「おじさん天使」
〈登場人物〉
太田仁也(27)コンビニ店員
拓斗(14)中学生
井村(45)おじさん天使
佐藤(44)おじさん天使
店長(46)コンビニの店長
客
〇コンビニ・店内(夜)
太田仁也(27)がレジで客と何やら言
い合っている。
仁也「だからフォークは三円ですんで」
客「はあ? 無料じゃないのかよ?」
仁也「有料になったんです。嫌ならマイフォ
ーク持参でお願いします」
客「そんなもん持ち歩けるか!」
客、レジ台を蹴って、去って行く。
仁也、密かに舌打ち。
店長「おい、太田!」
仁也「はい」
店長「お客さんにはもう少し丁寧に言えよ」
仁也「これでも丁寧にしてるつもりですけど」
店長「(溜息)つもりってのはしてないのと
同じなんだよ。本当に思ってるなら『丁寧
にしています』と断定してこそだろうよ。
分かる?」
仁也「……」
店長「もういい。レジは俺やるから、ゴミ捨
てて来い」
仁也「(不服だが)はい」
渋々裏へ行く。
〇同・道(夜)
ゴミ袋を持って出て、ぶつぶつ文句を言
いながら歩く仁也。
仁也「偉そうに言いやがって……」
と、溜息して夜空を見る。
仁也「本当は、こんなはずじゃなかったのに
な……」
と、前を向くといつの間にか拓斗(25)
が立っている。
拓斗「こんにちは」
仁也「誰……?」
拓斗「誰でもいいんだ」
仁也「え」
拓斗「誰でもいいから死んで欲しい」
よく見ると拓斗の手には包丁が。
仁也「(焦り)いや、ちょっと待って」
拓斗「僕がこの世に存在した証になって?」
ゆらゆらと近づいてくる拓斗。
仁也「え、え、ちょ、え……」
仁也、どうしようかと目が泳ぐが体が金
縛りにあったように動かない。
そうこうしているうちに拓斗がドンと体
ごとぶつかってくる。
仁也、持っていたゴミ袋を落とす。
〇暗転
仁也M「嘘だろ、俺、こんな事で死んじゃう
うの? なあ、絶対嘘だよ、まだやりたい
事何もやってないじゃんか……。なのに、
こんなあっけなく、嘘だ……」
〇お花畑あるいは芝生
の上で目を覚ます仁也。
何処からか、おじさん達が楽し気に花い
ちもんめをしている声。
天使のような白い服装に、花冠を頭に乗
っけた井村(45)と佐藤(44)であ
る。
井村「あの子が欲しいっ」
佐藤「あの子じゃわからんっ」
キャッキャとはしゃぐ佐藤と井村。
仁也、寝ぼけ眼でやって来て、
仁也「あの、すいません」
井村・佐藤「ワッ!」
仁也「あ、いや、驚かせるつもりなかったん
ですけど、その……」
井村・佐藤「……?」
仁也「ここって何処ですか?」
井村「(佐藤に)やだ、この子、自分が死ん
じゃったって分かってないんじゃない?」
佐藤「えーそうなの?」
井村「そうよ、きっとそうよ」
仁也「……やっぱり死んだんですか、俺」
佐藤「何だ。記憶あんじゃないの」
仁也「はい。中学生くらいの子にぶすっと刺
されたんです。突然」
井村「あーはいはい、そっち系ね。ドンマイ」
仁也「ドンマイって」
佐藤「もういいじゃない天国に来ちゃったん
だから刺されようがどうしようが」
仁也「天国……? ここが?」
佐藤「そう。ここがザ・天国!」
仁也「何か、ちょっとイメージと違いますね」
井村「どんなイメージしてんのよ。童話の見
過ぎよ」
佐藤「ねー」
井村「ねー」
仁也「あなた達も死んじゃったんですか?」
佐藤「は? 私達は天使よ、天使の佐藤」
井村「同じく天使の井村です」
仁也「おじさん達が天使……?」
佐藤「わー今、嫌な事さらっと言った!」
井村「おじさんって言った!」
仁也「すいません」
佐藤「天使って本当は皆こんなだからね?」
仁也「そうなんですか……?」
佐藤「そうよ。ねー」
井村「ねー」
仁也「すみません、何か、酷い事言っちゃっ
て、心から謝罪します……」
頭を下げる仁也。
井村「やけに素直ね」
佐藤「気持ち悪っ」
仁也「だって天使なら俺を生き返らせる事だ
って出来るかと思って」
佐藤「そりゃ当然出来るわよ」
仁也「ほんとですか! 良かったあ……」
井村「何? あんたそんな生き返りたいの?」
仁也「もちろん、生き返りたいですよ!」
佐藤「何でよ、生きてたって楽しい事なんて
ないって感じだったじゃない」
仁也「知ってるんですか? 俺の事」
井村「見てたわよ。死んだ魚みたいな目して
コンビニでバイトしてたわよね」
仁也「見られてますね、がっつり」
佐藤「なのに生き返りたいって変わってるわ
よねえ」
仁也「だって俺、まだやりたい事やれてなく
て……。それで死んじゃうなんて……」
井村「やりたい事? 何よ?」
仁也「聞きますか」
井村「生き返らせるかどうか、それなりに事
情聴取しなきゃね」
仁也「でもきっと笑いますよ」
佐藤「笑わないから言ってみ?」
仁也「その、えと、監督です……。映画監督」
井村と佐藤、キャッハッハッ! 大笑い。
仁也「笑わないって言ったじゃないですか!」
佐藤「やだ、つい」
仁也「まあ、無理ですけどね。無理って知っ
てたから何もやらなかったんですけどね」
井村「あんたさあ、何もやらないうちから決
めつけてどうすんのよ」
佐藤「そうよ。笑っちゃったけど、でも人に
笑われるくらいのでっかい夢じゃないと本
物じゃないわよ」
仁也「本物……」
佐藤「本物なんでしょ、あんたのそれは」
仁也「はい。本物だからこそ、やらなかった
んです。怖くて……」
井村「あるあるよ、一番好きな子に告白しな
いで二番目くらいで自分を満足させようと
しちゃうその心理。人間あるあるよ」
仁也「あるあるなんですか……」
佐藤「そ、思い当たるでしょ?」
仁也「はい、まさに……。俺、ずっと二番、
いや、九番目くらいの子で満足しようとし
てました。好きでもないのに……。惰性で
ずっと抱いてるような日々でした」
井村「最低ね」
佐藤「このクズ!」
仁也「最低ですよ、クズです……」
井村「けど、こうなってやっと自分の心に素
直になれたってわけだ?」
仁也「死んでからやっとですけどね……」
佐藤「(井村に)ねえ、どうする?」
井村「生き返らさせてもいいけど条件がある」
仁也「条件?」
井村「戻ったら必ず映画監督を目指す事。そ
してその夢が叶うまで諦めない事。出来
る?」
仁也「そうするつもりです……」
井村「つもりって何よ、ちゃんと言いなさい」
仁也「……やります! 今度は絶対に!」
井村「ほんと? 約束よ?」
仁也「はい! 絶対、約束します!」
井村「いいわ」
佐藤「いいの?」
井村「ええ、この子の本気を信じてみたいの」
佐藤「ま、いいわ。信じてあげる」
仁也「ありがとうございます!」
井村「でもこれからが大変よ」
仁也「覚悟はしてるつも……してます!」
佐藤「(笑み)そ。じゃあ、目を閉じて」
はい、と仁也は目を閉じる。
井村の声「頑張んなさいよ? せーのっ!」
〇道(夜)
パッと目を開ける仁也。目の前から包丁
を持って突進してくる拓斗。
仁也「え、ここから!?」
仁也、ゴミ袋を投げて、間一髪ですり抜
ける。
拓斗「(キッ)!」
もう一度、仁也に向かって来る拓斗。
仁也「ちょ、ちょっと待って!」
拓斗「ダメだ、僕が生きた証になって!」
包丁を振りかぶる。逃げる仁也。
仁也「やめろって! やめろ!」
仁也、拓斗の手首を掴んで包丁を取り上
げようと、取っ組み合いになる。
拓斗「殺す殺す殺す殺す! 殺して僕の存在
を世間に知らしめるんだ!」
仁也「そんなの間違ってる!」
拓斗「うるさい!」
仁也「こんな方法じゃなくて、もっと明るい
方法があるだろ!」
と拓斗から包丁を取り上げる。
拓斗「(あっ……)返せ!」
仁也、包丁を捨てる。
仁也「こんなもの使わなくても、俺が、君に
光を当てる……。君がここに居るって証明
してやるよ!」
拓斗「(フン)そんなの、無理に決まってる。
口から出まかせだ! 大人は皆そうだ!」
仁也「俺は本気だ! もう後悔したくないん
だよ。おじさんとも約束したし……」
拓斗「……?」
仁也「(微笑み)俺も君と同じなんだよ」
拓斗「(怯えながら睨む)……」
仁也「だから、さ……」
仁也、ゆっくり手を差し伸べる。
差し伸べられた手を見つめる拓斗。
仁也「一緒に――」
(了)
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