ふたりぼっち コメディ

登山中に雪崩事故に遭った西村のぼる(30)。 一命をとりとめるもあたりは猛吹雪。 絶体絶命の状況下、意識の中に犬養小次郎なる男が現れて…
市川家の乱 29 0 0 08/28
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第一稿

・人物
西村のぼる(30)
犬養小次郎(30)

臨床心理士

・脚本
※独り芝居の話です。ストーリーの性質上、主人公が二つのセリフを同時に発することがありますが、そ ...続きを読む
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・人物
西村のぼる(30)
犬養小次郎(30)

臨床心理士

・脚本
※独り芝居の話です。ストーリーの性質上、主人公が二つのセリフを同時に発することがありますが、その場合は録音したセリフを実際の声に被せることとします。

○ 冬山
  荒ぶる天気。風が強い。
  西村のぼる(30)、スニーカーにジーンズという超軽装で一心不乱に登っている。
  突然、背後からすごい音。
  のぼる、振り向くと巨大な雪の塊が迫ってくる。
  雪崩だ!
のぼる「…」
  のぼる、一歩も動けない。

○ タイトル

○ 冬山
  辺り一面真っ白。
のぼるM(モノローグ)「…俺、生きてるのか?」
のぼるM「どうやら生きてるらしい」
のぼるM「ここはどこなんだ…」
のぼるM「雪ん中に埋もれちまってるようだ」
のぼるM「雪の中か。出られるかな」
のぼるM「どうかな。深くなきゃいいが」
のぼるM「…え?」
のぼるM「…あ?」
  地面を覆った雪がぼこっと浮かぶ。
  雪の下から手が出てくる。
  雪が払いのけられるとのぼるが地面から頭を出す。
  のぼる、雪から這い出る。
  のぼる、呆然と辺りを見やる。
のぼる「…助かったのか」
のぼる「ああ。助かった」
のぼる「(驚く)…何だ?! さっきから何なんだ?!」
  のぼる、パニックになる。
のぼる「何だ?! 自分と会話してるぞ!」
のぼる「俺も驚いてる」
のぼる「(パニック)まただ!」
のぼる「確かに妙だ。まるで俺の中にもう一人の人間が入り込んじまったようだ」
のぼる「あー。きっと頭がおかしくなってしまったんだ!」
のぼる「いや、俺は正気だ」
のぼる「黙れ!」
  のぼる、深呼吸する。
のぼる「落ち着け。そうだ、俺の名前はなんだ、俺の名前は…」
のぼる「西村のぼる!」
(同時に)「犬養小次郎!」
  のぼる、舌がもつれる。
のぼる「(叫ぶ)誰だ!」
のぼる「犬養小次郎だ」
  以下、のぼるの別人格を犬養と表記。
のぼる「違う。俺は西村のぼるだ。どういうことなんだ?!」
犬養「まあ待て。この非常時だ。冷静になって状況を整理しよう」
  のぼる、混乱して頭を抱える。
犬養「俺は山頂を目指してひとり山を登っていた。その時突然雪崩に襲われた」
のぼる「(ぼそっと)そうだ。それで気がつけばこうして頭が変になった」
犬養「俺が話してる」
のぼる「違いない」
犬養「…待てよ。お前も雪崩に巻き込まれたのか?」
のぼる「(聞いてない)…何てことだ…頭がおかしくなるってのはこんな風だったのか…」
犬養(被せて)「すると俺たちは二人とも雪崩に飲まれちまったんだ。そして目が覚めると俺の体の中に西村のぼるという意識が紛れ込んだ」
のぼる「(我に返る)…違う。これは俺の体だ」
  のぼる、自分の全身を見る。
犬養「(驚く)ジーパンにスニーカーだと?!」
のぼる「…ほら。やっぱり俺じゃないか」
犬養「どおりでさっきから凍えるわけだ。お前、山をナメてんのか」
のぼる「…」
犬養「しかし妙なことになった。おそらく雪崩が原因で俺の意識がお前の体の中に入り込んじまったらしい」
のぼる「それを信じろってのか?」
犬養「落ち着け。それよりもっと大きな問題がある。どうやって生還するかだ。今はパニックになってる時じゃない」
  犬養、その場から歩き出す。
のぼる「体が勝手に動き出したぞ!」
犬養「当たり前だ。俺がそうしてる」
のぼる「あんた、どこへいく?! 勝手に俺の体を動かすな!」
犬養「俺は今から自分の体を探しにいく。付き合ってもらうぜ」
のぼる「…」
  犬養の動きが急にとまる。
  犬養、足を上げて一歩を踏み出そうとするが、抵抗にあったようにぷるぷる震えたまま一歩も動けずにいる。
犬養「何のマネだ?」
のぼる「俺の体だ。あんたのじゃない。俺はここで救助を待つ」
犬養「何いってるんだ。そんなことしてたら俺の体が凍っちまうぞ」
のぼる「体を探してどうする?」
犬養「自分の大事な体だ。見捨てられるはずがない」
のぼる「どうせ見つかりっこない」
  犬養、また足を上げて踏み出そうとするが、やっぱりダメ。
犬養「よし。わかった。この吹雪だ。一刻の猶予も許さない。どうするかをジャンケンで決めよう」
のぼる「俺はやらない」
犬養「(有無をいわせず)俺が右手を操る。お前は左手だ」
のぼる「俺はやらないぞ」
  犬養、両手を前に出して一人ジャンケンの格好をする。
犬養「最初はグー。ジャンケン…」
(同時に)「勝手にはじめるな!」
  のぼる、両手がぷるぷる震える。
  両手ともグーともチョキともパーともつかない形になっている。
犬養「右手を操作するな!」
のぼる「あんただって左手を動かしてるだろう!」
  どうにも決着がつかない。
のぼる「ぷはっああああ!」
  のぼる、座り込む。
犬養「これじゃ埒があかねえ。わかってるのか。雪山は体力勝負なんだ。こんなことに体力を消耗してる場合じゃない」
のぼる「…なら勝手にしゃべるな」
犬養「あ?」
のぼる「あんたの体じゃない。俺の体だ。次からは勝手にしゃべったり動いたりするな」
犬養「…嫌だね」
のぼる「…」
  犬養、隙をついて勢いよく立ち上がろうとするが、激しい抵抗にあって転んでしまう。
犬養「そうか。テコでも動かない気か。いっとくがここで待ちぼうけしたって死ぬだけだぞ。ちんたらやってねえで素直に俺のいう通りに…」
  のぼる、口をふさぐ。
犬養「(もごもご)」
犬養M「俺のいう通りにしたほうがいい。お前が俺に従うまでこうして心の中でしゃべり続けるぞ」
のぼる「…」
  のぼる、諦めて口から手を離す。
犬養「それでいい。さあ立つんだ。体力があるうちにとっとと出発しねえと死んじまうからな」
(被せて)「(大声で)♪アルプス一万尺、小槍の上で、アルペン踊りをさあ踊りましょ」
     ×    ×    ×
のぼる「(震える声で)♪アルプス一万尺、小槍の上で、アルペン踊りをさあ踊りましょ…」
  のぼる、寒さで震えている。
のぼる「♪らーらららららららん、らーらららららん…」
(被せて)「おい。いつまでこんなことを続けるんだ」
のぼる「…勝手にしゃべるな。口がつる」
犬養「そうかい。このままずっと誰かに助けてもらうのを待ったままおっ死ぬってわけか」
のぼる「…」
犬養「こんなカッコじゃもって後1時間だな」
のぼる「…」
犬養「夜になりゃ間違いなく凍死だ」
のぼる「…それならそれで別にいい」
犬養「あ?」
のぼる「(何となく気まずい)」
犬養「(ぎろりと)どういうことだ?」
のぼる「この格好を見てわからないか? 山をナメてるわけじゃない。もともとそういうつもりでここにきた。(口ごもって)つまり、そういうことだ」
犬養「…わけをきこうか」
のぼる「わけなんかない」
犬養「お前は理由もなく自分の命を投げ出すのか」
のぼる「人の勝手だろ」
犬養「こっちは巻き込まれる身だ。どういうことか説明してくれ」
のぼる「(むっと)理由なんかない。全部だよ。自分の人生の何もかもが全部嫌になったんだ!」
  犬養、隙をついて勢いよく立ち上がろうとするが、激しい抵抗にあって転んでしまう。
のぼる「…こっちはあんたが話せといったから話してるんだ」
犬養「話したきゃ話せばいい」
  のぼる、天を仰いで目をつぶる。
のぼる「振り返るだけで惨めだ。友達も恋人もいない。家とバイト先を行き来することだけが人生のすべて。思い出なんか何一つない。自分に自信がないからいつも逃げ隠れしてばかり。失敗するのが怖くて自分から行動を起こせない。意味のない空しい毎日をダラダラと過ごすことしかできない。そして気がつけば30過ぎだ。俺の人生はこの景色のように真っ白だ。生きてたってこの先何も描かれることのない絵日記が死ぬまで続いていくだけ。だから俺はいっそ…いっそのこと…」
  のぼる、ギュッと唇を噛む。
犬養「(蔑んで)要するにウジ虫ってわけだ」
のぼる「…何とでもいえよ」
犬養「よく聞け。過去は重要じゃない。今をどう生きるかが人生だ。この状況をどう打開するかだ」
のぼる「…俺はここから動く気はない」
犬養「そうか。だったらお前の体を俺によこせ」
のぼる「…?」
犬養「お前が捨てたがってる命をもらって俺は生きることにするよ」
のぼる「…」
犬養「こんなとこでくたばるわけにはいかないんだ」
  犬養、今度は抵抗なくすんなりと立ち上がる。
犬養「交渉成立だな」
  犬養、近くの木から枝をむしり取る。
  それをピッケル代わりにして歩いてみる。
犬養「よし」
  犬養、枝で前方を差す。
犬養「見ろ。生き延びるための道が広がってる」
のぼる「…」
     ×    ×    ×
  激しい吹雪。
  犬養、沢付近を必死に歩いている。
  と、犬養、立ち止まる。
  目の前に細く長い一本の丸木橋。
  橋の下は川だ。
犬養「この寒さだ。一歩でも踏み外しちまったら水に濡れてゲームオーバーだ」
のぼる「(怖じ気づく)」
犬養「(にやりと笑う)お前の心臓の音が耳もとまで聞こえてくるぜ」
  犬養、ゆっくりと橋を渡り始める。
  犬養、何とか真ん中までくる。
  のぼる、耐えきれなくなって目をつぶる。
犬養「バカ! 目をつぶるな!」
  犬養、バランスを崩す。
  が、間一髪で何とかバランスを保つ。
  そのまま一気に橋を渡りきる。
犬養「(興奮する)見たか。人間やれないことはないんだ。こんなヤワな体でもな」
のぼる「…」
  犬養、沢を抜ける。
  犬養、山道を登り始める。
のぼる「…なぜ上にいく?」
犬養「どうした。俺に体をくれたんじゃなかったのか?」
のぼる「…聞いただけだ」
犬養「危険な沢を下るよりも山道を登ったほうが助かる可能性がある」
のぼる「…」
犬養「俺は避難小屋を目指す。運が良けりゃ救助を待つ人間がいるかもしれない」
のぼる「位置がわかるのか?」
いくらでも「俺はこの山には昔から何度も登ってるんだ。必ずたどり着く」
    ×     ×     ×
  犬養、枝を突き立てながら足場の悪い斜面を慎重に登っている。
  と、枝が折れる。
  犬養、凍った雪に足をとられる。
のぼる「(絶叫)ッ!」
  犬養、転倒する。
  あっという間に崖ぎわまで滑っていく。
  犬養、必死に岩にしがみつく。
  勢いはとまったものの、右手一つで崖にぶらさがった格好となる。
のぼる「(崖下を見て、息を呑む)」
犬養「…手に力が入ってるぞ」
のぼる「…」
犬養「なぜ手を離さない。そうすればお前の望む通りの結末になる」
のぼる「…」
  のぼる、岩を強く握りしめたまま決して離さない。
犬養「よし。お前は右手だけに集中しろ。絶対に離すんじゃないぞ」
  犬養、左手と両足を使ってゆっくりと崖をよじ登っていく。
  犬養、何とか登り切る。
  のぼる、安全な場所までいくと、へなへなと座り込む。
犬養「危ねえとこだった」
のぼる「…」
  犬養、先ほどの斜面を見上げる。
犬養「こりゃ力を合わせない限り登るのはムリだな」
のぼる「…」
  犬養、立ち上がる。
  犬養、木から丈夫そうな枝をむしり取る。
犬養「それでどうするんだ」
のぼる「…」
犬養「黙ってないで何とかいったらどうだ」
のぼる「…」
犬養「お前だってほんとは生きたいはずだ。あ? どうなんだ?」
のぼる「…」
犬養「自分にウソをつくのはよせ。俺はお前の中に鼓動を感じる。生きたいという衝動を感じる」
のぼる「…」
犬養「お前は思っている。自分の真っ白な人生を色鮮やかに染めたい。真っ白な日記帳にギラついた絵や文字を書き殴りたい。お前はそう思ってるんだ」
のぼる「…勝手にしゃべるな」
犬養「このままでは終われないと思ってる。自分がどこまでやれるかを試してみたいと思ってる。お前は自分がウジ虫じゃないことを証明したいと思ってるんだ!」
のぼる「(叫ぶ)勝手にしゃべるなっていってるだろッ!」
犬養「…」
のぼる「しょうがないだろ! ウジ虫みたいな人生なんだから」
犬養「…」
のぼる「…ウジ虫みたいな人生なんだよ」
犬養「けっ。それでこんな格好で山登りか」
のぼる「…」
犬養「死ぬ気ってのはそんな風にして使うもんじゃない」
のぼる「…」
犬養「一度くらい生きることに挑戦してみたらどうだ?」
のぼる「…」
     ×    ×    ×
  のぼる、斜面を見上げている。
  のぼる、決意に満ちた顔。
犬養「いいな。俺は上半身だ。お前は下半身に全神経を集中させろ」
のぼる「(頷く)」
  のぼる、キツい斜面を登っていく。
犬養「気合いを入れろ! 滑ったら落っこちるぞ!」
  のぼる、一歩また一歩足を進めていく。
  と、のぼる、片足を取られてバランスを崩し、転倒する。
  のぼる、とっさに枝を地面に突き刺す。
  のぼる、立ち上がる。
犬養「焦るな。ゆっくりでいい」
     ×    ×    ×
  のぼる、キツい斜面を登り切る。
  前方に緩やかな斜面が続いている。
犬養「難所は越えた。あとは体力との勝負だな」
  のぼる、ひたすら前へ進む。
のぼる「(ぽつりと)…あんた、もし生きて帰れたら何をする?」
犬養「そんなのは決まってる」
のぼる「…?」
犬養「女を抱く」
のぼる「(笑う)」
犬養「それから気の合う仲間と思い切り飲んで、大きな仕事をして、貯めた金で好物のラーメンを食べ歩く」
のぼる「ラーメン?」
犬養「ああ。うまい店を求めて全国を巡る旅をするんだ」
のぼる「ラーメンなら俺も大好物だ」
犬養「食べ歩きを?」
のぼる「…いいや」
犬養「一度きりの人生だ。やらなきゃ損だ」
のぼる「…」
     ×     ×     ×
  辺りが暗い。すでに夜だ。
  のぼる、ふらふらと歩いている。
  今にも倒れそうだ。
犬養「寝るな! 一人でも寝ちまうと体が動かなくなるぞ!」
のぼる「…」
犬養「おい!」
のぼる「(か細い声で)♪アルプス一万尺…小槍の上で…あるぺん踊りをさあ踊りましょ…」
犬養「(微笑む)」
のぼる「(か細い声で)♪らーらららららららん…」
(一緒に歌う)「♪らーらららららららん、
らーらららららん…」
  のぼるの歌声が夜の空に響く。
     ×     ×     ×
 のぼる、一歩進んでは立ち止まりを繰り返している。
  のぼる、一歩進んで立ち止まる。
  が、今度は地面に膝をついたまま動かない。
  のぼる、もう声を出す気力さえない。
  のぼる、やがて無言のまま立ち上がると、前だけを見て、一歩、また一歩と進んでいく。
  その時だ。
  ほのかな光がのぼるの視界に入る。
  のぼる、はっとする。
  のぼる、目を凝らすと光の先に避難小屋があるのが見える。
のぼる「(震え声)小屋だ…小屋に明かりがついてる…!」
  のぼる、急いで進もうとするが倒れてしまう。体がいうことをきかない。
犬養「…二人で力を込めて立つんだ」
のぼる「…動けない」
犬養「お前ならできる。いくぞ。せーの」
のぼる「うぉーーー!!!」
  のぼる、立ち上がる。
  そして最後の力を振り絞って歩く。
  ゆっくりとしかし確実に小屋に向かって進んでいく。
    ×     ×     ×
  のぼる、ついに小屋の前に着く。
のぼる「(震え声)着いた…着いたぞ…」
犬養「(優しく)それでいい。死ぬ気になりゃ何だってできる」
  のぼる、小屋へ入っていく。
  すぐさま部屋の中で床にぶっ倒れる音がする。
  「大丈夫か」などの人々の声が雪山に響きわたる。
のぼるM「助かった…」
犬養M「…」
のぼるM「俺たちは助かった…」
犬養M「…」
のぼるM「…?」
犬養M「…」
のぼるM「おい…どうした…おいッ…」

○ 病院・病室
  テレビから雪崩事故のニュースが流れている。
  のぼる、ベッドに腰をかけて電話している。
  体のあちこちに包帯が巻かれている。
臨床心理士の声「君の話は興味深く聞かせてもらった。しかし今回起きた雪崩事故の犠牲者の中に犬養小次郎という人間はいない」
のぼる「でも僕は…」
臨床心理士の声「サードマン現象をご存知で?」
のぼる「…サードマン現象?」
臨床心理士の声「人は死に直面した極限状態におかれると存在しない想像上の人物を作り出し、その人物の導きによって生還を果たすケースがある。これをサードマン現象と呼び、いくつもの事例が実際に報告されている。一般的に他者の姿として現れるサードマンがあなたの場合は自分の中に現れた」
のぼる「…」
  のぼる、窓辺へ立つ。
  のぼる、外の景色を見る。
のぼるM「あの男は確かにいたんだ」
  遠くに大きな山が見える。
のぼる「死ぬ気になりゃ何でもできる…か」
  のぼる、ふっと笑う。

(おわり)

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