※登場人物
増山健二(22) 会社員
増山公造(55) 健二の養父
増山英子(53) 健二の養母
影山洋二(42) 児童養護施設職員
課長
〇増山家・1階台所(夜)
食卓には沢山のごちそうが並んでいる。
その食卓を囲む増山公造(55)と増山英子(53)、増山健二(22)。
3人ともビールの入ったグラスを持って、
公造「健二、内定おめでとう!」
英子「おめでとう」
健二「ありがとう」
乾杯をする3人。公造、ビールを呑み干して、
公造「ついにお前も社会人か。しかもあの博王堂に決まるとはな」
英子「国大に合格した時もビックリしたけど、本当すごいわ、健ちゃん」
公造「いや、俺はお前なら出来ると思ってた。何たって俺の子だからな」
健二「叔父さん、叔母さん、本当に今までありがとうございました」
公造「バカ!俺の子だって言ったろ?お父さんとお母さんだ」
公造、笑いながら言う。
健二「そうだね」
英子「頑張ってね!」
健二「ハイ!」
〇同・2階健二の部屋(夜)
真新しい背広がハンガーで吊るされている。
健二、風呂上りの寝間着姿で入ってくる。
ベッドに寝転がり一息つく。
枕元の近くに家族写真が立てかけられている。
その写真には父と母らしき男女と小さい兄弟が写っている。
健一、ふとその写真に目をやる。
〇同・1階寝室(夜)
公造と英子、布団を敷いて寝る準備をしている。
英子「ねえあなた、今度もお兄さんに報告しないの?」
公造「するかよ!刑務所に手紙出せってのか!」
英子「でも実の父親よ。内定決まったって伝えれば喜ぶんじゃない?」
公造「実の父親が実の息子を殺すか?健二の父親は俺で母親はお前だ。あいつは父親でも俺の兄
貴でもない、赤の他人だ」
公造、横になって布団を被る。
公造「それからなお前、健二に言っとけよ。部屋にあの写真飾っとくんじゃないって」
英子「言ったわよ何度も。でも兄のこと忘れたくないからって。写ってる唯一の写真だし…」
公造「ったく!」
公造、頭から布団を被って寝る。
〇博王堂・高層ビル・外観
T「数か月後」
〇同・オフィス
神妙な面持ちで課長デスク前に立っている健二。
課長「ちょっと聞いて確認しとけば防げたようなミスが多いんだよ」
健二「はい…すみません」
課長「まわりとコミュケーションが足りないんじゃないか?昼休みだって、いつも一人で飯食っ
てるし」
課長「はい…」
課長「職場の人間と話せないヤツが、お客様と話しなんか出来るようにはならないぞ。信用だっ
てしてもらえないしな」
健二、自分のデスクに戻る。
まわりにいる同じ課の社員たち、チラチラと健二の様子を気にするも誰も話しかけない。
〇増山家・2階健二の部屋(夜)
健二、左手首にカッターの刃を当てながら写真を見ている。
健二、なかなか手首が切れず苦しんでいる。
〇同・1階寝室(夜)
公造と英子が寝ている。
すると健二の悲鳴が聞こえてくる。
公造と英子、目が覚めて起き上がる。
〇同・2階健二の部屋(夜)
部屋の扉ごしに公造が声をかける。
公造「健二どうした?開けるぞ」
公造、扉を開ける。健二が左手首から大量出血し、もがき苦しんでいる。
公造「な、何やってんだ!英子大変だ!救急車!」
床には血のついた写真が落ちている。
〇病院・病室(夜)
ベッドに寝ている健二。点滴を打たれ、左手首に包帯を巻いている。
その傍で公造と英子、心配している様子で健二を見ている。
そこへ病室の扉が開き、影山洋二(42)が入ってくる。
公造「あ、先生。すいません、こんな夜中に」
影山「いいんですよ。容態は?」
公造「ええ意識はまだですが、大丈夫だそうです」
影山「そうですか…良かった」
公造「本当申し訳ございません、これは我々の責任です。保護者でありながら…」
影山「いえ、そんなことは」
公造「こいつ、家では愚痴ったりとか何にも言わないから、まさか悩んでたとは…」
英子「ちゃんとこの子の話聞いてあげればよかったです」
影山「お父さんお母さん、どうかご自身を責めないで」
英子、健二が見ていた写真を取り出して、
英子「あの子、この写真また見てたようなんです」
影山「(写真見ながら)やっぱりお兄さんのこと忘れられないんですね」
公造、英子から写真を奪う。
公造「いつまでもこんなもの持ってるからしんどくなるんだ!」
公造、写真を破ろうとする。
英子「やめて、あなた!あの子の大事なものよ!」
影山「落ち着いて。私が健二君と話してみます」
影山、公造から写真を受け取り胸ポケットにしまう。
すると健二、目を開けて意識が戻る。
英子「健ちゃん!」
公造「大丈夫か!ほら影山先生も来てくれたぞ」
影山「健二君、大丈夫?」
健二「せ、先生…叔父さん、叔母さん…」
公造「それやめろって言ったろ。俺たちはお前の親だ」
健二「父さん、母さん、ごめんなさい…俺とりかえしのつかないことしちゃった…」
影山「私から会社にはちゃんと話しておくから。気にしないで今はゆっくり休みなさい」
公造と英子、泣いている。
〇同・屋上(朝)
青空が広がるよく晴れた朝。
健二、入院着姿でベンチに座りボンヤリしている。
そこへ影山がやってくる。
影山「おはよう。もう大丈夫?」
健二「あ、おはようございます。明日にも退院出来るみたいです」
影山「それは良かった。いい天気だな今日は」
影山、健二の横に座る。
健二「先生」
影山「ん?」
健二「あの…」
影山「ああ、会社のこと?さっき課長さんと電話で話したよ。病気療養で休職中ということにし
てくれるそうだ。職場には自殺未遂とは誰にも言わないって。復帰のタイミングもいつでもい
いってさ」
健二「そうですか…」
影山「課長さん、『俺が注意したせいで…』って気にしてた。とにかく怒ってるわけじゃないか
ら気にしないでさ、しばらく休むといいよ」
健二「本当にすみません」
影山「そんなに辛かった?仕事」
健二「毎晩、明日こそは積極的に話かけよう、分からないことはきちんと聞いて解決しよう!っ
て決めてから寝るんだけど、いざ職場に行くと何も出来なくて…」
影山「いっそのこと辞めたっていいんじゃない?」
健二「え?」
影山「施設に来た頃、誰とも口きかず心閉ざしてた子が、あの大企業の営業職に内定決まるな
んて、本当我が子のように嬉しかったけど、正直ちょっと心配もしてたんだ」
健二「確かに俺なんかに出来る仕事じゃなかったのかもしれません…」
影山「今の会社は入りたくて入ったの?」
健二「…そ、それはもちろん…」
影山「お兄さんのためじゃなくて?」
健二「え?」
影山、胸ポケットから写真を出し健二に渡す。
影山「手首切る時、見てたそうだね?」
健二、写真を受け取り見ながら
健二「大学受験も就職面接の時も見ました。ここで頑張んなきゃ兄貴に申し訳ないと思って…」
影山「今回も写真を見て踏ん張ったの?」
健二「はい。でも今回ばかりはダメでした…」
影山「健二君、お兄さんのために頑張るのはもうやめようよ」
健二「分かってます!自分のために生きなさい、あなたは生きてくれているだけいい、叔父さん
や先生がかけてくれた言葉、頭では分かってるんです!でも落ち込んだ時どうしても兄貴が浮
かんでしまう…親父に殴られて、風呂場に連れてかれて…浴槽に何度も顔を突っ込まれて…」
健二、写真を持っている手が震え出す。
影山、その健二の手をグッと掴んで握る。
影山「思い出してはダメ!お兄さんは決して君の身代わりになって殺されたんじゃないよ!」
健二「分かってます!分かってるんです。でもどうしても頑張れない自分が許せない…兄貴が生
かしてくれたのに…申し訳ない…」
影山「お兄さんの分まで頑張る必要なんてないよ」
影山、健二の肩に手をまわす。
影山「今はゆっくり休もう。無理しないで。大丈夫、そのうち自分を受け入れられる日がくる
さ」
健二の手から写真が落ちる。
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