人物
早乙女恵(29)
早乙女翔(6)
橋本照行(75)
橋本広乃(74)
三島樹(7)
間宮信二(32)
婦警
○早乙女家・中
恵「翔ー、お使い、行ってきて」
翔の部屋に呼びかける早乙女恵(29)。
のそのそと部屋から出てくる早乙女翔(6)。
翔「お菓子買ってもいい?」
恵「ひとつだけよ」
翔「やった!ジオレッドの飴買ってもいい?」
恵「ちゃんとママのお使い出来たらね」
大急ぎでリュックに荷物を詰めだす翔。
翔の頭を撫でる恵。
〇橋本家・玄関
橋本照行(75)が車のキーを持って出かけようとする。
広乃「ちょっと。車で行くの」
怪訝そうな顔をする橋本広乃(74)
照行「便利だからな」
広乃「最近、私たちくらいの人の交通事故してるじゃない。運転やめたら」
照行「ほかの人はだろ。俺は働いてるし足も悪くないし大丈夫だ」
そういって出ていく照行。
広乃「(心配そうに)大丈夫かしら…」
○公園・前・道路
荷物を持って歩いている早乙女翔(6)。
レジ袋からレンジャーものの飴が転がる。
翔「あ、ジオレッドが!」
飴玉を追いかけて道路に飛び出す翔。
その直後照行の乗った車が通りがかる。
慌ててブレーキを踏む照行。
急ブレーキの音の後画面が真っ暗になる。
○公園・中
翔「ねぇ、ママはどこ」
ブランコの前で井戸端会議をしている大人たちに声をかける翔。
大人たちは振り向かない。
翔「ねぇ、ねぇってば!」
大声を上げる翔。
誰も気がつかない。
翔・声「(次第に落ち込んできて)なんでみんな聞こえないの」
ベンチに膝を抱えて座り込む翔。
樹の声「ねぇ君も死んじゃったのか?」
目の前に立つ三島樹(7)。
翔「君も…ってことは僕は死んじゃったの」
樹「なんだ気づいてないのか」
驚く樹。
樹「ちょっとこい!」
樹、翔を連れて走っていく。
〇警察病院・前
病院の前に止まるタクシー。
中から恵が泣きはらした顔で出てくる。
病院に駆け込んでいく恵。
遠目からその様子を見ている翔。
樹「行くぞ」
翔の手を引いて病院の中に入っていく樹。
〇霊安室・中
薄暗い室内。
駆けこんでくる恵。
恵の後を追って扉を通り抜けて部屋に入ってくる翔。
婦警「こちらです」
婦警の背後のベッドに横たわる省の姿。
翔「…俺?」
恵「…」
婦警「本日午前10時頃、高齢者の運転する自動車にひかれ死亡が確認…」
恵「すみませんどういうことですか」
翔「ママ…」
恵「うちの子何も悪いことしてないんです!買い物も手伝ってくれるいい子なんです!こんな理不尽ありますか…」
肩を震わせしゃがみこむ恵。
恵の肩に触れようとする翔。
翔の手は透けて触れられない。
〇同・中庭(夜)
ベンチに膝を抱えうずくまっている翔。
樹「ちゃんと別れられそうか」
翔の隣に座る樹。
翔「…君は何で優しくしてくれるの」
樹「え」
翔「何か理由があるんでしょ。だからこうやって僕と一緒にいる」
樹「頭がいいんだな。いや、事故死霊だからか…」
翔「どういうこと」
樹「成仏って聞いたことあるか。天国に行くことだ」
空を指さす樹。
空から細い糸が垂れてくる。
翔「聞いたことあるよ」
樹「幽霊にとって成仏は義務みたいなものだ。じゃないと新しい命に魂が入らないから。でも近年成仏がしない問題児が多発している」
翔「問題児?」
樹「最近、事故死やら殺人やら自殺やらで未練を残したまま亡くなる方が多いんだろう。気が付いた時には地縛霊さ」
翔「でも君も成仏してないじゃないか」
樹「僕は成仏化が義務になる前の魂だから。ほら昔はお化けとか幽霊とかいただろ有名スポット的な」
翔「わからないけど…妖怪時計的な!」
樹「そう!なかなか流行ったんだよ。でこないだのやつも面白かったよなあの…」
翔「でもお化けはほんとはいないってママが言ってた」
樹「いやいるね。だって俺らがそうだから。でも見える奴と見えないやつはいる。その違いはやっぱり感性が大きいかな」
翔「感性のないやつは見れないの」
樹「さぁ?詳しいことはよくわからない。けど…」
翔「けど?」
樹「明日になればわかるさ」
指をならす樹。
次の瞬間、翔の目の前から樹が消える。
翔「え?」
ベンチから立ち上がる翔。
翔「え…嘘だろ」
〇大学・研究室・中
レポートを読んでいる間宮信二(32)。
間宮「で?なんだって」
樹「だから、幽霊を成仏させる方法を知りたいの」
間宮「成仏したくなったの」
樹「俺じゃなくて」
間宮「またよくわからん地縛霊予備軍でたの」
樹「呼び方。お前だって変わってんだからそんなこと言わないの」
間宮「俺は変わってんじゃない。この部屋と環境と周囲の人が変わってるだけだ」
樹「そういうとこ、よくないと思うぞ」
レポートから目を離し、樹を見る間宮。
間宮「でも未練を抱えたままの魂を無理やり成仏させていいのか」
樹「それは…」
答えられない樹。
間宮目線をレポートに戻す。
〇刑務所・面接室・中
向かい合っている広乃と照行。
広乃「だから危ないって言ったのに!」
照行「大丈夫だと思ったんだよ自分はだって…」
広乃「だって何よ。私、もうあのうちで、近所で暮らしていけないわ」
照行「引っ越しするか」
広乃「何言ってんの」
照行「え」
広乃「あなたとはもう離婚よ。あたりまえでしょう」
照行「何でだよ」
広乃「危機管理もちゃんとできない人と人生を添い遂げたくないわ」
照行「まだ判決も出てないんだぞ」
広乃「判決で良し悪し決めるの?そんなの人を車で轢いといて人間の屑じゃない」
照行「今まで誰が養ってやったと…」
広乃「今までとそれとはまったく違うわよ。今日離婚届そっちに送るからサインしてください」
立ち上がり、出ていく広乃。
気が抜けたように椅子に沈みこむ照行。
〇早乙女家・リビング・中
今に置かれた翔の棺桶。
棺桶の前にしゃがみ込む恵と翔。
恵「翔ちゃんはいつもやさしかったね」
翔「…」
恵「休みの日にはいつもご飯一緒に作って」
翔「…」
恵「…楽しかったなあ」
翔の棺桶に手を置く恵。
恵「(涙声で)何でこうなっちゃったんだろうね」
むせび泣く恵。
翔「…ママ、一人にしてごめんね」
恵の手に重ねて自分の手を置く翔。
翔が手を重ねた瞬間、はっとする恵。
恵「…翔?」
周囲を見渡す恵。
恵「翔?いるの」
翔「ママ!ここだよ。ママ!」
大きく手を振って自分をアピールする翔。
恵は翔に気がつかない。
次第に元気がなくなってくる翔。
恵「何やってんだろ、私馬鹿だね」
と言いつつキッチンに入っていく恵。
翔「(悲しげに)バイバイ。ママ…」
玄関をすり抜けて出ていく翔。
〇公園・中(夜)
樹「自分を見つけてくれなかった?当たり前だろ馬鹿なのかお前は」
あきれたように笑う樹。
ブランコに乗ってへこんでいる翔。
翔「でもママには俺のこと見つけてほしかった…」
間宮「まあ、一般人にそれは難しいだろうな」
翔「誰この人」
樹「変人」
間宮「違う。間宮だ。幽霊工学の研究をしている。ちなみに専門は成仏化学だ」
翔「成仏って化学なの」
樹「いや全然」
翔「どういうこと」
間宮「天才の俺が幽霊が見えるなんてふざけた特技あってたまるか。霊体も成仏も霊視も全部科学の引き起こす自然現象なんだよ」
樹「ほら変人」
間宮「そんなことないさ。で、君は成仏をもうするって聞いたけど…」
樹を見る翔。
翔「そうなの」
樹「そうなのも何も、もう葬式も終わるし明日の通夜までに魂を天界まで送れるか審査しとかないと」
翔「審査?」
樹「次の行き先は地獄なのか天国なのか?」
間宮「ルーレットみたいなもんだっけ」
樹「いや、一応船があるからそれ使う。でも使うのに場所移動するからもし心の郡があるなら…」
翔「…俺、事故死なんだけどさ。自分の犯人の顔、視たことないんだよ」
樹「ああ…(顔を曇らせて)…うん」
翔「明日でもいいなら今日見に行くのはダメかな」
顔を見合わせる樹と間宮。
決意の固い翔。
〇刑務所・前
刑務所の前で立って待っている樹と間宮。
樹「…ついていかなかったけど、大丈夫だと思うか」
間宮「あの子は悪霊化多分しないんじゃないか」
樹「そう言い切れる根拠は」
間宮「あの子の目。幼いのに今も大事な人がいる目をしている」
〇同・中
警備扉をすり抜けて歩いていく翔。
翔「いや…こんなたやすくは入れたら泥棒し放題じゃん」
牢のある廊下を歩いていく翔。
星田の声「いや、あんたもうっかり子供轢いただけでこことは災難ですな」
照行の声「でも人を轢いてしまったのは事実なので…」
照行の声に思わず隠れる翔。
星田「でも離婚までされて。前職もそれなりだったんでしょう」
照行「それなりですかね」
星田「うらやましい。俺なんてポンコツですよ(笑)」
愛想笑いを浮かべる照行。
こぶしを握り締める翔。
〇同・外(夕)
樹「…遅いな」
心配そうに夕日を見る樹。
樹「そろそろまずい」
中から出てくる翔。
表情が暗い。
樹「遅かったじゃないか!何してたんだよ!」
省に駆け寄る樹と間宮。
顔を覆う翔。
翔「…あいつ笑ってた」
樹「…え」
翔「自分は不幸だって。家族も仕事もなくなって不幸だって一緒の部屋のやつと笑ってた」
間宮「…行って後悔したか」
翔「後悔はしてない。だから大丈夫だよ…でも」
翔を抱きしめる樹。
樹「大丈夫っていうやつって基本的に大丈夫じゃねえんだよ」
表情が崩れる翔。
樹「泣きたいんだったら思いっきり泣け。その分いい成仏ができるから」
大声で泣きだす翔。
翔「ママ、ママに会いたいよ…」
間宮、樹の顔を見る。
首を振る樹。
〇公園・中(夜)
向かい合う樹と翔。
離れたところで二人を見ている間宮。
樹「大丈夫か」
翔「だいじょばない」
樹「そう、だよな…」
翔「…ひとついい?」
樹「なんだ」
翔「今写真撮ったら、俺写る気がする」
樹「…ママにか」
翔「大好きだったこと、伝えたくて。お願いできないですか」
間宮「任せとけ」
スマホを取り出す間宮。
間宮「はい、ピース」
シャッターボタンを押す間宮。
3人の写真が出来上がる。
翔「…ありがとう間宮さん」
光にのまれ消えていく翔。
樹・間宮「…」
呆然としたままの二人。
〇火葬場・外
喪服姿で泣きはらした様子で立っている恵。
煙突から立ち上る煙を見ている。
恵「ほんとにこれでお別れなんだね…」
むせび泣く恵。
間宮「…あの」
恵、振り向く。
喪服姿の間宮。
頭を下げる。
つられて浅く頭を下げる恵。
× × ×
恵「(怪訝そうな顔で)…写真ですか」
間宮「こんなこと、いきなり申し上げると変な人と言われてしまいそうですが僕は幽霊が見えます」
恵「からかってるんですか」
間宮「ほんとです。見てくださいこれ。昨日、翔君が成仏したときに撮ったんです」
写真を手渡す間宮。
そこには翔と笑いあう間宮と樹の姿。
恵「…嘘でしょう」
間宮「あの、いきなり信じていただくのは難しいかもしれない。でも彼は昨日まであなたのそばにいてあなたをずっと心配していた」
恵「…」
顔をゆがめ涙をこらえる恵。
間宮「非科学的で信じがたいことだとは思います。でも真実は化学じゃない。自分が何を信じて何を思うかだ。そうは思いませんか」
うつむきこぶしを握り締める恵。
間宮「(やりすぎた)」
気まずい顔をする間宮。
恵「…真っ向からこの話は信じられません。でも私は、息子を愛してました。それは事実です。私の傷はまだ癒えないし、たぶん一生傷ついたままだけど、ありがとうございました」
お辞儀をする恵。
恵「この苦しみと戦っていく励みになりました」
恵に深々とお辞儀をする間宮。
間宮「あなたは決して一人ではない。それだけは忘れないでください」
火葬場を出ていく間宮。
少しだけすっきりした顔の恵。
煙突の煙が空に消えていく。
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