終局 ドラマ

30歳を目前にする将棋連盟奨励会三段の乾は同棲相手の優子の父に、それとは知らずに対局指導をするが....
別句通 8 0 0 03/27
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第一稿

人  物
乾 俊雄(29)将棋連盟奨励会三段
真野優子(32)看護師
真野誠一(62)無職
竹中(30)会社員
和服の棋士
スーツの棋士  

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人  物
乾 俊雄(29)将棋連盟奨励会三段
真野優子(32)看護師
真野誠一(62)無職
竹中(30)会社員
和服の棋士
スーツの棋士  

○電気店・内部
大型TV売り場に多くの買い物客。
陳列TVの画面には和服姿とスーツ姿の将棋のプロ棋士がぶ厚いキリ製の将棋盤をはさんで対局中である。
和服姿の棋士が憮然と駒を動かす。
スーツ姿の棋士が続いて駒を動かす。
TVのN「後手8二金……先手同銀……」
乾俊雄(29)がその画面に見入っている。

○2階建アパート・全景

○同・外廊下
真野優子(32)が買い物袋をさげて階段を上がってくる。
優子が時計に目をやる。
優子は二〇三号室の戸を開けようとする。
鍵をさしこんだが、手を止める。
優子「あれ……?」
緊張した面持ちの優子。
震える手でドアを開ける。
中の居間で真野誠一(62)があぐらをかいて座り、優子のほうを睨み付けている。
真野の横には乾かしてたたんである男物の肌着の山がある。
優子「お父さん……!」

○電気店内
乾がTVの前に立ってじっと将棋の対局を見ている。
店員や一部の他の客が乾を訝しそうに見ている。
乾は険しい表情で、唇を動かしている。
TVのN「先手5三歩成る……加東七段、持ち時間無くなりました」
和服姿の棋士がまんじりともせず、盤上を見つめている。
とじた扇子でぴしぴしと膝を叩く。
乾は鋭い目つきで画面を食い入るように見る。
和服姿の棋士が対戦相手に向かって頭を下げる。
和服棋士「終わりました」
乾が放心したような表情になり、肩を落とす。
男の声「おい、乾じゃないか?」
振り返ると作業着姿の竹中(30)がいる。

○アパートの居間
優子は真野にコーヒーを出す。
真野「まったく……いつからこいつと一緒に住んでるんだ?」
真野が男物の肌着を取り、放り投げる。
パイプラックには優子と乾が二人で映っている写真が立てられている。
優子「でも来るとも言わないで、勝手に上がり込むなんて……」
真野「ポスト内側の上に合鍵をテープではっつけてたな。俺とおんなじやり方だな」
真野が、養生テープのついた鍵と『報告書・○○調査事務所』と書かれたコピーの冊子を放り出す。
優子がそれを見て驚く。
真野「おかしいと思ったさ……寮を出るなんて言ったから。……おめえいずれ帰ってくるつもりだって言ったろ?いつの間に将棋指しめざしてる男と暮らしてるんだ?」
優子「俊雄は……乾さんは真面目で優しい人だよ。真剣にプロを目指してんだよ」
真野「ふん。でももう崖っぷちなんだべ?」
優子が悲しそうな顔になる。

○スターバックス・店の前

○同・店内
乾と竹中が向かい合って座っている。
竹中「そうかまだがんばってるんだ」
乾「タケさんこそ、カタギの仕事してるとはね」
竹中「もう5年前だものな。結局26歳になっても三段リーグの上位2名になれずにプロの道は閉ざされちまった……」
竹中の携帯が鳴り、通話に出る。
竹中「ああ、すいません。ええ午後は現場向かいますので……はい」
通話を終える。
竹中「あーあ、もう将棋のしょの字もない暮らしだよ」
乾「普通、そうなるだろうね……」
竹中「……悪いこと言わない。お前も、もうふっきれよ」
乾「どうせ、もう最後のチャンスだから」
竹中「ああ、そうかお前もう……」

○アパート・全景
真野の声「29歳なんだって?」

○同二〇三号室・居間
優子と真野が座っている。
真野「なんでも将棋差しってのは26歳までに四段になれないとプロはあきらめなきゃならんのだろ?」
優子「26過ぎててもリーグ戦で勝越しを続けてれば29歳までは置いてもらえるの。……でも今度こそ上がれそうだって……」

○スターバックス・店内
乾と竹中が席に座っている。
乾「でも正真正銘今度こそ突破できそうな気がするんだ。あと一戦、その一戦に勝てさえすれば」
竹中がぼんやりと乾を見つめる。
竹中「勝算はあるのか……」
乾「……ああ!相手は下がり調子の子でさ。手の内も研究しつくしてるし」

○アパート玄関
真野が靴を履こうとしている。
優子「ねえ、せっかくだから彼に会ってあげてくれない?」
真野「今回は帰る……優子、実は縁談の話があんだ。相手は地元信用金庫の職員だ。今の仕事辞めて帰ってこい」
優子が強い眼差しで真野を見下ろす。
優子「彼が四段に……プロになれたら、彼と結婚してもいい?」
真野は玄関で黙って優子を見上げる。
真野「フンなれたならな……勝手にしろ」

○私鉄沿線の商店街
買い物客やおびただしい駐輪の自転車。

○同・メインストリート
肩にかばんをかけた真野が歩いている。
将棋会所の前を通りかかる。
真野が歩みを停めてガラス戸越しに中を覗く。
客は高齢者を中心にちらほら。
真野「ふん……将棋なんて」
店内の壁に掲げられた表示板に気づく。
表示板「本日の講師・奨励会乾俊雄三段」。
中で乾が客に対局指導している。
真野は驚く。

○同・店内
真野が中に入り、立って店内を見回している。
乾が真野と目が合い、互いに会釈する。乾が近づく。
乾「すいません。店主の都合で今日はあと30分で閉店なんですが……」
真野「かまわんです。是非一局」
 × × ×
乾と真野が椅子に座り対局している。
真野(老眼鏡をかけている)「すいません。将棋なんて久しぶりだもんで……」
乾「いえいえスジは悪くないですよ。すぐに強くなりますよ」
真野「失礼ですが、ここの収入で食べてけるんですか……」
乾は少し眉を動かすが、すぐに笑う。
乾「いやー……恥ずかしいけど彼女に食わせてもらってます」
真野が乾を睨み付ける。
真野「結婚しよらんのですか」
乾「したいのはヤマヤマですが……きちんと世に出てからケジメつけたいんです」
真野「目算はおありで……?」
乾「ええ。ようやく自分に番が回ってきそうなんです。苦労かけた彼女は絶対に幸せにしてあげたい……」
乾が俯きがちに眼を潤ませている。
真野が老眼鏡を外す。
真野「……ありがとう。そんなら今日はそろそろ失礼致します」
乾「またお寄りになって下さい」

○日本将棋連盟・全景

○同対局室
西日の差すがらんとした室内。
乾が一人で盤に向かってうなだれている。盤上には無造作に駒が散らばっている。乾が下を向いてわなわなと震えている。

○同・玄関前
沈痛な表情の乾が俯きがちに出てくる。連盟の建物を振り返りすぐに向き直る。行く手に優子と真野が立っている。
乾「優子……(真野を見て)あなたは!」
優子「父なの。先日会ったんでしょ?」
真野「乾君。残念だったけど仕方ないね」
乾「……すいません。優子……別れよう」
優子「な、何言ってるの!?」
乾「やっぱり俺は将棋しかないんだよ。君を幸せにしてやれるような職につく自信が無い……お父さん、ほんとにごめんなさい」
真野「乾君、優子はな、将棋をやってる君が好きなんだ。私に教えてくれた時に君はほんとに生き生きとしてた気がするけど……良かったらまた教えてくれよ。将棋を」
優子は乾に微笑みかける。
乾はてれながら頷く。了

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