・人物
池内省吾(30) 失業者
北条(40)
棚橋(42)
林(39)
先崎(33)
勇馬(5) 北条の息子
池内美奈子(60) 省吾の母
・脚本
○ カフェ・店内
北条(40)と棚橋(42)、向かい合って座っている。
北条「…末期ガンだ」
棚橋「は?」
北条「医者からは余命一ヶ月といわれた。家族には告げていないが、私はまもなく死ぬ」
棚橋「(絶句)」
北条「一通りのことはやった。金も地位も人並み以上に手にした人生だ。悔いはない。だが」
北条、一枚の写真を取り出す。
息子の勇馬(5)が笑顔で映っている。
北条「私の死によって息子が悲しみの涙を流すと思うとやりきれない」
棚橋「…」
北条「(写真をしまい)そこであなたに頼みがある」
北条、ジュラルミンケースをテーブルに置く。
北条、ケースを開ける。
中には大量の札束。
棚橋「(驚く)…これは」
北条「私の人生をあなたに引き継いでもらいたい」
○ テロップ
「整形技術が高度に進歩した昨今、一部の人間たちは影武者を作り出すことで人生の寿命を伸ばしていた」
○ カフェ・店内(一週間後)
棚橋(42)と林(39)、座っている。
棚橋「というわけだ」
林「…」
棚橋「影武者になれば家族や知人に会うことは許されなくなる。つまり、自分の人生と決別することに他ならない。俺もその時がきたってわけだ」
林「…」
棚橋「とはいえ、自分の人生には未練がある。俺にだって守るべき家族がいる」
林「…」
棚橋「そこで君に頼みがある」
林「(身構える)」
棚橋、大きな封筒を林に差し出す。
林、中を覗くとたくさんの札束。
棚橋「俺の人生を君に引き継いでもらいたい」
林「…影武者の影武者。影影武者ですか」
棚橋「そうだ」
○ カフェ・店内(一ヶ月後)
先崎(33)と池内省吾(30)、座っている。
先崎「というわけだ」
先崎、薄い封筒を省吾へ差し出す。
先崎「俺の影武者、いや、正確にいえば影々々々々々々々々々々々武者として俺の人生を継いでもらいたい」
省吾、封筒を手に取る。
省吾、中を覗く。
省吾「(驚く)これっぽっちの金で?」
先崎「あんたも仕事にあぶれて切羽詰まってるんだろう」
窓の外。
道ばたに横たわるホームレスの姿。
先崎「こんな世の中だ。野垂れ死にたくなかったら人生を売るしか手はない」
省吾「…だけどいくら何でもこんなはした金じゃ」
先崎「そのはした金程度の価値しかあんたの人生にはないってことだ」
省吾「…」
○ 道
省吾、歩いている。
その手に封筒が握りしめられている。
○ カフェ・店内(回想)
先崎「あんたも早いとこ自分の影武者を探すことだ」
○ (戻って)道
省吾「…」
× × ×
省吾、紙を手に持って立っている。
紙には「影武者募集」と書かれている。
省吾「影武者募集してます! どなたかいませんか!」
通行人ら、省吾に見向きもしない。
たまに紙に目をやる人もいるが、しらけたように去っていく。
省吾「影武者募集してます! どなたか!」
× × ×
日が沈んでいる。
省吾、疲れた様子で座り込んでいる。
省吾の隣に露天商。
路上にアクセサリーが並んでいる。
省吾、アクセサリーを見やる。
花のデザインのブローチが目に入る。
○ 省吾の実家・居間(夜)
省吾、食卓で飯を食べている。
母美奈子(60)、台所から肉じゃがを持ってやってくる。
美奈子「あんたの好きなしらたきたくさん入ってるよ」
省吾、肉じゃがにがっつく。
美奈子、その食べっぷりに微笑む。
美奈子「(座る)ったく、急に帰ってきて。仕事、うまくいってないの?」
省吾「いや、何となく近くまできたから」
美奈子「今日は泊まってくんだろ?」
省吾「いや」
美奈子「何でよ。せっかくきたんだから泊まってけばいいじゃない」
省吾「…」
美奈子「そうだ。冷蔵庫にまだお酒残ってたかな?(と立つ)」
省吾「いいよ酒なんか」
美奈子「くるって連絡くれたら買っておいたのに」
省吾「…」
○ 同・省吾の部屋
勉強机、マンガや参考書が並んでいる。
省吾、懐かしそうに眺めている。
ふと小学校の卒業文集が目にとまる。
省吾、手にしてページをめくる。
省吾、自分の欄を見る。
省吾「(読み上げる)将来は野球選手になりたいです…か(と自嘲する)」
○ 同・居間
省吾、やってくる。
美奈子、座ったままテレビの前でうたた寝している。
省吾「…」
省吾、ポケットからブローチを取り出す。
省吾、テーブルにそっと置く。
省吾、部屋から出ていく。
省吾、ふと立ちどまる。
省吾「(ぽつり)…ごめんな。出来損ないの息子で」
○ 家の外
省吾、明かりのついた実家を見つめている。
省吾、ゆっくり歩き出す。
省吾の後ろ姿が夜の闇へ消えていく。
○ 公園(一ヶ月後)
美奈子、買い物袋を抱えてベンチで休んでいる。
近くで北条(=影武者となった棚橋)と勇馬がキャッチボールしている。
美奈子、その光景を微笑ましく見つめる。
美奈子の胸元にはブローチ。
美奈子、ブローチに目をやると、その微笑みがどことなく寂しげになる。
勇馬、ボールを取り損ねる。
美奈子の前にボールが転がってくる。
美奈子、ボールを拾う。
美奈子、やってきた勇馬へボールを返してやる。
勇馬「ありがとう!」
美奈子「どういたしまして(と微笑む)」
勇馬、立ち去らず、美奈子をじっと見つめている。
勇馬「おばちゃん、悲しいの?」
美奈子「え?」
美奈子の目から涙が溢れている。
勇馬「どうして泣いてるの?」
美奈子「…そうだね、おばちゃんも何で泣いてるのかわかんないや(と涙を拭う)」
その涙が落ち、ブローチを濡らす。
(おわり)
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