人 物
神呪美保(38)事務職
神呪次子(38)美保の妹
佐藤卓哉(38)保険の営業
松元(23)
りん(19)
〇喫茶店・内
壁に貼られた『婚活喫茶』のポスター。
席に着き、一礼する佐藤卓哉(38)。
前に座るのは神呪美保(38)。美人。
佐藤「佐藤卓哉と申します。保険の営業です」
美保「カンノ……ミホです。事務をしてます」
佐藤、美保の胸元にある名札を見る。
『神呪美保』と書かれている。
美保「神の呪いでカンノと。女優さんと同じ
名前なんて、ホント、神の呪いですよね。
しかも『美しく保つ』で美保って……」
美保の顔を見て、固まっている佐藤。
美保「佐藤さん?」
佐藤「か、神呪さんはお美しいですよ」
手元のアイスティーを引き寄せる佐藤。
グラスの水滴が垂れる。
佐藤「あの……家族構成なんかは?」
美保「双子の妹が。私を放っておけないと言
うので、親が他界してからは二人暮らしで」
佐藤、アイスティーを一気に飲み干す。
〇神呪家・ダイニング(夜)
二人掛けのテーブル。向かい合わせで
食べる美保と神呪次子(38)。
似ていない二人の容姿。
次子「結婚考えてる相手に、黙ってるわけ?」
美保「整形って言いにくいんだもん」
次子、持っていた汁椀を置く。
次子「違うでしょ」
美保「……え?」
次子「整形が “やめられないこと” でしょ」
美保、持っていた汁椀を置く。
美保「あんなにイジめられたらこうもなる」
次子「私もセットでイジめられたもん」
美保「次子は強いから」
次子「そんなことにお金掛け続けるなんて、
バカだよ。目にメス入れておでこに何か入
れて鼻にも何か入れてエラはガリガリ削っ
て。かれこれ700万いった? もうビョ
ーキでしょ。この20年、負のループから
ちーーっとも卒業できそうにないじゃん!」
美保、延々とみそ汁をかき混ぜている。
〇動物園・内
動物の鳴き声。並んで歩く美保と佐藤。
佐藤「動物園って実は、は虫類のコーナーが
いいんですよ。もの珍しいのがいっぱいで」
『は虫類の館』と板の掛けられた入口。
佐藤、その扉を入っていく。続く美保。
〇は虫類の館・内
展示ガラスに映る美保の顔。
そこに顔を近づけ、鼻先を触る美保。
りんの声「ねぇ、アレ! イグアナじゃね?」
駆けるヒールの甲高い音。
美保、きつく目を閉じ、立ちすくむ。
ヒールの音が近づいてくる。
りん(19)、美保の横を通り過ぎる。
その先、イグアナの展示コーナー。
りんの腕をつかむ松元(23)。
松元「オイッ! いきなり走るなよ!」
りん「見てこれ! ブッッッサイクな顔ー」
はしゃぎ、松元の胸を何度も叩くりん。
松元「いくらイグアナでもしつれーだから!」
美保、呼吸が荒くなっている。
佐藤「神呪さん?」
美保、倒れる。
〇歩道(夜)
美保、佐藤に肩を支えられて歩く。
美保「『イグアナの姉』って呼ばれてて、高
校のとき。ケタケタ笑って私のブスな顔け
なして。(前をにらむ)特に、1軍気取っ
た男と女。さっきみたいに。……それで」
美保、立ち止まって、大きく息を吸う。
美保「それで、整形しちゃったんです」
佐藤、美保の顔を見つめている。
目を合わせる美保。
顔を逸らす佐藤。
美保「……がっかり、しましたよね?」
佐藤「いや……」
美保「本当ですか? でも……それだけじゃ
なくって、言わなければならないのは」
次子の声「美保!」
美保、驚いて振り向く。
道の真ん中に立っている次子。
〇神呪家・玄関・外(夜)
次子、美保を抱えて腕をさする。
二人の後ろに佐藤。
次子「(美保に)遅いから心配しちゃって。
また卒業式の日みたいに……」
靴底が地面を擦る音。振り返る次子。
次子「あぁ、佐藤さん、でしたよね? 私は
妹の次子です」
佐藤「はい……」
次子「今日はありがとうございました。よろ
しければ上がってお茶でも」
佐藤「い、いえ、ここで」
佐藤、後ずさるように去っていく。
佐藤の背中を見て、首をかしげる次子。
〇同・リビング(夜)
美保、ソファで横になる。
その脇に腰掛ける次子。
次子「佐藤さんって、誰かに似てない?」
美保「私にはよく分からない」
次子、美保の背中をさする。
次子「私たち、全然似てなくて驚いたかな?」
美保、背もたれに向けて寝返りを打つ。
美保「言った。整形だ、ってことまでは」
背もたれに顔を押しつける美保。
美保「(くぐもった声で)次子はその顔でさ、
どうしてそんなに堂々としてるの?」
次子「なーんて言い方よ」
美保「次子に理解されないのが一番辛かった」
次子「他人が気まぐれに下した評価でさ、翻
弄されるのってイヤじゃない? それじゃ、
いつまで経っても満足しないに決まってる」
美保、深く息を吐き、仰向けになる。
美保「正論だね。次子はいつも正しい」
天井を見つめている美保。涙目。
立ち上がり、どこかへ歩いていく。
〇同・美保の部屋(深夜)
美保、姿見を凝視している。
美保「次はここかなー」
頬骨を拳でぐりぐり押す。
〇さくら美容外科クリニック・外観
『さくら美容外科クリニック』と看板
の掲げられた、5階建てほどのビル。
自動ドアが開き、美保が出てくる。
〇カフェ・外
窓の外から見える客席の佐藤。
対面には女性。後ろ姿で顔は見えない。
そのカフェの表通り、歩いてくる美保。
足を止め、窓に映る自分の顔を見る。
美保、頬骨をしつこく確認している。
と、店内の佐藤に気づく。
美保「……えぇ、そうかぁ。またサレたかぁ」
美保、回れ右して、来た道を引き返す。
佐藤の向かいの女性が振り向く。次子。
〇神呪家・玄関・内(夕)
扉が開き、入ってくる次子。
次子「ただいま」
美保、部屋の奥からやってくる。
次子、扉を手で押さえ、外を気にする。
佐藤、入ってくる。
美保「まさか、次子が……?」
次子「佐藤さんから話が」
美保を見て、肩をすくめる佐藤。
〇同・ダイニング(夕)
二人掛けのテーブルに、向かい合って
座る美保と佐藤。
次子、美保の後ろに立つ。
次子「言って、佐藤さん。いや、仲山大樹君」
美保、顔を上げる。
美保「ナカヤマ、ダイキ」
佐藤「卒業式で君が失神してさ、俺、ネット
さらされちゃって。不便になったから名前
変えてるの。ヤー、にしても婚活喫茶で再
会かよぉ。一向に俺のこと気づかないから
さぁ、そんなに老けたかーって思ったけど」
佐藤、かすかににやける。
佐藤「ヒトの顔、認識できないんだってね」
次子「あの日からなのよ……!!」
佐藤「ゴメン。あれで俺も反省したよ? で
もさ、何でよりによってアイツの顔?」
次子のすすり泣く声。
美保、次子を見て首をかしげる。
美保「次子? どうしたの?」
佐藤「多田麻里奈。覚えてるよね? 1軍気
取ってたもう一人の女子」
美保、ゆっくり首だけ佐藤に向ける。
佐藤「ソックリだよ、今の神呪さんの顔」
嗚咽する次子。
次子「美保が帰ってくるたび、どんどん多田
に似ていって、私、私……怖かった……」
美保「そんなわけ」
次子「自分の顔がどうなってるかも分からな
いなんて……。ずっと、上手く言えなかっ
たの。それでもッ!! 黙ってるのは美保
を裏切ってるってことでしょ? だから、
こんなヤツに頼んでもうムリヤリ……」
佐藤を指さしたまま、崩れ落ちる次子。
〇同・美保の部屋(夕)
姿見に映る、ぼやけた美保の顔。
だんだんと焦点が合ってくる。
目を見開く美保。
スマホを取り、電話を掛ける。
美保「次の予約……キャンセルにしていただ
けますか。ハイ、ハイ。今までありがとう
ございました。もう、通うことはないかと」
スマホを置き、思いっきり伸びをする。
鏡の美保、頬をなでて、何かつぶやく。
〇タイトル『じゃあな、イグアナ』
〈終〉
コメント
コメントを投稿するには会員登録・ログインが必要です。