夜明けのプリンはズキズキするよ ドラマ

正兼忠則は、演劇の夢を諦めてコンビニの店長をしていた。正兼は虫歯に悩みつつ夜明けにプリンを食べるのをやめられずにいたある日、劇団主宰の三尾瑛斗をアルバイトとして雇う。夢と現実の板挟みにあう三尾の姿に、正兼は過去の自分を重ね始め……
八木辰 21 0 0 07/19
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第一稿

タイトル
   「夜明けのプリンはズキズキするよ」


○登場人物

正兼忠則(30→35)コンビニの店長
露崎茜(28→33)正兼の元恋人。
三尾瑛斗(23)劇団 ...続きを読む
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タイトル
   「夜明けのプリンはズキズキするよ」


○登場人物

正兼忠則(30→35)コンビニの店長
露崎茜(28→33)正兼の元恋人。
三尾瑛斗(23)劇団主宰者。
朝日しずく(23)三尾の恋人。
小堺克明(46)コンビニ店員。

鹿山瑠璃(28)鹿山歯科医院の歯科医。
鳴海輝(23)鹿山歯科医院の歯科助手。

椎名武(19)コンビニ店員
長崎りさ(20)コンビニ店員
橘静子(76)コンビニの常連

劇団員1 
劇団員2 
客1
居酒屋店員 
サラリーマン
○五年前の劇場・舞台上(夜)
   暗転した場内に拍手が響いている。
   音楽が切り替わって舞台上が明転。
   抽象的な舞台の中にベッドが一つ。
   そこに正兼忠則(30)が腰掛けてい
   る。
   現代劇風の衣装を着た役者たちが数名
   出てきて並ぶ。
   正兼、列に加わる。
   やがて音楽が落ち拍手がやんで
正兼「本日は劇団デリシャス・ウォーター解
 散公演『考える羊羹』にご来場いただき、
 誠にありがとうございます」
   客席からわずかに拍手が起きる。
   正兼、客席に向かって軽く会釈する。
   すると、ふと何かに目が止まる。
   視線の先、客席で露崎茜(28)が座
   っている。
正兼「……この公演をたくさんの方に見てい
 ただけたのは、僕の作家人生において最大
 の幸福です。今後、劇団員もそれぞれの道
 へ進みます……僕も……親のすねをかじり
 まくってコンビニでもやろうかな、なんて
 計画中です」
   劇団員や客席でややウケの反応。
   茜、そっと席を立ち劇場を出て行く。
   正兼、その様子を見ながら。
正兼「……じゃ、劇団員のひとりひとりにも
 今後について話してもらいましょうか」

○同・ロビー(夜)
   客出しの様子。
   役者たちが客たちと各々談笑している。
   正兼、劇場ドアの横であたりを見回し
   ている。
   しかし何も見つからず、ふとドアをあ
   けて劇場内をのぞく。
   劇場内では舞台が解体されている。

○同・楽屋(夜)
   誰もいない楽屋
   正兼、入ってきて机の上を見ると、ス
   マホにメッセージが届いている。
   開くと露崎茜からの「お疲れ、さよう
   なら」の文章。
   正兼、スマホを見つめながら椅子に座
   り、やがて天井を見上げる。

○鹿山歯科医院・外観
   テロップ「5年後」

○同・治療室
   正兼、治療台で天井を見上げている。
   鹿山瑠璃(28)、正兼の口に歯科用ミ
   ラーを突っ込み、覗き込んでいる。
   鳴海輝(23)、その様子を見ている。
   鹿山、呆れたようにミラーを取り出し
   て
鹿山「こりゃダメだ、奥歯に穴があいてます
 よ」
正兼「穴、ですか」
鹿山「ええもう立派な……洞穴と言っていい
 くらい……ほら、覗いてみ」
   鹿山、鳴海にミラーを渡す。   
   鳴海、ミラーで正兼の口の中を覗く。 
鳴海「つららとかありそうですね」
   正兼、手でなにか訴える。
   鳴海、ミラーを取り出す。
正兼「おもしろがらないでくださいよ」
鹿山「すみませんつい。しかし、なんでこん
 なになるまでほっといたんですか」
正兼「仕事が忙しくて」
鹿山「それにしてもこれはちょっとひどすぎ
 ますよ。なにか原因に心当たりありません
 か」
正兼「寝る直前に欠かさずプリンを食べます」
鹿山「絶対それだ。やめましょうよそれ」
正兼「プリン……も、ダメですか」
鹿山「なんでプリンが例外だと思ったんです
 か」
正兼「歯を磨いてからプリンを食べないと眠
 れないんですよ」
鹿山「歯医者にそんなこと言わないで下さい
 よ。もういいや、削ろう」
鳴海「はい」
   鳴海、正兼の目に覆いをかぶせる。
正兼「あ、ちょっとまだ心の準備が……」
   鹿山、鳴海からドリルを受け取る。
   やがてドリルの回転音が響きはじめ
鹿山「痛いの全部なくしましょうねー」
正兼「(もがく声)」

○タイトル「夜明けのプリンはズキズキする
 よ」

○正兼のアパート・外観

○同・正兼の部屋
   正兼、頬をさすりながら入ってくる。
   手には買い物袋。
   正兼、冷蔵庫へ向かい、ドアを開ける。
   冷蔵庫の中を見ると、プリンが沢山置
   かれた棚がある。
   正兼、じっと冷蔵庫のプリンを見たの
   ち、買い物袋からさらにプリンを取り
   出して冷蔵庫にしまう。

○市民会館・外観(夜)

○同・踊り場(夜)
   三尾瑛斗(23)、スマホで電話してい
   る。
三尾「そう。今稽古終わったところ。うん。
 これから面接。コンビニ……そうそう。じ
 ゃ、また明日ね。うん、じゃーねー」
   三尾、電話を切る。
   劇団員1、やってくる。
劇1「三尾さん、片付け終わりました」
三尾「あ、ごめんごめん、任せちゃって」
劇1「別にいいっすよ……また彼女にラブコ
 ールっすか?」
三尾「ラブコールって……古いなお前」
劇1「あ、やっぱそーなんだ。羨ましいなあ、
 同棲ラブラブカップルは」
三尾「いや、もう同棲してないから」
劇1「あら、追い出されたんすか?」
三尾「ちげーよ……ほら、彼女も社会人にな
 ったし、楽しいだけじゃなくてきちっとし
 た恋愛をね……」
   劇団員2の声がする
劇2「三尾さんまだー?」
劇1「あ」
三尾「あ、ごめんごめん……とりあえず、稽
 古締めるか」
   三尾、劇団員1、歩き出す。

○コンビニ・外観(夜)

○同・店内(夜)
   小堺克明(46)がレジの後ろでフラ
   イヤーを覗き込み揚げ物の最中。
   客1、入店してくる。手にはガス料金
   の払込票。
小堺「らっしゃーせー」
   客1レジ前に来て。
客1「すみません、ガス料金の支払いなんで
 すけど……」
   小堺、あきらかに不機嫌そうな顔で振
   り返ると、つかつかとレジに歩み寄る。
   客1、少したじろぐ。
   小堺、客1から払込票を受け取り、ス
   キャンする。
小堺「3739円です」
   客1、金をトレイに置く。
   その間に小堺、イライラした様子で払
   込票に受領スタンプを押していく。
   三尾、入店してくる。
三尾「すみません、面接担当の正兼さんです
 か?」
   小堺、怒りの形相で
小堺「僕は小堺です!」
   フライヤーの方でタイマーが鳴る。
小堺「ああもう!」
   正兼、入店。
正兼「……どしたの?」
   三尾、正兼の方を見て首をかしげる。

○同・事務室(夜)
   正兼と三尾が机を挟んで向かい合い、
   座っている。正兼の手元には三尾の履
   歴書。
正兼「いやあ、ごめんね、遅くなってしまっ
 て」
三尾「あ、いえ」
正兼「さっきの感じでなんとなく分かったと
 思うけど、夜勤の人足りてなくてね。僕と
 小堺さんでずっと回してる感じなんだよ。
 いま三尾くんに来てもらえたら助かるなあ」
三尾「はあ」
   正兼、履歴書に目を通す。
正兼「大学を卒業して……就職はしなかった
 んだ?」
三尾「あ、はい。実は、備考欄にも書いたん
 ですけど……」
正兼「ん?……お、劇団やってるのか」
三尾「……はい」
正兼「なるほど……じゃあ、そっか、本番前
 とかシフト入れなくなる感じか」
三尾「はい」
正兼「稽古場移動したり、小道具とか衣装と
 か買い出ししたり大変だもんな」
三尾「はい。そうなんです……詳しいですね」
正兼「え、まあ……」
   正兼、照れ臭そうに笑う。
正兼「実は僕も昔、劇団やっててね」
三尾「え、そうなんですか」
正兼「もうやめて五年くらい経つかな。下北
 でも公演やったし、王子とか阿佐ヶ谷でも
 やったよ。もう、いい思い出だけど」
三尾「僕も似た感じですよ。ちなみに今月の
 公演は王子の小劇場でやります」
正兼「おお、渋いね」
   二人、笑いあう。
正兼「……ていうか、公演今月なんだ」
三尾「あ、はい……そうなんです。なんで、
 少し働いたらすぐにお休み頂くことになっ
 てしまうんですけど……」
正兼「まあ……事情は分かるから。こちらも
 出来る限り協力はするよ。都合が合えば是
 非お芝居も観に行きたいし」
三尾「え、でもお忙しいのに……」
正兼「若い子を応援するのが人生の先輩の役
 割だもん。お安い御用ってやつさ」
三尾「……ありがとうございます」
正兼「その代わり、こちらもシフトに欠員が
 出た時とか急に仕事お願いするかもしれな
 いよ」
三尾「働けるのはありがたいです」
正兼「でも、なんでこれから公演準備が忙し
 くなるぞ、って時に新しいバイト始めよう
 と思ったの?」
三尾「……あ、いやあ」
正兼「あ、彼女のためだ」
三尾「え、鋭すぎません?」
正兼「やっぱりそうなんだ」
三尾「あ」
正兼「ごめんねカマかけて」
三尾「いえ、いいんですけど」
   正兼、嬉しそうに
正兼「いずれにせよ、僕は三尾くんを応援す
 るよ。しばらくは僕と小堺さんが入ってる
 日に一緒に出てもらって、仕事を覚えても
 らう感じになるかな。明後日の同じ時間っ
 て、都合つく?」
三尾「はい、大丈夫です」
正兼「じゃあ、それで決まりで。今日はあと、
 書類にいろいろ書いてもらって終わりかな。
 ちょっと待っててね」
    正兼、席を立つ。
三尾「ありがとうございます」

○同・店内(夜)
   数名の客が店を出て行く。
   小堺、レジでぼーっとしつつ
小堺「ありーとーござーしたー」
   正兼・三尾、やってくる。
正兼「じゃあ、明後日ね」
三尾「はい……」
   小堺、じっと三尾のことを見ている。
三尾「……よろしくお願いします」
   小堺、涙ぐむ。
   正兼・三尾、仰天する。
正兼「え、ちょっとどうしちゃったの小堺さ
 ん」
小堺「さっきは、さっきは……すみませんで
 した!」
三尾「あ、いえ、僕も忙しい時にお邪魔して
 しまってすみません……」
小堺「僕、僕……疲れてて、昼も別のバイト
 してて、とっても、疲れてて……」
正兼「小堺さん、ごめんね。でもほら、三尾
 くんが仕事覚えたらシフトもだいぶ緩めら
 れるから……」
小堺「いいえ、店長、僕は働けて助かってる
 んです、でも、疲れちゃってえ……」
   小堺、もう言葉も継げずに泣きじゃく
   る。
正兼「……三尾くん、僕ら、本当に大歓迎だ 
 から」
三尾「はい……ご期待にこたえられるよう頑
 張ります」
   小堺、涙をぬぐいながら深々と頭をさ
   げる。
三尾「ちょっと、そんな、やめて下さいよ」
   正兼、小堺の背中をさすりつつ
正兼「じゃ、三尾くん、また明後日」
三尾「はい」
   三尾、一礼して店を出て行く。
   小堺、涙を拭きながら手を振り見送る。

○駅・外観(夜)

○同・ホーム(夜)
   三尾、スマホで通話している。
三尾「もしもし?……うん。終わったよ……
 え、そんなに心配?」

○しずくの部屋(夜)
   朝日しずく(23)、座卓の前に座り、
   スマホで電話している。
しずく「だって、瑛斗ってたまに何も考えて
 ない時あるから」

○駅・ホーム(夜)
   電車がやってくる。
三尾「俺はしずくの子供かよ……じゃあ電 
 車きたから。うん。それじゃ、おやすみ」
   三尾、電話をきり、電車に乗り込む。

○しずくの部屋(夜)
   しずく、憂鬱そうにスマホを眺めてい
   る。

○正兼のアパート・外観(朝)
   
○同・室内(朝)
   正兼、あくびをかきながら入ってくる
   と、その場にへたり込む。
   じっと何かを考えたのち、スマホを取
   り出して写真フォルダをスクロールし
   始める。
   やがて一枚の写真をタップして拡大す
   る。
   そこには少し若い正兼と劇団員たちが
   舞台セットの中で肩を組んでいる様子
   が写っている。みんなとびきりの笑顔。
   正兼、つられるように笑顔になる。
   しかしふと寂しげな表情になって、再
   び写真をスクロールし、別の一枚の写
   真を拡大する。
   そこには茜が笑顔で写っている。
   正兼、耐えきれないように立ち上がる
   と足早に冷蔵庫に向かう。
   しゃがみこみ冷蔵庫のドアを開けると、     
   プリンを一つ取る。

○5年前の公園・広場(夕)
   正兼、グローブでボールをキャッチす
   る。
正兼「おお、とれた」
   その様子を茜が見て笑っている。
茜「上手になったじゃん」
正兼「おかげさまで、ね」
   正兼、ボールを投げる。コントロール
   が恐ろしく悪い。
   茜、一瞬ボールを追いかけようとする
   が、すぐにやめて
茜「もー、投げるのはヘタ過ぎ。ほら、自分
 でとってきて」
   茜、ボールの方をビシッと指差す。
正兼「はーい」
   正兼、苦笑いしながらボールを拾いに
   走り出す。遅い。

○同・自販機前(夕)
   正兼、缶ジュースを二本持っている。
   茜、手で顔をあおぎながらすぐ横のベ
   ンチに座っている。
   正兼、飲み物を茜に差し出しながら
正兼「はい」
茜「ありがと」
   茜、飲み物を受け取る。
   正兼、茜の横に座る。
茜「忠則ってさ、相変わらず足おっそいよね」
正兼「付き合い始めた頃よりはマシになった
 でしょ」
茜「一応進歩は見られるけどさ、遅いよ」
正兼「いいじゃん」
茜「そんなんじゃ私に逃げられちゃうぞ」
   正兼、甘えた動物の顔で茜を見る。
茜「また犬みたいに」
正兼「猫の方が好きだな」
茜「アホ。いい大人が、シャキッとしろ」
正兼「……うん」
   二人、黙って公園の様子を眺めている。
   すると公園の外を、小さい子供をつれ
   た母親が通る。楽しそうに喋っている
   様子。
   茜、母子に気づいて
茜「楽しそう」
正兼「(母子を見て)……そう、だね」
   茜、正兼をじっと見る。
正兼「……ん?」
   正兼、少し緊張する。
茜「……ううん」
   茜、正面に向き直る。
   正兼、少しほっとした様子。
茜「なにほっとしてるの?」
正兼「あ、いや」
   茜、なにか言いかけて
茜「……もう」
正兼「……ごめんね」
茜「なんであやまるの」
正兼「いや……」
茜「……私たち、幸せになりたいよね?」
   正兼、ゆっくりうなずく。
茜「……そうだよね」
   茜、正兼の肩に頭を乗せる。
正兼「……もちろん」
   言いつつ、うつむく正兼。

○コンビニ・店内(夜)    
   正兼、レジの中で急に驚いた顔で息が
   つまる。
   小堺、隣のレジで怪訝そうに正兼の様
   子を伺う。
   正兼、ぶるぶると頭を横に振る。
小堺「いや、急になんですか」
正兼「あ、ごめんね。突然良心の呵責を覚え
 てしまって」
小堺「ああ」
正兼「ああって、軽いなあ、結構辛いんだよ」
小堺「あ、いや、そういうことなら私にもよ
 くあるなって。共感の『ああ』ですよ」
正兼「……あります?」
小堺「……はい」
   二人、ちょっと照れくさそうにしてる
   と、客が入ってくる。
正兼・小堺「いらっしゃいませー」
   正兼、歯が痛んで頬を抑える。
正兼「いてて」
小堺「まだ虫歯治らないんですか」
正兼「うん……どうしても寝る前のプリン
 がやめられなくて」
小堺「それじゃ治らないですよ」
正兼「……そうなんだよね」

○居酒屋・外観(夜)
 
○同・店内(夜)
   座敷席で三尾としずくが向かい合って
   いる。
   しずく、ジョッキビールを飲み干す。
   三尾は黙ってうつむいている。
しずく「考えてくれた?」
   三尾、しずくを少し見てからうつむく。
しずく「黙られても困るんですけど」
   三尾、一瞬顔を上げてなにか言いかけ
   るが、なにも言えずに黙ってしずくを
   見る。
しずく「……好き?」
三尾「……好きって、しずくのこと?」
しずく「そう」
三尾「そりゃ、好きだよ、好きに決まってる」
   居酒屋店員、通りかかる
しずく「あそう……(店員に)すみませーん
 生もう一つ」
店員「はい」
   居酒屋店員、去っていく。
しずく「……瑛斗にそう言ってもらえるのは
 嬉しいよ。私も瑛斗のこと、好き」
三尾「ありがと」
しずく「でも、好きなだけでずっと一緒にい
 ていいのかな、私たち」
   三尾、驚いてしずくをじっと見る。
   しばしの沈黙。
   店員、ジョッキビールを持ってくる。
店員「お待たせしました〜」
   しずく、空のジョッキを渡しつつ新し
   いビールを受けとる。
   三尾、その様子をビクビクと眺める。

○同・店内(夜)
   客のいない店内。
   正兼、三尾にレジの使い方を教えてい
   る。
   しかし三尾の表情はうつろ。
   小堺、レジの正面の棚で品出ししてい      
   る。
正兼「レジの使い方は、ザッとこんなかんじ
 だから」
三尾「はい」
正兼「あとは実際に接客して覚えてみよう。
 もし分からないことがあったら気兼ねしな
 いですぐに僕とか小堺さんに聞いてね。そ
 の方が早く仕事覚えるし、間違いがない方
 が店としては助かるからさ」
三尾「はい、宜しくお願いします」
正兼「ほんとなんでも、遠慮なく聞いてもら
 って良いからね」
三尾「……はい」
   三尾、上の空でレジを見つめる。
   正兼、笑って
正兼「あれ、さっそくなにか分からない?」
三尾「……はい、もう分からないことだらけ
 で」
正兼「……説明わかりづらかったかな?」
三尾「いや、そうじゃなくて……彼女が……」
正兼「……彼女?」
三尾「彼女が……告白されたって」
正兼「え?」
三尾「どうしよう、どうすれば……」

○同・事務室(夜)
   正兼と三尾、机を挟んで向かい合い座
   っている。

正兼「いやいや、落ち着きなって。あれだろ、
 他に気があるとか言って、本当は彼氏の気
 をひきたいとか、そういうやつだろ?」
三尾「俺も最初はそう思ったんですけど、ど
 うやらそうでもないみたいで」
正兼「どうして?」
三尾「告白してきたやつが……真剣に結婚を
 考えてるらしくって……」
正兼「はあ?まだ付き合ってもないのに、そ
 んなのおかしいだろ」
三尾「でも、よく考えたら、僕が口でいくら
 結婚するって言ったって現実味がないし、
 もし、できたとしても……」
   三尾、黙り込む
正兼「夢をあきらめなきゃならない、ってか」
   三尾、ためらいがちにうなづく。
正兼「……なんだあ、よくある話だ」
三尾「え?」
正兼「夢追い人にはありがちな話だって。僕
 の周りにもそういう人が沢山いたよ……み
 んな元気にしてるかなあ」
三尾「……はあ」
正兼「彼女にも彼女の時間ってのがあるわけ
 だし、そこまで背負って自分は売れるん
 だ!って三尾君が宣言できるかどうかじゃ
 ないの。それができなきゃ次だ次。運命の
 人は他にもいるさ」
三尾「そうですかね……」
   小堺、いつのまにかやってきていて
小堺「そんなことないと思うけどなあ!」
   正兼・三尾、驚いて小堺の方を見る。
小堺「人生、そんなに割り切った選択肢ばか
 りじゃないですよ……もっと柔軟に、自由
 に、幸せを選びましょうよ」
三尾「小堺さん……」
   正兼、なぜだか不機嫌な様子。
三尾「ありがとうございます、俺、彼女と話
 し合って……」
正兼「中途半端な気持ちを見せるのが一番人
 を不幸にするんだ!」
   三尾・小堺、驚いて正兼を見る。
正兼「夢の中にいる時は幸せを疑えないから、
 甘い作戦を選ぼうとしちゃうんだ。だけど
 それじゃ将来、かえって後悔することにな
 るんだよ……そうに決まってる」
   気まずい沈黙。
小堺「……品出しに戻ります」
   小堺、出て行く。

○正兼のアパート・外観(朝)

○同・洗面室(朝)
   正兼、鏡を見ながら歯を磨いている。
   水を洗面台に吐き、ふと鏡を見ると、
   目尻のシワが気になる。
   じっと、目元を鏡に近づけて、シワを
   確認する。

○同・室内(朝)
   正兼、入ってくる。
   ベッドに腰掛けると、冷蔵庫を眺める。
   歯が痛み、頬を抑える正兼。

○公園・園内(朝)
   三尾、ベンチに座って缶酎ハイを飲ん
   でいる。
   
○正兼のアパート・室内(朝)
   正兼、ベッドで眠っている。
   テーブルの上にはプリンの空き容器と
   スプーンが放置されている。

○駅・駅舎入り口
   サングラスをした女性が一人出てくる。
   あたりを見回すと、日傘をさして歩き
   出す。

○正兼のアパート・室内
   正兼、ベッドで眠っている。
   スマホがテーブルの上で鳴る。
   正兼、寝返りをうって無視しようとす
   るが
正兼「わーかった、分かった分かった!」
   イライラしながら起き上がり、ベッド
   を出るとスマホを取る。
   「店」という表示で着信。
正兼「おいおい」
   正兼、慌てて電話に出る。
正兼「もしもし?」

○コンビニ・事務室
   椎名武(19)、困り果てた様子で電話
   をかけている。
   背後から橘静子(76)と長崎りさ
   (20)が言い争っている声が聞こえ
   る。
椎名「あ、店長ですか?お休みのところ申し
 訳ないんですけど、すぐに来てもらえます
 か?その……」
   椎名、声の方をそっと見る。

○同・店内
   橘、猫の餌を手にしてレジの長崎に文
   句を言っている。
長崎「だから橘さん、それはパッケージが変
 わっただけで同じ商品なんです」
橘「騙されないよ!店長呼んで!」 

○正兼のアパート・室内
   正兼、眉間をもみつつ
正兼「橘さんね……分かった。すぐ行くから
 なんとか耐えててね、頼むよ」
   正兼、電話をきり、ため息。
   しかし大きく息を吸って
正兼「……しゃ!」

○カフェ・店内
   テーブル席で三尾としずくが向かい合
   って話をしている。
しずく「……じゃ、別れたいってことね?」
三尾「うん……いや、別れたい、というより、
 別れるべきなんじゃないかって」
しずく「……べき?」
三尾「……うん」
   三尾、アイスコーヒーをストローで吸
   う。
   しかしすでに中身は空っぽ。
しずく「ごまかさないでよ」
三尾「え?」
しずく「だってコーヒーもうないじゃん、ご
 まかしでしょ」
三尾「ちょ、何言ってんの?」
しずく「バカじゃないの!」
三尾「ちょっと待ってしずく、なにが言いた
 いのかわかんないよ」
しずく「瑛斗だって」
三尾「え」
しずく「瑛斗だって、べき、とか、何が言い
 たいの」
   しずく、席を立ち、店を出ようとする。  
   三尾、追いかようと立ち上がる。
   しずく、立ち止まって振り向かずに
しずく「多分、もう芝居も観にいかないから
 ……さようなら」
   しずく、立ち去る。
   三尾、その様子を黙って見送る。
   隣の席で、三尾たちの様子をサングラ
   スの女性が眺めていた。
   サングラスの女性、アイスコーヒーを
   ストローで吸う。
   しかし中身は空っぽ。

○駅・外観

○同・改札
   しずく、悲しそうに改札を通ろうとす
   ると
???「待って」
   しずく、笑顔になって振り返ると、声
   の主はサラリーマン。パスケースを差
   し出している。
サラリーマン「落ちましたよ」
しずく「あ、ああ、助かりました。ありがと
 うございます」
   しずく、会釈しつつパスケースを受け
   取って改札を通る。

○同・ホーム
   電車、やってくる。
   しずく、一度振り向いたのち、名残惜
   しそうに電車に乗り込む。

○住宅街・表通り
   サングラスの女性、かがんで猫を見て
   いる。
   その後ろを正兼、通り過ぎる。
   猫、走りだす。
サングラス「あ」
   サングラスの女性、猫の去った方を見
   る。
   猫、正兼の横を通っていく。
   正兼、猫に気がつき手を振る。
正兼「今日も元気だねー」
サングラス「あ」

○コンビニ・店内
   レジの中で困惑している椎名・長崎。
   橘、猫の餌を数種類レジの上に並べて
   クレームを続けている。
橘「ねえ、うちのピク丸はこれから何を食べ
 ればいいわけ?」
椎名「ですから、これは全部デザインが変わ
 っただけで同じものですから」
橘「まただまそうとして。こっちが年寄りだ
 からって適当なこと言うんじゃないよ!」
長崎「あの、さっきから人が嘘つきみたいな
 言い方してますけどやめてもらえませんか」
椎名「あ、ちょっとおさえて」
橘「なに、怒ってるの?」
長崎「あなたねえ」
椎名「すみません」
橘「あー、それが商売する人間の態度。親の
 顔が見たいね。きっとガキみたいな親だろ」
長崎「(激昂して)うちの両親はみかんをね
 ー!」
椎名「待ってりさちゃん、待って」
   正兼、入ってくる。
正兼「あー、橘さん、来てくれたんですね」
   橘、正兼に振り向くと一変して愛らし
   く
橘「あらー、店長さん、ご無沙汰ねー」
正兼「いつもありがとうございます。どうさ
 れたんですか?」
橘「それがねー、(猫の餌を手に)これ、い
 つもと違うのにこの子たちが売りつけよう
 とするのー」
正兼「あー、いや、これね、パッケージのデ
 ザインが変わったの、今月から」
橘「あら、そーなのー、それなら、これ、買
 っていくわねー」
   橘、レジに向き直る。
   椎名、会計をはじめる。
   長崎、怒りのおさまらない様子。
   正兼、長崎に「まあまあ」とジェスチ
   ャー。
   長崎、納得しない様子で店内を見回す
   と、何かに気がつく。
長崎「え?」
正兼「え?」
   正兼、店員2の視線を辿って振り返る。
   サングラスの女性が棚からレジの方を
   覗き込んでいる。。
   正兼とサングラスの女性、目が合う。
正兼「……あれ」
サングラス「あ」
   正兼、急に歯が痛んで頬を抑える。
   サングラスの女性、逃げるように店を
   出る。
正兼「待って!」
   正兼、頬を抑えながらサングラスの女
   性を追いかける。

○住宅街・表通り
   サングラスの女性、日傘をさしつつ走
   っている。
   正兼、それを追いかける。
   二人の距離は離れていく。
正兼「ちょっと、待って」
   正兼、息がきれて立ち止まる。
   サングラスの女性、どんどん遠ざかっ
   ていく。
正兼「……待ってってば!」
   サングラスの女性、まだ走っていく。
   正兼、うなだれる。
   サングラスの女性、走ったままUター
   ンして戻って来る。
   正兼、気付いていない。
サングラス「おい」
正兼「うわ!」
   正兼、尻もちをつく。
サングラス「そんなに驚く?」
   サングラスの女性サングラスをはずす。
   茜である。
正兼「やっぱり……茜か」
茜「久しぶり」

○公園・ベンチ
   正兼・茜、並んでベンチに座っている。
   茜は日傘をさしている。
正兼「結婚してたのか」
茜「そう」
正兼「それで先月離婚したんだ」
茜「そう」
正兼「……いろいろあったんだね」
茜「お互いさまでしょ?」
正兼「僕は、変わんないよ」
茜「クレーマー対応頑張ってたじゃん」
正兼「……悪い人じゃないんだよ。ちょっと
 寂しいだけで」
茜「あなたのことお気に入りみたいだったね」
正兼「もしかして、妬いてる?」
茜「アホ」
   正兼、もじもじする。
茜「なに」
正兼「どうしてこっち来たの?」
茜「それは……」
   茜、立ち上がってベンチからはなれる。
茜「むかし付き合ってた人の地元だから」
正兼「え……じゃあ」
   正兼、立ち上がろうとする。
茜「勘違いしないでね」
   正兼、空気椅子の状態に
茜「って、言うのは私のわがままか。でもね、
 はっきり言っておくけど、あなたとよりを
 戻そうとか、そういうつもりがあってここ
 を訪ねたわけじゃないの……本音を言えば、 
 忠則に会えたらな、って思ってはいたよ。
 でも、それはただ思い出に浸りたくて……
 女は上書き保存だとか言うけど、覚えてる
 ことだって当然あるんだよ、人間だもの。
 それに私には思い出す権利くらいあると思
 うの。だって私、あなたと別れてから必死
 に生きたよ。綺麗な思い出をさっぱり忘れ
 ようって、仕事したり運動したり恋愛した
 り……で、気づいたら、結婚っていう選択
 肢がすぐ目の前まで迫ってきてて、ああ、
 これもいいかもなって。相手のことも大好
 きだったし、踏み出したわけ。結果その人
 とは離れることになったけどさ。後悔はし
 てないの。ただ、ちょっとね、ちょっとだ
 け、疲れちゃった……座りなよ」
正兼「ああ、ごめん」
   正兼、座る。
正兼「ちょっと混乱しちゃって……」
   茜、不機嫌そうにため息をつくが、こ
   らえきれず吹き出す。
茜「あなた、運動神経悪いからね。相変わら
 ず足もおっそいし」
正兼「茜が速いんだよ」
茜「ううん、あなたが遅いの……でも、声だ
 けは大きかったね。さすが役者さん」
正兼「元、ね」
茜「私が最後に見たときはまだ役者だったか
 ら」
正兼「……やっぱり、時間は動かない?」
茜「……子供がいるの、今日はお母さんに預
 けてきちゃったけど。男の子で今年三歳」
正兼「おお……へえ」
茜「しばらくは父親にも会わせてあげたいし、
 まだ恋愛とか再婚は考えられないかな……
 子供の成長が生きがいになるって、あれ、
 本当の話だよ」
正兼「そっか……きっと可愛いだろうな、そ
 の……お子さん」
茜「もちろん。よく笑う、いい子だよ」
   茜、ベンチに座って。
茜「今日は、ありがとうね。思いがけず楽し
 かったよ」
正兼「ああ……それは……実は僕もだ」
茜「そっか」
   二人、公園の景色を眺めながら黙って       
   佇む。

○コンビニ・外観(夜)
   
○同・店内(深夜)
   レジで若いカップルが一組、会計をし
   ている。
   正兼、レジの中でぼーっと接客中。
   三尾・小堺、菓子パンコーナーで品出
   しをしている。
   三尾も視線がぼーっとして定まらない
   様子。
   正兼、お釣りを渡して
正兼「ありがとうございました」
   カップル、店を出ていく。
三尾「ありがとうございましたー」
小堺「ありーとーごさーしたー」
   正兼・三尾、カップルを視線で追い、
   自動ドアが閉まった後もしばし見送っ
   ている。
   小堺、二人の様子に気がつく。
   やがて、正兼と三尾が同時に深くて長
   いため息をつく。
小堺「うわ、そろった」
正兼「だめ?」
小堺「ため息がそろうのはあんまりよくない
 ですね」
   正兼・三尾、再びため息をつこうと大
   きく息を吸う。
小堺「あ、まただ」
   正兼・三尾、お互いに目を合わせて、
   ため息を我慢しよようとし、同時にむ
   せる。
小堺「二人とも何かあったんですね」
   正兼・三尾、顔を見合わせる。
正兼「なんかあった?」
三尾「……彼女と別れました」
正兼「え」
三尾「店長に言われたこと、そのとおりだな
 って思って。やっぱり、自分の夢に彼女の
 人生巻き込めないですよ」
正兼「そ、そっか。それは賢明な考えだね…
 …いい決断だよ」
小堺「三尾君は、本当にそれでいいの?」
三尾「え?」
正兼「いいじゃない小堺さん、せっかく決断
 したんだから。今、彼とってもツラいと思
 うよ」
小堺「だからこそですよ」
正兼「え?」
小堺「三尾君、まだ若いんだし、人生どう転
 ぶか分からないじゃない。お芝居で成功す
 るかどうかも含めて……まだまだ何も、人
 生は決まってないよ」
三尾「だからこそ……彼女を自由にしてあげ
 た方がいいかなって」
正兼「そうだよ、男らしくていいじゃない」
小堺「一緒に苦労したっていいじゃないです
 か」
正兼「……」
小堺「僕は、人にアドバイスできるような立
 派な人生歩めてないですよ。嫁も子供もい
 るのに会社にいられなくなって、アルバイ
 トです。昼はテレアポやって夜はこうして
 コンビニで品出ししてます。これが僕の人
 生で、僕は僕自身のこと、正直情けないな
 って思ってます。もちろん離婚の話も切り
 出しました。だけど、お嫁さんにつっぱね
 られました。これはこれで、私たちのあり 
 方だって」
三尾「……小堺さん」
小堺「あ、いやあ、なんか熱くなってしまい
 ましたけど……まあ、僕なんかはラッキー
 だったと思います。体力が追いつかなくて
 頭回らなくなることも多いですけど……家
 に嫁と子供が待っている生活を送れてます
 ……僕がこの生活水準から抜けだせる可能
 性は、悲しいけど、かなり低いんです。で
 もそれなりに幸せです……三尾くんは賢い
 んだし、若いんだし、まだまだ彼女との幸
 せにあらゆる方法で挑戦できるんだよ、羨
 ましいなあ」
   小堺、泣き出しそうになるが、こらえ
   て
小堺「うおおおおおおおおお!」
   高速で品出しをしていく。
   三尾、うつむいて考え込む。
正兼「まあ、あれだな、明後日から劇場入り
 なんだし、今は目の前の公演に集中集中!
 僕も観に行くの楽しみだなあ……ははは」
   正兼、三尾の様子を見てつつ頬を痛そ
   うに抑える。

○劇場・外観(夜)

○同・客席(夜)
   終演後、暗転中の客席。
   拍手が鳴り響いている。 
   だんだんと明かりが入ってきて、正兼    
   が座っているのが見えてくる。
   正兼、荷物を持って席を立とうとする。
   すると、人影がかかる。
   顔を上げると、しずくが正兼の足で通
   路を塞がれて困っている。
正兼「あ、すみません」
   正兼、通路をあける。
しずく「すみません」
   しずく、劇場の外へ。
   正兼、立ち上がって歩き出す。

○同・ロビー(夜)
   客出しの様子。
   稽古着姿の役者たちが客たちと各々談
   笑している。
   正兼、キョロキョロしながら歩いてい    
   ると、出口付近にしずくの姿を発見。
   しずく、悲しそうに一点を見つめてい
   る。
   正兼、しずくの視線を追っていくと、
   客と談笑している三尾を見つける。
   正兼、ハッとなり、再びしずくの方を
   見る。
   しかし既にしずくの姿はない。
正兼「……だめだ」
   正兼、慌てて駆け出すと、他の客を押   
   しのけて三尾の元へ。
   三尾、驚いて
三尾「あ、店長、ご来場ありがとうございま
 す。どうしたんですか?」
正兼「挨拶してる場合じゃないぞ」
三尾「え?」
正兼「たぶん、三尾君の彼女、観に来てたぞ」
三尾「……来てましたね」
正兼「?」
三尾「舞台上から見えました」
正兼「だったら、追いかけなきゃ。さっきま 
 でそこにいたよ?」
三尾「だめでしょ」
正兼「……だめ?」
三尾「だめでしょ、彼女の、人生の一番いい
 ところ、僕なんかのために使っちゃ。彼女
 にはちゃんと幸せになってもらわないと」
正兼「……そういうセリフはな、上手い芝居
 の見過ぎだよ」
三尾「……でも店長だって言ってたじゃない
 ですか」
正兼「あれは、そう言うしか、自分の人生を
 肯定できない、そんな生き方を僕が選んじ
 ゃったから……君の選択の結果は君が引き
 受けなきゃいけないんだ。だから、君は君
 が後悔まで愛せるような選択に挑戦してみ
 るべきだよ。もちろん、相手の事情もある。
 でも、こちらの気持ちを伝えなきゃ見えて
 こない選択肢が相手にだってあるはずなん
 だよ……今更、こんなこと言ってもなんだ
 かなあって感じかもしれないけど」
三尾「……もう、遅すぎますよね」
正兼「さっきまで、すぐそこに彼女がいたん
 だ。きっとまだそう遠くへは行ってない。
 この状況、この瞬間は、もう二度と来ない
 んだ。今の気持ちに任せて、君はまだ動け
 るはずだよ、きっと」
   三尾、出口を見ると
三尾「……しずく」
   走り出す。
   正兼、三尾の姿を眺めている。

○コンビニ・外観(夜)

○同・事務室(夜)
   正兼、机で売り上げを眺めている。
   小堺やってくる。
小堺「三尾君の芝居どうでした?」
正兼「うん……よかったよ」
   机の上でスマホが震える。
   正兼、スマホを見ると、メッセージが
   届いている。
   開くと三尾からの「仲直りできまし
   た!ありがとうございます」の文章。
小堺「そうなんですねー、僕も今度観に行か
 なくちゃな」
正兼「……そうだね」
   正兼、頬を抑える。
正兼「いて」
小堺「まだ痛むんですか?虫歯」
正兼「うん、また歯医者行かないとなあ」

○鹿山歯科医院・外観

○同・治療室
   正兼、診察台に寝ている。
   鹿山と鳴海が治療をしている。
鹿山「はい、これで治療終わりです」
   診察台が起き上がって
正兼「ありがとうございます」
鹿山「もう、寝る前にプリン食べちゃダメで
 すよ」
正兼「あれは……やめました」
鹿山「ならいいですけど……」
   鹿山と鳴海、見つめあってニヤニヤ。
鹿山「言う?言っちゃう?」
鳴海「どうする?」
正兼「なんですか」
   鹿山・鳴海、もじもじする。
鹿山「実はわたしたち、結婚することになり
 ました」
   二人同時に薬指の指輪を見せてくる。
正兼「あ、そうなんですね。おめでとうござ
 います」
鹿山「ありがとうございますー、あははは」
   鹿山・鳴海、突っつき合う。
   正兼、それを見るうちに歯が痛み頬を
   抑える。
鹿山「あれ、まだ痛みます?」
正兼「……はい」
鹿山「おかしいですねえ、虫歯はないはずな
 のに……穴もうまーく埋めたはずだし」
正兼「多分、痛いのは歯じゃないんですよ」
鹿山「へ?」
正兼「歯の痛みはごまかしだったんですよ」
鹿山「……はあ」
   正兼、台を降りて
正兼「治療ありがとうございました、あと、
 ご結婚、おめでとうございます。末長くお
 幸せに」
鹿山「あ、はーい」
鳴海「ありがとうございます」
   正兼、一礼して出て行く。

○正兼のアパート・外観(深夜)

○同・室内(深夜)
   正兼、頬をさすりながらベッドに腰掛
   けている。
   ベッドの横のゴミ箱にはプリンの空き
   容器がたくさん放り込まれている。
   正兼、立ち上がって歩き出し、冷蔵庫
   の前で腰を下ろす。
   頬をさすりながらじっと冷蔵庫を眺め
   る正兼。
   深呼吸をして、冷蔵庫を開ける。
   すると、そこにはプリンがぎっしり。
正兼「えー、またこんなにプリン買ったの?」
   正兼の横から茜が顔を出す。
茜「だって大好物なんだもん」
正兼「よく食べられるね、こんなに甘いもん」
茜「食べない人には分からないよ」
   茜、プリンを一つとって去っていく。
   正兼、茜を追うようにして振り向く。
正兼「夜明けにプリンなんて食べたら虫歯に
 ……」
   しかし、茜の姿はどこにもない。
   正兼、はっと我に帰り、再び冷蔵庫の 
   中に視線を戻す。
   プリンは一つもない。

○正兼のふとした空想
   マンションの一室。
   茜と息子が一緒にプリンを食べている
   様子。

○正兼のアパート・室内(深夜)
   正兼、そっと冷蔵庫を閉じると立ち上
   がり、ベッドに戻って腰をおろす。
   そして窓から外の様子を眺める。
   外には夜明けがやってこようとしてい
   る。
                  了

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