【人物表】
眞白風(ましろふう)(18)都立聖智高の生徒
野々瀬碧(ののせあおい)(35)都立聖智大学の助教授
【カウンセリング 第一話】
〇(T)カウンセリング 第1回目 8月2日
〇都立聖智高校・外観
〇同・保健室・前
〇同・同・中
窓が開いてカーテンが揺れている。
眞白風(18)、白衣を着ている野々瀬碧(35)、向かい合って座っている。
机の上にはコーヒーと野々瀬のスマホ。
野々瀬「それでは、本日のカウンセリングを始めます」
風、下を向いている。
野々瀬、笑顔で、
野々瀬「まず……自己紹介からですよね。僕は野々瀬碧といいます。隣の大学で助教授をしています」
風、顔を上げず無言。
野々瀬「あなたのお名前を聞いてもいいですか?」
野々瀬、風の顔を覗き込む。風、野々瀬に気づき一瞬びくりとする。
風、俯きながら、
風「……眞白、風です」
野々瀬「眞白さん、よろしくお願いしますね」
風、小声で、
風「……はい」
野々瀬、コーヒーを飲み、
野々瀬「僕が最初にあなたに伝えたいのは、学校に通うことができているのは奇跡ということです」
野々瀬、両手を組み机の上に置く。
野々瀬「生徒一人一人にはそれぞれの生活があり、文化があります。その中で生きていくというのは極めて困難なことです」
風、変わらず下を向いている。
野々瀬「そのため、学校に行けなくなるというのは至って普通のことです。だから、恥じなくていい」
風でカーテンが揺れている。
野々瀬「最も、あなたが学校に行かなくなった理由を私は知らないのですが……」
野々瀬、コーヒーを飲む。
野々瀬「無理に話せとは言いません。何か僕にお手伝いできることはありませんか」
風「先生に何ができるっていうの」
野々瀬「そう……ですね。例えば……僕と会話をすれば、動物園に行ったときと同等のヒーリング効果が得られます」
風、初めて野々瀬を見て、
風「はあ?」
野々瀬「僕、人から癒し系だねってよく言われるんです」
風「そういうのって自分で言うことじゃないと思うんですけど」
風の笑顔。
野々瀬、つられて笑って、
野々瀬「ええー、そうですかね」
風「先生、動物園って最近行かれましたか」
野々瀬「うーん、おそらく小学生のときに行ってから行ってないですね」
風「ふうん。先生が行ったときって何パンダでした?」
野々瀬「えーと、リンリン、かな」
風「へえ。パンダの名前って、なんで同じ言葉を繰り返すんでしょうね」
野々瀬「日本に初めて中国からやってきたパンダの名前がカンカンとランランだったそうです」
風「それが定着したってこと?」
野々瀬「ええ。中国では、同じ語が繰り返される名前には、相手を可愛がる意味があるらしいですよ」
風「ああ、言われてみれば」
風、俯き、
風「私も、彼氏のことパンダみたいに呼んでました。真鍋くんだから、なべなべ」
野々瀬、少し笑いながら、
野々瀬「そのネーミングセンスはどうなんです?」
風「なんで? 可愛いでしょ?」
野々瀬「はは、確かに。それに仲が良さそうですね」
風、俯き無言。
野々瀬「眞白さん?」
風「もう、別れました」
野々瀬「そう、ですか。ごめんなさい」
野々瀬、言葉を遮り、
風「私がいけなかったのかなあ」
野々瀬「え?」
風「私、凄く好きだったんです。彼のこと」
野々瀬「はい」
風「でも、他の男の子も好きなんです、クラスメイトとか、廊下ですれ違った先輩とか、放課後カメラを構えている写真部の子とか」
野々瀬「それは、恋愛対象としての好意ですか?」
風「…わからない。女の子ももちもちしてて可愛いから好きだけど。でも、男の子は違う。男の子ってだけで大切な存在なんです」
野々瀬「それは何故ですか?」
風「男の子と一緒にいるときの私が一番輝くから、かな。私が私でいられるって思うんです」
野々瀬「そう、なんですね」
風「……目の前で転んだ男の子に声をかけたことがありました、大丈夫ですかって」
野々瀬、黙って風を見ている。
風「そのとき、横に彼がいて。彼が「そういうのやめろ」って言うんです」
野々瀬「そういうのとは?」
風「私も分からなくて聞きました、どういうことって。彼は「男に媚びた態度のこと」って答えました」
野々瀬、風を見ている。
風「「転んだのが男じゃなく女だったら同じことをしたか」とも言われました。私、それで、わからなくなって……」
野々瀬「別れた、と?」
風「はい。でも私からじゃないです。彼が、怒って別れるって」
野々瀬「ショックだったんですね」
風「はい。なんで急にって思いました。学校に行ったら彼がいるし……」
野々瀬「行きづらくなったんですね」
風、俯く。
野々瀬「もしかして、その男の子は眞白さんが初めての恋人だったのではないですか?」
風「えっ、なんでわかったんですか?」
野々瀬「きっと彼は、自分だけを見て欲しかったんですよ。それが初めての恋人なら尚更です」
風「でも私、彼のことを一番好きだって思ってます。実際そのことを彼にも言ったから伝わってると思うけど……」
野々瀬「一番があるということは、二番が存在する。という風には考えられないでしょうか」
風「それは、言葉の綾でしょ」
野々瀬「はい。でも、あなたには存在した、二番目の男性が。それを彼は薄々勘付いていたのではないのでしょうか?」
風、自虐的に笑って、
風「自分の彼氏がいるのに、他の男の子を好きになるなんて、ある訳ないです」
野々瀬、コーヒーを飲み、
野々瀬「午後は午前中に比べて嘘を言う頻度が二十パーセント増えるそうです」
風、野々瀬を見て、
風「……それが何?」
野々瀬「今の時間、わかりますか?」
野々瀬、テーブルにあるスマホを風に見せる。
スマホには十三時四十五分とある。
風「嘘をついている訳じゃないです。私、本当にわからないから」
野々瀬「疑っているのではなく……自分の知っている知識を得意げに披露するのは僕の悪い癖ですね。不快にさせたならすみませんでした」
風「先生は、悪くない。私が……」
野々瀬「もしかして、先程言っていた、「男の子ってだけで大切な存在」と関係がありますか?」
風、興奮して、
風「どうして、大切な人がたくさんいたらダメなんですか。なんで、私のこと、わかってくれないの……」
風、両手で顔を覆う。
野々瀬のスマホのアラーム音。
野々瀬「時間ですね」
風「あ…」
野々瀬、笑顔で、
野々瀬「来週までの宿題にしましょうか」
風「え……」
野々瀬「大切な人が沢山いたらいけないのか、という問題に対して、眞白さんなりの答えを出してみてください」
風「そんなの、わかんないよ」
野々瀬「大丈夫です。正しい答えなんて存在しません。僕はあなたの正解が聞きたいんです」
風「……」
野々瀬、眼鏡を上げ、
野々瀬「来週も同じ曜日、同じ時間です」
風「え、あ、はい」
野々瀬、立ち上がり、
野々瀬「担任の先生を呼んできます。今日はありがとうございました」
風「えっ、こちらこそ……」
野々瀬、保健室から出る。
風、ドアの方を見てため息をつく。
【カウンセリング 第二話】
〇(T)カウンセリング 第2回目 8月9日
〇都立聖智高校・外観
〇同・保健室・前
〇同・同・中
窓が開いてカーテンが揺れている。
風、野々瀬、机に向かいあって座っている。
机の上にはコーヒーと野々瀬のスマホ。
野々瀬「それでは、本日のカウンセリングを始めます」
風「よろしく、お願いします……」
野々瀬、笑顔で、
野々瀬「眞白さんは、キスをするとき、右に顔を傾けますか。それとも左に傾けますか?」
風、眉を潜め、
風「いきなりなんですか? 余裕でセクハラですよ」
野々瀬、気にせず、
野々瀬「ある実験では、右に傾ける人が多いという結果が出ています。多くの母親がゆりかごを左側に置き、赤ん坊は右を向いて母乳を受けるため、その習慣が残ったのではと言われているんです」
風、野々瀬を見ている。
野々瀬「まあ、キスというのはバクテリアの交換なんですけどね。そのためキスをすると体調が悪くなる人もいるみたいですよ」
野々瀬、コーヒーを飲む。
風、くすりと笑う。
野々瀬「何かおかしいことを言いましたか、僕は……」
風、微笑みながら、
風「だって、おかしいですよ。キスってそんなグロテスクなものじゃないでしょ? ふふっ、バクテリアの交換って……」
野々瀬「眞白さんは恋愛経験が豊富なんですね。僕の方が生徒みたいだ……」
風「先生は彼女いないの?」
野々瀬「今はいないです。仕事が恋人ってやつですね」
風「へえ。大学の先生って忙しいんですね」
野々瀬、眼鏡を上げ、
野々瀬「まあ、ぼちぼちです」
風「じゃあ、初恋はいつなんですか?」
野々瀬「うーん、難しい質問ですね」
風「えっ、どうして?」
野々瀬「初恋って、文字通り初めてした恋のことを言うんでしょう。覚えている一番昔の恋を初恋と言うべきか、迷っていたんです」
風「えっと、つまり、どういうこと?」
野々瀬「姉が言うには、僕は小学生のときに担任の先生と結婚するって言っていたみたいなんです」
風「先生はその担任の先生に恋をしてたか、覚えてないんですか?」
野々瀬「そうなんです」
風「でも、本当に恋してたならその担任の先生がかわいそう」
野々瀬「かわいそう?」
風「うん。だって、初恋の相手になれることほど嬉しいことはないですもん」
野々瀬「そんなに光栄なことなんですか?」
風「その人の初めてを奪えるならなんだって嬉しいです」
野々瀬「そうなんですね」
野々瀬、コーヒーを飲み、
野々瀬「ところで、眞白さんの初恋はいつなんですか?」
風「私ですか? うーん、三か月前と、半年前と……あとは、一年くらい前とか」
野々瀬「ちょ、ちょっと待ってください。初恋って初めの一回だけじゃないんですか?」
風「うん、でも私にとっては毎回の恋が初恋みたいにドキドキするの。だから恋をするときはいつも初恋だと思ってるんです」
野々瀬「なるほど。眞白さんらしいですね」
風「そうかなあ」
風、微笑む。
野々瀬「先週の宿題、覚えていますか」
風「…大切な人が沢山いたらいけないのか、っていう問題に答えを出すんでしたよね?」
野々瀬「はい、眞白さんの答えで構いません」
風、俯いて、
風「私は私の彼氏に自分以外の大切な人がいてもいいと思います」
野々瀬「それはどうしてですか」
風「私自身の魅力がその人に負けていることを証明していると思うんです。だって、私が最高なら、他の人に目移りしないでしょ」
野々瀬「そうですね」
風「私が男の子を好きな理由は話しましたよね」
野々瀬「男性と一緒にいるときの自分が一番輝くから、でしたよね」
風「そうです。でもそれは、男の子にも言えることだと思いました」
野々瀬「逆説的に考えたんですね。女性と一緒にいるときの男性は一番輝くと」
風「はい。だから、私が一番魅力的になるには男の子といればいいし、彼がより輝くためには他の女の子といればいいと思います」
野々瀬「つまり、大切な人は沢山いてもいいと?」
風、上目遣いで、
風「はい……間違っていますか?」
野々瀬「そんなことはありません。この宿題は眞白さん自身が考えてくれたことに意味がありますから」
風「そうですか」
野々瀬「もしかして眞白さんは、理系の科目が得意ですか?」
風「え、そうですけど、それが何か?」
野々瀬「考え方が論理的です。凄く正しいことを言っている。ただ」
風「ただ?」
野々瀬「感情で考えたら、また違う意見が出てくるのかなと疑問に思いまして」
風「感情で考える? どういうことですか」
野々瀬「例えば、初めてできた恋人って特別で大切ですよね。そんな恋人が他の異性と仲良くしていたら腹が立つかもしれません」
風「なんで?」
野々瀬「余裕がないんです。自分よりいい人がいたらとられてしまうんじゃないかって」
風「……」
野々瀬「眞白さんの言ったことは理屈が通っています。でもそれを現実世界でできるかと言ったらわかりません」
風「やっぱり、大切な人は一人しか作っちゃダメなんですか」
野々瀬「そういうことではありません。つまり僕が言いたいのは、色々な感情を持っている人たちを認め合うことが大切なのではないかということです」
風「よくわからない」
野々瀬「眞白さんのように恋人に自分以外の大切な人がいても何とも思わない人がいる。しかし彼……真鍋くんのように怒る人もいる。このように様々な感情を持つ人が存在することを理解するのが必要だということです」
風「存在を理解するだけでいいの?」
野々瀬「はい。その人の気持ちまでわかろうとしなくてもいいんです。他人の本当の気持ちなんて、わかるはずがないんですから」
風「そう……ですね」
野々瀬「それに、そんなことをしていたら自分が疲れちゃいますしね」
風、笑いながら、
風「あはは、確かにそうですね。うん、でも、それなら私にもできそうな気がする」
野々瀬「そうですか。それはよかったです。でも眞白さんが考えを変えることはしなくていいんですよ」
風「えっ?」
野々瀬「男性に限らず、人が好きということは素敵だと思うからです。世の中には他人に興味のない人だっていますし」
風「そんなこと、ないです」
野々瀬「そんなことありますよ。だから、これからも大切な人を十人、いや百人でも作ったらいいと思います」
風「あは、わかりました」
野々瀬のスマホのアラーム音。
野々瀬「時間ですね」
風「あ、もうそんな時間……」
野々瀬は笑顔で、
野々瀬「今日もありがとうございました。来週が最後ですね」
風「今日は宿題、ないんですか?」
野々瀬「ああ、そうですね。では、これから眞白さんがどうしたいか僕に教えてください」
風「どうしたいか?」
野々瀬「僕は眞白さんを学校に通えるようにするために呼ばれたカウンセラーです。今は夏休みですが、再来週には二学期が始まります。それまでに眞白さんが学校に通うことのできる状態にしなければいけません」
風「……」
野々瀬「と、いうのがあなたの担任の先生と親御さんの考えです」
風「えっ?」
野々瀬「僕個人としては、学校に通うことがゴールだとは考えていません。眞白さんが今後どうしたいかという問題に対し答えが出たときこそ、このカウンセリングのゴールだと思っています」
野々瀬、立ち上がり、
野々瀬「担任の先生を呼んできますね」
風「今週も、ありがとうございました」
野々瀬、笑顔で、
野々瀬「いいえ、こちらこそ」
野々瀬、保健室から出る。
【カウンセリング 第三話】
〇(T)カウンセリング 第3回目 8月16日
〇都立聖智高校・外観
〇同・保健室・前
〇同・同・中
窓が開いてカーテンが揺れている。
風、野々瀬、机に向かいあって座っている。
机の上にはコーヒーと野々瀬のスマホ。
野々瀬「それでは、本日のカウンセリングを始めます」
風「よろしくお願いします」
野々瀬「今日で最後のカウンセリングです。しかしあくまで形式上での話です。そのためまた行っても構いませんが」
風、首を横に振りながら、
風「いえ、今日で最後にします」
野々瀬「……そうですか」
風「……はい」
二人が黙り沈黙。
野々瀬、咳払いをしてから笑顔で、
野々瀬「眞白さんは、彼氏……真鍋くんのどんなところが好きでしたか?」
風「え? うーん…多分、きっかけは、エンターキーです」
野々瀬「エンターキー?」
風「はい。授業でパソコンを使う機会があったんです。でも彼の押すエンターキーの音が、こう、ターンって、凄く大きな音で」
野々瀬「へえ」
風、微笑みながら、
風「その人、人気者だし、勉強もスポーツもなんでも出来る人なんです。なのに、エンターキーを押す勢いが良いのが可笑しくて」
野々瀬「なんというか感性が……独特ですね」
風「そうですか? 可愛いと思っただけなんだけど」
野々瀬「かっこいいじゃなくて、可愛い?」
風「好きだなあって思う人はいつも可愛い人です。私、可愛いことは頂点だと思ってます」
野々瀬「頂点?」
風「はい。可愛いは短所を長所に塗り替える力があるんです。だから、頂点」
野々瀬「確かに、できないところも可愛いと思ったら、その人の全てが好きということになりますもんね」
風「そういうことです」
野々瀬、目を逸らし、
野々瀬「でもさすがに、背が低いというコンプレックスを可愛いとは思えないですかね」
風「えっ?」
野々瀬「僕のコンプレックスなんです。背が低いって」
風「それのどこがコンプレックスなの?」
野々瀬「え、違うんですか?」
風「うーん。じゃあ、先生、ちょっと立ち上がってもらえますか?」
野々瀬、立ち上がる。
風、立ち上がって野々瀬の目の前に来る。
風「少し屈んでもらってもいいですか?」
野々瀬「こうですか?」
野々瀬、風の顔の高さまで屈む。
風「はい。こっちの方が顔が近くてドキドキしませんか?」
野々瀬、目をパチパチさせている。
風「先生?」
野々瀬、体制が元に戻り眼鏡を上げ、
野々瀬「はい、確かに重要なのは身長ではないみたいです。それに、今ので眞白さんの周りにいつも男性が絶えないことがよくわかりました」
野々瀬、自席に戻る。
風、微笑んで、
風「今更気づいたんですか?」
風、自席に戻る。
風「先生、宿題の答えですけど」
野々瀬「はい。眞白さんがこれからどうしたいか、ですね」
風「はい。私、新学期が始まったら、ちゃんと学校に行ってみようと思うんです」
野々瀬「そうですか」
風、俯きながら、
風「元彼は同じクラスだから、気まずいけど、でも……」
風、顔を上げ、
風「とりあえず、行ってみます。それでもしダメだったら、また違う道を考えます」
野々瀬「はい。それはとてもいいと思います」
風「それで、もし、もしも、それでもダメだったとしたら、また会ってもいいですか?」
野々瀬「もちろん。いつでもお待ちしています」
風、笑顔で、
風「よかった。でも一応今日が最後だから、ちゃんと言わないとですね、お礼」
野々瀬「そんな、お礼なんて」
風「先生、本当にありがとうございました。たった三回だったけど、私が私でいられることができます。これは先生のおかげです」
野々瀬「僕は、何もしていないですよ。眞白さんが自分で答えを出したんですから」
風「でも先生は最初から最後まで私のことを否定せず、認めてくれた。それがなによりも嬉しかったんです」
野々瀬、黙って風を見ている。
風「彼と口論になったとき、世界が暗くなりました。そのとき気付いたんです。やっぱり男の子は太陽で、女の子は月だって」
野々瀬「太陽と月か……良い表現ですね」
風「今回カウンセリングを受けようと思ったのは、自分の考えが正しいか間違ってるかを見極めてもらうためでした。でも」
野々瀬「でも?」
風「正しいか間違っているかの二択ではなく、人の考えは多種多様で、色々な人がいることを理解するのが大切だと知りました」
野々瀬、風を見ている。
風「だから、彼には彼の考えがあるし、私は私で違う考えを持っている。そしてその考えを変えずにきちんと胸にしまっておこうと思います」
野々瀬「はい」
風「ちゃんと私自身を好きになってもらいたいから、ありのままでいようと思うんです。で、いつか、私の考えを少しでも理解してくれる人と出会うことができたらいいなあ、と、思います」
風、一息置いて、
風「えっと、私の言っていること、変じゃないですか?」
野々瀬、首を横に振り笑顔で、
野々瀬「いいえ、変ではないですよ。それに、眞白さんが自分できちんと考えたことが凄く伝わってきます」
風、微笑み、
風「よかった。先生もほっとしたでしょ」
野々瀬「僕が?」
風「はい。不登校の私がちゃんと学校に行けるようになって」
野々瀬「そうですね……学校に通うということが正しいかと言われたら違うと思います。高校は義務教育ではないから尚のことです」
風「へえ。そうなんだ」
野々瀬、コーヒーを飲み、
野々瀬「ええ。高卒認定もありますし、大学に進学できないということもないんですよ」
風「確かにそうですね」
野々瀬「はい。どんな道でも僕は応援しています。ですが、学校に通っていないとできないこともあります」
風「例えばなんですか?」
野々瀬「そうですね。部活動や生徒会、テストと……体育祭や文化祭など、様々です」
風、頷きながら、
風「言われてみればそうですね。いつもは当たり前で気づかないけど」
野々瀬「それに、同級生同士の恋愛なんかもそうですね」
風、少し下を向き微笑みながら、
風「野々瀬先生、私ね」
野々瀬「はい、なんですか?」
風、顔を上げ、
風「私、次の恋を初恋にします」
野々瀬「え?」
風「初恋みたいにドキドキするから、初めてする恋じゃなくても初恋って思ってるって話、覚えてますか?」
野々瀬「はい、覚えてます」
風「先生と出会う前の私と今の私。考えていることは変わってないけど、でもどこか変化した気がするんです。だから、次の恋を初恋にしようかなって…」
野々瀬「眞白さんは変わりました。前に進んだんですから」
風「そうかな……」
野々瀬、スマホのアラーム音。
野々瀬「……時間ですね」
風「私、担任の先生を呼んできます」
野々瀬、一瞬目を見開いたが笑顔で、
野々瀬「あっ、はい。お願いします」
風、立ち上がってドアまで行き、
風「野々瀬先生、本当にありがとうございました!」
風、一礼をする。
野々瀬、立ち上がり、
野々瀬「いえ、こちらこそ。お役に立ててよかったです」
二人、顔を上げ笑い合う。
風、出ていく。
野々瀬が座りコーヒーを飲む。
野々瀬「さて、来週のこの時間はなにをしようかな」
野々瀬が眼鏡を上げて微笑む。
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