人 物
・大江 公人(38)検察官
・成毛 香世(28)OL
・真田 庸司(29)無職
・成毛 正章(26)死亡
○路上
東京の下町。
成毛香世(28)が歩いている。
香世「あ、あそこだ!」
○『東京地方検察庁武蔵野支部』・全景
白い外観の地味な鉄筋のビル。
○同内部・事務所
来庁者用カウンターがある。
大江公人(33)が椅子に座って新聞を読んでいる。
社会面”サラリーマン自宅トイレで自殺?ー酸欠で死亡か”
香世の声「……すいません」
○同内部・応接コーナー
大江と香世が向かい合ってソファに座っている。
香世「弟の正章は殺されたんです。検事さんのほうで捜査して起訴して頂けませんか」
バッグから一枚の写真を出して大江に渡す。
写真には正章と一緒に真田庸司(29)が写っている。
香世「正章と交遊のあった男です」
大江「もしかしてこの人物が殺したと?」
香世「多額の金を貸していたのに全く返してもらえないと嘆いていました」
大江「男がそれを疎んじて殺したと」
香世「お願いです!殺人で起訴して下さい」
大江「警察は自殺でキマリのようですね」
香世「物証が無いから他殺ではないと……」
香世が何粒もの涙を机に落とす。
大江「やってみます」
香世「ありがとうございますー」
大江「あなたには確信があるんですね」
香世「死亡推定時刻は3日の午後11時らしいんですけど、10時前後に真田らしい男が正章の部屋に行く目撃証言があったんです」
大江「犯行のために訪れたと?」
香世「参考人として事情聴取はされたらしいんですけど、すぐに釈放されました……」
香世が何冊かのアルバム帳を出す。
香世「発見時の状況を撮影した写真です」
大江がアルバム帳をぱらぱらめくる。
香世「そもそも自分の部屋のロックされたトイレで自殺するなんて不自然です」
大江「確かに」
香世「たぶん誰かに眠らされてトイレに閉じこめられたと思うんですが……」
大江「外側からトイレの鍵をかけられたと」
香世「でも鍵は大家さんが管理していたのでそれは不可能だと言ってました」
大江「死体から睡眠薬は検出されましたか」
香世「いいえ……出なかったらしいです」
大江「それじゃあ、警察も殺人の捜査の進めようが無いですよね」
香世「やはり私の思い込みなんでしょうか」
大江がアルバムを見て立ち上がる。
大江「現場に連れて行ってくれませんか?」
○『木多ハイツ』全景
3階建のこぎれいな外観。
○同203号室内部
トイレのドアを開けて大江と香世が立っている。
大江が写真を見ており、実際のトイレと見比べている。
大江「壁も窓も異状は無いですよね。窓も人が侵入するほどの大きさじゃない」
香世「鍵をあけてもらった発見時、正章は変わり果てた姿になっていました……」
香世が嗚咽する。
大江N「写真を見ると死後硬直の後に起こる緩解という現象が始まっていたようだな」
大江がドア内側を見る。
鍵は把手をひねるタイプで、上にすると空き、右に倒すと閉まる、である。
大江「真田に聞き込みしてみましょう」
○『ライムコーポ』全景
やや古い2階建アパート。
○同206号室前
香世のそばで大江が呼び鈴を押す。
ドアが半開きになり真田が顔を出す。
大江が目尻をよせ鼻から息を吸い、真田の右の指が腫れているのを見る。
大江「検察です。真田さん、3日夜10時ごろ成毛正章さんの自宅に行かれましたよね」
真田「ケ、ケンサツ?……ああ。借金の返済の話をするために行ったのさ。帰った後に自殺したんだろ?」
大江「その後12時近くにあなたを見たという証言もあるんですけど」
真田「コンビニへ買い物に出たんだよ」
怒りの形相で香世がドアをつかむ。
香世「あんたがやったんでしょ!!」
真田「いいぜ。警視庁様のシロのお墨付きだ」
真田が不敵な笑みを浮かべる。
大江が香世を制止する。
大江「帰りましょう」
○『東京地方検察庁武蔵野支部』・応接室
大江と香世が向かい合っている。
香世「すいません。取り乱してしまって」
大江「正章さんは几帳面できれい好きですよね。彼の部屋を見てそう思いました」
香世「ええ、その通りです」
大江が写真を取り出して見る。
大江「ちょっと気になったんです。ご遺体の横の床にトイレットペーパーの芯が転がってますよね」
香世が写真を見る。
香世「……ええ?」
大江「生前、正章さんはこういうものでも放りっぱなしにはしなかったですよね」
香世「たしかにそうだと思います」
大江「あのトイレは内側からロックする場合は把手をこう縦から右方向へ横におろす」
香世「はあ、そうでしたわね」
大江「例えば誰かに殺されてから、この把手を動かせれば密室殺人の完成ですよね」
大江がソファを立ち上がり、室内をうろつき始める。
香世が目で大江を追う。
大江「そう、殺された正章さんがこの把手を回せたとしたら?」
香世「エーッ?!」
大江「死後硬直ってご存じありませんか?」
香世「聞いたことはあります……」
大江「大体死後2~3時間たつと体の筋肉が上半身から固くなってくるんです。ただ死後30時間ほど経つと今度は腐敗によって体は柔らかくなっていきます。これを緩解といいます」
香世「はあ」
大江「あくまで推論です。ペーパーの芯を鍵の把手にかぶせ、殺害前に曲げておいた硬直した正章さんの手の指をその芯に通した。死後硬直なら死体が彫刻のような状態でしばらくは固定状態です」
香世「あ。つまり、時間がたって硬直が解けるにしたがい、芯に通した指が把手を右におろしていった……」
大江「そう。その段階でトイレは内側からロックされて、密室のできあがり。ペーパーの芯も把手や指からすっぽ抜けて下に転がった」
香世「でも、なんで酸欠になったんでしょう。頸を絞められた訳でもないし、あの部屋はオール電化でガスではないし」
大江「さっき奴の部屋からある種の匂いが漂ってきたのが一つ。また右手に凍傷にかかったような腫れがあったのが一つ」
香世「は?」
○真田の部屋
ドアを開けて、真田が入ってくる。
真田「あ!」
背を向けて立っていた大江が振り返る。
真田「てめえ!どういうつもりだ!」
大江が捜査令状と書かれた紙を示す。
大江「薬事法違反の容疑で捜査中です」
真田「なんだと」
大江「この部屋からドラッグ系の匂いがしたよ。捜したらこんなのもあった」
大江が一個の薬瓶を手にしている。
真田が目を見開く。
ラベルには”***トニン”とある。
大江「生物の脳から分泌されるホルモンの一つで強い睡眠作用があるそうだね」
真田「俺、不眠症でね」
真田が天井に目をそらす。
大江「もちろん人の脳からも分泌される。だから体内から検出されても異常じゃない」
真田の目が宙を泳ぐ。
大江「ここまで来ればつながる。これを被害者に飲ませ眠らせ、トイレに座らせる。あとはペーパーの芯を介して錠の把手を正章さんの指が緩解で自然におりていくようにする」
真田「ふん。窒息してたんだろ?頸を絞めた跡や凶器があったのか?」
大江「そんなものいる?密室に多量のドライアイスでも撒けば酸欠するのはたやすい」
真田がうつむいて体を震わせる。
真田「証拠は無いだろ……?」
大江「お前のその右手の人差し指、軽い凍傷だな。ドライアイスにさわったみたいだ」
真田「……ちっくしょう~」
真田が大江に襲いかかる。
大江の手前で真田が転んでしまう。
真田「うわっ!」
真田の足下に釣り糸が張ってある。
大江「こっちも細工させてもらったよ」
大江が真田に手錠をかける。
大江「死んだ正章さんに借りた金でクスリをやってたんだろう」
真田「くっそ~」
大江「お前には黙秘権がある。しかし真実は黙っちゃいないさ」
ドア外から香世が安堵の表情を見せる。了
コメント
私、岩崎雄貴と申します
私は脚本を翻訳し、海外の映画祭に出展するサービスをしているのですが、この脚本を翻訳して海外の映画祭に出展することに興味はございませんか?
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