○高級ホテル・ロビー
ボーイの青年(21)、受付嬢(23)に右頬をひっぱたかれる。
受付嬢、泣きながら走り去って行く。
呆気にとられている客たち。
青年、床に落ちた帽子を拾い被る。
自分の受け持ちの外国人旅行客に頭を下げ荷物を持ち、エレベーターに歩き始める。
○同・エレベーター前
青年、客たちの荷物を持ち降りてくる。
客はフランス人の父娘である。
男性は手にヴァイオリンケースを持っている。
青年が部屋のドアを開け、部屋に入る男、その後に続く少女(10)、興味津々の様子で
少女「(フランス語で)ねえ、どうして叩かれたの?」
青年「(フランス語で)叩いた方に聞いてよ」
青年と少女の会話はフランス語である。
少女、ポケットから飴玉を取り出し
少女「あげるわ」
青年「ありがとう」
青年、ドアを閉め、フラフラとエレベーターに向かう。
○同・支配人室
初老の支配人が厳しく座っている。
その前に青年が立っている。
支配人「さっきあったことは聞かせてもらっ たよ」
青年「はい」
支配人「よりによってお客様の前で、まぁ、 喧嘩両成敗だ。彼女には少し休んでもら って、そして君はクビだ」
青年、驚いて言葉も出ない。
○赤坂・繁華街(昼)
途方に暮れている青年、ポケットに手を突っ込むと飴玉が出てくる。
包装紙から出し、口に入れ、空を見上げ
青年「ストロベリー」
青年、袖を引っ張られているのに気づく。
見ると、少女が立っている。
青年「君、何でここにいるの?」
少女「あなたのホテルがつまらないからよ」
青年「一人?」
少女「そうよ」
青年「早く戻ったほうがいいよ。お父さん心配しているよ」
少女「今日はリハーサルで夜までいないの。それにちゃんと言ってきたわ」
青年「本当? 一人で出ていいって言ったの?」
少女「そんなことより、私行きたいとこがあるの」
青年「どこ?」
少女「原宿!」
青年「そうなんだ」
少女「連れて行って」
青年「(困惑して)えー、僕が」
少女「ねえ、お願い。飴あげたでしょ」
青年、飴玉が口の中に入っているのを確認する。
青年「そんなとこ行っても何もないよ」
少女、ふくれっ面で
少女「私にはあるの!」
○地下鉄・ホーム
青年と少女が電車を待っている。
少女「何でフランス語わがるの?」
青年「大学でフランス文学を専攻しているから」
少女「何でフランス文学を勉強しているの?」
青年「別に何もないよ」
電車が到着する。
少女「いつも何もないって決めつけるのね。 何かあるはずよ。フランス文学にも原宿にも」
青年「そうかな?」
電車のドアが開く。
少女「兎に角原宿に行きましょう」
電車に乗り込む二人。
○原宿駅
竹下通りに向かって歩いて行こうとする青年。
少女、人ごみの多さにたじろいでいる。
青年「どうしたの? 竹下通りに行くんじゃないの?」
少女、手を差出す。
少女「あなた、フラフラしているから手を繋いであげる」
青年、手を取り歩きはじめる。
× × ×
少女がカラフルな綿あめに驚いている。
青年「そんなにフラフラしている?」
少女、綿あめに齧りつく。
少女「してる。まるでフュメ(煙)みたいよ」
フュメ(青年)「じゃあ君はボンボン(飴)だね」
ボンボン(少女)「いいわよ。それで」
○同・クレープ屋
クレープを食べているボンボン。
ボンボン「日本のクレープって甘いのね。記事も違うし」
フュメ「大丈夫?」
ボンボン「あら、美味しいわよ」
フュメ「そうじゃなくて、そんなに食べて大丈夫?」
ボンボン「パパみたいなこと言わないで」
○同・ゲームセンター
クレーンゲームをしているフュメ。
ボンボン、期待している眼差しで見て いる。
ピカチュウのぬいぐるみが落ちる。
ボンボン、露骨にがっかりして
ボンボン「フラフラしているからよ」
フュメ、口を尖らせる。
ボンボン「私、欲しいものがあるの」
○渋谷のタワーレコード
エスカレーターで乗っている二人。
フュメ「ここ原宿じゃないよ」
ボンボン「細かいこと気にしないの」
○同・アニメコーナー
ボンボン、モニターのPVを見ている。
フュメ「それ今人気だよね」
ボンボン「こういうのパパが聞いちゃダメって」
フュメ「厳しいんだね」
ボンボン「ママがいなくなってからね」
× × ×
レジで商品を受け取るボンボン。
一緒に特典でついてくるクリアファイルを見て喜ぶ、フュメに見せびらかす。
○同・エレベーター
降りていくと、ある階に人だかりが出来ていることにボンボンが気づく。
目を輝かせるボンボン。
ボンボン「あれ、何?」
フュメ「アイドルのイベントだね」
ボンボン「ここ、CDショップでしょ」
フュメ「うん」
ボンボン「東京って必ず何かあるのね」
フュメ「見て行く?」
ボンボン「見る!」
○同・イベントブース
アイドルグループのアップテンポの曲に体を揺らしているボンボン。
ボンボン、バラードをうっとりと聴いている。
それを優しく見ているフュメ。
後ろから声を掛けられる。
女「ねえ」
フュメ、振り向くと女が立っている。
女「よくここに来れたわね」
フュメ「ここってCDショップ」
女、フュメの右頬を引っ叩き、去っていく。
ボンボン「大丈夫?」
フュメ「うん」
ボンボン「(呆れて)あなたって必ず何かあるのね」
○カフェ
ボンボン、パンケーキをつついている。
フュメ、アイスコーヒーを飲んでいる。
フュメ「もうすぐ暗くなるね」
ボンボン「あの人に何したの?」
フュメ「そんなに食べて夕飯食べれる?」
ボンボン「答えて! あの人に何したの?」
フュメ「さぁ」
ボンボン「何もなく叩く?」
フュメ「子供にはわからないよ」
ボンボン「大人は叩かれるの?」
フュメ「時にはね」
ボンボン「もっとパパがママを資するみたいに愛さなきゃ」
フュメ「そうなの?」
ボンボン「でも、ママが死んじゃって、パパずっと元気が無くて、ようやくまたバイオリンを弾けるようになったのよ」
フュメ「君がそばにいたから元気になれたんじゃないの?」
ボンボン「違うわ……恋人が出来たからよ」
フュメ、コーヒーを飲む。
ボンボン「すっと支えてくれた人なんだって」
フュメ「嫌じゃないの?」
ボンボン「パパがあのままの方がずっと嫌よ。それに恋には人を元気にする力があるのよ。もっと色んなことに運命を感じなきゃ。子供にはわからないでしょうけど」
二人、笑う。
○ホテル前(夕方)
二人、手を繋いで歩いて来る。
フュメ、かがんで
フュメ「ここでバイバイだね」
ボンボン「フュメ」
フュメ「うん?」
ボンボン、フュメの右頬にキスをする。
ボンボン「今日のデート最高だったわ。やれば出来るじゃない」
ボンボン、ホテルに向かって歩き出す。
その堂々とした背中を見ているフュメ。
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