雨降らし 舞台

疫病神と呼ばれ雨に紛れて生きてきた男が、人生の最後に小さな奇跡を起こす。
裸の代償 11 0 0 10/26
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第一稿

街の古い写真館。三脚についたカメラを覗きながら男が喋っている。


光男 笑って。笑って。1足す1はー?にー。…まぁ笑えったって笑えないですよね。大丈夫です。ちょっとずつ慣ら ...続きを読む
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街の古い写真館。三脚についたカメラを覗きながら男が喋っている。


光男 笑って。笑って。1足す1はー?にー。…まぁ笑えったって笑えないですよね。大丈夫です。ちょっとずつ慣らしていきましょう。私、話しかけながら勝手に撮っていくので、気兼ねなく私の質問に答えて下さい。そうですねー、私ね、愛知の豊橋って所の生まれで、何にもない所なんですけどね。新幹線が止まるって事だけが唯一自慢できるところですかね…。お客さんは何処の生まれなんですか?金沢?加賀百万石の?えー、新幹線バンバン通ってるじゃないですか!?東京からの直通も出来て。ねぇ。あとは、加能ガニか。いま丁度時期ですもんね。寒ブリも旬でしたっけ?いいですねー、故郷が有名って。私もね、旅行が好きで何回か行ったことありますよ。ただ、私が行くとね、大概雨降ってるんですよ。まぁ、それがまた奥ゆかしくていいんですけどね。
…はい?ん?自分のせい?何のことですか?雨が降るのがお客さんのせい?…ええ。金沢はよく雨が降るって聞いたことありますけど。雨降らし?晴女とか雨男の類ですか?いやいや、私もなかなかの雨男ですよ。そうじゃない。妖怪かなんかの類ですか?…はいって。(大袈裟に笑う。)見かけによらず、ご冗談がお好きなんですね。…冗談じゃない!?

気付けばそのお客さん、口を開いてなくて。思えばさっきから口詰むんだまま喋ってるんですよね。頭に直接っていうのか、心に直接っていうのか、不思議な体験でしたけど、何かこの不思議な体験がその時には別におかしいと思わなくて、側(はた)から見たら多分ボケた男が一人で喋ってるように見えたんでしょうね。

…で、雨降らしさんは何で写真なんか撮ろうと思ったんですか?残しておきたかった。もうすぐ消えるから。…今は昔。加賀百万石のお殿様がまだご健在でいらした頃、私は…。いやいや待って待って待って下さい!!

私の口が勝手に開いてたんですよね。さっきからずっと。雨降らしの言葉を。ずっと私が喋ってたんです。私が一人で質問して。私が一人で答えてたんです。でもね、その時はやっぱりそれが当たり前というか…。変な体験ですよね。

…皆に可愛がってもらってました。あの頃、まだ傘なんて流行ってなくて、それでも私が金沢に住み着いてるから年がら年中金沢は雨で。だけど、雨神様。雨神様って。農作物がよう育つって皆ありがたがってくれて。そんな私に出来ることは水害が出ないように雨の量を調節する事だけでした。それしか出来ないのに、凄く良くしてくれて。だからね、恩返しにって皆に傘作りを教えたんです。あの頃はまだ今みたいに雨の日に傘なんか差している人はいませんでしたから。でもね、既に傘は野点(のだて)で。…あぁ、外でやる茶会でね、日除けに使ってましたから。だからね、これを使いやすく小さめにしたものを拵(こしら)えて。そしたら皆傘を差すようになって。誰も彼も傘持ってて間違えるからってある時誰かが傘に色を塗り始めたんです。いつの間にやら皆色とりどりの傘を差すようになって。それをお殿様が高い所から見ていたらしいんです。そしたらね、金沢に花が咲きよった。雨降らしは花咲か爺だって。お殿様も気を良くして。私、お屋敷に呼ばれて、そのまま加賀前田家に召抱えてもらったんですよ。この私が。もう涙が出るほど嬉しくて。涙の代わりにその日は雨が一層強く降りました。…そのまま雨の強さは収まらぬまま、一週間の大豪雨。水害です。

M:「十五才 学校IV」また歩き出す

川が氾濫して。人も、傘も、田んぼも、畑も、全部流されて。私の好きな人たち。私の好きな風景。私の好きな…。私の好きな…。私の好きな何もかもが。全部流されて。それから私は疎まれてしまったんです。いっそ私も一緒に流されれば良かったんですが…。
だからね、そのまま家を追い出されたんです。それからは行く先々で疫病神と呼ばれました。私も老いぼれてしまってね。雨の量が調節できなくなったんです。水害が頻繁に起こるようになったんです。私が長くいると水害が起こるんです。最近はもう長く居なくとも一日居座っただけで水害が起こるようになってしまいました。だからね、もう私は消えるんです。この間、たまたま行き着いた土地の子供が、今年はサンタさん来るかなぁって、私に聞くんです。私もね、きっと来るよって答えました。そしたらその子供がね、ここは雪が降らないんだ。だからサンタさんは来れないかもしれないって。サンタさんは雪に紛れて誰にもバレないようにこっそりやって来るんだから。だって雪が足音を消してくれるでしょ?って。私はね、雨に紛れて生きてきましたから。だからね、最後は真っ白な綺麗な雪に紛れてこっそり消えたいんです。それが私の最後の願いです。だからね、最後の最後にね。大仕事をするんです。私が喜んだばっかりに消えてしまった、私の好きな何もかもと一緒に、私も真っ白な雪の中に消えるんです。私もこっそり消えるんです。

パシャリ!!

写真を撮ると雨降らしは跡形もなく消えていました。窓から外を見ると雪が降ってきて。ええ。その日はね、クリスマスだったんです。ほら、これがその時の写真でね…。


いつの間にかそこは老人ホームに変わっている。


女 光男さん?光男さん?お便所行きますよ。

光男 だからね…だからね…

女 光男さん!お便所!

光男 お弁当?さっき飯はいただいたけどなぁ。

女 お!べ!ん!じょ!

光男 お便所。あー、便所か。食べる方かと思ったよ。(笑う)便所ね。行くよ。行く行く。

女 光男さん。汚れちゃうといけないのでお写真しまっときますね。これ、なんのお写真ですか?

光男 だからね…。だからね…。

女 椅子だけのお写真も味があって素敵ですねぇ。

光男 だからね…。


完。

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