「死に地獄」
■登場人物
飯田将也(28)会社員
友部悠輝(15)中学3年
サワノ
カン
1. マンション室内(朝)
飯田将也(28)、朝食を食べている。
TVではニュース番組が流れている。
キャスター「昨夜9時頃、港区のマンションで女優の八代梓さん29歳が死亡しているのが分かりました。事件性はなく、警察は自殺とみて捜査を進めています」
× × ×
飯田、朝食をシンクに片付ける。
× × ×
飯田、スーツに着替える。TVを消し部屋を出る。テーブルには一枚の封筒。
2. マンション外廊下
エレベーターへ向かって歩いている飯田。
× × ×
エレベーターのボタンを押す飯田。左の方角、約500m先には母校・海晃中学校が見える。
飯田、中学時代の思い出を懐かしんでいる。
飯田「?」
中学校屋上に人影。柵を上っている?飛び降りようとしている人影?
飯田「!?」
エレベーター到着。飯田、中学校の屋上に注視。人影は動かない。飯田、急いでマンションの階段を下りる。
3. 海晃中学校・校門前
ダッシュしている飯田。中学校の校門に到着。校門前では用務員が清掃をしている。
飯田「(苛立ち)」
4. 同・裏門
裏門にやってくる飯田。門には鍵。辺りには誰もいない。飯田、門をよじ登る。
5. 校内
飯田、校内を慣れたように移動し、屋上へ向かう。
6. 屋上
飯田、屋上の扉を開け、外に出ると、
飯田「!?」
制服を着た生徒・友部悠輝(15)が柵の外側に立っている。
飯田「(友部に)ちょっ、ちょ!!」
友部「もう決断したことですから」
友部、後ろを振り返る。
友部「…誰?」
飯田「おれは…近所の。…あのマンションから君のこと見えて。死のうとしてる?」
友部「見えてもほっとけばいいじゃないですか。関わりのないあなたがここへ来て、説得したら、ぼくが死ぬの止めると思いました?」
飯田「目の前で死のうとしてる人見たら、見過ごせないよ」
友部「目の前の距離じゃないでしょ」
飯田のマンションは約500m先。
飯田「(確かに)…。なんで?なにしてるの…」
友部「死ぬと覚悟した人は、何言われても変わらないです。柵の外側に立った人を助けられるのはドラマ、映画、駅前で無料で配ってる薄っぺらい聖書の中だけなんですよ」
飯田「聖書ってそういうことも書いてあるの?聖書好きなの?」
友部、無視。
飯田「ええ…待って!」
友部「出て行って下さい。ここいたら疑われますよ。僕が死んだあと」
飯田「おれもこの学校の卒業生!47期」
友部「ぼくが卒業できれば60期生ですけど、そうやって刻まれることはないですね」
飯田「なんで死にたいの?人間関係?将来?恋愛のもつれとか・・?」
友部「違います」
飯田「じゃあ…」
友部「違和感」
飯田「え」
飯田、友部に近づくと
友部「来ないでください。もう降ります」
飯田、止まらざるをえない。
友部、一歩前に出て、柵から手をはずす。
飯田「おれも死のうと思ってたんだ今日」
友部、止まる。
飯田「今日こそ。電車に飛び込んで。新卒で5年も働いてるのに、次はコンベアーに乗ってる菓子パンの検品。おれバイトかよ。上司は意見聞かない。周りは他人事。むしろ話のネタになるから面白いじゃんって。面白くねーよ。死にたくなるくらい深刻だよ」
友部「・・・」
飯田「知ってる?快速電車に跳ねられると感覚なく死ねるんだって」
友部「電車は止めた方がいいですよ。しかも通勤時間。賠償金何百万だし、多くの人迷惑するし。毎朝みんなイライラしてるでしょ。また飛び込んだよって。ぼくたちはまたなんですよ」
飯田「いやいや、だからって学校も!その後の生徒や先生、それにおれら卒業生がどんなに苦しむか。学校の思い出にいつもおまえの死がまとわりつくんだぞ。まだ電車の方がマシだよ」
友部「何言ってるんですか?」
飯田「ん?」
友部「どっちも迷惑です」
飯田「…ごめん」
友部、柵から手を外す。
飯田「迷惑がかからない死なんてないんだよ」
友部「そう考えられるあなたは今、死ぬのを止められたんですか?また明日から会社通えるんですか?」
飯田「それは…」
友部「もう満足でしょ。悔いないですよね」
飯田「…おれが、君を止めようとするのはおかしいよな」
友部、手すりから手を離す。見てるだけの飯田。友部、1歩踏み出す。次の1歩で落ちる。
1歩を出そうとした時、「君じゃない」と声が聴こえる。
友部「は?」
友部、振り返る。飯田しかいない。
飯田「!?」
友部、再び背を向ける。そして1歩踏み出そうとすると、
サワノ「意思が2つあったから見つけやすかった」
友部「?」
友部、振り返る。飯田も振り返る。
飯田の後ろには、中年ぐらいの男・サワノとカン。
飯田「え…誰」
友部、幻聴ではなかったと理解する。
飯田「…先生?あ…担任と副担任の・・・」
友部「誰?」
飯田「ん、え」
カン「誰と聞かれると毎度困るんですよねー。僕自身も僕の事をうまく表現できないというか…」
サワノ「分からないよ、カン君。彼らと話す時は簡潔に。すぐにスマホいじられちゃうよ」
飯田「あ?」
サワ「君らを引き取りに来た」
飯田と友部、硬直。
サワノ「(飯田と友部に)死のうとしていた」
飯田「…え、死のうとしてたのはこの中学生。…え!!?待って!!?どっから!?」
友部「おまえら何?」
サワ「私たちは君らみたいな、いわゆる、自殺志願者を私たちの生活圏の国に勧誘する仕事をしているんだ」
カン「業種で言うと、第3次産業かな」
サワノ「聞かれていないものには答えない」
カン「すいません」
サワノ「謝る必要はない。注意はするけどね」
友部「国?」
飯田「え、もしかしてもう死んだ?」
カン「まだ生きてるよ」
サワノ「私たちの言う国には、かつて自殺を試みた人たちだけが生活している。今の君たちみたいに、この世界で生きていくことを自ら辞めようとした人たちを、リクルートしてるんだよ」
カン「僕たちもかつては君たち側だった」
飯田「・・・は?」
サワノ「この国の年間自殺者数」
飯田「はい?」
サワノ「2万1千人」
飯田と友部、その数に驚く。
サワノ「だがそれはこの国が把握できた表面の人数。実数はその何倍もある」
飯田「え?」
カン「国が把握できていない人達。そして私たちが救った人を含めれば、本来の自殺者、自殺志願者はもっといます。いきなり行方不明になる人、突然自殺と報道される芸能人。いますよね?」
飯田「ああ…」
サワノ「彼らは私たちの国にいる」
飯田「は?」
カン「不自然だと思いませんか?脈絡ないでしょ?彼らはこちら側へ避難したんです」
飯田 「嘘だあ」
サワノ「この国、日本の年間の自殺者数2万1千人は最低でも私たちが救えなかった数で、私たちが救った人を含めれば、本来の自殺者はもっといる」
カン「そしてこの国には自殺しても見つからない人もいるから、それも含めればもっといる」
サワノ「よい補足」
カン「あ、え…あざます!!」
友部「死ぬなって説教?」
サワノ「説教じゃない、勧誘」
友部「最後まで、寿命まで生きなくちゃいけない義務なんてあんの?」
サワノ「ない。だが自死の権利もこの国にはない。なら今の場所から逃げてしまえばいんだ」
飯田「今の場所?」
カン「ここ。さあ行こう、乗って」
飯田「え?乗って?何に?」
カン「何て言えばいいかな?地球で言うといすゞのトラックに近いかな。時間はかかるけど、ちゃんと行けるから」
いすゞのトラックはどこにもない。
カン「仕方ないんだ。ぼくたちは何か、特殊能力とかは全くないからね。いきなりワープとか、口から強力な光線とか、触れずに相手を倒せる人気のフォースとか持ってないから」
サワノ「宇宙人じゃない。シスでもない」
飯田 「は?」
カン 「…。は?」
飯田 「おまえケンカ売ってんのか!?」
友部 「ほんとにあんのそれ」
サワノ「私たちの長がこの国の命の衰弱さに見かねて作ったんだよ」
友部「長?誰だ?」
サワノ「顔なじみだよ」
友部「・・・」
カン「安心して。みんな楽しく暮らしてる。過度な競争も無い。自分を痛めるだけの不必要な労働もない。意思を共有する環境が整っている。ここにいる人たちはみんな同じ想いを知ってるからね」
サワノ「一度死を考えた奴は、もう死を知らない奴とは生きていけないよ」
飯田「・・・(友部に)分かる?」
友部「・・・」
カン「生き地獄だよ。ここは。捨てちゃえ、こんな国」
飯田「お、え…は、ああ…」
サワノ「死ぬくらいなら別の所へ行けばいい」
飯田「(友部を見て)!?」
友部、柵をよじ上り、こちら側に来る。
カン「さあ行こう」
歩き出す友部。
つづく
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