<登場人物>
小矢部 宏美(24)アナウンサー
荒 耕大(34)プロ野球選手
神通 つばさ(32)アナウンサー、写真のみ
常願寺 優(23)同
阿賀野(42)ディレクター
黒部(55)宏美らの上司
<本編>
○某所
何もない場所。プロ野球・東京スワンズのユニフォーム姿で立つ荒耕大(34)にスポットライトが当たる。
荒「どうも、プロ野球・東京スワンズの荒耕大です。早速ですが、皆さんに質問です。まずは、コチラの表をご覧ください」
表示される表。荒を含めた四人の投手の成績表。詳細は以下の通り。
「荒耕大 26試合 10勝9敗 164回自責点61 防御率3.35
藤川竜太郎 24試合 12勝6敗 135回 自責点56 防御率3.73
玉川知之 27試合 8勝11敗 154回 自責点53 防御率3.10 備考 ※開幕投手
中川信也 11試合 6勝0敗 67回 自責点24 防御率3.22」
荒「これは昨シーズンの、東京スワンズの主な先発投手陣の成績表です。これを見て、貴方は誰が『エース』だと思いますか? その理由は、何ですか? え? 『私がどう思ってるか』ですって? その答えは、本編で」
○メインタイトル『エースの穴』
○ワンテレビ・外観
「ワンテレビ」と書かれた看板。
○河川敷
現場リポートをする常願寺優(23)。
優「入社一年目、常願寺優です」
○ワンテレビ・社員食堂
大きなテレビ画面に映る優のロケ映像。
優「私は今……」
出ていこうとする小矢部宏美(24)。出口付近に貼られたポスターに目をやる。そこにはワンテレビのアナウンサーが一堂に会しており、中央には神通つばさ(32)、その隣に優らが居り、端に小さく宏美も写っている。尚、宏美の表情は感情の起伏が感じられない。
宏美「え……常願寺ちゃんより……?」
ポスターに手を伸ばす宏美。
その時、食堂に入ってくる阿賀野(42)。
阿賀野「おぉ、コヤちゃん」
宏美「(手を引き)あ、お疲れ様です」
阿賀野「お疲れちゃん。ちょうど良かった。例の企画、通ったから。よろしく」
宏美「本当ですか? 頑張ります」
○(VTR)同・アナウンス室
カメラを向けられる宏美。
阿賀野の声「エースアナウンサーに、なりたいか~?」
宏美「(腕を突き上げ)なりた~い」
阿賀野の声「なりたいか~?」
宏美「(腕を突き上げ)なりた~い」
阿賀野の声「エースアナウンサーに、なりたいか~?」
宏美「(腕を突き上げ)なりた~い」
「小矢部宏美 エースアナへの道」という番組テロップが出る。
○スワンスタジアム・第二球場
カメラの前に立つ宏美と荒。荒は練習着姿。カメラマンの後方には阿賀野もいる。
宏美「この番組は、今年『新人からの一七年連続二けた勝利』という日本記録更新を目指す東京スワンズのエース・荒耕大選手に密着しつつ、私、小矢部宏美がエースアナウンサーになるための心構えを学んで行く番組です。荒選手、よろしくお願いします」
荒「お願いします。そうですか、小矢部さんはエースになりたかったんですね」
宏美「そこに関しては(阿賀野を見やり)ディレクターのアドリブなんですが……」
荒「でも、少なくとも皆さんは私の事を『エース』だと思ってくださっている訳ですね?」
宏美「もちろんです」
荒「ではお聞きしますが、皆さんにとって『エース』って何ですか?」
宏美「え? それは……」
阿賀野ら周囲のスタッフ達を見やる宏美。しばしの沈黙。
荒「では、そこから考えてみましょうか」
× × ×
阿賀野の持つタブレット端末を覗き見る宏美。タブレットの画面には冒頭のシーンと同じ、四人の投手の成績表が表示されている。その様子を遠巻きに見ている荒。
阿賀野「こう見ると、やっぱり一番勝ってる藤川選手がエースっぽくない?」
宏美「でも、荒選手は『勝利投手になる必要はない』って言ってましたよ?」
阿賀野「確かに。じゃあ、コヤちゃんは誰だと思うの?」
宏美「う~ん……玉川選手ですかね? 防御率が一番良いですし、開幕投手ですし」
阿賀野「でも一一敗だよ? 勝ち数はともかく、負け数が多いのはどうなの?」
宏美「じゃあ、中川選手ですか? 無敗ですよ?」
阿賀野「でも、シーズン通して投げてないからな~」
荒「あの……別に気を使っていただく必要はないと思いますが、全然私の名前挙がらないですね」
宏美「あ、すみません」
阿賀野「いや、通算成績で言えば荒選手なんですよ? でも、昨年の成績だけで言うと……」
宏美「ちなみに、荒選手は誰がエースだと考えてますか?」
荒「私ですか? あくまでも私の基準になりますが……(タブレット端末を覗き見て)私、ですかね」
宏美「即答ですか?」
荒「小矢部さんは、サッカーのエースってどんな人だと思いますか?」
宏美「え、サッカーですか? 一番点を獲る人、ですかね?」
荒「なるほど。でも野球のエースは、点を獲る人ではないですよね?」
宏美「そうですね。四番バッターを『エース』とは呼ばないですよね」
荒「では、営業部のエースはどんな人でしょう?」
宏美「営業部のエース?」
荒「言いますよね?」
阿賀野「言いますね」
宏美「う~ん……一番稼ぐ人?」
荒「では、アナウンサーのエースは?」
宏美「一番……番組を任される人」
荒「私もそう思います。つまり『エース』とは一番『稼ぐ人』であり、一番『任される人』。サッカーも、得点を一番『稼ぐ人』、フリーキックのキッカーを『任される人』と言い換えられますよね」
阿賀野「なるほど。稼ぐか、任されるか……」
荒「では、野球で投手が『稼げるもの』『任されるもの』は、何でしょう?」
宏美「……あ、イニング数?」
タブレット端末に目を向ける宏美。
荒「最もイニングを『稼ぎ』最もイニングを『任された』人。それが『エース』だと、私は考えています」
宏美「だから、昨年一番イニングを投げたご自身が『エース』だと……」
阿賀野「しかし、ベテランの荒選手が一番イニングを投げてるなんて、最近の若いピッチャーは情けないですね」
荒「まぁ、良いんじゃないですか? あくまでも私個人の考えですから」
宏美「スワンズの後輩選手に、今の話はされていないんですか?」
荒「する必要、あります?」
宏美「素人目線ですけど、凄く参考になった気がします」
荒「でも、最多勝や最優秀防御率なんかと違って、最多イニングはタイトルに含まれませんから。評価もされない、お金にもならないものを安易に勧める訳にはいきませんよ」
宏美「あぁ……」
荒「逆に言えば、小矢部さんはそれでもエースを目指されますか?」
○ワンテレビ・外観
荒の声「そこまでして、エースを目指す必要……」
○同・アナウンス室
デスクワークをする宏美。
荒の声「ありますか?」
手を止め、振り返る宏美。つばさの席は空席。
宏美「……」
優の声「小矢部さん、どうかしました?」
そこにやってくる優。
宏美「いや、神通さんは?」
優「年末だか年始だかの特番の打合せに行ってますよ。大変ですよね、生放送ばっか」
宏美「本当、大変そうだよね、エースは」
優「?」
黒部の声「おい、小矢部」
振り返る宏美と優。部長席から手招きをする黒部(55)。
優「小矢部さん、今度は何したんですか?」
宏美「何もしてない」
黒部の前にやってくる宏美。
宏美「何ですか?」
黒部「いや、それがな。まだ企画段階らしいが、今度、深夜のバラエティで『小矢部をアシスタントMCにつけたい』って言っててな」
宏美「え、私が……バラエティ?」
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