人 物
・大沢 篤(28)弁護士
・畠中 翔(14)中学生
・久富洋子(39)弁護士
・畠中智世(40)美容師
物
・大沢 篤(28)弁護士
・畠中 翔(14)中学生
・久富洋子(39)弁護士
・畠中智世(40)美容師
一○畠中家・全景
1 隣に空き地のある郊外の一戸建。
2その門扉の前にスーツ姿の大沢篤(28)、鞄をさげて立っている。
3 大沢「篤がんばれ……!」
二 ○同・居間
1 大沢、座卓を前に畏まり正座している。
2 茶と菓子を盆に載せた畠中智世(40)が入り、大沢と向かい合う。
3 大沢「はじめまして。久富法律事務所の弁護士で大沢と申します」
4 大沢、名刺を差し出す。
5 智世、名刺と大沢の顔を一瞥する。
6 智世「ーはじめまして」
7 智世は思いっきりの作り笑顔を大沢へ返してから廊下のほうへ顔を向ける。
8 智世「それにしても翔、何してんのかしら……翔ちゃーん!弁護士さんお見えよー!」
9 力無く階段を下りる足音がする。
10 居間へうつむき加減の畠中翔(14)が入ってくる。
11 智世「こちら、あなたの力になっていただける大沢先生よ」
12 翔、智世の隣に座る。
13 大沢「こんにちは。翔君」
14 大沢、にこりと微笑む。
15 翔「……こんにちは」
16 翔、ちらと大沢を見た後はずっと下を向いたままでいる。
17 智世「お話しした通り、この子へのイジメがひどくなりまして。今、学校を休んでるんです。それに……」
18 智世、いやがる翔の左腕をつかみ無理矢理卓の上に載せ上げる。
19 翔の手の甲には細い刃物傷がある。
20 大沢、難しげな顔で見つめる。
21 智世「こないだ部屋で腕を切ろうとしてたんです。もう法的手段に訴えるしかないでしょう?」
22 智世の目に涙。
23 大沢「わかりました」
24 うつむいたままの翔。
25 智世「翔は本来快活な子なんですよ。サッカー部のレギュラーだったし……」
26 智世、翔の肩に両手を置く。
27 大沢「具体的には翔君に対する不法行為ということで相手の親を相手に訴えを起こそうと思っています」
28 智世「ええ。お願いします!」
29 強く頷く智世。
30 翔は無表情で席を立って居間を出て行こうとする。
三 ○同二階・翔の部屋
1 部屋にはサッカーボールがあり、壁にはサッカーのユニフォームがハンガーにかかっている。
2 翔、ベッドに横になって携帯ゲームをしている。
3 ドアを軽く叩く音がする。
4 智世の声「翔。大沢先生が二人でお話ししたいってー」
5 大沢の声「翔君、ちょっといいかな」
6 翔はゲームを続けている。
7 智世の声「翔。開けなさい!」
8 ノブがガチャガチャと空まわりする。
9 翔は険しい顔つきでドアのほうを向く。
10 大沢の声「翔君、また来るよ……」
11 智世の声「すいません……」
12 翔がゲームを再開する。
四○都心のオフィスビル・全景(夕)
五○同・廊下『久富法律事務所』前
六○同・内部
1 久富洋子(39)、書棚のファィルをめくっている。
2 他に女子事務員が数人。
3 大沢、疲れた顔で入ってくる。
4 大沢「只今戻りましたー」
5 洋子「お帰り。どう?」
6 大沢「はっきり言って自信ありません」
7 洋子、窓脇の自分の席に座る。
8 洋子「ついさっき畠中さんから電話あった」
9 大沢「はあ……?」
10 洋子「なんで私じゃなく君なのか、ってね」
11 大沢、うつむく。
12 洋子、大沢を見つめる。
13 洋子「母一人子一人でしょ。一人息子の事になると尋常じゃなくなるみたい。もう少し余裕あってもいいのにね」
14 大沢「翔君、ぼくに心開いてくれそうもないです……」
15 洋子、立ち上がり大沢を背にして窓に体を向ける。
16 洋子「依頼主が弁護士の助けになることだってあるのよ」
17 大沢「はあ……」
七○畠中家全景
八○同・翔の部屋の前
1 大沢と智世がドアの前にいる。
2 大沢「翔君、開けてよ。話し合おうよ」
九○翔の部屋
翔はベッドに寝転がり宙を見つめる。
十○同・翔の部屋の前
1 智世、ドアを叩く。
2 大沢、階段を下りていこうとする。
3 智世「すいません……」
十一○『久富法律事務所』内部
1 洋子、席に座り電話に出ている。
2 洋子「え?それで大沢が帰っちゃったの?」
十二○畠中家・内
1 智世、電話をしている。
2 智世「なんで洋子が来てくれなかったの?大沢さんってまだ新人でしょ?」
3 洋子の声「もう少し彼に任せてみてくれない?」
十三○畠中家・全景(夕)
十四○同・翔の部屋
1 翔、ベッドに横になり眠っている。
2 外からボールが跳ね返る音がして、翔がそれに気づき目覚める。
3 翔が起きあがり窓を開ける。
4 隣の空地で上着を脱いだ大沢がサッカーボールを蹴り、塀にバウンドさせており、それを繰り返す。
5 大沢の動きはかなりぎごちない。
十四○隣の空き地(夕)
1 大沢、二階の窓から顔を出している翔に気づき、手を振る。
2 大沢「おーい。翔君。教えてくれないか?」
十五○同・翔の部屋
1 窓にいる翔の頬が少しゆるむ。
2 翔「へったくそだなー……」
十六○隣の空き地(夕)
1 大沢、膝でボールを蹴り上げるがうまくいかない。
2 リズミカルなボールを操る音がする。大沢が振り向くと翔が器用そうに片足でボールを上げ下げしている。
3 額に汗の大沢が微笑むと、翔が笑み返してくる。
十七○同・翔の部屋
1 ベッドに並んで腰掛ける大沢と翔。
2 翔「いじめられていた友達を僕一人が庇ったら今度はいじめが僕に向かってきて……」
3 大沢「……そうなんだ」
4 翔「そうしたら、その庇ってやった子もイジメの輪に加わっちゃって」
5 大沢、泣きそうな翔の肩に手をやる。
6 大沢「イジメの首謀者にガツンと言ってやれよ!」
7 翔「それができればな。でも簡単には変わらないよ」
8 大沢「たとえ裁判で勝ったとしても、ずっと僕は君のそばにいてやれない。法律は君の心までは強くしてくれない」
9 翔は黙ってうつむく。
10 刀傷のある手の甲を別の掌をあてる。
11 翔「お母さんはいじめられてる僕が情けなくて仕方ないだけなんだ」
12 大沢「僕と同じだ。仕事に自信もてなくて所長の怖ーい女弁護士に頭上がらないから」
13 翔、大沢の顔を見つめる。
14 翔「学校行く。サッカーやりたいし……」
15 大沢「翔がんばれ……!」
十八○畠中家全景(夕)
十九○『久富事法律務所』内部(朝)
1 洋子、ファイルに目を通している。
2 大沢、慌ただしく鞄に書類を詰め込む。
3 洋子「で、翔君がHRのとき、僕をいじめている人がいますー、っていきなり大声で怒鳴ったんだって?」
4 大沢「そうです。それでひとまずイジメは無くなったって言ってました」
5 大沢、洋子の顔を見る。
6 大沢「すいません。結局報酬に結びつきませんでした……」
7 洋子「いいわよ。他の仕事でキッチリ穴埋めしてもらうから」
8 洋子、にやりと笑い大沢の顔を見る。
9 大沢、たじろぎ大急ぎで出て行く。
10 大沢「い、行ってきまーす~」
11 洋子「まだまだだね」
12 洋子、柔らかい笑みを浮かべる。了
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