アサヤタチバナ ドラマ

2012年12月21日。東京を含めた世界の主要10都市で強力な細菌兵器ばらまかれ、六千万人が犠牲になるウイルステロが発生。犯行声明には二度目のテロが予告されており、世界の命運は唯一の生存者で抗体を持つ橘麻也(33)に託された。しかし、何も起きないまま2019年を迎え……。
マヤマ 山本 16 0 0 03/16
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第一稿

<登場人物>
橘 麻也(30)ウイルス感染者
源 茜(26)ウイルス研究所研究員
新 亮介(33)同主任研究員、テロリスト
轟 松太郎(46)同所長
黛 修一(24)国防 ...続きを読む
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<登場人物>
橘 麻也(30)ウイルス感染者
源 茜(26)ウイルス研究所研究員
新 亮介(33)同主任研究員、テロリスト
轟 松太郎(46)同所長
黛 修一(24)国防省の官僚
英 寛司(49)精神科医、殺し屋

官僚
議員
学者
事務次官
救助隊員
アナウンサー
テロリスト 声のみ



<本編> 
○駅前
   T「2012年 東京」
   サラリーマン風の男や女子高生など多くの人が行き交っている。
   商店の看板に「クリスマスまであと4日」の文字。
   デジタル時計の文字が「14:59」から「15:00」に変わる。
   歩いていた一人の男が血を吐いて倒れる。それに続くように、周囲の人間も次々と血を吐いて倒れていく。

○通天閣・外観
   T「2019年 大阪」
   「ようこそ、日本の首都・大阪へ」と書かれた垂れ幕がある。

○国防省・外観
   大きなビル。隣のビルには大きなモニターがある。
   「国防省」と書かれた看板。

○同・会議室
   会議が行われている。出席者は新亮介(36)、轟松太郎(49)、黛修一(27)の他、官僚や学者、議員、事務次官らがいる。
   退屈そうな様子の新。
黛「では、研究所は閉鎖という事で……」
轟「待って下さい。まだワクチンも完成していないというのに閉鎖なんて……」
黛「(無視するように)いかがですか、皆さん?」
官僚「私は賛成ですね。ワクチン生成という名目とはいえ、我が国だけが強力なウイルス兵器を保持している現状は、各国も良しとしていませんし」
議員「私も賛成だ。うちの党は研究所の閉鎖をマニフェストに掲げて選挙に勝った。それが民意だと、私は思う」
学者「そもそも、彼らの言う二度目のテロが起きなかった以上、ワクチンを作る必要性も考え直さなあかんのとちゃいますか?」
轟「(助けを求めるように)事務次官……」
事務次官「まぁまぁ、皆さんのおっしゃりたい事はわかりますが、旧東京地区ウイルス研究所は、世界でただ一つの特別な施設です。もう少し結論を先延ばしにしてもいいんじゃないでしょうか?」
黛「そんな悠長な事は言っていられません。研究所からウイルスが漏れだしたら、それこそ一大事です。即閉鎖が妥当かと」
新「あの~、今って、俺も発言しちゃっていいのかね?」
事務次官「えっと、貴方は?」
轟「うちの主任研究員の新亮介です」
新「どうも。皆さん、好き勝手言っちゃってる所を悪いんだけど、アレはどうするつもりなのかな、って」
黛「アレ、とは?」
新「アサヤタチバナ」
   黙り込む出席者達。

○タイトル『アサヤタチバナ』

○ウイルス研究所・外観
   T「2019年 旧東京地区」
   周囲を厳重に警備された大きな建物。「旧東京地区ウイルス研究所」と書かれた看板がある。
   建物周辺には「ウイルス研究所反対」「研究所を移設せよ」と書かれた看板などがある。

○同・橘の部屋
   広めのワンルームマンションのような室内。ベッドやテレビの他、家具家電も充実している。ただし窓はない。
   トーストを焼き、目玉焼きを作る橘麻也(33)。
   冷蔵庫を開ける橘。牛乳の賞味期限は一二月二一日と書いてある。
橘「一二月二一日……」

○(回想)オフィス街
   携帯電話で通話しながら歩くスーツ姿の橘。周囲には他の通行人もいる。
橘「え、今日ですか? そうですね……」
   表紙に「2012」と書かれたスケジュール帳を開く橘。一二月二一日の欄をなぞる。
橘「あ~、五時過ぎでしたら大丈夫です」

○ウイルス研究所・橘の部屋
   食卓に並ぶ目玉焼きとウインナーの載った皿。ケチャップをかける橘。
橘「(ケチャップを床にこぼして)うわっ、あ~あ」
   床にこぼれたケチャップ。

○(回想)駅前
   多数の血と死体の溢れた道を歩く橘(26)。目はうつろ。
   反対側から防護服姿の救助隊員達がやってくる。
救助隊員「誰かいるのか?」
   救助隊員達の方を見る橘。
救助隊員「せ、生存者、生存者発見!」
   嬉しそうに駆け寄る救助隊員達。

○ウイルス研究所・橘の部屋
   トーストや牛乳、サラダも食卓に並べる橘。自身も腰を下ろす。
橘「いただきます」
   改めて食卓を見渡す橘。

○(回想)同・同
   ベッドに腰掛け、テレビを観る橘。手に持った週刊誌には橘の写真と「世界最後の希望」と書かれた見出し。
   テレビでは「これでウイルス感染を防
   げる!?」としてトースト、目玉焼き、ウインナー、サラダ、牛乳が紹介されている。

○同・同
   食事をしながらテレビでニュース番組を観る橘。前のニュースから、抗議デモのニュースに変わる。
アナウンサー「昨日、大阪の国防省前で、旧東京地区ウイルス研究所の閉鎖を求める大規模なデモが行われました。参加人数は千人を超え……」
   乱暴にリモコンでテレビの電源を消す橘。一息つき、食事に戻る。
   ノックの音。
橘「どうぞ」
   扉が開き、防護服姿の源茜(29)が入ってくる。
茜「失礼します」
橘「あれ、新しい方?」
茜「はい、はじめまして。源茜と言います」
橘「はじめまして。今日、遠藤さんは?」
茜「……今日から、私が担当になりました」
橘「……そっか、感染したんだ」
茜「何で知ってるんですか?」
橘「そりゃあ、わかりますよ。僕だって、この部屋で七年も過ごしているんですから」
茜「そうですよね……。あ、早速なんですが採血させてもらってもいいですか?」
橘「その前に一つ、聞いてもいいですか?」
茜「何ですか?」
橘「源さん個人の意見で構いません。僕は世界に必要な人間ですか? それとも、排除されるべき人間ですか?」
茜「もちろん、必要な人です」
   真意を確かめるように茜を見る橘。
橘「ありがとうございます。では、改めて」
   握手を求めるように手を差し出す橘。
橘「橘麻也です。よろしく」

○同・同・前室
   入念に消毒をする茜。
   消毒が終わり、防護服を脱ぐ。

○同・研究員室
   パソコンや机が並ぶ、会社のオフィスのような部屋。
   部屋に入ってくる茜。奥の席には新が座っている。
茜「あ、主任、お疲れさまです。帰ってたんですね」
新「早めに着いちゃった。あ、お土産食べちゃって。大阪名物、たこ焼きせんべい」
茜「ありがとうございます。で、どうだったんですか?」
新「研究所閉鎖の件は、とりあえず保留。まぁ、事務次官が味方のうちは何とかなっちゃうんじゃない?」
茜「(残念そうに)そうですか」
新「『残念だな』って思っちゃった?」
茜「いや、そんな事は……。あ、さっき橘さんに挨拶してきましたよ」
新「お、どうだった?」
茜「思ってたより落ち着いてるというか、普通の方でしたね」
新「でも、世界のためには早く死んじゃって欲しい?」
茜「……」
新「いいねぇ、そういう裏表のない人、俺好きになっちゃうな」
茜「橘さんが何も悪くないのはわかっています。でも橘さんの体は、世界中の人を殺せるウイルスに感染しているんですよ?」
新「茜ちゃん、ここの研究所では一応、正式名称で呼ぶようにする、って決まっちゃってんだよね」
茜「あ、すみません。橘さんの体は、サジタリウスに感染しているんです。万が一、何かが起きて、また七年前のあの日みたいな事になったら、って思うと……」
新「そういう茜ちゃんは、何してたの? 七年前のあの、世界が終わった日」
茜「私は……」

○(回想)商店街
   T「2012年 埼玉」
   携帯電話を片手に歩いているリクルートスーツ姿の茜(22)。
茜「もしもし、お母さん? どうしたの、そんな慌てて。ああ、合同説明会なら途中で切り上げて帰ってきちゃった。今? もう電車降りて、もうすぐ家に着く所。え、テレビ? いや、観てないけど……」
   ちょうど家電量販店の前を通る茜。
   店に並ぶテレビでニュースが放送されている。
アナウンサー「繰り返します。今日未明、東京をはじめとする世界各地で大規模なウイルステロが発生した模様です。周辺住民の方は即避難をし、現場周辺には近づかないよう……」
   テレビ画面を見る茜。
茜「何これ……?」
   言葉が出ない様子の茜。

○ウイルス研究所・研究員室
   茜の手元にある、新聞記事をスクラップしたファイル。スクラップした記事には「世界主要10都市でウイルステロ」「死亡者6000万人超」「2014年に2度目のテロ予告」等と書いてある。
茜「あと少し、帰るのが遅かったら、私も六千万人の中の一人だったのかな、って思うと、今でも時々恐くなります」
新「わかんないよ? 案外、二人目の生存者になっちゃってたかも」
茜「でも、何で橘さんだけが助かったんでしょうか? 世界で、たった一人だけ」
新「それがわかっちゃえば、ワクチンもすぐに完成するんだろうけどね」
   立ち上がる茜。
新「どうしちゃったの?」
茜「ワクチンの生成作業に行ってきます。一日でも早く、完成させないと」
新「行ってらっしゃ~い」
   部屋を出て行く茜。
   新の元にやってくる轟。
轟「なかなかやる気のある娘じゃないか」
新「でも動機が、この研究所を早く閉鎖させちゃうためなんだけどね」
轟「いいじゃないか。動機がなんであろうとそれでワクチンが完成すれば」

○同・実験室
   多数のビーカー、試験管や顕微鏡、温蔵庫など、実験に必要なものが揃っている。
   防護服姿で、採取した血液に何か薬品を入れている茜。薬品入りの血液を温蔵庫に収納する。同じ庫内にある赤いビーカーの中身も確認する(中の液体はビーカーの半分くらいの量)。
   温蔵庫の奥にある扉に向かう茜。暗証番号を二度(二回とも異なる四桁の数字)入力するものの、扉は開かず施錠されたまま。
茜の声「すみません、今日もダメでした」

○同・研究室(夜)
   茜以外誰もいない室内。携帯電話で誰かと話している茜。
茜「大丈夫です、まだ誰にも気付かれていないはずです。……はい、わかりました。あの奥の扉の先に何があるのか、引き続き調べてみます」
   電話を切る茜。

○(夢の中)オフィス街
   前のオフィス街のシーンの続き。
橘「では、五時に。はい、失礼します」
   電話を切る橘。腕時計を見る。
橘「おっと、もう三時回って……」
   橘の目の前を歩く女性が血を吐いて倒れる。
橘「え、ちょっ、大丈夫ですか?」
   周辺でも次々と血を吐き倒れる通行人達。橘だけが一人立ち尽くしている。頭を抱える橘。叫びにならない叫び。

○ウイルス研究所・橘の部屋(朝)
   ベッドから飛び起きる橘。荒い呼吸。
    ×     ×     ×
   朝食の準備をする橘。包丁で野菜を切っている。手を止め、包丁の刃を自分の手首に当てる橘。
茜の声「失礼します」
   部屋に入ってくる茜。橘の様子を見て驚く。
茜「ちょ、ちょっと橘さん、何してるんですか!?」
橘「朝ご飯を作っている所、には見えませんか?」
茜「いいから、包丁置いて下さい」
   肩をすくめ、包丁を置く橘。
茜「まったくもう、何考えてるんですか?」
橘「何考えてると思います?」
茜「え?」
橘「この窓も無い、ただただ壁に囲まれた部屋で、外に出る自由もないまま七年間を過ごした男が、何考えてると思います?」
茜「……すみません。軽率な発言でした」
橘「こちらこそ、すみません。完全な八つ当たりですよね、コレ」
   テレビの方を見る橘。
橘「でもああいうニュースを見ると、少し羨ましくもなってしまうんです」
   テレビに視線を向ける茜。
   ニュース番組が映されているテレビ。テロップに「国防省事務次官自殺」と書かれている。
アナウンサー「現役国防省事務次官の自殺というニュースは、関係各所に大きな衝撃を与えています」
橘「僕に自殺はできません。世間からは死ぬ事を望まれているのに、国からは生きる事を要請されて、僕には生きる自由も、死ぬ自由も無いんです」
   テレビ画面は別のニュースに切り替わっている。
アナウンサー「今日、サンフランシスコで開かれた日米首脳会談で……」

○国防省・外観

○同・会議室
   会議が行われている。出席者は黛、新ら。
   モニター画面ではアメリカ大統領の会見の様子が映し出されている。
黛「(大統領に合わせるように)日本が世界で唯一、強力な細菌兵器を保有している現状に強い懸念を持っています。一日も早い細菌兵器の放棄を期待します」
   モニター画面の映像が消える。
黛「先日の日米首脳会談でなされたアメリカ側の発言は、おおむねこのような内容となります」
新「勘違いされると困っちゃうんだよね、黛ちゃん。ウチにサジタリウスはいるけど、兵器はないんだから」
黛「そんな事はわかっています。問題なのは事故などの偶発的な要因で、細菌兵器の使用と同等の事象が起きる可能性がある、という事です」
新「研究所からサジタリウスが漏れだす、って事? 断言しちゃうけど、その可能性はゼロだね」
黛「その根拠は?」
新「今までに一度も、そんな事が起きた事ないから」
   サイレンの音。

○(回想)研究施設
   T「2014年 某所」
   サイレンの鳴る室内。防護服姿の人間が数名、パニック状態になっている。その中には新もいる。
新「閉鎖だ! 早く、閉鎖しろ! ウイルスを外に出すな!」

○国防省・会議室
   引き続き会議が行われている。
新「だから、そんな事はあり得ない」
黛「それは根拠とは言いません」
新「あ、そう?」
黛「根拠がない、という事は『研究所からウイルスが漏れだす可能性はある』という事になります。故に、人命を危険に晒す施設である旧東京地区ウイルス研究所は、直ちに閉鎖します。これは、決定です」
新「じゃあ、前と同じ事聞いちゃうけど、どうすんの? アサヤタチバナ」
黛「何とかします」
新「何とかするって言ったって、アレが生きてる限り、サジタリウスも死なねえよ?」
黛「ですから、何とかします」
新「へぇ、まさか殺しちゃうつもり?」
黛「まさか。ですが、人が死ぬのには色んな原因がありますよね。病気だったり、事故だったり」
新「あるいは、自殺しちゃったり? 事務次官みたいに」
黛「何が言いたいんですか?」
新「別に。ただ、黛ちゃんの周りでも色々、よからぬ噂を耳にしちゃう訳よ」
黛「ただの噂でしょう? それに噂だけなら旧東京地区ウイルス研究所にも、テロリストが潜伏している、という話も耳にした事がありますよ?」
新「ただの噂でしょ?」

○同・実験室
   防護服姿で実験中の茜。薬品入りの血液を温蔵庫に収納する。同じ庫内にある赤いビーカーの中身も確認するが、前回よりも液体の量は増えている。
   温蔵庫の奥にある扉に向かう茜。暗証番号を二度入力するものの、扉は開かず施錠されたまま。

○ウイルス研究所・非常階段(夜)
   踊り場で携帯電話で通話している茜。
茜「……もちろん、危険な仕事だって事はわかってるよ。でも、もうすぐ終わるから。だから心配しないでよ」
   やってくる新。
   新に気付く茜。
茜「じゃあ、また今度ね」
   電話を切る茜。
新「お疲れ。何、彼氏とイチャイチャしちゃってんの?」
茜「え? あぁ、違いますよ。母親です。心配性なんですよね」
新「へ~。で、茜ちゃん、辞めちゃうの?」
茜「え?」
新「だってほら、今『もうすぐ終わる』って言ってたじゃん? 聞こえちゃった」
茜「あぁ……聞きましたよ、今日の会議の結果。この研究所、閉鎖が決定したんですよね?」
新「そんなの気にしなくていいって。いくらでも覆せちゃうから。さて、仕事仕事」
茜「今からですか?」
新「ちょっと実験室にね。今日中にまとめちゃいたい資料があるから」

○同・実験室(夜)
   防護服姿の新が入ってくる。
新「さてと、一丁やっちゃいますか」
   温蔵庫奥の扉の前に立つ新。暗証番号を入力する。
新「あ、やべ、間違えちゃった」
   番号を押し直すも反応がない。
新「あれ? どうしちゃった?」

○同・研究員室(夜)
   それぞれの席に着く新と轟。
轟「ロックかかった? あの扉が?」
新「そうなんだよね。参っちゃった」
轟「おかしいな」
   二人の元にやってくる茜。
茜「どうかしたんですか?」
新「ほら、実験室の奥の部屋あるでしょ?」
茜「……あの、所長と主任しか入れない部屋ですか?」
新「そうそう。そこの扉の暗証番号の入力ミスっちゃったら、入れなくなっちゃって」
轟「おかしいよな。一日三回連続で間違えたらロックがかかる、って話は聞いてたけど新お前、一回でダメだったんだろ?」
新「うん、一回だけ。あ、実は所長が二回間違えちゃってた、って事はないの?」
轟「俺は国防省から出向してる役人だぞ? 何で実験室行かなきゃいけないんだよ」
新「そうだよね。ってことは、それ以外の誰かがあの部屋に入ろうとしてた、とか?」
   視線を茜に向ける新。
茜「(新からの視線をごまかすように)ところであの部屋って、一体何をしてる部屋なんですか?」
新「ん? サジタリウスの培養」
茜「な……」
轟「おい、新」
新「いいじゃない、同じ職場の仲間なんだからさ。あ、茜ちゃん。もちろんこの話は他の人に言っちゃダメだからね」
茜「上の人は知ってるんですか?」
轟「国防省のお偉いさんが許可する訳ないだろ? 極秘だよ、極秘」
茜「そこまでして、何でそんな危険な事をするんですか?」
新「ワクチンを作るには、サジタリウスが必要だけど、それをいつまでもアサヤタチバナに頼っちゃう訳にもいかないでしょ?」
轟「それに、培養のメカニズムがわかれば、その逆も」
新「そういう事」
茜「で、今の所成果は」
新「ほら、実験室の中の温蔵庫に赤いビーカーがあるでしょ? あの液体の中にいるのが培養しちゃったサジタリウス」
轟「今の所は増えたり減ったり、安定はしてないよな」
茜「そうですか……。あ、私まだ仕事の途中なんで、失礼します」
   慌ただしく部屋を出ようとする茜。
   その後ろ姿を見ている新。
黛の声「テロリストが潜伏している、という話も耳にした事がありますよ?」
新「ふ~ん……」
   部屋を出ていく茜。
新「そうだ、所長。今日、面白い噂を耳にしちゃったんだよね」

○同・橘の部屋(夜)
   ベッドで寝ている橘。
人々の声「死ね、死ね、死ね……」

○(夢の中)オフィス街
   歩いている橘。
   道行く人に次々と「死ね」と声をかけられる。

○(夢の中)ウイルス研究所・研究員室
   部屋に入ってくる麻也。
   席から立ち上がる新と轟。
轟「死ね、死ね、死ね……」
新「死んじゃえ、死んじゃえ……」

○(夢の中)国防省・前
   デモが行われており、多数の人が口々に「死ね」「死んでくれ」等と口にしている。

○(夢の中)同・会議室
   会議中の部屋に入る橘。
   席から立ち上がる黛ら出席者。
黛「死ね、死ね、死ね……」

○(夢の中)商店街
   家電量販店の前に立つ橘。
   リクルートスーツ姿の茜の他、多くの通行人が「死ね」と口にする。
茜「死ね、死ね、死ね……」
   店に並ぶテレビに映る覆面姿のテロリスト。以降、テロリストの声は全てボイスチェンジャーを通したもの。
テロリスト「受け取ってほしい。
 これが我々から世界への返答である」

○ウイルス研究所・橘の部屋(夜)
   ベッドから飛び起きる橘。
   洗面所に駆け込み、嘔吐。
人々の声「死ね、死ね、死ね……」
   頭を抱える橘。声に鳴らない叫び声をあげる。

○同・研究員室
   中に入ってくる新。
新「おはようちゃん」
   新とすれ違い様に部屋を出ていく茜と英寛治(52)。
茜「(新に気付かず)部屋はこの奥に……」
   自分の席に座る新。轟も席にいる。
轟「新君、おはよう」
新「今出て行っちゃったけど、あれ誰?」
轟「今度、うちに非常勤で来る事になった精神科医の英先生だ」
新「へ~、そんな部外者簡単に入れちゃって大丈夫なの?」
轟「大丈夫だろう。国防省からの紹介状付きだからな」
   紹介状を新に渡す轟。
新「(紹介状を見ながら)さすが黛ちゃん。用意周到だねぇ」

○同・橘の部屋
   大音量で音楽が流れている。
   部屋に入ってくる防護服姿の茜と英。
茜「失礼し(耳を抑えて)わっ、何これ」
   ベッドに寝転がる橘。
茜「橘さん。橘さ~ん! もう!」
   室内のコンポのボタンを押して音楽を止める茜。改めて部屋を見回すと物が散乱するなど、荒れた形跡。
茜「橘さん、どうかしましたか? 大丈夫ですか?」
   橘の元に近づく茜と英。しかし橘の目には二人が「死ね、死ね」と言いながら近づいてくる映像とダブる。
   頭を抱える橘。
橘「出ていって下さい」
茜「橘さん、何があったんですか?」
橘「早く出て行け!」
   英に腕を引かれ部屋を出る茜。

○同・同・前室
   部屋から出てくる茜と英。
英「彼は普段からあんな感じなんですか?」
茜「いえ、私もあんなに荒れているのは初めて見たので……」
英「なるほど。こういう場合、あまり大人数だと良くありません。ここは私一人に任せてもらえませんか?」
茜「わかりました、お願いします」
   茜に背を向けて、部屋に戻ろうとする英。微かな笑みを浮かべる。

○同・研究員室
   部屋に入ってくる茜。室内には新しかいない。
茜「ふ~。あ、お疲れさまです」
新「お疲れ。何か張り切っちゃってたね」
茜「え? あぁ、だって国防省の黛さんからの紹介で来た方なんですから、失礼のないようにと思いまして」
新「? まぁ、いいや。で、その英ちゃんはどこ行っちゃった?」
茜「まだ橘さんの部屋にいますよ。今日、ちょっと不安定みたいで、早速英先生に診てもらっている所です」
新「そっか……(小声で)さすがに初日からやっちゃったりはしないよな」
茜「どうかしたんですか?」
新「いや、何でも」

○同・橘の部屋
   ベッドに横になっている橘。その脇に立つ英。紙に何か書いている。
   書き終えた紙を橘に見せる英。「鎮静剤を打ちますが、よろしいですか?」と書いてある。
   頷く橘。
   それを見て笑みを浮かべる英。カバンから注射器を取り出す。
英「痛むのは一瞬だけですからね」
   注射器の針を橘の腕に当てる英。

○ニュース番組の映像
   ウイルス研究所の外観が映っている。
アナウンサー「本日未明、旧東京地区ウイルス研究所で男性の遺体が発見されました」
   英の写真が映る。
アナウンサー「亡くなったのは精神科医の英寛治さん、五二歳です。現在の所、死因等詳しい事はわかっておらず……」

○国防省・外観

○同・会議室
   携帯電話で通話中の黛。
黛「貴方、一体何をしたんですか?」

○ウイルス研究所・非常階段
   携帯電話で通話中の新。以下、黛とカットバックで。
新「残念だったね、黛ちゃん。アサヤタチバナを殺しにきたはずが、逆にサジタリウスにやられちゃうなんて」
黛「貴方、自分が何をやったかわかっているんですか?」
新「そんな事言われちゃっても、実際俺、何にもやってないんだけどね」
黛「研究所で人が一人殺されているんです。主任である貴方にも責任は……」
新「ちょっと、殺されたなんて決めつけちゃダメでしょ。人が死んじゃうのには色々と理由があるんだから。病気だったり、事故だったり」
黛「貴方という人は……。やはり、橘麻也については早急に対処する必要がありそうですね。もちろん、あなた方もこのままで済むとは思わないで下さいね」
   電話が切れる。
新「さてと、やられる前にやっちゃおうか」

○(夢の中)オフィス街
   歩いている橘。周囲の通行人が次々と血を吐きながら倒れるも、そのまま歩き続ける橘。
テロリストの声「我々は世界を尊敬する者」

○(夢の中)ウイルス研究所・外
   歩いている橘。手持ち看板などを持っている人達が次々と血を吐き倒れて行くがそのまま歩き続ける橘。
テロリストの声「我々はその準備ができた」

○(夢の中)同・研究員室
   部屋に入ってくる橘。室内にいた茜、新、轟らが次々と血を吐き倒れて行くがそのままある生き続ける橘。
テロリストの声「我々は人類を拒絶し
 世界を解き放し
 世界を再生させる」

○(夢の中)同・橘の部屋
   部屋に入ってくる橘にいきなり襲いかかってくる英。すぐに血を吐き倒れる英。英を見下ろす橘。
テロリストの声「革命、そして、進化」

○同・同
   ベッドから飛び起きる橘。
   部屋の中にいた防護服姿の茜が驚く。
テロリストの声「受け取ってほしい。
 これが我々から世界への返答である」
   頭を抱え、声にならない叫びをあげる橘。
茜「橘さん、大丈夫ですか?」
    ×     ×     ×
   ベッドに並んで腰掛ける橘と茜。
橘「僕が、あの人を殺したんですか?」
茜「状況的に、おそらく。橘さん自身は覚えていないんですか?」
橘「あの人が『鎮静剤を打つ』と言って注射器を出した所までは覚えています。ただ次の瞬間……」

○(回想)同・同
   腕に注射器が刺さっている防護服姿の英。間もなく血を吐き倒れる。
橘の声「気がついたらあの人の腕に注射器が刺さっていました」

○同・同
   ベッドに並んで腰掛ける橘と茜。
茜「おそらく、それで感染したんだと思います」
橘「僕は罪に問われるんですよね?」
茜「わかりません。でも……」
橘「裁いて下さい。最近の僕はおかしい。幻聴が聞こたり、自分で自分をコントロールできない事があったり。最近は妙な言葉が頭の中をループして離れないんです」
茜「妙な言葉? どんな言葉ですか?」
橘「『我々は世界を尊敬する者』」
茜「え?」
橘「『人類とは、世界の領域で
 世界に賃借りし
 世界に飼育された存在である』」
   途中から声が橘からテロリストに変わる。
テロリストの声「しかし、それを悟れない者達が
 反逆者となり、世界を壊し始めた。
 それが現実である」

○(夢の中)商店街
   家電量販店の前に立つリクルートスーツ姿の茜。
   店に並ぶテレビに映る覆面姿のテロリスト。
テロリスト「我々は人類を強く非難する。
 人類は責任がある。
 人類は報いを受けるべきである」

○白壁の部屋
   覆面姿のテロリストがいる。
テロリスト「世界は要求する。
 不良品を元に戻せと」

○ウイルス研究所・廊下
   歩いている茜。
テロリストの声「世界は新たに迎え入れる。
 我々に替わる、交替要員を」

○同・橘の部屋
   ベッドに腰掛ける橘。
橘「『世界は手を伸ばす。
 救いを求めて』」

○同・研究員室
   パソコンに向かう茜。ネット上の動画サイトで「アール・イー 犯行声明」で検索している。
テロリストの声「我々はその準備ができた」
    ×     ×     ×
   再生される動画。覆面姿のテロリストがいる。
テロリスト「我々は人類を拒絶し
 世界を解き放し
 世界を再生させる」
    茜の背後にやってくる新。
新「『革命、そして、進化』」
    驚き振り返る茜。
新「『受け取ってほしい。
 これが我々から世界への返答である』」
    動画の再生が終了する。
新「懐かしいね、アール・イーの犯行声明。サジタリウスがばらまかれた直後は流行っちゃったもんね」
茜「……」
新「で、何でそんなもの見ちゃってたの?」
茜「橘さんが最近、この犯行声明が頭の中をループしてるって言っていたので」
新「アサヤタチバナが? 何でまた?」
茜「私にはわかりませんけど、でも苦しんでいるようでした」
新「へ~。そりゃまた、面白い展開になっちゃったね」

○同・非常階段
   踊り場で携帯電話で通話している茜。
茜「すみません、昼間に電話するのはルール違反のはわかっています。でも、どうしても今報告したくて……。私、わからなくなってしまいました。橘さんは本当に、死ぬべき人なんでしょうか?」

○同・橘の部屋
   ベッドに横になっている橘。
   部屋に入ってくる防護服姿の新。手には紙袋を持っている。
新「よう、アサヤタチバナ。いい感じに落ち込んじゃってるね」
橘「えっと……新さん、でしたっけ。お久しぶりです」
新「お、覚えててくれてんだ。嬉しくて涙が出そうだね。じゃあ、ちょっとばかりパソコンいじらせてもらっちゃうよ?」
   部屋の脇にあるノートパソコンを操作しだす新。
橘「あの、一体何を?」
新「気になっちゃう? 実は、コレ」
   紙袋からテレビ会議用のカメラを取り出す新。
新「今度、国防省で会議があってね。是非アサヤタチバナにも出席してもらっちゃおうと思ってね」
橘「僕が、会議にですか?」
新「そう。議題は『旧東京地区ウイルス研究所の閉鎖について』。まぁ、既にほぼ閉鎖が既定路線になっちゃってんだけどね」
橘「それは、今回の一件のせいですか?」
新「まぁ、ダメ押しにはなっちゃったかな。このまま閉鎖って事になれば、アサヤタチバナはほぼ間違いなく……」
   首をはねるジェスチャーをする新。
新「かな」
橘「(苦笑しながら)気持ちいいくらいハッキリ言ってくれますね。そうですか、とうとうこの日が来ましたか」
新「でもさ、このままじゃつまんないじゃない? 生きるも死ぬも周りに決められちゃってばっかでさ」
橘「まぁ、そうですけど。こればかりはどうしようもないですから」
新「そうでもねぇぞ」
橘「え?」
新「選ばせてやるよ、もう一度。生きるか、死ぬか」
橘「どうやって?」
新「まず、死ぬのを選ぶのは簡単だ。今度の会議にここから出席して言えばいい。『あの英って医者を殺したのは俺だ』ってな。そうすれば、すぐにでも処分してもらえちゃうから」
橘「じゃあ、生きるのを選ぶには?」
新「この紙袋の中に、必要な物やらメモやら入ってるから、後で読んじゃって」
   橘に紙袋を渡す新。受け取った橘は中身を確認する。
橘「これは……」
新「あ、そうそう。その紙袋の中身は、茜ちゃんにはくれぐれも見つからないように。ややこしい事になっちゃうから」
橘「はあ……。わかりました」
新「それじゃあ、次会うのは会議の席かな。楽しみだねえ」
   部屋から出て行く橘。
   再び紙袋の中身を眺める橘。

○国防省・外観

○同・会議室
   会議が行われている。新や轟、黛、官僚、学者、議員らが出席している。
轟「……よって、先日の件は英氏がまだ防護服を着なれていなかった事が原因となる事故であり、研究所存続の是非とは別で扱っていただきたいと思います」
黛「その説明では、納得できませんね」
轟「ではどうすれば」
黛「直接、本人に聞きましょう。では、お願いします」
   室内のモニターに映し出される橘。
   ざわつく出席者達。
橘「はじめまして。橘麻也です、よろしく」
轟「おい、新。どういう事だ? 聞いてないぞ?」
新「あれ、俺言うの忘れちゃってた? ごめんごめん」
轟「ったく」
黛「橘さん、はじめまして。国防省の黛と申します。早速ですが先日、英という精神科医が亡くなった件について、お聞きしたい事がありますが、よろしいでしょうか?」
橘「何でしょう?」
黛「単刀直入に申し上げます。英氏は、貴方に殺された。違いますか?」
橘「それは……」
   固唾をのんで見守る出席者達。
橘「違います。あれは、正当防衛です」
   ざわつく出席者達。
黛「つまり橘さんは、英氏に殺されそうになっていた、と言いたい訳ですか」
橘「その通りです」
黛「なるほど。では、仮にそうだったとしましょう。その時橘さんは、自分の身を守るためにサジタリウスを使って英氏を殺す事を思いついたんですね?」
橘「いいえ。感染したのは偶然です」
黛「なるほど、あくまでも自分に非はない、という訳ですか……」
   会議場に突如、部下らしき男が血相を変えてやってくる。その男から耳打ちをされた黛の表情も青ざめる。
黛「橘さん、皆さん、緊急事態です。モニターの画面を切り替えさせていただきます」
   切り替わるモニターの画面。
   モニターに映る覆面姿のテロリスト。実は橘がテロリストに似せた格好をしているのだが、ここではわからない。
テロリスト「我々は世界に戻ってきた」
   ざわつく会議室。
テロリスト「我々は遠方の地より
 人類の反応を見守っていた。
 読み取っていた」

○研究所・前
   デモをする人々。携帯電話で橘扮するテロリストの動画を見ている。
テロリスト「しかし、世界の状態は悪化している」

○同・研究員室
   室内のテレビを観ている茜。テレビには橘扮するテロリストが映っている。
テロリスト「人類は歩み戻り
 人類はわがもの顔でくつろぎ
 人類は過ちを繰り返している」

○商店街
   家電量販店の店先に並ぶテレビに映っている橘扮するテロリスト。
テロリスト「人類は腐っている。
 人類は身を引くべきである」

○国防省・前
   隣のビルの大画面モニターに映っている橘扮するテロリスト。
テロリスト「我々は、人類から世界を取り戻す。
 人類の世界征服を阻止し
 世界に代わって報復をする」

○同・会議室
   室内のモニターに映る橘扮するテロリスト。
テロリスト「我々は沈黙を破り
 我々は再び試みる」
   映像のテロリストに合わせて口を動かす新。
テロリスト&新「革命、そして、進化」

○ウイルス研究所・橘の部屋
   室内のテレビを観ている橘。テレビには橘扮するテロリストが映っている。
テロリスト「「人類の後継者となるものよ。
 これが我々の計画の、理由である」

○ニュース番組の映像
   覆面姿のテロリストの映像。
アナウンサーの声「国際テロ組織アール・イーは来年、二〇二〇年に七年前に世界一〇都市で行ったものと同規模のテロを起こす予告文章を発表しました」

○国防省・外観

○同・会議室
   会議が行われている。新、黛、官僚、学者、議員らが出席している。
学者「文体は声質からして、模倣犯である可能性は低そうやな。九九パーセント、ほんまもんの犯行予告や」
議員「となると研究所の閉鎖は撤回すべきでしょう。今や国中がワクチンの完成に期待している。それが民意だと、私は思う」
官僚「むしろ予算を大幅に増額し、一日も早く完成する体制を整えるべきでは?」
   新と黛、視線が合う。
   勝ち誇ったように笑う新。
   苦虫をかみつぶしたような表情の黛。

○ウイルス研究所・外
   研究所に反対する看板は一つもない。

○同・橘の部屋
   テレビでニュースを観ている橘。話題はもっぱらアール・イーのテロ予告。
   部屋に入ってくる防護服姿の茜。手には花を持っている。
茜「失礼します」
橘「あ、源さん。どうなりました?」
茜「研究所の存続、決まったそうです」
橘「それは良かったです。ところで(茜の持っている花を指して)その花はお祝いですか?」
茜「それもありますけど、この部屋彩りが少ないじゃないですか。だから少しでもと思って」
橘「ありがとうございます。確かクローゼットの中に花瓶が……(と言って立ち上がろうとする)」
茜「いいですよ、私やりますから」
   部屋のクローゼットを開ける茜。
茜「花瓶、花瓶……」
   紙袋を見つける茜。
茜「この中かな?」
橘「あ、それは……」
   紙袋の中から出てくるテロリストと同じ覆面。
茜「何ですか、これ……?」
橘「それは……」
茜「まさか……橘さんがテロリスト……な訳ないですよね。どういう事ですか?」
橘「……わかりました。全部お話しします」

○同・実験室
   防護服姿で実験中の茜。
橘の声「新さんに持ちかけられたんです。テロリストのフリをしてテロの予告をする。そうすればこの研究所の存続も、僕の命もひとまず保証されるだろうって」
茜「最っ低。自分のためだけに世界中の人を巻き込むなんて。少しでも同情してたのがバカみたい」
   薬品入りの血液を温蔵庫に収納する。
茜「あ~、報告したい。早く夜にならないかな」
   同じ庫内にある赤いビーカーの中身も確認するが、前回よりも液体の量はかなり減っている。
茜「減ってるし」
   温蔵庫の奥にある扉に向かう茜。暗証番号を「2019」と入力するものの扉は開かず施錠されたまま。
茜「でもあのテロリストの映像は模倣犯なんかじゃない、って言ってた気がするんだけどな……」
   暗証番号を「2020」と入力する。解錠され扉が開く。
茜「!? 開いた!?」
   恐る恐る中に入る茜。
   部屋の中は、実験室とほぼ同じような設備。一つだけ巨大な温蔵庫がある。
茜「何かないかな……。」
   部屋の中を物色し始める茜。
茜「今回の偽装テロ予告と、ウイルス培養の証拠資料でもあれば、研究所潰せると思うんだけどな……」
   巨大な温蔵庫を開ける茜。
茜「な……」
   庫内いっぱいに収納されている赤いビーカー。
茜「これ、まさか……」
新「あ~あ、見つかっちゃった?」
   驚いて振り返る茜。部屋の入口に立つ防護服姿の新。
新「ダメじゃん、勝手に入っちゃ」
茜「何なんですか、これ……?」
新「あれ、前に言わなかったっけ? 赤いビーカーに入ってるのは、培養しちゃったサジタリウス」
茜「こんなに大量のサジタリウス、一体何に使うんですか?」
新「実は俺たちのアジトで育ててたサジタリウス、三年前に全部死んじゃってさ。だから今、世界で唯一サジタリウスがいるこの研究所で、密かに育ててた訳。世界中にばらまくためにね」
茜「新さんはその……アール・イーの人間なんですか?」
新「そうだよ。担当は主に細菌兵器の研究開発。だからサジタリウスのパパ、って事になっちゃうかな」
茜「所長は、知ってるんですか?」
新「あの人は何も知らねえよ。ただの役人だ もん。だから簡単にごまかせちゃった」
茜「そうですか、少し安心しました」
新「さて、俺の事は話したんだから、そろそろ茜ちゃんも自己紹介しちゃってくれないかな?」
茜「自己紹介?」
新「じゃあ、俺から言っちゃおうか? 国防省で黛ちゃんの直属の部下やってる、源茜ちゃん」
茜「!? 何で知ってるんですか?」
新「まあ、色々あったけど、確信を持っちゃったのは英ちゃんが来た時かな。茜ちゃんその時言ったでしょ? 『黛さんからの紹介だから~』って」
茜「それが、何か?」
新「茜ちゃんは見てなかったと思うけど、あの紹介状、名義は黛ちゃんじゃなくて前の事務次官だったんだよね。ほら、前に死んじゃった」
茜「え?」
新「仮に英ちゃんが警察に捕まっても、黛ちゃんとのつながりが見えてこないようにしたんでしょ。用意周到だよね」
茜「どうですかね。それを私に教えてくれない辺り、まだまだだと思いますけど」
新「言うねえ。そういう裏表のない人、俺好きになっちゃうな」
茜「でも実際は、めちゃめちゃ裏表あるじゃないですか。一応、スパイですよ?」
新「そうなんだよねえ。だから、嫌いになっちゃった」
茜「……」
新「とりあえず、実験中に事故が起きちゃった体にしよっか。ね?」
   唇を噛み締める茜。

○同・橘の部屋
   茜が持ってきていた花がゴミ箱に捨てられている。それを拾い、花瓶に入れる橘。
   部屋に入ってくる防護服姿の新。
新「よう、アサヤタチバナ」
橘「新さん、すみません呼び出して」
新「いいって事よ、どんどん気軽に呼んじゃって。で、話って何?」
橘「すみません。(紙袋を指して)これ、源さんに見つかってしまいました」
新「あ~、それね。大丈夫、大丈夫。もう解決しちゃったから」
橘「あ、そうなんですか」
新「話がそれだけなら、俺からも一つ聞いちゃっていい?」
橘「どうぞ」
新「『我々は世界を尊敬する者』」
   体がピクッと反応する橘。
新「最近、脳内をループしちゃってるらしいじゃん? この犯行声明が」
橘「ええ、困ってます」
新「でもこの犯行声明が流行ってた頃って、この部屋にはまだテレビもネットも無かったじゃん?」
橘「はい。だから、何で頭から離れないのかわからないんです。それも今更」
新「やっぱりそうか。凄えな、これ大発見じゃん」
橘「何の話ですか?」
新「あくまでも仮説だけどよ、それは多分、サジタリウスの記憶だよ」
橘「サジタリウス? 僕の中のウイルスの、ですか?」
新「アサヤタチバナとサジタリウスは七年間同じ体を共有しているようなもんじゃん? で、サジタリウスは、アール・イーのアジトで犯行声明を聞いた事がある。そして最近、ようやく体だけじゃなくて記憶まで共有し始めたって考えれば、辻褄はあっちゃうでしょ?」
橘「でも、ウイルスの記憶なんて……」
新「あれ、ウイルスに記憶なんてない、って思っちゃってる? それが人間の良くない所なんだよね。自分たちが一番優れた生き物だって思いたがる」
橘「人間が嫌いなんですか?」
新「ああ、嫌いだね。あんたは嫌いじゃねえのか?」
   テレビに映るニュース画面。研究所前で橘を応援するメッセージ。
新「こんな主体性がなくて、周りに流されているだけで、簡単に掌返すような奴らが、憎くねえのか? 憎いだろ?」
橘「確かに、憎くないといえば嘘になると思います。でも、じゃあ、どうすれば?」
新「あんたには力があるだろ? 世界を救う力と、世界を滅ぼす力。さあ、どっちを使っちゃう? どっちを使っちゃうんだ? 答えてみろよ、サジタリウス」
   橘の様子が変わる。
橘「(口調が変わり)……何故気付いた? 俺が意識を持った生命体に覚醒した事を」
新「忘れんなよ。俺はお前の生みの親だ。パパって呼んじゃってもいいぜ?」
橘「俺は一体、何者なんだ?」
新「今はまだアサヤタチバナが主体なんだろうな。けど、その体はいつの日か、完全にサジタリウスのものになっちゃうハズだ」
橘「そうか、そんな日が来るのか」
新「その時、お前はどうする? 人類をどうしちゃう? どうしちゃいたい?」
橘「俺は何もしない」
新「何でだよ、もったいない」
橘「俺は人間によって生み出された。今のこの体って人間だ。その恩義を簡単に忘れはしない」
新「そんな事を言って、世界が滅んじゃったらどうすんだよ。人類を救えば、世界は滅びる。人類が滅びれば、世界は救われる。俺は、人類を滅ぼして、世界を救いたい」
橘「確かに世界は今、人間によって滅びの危機を迎えているかもしれない。だが、仮にそれで世界が滅びたとしても、それは悲劇ではない。それが運命であり、それが世界の寿命というヤツだ」
新「諦めろって事か?」
橘「受け入れろって事だ」
新「何か、随分偉そうな言い方だな」
橘「当然だろう? 俺は人間じゃないんだ」
新「なるほどね。何か凄え納得しちゃった」
橘「じゃあ、今日の所は失礼させてもらおうか。また会おう、パパ」
   橘の様子が戻る。
橘「(口調が戻り)あれ、僕は……?」
新「よう、アサヤタチバナ」
橘「すみません、また意識が……。確か質問の途中でしたよね」
新「そうだったっけ?」
橘「はい。確か『世界を救う力と、世界を滅ぼす力。どっちを使う?』って」
新「そうだった、そうだった。で、アサヤタチバナはどっちを使っちゃう?」
橘「僕は……やっぱり、世界を救うための力でいたいと思います」
新「いいねぇ、いい答えだ」
   握手しようと手を差し出す新。
橘「その前に一つ、聞いてもいいですか?」
新「何だ?」
橘「新さん個人の意見で構いません。僕は世界に必要な人間ですか? それとも、排除されるべき人間ですか?」
新「世界を救うには、あんたが必要だよ。アサヤタチバナ」
橘「ありがとうございます」
   握手する二人。
                   (完)

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