人 物(イメージキャスト)
・亀井 拓也(20)大学2年生
・石塚 真紀(19)大学2年生
・亀井 洋輔(26)警察官
・八代 喬(26)警察官
・亀井 喜子(53)主婦
・原 小百合(24)OL
・野口 均(78)喜子の父
・村田 幸雄(20)大学2年生
・河野 絵里(20)大学2年生
・中村 翔太(4)
・中村 弘(32)『楓』マスター
・浅井(36)犯罪者
・萩野(43)『はぎのフラワー』店長
・萩野の妻
○名東大学・全景
都市郊外の総合私立大学。
○同・大講堂の出入口扉脇(外側)
ニット帽をかぶった亀井拓也(20)と村田幸雄(20)と河野絵里(20)がいる。
村田「おい。石塚さんいつもの通り、残ってノートの清書してるぜ」
絵里「がんばって拓也君」
拓也「う、うん。行ってくる」
拓也は中に入る。
残った村田たちは携帯端末のレンズ内に拓也を写し出す。
○同・大講堂・内部
中には石塚真紀(19)のほかは学生の姿はまばらである。
拓也が座っている真紀に歩み寄る。
○同・大講堂の出入口扉脇(外側)
村田と絵里が見守る。
村田「カメタク、ついに戦闘開始」
絵里「拓也君と真紀、何話してんのかなー」
村田は携帯端末のシャッターを切る。
○同・大講堂・内部
拓也はこわばって真紀の前に立つ。
拓也「石塚さん、学園祭でゼミの発表会やるじゃん。打ち合わせとかしとかないー?」
真紀は拓也を見上げる。
席には『民法講義Ⅰ』などと標記されたテキストやキャラクターのノートなどが並び、真紀はそれを片づける。
真紀「学祭はまだだいぶ先じゃないですか?」
拓也「今のうちに発表会の役割分担を決めたいと思うんだ」
真紀は携帯端末を手際よく開き、確認を済ませるとすぐ閉じた。
真紀「少しならいいですよ」
大きな窓から陽射しが差し込む。
○同・大講堂の出入口扉脇(外側)
村田と絵里は気もそぞろ。
絵里「ねえ、見て見て、真紀も立ち上がった」
村田「どうやら石塚さんOKしたみたい」
拓也と真紀は出て行こうとする。
拓也は村田たちのほうへ微笑む。
村田「首尾良くいったみたい」
村田は写した写真画像とともに携帯から拓也へメールを送信する。
○学園通り
通り沿いは商店街となっている。
○喫茶レストラン『楓』・全景
こじんまりとした洋食店。
○同店内
拓也が真紀に先立ちドアを開ける。
店内はカウンターとテーブル数席。
カウンター内では中村弘(32)が一人で全て取り仕切っている。
中村翔太(4)が、おもちゃのビーム銃を持って一人で遊んでいる。
拓也と真紀が片隅の席に着席する。
その席は、床までたれている白くて厚いテーブルクロスがかけられている。
拓也はニット帽を脱ぎ、真紀の顔を見つめて言う。
拓也「ここの店わりかしおいしいんだよ」
真紀「そうなんですか」
真紀はすぐに窓外の光景に目をやる。
中村「ご注文は?」
拓也「あ、ぼくエビピラフ。石塚さんは」
真紀「わたし、ミルクティーで」
拓也「あれ?おなか空いてないの?」
真紀「今日ちょっと食欲無いんで」
真紀は両肘をついてぼんやりと店内のほうに視線を送る。
拓也は携帯端末を確認する。
拓也「あ、ちょっと失礼」
拓也は席を立ち上がる。
○同・手洗室に至る細い通路
拓也が歩いている。
拓也「ふう。なんかちょっと強引だったかな」
拓也は少し苛立っている。
行く手に翔太がいて、おもちゃのビーム銃をかまえて拓也にたちはだかる。
拓也「おい、どけよ」
翔太に対し手で振り払う仕草をする。
翔太は不機嫌そうな顔になる。
拓也がドアを開けて手洗室に入る。
翔太は銃を化粧室のドアに向ける。
翔太「ばきゅーん!」
○同手洗室内洗面台
拓也が携帯のメールを確認している。
[カメタクへ 石塚さんどう?成功を祈る!(^ ^) from村田]
拓也「はいはい。わかってまっさ」
拓也は返信メールを打つ。
○同店内
真紀が席で文庫本を読んでいる。
翔太が姿勢を低くしながらビーム銃を持って、真紀たちの席に近づいてくる。
翔太はクロスの下をひょいとまくし上げてテーブルの下に入り込む。
○同テーブルの下
クロスがかけられて、外は見えない。
翔太が身をかがめている。
ストッキングの両足が伸びている。
脱がし気味にした両の靴は踵で少し踏まれている。
足音が近づいてくる。
真紀の座っていないほうの椅子がごとごとと引かれる。
ジーンズをはいた二本の足がクロスの中に侵入してくる。
翔太が二組の足を見比べる。
翔太の頭上のテーブル板にことり、とグラスを置いたような音がする。
拓也の声「石塚さん、携帯の番号とか聞いてもいい?これぼくの番号です」
○同店内・拓也と真紀の席
拓也は携帯番号の書かれたメモを真紀に渡そうとする。
真紀はそれを見つめる。
真紀「とりあえず必要は無いと思いますけど」
拓也「そ、そうですね」
拓也ががっかりした表情をする。
真紀「準備は私と亀井君だけでやらなきゃいけないんですか?」
真紀が冷たい眼差しで視線を返す。
拓也「いえ、とりあえず二人で準備の準備を始めておこうと言うことで」
真紀「準備の準備?」
拓也「互いに住まいも遠くないじゃない?」
○同テーブルの下
翔太がビーム銃で真紀の足をなでる。
○同店内・拓也と真紀の席
真紀は一瞬、目線が一点に張り付く。
真紀が無表情で拓也を睨み返す。
拓也「都合いいと思うけどなあ」
真紀はうつむき、無言でティーカップをすする。
○同テーブルの下
翔太がジーンズすそ下の足をなでる。
○同店内・拓也と真紀の席
拓也は鼻孔が広がり目が天井を向く。
真紀は憤慨した目つきでうつむく。
拓也M「足で触ってくるなんて、けっこう大胆だな。それなのに恥じらってる」
拓也(とりすましたように)「だから、とりあえず二人で進行させようよ」
○同テーブルの下
翔太が真紀の足をなでる。
○同店内・拓也と真紀の席
真紀の眉間はゆがみつつある。
拓也には真紀の顔がうっとりしてるように見えている。
拓也M「かわいいー恥ずかしがっちゃって」
○同テーブルの下
翔太が拓也の足をさわった後、真紀の足をさわる。
○同店内・拓也と真紀の席
真紀はついに憤怒の目になっている。拓也には相変わらず真紀が自分に熱い
拓也M「おお!こ、これは絶対、本気だ!」
眼差しをむけているように見えてる。
○同テーブルの下
拓也は靴を脱ぎ自分の片足を伸ばして真紀の足をさわりにかかる。
翔太は体をのけぞらせる。
○同店内・拓也と真紀の席
拓也は頬が紅潮し焦点のぼけた目で真紀を見る。
真紀は目を見開き顎を堅くしぼる。
拓也「真紀ちゃん。どうかな。ついでに僕たちつきあわ……」
真紀は両手でテーブルをどんと叩く。
他の客が振り返る。
真紀「もう、やめて下さい!けがらわしい!!」
真紀が立ち上がる。
拓也が不思議そうな顔になる。
拓也「だって、真紀ちゃんのほうから先に」
真紀「なな、なんのこと?帰ります!」
真紀はバッグをつかみとって足早に出口のほうへ向かう。
拓也は後を追う。
拓也「待ってください~。石塚さんー」
真紀は立ち止まり拓也を振り返る。
真紀「私、好きな人いますから!」
真紀は店から出て行く。
拓也はレジ付近で立ち止まったまま、うなだれてしまう。
店主はいぶかしげに拓也を一瞥する。
拓也「はあ……なんなんだよ……まったく!」
拓也はかばんとニット帽を席に取りに戻ってから、支払いをすませ店を出る。
翔太がテーブル席の下から這い出る。
○『北町』交差点
角には一軒の交番がある。
拓也が歩いて来てその交番に入る。
○『北町交番』内部
デスクに座っていた警官の制服を着た八代喬(26)が顔を上げる。
八代「拓也じゃないか。おーい、洋輔~!」
奥から警官の制服姿の亀井洋輔(26)が出てくる。
拓也は、ニット帽を脱ぎ机の端に置き、かばんも机に置く。
拓也がうつむき気味に来客席に座る。
洋輔「なんだよ~。勤務中は亀井巡査と呼べって……あ、拓也じゃねえか」
拓也「ちは~」
洋輔「勤務中に来るなっていったろ。おれとこいつだけだからいいようなもんの」
八代は苦笑する。
八代「家近いとしょうがないよな。拓也」
拓也「ごめんなさーい」
洋輔「なんだ。またなんかあったのか~」
洋輔は八代に目配せしつつ、拓也とともに表に出る。
かばんをあげるとききニット帽が机から床にずり落ちる。
○同外
拓也と洋輔が出てくる。
拓也「さっき思いきしフラれちまったよ」
洋輔「そんなことかよ。もう少しで仕事終わるから、家で聞いてやる」
とぼとぼ帰り出す拓也を見送る洋輔。
八代が表に出てくる。
八代「拓也なんだって?」
洋輔「ああ、ゴメン。まったくいつまでたってもガキなんだよ。あいつ」
八代「この兄にしてあの弟あり、か?」
洋輔「おっ言ってくれた。こいつ」
八代「こいつじゃなくて、八代巡査」
洋輔と八代は笑って中に入る。
○『北町』交差点
真紀が現れ、いそいそと北町交番に歩みを向ける。
○『北町交番』前
洋輔が立っている。
真紀が近づいて来て、はにんかんだ表情で会釈をする。
洋輔が微笑んで会釈する。
真紀「この前はありがとうございました」
洋輔「その後変わったことはないですか」
真紀「はい」
真紀は顔を赤らめ、立ち去る。
真紀が少し離れたところで遠い眼差しで洋輔を振りかえる。
洋輔は交番の中に入ってしまう。
真紀「変わったことは……あります」
○同内部
洋輔が入ってくる。
八代が巡回簿のチェックをしながらちょっとだけ真紀を目で追っている。
八代「なんだい。今の子?」
洋輔「二週間前、あの子が路上で男にからまれてたとき、たまたま俺が通りかかって難を逃れたんだよ」
洋輔は苦笑する。
八代「ふぅーん」
× × ×
洋輔が壁の時計を見る。
洋輔「じゃあ、後はよろしく」
八代「おい、待てよ」
八代は拓也の座った椅子の下に落ちていたニット帽を拾い上げる。
八代「これ拓也の?」
洋輔にそれを渡す。
洋輔「あ、そうだ。あいつのだよ。あーあ交番で落とし物するかね」
八代「でもよかったじゃん。お前がいて」
○路上(夕)
私服の洋輔がオートバイを運転している。
上着のポケットに拓也のニット帽をつっこんでいるが、はみ出しつつある。
○別の路上(夕)
『はぎのフラワー』のスマートなロゴ入りボディ軽ワゴンが走る。
○軽ワゴン車内
不機嫌そうな顔の真紀が同店のロゴ入りエプロンを着用し、運転している。
後部荷台にはブーケや鉢植えがある。
真紀M「まったく亀井の奴、ふざけないでよ。もう!」
○『西町』交差点(夕)
信号が赤になり、軽ワゴンが停車する。
対向車線には洋輔の乗ったオートバイがやってきて右折のウインカーを出して停まる。
○軽ワゴン車内
真紀は洋輔の顔を見てはっ、とする。
真紀「あ、あの人は、交番のおまわりさん?!」
真紀は洋輔の顔を見つめ続ける。
○『西町』交差点(夕)
洋輔のほうは真紀に気づいていない。
信号が青に変わる。
洋輔のオートバイが少し前進する。
真紀は後の車からクラクションを鳴らされてしまう。
真紀は我に返り、パッシングをする。洋輔は頭を下げ右折に入ろうとする。その時真紀と目が合う。
真紀は思わず目をそらしてしまう。
真紀は洋輔が曲がる方の道に入ったとき上着のポケットから何かが落ちるのを見てしまう。
真紀「あ、なんか落とした!」
真紀はすぐさま車を道路脇に停め、落とし物の確認のために降りる。
歩道脇に落ちたのは拓也のニット帽。
真紀「ん?どっかで見たような?」
真紀がニット帽を拾い上げおそるおそる匂いをかぐ。
真紀は頬を薄く染めて、洋輔が走っていった道を見る。
少し先の別の赤信号で洋輔が停まっている。
真紀「は!」
真紀は車に乗り込み洋輔の後を追う。
○軽ワゴン車内
先の信号は青に変わってしまい洋輔は走り出す。
真紀「ああ~待ってー」
真紀はクラクションを鳴らすが洋輔は気づいてくれない。
○路上(夕)
洋輔はさらに別の道に曲がっていく。真紀は追い続けその道を曲がる。
真紀N「なんかストーカーみたいだなー。でも落とし物届けようとしてるだけだし」
真紀はハンドルを握りしめる。
○亀井家・全景(夕)
行き止まり道路に面した二世帯住宅。
庭は植木が生い茂っている。
庭には洋輔のバイクが停まっている。
○同・浴室内
拓也が入浴中。
○同・浴室前
浴室の扉の前に洋輔が立つ。
洋輔「拓也、ただいまー」
拓也の声「あ、兄貴、おかえり」
洋輔「話は後だな?俺寝るわ」
拓也の声「うん。ありがと」
洋輔はあくびをしながら出て行く。
拓也の声「あ!そうだ、兄貴、俺のニット帽交番に無かった?兄貴ー?!」
○同・洋輔の部屋
眠そうな洋輔が服を着替えている。
洋輔「あれ?なんか忘れてるような。いいか」
○亀井家・前(夕)
真紀の軽ワゴンが門の前で停まる。
真紀がニット帽を持って降りてくる。
真紀M「この先は行き止まりだから、あの人の家はこのへんのはず……」
真紀はそわそわして周囲を見回す。
真紀「あ、あのバイク!」
真紀が洋輔の乗っていたオートバイを見つける。
真紀が門扉の表札を見る。
真紀N「名前は野口さんか……実家よね」
真紀はニット帽を握りしめて玄関へ向かっていく。
○同門扉の表札のアップ(夕)
つたが生い茂り門扉の大半を覆い尽くしている。
『野口』の右隣に『亀井』の表札が少し隠れ気味になっている。
○同玄関ドア前
真紀がドア横のインタホンを押す。
亀井喜子(53)の声「はい。どなた」
真紀「あの、ご家族の方が落とし物されたかと思うんですけど。これ」
真紀がインタホンのレンズ前にニット帽を掲げる。
○同内部二階・廊下
風呂上がりの拓也がまっぱだかでうろついている。
拓也「あれぇ?洗ったパンツがねえ!」
○同内部・台所
夕餉の支度中。
喜子がモニターの画像を見ている。
ニット帽を持つ真紀が写っている。
喜子M「あら、あれは拓也の帽子じゃないかしら」
○同玄関ドア前
真紀が立っている。
喜子の声「すいません。今開けます。待ってくださいね」
真紀「……はい」
真紀はうつむき加減になり畏まる。
○同内部二階・廊下
まっぱだかの拓也が、階下で喜子が玄関に赴くのを見る。
拓也(母親へ)「ねえー……俺の!?」
拓也が言いかけるや否や、喜子が玄関ドアを開けている。
ドア外で真紀がニット帽を持って立っている。
拓也は焦って身を壁のかげに隠す。
拓也M「石塚さん、俺のニット帽どっかで拾って届けに来てくれたんだ。交番に忘れてたと思ったけど」
拓也がくしゃみをして、焦って身を壁のかげに隠す。
○同内部・玄関
くしゃみ音が二階から聞こえてくる。
喜子と真紀は二階のほうを振り向く。
喜子は愛想笑いをする。
喜子「ごめんなさい。あの子、今お風呂から出たばっかりで」
真紀「いいんです。届けに来ただけなんですから。どうも失礼しました」
真紀は深く頭を下げ、玄関を出て行く。
取り急ぎ髪を整え、服を着た拓也が二階から大あわてで降りてくる。
拓也「石塚さ~ん」
喜子「あ、拓也。彼女帰っちゃったわよ」
拓也は焦りドアを開け、表へ駆け出す。
○同・玄関前(夜)
外はすっかり暗くなっている。
拓也は急ぎ足で路上に出てみる。
真紀の姿も軽ワゴン車も無い。
卓也の表情はゆるんでいる。
拓也「でもどうして俺の家わかったんだろ?ゼミの名簿かな?はっくしょん!」
街灯が路上を青白く照らしている。
○同内部・リビング
亀井家の食卓。
拓也、野口均(78)がソファにくつろぎテーブルを囲む。
喜子はカウンター向こうのキッチンで夕餉の支度をしている。
テーブルにはいくつかの総菜や食器類が並び野口はビールグラスを傾けテレビを見ている。
眠そうな顔でジャージ姿の洋輔が入ってくる。
洋輔は拓也の隣りに座り、耳打ちする。
洋輔「拓也、さっきの話しの続き」
拓也「え?ああ、もういいよ」
洋輔「学生は気楽でいいな。俺なんか最近、実績あげられなくてさ」
拓也「街がそれだけ平和ってことじゃん」
喜子が料理を運んでくる。
喜子「さっき、拓也のガールフレンドが来てくれたのよ」
洋輔「え?ほんとかよ。彼女?」
拓也「ト、トーゼン」
拓也はすました顔でVサイン。
洋輔が拓也にビールを勧める。
拓也がうまそうにビールを飲む。
野口「その子今度家に連れて来たらどうだ」
拓也「う、うん。連れてくる」
満更でもなさげに答える。
洋輔「都合いいなら明日の冷田神宮の縁日に俺と小百合とでダブルデートしない?」
拓也「あ、ああ。できれば」
洋輔が後ろを振り返ると、スチール棚の上に拓也のニット帽が置かれているのを見る。
洋輔「あれ?」
喜子が大皿でメインの料理を運んできて、テーブルに置く。
喜子「さ。できたよ。食べましょう」
洋輔たちは料理に箸を伸ばす。
全員「いただきま~す」
○『北町交番』全景
洋輔が表に立っている。
中には八代がいる。
紙袋を持って真紀がそこを訪れ、洋輔に会釈する。
洋輔が返礼する。
真紀「あの、こんにちは。先日はお世話になりました。石塚です」
洋輔「ああ。こんにちは」
真紀は洋輔に柔らかい眼差しを送る。
真紀「あの、一昨日はほんとにすみませんでした。その、突然、おじゃまして」
洋輔「ああ?気にしなくてもいいですよ」
真紀「失礼します!」
真紀は深く頭を下げて急ぎ足で交番を後にする。
八代が表に出てくる。
八代「おとつい来た子だろ?」
洋輔「ああ。でも、何度もあいさつに来るなんてキリないだろうに」
洋輔は苦笑する。
八代「お前に気があるんじゃねえ?モテる男はつらいね」
洋輔「馬鹿言え」
洋輔は少し首をかしげる。
○路上(商店街)
真紀がうつむき加減に歩いている。
真紀「ああ、ダメだ。やっぱり渡せなかった」
真紀のバッグにはギフト用の紙袋が入っている。
真紀M「落とし物とはいえ家まで届けに行くなんて強引だったかなぁ」
真紀は小さなビルの一階にある、花屋『はぎのフラワー』に入っていく。
○『はぎのフラワー』内部
色とりどりの花々が陳列。
真紀が店のエプロンを着用して商品となる花々を切り分けている。
真紀M「ああ、野口さん……」
真紀が思い浮かべた洋輔の警官姿。
店先から萩野(43)が現れる。
萩野「石塚さん、マリーゴールド入荷してきたから、お願いー」
真紀「あ、はーい」
萩野「石塚さん、最近何かいいことあったでしょ?違う?」
真紀「いえ、そんな……」
真紀ははにかんで口ごもってしまう。
萩野「これで南町1の2の3の安中さんの家の場所調べておいて」
店主が使い込んだ地図帳を渡す。
家の一軒一軒が細かく載っている大きな住宅地図。
萩野「少し古い地図だけどたぶん載ってるよ」
真紀「はい」
真紀が椅子に座りページをめくる。
真紀「……安中、安中……。あった」
真紀は鉛筆でその家に○をつけた。
真紀M「そういえば昨日伺った野口さんの家もこの近くだったっけ」
(FB)真紀の運転で走る軽ワゴン。
真紀は地図で道をなぞり、野口(=亀井)家の場所を見つける。
真紀M「あった!西町4の5の6か。なんかほんとに私ストーカーみたい……でも、これやっぱりあの人に渡したいな……」
傍らのバッグに入っているギフト用の紙袋を見る。
店先で萩野と妻の会話が聞こえる。
萩野の声「おい、西町4丁目の野口さんとこへの配達まだだったっけ?」
妻の声「野口さん?たしかあの行き止まりの通りの?そういえばまだだね」
真紀M「西町4丁目?野口?行き止まり?」
○同・店先
販売用の花々が並んでいる。
萩野と妻がいる。
真紀が店内から出てくる。
真紀「すいません、私が行ってきます」
萩野「え?でももう終わりの時間でしょ」
真紀は腕時計を見るポーズをとる。
真紀「あ、大丈夫です。少しの時間なら」
○路上(亀井家の近く)
走る軽ワゴン。
○軽ワゴン車内
真紀が軽ワゴンを運転している。
荷室には『喜寿・野口均様』の揮毫のプレートがついたブーケ。
助手席には○のつけられた野口家(=亀井家)の載った頁が開かれている住宅地図が置かれている。
真紀の鼓動が少し早まる。
○路上(亀井家の近く)
拓也が歩いている。
拓也「うー。頭いてぇ、喉いてぇ。風邪ひいちまった。昨日の湯冷めだな……」
○亀井家・玄関前
真紀はブーケとギフトの紙袋を抱えて玄関横のインタホンを押す。
真紀「すいませーん、『はぎのフラワー』です。お花をお届けに参りました」
ドアが開き喜子が応対に出る。
喜子「ご苦労様。あら!昨夜のお嬢さんじゃない?」
真紀は恥ずかしそうに上目遣いで喜子に会釈してブーケを渡す。
喜子「『はぎの』さんとこで働いてるのね」
真紀「一昨日は突然お訪ねして申し訳ありませんでした。これ渡して頂けませんか?」
真紀はギフトの紙袋を喜子に手渡す。
喜子「え?どうして?お礼をしなきゃいけないのはむしろこっちよ?」
真紀「とんでもないです。このあいだ、ものすごく助けて頂いたので……」
真紀の思い描く警官姿の洋輔。
紙袋を受け取った喜子は微笑む。
喜子「そうですか。まあ、あの子、喜ぶと思います。渡しておきますね」
喜子が思いうかべる拓也の姿。
真紀「お願いします!」
真紀は深々と頭を下げ、帰ろうとする。
喜子「あ、ちょっと待って。良かったらあの子に電話でもしてあげて下さいな。喜ぶわ」
真紀「え?……はい!!」
喜子「あの子の携帯番号教えるわね」
○路上(亀井家の近く)(夕)
真紀の軽ワゴンと歩いている拓也がすれ違うが互いに気づかない。
○軽ワゴン車内
頬をゆるませて運転している真紀。
真紀「ふふふ……やったー。お母様公認!」
○亀井家・玄関前(夕)
拓也が重い足取りで帰宅する。
拓也「うー。鼻にまできた。ぐすっぐすっ」
喉がだいぶやられて声も変わってしまっている。
ドアを開ける。
拓也「ただいまー」
○同内部・拓也の部屋
拓也が入室してベッドに倒れ込む。
デスクには真紀が渡した紙袋がある。
拓也「ん?なんだろ」
開けるとキャラクターものの携帯のストラップとメモが一枚入っている。
メモ[先日はありがとうございました。石塚真紀」
拓也「ま、真紀ちゃん」
電話が鳴り、受話器をとる。
拓也(はな声)「はいー」
真紀の声「あのー、私、石塚と申します」
拓也「え?石塚さん?あ、あー、ぼくです」
真紀の声「こんにちは。突然お電話して申し訳ありません」
拓也「い、いえ、とんでもないです、あ、ストラップありがとうです!」
○石塚家のあるマンション・全景
○同内部・真紀の部屋
小さめの洋室。
真紀は受話器を大事そうに抱えてる。
真紀「いいえ。それより先日突然お邪魔してしまいまして」
拓也の声「そんな。嬉しかったですよー」
真紀「あの、風邪ですか?全然声違いますね」
拓也の声「そうなんですよ。ちょっと無理しちゃって」
真紀が警官の洋輔を思い浮かべる。
○拓也の部屋
拓也が通話している。
真紀の声「無理なさらないでください」
拓也「あ、ありがとう」
拓也は少し目が潤む。
○真紀の部屋
真紀が通話中。
カールコードを指に巻き付けている。
真紀M「お見舞いに伺ってよろしいかしら?って言いたいな……」
○拓也の部屋
拓也が通話中。
眉を少ししかめて床を見つめている。
拓也M「見舞いにでも来てほしいな~とか言っちゃおうかな……」
○真紀の部屋と拓也の部屋(同時)
半分が真紀、もう半分が拓也。
真紀「お仕事大変ですよね?夜勤もあるし」
拓也「ええ、まあ。もちろん、ぼくは夜も出てくれって言われます」
同M「コンビニでバイトしてるの、なんで知ってるの……ま、いいか」
真紀「特に最近物騒ですもんねー」
拓也「その通り!こないだも別のとこで深夜強盗があったみたいで、命がけです!」
真紀「落とし物届けにくる人も多いでしょ?」
拓也「落とし物?……そうなんですよ~そーゆーのけっこう煩わしくて。ただでさえメンドウな仕事ばっかりなのに……」
二人とも再び一瞬の沈黙。
拓也・真紀(同時に)「今度お会いしましょう!」
○拓也の部屋
拓也が興奮した面持ちで通話する。
拓也「じゃあ明日の冷田神宮の縁日行きませんか?待ち合わせ場所は大鳥居でー」
真紀の声「でも、風邪は大丈夫なんですか?」
○真紀の部屋
真紀が通話している。
拓也の声「平気です!今夜一晩で治します!」
真紀「わかりました!私の携帯の番号よろしいですか?」
○満月の夜空
○真紀の部屋と拓也の部屋(同時)
半分が真紀、もう半分が拓也。
二人はほぼ同時に受話器を置く。
拓也・真紀(同時)「やったー!」
○拓也の部屋
拓也は額を掌で押さえ床にもぐる。
拓也M「いかんいかん。早く治そう」
○真紀の部屋
真紀がクローゼットを開けて洋服を品定めしている。
真紀「何着てこっかな~。野口さーん」
真紀はクローゼットの扉裏の鏡に向かって敬礼する。
○亀井家内部・リビング
拓也が鼻をかみ、錠剤を飲む。
拓也は真紀からもらったストラップをつけた携帯端末の画面に真紀の携帯番号を表示させてにやけている。
洋輔が拓也のそばに座る。
洋輔「おい拓也、何をにやけてんだよ」
拓也「明日、冷田神宮で彼女と会うんだよ。これさっき教えてもらった携帯番号だぜ」
拓也が洋輔に画面を見せる。
洋輔「貸せよ。電話してやるよ」
洋輔はふざけて拓也の携帯をひったくろうとする。
拓也「よせ。明日の楽しみにとっとくんだ」
拓也は真っ赤な顔でむきになる。
洋輔「なら、俺も明日、小百合と冷田神宮行くだろ。彼女、紹介してくれよ」
拓也「いいぜ~」
洋輔「でも風邪平気か?声すごいぞ」
拓也「平気平気。バッグション!!」
拓也が鼻をかむ。
○冷田神宮・遠景
鎮守の森が豪壮な大規模な神社。
かなりの賑わいを見せている。
○同・大鳥居
高さ15メートルくらいの巨大鳥居。
柱の基部の一番太い部分は直径3メートルくらい。
人待ちの多くの人々。
カジュアルに着飾った真紀がそわそわしてしきりに腕時計を見たり、通りかかる人波へ眼をこらしている。
真紀M「ああ、こんなに早くデートできるなんて、夢のようだー……野口さーん!」
○同・参道
拓也が人混みの中、やや緊張した顔で大鳥居のほうへ向かっている。
拓也「ごほっ、ぐすっ……はあ、やっぱ風邪なんて簡単に治らないな」
拓也は人混みの向こうに約束の鳥居を視界におさえた。
拓也M「そうだ。なんかあったかい飲み物でも買っていくか」
拓也は自動販売機へ向かう。
○同・大鳥居
真紀が落ち着かない様子。
真紀M「あーあ。でも話すこともないし、ちょっぴり不安?」
真紀が鳥居によりかかると、拓也がうつむき加減で近づいてるのに気づく。
拓也は真紀に気づかない。
真紀「あれは亀井!やだ。こっち来る」
真紀は鳥居のかげに身を隠した。
○同・参道
拓也はドリンクの缶を二個を持ち、大鳥居に近づく。
拓也「げほっ。え~と、真紀ちゃん真紀ちゃん……と。げほっ」
鳥居の二本の柱を見比べる。
待ち合わせらしき人々は何人も見られるが、真紀の姿は見あたらない。
○同・大鳥居
たまたま翔太が真紀の近くにいる。
真紀は拓也からは陰になるように背中を向けて柱にへばりつく。
真紀M「こっち来ないで!あっち行って!」
拓也は別の柱をぐるりと一周する。
真紀は拓也の死角になるよう、支柱に沿って動く。
真紀M「もしかしてあいつもここで誰かと待ち合わせ?」
拓也が視界から消えている。
真紀「ほ。行ってくれたね」
拓也の声「石塚さん?」
背後から拓也の声が聞こえてくる。
真紀M「しまった!」
拓也は雑踏を縫って真紀のほうへ歩み寄ろうとする。
真紀は翔太のそばにしゃがみ込む。
真紀「いい子にしようね」
真紀は拓也に背を向ける形で翔太の頭をなでる。
翔太はあっけにとられる。
拓也M「なんだ人違いか」
拓也はそばの柱に寄りかかる。
真紀がちらりと拓也の様子を窺う。
拓也はぼんやりと宙を向いている。
真紀M「しめしめ。ばれなかった」
真紀は人混みも利用して拓也の視界を避けて反対側の柱のほうに移る。
○同・参道
少し離れた中村が翔太を手招きする。翔太は中村についていく。
中村「今のお姉ちゃん誰?」
翔太「知らなーい」
中村が離れつつ真紀を目で追う。
中村「あれ?あの子、最近ウチの店に来なかったかな?」
○同・大鳥居
別々の柱(AとB)のそばで陣取る真紀と拓也。
真紀は拓也に見つからないようにしている。
○同・柱A
拓也が腕時計を見てため息をつく。
拓也「真紀ちゃん遅いな……」
○同・柱B
真紀が腕時計を見てため息をつく。
真紀「野口さん遅い……」
○同・柱AとB(同時)
拓也、真紀、同時に携帯端末を取り出し、同時にそれぞれの番号にかける。
二人同時に端末を耳に近づける。
両方とも通話中のツーツー音。
拓也・真紀「話し中か」
揃ってため息をつく。
○同・柱A
拓也が携帯を切ると別の着信音。
通話に出る。
洋輔の声「拓也?俺。小百合と一緒だけどさ。お前今どこにいるんだ?」
拓也「ああ、実はまだ合流できてないんだ」
○同・参道
私服の洋輔が原小百合(24)と手をつなぎ本殿のほうから歩いて来る。
洋輔「この人混みだ。よく捜してみろよ」
拓也の声「うん……」
背後からパニック気味の喧噪が聞こえてくる。
男「待てー、そいつを捕まえてくれー」
衆人「きゃーっ」「おいーっ!」
浅井(36)の声「どけー!」
鞄を小脇に抱えた浅井が包丁を持って決死の形相で走ってくる。
衆人Aが浅井を追いかけている。
浅井は包丁を振り回し、行く手の人々を払おうとしている。
洋輔はそれを見て顔面がこわばり、小百合とつないでいた手をふりほどく。
洋輔「ごめん……!」
小百合「洋輔!」
洋輔は浅井を追って走る。
洋輔「おい!待て!!」
○同大鳥居・柱AとB(同時)
本殿のほうからざわめきが聞こえる。拓也が振り返る。
拓也「ん?」
包丁を片手に鞄を抱えた浅井が走ってくるのが見える。
浅井「どけーっ!うらー」
浅井の行く手にいる人々はみな血相を変えて逃れようとする。
拓也はそれを見て眉間を引き絞る。
・・・・
真紀も顔面を恐怖にひきつらせる。
真紀「何なの?」
・・・・
浅井の背後から洋輔が走って追ってくるのも見えた。
拓也「兄貴ッ!?」
・・・・
真紀「あれは、野口さん?」
・・・・
拓也が持っている二個のドリンク缶を握りしめる。
○同・参道
拓也は参道に飛び出し、走ってくる浅井を立ち塞ぐように立ちはだかる。
浅井「どけー!どきやがれ!」
浅井は包丁を振り回し走ってくる。
洋輔「拓也ーどいてろーッ!」
・・・・
真紀「あっ!亀井君?!」
・・・・
拓也が迫り来る浅井を睨み付ける。
拓也「ここここ、来い!」
浅井が包丁を振り上げる。
・・・・
真紀が両手で口元をおさえ眼を大きく見開く。
・・・・
拓也は手にしていた二個のドリンク缶を順次、浅井の足下に投げつける。
浅井の片足がそれを踏み、つんのめる。
浅井「うぉっ」
浅井は完全に足下がもつれてつまづいて転んでしまう。
追いついた洋輔が浅井の両腕を後ろから抑え込んで包丁を落とさせる。
洋輔「おらーーッ」
片足で浅井の背中を踏みつけ、力任せに地面に押しつける。
浅井「いてててて、いてぇよぉ」
制服を着た八代を含む警官が数人駆けつけて浅井は連行される。
八代は親指を突き立てて洋輔や拓也たちに合図を送る。
洋輔と拓也は互いに目を合わせる。
拓也「手柄立てたじゃん!」
洋輔は険しい形相で拓也を睨むが、すぐに優しげな眼差しの微笑みになる。
洋輔「お前のおかげだよ」
拓也も笑み返し、自分の額の汗を拭う。
真紀「野口さーん」
真紀が半泣きで飛び出して洋輔の腕にしがみつく。
拓也・洋輔「え?!」
真紀「ご無事で何よりでした」
洋輔「き、君はたしか、石塚さん?」
真紀「さすが警察官ですね。ますます好きになっちゃいました」
真紀が潤んだ洋輔の顔を見上げる。
洋輔はとまどいの表情を示す。
拓也「あ、あのー、石塚さん……?」
真紀が洋輔の腕をつかみながら拓也のほうを見る。
真紀「あら、亀井君。あなたもかっこよかったわよ。いい武勇伝ができたね」
拓也「え?だから君とそのー、ぼくが……」
真紀がきょとんとしている。
真紀「私、この人と約束してたの。あなたも誰かと待ち合わせてたんでしょ?」
真紀は顔を赤らめ洋輔に微笑む。
洋輔「?はあ……?」
拓也「ねえ石塚さん、昨日この鳥居で10時半に待ち合わせるって約束したよね?」
真紀「な、なんでそんなこと知ってるの?」
真紀は顔面蒼白になって洋輔の胸に寄りかかる。
真紀「野口さん、この人逮捕してください!きっと盗聴してるんだわ!」
真紀は泣きそうな顔になる。
洋輔「ねえ君。なんか勘違いしてるよ。野口って、ウチのじいさんの苗字だよ……」
真紀「は?」
拓也「それ、うちの兄貴だよ。名前は亀井洋輔ー」
拓也は洋輔を指さす。
真紀「か、亀井洋輔……?」
真紀は掴んでいた洋輔の腕をゆっくりほどき離す。
小百合の声「洋輔~!」
小百合が泣きながら駆けてくる。
洋輔「小百合!」
放心状態の真紀が洋輔と小百合の顔を見比べる。
真紀「小百合……?」
小百合が洋輔の胸に飛び込み、洋輔の胸を軽くはたく。
小百合「馬鹿ー。非番の日だってのに」
洋輔「見過ごせないよ。でも八代とか応援の署員呼んでくれたのお前だろ?」
真紀が眉間にしわを寄せてその光景を見つめる。
拓也が寂しそうに真紀を見つめると真紀と目が合う。
拓也「もしかして昨日、俺を兄貴だと思って電話してたんでしょ……げほん、げほん」
真紀「ごめんなさい!」
真紀は泣きながら駆け出した。
洋輔「拓也……」
拓也「兄貴が好きだったんだ……石塚さん」
拓也は洋輔のほうを振り向いてそう言うと、真紀を追って走り出す。
拓也は雑踏をかき分けながら真紀の後ろ姿を懸命に見失うまいと走る。
拓也「石塚さーん」
真紀はバス乗り場に停まっているバスに乗り込んでしまう。
○バス乗り場
バスは発進してしまう。
拓也「あーあ」
拓也が横を見ると、バス停のそばにレンタサイクル屋が店を出している。
○路上
交通量の多い幹線道でやや渋滞気味。
拓也はレンタル自転車を必死になってこぎまくる。
拓也M「真紀ちゃん!」
バスは断続的な渋滞で速度は遅い。
拓也は携帯を取り出しダイヤルする。
○バス車内
真紀は道路側の窓際席に座っている。
真紀は携帯の着信音に気づきバッグから端末を取り出す。
表示は”野口”となっている。
真紀はそれを見て一瞬ためらい、切る。
○路上
拓也は着信拒否された端末を一瞬切なそうに見つめ胸ポケットにしまう。
拓也「真紀ちゃ~ん」
道路の行く手前方は広い川にかかる長い橋である。
その先は歩道も無く幅員も狭い。
その橋で渋滞は解消されてしまい、どの車輌も速度をあげて通過していく。
拓也「やばっ……」
拓也は自転車を停める。
真紀を乗せて走り行くバスを拓也は立ち止まり見つめ続ける。
○『冷田』駅前ロータリー
バスが停まり乗客が降りてくる。
真紀も降りて、階段口のほうへ向かう。そのバスの後ろにタクシーが停まる。中から拓也が降りて、真紀へ走り寄る。
拓也「石塚さーん!」
真紀が振り返る。
真紀「亀井君……?」
拓也「兄貴のこと好きになってくれてありがとう。残念だったけど……げほっげほっ」
熱っぽい顔の拓也が真紀に歩み寄る。
真紀は拓也と向かい合い、まぶたを重そうに下ろしてうつむく。
真紀「ごめんなさい。私が馬鹿な勘違いしちゃったせいでご迷惑おかけして……」
拓也「いいよ。お互い様じゃないか」
拓也が携帯端末からストラップを取って真紀に返す。
真紀がそれをおそるおそる受けとる。
拓也「学園祭、がんばろう!」
真紀「うん」
真紀が眼に涙をためて微笑む。
背後で大きなクラクションが鳴る。
びっくりして二人とも振り返る。
拓也が乗ってきたタクシーの運転手が大声で怒鳴る。
運転手「早く料金払ってよー!」
拓也「いけね!……もう何も無かったことにしとこう。お互い」
真紀はうつむいているままである。
拓也「それじゃあ、さよなら……」
拓也は踵を返した。
真紀「さよなら……」
真紀はぽつりと独り言の用に呟いた。
拓也「すいませ~ん……!」
拓也はタクシーのほうへ駆け寄る。
拓也M「あー!自転車も回収しないと!」
N「拓也は治りかかっていた風邪がこじれて、その日から3日ほど寝込んでしまった……そして季節は変わる」
○名東大学・全景(夕)
T”学園祭最終日”
○同キャンパス(夕)
大勢の学生や一般の人々でにぎわう。
中村と翔太の親子も見られる。
○同体育館・正面入口前(夕)
”名東祭打上げ会会場”の横断幕。
大勢の学生が集まっており、建物に入
っていく。
○同内部
学生と一般の人々で賑やかな雰囲気。
拓也、絵里がいる。
小百合、私服の洋輔と八代らも見える。
洋輔「拓也、ゼミの発表会、良かったぞ」
拓也が洋輔に手を振る。
拓也「発表会、無事にすんでよかったね」
絵里「拓也と真紀のおかげだよ。がんばったもんね」
拓也「いやー。ぼくなんか大して役にも立ってないよ」
絵里「もう真紀に再挑戦しないの?」
拓也「いいよ。この数ヶ月の間、いい友達でいられたし」
拓也が離れている真紀を見る。
真紀は拓也と目が合いうつむく。
田村の声(放送)「恒例の打ち上げダンスパーティを行います。寂しい方はムードが盛り上がったら誰かをエスコートしてみましょう。今年も新カップル誕生か?」
会場にどっ、と笑いが起こる。
拓也「あれ?田村の声じゃん?」
DJコーナーの田村が親指を突き立てている。
絵里「ね。今年は彼、DJなの。私と踊ろ」
拓也「え。うん、いいよ」
田村の声(放送)「それでは一曲目。カーペンターズの”Touch Me When We 're Dancing”」
甘いメロディの曲が流れる。
絵里にリードされぎみの拓也。
拓也「田村の奴に悪いな」
拓也の肩に顔を近づける絵里。
絵里「私が真紀だったらよかったでしょ」
拓也が少しうつむく。
照明が消えて真っ暗になる。
周りがざわめくが曲は続いている。
拓也「あれ?絵里ちゃん、離れちゃった。どこにいるの?」
田村の声(放送)「あらら。照明さん。どうしたのかな。とりあえず続けましょう」
拓也「あ。誰の手?絵里ちゃん?」
照明がついてぱっと明るくなる。
向かい合い拓也の腕を掴む真紀。
拓也「い、石塚さん!?」
真紀「こんばんは」
真紀がはじらうよな笑みで頬を染め拓也を見上げる。
拓也「な、なんで?」
真紀「あれから亀井君のことばかり考えてた。つきあって下さい。私と」
拓也「ほんとに? や、やったー、でもなんで?」
真紀「あのあと、私に自然に接してくれた。それに亀井君のふるまいをあらためて見てて、まじめでいい人だなって」
真紀は一瞬はにかみうつむく。
拓也「ありがとう!」
真紀が拓也にストラップを渡す。
田村の声「さっそく新しいカップルが誕生したようです。みなさん拍手をー!」
拓也と真紀を囲んで周囲の拍手。
・・・・
八代「いいなー。チクショウ」
そばにいる洋輔と小百合が微笑む。
・・・・
拓也「なんで真っ暗な中で僕がわかったの?」
真紀「それはね……」
DJコーナーから見守る田村と絵里。
○DJコーナー
田村と絵里が拓也と真紀を見ている。
絵里「さっき踊ってるとき拓也くんの背中に蛍光シール貼っといたんだ」
拓也の背中にシールが貼ってある。
田村「暗闇作戦成功!」
真紀が田村と恵理にウインクを送る。
○名東大学・全景(夜)
夜空いっぱいに星々がまたたいている。了
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