「きみは最悪じゃない」
■登場人物
冨野蒼 (18)ソフトテニス部キャプテン
朝井遼太郎(28) ソフトテニス部顧問
光島孝道 (18)ソフトテニス部副キャプテン
川久保楽 (18)ソフトテニス部3年
田北優人 (18)ソフトテニス部3年
桝直人 (19)大学1年/蒼たちの先輩
宇多田幹也(17)ソフトテニス部2年
細野純希 (17)ソフトテニス部2年
國村剛 (46)バレー部顧問
野間口一平(37)予備校講師
安見敦子 (51)学年主任
菅大夢 (28)俳優/朝井と同級生
店長 (36)コンビニ店長
○ 千葉・白子町・テニスコート
2019年6月。
高校生のソフトテニス・インターハイ千葉県予選が行われている。
× × ×
松戸北高校VS千葉学院高校の団体戦。松戸北高校3年のキャプテン・桝直人(18)がダブルスの試合をしている。ゲームカウントは3―3の接戦。このゲームを取った方の勝利。
× × ×
監督ベンチから指示を出す松戸北高校男子ソフトテニス部顧問・朝井遼太郎(27)。
× × ×
1プレーが終わる度に、掛け声を出し、応援している部員たち。
× × ×
2年生・冨野蒼(17)と光島孝道(17)はひと際、声を張っている。
× × ×
桝の打ったボールがネットにかかる。
審 判「ゲームセット」
その場に崩れ落ちる桝。その姿を見ている朝井と部員たち。
○ 旅館・大広間
朝井と部員たちが集まっている。3年生が一人ずつ、最後の挨拶をしている。
× × ×
皆の前で話しているキャプテン・桝。
桝 「北高で・・・」
声を詰まらせて言葉が出ない桝。
桝 「このメンバーと・・・」
さらに声を詰まらせて言葉が出ない桝。
桝 「先生と・・テニ・・スが・・出来・てよかっ・・た」
大号泣の桝。号泣の部員ら。もらい泣きの朝井。
× × ×
カメラの前に集合している朝井と部員たち。画面を確認している蒼。
蒼 「もっと寄って!全員入ってないです!」
密集する一同。朝井、生徒と少し距離を取っている。
桝 「朝井先生!」
朝 井「ここ(の位置)でいいよ」
蒼 「先生だけはみ出ちゃってますから!」
朝井、恥ずかしそうに生徒たちに寄る。蒼、タイマーを押し、急いで合流。シャッター音。
○ 電車内(夕)
千葉駅行の車内。楽しく話している部員たち。
× × ×
蒼と桝、ドア付近で話している。
桝 「頼んだよ。新キャプテン」
蒼 「はい、絶対行きます。インターハイ」
桝 「応援行くから」
蒼 「おおー、その時は高い差し入れお願いします」
桝 「・・・うん、まあ、差し入れはその時さ、改めて・・」
蒼 「今の時点で渋らないでくださいよ」
× × ×
2人の姿を微笑ましく見ている朝井。
○ 松戸北高校・実景
1年後。2020年6月。
〇 松戸北高校・テニスコート(昼)
コートを見つめている高校3年の蒼(18)。そこに孝道(18)が来る。2人ともマスク姿。
蒼 「・・・今日だったんだよ、インターハイ予選」
孝 道「・・・うん」
蒼 「1年前は先輩達の応援してさ。来年は絶対インハイ出るって約束して。その為に練習して。そしたら最後の大会すらないって」
孝 道「・・・」
蒼 「こうなるって分かってたら、最初からやらなかった」
コートを出る蒼。立ち尽くしている孝道。
× × ×
2人の姿を離れた場所で見ている朝井(28)。
〇 同・職員室(夜)
21時。未だ半数近くの教師が残業をしている。自席でZOOM会議をしている朝井。県内の多くのソフトテニス部顧問がオンラインで参加している。
委員長(ZOOM)「インターハイ予選中止の代替として3年生の為の大会を行います。ですがこれで生徒たちが報われるわけではないです。最後の大会が奪われた事。またこの状況下、参加出来ない3年生も出てくると思います。先生方には、そういった生徒へのケアもお願いします」
ZOOMに参加の教員たち、重みを感じている。
〇 同・3年F組教室(日替わり・朝)
授業をしている朝井。生徒達は皆、マスク姿。窓からコートを見ている蒼。蒼の姿が目に入る朝井。
○ 同・テニスコート(夕)
マスクを着け、ディスタンスを取り、朝井の前に集合している部員たち。
朝 井「最初に、改めて今年のインターハイは中止になった。それに伴ってインターハイ予選も中止に決まった」
想いが込み上げる3年生。
朝 井「皆がこの大会の為にやってきたこと。それを開催させることが出来なくて、本当に申し訳ない」
部員たちに深く頭を下げる朝井。
朝 井「・・・その代わり、3年生の為の代替大会を千葉県内で行う事になった」
ざわつく部員たち。
孝 道「・・・その大会はいつ行われるんですか?」
朝 井「感染状況次第にはなるが、8月になると思う」
さらにざわつく部員たち。
朝 井「3年生は例年なら、この時期は引退して、受験勉強、就職活動などをスタートしてる期間。一人ひとり様々な事情があると思う。・・・だからこの大会に参加するかどうかは、1人ひとりに委ねたいと思う」
戸惑っている部員たち。
蒼 「・・・委ねるって、大人の都合じゃないすか」
朝 井「・・・」
蒼 「・・・代替大会でも、そこで勝ってもインターハイには行けなんですよね?」
朝 井「・・・そうだ」
蒼 「・・・仕方ないっすよね。世の中全体がそうだから」
朝 井「・・・皆は何も悪くない」
蒼 「だったらなんで、俺らの時だけこんなことになるんすか?」
その場に崩れてしまう蒼。
朝井、蒼の背中を擦ろうとするが、ディスタンスを意識し、躊躇ってしまう。孝道、蒼の背中を擦る。
○ 同・職員室(夜)
PCで授業資料を作成している朝井。だが部活のことを考えていて、作業は全く進んでない。室内の時計を見ると、22時過ぎ。
朝 井「(ため息)」
○ 蒼の自宅近く・歩道(夜)
ノーマスクでランニングをしている蒼。だが途中で通り過ぎる人たちの視線を感じ、立ち止まってしまう。
蒼 「・・・」
蒼、ポケットからマスクを取り出し、着用する。
○ 松戸北高校・実景(日替わり・夕)
天候は雨。
○ 同・校内廊下
1,2年生部員は筋トレや廊下ダッシュをしている。それを指導している朝井。だが3年生のことが気になっている。
○ 同・3年F組教室(夕)
蒼、孝道、そして3年生部員の川久保楽(18)、田北優人(18)が話し合いをしている。
蒼 「・・・このまま引退したくない」
田 北「・・・僕も出たい」
孝道と川久保、決断を迷っている。
川久保「・・・受験は?」
蒼 「終わったらやるよ」
川久保「それで間に合う?俺と蒼は特にやばいよ」
蒼 「その分、終わった後に頑張ればいいだろ」
川久保「簡単に言うなよ。今までやってなかったのに」
蒼 「は?いきなり受験生ヅラすんなよ」
川久保「ヅラじゃないよ、受験生だからね」
孝 道「ちょっと!(と止める)」
蒼 「・・・・皆で出ようぜ。これで終わっていいの?」
川久保「・・・皆で出れば満足ってこと?」
蒼 「そうじゃなくて3年間やってきて、こんな引退の仕方したくないだろ。せめてどんな形でも皆で試合出ようよ」
川久保「・・・それは想い出作りのため?」
蒼 「まあゼロではないけどさ・・・」
川久保「・・・皆とそんな試合の出方したくない」
蒼 「は?」
川久保「そうやって出ても、今よりも未練も、いい思い出にもならない気がする。仕方ないけどやって、大会に出て。俺はインハイ目指して必死に練習してた日を皆でテニスしてた日にしたい・・・ごめん」
蒼 「いや・・・うん・・・」
孝 道「・・・」
× × ×
夜。朝井、教室内の机、椅子を一つ一つ消毒し、拭いている。4人が座っていた場所を見つめている。
○ 帰り道(夜)
ひとり、自転車を走らせている蒼。途中、雨が降ってくる。蒼、自転車を走らせる。
○ 松戸北高校・実景(日替わり・夕)
テニスコートは大雨で水没したような状態。
○ 同・3年F組教室(夕)
話し合っている蒼、孝道、川久保、田北。
蒼 「・・・ごめん。昨日は自分の都合ばっか言ってた」
川久保「・・・俺も・・他に言い方があった。ごめん」
田 北「・・・僕も意見言わずに黙ってるだけで」
蒼 「・・・うん、それはいつも」
少し和む蒼と川久保。
孝 道「・・・ごめん」
蒼 「・・・」
孝 道「・・・今・・・受験が不安。両立しろとも思うけど、どっちつかずになると思う」
孝道、堪えている。
孝 道「・・・ここで引退したい」
蒼、孝道を受け入れるように頷く。
○ 同・職員室(夜)
蒼たちを待っている朝井。何も手付かずの様子。隣席のバレー部顧問・國村剛(46)が来て、
國 村「話し合い?」
朝 井「はい、今も・・・」
國 村「そうか」
朝 井「バレー部はどうなりました?」
國 村「うちは大会は出ずに、最後に3年生と2年生の校内試合をすることになった」
朝 井「そうなんですね」
國 村「生徒たちは試合できるだけでも嬉しいって言ってたけど、残酷だよ、最後の大会奪われるのは」
朝 井「・・・」
× × ×
20時。何となく作業をしながら、蒼たちを待っている朝井。ノックをし、職員室の扉を開ける蒼、孝道、川久保、田北。室内では多くの教員が授業準備や電話対応を行っている。
蒼/孝道/川久保/田北「(その光景に驚いている)」
國村、蒼たちに気づき
國 村「朝井先生(と呼ぶ)」
朝井、蒼たちに気づき、入口へ向かう。
蒼 「(朝井に)遅くなりました」
○ 同・テニスコート(日替わり・夕)
放課後。集まっている部員たち。その前には孝道と川久保。見守っている朝井。孝道と川久保、部員たちに最後の挨拶をする。
× × ×
孝 道「・・・3年間本当にありがとうございました!」
皆に頭を下げる孝道と川久保。
× × ×
2人を労わっている朝井。
× × ×
2年・宇多田幹也(17)と細野純希(17)が、部員たちのメッセージが書かれた色紙を孝道と川久保に渡す。
× × ×
コートに一礼をする孝道と川久保。
孝道/川久保「(コートに向かって)ありがとうございました!」
× × ×
蒼と孝道が話している。
蒼 「おつかれ」
孝 道「ありがとう。最後の大会応援してる」
蒼 「おう」
蒼、込み上げて、孝道を抱きしめようとすると
蒼 「ディスタンス・・・」
すると孝道、肘を蒼に向ける。
孝 道「じゃあこれで」
蒼 「おう!」
肘タッチをする蒼と孝道。
× × ×
コートを出る孝道と川久保。その姿を見ている朝井と部員たち。堪えている蒼。
朝 井「・・・(部員たちを鼓舞するように)練習再開!」
「はい!」と返事をし、練習へ向かう部員たち。
その中に全速力でコートへ向かう蒼の姿。
○ 松戸駅・実景(日替わり)
7月。マスク姿で歩いている人々。
○ 松戸北高校・3年F組教室(朝)
授業を受けている生徒達。マスク着用で暑そうな様子。
○ 同・昇降口(夕)
放課後。外靴に履き替え、出てくる蒼と孝道。
蒼 「じゃあ」
孝 道「また明日」
テニスコートへ向かう蒼。校門を出る孝道。
○ 同・テニスコート(夕)
自主練やストレッチをしている1,2年生部員。 蒼と田北がコートに入ってくる。
2年・キャプテン・宇多田が「集合!」と声をかけ、蒼の前に集まる部員たち。
蒼 「ん?」
宇多田「先輩、メニューお願いします!」
蒼 「宇多田!」
宇多田「はい!」
蒼 「今の代のキャプテンは宇多田だよ」
宇多田「でもまだ先輩いる間は・・・」
蒼 「時間もったいない!宇多田、メニュー!」
宇多田「あ、えっと・・・後衛のトップ打ち!」
「はい!」と返事をして練習を始める部員たち。
宇多田「先輩・・・」
蒼 「本来なら、もう代変わりしてるんだよ」
宇多田「でも・・・」
蒼 「もう宇多田たちの代。1日1日大切に」
○ 同・職員室(夕)
残務をしている朝井。ふと窓を見ると日没間近。
朝 井「うわ」
朝井、急いでコートへ向かう。
○ 同・テニスコート(夜)
朝井、ダッシュで向かうと、コートに向かって整列している部員たち。
宇多田「コートに礼!」
宇多田の掛け声で皆、「ありがとうございました!」とコートに一礼する。その姿にグッときている朝井。
○ 帰り道(夜)
歩いている蒼と田北。蒼は自転車を押して歩く。
蒼 「・・・2人で帰るの初じゃね」
田 北「蒼は自転車組だから」
蒼 「なんか新鮮だな」
田 北「うん」
蒼 「田北はなんでこっち選んだの?」
田 北「え?」
蒼 「受験いいの?」
田 北「・・・僕、卒業したら就職するから。だから受験はしないし、テニス出来るのは高校で最後なんだ」
蒼 「え、就職してもクラブチームとか入ってやれるじゃん」
田 北「そうなんだけど・・・」
蒼 「やりなよ」
田 北「・・・多分僕は、学校の部活でテニスしてる時間が好きなんだよね」
蒼 「・・・」
田 北「うん」
笑っている蒼。
田 北「なに?」
蒼 「いや、なんかね、田北が部活いると安心感あるよ」
田 北「え?」
蒼 「あのさ、大会って独特の空気感あるじゃん。強豪校の威圧感とか、ジュニアからやってる奴らの醸し出す無駄に重苦しい、何て言うか・・・酸素奪われるよう空気感」
田 北「うん、分かる。たしかに酸素奪われてる感じする」
蒼 「でも田北見ると、そういうのほぐれるっていうか。テ二ス以外の世界とも繋がってる気持ちに戻れるんだよ」
田 北「どういうこと?」
蒼 「うーん、あいつらは酸素奪うけど田北は皆に酸素くれてるっていうか」
田 北「僕、酸素出してないよ」
蒼 「いや実際は二酸化炭素よ!人間だから。例えね」
田 北「ああ、うん」
蒼 「大会会場で酸素側になれる奴は中々いない。そう!だから田北は部活に向いてるって事を言いたかったの!伝わった?」
田 北「いい意味なんだよね?うん、ありがとう」
蒼 「まあ悪く言っちゃうと、オーラがないんだよね」
田 北「ちょっと!」
○ 朝井の自宅(夜)
作業している朝井。スマホの通知音。朝井、スマホを開くと学生時代からの仲良いグループLINEの一人から。
「こんなご時世だけど、結婚しました!」とのメッツセージ。直後、グループメンバーが次々祝福のメッセージやスタンプでお祝いの返信をする。
朝 井「・・・」
朝井、スマホを閉じて、作業に戻る。
○ 松戸北高校・テニスコート(日替わり・昼)
蒼・田北VS宇多田・細野ペアが試合をしている。
× × ×
「闇雲に打つな!」、「1プレー、1プレー考えて!」等のアドバイスを出している朝井。
○ 同・3年4組教室(日替わり・朝)
授業中。(8月だがコロナによる夏休み短縮の為、まだ授業がある)。問題を解いている生徒達。
× × ×
誰よりもペンが動いている蒼。部活ノートに「8月7日(金)朝練 重心!腰で打て!」等、練習の反省を殴り書きしている。
○ 同・駐輪場(夕)
放課後。孝道、自転車に乗り、校門を出ようとすると、コートからの練習声や打球音が聴こえる。
孝 道「・・・」
× × ×
テニスコート近く。部員たちには気づかれない距離で練習を見ている孝道。その近くで陰から見ている人物。よく見ると川久保だ。
× × ×
部員に気づかれないよう練習を見ている川久保。孝道、川久保の背後に付き、
孝 道「なにしてんの?」
川久保「おおっ!?・・いや・・・孝道こそ!?」
孝 道「え、まあ」
川久保「・・・ああ・・・ね」
お互いを察し合う2人。
○ 同・テニスコート(夜)
練習後。コートの前に立っている蒼と田北。深呼 吸する2人。息を合わせ、
蒼/田北「(コートへ精一杯の)ありがとうございました!」
○ 同・部室前(夜)
制服姿で部室から出てくる蒼と田北。校門へ向かって歩いていると、遠くから「先輩!」と呼ぶ声。蒼と田北、振り返ると遠くに宇多田。
宇多田「ありがとうございました!」
すると蒼も宇多田へ向かって
蒼 「宇多田!あと託す!」
宇多田「はい!」
田 北「(声量小さい)がんばれ!」
蒼 「(田北に)届いてねえよ(とツッコみ)」
宇多田「ギリ聞こえました!明日勝ってください!」
○ 同・職員室(夜)
大会トーナメント表を見ている朝井。そこに隣席の國村、朝井にお菓子のビスコを差し出す。
朝 井「え、ありがとうございます。おお、ビスコ、懐かしい」
國 村「朝井先生も明日楽しんで」
朝井、ビスコを食べる。
朝 井「おいしい。こんなに美味しかったでしたっけ」
國 村「久々に食べると美味しいよね。こういうの食べると一瞬で昔の気持ち蘇るよね」
國村もビスコを食べる。ビスコを食べている2人。
○ 千葉市・スポーツ公園(日替わり・朝)
入口には「千葉県ソフトテニス3年生大会」の看板。園内には20以上のテニスコートがある。
○ 同・広場(朝)
多くの大会参加者がウォーミングアップや話し合いをしている。その中に蒼と田北。シートを引いて、スペースを確保すると、
蒼 「うわ、感じる」
田 北「たしかに」
蒼 「出してる出してる。どいつもこいつも酸素奪ってる」
蒼、何度も田北を見る。
田 北「(何度も見られ)なに!?」
蒼 「田北見て安堵感貰ってる。な、酸素安打製造機」
田 北「・・・何て返せばいい?」
朝 井「ま、これ味わえるのも今日で最後かもだし」
朝井が2人の元へやってくる。
朝 井「おはよう」
蒼/田北「おはようございます!」
朝 井「アップした?」
蒼 「これからです」
朝井、バックからビスコを取り出し、2人に渡す。
田 北「ビスコ?」
朝 井「糖分補給。おいしいよ」
蒼 「(ビスコを見て)食べるの赤ちゃんの時以来な気がする」
田 北「赤ちゃんはビスコ食べれないよ」
ビスコを食べる蒼と田北。
蒼 「え、うま!」
田 北「久々に食べると美味しいですね」
蒼 「あー、喧騒から解き放たれた気がします」
朝 井「喧騒?」
田 北「あ、大会の空気感のことだと思います。強豪校やジュニアからやってる人、独特の威圧出てるじゃないですか」
朝 井「たしかに(と共感で笑う)」
○ 大学・模試会場(朝)
予備校主催の模試が行われている。大教室の中で試験を受けている孝道と川久保。
○ 同・廊下(昼)
休憩時間。孝道、トイレから出てくると、川久保と鉢合う。
孝 道「ああ」
川久保「おお」
× × ×
ベンチに座っている孝道と川久保。
川久保「どう?」
孝 道「まあ、ぼちぼち」
川久保「うわ、手ごたえあるやつだ」
孝 道「いやいや。でも結果出さないと。2人に示しつかない」
川久保「・・・やってるよね、ちょうど」
孝 道「うん」
川久保「今、どんな感じかな」
孝 道「うん」
○ 千葉市・スポーツ公園・テニスコート(昼)
20以上のコート全てで試合が行われている。その中に試合をしている蒼・田北のペア。
× × ×
監督ベンチで2人の試合を見ている朝井。
○ 大学・模試会場(夕)
最後の科目・「英語」を解いている受験生ら。
× × ×
問題を解いている孝道。ペンはすらすら進んでいる。
× × ×
問題を解いている川久保。ペンが止まっている。室内の時計を見ると試験終了3分前。
川久保「(やばい)」
急いでペンを走らせる川久保。
× × ×
チャイムが鳴る。
試験官「やめ!」
ペンを置く受験生たち。出し切った表情の孝道。苦い顔をしている川久保。
○ 千葉市・スポーツ公園・テニスコート(夕)
表彰式が行われている。ベスト8入賞の賞状を貰う蒼と田北。2人に大きな拍手をしている朝井。
○ 同・広場(夕)
蒼と田北を労っている朝井。
朝 井「おめでとう」
蒼/田北「ありがとうございます!」
朝 井「いい試合だった」
蒼 「田北冴えまくってたー」
田 北「いやいや、蒼が要所で決めてくれたからです」
蒼 「でも最後は俺が決めれなかったから・・・」
朝 井「あそこで決めきれる選手になると、もう一つ上に行ける」
蒼、涙が込み上げる。
蒼 「・・・先生」
朝 井「うん」
蒼 「やっぱり・・・皆でここに来たかったです・・・」
堪えている蒼。蒼の姿に感化される田北。2人に寄り添う朝井。
朝 井「3年間よく頑張った。お疲れさま」
○ 松戸北高校・実景
9月。二学期。
○ 同・3年F組教室(日替わり・朝)
コロナ対策の為、各教室で始業式が行われている。スピーカーから流れる教頭の話。
教頭(声)「未だコロナは猛威を奮っています。皆の安全を第一に考え、体育祭と文化祭は中止にすることになりました」
教室で聞いている生徒達。苦悶の表情の朝井。
○ 同・踊り場(昼)
昼休み。蒼と孝道、話している。
孝 道「ベスト8。凄いよ」
蒼 「田北が超調子よかった」
孝 道「2人ともだよ」
蒼 「本チャンだったら、インハイ行ってたな」
孝 道「行ってた。ほんとに」
蒼 「ありがとう。模試どうだった?」
孝 道「まあなんとか」
蒼 「あれは?あれあれ、何判定?」
孝 道「ギリギリのB」
蒼 「この時期に!?すご!」
孝 道「E判だったら蒼たちに示しつかないから」
蒼 「俺も今日から受験モードで行くから!」
○ 同・駐輪場(夕)
放課後。蒼、自転車に乗り、校門を出ようとするとコートからの練習声やの打球音が聴こえる。
蒼 「・・・」
× × ×
テニスコート近く。後輩に気づかれない距離で練習を見ている蒼。さらに近づこうとするが、
蒼 「だめだ。予備校だ。俺は受験生・・・(と呟く)」
己に抗おうとしている蒼。するとその近くで陰から練習を見ている人物。
蒼 「!?」
よく見ると田北。嬉しそうな蒼。
○ 同・テニスコートへ向かう道(夕)
コートへ向かっている朝井。さっきまで蒼と田北のいた場所を通るが、そこに2人の姿はない。コート内へ入る朝井。
宇多田、朝井に気づき、「集合!」と掛け声。朝井の前に集まる部員たち。
○ 予備校・西走ハイスクール・外観(夜)
駅前4階建てビル。全ての階がこの予備校だ。
○ 同・教室(夜)
学力検査のテストを解いている蒼。
蒼 「・・・」
蒼、ペンが全く動いていない。
○ 同・面談室(夜)
学力検査終わりの蒼。ヘトヘトの様子。ドアをノックし、入ってくる講師・野間口一平(37)。
野間口「お疲れさまでした。どうでした?」
蒼 「・・・全然分かんなかったです」
野間口「冨野さんは中法大が第一志望?」
蒼 「はい、ソフトテニス強くて」
野間口、模試結果を蒼に見せる。中法大合格判定の欄には「E判定」と書かれている。
蒼 「・・・E」
野間口「E判定」
蒼 「・・・。いいねのEですか?」
野間口「違います。全く違います」
蒼 「・・・すいません」
野間口「でも部活やってた子は踏ん張りあるから、大丈夫です。今のままだとのEのままですが、ここで勉強して一緒にええねのA目指しましょう」
蒼 「ええね?」
野間口「はい?」
蒼 「いや・・・(小声で)なんで関西弁・・・」
野間口「今、私、スベりましたか?」
蒼 「え?・・・スベってないです」
野間口「(無言になる)」
蒼 「(困惑)」
○ 松戸駅・景観(日替わり)
10月。依然、マスク姿で行き交っている人々。
○ 松戸北高校・テニスコート(昼)
秋の新人戦の出場メンバーを決める校内試合が行われている。
× × ×
宇多田・細野ペアが試合をしている。ラリーが続く中で、宇多田の打球がネットにかかる。
× × ×
ラリー中、再び宇多田のボールはネットにかかる。
× × ×
宇多田、ボールを繋げるため、ロブボールを打つ。が、打球は甘く、相手のチャンスボールになり、スマッシュを決められてしまう。
宇多田に駆け寄る細野。
宇多田「・・・ごめん」
細野 「ドンマイ。切り替えよう」
宇多田「・・・ごめん」
宇多田の様子を気にしている朝井。
○ 予備校・西走ハイスクール・オンラインルーム(夜)
PCブースでオンライン授業を受けてる生徒達。
× × ×
その中、PCでソフトテニスの試合動画を見ている蒼。巡回をしている野間口。蒼に気づく。蒼の席まで行き、肩をトントンする。
蒼 「(肩をトントンされ)ああっ!?」
野間口「何してるんですか?」
蒼 「いや、ちょっと、息抜きかな・・・」
野間口「(試合動画を見て)中堀・高川」
蒼が見ていたのは天皇杯・Ⅴ9の記録を打ち立てた中堀・高川ペアの試合だ。
蒼 「え、知ってんすか?」
野間口「天皇杯Ⅴ9。ソフトテニスのレジェンド」
蒼 「はい!」
野間口「次のゲームチャンジで勉強戻って下さいね」
去っていく野間口。
蒼 「え、なんで、えぇ!?」
野間口に驚きつつも、嬉しい蒼。
○ 松戸市内・朝井の自宅(日替わり・朝)
1DKの賃貸マンション。午前6時。ベッドで寝ている朝井。棚には学生時代に獲得したトロフィーや賞状。
× × ×
スマホのアラームが鳴る。数度鳴り続けた後ようやく止めて、起きる。
○ 通学路(朝)
ロードバイクで学校へ向かう朝井。途中、目の前に歩いている宇多田。
朝 井「(ロードバイクを止め)おはよう」
宇多田「おはようございます」
朝 井「早いね」
宇多田「自主練しようと思いまして」
朝 井「そうか」
宇多田「・・・すいません」
朝 井「?」
宇多田「・・キャプテンなのに・・・何も出来てなくて」
朝 井「・・・まだ分からないだろ」
宇多田「え?」
朝 井「昨日の練習でトップ打ちが上手くいかなかったとか、あの時の試合でレシーブ返せてたらなとかは、はっきり出来なかったって分かることだけど、キャプテンが出来てないって事は、実際分からないことじゃない?」
宇多田「・・・」
朝 井「それは部活を引退した時に、実感できることだと思う」
宇多田「・・・」
朝 井「俺も教師として何も出来てないなって思った時に、そう思うようにしてるんだよ。先生の場合は分かるの30年後とかになるけど」
表情が柔らかくなる宇多田。
○ 松戸北高校・テニスコート(朝)
朝練中。
○ 同・職員室(朝)
朝練から戻ってくる朝井。
教 頭「全体朝礼始めます!」
教頭に顔を向ける教員ら。朝井、自席に着くと國村の席が空席なことに気づく。3年学年主任・安見敦子(51)に
朝 井「國村先生は?」
安 見「お休み。コロナかもだって」
朝 井「また増えてきましよね・・・」
安 見「なのに政府は同じ事の繰り返し。学ばないのかね。分からないんだろうね。私らと同じ位置で生活してないから」
朝 井「(返答に困る)」
○ 同・踊り場(昼)
昼休み。蒼、歩いていると、コートから打球音。
蒼 「?」
○ 同・テニスコート入口(昼)
蒼、入口前へ行くと、コート内でひとり、サーブ練習をしている宇多田。思うように打てず、苛立っている様子。
蒼 「・・・」
○ 予備校・西走ハイスクール・映像ルーム(日替わり・夜)
11月。PCで模試の結果を見る蒼。
中法大合格の判定の欄には「E判定」。
○ 同・面談室(夜)
野間口と面談している蒼。机には11月の模試結果。中法大合格判定の欄には「E判定」。
蒼 「またすか・・・」
野間口、E判定の項目を塗りつぶす。
蒼 「え!?」
野間口「問題はEじゃなく、先月との得点の伸びがよくない」
蒼 「(笑ってごまかすように)よくなEーですか?」
野間口「よくない」
蒼 「・・・はい」
○ 同・入口(夜)
蒼、コンビニに行こうと外に出る。
蒼 「(ため息)」
信号を待っていると部活帰りの宇多田を見かける。
蒼 「宇多田!(と叫ぶ)」
宇多田「(それに気づき)あ(と一礼)」
蒼、宇多田の元気のなさに気づく。
○ 予備校近くの公園(夜)
ベンチに座っている宇多田。蒼、自販機で買った缶ジュースを2つ手に持ち、1つを宇多田に渡す。
宇多田「ありがとうございます」
蒼 「県団体ベスト8!冬の選抜大会出るんだろ?すげーな」
宇多田「でも自分は負けたので・・・」
蒼 「自分が負けても、他のペアが勝ってくれれば、チームは勝つ。それが団体戦のいい所だし、面白い所」
宇多田「・・・はい」
蒼 「そうは言っても、そう思えないよな」
宇多田「・・・はい」
蒼 「俺もチームが勝っても、自分が負けた団体戦は気持ち複雑だよ。中々喜べない」
宇多田「・・・」
蒼 「でも誰がキャプテンなのかって、団体戦ではすげー大切だと思うんだよね」
宇多田「・・・ですかね」
蒼 「キャプテンがいいから、チームが勝つ。歴史的勝利には必ずチームにいいキャプテンがいる。だからチームが勝てるのは、宇多田がキャプテンだからだと思う」
宇多田「・・・」
○ 朝井の自宅(日替わり・朝)
出勤準備をしている朝井。そこにTVのニュースが耳に入ってくる。キャスターが「昨日の東京都の新規感染者数は678人と1日の感染者数の過去最多を更新しました」と伝えている。
○ 松戸北高校・職員室(朝)
朝の全体朝礼を行っている教員一同。
教 頭「伝達事項は以上です。あと先日からお休みしている國村先生ですが、しばらく休職することとなりました」
驚いている教員たち。
× × ×
各クラスに向かう教員たち。朝井、安見に
朝 井「國村先生、コロナ重症化してるんですか?」
安 見「いや・・・」
朝 井「?」
安 見「・・・鬱らしいよ」
朝 井「え」
安 見「気遣いの人だからね、國村先生」
職員室を出る安見。
朝 井「・・・」
○ 同・テニスコート(昼)
昼休み。ひとり、サーブ練習をしている宇多田。
すると蒼がコートに入ってくる。
蒼 「一人で追い込むなよー」
宇多田「すいません・・・でも次の選抜ではチームの力になりたいです。自分の負けを助けてもらった分、チームを助けたいんです」
蒼 「・・・ラケットとウェア、ある?」
宇多田「え?」
蒼 「サーブ返す相手がいた方がいいでしょ」
宇多田「いやでも」
蒼 「速攻で着替えてくるから!やろう!」
蒼、猛ダッシュで部室に向かう。
宇多田「ありがとうございます!」
○ 同・テニスコート(日替わり・昼)
昼休み。練習している蒼と宇多田。
○ 同・図書室(昼)
勉強している孝道。ふと窓を見ると、テニスコートで練習している蒼と宇多田が見える。
○ 同・部室前(昼)
昼休み終了のチャイム。蒼と宇多田、着替えて、教室に戻ろうとすると、部室前にいる孝道。
蒼 「(孝道に)なんで!?」
孝道の手には缶ジュースが2つ。2人に渡す孝道。
宇多田「え!?いいんですか?」
孝 道「もちろん」
蒼 「え、俺も?」
孝 道「もちろん」
蒼 「さすが元副部長」
宇多田「光島先輩ありがとうございます!」
○ 朝井の自宅(夜)
ビスコをつまみに、缶ビールを飲んでいる朝井。國村のことを考えている。
スマホに通知。開くと高校時代の友人らのグループLINEに
「子供出来ました!来年6月予定!」とメッセージが入る。続々と祝福メッセージやスタンプを連投するグループメンバー。朝井、缶ビールを飲み、スマホを閉じようとすると、着信。発信者は菅大夢。
朝 井「!?」
○ 同・玄関(夜)
インターホンが鳴り、向かう朝井。ドアを開けると、菅大夢(28)が立っている。
菅 「おうっ」
朝 井「おう久々・・・」
菅 「こっち戻って来てさー」
酒やおつまみなどが入ったレジ袋を朝井に渡す菅。
朝 井「え、ありがとう」
菅、渡すと朝井と距離を取る。
朝 井「なに?入んなよ」
菅 「いや、ご時世だし」
朝 井「ああそっか」
菅 「え?ああ・・・」
しかし帰ろうとしない菅。
朝 井「ん、少しだけ話す?近況も知りたいし」
菅 「でもご時世あるしな・・・」
朝井、レジ袋の中を見ると、明らかに2人以上分。
朝 井「じゃあこれは?(レジ袋の中を指し)明らかな2人分」
菅 「これ人によっては2人分なのかー」
朝 井「なんで電話した?」
菅 「そうなんだけど、でもご時世がね・・・」
× × ×
リビングに入ってくる朝井と菅。
朝 井「入りたいなら素直に言えよ」
菅 「それこそご時世だから3ラリーくらいは遠慮しないと」
朝 井「相変わらずめんどくせーな」
菅、棚にある高校時代の朝井と菅の表彰式での写真と賞状を見つけて、
菅 「うわっ!2人とも幼っ!え、もう10年前!?」
賞状の日付は2010年6月13日。
朝 井「経ったよ。もう30(歳)すぐそこだよ」
菅 「・・・今年は無くなったんだよな、インハイ」
朝 井「うん・・・」
菅、テーブルの缶ビールとビスコを見て、
菅 「え!?30すぐそこの人がビスコをつまみ!?」
× × ×
ディスタンス+マスク会食で飲んでいる朝井と菅。
菅 「勿論、それまでの蓄積があった上でだけど、ある時、いきなり細い糸が切れたみたいな音がして!パチンって切れた音が心臓から聞こえたんだよ!」
朝 井「(菅の声量とマスクの位置に)飛沫!マスク会食!」
菅、それらを改善する。
菅 「そっからはいくら寝ても休んでも治らない。明らか今までと違うなーって。それで精神科行ったら診断されて」
朝 井「大夢が鬱はびっくりだな・・・」
菅 「でも薬飲めば必ずよくなるよ。今は高校の時くらい元気」
朝 井「そこまでになっても、辞めないの?役者」
菅 「まだ1回も誰かの為に役者できてないからな」
朝 井「誰かの為?」
菅 「うん。いや、自分の為にやってたらそれが仕事になる人間じゃないって気づいたから。奇しくも鬱になってね。誰かの為にやるからお金が頂けるんだよな、仕事って」
朝 井「なら全教師の為に、教員志望が増えるドラマ作ってよ」
菅 「そう!?俺思ってたんよ!また面白い学園ドラマが出てくれば、先生目指す人も増えるよな!そういうのがドラマの役割だよな!作る!そのドラマの主演を俺がやる!」
朝 井「期待してる」
少しだけ救われた気がした朝井。
× × ×
翌朝。スマホのアラームが鳴り、起きる朝井。スマホには菅からの「また会おう!」のメッセージ。朝井は「もちろん!」と返信する。
○ 通学路(朝)
ロードバイクで学校へ向かう朝井。
○ 松戸北高校・テニスコート(朝)
コート内に入る朝井。細野が「集合!」と声をかけ、朝井の前に集まる部員たち。宇多田がいない。
朝 井「(細野に)宇多田は?」
細 野「来てなくて・・・」
朝 井「え?」
○ 同・職員室(朝)
朝井、朝練から戻ってくると、
安 見「(電話口に)今、ちょうど!あ、朝井先生、電話!」
朝 井「え?はいっ」
朝井、電話に出ると、「宇多田幹也の母です」の声。
朝 井「(電話口に)あ、お世話になっております・・・え?」
○ 同・テニスコート(昼)
昼休み。コートに来る蒼。だが宇多田の姿はない。
○ 同・2年A組教室(昼)
蒼、入口から教室内を見てるいと、
細 野「冨野先輩!」
同クラスの細野、蒼に駆け寄ってくる。
蒼 「おう!宇多田いる?」
細 野「えっと・・・」
○ 同・3年F組教室(夕)
日直の号令で帰りのホームルームが終わり、下校していく生徒ら。蒼、朝井の元へ行き、
蒼 「宇多田、コロナなんですか?」
その声に反応し、孝道もやってくる。
朝 井「・・・厳密には、身内にコロナ陽性が出て、濃厚接触者判定をされて、今検査をしている」
蒼 「熱とか咳とか、宇多田は出てないんですよね?」
朝 井「今のところ症状はないみたいだ。でも陰性だとしても2週間は自宅待機になる」
蒼 「それじゃあ冬の選抜は?明後日ですよね?」
朝 井「・・・宇多田は今回の選抜には出場できない」
蒼 「なんで・・・」
朝 井「・・・」
蒼 「え、またですか?」
孝 道「蒼・・・」
蒼 「一生に一度で、俺らには替え効かないんですよ。・・・そういうの奪われるの、いつになったら終わるんですか」
朝 井「・・・」
○ 同・テニスコート(夕)
朝井の前に集まっている部員たち。
朝 井「宇多田が戻るまで、明後日の選抜含め、キャプテンは細野にやってもらう。細野、いいか?」
細 野「・・・」
朝 井「細野」
細 野「・・・はい」
朝 井「・・・練習始めるぞ」
○ 予備校・西走ハイスクール・映像ルーム(夜)
映像授業を受けている蒼、だが全く聞いていない。宇多田の事を考えている。
机には「中法大学・E判定」と書かれた模試の結果が置かれている。
○ 帰り道(夜)
自転車に乗っている蒼。
× × ×
途中、ノーマスクで缶ビールを飲んで、店前で騒いでいる数人の大人たちを目にする。蒼、思わず自転車を止める。
蒼 「・・・おかしいだろ」
○ 松戸北高校・3年F組(夜)
机や椅子を1席ずつアルコール消毒している朝井。
朝 井「(宇多田のことを考えている)」
○ 中法大学・校門前(日替わり・朝)
2021年2月上旬。天候は雪。
× × ×
大勢の受験生が受験会場へ向かっていく。その中に蒼の姿。
○ 松戸北高校・職員室(朝)
朝井、受験生たちの合格を祈っている。
○ 中法大学・受験会場(朝)
入試問題を解いている蒼。苦悶の表情。
○ 松戸北高校・校門前(日替わり)
つぼみが大きくなり始めている桜の木。
○ 孝道の家・リビング(夜)
2月下旬。ちらし寿司などの合格祝いの料理が並んでいる。
× × ×
孝道、蒼に数日前に送った「今週空いてる?テニス部3年で集まらない?」のメッセージは未読のままだ。
○ 予備校・西走ハイスクール・入口(夜)
入口から出てくる蒼。これまで置いていた参考書などを持ち帰っている為、大荷物。
自転車に乗ろうとすると荷物がぶつかり、横の自転車が倒れ、次々とドミノのように自転車が倒れていく。
蒼 「・・・」
○ 駅前の道(夜)
自転車で帰っている蒼。すると居酒屋前で通行の妨げになるほど固まって、バカ騒ぎしている数名の会社員。通れない蒼。彼らを睨む。
会社員「(蒼に気づき)何?」
会社員の1人が蒼に近づく。睨み続けている蒼。すると「冨野?」と声が聞こえる。蒼、振り返ると、ロードバイクに乗った朝井がいる。
蒼 「!?」
○ 駅近くの公園(夜)
ベンチに座っている蒼。朝井、自販機で買った缶ジュースを持ってきて、1つを蒼に渡す。
蒼 「ありがとうございます」
朝井、缶ジュースを飲む。
蒼 「・・・先生来なかったらあいつらと喧嘩になってたと思います」
朝 井「冨野いなかったら先生は自転車で轢いてやろうと思ったけどね」
蒼 「まじすか」
朝 井「でもそれをやっても、自分の発散にしかならない」
蒼 「・・・」
朝 井「ああいう奴ははまたどっかで同じことする。むしろ傍からみたら、それをしたら俺らもあいつらと同じように見えてしまう」
蒼 「そうっすね・・・」
朝 井「うん」
蒼 「・・・全部落ちました、大学。全部落ちるんすね」
朝 井「・・・」
蒼 「ツいてないです。部活も受験も」
朝 井「冨野はどうして大学に行きたい?」
蒼 「それは・・・テニスしたいからです」
朝 井「テニスはクラブチームでも社会人チームでもやれるよ」
蒼 「え・・・だってそれがいちばん分かりやすい選択肢だから」
朝 井「うん。でも受験か就職だけじゃなくて、卒業したら1年考えてみますって進路があってもいいんだよ」
蒼 「でも学校が進学か就職かしか、選ばせてくれないじゃないですか」
朝 井「・・・そうだな。学校が生徒にそれをさせてくれないからだよな。生徒の為って言って、最後は学校側の安心の為に進路を決めさせる。冨野に今、そんな想いをさせてるのは、俺ら先生の責任でもある。申し訳ない」
蒼 「・・・」
朝 井「・・・これから一緒に、どうしたいのか考えよう」
蒼 「もう遅いですよ」
朝 井「そんな事ない」
蒼 「・・・」
朝 井「・・・冨野、試合しないか?」
蒼 「え?」
○ 孝道の家・リビング(夜)
孝道、家族(父・母・妹)と合格の祝勝会をしている。すると孝道のスマホに通知音。
孝 道「!?」
孝道、席を立ち、スマホへ向かうと、
孝道母「孝道!ご飯中!」
孝 道「ごめん!大事なのかも!」
孝道、スマホを確認すると、蒼から「試合やろう」のメッセージ。
○ 松戸北高校・テニスコート(日替わり・午後)
練習中の部員たち。すると、コートに入ってくる蒼、孝道、川久保、田北。それぞれの感情を抱いて、コートを見ている。朝井がやってくる。
宇多田「(蒼らに気づいて部員たちに)集合!」
部員たちが蒼らの前に集まり、全員集合している。
× × ×
アップをしている蒼、孝道、川久保、田北。蒼の元に宇多田がやってくる。
宇多田「・・・先輩、ありがとうございます」
蒼 「お礼なら朝井先生に。先生だから、声かけてくれの」
× × ×
蒼・孝道ペアと宇多田・細野ペアが整列している。嬉しそうな2人。
× × ×
各ポジションに付く蒼・孝道ペア、宇多田・細野ペア。
× × ×
彼らを見守っている朝井。
× × ×
審判の掛け声で試合が始まる。
× × ×
日没。コート上にいる蒼、孝道、川久保、田北、そして朝井。
朝 井「帰るとき声かけて」
コートから出ていく朝井。
蒼、ディスタンスを取って
蒼 「あああぁあああ!!(と叫ぶ)」
孝 道「(蒼に)ごめん」
川久保「完敗だった」
田 北「・・・うん」
孝 道「強かった2年生」
蒼 「俺らのブランクも込みだけど・・・強かった」
孝 道「ブランク関係ない。でもまた皆でテニス出来てよかった」
川久保「それな」
田 北「蒼、ありがとう」
蒼 「まあ全然」
川久保「・・・違うな」
田 北「え?」
川久保「朝井先生だろ、声かけてくれたの」
田 北「そうなの!?」
孝 道「それは分かり切ってることだから」
蒼 「(孝道に)おまっ!」
川久保「でも俺と孝道と、あと選抜出れなかった宇多田の為に、最後にこんな機会作ってくれて・・ありがとう蒼」
蒼 「・・・まあ。でもきっかけは俺だから!」
孝 道「(蒼に)素直に受け取りなよ」
と言いながらコートに大の字に横になる孝道。
蒼 「何してんの!?」
大の字になる川久保。
蒼 「ええ・・・」
川久保「あー!気持ちいいー」
田 北「いいね」
大の字になる田北。大の字の3人、蒼を見る。蒼、着てるウェアをアピールし、
蒼 「今日の一番お気に入りのやつだから!汚したくないから!」
孝 道「そういうの気にするタイプじゃないよ」
蒼 「そういうの気にするタイプだよ!」
川久保「(蒼に)素直に受け取りなよ」
田 北「受け取りなよ」
渋々、大の字になる蒼。夜空が広がっている。
蒼 「空綺麗じゃねー!松戸だからか」
孝 道「それ、松戸に失礼だから」
笑っている4人。
近くから、4人を見ている朝井。
○ 松戸北高校・校門前(日替わり・朝)
4月1日。
桜のつぼみはすでに咲き終わり、しぼんでいる。
○ 松戸北高校・職員室(朝)
部活へ向かう準備をしている朝井。職員室の扉が開くと國村が入ってくる。
朝 井「國村先生!?」
國 村「お久しぶり」
朝 井「今日からですか?」
國 村「新学期前に、部活には顔出したくて」
朝 井「喜びます、生徒達」
國 村「・・・休んで、ゆっくり考えても、まだ教員やりたいなって思った。大変で、人手も足りないけど、こんなにやりがいのある仕事、私は他に見つからなかった」
朝 井「(嬉しそうに)はい」
國 村「朝井先生。休んでる間、穴を埋めてくれてありがとう」
朝井、ビスコを國村に渡す。
朝 井「これ(ビスコ)、すごい助かってます」
嬉しそうな國村。
○ 松戸市内・コンビニ店・店内(朝)
店内の品出しをしている蒼。胸には研修中のバッジ。すると店長(36)がやってくる。
蒼 「これで大丈夫ですか・・・?」
店 長「(蒼の品出しを確認して)バッチリ!」
蒼 「ありがとうございます」
店 長「この時間、人足りてなくてねー。いや、どの時間もなんだけど。ありがとうね。来てくれるだけでほんと助かるよ」
蒼 「いえ」
店 長「次、レジ入ろうか?」
× × ×
レジ内。蒼、不安そうに立っている。
店 長「今、教えてくれる先輩来るから。あ、来た来た!」
バックヤードから出てきた店員は、一つ上の先輩・桝直人(19)だ。
蒼 「(桝に気づいて)桝先輩!?」
× × ×
レジ接客をしている桝。それを横で見ている蒼。
桝 「(客に)音が鳴るまでタッチしてください!(音が鳴り)ありがとうございました!」
客、店内を出る。
桝 「じゃあテニスはやってるのか」
蒼 「クラブ入ってやってます」
桝 「いいね。あ、ポイントカードお持ちかは必ずお会計前に聞いて」
蒼 「先輩なんでここいるんすか?」
客が店内に入ってくる。
桝 「(手練れの)いらっしゃいませー」
蒼 「大学の近くで一人暮らしするって?」
桝 「お客様入ったら、いらっしゃいませー!おけ?」
蒼 「今は実家から通ってるんですか?」
桝 「大学は辞めたよ」
蒼 「え!?」
客、店内に入ってくっる。
桝 「(手練れの)いらっしゃいませー」
蒼 「・・(不慣れで)らーませー(に聞こえr津)」
桝 「それいらっしゃいませじゃないよ!部活の声出しの名残は消せ!」
蒼 「いや先輩もいらっしゃいませーに聞こえないっすよ」
桝 「どう聞こえんだよ?」
蒼 「なんか・・・いっちゃってますー?って聞こえます」
桝 「おまえ!いっちゃってますーはやべえよ!」
笑う2人。
桝 「いやね、コロナ禍もあって、半年近くリモート授業で、リモートだから、自分次第でいくらでもサボれるだろ?」
蒼 「知らないっす」
桝 「なんで俺はこんなサボるんだろって思ったよ。テニスならこんなことないのにって。でもそりゃそうだ。だって周りに流されて入っただけだから。学費も高いのによ」
蒼 「・・・」
桝 「だから何をやりたいか考えつつ、親が払ってくれた学費返すためにここいる」
蒼 「・・・」
桝 「おまえも大学落ちたからこそ、色々考えて、ここいるんだろ」
蒼 「はい・・・」
桝 「だからラッキーだよ。今はラッキーとは思えないかもだけど、絶対最悪じゃあないよ。だって俺、母ちゃんに学費払ってもらったのに、半年で辞めてガチギレされて、昨日も辞めたって切り出した日と同じくらいの熱量で怒られたからね!全然怒り冷めてくれねーんだよ」
蒼 「・・・」
桝 「来年の今日は将来の兆し、2%くらいは出てるよな、俺?」
客、商品を持ってレジ前にやってくる。
桝 「(蒼に)あ、お客さん。やってみよう」
蒼 「・・・(桝に)ありがとうございます」
桝 「(蒼に)それはお会計したあと!まず、いらっしゃいませ!(客に)すいません!後輩、研修中で」
蒼 「(精一杯の)・・・いらっしゃいませ!」
タイトル『きみは最悪じゃない』
おわり
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