虹色のほころび ファンタジー

門脇美鈴は、好きだった諏訪和翔と偶然の再会を果たす。そして、諏訪が美鈴の学生時代の親友、寺本優希と結婚しようとしていたことを知る。その日、彩雲を見た美鈴は、虹が映った時に覗くと本当の自分が映るという神社『照心社』の『心池』を覗き込んだ。池には高校生の美鈴が映り、驚いた拍子に美鈴は池に落ちてしまう。目を覚ますと、そこには諏訪と人生を歩むもう一人の美鈴の姿があり……
佐藤そら 7 1 0 12/23
本棚のご利用には ログイン が必要です。

第一稿

登場人物
・門脇美鈴/もう一人の美鈴(28)(18)(8)…アパレル会社勤務
・諏訪和翔(28)(18)(8)…美鈴の幼馴染み
・寺本優希(28)(18)…美鈴の学生時代の親 ...続きを読む
この脚本を購入・交渉したいなら
buyするには会員登録・ログインが必要です。
※ ライターにメールを送ります。
※ buyしても購入確定ではありません。
 

登場人物
・門脇美鈴/もう一人の美鈴(28)(18)(8)…アパレル会社勤務
・諏訪和翔(28)(18)(8)…美鈴の幼馴染み
・寺本優希(28)(18)…美鈴の学生時代の親友
・斎藤楓(36)…諏訪の働く研究室の先輩
・竹下崇(35)…美鈴の恋人・会社の先輩

・神主(56)…『照心社』の男性神主
・門脇誠(59)…美鈴の父
・門脇幸子(58)…美鈴の母

・女性店員(50)
・女性教師(30代)
・男の子(8)
・男の子の母(30代)



○美鈴の家(一軒家)・美鈴の部屋(朝)
   十月。支度をバタバタする門脇美鈴(28)。
   鞄に付いた黄色の毛糸で編まれた手作りキーホルダーが引っかかり、ほつれる。
美鈴「あっ!」
   落ち込んだ様子の美鈴。

○駅のホーム(朝)
   少し混んだ電車に乗り込む美鈴。
   反対側の扉にすがるように乗車。

○電車内(朝)
   ため息をつく美鈴。反対車線の電車とすれ違う。
   すれ違う電車の扉側に諏訪和翔(かずと)(28)の姿(スローモーション)。
美鈴N「ねぇ、美鈴? そのほつれた毛糸にあなたは何が見える?」

○タイトル
   『虹色のほころび』

○『××デザイン』オフィス(朝)
   竹下崇(35)が入って来る。
竹下「おはよう」
美鈴「竹下さん! おはようごさいます」
   微笑む美鈴。
   ふと、竹下が美鈴の鞄を見て、
竹下「あれ? 今日は付けてないの? お気に入りのキーホルダー」
美鈴「えっ? あぁ……。あれ、大したものじゃないですから(動揺)」

○美鈴の家・美鈴の部屋(夜)
   ほつれたキーホルダーの毛糸を引っ張る。するするとほどける。
   窓を開けると綺麗な満月。
美鈴「いつまで持ってるのって話よね」

○『××デザイン』オフィス
   パソコン作業をしている美鈴。
竹下「ごめん! このあと出ないといけなくなって。(耳元で)お昼、今度のデートで穴埋めするから」
美鈴「あぁ……はい」

○定食屋
   少し混んだ定食屋に入る美鈴。
   女性店員(50)が一人で切盛りしている。
店員「お客さん一人?」
美鈴「はい」
  ×  ×  ×
   席で待つ美鈴。
店員「すみませんねぇ、お客さん。お昼時で混んじゃってて、相席になっちゃうんだけどいい?」
   美鈴の前の空席を指す店員。
美鈴「(頷いて)あぁ、はい」
店員の声「(相席相手の客に)お客さん、こっち。ごめんなさいねぇ、相席になっちゃうけど」
   案内され美鈴のもとに来る諏訪。
美鈴「! えっ……諏訪君!?」
諏訪「! ……美鈴!?」
美鈴「うそっ、北海道にいたんじゃなかったの?」
諏訪「この前まではね。十月からこっち戻って来たんだ」
美鈴「そうだったんだ!」
諏訪「今日たまたまこの近くに用があって。この近くで働いてんの?」
美鈴「うん」
諏訪「そうなんだ」
美鈴「アパレル関係の仕事」
諏訪「え? 美鈴が? じゃあ、デザインとかもしてるの?」
美鈴「いや、そんなんじゃないよ。わたしはオフィスワークっていうか、事務だから」
諏訪「そうなんだ」
美鈴「諏訪君は? 研究やってるの?」
諏訪「うん。大学院出た後は、遺伝子関連の研究してるよ」
美鈴「へーすごいね。ちゃんと夢叶えたんだ」
諏訪「叶えたっていうか、まだその途中? でもびっくりしたなぁ。まさかこんなところで会うとは」
美鈴「本当だよね。こんなことってあるんだね」
  ×  ×  ×
美鈴「変わんないね」
諏訪「え?」
美鈴「嫌いなもの最後に食べるところ」
   諏訪の皿にトマトが残っている。
諏訪「なんだよ。食べてる最中にこの世が終わったらどうすんだよ」
美鈴「それもう何回も聞いた」
   顔を見合わせ笑う美鈴と諏訪。

○『××デザイン』オフィス(夕方)
   突然雨が降って来る。
   窓の外を見つめる美鈴。

○道(夕方)
   慌てて雨宿りをする諏訪。軒下から空を見上げる。

○『照心社(しょうしんしゃ)』(夕方)
   神社に、傘を差した諏訪がやって来る。門には『照心社』の文字。
   奥まで進む諏訪。
   池があり、古びた看板に『心池(こころいけ)』と記されている。

○(回想)小学校・教室『2年1組』
   女性教師(30代)が、
教師「はい、今日は新しいお友達が来てくれています」
   教室に入って来る美鈴(8)。
教師「じゃあ、ご挨拶できるかな?」
美鈴「門脇美鈴です。よろしくお願いします」
教師「じゃあ、美鈴ちゃんは、和翔君の隣の席に座ろっか」
   驚いた様子の諏訪(8)。
   隣の席に座る美鈴。
美鈴「よろしくね」

○(回想)同・廊下(夕方)
   ランドセルを背負った美鈴。
諏訪「ねぇ」
   後ろから呼び止める諏訪。
   振り返る美鈴。
諏訪「なぁ、今からこの街紹介するよ」
美鈴「えっ?」
諏訪「ついて来て!」
   走り出す諏訪。
美鈴「え、ちょっと! ちょっと待って!」
   追いかけていく美鈴。

○(回想)『照心社』(夕方)
   『心池』の前に来る諏訪と美鈴。
諏訪「この池、『心池』って言うんだ」
美鈴「ココロイケ?」
諏訪「この池に虹が映った時に池を覗くと、本当の自分が映るんだってさ」
美鈴「本当の自分?」
   池を覗き込む美鈴。美鈴の顔が映っている。
   首をかしげる美鈴。

○『照心社』(夕方)
   『心池』に雨の波紋が広がる。
   ぼやぼやの諏訪の顔が映っている。

○(回想)道
   雨上がりの水たまりを踏みつけながら走る美鈴の足。空に虹がかかっている。

○(回想)『照心社』
   息を切らした美鈴が『心池』の前で立ち尽くしている。
   虹は消えている。
   走って来る諏訪。顔を見合わせ思わず笑う美鈴と諏訪。

○(回想)道(夕方)
   小さな傘が二つ並ぶ。
諏訪「出てからじゃ遅いんだよ」
美鈴「分かってる!」

○(回想)『照心社』(夕方)
   ランドセルを背負った美鈴と諏訪が、神社で雨宿りしている。
美鈴「雨、やまないね……」
諏訪「やまないね……」
   雨が降る空を見上げる美鈴と諏訪。

○『照心社』(夕方)
   雨が降る空を見上げる諏訪。
   『心池』を後にする。

○『××研究所』研究室(夕方)
   薬品がぽとりと落ち、広がる波紋。
   斎藤楓(36)が実験をしている。
   研究室に入って来る諏訪。
諏訪「お疲れ様です」
楓「お帰り。遅かったじゃん」
   タオルで服を拭いている諏訪。
楓「急に降ってきたよね。天気予報なんて、所詮人間のあがきみたい」
諏訪「今日、偶然知り合いに会ったんですよ」
楓「そうなんだ」
   諏訪の様子を窺い、
楓「幼馴染み? 小学校からの」
諏訪「えっ……!?」
楓「人の出会いって、たぶん必然なんだと思うよ。出会わないといけない人には必ず出会う。たとえどんなに避けたとしても、きっとどこかで出会う」
諏訪「……」
   微笑む楓。

○諏訪の家(アパート)(夜)
   部屋の明かりが既に付いている。

○同・玄関(夜)
   鍵を開ける諏訪。
   寺本優希(ゆき)(28)が出迎える。
優希「おかえりー」
諏訪「来てたんだ」
優希「当たり前でしょ? せっかく会えるようになったんだから」
   諏訪に合鍵を見せつける優希。
   微笑む諏訪と優希。

○同・部屋(夜)
優希「ねぇ、わたし達って、神様に何度もイタズラされてると思わない?」
諏訪「え?」
優希「だって、何度も引き離されてる。家が向かいだったのに行く小学校が別だなんて」
諏訪「変な区分けだったよな」
優希「せっかく中、高と一緒になったのに、今度は北海道の大学行っちゃうし」
諏訪「それは……。でも、今またこうやって会えたじゃない」
   諏訪に抱き付く優希。

○美鈴の家・美鈴の部屋(夜)
   ほどけた黄色の毛糸をいじっている美鈴。
   携帯電話にメールが入る。『竹下崇』の文字。
   浮かない表情の美鈴。

○映画館・ロビー
竹下「いい映画だったね」
美鈴「うん……」
竹下「まさか、あそこで再会するなんて」
美鈴「再会ねぇ……」
竹下「美鈴?」
美鈴「……ん?」
   美鈴の携帯電話にメールが入る。
   メールを開き、目を丸くする。
諏訪の声「突然ごめん。今度会って話せないかな」
   動揺する美鈴。
竹下「美鈴? どうかした?」
美鈴「(首を横に振り)ううん。何でもない。お昼どうしよっか」

○美鈴の家・美鈴の部屋
   鏡で自分の身なりをチェックする美鈴。

○喫茶店
   店内に入る美鈴。諏訪のいる席へ。
美鈴「話って……何かな……?」
   ドキドキする美鈴。
諏訪「うん。ちょっと、相談したいことっていうか……」
美鈴「……?」
諏訪「美鈴、優希と連絡とってたりする?」
美鈴「え? 優希? いやぁ……高校卒業してからは全然かな」
諏訪「そっか……」
美鈴「(恐る恐る)何で?」
諏訪「いやー実はさぁ、俺今優希と付き合ってて」
美鈴「(呆然と)……」
諏訪「いやーなんかごめん。知ってるかなって思ってたからさ」
美鈴「(動揺して)……」
諏訪「高校の卒業式の日に付き合うことになってさ。まぁ、ほぼずっと遠距離みたいな感じになっちゃってたんだけど。こっち戻って来たし、ずっと待たせちゃってるから……ぼちぼち結婚でも? って」
美鈴「……」
諏訪「ほら、美鈴、優希と仲良かったし、優希がなんか言ってたりするのかなって……。美鈴にもこうやって再会できたわけだし」
   美鈴の様子を見て、
諏訪「なんか、ごめん……」
美鈴「何で……何で謝るの……?」
諏訪「いや、それは……」
美鈴「(強がって)へーいいんじゃない? お似合いだと思うよ。(笑顔で)全然知らなかったなー。でもそれってわたしに相談することかな」
諏訪「……」
美鈴「あっ、勘違いしないでよ? わたしだってお付き合いしてる人いるし」
諏訪「そうなんだ」
   沈黙。
美鈴「わたし、帰るね」
   席を立つと店を出る美鈴。

○道
   足早に進み、やがて走り出す美鈴。
   目から涙が溢れる。

○美鈴の家・美鈴の部屋
   黄色の毛糸をゴミ箱に勢いよく捨てる美鈴。ベッドに倒れ込む。
   倒れた拍子にベッドにあった編み針が下にあった鞄の中に入る。
  ×  ×  ×
   ベッドから起き上がる美鈴。
   お腹が鳴る。

○道
   コンビニの袋を持った美鈴が、とぼとぼと歩いている。
   前から男の子(8)と母(30代)が歩いて来て、すれ違う。
母の声「帰ったら三時のおやつにしようか」
男の子の声「うん! お母さん、見て見て! 虹が出てるよ!」
母の声「え? ホントだ。虹みたいだね」
   思わず足が止まり、振り返る美鈴。
美鈴「(空を見て)彩雲……」
   突然走り出す美鈴。

○(回想)高校・理科室
   光の波長や可視光について黒板が書かれている。
美鈴「(はしゃいで)虹ができるのは雨の後とは限らないんだよ!」
   嬉しそうに諏訪(18)を見る美鈴(18)。優希(18)が、
優希「(笑いながら)何? 美鈴、まだあんな伝説信じてるの?」
美鈴「え……」
優希「あんなの嘘に決まってんじゃん? (諏訪に向かって)本当だったなんて話聞いたことないよね?」
諏訪「(濁しながら)まぁ……」
   がっかりする美鈴。

○道
   走る美鈴。
美鈴の声「知りたいの。本当の自分を」

○『照心社』
   息を切らしやって来る美鈴。
   空にはまだ彩雲が出ている。
   深呼吸をすると空を映す『心池』を覗き込む。
   今の美鈴の顔が映る。
   がっかりした瞬間、水面に映る顔が高校生の美鈴に変化する。
美鈴「あっ!」
   驚きのあまり足を滑らせ、池に落ちる美鈴。コンビニの袋だけが池の外に取り残される。

○水中
   泡がぶくぶくぶく――暗転。

○『照心社』
   『心池』の前で倒れている美鈴。
   コンビニの袋はない。
   目を覚ます美鈴。
美鈴「……?」
   『心池』を覗きもむ美鈴。今の美鈴が映っている。
   彩雲は消えている。
   歩き始める美鈴。

○美鈴の家の前
   美鈴が歩いてくると、前からもう一人の美鈴が、諏訪と手を繋ぎ歩いてくる。
   慌てて隠れる美鈴。
美鈴「どういうこと!? (パニック)」
   恐る恐る様子を見る美鈴。
   もう一人の美鈴と諏訪が美鈴の家へ入っていく。
   後から追いかけ、裏庭に回る美鈴。

○美鈴の家・裏庭
   窓から薄っすらリビングの様子が見える。
   門脇誠(59)と門脇幸子(58)がもう一人の美鈴と諏訪に会っている。

○同・リビング
諏訪「お父さん、わたしに娘さんを下さい」
  ×  ×  ×
美鈴「(裏庭で動揺し)……!」
  ×  ×  ×
誠「諏訪君のことは昔からよく知っている。ここへ引越ししてきた頃、最初にできた友達だと美鈴が話してくれたもんだ」
   頷く幸子。
誠「美鈴を幸せにしてやってくれ」
諏訪「ありがとうございます!」
もう一人の美鈴「(歓喜あまり)よかったぁ。カズ君!」
誠「さぁ、今日はお祝いだ。母さん、ワインを持ってきてくれ」
幸子「(笑顔で)はい」
  ×  ×  ×
美鈴「(裏庭で呆然と)……」
  ×  ×  ×
   楽しそうな団らんの様子を横目に、呆然と歩き始める美鈴。
美鈴の声「どういうこと……何で? 何でわたしが居るの? 美鈴はわたしなのに……」

○『照心社』
   再び戻ってきた美鈴。
   『心池』を呆然と見つめる。
諏訪の声「(8歳の諏訪が)この池に虹が映った時に池を覗くと、本当の自分が映るんだってさ」
美鈴「本当の自分?」
神主の声「曲者!」
   突然背後から何か投げつけられる美鈴。
   振り返ると、恐ろしい形相をした男性神主(56)が山盛りの塩を持ち立っている。
美鈴「……!」
   塩を美鈴に投げつける神主。
神主「曲者! 曲者!」
美鈴「ちょ……ちょっと……! もう何なんですか!」
神主「そなたは、この世の者ではないな」
美鈴「……」
   祝詞を唱え始める神主。
美鈴「何なんですか? わたし門脇美鈴です」
神主「(美鈴を凝視して)わたしの知る美鈴ちゃんではないな?」
美鈴「へっ……」
   神主が美鈴の顔を覗き込む。
美鈴「わたしって……わたしじゃないんですか……」
神主「……!」
美鈴「まさか、死んでる……?」

○『照心社』・室内(夕方)
神主「ほぉ、それで池に落ちたと」
美鈴「はい、わたしの中ではそう記憶してるんですけど」
神主「んー」
美鈴「あの、『心池』の伝説って……」
神主「うん、そういう言い伝えはある。しかし、それで別の世界に来てしまったという話は聞いたことがない。みんな七不思議くらいにしか思ってないのが現実でねぇ」
美鈴「そうですか」
神主「高校生の自分が映ったというのは、何か今の君に影響を与えているのかな?」
美鈴「心当たりは、ないんですけど……」
神主「しかし、この世界は君の知る世界とは異なっているということか」
美鈴「はい……」
神主「うん。今日は疲れたろう。まぁ、とりあえずここでゆっくりしていきなさい」
美鈴「あの……わたし、生きてるんでしょうか? 戻れるんでしょか?」
神主「……。調べておくよ」
   神主が立ち去る。

○『照心社』(夜)
   『心池』に月が映っている。

○『照心社』・室内(早朝)
   目を覚ます美鈴。
美鈴「夢じゃないんだ……」
   部屋をそっと出る美鈴。

○美鈴の家・玄関(早朝)
   鍵を取り出し鍵穴に入れる。
   鍵が開く。驚く美鈴。
   そっと音をたてないように中へ。

○同・美鈴の部屋の前(早朝)
   部屋の前まで来る美鈴。ノックをする。

○同・美鈴の部屋(早朝)
   ベッドにもう一人の美鈴が寝ている。
もう一人の美鈴「(寝ぼけながら)……ん? 誰……?」
美鈴の声「あの……美鈴さん居ますか?」
もう一人の美鈴「(寝ぼけながら)美鈴……?」
美鈴の声「失礼します」
   美鈴が入って来る。
   もう一人の美鈴が目を開ける。
もう一人の美鈴「きゃーーーーー!」
美鈴「あっ、あの……」
もう一人の美鈴「来ないでよ! 来ないで!」
美鈴「あの、ちょっと話を聞いて……」
もう一人の美鈴「(被せて)近づかないで!」
   手当たり次第に物を取り美鈴に投げつけるもう一人の美鈴。
もう一人の美鈴「誰よあんた!」
美鈴「わたしも美鈴なの!」
もう一人の美鈴「わたしが美鈴なの!」
   部屋の中で追いかけっこになる二人。

○『照心社』・室内
もう一人の美鈴「(首をかしげて)はい?」
美鈴「だから、池に落ちて目が覚めたら……」
もう一人の美鈴「(被せて)伝説が本当だって?」
美鈴「……」
もう一人の美鈴「美鈴が二人って、何?」
   古文書を持って入って来る神主。
神主「あった! あったぞ!」
   美鈴の前に古文書を広げ、
神主「『心池』は、自分の想いを映し出す池。虹が空にかかった時、池に本当の自分の心が映し出されると記されている。この神社は、人の心を照らし出す神社だ」
美鈴「……」
神主「つまり、ここは美鈴ちゃんが想い描いている世界だ」
美鈴「ここは現実世界じゃない……?」
神主「どれが現実の世界かなんて誰にも分からない。少なくとも、わたし達はこの世界に生きているし、わたし達にとってはここが現実の世界なんだ」
もう一人の美鈴「別の世界のわたし……?」
美鈴「あの、帰り方は?」
神主「うん。つまりは虹に照らされ、池という空間から落ちて別の世界に来てしまったわけだ。だから、もう一度同じ条件になった時『心池』から帰れる」
美鈴「それって、もう一度池に落ちるってことですか?」
神主「来たとこからしか、帰れない」
美鈴「……」
もう一人の美鈴「虹を作るっていうのは?」
神主「うん。しかしそれだとちょっと違う。偶然が重なり、自然にできた虹じゃないといけない」
   がっかりするもう一人の美鈴。
神主「それと、美鈴ちゃん? 帰る時は元の世界に戻りたいと強く願う必要がある」
美鈴「え?」
神主「本当の自分は、本当になりたい自分は、元の世界の自分だと」
美鈴「……」

○美鈴の家・美鈴の部屋(夕方)
美鈴「ごめんね、なんか」
もう一人の美鈴「いや、事情が事情だし。てか、あなたもわたしだから……?」
美鈴「ありがとう」
もう一人の美鈴「ねぇ、美鈴の居る世界と、わたしの居る世界って……どう違うの?」
美鈴「結婚……するんだよね。諏訪君と」
もう一人の美鈴「え?」
美鈴「わたしの居る世界ではね、諏訪君は……もうすぐ別の人と結婚するの」
もう一人の美鈴「え! そうなの?」
美鈴「(頷いて)優希って覚えてる?」
もう一人の美鈴「あぁ、優希。あの、カズ君の家の向かいに住んでたっていう?」
美鈴「そう。優希と諏訪君が結婚するの……」
もう一人の美鈴「こっちでは、優希はもう結婚してるよ。どっかの社長さんだったかな? ……優希、カズ君のこと好きだったんだね」
美鈴「わたしはね、別の人と付き合ってるの」
もう一人の美鈴「(驚いて)……」
美鈴「竹下さん。会社の先輩の」
もう一人の美鈴「竹下さん(頷く)」
美鈴「わたしも幸せになれると思ってた。ついこの前まで思ってた。何も知らなかったら……」
   西日が眩しく美鈴を照らす。
美鈴N「その日からわたしは、再び虹が出るのを待った。来る日も来る日も。あの頃と同じように」

○『照心社』
   神社の木々の枯葉がひらひら落ちる。

○美鈴の家・美鈴の部屋
   カレンダーが十一月を示している。
もう一人の美鈴「(ため息)もう! 一体いつまで居るの?」
美鈴「いつって……帰れるんだったら、とっくに帰ってるよ!」
もう一人の美鈴「言っとくけど、ここはわたしの家だからね!」
美鈴「(小声で)わたしの家でもあるでしょ」
もう一人の美鈴「はぁ? それと、わたしから取ろうだなんて思わないでね」
美鈴「取る? 信じられない。わたしがそんなことをすると思ってるの?」
もう一人の美鈴「今日はこれから式場の打ち合わせなの。もう、美鈴にも構ってられない」
美鈴「それは……」
もう一人の美鈴「顔が同じでも、あなたはよそ者。カズ君と同じ時を生きてないんだから!」
   もう一人の美鈴の携帯電話が鳴る。
もう一人の美鈴「もしもしカズ君? え? 今から? ちょ……分かった!」
   電話を切ると美鈴に、
もう一人の美鈴「美鈴出てって……。今からカズ君ここに迎えに来るって。あなたが居たらおかしなことになるでしょ?」
美鈴「……ごめん。(出て行こうとしながら)でも、これだけは言わせて。わたしだって美鈴なの。だから、わたしは誰よりもわたしの気持ちを分かってる」
もう一人の美鈴「……」
美鈴「せめて、この世界の美鈴には幸せになってもらいたいって思ってる。思ってるから」
   部屋を出て行く美鈴。

○『照心社』
   『心池』の前で静かに泣く美鈴。
美鈴の声「何故、この世界に来てしまったのだろう。どうしてこれが、わたしの望んだ世界なのだろう」

○『照心社』(別の日・夕方)
   雨が降っている。
   『心池』の前で傘を差している美鈴。
   後ろから傘が近づく。
諏訪の声「美鈴?」
   驚き振り返る美鈴。諏訪が立っている。
諏訪「どうしたの? こんなところで」
美鈴「あ、いや……」
   戸惑い、その場から逃げ出そうとする美鈴。
   美鈴の腕を掴む諏訪。
諏訪「昔、雨が降った時、一緒にここに来たよな」
美鈴「……」
諏訪「雨の日に虹が出るのを待ち伏せしてさ」
美鈴「……」
諏訪「(笑って)でも結局、雨がやまなかった」
美鈴「諏訪く……カズ君は、この池の伝説ずっと信じてた?」
諏訪「信じるも何も、俺が教えたんじゃん」
美鈴「そうだけど……」
   諏訪に背を向けて、
美鈴「カズ君は、どうして、わたしと付き合ってくれたの? どうして結婚してくれるの?」
諏訪「え?」
美鈴「だって、だってカズ君には……」
諏訪「嬉しかったんだよ、お前がマフラーくれたから」
美鈴「(衝撃を受けて)……!」
諏訪「(笑って)ぶちゃけさ、美鈴マフラーなんて編めないと思ってたから。でもちょっと期待してて、だからマジで嬉しかった」
   美鈴の目から涙が溢れる。
諏訪「今の俺らには、もうこの池は必要ないのかもな」
美鈴「……」
諏訪「だって俺らは本当の心を知っている。結婚するじゃん。ずっと待たせてごめんな」
   後ろから諏訪が美鈴を抱きしめる。
   地面に落ちる傘。雨に濡れる二人。
   泣き崩れる美鈴。
美鈴の声「本当は分かっていた。本当の自分の心を映し出すものがなくたって。押し殺して、気付かないふりして……ごめんね、美鈴」

○美鈴の家・美鈴の部屋
美鈴「そっか、クリスマスに結婚式かぁ」
もう一人の美鈴「そう! 素敵でしょ! まぁ、美鈴を招待したいところだけど……見つかるわけにいかないからねぇ?」
美鈴「ねぇ、美鈴……諏訪君にマフラー編んであげたことある?」
もう一人の美鈴「ある! あの黄色いマフラー?」
美鈴「(頷いて)うん」
もう一人の美鈴「もうドキドキだったんだよねー。作るのも大変だったし、あげるのも勇気いったし」
美鈴「誕生日?」
もう一人の美鈴「うん、誕生日にあげたよ。(美鈴の様子を見て)……?」
美鈴「そっか……」
もう一人の美鈴「えっ?」
美鈴「わたしね、あげれなかった。編んだけど、渡すことができなかった……」
もう一人の美鈴「……!」
美鈴「わたし分かった気がするの、人生の分岐点。そこだったんだよ」
もう一人の美鈴「……」
美鈴「馬鹿だよねー。そりゃね、マフラーだけで何もかも変わるなんてことはないと思うよ。でも……あの日『心池』にはね、映ってたの。高校生のわたしが」
   突然激しい雨が降り始める。
   窓の外を見る二人。
もう一人の美鈴「通り雨?」
   雲の切れ間が見える。
もう一人の美鈴「美鈴、もしかしたら虹出るかもしれないよ!」

○同・玄関
もう一人の美鈴「戦隊ものの世界にはヒーローがいて、わたし達を敵から守ってくれる。でも、あなたの世界には?」
美鈴「……?」
もう一人の美鈴「過去は変わらなくても、今は変えていける。自分以外はみんな敵。自分を守れるのは、自分だけ。あなたは自分のヒーローになれる?」
   美鈴に傘を差しだす、もう一人の美鈴。
   傘を受け取る美鈴。

○道
   水たまりを踏みつけながら走る美鈴の足。
   小降りになっていく雨。

○『照心社』
   太陽の光が差し、大きな虹がかかる。
   『心池』の前で空を見上げる美鈴。
神主の声「虹だ! (外へ飛び出してくる)」
   深呼吸をし、意を決する美鈴。
   池を覗くと、高校生の美鈴が一瞬映った気がする。
美鈴「……!」
もう一人の美鈴の声「(息を切らし)美鈴!」
   振り返る美鈴。
   息を切らしたもう一人の美鈴がいる。
もう一人の美鈴「(美鈴のコートのポケットに何かを詰め)プレゼント!」
美鈴「えっ?」
もう一人の美鈴「じゃあね、美鈴。自分のヒーローになってあげなよ!」
神主「達者でな」
美鈴「(頷いて)ありがとう。会えてよかった。(もう一人の美鈴を見て)結婚、おめでとう! 結婚式行けなくてごめんね」
   首を横に振るもう一人の美鈴。
美鈴「さようなら!」
   虹の映る『心池』を覗く。
   今の美鈴が映る。飛び込む美鈴。

○水中
   泡がぶくぶくぶく――暗転。

○『照心社』(池に落ちた時と同日時)
   『心池』の前で倒れている美鈴。
   コンビニの袋が落ちている。
美鈴「(目を覚まし)……!」
   携帯電話を見ると十五時過ぎ。
美鈴「(コンビニの袋を触り)あったかい」
   『心池』を覗き込む美鈴。今の美鈴が映っている。
   彩雲は消えている。
美鈴「夢……?」
   膨らんだポケットに手を伸ばす。
   黄色の毛糸が入っている。
美鈴「この毛糸って、残りの……」
   携帯電話に諏訪からメールが入る。
   『今日はごめん。自分でよく考えるよ』とある。
美鈴「(メールを見て)……」

○遊園地
   十一月。諏訪と優希がデートしている。
諏訪「寒くなってきたな」
   袋から黄色のマフラーを取り出す諏訪。
   マフラーには虹色の毛糸で二重らせんの模様が入っている。
諏訪「ジャーン!」
優希「(驚き)……! そのマフラー」
諏訪「(笑顔で)ずっと大切にしてたんだ」
   少し顔が引きつる優希。

○同・観覧車前(夕方)
優希「ねぇ、次、観覧車乗ろっ!」
諏訪「(笑顔で)うん」
   諏訪の携帯電話が鳴る。
   画面に『斎藤楓』の文字。
諏訪「悪い、職場から電話だわ。(電話に出て)はい、諏訪です。お疲れ様です」
   話ながら優希の前から離れる。
  ×  ×  ×
優希「やめてください!」
   若い男(20代)二人が、優希にちょっかいをかけている。
   戻って来る諏訪。
諏訪「おい! 何やってんだ! 手を離せ!」
優希「カズ君!」
   男ともみ合い、その拍子にマフラーが引っかかりほつれる。
   ブチッ。
  ×  ×  ×
   薬品の入った試験官が床に落ち割れる。
楓「もう……」
  ×  ×  ×
   立ち去る男二人。
優希「ありがとう……」
諏訪「(マフラーを見て)あ……」
優希「もういいじゃん。そんな古いの。下手くそだし……新しいの買ってあげるよ」
諏訪「じゃあ、また新しいの、編んでよ」
優希「(困って)……」
諏訪「……?」

○美鈴の家・美鈴の部屋(夜)
   携帯電話の画面を開いている美鈴。
   『寺本優希』と書かれたページ。
   ため息。ベッドに倒れ込む。

○道
   歩いている美鈴。
   反対の道に諏訪の姿を見つける。
美鈴「あっ! (手を振りながら)諏訪君!」
   目の前を大きなトラックが通過。
   視界が開けると諏訪の前に優希がいる。
美鈴「……」
   笑顔の優希が諏訪と手を繋ぎ、歩き始める。
   落ち込む美鈴。
美鈴の声「人は幸せを知ってしまうと、不幸に戻れない。不幸な生き物だ」
   とぼとぼ歩き始める美鈴。

○レストラン(夜)
優希「こういうところで二人で過ごすの、なんか新鮮な気がする」
諏訪「いつもごめんね。研究室ばっかりで」
   首を横に振る優希。
諏訪「クリスマスイブも実験入りそうでさ」
優希「そっか……」
諏訪「ごめん」
優希「いいよ、全然。仕事なんだし」
   沈黙。
優希「今日、雨降らなくてよかったね」
諏訪「そうだね」
優希「雨ってさ、いろいろめんどくさい。雪だったらロマンチックなのに」
諏訪「でも、雨の後は虹が出るかもしれないじゃん?」
優希「(笑いながら)ごく稀にね」
諏訪「俺、こっち戻って来てから、久々にあの神社行ったんだよね」
優希「えっ?」
諏訪「『照心社』。ほら、あの『心池』のある」
優希「あぁ」
諏訪「(笑いながら)まぁ、虹は出なかったんだけどね」
優希「そんな話もあったよね。懐かしい。子供騙しだったんだろうね、あれって」
諏訪「……」

○美鈴の家・美鈴の部屋(夜)
   十二月のカレンダーを見つめている。

○レストラン(クリスマスイブ・夜)
   食事をする竹下と美鈴。
竹下「最近、元気ない?」
美鈴「(ドキッとして)えっ……」
竹下「忙しくって……なんて言い訳したくないけど。ずっと待たせちゃってたかな」
美鈴「……!?」
竹下「今日はクリスマスイブ。素敵なプレゼントを美鈴にあげたい」
   指輪を取り出す竹下。
竹下「僕と結婚してください」
美鈴「(動揺して)……」
竹下「……?」
美鈴「……あの……ありがとう。でも……ちょっと考えてもいい?」
竹下「……!」

○BAR(同日・夜)
   一人お酒を飲み酔っている美鈴。
  ×  ×  ×
   外を寒そうに歩く諏訪。
   BARに美鈴の姿を見つける。
  ×  ×  ×
   諏訪が入ってくる。
諏訪「美鈴?」
美鈴「(振り返って)え……?」
諏訪「びっくりしたぁ。どうしたんだよ、こんなとこで」
美鈴「どうしたんだろ?」
諏訪「ちょっと飲み過ぎなんじゃないか? (バーテンダーに)同じので」
美鈴「そっちこそ、どうしてこんなとこ」
諏訪「いやぁ、実験がさ、長引いちゃって。全く困るよこんなイブの日になぁ?」
美鈴「……」
諏訪「彼氏……一緒じゃないの?」
美鈴「……。わたしね、プロポーズされたの。(笑いながら)プロポーズ」
諏訪「すごいじゃん! おめでとう!」
美鈴「何でおめでとう?」
諏訪「えっ……だって結婚するってことでしょ?」
美鈴「分かんない。分かんないよ……もう」
諏訪「えっ、まさか断ったの?」
美鈴「分かんない」
諏訪「……!?」
美鈴「早く帰りなよ。もっと大切な人が待ってるんでしょ?」
諏訪「……」
   へらへら笑う酔っ払った美鈴。

○道(同日・深夜)
   美鈴をおぶった諏訪が歩いている。
諏訪「(ため息をつき)美鈴、どうすんだよ」
美鈴「(酔いつぶれて)……」
諏訪「何があったか知らないけどさぁ」
美鈴「……」
諏訪「家ってどこだっけ?」
美鈴「(眠りながら)虹が綺麗だね……」
諏訪「(足をとめて)えっ?」
   美鈴の寝顔を見て少しドキッとする。
美鈴「(眠りながら)幻は一瞬でもプレゼント」
諏訪「えっ? なんて?」
美鈴「(眠りながら)幻……幻だったけど、プレゼント……」
諏訪「(少し考えた表情で)……?」

○街(クリスマス・早朝)
   鳥のさえずり。
   クリスマスツリーのある街並み。

○結婚式場(美鈴の見ている夢の中)
   ウエディングドレス姿の美鈴が立っている。
   隣にいる新郎の顔が眩しくて見えない。
   微笑む美鈴。

○諏訪の家・部屋(早朝)
   目を覚ます美鈴。驚いて飛び起きる。
美鈴「結婚式! えっ? (パニックで)えっ……!」
   慌てて部屋を飛び出す。

○同・リビング(早朝)
   リビングで諏訪が眠っている。
美鈴「(真っ青になり)……!」

○同・部屋(早朝)
   慌てて部屋に戻る美鈴。
美鈴「(慌てふためき)うそ……何で! 昨日……!」
   ふと、黄色のマフラーを見つける。
美鈴「(動揺して)これって……何でこのマフラーがここにあるの?」

○(回想)高校・教室
優希「あげないの?」
   美鈴の手には、黄色のマフラー。
美鈴「いいよ、やっぱり」
優希「せっかく作ったのに? 誕生日プレゼントなんでしょ?」
美鈴「(強がって)ほら、わたしこんなの編むような柄じゃないでしょ?」
優希「好きなんじゃないの?」
美鈴「……そんなんじゃ、ないから」
   ゴミ箱にマフラーを捨てようとする美鈴。
優希「なら、わたしが貰っちゃおっかな」

○諏訪の家・部屋(早朝)
   マフラーを見つめている美鈴。
美鈴「(マフラーを手に取り)ほつれてる……」
   毛糸を引っ張るとマフラーが少しほどける。
美鈴「……」
   コートのポケットに手を入れる。
   黄色の毛糸が出てくる。
美鈴「美鈴……」
   慌てて編むものを探す美鈴。
美鈴「持ってるわけないか」
   自分の鞄に目をやる美鈴。
   鞄に編み針を見つける。
美鈴「何でこんなところに……」
   マフラーを編み直し始める美鈴。
美鈴「(マフラーを編みながら)結婚式かぁ。……別にね、竹下さんのこと嫌なわけじゃないんだよ。きっと結婚しても幸せになれるの……」
  ×  ×  ×
   元の姿に戻るマフラー。
美鈴「(マフラーを見つめ頷き)……」
   諏訪の部屋を出る美鈴。

○『××研究所』研究室
諏訪「え、じゃあ結局、昨日帰んなかったんですか?」
楓「そう。(諏訪の顔を見て)独り身は孤独ですねーって顔してる」
諏訪「そんなこと……」
   楓がほつれたセーターをいじる。
   それが気になる諏訪。
楓「これねー結構気に入ってたんだけど。引っかけちゃって」
諏訪「あぁ」
楓「ほどけて嬉しいのは、DNAと誤解だけね」
諏訪「……。あの……先輩」
楓「ん?」
諏訪「プロポーズされても、辛いってこと……あるんですかね」
楓「それ、わたしに聞く?」
諏訪「ですよね」
楓「それはもっと失礼」
諏訪「すみません」
楓「彼女にプロポーズしたの?」
諏訪「いや、俺じゃなくて……。いや、俺も……まぁいろいろとあって……」
楓「(首をかしげて)……?」
諏訪「俺の幼馴染みが……」
楓「結婚ってさ、それが最後の恋ってことじゃない?」
諏訪「……」
楓「その子はそれを最後にしたくなかった……とかね?」
諏訪「(考えた様子で)……」
楓「その子ってどんな香りがするんだろ」
諏訪「えっ? 香り? (呆れて)それって、HLA遺伝子の話ですか?」
楓「そうだけど? みんな必死こいて、合コンだの婚活パーティーだの。行く前に遺伝子でも調べて、型を知ってから付き合いたいものね」
諏訪「そんなの恋愛って言いませんよ」
楓「そうかしら? その方が別れる確率は減ると思わない?」
諏訪「……」
楓「ほら、わたし鼻炎だし、型調べた方が早いと思うの」
諏訪「先輩、動物みたいですね」
楓「あら、所詮わたし達は動物よ? 変に頭だけ発達して、答えが分からなくなる生き物。きっと本能は答えを知っている」
諏訪「……」
楓「諏訪君がそこまで気になる子は、どんな子なんだろう?」
諏訪「……!」

○諏訪の家・部屋(夜)
   部屋に入って来る諏訪。
   ふと、マフラーに目をやる。
諏訪「(手に取って)あれっ? 直ってる! 優希……?」

○『××研究所』研究室
   慌ただしく実験をしている諏訪。

○美鈴の家・美鈴の部屋
   電話をかける美鈴。
アナウンス「留守番電話に接続します」
美鈴「美鈴です。この前は迷惑かけてしまってごめんなさい。何も言わずに帰ってごめんなさい。わたし……今日プロポーズの返事をしてきます……」
   唇を噛み締めて、
美鈴「諏訪君、今までありがとう。あのマフラー……大切にしてくれてたんだね。嬉しかった。すごく嬉しかった……。もう一度会えてよかった……」

○『××研究所』研究室(夕方)
   実験を一区切りさせ、やって来る諏訪。
楓「人の敵って、人だと思わない? どこか生態系の頂点だと思ってるけど。最後は自分で滅びて行く」
   置いてある荷物とマフラーを見て、
楓「あれ? お気に入りのマフラーって」
諏訪「あぁ、はい。高校の卒業式の日に彼女から貰ったんです。誕生日に渡せなかったって」
楓「幸せの黄色いマフラーか」
   マフラーを手に取る楓。
諏訪「この前ほつれちゃって。でも直してくれたみたいで」
楓「へー、このマフラー二重らせん構造なんだ」
   諏訪に虹色の毛糸で編まれた二重らせん模様を見せる楓。
諏訪「……!」
楓「結婚、するの?」
諏訪「へっ……」
楓「(虹色の毛糸を見て)大切なものって、虹みたいにすぐ消えてしまうから。そこにある時に掴んでおかないと。わたしみたいにならないようにね」
諏訪「……!」
   研究室を出て行く楓。
   携帯電話に留守番電話が入っていることに気が付く諏訪。
   再生ボタンを押す。

○『照心社』(夕方)
   『心池』の前で池に語り掛ける美鈴。
美鈴「美鈴、わたし、わたしのヒーローに少しはなれたのかな? あのマフラーね、諏訪君の手に渡ってたの」
  ×  ×  ×
   静かに耳から携帯電話を下ろす諏訪。
  ×  ×  ×
美鈴「わたしの世界の諏訪君もマフラーを大切にしてくれてた。それを知ってね、少し救われた気がした」

○道(夕方)
   マフラーを手に走る諏訪。
美鈴の声「でもなんだろう。会えなければ忘れていけるのに、忘れていたのに……。会えたらね、たまらなくなるの。どうしたら、虹みたいに消えていけるんだろう」

○(回想)高校・屋上
諏訪「俺さ、北海道の大学行こうと思ってるんだよね」
美鈴「えっ……」
諏訪「研究者になりたいなって思ってて」
美鈴「……」
諏訪「美鈴には言っとこうと思って」
美鈴「(強がって)北海道かぁー。寒いのかな? じゃあ、誕生日にマフラー編んであげようか?」
諏訪「(笑って)編めるのかよ」
美鈴「編めるよぉ。じゃあ、諏訪君が好きなDNA構造入れてあげるよ」
諏訪「なんだよそれ」
美鈴「(笑顔で)二重らせん?」
諏訪「はぁ? (笑顔で)期待しないで待っとくわ」

○道(夕方)
   必死に走る諏訪。

○『照心社』(夕方)
   『心池』の前にいる美鈴。
諏訪の声「美鈴!」
   振り返る美鈴。
   息を切らした諏訪がいる。
美鈴「……!」
諏訪「ここにいた……」
   戸惑い、その場から逃げ出そうとする美鈴。
   美鈴の腕を掴む諏訪。
諏訪「行かないでくれ!」
美鈴「……!」
諏訪「マフラーありがとう」
美鈴「(動揺して)ほつれた……やつ?」
諏訪「俺のために誕生日プレゼントをありがとう」
美鈴「……!」
諏訪「美鈴だったんだよな……」
美鈴「(動揺して)……」
諏訪「美鈴だったんだよ……なのに……なのに俺……」
   美鈴の目から涙が溢れる。
諏訪「嬉しかった、お前がマフラーくれて」
美鈴「……」
諏訪「ぶちゃけさ、美鈴マフラーなんて編めないと思ってたから。でもちょっと期待してて」
   泣き崩れる美鈴を抱きしめる諏訪。
  ×  ×  ×
   夜になる。
諏訪「(空を見上げ)あれっ……虹?」
美鈴「(空を見上げて)虹?」
   満月の周りに円状の虹ができている。
   『心池』へ駆けて行く諏訪。
美鈴「あっ、ちょっと! ちょっと待って!」
   追いかけていく美鈴。
  ×  ×  ×
   虹が映る『心池』の水面を覗く諏訪。
諏訪「ん? 変わんない?」
美鈴「……!」
   恐る恐る水面を覗き込む美鈴。
   今の美鈴と諏訪の顔が映っている。
美鈴「……!」
諏訪「(がっかりして)なんだよー伝説ってー」
   微笑む美鈴。
諏訪「何? そんなの信じてたのかって?」
美鈴「(首を横に振り)やっと二人で虹が見れたなって……」
諏訪「(笑顔になり)そうだな」
   空を見上げる美鈴。
美鈴の声「今のわたし達には、もうこの池は必要ないのかもしれない。だって本当の心を知っているから」

END

この脚本を購入・交渉したいなら
buyするには会員登録・ログインが必要です。
※ ライターにメールを送ります。
※ buyしても購入確定ではありません。
本棚のご利用には ログイン が必要です。

コメント

  • まだコメントが投稿されていません。
コメントを投稿するには会員登録・ログインが必要です。