【登場人物】
お父さん 45歳
お母さん 41歳
ジュン 16歳
ミサ 13歳
タク 10歳
リコ 7歳
HF=ホストファーザー
○山を下るリフト
地球家族6人が2列横並びでリフトに乗って山を下りている。
ミサ「山の上に空港があって、下りたところに町があるのね」
父「その通り。それにしても、登山客でにぎわっているね」
周りを見渡すと、全員が同じグレーのリュックサックを背負っている。
タク「あれ、みんな同じリュックサックを背負っているね」
ジュン「全員が同じ登山グループなのかな?」
○リフトの出口
地球家族6人が出てくる。
父「さあ、町に着いた。ホストハウスはこの近くだよ」
その時、HFが話しかける。
HF「地球のみなさんですね。お迎えに来ました」
母「ありがとうございます。1日よろしくお願いします」
HFもグレーのリュックサックを背負っている。ジュンが触る。
ジュン「あ、グレーのリュックサック! みんなこれを背負っていますね」
HF「これは、非常用のリュックサックです。中に貴重品が入っています」
タク「非常用?」
ミサ「非常事態って、どんな?」
HF「水害ですよ。どの家も、大雨が降ると流される危険性がとても高いんです。だからこうして、貴重品は常に持ち歩いています」
ジュン「でも、みんな同じグレーのリュックサックですね」
HF「政府から支給されたものですから、全員同じなんです」
ミサ「へえ。でも、ずっと背負ってるのは大変ですね。なんだか重そう」
HF「このリュックの耐荷重はちょうど20キログラムです。僕は、結構めいっぱい入れているんです」
○ホストハウスの居間
地球家族とHFが床に座っている。HFがリュックを背負ったままでいる。
ミサ「家の中でもリュックを下ろさないんですか?」
HF「さすがに、ずっと背負ってると疲れますね」
HF、リュックを下ろす。
HF「でも、何かあったときにすぐに背負えるように、手の届くところに置いておきます」
ジュン「リュックの中身は、貴重品とおっしゃいましたよね。少し見せてもらってもいいですか?」
HF「いや、見せるなんて、とてもそんな。恥ずかしくてできません」
ジュン「教えてもらうだけでも・・・。全部、札束ですか?」
HF「いえ、違います。お話しするようものではありません。もっとも、私だけが特別なわけではなく、誰でも中身は似たようなものですよ」
ミサ「なんか、ますます気になっちゃうな」
HF「まあ、それよりも、まだ外は明るいですよ。今のうちに、出歩いてこられたらいかがですか?」
父「そうだな。みんな、出かけよう」
○山道
地球家族6人が歩いている。
グレーのリュックサックを背負った人たちとすれ違う。
ジュン「中身は、みんな似たようなものが入っていると言ってたけど・・・」
ミサ「お金じゃないらしいから・・・」
母「非常用持ち出し袋と言えば、普通は、非常食とか、毛布とか、簡易トイレとかよね。うちにもあるけど」
タク「でも、見せるのを恥ずかしがっていたよ」
父「うーん。あ、子供たちもみんな、リュックを背負ってるね」
前方には、同じリュックを背負った10歳くらいの女子2人と男子2人が木の切り株に座っているのが見える。
ミサ「こんにちは」
女子「こんにちは」
男子「こんにちは」
ミサ「みんな、同じリュックね。何が入っているの?」
女子「貴重品です」
ミサ「貴重品って何?」
女子「大切なものです」
ジュン「貴重品っていうと、普通はお金なんだけど、お金じゃないんだよね」
女子「お金は貴重品じゃありません。お父さんやお母さんのリュックにも、お金は入っていません」
ジュン「どうしてだろう」
女子「もし水害でお金が流されてしまっても、届け出ればその金額を政府からもらえることになってるんです」
ジュン「へえ、そういうしくみなんだ」
ミサ「宝石とかは? 子供だったら、時計とかカメラとかゲーム機とか・・・」
女子「それも貴重品じゃありません。いくらの物を失くしたかを届け出れば、その金額を補償してもらえるんです。買い直すことができるものは、貴重じゃないんです」
ミサ「確かに、それは貴重品とはいえないわね。じゃあ、みんなにとっての貴重品って何?」
女子「お金では買えないものですよ。見ますか?」
女子、リュックサックのチャックを開けて、中身を取り出す。
学校のノートが何冊かと、採点されたテストが何枚か出てくる。
女子「学校のノートとかテストです」
ジュン「(男子に)君も同じ?」
男子「僕も同じです。ほら」
男子、リュックサックのチャックを開けて、中身を取り出す。
学校のノートが何冊かと、採点されたテストが何枚か出てくる。
他の2人も、リュックサックのチャックを開いて、同じように中身を取り出す。
女子「誰に聞いても、みんな中身は同じですよ」
ジュン「確かに、お金がいくらあっても、失ったら取り戻すことができないという点では貴重品だね」
ミサ「ノートはあるけど、教科書は入ってないの?」
女子「教科書は貴重品じゃありません。なくなったら教科書の代金がもらえますから、それで買い直せばいいんです。本は、図書館に行けばコピーすることもできます」
ミサ「確かに」
ジュン、ポケットからデジタルカメラを取り出す。
ジュン「ねえ、これ、デジタルカメラっていうんだけど、見たことある? ノートやテストをこれで写真にとると、いちいち紙を持ち歩かなくてすむんだけど」
男子「へえ、すごいな。初めて見ました。便利ですね」
ジュン、ポケットにデジタルカメラをしまう。
ジュン「そうか、デジタルの技術はまだ開発されてないんだな。じゃあ、紙がかさばって、みんな持ち運ぶのが大変だ」
女子「確かにリュックは重いけど、両親やお姉ちゃんのは、もっと重いから。リュックには20キロまでの物を入れられるんです。私はまだその半分も入っていません。
男子「僕も」
ミサ「これからどんどん重くなるから、大変ね」
○ホストハウスの居間
地球家族6人が入ると、HFが床に座っている。HFがテーブルに座り、リュックがそのそばに置いてある。
テーブルの上には、手紙が散乱している。
HF「お帰りなさい。お早いですね」
母「あ、そうですか? 予定通りの時間ですけど」
HF「そうか、もうこんな時間か・・・ 失敗したな」
ジュン「(HFに)リュックサックの中身、わかりましたよ」
HF「え?」
ジュン「学校のテストとかノートが入っているんですよね。確かに、見られると恥ずかしいかもしれません」
HF「いや、違いますよ」
ジュン「そうですか、誰でも同じって言ってたけど・・・」
HF「それは、子供に聞いたんじゃないですか? 大人の場合は違います。子供時代のテストやノートをいつまでもとっておいたりしません」
ジュン「それもそうですね。失礼しました」
ミサ「じゃあ、大人の貴重品って・・・」
HF「これですよ」
HF、机の上に散乱している手紙を指さす。
ジュン「手紙か・・・」
HF「そう、手紙です。もらった手紙は、なくしてしまったらもう二度と読むことができません。手紙は、誰にとってもこのうえない貴重品なんです」
母「ずいぶんたくさん手紙がありますね」
HF「ちょうど今、リュックの中身を整理していたんです。20キロまでしか入らないので、時々整理しないと新しい手紙を入れられなくて・・・」
ジュン「整理ですか」
HF「同じ人から何通も来ていることがあって、全部リュックに入れておきたいのですが、そのうち何通かを取り出すなどして、時々整理するんです。整理しながら、つい、なつかしくて読み返してしまいます。時間がたつのを忘れてしまって、みなさんが戻られる前にリュックに戻そうと思っていたのに間に合いませんでした。手紙を見られたくなかったのに・・・」
父「手紙は読んでいませんから、大丈夫ですよ。でも、たくさんあって整理が大変そうですね」
HF「僕は特に、手紙を書くのが好きなので、もらうことも多いんです。あ、そうだ、みなさんにも、さっき手紙を書いたんですよ。お部屋に置いておきましたので、読んでください」
母「ありがとうございます」
○客間
地球家族6人がくつろいでいる。
母が手紙を読んでいる。
母「うれしいわね。こうやって、心温まる手紙をいただくと」
ミサ「ねえ、私たちも、お返事を書かない?」
タク「そうだね。僕たちも手紙を書いて渡そう」
ミサ「珍しいわね。いつも、タクは手紙を書きたいなんて言わないのに」
タク「いつもは、どうせ手紙を書いても読んでもらえないんじゃないかと思って。でも、HFさんなら、手紙を渡せばずっととっておいてくれるような気がするんだ」
ミサ「確かに。貴重品としてリュックに入れてくれるかも」
○居間
HFが座っているところに、母とミサが入ってくる。
ミサ「すみません。お手紙読ませていただきました。私たちもお返しに、お手紙を書きたいんですけど・・・」
HF「そのお気持ち、とてもうれしいです。どうしようかな。じゃあ、そこにある便せんを使ってください」
HF、棚の上にある便せんを指さす。
母「あ、これですね」
HF「すみませんが、1枚だけにしていただけませんか?」
ミサ「あ、はい、わかりました」
○客間
地球家族6人が座っている。ミサが便せん1枚を持っている。
ミサ「手紙はこの便せん1枚だけにしてほしいって」
父「手紙をたくさん受け取るらしいからね。なるべく軽くしておきたいんだろう。言われた通り、1枚に6人で書こう」
ジュン「じゃあ、まず、リコから書くか」
リコ「うん」
○しばらくして、客間
地球家族6人が座っている。
便せん1面に、不器用で大きな文字が書かれている。
リコが照れ笑いをしている。
タク「便せん1枚全部、リコが使っちゃったのか。大きな字だな」
ミサ「リコはおとなしいのに、こんなところで変な存在感を出すんだから」
父「しかたがない。裏側に残りの5人が書こう」
○翌朝、上りのリフト
リフトが次々に山を上っている。
ジュン、ミサ、HFの3人が横並びで乗っている。
HFはリュックを背負っている。
その前に父とタク、その前に母とリコ。
ミサ「お世話になりました」
HF「あっという間でしたね」
ミサ「あ、いけない。私たち6人で手紙を書いたんですけど、まだ渡していませんでした」
HF「ありがとうございます」
ミサ「こんなところで渡したら、危ないかしら」
HF「大丈夫ですよ。あとでじっくり読ませていただきます。リュックに入れてください」
HF、ミサに背を向けてリュックを向ける。
ミサ「じゃあ、失礼して」
ミサ、HFのリュックのチャックを少しあける。
ミサ、便せんを1枚入れようとする。
ジュン「ミサ、そのまま入れたら、紙がくしゃくしゃになっちゃうよ。封筒があるから、使って」
ジュン、ミサに封筒を手渡す。
ミサ「ちょうどよかった。ありがとう」
ミサ、封筒に素早く便せんを入れ、封筒をリュックの中に入れる。
その時、リュックがガサゴソと音をたてる。
HF「ん?」
リュックの底にピリピリと亀裂が入り、破れる。
その時、強い風が吹く。
ミサ「あ!」
ジュン「あ!」
父、母、タク、リコが振り向く。
底が破れたリュックから、たくさんの手紙がいっせいに飛び散り、風に乗って舞う。
みんなあっけにとられながら、山の上に舞い散っている手紙を見る。
アナウンスの声「リフトは、まもなく山頂に到着します」
○山頂のリフト降り場
HFと地球家族6人が立っている。HFが破れて空になったリュックを背負って呆然としている。
HF「重量オーバーです。20キロを超えたんですよ」
ミサ「え、どうして・・・」
HF「入れたのは、便せん1枚だけでしたか?」
ミサ「はい、あ、でも、封筒も・・・」
HF「あ、それですよ。封筒の重さが加わって、20キロを超えたんです」
ジュン「軽い封筒がたった1枚ですよ」
HF「それでも、僕は、便せんを入れた時のリュックの中身が19.9999キロになるように計算していましたから、ぎりぎり超えたんです」
ジュン「申し訳ありません。手紙、拾ってこられないかな」
HF「風がさらに強くなってきましたから、もう無理です。あきらめます」
全員「・・・」
HF「でも、これでよかったんです。僕は、なつかしがり屋で、手紙を読み直すことで時間がどんどん過ぎていって困っていたんです。文字通り、重荷がおりたようで、ちょっとすっきりしました」
全員「・・・」
HF「もし紙を持っていらっしゃったら、今もう一度、手紙を書いていただけませんか? 地球人からいただいた手紙なんて、超がつく貴重品ですから」
地球家族全員、ほほえむ。
父、紙を1枚取り出す。
父「紙ならば、持っている。これにもう一度書こうか」
母「またすぐ、リュックはいっぱいになりますよ。1枚だけにしておきます」
ジュン「そして、今回は、リコは最後にしようか」
みんな、笑う。
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