「Wink Killer」
登場人物
宜保健人(28)自営業
新庄司(28)医師
庵野成海(28)会社員
木下凛子(28)ホステス
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○暗闇
川の流れる音。
T「汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ ―ダンテ『神曲』地獄篇―」。
○吾妻東小学校・外観(夜)
明かりのついていない校舎。
二階の教室に明かりがともる。
○同・教室・中(夜)
明かりのついた教室。
教室には縦に四列、横に六列、計二十四の机が並んでいる。
宜保健人(28)、新庄司(28)、庵野成海(28)、木下凛子(28)、バッグを持って教室に入ってくる。
宜保「うわー! 懐かしー!」
新庄、懐中電灯を消す。
新庄「なんも変わってないな。あれ? 校庭狭くなってる」
宜保「んなわけねーだろ」
新庄「そっか」
成海、黒板に触れる。
成海「黒板こんな小っちゃかったっけ」
凛子「教室小さくなってない」
宜保「そりゃ、木下がでかくなったからだろ? タテにもヨコにも」
成海「宜保くんセクハラー」
新庄「出たよ。学級委員」
成海「新庄くんもでしょ」
新庄「そうだったっけ」
凛子「忘れたの? いいコンビだったのに」
新庄「全然覚えてない」
成海「ぶっ殺すよ」
宜保「あの頃庵野、司のこと好きだったろ」
成海「だっ!」
新庄「え? マジで」
凛子「気づいてなかったの? わざと帰る時間合わせたりしてたのに? それに席替えの時だって」
成海「ばっ! 凛子!」
宜保「席替えが学期ごとだったのだって、誰かさんが誰かさんの隣にいたかったからだもんな」
凛子「ね」
成海「凛子。宜保くん。いい加減なこと」
新庄「確かに帰りよく一緒になってたけど、偶然だと思ってた」
成海「えぇ」
凛子「鈍感。そもそも方向が逆じゃん。私と成海は山側。新庄くんと宜保くんは川の向こう側だったでしょ」
新庄「ああ。だから変だなとは思ってたよ。でもなんか用事あるんだろうなぁって思ってた」
成海「そうだったんだ」
凜子「これだから男子は」
宜保「女子の盛り上がりが早すぎんだよ」
新庄「いや。そもそもオレらもう28だし。女子とか男子って年じゃないから」
凜子「いいの。学校なんだから」
新庄「卒業して16年経ってるけどな」
宜保「16年か。そりゃ、ボロくもなるよな。ま、お陰でさっきみたいな同窓会できたわけだけど」
凛子「いざとなると、やっぱりちょっと寂しいね」
新庄「無くなるんだな。この校舎」
一同、教室を見回す。
成海「てか私たちのクラス。なんで他のみんなは来なかったわけ」
宜保「それは」
新庄「まぁ、事情があんじゃないの? みんながみんないい思い出ばっかり持ってるわけじゃないだろうし」
凛子「そうかもね」
成海、手を叩く。
成海「湿っぽいのそこまで! はーいみんな席についてー。つかないとぶっ殺すよー」
凛子「はーい」
凛子、廊下から二列目、前から二つ目の席に座る。
宜保「てか懐かしーなそれ」
宜保、凛子の一つ後ろの席に座る。
新庄「久しぶりに聞いたよ」
成海、廊下から一列目の最前席に座る。
成海「でもホントみんなに会えてよかった。いいよね。同窓会って」
凛子「そうだね」
新庄、成海の二つ後ろの席に座る。
新庄「オレなんかこっちに帰ってくるの自体久々だよ」
宜保「まぁこんくらいのトシになると、きっかけないとなかなかな。で? 学級委員。今日の学活の議題は?」
成海「あたしの恥ずかしい過去暴露したんだからみんなもなんか言ってよ」
凛子「気にしてたんだ」
新庄「ごめんな庵野。あのとき気付いてやれなくて」
成海「あたしの話はいいから! っていうか今さら慰められるとかイタいし」
宜保「その発言がイタいよ」
成海「ぶっ殺すよ」
凛子「あのさ。いっこいい」
成海「いいよ。なに」
凛子、バッグからノートを取り出す。
宜保「お! 3Bノート」
成海「3Bノート? なんだっけ」
凛子「なんでもノート。ほら。いつも黒板の脇に掛けてあったじゃん」
成海「あー。あったあった」
宜保「あれ? 色そんなだったっけ」
凛子「これ2学期のだから」
成海「2学期」
新庄「なんで木下が持ってんの」
凛子「アキハ先生のことがあったすぐ後かな。ちょうど私が持って帰ってた時に。その。転校しちゃったから」
成海「ああ」
凛子「ずっと気になってたんだけど。返すタイミングなくて」
新庄「そっか。木下ん家大変だったんだよな」
凛子「まぁ夜逃げも同然だったからね」
宜保「今回来れて良かったよ」
凛子「うん。ありがと。宜保くん」
宜保「いいよ。全然」
凛子「でね。同窓会で持ってこようと思って、久しぶりに読んだんだけど。なんか変なんだよね。これ」
新庄「変」
成海「変って言えばさ。宜保くんあの頃ワケわかんない詩とか書いてなかった」
宜保「庵野! ってかそんなの誰も」
新庄「もし君が木だとしたら ぼくはそこから血のようにながれ出るじゅえき。確かに小3の詩じゃないよな」
宜保「なんで覚えてんだよ」
新庄「ま。その木ってのが木下のことだってオチは置いといて」
凜子「うん。それはいい」
成海「そうだね。それで」
宜保「よくねーし!」
凛子「気になるのはここ。ちょっと読むね」
凛子、ノートのページを繰る。
凛子「五時かん目にこう庭に犬が入ってきたのをヤツが見つけて、体いくの時かんのAぐみの女子が泣きました」
新庄「なんだその小学校あるある」
成海「よく校庭に野良犬入ってきてたよね」
宜保「ってかそのヤツって誰」
凛子「そこ。全然思い出せないんだよね」
成海「名前書いてないの」
凛子「うん。書いてない」
宜保「司。覚えてる?」
新庄「いや。全然。庵野は」
成海「うーん。ヤツ? あだ名だよねたぶん。いたっけ? そんな子」
宜保「ちょっとそれ借りていい?」
凛子「うん」
宜保、ノートのページを繰る。
宜保「あった。一時かん目にヤツがはな血を出しました。二時かん目に家に帰りました。どんな奴だよ」
新庄「見して見して」
新庄、ノートのページを繰る。
新庄「あんのさんのロケットエンピツをヤツがかくして、なくしました。あんのさんはぶっころすと言っています」
成海「え? あたし? ちょっと貸して」
宜保「まーでもぶっころすっつったら庵野だよな」
凛子「今でも言うしね」
成海、ノートのページを繰る。
成海「黒板のチョークがぜんぶ赤色になっていました。ヤツがしたことです」
宜保「合しょうのとき、ヤツがラジカセのコンセントにはり金をまいて、音がして、けむりが出ました」
凛子「あきは先生の自てん車がなくなりました。ヤツがやったんです」
新庄「きゅう食がかりのふくをヤツがびりびりにしました。マスクだけつけました」
成海「なんか。不気味だね」
宜保「ああ。にしてもけっこう忘れてるもんだな。今聞いてようやくうっすらって感じだし」
新庄「そうだな。庵野がぶっ殺すって怒ってたのは思い出したけど、ノートの内容とかは全然」
凛子「私も読み返してそういうことあったのは思い出したんだけど」
成海「ヤツが誰なのかは思い出せない」
凛子「うん。みんなは覚えてるかと思って持ってきたんだけど」
宜保「いや。無理だわ」
成海、ノートを繰る手を止める。
成海「あ」
凛子「成海? どうかした」
成海「ヤツがこう太にエサをあげました。こう太はうごかなくなりました。これ覚えてる」
新庄「誰がエサをやったか」
成海「ううん。康太のお葬式。覚えてる」
宜保「それならオレも覚えてる。泣きながら穴掘ったからな」
新庄「ごめん。康太って何? インコ」
宜保「ちげーよ! カメだよ! 一学期にオレが川で捕まえたカメ」
成海「インコはその次でしょ」
新庄「あ。そうなんだ」
成海「生き物係は。宜保くん」
宜保「ああ」
成海「そうだよね。だって康太って確か亡くなった宜保くんの弟の名前でしょ」
宜保「よく覚えてんな」
新庄「でもなんで弟の名前なんて」
宜保「オレが小二のとき。康太、川で死んだんだ。花供えに行ったとき捕まえたから、なんか帰ってきた気がしてさ」
成海「そっか」
新庄「なんか。ごめん」
宜保「いや。いいけど」
凛子「ねぇ」
成海「なに」
凛子「うん。あの。さ」
宜保「なんだよ」
凛子「なんで覚えてないのか。ずっと考えてたんだけど」
新庄「なんかわかったのか」
凛子「わかったっていうか。最初はね。20年近く経ってるんだし、覚えてなくても仕方ないって、思ってた」
宜保「あー。確かに。小学校の時の記憶なんて遠い昔だもんな」
新庄「それが普通だろ」
凛子「うん。私も、ノート見返しても、なんかお話し読んでるみたいな感覚だった。でも今は違う気がしてる」
成海「違うって」
凛子「単純に忘れただけじゃなくて、みんなが消したい記憶だからなんじゃないかって気がする」
成海「消したい記憶。どういうこと」
凛子「たとえば。たとえばだよ。この中にヤツがいる。とか。さ」
新庄「まさか」
凛子「じゃあ。なんで同窓会に来た私たちのクラスは、私たちだけだったの」
宜保「たまたまだよ」
凛子「でも前に送られてきた参加者名簿にはもっといたよ」
成海「確かに。そうだよね」
宜保「だからそれは」
凛子「私たちの。っていうかヤツの名前があるの見てみんな来るのやめたんじゃないの」
新庄「つまり、3Bの他の生徒はヤツを覚えてて、オレたちだけがヤツを記憶から消してる」
凛子「そう」
新庄「それでそれは、オレたちの中にヤツがいるから」
凛子「そんな気がする」
宜保「まさか。冗談きついって」
成海「そうだよ。ぶっ殺すよ」
一同、成海を見る。
成海「なに? やめてよ。見ないでよ」
凛子、ノートのページを繰る。
凛子「あきは先生がヤツと川にいた。あきは先生は川でおぼれた。ヤツがやった」
新庄「ヤツが秋波先生を殺した」
宜保「ウソだろ」
成海「そうだよ。だって秋波先生は事故で亡くなったって、校長先生が全校集会で言ってたじゃん」
凛子「うん。それは私も覚えてる」
成海「え」
凛子「なに」
成海「なんで覚えてんの」
凛子「だからなに」
成海「凛子が引っ越したのって、秋波先生が亡くなったすぐ後だったって、さっき言ってたよね」
一同、凛子を見る。
凛子「記憶力いいんだね。ヤツのことは都合よく覚えてないのに」
成海「なに? その言い方」
凛子「別に。ただ私は全校集会にいたってだけ」
新庄「血のようにながれ出るじゅえき」
宜保「そんなの。ただの詩だろ」
新庄「ああ。とても小三とは思えない、ただの詩だ」
宜保「何が言いたいんだよ」
成海「宜保くん! 落ち着いてよ」
宜保「落ち着いてられる状況じゃねーだろ!」
新庄「いるのか? この中に」
成海「やめ! やめよ、こんなの」
凛子「成海」
成海「嫌だよ。だって小三からって考えたらこの四人が揃うの十、九年ぶりなわけじゃん? 嫌だよこんなの」
凛子「でも秋波先生が」
成海「だから余計に。先生が誰かに殺されたなんて考えたくないし、この中に犯人がいるかもなんて疑いたくない」
凛子「成海の気持ちもわかるよ。けど」
新庄「わかった。やめよう。そもそもヤツがやったって決まったわけじゃないし。全部憶測なんだから」
凛子「でも」
宜保「だな。作り話だよ」
新庄「それにそもそもオレたちにはそんなことする動機がないだろ」
宜保「え」
新庄「ん」
凛子「宜保くん」
宜保「どうき」
新庄「なんかあんのか」
宜保「いや。オレ今日の同窓会の実行委員やってたから、先輩たちとも会ったりしててさ。聞いたんだよ。秋波先生の噂」
成海「噂? なにそれ」
宜保「あの当時、秋波先生には恋人がいたらしいんだ」
新庄「まぁ今のオレらくらいの年だったから、いただろうな」
凛子「うん。きれいだったし。いない方が不自然でしょ」
成海「その恋人がどうかしたの」
宜保「来なかったんだって」
凛子「え」
宜保「秋波先生のお葬式に、それらしき人は来なかったんだって」
成海「どういうこと」
宜保「これ、噂な。つまりその人はそういう場所に恋人として顔を出せる人じゃなかったんじゃないかって。つまり」
新庄「生徒の保護者。とか」
凛子「うそ」
成海「それって不倫じゃん」
宜保「あくまで噂だけど。でももしそれが本当なら、動機にはなるんじゃないか」
新庄「なるかもな」
成海「そういえば新庄くんのご両親って、離婚してたよね」
新庄「オレが就職してからな」
成海「子どものこと考えて、離婚を待つ夫婦はたくさんいる。原因が昔にあったって、不思議じゃないでしょ」
新庄「ウチがそうだったって」
成海「可能性の話」
凛子「やめて! 秋波先生がそんなことするはずないじゃん!」
新庄「木下」
成海「凛子。秋波先生大好きだったもんね」
宜保「木下だけじゃねー。みんな秋波先生が大好きだった」
新庄「大丈夫。ただの噂だ」
凛子「うん」
宜保「悪い。ここでする話じゃなかった」
成海、手を叩く。
成海「よし! 仕切り直し!」
成海、ノートを取る。
成海「口直しに宜保くんが凛子に送った愛の詩でも朗読しますか」
宜保「おい庵野!」
新庄「りんと立つ君へっていう詩がいいよ」
成海「お。愛しの凛子シリーズ」
宜保「庵野うっせ! 司もなんでちゃっかり覚えてんだよ!」
成海「あった。りんと立つ君へ あかね色の川べに りんと立つ君 そのすがたはまるで。え」
新庄「川べ」
宜保「え。あ」
一同、凛子を見る。
凛子「なに」
新庄「木下。何で川行ったんだ」
凛子「え」
成海「帰り道逆だったよね」
凛子「そりゃ一人で考え事したいときだって、あるよ」
新庄「小学校三年生で」
凛子「あの頃ウチ大変だったし」
新庄、ノートのページを繰る。
新庄「なぁ。木下ん家なんで夜逃げしたの」
凛子「借金。だから秋波先生のこととは」
新庄「今日、みんなのきゅう食ひがなくなりました。あきは先生がわたしをしょくいん室によび出しました。木下凛子」
成海「凛子」
凛子「ちがう」
新庄「違うってどっちが」
凛子「どっちも! どっちも私じゃない!」
新庄「きゅう食がかりのふくをヤツがびりびりにしました」
凛子「ちがう! 私が秋波先生大好きだったの、みんな知ってるでしょ」
新庄「愛情が深いほど憎しみも増す」
成海「ちょっと新庄くん」
凛子、ノートを取り、ページを繰る。
凛子「じゃあこれは? ぼくがあきは先生をおかあさんとよびました。あきは先生はとてもこわいかおをしました。新庄司」
新庄「そんなの子どもなら普通にやる」
成海「でも新庄くんがやるのは確かに意外かも」
宜保「不倫のこともあるしな」
新庄「噂だろ? それにそれくらいなら探せば他にもきっと出てくる」
新庄、ノートを取り、ページを繰る。
新庄「ほら。あきは先生が、あたしにいのこりれんしゅうをするように言いました。あたしは、うたがきらいです。庵野成海」
成海「全然レベルが違うと思うけど」
宜保「庵野音痴だもんな」
新庄「ああ。それに庵野運動もダメでさ。自転車もさんざん居残り練習させられて」
凛子「自てん車」
宜保「え」
凛子「あきは先生の自てん車がなくなりました。ヤツがやったんです」
成海「いや。ちょっと待ってよ」
宜保「ヤツがラジカセのコンセントにはり金をまいて、音がして、けむりが出ました」
新庄「庵野」
成海「みんなおかしいって。それだけで人殺すわけないじゃん」
新庄「そもそも殺人とも決まってないけどな」
成海「そんなの言葉の綾でしょ」
宜保「庵野、プライド高いし。居残り練習とか精神的に無理だろ」
凛子「仕切りたがり。なんでも思い通りにならないと気が済まないタイプ」
成海「だから! それで人は殺さないって!」
新庄「そもそも殺人とも」
成海「言葉の綾だって言ってるでしょ!?」
成海、ノートを窓に投げつける。
宜保「庵野」
成海「あたし。あたしは」
成海、席を立ち、窓に歩いて行く。
成海「そうだね。みんなの言う通り。居残り練習が本当ならあたしが秋波先生嫌っててもおかしくないと自分でも思う」
新庄「庵野」
成海「でもあたしじゃない」
成海、ノートを拾い、窓の外を見る。
凛子「そう」
宜保「悪い。言い過ぎた」
成海、ノートに目を落とす。
成海「ねぇ宜保くん」
宜保「ん」
成海「なんで生き物係やったの」
宜保「なんでって」
成海「宜保くんのキャラじゃないじゃん。カメの世話なんて」
宜保「それは。やっぱり康太。弟のことがあって命の大切さに気付いたって言うか」
成海「あきは先生が、カメよりげんきでなが生きだから、インコをかおうと言いました。ぼくはこう太がすきだったのに。宜保健人」
宜保「え? オレ?」
成海「元気で長生き」
新庄「確かに軽率な発言だな」
凛子「でも秋波先生は康太くんのこと知らなくて、単純に元気づけようとしただけかもしれないし」
成海「名前までは知らなかったとしても、少なくとも弟が死んだことくらいは聞いてたと思うよ」
宜保「でもだったらオレが恨むのはエサをあげた人間。ヤツの方だろ」
成海「この発言で恨みが先生に向いたのかもしれない」
宜保「無茶苦茶だろ。どういう理屈でそうなんだよ」
成海、席に戻る。
成海「わかんない。そもそも理屈で考えるには時間が経ちすぎてるよ。残ってるのノートだけだし」
宜保「記憶もいい加減なもんだしな」
新庄「やっぱ無理だよ。これだけであの時なにがあったかハッキリさせるのは」
宜保「そうだな」
新庄「よし。そろそろ締めるか。駅まで送るよ。オレ呑んでないし」
成海「ありがと」
宜保「悪いな。司。今夜帰んの」
新庄「ああ。明日も朝から仕事だ」
成海「あ。凛子。あとでそのノート」
凛子「ちょっと待って!」
凛子、ノートのページを繰る。
新庄「木下。どうした」
凛子、ノートのページを繰る。
凛子「私。やっぱりハッキリしないと気が済まない」
成海「凛子」
一同、目を見合わせ、席に着く。
凛子、一つのページで手を止める。
凛子「これ。見て」
凛子、ノートを机に置く。
宜保「マジかよ」
成海「これ」
新庄「先生が使ってたペンだ」
凜子「でも。秋波先生の字じゃないよね」
見開きページに赤ペンで何十個も『ヤツがやった』と書かれている。
凛子「ヤツはいたし、ヤツが先生を殺したんだよ。たぶん」
宜保「なぁ。ホントにいるのか? この中に。ヤツが」
新庄「わからない」
成海「あたしは信じたいよ。みんなのこと」
新庄「オレだってそうだよ」
宜保「当たり前だろ。いくら長いこと会ってなかったっつっても、友だちなんだから」
成海「それにさ。死んじゃった人のこと悪く言うのどうかと思うけど。秋波先生そんないい先生じゃない感じしない」
宜保「不倫の噂とか空気読めてない発言とか。確かに気付いてない間に敵作ってたのかもしれないな」
成海「でしょ? それにほら。いじめとかもさ。やる方が圧倒的に悪いけど、やられる方に非があることもあるじゃん」
新庄「だから? 誰かに殺されても仕方ないって」
成海「そんなこと言ってないでしょ」
凜子「成海」
成海「ん」
凜子「やっぱ成海。最高だわ」
成海「え」
凛子「私は信じてないよ。みんなのこと」
成海「なんでそんなこと。あんなに仲良かったじゃん」
凛子「仲良かった? 冗談でしょ? 私がいじめられてたの覚えてないの」
新庄「いじめられてた? 誰に」
凛子「ミチルちゃんたち。それも覚えてないんだ」
宜保「マジかよ」
凛子「新庄くんも宜保くんも成海も見てたよ。でも誰も助けてくれなかった。そんな人たち信じろって方がどうかしてる」
成海「凛子。ごめん」
凛子「今さら謝られても。それに成海には無理だったと思うよ」
成海「え」
凛子「クラスのみんなにウザがられてたから」
成海「うそ」
凛子「気付いてなかったの? ただガミガミうるさいだけの学級委員が、好かれるわけないじゃん」
宜保「おい木下! 庵野。気にすんな。確かに庵野のこと嫌ってたのもいたけど、みんながみんなってわけじゃ」
成海「うるさい! 日和見は黙ってて!」
宜保「は? なんだよそれ」
成海「そのまんまの意味だけど? めんどくさいことからは絶対距離取る日和見だったじゃん。宜保くんは」
宜保「庵野お前。もう一回言ってみろ」
新庄「落ち着けよ。何回言ったって事実は変わらない」
宜保「はぁ!? てか司の方がよっぽど日和見だったじゃねーか!」
新庄「日和見? 冷静なだけだよ。オレは」
成海「違う。そんないいもんじゃない。新庄くんは感情が死んでるんだよ」
新庄「ずいぶんな言い方だな」
成海「ほらまた余裕なリアクションだし。新庄くんがヤツなんじゃないの」
宜保「庵野!」
成海「宜保くんだって容疑者だよ」
新庄「庵野もな」
凛子、笑い出す。
宜保「木下」
凛子「なんだ。みんなお互い信じてないんだ。なんか安心した。安心して、笑える」
凜子の笑い声が教室に響く。
成海「なにこれ? なんでこんなことになんの? こんな風になるなら来なきゃよかった。こんな風になるなら」
宜保「誰だよ」
宜保、隣の机を蹴る。
宜保「誰なんだよ!」
成海「もういいよ。どうせわかんないから」
宜保「なんで誰も覚えてねーんだよ」
凛子「思い出はきれいなままにしておきたいんでしょ。きっと」
成海「なんなの? 気に入らないならそう言えばいいじゃん」
凜子「気に入らない」
成海「はぁ!?」
宜保「二人ともいい加減にしろよ」
凜子「出た。日和見キャラ」
宜保「ああ?!」
新庄、ノートを手に立ち上がり、ノートを二つに破る。
成海「新庄くん」
新庄、二つになったノートの片方を床に捨て、残ったもう片方をさらに二つに破る。
宜保「何やってんだよ」
新庄「こんなもんがあるからこういうことになるんだろ? なら無い方がいい」
新庄、二つになったノートの片方を床に捨て、残ったもう片方をさらに二つに破る。
凜子「新庄くん」
新庄、ノートを床に捨て、席に着く。
新庄「木下」
凜子「え」
新庄「なんで今日来たんだ」
凜子「なんでって」
新庄「いじめられてたんだろ? 秋波先生のこともある。来ないだろ? 普通」
凜子「言ってあげたかったから」
宜保「言ってあげたかった」
凜子「私。あの頃毎日死んじゃいたかった」
宜保「木下」
凛子「生きる意味とか希望とか。そういうの何にもなくて。川眺めながら、飛び込んじゃおうかなって思ったりしてた」
成海「それで川にいたんだ」
凜子「でも生きてる。だからあの頃の自分に言ってあげたかった」
成海「生きていればいいこともあるって」
凜子「まさか。意味なんかなくても、希望なんかなくても生きていける。そう言ってあげたかった」
宜保「木下」
凜子「でも、来てみたらちょっと違った」
宜保「違った。なにが」
凜子「私どっかで、あの頃の自分と全然別のもう一人の私がいて、それが今の自分なんだって思ってたんだと思う」
成海「それが違ったの」
凜子「うん。違った。本当は、あの頃にこだわって、縛られて、繋がってる、みたいな。そういう私がずっといただけだった」
成海「凜子」
凛子「来月にはこの校舎もなくなる。それにノートも。これでやっと本当に全部が終わる気がする」
新庄「もう一人の私」
宜保「司」
新庄「ひょっとしたらヤツは多重人格みたいなものなのかもしれないな」
成海「多重人格」
宜保「そんな。ドラマじゃあるまいし」
新庄「確かにできすぎかもしれない。でもそれなら覚えてないことも説明がつく」
成海「それは。そうかもしれないけど」
新庄「だろ? つまり」
凛子「たぶん。違うと思う」
新庄「なんで?」
凛子「ヤツのやってることって、段々ひどくなっていってるでしょ」
宜保「ああ。それがどうしたんだよ」
凛子「よく知らないけど、多重人格ってなんかすごい嫌なことがあって、それが押し込められたものなんじゃないの」
成海「テレビとか映画とかで観るのはそういうのだね」
凛子「だったら最初からもっと爆発してるんじゃないかなって気がする」
新庄「確かに。そうかもしれない」
成海「じゃあなんなの? いったい」
宜保「みたいなもの」
新庄「健人。どうした」
宜保「いや。さっき司言ったろ。多重人格みたいなものって」
新庄「ああ。専門じゃないからな」
宜保「オレは、さ。けっこう楽しみにしてたんだよ。今日みんなに会えんの」
成海「あたしだってそうだよ」
宜保「それがさっきみたいなことになった」
凛子「なに? 蒸し返したいの」
宜保「そーじゃねーよ。そーじゃねー。でも、さっきのは、オレにとって、多重人格みたいなものだった」
新庄「意外な一面ってことか」
宜保「意外なのか」
新庄「え」
宜保「意外なのか」
凛子「宜保くん。何が言いたいの」
宜保「わかんねーよ。そもそもオチがあって始めた話じゃねーし」
凛子「結局わかんないままか」
成海、窓の方を見る。
成海「あ」
新庄「庵野」
成海「わかるかも」
凛子「え。なにが」
成海「さっき最初に座ったの誰だっけ」
宜保「は」
成海「あたしが席についてって言ったとき、最初に座ったの誰だった」
新庄「そんなのどうでもいいだろ」
成海「大事なことなんだって」
凛子「たぶん私だと思う」
成海「なんで凛子そこに座ったの」
凛子「どういう意味」
成海「ヤツが出てくる最初のあるじゃん」
新庄「最初の」
宜保「あー。あの校庭に犬が入ってきたとか言うやつ」
成海「そう。さっき窓際に行った時に校庭が見えてさ」
新庄「それがどうした」
宜保「そうだよ。おかしくないだろ」
成海「おかしいでしょ」
凛子「なにが」
成海「ここからじゃ校庭見えないじゃん」
凛子「あ」
宜保「そっか」
新庄「確かに。この席からじゃ無理だな」
成海「凛子。なんでそこに座ったの」
凛子「えっと。ここが私の席だったから」
成海「1学期のね。ウチのクラスは学期毎の席替えだった。じゃあ、2学期は」
凛子「覚えてないよそんなの」
成海「あたしも覚えてない。二人は? 二学期の席替えで誰が窓際になったか、覚えてる」
新庄「いや覚えてない」
宜保「オレも。全然思い出せない」
成海「そっか。でも2学期。あそこに座ってた人間がヤツだよ」
一同、窓際の席を見つめる。
一同「あ!」
電気が消える。
ヤツ「あー。思い出しちゃった?」
真っ暗な教室。
○同・外(夜)
明かりのついていない校舎。
秋波の声「はーい。出席取るよー。庵野成海さん。井上雄太くん。小野真里さん。神田涼子さん。岸隆平くん。木下凛子さん。宜保健人くん。佐藤剛史くん。佐藤里佳子さん。佐野ミチルさん。新庄司くん。須賀恵さん。園田由加里さん。高橋このみさん。竹内渡くん。津田悠人くん。西野健太くん。野田皆美さん。原田敬一くん。平井百合さん。福島壮太くん。村田翔くん。吉田健治くん。渡辺亜希さん。はーい。今日も全員来てるねー。みんな朝ごはんちゃんと食べて来たー」
二階の教室に明かりがともる。
〈おわり〉
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