登場人物。
哲哉(22) 主人公。新人で隆弘と共に現場を回る事が多い。妻子持ち。
エアコン 哲哉に恋をする。女性。
隆弘(42)哲哉の先輩であり、教育係。
健一(24)新しく購入した家にエアコンを取り付けるために購入。新人売れっ子作家として活躍中。
○午前11時ごろ。都会にある健一宅。屋外の室外機前で健一(25)と新人(研修中と書かれているたすきをつけている)の哲哉(22)とベテランの隆弘(42)がいる。哲哉と隆弘は作業着を着ている。
健一「困りますよ。昼ごろにはエアコンの取りつけが終わるとお店で言われたので今日工事に来て頂いたのに……」
隆弘「そう言われても、ちょっと室外機まで調子が悪いとなると時間かかりましてね。他にも内部部分にも影響が……この後何かご予定でも?」
健一「在宅ワークですけど。こうも、工事の音がうるさいと、集中して執筆出来ないんですよ」
哲哉「執筆ですか」
隆弘「順序立ててからかかるので少しばかり時間かかりますね。こりゃ」
健一「分かりました。僕も時間かかること、腹くくります。よろしくお願いします」
隆弘「すいませんね。よろしくお願いします」
○社用車の車内。運転席に哲哉と助手席に隆弘が座っている。エアコンが積んである。
隆弘「とりあえず対策は考えたし、飯でも食うか。あんなパターン、かなりレアだからな」
隆弘、かばんから愛妻弁当を取り出す。
哲哉「愛妻弁当ですか。羨ましいですよ」
隆弘「お前だって愛妻弁当だろう?学生結婚だろ?」
哲哉「嫁と子供は遠くへ行きましたよ」
隆弘「どうしたってんだよ。新婚だろうに」
哲哉「このご時世ですからね。赤ん坊にコロナ移るかもしれないじゃないですか。こんなごみごみした都会だと、ねぇ」
隆弘「そういう事ね。じゃあ嫁さんと子供は疎開って事か。お前ひとりも可哀想にな」
哲哉「世の中が少しでもマシなると思いながら働かないとやってられませんよ」
哲哉、バックからおにぎりとパンとお茶を取り出す。
隆弘「質素だねえ」
哲哉「掃除に洗濯を一人でしているとどうも料理をする気が起きないものでしょう」
隆弘「まぁ、確かにな」
エアコン(ナレーション)「好き……」
哲哉「え?」
隆弘「どうした?」
哲哉「今女性の声で好きって聞こえませんでした?」
隆弘「何言ってんだお前?一人暮らしで頭おかしくなったか?室外機もご機嫌斜めなんだからさっさと食って作業するぞ」
哲哉首を傾げながらご飯を食べる。
エアコン(ナレーション)「この声は哲哉、あなたにしか聞こえないわ」
哲哉「(小声で)やっぱり!」
エアコン(ナレーション)「あなたも私だけにしか聞こえない声で話せるはずよ念じれば、念じれば必ずできるわよ」
哲哉(ナレーション)「こうか?」
エアコン(ナレーション)「そうね。上手じゃない」
隆弘、食べ終わる。
隆弘「哲哉、ちょっと角曲がったところの喫煙所で一服してくるわ」
隆弘、出て行く。
哲哉(ナレーション)「君は何者なんだ。なんで僕に語りかける?」
エアコン(ナレーション)「私はエアコン。この車に積んであるエアコンよ」
哲哉(ナレーション)「エアコンだと?そんなバカな!」
エアコン(ナレーション)「嘘ではないわ。こうやって話をしているのが事実でしょう?」
哲哉(ナレーション)「これが事実だというのか?」
エアコン(ナレーション)「私、あなたの事が好きになっちゃった。色んなトラブルも考慮しつつ、私を取り付けてくれるその優しさ、ぐっときちゃった」
哲哉(ナレーション)「あれは仕事でやるだけだ。優しさでもなんでもない」
エアコン(ナレーション)「それでもいいの。私はそんな貴方を好きになったの。おかしいかしら?」
哲哉(ナレーション)「僕には子供も妻もいるんだ。諦めてくれ」
エアコン(ナレーション)「それでもいいわ。私は2番目でも3番目でも!」
哲哉「バカ言うな!」
隆弘「何がバカなんだ?」
隆弘が戻ってきていた。
哲哉「いや、すいません」
隆弘「お前もサッサ食って作業するぞ」
○健一宅玄関前。哲哉、健一、隆弘がいる。
隆弘「それでは作業に戻らせていただきます。どうしても大きな音が鳴ってしまいます。すいません」
○昼。室外機前。室外機が解体されている。
隆弘「あとは組み上げるだけだな。哲哉、お前は先に行ってエアコン組み上げる準備しとけ。新人でももうそこくらいはできるだろ?」
哲哉「分りました」
哲哉、その場から離れる。
○健一の部屋。様々な資料が置かれている。
哲哉、梱包前のエアコンを手に持っている。
健一「こちらの部屋でお願いします。外に僕はリビングで作業してるので」
哲哉「分かりました」
エアコンの中身を出す。
エアコン(ナレーション)「やっと顔が見れたわね。初めまして、私エアコン。見た目よりずっとイケメンね」
哲哉(ナレーション)「よせよ。取りつけたら終わりだけ取り付けが終わりさえすれば……」
エアコン(ナレーション)「そんなに私の事が嫌いなの?」
哲哉、作業の手を止めてしまう。
哲哉(ナレーション)「俺は君の事が嫌いなわけじゃない。でも俺には……」
エアコン(ナレーション)「今だけ、今だけでいいの!今だけでいいから私だけを見てよ!この真っ白いボディ!どこの誰にも触れられた事ないのよ!」
エアコンの言葉に心動かされる哲哉。
哲哉(ナレーション)「分かったよ!お前だけ!この時だけはお前だけ見てやる!」
取りつけ作業を始める哲哉。
エアコン(ナレーション)「あなた、好きよ」
哲哉(ナレーション)「今、今だけなんだ……」
エアコン(ナレーション)「今の奥さんとはどこで会ったの?」
哲哉(ナレーション)「大学内さ。同じサークルでさ。そのまま気があってさ」
エアコン(ナレーション)「怒られたでしょ。お父さんやお母さんに」
哲哉(ナレーション)「そりゃもちろん。学生結婚だったからね。向こうの父親からはうちの娘に何手を出してるんだってね。こっぴどくね」
エアコン(ナレーション)「その時私の方が早く出会ってたら」
哲哉(ナレーション)「かもな……」
エアコン(ナレーション)「あなたって嘘がとても下手なのね」
哲哉(ナレーション)「そうかい?」
エアコン(ナレーション)「顔に出ているわ」
哲哉(ナレーション)「やっぱり家族は裏切れないな」
エアコン(ナレーション)「そういうところを含めて私あなたを好きになったのでしょうね。あなた浮気出来ないわね」
哲哉(ナレーション)「その方が今の時代健全でいい。不倫が文化なんてのは20年以上前の遺物さ」
健一、入ってくる。
健一「今、どんな感じですかね」
哲哉「もう少しで終わる感じですかね」
健一「少しかかってませんか?」
哲哉「すいません、新人なもので」
健一「僕と見た目年齢そんなに変わりませんもんね。頑張ってください。これ」
健一、手に持っていたペットボトルのジュースを渡す。
哲哉「ありがとうございます」
健一「僕も新人作家なもんで」
健一、出て行く。
エアコン(ナレーション)「そういううぶさ、好きよ」
哲哉「(大きめの声で)早く仕事を済ませないと」
エアコン(ナレーション)「私へのあてつけのつもり?」
哲哉(ナレーション)「遊びの時間は終わりだ。もう僕たちの時間もここまでなんだ」
エアコン(ナレーション)「仕事熱心なのね。ますます」
哲哉(ナレーション)「それ以上は言わないでくれ。仕事を伸ばしてしまうかもしれない……」
無事エアコンの取りつけが終了する。
エアコン(ナレーション)「もう終わってしまったのね」
哲哉「終わりましたー!」
健一「ありがと。あとはお会計ですかね?」
哲哉「そうですね」
エアコン(ナレーション)「さよなら、私の初恋……」
哲哉(ナレーション)「僕はこの地区を任されているんだ。君の匂いはすぐ分かる。また会えはしないまでも感じあえるさ。だって人間とエアコンだもの。空気が繋いでくれる」
エアコン(ナレーション)「ほんとずるい人」
○夕方。健一宅。玄関。お会計を済ませる健一と哲哉。
哲哉「こちらお釣りの1150円になります」
健一「ありがとう。また何かあったら頼みますよ」
哲哉「ありがとうございます。では」
哲哉、出て行く。
○社用車内。助手席に隆弘、運転席に哲哉がいる。
隆弘「随分とすっきりした顔立ちになったじゃねえか。なんというか一皮むけたような」
哲哉「気のせいですよ。少しエアコンの気持ちが分かったくらいです」
隆弘「なんだそれ」
社用車、走り出す。
○数か月後。社用車で健一宅近くを走らせている。窓を開けている。研修中のたすきは外れている。
哲哉(ナレーション)「この街をたまに通ると思い出す。君の匂いを肌で感じる。君は今日も働いているんだね……。そう思いながら僕も家族のために働く。それがお互いのためなのだから」
健一宅で健一が執筆作業をしている中、動いているエアコンが映る。
終。
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