<登場人物>
足立 大輔(29)(79)会社員
足立 奈緒(27)(77)足立の妻
神父
医者
看護師
<本編>
○道路
多くの車が行き交う。
足立の声「『だろう』運転と『かもしれない』運転」
○自動車教習所・教室
座学をする講師。スクリーンには教習用のVTRが流されている。
足立の声「車が来ない『だろう』、人が飛び出してこない『だろう』ではなく、車が来る『かもしれない』、人が飛び出してくる『かもしれない』という心づもりが……」
○レストラン・中(夜)
夜景の綺麗なレストラン。
向かい合って座る足立大輔(29)と足立奈緒(27)。尚、この時点での奈緒は厳密にはまだ足立姓ではない。
足立「安全な運転に繋がりますよ、って話。あったでしょ?」
奈緒「あった『かもしれない』。で、その話が今の話と関係あるの?」
足立「関係ある『かもしれない』」
掌サイズの箱を取り出す足立。
奈緒「(驚いて)……」
足立「僕は、君を幸せに出来る『だろう』なんて、無責任な事を言うつもりはない」
箱を開ける足立。中には指輪。
足立「僕は君を幸せに出来る『かもしれない』し、出来ない『かもしれない』」
奈緒「……うん」
足立「無職になる『かもしれない』、病気になる『かもしれない』、僕なんかと一緒にいた事を後悔する『かもしれない』」
奈緒「うん」
足立「あと(お腹を触り)凄く太っちゃう『かもしれない』」
奈緒「その時は無理やりにでもダイエットさせる『かもしれない』」
笑う二人。
足立「それでも良ければ僕と結婚して下さい!」
奈緒に跪く足立。
奈緒「(指輪を受け取り)嬉しい」
足立「本当に?」
奈緒「『かもしれない』」
足立「もう」
左手を差し出す奈緒。その薬指に指輪をはめる足立。
足立「どう? サイズ、ピッタリ?」
奈緒「(左手の甲を見せるような形で)『かもしれない』」
笑い合う二人。
奈緒「(急に暗い顔になり)あ、でもな……」
足立「え、何?」
奈緒「そんな言い方だと、ウチの両親が認めてくれない『かもしれない』よ?」
足立「それは……頑張って説得するよ。話せばわかってもらえる『かもしれない』から」
○結婚式場・外観
教会の鐘が鳴る。
○同・教会
神父の前に立つウェディング姿の足立と奈緒。それを見守る多数の出席者達。
神父「病める時も健やかなる時も、互いを愛する事を誓いますか?」
足立「誓える『かもしれない』」
神父「え?」
ざわつく出席者達。
奈緒「(笑って)私も、誓える『かもしれない』」
互いを見合い、笑う足立と奈緒。
○マンション・外観(夜)
足立の声「ただいま」
○同・リビング(夜)
テーブル席に向かい合って座る足立と奈緒。
足立「実は今度、昇進できる『かもしれない』」
奈緒「凄いじゃん。大輔君、頑張ってたもんね」
足立「いやいや、まだまだ頑張らないと」
奈緒「だよね。パパになる『かもしれない』んだもんね」
足立「……え?」
お腹をさする奈緒。
奈緒「……出来た『かもしれない』」
足立「えぇ!?」
○病院・外観
○同・診察室
医者と向かい合う足立。
足立「先生、どういう事ですか?」
医者「ですから、検査の結果、奥様の子宮に腫瘍が見つかりました」
足立「……奈緒ちゃんは助かるんですか?」
医者「まだそこまで大きくはないようですし、今すぐ治療に入れば、大丈夫かもしれません」
足立「なら、よろしくお願いします」
医者「ただしその場合、お子様は……」
足立「そんな……」
○同・病室
ベッドに横になる奈緒とその傍らに座る足立。
医者の声「ご夫婦でよくお考えになって下さい」
奈緒「私、産みたい」
足立「奈緒ちゃん……」
奈緒「だって、この子だってもう生きてるんだよ? それなのに……」
足立「でも、このままじゃ奈緒ちゃんが死んじゃう『かもしれない』」
奈緒「お願い、産ませて」
足立「……」
奈緒「私の一生のお願い、聞いてよ」
足立「……」
奈緒「大輔君!」
足立「……きっと、奈緒ちゃんの意見を尊重すべきなの『かもしれない』。子供を選ぶべきなの『かもしれない』」
奈緒「だったら……」
足立「でも、ごめん。僕は嫌だ。だって奈緒ちゃんが居ないと、僕が生きていけない『かもしれない』から」
奈緒「……」
足立「奈緒ちゃんは僕を怨む『かもしれない』。でも一生のお願いだ。子供を、諦めて欲しい」
涙を流す足立。
足立「全ての罪は、僕が背負うから。だからお願い。じゃないと、生まれてきた子供を、怨んでしまう『かもしれない』から……」
涙を流す奈緒。
○マンション・外観(夜)
○同・リビング(夜)
手土産を入ってくる足立。
足立「ただいま」
キッチンに立つ奈緒。無言で足立に目をやる。
足立「駅前に新しい店が出来ててさ、コレ後で一緒に食べ……」
奈緒「ごめん、いらない」
寝室へと入っていく奈緒。
足立「そっか……」
○同・寝室(夜)
ダブルベッドだが、ぎりぎりまで離れて横になる足立と奈緒。
足立「今度、休みがもらえる『かもしれない』んだ。奈緒ちゃん、どこか行きたい所ある?」
首を横に振る奈緒。
足立「なら食べたいものとか、やりたい事とか」
奈緒「……だったら私、母親になりたい」
足立「それは……難しい『かもしれない』」
奈緒「ごめん、もう寝るから。おやすみ」
布団を頭からかぶる奈緒。すすり泣く声。
○同・リビング
テーブル席に向かい合って座る足立と奈緒。二人の間には、足立の名前だけが書かれた離婚届。
奈緒「そうだよね。私と居るの、嫌になっちゃったよね」
足立「そんな事は無い。僕はまだ奈緒ちゃんが好きだ。でも、少なくとも今は、離れて暮らしたほうがいいの『かもしれない』から」
奈緒「……」
足立「(離婚届を指し)コレは、出したければ出してもらっても構わない。どうするかは、奈緒ちゃんに任せるよ」
奈緒「……大輔君は、それでいいの?」
足立「良くはないよ。でもきっとコレが……」
○同・外
スーツケースを手に出ていく足立。
足立の声「僕の背負った罪なの『かもしれない』」
○海辺
都会から離れた静かな海辺。
釣りをする足立(79)。スマホが鳴る。
足立「はい」
看護師の声「こちら、足立大輔さんの番号でよろしいでしょうか?」
足立「そうですが……?」
○病院・外観
○同・病室
駆け込んでくる足立。ベッドに横になる奈緒(77)。その脇に立つ看護師。
足立「奈緒……ちゃん?」
奈緒「大輔君……来てくれたんだ」
看護師「旦那様でいらっしゃいますか?」
足立「え? (何かを見つけ)あぁ……そう『かもしれない』です」
看護師「?」
奈緒の枕元。「足立奈緒」の記載。
(完)
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