・人物表
能代麗/のしろうらら (27)東雲新聞政治部記者
鈴村信一/すずむらしんいち(69)内閣総理大臣
賀来秀明/かくひであき(26)陽光新聞政治部記者
矢渕眞理/やぶちまり(36)東雲新聞政治部記者
白木治/しらきおさむ(45)合同新聞政治部記者
黛千春/まゆずみちはる(27)TSBテレビ技術部VE
桜井正太郎/さくらいしょうたろう(63)由民党幹事長
志麻礼子/しまれいこ(60)内閣官房長官
多田孝介/ただこうすけ (42)環境大臣
アロハの男&緒方拓也/おがたたくや(45)日本改進党代表
ジムさん(66)BARモリスン店主
内閣広報官
杖をついた老人
中年のテレビカメラマン
衆議院議長
ヒゲの男性
スキンヘッドの男性
初老のコメンテーター
ワイドショー司会者
理容師
合同通信総理番A
スチールカメラマンA
スチールカメラマンB
総理番A
総理番B
総理番C
総理番D
記者A
記者B
記者C
記者D
記者E
記者F
記者G
記者H
記者I
記者j
記者K
記者L
記者M
記者N
キャスターA
キャスターB
○立山・山道(朝)
険しい山の中腹、山ガールの装いの能
代麗(27)、猟銃を背負ったボランテ
ィアのおじさんと雄大な立山連峰山々
を眺めている。
デジカメを下げた麗、写真を撮らず黙
って山々をみつめている。
おじさん「……ええの?麗ちゃん、写真。も
うしばらくは、見れなくなんやさ?」
麗「……もったいなくて撮れません。しっか
り見て、目に焼きつけておきます」
おじさん「(微笑む)淋しくなるわ。こんな
風に、またアレにも会わせてやれりゃええ
んやとどお」
麗は切なげにおじさんに微笑み、再び
遠くの山々をみつめる。
麗「……また、会いたいです」
○首相公邸・総理の部屋、室内(夜)
ターンテーブルの上、回るレコード。
『シクラメンのかほり』が流れている。
ウィスキーがほんの少しだけ入ったバ
カラのグラスを手に、ガウン姿の鈴村
信一(69)、ソファに座っている。
○首相官邸・外観(日替わり、午前)
真夏の太陽。入道雲の下の首相官邸。
テロップ「三ヶ月後」
○同・玄関前
玄関の前に集まっている新聞記者達。
彼等は総理の一日の動きを首相動静と
して毎日紙面にまとめる総理番達。
玄関の自動扉が開き、SPたちに守ら
れ、鈴村が出て来る。
テロップ「内閣総理大臣・鈴村信一」
無言でスマホでメモを取る総理番達。
彼らに混じって、スーツにリュックを
背負った麗、スマホを持ったまま鈴村
をポーっとした顔でみつめる。
テロップ「東雲新聞政治部総理担当記者・能
代麗」
鈴村、黒塗りの公用車に乗り込む。
麗、慌ててスマホでメモを取る。
スマホメモ「午前8時47分、官邸発」
動き出す公用車。総理番達、屈伸、ア
キレス健、各々、ストレッチをする。
麗は急いでスマホをしまい、リュック
からトレッキングシューズを出す。
小さくなっていく公用車に向かって、
一人、また一人と、走り出す総理番。
みな足元はスニーカーで、見事な走り。
麗はパンプスからトレッキングシュー
ズに履き替える。
麗を残し全ての総理番が走り出す。
麗「待って……」
麗、トレキングシューズの紐を結び走
り出す。が、数メートル走って転ぶ。
麗「……あぁ!(転ぶ音)」
タイトル「総理BAN!」
転んだ麗、総理番達の背中をみつめて、
麗「追いていかないで……」
○国会・衆議院玄関前
公用車に似た黒塗りの車、通信社のみ
国会内の移動に使うことの許され車・
番車から、三名の合同通信総理番達が
降りる。皆黒縁眼鏡に細身の黒スーツ。
テロップ「合同通信政治部総理担当記者」
番車の助手席、黒スーツだが恰幅のよ
い白木治(45)、国会牛乳コーヒー味
の瓶を手に欠伸をする。
テロップ「合同通信政治部総理担当記者統
括・白木治」
合同通信総理番A、インカムに、
合同通信総理番A「(小声)来ました」
番車の助手席、インカムをした白木、
白木「ん……」
応答してコーヒー牛乳を飲む。
鈴村の乗る公用車、玄関前で停車し、
SPが後部座席のドアを開ける。
鈴村、降りて来る。
合同通信総理番達、スマホを片手で構
え素早くメモを取る。
スマホメモ「8時49分、国会着」
玄関に入る鈴村を静かに後を追いかる
合同新聞総理番達。
番記者達、玄関前に走って到着する。
各々、息を整える番記者達。
タオルで汗を拭く番記者A、番車の助
手席の白木をみつけ、
番記者A「……あれ、番長だよな?」
傍らの番記者B、携帯用扇風機を自分
にあてながら、
番記者B「……ホントだ。まあ今日でやっと
国会閉じるから、一応来てんじゃね?」
番車の助手席、スマホで競馬サイトを
みている白木。
× × ×
麗、ドタドタとトレッキングシューズ
で玄関前にようやく辿り着く。
半袖シャツにネクタイ、メッセンジャ
ーバックを背負った賀来秀明(26)、
ペットボトルの水を手に麗に近く。
賀来「パンプスやめた方がっては言いました
けど、流石にその靴、やばいっすね(笑)」
テロップ「陽光新聞政治部総理担当記者・賀
来秀明」
麗「ああ、おはようございます。スニーカー
買いに行きたいんですけど、休みがなくて
……何分でした?」
賀来「出発に1分足しときゃ大丈夫っすよ」
麗「ありがとうございます……」
麗、息を整えスマホにメモを取る。
賀来「今日で国会終わるんで、明日からは、
少しは楽になりますよ。番ダッシュ」
麗「ホントですか?よかった……」
麗、リュックから水筒を出しながら、
麗「……甘かったです。異動してすぐ、政治
部の人達に、総理番は体力勝負だぞって脅
された時も、散々山を取材していたので、
平気だと思っていました」
麗、水筒の水を飲む。
賀来「それもあるんで総理番はどこも新人が
やらせれんすよね。北陸でしたっけ?前は」
麗「……はい。富山支局です。父が動物学者
だったので、自然の中の動物を取材したか
ったんですけど……」
賀来「閉鎖すか?」
麗、タオルハンカチを出して、
麗「はい。金沢支局に統合されて……」
賀来「ウチも今年で支局、結構なくなるんす
よねー」
麗「こんなに毎日走って『総理の一日』書い
てるんですから、もう少し、読んで欲しい
です。新聞……」
賀来、少し離れた番車の助手席、欠伸
する白木を眺めながら、
賀来「朝刊出る前に、通信社がネットにアッ
プしますからね。首相の動き、本当に知り
たい人いたら、そっちみた方が早いすし。
俺らがこんな走って、総理総理って声掛け
てんのも、まあ賑やかしみたいなもんすよ」
麗、小さくため息。
番車の助手席、パワーウィンドウが降
りる。白木、大声で叫ぶ。
白木「おい!陽光!」
賀来「やべ……」
賀来、慌ててボトルをバックにしまう。
賀来「ハイ!」
賀来、大声で返事をし白木の下へ走る。
白木が賀来の耳元にが何やら囁くと、
賀来は国会の裏口にダッシュする。
上がっていくパワーウィンドウ越しの、
汗ひとつない白木の横顔。
麗、汗を拭きつつ白木を眺める。
麗「いいですね……冷房効いてて(呟き)」
○首相官邸・エントランス内
玄関を入ってすぐ待ち構える報道陣。
ガンマイクを担いだ女性のビデオエン
ジニア・黛千春(27)、報道陣に、
千春「シャウティングする人いますか?」
テロップ「TSBテレビ技術部報道部付・黛
千春」
報道陣、記者A、B、手を上げる。
記者A「やるかも」
記者B「私も」
千春「じゃこっち来といてもらって」
千春の側、マイクで声が拾いやすい位
置に移動する記者A、B。
× × ×
入り口の自動扉、麗、汗だくでやって
来る。
鈴村、報道陣の前で、官邸内ぶら下が
り会見中。鈴村の傍ら、マイクの前、
司会を務める内閣広報官、
広報官「では次、読々新聞の方」
記者C「はい。読々新聞の毛利です。総理、
通常国会お疲れ様でした。明後日からの東
南アジア視察外遊に関しまして……」
報道陣の後列、賀来、麗に手招きする。
麗、賀来の方にヨタヨタと歩いていく。
賀来「まだ始まったばっかっす(小声)」
麗「よかった。何分でした?(小声)」
賀来「プラス3で(小声)」
麗、スマホにメモする。
スマホ「11時48分 官邸ぶら下がり」
質問に答える鈴村。
鈴村「昨今の激変する世界情勢に対し、我が
国において、アメリカとの同盟関係はもち
ろん大切ですが、近隣諸国との……」
× × ×
広報官「では以上で、ぶら下がり会見を終了
いたします」
鈴村、一礼する。
報道陣、記者A、B叫ぶ。
記者A「国会を延長しなかったのは、民由党
の総裁戦があるからですか!」
記者B「いち政党の都合で国会閉じていいん
でしょうか総理!」
鈴村、飛び交う質問に応える事なく、
SPと共に官邸の奥に消えていく。
報道陣の後列、眉をひそめる麗。
○同・首相執務室内(昼下がり)
日本国旗をバックに、机の上に「内閣
総理大臣・鈴村信一」の執務札。
応接用ソファに座る桜井正太郎
(63)、札を眺めて、
桜井「……どうでした? 座り心地は」
テロップ「自由民衆党幹事長・桜井正太郎」
対面に座る鈴村、湯のみを手にして、
鈴村「……尻が、全く落ち着きませんでした」
応接用ソファで差し向かう鈴村と桜井。
執務室は二人きり。
桜井「もう少し、辛抱して下さい。秋まで。
よろしいでしょうか?」
鈴村「……お任せ致します」
鈴村、静かにお茶を飲む。
○同・記者会見室内(夜)
多くの報道陣が集まる記者会見室。
会見室の入り口、一礼する志麻礼子
(60)。鮮やかなレモン色のスーツ。
テロップ「内閣官房長官・志麻礼子」
志麻、後に内閣官房幹部らを引き連れ、
壇上の脇で整列する。
入り口、鈴村入って来て一礼。
激しくなるカメラのシャッター音。
鈴村、礼子ら内閣官房幹部らの前を軽
く頭を下げて通りすぎる。志麻たちも
鈴村に目礼する。鈴村、壇上中央で立
ち止まり、演台の前で一礼する。
○同・エントランス内
床に引かれたラインの内側、スシ詰め
状態で待機する報道陣。
○同・玄関前
ガラス越しに報道陣を覗きみている麗、
口が半開き。玄関前にも多くの報道陣
がたむろしている。麗の背後、賀来は
耳にはBluetooth のイヤフォンをつけ、
ウンコ座りでスマホでみている。
賀来「(麗に)始まったっす」
麗、賀来の方に寄っていって屈む。
賀来、イヤフォンの片方を麗に渡す。
麗、イヤフォンを片耳につける。
スマホ画面、官邸内の総理会見中継。
○総理会見中継映像
演台に立つ鈴村。
広報官(声)「始めに、鈴村総理より発言が
ございます。鈴村総理、お願いいたします」
鈴村、手元の資料をみつつ、
鈴村「……会見に先だちまして、先月七月最
終週の北九州豪雨の被害により、命を落と
された皆様に、謹んで御悔やみ申し上ます」
○首相官邸・玄関前
官邸前、しゃがみこむ麗と賀来、スマ
ホで中継をみながら、
麗「わあ。この、すぐ中で、今こうして総理
が、お話してるってことですよね……」
賀来「そっすよ。あれ能代さん、総理番なっ
て初でしたっけ? 首相会見」
麗「はい。こんなちゃんとしたのは」
麗、周囲を見回しながら、
麗「こんなにテレビカメラやアナウンサーの
方々がいらっしゃるのも初めてです」
賀来「夏祭りみたいっすよね」
麗「はい。賑やかですね。いつもなら、もう
この時間、こんなに人、いないですもんね」
賀来「鈴村総理、地味っすからね。あんま話
題ないんで。ぶら下がりも素っ気ないし」
○大衆酒場「民」・店内
新宿ガード下にある大衆酒場。混み合
う店内の一角に置かれた大型テレビ、
総理会見中継の映像。音は消され、文
字放送で字幕が表示されている。
会見中継を観る者はほとんどいない。
カウンター席、升に入ったコップ酒を
持ち上げる八渕眞理(33)。
テロップ「東雲新聞政治部総理担当記者・八
渕眞理」
コップを傾ける眞理の横顔。その奥に
大型テレビで話し続ける鈴村の映像。
○首相官邸・記者会見室内
演台の鈴村、手元の資料をみつつ、
鈴村「昨年成立いたしました、皆自己免疫力
強化促進法、いわゆるノーマスク法に続き
まして、本国会では、新たな感染症対策と
いたしまして、年六回のワクチン接種を国
民の皆様に行き渡るよう、国産ワクチン開
発推進法案の成立に尽力致しました……」
欠伸を噛み殺す報道陣。壇上の脇、内
閣官房幹部席の幹部達も眠気を堪える。
しかし、鈴村に最も近い幹部席の志麻
は、演台の鈴村をしっかりみている。
○首相公邸・外観
首相官邸のすぐ隣にある首相公邸。
真新しく現代的な官邸に対し、歴史を
感じさせるアール・デコ調の公邸。
○首相公邸・玄関前
鈴村、首相官邸からSPと共に歩いて
くる。鈴村の後ろ、麗、賀来含む各社
総理番達、ゾロゾロついて来る。
総理番達は玄関のかなり手前で止まる。
鈴村は玄関直前で振り返り、総理番達
に軽く頭を下げる。総理番達も頭を下
げる。鈴村、玄関に入って行く。
スマホのメモ「9時57分、公邸着」
総理番数名「総理お疲れ様でしたー」
賀来「おつかれしたー」
麗、玄関をみつめ、小さくささやく。
麗「……ご苦労様でした」
それぞれ散開する総理番達。
○永田町・歩道
並んで歩く麗と賀来。
麗「……私もみなさんのように、早く総理に、
声、掛けられるようになりたいです」
賀来「掛ければいいじゃないすか?」
麗「なかなかタイミングが掴めなくて」
賀来「ハハ。そのうちすぐ出来ますよ。俺は
シャウティングっすね」
麗「シャウティング?」
賀来「ほら、ぶら下がりの終わりかけ、予定
にない質問、叫んでた人いたでしょ?」
麗「ああ。いらっしゃいましたね。たまにい
らっしゃいますよね。ああい言う……なん
ていうか、失礼な方……」
賀来「全然失礼じゃないっすよ。つーかあれ
が面白いんすよ」
麗「え?」
賀来「会見中の質問なんて、ウチとか与党担
当が事前に提出したの、質問してるだけっ
すから。東雲もそうでしょ?」
麗「……はい」
賀来「それじゃつまんなくないすか?シャウ
ティングで、予定にない質問する方が絶対
面白いっすよ。前の桜井総理んとき面白か
ったっすよ。ツッコミどころ一杯あって。
すぐムキんなって応えてくれたし」
麗「……確かに。テレビでよく観たせいか、
印象に残ってます」
賀来「今の鈴村総理、つっこみどこあんまな
いんすよー。今日みたいに、当たり前のこ
と叫んでも応えてくれるわけないし……」
話ながら二人、地下鉄の入り口辺りに。
賀来、手前で立ち止まって、
賀来「あ。俺明日やっと休みなんで、タクシ
ー拾って飲みに行きます」
麗も立ち止まり、うらめしそうに、
麗「いいですねえ……」
賀来「能代さんも行きます? 飲みに」
麗「いえ。私、お酒は。いいなって言ったの
は、お休みのとこで……東雲の総理番、実
質、私一人なので、お休み全然取れなくて」
麗、うつむいてしょんぼり。
賀来「……能代さん、もう総理番なって、三
ヶ月経ちましたよね?」
麗「……五月末からなんで、あと少しです」
賀来、少し考える。
賀来「……ちょっと早いかな」
麗「?」
賀来、車道に出て、手をあげる。タク
シーが停車し、後部座席のドアが開く。
賀来、麗に振り返って手招きする。
賀来「はやく。能代さんも来てください。も
しかしたら明日、スニーカー買いに行ける
かもしんないっすよ」
小首を傾げる麗。
○新宿ゴールデン街
小さな店がひしめく細い路地の飲屋街。
○BAR「モリスン」・店前
ロウソクの炎が描かれた小さな店看板。
○同・店内
そこそこ混み合う店内。
カウンター席、ロックグラスを手に入
り口をぼやりみつめている眞理。その
奥、色付き眼鏡、アロハシャツの男、
アロハ「(入り口に向かって)お。元気?」
店の入り口、眞理をみつめる麗。その
後ろに賀来。
賀来「(アロハの男に)元気っす」
麗、カウンター席の眞理をみつめて、
麗「……八渕さん」
眞理、麗をみつめて、
眞理「……誰だっけ?」
麗、無言でショックを受ける。
店内は狭く、眞理ら五、六人の客が座
るカウンター席の背後はやっと人ひと
り通れるほどの幅。その端が店の入口。
賀来、麗の後ろから店の奥を指差して、
賀来「能代さん、八渕さんにはまた後で。奥
行って下さい奥」
麗、賀来に促され、眞理に顔だけ向け
ながら、カウンター席の背後を通って
いく。眞理、気にせず飲んでいる。
眞理の隣、アロハの男、
アロハ「(麗に)こんばんは」
麗、弱々しく黙って頭を下げる。
麗の後ろの賀来、
賀来「(アロハに)能代さんです。春から東
雲新聞の総理番やってるんすよ」
言いながら、店の奥に行く麗と賀来。
二人を目で追ってから、アロハの男、
アロハ「(眞理に)じゃ後輩じゃん」
眞理、グラスの氷が解けカランと鳴る。
真里「あ。(思い出したように)」
店の奥、唯一の丸テーブル席、ひとり
座っている白木、カルアミルクを手に、
漫画雑誌を開いている。
賀来(声)「白木さん」
顔を上げる白木。賀来と怯えた顔の麗。
賀来「ちょっといいすか?」
白木「……」
白木、漫画雑誌を閉じて机の脇に置く。
賀来「あざっす」
賀来、麗に座るよう促し、自分も座る。
賀来「(白木に)分かります? 東雲新聞の
能代さんす。春から総理番やってんすけど」
麗、慌ててリュックから名刺を出そう
とする。白木憮然と、
白木「(麗に)いらねえよ」
麗、体がビクっと手が止まる。
白木、カルアミルクを一口飲む。
賀来「(白木に)東雲の総理番、もう一人、
八渕さんなんで、全然休めてないんすよね
能代さん……」
白木達と眞理は姿をみえるが、声は聞
こえない程の距離。
賀来「総理番なって、あともうちょいで三ヶ
月なんすけど。ダメっすか?」
白木「……」
白木、スマホを取り出して、
白木「(麗に)バーコード」
麗「?」
白木「 LINENER のバーコード!やってねえ
のか?」
麗「!(泣きそう)……やってます」
麗、震える手でスマホを取り出し、バ
ーコードを表示し、テーブルに置く。
白木、スマホで麗のバーコードを読み
取る。賀来、麗の横でニコニコしてる。
テーブルの麗のスマホが震える。
白木「ん(スマホを顎で指す)」
麗「?」
麗、テーブルのスマホを取る。
スマホ画面、詳細な首相の動きが時間
ごとに、今日だけじゃなく前日も、そ
の前日も、延々とアップされたグルー
プメッセージが届いている。
賀来、麗のスマホを覗き込んで、
賀来「(白木に)あざす!」
白木、再び漫画雑誌を読み始める。
賀来、麗に笑顔で、
賀来「合同の総理番のグループ LINENER っ
す。総理番三ヶ月やると、番長、あ、白木
さん、どこの社でも入れてくれるんすよ」
麗「え!」
賀来「これでどこにいても、リアルタイムで
首相の動き分かりますよ」
麗、驚いて言葉が出ない。
白木「東雲って呼んだらすぐ来いよ」
白木、漫画雑誌を読んだまま言う。
麗「?(意味が分からない)」
白木「返事」
麗「はい!」
つい返事をしてしまう麗。
賀来「(麗に)バンザイ屋、分かります?」
麗「……はい。国会の裏の、見学用入り口の」
賀来「そうそう。土産屋っす。そこに国内畜
産農家救済で、農林水産省が考案した国会
牛乳ってヤツが売ってんすけど、最近白木
さん、それのコーヒー味かフルーツ味がお
気に入りです。白木さんに呼ばれたら、ど
っちかちゃんと聞いてすぐ買い行けば、こ
のグループにずっと入れといてくれるっす」
麗の目、潤んでくる。白木をみつめ、
麗「……本当にいいんですか?」
白木「ダッシュな」
白木、漫画雑誌を読み続ける。
賀来、朗らかに、
賀来「これで流石にしんどい時は、在宅でも、
カフェでお茶しながらでも、総理番出来ま
すから。首相動静なんて、どこが書いても
一緒っす。みんなでシェアしてきましょ」
涙目の麗、頭を下げる。
麗「ありがとうございます!」
× × ×
カウンター内、マスターのジムさん
(66)、煙草の煙をゆっくり吐く。
テロップ「元世界同時革命連合・ジムさん
(本名不明)」
眞理、賀来とアロハの男を挟み、前を
向き、静かに飲んでいる。
ビールで乾杯する賀来とアロハの男。
賀来「お疲れした」
アロハ「はいお疲れ」
賀来「いやー長かったすね」
アロハ「まだまだいけたよ」
賀来「勘弁してくださいよー」
賀来、グラスをあおる。
アロハ「あの子帰っちゃったね?」
賀来「(飲み干して)っあぁ……うめ。はい。
酒ダメらしいっす。(ジムさんに)ジムさ
ん、サポッポロ一番星、いいっすか?あ、
煙草終わってからでいいんで」
アロハ「……いいねそれ(ジムさんに)僕も
それもらっていい?」
ジム、黙って煙草をくわえつつ鍋を用
意する。アロハの男、眞理に振り返り、
アロハ「(真里に)八渕さんもいる?」
眞理、おもむろに立ち上がって、
眞理「おつかれさまでした」
カバンから財布を出す眞理。
アロハ「帰るの?」
眞理「帰ります。明日も仕事なんで」
眞理、カウンターに千円札を三枚置き、
眞理「(アロハに)会社員ですから」
苦笑いのアロハの男。賀来、朗らかに、
賀来「(眞理に)お疲れーす」
× × ×
カウンター席、アロハの男と賀来、イ
ンスタントラーメンをすすりながら、
賀来「……ウラ番と何話してたんすか?」
アロハ「……八渕さん?あ、総理番のウラ番
ね。うまいこというね」
賀来「たまに来ると、やっぱピリっとします
よウチらも、与党の連中も。で、なに話し
てたんすか緒方さん?」
カウンターに置かれているアロハの男
の色付き眼鏡。アロハシャツを着た緒
方拓也(45)、麺をすする。
テロップ「日本改進党代表・緒方拓也」
緒方「それは言えないな。オフレコなんで」
賀来「えー。じゃ俺も申し込んでいいすか?
オフレコ取材」
緒方「君、野党担当じゃないじゃん」
賀来「八渕さんだって違うじゃないすかー」
緒方「彼女は特別」
賀来「ちぇ……」
麺をズルズルすすり続ける二人。
○首相公邸・外観(日替わり・早朝)
晴れ渡った空の下、早朝の首相公邸。
○同・玄関前
麗の足下、真新しい白いスニーカー。
たむろする眠そうな総理番達の中、ハ
ツラツと足下を確認する麗。寝癖のつ
いた賀来、麗に近付いていく。
賀来「おはようございます」
麗「あ、おはようございます」
賀来「(足下をみて)いいじゃないすかソレ」
麗「はい!おかげさまで買いに行くことがで
きました。ありがとうございました!」
賀来「いえいえ。お礼なら番長に。多分今日
は来ないすけど」
麗「はい。私もさっき番車みてみたんですけ
ど、白木さんはいらっしゃらなくて……」
賀来「番長滅多に来ませんし、来ても大抵昼
過ぎなんで。てか能代さん、今朝、番ダッ
シュないっすよ。総理このまま成田なんで」
麗「はい。でもこれ走るのだけじゃなくて、
立ち仕事にも向いてるってオススメされて」
賀来「いいすよねネオバランス。そろそろっ
すね」
賀来、麗、玄関に向かって歩き出す。
玄関付近に集まる総理番達。
麗「はい。高かったんで、もうずっとこれ履
くことにしました」
× × ×
鈴村、玄関から小さなキャスター付き
トランクを引いてSPと共に出て来る。
総理番達「総理おはようございまーす」
賀来「おはようございまーす」
ぽろぽろと挨拶を投げかける総理番達。
鈴村、歩きながら右手を小さくあげる。
麗、鈴村を目で追う。
麗「……」
麗、小さく深呼吸して、
麗「いってらっしゃい総理!」
鈴村、立ち止まり、麗に振り向く。
少し微笑む鈴村。
麗、呼吸が一瞬止まりそうになる。
賀来も鈴村に向かって朗らかに、
賀来「……総理いってらっしゃーい!」
続いて他の総理番達も。
総理番E「お気をつけて総理ー」
総理番F「いってらっしゃい総理ー!」
総理番達が口々に声を掛ける中、SP、
トランクを預かろうと鈴村に手を差し
出す。鈴村、総理番達をみつめたまま、
鈴村「(SPに)これは自分で運ぶよ」
SP、頭を下げる。鈴村、総理番達に、
鈴村「いってきます」
× × ×
総理番達、成田に向かう公用車の列を
見送る。
スマホメモ「6時12分 公邸発」
麗、見送る顔が少し火照っている。
傍らの賀来、
賀来「(麗に)声、掛けられたじゃないっす
か。簡単でしょ?」
麗「……」
麗、胸の鼓動が収まらない。
賀来「能代さん?」
○自由民衆会館・外観(日替わり)
由民党の本部組織がある自由民衆会館。
テロップ「一ヶ月後」
○同・記者会見部屋内(九月半ば)
年期の入った記者会見用のホール部屋。
詰め掛けた報道陣の前、党幹部を後に
ズラリと並ばせた由民党桜井幹事長、
桜井、目線をしっかり上げて、
桜井「改めて申し上げますと、鈴村総裁の任
期満了に伴って行う、自由民衆党総裁選挙
の告示日を、十月二十四日といたします」
力強く語る桜井。激しさを増すカメラ
のフラッシュ、シャッター音。
桜井「この日に立候補者推薦届けを受け付け
、受理された議員が総裁選の立候補者とな
ります。そして、十一月三日、月曜より党
員投票開始。その週の金曜、十一月七日に
由民党議員による投票を行い、同日開票し、
結果を発表いたします」
報道陣の後方、巨大プロンプター、桜
井が語ったままの内容のテロップが映
し出されている。
桜井「日本最大政党である我々自由民衆党の、
新総裁を決める重要な選挙となります」
○首相官邸・首相執務室内
鈴村、考え込んだ顔。部屋のテレビモ
ニター、桜井幹事長の会見中継。
桜井「国民の皆様には、是非ともご注目いた
だきたく思っております」
鈴村、応接ソファでテレビは観ずに、
テーブルに広げた新聞をみている。娯
楽面、詰将棋クイズを睨んでいる鈴村。
○首相官邸・玄関前
たむろする総理番達、各々スマホで桜
井の会見中継をみている。
総理番C「スケジュール発表早くない?告示
日まで一ヶ月、投票日までだと二ヶ月ぐら
いあんじゃん……」
総理番D「少しでも長く総裁選の話題でメデ
ィアジャックしたいんだろ」
総理番C「で、総裁戦のあと、解散、総選挙
で、また民由党の圧勝だよ」
玄関から少し離れた辺り、麗、しゃが
んでスマホをみている。麗の隣、ウン
コ座りの賀来、将棋雑誌・月刊「玉」
を開いている。麗、気合の入った顔で、
麗「……これから私たちも、忙しくなりまね」
賀来、将棋雑誌をみたまま、
賀来「なんないすね」
麗「ええ?どうしてですか?」
賀来「総理、総裁選多分出ないんで。鈴村政
権は、桜井前総理の不祥事誤魔化すための
繋ぎっすから」
麗「……じゃあ鈴村総理は」
賀来「レームダックっすね、いわゆる。とり
あえず任期まで総理の椅子にただ座って、
次の総裁に、総理の椅子をパスするだけで
すね」
麗、スマホを手にぼう然とする。
賀来「本命は、初の女性総理んなるかもしん
ない志麻官房長官。対抗は、民由党の若大
将、多田環境大臣。あとは葛城外務大臣が
出るかどうかっすけど、今外交問題ヤバい
んで。総裁選は無理なんじゃないっすかね。
党の若返りを主張してる若手議員中心の多
田派と、志麻官房長官を推す保守系議員中
心の桜井派の真っ向勝負っすね」
賀来、将棋雑誌を閉じる。
賀来「改進党の緒方さんが、バラバラだった
野党を必死になってまとめてますけど、ま
だまだ日本の政治は、民由党の天下すから
……あ、会見終わりっすね。スマホいいす
か?」
賀来、麗に片手を差し出す。
麗「あ、ありがとうございました……」
麗、賀来にスマホを渡し、耳から
Bluetooth イヤフォンを外しす。
麗「とういことは、鈴村総理が総理大臣でい
られるのはあと……」
麗、イヤフォンを賀来に渡す。
賀来「二ヶ月ぐらいすね」
麗「……」
賀来「だから自分、これ読んでんすよ」
将棋雑誌を掲げる賀来。
麗「どういうことですか?」
賀来「鈴村総理が総理の間に一回ぐらいシャ
ウティングしたいなって。総裁選が激しく
なってけば、報道陣は総裁候補を追いかけ
るんで、総理のぶら下がり、ほとんど俺ら
総理番だけになるんすよ。国会も休みだし、
総理ものんびりすると思うんで」
麗「……それでどうして将棋雑誌?」
賀来、立ち上がって、
賀来「総裁選、誰を支持しますか?とか、当
たり前のことみんなどうせ聞くんで」
麗、遅れて立ち上がる。
賀来「オリジナリティのある質問した方がい
いかなって。総理将棋好きなんで、将棋に
絡めた質問しようと思って、ちょっと勉強
してんすよね」
麗「……賀来さんすごい。頭いいですね」
賀来「いや、先輩に教えてもらったんすよ。
先輩たちも、総理番の頃、いろんな方法で
シャウティングしてたみたいで。総理の出
身県の話題に絞ったり、野球好きな総理に
は、前の日の試合結果必ず聞いたり。あ、
偉人の誕生日とか命日を調べて、偉人に絡
めた質問し続けたって先輩もいましたよ。
それいいすよね。いつでも質問出来て。毎
日誰かは、生まれるか死んでるんで。偉人」
麗「なるほど……」
賀来「能代さんもこないだ声掛け出来たんす
から、一回ぐらいどうっすか?シャウティ
ング。鈴村総理が総理のうちに」
麗「そうですね……」
○首相官邸・閣議室内(日替わり)
部屋の中心の大きな円卓につく、鈴村、
閣僚の面々。閣僚らに閣議書がまわさ
れる。閣僚ら、独自のデザインの判、
花押を閣議書に押していく。
多田孝介(42)、花押を押す。
テロップ「環境大臣、内閣府特命担当大臣
(自然・原子力防災)・多田大介」
志麻、花押を押す。
鈴村、花押を押す。
志麻「……これをもちまして、閣議を終了い
たします」
志麻、鈴村に僅かに視線を向けて、
志麻「お疲れ様でした」
志麻、頭を下げる。鈴村、閣僚らも頭
を下げが、多田は頭を下げず、志麻を
睨んでいる。
○首相官邸・エントランス内(日替わり)
そこそこの報道陣の前、演台の鈴村、
鈴村「……シルバーウィークには、是非多く
の国民の方々に、レッツーゴートゥートラ
ベル、レッツーゴートゥーイートをご利用
いただきたいと思っております。以上です」
記者D(声)「ありがとうございました」
鈴村、広報官に目で合図。
広報官「では以上で……」
記者達、矢継ぎにシャウティングする。
記者E「総理の多田大臣支持の意向に、桜井
幹事長から何かお話ありましたか!」
○走る電車・車内。
つり革につかまる眞理。
眞理の耳、Bluetooth イヤフォン。
記者F(声)「遠朋会の方々とは何かお話し
される予定はありますか!」
広報官(声)「すいません、予定にない質問
はお控え下さい」
○首相官邸・エントランス内
鈴村、切り上げようと、報道陣から少
し背を向ける。
報道陣の麗、鈴村を強くみつめ、大き
く息を吸いこんで、
麗「今日はかいわれ大根の日です! 総理は
かいわれ大根、お好きですか!」
麗の声がエントランスに響く。
静まり返る報道陣。
○走る電車・車内。
つり革につかまる眞理、眉間に皺。
眞理「?」
○首相官邸・エントランス内
きょとんとした顔で麗をみる鈴村。
鈴村をみつめる顔が紅潮した麗。
広報官、小さく咳払いして、
広報官「……えー以上で本日の官邸内会見は
終了となります。皆さまお疲れさまでした」
鈴村「……」
鈴村、軽く報道陣に頭を下げ、官邸の
奥へSPと共に歩いていく。
散開する報道陣、麗をジロジロみてい
く。うつむく麗。賀来、笑いを押し殺
し、麗に駆け寄る。
賀来「最高っすよ能代さん! なんすか?
かいわれ大根の日って?」
麗、頰を赤らめ、うつむいたまま、
麗「……えっと、賀来さんのお話聞いて、私
も、少し考えて、『今日は何の日作戦』で、
質問、頑張ってみようかと思って……」
賀来、少し考えて、
賀来「……なるほど! 確かに毎日、大抵な
んかの日っすね! いいアイディアっすよ」
麗、顔をあげて、
麗「……本当ですか?」
賀来「そうですよ! ちゃんと総理反応して
くれたし」
麗「はい……目が合っちゃいました」
賀来「この先もっと人少なくなるんで、その
作戦、絶対成功しますよ。続けましょう!
面白いっすよ!」
麗、笑顔で、
麗「……頑張ってみます!」
千春(声)「あの」
賀来と麗、声の方に振り返る。ガンマ
イクを担いだ千春、麗を睨んでいる。
麗「……はい?」
千春「シャウティングするなら、マイクの近
くに、来といてもらっていいですか?」
麗「あ……すいません。でも、私、そんな大
した質問じゃないですから」
千春、麗の言葉を遮る。
千春「内容どうでもいいんで。くだらない質
問でも、拾うのがウチらの仕事なんで」
麗「……」
千春「よろしくお願いします」
千春、踵を返し去っていく。
弱々しく千春の背中をみつめる麗。
賀来、朗らかに、
賀来「(麗に)がんばりましょ」
麗「……はい」
○首相官邸・記者会見室
壇上、演台の志麻、縁なしの眼鏡を掛
け、資料をみつつ、
志麻「……受け入れる避難民の最終的な数、
日本での滞在先に関しましては、東ヨーロ
ッパ諸国訪問中の葛城外務大臣の帰国後、
再び閣内で協議を行い、必要であれば閉会
中審査にて対応いたします。以上です」
会場の報道陣、次々と手をあげる。
司会(声)「では次は、来光テレビさん、お
願いします」
質問用マイクを受け取る記者G。
記者G「えー来光テレビ御手洗です。先ほど
午前中、桜井幹事長より、民由党総裁選挙
の日程が発表されました」
演台の志麻、眼鏡を整える。
記者G「率直にお聞きします。志麻幹事長、
総裁選に出るおつもりはありますか?我々
日本国民は、志麻礼子こそ、日本初の女性
総理に最もふさわしいと考えております。
いかがでしょう?」
激しくなるフラッシュ、シャッター音。
志麻、伏せ目がちに、
志麻「……官房長官会見は、日本政府が国民
の皆様にお伝えするべきことをお伝えする
場です。いち政党の代表選挙に関しては、
政府から国民の皆様に、何もお伝えするこ
とはございません」
志麻、まっすぐ報道陣を見据える。
志麻「例え私に、総裁選にかける確固たる想
いがございましても。何卒、ご了承下さい」
志麻、穏やかに微笑む。フラッシュ、
シャッター音、さらに激しくなる。
○喫茶ルーズベルト・店内(日替わり)
志麻の立候補を報じる新聞一面記事。
見出し「志麻官房長官、総裁選出馬の意志」
小見出し「大本命。初の女性総理誕生なるか」
昭和な喫茶店のソファ席で、新聞を静
かにみつめる眞理。
○千葉外房の風力発電所・外観(日替わり)
岸壁に立ち並ぶ風力発電の風車群。
○同・前
報道陣に取り囲まれたノーネクタイの
多田。目を閉じていた目を見開いて、
多田「私は出ます」
フラッシュ、シャッター音、激しく。
多田「これから派閥、および民由党の若手議
員らと相談しますが、総裁選に勝利し、こ
の国を、日本を、私が必ず蘇らせます!」
○大衆酒場「民」・店内(夜)
スマホ画面、多田の立候補を報じるS
NS、tsubuyaitter のトレンド記事。
見出し「多田環境大臣、総裁選出馬を表明」
カウンター席、コップ酒を手にスマホ
を見ている眞理。
真里の背後、志麻と多田の対決構図を
解説するテレビのニュース映像。
○料亭「昭月」・外観
赤坂の老舗料亭。店の前、報道陣が道
路脇にずらりと並んでいる。
○同・店前、道路沿い
報道陣の中、望遠レンズをつけたスチ
ールカメラマン達、世間話している。
スチールカメラマンA「鈴村総理、夜の赤坂
って珍しいよな?」
スチールカメラマンB「そうだな。でもやっ
ぱこういうとこ来ると、ああ。総裁選、始
まるんだ……ってて感じするな」
スチールカメラマンの傍ら、麗、地面
にへたり込み、撮影用の小さな脚立に
伏せて寝落ちしている。
○首相官邸・外観(朝、日替わり)
多くの報道陣が集まる首相官邸。
○同・玄関前
国会牛乳フルーツ味を掲げた麗、混み
合う報道陣の間を分け入って進む。
麗「すいません……あ、ごめんなさい……」
麗、番車の助手席、白木の下にたどり
着く。パワーウインドウが降りる。
麗、フルーツ牛乳を白木に差し出す。
麗「お待たせしました……」
× × ×
周囲をワクワクした顔で見回す賀来。
麗、賀来の下にやって来る。
賀来「(麗に気づいて)早かったすね」
麗、疲れた顔。
麗「全然のんびりできないんですけど……」
賀来「そのうちしますよ。総理がちゃんと総
裁選出ないって明言すれば。あと今日はし
ょうがないすっよ。話題の人が来るんで」
麗「まだ多田大臣来てないですよね? 来ち
ゃう前にと思って、急いだんですけど」
賀来「はい。でも珍しい人来てますよ。ほら」
賀来、国旗が掲げられたポールの根元
を指指す。麗もそちらを向く。
目を閉じてポールにもたれている眞理。
麗「わ」
賀来「番長もウラ番も揃ってるって、やっぱ
みんな、なんだかんだで総裁選、気になん
すね」
賀来、麗に向き直って、
賀来「昨日俺休みで行けなかったっすけど、
どうでした? 赤坂の桜井幹事長との会合。
すぐ終わったみたいすけど」
麗「みたいですね」
賀来「あれ、能代さん、追っかけなかったん
すか?」
麗「え……あ、行ったんですけど、ちょっと
遅れてしまいまして」
麗、苦笑い。
麗「私が……着いた頃には、もう、総理は帰
られてて、ちょうど、志麻官房長官がいら
っしゃった時でした」
賀来の目をみないで話す麗。
賀来、ニヤニヤして腕を組み、
賀来「……鈴村総理の派閥、遠朋会は総裁選、
自主投票ってことになってますけど、裏で
は志麻官房長官につくってことで、桜井幹
事長と話まとまってそうすよね」
賀来、報道陣を見回して、
賀来「そんな中、夜の赤坂に対抗して、こう
やって官邸に直接会いに来るっていうのが、
派手好きで今っぽい多田大臣すよね。遠朋
会は弱小派閥っすけど、一応現総理の派閥
だし。大臣の亡くなったお父さん、外務大
臣もやった多田大介って、鈴村総理と当選
同期なんすよ。昔、一緒に離党して、新党
結成かもって騒ぎもあったし」
麗、賀来の横顔をまじまじとみる。
麗「賀来さん、私より年下なのに、政治のこ
と、ホント詳しいですよね……」
賀来「まあ。政治記者なんで」
麗「……私も一応そうなんですけど」
賀来「(微笑んで)俺小学生からずっと野球
やってて。大学も野球推薦なんすけど、一
年で肩壊しちゃって。そっからマネージャ
ーみたくスコアブックつけたり、監督と一
緒に打順考えたりしてて。新聞社入ったの
も、運動部でスポーツ取材したかったんす
けど、政治部んなって最初超ヘコで」
賀来、国会議事堂を眺める。
賀来「でも政治家も結構面白いんすよね。議
員名鑑も、プロ野球の選手名鑑みたいで」
麗「議員名鑑……そんなのあるんですか?」
賀来「ありますよ。年俸は載ってないすけど」
麗「バンザイ屋さんに売ってます?」
賀来「たぶん売ってんじゃないすか」
報道陣、ザワザワしだす。
賀来「……あ。来ますね」
× × ×
公用車の後部座席、ドアを開けるSP、
多田が降りる。激しいフラッシュ、シ
ャッター音の中、SPに守られ、多田
は玄関に歩いて行く。
記者E「大臣、今から首相とどんなお話され
るんですか!」
記者F「韓国訪問中の葛城大臣と、電話で昨
日何話したんですか!」
多田、やや力の入った顔。
投げかけられる質問には応えない。
○同・首相執務室内
静かにお茶を飲む鈴村。
多田(声)「シクラメン……」
柔らかな表情の多田。
多田「今年も、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げる多田。応接ソファで
差し向かう鈴村と多田、二人きり。
鈴村、湯のみをテーブルに置く。
鈴村「……いや。すみません。いつも花が咲
く前のもので」
多田「いいえ。これからちょうど花が咲いて、
年を越しても、春まで咲いてくれています。
親父も、淋しくなくていいでしょう」
鈴村「……そう言ってもらえると」
○同・玄関前
国旗のポール付近、目を閉じてポール
にもたれる眞理に近づく白木。白木は
チャップスをくわえている。
眞理「……血糖値、また引っかかるよ」
白木「起きてんのかよ。全然行けてねーよ人
間ドックなんて」
眞理「ヒマなくせに」
白木「そりゃオメーだろ」
白木、眞理に背中を向けて立つ。
白木「(眞理に少し振り返って)……あれ、
ウラ取れたのか?」
眞理「取れてりゃわざわざ来るわけないでし
ょ。こんなとこ」
白木「(舌打ち)……ユルユルな桜井とは、
比べもんになんねな。同じ三世議員でも大
違いだよ」
眞理、目をゆっくり開いて、
眞理「……でもあれがホントなら」
首相官邸をみつめる眞理
眞理「どうするつもりなんだろうね。坊ちゃ
んは」
○同・首相執務室
鈴村、目を見開いて、
鈴村「……今、なんて?」
多田、力強く、
多田「総裁選には、私は出ないということで
す」
鈴村「……でも、こないだ、堂々と、言って
たよね?孝ちゃん……日本をなんとかする
って……あれは?」
姿勢を正して多田、鈴村を見据えて、
多田「鈴村総理、総裁選に出ていだだけませ
んか?」
鈴村「え?いや、私はもう……」
多田、鈴村を遮ぎって、
多田「私はこのまま、党員票、議員票を全力
でを集め続けます。そして、告示日ギリギ
リで、自らの総裁選出馬の断念、総理への
推薦を明言いたしますので、そこで総理は
出馬の意思を表明してください。それまで
私が集めた支持は全て総理に回ります。い
や、回します! このような段取りでお願
いできませんか?」
鈴村「……そんな無茶な」
多田「二年、いや一年で戻って来ます。どう
かそれまで、桜井派から、総理の椅子を守
っていただきたい!」
多田、頭を下げる。
鈴村「……どゆこと?」
○同・玄関前
麗と賀来、報道陣で一杯のエントラン
ス内をガラス越しに覗いている。
麗「全く入れそうにないですね……」
賀来「スマホで中継観た方がいいっすねコレ」
○同・首相執務室
静かに向かい合う多田と鈴村。
鈴村「……孝ちゃん、お父さんに、本当に似
て来たね」
多田、胸の下あたりを抑え、
多田「……こんなところまで、似たくなかっ
たです」
苦笑いでボヤく多田。
○同・エントランス内
待ち構える多くの報道陣が色めき立つ。
奥から、鈴村が歩いてくる。フラッシ
ュ、シャッター音が激しさを増す。
演台につく鈴村、広報官に合図を送る。
広報官「では只今より、総理の官邸内会見を
行います。会見に先立ちまして、民由党総
裁選に関するご質問は、国政事項に当たり
ませんので、お控えくださるよう、よろし
くお願いいたします」
○同・玄関前
しゃがんだ麗、ウンコ座りの賀来、ス
マホを一緒にみている。
賀来「(舌打ち)他に聞くことなんかないっ
しょー」
麗も、眉を八の字にして、
麗「さっき多田大臣も、何も話さず帰っちゃ
いましたしね……」
賀来「多田大臣と何話したのか、誰かシャウ
ティングで聞いてくんないすかね。絶対応
えてくんないすけど」
国旗のポール付近、イヤフォンをした
眞理。傍らの白木、チャップスをくわ
え、インカムを調整している。
眞理「……(白木に)ねえ」
白木「ん?」
○同・エントランス内
演台の鈴村、
鈴村「……今後も、まだ台風がいくつか上陸
する可能性がありますので、国民の皆様に
はご注意いただく共に、我々政府も、警戒
を怠らぬようにして参ります。以上です」
報道陣の記者G、頭を下げる。
記者G「ありがとうございました」
鈴村、目で広報官に合図を送り、資料
をまとめる。広報官、落ち着いた声で、
報道官「では以上で」
眞理(声)「今年も多田大介氏の!」
エントランス内、よく通る眞理の声が
報道官の言葉を遮る。
鈴村、動きが止まる。
○同・玄関前
スマホをみている麗と賀来、
賀来「ウラ番だ!」
麗「え!」
麗、エントランス内に振り返る。
○同・エントランス内
エントランス内、全員が注目する中、
千春、眞理にガンマイクを向ける。
報道陣の中、合同通信記者達が、眞理
をSPのように取り囲んでいる。
眞理、マイクが来るのを待って、落ち
着いた口調で、
眞理「……今年も、多田孝介環境大臣の亡く
なったお父様、多田大介氏の命日に、お花、
お送られましたか?」
鈴村、眞理をみつめる。
お互い表情なく、睨み合う眞理と鈴村。
鈴村「……送りましたよ」
鈴村、視線を報道陣全員に移す。
鈴村「……私自身は総裁選には立候補いたし
ません」
フラッシュ、シャッター音激しく。
鈴村「総裁選では、多田孝介くんを支持いた
します。しかし、私の所属する遠朋会は、
自主投票で変わりありません。失礼いたし
ました」
丁寧に頭を下げる鈴村、振り返り、S
Pと共に官邸の奥に歩いていく。
眞理、鈴村の背中をみつめる。
眞理「……」
千春、やや顔が紅潮し、ガンマイクを、
まだ眞理から離すことができない。
眞理、ガンマイクに、
眞理「ありがと(小声)」
千春、ヘッドフォンから眞理の声が聞
こえ、慌ててガンマイクを戻す。
眞理、踵を返す。と、前方の報道陣が
サササと二つに割れる。
スタスタと報道陣の間を行く眞理。
ヘッドフォンを外しながら、眞理をみ
つめる千春。
中年のテレビカメラマン、千春に近づ
いて、眞理をみつめながら、
カメラマン「……いやあ、久しぶりに見たな。
あれが東雲新聞、カミソリの眞理だぜ!」
千春「(呟く)カミソリの、眞理……」
○同・玄関前
眞理、玄関から出て来る。
待ち構えていた賀来と麗、
賀来「八渕さん流石っす!」
麗「本当に!よく通る素敵な声でした!」
賀来「(麗に)そこっすか?」
眞理「……」
二人の前で立ち止まる眞理、めんどく
さそうに目を伏せる。
賀来「総理が多田大介に毎年花送ってるエピ
ソード、有名っすけど、まさかここで出す
とは……痺れたっす」
麗「本当に!八渕さんもカッコ良かったです
けど、それを受けた総理もまた、素敵でし
たぁ」
賀来「あ。俺、国会牛乳買ってきます!何味
がいいっすか?」
麗「あぁ、私に行かせてください!」
眞理「いらないからんなもん!」
叫ぶ眞理。黙る二人。
眞理「どいて」
どく二人。歩いていく眞理。
眞理、番車にもたれる白木の下に歩い
ていく。白木、眞理の顔をみることな
く、チャップスを一本差し出す。
白木「……やっぱガセか。鈴村はダンマリは
上手いけどウソは下手だ。昔から」
チャップスを受け取る眞理、包装を外
しながら、
眞理「どうだろう。でも、もしあれがウソだ
ったら」
チャップスをくわえる眞理、官邸に振
り返る。
眞理「立派な政治家だね……」
○同・首相執務室内
鈴村独りの室内。総理の椅子、背もた
れ一杯にもたれ座る鈴村。
鈴村「(独り言)親が親なら、息子も息子だ。
勘弁してよ大ちゃん……」
○料亭「昭月」・中庭(日替わり・夜)
手入れの行き届いた日本庭園。
鹿おどしの音が清らかに響く。
○料亭「昭月」・座敷内
座敷で差し向かう桜井と志麻。姿勢正
しく正座する志麻。切子のぐい飲みを
手にした桜井、膝の上に週刊誌の記事。
週刊誌記事「総裁戦、総理、亡き盟友の息子、
多田孝介氏の支持を表明」
桜井、週刊誌を閉じて、
桜井「……申し訳ありません。総理には、ど
うぞご自由にとは申しましたが、いやはや、
珍しく派手な御振る舞い。私も少し驚きま
した」
志麻「……男同士の友情、誠に、お美しいじ
ゃありませんか」
志麻、赤ワインの入ったグラスに少し
だけ口をつける。
○渋谷の街・実景(夕)
スクランブル交差点、行き交う人々。
○渋谷駅前
駅前、新聞雑誌のスタンドショップ、
総裁選を報じた各夕刊紙が並ぶ。
見出し「どうなる?民由党総裁選!」
夕刊紙、街ゆく人の手に取られていく。
○幕張アリーナ・会場内(日替わり)
大型ファッションイベント、ガールズ
&ボーイズアワード開催中の会場。
MC(声)「ヘイ!ボーイズ&ガールズ!今
日のスペシャルゲストの登場だ。民由党の
若きイノベーター!環境大臣、多田孝介!
カモン!」
スクリーンに煽りVTR、ステージ脇
から吹き出すスモーク。黄色い歓声と
盛大な拍手の中、モデル達に囲まれラ
ンウェイに踊り出る多田。
多田、環境庁のキャラクター、環境ポ
リス犬・サステナBULLの人形を会場
に投げ入れる。湧き上がる歓声。
○ホテル椿河荘・天寶の間内(日替わり)
壇上、「真の日本女性たちの集い」と
楷書で書かれた横断幕の下、演台の志
麻、鮮やかな紫の着物姿。
志麻「私たち、真の日本女性こそが、この国
を守り、育み、そして、立ちがるのです」
満員の会場、一斉に拍手。鳴り止まぬ
拍手の中、柔らかな笑顔の志麻。
○首相官邸・首相執務室(日替わり)
執務机、鈴村、スマホで通話している。
呼び出し音「トゥルルル……トゥルルル……」
通話先(声)「はい。田中康弘事務所です」
鈴村「お世話になっております。鈴村と申し
ます。田中先生、いらっしゃいますか?」
○同・エントランス内
集まる報道陣。ガンマイクを準備して
いる千春、何かに気づく。
千春「……」
千春の間近で、申し訳なさそうにして
いる麗。千春、顎でもう少し離れろと
伝える。麗、サササと千春から離れる。
× × ×
鈴村、演台で資料をまとめる。
広報官(声)「以上で、総理の……」
麗、シャウティング。
麗「総理、今日はお手玉の日です!お手玉の
思い出などありましたら!」
麗、鼻息が荒い。
鈴村、きょとんと麗をみる。
○大型書店(日替わり)
店の入り口、ベストセラーランキング
のコーナー、一位は志麻の『美しすぎ
る国、日本』、二位は多田の『核心的
革新論』。並んで山積みにされた二冊、
人々の手に取られていく。
○首相公邸・総理の部屋、室内(夜)
ソファに座るガウン姿の鈴村、バカラ
グラスを手に、傍らに置いたスマホで
テレビ通話。スマホ画面、鈴村と同じ
年ぐらいの髭の男性。
男性、焼酎のグラスを手に、
髭の男性「いやあ、リモート飲みって便利だ
けど、結構飲んじゃうよなー」
鈴村「そうだね」
髭の男性「てかスズちゃん、今何杯目だ?」
鈴村「ん?でもまだ6杯目ぐらいだよ」
髭の男性「相変わらず強いなー」
鈴村「いやあ。だいぶ弱くなったよ」
○国会・内、板垣理容店(日替わり)
床屋の椅子、前掛けをされる鈴村。
スマホメモ「13時33分、国会内、板垣理
容店」
鈴村を見守る報道陣の中、スマホを手
にした麗。
国会内にある理容店で、理容師に髪を
整えられる鈴村。
キャスターA(声)「民由党総裁選一色の永
田町ですが……」
○SNS画面
写真投稿SNS・イイネンスタ、首相
官邸アカウントページ、「六十年間お
疲れ様でした」とキャプションのつい
た理容師と握手する鈴村の写真。
キャスターA(声)「今日の昼過ぎ、六十年
の歴史に幕を閉じる、国会内の理容店に、
最後のお客として鈴村総理が訪れました」
○ニュース番組映像
ブースに並ぶ二人のニュースキャスタ
ー。モニターをみていたキャスターB、
笑顔でカメラに向かって、
キャスターB「鈴村総理も、本当に、お疲れ
様でした」
キャスターA「お疲れ様でした」
○自由民衆会館・幹事長室内
自由民衆会館五階にある幹事長室。
テレビモニターに頭を下げるA、B、
二人のニュースキャスター。桜井、ソ
ファに座り、モニターを笑顔で見つめ、
桜井「ホント、よくやってくれました……」
○首相官邸・首相執務室内
執務机、鈴村、老眼鏡を掛け書き物を
している。机に置いたスマホが震える。
着信表示は葛城外務大臣。
スマホを取る鈴村。
鈴村「……もしもし?ああ、折り返しすいま
せん。そっち今何時ですか?いや、本当に
すいませんね、そんな時間に……」
通話しながら、老眼鏡を取る鈴村。
○首相官邸・エントランス内(日替わり)
麗、シャウティング。
麗「総理、明日、秋分の日は、テニスの日で
もあります!テニスなさいますか!」
○同・エントランス内(日替わり)
麗、シャウティング。
麗「総理、今日は畳の日です!畳はやっぱり
落ち着きますか!」
報道陣から振り返って、SPと共に歩
いていく鈴村、微笑んでいる。
○走る電車・車内(日替わり)
スマホ画面、ぶら下がり会見の映像。
麗(声)「総理、今日は清掃の日です!掃除
はマメになさいますか!」
麗の質問が飛ぶ場面が編集され、字幕
がつけられている。
シートに座る真里、Bluetooth イヤフ
ォンをしてスマホで動画をみている。
○同・玄関前(日替わり)
賀来、スマホを麗にみせながら、
賀来「ほらほら。ハッシュタグすっとんきょ
んなぶら下がり質問、出来てるっしょ?」
麗、眉を少し八の字に、
麗「……ちょとやり過ぎってことですか?」
賀来「んなことないっすよ。話題になってる
ってことっす。ほらここ、総理、ちょっと
笑ってるし」
賀来、動画を静止する。
麗「ほんとだあ……」
麗、顔がほころぶ。
賀来「ドンドンいきりましょ!」
麗「はい!」
○護国神社・境内(日替わり)
九段下にある戦没者を祀った神社。
報道陣の集まる境内、石畳を歩く志麻。
多くのSPに囲まれている。
志麻(声)「私は季節の変わり目、年四回、
祖父が祀られているこちらに毎年参拝して
おりますので」
拝殿前、手を叩く志麻。
志麻(声)「本日も、特に総裁選祈願という
訳ではございません」
インタビュアーに柔らかに答える志麻。
志麻「まあもっとも、今後はこちらに参りま
すことも、多少は難しくなるやもしれませ
んが……(微笑む)」
○岩手地熱発電所・外観(日替わり)
煙をあげる年季の入った地熱発電所。
多田(声)「火山の多い我が国では、地熱発
電にこそ大きな可能性があります」
○同・施設内
報道陣を引き連れ、技術者に施設を案
内される、作業着にヘルメットの多田。
多田(声)「こちらの日本で最も古い地熱発
電設備は、建設から五十年経っても今だに
現役で、年二万キロワット以上の電力を供
給しています」
インタビュアーに力強く応える多田。
多田「環境負荷も少ない地熱発電に、我々は
もっと目を向けるべきなんです!」
○首相公邸・総理の部屋、室内(夜)
スマホ画面、髭の男性ともう一人、ス
キンヘッドの男性。
髭の男性「今日はこいつもいるよ」
スキンヘッド「スズちゃん久しぶり」
ソファに座るガウン姿の鈴村、バカラ
グラスを手に、スマホに向かって、
鈴村「おお。元気?いつ出てきたの?」
スキンヘッド「やめてよ。まだ入ってないか
ら。起訴猶予中」
○首相官邸・執務室(日替わり)
総理の椅子、スマホで通話する鈴村、
執務机にはウコン系ドリンクが並ぶ。
鈴村「頑張りすぎじゃない?」
多田(声)「大丈夫です。告示日ギリギリま
で、やれることは全部やりますから」
鈴村「……大丈夫?体調」
多田(声)「大丈夫です。総理こそ、色々と
ご連絡ありがとうございます。流石です。
仕事がはやい」
鈴村「いや。久しぶりの知り合いと世間話し
てるだけだよ」
多田(声)「あ、そういえば、最近、官邸の
ぶら下がりで変わった質問する女性記者、
いますよね?」
鈴村「……ああ。いるね」
多田(声)「彼女の質問、出来れば応えてあ
げてください。この時期の、いい話題作り
になりますし、総理の印象も良くなります」
鈴村「……うん。でも」
○同・エントランス内(回想)
麗、シャウティング。
麗「今日はパソコン記念日です!総理はパソ
コン苦手ですよね!」
○同・エントランス内(回想)
麗、シャウティング。
麗「総理、今日は招き猫の日です!招き猫に
一言お願いします!」
○同・執務室内
スマホで通話する鈴村。
鈴村「イマイチ、答えづらいんだよね……」
○同・エントランス内(日替わり)
ヘッドフォンをした千春、麗にマイク
を向けている。麗、シャウティング。
麗「今日は珈琲の日です!総理は珈琲お好き
ですか!」
資料を手に麗をみつめる鈴村。
緊張気味に鈴村をみつめる麗。
鈴村「……珈琲の花言葉、ご存知ですか?」
麗、ハッとする。
すっかり少ない報道陣、麗に注目。
報道陣の後方で賀来、面白そうな顔で
麗と鈴村を交互にみる。
千春、ガンマイクを麗にしっかりと向
ける。皆が固唾を飲んで見守る中、麗、
落ち着いた物言いで、
麗「……働き者です」
鈴村、微笑む。
鈴村「……その花言葉は好きです。珈琲は、
朝、妻が淹れてくれたモノを一杯飲むだけ
ですが。こんな答えでいいでしょうか?」
鈴村、麗を穏やかにみつめる。
麗、おもむろに、
麗「……あの、どうして総理は、総裁選、お
出にならないんですか?」
鈴村、固まる。
鈴村「……」
報道陣の中で小さな笑い。
広報官、咳払いして、
広報官「……えー、誠に申し訳ありませんが、
総理は次のご予定がございます。官邸内会
見は以上となります。お疲れさまでした」
鈴村、官邸奥にSPと共に歩いていく。
麗、鈴村の背中を見送る。
× × ×
報道陣が麗をニヤニヤみながら、散開
する中、賀来、麗に駆け寄って、
賀来「やりましたね能代さん!珈琲の花言葉
なんて、よくわかりましたね!」
麗「……母が植物学者なので、小さい頃、花
言葉クイズを、よくしてて」
賀来「そうなんすか。総裁選のこと、さら問
いしちゃったのはあれでしたけど、珈琲の
ネタ、ちっちゃいすけど、記事になるかも」
麗「……やっぱり聞いちゃダメなんでしょう
か?総裁選、どうして総理、出ないのか」
賀来「まあ。聞くまでもないっすからね」
しょんぼりする麗。
麗「……あ」
少し離れた場所で、しゃがんでガンマ
イクを撤収する千春をみつける麗。
千春に駆け寄る麗。
麗「……あの」
千春、麗に振り返る。
麗「ありがとうございました。わざわざマイ
ク、向けていただいて」
千春、作業に戻って、
千春「別に。それが仕事なんで」
麗「……えっと、今日だけじゃなくて、いつ
も、私のくだらない質問に、マイク構えて
いただいてて、ありがとうございます」
麗、頭を下げる。
千春、作業を続けながら、
千春「いつも本当くだらないって思ってます」
麗、申し訳なさそうな顔。千春、作業
を終え機材を担いで立ち上がる。
千春「でも今日の質問、よかったと思います。
私、政治のことなんて全然分かんないけど、
どうして鈴村総理、総裁選に出ないのか、
私も聞きたかった。総理にもちゃんと答え
て欲しかったです」
麗「……」
千春、麗に振り向いて、
千春「今度からもうちょい声、音量下げても
らっていいすか?充分拾えてるんで。お疲
れさまでした」
千春、サッと頭を下げて歩いて行く。
麗、千春の背中に、
麗「……お疲れさまでした!」
離れて二人を眺めていた賀来、微笑む。
○同・首相執務室内
鈴村、ぼんやりしながら、総理の椅子
に腰掛ける。
鈴村「……バレちゃってる?(独り言)」
○原宿外苑公園(日替わり、朝)
少し黄色くなった公園の木々。
公園のベンチ、新聞を開いて座る眞理。
新聞二面の片隅、鈴村の記事。
見出し「朝一杯の珈琲がコツコツやるコツ。
おつかれさま鈴村総理」
眞理はベンチの傍らに珈琲ショップの
テイクアウトカップを置いている。
杖をついた老人、同じベンチに少し離
れて座り眞理をみている。
新聞は東雲新聞。一面には志麻と多田
の写真入り、総裁選の記事。
見出し「どうなる総裁選?若者を中心に世論
に広まる多田待望論」
老人、新聞越しに眞理に話しかける。
老人「お嬢さん、若いのに偉いね。熱心に新
聞なんか読んで」
眞理、新聞を下げる。
老人「一体どっちが勝つんだろうね?総裁選。
やっぱりお嬢さんは、女性だから志麻礼子
がいいのかい?」
眞理、新聞を畳みながら、
眞理「……さあ。どっちが勝っても民由党は
民由党ですから」
老人「その通りだよ。野党がだらしないから
ダメなんだ。桜井が首相の時は、国会でも
攻め所はあったけど、鈴村になってからは、
何だかのらりくらりとかわされて、国会延
長させも、ダラダラやってるだけで退屈だ
ったよ。で結局、民由党のやりたい放題だ」
眞理「読みます?」
眞理、遮るように畳んだ新聞を老人に
差し出す。
老人「お。ありがとう」
老人、受け取って開きつつ、
老人「ウチ、陽光新聞なんで、東雲新聞もた
まに読むんだよ。ほら、桜井の国有地売却
斡旋も、東雲が最初に記事にしたろ?」
眞理、荷物を持って立ち上がる。
眞理「あとそれも」
眞理、ベンチの上のテイクアウトカッ
プを指す。老人、カップをみる。
眞理「まだ飲んでないんで。よかったら」
言いながら振り返って歩いて行く眞理。
老人、眉を寄せ、カップをみつめる。
○首相官邸・玄関前(日替わり)
まばらな報道陣。
スマホ画面「いよいよ始まる総裁選!多田氏、
全国行脚で党員票を掘り起こし!志麻氏、
議員票で逃げ切れるか?」
賀来、ウンコ座りして、スマホでネッ
トのニュース記事を読んでいる。
賀来の傍、麗もしゃがんで自分のスマ
ホを操作している。
麗、スマホを賀来に差し出す。
麗「……どうでしょう?」
賀来「へい。んーっと……」
賀来、麗からスマホを受け取る。
賀来「やっほ。東雲新聞総理番ウララだよ。
今日も総理にいろいろ聞いちゃうし。出勤
月~金。無言フォローOK、フォロバする
よ!……って、もうちょっと普通でいいで
すよ。キャバ嬢みたくしなくて」
言いながら賀来、麗にスマホを返す。
麗「ええ……でもプロフィール、もっと砕け
た方がフォロワー数伸びるって言ったじゃ
ないですか……」
賀来「や、まあそうなんすけど(笑)でも、
能代さんの質問が面白いせいか、鈴村総理、
退陣決まってから、なんかホンノリ支持率
上がってきましたね」
麗「私の質問なんて関係ないですよ」
賀来「でも質問注目されてるから、能代さん
もキャップにSNSアカウント作って東雲
新聞宣伝しろって言われたんでしょ?」
麗「そうなんですけど、私こういうのホント
疎くて……」
二人の近くを機材を担いだ中年カメラ
マンと千春、通りかかる。
カメラマン「おはようウララちゃん」
麗、立ち上がって、
麗「おはようございます」
カメラマン「今日はどんな質問すんの?」
麗「それは内緒です」
無邪気な笑顔で応える麗。
カメラマンの背後、千春、麗に冷たい
視線を投げる。麗は千春の視線に気づ
いていない。
カメラマン「はは。了解。じゃよろしくー」
麗「よろしくお願いします」
中年カメラマンと千春、玄関に歩いて
いく。二人を見送る麗に、賀来がスマ
ホを持って立ち上がって、
賀来「能代さん、ちょっとこれ……」
麗「?」
麗、賀来のスマホを覗く。
○喫茶ルーズベルト・店内
スマホ画面、tsubuyaitter のニュース
速報。
見出し「多田大臣、北海道核廃棄処理予定地
視察、当日に中止。体調不良のため」
ソファ席、スマホをみている眞理。
眞理「……」
○首相官邸・首相執務室
テレビモニター、多田の体調不良を伝
える昼のワイドショー。
鈴村、リモコンを手にモニターの傍ら
に立っている。
モニター内、初老のコメンテーターと、
司会者が話している。
コメンテーター「多田大臣、総裁選に出るっ
て言ってから、公務とかこつけて、日本中
を飛び回って自分の宣伝してますからね」
司会者「これも私たちの税金ですよね?」
コメンテーター「そうですよ。過労ってこと
ですけど、ちょうどいいですよ。少しは大
人しくしてもらえるんじゃないですか?」
モニターをみつめる鈴村。
鈴村「……」
○首相官邸・エントラス内(日替わり)
まばらな報道陣。
資料をまとめている鈴村。
広報官、麗をみる。
広報官「……では最後に東雲新聞さん、何か
ありますか?」
驚く麗。
広報官、政府関係者、報道陣、麗に注
目する。
麗「……あ、では……」
千春、麗にマイクを向ける。
麗「総理、今日は鰯の日なのですが……鰯、
お好きですか?」
麗、静かに質問する。
演台の鈴村、ぼんやりした表情。
鈴村「……子持ちししゃもを、よく食べます
が、あれって鰯?」
麗「……」
麗、マイクを構える千春をみつめる。
麗「どうなんでしょう?(小声)」
千春、憮然とした顔で首を振る。
× × ×
鈴村、SP、広報官らと一緒に官邸奥
に歩いていく。鈴村をみつめる麗。
千春、麗に声を掛ける。
千春「さすがにさっきのじゃ小さ過ぎるんで
すけど」
麗「あ、すいません……」
千春、不服そうに続ける。
千春「……自分でもくだらないって思ってる
なら、無理して……ごめんなさい。なんで
もないです。お疲れさまでした」
千春、言い捨てて去っていく。
麗「……」
○新宿の街(夕)
夕暮れ間近の新宿。渋滞する大通り。
○新宿の街・ガード下周辺
人通りが少ない路地裏、スマホで電話
している眞理。
白木(声)「北海道に同行してるウチの多田
番にも聞いてみたけど、過労ってこと以外、
情報はねえな」
眞理「……そう」
白木(声)「にしても、政治部に戻されてか
らは、ずっと腐ってたのに、久しぶりにし
つこいじゃねえか?」
眞理「うるさいな」
白木(声)「もしかしてあれか?桜井が、首
相辞めることんなったネタ元、多田なの
か?」
眞理「……マナー違反でしょ。そういうの」
白木(声)「へ。よく言うよ。とりあえずこ
の件は共同戦線だ。こっちもなんか分かっ
たら連絡するから、そっちも頼むぞ」
眞理「分かってる」
○大衆居酒屋「民」・店内
テーブル席、枝豆を食べている麗。
店員(声)「いらっしゃい。一名様?カウン
ターへどうぞ」
もぐもぐしながら麗、入り口をみて、
麗「ん!」
麗の対面、生ジョッキを手にした賀来、
入り口を振り返って、
賀来「やっぱ来た」
カウンターに向かう眞理。
麗(声)「八渕さん!」
眞理、声の方を振り返る。
テーブル席で手を振る麗と賀来。
眞理「……」
時間が早く、店内は空いている。
× × ×
コップ酒を手にした真里、
眞理「総理番が、こんな時間から堂々とサボ
ってていいの?」
テーブル席の眞理。
対面に座る賀来と麗。
賀来、ジョッキを手にして、
賀来「八渕さんだって総理番じゃないすか。
総理、午後から沖縄視察出ちゃったんで大
丈夫っす」
賀来、ジョッキを飲む。
眞理、烏龍茶を手にした麗に、
眞理「今日は何の日だったの?」
麗、うつむいて、
麗「……鰯の日でした」
眞理、小さく笑う。
麗「でも、総理、多田大臣が心配なのか、元
気なかったです……」
麗、烏龍茶を一口飲む。
眞理、升からコップ酒を持ち上げて、
眞理「……番記者は、大体ついてる政治家に
情が湧くもんだけど、あんたのはまるで、
恋だね」
麗、うつむく。賀来、声を殺して笑う。
眞理、コップ酒を飲む。
麗「……恋では、ないんですけど」
眞理「いいんじゃん。政治記者としては全然
アリでしょ」
麗、押し黙る。眞理、漬物をつまむ。
賀来、ジョッキ片手に、
賀来「(真里に)八渕さん、前から聞こうと
思ってたんすけど、どうして社会部から政
治部に異動したんすか?」
眞理「したんじゃないよ。させれたんだよ」
麗、少し顔をあげる。
賀来「……やっぱあの噂ホントなんすか?桜
井前首相の国有地問題ツッコミすぎだって、
民由党から東雲に圧力あったってヤツ?」
眞理「どうなんだろねえ。私んとこには、ウ
チの政治部の部長が、君の取材力は政治部
でこそ活かして欲しいって、直々に頭下げ
にきたんだけど」
漬物をポリポリしながら眞理。
賀来「それで総理番なんて……鈴つけられた
ってことじゃないすかぁ」
口を尖らした賀来、ジョッキをあおる。
眞理「知ってると思うけど、私、出戻りだよ。
入社して最初に配属されたのは政治部。第
一次桜井内閣ん時、総理番だった」
眞理、コップ酒を一口飲んで、
眞理「でその頃から、桜井はある新興宗教団
体と不自然な会合を繰り返してた。他社の
総理番も政治記者も、もちろんみんな気づ
いてた。でもどこも記事にはしなかった。
私が記事にできたのは、社会部に異動でき
たから。政治部っていうのはそういうとこ。
書ける事と書けない事がある。ネタ元の政
治家に睨まれたら、政治記者としては使い
ものになんないよ」
賀来「……まだ大きなネタ掴んだことないか
ら分かんないすけど、政治家と距離近くな
り過ぎんのはヤバいなっては思ってますけ
どね」
麗「……」
麗、押し黙っている。
眞理、麗に、
眞理「……あんたさ、一応異動先に、政治部
希望してたんだよね?」
麗「……はい」
眞理「なんで?」
眞理、賀来、麗をみる。
麗、烏龍茶を一口飲んで、
麗「……私、政治のことは、ホント詳しくな
くて、お二人の話聞いてて、今更ですけど、
政治記者って難しいって思います。私が政
治部に希望出したのも……鈴村総理が、そ
の……ニホンカモシカに、似てるなーって
思ったからで……」
眞理、きょとんとした顔。
賀来、麗にぼんやりと、
賀来「……ニホンカモシカって、天然記念物
の?」
麗、顔がほころんで、
麗「そうです!日本書紀にも、カモシカって
記述があるんですよ!」
賀来「鈴村総理、そんなスポーティすか?」
麗、スマホを取り出し、検索しながら、
麗「カモシカって、シカってついてますけど、
ウシの仲間なんですよ。ほら……」
麗、ニホンカモシカの検索画像を賀来
にみせる。
賀来「わ。ホントだ。似てる」
麗「でしょ?目とかもうホントそっくり……」
眞理、うつむく。
麗、早口になって
麗「富山にはカモシカ園ていうのがあって、
よく取材にも行ってたんですけど、国定公
園の山を取材してたら、一度だけ、野性の
ニホンカモシカに遭遇したんです!人間じ
ゃ、とても立つことなんて出来ない急な斜
面に、しっかりと立って、反芻しながら私
をみてたんです。時間にしたら、十秒もな
かったかもしれないです。そおっと写真を
撮ろうとしたんですけど、斜面を軽やかに
駆け降りてっちゃったんです……」
うつむいた眞理、小さく震え出す。
麗、うっとりとした顔で、
麗「私の声に、鈴村総理が初めて反応して少
し笑ってくれた時、まるであの時のニホン
カモシカが、微笑んでくれたみたいで……」
賀来「それはキュンとしてもしょうがないっ
すね」
麗の顔が赤らむ。
麗「……はい」
眞理から押し殺した笑い声が漏れてく
る。麗、賀来、真里をみる。
眞理「……ククククッ、アハハハハッ!」
笑い転げる眞理。
賀来「やホント似てますって。八渕さんもみ
てくださいよ」
麗「あ反芻してる動画もあります!」
眞理「いい!もうやめて!お腹痛い……」
真里、涙を拭きながら、
眞理「……あんた達、面白いね」
賀来「あざす」
麗「ありがとうございます」
眞理「や別に、褒めてはないんだけど」
眞理、コップ酒を手にして、
眞理「(賀来に)ここ、陽光の接待費で落と
してくれる?」
賀来「え?俺まだそんな経費もらえてないす」
眞理「落としてくれるなら、二人に、鈴村の
いいネタ教えてあげる」
麗「!」
賀来「マジっすか!なら落としますっていう
か、俺自腹で出します!」
眞理「でもこれ、鈴村のこと好きならショッ
クかも(麗をみて)どうする?」
麗、ためらいながらも眞理をまっすぐ
みつめる。
麗「……私も一応、新聞記者です。知りたい
です」
賀来「や飲み代出すの、俺っすけどね」
眞理「よし」
眞理、コップ酒を飲み切る。
眞理「河岸変えよ。次は私出すよ」
○歌舞伎町の街、実景(夜)
夜の街を行き交う人々。
新宿、歌舞伎町のゲート。
○歌舞伎町公園
歌舞伎町の中の猫の額程の小さな公園。
ベンチに座る眞理、傍らに立っている
賀来と麗、コンビニ珈琲のテイクアウ
トカップを手にしている三人。
眞理「鈴村、総裁選に多分出る」
麗・賀来「え!」
眞理「ウラ取りきれなかったけど、多田孝介
の体調、多分、過労どころじゃない。告示
直前で、体調を理由に辞退して、鈴村を推
薦するんだと思う」
眞理、珈琲をすすって、
眞理「多田の体調のことはちょっと前から、
小耳には挟んでたんだけど、総裁選発表さ
れてから、ガードが固くなっちゃった。も
っと早く動けばよかったな……」
賀来「……ということは、今大臣が積極的に
動いているのは、鈴村総理が総裁選で勝つ
ためってことっすか?」
眞理「おそらくね」
眞理、立ち上がって、ゴミの溢れ出し
た公園のゴミ箱に歩き出す。
麗、眞理に振り返って、
麗「鈴村総理が、そうさせてるんですか?」
眞理「それは分かんない。ただ民由党を昔か
ら指示する団体とのパイプ役は鈴村だよ。
あの男は地味にみえるけど、結構ヤバイと
ことも繋がってる」
ゴミ箱付近、眞理、立ち止まる。
眞理「桜井派が民由党で力を持つようになっ
たのは、国内の政府利権を狙う外資系企業、
カルトまがいの宗教団体との繋がりを強め
ていったから。多田は、櫻井派は保守を装
って実際日本を切り売りしてるって批判し
てる」
眞理、珈琲を飲みきる。
眞理「鈴村は、結果民由党の利益になるなら
ってスタンスで、桜井派が好き放題やるの
も気にしてない感じだったけど、今回は、
多田にほだされたんじゃん」
眞理、テイクアウトカップをゴミ箱に
捨て、賀来に向かって、
眞理「もう時間ないかもしんないけど、今か
らでもウラ取れるんなら記事にしてもらっ
ても全然いいよ。このネタ、別に誰が記事
にしようと構わないから」
賀来「……でも、今記事にしたら、桜井派に
有利になりませんか?」
眞理「そうだね」
賀来「いいんですか?」
眞理「何が?」
賀来「だって八渕さん、桜井のこと……」
眞理「桜井も鈴村も、多田も、民由党だよ。
誰が党首になろうがどうでもいい」
眞理、麗に向かって、
眞理「あんたは鈴村が総理のままのがいいん
じゃない?」
麗、あからさまに作った笑顔で、
麗「……そうですね」
眞理、作り笑顔に気づき、
眞理「違うの?」
麗、笑みが消える。
麗「……すいません。本当に私、政治のこと、
全然分かってないんですけど、私個人とし
ては、日本の総理大臣にはそろそろ女性に
なって欲しいって思ってます」
眞理、意外な顔。
賀来「そうなんすか?じゃ志麻礼子?」
麗「……そうなっちゃいますけど、志麻さん
のおっしゃってる伝統的家族観には疑問を
持っています。あと移民に関してネガティ
ブな事にも。富山で農家や建築業で働いて
る海外の人達を取材したんですけど、もう
彼らをただの労働力としてだけ考える事は、
限界だと思います……」
麗、珈琲を一口。賀来も一口。
賀来「多田孝介は、昔から夫婦別性も支持し
てるし、移民受け入れも緩和すべきって考
えですけどね」
麗「はい。でもどちらも閣僚になってからは、
その辺りの問題、意見は控えてますよね。
環境政策も共感は出来ますが、ちょっと理
想主義的な気もします」
賀来「鈴村総理は、何もかも現状維持のまま。
どの問題も先送りっすからねー」
麗「財務省出身ですけど、経済政策も、この
円高じゃ打つ手も限られてますしね……」
麗、賀来、二人共渋い顔。
眞理、含み笑いして、
眞理「……あんた達、面白いね」
麗、賀来、眞理をみる。
眞理、麗に向かって、
眞理「全然政治のこと分かってんじゃん」
麗、恐縮して、
麗「そんなことありません!。八渕さんや、
賀来さんに比べたらぜんぜん……」
眞理「充分。むしろ、それ以上知る必要なん
てないよ。政治はさ」
眞理、夜の歌舞伎町を行き交う人々を
眺める。
眞理「政局なんて、ホント、私たちにはどう
でもいいよ……」
麗、賀来も人々を眺める。
麗「……」
賀来、苦笑いして、
賀来「……明日俺、多田大臣の地元の仙台、
ちょっと行ってみます。八渕さんが言う通
り、政局報道なんて、ホントどうでもいい
とは思うんすけど、ダメっすね。政治記者
って。俺、なんかワクワクしてます。でっ
かいネタ掴めるかもしんないって。マウン
ドに立つ前の感覚、なんか思い出しました」
眞理、賀来に微笑む。
眞理「さすが陽光。ウチと違って正しい政治
記者に育ってるねえ」
賀来、いたずらっぽく笑って。
賀来「あざす」
麗、唇を噛む。
麗「……私も、政治も、政局ももっと勉強し
ます」
眞理、賀来、麗をみる。
麗、鼻息荒く、
麗「私も、政治記者ですから」
微笑む眞理。
○日空ホテル沖縄・外観
夜更けの静かな日空ホテル沖縄。
○同・ツインルーム室内
薄暗い室内。
スマホで通話するガウン姿の鈴村。
多田(声)「ご心配お掛け致しました」
鈴村「……本当に大丈夫?」
多田(声)「大丈夫です。自分で動けるうち
に、出来ることは全てやらないと……」
鈴村「……」
× × ×
鈴村、窓から暗い海を眺める。
海の上には、満月から少し欠けた月。
○国会・外観(日替わり)
閉会中の静かな国会議事堂。
○同・衆議院玄関前
国会をバックに、国会牛乳を飲む麗。
麗、玄関の段に座り、スマホをスクロ
ールしている。
麗の傍らには、国会牛乳と議員名鑑。
スマホ画面、tsubuyaitter 画面、政治
系アカウントの総裁選に関する呟き。
麗「みんな詳しいな……」
麗、スマホをスクロールして、
麗「あ、動画もある……」
○道路・那覇空港付近
歩道に米軍基地建設反対のプラカード
を持った人々と警官隊。
車道に黒塗りのハイヤーが通る。
○ハイヤー内
後部座席の鈴村、窓のカーテンを少し
だけ開け、プラカードを眺める。
○国会・衆議院玄関前
麗、有線のイヤフォンでスマホを食い
入るようにみつめている。スマホ画面、
ホワイトボードを使って総裁選の解説
をする政治系ユーチューバー。
政治系ユーチューバー「このように、鈴村が
日本をダメにしたのです!多田孝介では役
不足です!みなさん!総裁選では、志麻礼
子さんを総理にし、この国を!ニッポン
を!再び我々の手に取り戻しましょう!」
眉間にしわが寄る麗。
○新宿ゴールデン街(夕)
夕暮れ時の細い路地。
○BAR「モリスン」・店内
時間が早く空いている店内。
カウンター内、ジムさんは丸椅子に座
って、煙草を手に文庫本を読んでいる。
カウンター席、眞理と緒方。緒方はア
ロハで色付き眼鏡。一つ席を空けて隣
あって座る二人。客は二人だけ。
ロックグラスを手にした眞理。
眞理「……いいんですか?こんな時間から」
ビールグラスを手にした緒方。
緒方「逆に今のうちぐらい、いいでしょ?」
緒方、ビールを一口飲んで、
緒方「あーあ。やだな解散……またいろんな
とこがうるさくてさ。ねえ八渕さん、どっ
ちが勝つ総裁選?志麻礼子?多田孝介?」
眞理「……どっちがいいんですか?」
緒方「そりゃ志麻さんだよ。対立軸作りやす
いから、こっちもまとまりやすいしね。で
も多田くんでも全然いいよ。まだ彼、若い
から。脇が甘い」
緒方、ビールを飲む。
緒方「まぁこっちとしては鈴村総理が辞めて
くれるのがありがたいね。ああいうのが、
一番攻めづらい。中身無いから」
緒方、眞理に向かって、
緒方「……大丈夫だよね?鈴村総理、まさか
総裁選、出たりしないよね?」
眞理「……私に聞かれても、何も知りません」
緒方「またまたあ。多田くんのお母さん、最
近検査入院したみたいよ。移植手術、近い
んじゃないかな?」
眞理、緒方をほんのり睨む。
緒方「書いちゃってよ。仕組まれた総裁選、
多田出馬すると世論を煽り、鈴村を再び総
裁に据えるシナリオってさ」
眞理「それオフレコですよね?改進党、緒方
代表によるとって書いていいんなら、書き
ますけど」
緒方、微笑んで、
緒方「新聞てめんどくさい。確かに週刊誌に
持ち込んだ方が、コスパいいや」
眞理「与党もクソだけど、野党もクソですね」
眞理、ロックグラスを傾ける。
緒方「わ。それ、面と向かって言われるの、
初めてだ(笑)」
○首相公邸・外観(夕)
公用車が連なって敷地に入っていく。
○同・玄関前
そこそこ集まった報道陣。
千春、テレビカメラマンの傍らで、ガ
ンマイクを構えている。
麗、スマホを構えている。
停車した公用車から降りる鈴村、小さ
なトランクを下ろし、取っ手を伸ばす。
数人の記者、鈴村に声を掛ける。
記者H「総理、おかえりなさいませ!」
記者I「お帰りなさい総理!」
麗、スマホにメモを取る。
スマホメモ「17時18分、公邸着」
鈴村、駆け寄るSP達を手で制し、報
道陣を見回して、
鈴村「……すいません。東雲新聞の、能代さ
ん、いらっしゃいますか?」
麗、ハっとする。
報道陣、麗をみる。
記者J「……なんだ?」
記者K「……こんなの予定にないよな」
麗、鈴村に向かって、手をあげ、
麗「……います」
鈴村、穏やかに麗を眺める。
千春、急いでガンマイクのブームを伸
ばし、鈴村に向ける。
鈴村「……先日、お答えできなっかった質問
覚えてらっしゃいますよね?」
麗、黙って頷く。
鈴村、小さく頷いて、
鈴村「やっぱり出ます」
報道陣、驚きの声が上がる。カメラの
シャッター音、フラッシュが激しく。
鈴村、穏やかに麗をみつめる。
鈴村の目の奥、笑っていない。
麗、鈴村の目をみて体が固まる。
千春、麗にマイクを向ける。
麗、言葉が出ない。
麗以外からシャウティングの嵐。
記者L「総裁選に出馬するんですか!」
記者M「なぜですか総理!」
記者N「なぜ突然出馬することになさったん
でしょうか!」
鈴村、報道陣に向かって、
鈴村「明日にでも記者会見を開きます。今日
はこちらで失礼いたします」
鈴村、SPと共に公邸の玄関に入る。
バタつく報道陣の中で、立ち尽くす麗。
千春、ヘッドフォンを外し、麗に、
千春「どうして自分で、さら問いしなかった
んですか?」
麗「……」
麗、黙っている。
千春は溜め息をこぼし機材を片付ける。
○新宿ゴールデン街・路地(夜)
路地の片隅、スマホで通話する眞理。
眞理「……ネットで速報流れてたよ」
麗(声)「……早いですね」
眞理「言った通りだったでしょ?」
麗(声)「……はい」
眞理「まあでも、あなたもお手柄じゃん。総
理から、逆に呼びかけられる総理番なんて、
今じゃなかなかいないよ」
麗(声)「……」
眞理「どうしたの?さっきから声、暗くな
い?」
麗(声)「八渕さんから聞いてはいましたけ
ど、ちゃんと聞かなきゃって思ったんです」
眞理「?」
麗(声)「どうして総裁選、やっぱり出るこ
とにしたんですかって、さら問いしなきゃ
って……でも、出来ませんでした」
眞理「……なんで?」
○永田町・歩道
報道陣、報道車両が集まっている永田
町、国会付近。麗、喧騒から少し離れ、
スマホで通話している。
麗「……なんでなんでしょう?」
麗の背後、下からライトアップされ、
薄暗く不気味にそびえ立つ国会議事堂。
○BAR「モリスン」・店内
眞理、入り口から入ってくる。
カウンター席、緒方、
緒方「おかえり。長かったね」
眞理、緒方の隣に、一つあけて座る。
緒方「仕事の電話?」
眞理「いえ。恋バナです」
緒方「そりゃ長いね……」
○原宿外苑公園(日替わり、朝)
朝、木漏れ日の中、散歩する人々。
○同・ベンチ
陽光新聞の一面記事。
見出し「多田環境大臣総裁選断念!鈴村現総
裁支持を表明!」
小見出し「肝炎悪化、肝硬変の兆候。年内、
母親より生体肝移植手術を予定」
ベンチで新聞を読んでいる眞理。
眞理「……」
老人(声)「びっくりしたねえ」
眞理、新聞から顔を上げる。
杖をついた老人、眞理と同じベンチに
座っている。
眞理の傍、珈琲のテイクアウトカップ。
老人「ウチ、陽光新聞だからさ。今朝みて驚
いたよ。テレビでもやってたけど、陽光の
特ダネみたいだね」
眞理、新聞を畳みながら、
眞理「……総裁選は、志麻礼子ですかね」
老人「まあ、鈴村よりはマシだろうね。やっ
ぱりお嬢さんも、女性だから志麻礼子がい
いのかい?」
眞理「……」
眞理、新聞を置き珈琲を手に取って、
眞理「……民主主義ってめんどくさいですね」
老人、きょとんとする。
眞理、珈琲をすする。
老人「……まあねえ」
老人、少し考えてから、座り直し眞理
に上半身を向ける。
老人「でもお嬢さん、めんどくさくても、い
ちいち考えて、いちいち意見言ってかない
と。手っ取り早く考えちゃ絶対ダメだよ。
政治家ってのはなんでも手っ取り早くやろ
うするからね。戦争する国ってのは、めん
どくさい事やらなくなった国がするんだよ。
今のどっかの国もそうだし、昔の日本もそ
うだったよ。でも近頃の投票率の低さじ
ゃ、もう日本は民主主義無理なんじゃない
かと私は思うよ。投票率が低いとね……」
老人、延々と話し続ける。
眞理「……(失敗したぁと心で舌打ち)」
眞理、観念して珈琲をすする。
○首相官邸・外観
秋空の下、報道陣で溢れる首相官邸。
○同・玄関前
千春、カメラマン、アナウンサー、忙
しそうに撮影の準備をしている。
麗、喧騒から離れて、報道陣をボンヤ
リ眺めている。
寝癖のついた賀来、国会牛乳コーヒー
味とフルーツ味を手に麗に近づく。
賀来「ちいっす」
麗「あ、おはようございます!すごいじゃな
いですか賀来さん!陽光、特ダネ!」
賀来、苦笑い気味にふたつの国会牛乳
を麗に差し出す。
賀来「どっちがいいすか?」
麗「え、いいんですか?」
賀来「能代さんのがすごいすよ。総理に、逆
に呼びかけられたんでしょ?」
麗「いや……そんなことないです」
賀来「まあまあ。お祝いっすから。お互いの」
麗「……じゃあ、こっちで」
コーヒー味を指す麗。賀来が渡す。
麗「ありがとうございます……」
× × ×
官邸敷地内、端っこの壁際で並んで国
会牛乳を手にした麗と賀来。
麗、驚いて、
麗「え?じゃあ賀来さんがウラ取りしたんじ
ゃないってことですか?」
賀来「……自分が仙台で取材中、ウチの政治
部に、多田孝介の事務所から直接連絡あっ
て、逆にあそことあそこに取材に行けって
指示されました。父親の多田大介も、肝臓
やられて亡くなったんすけど、家族と誰も、
血液型が適応しなくて、移植、できなかっ
たみたいです。今回の移植手術、多田大介
の奥さん、多田大臣の母親の、たっての希
望だそうっす」
麗、国会牛乳コーヒー味を一口飲んで、
麗「……でも、どうしてわざわざ陽光に?総
裁選までもう少しあるじゃないですか?」
賀来「今週末、週刊誌にも出るみたいなんす
よね。そっちはもっとネガティブな感じで。
悩んだ末に断念とかじゃなく、最初から出
ないつもりで、鈴村総理への票集めを狙っ
た仕組まれた総裁選!。みたいな感じで。
そっちで騒がれる前に、公表した方がいい
ってことっすね。多田大臣も、鈴村総理も」
賀来、国会牛乳フルーツ味を飲む。
麗「……だから総理も、私をわざわざ探して
自分から」
賀来、冷めた眼差しで玄関付近の報道
陣を眺める。
賀来「……お互い、うまく使われちゃったの
かもしれないっすねー。政治家に」
麗、唇を噛みしめる。麗の向いている
先に、秋空にそびえ立つ国会議事堂。
麗「……」
麗、腰に手をあて、国会牛乳コーヒー
味を一気に飲み干す。
賀来、少し驚いて、麗をみる。
麗、首相官邸に振り返る。
麗「……利用されたって、なんだったいいで
す。ちゃんと私達、国民のために働いてく
れるんなら!」
麗、鼻息が荒い。
賀来「……(少し笑って)そっすね。じゃち
ゃんと、見張っとかなきゃダメっすね」
賀来、壁から離れる。
賀来「(麗に)そろそろ行きますか?」
麗「(賀来に)はい」
首相官邸の玄関に歩き出す二人。
賀来、歩きながら、
賀来「あ、そいや、能代さんのSNS、燃え
てません?」
麗、歩きながら、うつむ気味に、
麗「……志麻さん応援してる動画のこと、ち
ょっとだけ、どうかな?って呟いたら、と
んでもないことになっちゃって……」
賀来「結構、負けずに言い返してますよね
(笑)」
○料亭「昭月」・座敷内(日替わり、夜)
座敷で差し向かう桜井と志麻。
桜井、腕を組んでいる。
志麻、正座して頭を少し下げる。
志麻「誠に申し訳ありません。私の配慮が至
りませんでした」
桜井「いやあ……志麻さんだけじゃありませ
ん。私もすっかりやられました。同情票も
あるでしょうが、多田先生が派手に動いて
る間に、気づいたら、財界、支援団体、無
派閥議員、あらかた鈴村総先生に、抑えら
れていました……鈴村先生、相変わらず迅
速なお仕事ぶりです」
志麻「……」
桜井、腕を解いて志麻を見据える。
桜井「……どうされますか?志麻先生」
志麻、穏やかに、
志麻「……私に、選択肢がございますか?」
桜井、頭を下げる。
桜井「申し訳ない」
志麻、頭を下げた桜井の向こう側を、
真っすぐ見据える。
志麻「私は、勝てる見込みがなくとも総裁選
に出続けます。常に前へと進み続ける以外
に、私に出来ることはございません……」
○夜空
欠けてはいるが、かろうじて丸い月。
○首相公邸・総理の部屋、室内
ウィスキーが少し入ったバカラグラス
を手にした鈴村、窓から月を見ている。
ターンテーブルの上、回るレコード。
『シクラメンのかほり』が流れている。
○国会・院内閣議室内(日替わり)
国会議事堂内の院内閣議室。
テロップ「一ヶ月後」
席についた閣僚の面々。
その一つに座っている志麻。
鈴村も席の一つに座っている。
志麻「では、皆様、異論はないということで」
○同・衆議院議場内
国会の衆議院議場議長席、解散詔書を
手にして、起立した衆議院議長。
議長「……日本国憲法第七条により、衆議院
を解散する」
議員席、議員Aひとりが叫ぶ。
議員A「バンザーイ!」
議員全員が叫ぶ。
議員全員「バンザーイ!」
○走る電車・車内。
つり革につかまる眞理、流れる車窓、
街の景色をみつめている。
眞理の耳にはBluetooth イヤフォン。
議員全員(声)「バンザーイ!」
○国会・衆議院議場内
議員席、鈴村と志麻、並んで万歳する。
議員全員「バンザーイ!」
議員席、二人から離れた位置にスーツ
姿の緒方、万歳しつつ鈴村を睨む。
○同・衆議院玄関前
たむろしている報道陣達。
停車している番車の助手席、スナック
菓子を頬張り漫画雑誌を読む白木。
ジャンケンする麗と賀来。
麗がグー。賀来がチョキ。
麗「やった」
賀来「うわー。将棋の日だけは、自分が聞き
たかったっす……」
麗「すいません」
× × ×
玄関の辺りに待機する報道陣、総理番。
麗、賀来も待機しながら、
賀来「そういや能代さん、最近SNSやって
ませんね」
麗、少し膨れて、
麗「なんか、総裁選の間、志麻さん支持する
アカウントと言い合いしてたら、急に私の
アカウント、使えなくなっちゃったんです」
賀来「それBANされたんすよ(笑)」
麗、きょとんとした顔。
麗「……なんですかそれ?」
総理番の誰かがささやく。
総理番(声)「総理が来るぞ」
報道陣達、身構える。
衆議院玄関から鈴村が出てくる。
カメラのシャッター音、フラッシュ。
スマホメモ「国会発11時48分」
麗、総理番達スマホにメモを取る。
鈴村、公用車に乗り込む。
番車の後部座席に通信社の番記者が乗
り込み、助手席の白木が大きなあくび
をする。
走り出す、鈴村を乗せた公用車。
続いて走り出す番車。
続いて一人、また一人と総理番たちが
番ダッシュ。
メッセンジャーバックを背負って走る
賀来。
真っ白なスニーカーで走る麗。
〈了〉
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