青春に終止符を ドラマ

2025年。大学院生の幹太はある時、親友の春人から「5年越しの卒業式をしないか?」と相談を受ける。コロナのせいで、幹太たちは高校の卒業式を行えずに終わったからだ。しかし、高校のクラスに楽しい思い出がなかった幹太は全く乗り気になれず……。そんな時、ある事件をきっかけに、当時のクラスメイトで初恋の女の子と再会し――。
金田 萌♤ 6 1 0 04/02
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第一稿

【登場人物】
渡利幹太(18・24)  高校3年生
結城春人(18・24)  幹太の親友
神代小夜(18・24)  春人の彼女
渡利美紀(49)    幹太の母
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【登場人物】
渡利幹太(18・24)  高校3年生
結城春人(18・24)  幹太の親友
神代小夜(18・24)  春人の彼女
渡利美紀(49)    幹太の母
渡利由美(27)    理学療法士
鎌田昌(享年18)   幹太のクラスメイト
結城幸子(50)    春人の母
先生(38)      元3年1組の担任
生徒A
生徒B
教授
司会者
僧侶
係員


〇 葬儀会館・会食室(夜)
T「2019年」
  故人である鎌田昌(享年18)の写真、
  入口に並べられている。
  制服を着た高校生たち、
  寿司をつまみながら笑っている。
生徒A「はははっ。そんなことあったなー。あいつ、
 後輩の女子に屋上呼び出されてテンパってやんの」
生徒B「そうそう。完全に告られると思ってるわけ。
 でも実際行ってみたら、『春人先輩と同じクラス
 ですよね?』 って仲介役頼まれててさ。
 モテるって罪だな、春人」
  全員の視線、結城春人(18)に集まる。
春人「マジで? 全然知らなかったわ……」
生徒A「うわ~可哀そう。あいつの青春5分で
 終わったのに」
  明るくお喋りを続ける生徒たち。
  春人の隣に座る渡利幹太(18)、俯き黙っている。
  春人、幹太を肘で突いて話しかける。
春人「なあ、どうした?」
  幹太、顔を上げるも視線をそらす。
幹太「(小声で)クラスメイトが亡くなったのにさ、
 みんな明るすぎじゃない?」
春人「誰も口きかない重~い空気よりマシだろ。
 俺は憧れるけどな、こういう葬式」
幹太「葬式に憧れるも何もないだろ。それに
 こんなの、学校の休み時間みたいでなんか嫌だ」
春人「……人生でさ、自分と関わった人間が
 一堂に集まるのって、2回だけらしいよ。
 結婚した時と、死んだ時。そこに集まる人
 見れば、大体その人がどんな奴かわかるんだって。
 見てみろよ」
  振り返り、周りを見渡す幹太。
春人の声「こんなに沢山の人が集まってさ。
 あいつのことで笑ったり泣いたり。
 すげー愛されてんじゃん」
  笑顔の人、泣いている人、会場にいる大勢の
  人々の姿が目に入る幹太。
  幹太、春人と鎌田のツーショット写真が
  目に入る。
幹太「ねぇ。鎌田君と仲良かったでしょ? 
 その……辛くないの?」
  春人から笑顔が消える。
春人「そりゃ辛いよ。でも結局さ、たとえこの先
 誰がいなくなったとしても、俺らは生きて
 いかなきゃならないだろ?」
  幹太、目をぱちくりさせる。
幹太「強いんだね、春人は」
春人「あっ! ほら」
  春人、幹太に未使用の割り箸を手渡す。
幹太「えっ?」
春人「(指を差し)グズグズしてると、イクラ
 取られるよ?」
  残り一貫のイクラを見つめる幹太。
  しかし箸を元の場所へ戻す。
幹太「……いらない」
春人「ふ~ん。じゃあ、もーらい!」
  春人、幹太に見せつけるように食べる。
春人「美味っ!」
  幹太、呆れてため息をつく。
春人「ねぇ、幹太。頼みごとがあるんだけど」
幹太「(少し不愉快そうに)何?」
春人「俺が死んだらさ、葬式来いよ」
  幹太、不満げに春人へ顔を向ける。
幹太「あっ、死ぬ予定とか全然ないよ? 
 なんなら先に参加してほしいのは結婚式の方! 
 なんつーかさ……お前にはどっちも来て
 ほしいんだよ」
幹太「そんなの……当り前だろ?」
  幹太に微笑む春人。
春人「約束だからな!」

〇 タイトル
『青春に終止符を』

〇 高校・体育館内
T「2025年」
  『卒業式』と書かれた看板が舞台に
  吊るされている。
  起立している卒業生、『仰げば尊し』を
  歌っている。
春人の声「♪仰げば尊し 我が師の恩 
 教の庭にも はや幾年」

〇 同・外観
  桜が満開。
春人の声「♪思えば いと疾とし この年月」
  体育館の向かい側には病院が建っている。

〇 病院・601号室・内
  春人(24)、窓から顔を覗かせ歌っている。
春人「♪今こそ 別れめーーーーーーーーー」
  音を伸ばし続ける春人と卒業生の声。
  春人、息が苦しそう。
  やがて、卒業生の声がやむ。
  それに合わせて春人も伸ばすのをやめる。
春人「♪いー あれっ? ♪いー」
卒業生の声「♪いざーさらーばー」
春人「ずれちゃった。てか今のところ、
 あんな伸ばすんだっけ?」
  後ろを振り向く春人。
  ベッドにもたれている神代小夜(24)。
小夜「最後にフェルマータがあるからね」
春人「フェルマータ? 何それ」
  小夜、スマホで検索し、記号を見せる。
小夜「ほら、こんなやつ。音を伸ばす記号なの。
 だから皆、指揮者が合図するまでやめないんだよ」
春人「へー。詳しいね、小夜」
小夜「卒業式の『仰げば尊し』、私が指揮する
 予定だったから」
春人「そういえば予行練習で振ってるの見たわ。
 ねぇ、その記号って指揮者はいつまで伸ばすの?」
小夜「明確には決まってない。振る人の自由なの」
春人「ふ~ん。さっきの奴、どう考えても
 伸ばしすぎだろ」
小夜「確かにね。楽しかったこと、
 色々思い出しちゃったんじゃない? 
 きっと終わらせたくなかったんだよ、青春を」
春人「そっか。指揮者が伸ばし続ける限り、
 終わんないんだもんな」
小夜「ねぇ。ところでさ、それ何?」
  小夜、ベッドの隣の棚に置いてある、
  青いカバの置物を指さす。
春人「ん? カバだけど」
小夜「そうじゃなくて。私にくれるの?」
春人「うん。幸せを呼ぶお守り。
 小夜が早く歩けるように作ってみた」

〇 大学院・教室内
  黒板の前に立ち、講義をする教授。
教授「古代エジプト人は、人工的に青い顔料を
 作り出すことを得意としていました。
 青はナイル河や空の色で、エジプト人にとっては
 非常に神秘的な色です。この写真は、ミイラと共に
 棺から発見された、青いカバ」
  教室には教授のみで学生の姿はない。
  教卓にはパソコン、そして教授の前には
  ビデオカメラが設置されている。

〇 渡利家・幹太の部屋
  幹太(24)、オンラインで教授の話を聴いている。
  パソコン画面には青いカバの写真。
教授の声「紀元前のものとは思えない、綺麗な
 ターコイズブルーでしょ? これについては
 次回解説するので、配布した資料を読んでおくように。
 では、また来週」
  オンラインを終了する幹太、パソコンを閉じると
  大きく伸びをする。
  そこへ渡利美紀(49 )がやってくる。
美紀「幹太~。母さん今からお通夜に参加するの。
 向こうにいるから、部屋に入って来ないでね」
幹太「何? オンラインなの?」
美紀「そうよ。コロナが終息してから、すっかり
 定着しちゃって。まぁ、私はお葬式苦手だから、
 現地行かずに済んで助かるんだけどね」
幹太「皆行きたくないでしょ葬式なんて。
 どんな顔して出ればいいかわからないしさ」
美紀「その点、今回は向こう側から見えないわけ
 だし、変なところで気を遣わずに済むかも」
幹太「本当、良い時代になったなー」
  と、そこへ着信が。
  スマホ画面には『春人』の文字。
  部屋を出て行く美紀。
  電話に出る幹太。
幹太「もしもし?」
春人の声「よ! 元気か? 幹太」
幹太「また随分いきなりだね。どうしたの?」
春人の声「悪いんだけど、ちょっと相談に
 のってほしいことがあってさ」
幹太「いいよ。あっ、ビデオに切り替える?」
  幹太、パソコンを開く。
春人の声「いや」
  幹太、動きを止める。
春人の声「直接会って話したいんだわ」

〇 カフェ・店内(夕)
  向かい合って席に座る幹太と春人。
春人「卒業式を開こうと思う」
幹太「……同窓会じゃなくて?」
春人「うん。卒業式」
幹太「高校出てから5年も経つのに?」
春人「ほら、俺らちゃんとお別れ言えてないじゃん。
 コロナウイルスのせいで、途中で学校終わっ
 ちゃってさ。まだ俺の中の青春が終わってない
 というか、なんというか」
幹太「俺にはキラキラした青春なんてなかったけど」
春人「あーお前、群れずにずっと読書してたよな。
 そりゃあるわけねーか」
幹太「前言撤回。一人でキラッキラの
 青春してました」
春人「俺としたって素直に言っとけよ~」
幹太「記憶にございません」
春人「わかった。青春はもういいよ。逆にさ、
 区切りつけたいこととか、後悔してること
 ないの?」
  コーヒーを飲もうとしていた幹太、手を止める。
  沈黙し、息をのみ。
幹太「ないよ。ずっと思ってたけど、卒業式って
 やる意味ある? あんな名前呼ばれるだけの
 イベント。これでもかってぐらい体育館で
 練習させられてさ」
春人「確かに、当時は予行何回やんだよって思った。
 それは認める。でもさ俺、鎌田の葬式からずっと
 考えてたことがあんだわ」

〇 (イメージ)葬儀会館・会食室(夜)
  寿司をつまみながらお喋りする生徒たち。
春人の声「あのメンバーが同じ時間を歩むのって
 高校だけでさ、もうこの先はどうやっても
 バラバラになるしかないんだよ」
  座っている生徒、一人ずつ消えていく。
春人の声「一人、また一人と消えて行って、
 いつか全員いなくなる」
  座っていた生徒、全員消える。

〇 カフェ・店内(夕)
向かい合って席に座る幹太と春人。
春人「中途半端な別れ方したまま、いつか後悔
 したくないんだよ。お互いの健闘を祈ってさ、
 前に進むためのさよならが言いたい」
  目を輝かせ、幹太を見つめる春人。
幹太「……い、いいんじゃない? 
 春人が声かければみんな集まるだろうし」
春人「よっしゃ決まり! 俺とお前が幹事な」
幹太「はぁ⁉ ちょ、勝手に決めるなよ」
春人「あ。最初に言っとくけど、俺、
 オンライン開催は嫌だから。皆で『仰げば尊し』
 歌いたくてさ。ほらあの曲、大人になって
 歌うこと絶対ないじゃん? 
 なんだか青春の終わりって感じでエモいわー」
  ため息をつく幹太。
幹太「あのなぁ、みんな仕事で忙しいし、
 東京にいるとは限らないだろ。現実的に考えて、
 開くとしたらオンラインだよ」
  春人、あからさまに拗ねてみせる。
春人「あーそうですか。幹太もそっち側の
 人間ですか。あれから随分変わっちまったよな、
 世の中」
幹太「手軽なんだよ。ボタン一つで繋がるし、
 抜けられるじゃん? 人付き合い苦手な
 俺にとっては、画面越しの方が全然楽」
春人「……でもそれじゃあ『さよなら』は
 届かねーだろ」
幹太「そう? どこで何言っても、
 伝わると思うけどな。言葉なんて」

〇 病院・リハビリ室(夕)
  手すりに摑まり、一歩一歩前に
  足を踏み出す小夜の姿。
  小夜、倒れそうになったところを理学療法士の
  渡利由美(27)が支える。
由美「おっと。大丈夫?」
小夜「ありがとうございます」
  小夜、再び歩みだす。
由美「小夜ちゃん、今日は積極的じゃない?」
小夜「待ってる人がいるんです。
 私が歩けるようになるの」
由美「さっき出て行ったイケメンの彼でしょ? 
 何か言われたの? 足治ったら結婚しよう、とか」
小夜「そんなんじゃないです。ただ……彼、
 『仰げば尊し』を皆で歌いたいって」
由美「『仰げば尊し』って、卒業式で歌うあれ?」
小夜「はい。私たちコロナ世代で『5年越しに
 卒業式しよう』って。そこで私が指揮を振って、
 一緒に夢を叶えたいから……」
  小夜、手すりの端までたどり着く。
由美「そっか。じゃあ、頑張らないとだね」
小夜「はい!」
  小夜を車椅子に座らせる由美。
  その時、小夜のポケットから青いカバが落ちる。
由美「(拾って渡す)はい」
小夜「あっ、ありがとうございます」
由美「可愛くて綺麗。なあに、それ?」
小夜「お守りです。陶芸家の彼が作ってくれました」
由美「カバ、だよね? なんで青なの?」
小夜「確かに、何でだろう? 幸せを呼ぶお守りだ
 って言ってましたけど……」
由美「幸せの青い鳥なら、知ってるんだけどな~」
小夜「チルチルミチル!」
由美「そうそう!」
小夜「もしかしたら関係あるのかも。明日、
 彼に聞いてみます」

〇 小道(夜)
  並んで歩いている幹太と春人。
春人、白線の上をはみ出さないよう、
 真っ直ぐ歩いている。
春人「1年ぶりなのにつれねーな。やっぱり
 一杯だけ付き合えよ。な?」
幹太「急に呼び出された上、オンラインは嫌だ
 って言うから仕方なく出てきたわけ。あと
 3時間以内にレポート出さなきゃヤバいんだよ」
春人「え~。じゃあさ、明日は?」
幹太「(フッと笑い)なんだよ、暇人?」
幹太、春人が隣にいないことに気付く。
 振り向くと、白線が途切れて前に進めない
 春人の姿。
春人「行き止まり」
幹太「(フッと笑い)子供かよ」
  動かない春人、離れた位置から幹太に。
春人「……なぁ幹太。あの約束覚えてるか?」
  真っ直ぐな瞳で幹太を見つめる春人。
幹太「覚えてるよ。『結婚式と葬式、どっちも
 参加する』ってやつでしょ?」
春人「あのさ、俺……結婚するかも」
幹太「……本当に⁉」
  春人に近づき、肩を揺さぶる幹太。
幹太「おめでとう! てか彼女いたの? 
 聞いてないんだけど! 相手はどんな人?」
春人「落ち着けって。実はまだプロポーズして
 ないんだわ。彼女、今色々大変でさ。でも、
 落ち着いたらするつもりだから。一応お前には
 報告しておこうと思って」
幹太「行く! 式、絶対参加する。でも、その前に
 明日、ゆっくり話聞かせてよ。春人の好きなもの
 食べに行こう。俺の奢りで」
春人「マジで⁉」
  春人、幹太と肩を組む。
春人「サンキュ~。あ、俺の話もするけど、
 卒業式のことも話し合うからな! 
 そこんとこよろしく!」
幹太「(苦笑い)あぁ、そういえばそうだった……」
  と、幹太のスマホに着信が入る。
幹太「あ、ごめん」
  幹太から離れる春人。
  スマホ画面の『母』を確認して出る幹太。
幹太「もしもし? うん…塩っ⁉ いや清める
 必要ないでしょ。ずっと家にいたんだし」
  と、二人の横をバスが通り過ぎ、
  近くのバス停に停車。
  それを見た幹太、電話しながら春人に
  ジェスチャーを送る。
  バスを指さし、右手を顔に掲げて
  『ごめん』のポーズ。
  それに対してグーサインで答える春人。
  手を振って見送る。
  バス停へ駆けていき、乗車する幹太。
  その後ろ姿を見つめて立ち尽くす春人。

〇 渡利家・幹太の部屋(夜)
  押し入れから高校時の卒業アルバムを
  引っ張り出す幹太。
  埃を手で掃い、アルバムを開く。
  ページをめくっていく幹太。
  クラスメイトのページで鎌田の顔写真を
  見つける。
春人の声「じゃあ逆にさ、区切りつけたいこと
 とか、後悔してることないわけ?」
  鎌田の写真の下を見ると、そこには
  顔写真と共に『神代小夜』の文字が。

〇 (回想)高校・3年1組・教室内
  休み時間のチャイムが鳴る。
  自席で小説を読んでいる小夜(18)。
  斜め後ろに座る幹太(18)、小説を読む
  ふりをして、小夜の横顔を見つめている。
春人の声「何でずっと見てるだけなんだよ?」
  春人の声にビクッと体を震わせる幹太。
  春人(18)と鎌田(18)、幹太の後ろの席で
  話している。
春人「好きだったらさっさと告れ」
  拗ねている鎌田。
鎌田「だーかーらー、その子は他の男が好きな
 わけ。そいつはイケメンで優男で俺の敵う
 相手じゃねーんだよ」
  安堵し、小さく吐息をもらす幹太。
春人「自分の気持ち伝えるのに、他の男なんて
 関係ねーよ。それに何も伝わらなかったら、
 お前の想いは最初からなかったのと同じこと
 なんじゃねーの?」
  俯く幹太、暗い表情。
幹太「モテまくりの春人には、俺の気持ちなんて
 分かんねーよ。……でも、確かに悔しいかも。
 なかったことになんの。だから言うわ、俺。
 ……卒業式に!」
春人「鎌田お前……先延ばしすぎだろ。
 ビビってんじゃねーよ!」
鎌田「しゃーねーだろ! 振られて
 気まずくなるのが耐えられねーんだよ!」
  顔を上げる幹太、小さく呟く。
幹太「卒業式……」
  幹太、小夜の横顔を見つめる。
(回想終わり)
 
〇 渡利家・幹太の部屋(夜)
アルバムの小夜の写真を見つめる幹太。
幹太「いやいや、もう5年前だし。今更……」
  その時、風呂上がりの美紀が入ってくる。
美紀「幹太~? お風呂いいわよ~って、
 何してるの?」
  アルバムを閉じる幹太、立ち上がる。
幹太「あ、いや、何でもない! 風呂入ってくる」
  部屋を飛び出す幹太。
  美紀も部屋を出て行く。
  誰もいなくなった部屋。
  と、幹太のスマホに着信が入る。
  画面には『春人』の文字。

〇 同・リビング(朝)
  ニュースを見ながらカレーを食べる美紀。
  そこへパジャマ姿の幹太が入ってくる。
幹太「おはよう」
美紀「おはよう」
  幹太、食卓に並んだカレーを見て。
幹太「えっ、またカレー?」
美紀「あははっ。昨日作りすぎちゃって。
 夕食もカレーになりそうね」
幹太「(着席して)あ、そうだ。今日晩飯いらない」
美紀「あら、珍しいじゃない。
 ちゃんと友達いたのね、あなたも」
幹太「いや。春人と飲んでくる」
美紀「なんだ春ちゃん? 最近見ないけど、
 大きくなった?」
幹太「そりゃ中学生の頃に比べたらね。
 もう立派な陶芸家だよ」
美紀「そう。たまには家に連れてきたら?」
幹太「はいはい。またの機会にね」
  箸でカレーを食べ始める幹太。
  テレビ、ニュースを報道している。
キャスターの声「次のニュースです。昨日
 午後7時ごろ、渋谷区にある雑居ビルから
 鉄パイプが落下し、ビルの前を歩いていた
 結城春人さん二十四歳の頭に直撃しました」
  幹太、顔を上げてテレビに注目する。
キャスター「結城さんは搬送先の病院で死亡。
 警視庁は、業務上過失致死の疑いを――」
  幹太の手から箸がすり抜け、床に落ちる。
美紀「幹太……」
  幹太、立ち上がると部屋を飛び出す。

〇 同・幹太の部屋(朝)
  ベッドの上のスマホを手に取り、
  春人に慌てて電話をかける幹太。
幹太「出ろよ……」
  数回のコールの後、相手が電話に出る。
幹太「もしもし、春人⁉」
幸子の声「渡利幹太くんですか?」
幹太「……はい」
幸子の声「結城春人の母です」
幹太「あの、ニュース見て……春人は?」
幸子の声「春人は、昨晩亡くなりました」
  幹太、絶望的な表情。

〇 タクシー・後部座席
  ぐったりと座っている幹太。
幸子の声「それで葬式なのですが、明日の朝
 10時から、オンラインで行うことになりました。
 幹太君のアドレスにURLを送りますので、
 参加される場合はそちらからお願いします」
幹太の声「……わかりました。あの、一つ
 いいですか? 春人、お付き合いしている
 女性がいたと思うんですけど――」

〇 病院・外観
  幹太の乗るタクシー、入り口前に停まる。
  幹太、タクシーから降りる。

〇 同・601号室・前  
  幹太、『601』の部屋番号を確認。
  深呼吸して扉を開けようと手を伸ばす。
  その時、中から声が聞こえて手を止める。
小夜の声「もう歩けなくてもいい!」
由美の声「そんなわけにはいかないよ。
 これから生きていくうえで、
 困るのは小夜ちゃんだから」
小夜の声「私、もう生きてる意味なんて
 ないです……」
  目の前の扉が開き、出てきたのは由美。
幹太「(端にずれ)あっ、すみません」
  廊下を歩いていく由美、振り返る。
由美「幹太?」
  幹太、由美に気が付く。
幹太「姉貴……」
由美「やっぱり」
幹太「(病室を指さし)入っていいかな?」
  由美、幹太に近づくと両手を肩に乗せ。
由美「彼女、今凄く落ち込んでるの。
 慰めてあげてほしい。頼んだわよ」
  由美、幹太に言い残すと行ってしまう。
幹太「……慰めてほしいのは俺の方だよ」

〇 同・同・内
  ベッドの上に座る小夜、泣いている。
  扉がノックされ、急いで涙を拭く小夜。
小夜「はい」
  部屋に入って来たのは幹太。
幹太「……神代さん、だよね?」
小夜「……渡利君?」
幹太「うん。名前、覚えててくれたんだ」
小夜「だって、元クラスメイトだもん。
 ……今日はどうしたの?」
幹太「その、春人のことでちょっと」
小夜「まぁ、そうだよね」
幹太「春人さ、神代さんが落ち着いたら
 プロポーズするって言ってたんだ。これだけは
 伝えた方がいいと思ってそれで……」
小夜「全然嬉しくないよ。だって、この先
 いつまで待ってもプロポーズして
 もらえないじゃん」
  思わず目をそらし、下を向く幹太。
小夜「……ごめん。渡利君を困らせたい
 わけじゃないの」
  小夜、青いカバを触っている。
幹太「……(呟く)青いカバ」
小夜「えっ?」
幹太「いや、ごめん。こんな時に。
 本当何でもないから」
小夜「……これについて何か知ってるの?」
  カバを幹太に渡す小夜。
幹太「これは……きっと古代エジプトのカバを
 真似たんだ。当時、青いカバの陶器は幸せを
 呼ぶお守りだったから」
  幹太、小夜に青いカバを返す。
小夜「……エジプトのカバだったんだね」
幹太「カバは再生の守り神でもあったんだ。
 来世での復活を願って、よく故人と一緒に
 埋葬されたんだって」
小夜「……」
幹太「ごめん! ペラペラ喋って」
小夜「違うの。すごい詳しいからびっくりして。
 今大学院なんだっけ?」
幹太「うん。歴史専攻してるんだ。神代さんは
 心理学専攻したんだよね?」
小夜「うん。春人から聞いたんだ?」
幹太「あぁ、うーん、そうだったかも……」
小夜「じゃんけんの一発目はチョキを出す。
 財布の紐が堅い。毎回カレーを箸で食べる。
 約束は絶対守る律儀な男」
  幹太、ポカンとした顔で小夜を見つめている。
小夜「春人が楽しそうに喋るんだもん。私、
 何でも知ってるんだよ、渡利君のこと。
 ずっと昔から友達だったみたいに」
幹太「俺は……知らない、神代さんのこと。
 もっと早く話しかければよかった。
 そうしたら……」
小夜「(首を傾げ)そうしたら?」
幹太「……いや、なんでもない。そういえばさ、
 春人の葬式、オンラインだってね」
  俯く小夜。
小夜「……私、出たくない」
幹太「えっ。駄目だよそんなの」
小夜「参加したらさ、嫌でも現実突きつけられる。
 もう春人はこの世にいないんだって」
幹太「でも……そんなの、絶対いつか
 後悔すると思う」
小夜「……怖いんだ、見るの」
  小夜を見つめている幹太、
  由美の一言を思い出す。
由美の声「頼んだわよ」
幹太「……じゃあさ、明日、一緒に見る?」

〇 渡利家・リビング(夜)
  夕食を食べている美紀。
幹太「ただいまー」
  部屋に入ってくる幹太、テーブルを見て。
幹太「えっ、またカレー?」
美紀「そうよ。朝そう言ったでしょ?」
幹太「あ、そっか。そういえばそうだった」
  幹太、席に着いてカレーを箸で食べ始める。
美紀「……よかった。思ったより元気そうで」
幹太「元気? 俺が?」
美紀「私が親友亡くした時、3日くらいは泣いて
 寝ての繰り返しだったから」
幹太「普通そうだよね。もうさ、どうやっても
 春人が戻ってくることはなくて。すごい
 悲しいはずなのに、涙が出てこないんだよ。
 俺、人間として欠陥があるのかもしれない」
美紀「……私はね、泣いて泣いて泣いて、
 ある日を境に涙が止まったの。親友がいなくな
 って絶望して『それでも毎日は続いていくんだ』
 って気づいた日。幹太はきっと、最初から
 そのことに気付いてるんじゃない? 
 私と違って賢いから」
幹太「わからない。……今日さ、春人の彼女に
 会ってきた。それがまさかの、初恋の人」
美紀「それは何というか……複雑ね」
幹太「充血した目見たら誰でも分かるよ。泣いて
 眠れなかったんだって。俺は中学からの付き合い
 なのにさ、『生きる意味ない』って泣いている
 神代さんの方が、実は春人にとって近い存在
 だったんじゃないかって、悔しかったんだ」
美紀「泣いたから悲しいとか、笑ってるから楽しい
 とか、人ってそんな単純な生き物じゃないわよ。
 幹太は幹太でいいじゃない。本当のことは、
 結局本人にしかわからないんだから」

〇 (日替わり)同・幹太の部屋(朝)
  喪服に着替える幹太、ネクタイを締める。

〇 パソコンの画面
  葬儀参列者専用のチャット。
  参列人数は『89人』と表示されている。
  『渡利幹太と神代小夜です。この度は
  心よりお悔やみ申し上げます』を入力し、
  送信する幹太。

〇 病院・中庭
  机にはパソコンと一緒に青いカバが。
  ベンチに座っている幹太。
幹太「これでよし、っと」
  車椅子に座っている小夜。
小夜「ねぇ。なんで喪服なの?」
幹太「……葬式だから?」
小夜「オンラインなんだから、もう喪服着なくても、
 お焼香しなくても、お清めしなくてもいいんだよ」
幹太「でも……着たかった。生前、葬式に参加する
 って春人と約束してさ。ちゃんと記憶に残るもの
 にしたいんだ。喪服じゃないと、式に参列してる
 感じがしないと思って」
小夜「知ってるよ、その約束」
幹太「あいつ、なんでもかんでも……」
小夜「ううん違うの。鎌田君の葬式の日、
 春人の隣に座ってたんだ、私」
幹太「そっか。聞いてたんだ」
小夜「お葬式なんて、まだまだ先の話なのに。
 何言ってるんだろうこの人、って思ってた」
幹太「そういえば二人はいつから付き合ってたの?」
小夜「今から1年半くらい前かな。私が偶然入った
 雑貨店が、春人の家の店で」

〇 (回想)雑貨店・店内
小夜の声「まだ見習いだった春人と再会したんだ」
  レジに湯呑を置く小夜。
  春人、湯呑を紙で包む。
小夜「結城君?」
春人「(小夜を見つめ)嘘っ。もしかして神代?」
小夜の声「それから何回かお店に行くうちに仲良く
 なったの」
(回想終わり)

〇 病院・中庭
小夜「でも、本当は高校の時から好きだった」
  幹太、唇をギュッと結ぶ。
幹太「……(微笑み)へぇ、そっか。
 かっこいいもんね、春人は。
 校内一のイケメンだったし」
小夜「うん。だから当時は見てることしか
 できなかった。でもね、叶わなくても想いは
 伝えようと思ってたんだ。卒業式で」
幹太「卒業式……」
  その時、葬儀会場の現場がオンラインで繋がる。
小夜「あっ。始まるみたいだよ」

〇 パソコン画面
  葬儀会場には春人の写真。
  結城幸子(50)ら家族が着席している。
  僧侶、一礼して着席。
司会者の声「只今より、故結城春人様の葬儀
 ならびに告別式を執り行います」
  僧侶、読経を始める。

〇 病院・中庭
  二人の近くでは、小さな子供たちが
  『キャハハ』と笑いながら走り回っている。
小夜「……」
幹太「……」
小夜「……なんか、やっぱり葬式感ないね」
幹太「うん。思っていたよりずっと味気ない」
小夜「でも安心しちゃった。見たら泣いちゃう
 って思ったけど、これなら大丈夫そう
 っていうか」
  幹太に微笑んで見せる小夜。
幹太「神代さん……」
小夜「ね、見て。すごい人数だよ」
  パソコン上の参列者数、『100人』と
  表示されている。
幹太「100人⁉ やっぱりすごいんだな、
春人は。こんなにも沢山の人たちに
 愛されて――」
  幹太、微笑みが消える。
小夜「(幹太を見つめ)どうしたの?」
幹太「……本当にこれでいいのかな?」
   ×   ×   ×
  (フラッシュ)
  鎌田の葬式会場で、寿司を食べながら
  笑っている春人と生徒たち。
春人「俺は憧れるけどな、こういう葬式」
   ×   ×   ×
  眉をひそめてパソコン画面を見つめる幹太。
小夜「何? どういうこと?」
幹太「こんなのが春人の葬式でいいのかな?」
   ×   ×   ×
  (フラッシュ)
  鎌田の葬式に集まるたくさんの人々。
春人の声「……人生でさ、自分と関わった人間が
 一堂に集まるのって、2回だけらしいよ。
 結婚した時と、死んだ時」
   ×   ×   ×
  閑散としている会場を見つめる幹太。
幹太「……(呟く)さようなら」
小夜「えっ?」
幹太「さようなら」
小夜「……どうしたの?」
幹太「ねぇ。今の言葉、春人に届いたと思う?」
小夜「そんなの……わかんないよ」
幹太「春人、全然映らない」
小夜「……オンライン葬儀だもん」
幹太「画面越しって、物凄い遠いんだね」
小夜「……渡利君?」
幹太「昨日春人と最後に会ったの、俺なんだ」
小夜「えっ?」
幹太「卒業式をやろう、って呼び出されてさ。
 正直理解できなかったんだ、何で5年も経ってる
 のに、そんなこと言うのか。けど、一生後悔する
 んだって気付いた」
   ×   ×   ×
  (フラッシュ)
  スマホを耳に当てている幹太。
  バスを指さし、『ごめん』のジェスチャーを
  春人におくる。
  グーサインで応え、笑顔で手を振る春人。
   ×   ×   ×
幹太「最後、別れの挨拶すらしなかった。だって、
 まさかこんなところから『さよなら』言うなんて、
 夢にも思わないじゃんか……」
  幹太、悔しそうに拳を握りしめる。
  その姿を見た小夜、テーブルの上の
  青いカバに手をのばす。
  愛おしそうに青いカバを見つめる小夜、
  両手で大事そうに包み込む。
小夜「ねぇ。渡利君にお願いがあるんだけど、
 聞いてくれる?」
  小夜、幹太に微笑みかける。

〇 同・ロビー
  病院の中を駆け、外に出る幹太。
  青いカバを握っている。

〇 タクシー・後部座席
  青いカバを見つめる幹太。
小夜の声「私の代わりに、お別れの挨拶してきて
 ほしいの。それと、このカバを春人に渡して」
幹太の声「えっ。これ、神代さんの大切なものじゃ
 ないの?」

〇 小道
  スーツのジャケットを手に持ち、
  走っている幹太。
小夜の声「うん。すっごく大事なもの。
 春人が作ってくれたんだ。でも……」

〇 葬儀会館・入口
  葬儀場の看板が立っている。
  走って中へ入っていく幹太。
小夜の声「渡利君、教えてくれたよね? これは
 再生の守り神で、復活を願って埋葬するって」

〇 同・春人の葬儀会場・内
  扉を開ける入る幹太。
  結城幸子(50)ら、参列している家族が
  振り返る。
小夜の声「私、また春人に生まれてきてほしい。
 今度こそ、幸せになってほしい」
  真っすぐ参列者の席へ向かっていく幹太。
  しかし、数名の係員に止められる。
係員「ただいま葬儀中ですので、関係者以外は
 立ち入れません。お引き取りください」
  無理やり連れ出されようとする幹太。
  幹太、大きな声で叫ぶ。
幹太「春人の望みを聴いてください! 
 約束したんです。必ず式に行くって。生前俺に
 言ったんです。多くの人たちに囲まれる、
 賑やかな葬式でありたいって」

〇 病院・中庭
  パソコンから幹太の様子を
  不安げに見つめる小夜。
小夜「渡利君……」

〇 葬儀会館・春人の葬儀会場
  取り押さえられている幹太、叫び続ける。
幹太「こんなのあんまりじゃないですか! 
 春人がこんな寂しく送り出されていいわけない!」
  僧侶、読経を中断する。

〇 パソコン画面
  葬儀会場の映像。
  幹太、係員に取り押さえられながら叫んでいる。
  参加者たちが画面端のチャットで騒いでいる。
『何々? 不審者?』
『誰あいつ?』
『俺知ってる。渡利幹太だよ』
『彼、春人の親友』
幹太の声「お願いです! 最後まで
 いさせてください! どうか! お願いし――」
 その時、映像配信が中断される。

〇 病院・中庭
小夜「……嘘でしょ? 
 こんな時にやめないでよ!」
  パソコン上の参加人数、『100人』が
  どんどん減っていく。
小夜「皆、なんでよ……」
  ×   ×   ×
  パソコン画面、『100人』だった人数が
  どんどん減っていく。
  そして、ついに『1人』になる。
  ×   ×   ×
  ぐったりと車椅子に座っている小夜。
  その後ろには由美が立っている。
  映像は未だに途切れている。
由美「もうすぐ2時だよ、小夜ちゃん。
 一緒にリハビリ室戻ろう?」
小夜「まだ、終わってないです」
由美「小夜ちゃん……」 
  と、その時。葬儀場の中継が復旧する。
小夜「あっ」
  映し出されたのは棺桶の前に立つ幹太。
由美「幹太……」

〇 葬儀会館・春人の葬儀会場・内
  青いカバを持っている幹太。
  棺の中の春人を見つめ。
幹太「……ねぇ、春人。約束通り来たよ。
 結婚式じゃなかったのが残念だけど。
 神代さんがこれ、持っててほしいって。
 だから、絶対戻って来いよ。それまで……
 さよならだな」

〇 病院・中庭
  パソコン画面を見つめている小夜と由美。
  青いカバを春人に握らせる幹太の姿。
  と、中継を見ていた小夜、目を見開く。
小夜「……なんで?」
  棺の中には溢れるばかりに沢山のものや
  花が入っている。
  春人の周りに集まるたくさんの人々。
  会場内はいつの間にか多くの参列者の姿。
  その時、小夜のスマホに着信が。
小夜「もしもし」
幹太の声「神代さん、見えてる?」
  渡利、葬儀会場から電話する姿が映っている。
小夜「見えてるよ」

〇 葬儀会館・春人の葬儀会場
  スマホを耳に当てている幹太。
幹太「中継見て、皆急いで駆けつけてくれたんだ。
 やっぱり愛されてたよ。皆、春人のことが
 大好きだった」

〇 病院・中庭
  小夜、微笑んで。
小夜「うん。すごく春人らしいお葬式になったね」
幹太の声「これからお見送りが始まるんだ。
 だから、最後までちゃんと見てて」
小夜「……もちろんだよ」
  電話を切る小夜。
  小夜、ポロポロと涙を流す。
  由美、小夜にハンカチを渡し。
由美「大丈夫?」
小夜「由美さん。私もさよなら言いたかった。
 自分の足で、会いに行きたかった」
  由美、小夜の背中をさする。
由美「じゃあこれが終わったら、
 一緒に練習しよっか」
  小夜、声を上げて泣いている。

〇 高校・3年1組・教室内
  ビデオカメラが回り、RECの文字が
  表示されている。
  黒板をバックに教壇に立つ幹太。
幹太「あれ? もう回ってる?」
  ゴホンと咳払いをする幹太。
幹太「えー、元3年1組の皆さん。こんにちは。
 渡利幹太です。きっとほとんどの人が僕と
 関わりなくて、『誰こいつ』って感じだと
 思います」
先生の声「いやー渡利くんのこと、
 みんな知ってるんじゃない? 
 この前の葬儀でだいぶ目立ってたから」
幹太「あ、はい。お騒がせしてすみません」
先生の声「続き、喋って!」
幹太「あ、えーっと、今日こうして僕が喋って
 いるのは、皆さんに提案があるからです。
 5年前中止になった卒業式、桜が咲くころに
 開催しませんか? ここ、母校で!」

〇 病院・リハビリ室
  由美と共に、歩行練習に取り組む小夜。
幹太の声「皆が忙しいのは分かってます。でも、
 春人の葬儀に出て、気付いたんです。
 別れって突然やってくるもので、さよならを
 言えることの方が少ないんだって」

〇 高校・3年1組・教室内
   教壇に立って喋っている幹太。
幹太「卒業式って『これからお互い頑張ろう』
 って笑顔でお別れして、前に進むために区切りを
 つける、大切な機会だと思うんです。
 だからお願いします」
  幹太、深く頭を下げる。
幹太「最初に企画を立てた春人のために。そして、
 高校時代の青春を終わらすために」
  ビデオカメラのRECの文字が消える。
  先生(38)、ビデオカメラの蓋を閉じる。
先生「はい。オッケーだよ」
幹太「ありがとうございます、先生」
先生「若いなぁ。『青春を終わらすため』
 っていうのが青春だよね」
幹太「そうなんですか?」
先生「そうだよ」
幹太「じゃあ俺、今、青春してるんですね」
先生「立派にやってるんじゃない? そして
 これから終わらせようとしてる。普通なら、
 気付いたら終わってるもんなのよ青春なんて。
 でも、渡利君は自分から前に進もうとしてる。
 とても素敵なことじゃない。私、応援するから」
幹太「ありがとうございます!」

〇 墓地・全景
T「2026年」
  桜並木を幹太が歩いている。
  風が吹くと、桜が舞い散る。

〇 同・結城家の墓
  線香の煙が上がる。
  『結城家』の墓石の前に立つ幹太。
幹太「いよいよだよ、春人」
  幹太、名簿票の紙を見つめる。
幹太「わかってはいたけど、半分しか
 集まらなかった。完全に俺の力不足だよ」
  名簿をしまい、鞄を持ち上げる幹太。
幹太「行ってくる。全て終わらせに」

〇 高校・3年1組・教室前
  教室内は賑わっているのか、
  楽しそうな喋り声が聞こえる。
  深呼吸をする幹太。扉を開けて中に入る。

〇 同・同・教室内
幹太「こんにちは! 
 今日は忙しいのに集まってくれて――」
  教室の全席に座っている元クラスメイト。
幹太「えっ……何で?」
  幹太、名簿票を確認して。
幹太「参加者は15人のはずじゃ……」
生徒A「あぁ。それなら――」

〇 同・音楽室・内
  ガラガラと扉を開けて中に入る幹太。
  そこにはピアノ椅子に座っている
  先生と小夜の姿。
先生「(立ち上がり)じゃあ神代さん。
 本番はよろしくね」
小夜「はい。よろしくお願いします」
  先生、音楽室を出て行く。
小夜「渡利君。もう出席とったの?」
幹太「うん。半分しかいないはずの教室に、
 なぜか30人全員がそろってた」
小夜に頭を下げる幹太。
幹太「本当にありがとう」
小夜「えっ?」
幹太「(頭を上げ)聞いたんだ、皆から。不参加
 だった人たち1人1人に、頭下げに行ったって」
小夜「ああ、そのこと? 丁度いいリハビリに
 なると思って。おかげでほら。もうすっかり
 治っちゃったよ」
幹太「……神代さんがいなかったら、
 寂しい卒業式になるところだった」
小夜「私こそ、本当に感謝してる。あの時、
 渡利君が会いに来なかったら、
 葬儀にも参加してないし、
 こうして卒業式も開けなかったから」
  息をのむ幹太。
幹太「実は俺、卒業式でやりたかった
 ことがあって。それができずに、
 ちょっと心残りだったんだ」
小夜「じゃあ、今日はそれを叶えに来たんだ?」
幹太「うん。神代さんにずっと伝えたかった。
 好きだって」
  小夜、少し困った顔をして目線をそらす。
小夜「……ありがとう渡利君。でも私ね――」
幹太「待って。分かってるから。春人でしょ?」
小夜「うん。こればっかりは難しくて。
 今はまだ、他の誰かを探したいとは
 どうしても思えないんだ。ごめん」
幹太「謝らないでよ。すごく嬉しいんだ、
 想い伝えられて。それから、友達になれて。
 俺一人でスッキリしちゃったけど、神代さんは?
 あるんでしょ? 心残りが」
小夜「……私の願いは、これから叶うよ」

〇 体育館・内
  舞台には『卒業式』という看板が
  吊られている。
  紙の花で装飾された体育館内。
  体育館前方に並んでいる椅子の前には、
  元3年1組の卒業生たちが立っている。
  指揮者台に上っている小夜。
  小夜の正面に立つのは幹太。
  小夜が指揮を始めると、
  先生がそれに合わせてピアノを弾く。
  『仰げば尊し』の伴奏が流れる。

〇 (回想)渡利家・リビング
卒業生「♪仰げば尊し 我が師の恩」
  中学生の幹太と春人にカレーを出す美紀。

〇 (回想)坂道
卒業生「♪教の庭にも はや幾年」
  二人乗り自転車で下っていく幹太と春人。
  幹太の後ろに春人が座っている。
  二人とも笑顔で楽しそう。

〇 (回想)高校・3年1組・教室内
卒業生「♪思えば いと疾とし この年月」
  読書する小夜の横顔を見つめる幹太。
  顔を赤くする。

〇 (回想)小道(夜)
卒業生「♪今こそ 別れめーーーーーーー」
  電話しながら片手で謝る幹太。
  春人、幹太に向かってグーサインを出す。
(回想終わり)

〇 体育館・内
  ハッとする幹太、目の前を見ると
  小夜が放心状態。
  一向に音を止める気配がない。
  音を伸ばし続け、息が続かず苦しそうな幹太。
幹太M「神代さん⁉」

〇 フラッシュ
  春人と一緒に過ごした日々が、
  頭の中を駆け巡る小夜。
小夜の声「嫌だ。まだ終わりたくない。まだ……」

〇 体育館・内
  ハッと気が付く小夜。
  皆、音を伸ばすのを止めている。
  ただ一人、幹太だけが伸ばし続けている。
  小夜、急いでフェルマータの音を切る。
  小夜、不安げに幹太を見つめる。
  幹太、優しく小夜に微笑む。
小夜M「私、渡利君に助けてもらってばかりだよ」
  涙がこぼれる小夜。
  小夜、曲の続きを指揮する。
卒業生「♪いざーさらーばー」
小夜M「ありがとう」
  小夜、曲を終了させる。
  ピアノの最後の余韻が消える。
  幹太、マイクを手に取って。
幹太「以上をもちまして、
 僕たちの青春を終わります」
  幹太、笑顔を見せる。
<了>
          

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