信号の一生 ドラマ

森野酒店前の信号機の信号は森野家を見守っていた。 ある日、森野家は経済苦のため新興宗教に傾倒していく。 信号は動き出すのだった。
若林宏明 41 0 0 01/03
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第一稿

○交差点

 交差点の先に森野酒店。

○信号機

 青を点灯する信号機。

信号の声「私の名前は信号(しんご)とでもしておこう」

 黄色になり赤になる。
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○交差点

 交差点の先に森野酒店。

○信号機

 青を点灯する信号機。

信号の声「私の名前は信号(しんご)とでもしておこう」

 黄色になり赤になる。

信号の声「森野酒店近くの交差点に私はいつもいた」



○森野酒店

 春。

 どこからか桜の花びらが舞う。

 酒屋から子どもが出てくる。

 森野信行(10)歳である。

信号の声「走ると危ないぞ」

信行「うるさいな、早く青にして」

信号の声「そうはいかない、信行君だけの道じゃない」

 信行、ポケットの小銭に確認する。

信行「やべ。カード買ったら菓子かえねえ」

信号の声「ほら、立ち止まってよかったじゃないか」

 信行、店に戻ろうとする。

 ちょうど、祖母のヤス子(79)が来る。

ヤス子「どうしたんだい? 急いで」

信行「ちょうどよかった。おばあちゃん探してたんだよ」

ヤス子「そうかい、なんだい?」

 酒屋に客が出入りしている。

ヤス子「はい、いらっしゃい」

 奥から信行の父、研二(46)。

研二「いらっしゃいませ」

信行「学校で使う消しゴムなくなったんだ。お母さん買い物行ってるから、おばあちゃん500円ちょうだい」

ヤス子「消しゴム、500円もするのかい」

信行「えっと……ノートもないんだ、だから500円」

ヤス子「それじゃあ、しょうがないね」

 500円、渡す。

 信行、走って行ってしまう。

ヤス子「スナック菓子ばっかり買うんじゃないよ。体にわるいから」

信号の声「私におばあちゃんはいない。私は信行君のおばあちゃんを見ていて、おばあちゃんというのは何はともあれ、絶対に孫の味方だとということを知った」



○道

 梅雨。



○森野酒店

 曇った雨空。

 店の前に霊柩車が停まっている。

信号の声「おばあちゃんが家からあまり出なくなってから数日後の事だった」

 酒屋から、研二、智子(39)、少し遅れて信行が出て来る。

 霊柩車を見送る。

 雨が降り出す。



○信号機

 赤から青に変わる。

 雨がたれる。

信号の声「おばあちゃんの姿がなくなった」



○森野酒店

 礼服の三人が店に入る。 



○信号機

 陽炎。

 蝉の声。



○森野酒店

 祭りの飾りつけがある。

 酒店の客の出入りがある。

 自転車に乗った中学生の信行が帰って来

 る。

 友だちの鹿間祐一も一緒だ。

 酒屋の前の椅子に座る。

 信行が一度店に入りアイスを持ってくる。

信行「ほい」

 渡す。

祐一「ありがとう、うま」

信行「生き返る」

祐一「信行さ、今日祭りどうする?」

信行「どっちでも、みんなは行くの?」

祐一「とりあえず、行くかみたいな話になってるけど」

信行「ふうん、あちいし、オレはどうしようかな」

祐一「新木たちも来るらしいぜ」

信行「はあ? 女子も誘ったの?」

祐一「わかんね、祭りの話してたら、近くにいたみてえ」

信号の声「暑くなって来ると、お祭りが始まる。みんなどこか楽しそうだ」



○交差点の奥

 遠くに神社が見える。

 祭りの音。



○森野酒店

 行き交う浴衣姿の人々。

信号の声「祭りが始まった」

ヤス子の声「あんたもずっとここにいて、見てるだけじゃつまらないね?」

 交差点にヤス子がいる。

信号の声「あなたは……」

ヤス子「信号がそんなに驚くことないじゃないか。この時期だから少しみんなの顔を見に来ただけさ」

 ヤス子、神社の方を見る。

 信行と浴衣姿の新木仁美が歩いて来る。

ヤス子「おい、信号の信号(しんご)じゃまするんじゃないよ」

信号の声「おばあちゃんこそ」

ヤス子「あたしの姿は見えないさ、死んでるんだから」

 二人が店の前まで来る。

仁美「ここ信行んちのお店?」

信行「知ってんだろうよ」

仁美「……」

信行「今日は親、祭りの役員だから店閉めてるんだ」

仁美「ふうん」

 ヤス子と信号、遠目から見ている。

ヤス子「信行は本当とろい子だね、ねえ?」

信号の声「はい? 何がですか?」

ヤス子「信号、あんたもとろいね、それじゃ彼女できないよ」

 信行と仁美、気まずい間。

信行「アイス食べる?」

仁美「いらない」

信行「そう……」

仁美「やっぱいる」

 取りに行く信行。

 遠くからクラスメイトが歩いて来る。

 信行、アイスを両手に出て来る。

信行「はい、バニラ」

 クラスメイトたちの声。

 仁美、手のふさがった信行にキス。

信行「!」

ヤス子「まあ!」

 仁美、恥じらい立ち去る。

 クラスメイトが大分近くまでくる。

 一人残される信行。

 アイスをポロっと落とす。

ヤス子「いいね、信号(信号を見る)」

 青色の点灯から赤色に変わる。



○森野酒店

 コートを着た高校生の信行が帰宅する。

 酒屋の壁のポスターが減っている。

 店の雰囲気も寂しい。



○交差点

信号の声「スーパーやモールに行く客が増え、私を見る車も大分減った」



○森野酒店・店内

 冷蔵庫や日本酒も大分、減っている。

 信行、店から自宅の居間に入る。



○居間

 研二はテレビを見ながら晩酌。

信行「ただいま」

研二「今、テレビ見る人間が減っているんだとさ、買い物もネット?(アクセントがおかしい)で買うんだと」

信行「ネットね、インターネット」

研二「パソコンのボタン押せば、買えて宅配で家まで届くんだとさ」

信行「ふつうじゃんか」

研二「これじゃ、わざわざ酒屋まではいかないよな」

信行「……」

 信行、二階の自室に向かう。

 ガラケー携帯にメールが入る。

 仁美からだ。



○信行の部屋

 MDをコンポに入れて音楽をかける。

 ベッドに寝転がる。

 窓からは信号が見える。

 黄色を点滅している。

 仁美のメール内容を見る。

 『何か食べにいきたい』

 智子が帰宅した物音がする。

 帰宅するなり研二と喧嘩をはじめる。



○居間

 研二と仕事帰りの智子が口論している。

 智子は工場の制服のままである。

智子「夕方からお酒のんで愚痴ばかり言っても仕方ないでしょう」

研二「愚痴ではなく、現実の話だよ。向こうは大手で大量に安く仕入れられる」

智子「だから、日本酒でも洋酒でもいいから特徴のあるものを仕入れて」

研二「そういうのは、インター? ネットでみんな買うんだ、それに俺はウイスキーやなんかに特別こだわりはない、親父の代ではじめたただの酒屋だからな」

智子「それでもどうにかしなきゃ、信行だって大学行くかもしれないし」

 信行、来る。

 二人の会話には入らず通り過ぎる信行。

信行「祐一とファミレス行ってくる」

智子「夕飯は? また後から作るのは勘弁してよ」

信行「食べてくる」

智子「そんなお金ないでしょ」

 信行、行ってしまう。

智子「どうせ、後から何か食べる物ないって言ってくるに決まってるんだから」



○道

 自転車で走る信行。 



○森野酒店・居間

 研二と智子。

智子「あなた、とにかく行(ぎょう)をしましょう」

研二「俺は後でいいよ」

智子「毎日の行で天に近づくんだから、お酒が売れるアイデアも天からもらえるから」

研二「……そうか、そうだな」

 二人は和室へ。



○和室

 小さな祭壇がある。

 二人は行を始める。

 近くには仏壇。

 ヤス子の遺影。

 行が終わる。

智子「今度の日曜の会合で橋本先生から指導を受ければ私たちの人生は天に近づく」

研二「ああ、おばあちゃんが亡くなって、商売がうまくいかなくなった時に、何度か晴天空に出会えてこれまで何とか切り抜けてきた」

智子「そうよ、多少お酒は飲んでもここまでやってこれたじゃない。天はもうすぐよ」

研二「そうだな、さっきは大声だして悪かった」

智子「天を信じましょう」



○信号機

 赤く点灯する。



○会館 

 晴天空の会館。 

 信者が座っている。

 その中に、研二、智子、信行。

 信者の一人の信仰体験の話が終わる。

 司会が橋本一真(68)を紹介する。

司会「本日、橋本先生がご来館くださいました」

 拍手。

 泣いている信者もいる。

 マイクが渡される。

橋本「晴天はここにあり」

 胸に手を当てる。

橋本「皆様方の全て、ここには晴天あり」

 大きな拍手。

橋本「何があってもここには晴天」

 われんばかりの歓声。



○同・ロビー

 橋本と握手をする列。

 研二家族に順番が来る。

智子「先生、ありがとうございました」

橋本「おお、お顔、憶えてますよ」

智子「ありがとうございます」

橋本「まず行です。行が根本です」

智子「うち、自営業なんですがネットの波が来てなかなか……」

橋本「大丈夫です。天は見方します。行ありきです。そしてその苦しい中から天物を備えるのです」

 司会が来る。

司会「(耳打ち)そろそろ、お車の用意が」

智子「かしこまりました。長々とすいません」

橋本「謝ることはありません。全ては天のため、全ては皆様の幸福のため」

 橋本、拍手の中、退場。

智子「やはり苦しいときこそ、行ね」

研二「ああ、頑張ろう」

智子「それに天物ね」



○同・ロータリー

 信者に囲まれながら車に乗り込む橋本。



○車の中

 後部座席。

 橋本と若い女の秘書。

橋本「ぎゃあぎゃあ、うるさいな、欲求不満のばばあばかりだ」

 橋本、女秘書を見る。

橋本「今日までの天物は?」

秘書「はい(資料を渡す)」

 橋本、数字を見る。

橋本「もっと大きな会場での指導会が必要だ」



○銀行

 田舎町の銀行。



○同・内

 ATMの前に研二。



○交差点

 通帳を見ながら森野酒店に向かう研二。

 晴天空に振込が記載されている。

信号の声「人は何かを信じているらしい」



○森野酒店

 研二、中に入る。



○キッチン

 昼食を作る智子。

智子「ちょうどよかった、お昼にしましょう」

研二「ちゃんと振り込んだぞ」

智子「一安心ね」

研二「晴れてきたな」

智子「ねえ、午後からせっかくだから、夕飯まで行をしない?」

研二「長くか」

智子「そう、橋本先生は仕事に支障がない限り行は長ければ長いほどいいって」

研二「うん、そうしよう、長く行すれば天霊がおりる」

智子「そうしましょう。私たちの生活は絶対に変わる、天物も振り込んだし」

研二「よし」



○交差点

 信行、下校。

 自宅の森野酒店に入る。



○和室

 行を行う研二と智子。



○居間

 自室に向かう信行。

 行の声が聞こえる。

信行「くだらねえ」

 行が止まる。

 襖が開く。

智子「信行? お帰り」

信行「ただいま」

智子「一緒に行しない? 別に強制じゃないけど」

信行「試験勉強だから」

智子「無理にじゃないけど、行すればいい点とれるようになるよ」

信行「着替えて来るよ」

智子「そのままでいいわよ、あまり長く中断したくないから」

 和室に入る信行。



○和室

 行を行う三人。

 傍らに仏壇。

 仏壇の横に正座するヤス子。

ヤス子「ちょっとあなた達、それはいいけど今日は私の月命日よ。まあ、別にお供え物はいらないけどお水とお茶ぐらいかえてくれたっていいじゃないの」

 ヤス子、行を行う家族から部屋の片隅に目 

 を移す。

ヤス子「それに」

 部屋の隅には暗い顔をした人々が沢山い 

 る。

ヤス子「あまりその変なお祈りしない方がいいわよ、色々な人が集まっているじゃないか」

 研二たちには人々の姿は見えない。

 研二、智子、信行にまとわりつく人々。

ヤス子「あっち行きなさい」

 人々は唸るだけで何も答えない。

 人々はやがて黒いもやとなる。

 黒いもやは三人にまとわりつく。



○交差点

 信号が点滅している。



○森野酒店

 夜の店内。

 在庫が少なくスカスカ。



○工場

 工場で働く智子。

 疲れている。



○会館

 橋本が講演している。

橋本「仕事中も心の中で行を行うのです。仕事も日常も上手く回転し天につながるのです。そして当然、豊かになるのです」



○工場

 つぶやきながら仕事をする智子。

 ふと、ミスをする。

 注意力散漫で怪我をする。



○病院

 外科。

 大したことなくすむ。

 迎えにくる研二。



○車の中

 研二と智子。

研二「大したことなくてよかった」

智子「うん、これも天につながっているおかげ」

研二「ああ、魂の悪いものが出たんだ」

智子「これからもっとよくなる」



○森野家・食卓

 深夜。

 研二と智子。

 督促状がテーブルに。

研二「信行の大学どころじゃなくなった」

智子「行しかないわね」



○同・信行の部屋

 ベッドで眠れずにいる信行。

 行の声が聞こえる。

 寝返りを打つ。

 眠れずに灯りをつける。

 机には教科書や参考書。

 机の片隅には橋本が写った写真立てがあ 

 る。



○和室

 信行が来る。

信行「オレも一緒に」

 智子、うなづいて喜ぶ。



○信行の高校

 教師、信行、智子による三者面談。

教師「ええ、現状ですと微妙なところです」

智子「200人以内には入っているじゃないですか」

教師「あくまで、目安です。150位くらいまでの推薦は確実ですが」

智子「大学に行ってもらわないと、私立に入れた意味がありません」

教師「あと内申が0.2あがればこちらの学部に推薦できますが」

智子「次の試験頑張ってなんとかあげれば」

信行「ああ、そうか」

教師「そうですね、まだ少しでも上げられそうな科目を頑張ってみれば」



○校門

 下校する生徒。

 校門から出る智子と信行。

智子「学費は何とかするから、頑張ろう」

信行「うん」



○森野酒店

 閑散とした店内。

 品ぞろえも少ない。

 佇む研二。

 智子と信行が帰って来る。

 信行はすぐに部屋に行ってしまう。

研二「おかえり」

智子「信行、部屋に行く前に手洗いうがいしなさい。外から帰ってきたら。(研二に)どうしたのふさぎ込んじゃって。お客さんを呼び込まないと」

研二「……ちょっと、いいか。いよいよだな」

智子「……」



○同・キッチン

 督促状の山。

研二「これ」

智子「いつものじゃない」

研二「いや、市のこれ」

智子「市のは分納して」

研二「いや、してない」

智子「はい?」

研二「いや、税金の分は仕入れに使って」

智子「……ちょっと待って」

研二「県の収納課に回された。逃れられない」

智子「いや……」

 智子、考えを巡らす。

智子「在庫管理はあなたの仕事だけど、私なりに計算したの。余分に仕入れてなんてない」

研二「……」

智子「ちょっと! 一体何にお金使ったのよ!」

研二「株で……」

智子「あなた株なんてわからないじゃない」

研二「教えてもらって」

智子「そんなわけないじゃない、株なんて……もしかしてギャンブル?」

研二「株みたいなものだ」

智子「何よ、それ」

研二「畑中さん、いるだろ」

智子「畑中さんって、いつも家が焼酎とホッピー宅配してる」

研二「そうだ、あの人にネットの投資の話を聞いたんだ」

智子「それで、ここのところいやにスマホを見ていたのね」

研二「店もうまくいってないし、信行も進学するかも知れないから」

智子「一体いくら……」

研二「絶対に三倍になるって、大きな倍率ではなくて、確実に三倍になるって説明されて、だから、投資金額を大きくすればそれが確実に三倍になるって」

智子「……」

研二「……ゼロだ、投資金額はゼロになった」

智子「悔しい……畑中さんの家に行く」

研二「彼に罪はないよ、それに引っ越したよ、奥さんと離婚したらしい…それに畑中さんは会社の金を投資していたんだ、会社もクビだ」

智子「……」

研二「終わりかな……」

智子「……いや、待って。今が行を行う時よ」

研二「?」

智子「橋本先生の指導を忘れたの? 天に向かうタイミングなのよ、地に見える状況は天に向かう近道なの。行の力で乗り切るの」

 物音。

 信行、帰宅。

 信行、そのまま自室へ。

智子「信行待って、三人で話し合いましょう」

信行「はあ?」

智子「私たち家族の将来について」

信行「いいって、そういうの」

研二「何言ってるんだ」

信行「別にオレ、大学行かなくてもいいし、

働くから」

智子「大学は行った方がいい。私たちはこれからの希望について話し合うのよ」

信行「や、まじ、もういいから」

智子「……」

信行「行とかもいいから、オレ宗教とか関係ないし」

研二「一番大事なことじゃないか」

信行「前から言おうと思ってたけど、オレ、信じてないから」

智子「今更何を言ってるの?」

信行「おばあちゃん生きてた時は、晴天空やってなかったじゃん」

研二「……」

智子「信行、今のあなたの発言は悪霊の仕業よ」

信行「そんな事ないって、酒屋がうまくいかないからって、変な物信じるなよ」

研二「研二!」

智子「あなたが大学に行けるかどうかも天にかかってるのよ」

信行「商売がうまくいかないのは、ネットの時代になっただけで、宗教なんて関係ない。それにうちの金だって天物とかいって晴天空に金寄付してるからなくなってんじゃないの?」

智子「天物は全てがうまく回るために奉納しているの。お金がないのは仕事やお父さんが良かれと思ってした事が裏目に出ただけなの」

信行「良かれと思ってした事?」

智子「……それは」

研二「投資詐欺にあったんだ」

信行「はあ?」

智子「これも毒出し、天にこれからつながっていくから大丈夫。大事なのは家族一丸になって行をする事よ」

信行「おれはやんねえ、別に大学も行かなくてもいい」

 信行、行ってしまう。

智子「信行!」

研二「これは橋本先生の教え通りだ。大きく変わる時に変化が起きる」

智子「そうね、信行の事も含めて、山田道士に一度相談しましょう」



○夜の信号機

 ヤス子が現れる。

ヤス子「信行の言う通りだよ」

信号の声「あら、お盆は終わりましたよ」

ヤス子「あまりに家族が心配で見に来たのよ」

信号の声「そうですか」

ヤス子「そう、でめ見守るだけで何もできないの」

信号の声「私と一緒ですね」



○会館

 天告室。

 山田道士と研二、智子。

山田「全て教え通りです。橋本先生がここにいらっしゃったら、いよいよ天への道が見えたというでしょう」

智子「私たちもそう思いましたが、息子に色々言われると」

山田「悪霊は弱みに付け込みます」

研二「具体的にはどうしたら?」

山田「ここが正念場です。巷に広がる邪教ならお布施や物を買わす事でしょう」

研二「……」

山田「晴天宮はそんな事はしません、では」

 山田、突如、祭壇で祈祷を始める。

 研二、智子後に続く。

 山田、神がかり倒れる。

山田「……我らは正念場では言を授けます」

研二「コト?」

山田「メッセージです」

 山田の手が勝手に動き、名刺サイズの紙に 

 言葉が書かれる。

山田「こちらをお渡しします」

研二「何と?」

山田「どれどれ、私も始めて見ます。天からの言葉です。しを忘れるな、さればひらくぞよです」

研二「し? とは」

山田「師匠の師ですね。つまり天からの代弁者が橋本先生のことですね。橋本先生のお言葉がそのまま天の言葉である。橋本先生の言葉通りに行動すれば必ずや人生が開けるとの意味です」

研二「なるほど、素晴らしい」

山田「こちらは大切に保管して下さい」

研二「はい、ありがとうございます」

山田「橋本先生の書籍を家に帰って呼んで見て下さい。これまでとは違うメッセージがあるはずです。帰りにフロントで新刊を購入されてもいいでしょう」

智子「ありがとうございます。希望が見えてきました」

山田「くれぐれも言だけは大切に保管してください。行の最中に言を見つめるのもいいでしょう」

研二「はい、ありがとうございます」



○同・売店

 新刊を買う研二と智子。

スタッフ「おめでとうございます。言を頂いたそうで」

智子「はい、助かりました」

 研二、言を入れる定期入れの革ケースを見 

 つける。

スタッフ「ああ、そちらとても丈夫な言を入れるケースです。言は大切に保管しないといけないものですから。ちゃんとその革素材も浄化してあります」

研二「じゃあこれも」

スタッフ「お値段確認しないで大丈夫ですか? こちらは特別なもので十万になります」

智子「!」

研二「そうですか……」

智子「あなた……」

研二「そうだな、言は大事にしたいのですが」

智子「……」

研二「今日は持ち合わせがなくて、カードも持ってこなくて」

 スタッフ2が出てくる。

スタッフ2「では、本部から着払いで同じものを送りますよ。振込用紙も同封しますので」

智子「本当ですか、助かります。よろしくおねがい致します」

研二「ありがとうございます。先ほど山田道士に相談した。森野です」

スタッフ2「はい、存じております。登録した住所に手配します」

 本だけを買う。

 研二と智子、帰る。

スタッフ2「(二人の後ろ姿を見ながら)嘘よ、カードが焦げ付いているのよ」

スタッフ「財布にカード入っていたの見たわ」

スタッフ2「嫌ね、貧乏人は。行をしても天につながらないなんて、余程前世が悪人なのよ」

スタッフ「まあ、振込までにはなんとかお金用意するでしょう」

スタッフ2「そうね、買って貰わないと私たちがオススメした徳が天から受けられないわ」



○公園

 一人佇む信行。

 通知用紙を見ている。



○交差点

 信行、智子が帰宅する。

 虚ろな表情をしている。

 研二、店じまいをする。

 研二も覇気がない。

信号の声「まるで、みんな幽霊のようだ。抜け殻みたいだ。まあ、信号機の私が言うのもおかしいが」



○森野酒店・キッチン

 研二、智子、信行の夕食。

智子「今日の個人面談で推薦は難しいって」

研二「高い金払って私立入れてエレベーターに乗れなかったら何の意味もない。まあ、店は毎日ガラガラで金が入って来ないから逆に助かったかもしれないな」

智子「後は一般受験ね」

研二「一般じゃ無理だ。その為の勉強していない」

研二「まあ、いいじゃないか。オレだって智子だって大学には行ってない」

 沈黙。

智子「やるだけはやってみましょう。信行、お願い。あなたが受験終わるまで行をしっかりやらない?」

信行「……」

智子「日常の中でも心の中で行を行っていれば」

研二「強制はできない」

智子「私たちの生活を変えるには行しかないの。信行なりでいいから行を行おう」

信行「ああ、わかったよ」



○和室

 行を始める三人。

 ヤス子が現れるが透明になり消える。



○交差点

 ある雨の日。

 暗い空。



○走る車

 酒の配送中の研二。

 真剣に行をする。



○工場

 働きながら行の言葉をつぶやく智子。



○電車内

 通学中の信行も行の言葉をつぶやく。



○交差点

 大雨の中、運転しながら行の言葉を口にする研二。

研二「(行の合間に泣き声で)頼む、天よ、この生活から抜け出させてくれ」

 トラックの雨水をかぶる。

 前が見えなくなる。

研二「ふざけんなよ」

 水がわきによけると、突然、道を横断する小学生。

研二「!」

 ハンドルを切り、ブレーキ。

 車はスリップして制御不能。

 信号、研二の車を見ている。

 赤い光を明滅させる。

 研二、ブレーキを何度も踏むが無反応。

 信号、鉄の枠を自ら外し、落下させる。

 鉄の破片がタイヤ脇に挟まる。

 車は横転する。

 店にぶつかることなく、その場で横転す 

 る。

 飛び出すエアバッグ。

 エアバッグで顔面を強打する研二。

 横に倒れた状態で車が止まる。

 研二は無傷である。

 小学生も何事もない。



○車の中

 叩きつける雨。

 フロントガラスは粉々。

 横向きの状態から立ち上がる研二。

研二「落ち着け、落ち着け、大丈夫だ」

 周りを見る。

研二「落ち着け、落ち着け、スマホだ」

 ポケットにスマホがなく、辺りを探す。

 軽トラが通りかかる。

 中年の男が来る。

 戦車のハッチのようにしてドアをあける。

男「大丈夫かい? 救急車呼ぼうか」

研二「あ、一応、大丈夫なんですが」

男「話せるんだな」

研二「ええ、警察に連絡しようと思ってるんですが、スマホが」 

男「俺が電話してやるよ」

 スマホを探す研二。

 男が外に落ちたスマホを見つける。

男「あったよ」

研二「ありがとうございます」

 男、警察に電話する。

男「電話はしたから、俺、仕事だから行くよ」

研二「すいません、ありがとうございます」

 研二、スマホをかけようとする。

 が、やめる。

研二「そうだ、家の前だった」

 警察が来る。

 現場検証。

 レッカーが来る。



○病院・診察室

 医者と研二、智子。

医者「右向いて、左向いて」

 医者、カルテに書き込む。

医者「シップを処方しますね」

智子「何でもないんですね」

医者「ええ、今日夜にもしかすると、筋肉が強張るかもしれませんが」

研二「……助かりました」

医者「一応、頚椎捻挫ということになりますが、何でもありませんね。労災とか自動車保険に申請するものはありますか」



○同・駐車場

 研二と智子。

智子「運がよかった、守られたのよ」

研二「……ああ……横転した瞬間から警察に連絡するまで一度も行について考えなかった」

智子「?……」

研二「普通は一番に唱えそうなものなのなのに……」

智子「……」



○交差点

 信号、部品が落ちている。

 傍らに、ヤス子。

ヤス子「ありがとうね」

信号の声「いえ、私は何もただ部品が消耗していたようです」

 信号機を見に業者が近づく。

 撤去交換作業を始める。



○会館

 山田、研二、智子、信行。

山田「あなた、家族揃って退会なんて」

研二「ええ、決めたことなので」

山田「天に見放され、しかも退会という罪で悪霊に狙われますよ」

研二「いや、私たち家族なりには必死に行をしました。悔いはありません」

山田「今まで積んだ徳は全て消えますよ」

智子「退会します」

山田「それでは休会という形にしませんか」

研二「いえ、もう決めたんで」

山田「わかりました。非常に残念です。差し支えなければ、理由を教えて下さい」

研二「私が自動車で横転事故を起こしまして無傷だったんです」

山田「ほら、天が守っているではないですか」

研二「いや、そんな感じてはないんです。むしろ厄がおとされたような」

山田「厄とは失礼な」

研二「いや、直感的に晴天宮を辞めようと」

山田「全く意味がわかりませんね、橋本先生にも失礼です」

研二「それにその日はよく考えてみたら、母の、おばあちゃんの命日で、おばあちゃんが守ってくれたのかもしれません」

山田「ナンセンスです」

研二「いづれにしても、退会します」



○道

 トラックが走る。

 荷台には信号。



○廃品集積所

 信号が捨てられる。



○暗い部屋

 信号が捨てられている。

信号の声「ここは……」

 どこからともなく声がする。

声「あなたは……」

信号の声「はい? 私ですか?」

声「そうです。あなたはその立場にありながら手を貸しましたか?」

信号の声「手を?」

声「森野研二を助けましたか?」

信号の声「……ええ、事故で危なかったので」

声「あなたは人間に手を貸してはいけないはず」

信号の声「ええ、まあ、でもいつも見ていたので助けたくなってしまって」

声「わかりました。これから先の判断は上のものが決めます」



○廃品集積所

 捨てられた信号。



○森野酒店

 春。

 店内の商品が充実している。



○川沿いの道

 桜が咲いている。

 走る車。



○車の中

 研二と智子。

 桜。

智子「こんな日が来るなんて」

研二「ああ、信行が酒屋を継いでくれてよかった。当面は安心だ」

智子「ネット様々ね……あの時、退会してよかった」

研二「ああ、あれ以降、少しづつ人生が好転した」



○産婦人科

 車が入る。



○同・ロビー

 信行が来る。

信行「こっちこっち」



○部屋

 妻の仁美と赤ちゃん。

研二「名前は決まったのか」

信行「ああ、信五にした」

智子「しんご?」

信行「うん、うちの酒屋の前の交差点で何にしようかなと考えながら信号待ちしていて、信号、信五にしようってひらめいた」

智子「いいわね」



○信五の視点

 信五を見つめる森野家の顔。

信号の声「暗い闇をぬけると、森野酒店の人々の顔があった。それが私の最後の記憶だった」



おわり

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