫と純平。
   不安な顔で純平が優子の手を握る。
純平「お母さん……」
   敏夫が純平の肩に手を置き、
敏夫「大丈夫だよ、純平」

○竜崎家・全景(未明)
   隣接する住宅街の中にある2階建ての住宅。
   門には、『竜崎』の表札があり、玄関ドアの照明がついている。
   玄関の脇には車庫がある。
   2階窓は、カーテンが閉められ電気スタンドの明かりが漏れている。

○同・2階純平の部屋(早朝)
   部屋は、6畳ほどのフローリング。窓際に机が置かれ脇には、ベットがある。
   暗い部屋には、勉強机の電気スタンドが点灯して机を照らしている。
   その、勉強机の上で突っ伏して寝ている純平。
   窓のカーテンに薄日が差しはじめる。
   薄っすらと目を開け起き上がる純平。
   眠い目を擦りながら、
純平「あー、いつの間にか寝っちゃった……」
   背伸びして、あくびする。
純平「今何時だ?」
   机の上の目覚まし時計を見る。
   時計は、4時50分を差している。
   車の音。
   カーテンを少し開けて道路を見る。
   玄関脇の車庫に車が止まり中から敏夫が降りて歩いてくるのが見える。
純平「あっ、お父さんだ」
   玄関の開閉音。
   純平が立ち上がり部屋を出て行く。

○同・ダイニング(早朝)
   ダイニングには、電気が灯されている。
   ダイニング奥には、階段がある。
   テーブルとそれを囲む椅子が4脚並べられラップをした食事が並べられている。
   敏夫がネクタイを緩めながらテーブルの前に立っている。
   階段を下りてくる純平。
純平「おかえりなさい」
敏夫「おー、何だ、お前、起きてたのか」
純平「うん、心配で待ってたらいつの間にか寝っちゃった。今、目が覚めた処」
敏夫「すまんな、心配かけて。お母さん意識戻ったよ。これで峠は、超えた。もう大丈夫だ」
純平「峠? そんなに悪かったの」
   敏夫が椅子に腰かけて、
敏夫「ああ、でも、もう大丈夫だ。お父さん疲れたよ。少し、仮眠取ってからまた病院行くから。お前、時間になったら学校へ行きなさい」
純平「僕も病院行こうか?」
敏夫「だめだ。お前が学校休んだら、お母さん心配しちゃうだろ。お母さんの事は、大丈夫だから学校だけは、行きなさい」
純平「そうか……わかった。おかず温めるね」
   純平は、ラップの掛かった料理を手に取り電子レンジに入れる。
敏夫「ありがとうな純平」
純平「いいよ、気にしないで。僕には、これ位しかできないから」
敏夫「病状が安定したら普通病棟に移る。そしたら自由に面会できるから、もう少しの辛抱だ」

○池谷南中学校・2年B組・中(朝)
   生徒達が、雑談や教室の出入りをしている。
   早苗の席は、空いている。
   堤と純平が席に座っている。
堤「なあ純平、立花さんと話したことある?」
純平「無い」
堤「何か、おかしくねー。もう2週間経つけど、立花さんが話をしている所ろ見た事無いもんね」
純平「んー、単に人見知りなだけじゃないの。転校してきたばかりだし」
堤「そうかねー、何か影があるって言うか、皆が変なあだ名付けようとしてるみたいだぜ」
純平「そうなの」
   チャイムの音
   早苗が教室に入ってきて席に座り外を見る。
   その早苗を見る純平。

○同・2年B組・中
   生徒達が、席に座り教科書を広げている。
   藍子が教壇に立ち英語の教科書を広げて読んでいる。
   純平が教科書を見ている目を早苗の方に向ける。
   早苗は、教科書を広げたまま机に置いて開いた窓から外を見ている。
   窓の外は、曇り空の下、校庭で体育の授業をしている生徒たちが見える。
   早苗を見ている純平。
藍子「純平君、次読んで」
純平「(驚いた顔)あっ、はい。えーと……」
   純平が教科書を持って立ち上がる。
   教科書を見る目が泳いでいる。
   堤に小声で、
純平「ねえ、どこ?」
堤「しょーがねーな。ここだよ」
   堤が持っている教科書を指で差す。
   他の生徒達が薄笑いをしながら純平を見ている。
   純平は、ちらっと早苗を見る。
   早苗は、外を見ている。
純平「(小声で)なんなんだよー……」
   教科書を両手で広げ、
純平「This pen was ……」
美穂「はい」
   手をあげて立ち上がり、
美穂「先生、少しおかしいと思います」
藍子「えっ、何が?」
   純平は、教科書読むのを止め美穂を見る。
美穂「立花さんは、いつも外ばかり見てて授業を聞いていないのに、先生何も言わない。見て見ぬふりしてますよね」
藍子「ああ、それは……」
   藍子、考え込んで目線が下を向く。
   藍子、思い返したように純平の方を見る。
   純平と目が合う。
藍子「純平君、悪いけど窓閉めてくれる」
純平「はい……」
純平は、机に教科書を置き窓を閉めに行く。
藍子「立花さん授業中は、よそ見しないでね」
   早苗が立ち上がる。
早苗「先生、体調悪いので保健室行っていいですか」
藍子「保健室……そうね、いってらっしゃい」
   皆早苗を見ている。
   早苗が教室を出て行く。
   純平席に就く。
美穂「先生、依怙贔屓なんじゃないですか」
藍子「いや、依怙贔屓なんて……ごめんなさいね。皆さんから不信感を抱かれちゃったわね。確かに少し気を遣い過ぎてましたね」
美穂「どうしてそんなに気を遣うんですか」
藍子「うーん……立花さんは、元々明るい性格だったと聞いています。今は、心を閉ざしていますが、きっと時間を掛ければ心を開いてくれると思います。皆さんの気持ちもわかりますが、もう少し見守ってください」
女子A「何だか、わかんない」
   生徒達がざわつく。
   チャイムの音

○同・廊下
   廊下は、生徒達が雑談しながら行き交っている。
   堤と純平が並んで歩いている。
堤「なあ、純平、少しおかしくない?」
純平「何が?」
堤「ほら、立花さんの事。先生ああ言うけど、心閉ざしすぎじゃねー」
純平「あー、少しね」
堤「それにさー体育の授業は、いつも保健室だし。ほんとうに体悪いのかね?」
純平「どうなんだろ、体悪そうには見えないけど」
堤「いや! あいつきっと不治の病なんだ。それが誰にも言えないで、あーかわいそう立花さん。俺が助けてやんなきゃ」
純平「おまえ、どこからそんな事出てくるの? それ、お前の妄想だろ?」
堤「いや、わかんないよ。きっと何かの病気なんだ。俺が突き止めてやる」
純平「お前、止めとけよ。ストーカーになっちゃうよ」
堤「何? ストーカー? ちょっとまてよ、俺は、ただ立花さんを心配してだな……」
純平「まあ、落ち着け。そりゃ俺だって気になるよ立花さんの事。でもな、病気って決めつけるなよ」
堤「じゃあ、何なんだ」
純平「何か深い訳がありそうな……」
堤「何? 深い訳って?」
純平「それは、俺も解らない」
堤「何だ、結局何も解らないって事じゃん」
純平「まあな、でも少し気になるんだ。時々寂しそうな顔してるのが」
堤「あーそう言えば純平、チラチラ立花さんの事見てるよな、お前、立花さんの事気になってるの?」
純平「いや、だからさ、寂しそうだって言ってんの。気になってるとかそう言うのじゃなく……」
堤「(横目で)へーそうなの。まっ、良いんじゃねーの。恋愛自由だし」
純平「(怒った顔)おい! 堤! そう言うんじゃねーよ」
堤「あれ? むきになってる。あやしー」
   堤が笑いながら走り出す。
堤「(大声で)純平が恋愛してる」
   純平が追いかけながら、
純平「おい! 堤! やめろ!」
   廊下を走る2人を他の生徒たちが見ている。

○同・2年B組・中
   静かに生徒たちが席に座っている。
   教壇に立つ横山文江(38)。
   黒板に『料理実習 ハンバーグ作り』と書いてある。
文江「来週の技術家庭科で料理実習をします。まず5~6人でグループを作ってください。実習にあたって準備する食材などをグループ内で決めて準備してもらいまます」
   生徒たちがざわつく。
文江「では、5、6人でグループを作ってください」
   各々生徒たちが立ち上がり近くの子に話をしている。
   堤が席を立ち周りの男子に声を掛けている。
   3人の男子を連れて堤が純平の席にくる。
堤「なあ、純平お前ハンバーグ作った事ある?」
純平「無いな、カレーなら作った事あるけど」
堤「じゃあ、安心だ。純平グループの班長な」
純平「え、俺が班長なの? でもハンバーグだろハンバーグなんて作った事無いけど」
堤「カレー作った事あるんでしょ、俺なんか、なんにも料理できないもんね」
純平「えーそれだけで班長やんの? 不安だなー」
   美穂が早苗の所にやってくる。
堤と純平は、その2人を見ている。
美穂「ねえ、立花さん。私たちのグループに入らない?」
早苗「……」
   早苗は、下を向いてしまう。
美穂「(舌打ち)、ねええ、どうしてそう言う態度取るの。心配してるから誘ったんじゃない。そういう態度取ってると嫌われるわよ」
   早苗は、外を見る。
美穂「ああ、そう言う事。判ったわ、もう誘わない」
   美穂が去っていく。
   堤が純平に向かって、
堤「(小声で)立花さん、金山をおこらせっちゃったね」
純平「ああ」
堤「純平さ、金山の奴の事、知ってる?」
純平「いや、よく知らない」
堤「俺、小学生の時、同じクラスで良く知ってるんだけど、あいつの家、母子家庭でさ、年中虐められてたんだぜ」
純平「そうなの?」
堤「金山の家、俺れんちの近所でさ、良く腹すかして玄関で泣いてたんだぜ。見かねた近所の人がさ……」
   堤の後ろに人影が立つ。
   純平がその顔を見て驚く。
純平「おい、堤、やめろ」
堤「それでさー、ん、何?」
純平「後ろ」
堤「何? 後ろ?」
   後ろを振り返る堤。
   後ろには、美穂が腕組みして立っている。
美穂「ほー、面白そうな話だね。もっと聞かせて」
   驚いた顔の堤。
   頭を掻きながら、
堤「あー、いや、話なんて……まいったなー。俺トイレ行ってくる」
堤、股間を押さえて立ち上がり、
堤「あートイレ、トイレ、(手を上げ)先生トイレ行ってきます」
堤が慌てて教室から出ていく。
   出ていく堤を目で追う美穂。
美穂「まったく。あいつ私の事なんか何にも知らないくせに、余計な事話しやがって。純平、あんな奴の言う事信用しない方が良いわよ」
純平「ああ(うなずく)」

○同・玄関(夕)
   玄関で靴を履き替えた純平がカバンを持って外を見る。
   外は、雨が降っている。
純平「あー、やっぱり降ってきたか」
   純平は、手に持ったカバンの中から折り畳みの傘を取り出し、それを差しながら外へ出る。

○農道(夕)
   車が1台やっと通れる位の農道。
   農道の脇には、畑が広がる田園地帯。
   車も来ない人気の無い道。
   傘を差した純平の前方に美穂と4人の傘を差した女子が取り囲むように立っている。
純平「んー? 何だ」
   純平が近寄る。
   美穂達女子の中心に下を向いている早苗が見える。
   美穂と早苗は、傘を差していない。
   美穂の脇に開いた傘が落ちている。
美穂「テメー何様だと思ってんだ、なめんじゃねーぞ」
   走り寄る純平。
純平「どうしたの?」
   美穂が振り向く。
美穂「(険しい顔)何だ! 純平か。こいつわよー、雨が降ってるから傘を貸そうと差し出したのに無視してんだよ。人様の親切を無下にしやがって、生意気なんだよ! 少し焼きいれてやる!」
   美穂が早苗を突き飛ばす。
   よろけて尻餅をつく早苗。
純平「(大声で)やめろー!」
   傘とカバンを道に投げ早苗の前に立ちふさがる純平。
美穂「てめーもやられてーのかよ!」
   純平を睨む美穂。
純平「(声が震えながら)1人の女の子を皆で暴力を振るうのは、だめだろ」
美穂「てめー、かっこつけて、かばってんじゃねーよ!」
   純平の襟を掴む美穂。
   怯えた顔の純平。
純平「やめろよ!」
美穂「ふん! 今度だけは、許してやる」
美穂は、純平の左耳に顔を近づけて、
美穂「(低い声で)この事を誰かに言ったらぶっ殺す」
   美穂達は、傘を差し去っていく。
   去っていく美穂達の背中を見つめる純平。
   純平は、倒れた早苗の肩に手をかける。
純平「大丈夫?」
   早苗は、全身が濡れている。
早苗「……怖い」
純平「もう大丈夫だよ。もうあいつら行っちゃったし」
   純平が早苗の右手を握り立ち上がらせる。
   純平は、近くに投げた傘とカバンを拾い、早苗を傘の中に入れる。
純平「怖かったね。君の家の近くまで送ってあげる。家どっち?」
早苗「ありがとう。でも大丈夫だから」
   歩き始める早苗。
   追うように傘を差しだしながら横に並ぶ純平。
純平「ずぶぬれじゃない。送っていくよ」
早苗「……」
純平「僕んちも、こっちの方だし」
   ×  ×  ×
   雨の中、傘を差した純平と早苗が並んで歩いている。
純平「僕、驚いちゃった。金山さんがあんな人だと思わなかった」
   早苗うなずく。
純平「もう、心臓バクバク言っちゃって、足は、ガクガク震えちゃうし。このまま、ぼこぼこにされちゃうのかなって」
   早苗が純平を見る。
   純平と目が合う。
早苗「(微笑)そんな風に見えなかった」
純平「(微笑)やっと話してくれたね。僕、竜崎純平」
早苗「知ってるわ」
純平「だよねー(笑う)隣の席だもんね」
早苗「いつも私の事、見てるでしょ」
純平「(照れ笑)あー、気が付いてた? ちょっと気になって。迷惑だった?」
早苗「ううん、全然迷惑じゃない。逆に話しかけられたらどうしようって、恥ずかしくて……」
純平「恥ずかしい? そうだったの」
   ×  ×  ×
   2人が歩いている先に数件の家が立ち並んでいる。
   道沿いに新築2階建の家が見えてくる。
   その家の前まで来ると立ち止まる早苗。
早苗「私の家、ここ」
   指を差す先の家の表札は、『浜崎』と書いてある。
純平「表札に『浜崎』って書いてあるけど?」
早苗「訳があって叔母さんの家に住んでるの。今日は、ありがとう。今日の事は、誰にも言わないでね」
純平「ああ、わかった」
早苗「じゃ、また明日」
   純平の傘を離れ小走りに家の中に消えていく早苗。
   家の中に入るのを見届ける純平。

○池谷南中学校・2年B組・中(朝)
   生徒達、思い思いに雑談している。
   教室後ろから入ってくる純平と堤。
   窓際の席に早苗が座って外を見ている。席に就く純平と堤。
   純平が席に就きながら早苗に向かって、
純平「おはよう」
早苗「おはよう」
   美穂が2人に近づいてくる。
美穂「(笑顔で)おはよう」
純平「(小声で)おはよう」
   早苗は、外を見る。
美穂「二人は、仲が良いのね。お似合いよ」
   困った顔の純平。
純平「僕たちそんな仲じゃないし……」
美穂「付き合っちゃえば! 応援するよ」
純平「ありがとう……でも……」
   純平が戸惑いながら早苗を見るが、早苗は、外を見たまま動かない。
美穂「早苗さんに嫌われちゃったわね。まあしょうがないけど。じゃあ、またね」
   美穂は、自分の席に行く。
純平「(小声で早苗に)金山さんの考えている事が解からないね」
早苗「……」
   早苗は、外を見ている。
   横の席で堤が2人を見ている。
堤「ねえ、何かあったの?」
純平「無いよ! 何もない」
堤「うそ! あやしい。何で金山さんが純平と立花さんが付き合えとか言ってくんの。おかしいじゃん」
純平「しらない。何も無いし」
   純平は、不機嫌な顔で教科書をカバンから取り出す。
堤「何だよ、絶対おかしいもんね(身を乗り出して早苗に向かい)ねー、おかしいよねー」
早苗「……」
堤「何だ! 2人して無視かよ」

○農道(夕)
   人通りの無い静かな農道を学生服でカバンを持つ純平が歩いている。
   少し前に歩いている早苗を見る。
純平「あ、立花さん」
   振り返る早苗。
   早苗の元へ駆け寄り並んで歩く純平。
純平「やっぱ、立花さんだ。後ろから見てそうじゃないかと思ったんだ」
早苗「純平君、昨日は、ありがとね」
純平「いや、気にしないで。それより、君の方は、大丈夫」
早苗「少しね、……」
純平「そりゃ、誰だって傷つくよ。あんなことがあれば」
早苗「……」
純平「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」
早苗「何?」
純平「何か気になるって言うか、いつも孤独って言うか、誰とも話さないし」
早苗「(下を向き)……」
純平「ごめん、ごめん。誰だって話したくない事ってあるよね。気にしないで」
早苗「私って暗いよね、自分でも解ってるし……」
純平「何か辛いことがあったのかなーって思っちゃって、もし僕で良ければ相談のるけど」
早苗「ありがとう、でも今は、話せない」
純平「いいんだよ、気が向いたらで。人って結構色々何か抱えているじゃない。僕もお母さんが病気で入院していてさ今、大変な時期なんだ」
早苗「えっ、純平君のお母さん病気なの?」
純平「うん、あんまり人には、言ってないんだけど、ちょっと重くてさ……」
早苗「心配ね」
純平「ああ、今、治療で大事な時期なんだ。お父さん毎晩仕事終わりに病院へ寄ってくるんで家の事、僕がやってる」
早苗「大変ね。ご飯とか作れるの」
純平「まあ、カレー位しか作れないから週に3回は、カレーだよ(笑う)」
早苗「カレーかー、私も大好き」
純平「そうだ今度の料理実習、僕らのグループに入らない」
早苗「ほんと? 私なんかで良いの?」
純平「全然OK、他の仲間にも言っておくよ」

○池谷南中学校・家庭科室・中
   家庭科室には、実習用のテーブルが置かれ窓際には、流し台がある。
   テーブルの上には、ガスコンロが置かれている。
   それぞれのテーブルには、生徒達が白いエプロンで頭に三角巾を被って取り囲んでいる。
   窓際のテーブルで作業している純平達6人のグループ。
   ガスコンロに置かれた鍋には、お湯が沸いている。
堤「おっ、お湯湧いてきたね。じゃあ、付け合わせのジャガイモゆでるね」
   堤が鍋にジャガイモを入れる。
   脇で玉ねぎを刻んでいる純平。
純平「うー、目に染みる」
   目をしばたかせる純平。
早苗「私、お肉まぜるね」
早苗がボールにひき肉を入れパン粉や調味料を入れる。
早苗「純平君、玉ねぎ入れてくれる」
純平「いいの? こんな粗みじんで」
早苗「いいわ」
   純平が玉ねぎをボールに入れる。
早苗「本当は、玉ねぎ炒めてから入れるんだけど時間がないからね」
純平「そうなの」
早苗「家では、もっと時間かけて作るから」
純平「手際良いね。やっぱりお母さんから教わったの?」
   早苗の手が止まり下を向く。
早苗「……」
   純平も手が止まり早苗の横顔を見つめる。
純平「ああ……ごめんね。悪い事聞いちゃった」
早苗「いいの……」
   見ていた堤達も沈黙する。
   堤が気を取り直したように、
堤「あー他のグループもう焼き始めてるぜ。急ごうぜ」
   鍋の取っ手を触る堤。
堤「あっちー!」
   熱そうに手を耳たぶに持っていく。
純平「おい! 慌てるなよ。ジャガイモもう少しゆでないとまだ固いよ」
   純平と早苗が微笑する。
堤「そうなの、ジャガイモってそんなに茹でるの?」
純平「だいたい15分位かな、もうちょっとだよ」
早苗「お肉混ざったわ、整形して、焼きましょう」
   グループの皆がボールに手を伸ばし挽肉を取る。
早苗「良く空気抜いてね」
堤「空気抜くの? どうやって」
早苗「こんな感じ」
   早苗が手に薄く油を塗り、小判型にした挽肉を両手の間で交互に打ち付ける。
   肉を打つ音。
   皆が同じように手で打ち始める。
   ×  ×  ×
   フライパンに蓋がされている。
   早苗がガスコンロの火を弱火に調整している。
純平「さあ、焼いている間にソース作りだ!」
堤「えーっ、純平ソース作んの? 他のグループ皆ケチャップとソース混ぜてるよ」
純平「ジャーン」
   脇の白いビニール袋からおろし金と大根、ニンニクを取り出す。
堤「それ、どうするの?」
純平「大根おろすの、和風ハンバーグさ」
早苗「それ良いわー、ねえ純平そのニンニク1欠けちょうだい」
純平「良いけど、どうすんの」
早苗「まあ見ていて」
   ×  ×  ×
   生徒達がテーブルに腰かけて出来上がったハンバーグを見ている。
文江「皆さん完成したみたいですね。失敗してしまったグループもありますが、冷めないうちに食べましょう。では、頂きます」
生徒達「いただきます」
   生徒達は、ハンバーグを食べ始める。
堤「あーうめー! 超うめー!」
   嬉しそうに頬張る堤。
純平「すごい、いい香り。薄くスライスしたガーリックがカリカリに焼けていて、旨いわあ」
早苗「おいしい。和風が合ってるね」
堤「やっぱ、大根おろしのソースだね」
純平「いや、ハンバーグだよ。ジューシーでいい香り」
早苗「ちょっと照れくさいわ。やっぱりソースよ。最高よこの出来は」
堤「まあ、両方だな。二人の相性じゃねー」
純平「おい! またかよ。やめろよな。それ以上言うのは」
堤「えー、どうして? れんあいじゆう」
堤の言葉を遮るように、
純平「おい! 止めろ!」
   早苗2人を見て微笑する。

○農道(夕)
   人通りの無い静か農道。
   学生服でカバンを持つ純平と早苗が並んで歩いている。
純平「今日のハンバーグ美味しかったね」
早苗「本当、美味しかったわ。すごいわ純平」
純平「いや、僕なんて、それよりハンバーグ。感心したよ。作り方今度僕にも教えてくれる?」
早苗「いいわ、叔母さんに話しておくから家に来て、そしたら教えてあげる」
純平「ありがとう。絶対だよ。僕、料理のレパートリー増やしたいんだ」
   2人の歩く道筋の先にに『ホタルの里』と看板が立っている。
早苗「ねえ、純平。蛍ってこのあたりで見られるの?」
純平「あー、蛍ね。幼稚園の頃、蛍を見に親父に連れてもらった事がある。確か少し先の沢で見られると思うけど」
早苗「ねえ、蛍見に連れてって」
純平「あー良いけど。もう見られる時期だと思うけど。ちょっと親父に聞いてみるね」
早苗「私見たことが無いの。どうしても見たいの。お願いね」
純平「んー、わかった。絶対連れてってあげる」
   ×  ×  ×
   浜崎家の前で立ち止まる早苗。
早苗「それじゃここで、今日は、ありがとね純平」
純平「ああ、また明日」
   純平が手を振り去っていく。

○竜崎家・2階部屋(夜)
   机の電気スタンドが灯けられ勉強している純平。
   ふと、ペンを止めて手で顎を押さえる。
純平「蛍か……」
   玄関ドアの開く音。
敏夫の声「ただいまー」
純平「(大声で)おかえりー」
   机から立ち上がり階下へ向かう純平。

○同・ダイニング(夜)
   スーツの上着を脱いでネクタイを緩めている敏夫がテーブルの前に立っている。
   スーツを椅子の背もたれに掛けカバンを置く敏夫。
   2階から降りてきた純平。
純平「おかえり」
敏夫「あー、ただいま。病院寄ってきたんで遅くなっちゃった。今日は、カレーか」
純平「ごめんね、カレーしか作れなくて」
敏夫「お前の作ったカレー旨いから、すまんな。お前に作らせてばかりで。いつも父さん感謝してるんだ。ありがとうな」
純平「気にしないで、カレーくらいで。すぐ温めるね」
   キッチンへ向かう純平。
   ×  ×  ×
   テーブルで向かい合ってカレーを食べている2人。
純平「処で、母さんの具合どう?」
敏夫「ああ、だいぶ体力が戻ってきたよ。でもな薬のせいで少し髪の毛抜けてきてるみたいだ」
純平「そうなの……今度ニットの帽子でも持って行こうか」
敏夫「それは、良いかもな。母さん喜ぶぞ。今度の日曜一緒に行くか?」
純平「行く行く。絶対行く。帽子買って来なくちゃ。ねえ少しお金ちょうだい」
敏夫「(微笑)ああ、後で渡すよ」
純平「それとさー、蛍の事なんだけど、いつ頃見られるの?」
敏夫「蛍? お前、蛍見たいの?」
純平「ちょっと、友達に誘われて。どうしても見たいって言うから」
敏夫「あー、蛍、最近見てないな。昔は、この辺りにも夜飛んできたんだけどな。確か6月中旬から7月中旬頃だから今頃がちょうど見られるんじゃないか」
純平「ほんと、じゃあ近いうちに見に行ってくるね」
敏夫「ああ、でもお前、来週中間テストだろ、勉強大丈夫か」
純平「だいじょうぶだって。毎日勉強してるし」
敏夫「すまんな、家事やらせてばかりで、勉強大変だろう」
純平「ぜんぜん、大丈夫だよ。心配しないで」
敏夫「早くお母さんに良くなってもらわなくっちゃな」

○池谷南中学校・校庭(夕)
   校庭には、部活をしている生徒達。
   校門に向かって歩いている早苗。
   校門の先に人影が見える。

○同・校門・外(夕)
   校門からカバンを持った生徒たちが出てきている。
   校門の陰に隠れるように立っている純平。
   校門から早苗が出てくる。
   純平が早苗を見つけ急ぎ追いかける。
   早苗の肩を叩く純平。
   振り向く早苗。
純平「よっ、また会ったね」
   笑いながら片手を上げる純平。
早苗「うそ、そこで待ち伏せしてたでしょ」
純平「あれ? バレてた」
早苗「(微笑)丸見えよ」
純平「実は、今日、お願いがあるんだけど、いい?」
早苗「何?」
純平「お母さんにニットの帽子プレゼントするんだけど、選ぶの付き合ってくれない」
早苗「お母さんに? いいけど。これから?」
純平「近くの洋服屋さんだから、直ぐ済むから、お願い」
   手を合わせる純平。
早苗「いいわよ、行きましょ」

○衣料品店(夕)
   衣料品店の中は、春夏物の衣料品が並んでいる。
   帽子が展示されているコーナーの前に立つ純平と早苗。
純平「ニットの帽子ってあんまり種類が無いね」
早苗「時期が時期だからね。ねえ、純平どうしてニットの帽子なの」
純平「母さん薬のせいで髪抜けちゃって。今度の日曜日見舞いに行くんだけど。帽子買ってやろうと思って」
早苗「そうなの……」
   2人で帽子を幾つか手に取る。
早苗「これどう?」
   手に取ったニットの帽子、淡いベージュにピンクのチューリップ刺繍があしらわれている。
純平「あれ? これ、かわいい。これきっと母さんに似合いそう」
   純平が帽子を手に取り2人で微笑んでいる。
   それを持ってレジに並ぶ純平。

○繁華街・歩道(夕)
   歩道で純平と早苗が並んで歩いている。
   純平の右手には、紙袋とカバンを下げている。
純平「ありがとうね。きっと母さんも喜ぶと思う」
早苗「喜んでくれるといいけど……ねえ、蛍の件どう?」
純平「あーそう言えば蛍、この時期に見られるって。近いうちに行く?」
早苗「ねえ、今度は、私からのお願い。今日見に行きたい」
純平「えー今日? これから?……良いけど」
早苗「(笑顔)ほんと? うれしい」
純平「(笑顔)嬉しそう。ヨシ! 今晩見に行くぞ!」
   純平が夕日を見る。
夕日は、西にある山に掛かってきている。
純平「もうすぐ日没だ。僕、着替えてから行くから、家で待ってて」
早苗「わかったわ」
純平「急ごう」
   純平が、走り始める。
   追いかけるように走る早苗。
早苗「ちょっと、待って」
   純平は、走りながら振り向き、
純平「先に行に行くね。家で待ってて」

○竜崎家・ダイニング(夕)
   普段着に着替えた純平がテーブルに置かれたメモ用紙に向かいペンを持つ。
   『これから蛍を見に行ってきます。すぐ帰ります』とメモに書く。
純平「これでよしっと。えーと、懐中電灯は、どこだっけ」
   ダイニングを見渡す。
   柱に掛けられた懐中電灯で目が止まる。
純平「あった。これこれ」
   懐中電灯を手に持ち玄関へと急ぐ。

○浜崎家・前・道路(夕)
   日が傾き夕焼け空の下、浜崎家の前で佇む早苗。
   懐中電灯を片手に走ってくる純平。
純平「(息を切らし)ごめん、待った?」
早苗「うんん、ぜんぜん。ごめんね急に我儘言っちゃって」
純平「いや、良いんだよ。僕も蛍見たいと思ったし。じゃあ行こう」
   2人で夕日の沈む方向へ向かって歩き始める。
純平「この先の角を曲がると小川があるから小川沿いに歩こう」
早苗「蛍って小川にいるの?」
純平「父さんの話だとこの小川沿いにしばらく歩くと居るって。でも最近かなり減ってるらしいよ」
早苗「ふーん。居るといいね」

○小川沿い・あぜ道(夜)
   あぜ道は、日が落ち暗くなっている。
   流れる小川の脇を懐中電灯で道を照らしながら歩く純平と早苗。
純平「もうそろそろ、見えても良さそうなんだけどな。時期が早すぎたかな」
早苗「純平、無理しなくて良いよ。また今度にしましょ」
純平「ごめんね、絶対この辺りだと思うんだけど……」
   純平が目を上げると周りが木に囲まれている。
純平「あれ、いつの間にか。森の中だ」
   早苗が道の先に目をやると小川の草むらにうっすらと点滅する光。
早苗「ねえ、あれ。蛍じゃない?」
純平「えっ、どこどこ」
   早苗が指を差す。
   草むらにうっすらと青白い光を放つ蛍が見える。
純平「いたいた。蛍だ。もう少し先にもっと居るかも」
   2人は、速足で先に進む。
   道の先に沼が見える。

○森の中・沼(夜)
   木に囲まれた沼の上には、そこだけぽっかりと夜空が広がる。
   沼の周りには、足元位までの草が茂っている。
   草むらには、無数の蛍が舞っている。
   あぜ道から草むらに足を踏み入れる純平と早苗。
純平「おー! すごい。一杯いるよ」
早苗「わー綺麗」
   早苗、目の前に居る蛍を見つけ屈み込み両手で手に取る。
   座った早苗の手の中で点滅する蛍。
早苗「かわいいわ」
   雲に隠れていた満月が雲の切れ間から現れ沼を月明かりが照らす。
   沼の湖面に映し出された夜空の満月と無数の蛍。
純平「見てほら、月が湖面に映ってる」
   早苗は、立ち上がりその湖面を見る。
   早苗の手から蛍が飛んでいく。
早苗「すごい……」
   早苗の目にうっすらと涙が見える。
   その横顔を見つめる純平。
   早苗が夜空に向かい顔を上げ、
早苗「(大声で)おかーさんーん、あんりー」
   早苗の目から大粒の涙がこぼれている。
純平「(驚いた顔)どうしたの……」
早苗「……」
   早苗は、涙を流しながら月を見ている。
   ゆっくりと雲が月を覆い隠す。
   辺りは、暗くなる。
   早苗の横顔を見る純平。
純平「大丈夫?……もう帰ろう」
   純平が早苗の肩に手をかける。
   早苗がうなずく。

○あぜ道・(夜)
   懐中電灯を点けて並んで歩く純平と早苗。
   懐中電灯の照らす先には、交差する舗装された道路が見える。
純平「遅くなっちゃったね」
早苗「さっきは、ごめんね。せっかく蛍見られたのに」
純平「いいんだよ、気にしないで。でも良かったね蛍見られて」
早苗「うん」
純平「少し聞いても良い?」
早苗「何?」
純平「さっき呼んでた名前、あれって……」
   交差点を左に曲がる。
   前方から赤色灯を点灯させたパトカーが近づいてくる。
   歩く2人の前で止まるパトカー。
   止まったパトカーから警察官2人が下りてくる。
   警察官Aが持つ懐中電灯を純平の顔に照らす。
   立ち止まりまぶしそうに手で遮る純平。
   純平の後ろに早苗が隠れるように立つ。
警察官A「君は、竜崎純平君だね。後ろの子は、立花さんかな」
純平「はい。そうですが……」
警察官A「立花さんの捜索願いが出ているんだよね」
純平「えっ、捜索願? 僕たち蛍見に来ただけなんですけど」
警察官A「立花さん、大丈夫? 怪我とか無い?」
   早苗うなずく。
警察官A「少し事情を聴きたいので近くの交番までいいかな?」
純平「はあ、いいですけど……ほんと僕たち蛍見に来ただけなんですけど」
   警察官Bがパトカーの後部ドアを開ける。
   パトカーに乗り込む純平と早苗。

○パトカー・中(夜)
   パトカーの後部席に座る純平と早苗。
   運転席に座る警察官A。
   助手席の警察官Bが無線機のマイクを握っている。
警察官B「下村町交差点付近、立花早苗、無事保護しました」
無線の声「了解しました」

○派出所・中(夜)
   事務机に並んで座っている純平と早苗。その向かいに座る警察官A
警察官A「純平君、だめじゃないか女子を夜中連れまわしちゃ」
純平「連れまわすなんて、僕たち、ただ蛍が見たくて来ただけなんです」
警察官A「あのね、夜に蛍見に行くのは、良いけど保護者の人とか一緒じゃないとだめだよ。暗い夜道で人気の無いところなんだから。最近この辺りでも事件が起きてるし。立花さんの保護者の方も大変心配してるよ」
純平「はあ……すいません」
   純平と早苗は、下を向いてしまう。
   交番入り口から諒子が速足で入ってくる。
   純平の前で立ち止まり諒子が睨んでいる。
諒子「あんたね、早苗を連れまわしたのは」
   純平が驚いた顔で立ち上がる。その頬に諒子が平手で殴る。
   早苗が立ち上がりながら、
早苗「やめてー叔母さん。私が誘ったの、純平君は、悪くない」
   警察官Aが純平の前に割って入る。
警察官A「まあまあ、落ち着いてください。2人共何事も無かったんですから。暴力は、いけません」
   純平は、驚いた顔で頬を押さえている。
純平「……」
   交番の入口から敏夫が入ってくる。
敏夫「純平」
純平「お父さん」
   純平の脇に立つ敏夫。
敏夫「純平が皆様にご迷惑を掛けたようで申し訳ありません」
   敏夫は、深々と頭を下げる。
   敏夫が純平の頭を手で押し頭を下げさせる。
   早苗が泣いている。
早苗「あーごめんなさい、私のせいで……」
警察官A「まあ、皆さん。2人には、私の方からも厳重注意をしましたので、本人達も反省しているようですし、今回は、許してやってください」
諒子「(厳しい顔で)早苗、帰りましょ」
   諒子が早苗の手を引き交番の中から出ていく。

○同・外(夜)
   交番の中から出てくる敏夫と純平。
   近くに止めた車に乗り込む2人。

○乗用車・中(夜)
   暗い夜道を敏夫が運転する。
   助手席に純平が座っている。
敏夫「なあ、純平あの子かわいい子じゃない」
純平「……こんな事になるなんて。叔母さんには、いきなり殴られるし」
   左頬を押さえて悔しそうな顔の純平。
敏夫「ああ、大変だったな。お前にもそろそろスマホ持たせないとなだめかな?」
純平「うーん、欲しいけど、学校持ち込み禁止だし、この辺、圏外多いらしいから……お母さんが退院したら買って」
敏夫「わかった。お母さんの許可が出たら買ってやろう。その代りゲームとかでお金使うなよ。成績が落ちたら即没収ね。約束守れたら買ってあげる」
純平「ほんと! 約束だよ」
敏夫「ああ、買ってやるよ、でも、もう少し待て。なあ、純平。話違うけど、話しておかなければならない事がある。良く落ち着いて聞けよ」
純平「なに? お母さん何かあったの」
敏夫「いや、立花さんの事なんだけどな」
純平「どうかしたの?」
敏夫「俺が家に帰って来た時、学校の父兄からの連絡網で電話が来たんだ。立花さんが帰らないので捜索願いが出ているって『何か知りませんか』って言われてメモの事、思い出したんだ。そう言えば純平が誰かと蛍見に行ったんだって事を」
純平「それで?」
敏夫「その事を告げたら。その人、立花さんの過去の事を話し始めたんだ」
純平「過去の事って?」
敏夫「お前、覚えているかな? 去年の今頃だったか。沼山市で起きた母子殺人事件」
純平「あー覚えている。あれって確か生き残った子がいるんだよね……まさかその事?」
敏夫「ああ、あの時逃げて無事だった子が早苗さんだ」
純平「(驚いた顔)えー」
純平は、敏夫を見る。
敏夫「俺も驚いたよ。でもな、彼女には、何の罪もないんだ。きっとその事で苦しんでいる」
純平「早苗さん何かあるとは、思っていたけど……」
敏夫「それでな、きっと連絡網で父兄に、この事が知れ渡っている。明日は、学校に行くとどうなるか心配だ」
純平「僕もその事は、心配」
敏夫「彼女の事を守ってやれるのは、お前だけだ」
純平「僕が? でも……」
   左頬を押さえる純平。

○池谷南中学校・2年B組・中(朝)
   教室内は、生徒たちが雑談でざわめいている。
   純平が教室後ろから入って椅子に腰かける。
   隣に座っていた堤が純平の方に身を乗り出す。
堤「なあ、純平、お前、昨晩、立花さんと一緒に居たんだって? もう噂になってるよ」
純平「ああ、きっと噂になっていると思ったよ」
堤「驚いたよ立花さんって、去年のあの母子殺人事件の生き残りでしょ」
純平「ああ」
堤「何で俺に黙ってたのさ」
純平「俺だって昨日知ったんだ」
堤「立花さんの親父って、お母さんと子供、殺したんでしょ。怖くない?」
純平「あのな、早苗さんには、何の罪も無いんだ。そっとしておいてやれよ」
堤「だけどさ……」
   話をしている2人の後ろを通り過ぎる早苗。
堤「あれ、噂をすれば影だよ。来たよ彼女」
   早苗が席に腰掛ける。
   ざわつく教室。
   純平が早苗を見る。
   教室前方に座る片桐正幸(14)が立ち上がり早苗の方を指さす。
片桐「あいつの親父って人殺しなんだぜ!」
   立ち上がる純平。
純平「(大声で)やめろ! 片桐、お前何てこと言うんだ!」
   早苗は、席を立ち小走りで教室を出ていく。
純平「早苗さん、待って!」
   純平が追いかけるように席を立つ。

○同・廊下(朝)
   2年B組に向かって廊下を歩く藍子。
   藍子の前に2年B組の後ろから小走りで出てくる早苗。
藍子「あっ、立花さん」
   藍子の肩に軽く衝突するがそのまま行ってしまう早苗。
藍子「立花さん……」
   藍子が早苗を目で追う。
   教室後方から純平が飛び出してくる。
純平「(大声で)早苗さん! 待って」
   藍子が振り向き純平を遮る。
   すれ違う純平の腕を掴む藍子。
   腕を掴まれ止まる純平が藍子を見る。
純平「先生、立花さんが……」
   藍子が首を横に振る。
藍子「今は、だめ。授業よ。教室に戻りなさい」
純平「でも……」
藍子「いいから、戻りなさい」
   藍子に引っ張られるように教室に戻る純平。

○同・2年B組・中(朝)
   静まった教室の教壇に立つ藍子。
   生徒が藍子を見ている。
藍子「立花さんの事が、もうすでに皆さんに知られてしまったようですね。皆さんの間にも動揺が広がってしまいました。でも一番苦しんでいるのは、立花さんです。単なる噂や想像だけで、彼女を中傷する事は、やめてください。事件の後、学校へ通えない状態が長く続いて、やっとこの学校へ通えるようになった所です。彼女が立ち直れるよう皆で支えてやってくれる事を望みます。私は、校長先生と今後の事を相談してきます。皆さん自習していてください」
   藍子が教室を出ていく。
   生徒同士が小さな声で話し合っている。

○竜崎家・ダイニング(夜)
   敏夫と純平がテーブルに合向かいで座り食事をしている。
敏夫「なあ、純平。あの立花さんの件、その後どうなった」
   純平の箸が止まる。
純平「ああ、お父さんの言った通り噂は、一気に広まって、もう全員知ってたよ」
敏夫「やっぱりな」
純平「それがさーひどい奴もいるもんで、平気で彼女に向かって悪口言うんだ。早苗さんそのまま帰っちゃって。追いかけようとしたんだけど先生に止められて」
敏夫「難しいな、こう言う問題。お前一人じゃどうにもできないものな」
純平「うーん、どうしたらいいか分からない」
敏夫「今度の日曜日病院に行くから、お母さんに話してみるか?」
純平「いいよ、お母さんに心配かけたくないし……」
敏夫「心配か……そうだな」
純平「ニットの帽子、忘れず持ってかなくっちゃ」

○乗用車・中
   敏夫が運転する車。助手席には、純平が座っている。
敏夫「帽子、持ってきた?」
純平「ああ、持ってきた。それでお母さんの具合どう?」
敏夫「大丈夫さ。薬が効いて今は、少し苦しい時期だけど、俺は、絶対治ると信じてる」
純平「そう、僕も信じてる。絶対治るって」
敏夫「いいか、純平。お母さんには、笑顔が一番の薬だ。お母さんの前で悲しい顔なんかしちゃだめだぞ」
純平「解ってるって」
   微笑む純平を横目で見る敏夫。
敏夫「そうだ、その調子だ」
   2人共笑う。

○富沢中央病院・305号室・中
   ベットに寝ている優子。
   白い頭巾を頭にかぶり左腕には、点滴が繋がれている。
   点滴の袋は、輸液が満たされている。
   ドアのノックする音。
優子「どうぞ」
   ドアが開き純平と敏夫が入ってくる。
   純平の右手には、紙袋を持っている。
優子「あー純平、来てくれたのね」
   起きようとするが力が入らない優子。
純平「お母さん、無理しないで横になっていて」
優子「ごめんねーせっかく来てくれたのに、寝たままで」
純平「いいんだよ、気にしないで」
敏夫「どう? 体の具合」
優子「大丈夫よ、この所少しずつ良くなってきてるから」
純平「ねえ、お母さん、今日これ持ってきたの」
   純平が紙袋の中からニットの帽子を出し優子に渡す。
   右手で受け取る優子。
優子「まあ、可愛い、ニットの帽子ね。あら、チューリップの刺繍ね」
純平「(微笑みながら)かぶってみて」
   優子が頭の頭巾を取る。
頭巾の白い布の中に抜けた髪の毛が見える。
   優子「だいぶ髪が抜けちゃって」
   優子が右手でニットの帽子をかぶろうとする。
   それを純平が手助けする。
優子「どう、似合う?」
純平「いいね。とっても似合ってる」
優子「(微笑む)これ、純平が選んだんじゃないでしょ。彼女?」
純平「えっ、ばれた?」
優子「解るわよ。純平がこんな可愛いの選ぶはずないもの。きっと、かわいい子ね。これ選んだ子」
純平「うん」
   純平と敏夫が目を合わせ微笑む。
敏夫「俺、ちょっと用があるから、純平お母さんの相手をしていて」
   敏夫が病室を出ていく。
優子「昨日、お父さんから聞いたわ。彼女の事」
純平「えーお父さん話しちゃったの」
優子「大変ね。彼女もきっと想像以上に辛い思いをしてるんでしょうね」
純平「僕も力になってあげたいんだけど、どうしていいか分からない」
優子「そうね、難しい事ね。私も病気になって色々悩んだわ。私は、もう駄目かもしれないって思った事もあったわ。人生って思い通に行かないって」
純平「(困った顔で)えー大丈夫だよ。きっと治るって。お父さんもそう言ってたし」
   ×  ×  ×
   点滴が終わり看護師が注射針を抜いている。
   敏夫がドアを開けて入ってくる。
敏夫「どう? いっぱい話できた?」
優子「ほら、純平笑顔、笑顔」
   純平が敏夫の方を見て作り笑いをする。
敏夫「(笑顔で)それ、作り笑いだろ」
純平「だって、笑えって。自分だって言ってたじゃない」
   3人共微笑する。

○農道(夕)
   人通りの無い静かな農道を学生服でカバンを持つ純平が歩いている。
   後ろから美穂が小走りで走ってくる。
美穂「純平」
   振り向く純平。
純平「金山さん」
美穂「(息を切らし)やっと、追いついた」
   純平の横に着く。
美穂「純平、ちょっと話をしてもいい?」
純平「はあ……いいけど」
   2人並んで歩く。
美穂「この前は、ごめんね」
純平「僕は、大丈夫だけど……少し驚いた」
美穂「そうよね、驚くわよね」
純平「……」
美穂「この前、堤が話していた事、半分は、合ってる」
純平「堤の話って?」
美穂「私が、母子家庭だって話」
純平「あーあの事」
美穂「私の家、貧乏で、バカ親父がこさえた借金の返済でお母さん毎日夜遅くまで働いていたの。今もまだ働いているけどね。小さい時は、確かに玄関でよく泣いていたわ」
純平「大変だったんだね」
美穂「小学生の時は、よく馬鹿にされて虐められてたのよ。汚いとかうざいとか。でも、お母さんには、その事言えなかった」
純平「どうして?」
美穂「言えないわよ。そんな事、だってお母さんが嫌な気持ちになるだけでしょ」
純平「そうか……じゃあ、ずっと我慢していたの?」
美穂「虐められている自分が惨めでさ、悔しくって、いつか見返してやろうってずっと思ってた」
純平「今の金山さんを見てると想像できないね」
美穂「まあ、それで中学生になってからは、虐められないように気が強くなったのね……たぶん」
純平「それでなのか……」
美穂「私ね、あの日、私、どうしても立花さんの事が許せなかった。虐めようと思った訳じゃないのよ。無視されて、ついカッとなって……」
純平「あの時は、驚いたよ。金山さんが別人のように見えた」
美穂「私、立花さんの事、何にも知らなかったから」
純平「僕も知らなかったし」
美穂「でも、事件の話聞いて、きっと立花さん苦しんでるんだろうなって思ってさ」
純平「それは、僕も同じだよ。辛いんだろうなって思う」
美穂「純平! 立花さんを助けてやって。私も協力するから」
純平「何とかしたい。でも僕、自信が無いんだ。早苗さんの叔母さんからも嫌われてるし……」
美穂「嫌われてるの?」
純平「蛍見に行った後、交番で叔母さんから殴られちゃった。『早苗を連れまわすな』って、連れまわした訳じゃないんだけど」
美穂「そっかー、そうだったの」
純平「それに正直言って僕には、重すぎるって言うか、どうやって慰めたらいいのかわからない」
   下を向き考え込む美穂。

○池谷南中学校・2年B組・中(夕)
   教壇に立つ藍子。
   生徒達が静かに座っている。
藍子「今日のホームルームは、今お休みしている立花早苗さんの事を話したいと思います」
   生徒たちが騒めく。
藍子「立花さんの家には、あれから毎日のように行っています。しかし本人に会う事もできません。もう10日も経とうとしています。このままでは、また学校に来る事ができなくなります。皆さんから、どうしたら立花さんが学校へ再び登校出来るようになるか意見を聞きたいと思います」
生徒A「はい、先生」
生徒Aが手を上げ立ち上がる。
生徒A「皆で、説得に行けば良いと思います」
生徒B「何言ってんの? 皆で押しかければ良いってもんじゃないでしょ」
生徒C「学校へ来たくないんでしょ。そっとしておけば」
生徒B「それって、ほっとけば良いてこと?」
生徒C「いや、そう言う意味じゃなくって……」
美穂「はい」
   美穂が手を上げ立ち上がる。
美穂「竜崎君が説得に行くのが良いと思います」
純平「(驚いた顔)何? 俺が……」
美穂「誰も立花さんと話をした事無いし立花さんと話ができるのは、竜崎君だけです」
堤「俺もそう思う。純平は、立花さんと仲良かったみたいだし」
   堤が純平の方を見る。
純平「でも……」
藍子「竜崎君、どう? 行ってくれる?」
純平「ぼく、蛍の件で叔母さんに嫌われてるし……」
藍子「その件は、先生から叔母さんに伝えてみるわ。了解が得られたら行ってくれる?」
純平「はあ、良いですけど……」
堤「純平! がんばれ!」
   純平が下を向いてうなずく。

○浜崎家・玄関前(夕)
   浜崎家の玄関前に立つ純平。
   玄関ドアの横には、インターホンがある。
   純平がインターホンに手を伸ばすがその手が止まる。
   純平が息を吸い込みインターホンのボタンを押す。
   チャイムの音
諒子の声「はーい」
純平「竜崎純平です」
諒子の声「ああ、純平君ね。ドアの鍵開けるわ。開くから入って」
   鍵が開く音。
   ドアを開け中に入って行く純平。

○同・玄関・中(夕)
   玄関に立つ純平。
   奥から諒子が出てくる。
   純平が、会釈する。
諒子「どうも、お待たせ。どうぞ上がって」
純平「お邪魔します」
   靴を脱いで揃える純平。
   諒子が応接間へ向かう。
   後を付いて行く純平。

○同・応接間(夕)
   中央には、応接テーブルと合向かいにソファーが置いてある。
   ソファーに諒子と純平が合向かいで座っている。
   応接テーブルには、紅茶が2つ置かれている。
諒子「先日は、ごめんなさいね。早苗の事が心配で、つい興奮してしまって」
純平 「はあ……あの時は、すいませんでした」
諒子「早苗、貴方の事、何も話さないもんだから、先生から貴方の事を聞いて安心したわ」
純平「そうですか」
諒子「早苗あれから部屋に閉じこもったまま出てこないのよ。純平君が来るって言ったら、会いたいって言ってたわ」
純平「僕も会いたいと思っていました」
諒子「まだ私の名前言ってなかったわね。私、早苗の亡くなった母の姉で浜崎諒子と言います。私たち夫婦には、子供がいなくて早苗は、実の子のように思っているわ。純平君も知っていると思うのだけど早苗は、辛い思いをしてきて心を閉ざしてしまったの。以前は、素直で明るい子だったのだけれども、あの事件以来……」
純平「……」
諒子「早苗、部屋に閉じこもってしまって、登校しなくなってから先生が毎日のように来てくれたわ、でも部屋のドアさえ開けなかった。このままでは、以前のように閉じこもったままになってしまう。この学校へ転校してきて、やっと登校できるようになったのに。貴方たちが蛍を見に行ったあの日、早苗は、何も言わないで夕方出て行ったのよ。夜暗くなっても戻らないので、もう心配で心配で警察に捜査願いを出したの。そしたら警察から父兄の緊急連絡網に電話が行ってしまって、それが間違いだったのね。まさか、そこから事件の噂が広まってしまうなんて、考えてもいなかったわ。あの日、貴方の事も知らず、ついかっとなってしまって、手を上げてしまって、ごめんなさいね」
純平「もう大丈夫です」
諒子「早苗には貴方が唯一の友達だって先生から聞いて反省しているわ。早苗の気持ちを聞いてやってもらえる?」
純平「僕なんかで大丈夫でしょうか?」
諒子「大丈夫よ。早苗あなたの事、気に入ってるみたいだし」
純平「そうですか、僕で早苗さんの気持ちが少しでも晴れるなら話してみます」
諒子「じゃ、早苗の部屋に案内するね」
   立ちがる諒子。
諒子「2階の部屋が早苗の部屋よ。さあ、どうぞこちらへ」
   諒子の後を付いて部屋を出る純平。

○同・早苗の部屋・ドアの前(夕)
   諒子と純平がドアの前に立つ。
   諒子がドアをノックする。
   ノックの音。
諒子「早苗、純平君が来たわ。入ってもいいい?」
早苗の声「どうぞ」
   ドアを開け部屋に入る諒子と純平。

○同・早苗の部屋・中(夕)
   6畳ほどの部屋に窓際に勉強机が置かれ壁際にベットが置かれている。
   部屋は、カーテンが閉められ薄暗い。
   ドアが開き諒子と純平が入ってくる。
諒子「部屋、電気点けるね」
   部屋が明るくなる。
   早苗がベットの上で膝を抱えて、そこに顔をうずめ座っている。
諒子「お茶入れてくるね」
   部屋を出ていく諒子。
   純平が、勉強机の椅子に座る。
純平「どう? 元気?」
早苗「……」
純平「学校の皆心配してるよ」
早苗「……」
純平「あれからクラスで話し合いして。皆で協力しあって早苗さんが登校出来るように話し合ったんだ。もう悪口言う人は、居ないよ」
早苗「できれば戻りたい。でも辛くて……」
純平「きっと僕が想像している以上に辛いんだろうね」
早苗「あの日から毎日、悪夢にうなされているの。もう、こんな世界から抜け出したい。助けて純平……」
   純平を見つめる早苗の目から涙が溢れる。
純平「助けたい……僕に出来るかわからないけど」
早苗「聞いてほしいの、あの日の出来事を」
純平「わかった。話してごらん聞いてあげる」
早苗「妹の杏里は、8歳だったわ。あの日、杏里が昆虫図鑑で蛍の写真を見ていた時だった」
純平「蛍か……」
早苗「いつも優しいお父さんなんだけども仕事をやめてからは、お酒を飲んで喧嘩が増えたわ。あの日お父さんは、少し荒れていたの。お母さんは、毎日仕事と私たちの面倒で疲れていたのね。夕方、いつもの夫婦喧嘩が始まったわ。私は、『またか……』って、いつもの喧嘩がまた始まったと軽く考えていたの」

○(回想)立花家・子供部屋・中(夜)
   部屋は、6畳ほどの和室。
   2段ベットと勉強机が置かれいる。
   ベットには、縫いぐるみや漫画雑誌が置かれている。
   ふすまが少し開き隣のダイニングが見える。
   部屋の中央付近で立花 杏里(8)が座り昆虫図鑑を広げ蛍の写真が載っているページを見ている。
   それを斜め後ろから早苗が座って見ている。
杏里「ねえ、おねーちゃん、蛍って見たことある?」
早苗「無いわねー、お母さんの田舎では、蛍いるらしいけど」
杏里「ほんと? お母さんの田舎に居るの? 見たい」
早苗「そうね、お母さんに聞いてみようか」
杏里「うん」

○(回想)立花家・ダイニング(夜)
   ダイニングは、雑誌や洗濯籠などが乱雑に置かれている。
   カウンターを挟み隣には、キッチンがある。
   ダイニングのテーブルに置かれた日本酒の1升瓶とコップ。
   コップには、日本酒が半分ほど注がれている。
   立花 道義(45)が椅子に座り競馬新聞を読んでいる。
   コップを一気に煽る道義。
   立花 すみれ(40)がキッチンで洗い物をしている。
   子供部屋のふすまが少し開いている。
すみれ「あんた、酒ばっか飲んで、いいかげんに仕事してよ!」
道義「バカヤロー、仕事見つかってりゃとっくに働いてるよ、世間が悪いんだよ!」
すみれ「今日渡したお金どうしたのよ」
道義「ああ? もう無い」
   すみれが道義を睨む。
すみれ「あのお金、生活費よ。あのお金なかったら。明日からどうやって暮らしていくのよ」
道義「知るか!」
すみれ「(怒った顔で)ふざけんじゃないわよ!」
   持っていた皿を投げつける。
   皿が道義の額にあたる。
   落ちた皿が割れる音。
   道義は、額を押さえ痛そうな顔で、
道義「(大声)ふざけやがって!」
   道義が立ち上がり競馬新聞を床に投げつけすみれに向かって行く。
   取っ組み合いの喧嘩になる。

○(回想)同・子供部屋・中(夜)
   部屋の中では、早苗がふすまの隙間からダイニングの様子を見ている。
   杏里が早苗の背中に張り付いている。
   キッチンから聞こえる皿の割れる音。
道義の声「ふざけやがって!」
杏里「おねーちゃん、杏里怖い」
   杏里が早苗に抱き付き胸に顔を埋める。
早苗「大丈夫よ、いつもの事だから、すぐ終わるわよ」
   杏里を抱きながらの頭を撫でる早苗。
   もみ合う音。
   すみれのうめき声。
   倒れる音。
   驚いた顔の早苗と杏里が顔を見合わせる。
   早苗がふすまをそっと開けダイニングを見る。
   杏里が早苗の背中に張り付くようにダイニングを見る。
   静かになったダイニングでは、道義がキッチンに向かって立っている。

○(回想)同・ダイニング(夜)
   早苗と杏里が心配そうにふすまを開けて部屋から出てくる。
   道義の右手には、包丁が握られている。
   キッチンにうつ伏せに倒れたすみれから血が流れている。
   道義が息遣い荒く血走った目ですみれを見下ろしている。
早苗「(大声)やめてー、お父さんやめてー」
   道義が早苗を見る。
道義「(泣く)あーあー、もうおしまいだ」
   早苗が目を見開いて道義を見ている。
   その後ろに隠れるようにいる杏里は、泣きじゃくっている。
道義「早苗、杏里ごめんな、お父さんも後から行くから」
   早苗の方に包丁を向ける道義。

○(回想)同・玄関・外(夜)
   立花家の玄関前は、薄暗い。
早苗の声「(悲鳴)、やめてー!」
   廊下を走る音。
   玄関が勢いよく開き、はだしのまま飛び出してくる早苗。

○(回想)道路(夜)
   街路灯に照らされ薄暗く人気の無い道路。
   素足の早苗が息づかい荒く必死に走っている。
早苗「痛い!」
   足を止め苦痛の顔。
   足元を見る早苗。
   道路に転がる小石。
   何かを思い出したように、ハッとした表情で振り返る早苗。
早苗「杏里……」
   遠くから聞こえる救急車サイレンの音。
   来た道を戻り走る早苗。

○(回想)立花家・玄関・前(夜)
   立花家の近くまで走ってきた早苗の足が止まる。
   玄関の前には、パトカーと救急車が止まっているのが見える。
   近所の人が集まり家の中を遠巻きに見ている。
   人垣を掻き分けて奥に進む早苗。
   警察官がその前に立ちふさがる。
   警察官が手を広げ早苗を制しする。
警察官「ここより先は、入れません」
   警察官に腕を掴まれる早苗。
早苗「(大声)あんりー、おかーさーん」

○浜崎家・早苗の部屋・中(夜)
   ベットの上で早苗が膝を抱え泣いる。
早苗「杏里を置いてきちゃった……」
   純平も泣いている。
早苗「あー、あんりー、ごめんねあんりー」
純平「早苗さんが、悪いんじゃない! だれだってそうしてる」
早苗「純平! 私、お母さんと杏里のとこへ行きたい」
純平「気持ちは、解るけど、そんな事、考えちゃだめだよ」
早苗「辛くて、もう耐えられない」
純平「辛い思いをしたんだね。もう、一人で苦しまないで」
早苗「どうしたらいいのか解らない」
純平「僕もどうしていいか、何を言ったらいいのか……でも、僕は、いつでも君の味方だよ」
早苗が涙目で純平を見る。
純平「僕の話を聞いて」
   早苗がうなずく。
純平「僕も早苗さんの出来事を初めて聞いた時、驚いてしまって、どうやって、慰めたらいいのかわからなかった」
早苗「……」
純平「先日、母さんのお見舞いに行ってきたんだ。ニットの帽子を持って」
   早苗、涙を手で拭いながら、
早苗「帽子どうだった?」
純平「とっても似合っていた。早苗さんが選んだって聞いたら喜んでいたよ」
早苗「よかった」
純平「お母さん生死の境をさまよって、やっと峠を越えたんだ」
早苗「そうだったの」
純平「色々話をしていた時、早苗さんの話が出て相談に乗ってくれたんだ」
早苗「お母さんに話したの?」
純平「と言うか、もう耳に入っちゃってて。病院に行った時には、もう知ってた」
早苗「そうなの……」

○(回想)富沢中央病院・305号室・中
   個室のベットにニットの帽子を被って横になっている優子。
   腕には、点滴がされている。
   ベットの脇の椅子に座って優子を見ている純平。
優子「私は、もう死んでしまうかもしれないって思った時、少し悲しくて、でも諦めに似たような気持になったわ。その時ふと、思ったの『やり残したことは無いのか、私の人生はこれで良かったのか』って。そして純平の事を思ったわ。この子に大事な事をまだ伝えていないって」
純平「大事な事?」
優子「そう、人は、生きて行く時、思わぬ困難に出くわす事があるわ。でも人生あきらめちゃだめ。辛い時は、泣けばいい。いっぱい泣いて、いっぱい笑って、そしていっぱい恋して、苦しい時は、誰かに頼ればいいって」
純平「……」
   微笑みながら純平を見る優子。

○早苗の部屋・中(夕)
   ベットの上で早苗が膝を抱え椅子に腰かける純平を見ている。
純平「お母さんの言った事が僕には、良く解る。人生あきらめちゃダメだって」
   早苗、遠くを見つめるような目で、
早苗「お母さんも必死に生きているのね……」
純平「ああ、生きることに一生懸命さ。だから諦めないでほしんだ早苗ちゃんにも」
   早苗、純平を見て、
早苗「ありがとう、純平。なんだか少し気持ちが楽になったわ」
純平「僕で良ければいつでも相談にのるよ。だから学校もう一度行って見ないか?」
早苗「行きたい…… と思うけど怖いの。皆が私の事どう思っているのか」
純平「そうだね、解るよその気持ち。不安だよね。でもね、少し状況が変わってきてるんだ」
早苗「状況が変わった? どういう風に?」
純平「君の事を皆が知った時は、驚いてしまって。ちょっとしたパニック状態だったんだ。でもね少し時間が経って皆、冷静になって来たんだ」
早苗「……」
純平「でね、今は、興味本位でからかう奴は、居なくなった。でも、やっぱり考え方の違う奴は、居るね。良い奴も居れば悪い奴もいる。全員良い人には、なれない。でも、少なくても僕は、君の見方だよ」
早苗「そうなの、やっぱり悪く言う人もいるのね(俯く)」
純平「それで良いんだと思う。世の中って色々な考え方があって個性だと思う。だからって全員悪い奴じゃないし。見方もいっぱいいるよ。クラスのほとんどの人が君を待ってる」
早苗「そうなの? 私なんかを待ってる人なんているの?」
純平「ああ、堤とか金山さん、君が来る事を待ってるよ」
早苗「金山さんが?」
純平「ああ、『虐める奴は、私が承知しない』ってすごい剣幕で男子脅してたよ」
早苗「どうして? 金山さんって私の事嫌いだったんじゃ……」
純平「僕も、少し誤解していたんだけど彼女も結構苦労して来たみたい。今じゃ早苗さんの事、一番心配している」
早苗「はあ…… 金山さんが」
純平「どう? 行って見ないか。学校」
早苗「純平、何かあったら助けてくれる? 私の事」
純平「ああ、もちろんだとも」
   ドアをノックする音。
諒子の声「入るわねー」
   諒子がトレーに2つ紅茶を持って部屋に入ってくる。
   諒子の目は潤んでいる。
   諒子がトレーを机に置く。
   諒子が涙をぬぐう。
諒子「紅茶さめちゃった。ごめんなさいね。ドアの前まで来たら話し声が聞こえてしまって、入れなくなっちゃった。今日は、夕飯用意するから食べて行ってね」
純平「夕飯ですか、でも……」
早苗「ねえ、純平。食べて行って。おねがい!」
純平「わかりました。ご馳走になります」
諒子「(笑顔)嬉しいわ。今晩は、いっぱい食べて行ってね」

○同・ダイニング(夜)
   部屋の中央には、ダイニングテーブルが置かれている。
   部屋奥にキッチンのカウンターがありその奥で諒子が料理を作っている。
   テーブルの椅子に並んで座っている純平と早苗。
   テーブルには、料理が並んでいる。
   諒子が料理の皿を持ってきてテーブルに置く。
玄関から浜崎 順次(50)「ただいまー」の声。
諒子「おかえりなさい」
   順次がダイニングに入ってくる。
   純平が立ち上がる。
純平「お邪魔してます」
諒子「この子、早苗の同級生。早苗と仲良くしてもらってるの。ちょうどよかったわ。さっ貴方も掛けて。一緒にご飯にしましょう」
順次「おお、早苗の友達か。初めまして。まあ、硬くならないで、掛けて、掛けて」
純平「失礼します」
   純平が腰掛ける。
   順次は、ネクタイを緩め上着を脱ぎ諒子に渡し腰掛ける。
   諒子が上着を持って部屋を出る。
   ×  ×  ×
   諒子が椅子に腰掛ける。
諒子「さあ、冷めないうちに召し上がれ」
純平「(手を合わせ)頂きます」
   皆で料理を食べ始める。
   諒子、順次のコップにビールを注ぐ。
諒子「純平君、今日は、ありがとうね。来てくれて」
純平「いや、僕なんかでお役にたてるのならいくらでも来ます」
諒子「純平君て優しいのね。それなのに叩いてしまって……」
純平「大丈夫です。でも、本当は、少し驚きました」
早苗「ほんと、私もびっくりしちゃって、もう、どうしようかって……」
諒子「ごめんなさいね」
純平「いいんです。もう気にしないで」
諒子「ねえ、唐揚げ食べて。上げたては、美味しいわよ」
   純平、唐揚げを取り頬張る。
純平「おいしい! しばらくぶりだな、上げたて食べるの」
   早苗、微笑みながら、
早苗「美味しいでしょ。叔母さんの得意料理なのよ」
   諒子、二人を見て微笑む。
諒子「まあ、ありがとね。一杯食べてってね」
   順次、ビールを一気に飲み干す。
順次「あー美味い。最初の一杯ってどうしてうまいんだろうね」
早苗「お腹すいてるからじゃない?」
順次「そおかな―?」
   諒子、順次のコップにビールを注ぎながら、
諒子「良かったわ。こうやって皆で、ご飯食べられるって(涙目)」
順次「ああ、純平君のおかげかな」
早苗「ごめんなさい私のせいで……」
順次「気にするな」
順次、唐揚げを箸で取ろうとするが箸から唐揚げがこぼれ落ちる。
順次「あれ? この唐揚げ活が良いな、逃げられちゃった(笑顔)」
諒子「やだわ、貴方もう酔ってるの?」
   純平、クスッと笑いながら早苗を見る。
   早苗、純平と目が合い微笑む。
諒子「さあさあ、逃げられないうちに早くたべて」
   ×  ×  ×
   テーブルの上には、ビールの空き瓶が2本。
   食べ終わった食器を片付けている諒子。
   純平、立ち上がり、
純平「ごちそうさまでした。そろそろ帰ります」
   諒子、手を止めて純平を見る。
諒子「純平君、今日は、ありがとね。早苗の事を頼むわね」
   早苗、立ち上がり、
早苗「純平……」
純平「どうした?」
   考え込む早苗。
早苗「私、学校行くのが怖い」
   皆が早苗の顔を見る。
純平「そうだね、怖いよね。無理しなくても良いんだよ」
諒子「早苗、純平君が付いてるじゃない。きっと大丈夫よ、ねえ純平君」
純平「辛い時は、いつでも言って、僕は、君の見方だよ」
早苗「うん、わかった…… がんばって行って見る」
諒子と順次が目を合わせ微笑む。
順次「純平君、これからも早苗の事、宜しく頼むよ」
純平「こちらこそ宜しくお願いします」
純平が諒子の顔を見ながら、
純平「あのー、お願いがあるんですが」
諒子「何?」
純平「唐揚げの作り方教えてもらいたいと思って…… 今度お邪魔しても良いですか?」
諒子「純平君が唐揚げ作るの?」
純平「お母さんが入院中で食事、僕が作っているんですけど今度お父さんに美味しい唐揚げを作ってやりたいんです」
諒子「まあ、そう言う事だったの。偉いわね。いつでもいらっしゃい。その他の料理も叔母さんが教えてあげる」
純平「ありがとうございます」
純平と早苗が目を合わせ微笑する。
純平「明日から登校する時、迎えに来てもいいかな?」
早苗「うん、待ってる」
諒子「良かったわー、純平君、今日は、ありがとう」

○池谷南中学校・2年B組・中(朝)
   生徒達が雑談している。
   教室後方の入口が開き純平が早苗と並んで入ってくる。
   生徒全員が2人を見る。
   ざわつく教室。
   堤が立ち上がり、
堤「よー純平やったな!(微笑む)」
純平「おはよう」
   席に就く2人。
   美穂が2人の所に歩いてくる。
美穂「おはよう」
純平「おはよう」
早苗「(下を向き)……おはよう」
美穂「立花さん、片桐の奴ぶっ飛ばしといたからね」
純平「えーっ、ぶっ飛ばしちゃったの?」
   早苗、驚いた顔で美穂を見る。
美穂「冗談よ、冗談(笑う)かるく、かるくね」
   早苗、微笑。
美穂「(笑顔で)立花さん、がんばってね」
   美穂、自分の席に戻っていく。
堤「金山さんって、ああ言うやつだっけ?」
純平「ああ、そうかもね」
   純平と早苗が顔を見合わせ微笑む。

○竜崎家・玄関・中(朝)
   テロップ『4年後』
   ジャンパーを着た竜崎純平(18)が上がり框に座り靴ひもを結んでいる。
   横には、ショルダーバックが置かれている。
   廊下の奥から優子がマフラーを持って出てくる。
優子「純平、外寒いからこれ持って行きなさい」
   マフラーを差し出す。
純平「あー、ありがとう」
   立ち上がりマフラーを受け取る。
純平「かあさん、今日夕方、ちょっと早苗さんと会ってくるから」
優子「大丈夫なの? 来月センター試験でしょ。早苗さんだって受験勉強で忙しんじゃないの?」
純平「うん、あいつ何か俺に相談があるって。しばらく会ってなかったし」
優子「そうなの、わかったわ。あまり遅くならないようにね」
純平「じゃ、行ってきまーす」
   ショルダーバックを肩に掛けマフラーを首に巻きながら玄関を出ていく純平。

    〈了〉

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