皆さんは「SNS」を利用していますか?
今の時代、匿名で色んなことをインターネットに書き込める時代になってしまい、現代の犯罪では誹謗中傷に関連した法律が作られたりしてより一層時代の変化が感じられることでしょう。
そんな現代の若者から大人まで幅広く利用されている一つの「情報収集サービス」であると共に、ある一定数の人達は「職業」や「仕事道具」として利用する人が存在しています。それが皆さんもご存じの「インフルエンサー」や「配信者」と呼ばれるものです。
そのインフルエンサーや配信者を続ける中で、切っても切り離せないほど必要となってくるスキルの一つとして挙げられるのが、自分を売り出すための「影響力」というものです。
今回、そんな「影響力」という力に魅了された一人の主人公はこの力を求めてどんな奇妙な人生を歩むのか。それではご覧ください。
「こんちゃーっす!散髪屋に行く雲丹物語、訳して雲丹サンへようこそ!」
いつもお馴染みの挨拶をした後、手慣れた喋りで配信の企画を説明し始める。
「今日やっていく企画はズバリ!薬物買ってみた~!!ということで今日は怪しいとこなり、裏路地に入っていくなどして薬物を購入するというわけなんですけど、もちろん購入するまで帰れないということで、日本の闇を実際にこのカメラに抑えていきたいと思いますwww」
この時はまだ、彼は知らなかった。
こんな危険な配信がやがて日本全てを巻き込んでしまうということに。
「影響力増強サプリメント」
「はぁ~。マジで俺何やってんだろう… こんな年齢になって、いまいち儲かるかわからない配信とやらにまた手を出してみようと思ったけど、マジで誰も来ないんだよなぁ…」
大久保隆史。29歳。
こんなことを思うまでは、ごく普通のどこにでもいる会社員だった。仕事もそれなりにはこなしていたが、昨日突然上司に呼び出されてから解雇についての話を持ち掛けられたっきり、もうほとんど記憶がない。
気付けば近くにあった大衆酒場で酩酊状態になるまで酒を飲んだせいで、その日あったことや今までの辛さを全て吐き出し、泣き崩れたまま家まで運んでもらってからもう3日も過ぎて今に至る。
元々大久保は20代前半の頃、趣味の一環として「J Spread」という日本限定の配信サイトで「散髪屋に行く雲丹物語」という名義で活動していた。それまでは名前なんて付けていなかったが、配信内容や企画が尖りすぎていたことで視聴者から、「企画が雲丹みたいに尖ってるやんw」「その年齢にしては尖りすぎてるからその尖ったものを散髪屋で切ってもらえよw」などのコメントを見てそのような名義になった。
だがどれだけ続けても、自分についていく人など多くはなかった。もしこの世界に「職業」という大きなベン図が存在するなら、大久保は「配信者」という枠の中にある「底辺配信者」という枠に属しているぐらいだった。
それから何ヶ月か経ち、大久保は何回か配信を続けていく中で自分の配信がいまいち伸びていないことに対して、毎日不満と不安感と焦りを感じていた。
「なんでこうも伸びないか…。もうええわ!誰も来ねぇならこんなもん辞めてやるわ!」
そう言って大久保は配信から足を洗い、28歳の時に特に何でもないどこにでもあるような会社に就職してみたものの、気づかぬうちに1年足らずで解雇処分を受けてしまったのだ。
そして今大久保は突然職を失ったため、生きていく上での今後の資金稼ぎとして、かすかな希望がある「配信」という仕事を始めようかと悩んでいたところだった。
「でもなぁ…今から就活って言ってもこんな人材採用する企業なんて無いしなぁ…」
大久保は就活生の時、「面倒臭い」というしょうもない理由で活動すらサボっていたため、当然資格など一つも持っていなかった。だから大久保は28という年齢でまた採用されるとは難しいと考え、また配信を始めようと決意し、その仕事一本で生きていくと考えた。
「まぁ就活なんて無理やろ。どうせ受からんし。あんな苦行するぐらいなら一攫千金目指すしかないやろ!」
そう決意した瞬間大久保は、すぐさま近くにあったパソコンを開いてJ Spredのクリエイターページにログインした。自分のチャンネルを見て大久保は「懐かしっ!昔はこんなことやってたわw」と何年振りかもわからない自分のチャンネルページを見て当時の感情に入り浸っていた。
幸運にも大久保のデスクには配信関係の機材や素材、動画編集ソフトなども残っていたため、今からでも活動できるような状態だった。
「早速配信取ってみるか… こんな時間に人来るか分からないけど…」
数年ぶりのブランクがあるのにもかかわらず、何故か自然と体が動いた。その様子はまるで、体だけは覚えているかのようだった。ものの数分でサムネやライブタイトル、通知する文面などを書き終え、「配信開始」と書いてある赤いボタンを押し、久し振りに配信を開始した。
ライブ配信のタイトルには「【上司ゴミ】仕事クビになったから憂さ晴らしで会社の機密情報話します。」という何とも炎上しそうなタイトルを付けた。それと同時に第三者の視点から見て、いかに大久保の配信が尖っているかが誰から見ても分かるような配信タイトルだった。
大久保は緊張しながらも、仕事をクビになったという事実をぶら下げ、覚悟を決めて口を開いた。
「こんちゃーっす!散髪屋に行く雲丹物語、訳して雲丹サンへようこそ!」
そんなこと言うつもりはなかった。だが口が勝手に動いた。もし今現在と数年前に現役で配信をしていた自分と比べるとするならば、顔が老けて声が変わっていること。ただそれだけだった。
その後は勝手に動く自分の口に任せて、ライブ配信を続けた。
「いや~ お久しぶりですね~ 当時と変わらず誰一人も見ていませんがw 今回!何故久しぶりに配信を始めたかというと、私雲丹サン!仕事をクビになりました~!!!」
とても28とは思えないテンションで大久保は不謹慎な事をべらべらと話し始めた。勝手に話し始めるその口はまるで別人格かのように感じた。その後も好きなように話し始めるが、何分経っても誰一人来ることはなかった。時間が経つにつれ、大久保は誰も見に来ないということに若干苛立ちはじめ、「もうどうなってもいい」という投げやりな精神状態の中、引き続きべらべらとしゃべり続けた。
それから数分して大久保は遂にメンタルが雪崩のように崩れ落ち、気づけばライブ配信は終了していた。
「何でだ! 何故誰も見に来ない! こんなに自分について色々話したのに! 何が足りないんだ!」
大久保は叫んだ。理由も分からずに防音室の中で叫び続けた。そして大久保は疲れ果てた喉を使って小さく呟いた。
「俺にも影響力とかあれば、一気に人が来るんだけどなぁ… なんか簡単に影響力が増幅するやつとか無いんかなぁ…」と。
それから大久保はなんとか人間としての生活をしていくために、見てる側からすればなんにも需要の無い配信を諦めずに取り続けた。
やっとコメントが来たかと思えば「そんなことしてても伸びませんよw」「暇なら働け。」「鏡で自分のこともう一回見たほうが良い。」「現実見ろー笑」などのコメントが相次いだ。
そんなコメントを見るたびに大久保は「今働いてるわ!」「もう辞めようかな…」「やっぱり諦めるべきなのかな…」と自分を攻撃してくる言葉の文に対してだんだん蝕まれていった。
誰も来ない。
匿名の誹謗中傷。
そしてどれだけ企画を考えても誰にも見られない。
もう大久保は我慢の限界だった。
誕生日も近づき、もうそろそろ年齢の十の位が3になってしまうのが迫ってくる中、改めて現実を見直す必要があるかと感じ、機材やアカウントを消そうとしたその瞬間、大久保は閃いた。
「そうだ。常人には真似できないような過激な配信、つまり法に触れるような危険な配信をすれば、炎上して有名になるかもしれない… 誰も配信に来なくてひたすら煽られ続けるならもうそれしかない…!」
有名になるにはいくつかルートがあった。
一つは普通に努力し、編集技術や話術を巧みに使いこなして徐々に知名度を広げていくルート、そしてもう一つは「炎上商法」というルートだ。他にもいくつか有名になるルートはたくさんあるが、もう大久保はそれにしか頼ることしか出来なかった。
大久保はこんな物騒なことを思いつくまでは、自分の配信で色んなジャンルに挑戦していた。顔出しやゲーム配信、歌枠や雑談配信、凸待ちなど、存在するジャンルは一通り触ってきたが、唯一大久保が自分の配信で怖くて扱えなかったのが「炎上することで知名度をあげること」だった。
「金がもらえるなら、それで生活できるならもうそれで良い。」
そう思った瞬間、大久保は獲物を探す猪のように支度準備をし、機材などの配信に必要なものを持ってある場所に出かけた。
深夜1時過ぎ。
周りを見渡すとそこには真っ暗な世界と明るい世界が見えた。
一方は「やっとの思いでに手にした夢世界へのチケットを持ったことでそれぞれの家庭の照明が地獄のように真っ暗になった幸福の世界」、そしてもう一方は「使い古された人形のような顔で働き続ける社員をまるで励ましているかのような建物の照明が、まさしく天国のように明るい不幸の世界」という相反する2つの異なった明かりがこの時間帯の世界を形成していた。
そんな世界が混在する中、誰もいない交差点に一人、配信機材を持った怪しい男は真っ赤なボタンを押して画面に向かって大きな声で話し始めた。
「こんちゃーっす!散髪屋に行く雲丹物語、訳して雲丹サンへようこそ!」
何故かいつもより大きな声が出た気がした。
世の中に負けた大久保は全てを諦め、ひたすら話し続けた。そんな配信のタイトルにはこのような文章が書かれていた。
「【裏路地】違法な薬物買って実際に使ってみた。」
そして大久保は「どうせ誰も来ないから。」「誰にも見られないなら何をやっても関係ない。」といういかにもこれから罪を犯すという予約文句を掲げながら、ライブ配信を続けた。
「今日やっていく企画はズバリ!薬物買ってみた~!!ということで今日は怪しいとこなり、裏路地に入っていくなどして薬物を購入するというわけなんですけど、もちろん購入するまで帰れないということで、日本の闇を実際にこのカメラに抑えていきたいと思いますwww」
最初は人なんて誰も来なかった。だが、気合を入れて裏路地や怪しいところを探索して行くに連れてだんだんと視聴者が増えていった。これまでは視聴者なんて2桁も行ったこと無かった大久保の配信はいつの間にか同接は20人を超えていた。
「おっ!たくさんいるじゃん! イェーイ見てる~笑」
見たことない視聴者の数に浮かれていた大久保は画面を見ながら歩いた結果、大久保はまるで漫画にいたかのような強面の人とぶつかってしまう。そして大久保は「どこに目付けてんだお前は!」と怒鳴られ、男の圧に委縮してしまい、思わず命の危険を感じて逃げ出そうとする。
一人の男として情けない瞬間を見せようとした時、ふと見た配信画面のコメントには、「そいつと喧嘩しろよw」という危険な一文が書かれていた。
そのコメントを見て大久保は「これはもっと人をかき集めるチャンスだ笑」と感じ、怯えながらも喧嘩腰で男に張り合った。
「うるせぇ!お前こそどこ見て歩いてんだ!」
その言葉を発した後、睨みつけるようにまじまじと男の顔を見ると、顔には明らかに関わってはいけないレベルの刺青が入っており、相手も虎のような鋭い眼光で睨んできた。
「お前自分が誰か分かってて言ってるんかぁ!」
男が発した言葉と共に、大久保はサンドバッグかのような扱いを受けながらたくさん殴られ続けた。その様子を見ている視聴者は「エッグw」「いいぞいいぞー!」「もっとやれww」「反撃しろ!」などの非情なコメントが飛び交った。
満足した男はそのまま大久保を蹴り飛ばし、立ち去って行った。
自分ではありえないほどの重傷を負った大久保だったが、それよりも自分の配信をよりたくさんの人に見てもらうためにひたすら怪我や痛みに耐え続けた。その体はまるで今にも消えて無くなりそうな線香花火のようだった。
だが大久保は自分の配信の旨味を求めていたがために、よろよろと立ち上がっては怪我の心配よりも先にスマホに流れているコメントと視聴人数を確認した。
大久保のスマホの画面に映し出されていた視聴人数はなんと100人を超えていた。それに連動するかのようにコメントも今までの自分の配信では見たことないくらい流れるのが早かった。
その様子を見た大久保は傷だらけの状態で「やった…3桁突破した…」と喜んだ。そして喜んだと同時に自分の身体が回復したように感じた。
あくまで「感じるだけ」だった。
配信が盛り上がってきたことに対するアドレナリンからか、そのままいつもの自分のペースよりも早く歩き始めた。
「いやー! 本当に死ぬかと思ったw でもそのお陰で配信も盛り上がってきたし、この調子で違法薬物とか売店とか探しますか!」そう言って配信を続けながら歩いていくと、大久保は2軒の飲食店の間に存在する細い裏路地を見つけ、さらに奥に黒いフードを被った怪しい男を見つける。
「キター!! 絶対あいつは怪しいやろ! 皆さん見てください!ついに見つけましたよ! あれは違法薬物の匂いがするぜ! では早速あの男に凸ってみますか!」
配信のコメントには「ついに見つけちまったか…」「早く買えw」「買ったら実際に使ってレビューしてみてw」などさらに配信が盛り上がり、視聴者数も500人を突破した。
「じゃあ早速今から入るんですけど、配信してるのばれたらまずいので、ここからは音声のみにします! 俺が暴くぜ日本の闇ってやつをなぁ!」
そう言って大久保はカメラを切って細い裏路地に入ると、案の定黒いフードを被った怪しい男に声を掛けられた。
「お兄さんそんな体で大丈夫? 近くにくすりやがあるから今から俺が案内しようか?」
待ち望んでいたその言葉に大久保はわざとらしく首を突っ込んだ。「そうなんですよ…ちょっとそこの裏路地で喧嘩を吹っ掛けられて… もうほぼ歩けないような状態なので、解決するなら何でもいいんです…」と大久保はさっきまでは動いていた左足を演技のために急に引きずり始めた。
「分かりました。あなたの足を秒速で治せる薬を処方しましょう。こちらのビルの3階にくすりやがあるので私についてきてください。今すぐあなたに救いの手を差し伸べましょう。」
黒いフードの男は自分についてくるように促し、大久保を5階建てのビルに誘導した。向かったそのビルの3階には「くすりや」と書かれた紺色の暖簾が掛けられていた。
大久保が入店しようとした瞬間、黒いフードの男は「こちらにはあなたの求めるものがたくさん売ってますよ。きっと今あなたが悩んでいるものを解決できるような薬がたくさんありますので。それではごゆっくり。」と言って、再び1階へ消えていった。
怪しい薬屋に入店すると、自分が求めていた違法薬物とは全く違った見たことの無い薬ばかりが売られていた。その中にはもちろん薬やサプリメントもあったが、「遺失物防止用スプレー」や「対人用体力無尽蔵エンジン」などの絶対に薬じゃないものまで売られていた。
「これじゃまるでどっかのネコ型ロボットの秘密道具だなこれは…」と呟きながら散策していると、大久保はとあるサプリメントに目を奪われた。
「なんだこれ? 影響力増強サプリメント? 影響力とか丁度俺が欲しがってたやつじゃん!これ飲んだだけで影響力が増幅するなら買わない訳にはいかないなぁ!」と大久保は今の自分の状況にぴったりなサプリメントを見つけて、ウキウキで会計へと向かった。
演技のために引きずっていた左足をすぐに直し、「影響力増強サプリメント」といういかにも胡散臭いサプリをもって会計に進むと、カウンターには薬屋のプラモデルに同封されている付属品かのようにマッチしていた老婆が座っていた。
「いらっしゃい。あんた、この店は初めてかい?」
慣れた手つきで会計をしながら老婆は話し掛けてきた。
「は、はい… なんかここならなんでも揃ってるとか何とか言われて…」
大久保は財布から小銭を探しながら老婆の問いかけに答えた。
「そうかいそうかい。 ちょっと待ってね、今お会計出すからね。」
そう言って老婆が裏に入ると、表にいる自分からでも分かるほどの段ボールが落ちる物音が聞こえた。
「だ、大丈夫ですか! おばあちゃん!」
知らない人でも心配するほどの大きな物音に対してそう呼びかけると、「女性におばあちゃんとはなんと失礼な!」と言いながら20代ぐらいの若者が出てきた。
「だっ、誰!!」
ドッキリ番組のようなツッコミをせざるを得ない状況に、思わずツッコんだ大久保は続けて正体を訪ねようとした瞬間、彼女の持っていた薬を見て大久保は納得してしまった。
「危ない危ない… やっぱりこの即死用若返り特効薬はべんりじゃのうー。 おかげで腰痛がなおったわい! お主も欲しければこの店に売っとるけど買うかい?」
「えっ…いや… 要らないです…」
店独自のダイナミックな実践販売を目の当たりにした大久保は、物欲よりも心配が勝ってしまい、自分が配信者であるということを忘れていたかのような声色で断った。断ったと同時に大久保は、あまりの衝撃から反射的に「非現実な薬屋には常軌を逸した老婆がいる」と、今後自分の人生において使うかどうか分からない知識を脳内に存在する冒険の書に保存してしまった。
「あの、それよりお会計は…」
へらへらする元老婆だった女性に対して急かすように言った。
大久保は今、「早く会計して帰りたい…」という心情でいっぱいだった。
「ああ!お会計ね! ちょっと待ってね… えーっとそれは、税込みで1万円だね。一応特価品で1万円だけどそれでも大丈夫かい?」
一瞬高いとは思ったが、これで自分の望む力が手に入ると考えたら安いものだと思い、迷わず大久保は財布から1万円を渡した。
「にしてもなんで特価品なんですか?」
配信者という職業から感染した「お互いの無言の時間を減らしたい」という職業病を患ったがために、大久保は思ってもない疑問を元老婆の女性に尋ねた。
「そんなん簡単さ。説明書が入ってないんだよ。」
自慢げに女性がそう言うと、大久保は納得しながらこう質問した。
「じゃあ1日何錠飲めばいいんですか?」
「知らんよそんなの。もう大人なんだから自分で考えながら飲むんだよ。 そもそもこんな怪しいところに入る時点で少しは疑ったらどうだい。」
妙に説得力がある女性の言葉に言いくるめられた大久保は、結局何錠飲めばいいかも分からずに怪しい薬屋を後にした。
「ご来店いただき誠にありがとうございました。」と誰かが言った。だが大久保はその男の正体を知っていたから視線を向けずにそのままスルーした。その男が陰で不敵な笑みを浮かべていたことにも気づかずに。
「ネタになるようなおもろい薬も買えたから別にいいけど、なんかなぁ…」
薬屋を出てから数秒後、大久保は何か大事なことを聞き忘れた気がしたが、配信の同接のほうが気になり、すぐに忘れてしまった。
「いや~みなさん長らくお待たせしました笑 マイクだけで聞きずらかったと思いますが、ちゃんと違法薬物っぽいものを買うことに成功しました!」
人気の無い裏路地に移動しながら、やっと大久保はカメラを付けた。カメラを付けるついでに画面を見ると、同接人数が250人前後になっていた。
久々に見るコメントには、「コミュ障出てて草w」「配信者ならもう少し会話しろよ」「ビルの住所教えろ」「そんなこと言ってないで早く使え」などの変わらない自分に対する辛辣なコメントで溢れていたが、そこに嬉しさを感じていた。
配信画面の外カメラに証拠品の影響力増強サプリメントという誰も知らない薬品を見せつけながら大久保は、「いや~本当はもっと危ない薬物を入手しようと思ったんだけど、薬物買ったには買ったから今回の配信はこれで終わりにしてもいいかな(笑)」と締めのコメントをし、ライブ配信を終了した。
誰かに見られているというプレッシャーから解放された瞬間、ふと上を見上げると空が明るくなっていた。だがそんな光景を見ても大久保は朝か夜かなんて区別がつかなかった。
「明日に向けて早く寝なきゃだな…」そう言って大久保は不安定な足取りの中、自宅へ向かった。
自宅についた瞬間大久保は、全ての疲労を雑巾のように絞り出しながら死んだよう眠り、目覚める頃にはもう13時間を経過していた。
アラームもかからない幸せな睡眠時間から解放されると、時間の経過に対する驚きと共に、脇腹にこの世のものとは言えないほどの激痛が走った。
「痛ってぇぇぇぇぇ!! えっ! マジで痛いんだけど!! なんだこれ!!」
あまりの激痛に目を覚まし、時間の経過に気を遣うのも忘れるぐらい騒ぐと大久保は急にスッと冷静になり、寝そべりながら原因を突き止めた。
「この痛みはあの時、無理をして挑んだ危ないヤツと戦った時の副産物だ絶対…」そう言って大久保は近くにあった携帯で救急車を呼んだ。
悶えながら救急隊員と会話し、寝そべったまま病院に連れていかれ、レントゲンやその他よく分からない検査をされた後、担当医から「肋骨折れてますねこれは。」と宣言される。「えっ… じゃあ仕事は…」と大久保が言うと担当医は「早急に休んだほうがいいですね。」と回答する。
その瞬間大久保は、「配信のネタになるぞこれは…」と常人とは全く異なる反応をし、そのまま大久保は病室で自然に肋骨が治癒される時を待った。
大久保が入院してから約2ヶ月の時間が過ぎた。
それまではあまり記憶がなかった。定期的に看護師がやってきては食事を与え、適当に会話する生活だった。あまりの痛みに途中で起きたりした時もあったが、そんなのごく普通のことだと看護師に助言を受け、そのまま睡眠を取り続けた。
生活面の疲れや仕事面の疲れ、さらに精神面での疲れや体調面の疲れ。大久保が全治3ヵ月の怪我をするまでに背負っていた疲労感を全て病室で出し切った。その瞬間、大久保の体はまるで乾いたスポンジのように身軽だった。
出し切った疲労感のお陰で体重が少し減ったかのように感じた大久保は、「なんか自分に関する全てのものが軽くなった気がする。」と誰もいない病室で一人呟いた。
「大久保さん。お疲れさまでした。」担当医がそう言った。
その言葉は大久保の「早く配信がしたい…」という欲求を開放するサインだった。
「えっ、じゃあ… 退院ってことですか…」と尋ねると、担当医は「そういうことになりますね。」と答えた。
「やっと配信ができる…!」そう思った瞬間、そのあとの話は一切聞こえなかった。適当に頷いては「分かりました!気を付けます!」などの繋ぎ言葉で会話を足早に終わらせ、その場を後にした。
自宅に着いた瞬間大久保は嬉しさのあまり、10秒も経たずに配信を始めた。ライブタイトルには「【虚無空間から帰還】あの配信で骨折してました。」と書いてあった。これまでと比べると比較的尖りがないタイトルではあったが、通常の配信よりも同接が数人多い状態で始まっていた。
「こんちゃーっす!散髪屋に行く雲丹物語、訳して雲丹サンへようこそ! ということでみなさん!ただいま帰還しました! 今回は約3ヶ月ぶりの配信ということで、これまでに自分が何をやっていたのかということについてお話できればなと思っております!」
いつものように挨拶をし、配信内に漂う様々なコメントをその都度読みながら配信をしていた。適当にコメントを読みながら、自分があの配信で肋骨を骨折し、SNSで一切息をしていなかった空白の約3ヶ月もの間、ずっと入院をしていたことを面白おかしく話した。
当然心配するようなコメントが寄せられたが、すべてのコメントを見たときに本人の心配よりも大久保を誹謗中傷するようなコメントばかり残されていた。また始まったと思った大久保だが、もうそんなコメントは慣れていたため、「さっきから誹謗中傷してる奴ら、ここは好き勝手コメントしていい配信じゃねぇからな! 俺だって一応人間だから人権の一つや二つはあるからなお前ら!」とエンタメを交えた警告をするなどして何とか自分の配信の秩序を保っていた。
その後も大久保は配信内に流れ続ける匿名のコメント達とプロレスをしていると、「結局あの薬はどうしたん?」というコメントが流れる。
そのコメントが流れた瞬間、配信内の空気は一変した。
「そうじゃん! お前らとプロレスしてる場合ちゃうやん! この前買ったこのよう分からんサプリをレビューするって言っといて結局しとらんやん!じゃあこのよう分からん影響力増強サプリメントとかいうやつを飲んでみますか!」
大久保が配信でそう宣言するとコメントにも「結局やるやる詐欺やん」「早くしろ」などの期待のコメントが流れる。そして大久保はコメントを見てレビューし始めた。
「まずは箱を開けるとその中にボトルが入ってますねぇ… ほかに中身は・・・ えっ!これだけ!? なんか説明書とかそういうのは入ってないの!? これじゃあ1日何錠飲めばいいか分からないじゃん!」
大久保がそう言うとコメントでは「話聞いてなかったんか」「特価品だから説明書ないって言ってたやんけ」と指摘された。それに対して大久保は「確かにそんなこと言われた気がするわ!」と思い出しながら平謝りした。
「じゃあ何錠飲めばいいか分からんけどとりあえず飲んでいきたいと思います! どうせお前らこんな怪しい薬が何錠かもきっと分からんやろうから、適当に飲むわ!」そう言って覚悟を決めた瞬間、大久保はボトルの半分ぐらいの錠剤を一気に飲んでしまった。
この時大久保の心の中には、「どうせ何も変わらん。こんな胡散臭いものたくさん飲んだって自分の影響力が変わることなんて絶対ない。」と思っていた。
飲んだ瞬間、大久保の予想は的中した。
人体には何も影響は何もなく、特に外見が変わった様子も感じられなかった。「飲んだけどどう? なんか外見とか特に変わったところある?」と大久保は聞くが、コメントでは「一気で半分以上はやばくないか?」「お前それで本当にやばい薬だったらどうするんだよ」「あーあ俺知らね」などの人間性を否定するコメントが寄せられ、徐々に自分の配信が少しだけ荒れ始めていた。
「仕方ねぇだろ! 開けても説明書も入ってないし、何錠飲めばいいか分かんねぇだから!」と大久保が言った瞬間、背後から鈍器で殴られたかのような強い頭痛に襲われ、苦しみながら大久保は椅子から崩れ落ちてしまった。
「うっ…! あっ! いってぇ… なんだこれ…」
薄っすらとした意識の中、右手だけが少しだけ意識を取り戻し、そっと配信を閉じた。配信終わりのコメントには「だから言ったじゃんか」「ざまぁねぇな。」「ここまで終わってる人間見たのは初めてだわw」「マジで笑えない。」と書かれていた。
「痛い…痛すぎる… やっぱりこんな薬に頼るより自分の力で勝ち取らないといけなかったか… このまま誰にも見られないまま死んでいくのかな… こんなのが最期なんてな…」
大久保を襲った長時間にも及ぶ頭痛は、これまでの自分の行いを懺悔してしまうかのようなものだった。それはまるで現在から誰もたどり着くことのない奈落の懺悔室まで直通しているかのような状態だった。
苦しみながらなんとか意識を取り戻し、心配しているかもしれない視聴者たちに生存報告も含めてすかさず大久保は配信を始めた。
「ご心配かけてすいません! なんとか治まりましたので配信を続けようかなと思います! いや~危なかったw 初めて生命の危機を感じたわw 本当に危なかった…」
心配かけていたかもしれない人に向けて、いかに自分が元気なのかを異常にアピールしながら、通常通りの罵倒コメントを返信するなどしてなんとか自分を落ち着かせた。
「そうだ! 結局俺の影響力が上がったかどうか確認するために試しに何か発信してみるか!」そう言って大久保は配信中に携帯を開き、自分のSNSに「アルミ缶の上にあるみかん」というしょうもないことを呟いた。
「もし自分の影響力が上がってるなら、この呟きに結構な数の人が見に来るやろ! これで伸びたら本物やな!」と言いながら大久保は世間という数多くの被検体を勝手に決めて簡単なテストを実行した。だが少し時間を置いても自分の携帯の通知が鳴ることは無かった。
それを見た大久保は、「何だよ!やっぱりパチモンかよ! こんなんに1万も払ったのか俺は! 騙されたわマジで!」と騒ぎ立てる。見ていたコメントたちも「何にも変わってなくて草」「ただ頭痛を感じただけやんw」「こーれは無駄遣いですな」といつも通り馬鹿にされながら大久保は、誰もいない自宅で一人ゲラゲラと笑っていた。
6時間という長時間の配信を終わらせ、大久保は一息つくためにベッドで横になりながら今後の配信で取り扱う企画について考えていた。何か面白いアイデアを出すために、自分の辺りを見渡しながらすぐ近くに置いてあったカップラーメンに手を伸ばし、何も考えずにテレビを付けて動画配信サイトを開いた。
開いたサイトにはランダムに並べられた有象無象のサムネイルばかりが表示されており、お湯を沸かしながら適当に画面を切り替えていた。途中で止まっては再生し、色んな動画やサムネにインスピレーションを感じて携帯にメモするが誰もやっていないような特別性、金銭的な問題などが壁となり、なかなか思うようにいかなかった。
電気ポットがカチッと音を立てた瞬間、大久保の脳にある一つのアイデアが思い浮かんだ。「きたっ! これは面白そうかも!」そう言ってカップラーメンにお湯を注いだ後、自分のパソコンに思いついた企画の規則や内容などをメモし始めた。
「そういえばチャレンジ企画はそんなにやっていなかったはずだから、思い切って1年間続ける縛り配信とかやってみようかな! どうせ自分の配信見るのも十数人ぐらいだし、失敗してもそんなに叩かれたりしないでしょ!」
考えることが癖になるほど、「誰も来ない」という精神を保った状態で夢中に描き続けた。時間が経つにつれて自分の夕食がだんだん汁を吸って食べれなくなってしまうことに気づかないまま、大久保は配信関係の仕事を再び始め、満足感に浸ったままデスクの上で寝落ちしてしまった。
カーテンの隙間からスナイパーのような光が差したとき、時間は朝の7時を過ぎていた。キッチンに置かれていたカップラーメンもすっかり全ての汁を吸い、常温で保存されていたことで食べられない状態に発展したところで大久保はゆっくりと起床した。
「やっべ! これじゃあ食べれないやん! でもおもろいから写真とっとこw」
1日のスタートから人間の底辺のような生活が始まったが、写真を撮って呟くことで少しだけ自分の心が和らぐことを願って、現代アートのような食品をごみ箱に捨てた。
前日から考えた最高の企画原稿を見ながら大久保は配信準備に取り掛かった。ある程度の準備が整った時、大久保はこれから始まる自分への試練に気合を入れ、配信開始のボタンを押した。
「【無理】1年間文字消失生活開始。」
ライブタイトルにはそう書いてあった。
明らかに無理難題なライブタイトルには、過去の配信を含めた巧妙な作戦が練りこまれていた。
まず大久保は、薬物に関連した法に触れる手前ぐらいの危険な配信を行い、視聴者や知名度を少し上げ、その配信が終わった後に関係の無い配信をすることで人数の変化を集計する。集計し終わったところで適当に配信を終わらせ、先程思いついた過酷な配信を企画する。その企画配信で人数が減っていた場合は「誰にも見られていない」ということを利用して適当に企画配信を行う。逆に人数が増えていた場合は、「とことん盛り上げてさらに集客をする」という双方の精神状態を抱えながら配信をするという作戦だった。
「さて、人数はどうなってるかな~ 少なければ手を抜いても大丈夫だからそっちのほうがありがたいんだけど…」
人数が少ないことに賭けて配信を始めるとそこにはたくさんの視聴者が待機のコメントをして待っていた。
「どういうことなんだろう…」「薬物配信から来ました」「見るからに過激そう」「始めたからにはもう取り下げられないな」「たくさんの人数が来て魚拓とられてるやん(笑)」
大久保は絶望と同時に嬉しさもあった。そして大久保は近くに置かれていた影響力増強サプリメントを見て、「まさか…」と口にした。
「本当にこのサプリのおかげで自分の影響力が増幅したのか…!?」効力を実感した大久保は、半分後悔しながらマイクとカメラをオンにして配信を開始した。
「こんちゃーっす!散髪屋に行く雲丹物語、訳して雲丹サンへようこそ! ってことで、どうしたのみんな!朝8時なのに暇なんかお前らは笑 いつもよりたくさん見に来てるけどw」
大久保が驚くのも無理はなかった。何度自分の目で確認しても、自分の配信画面に表示されていた同接の人数には「1000」という文字が映し出されていた。
「そんじゃあ、みんなも待ってることだし!早速企画名言っちゃいますか! 今回やる企画は! 1年間文字消失生活ー!!」と盛り上げながら大久保が企画のタイトルを言った瞬間、配信のコメント達は別の意味で盛り上がりを見せた。
「なんだこれ!? 急に空が青白く光ったぞ!?」「うわっ! 眩しっ!」「なんだ!? 隕石か!?」「世界終わるには急すぎるだろ!」
慌てふためく様々なコメントたちを見て大久保は事実か確かめるために自宅のカーテンを開けるが、そこには何の変哲もない青空が広がっていた。
「今自分のカーテン開けて確認したけど特に何も変わってなかったぞ! もしかしてお前ら俺を騙すために冷やかしのコメントをしたとかじゃねぇだろうな!」とコメントたちに言うと、「いいから何らかの情報番組見ろ! 未だに分かってない馬鹿なお前でも分かるような情報があるから!」と半分侮辱が入った注意コメントが流れた。
大久保は自分に向けられた侮辱をスルーしながら渋々情報番組を見るとそこには、実際に観測された日本各地を包み込む謎の青白い光が映し出されていた。突然青白く光った謎の光景に世間が騒然とする中、大久保は信じることができなかった。
情報番組というメディアだけでは信憑性が無いと感じた大久保は、自身も使っているSNSで世間の反応を見ようと考え、すぐさまアプリを開いた。そのアプリの流行には「謎の青白い光」や「謎の光」などの関連ワードがランキング上位に食い込んでいた。大久保はより信憑性を上げるために詳しく調べると、北海道や東北地方、東京や神奈川などの関東地方を含む東日本だけでは収まらず、大阪や福岡などの西日本、ましてや小笠原諸島や沖縄などの離れた島でも確認されたということが分かり、そこで初めて大久保は非現実な謎の光が実際に存在していたという事実に納得してしまった。
「細かく確認したけどやっぱり本当っぽいわ。」
そう言うとコメントたちは、「やっと分かったか馬鹿が」「配信なんかしてる暇じゃねぇだろ!」「俺避難してこようかな…」などの様々な反応が見受けられた。
色んな有名人や情報番組、配信者などが注意喚起の声掛けをする中、ただ一人、生粋の尖り配信者はこの状況を楽しんでいた。
「こんなに騒いでる奴ら見て自分も同じ行動するだなんてあり得ない。 時分がこの世界で注目されるタイミングは絶対に今しかない。 避難?注意喚起?そんな生ぬるいことするわけない。 俺は危険を犯しても配信は止めない。今が絶好のチャンスだ!」そう思った大久保は見ているコメントと同接人数が比例して減っていく中、自分の配信上で高らかに宣言した。
「なんかよく分かんない謎の光によって世間が騒ぐ中、俺はさっき宣言した1年間文字消失生活を始めます! ルールは至って簡単! 五十音全てと拗音や濁音、半濁音から漢字、アルファベット、疑問文などの全ての文字を含んだルーレットを事前に作ってあるので、それを4日経つごとに1文字ずつ回していきます! そして実際に表示された文字は1年後の今日まで使えなくなるという企画です! ということで企画の説明も終わったので早速!1文字目をこのルーレットで回していこうかと思います!」
楽しそうに企画を説明する大久保に対して、配信を見ていたコメントたちは「こいつイカれてやがるwww」「この状況を楽しんでるの多分お前だけだよw」「ヤバすぎwww」とコメントした。
「始まったか… もうこの世界も終わりじゃな… 飲んだ本人が何を言うかは知らないが、どうなることかね…」
誰かが日本のどこかで呟いた。その言葉はまるで今後の未来を見据えていたかのようだった。それと同時に、呟いた女性は20代の綺麗な容姿から高齢の体へと変化した。「さて、この世界の終わりを観測しようかね…」名も知らないビルの1階で怪しい薬を飲みながら、2人の男女は青白く光る空を見上げていた。
早速大久保は企画のためにルーレットを回そうと携帯の液晶に触れようとした瞬間、自宅のインターホンが鳴る。返事をして自分の配信をいったん止め、疑問に感じながら玄関に向かうとそこには差出人不明の段ボールが置いてあった。
「なんか変な段ボールが届いてたんだけどw 誰か爆発物みたいな危険物を送ったとかじゃないよね?」とコメントに聞くが、誰も知ってるようなコメントは流れなかった。
段ボールを開封すると入っていたのは、企画説明を聞いてた人にしか分からない内容の謎のルーレットが入っていた。ルーレットのマスには五十音から疑問形までしっかりと書いてあった。そのルーレットを見て大久保はすぐにコメントを疑うが、即日に届くには早すぎると感じ、訳も分からないままルーレットを設置した。
準備が終わり、ルーレットの全貌が配信に映るとコメントでは「完成度たけーな」「妙にやる気あるなぁ」「本当にやるのかお前は」などの心配の声が流れていた。
「それじゃあまずは一文字目! ルーレットスタート!」
大久保の掛け声に合わせてルーレットは勝手に回転し始め、やがてルーレットの針は「れ」を指した。
「一文字目はれです! まあなかなか使わないし大丈夫でしょ!」
そう言った瞬間空が真っ赤に光り、日本全体から「れ」という文字が消えた。
「じゃあまた4日後に配信するんで、お疲え様でした!」
そう言って大久保は配信を閉じ、こえから始まる過酷な生活に向けて気合いを入れた。禁じらえた文字を言わないようにホワイトボードにメモをし、そのまま就寝した。
大久保が就寝した後、少し遅えて謎の機械音とパソコンが勝手に起動し、「同期完了。配信アラームを8時に自動設定しました。再起動します。」という画面が表示さえ、ルーエットの左上にデジタル時計が付け足さえた。
そえから4日後。
かけた記憶も無いアラームによって大久保は無理やり起こさえた。
「なんだよ… こんな朝に…」
鳴りやまないアラームの音を辿ると携帯ではなく、企画用に使っていたルーエットから鳴っていた。そしてそのアラーム音が鳴ったと同時に勝手に配信が開始さえていた。
「なんで配信が始まってんの!? まだ俺起きたばっかりなのに!」状況が掴めないまま、ルーエットが勝手に回りだし、「ぷ」という文字が表示さえ、また日本中の空が赤く光った。
その瞬間、日本中から「ぷ」という文字が消えた。
魔法のように勝手に動く配信やルーエットを見て唖然としている大久保に追い打ちをかけるように机に置いてあったホワイトボードが勝手に動き、使えなくなった文字を書き始めた。そして寝ぼけたまま勝手に始まった配信は、大久保が何も喋ることもなく勝手に配信が閉じらえた。
自分が起きてから数分後。大久保が佇むその空間には通常の生活とは違う謎の沈黙だけが残さえていた。何事も無かったかのようなその空間に存在する非現実なルーエットだけが置いてあり、左上に配置さえたデジタル時計には「残り3日と16時間後。」というカウントダウンが始まっていた。そえを見て大久保は「こえも自分の影響力のお陰なのか…!?」と呟き、非現実な景色を見たことに対して満足感を感じた。
自分だけが謎の満足感を感じたまま4週間が経過し、今日で9文字目が発表さえようとしていた。その間に禁じらえた文字は順番に「ぬ」「ゎ」「め」「ば」「ぐ」「ぢ」となっていた。定刻になり、ルーエットが回りだした。表示さえたのは「漢」という文字だった。
その瞬間見慣れた赤い空が出現した後、日本中から「漢字」という文字が消えた。
「えっ… もしかして…」
ひょうじされたもじをみておおくぼはいそいでスマホをひらき、SNSをのぞいた。
そこにはたくさんのよみずらいぶんしょうがならんでおり、いろんなエディアがさわぎはじえた。インターネットだけではとどまらず、しんぶんやテレビ、さまざまなでんしききにも「えいきょう」がひろがった。
そこでおおくぼはやっとじぶんがこのじたいをうみだしてしまったちょうほんにんであるということにきづいた。
「そんな… おえがほしかったえいきょうりょくはこんなものじゃないのに… それもこれもぜんぶあのサウリエントのせいだ!」そういっておおくぼはサウリエントのはいったボトルをさがそうとしたとき、おおくぼののうりにいまのじょうたいではつごうがわるすぎるほどのことばがながえてきた。
「そんなんかんたんさ。せつえいしょがはいってないんだよ。」
おもいだしたとたんにおおくぼはぜつぼうした。
いまさらげんじつをみてもこのせかいはかわらない。
ぜつぼうしたおおくぼにのこったのはのぞんだねがいとはまったくちがう「えいきょうりょく」がじょうじんよりもぞうふくされたいっぱんじんであるということと、4かごとにじどうてきにもじをせいげんしていくなぞのルーエットだけがのこさえていた。
おおくぼにのこっていたまんぞくかんからざいあくかんへとかわったことよりいっそうこのせかいへのあきらえがついたとき、せけんではかんじやとくていのもじがつかえなくなったことによるこんらんがたはつしていた。
あるものはインターネットでさわぎたてるもの、あるものはなぞのもじによるテロこうげきをせいふのせいだとおもいこみ、こっかいぎじどうまでなかまをひきつえてデモこうぎをおこなうもの、そしてあるものはこのじょうきょうにのっかってかんけいするいろんなかつどうにびんじょうするものなどさまざまだった。
「なんとかしなきゃ… こえもぜんぶじぶんのせいだ。 だえかにみつかるまえにこのじょうきょうがなおるくすりをさがさないと…」
そういっておおくぼははいしんであつかったくすりやをさがしはじえた。なんでもうっているあのくすりやならまだのこっているかもしれないとおもったおおくぼだったが、じぶんのはいしんをみながらもくてきちにたどりつくとそこにはべつのぶっけんがたっていた。
「えっ… このまえのくすりやが…なくなってる…」いきばのないあせりがおおくぼをおそい、そのままかいけつさくがみいだせないままながいじかんがすぎた。
あえかああといぅいぅかんえあんといあたとうといていた。のこあえたおいは「あいうえお、ぁぃぅぇぉ、かきくけこ、たちつてと、なにねの、はひふへほ、ぼ、ん」あけあった。おおくおはいうんあひきおこいていあうたえんいつおあくうたえいあいうていた。このにほんおいつおのえかいいかえうたえに。
「おいお前! こっちを見ろ! 今この物語を読んでるお前に言ってるんだ! もう流石に気づいておるかわからんが、この物語にも影響力増強サプリメントの効力が働いておる。 なんか読みづらいと思っただろうがそれはミスでもなんでもないぞ!安心してくれ。」
急に物語から謎の老婆が飛び出し、この物語を読んでる私に話しかけてきた。
「できることなら直接この物語を読んでるお前にこの特効薬を渡してやりたいがなぜかわしはこの物語の中から抜け出すことができないから、読みやすくするために次の文から自動で翻訳する薬を投与しておいたぞ。」
「ただし急いで作った薬じゃからそれがどこまで効くかはくすりやのわしでもわからん。なんせ書物用のくすりなんて初めてじゃからな。 試しに前の読みづらい文章をもう一度載せてやろう。」
(あれからあと1週間で半年が経とうとしていた。残された文字は「あいうえお、ぁぃぅぇぉ、かきくけこ、たちつてと、なにねの、はひふへほ、ぼ、ん」だけだった。大久保は自分が引き起こしてしまった現実を無くすために走っていた。この日本をいつもの世界に変えるために。)
「どうじゃ。これで読みやすくなったかな? お前が読む前に投与しておくべきじゃったな。これからこの物語は原文の後に翻訳文が来る構成に変わり、翻訳文は()の中に生成されるから多少読みづらくなると思うが楽しんでくれ。それじゃわしはこれでな。」そう言って老婆は引っ込んだ。
いえんおとうえたくういあとはあったくことなったたておのあたっていうことにえんいつおうけとえきえなかったおおくぼはいおいえいたくにおおってはいいんおはいえた。
(以前訪れた薬屋とは全く異なった建物が建っていることに現実を受け止めきれなかった大久保は急いで自宅に戻って配信を始めた。)
いんたーねっとのちかあおかいおうとおおいはいいんおいたおおくぼあぅたあ、はんといたつことえきんいあえたおいあはんうんおいおこえていたたえに、こえんとたちはとておいうあくおいにくかぅた。
いうんのたうけおおとえうあいんおつたああう、おいおかいたいこえんといおうといておはうおんあえきない。あおこんのきーおーおおきえていき、ああてにほんいんはあいいぉのひとおいえおおんなおいあぅたかおあうええいあぅていううあいあぅた。
(インターネットの力を借りようと思い配信をした大久保だったが、半年経つことで禁じられた文字が半分よりも超えていたために、コメントたちはとても見づらく読みにくかった。自分の助けを求めるサインも伝わらず、文字を書いたりコメントしようとしても発音ができない。パソコンのキーボードも消えていき、やがて日本人は消えた最初の一文字目もどんな文字だったかを忘れてしまっているぐらいだった。)
おんなおぉうたいえおおおくぼはあきあえなかぅた。
つたえうことおえきないこのえかいえいうんあこんえんえあいあくにんえあうといえないいあ、いうんあえんいんおきぅてこうおうううことえなにかつうなえうとおおい、いたうあああいつうけていた。
(そんな状態でも大久保は諦めなかった。
伝えることもできないこの世界で自分が根源であり悪人である#と言えない今、自分が先陣を切って行動することで何か償えると思い、ひたすら探し続けていた。)
「おえあほいかぅたちかあはこんあちかああぁない! えいきぉういぉくえおいいあいあちあうあお! おえはこんあえいきぉういぉくあほいかぅたんあぁないんあ! かえいてくえ!おうえいきぉういぉくなんておのはいあない! いつおおおいのにちいぉうおかえいてくえ!」
あちなかえあけんあおおくぼのいつうなあけいはあえにおとおかなかぅた。たあおこにはこんあくいたにほんいんあいうんにいえんおうけうあけあぅた。
(「俺が欲しかった力はこんな力じゃない! 影響力は影*響力でも意味合いが違うだろ! 俺はこんな影響力が欲しかったんじゃないんだ! 返してくれ!もう影響力$なんて物は要らない! いつも通りの日常を返してくれ!」
街中で叫んだ大久保の悲痛な叫びは誰にも届かなかった。ただそこには困惑した日本人が自分に視線を向けるだけだった。)
おおくぼあいぅいえああいつうけうなか、おぅかおとにいおうえはいいんあはいあい、うーえぅとはとあうことおいあなかぅた。
はいいんのおんあいあこのえかいおおかいくいていうのあときういたひとおいたあ、きんいあえたおいにほんおうあえていうんのいけんおいえなくなぅたこのえかいにおぅていうかあこうおうおおこうおのはあああえなかぅた。
(大久保が必死で探し続ける中、4日ごとに¥自動で配信が始まり、ルーレットは止まることを知らなかった。
配信の存%在がこの世界をおかしくしているのだと気@づいた人もいたが、禁じられた¥文字に翻弄されて自分の意見を言えなくなったこの世界によって自ら行?動を起こす者は現れなかった。)
ほほほほほほぼほほぼほほぼほぼほぼほほほ、ほぼほほほほほほほ「ほ」ほ「ぼ」ほほほほほほほほほほぼほほほほぼほほほほほほほぼほほほほほほほほほほぼほほほほぼほほほほほほほほほほ。
(そのままいたずら+に時間だけが¥過ぎていき、やが&てこの世界は「ほ」と「ぼ」しか使え%なくなった状態で残りの1ヶ月を生活しなければならない事態となってし$まった。)
ほほほぼほほほ。
ほほほほぼほぼほほほほほほほほほほほほほほほぼほぼほほほぼぼほほほ。ほほぼほぼほほほぼほほほほほほほほほほ。
ほほぼほほほほほほほほほほほほほぼほほほほほほほほほほほほほほぼほほほほほぼほほぼほほほほほ、ぼほぼほほほほほほほほほほほほぼほほほほほほほほほほほほほほほほほぼほほほ。
(何も出来ない。
新たな言語を作&ろうにもあと8日もすれば全#ての文字が消える。
$その現実に気づ@いてももう=遅かった。
こ¥の事態をなんとか解決するべく警察は:国家転&覆などを含めた重罪に処し、現在逃走中の%大久保隆史に%対して指名手配を宣言;した。)
ほほほほぼぼほほほほほ、ほほほぼほほほほほほぼほほほぼ。
(降;注ぐ$#の中、@;保は橋#下で¥ん#。)
「ほほぼほぼ… ほほほほほほほぼほほほ… ほほぼほほ、「ぼぼぼーぼ・ぼーぼぼ」ほほほほほほほぼほほほほーー!!!!」
(「$#&+*… ?!¥&&$@=%#!… +?&$:、「ボボボーボ・ボーボボ」*+@;?*&%$?:;ーー!!!!」)
「特効薬が効き目が無くなったか… おい、足元を見てみろ。最後のページ落としとるぞ。」また老婆が飛び出し、私に話しかけてきた。老婆に指摘されて私は足元にある最後のちぎれたページを拾って目を通した。
ちぎれたこの物語の最後のページにはこう書かれていた。
あれから日本は8日後、全ての文字が禁じられた。
残りの1か月は言葉を発することを禁じられ、経済から政府も回らず、日本は壊滅した。
コミュニケーションが無くなったこの世界で生き抜くことは困難だった。
人類が消え、ゴーストタウン化したとある都市の橋の下でただ一人、真実を知っていた男の叫びと連動したかのようにどこかの部屋の一室で謎の配信が始まったと共に、そのライブ配信の画角には「カラン」という音と複数個の錠剤が入ったボトルが転がっていた。
影響力増強サプリメント
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