<登場人物>
吉田 侑貴(40)フリーのSE
吉田亜由美(35)吉田の妻
酒井 丈幸(40)吉田の友人、花屋
遠藤 慶太(26)亜由美の恋人、神父
<本編>
○教会・外観
鐘の音。
○同・中
祭壇前に立つウェディング姿の吉田侑貴(40)と吉田亜由美(35)、向かい合って立つ神父姿の遠藤慶太(26)。
遠藤「新郎、侑貴。新婦、亜由美。二人は病める時も健やかなる時も、一年間、互いを愛し抜くことを誓いますか?」
吉田「誓います」
亜由美「誓います」
互いを見合い、微笑む吉田と亜由美。
○メインタイトル『その夫婦、一年契約』
○花屋・外観
○同・中
レジを挟んで立つ吉田と、店員姿の酒井丈幸(40)。酒井の手にはバラの花束。
酒井「(バラの本数を数え)二、四……え、もう七年だっけ? か~っ、早いね~」
吉田「正確には七周年だから、丸六年だな」
酒井「でもまぁ、都度プロポーズすんの面倒くさくねぇか? 永遠の愛、誓っちまえよ」
吉田「(食い気味に)それは無理」
酒井「即答かよ」
吉田「終わりの見えないプロジェクトほど、キツいものもないだろ? 結婚だって『一年後の結婚記念日』っていうゴールが無きゃ、俺は無理だな」
酒井「会社もコロコロ変えるしね」
吉田「変えてない。フリーでやってるだけだ。まぁ、終身雇用なんて考えられないけどな」
酒井「でもそんな契約で、子供出来ちまったらどうすんだ?」
吉田「その辺は問題ない。俺も亜由美も、子供欲しいと思ってないからな」
酒井「随分、都合のいい関係だねぇ」
吉田「あぁ。都合がいいんだよ。お互いにな」
○マンション・外観(夜)
○同・吉田家・リビング(夜)
テーブル席に座る亜由美の前に跪き、バラの花束を差し出している吉田。
亜由美「侑君、私……子供が欲しい」
吉田「え?」
亜由美「……まぁ、一回お座りになって」
亜由美の向かい側の席に座る吉田。
亜由美「やっぱり、三五歳にもなると思う訳さ。『子供産むなら、もうリミットだな』って」
吉田「まぁ……それは、そうかもな」
亜由美「そしたら何か、このまま一人も産み落とさない人生だと『後悔するのでは?』って思うようになって」
吉田「それで『子供欲しい』って? 一年契約で子供作るなんて、無責任すぎないか?」
亜由美「わかってる。だから、もしこの条件が飲めないなら、契約は切ってもらっていい」
吉田「……本気で言ってるのか?」
亜由美「本気」
吉田「……今から、新しい男探すのか? そんな都合よく見つかると思うのか?」
亜由美「それがさ……意外と居るもんですよ」
インターホンの音。
× × ×
テーブル席に向かい合って座る吉田と亜由美、遠藤。
遠藤「ご無沙汰してます。遠藤です」
吉田「? 会った事、ありましたっけ?」
亜由美「ほら、去年の結婚式で」
吉田「? ……(思い出し)あっ」
○(フラッシュ)教会・中
神父姿の遠藤。
○マンション・吉田家・リビング(夜)
テーブル席に向かい合って座る吉田と亜由美、遠藤。
吉田「あの時の、若い神父!?」
亜由美「一〇個も下の男と何考えてんだ、ってお思いかもしれないけどさ」
吉田「いや、確か九歳差だっただろ」
亜由美「あの式の後から『一年間しか愛を誓わないなんておかしい』『自分ならそんな中途半端な事はしない』って言われてて」
吉田「神父のくせに人の女に手ぇ出したのか?」
遠藤「そもそも、永遠の愛を誓えない人に、神は結婚などお許しになりません!」
吉田「いや、それは……」
亜由美「それに、まだ手は出されてないから問題ないのでは? 全ては契約期間が終わってからの話。期間内は妻を全うします」
吉田「問題はそこじゃなくて……」
遠藤「お願いします。亜由美さんを僕に下さい」
亜由美「もし侑君が私との契約を続けられないなら、私は彼と一緒になる」
吉田「……」
○花屋・前(夜)
シャッターを降ろす酒井。
○同・中(夜)
店内に戻ってくる酒井。
酒井「なぁ、そろそろ帰ってくんねぇ?」
レジ内に座る吉田。手にはバラの花束。
吉田「……わかってる」
酒井「何だよ、断られたのがそんなにショックだったのか?」
吉田「『断られたのが』というよりは、『亜由美の考えが変わっていた事』がショックだったな」
酒井「仕方ねぇさ。男はその気になれば、何歳でも子供持てっけど、女はそうはいかねぇ」
吉田「そういう意味じゃ、男女は不平等だな」
酒井「でもまぁ、年齢重ねれば、誰だって思いは変わるさ」
店内の花を一本一本手に取る酒井。
酒井「なぁ。お前毎年花束の本数増やしてたけどよ、バラの花は『本数によって花言葉が変わる』って、知ってたか?」
吉田「本数で変わる?」
酒井「一本なら『一目ぼれ』、三本なら『愛してます』、五本なら『あなたに出会えて心から嬉しい』、七本なら……」
吉田「七本なら?」
酒井「忘れた」
吉田「この野郎」
酒井「でもまぁ、亜由美ちゃんがお前にとって『都合の悪い女になった』ってだけだろ? また別の『都合のいい女』探せばいいじゃん。生まれ変わったつもりで、な」
吉田「生まれ変わったつもり、ねぇ……」
○マンション・外観
○同・吉田家・吉田の部屋
パソコンに向かう吉田。ドアが開き、亜由美が顔を出す。
亜由美「じゃあ、行ってきますよ」
吉田「(目もくれず)あぁ」
亜由美「コーヒー飲むなら、自分でやってね」
吉田「(目もくれず)あぁ」
亜由美「……」
閉まるドア。遠ざかる足音。手を止め。閉まったドアに目をやる吉田。
○同・同・リビング
やってくる吉田。他に誰もいない。
吉田「亜由美」
返事はなく、吉田の声だけが響く。
× × ×
棚を探る吉田。
吉田「あれ……コーヒーどこだ? ……ん?」
写真の入った封筒を見つける吉田。
× × ×
テーブル席で牛乳を飲みながら、封筒の中から出てきた写真を見る吉田。旅行先や日常のものの他、一~六本のバラの花束を手にした二人の写真もある。
吉田「本当、都合の……いい女だよな」
スマホを手に取る吉田。電話をかける。
○同・外観(夜)
亜由美の声「ただいま~」
○同・吉田家・リビング(夜)
真っ暗な室内。
亜由美の声「あれ、侑君? お出かけ?」
ドアを開け、照明を付ける亜由美。部屋中にバラの花。その数、九九八本。
亜由美「(驚き)!? 何これ……?」
吉田の声「全部で九九九本ある」
そこに姿を見せる吉田。正装で、手には一輪のバラ(=九九九本目)。
吉田「俺が生まれ変わる、覚悟の証」
亜由美「侑君? 何事?」
吉田「思い知った。亜由美がいないと、俺は色々と都合が悪いんだよ。だから……」
亜由美の前に跪き、バラを差し出す吉田。
吉田「だから、とりあえず四四年分前払いするから、俺とまた新しい条件で、一から契約して下さい。お願いします!」
しばしの沈黙。
亜由美「……ねぇ、侑君」
吉田「ん?」
亜由美「四四年分だとすると……(暗算をして)九九〇本だよ。九本多いのでは?」
吉田「細かい所は気にすんな」
堪えるも、吹き出す亜由美。ゆっくりと、吉田の持つバラに手を伸ばす。
○同・同・吉田の部屋(夜)
パソコンに表示されたバラの花言葉の解説ページ。999本の欄に「何度生まれ変わってもあなたを愛する」の文字。
どこからか、教会の鐘の音。
(完)
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