夕方西の空に三日月が見える ドラマ

「木下ゆうかって死んだらしいよ」そんな噂がいつしか流れていた。 同窓会の開催に向け、大学生の佐藤晴人は同じ幹事の中野明日実とともにもと同級生たちに連絡を取っていた。ゆうかにも連絡するが同窓会は欠席。ゆうかは小学校の時不登校だった。
仲村ゆうな 71 0 0 05/23
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第一稿

『夕方西の空に三日月が見える』


仲村ゆうな 
あらすじ
「木下ゆうかって死んだらしいよ」そんな噂がいつしか流れていた。
同窓会の開催に向け、大学生の佐藤晴人は同じ幹 ...続きを読む
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『夕方西の空に三日月が見える』


仲村ゆうな 
あらすじ
「木下ゆうかって死んだらしいよ」そんな噂がいつしか流れていた。
同窓会の開催に向け、大学生の佐藤晴人は同じ幹事の中野明日実とともにもと同級生たちに連絡を取っていた。ゆうかにも連絡するが同窓会は欠席。ゆうかは小学校の時不登校だった。
卒業文集を引っ張り出した晴人はゆうかの文集を見つける。そこには自身が不登校だったこと、友達への感謝が綴られていた。
同窓会の準備を進める中晴人は実家の引越しの手伝うため帰ってきていたゆうかと再会する。卒業文集のことを話すが、ゆうかは忘れてほしいと言う。疑問に思う晴人だったが、中学時代ゆうかと仲の良かった山田恵の話や、小学校の時の思い出から今まで見えなかったことを知るようになる。
やがて、ゆうかの卒業文集は遺書だったことを知る。
後日、晴人は明日実から、同窓会で掘り出したゆうかのタイムカプセルを渡される。中に入っていた手紙を見るとそこには、『生きてる?』とだけ書いてあった。

























登場人物表
佐藤晴人(20) 大学生

木下ゆうか(20) 大学生

中野明日実(20) 大学生

山田恵(20) 大学生

佐藤正美(48) 晴人の母
佐藤信彦(50) 晴人の父

木下みどり(46) ゆうかの母

同級生1
同級生2

女1
男1
男2




















◯大学・食堂
明日実「木下ゆうかって死んだらしいよ」
向かい合わせで座っている佐藤晴人(20)・中野明日実(20)。
晴人「……」
明日実、スマホを耳に当てている。フッと笑って、
明日実「なーんて噂、誰が流したんだろうね」
晴人、ペットボトルの水を一口飲む。
明日実「(電話が繋がって)あ、もしもーし? 
中野です。木下さん? うん、そうそう。久
しぶりー。山田さんから連絡先聞いててさー。
そう。あの、メールって届いてた? あ、そ
っか、そっか。大丈夫、大丈夫。忙しいよね
ー。うん。でね、できれば早めに予定わから
ないかなーって。うん、ごめんね? いや全
然。うん、そう。あー、そっかぁ。うん。残
念。ん? 大丈夫だって。うん。じゃあ、了
解です。また今度飲もうよ。うん、うん。全
然、全然! また。うん、はーい。ごめんね
急に電話して。うん。はい。はーい。じゃあ
ねー。はーい。失礼しまーす」
明日実、電話を切る。
明日実「木下さん、欠席」
明日実、名簿表にバツをつける。
晴人「そう」
明日実「(ニヤッと笑って)幽霊じゃなかった
よ」
晴人「だろうな」
明日実「ほんと、誰がそんな噂流したんだろね」
晴人「まぁ、タチ悪いよな」
明日実「……タチの悪い噂といえばさぁ」
晴人「うん?」
明日実「あたしらも立てられてるけど」
晴人「え、何」
明日実「付き合ってるんじゃないかって」
晴人「俺らが」
明日実「ほんと失礼」
晴人「おい」
明日実「小学校からの幼馴染だからって。幼馴
染が一番ないよね。ドラマの世界の話だって
の」
晴人「どこ界隈での噂なんだよ」
明日実「え、サークルとか」
晴人「なんだそれ」
明日実「いつも一緒にいるよねー、だって。そ
んなに?」
晴人「一緒にいるからって……。ガキじゃない
んだから」
明日実「こないだ先輩にも勘違いされててさぁ」
晴人「ふぅん」
明日実「いちいち訂正するのもう疲れたわ」
晴人「ごくろーさんです」
明日実「いっそ付き合っちゃう?」
明日実、晴人をじっと見つめる。
晴人「は? なんじゃそりゃ」
明日実「なーんちゃって。冗談、冗談。勘弁し
てほしいわ」
晴人「こっちだわ」
明日実「バーカ」
明日実、名簿表を見る。
明日実「あーあ。同窓会の幹事なんてめんどく
さいなぁ」
晴人「ほんとにな」
明日実「ほぼあたしがやってますよね? 晴人
さん?」
晴人「あざーす」
明日実「なんか奢れよ」
晴人「はいはい。で、何人集まった?」
明日実「ま、二組はだいたい来るかな。一組は
ちょっと少ないかも」
晴人「まだ連絡きてない人もいる?」
明日実「いるいる。だからこうして一人一人電
話かけてるんだよ。開催はもうすぐだっての
に」
晴人「あー、ほんとめんどくさいな。同窓会な
んて成人式の時やったばっかりだろ」
明日実「この間のは中学のでしょ。小学校の同
窓会もやりたいって人多かったし。ほら、中
学から離れた人もいるじゃん?」
晴人「まぁ、そっか」
明日実「卒業の時に埋めたタイムカプセルも結
局掘り出してないしね」
晴人「あー、そういやあったな。そんなのが」
晴人、名簿表を見る。
晴人「へぇー、太一とかも来るんだ」
明日実「そうそう。前の時は来れなかった人と
かも来るし」
晴人「懐かしい」
明日実「ね。だから一人でも多く来て欲しいん
だけどねぇ。まぁ、木下さんはしょうがない
か」
晴人「しょうがないって?」
明日実「中学の同窓会も来てなかったし。来な
いでしょ。」
晴人「あー……」
明日実「学校来てなかったんだから同窓会は来
ないでしょ」
晴人「……そっか」

◯タイトル
『夕方西の空に三日月が見える』

◯佐藤家・リビング(夜)
ソファで横になりテレビを見ている晴人。
佐藤正美(48)、テーブルに味噌汁をおく。
佐藤信彦(50)、テーブルでご飯を食べている。
正美「木下さんとこ、引っ越すんだって」
晴人、チラッと台所の方に目をやる。
信彦「あの角の?」
正美「そう」
信彦「あら、そうか」
正美「おばあちゃん施設に入れてアパート借り
るらしいわよ」
信彦「あー、そうか。あそこのおばあちゃんも
やっと家帰ってこれたのになぁ」
正美「しょうがないわよ。もう九十近いもの」
晴人母、座り缶ビールを開ける。
手酌しようとするが、信彦、「いいから、いいから」とお酌する。
正美「最期は家でって思って無理して帰ってき
たんだけど、やっぱりちょっときつかったっ
て」
信彦「あー、だよなぁ」
正美「家族の方もねぇ、大変だから」
信彦「なんか手伝った方がいいかな?」
正美「私もそう言ったんだけど大丈夫だって。
引越し屋さんも来るし、娘も手伝いに来るか
らって」
晴人、ピクッと動く。
信彦「ゆうかちゃんだっけ?」
正美「(缶ビールを信彦のコップに注ぎながら)
晴人ー、覚えてる? 小学校……中学校も一
緒だったわね。ゆうかちゃん。同じ町内で」
晴人「……うん」
正美「あんたよく一緒に遊んでたよね?」
晴人「小一くらいの時だけだろ」
信彦「あそこの子、家出てたんだっけ?」
正美「東京の大学行って今一人暮らしだって」
信彦「へぇ」
正美「かわいい子だったわよね? ねー、晴人」
晴人「知らんし」
正美「でも、五年生くらいかしらね。急に学校
行かなくなっちゃって」
信彦「そうだったっけ」
正美「でもちゃんとした子よ? 会うと挨拶し
たし」
信彦「ふぅん。なんでだろうな」
正美「なんでかしらね。ねー、晴人」
晴人「知らんし」
晴人、立ち上がる。
正美「あ。あんた明日もバイトなの?」
晴人「ん」
正美「夜ご飯は?」
晴人「あー、いるかも」
正美「いらない時はちゃんと連絡しなさいよ」
晴人「はいはい」
晴人、リビングを出る。

◯同・晴人の部屋(夜)
晴人、押入れの中を探っている。
晴人「あった」
晴人、押入れの奥から小学校の卒業アルバムを取り出す。
アルバムを開く。
晴人「懐かしー」
晴人、自分のクラスのページをめくる。
木下ゆうかの写真。
晴人、じっと見つめる。
文集のページをめくる。
木下ゆうかの文集。
『私は学校に行ってませんでした。でも、みんなが優しくしてくれました。本当にありがとうございました。』の文。
じっと見つめる晴人。

◯(回想)通学路
同級生二人と歩いているランドセルを背負った晴人(12)。
同級生1「今日のデザート知ってる?」
同級生2「プリンだろ? 俺ぜってぇジャンケ
ン勝つ!」
交差点に差し掛ける。
   晴人、ふと左を見ると電柱に人影。
電柱の陰にいるゆうか(12)に気づく。
胸のあたりをぎゅっと掴みうつむいているゆうか。
同級生2「晴人もジャンケン参加するだろ?」
晴人「え、あー、うん」
同級生1「最近負けてるからなー」
   晴人、急に立ち止まる。
晴人「ごめん、俺忘れ物!」
同級生2「え?」
晴人「先行ってて!」
同級生1「何やってんだよ、だっせ!」
右に曲がり歩き出す同級生二人。
晴人、同級生が行ったのを見て来た道を戻る。
晴人「(棒読みで)あれ、木下?」
    びくっとして晴人の方を見るゆうか。
晴人「おはよ」
ゆうか「おはよう……」
晴人「……行かねぇの?」
ゆうか「えっと……。晴人くんは?」
晴人「えー、俺はー、忘れ物?」
ゆうか「そっか」
晴人「おぅ」
ゆうか「取りに行かなくていいの?」
晴人、慌ててポケットを探る。
晴人「(ポッケトに手を入れたまま)あー、あ
ったわ」
ゆうか「よかった」
晴人「……行くか」
うつむくゆうか。
晴人「おっ、遅れるから!」
ゆうか「うっ、うん」
    並んで歩きだす晴人とゆうか。

○(戻って)住宅地(夜)
自転車に乗っている晴人。
    引っ越しトラックとすれ違う。
    木下家の前。
木下みどり(46)・木下ゆうか(20)、立っている。
    目が合う晴人とゆうか。
    息とはっと飲む晴人。
みどり「(気づいて)あら、晴人くん?」
晴人、自転車を止める。
晴人「こんばんは」
みどり「久しぶりねー。元気だった?」
晴人「まぁ、はい」
みどり「今帰り?」
晴人「はい、バイト終わって」
みどり「そう。いやぁ、もうすっかり男の子ね
ぇ。大人になって」
晴人「いやいや」
みどり「ね、ゆうか」
ゆうか、頷く。
みどり「ゆうかと会うのも久しぶりじゃない?」
晴人「あ、そうっすね」
みどり「この子ったら全然帰ってこないから」
晴人「そう、すか」
みどり「あ、お母さんから聞いてたかしら? 
うち、引っ越すのよ」
晴人「あ、はい。聞きました」
みどり「ほんと、お世話になりました」
みどり、頭を下げる。
晴人「(慌てて頭を下げて)いや、そんな」
みどり「晴人くん家にはほんとお世話になって
ねぇ。お母さんと役員になった時はほんとに、
もう」
晴人「いえ、そんなそんな。あの、えっと、お
元気? で」
みどり「まぁ、ありがとう。今度また改めてご
挨拶に伺うから」
晴人「あ、はい」
晴人、ゆうかの様子をチラッと見る。
目線を合わせないゆうか。
みどり「じゃあ、先入ってるから」
ゆうか「え」
みどり「晴人くん、またね。おやすみなさい」
晴人「おやすみなさい……」
みどり、家に入る。
晴人「……」
ゆうか「……」
晴人「あー、久しぶり」
ゆうか「久しぶり」
晴人「えー、どう?」
ゆうか「え?」
晴人「えっと、引越しの準備?」
ゆうか「あ、うん。大体は。終わったかな」
晴人「そっか。まぁ、なんかあったら言ってよ」
ゆうか「うん、ありがと」
晴人「あー、東京の大学行ってるんだってな」
ゆうか「うん」
晴人「ど? 東京は」
ゆうか「んーと、まぁ、なんとか」
晴人「ふうん」
ゆうか「そっちは?」
晴人「え? 俺は地元の行ってて。結構小学校
とか中学の奴らいて。ほら、明日実も一緒だ
し」
ゆうか「そうなんだ」
晴人「同窓会、来ないんだってな」
ゆうか「あぁ、うん」
晴人「来ればいいのに。成人式のも来なかった
よな」
ゆうか「うん。山田ちゃんに誘われたけど、な
かなか……」
晴人「山田? あー、そっかそっか」
ゆうか「今回も、ちょっと」
晴人「そっか。でもタイムカプセルは?」
ゆうか「あー……」
晴人「埋めたじゃん? 掘り出さなくていい
の?」
ゆうか「うん、いいや。埋めた手紙、内容覚え
てるし」
晴人「へぇ」
ゆうか「もしあったら捨てておいて」
晴人「いいの?」
ゆうか「うん。お願いします」
晴人「(腑に落ちないまま)ん、了解」
晴人、はっと思い出して、
晴人「あ、そういえば卒業文集さ」
ゆうか「うん?」
晴人「小学校の」
ゆうか「あー……」
晴人「木下、自分が学校行ってなかったこと書
いてたよな」
ゆうか「……うん、そうだね」
晴人「なんか、なんていうんだろ。立派だなっ
て思った。感謝の気持ちとか書いてて」
ゆうか「え、覚えてたの?」
晴人「ていうか最近読み返して」
ゆうか「え。恥ずかしいな」
晴人「恥ずかしくないよ」
ゆうか「ううん、恥ずかしいよ」
晴人「恥ずかしいのは俺の方だよ。字がクッソ
下手でさ。木下のは字がきれいだった」
ゆうか「そんな」
晴人「ほんと、良い文集だったよ」
ゆうか「忘れてね」
晴人「え?」
ゆうか「……恥ずかしいから」
晴人「(疑問に思いながら)う、うーん?」
ゆうか「じゃあ、そろそろ」
ゆうか、家の方に体を向ける。
晴人「あ、うん。じゃあ」
ゆうか「うん、バイバイ」
晴人「うん」
晴人、自転車を漕ぎ始める。
ゆうか、家に入っていく。
晴人、チラッとゆうかの方を見る。
家に入っていくゆうかの横顔。
× × ×
   (フラッシュ)
中学校の卒業式。
   遠くに離れていくゆうか(15)の横顔。
    × × ×
晴人、前に向き直して遠くを見つめる。

○スーパー・店内
   閑散としている店内。
   レジをしている山田恵(20)。
   ペットボトルが置かれる。
山田「いらっしゃいませー」
   顔を上げると、晴人の姿。
山田「あれ?」
晴人「久しぶり、山田」
山田「……だよねー!」

○同・裏口
   ベンチに並んで座る晴人・山田。
   タバコに火をつける山田。
山田「どうしたの?」
晴人「へ?」
山田「たまたま来たってわけじゃないでしょ?」
晴人「あの、木下がこっち帰って来てるの知っ
てる?」
山田「うん。時間合わなくて会ってないけど」
晴人「そっか」
山田「ゆうかちゃんがどうかした? 同窓会の
こと?」
晴人「同窓会は来ないって」
山田「そう」
晴人「今日はそのことじゃなくてさ」
山田「うん?」
晴人「この前思い出したんだけど、中学の卒業
式の日さ……」

◯(回想)中学校・教室
生徒「はい、チーズ!」
写真撮影をしている生徒たち。
黒板には『卒業おめでとう』の文字。
生徒「ね、もう一枚!」
生徒「次私のカメラで!」
生徒「ポーズ何にする?」
賑やかな生徒たち。
生徒「ね、これは?」
生徒「あははは!」
晴人「あはは!」
笑ってその様子を見る晴人(15)。
ふいに袖を引っ張られる。
「ん?」と思い振り返ると、ゆうか(15)がじっと見つめ ている。
ずっと袖を掴んでいるゆうか。
晴人、なにも言わずゆうかを見つめ返す。
見つめあう晴人とゆうか。
誰も二人の様子に気がついていない。
晴人「?」
ゆうか、口を開く。
生徒「じゃあ次こっちねー!」
晴人、ハッと前を向く。
ゆうかの手が晴人の袖から離れる。
晴人、もう一度ゆうかの方を振り返るが、下を向いているゆうか。
晴人、ゆうかに話しかけようとして、
生徒「もっと真ん中寄ってー!」
山田「おいで! ゆうかちゃん」
ゆうか、山田(15 )に真ん中に引っ張られる。
生徒「おい、晴人! カメラあっち!」
晴人「あ。お、おぅ」
生徒「はーい、撮るよー」
晴人、チラッとゆうかの方を見る。
カメラの方を向いているゆうか。

◯(戻って)スーパー・裏口
晴人「俺に何か言いたかったのか、俺に何か言
ってほしかったのか……」
山田「(タバコをふかし)ふぅん……」
晴人「なんか、聞いてない?」
山田「いや? 全然。そんなことあったんだ」
晴人「うん。そっかぁ、山田には何でも話して
ると思ったんだけどなぁ」
山田「なんで?」
晴人「いやだって、親友って感じだったから」
山田「親友、ねぇ」
山田、タバコの煙をフーッと吐く。
山田「友達になったのはほんと最近かなぁ」
晴人「え?」
山田「当時はそんな仲良くなかったよ」
晴人「え、そうなの?」
山田「知らなかった?」
晴人「知らない。ていうか、え、仲良かったじ
ゃん。いつも一緒にいて。ま、いつもってい
うか木下が学校に来た時は」
山田「うーん。まぁね。でも仲良くはなかった
かな。不登校の子と、そのサポート役の子っ
て感じ?」
晴人「仲良さそうに見えてたけど」
山田「そう?」
晴人「うん」
山田「なんだろうなぁ。どこか壁があったって
いうか、あの子。心閉ざしてたっていうか」
晴人「そう、なんだ」
山田「でも最近は仲良いよ。その、親友? っ
て呼べるくらい」
晴人「それは、なんで? なんで今」
山田「余裕ができたんだろうね。あの頃はいっ
ぱいいっぱいだったから」
晴人「木下が?」
山田「(笑って)お互いが」
山田、設置されている灰皿にタバコを落とす。
山田「大人になって、お互い余裕ができて。だ
から今仲良くなったんだよ。今だからこそ?」
晴人「今だからこそ、か」
山田「そういうのない? 子供の頃は見えなか
ったものが、大人になってから見えること」
晴人「うーん」
山田「ま、卒業式のことは本人に聞いてみれ
ば?」
山田、タバコの箱をポケットにしまう。
山田「じゃ、私そろそろ」
晴人「うん。ごめんな、休憩中に」
山田「いーよ。じゃ」
晴人「うん。じゃ」
山田、ドアを開く。
山田「あ」
晴人「ん?」
山田、振り返って
山田「私がタバコ吸ってたの内緒ね? あの子
心配するから」
晴人「分かった」
山田「じゃね」
山田、バックヤードに入る。
晴人、ため息をつく。

○佐藤家・晴人の部屋(夜)
   晴人、卒業文集を広げている。
   ゆうかの文集ページ。
   じっと読む晴人。
   はっと気が付く。
晴人「あ……」
   晴人、文集をじっと見つめる。
   
○居酒屋・店内(夜)
   晴人・明日実・男1・2・女1、テーブルを囲んでいる。
一同「かんぱーい!」
晴人「本番明日だからな」
男1「まー、いいじゃん! 前夜祭ってことで」
女1「明日実、晴人、準備おつかれさま」
明日実「いや、ほとんどあたしがやったから」
女1「あ、やっぱり?」
晴人「おいおい、俺だって仕事したよ」
明日実「例えば?」
晴人「……店決めたり?」
明日実「予約はあたしがしたんでしょーが!」
男1「あははは!」
男2「誰だれ来んの?」
   明日実、男2に名簿を差し出す。
明日実「ん」
男2「うわー、懐かしい」
   男1・女1、名簿を覗き込む。
男1「えぇ! 華ちゃん来ないの?!」
明日実「残念でしたー」
男1「まじかよー」
女1「阿部も来ないし……。あ、木下ゆうか」
男2「誰だっけ」
女1「たしか不登校の子。(明日実を見て)だ
よね?」
   明日実、頷く。
男1「生きてたんだー」
男2「おいおい」
女1「なんかそんな噂あったよねー」
男1「ま、誰も連絡取ってなかったしね」
男2「ひでぇなー」
男1「お前だって覚えてなかったくせにー」
女1「あーあー」
男2「うっせ!」
男1「あはは!」
明日実「あははは!」
   晴人、眉をひそめビールを飲む。
   明日実、ふと晴人の様子を見る。
明日実「……さ! なんかもっと頼もー!」
男1「いいねぇ!」
晴人「……」

◯道路(夜)
晴人たち、並んで歩いている。
女1「カラオケ、カラオケー!」
明日実「もうちょい歩くよー」
女1「はーい」
男1「どーせだから小学校の前通っていこうぜ
ー」
晴人「はいはい」

◯小学校前(夜)
女1「うわー!懐かしい!」
男1「ほんと久しぶりだなー」
女1・男1・2、門に駆け寄る。
晴人「明日も来るのに」
明日実「ほんとにねー」
門前ではしゃいでいる女1・男1・2。
晴人、ふと横道を見る。
遠くの方にいるゆうか、コンビニ袋を下げてぼーっと小学 校を眺めている。
晴人「木下?」
明日実、気づいてパッと振り返る。
明日実「え?」
ゆうか、晴人たちに気づき方向を変え、駆け出す。
晴人「あ」
晴人、後を追いかけようとする。
明日実、晴人の腕を掴み止める。
晴人、驚いて振り返る。
明日実「どこ行くの?」
晴人「え? あ、えっと」
明日実「今の、木下さん?」
晴人「あ、うん。たぶん」
明日実「戻って来てたんだ」
晴人「うん。そう。あの、俺」
明日実「何で晴人が追いかけるの? 必要なく
ない?」
晴人「でも、なんか変だったから」
明日実「何それ。木下さんなんかほっといてい
いじゃん」
晴人「おい、明日実」
明日実「昔っからそうだったよねー」
晴人「え?」
明日実「腫れ物に触るっていうか、お嬢様扱い
っていうか。みんな木下さんに気遣って」
晴人「いや、それは」
明日実「どんだけあたしらが迷惑かけられたか」
晴人「迷惑って」
明日実「何もしてないのに私らがいじめたんじ
ゃないかって担任には疑われるし。中途半端
に学校来るからあたしとかがお世話係みた
いなのにされるし」
晴人「おい、そんな言い方ないだろ」
明日実「何それ? 自分は善人ヅラ?」
晴人「そんなつもりじゃなくて」
明日実「だいたいずるいんだよ。あの子は!」

◯(回想)通学路
並んで歩く晴人(12)とゆうか(12)の後ろ姿。
二人の背中をじっと見つめる明日実(12)。

◯(戻って)小学校前(夜)
荒い息遣いの明日実。
晴人「どうしたんだよ、明日実」
明日実「なんなの? なんなのよ!」
   明日実、息を切らす。
晴人「なぁ、明日実」
明日実「ごめん、なんでもないから」
   明日実、立ち去ろうとする。
   晴人、明日実の腕を掴み引き留める。
晴人「なんでもなくないだろ!」
明日実「離して! ……これは、ほっといてい
いやつだから」
   明日実、晴人の手を腕から離す。
明日実「木下さんのとこ、行きなよ。あたし、
幹事だしあっち行かなきゃ。店予約したのあ
たしだし」
晴人「でも……。俺も」
明日実「いてもいなくても一緒!」
明日実、晴人の背中を押す。
明日実「木下さんの方がほっとけないでしょ! 
ほーら!」
明日実、晴人の背中をバンバン叩く。
晴人「痛い痛い」
明日実「じゃね」
晴人「(背を向けたまま)わりぃ、頼むわ」
明日実「こっちのセリフだわ」
晴人、走り出す。
明日実、息を吐き目を拭く。
明日実「あーあ」
女1の声「明日実―?」
明日実、深呼吸をする。
明日実「よーし。歌うぞー!」
明日実、門の方へ走り出す。

◯同・裏門(夜)
屋上を見つめるゆうか。
晴人、息を切らして走ってくる。
晴人「ゆうか!」
ゆうか、ビクッとして振り返る。
ゆうか「晴人くん」
    晴人、肩で息をする。
ゆうか「どうしたの?」
晴人「こっちのセリフだよ。どうしたんだよ、
急に。どっか行っちゃうから心配で」
ゆうか「ごめんなさい」
晴人「別に謝らなくていいんだけど」
ゆうか「ごめんなさい」
晴人「一緒にいたの、分かった? 小学校の時
の奴ら」
ゆうか「うん。かなって」
晴人「なんで、逃げたの」
ゆうか「なんか、癖?」
ゆうか、屋上を見つめる。
晴人「卒業文集、もう一回読み返したんだ」
ゆうか「そう」
晴人「俺、気づいたんだけど」
ゆうか「何?」
晴人「あの……。なんていうか」
ゆうか「(照れ臭そうに)分かっちゃった?」
晴人「あれって……」
    晴人、屋上を見る。
晴人「そういうこと?」
ゆうか「うん。遺書」
    ゆうか、振り返る。
ゆうか「私、卒業文集を遺書にしたの」
晴人「……」
ゆうか「卒業する前に、死のうと思って。でも
結局死ねなくて。ずっと死ねなくて。二十歳
になるまで生きちゃった」
晴人「……」
ゆうか「恥ずかしいな」
晴人「そんなこと、言うなよ」
ゆうか「もうこの街には戻ってこないつもりだ
った。ほんと、今回だけ。家族が引っ越した
ら、もうここに戻って来る理由ないもん」
晴人「そう……」
ゆうか「明日、同窓会でしょ? 楽しんでね」
晴人「ほんとに、来ないの?」
ゆうか「うん。明日の朝いちで、東京に戻る」
晴人「気を付けて」
ゆうか「うん。バイバイ」
晴人「うん」
ゆうか、歩き出す。
    晴人、突っ立ったまま。
ゆうか「元気でね」
    晴人、ゆうかの方を向き、
晴人「なぁ!」
ゆうか、振り返る。
晴人「覚えてる? その、中学の卒業式の日さ
ぁ」
ゆうか「(食い気味に)なんでもないの」
晴人「俺に、何か言いたかったんじゃ」
ゆうか「……忘れちゃった」
晴人「じゃあ、俺に何か言ってほしかった?」
    ゆうか、微笑む。
ゆうか「何でもないよ」
    ゆうか、歩き出す。
    晴人、ゆうかの背中をじっと見送る。

○住宅地
晴人、自転車で走っている。
    ふと横を見る。
    表札のはがれた木下家。

○大学・中庭
ベンチにぼーっと座っている晴人。
明日実、歩いてくる。
明日実「おっす」
晴人「おぅ」
明日実「これ、木下さんの」
明日実、チャック袋を差し出す。
    少し土で汚れている。
晴人「あぁ、この前の」
明日実「うん。渡しとく」
晴人「……本人に返した方がいいかな」
明日実「じゃない?」
晴人「でも捨てといてって言われてたし」
明日実「もー、知らないよ。自分で考えなよ」
明日実、歩き出す。
    晴人、チャック袋をじっと見つめる。
    明日実、振り返る。
明日実「渡したからね」
晴人「ん。サンキュ」
明日実「ん」
    明日実、再び歩き出す。
    晴人、チャック袋を太陽に透かす。
    手紙が一通入っている。
スマホを取り出し、連絡先を開く。
    『木下ゆうか』の名前はない。
スマホをしまい、息を吐く晴人。
    静かに袋を開け、手紙を広げる。
『生きてる?』と小さな文字で書いてある。
晴人「……生きてるよ」

                       【終】

「夕方西の空に三日月が見える」(PDFファイル:575.12 KB)
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