登場人物
山本陽介(33)(30) 谷田組用心棒・バーテン・
山伏。
安川清子(28)(25) 北新地ホステス
安川錠(30)清子の兄、山本の友人
沢田譲二(29) 谷田組若頭
金田翔 (23) 谷田組組員
谷田浩吉(60)谷田組組長
山崎真二(58)山崎組組長
山川徹(30)愚連隊
ママ(40)
吉田恵美(27)清子の同僚
竹田由紀(23)清子の後輩
岩井七恵(23)清子の後輩
田中修平(63)(60) 清子の愛人、政治家
お客1
バーテン1
組員1・2
医者
老婆
山伏1・2・3
僧侶
○ ミナミの街(夜)
山本陽介(30)が沢田譲二(29),、金田翔
(23)と歩いている。
沢田と金山は派手なスーツ姿であるが、
山本はジャージ姿である。
三人は路地裏に入っていく。
○ 路地裏のバー・外(夜)
金田がバーの前で止まる。
金田「ここです」
金田がドアを開け、沢田、山本が中に
入って行く。
○ 同・中(夜)
店の中で安川錠(30)が椅子に縛られ
ている。組員1、組員2が沢田に挨拶
する。
組員1・2「ご苦労さまです」
安川の顔には殴られたあざがあり、血
が流れている。沢田は安川の前に椅子
を持って来て座る。
山本はその様子を冷めた目で見ている。
沢田「お前、どこのもんや?」
安川「知るか」
沢田「なんやと、こら!うちのシマで薬捌き
やがって。ただで済むとい思うなよ。お前
ら唄わしたれ!」
沢田が組員1・2に指示する。
組員1が、安川を蹴る。
安川が呻き声を上げる。組員2が
安川を鉄パイプで数回殴る。
安川はぐったりとする。
山本「その辺でやめとけや」
沢田「せやかて、先生」
山本が安川の前に立つ。
山本「お前、山崎組のもんやな」
安川は咄嗟に下を向く。
沢田「山崎組か、人の米びつに手突っ込みく
さって。お前、沈めるぞ」
安川「そんなんしたら、うちと戦争になるで」
沢田「上等じゃ!戦争でも何でもしたるわ!」
金田が口を開く。
金田「頭、まずいですわ。親分が山崎組と
は揉めるな言うてはりましたで」
沢田が金田を殴る。
沢田「われ!シマ荒らされて、黙っとれ言う
んかい!」
沢田が拳銃を出す。
沢田「こいつ殺ったる」
山本が沢田を制止する。
山本は組員1に言う。
山本「ドス貸せ」
組員1が山本にドスを渡す。山本はド
スを抜いて安川の目の前に突きつける。
安川「何するんじゃ!」
山本は安川の右耳にドスを当て、冷や
やかな目でドスで耳を斬る。安川の耳
が床に落ちる。
安川「ぎゃああ」
山本が安川の左耳にドスを当てる。
山本「今度はこっちの耳やな」
安川「やめろ!やめてくれ!」
山本は手を止める。
山本「ほんなら二度とここで薬捌くなよ」
安川「わかった」
山本「山崎組に電話せえ」
組員が携帯電話をかける。
電話の声「山崎組!」
山本「あんたところ若いもん、預かっとるん
やが」
電話の声「だれじゃおどれ!」
山本「谷田組の用心棒で山本言います。あん
たんとこの若い衆がうちのシマで薬捌いと
ったこを捕まえましてん。ほんま困ります
なあ」
電話の声「なんやと!」
山本「また連絡させてもらいます」
電話の声「おい、ちょっとまて!」
電話を切る山本。
山本は安川の縛られているロープを切
り、落ちている耳を拾い、男を抱えて
連れて行こうとする。
沢田「ちょっと待てや!どこ行くんや!こい
つは事務所に連れて行く」
山本「先に医者や、それから俺が事務所に連
れて行く」
安川を連れて行く山本。
沢田「くそっ!勝手なことしやがって」
○ 車・中(夜)
車を運転する山本。後部座席には安川
がうずくまっている。
安川「俺をどうする気や!」
山本「さっきは悪かったな。ああせんと、あ
んた殺されてたかもしれんからな。今から
医者に連れてったるわ」
安川「あんた、大丈夫なんか、こんなこと
して」
山本「無駄な殺生は嫌いなんや」
○古い建物の医院の前(夜)
車が止まり、山本が車から降りる。
山本は安川を連れ医院の中に連れて
行く。
○ 同・中(夜)
医者が安川の頭に包帯を巻いている。
医者が山本に向かって、
医者「ちゃんとくっつけといたで」
山本が安川に向かって、
山本「良かったな」
安川「お前が言うな!」
山本と安川は顔を見合わせ、お互いに
笑う。
○ 谷田組事務所・中
ソファに山本が座っている。
向かいには、谷田浩吉(60)と沢田が
腰かけている。
谷田「先生、ようも勝手なことしてくれたな。
うちの面子丸つぶれやで。よその組にシマ
で勝手なことされて、落とし前も付けんと
返したんやからな。山崎組とは揉めとうな
いが、それとこれとは別や」
山本「ほんなら山崎組と戦争になってよか
ったんですか?」
沢田「戦争が怖あてヤクザやっとれるかい!」
事務所の電話が鳴る。
組員1が谷田に声をかける。
組員1「おやっさん、山崎組の組長からお電
話です」
谷田と沢田が目を合わせる。
谷田が電話に出る。
谷田「谷田ですが」
○ 山崎組事務所・中
受話器を持つ山崎真二(58)。
山崎「山崎です。こないだは、うちの若いも
んがご迷惑をおかけしてすんまへんでした」
○ 谷田組事務所・中
受話器を持つ谷田。
谷田「山崎さん、困りますなあ、シマ荒らし
は」
○ 山崎組事務所・中
受話器を持つ山崎。
山崎「あれは若いもんが勝手にやったことで、
きつう言うときます。そのうち、詫びに行
かせてもらいます」
○ 谷田組事務所・中
谷田「わかりました」
電話を切る谷田。
沢田「組長、山崎のやつ何て?」
谷田「近いうちに、詫びに来る言うてた」
沢田「それで終わりでっか?」
谷田「ええんや。先生、これからは勝手なこ
とせんとってくださいよ」
山本を睨みつける沢田。
○ 繁華街(夜)
山本が歩いていると後ろから沢田の
声がする。
沢田の声「おい!」
山本が後ろを振り向くと、沢田とが立
っている。
沢田「ちょっと待てや」
山本「なんや!」
沢田「ちょっと顔貸してもらおか」
山本「何の用や!」
沢田「あんな勝手なことして、組長は許して
も俺は許さんで」
山本「許さんかったらどうするんや!」
沢田「こうするんや」
沢田がドスを抜く。山本は身構える。
沢田が切り掛かってくる。山本は体を
かわす。また沢田が切り掛かって来る。
山本は沢田の手を蹴り。沢田がドスを
落とした次の瞬間、沢田の顔にパンチ
を入れる。沢田が倒れる。
山本は立ち去ろうとすると拳銃の音が
鳴り響き、山本の肩に銃弾が命中する。
山本が倒れる。
沢田がふらつきながら拳銃を山本に向
けるが、何者かに頭を鉄パイプで殴ら
れ倒れる。
そこには鉄パイプを持った安川が立っ
ている。頭に包帯を巻いている。
安川「行くぞ!」
山本は安川に肩を支えられながら歩い
て行く。
山本「あのときの」
安川「大丈夫か」
山本「ああ」
山本の肩から血が流れている。
安川「撃たれたな。医者に行こう」
山本「ほっといてくれ」
安川「ええから、来い!」
○ 古い建物の医院・中(夜)
医者が山本の肩に包帯を巻いている。
医者「弾は貫通してるようや。命拾いしたな」
安川が山本に向かって、
安川「良かったな」
山本「あんたこそ、傷大丈夫か」
安川「おかげで耳はつながったで」
山本「そうか。それは良かった」
山本と安川は顔を見合わせ、
お互いに笑う。
○北新地の街(夜)
○ クラブ「L」・中(夜)
カウンターに山本と安川が座ってい
る。安川と山本が乾杯する。
安川「あんたとこうして飲むとは思わんかっ
たわ」
山本「俺もや」
安川「まさか谷田組の用心棒やったとはな」
山本「あれから、事務所には行っとらん」
ところで、まだ薬捌いてるんか?」
安川「いや。最近、サツの目が厳しいなって
な。今はケツ持ちとか、取り立てで何とか
凌いどる」
山本「薬は絶対あかんで。あんたもまさか
薬やってへんやろな」
安川「やってへんよ」
山本「ならええ」
安川「あんたこそ、あれからどうしてんねん」
山本「谷田組の沢田から追われてる」
安川「こんなとこで飲んどって大丈夫なんか」
山本「ええよ。ここはミナミと違うしな。
もし来たら返り討ちや」
安川「ほお、強いんやな」
山本「昔、キックボクサーやってたからな」
安川「なんでヤクザの用心棒なんかになった
んや?」
山本「刑務所出て、フラフラしてる時、谷田
の親分に世話になったんや。親分に組に
誘われたんやけど、俺、ヤクザ、死ぬ程嫌
いやねん。堅気に迷惑かけるヤクザはクズ
や」
安川「・・・」
山本「そやけど、谷田の親分は違った。あの
人は筋の一本通った極道や。問題はあの沢
田や。あいつは堅気を食いもんにする外道
や」
安川「俺でよかったら力になるで」
山本「大丈夫や。そのうち、型付ける」
安川「どないして型付けるんや」
山本「この世界から足を洗う」
安川「そうか・・・実は俺も足洗いたいねん」
その時、店に安川清子(25)が入って
来る。
安川「おい、清子、こっちや」
清子がやってくる。
安川「妹の清子や。この店で働いてんねん」
清子「安川清子です。はじめまして」
山本「はじめまして」
安川「こいつ、山本や。ちょっと前、危ない
とこ助けてもろたんや。耳痛かったけどな」
山本「それを言うな」
清子「兄ちゃんと同じ組の人?」
安川「違う違う」
清子「兄がいつもお世話になってます」
山本「いや」
安川「ちょうど良かった。こいつ仕事探して
んねん。この店で働けるようオーナーに言
うたってくれへんか」
清子「どんな人なん」
安川「今はヤクザの用心棒。でもやめたいら
しいねん」
清子「そうなんやね」
安川「な、清子、頼むわ」
清子「わかった。一回オーナーに言ってみる
わ」
安川「良かったな、山本」
山本「そやな。恩に切るわ」
清子「お兄ちゃんも、はよヤクザなんかやめ
て真面目に働いてよ」
安川「ああ、そのうちな」
× × ×
○ 北新地の街(夜)
○ クラブ「L」・中
お客とホステスに混じって清子が座っ
ている。山本がブランデーのセットを
運んで来る。
山本「お待たせしました」
清子がお客に水割りをつくる。
清子「はい、どうぞ」
客1「ありがとう、清子ちゃんて可愛いね」
客1が清子を見つめる。
バーテン1がやってきて、清子の耳元
で何かつぶやく。
清子「わかりました」
清子「ちょっとごめんね。すぐ戻るから」
客1「えー、行っちゃうの」
別のボックス席に山川徹(30)と数人
の男が座っている。全員ヤクザ風の風
貌である。
ママ(40)と清子が山川に挨拶をする。
ママ「あら、山川さんいらっしゃい」
山川「おお、清子、こっちやこっちや」
ママ、冗談ぽく、
ママ「なに?私は無視?」
山川「おばはんには興味ないねん」
ママ「あら、ひどい」
清子「お待たせしました」
山川「ええから、座らんかい」
山川は清子の手を強引に引っ張り、自
分の横に座らせる。躊躇する清子。
ママ「もう、乱暴なんだから」
山川「おばはんは黙っとけ」
ママは黙り込む。
山川が清子の体を触り出す。
山川「清子、会いたかったで。こんだけ通っ
たんやから、今日あたりええやろ」
清子は山川の手を払い、
清子「やめてください。ここはそんなお店じ
じゃないから」
山川「なに格好つけてんねん。いつも枕営業
くらいしてるやろ」
ママ「ごめんなさい。清子ちゃん、今日は駄
目なの」
山川「うるさいわ!」
山川がさらに清子の体を触る。
清子「いや、やめて!」
山川「おい!わしを誰や思てんねん!
谷田組のもんやぞ」
カウンターにいた山本の顔色が変わり、
山川の元にやって来る。
山本「すみません。お客様、ホステスが嫌が
っておりますので」
山川「は?俺が谷田組のもんやとわかって
言うてんのか!」
山本はニヤリと笑い、
山本「お客様がどこの方かは知りませんが、
大人しく飲んでいただけないなら、お引き
取りいただけませんか」
山川「われ!誰にもの言うてんねん!」
山川とヤクザ風の男達が立ち上がる。
山本「お客様、ちょっと表でお話しましょう」
山本と山川、ヤクザ風の男達が店を出
て行く。
○ 路地裏(夜)
山川とヤクザ風の男達が、山本に殴り
かかるが、山本はそれを全てかわす。
山川がドスを抜いて、再び山本に襲い
かかる。山本はドスをかわし、山川
の顔面にパンチを叩き込む。山川は倒
れる。他のヤクザ風の男達は後ずさり
して逃げて行く。
その様子を見ていたママと清子。
清子「大丈夫?怪我ない?」
山本「全然平気や」
清子「あいつら仕返しにこんかな」
山本「大丈夫。あいつらはただの愚連隊や。
谷田組の名を語ってるだけや。組員にあん
なやつおらん」
清子「そうなんや・・・ありがとう助けてく
れて」
山本「いや」
○ 居酒屋・中(夜)
清子と安川がテーブルに向かい合っ
て座っている。
清子「今日は私の奢りやから。何でも食べて」
山本「ええんか?」
清子「ねえ、山本さんて彼女とかいるの?」
山本「急に何聞くねん」
清子「いや、どうなんやろなあ思って」
山本「彼女なんかおれへんよ。あんなクズみ
たいな仕事してたのに」
清子「そうなんや・・・とにかく今日は飲も!」
× × ×
○ 梅田の街
山本と清子が歩いている。
手は繋いでいない。
清子が山本の腕に自分の腕を絡める。
山本はそれを振り払う。
山本「やめてくれ。恥ずかしいから」
清子「ええやん」
清子は再び山本の腕に自分の腕を絡
める。山本の顔が赫らむ。
清子がくすっと笑う。
山本「何がおかしいん」
清子「山本さんて、純情やね」
山本「うるさいわ」
○ バー・中(夜)
山本と清子がカウンターに並んで座
って酒を飲んでいる。
清子「今日これからどうする?」
山本「どうするって、帰るやろ」
清子「私の家に来ない?」
山本は清子の顔をまじまじと見るが、
すぐに横を向き、
山本「それはでけへん」
清子「なんで?」
山本「清子ちゃんは錠の妹やし」
清子「そんなん関係ないやん」
山本「・・・ところで錠、足洗えたんか」
清子「なかなか辞めさせてくれへんて、こな
いだ言うてたわ」
山本「そうか・・・」
○ 住宅街(夜)
山本と清子が歩いている。
清子の住むマンションの前にやっ
てくる。
清子「じゃあ、私ここで」
山本「うん。今日はありがとうな」
清子「またデートしよな」
山本「うん。またな」
山本は立ち去ろうとする。
山本を呼び止める清子。
清子「私、陽介さんが考えてるような女じゃ
ないから」
清子が向こうを向いて立ち去る。
清子の後ろ姿をみつめる山本。
○ クラブ「L」・中(夜)
カウンターで洗い物をする山本。
ボックス席で、田中修平(60)が秘書、
ママ、ホステス達に囲まれて酒を飲ん
でいる。清子がやってくる。
清子「いらっしゃいませ」
田中「おう、来たか。座れ」
清子「はい」
清子が田中の隣に座る。
ママがリボンで結ばれたシャネルのロ
ゴの入った袋を清子に渡す。
ママ「先生からの誕生日プレゼントよ」
清子「先生、ありがとう!」
満足そうな表情の田中。
清子「開けてみろ」
清子が袋を開け、シャネルのバッグを
取り出す。
清子「わあ、これ欲しかったんよ」
携帯電話が鳴り電話に出る秘書。
秘書「もしもし・・・少々お待ち下さい」
秘書が田中に携帯電話を渡す。
秘書「先生、お電話です」
電話に出る田中。
田中「俺や」
田中「そうか。わかった・・・抜かりなく進
めろ」
田中が電話を秘書に渡す。
田中「さあ、みんなどんどん飲め」
ホステス達「はい!」
× × ×
店内は客もまばらになっている。
田中がママの耳元で何か呟く。
ママ「わかりました」
田中「じゃあ、そういうことでな」
田中は席を立ち秘書と店を出て行く。
ママ「清子ちゃん、今日は先生にお供しなさ
い」
清子、少し躊躇するが、答える。
清子「わかりました」
ママが山本を呼ぶ。
ママ「陽ちゃん、ちょっと」
山本がママの所にやってくる。
ママが山本の耳元で何か呟く。
少し驚いた表情の山本。
山本「・・・」
ママ「どうしたの!わかった?」
山本「わかりました」
山本は清子を見る。清子はうつむいて
いる。
○走る車の中(夜)
車を運転している山本。
後部座席には清子がいる。
清子「私のこと軽蔑してる?」
山本「いや」
清子「うそ!軽蔑してるわ」
山本「そんなことない」
清子「この世界はこのくらいしないと生きて
いかれへんのよ。先生はお店の一番のお客
さんやし、それに・・・」
山本「なに?」
清子「私、ママに恩があるし」
山本「・・・」
○ 高級ホテル・エントランス(夜)
山本の運転する車が到着する。
山本「じゃあ、あとで」
清子は山本を見て、悲しそうな表情で
車から降りホテルに入って行く。
○ ホテルの部屋・ドア前(夜)
清子がドアを叩く。ドアが開く。
清子が部屋に入るとバスローブ姿の
田中が出迎える。
田中「遅かったな」
清子「ごめんなさい」
田中が清子を抱きしめる。
宙を見つめ、無表情の清子。
○ ホテル・エントランス前(夜)
停車する車の運転席に山本が座って
いる。清子がホテルから出てきて、
車の後部座席に乗る。悲しそうな表情
の清子。
清子「お待たせ」
山本「送っていくよ」
清子「うん」
○ 走る車の中(夜)
無言のままの山本と清子。
○ 住宅街(夜)
マンションの前に山本の運転する車
が止まる。清子は車を降りる。
清子「送ってくれてありがとう。また明日ね」
清子は歩き出すがすぐに振り返り、
走って山本の方に向かってきて、車の
運転席のガラス窓を叩く。
ガラス窓を開ける山本。
清子「ごめんね」
山本は無言のままガラス窓を締め、
車を発車する。
○ 住宅街・マンション前(夜)
去って行く車を見つめる清子。
声を上げて泣く清子。
○走る車の中(夜)
運転しながらハンドルを叩く山本。
泣き出す山本。
○ クラブ「L」・中(夜)
カウンターの中で、山本がグラスを拭
いている。店内には他に誰もいない。
店のドアが開き、血だらけの安川が
入ってきて倒れる。安川に駆け寄り、
抱き起す山本。
山本「おい!錠、どうしたんや!」
安川「組に話付けてきた。これで組、抜けれ
るわ」
山本「酷いことしやがって・・・病院行こ!」
○ 病院の手術室・中(夜)
酸素マスクを付けた安川が手術を受
けている。心電計測器の音が鳴ってい
る。
○ 手術室・外の廊下(夜)
長椅子に山本が俯いて座っている。
そこに清子が走ってやってくる。
清子「陽ちゃん、お兄ちゃんは」
山本「いま手術中や」
手術室の「手術中」のランプが消え
中から医師と看護師が出てくる。
医師を呼び止める山本と清子。
山本「先生、どうでしょうか?」
医師「頭部を挫傷しておられまして、可能な
措置は施しましたが、残念ながら・・・」
頭を下げて去って行く医師と看護師。
愕然する山本。泣き崩れる清子。
○ 公民館・中
祭壇が組まれ、安川の遺影が飾られて
いる。僧侶の読経が流れ、人々が葬儀
に参列している。前列に座る安川の母
と清子が泣いている。参列席の後ろで
立ちすくむ山本。拳を握りしめ、泣く
山本。
○ 喫茶店・中
山本とママが向かい合って座ってい
る。
ママ「ほんまにやめるん?」
山本「はい」
ママ「これから仕事はどうするの?」
山本「これから考えます」
ママ「いまは清子ちゃんの側に居て上げて」
山本「もう決めたことですから」
ママ「あてはあるの?」
山本「しばらく旅に出ようと思います」
ママ「清子ちゃんには?」
山本「何も言ってません」
ママ「清子ちゃん悲しむやろな」
山本「・・・」
山本、さっと立ち上がり、
山本「お世話になりました」
山本、深々とママに頭を下げて、去っ
て行く。
○ 奈良県大峰山系の山道
リュックサックを背負いカメラを首
にかけた山本が山道を歩いている。
鳥のさえずりが聞こえる。
道端に咲く草花を撮影する山本。
滝壺のほとりで滝を見つめる山本。
原生林の中をかき分け歩く山本。
道に迷う山本。
× × ×
○同(夕)
遠くの山に夕日が落ちようとしてい
る。空が急に曇り雷の音が鳴り響き、
強い雨が降りだす。雨に濡れながら原
生林を歩く山本。
× × ×
○同(夜)
日が落ちた山の中を懐中電灯で辺り
を照らしながら歩く山本。
山本は足を滑らせ、滑落し気を失う。
× × ×
○ 同(朝)
小鳥のさえずりがしている。
山本に呼びかける声がする。
声「大丈夫ですか」
山本が目を覚ますと、山伏1・2・3
が山本を見ている。
山本「あんたは?」
山伏1「修験道の修行をする者です」
山本「修験道?」
山伏1「山を駆ける修行です」
山本「はあ」
山伏1「気を失っていたようなので、お声を
かけました。怪我をされているようですの
で、里までお連れしましょう」
山本「すみません」
山伏1「私におぶさってください」
山本が山伏1におぶさる。
山本を背負って歩く山伏1、一緒に
歩く山伏2・3。
○ 金峯山寺・本堂・中
発露の間に座り、蔵王大権現の像を見
つめる山本。後ろから呼びかける声が
する。
声「今日も来られましたか」
声の主である金峯山寺の僧侶が立って
いる。
山本「はい。何故かまた来てしまいました」
僧侶「あなたは何を思っていたのですか?」
山本「これまでの人生を思っていました」
僧侶「どのような人生でしたか」
山本「酷い人生でした」
僧侶「・・・あなたの心には修羅が住んでい
るようですね」
山本「修羅ですか」
僧侶「そうです。とても激しい修羅が見えま
す。今まで多くの人を傷つけてきましたね」
山本「はい」
僧侶「あなたはその報いを受けなければなり
ません」
山本「私はどうしたら救われるでしょうか」
僧侶「しかし、あなたの修羅の奥に、とて
も清らかな魂が見える。それがあなたを救
ってくれるでしょう」
○ 大峰山・修行場
山伏法衣を着て、山伏達と山を歩く山
本。法螺貝の音が鳴り響く。
「西の覗き」で体を乗り出し、合掌す
る山本。
柴灯護摩祈祷に参列し読経する山本。
× × ×
○ 金峯山寺・本堂・中
タイトル「三年の月日が流れた」
僧侶と向き合って座っている山本。
山本は穏やかな清々しい表情をしてい
る。
僧侶「だいぶ修羅が消えたようだな」
山本「はい、阿闍梨」
僧侶「ただ」
山本「はい」
僧侶「心にまだ憂いがある」
山本「憂い?」
僧侶「残してきた者がいるのではないか?」
山本「・・・過去の事です」
僧侶「それは、いずれ決着するときがくるだ
ろう」
山本「・・・」
僧侶「人を愛おしく思うことは尊いことだ」
○ クラブ「L」・中(夜)
ボックス席で、田中修平(63)が、
ママ、吉田恵美(27)竹田由紀(23)、岩井
七恵(23)に囲まれて酒を飲んでいる。
ママ、恵美、由紀、七恵が田中に会釈
をして席を離れ、安川清子(28)がや
ってきて田中の横に座る。
田中「明日から旅行とママに聞いたから餞別
にと思ってな」
田中が清子にリボンの付いた箱を渡す。
清子「ありがとう。開けていい?」
田中「ああ」
清子が包みを開けるとネックレスが入
っている。ネックレスを取り出す清子。
清子「うれしい!旅行にしていくわ」
田中「喜んでくれてよかったよ」
田中がホテルの鍵をテーブルに置く。
田中「じゃあ、あとでな」
清子「はい」
少し俯いて悲しそうな表情の清子。
○ 走る観光バス・中
清子、恵美、由紀、七恵がバスに揺
られている。
○ 清水寺・駐車場
バスが到着する。
バスガイドの声「はい、清水寺に到着です。
出発は十二時になっておりますので少し前
にお戻り下さい。」
駐車場に降り立つ清子、恵美、由紀、
七恵。
清子「行こう!」
恵美「やっほー」
○ 清水寺・本堂前
境内で本堂に向かって拝む、清子、
恵美、由紀、七恵。
恵美「何お願いしたの?」
清子「内緒」
恵美「教えてよ」
清子「恵美は、何お願いしたの?」
恵美「早く素敵な彼氏ができますようにって」
由紀「恵美さんなら大丈夫ですよ」
七恵「そうそう、すごく綺麗だもん」
恵美「それはそうなんだけどね。」
清子、恵美、由紀、七恵が笑う。
○ 醍醐寺・境内
清子、恵美、由紀、七恵が歩いてい
ると前から山伏の集団が歩いてくる。
すれ違う瞬間。清子と山伏の一人の目
が合う。
(フラッシュ)
バーテン姿の山本
(フラッシュ終わり)
山伏は山本陽介(33)である。
清子「陽介さん・・・」
山本は清子をしばし清子の目を見る
が、すぐに目を逸らし、山伏達ととも
に清子達とすれ違おうとする。
山本を呼び止める清子。
清子「あの、ちょっとすみません」
山本「はい、なにか」
清子「山本陽介さん・・ではありませんか」
山本「いえ、人違いかと思います。では」
山本が山伏達と一緒に行ってしまう。
恵美「だれ?知ってる人?」
清子「人違いだったかも」
歩いていく山本を振り返り見る清子。
○ 走る観光バス・中
清子、恵美、由紀、七恵が乗っている。
恵美「随分遠いわね」
由紀「天川村は奈良県の山奥だからね」
七恵「日本一の芸能の神様ですよね」
清子「そう、天河弁財天は、有名なアーティ
ストも沢山お忍びで来るらしいよ」
○ 天河弁財天社本殿前
本殿に向かって柏手を打って、手を合
わせる清子、恵美、由紀、七恵。
○ 同・参道
参道を下る清子、恵美、由紀、七恵。
山伏達の行列が歩いてくる。その中に
山本がいる。清子が山本を見つけ、立
ち止まる。道端にしゃがんでいた老婆
が、山本に手を合わせる。山本が老婆
に近寄り、念珠で加持をする。山本の
体から青く清浄なオーラが放たれる。
老婆の顔が安堵の表情に変わる。
老婆「ありがとうございます」
再び山伏達と山本が歩いてくる。
山本と清子の目が合う。
清子「また会いましたね。陽介さんですよね」
山本「だから人違いって言いましたよね」
清子「いや、人違いじゃない。あなたは陽介
さんだわ」
山本「・・・もう、昔の私ではないんです」
清子「なぜ、私の前から急にいなくなったの?」
山本「すみません。修行がありますので」
清子「待って。お願い!」
山本は山伏達と一緒に行ってしまう。
恵美「清子、大丈夫?」
清子「ごめん、私、しばらくここにいる。
大阪へは三人で帰って」
恵美「えっ?!お店はどうするのよ」
清子「もう、あんな所には帰りたくない」
○ 天川村洞川街道
タイトル「半年後」
○ 行者宿・玄関前
清子が玄関の前に立って掃除をして
いる。
その前に黒塗りのベンツが止まり、中
から田中が降りてくる。
田中「探したぞ。こんな所にいたのか」
驚く清子。
田中「さあ。一緒に戻るんや」
清子「嫌です。戻りません」
田中「どうしたんや」
清子「私はここで暮らします」
法螺貝が鳴り、宿の前を山本が山伏達
がやってきて、清子と田中の前を通り
過ぎようとする。
田中と山本の目が合う。
田中「あ、お前、どこかで見たことあるな」
山本「・・・」
田中「あ、山本やないか」
田中は清子に向かって
田中「お前、山本とできてたんか!」
清子「そんなんと違います」
田中「山本、お前、清子をどうする気や」
山本「・・・私はもうあの世界の人間では
ありません」
山本は清子の方を見て、
山本「この人とも何の関係もありません」
山本は少し悲しそうな表情。
清子も悲しそうな表情になる。
田中「そうか」
田中は清子に向かって、
田中「清子、わかったか。帰るぞ」
清子が田中を睨みつける。
清子「嫌です」
田中が山本に向かって
田中「お前、清子をたぶらかしてるな!」
山本が田中に微笑む。
山本の体から青く清浄なオーラが放た
れる。田中を見る山本の優しく清らか
な眼差しに、一瞬、茫然とする田中。
田中「清子、どうしてもここにいるのか」
清子「私はここにいます。私はもうあんな汚
れた世界には戻りません。この人から何と
言われても、この人の側で、この人を見守
りながら静かに暮らします」
田中はしばし考え、
田中「そうか、わかった」
田中がベンツに再び乗り、去っていく。
○ 天川村女人結界門前
山伏達と山本がやってくる。
後ろを追ってくる清子。山本は清子を
無視して山伏達が結界門の中に入る。
清子は門の前で立ち止まり、泣き崩れ
る。清子の嗚咽の声が響く。
先頭を歩く山伏1が手を挙げ行列の
足を止める。
山伏1は他の山伏達と顔を見合わせ、
頷く。
俯いている山本。山伏1が山本の肩を
叩く。山本が顔を上げる。山伏1が、
山本に微笑む。山本が頷く、
山本は門から出てきて、清子に手を差
し出す。清子は山本の手を握る。
清子を起こす山本。
見つめあう山本と清子。山本と清子の
目に涙がとめどなく流れる。
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