しゃべらな ドラマ

落語が好きで、近所づきあいばかり大切にする、年寄り臭い義父がコンプレックスで、家族から逃げるように東京で暮らしていた主人公が、義父の最期のはなむけに、父の死ぬ前に落語を見せる物語。
皐月彩 503 3 0 08/16
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第一稿

「しゃべらな」
2015年2月3日

皐月彩



登場人物
林大蔵(8)(25) 男。フリーター。
林耕三(66)(83) 大蔵の継父。
林やよい(61)( ...続きを読む
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「しゃべらな」
2015年2月3日

皐月彩



登場人物
林大蔵(8)(25) 男。フリーター。
林耕三(66)(83) 大蔵の継父。
林やよい(61)(78)大蔵の継母。
畑中 (76)  落語クラブ会長代理。
高橋 (79)  落語クラブ会員。

由里子 (23) 大蔵の実母。
敦司  (22) 大蔵の実父。
小楽亭雅(32) テレビタレント落語家。

会員1〜2   落語クラブメンバー。
フロアリーダー 警備バイトの先輩。
お年寄り    子供1にスリを受ける。
子供 (10   スリをした子供。
隆行 (8)   大蔵の友人
浩  (7)    〃
達也 (8)    〃
親戚1〜6   林家親戚
教師      大蔵(8)の担任




〇デパート・演芸ステージ
   演芸大会が催されている。
   小楽亭雅が、落語をしている。
雅「中高年のおめかしなんて、特殊メイクで
 す特殊メイク。ゾンビがブルドックに昇格
 するくらいのもんでしょう? ねえ」
   笑い声。

〇デパート・演芸ステージ脇
   警備員姿の林大蔵(25)、大あくび。
   眠くて頭が前後にがくがくする。
   寝ぼけ眼で舞台を見る大蔵。
雅「いやあもうそりゃあ、トラウマもんです
 よ。思い出すだけで毛穴がぶわあああ、と
 するような」
   大蔵、客席に視線を向けると、子供
   (10)がお年寄りの鞄から財布をすっ
   ている。
大蔵「!」
   大蔵、子供に歩み寄る。
   周りの観客がざわつく。
雅「あれ、コントは次の次の回ですよ?」
大蔵「君、お財布盗ったよね」
   周りの観客、自分かと鞄をあさる。
   一人のお年寄りが自分だと気付く。
子供「……(走って逃げる)」
お年寄り「捕まえてぇえ!」
   大蔵、子供1を追いかける。

〇デパート・衣料品売り場
   ラックの間や下をすり抜けて逃げて行
   く子供。
   大蔵は引っかかりながら追いかける。
大蔵「待ちなさい!」
   衣料品の担当者たちはラックを整え
   る。
大蔵「(呆れて)協力しろよ……!」
   子供、十字路で搬入の店員にぶつか
   り、転倒する。
   大蔵、子供の財布を奪い、ため息。
大蔵「なんでこんな事(したんだよ)」
子供「うわぁぁあああん!」
大蔵「!」
子供「ぶ、ぶたれたぁぁあああ!」
   集まってくる客達が怪訝な顔で大蔵を
   睨みつけている。泣き叫ぶ子供の味
   方。
大蔵「え、ええええ……?!」

〇デパート・事務所
   子供は嘘泣きをしている。
   大蔵、フロアリーダーに睨まれてい
   る。
フロアリーダー「君、あれだよね、バイトの
 警備の子だよね?」
大蔵「はい」
フロアリーダー「困るんだよ問題を起こされ
 たら……! しかも子供殴るなんて」
大蔵「殴ってません! そいつ(子供)が、
 言い逃れしようとしてるだけです!」
   スリをされたお年寄りも、その様子を
   見ている。
大蔵「(お年寄りに)ね、そうですよね」
お年寄り「もしかしたらこの子が私が落とし
 たお財布を拾ってくれてたのかも……」
大蔵「はあああ!?」
フロアリーダー「明日から来なくていいや」
   大蔵、子供を睨みつける。
   子供、にやっと笑い、年寄りからまた
   財布をすって逃げて行く。
   大蔵、地団駄。

〇デパート・演芸ステージ
   雅、タバコを吸うフリ。
雅・大家「だからなあ、俺は子供ってのがで
 え嫌いになっちまったんだよ。何かっつう
 と楯を持ってそれでぶん殴るんだあいつら
 は。たまったもんじゃねえや」
雅・商人「いやあ、できれば私も、そんな惨
 めな想いはしたくないもんですなあ」

〇大蔵のアパート・郵便受け(夕)
   大蔵、郵便物を取り出す。
   大蔵の手には、求人誌。

〇大蔵のアパート・部屋(夕)
   カップラーメンを食べようとする大蔵。
   しかし、お湯をぶちまけてしまう。
大蔵「うぁっちぃいいい!」
   電話が鳴る。
   大蔵、タオルでやけどを押さえつつ電
   話をとりに行く。
大蔵「(受話器をとり)何だよ!」
   沈黙。
大蔵「あ、すみません……もしもし?」
やよい「たっちゃん?」
   電話の相手は母、林やよい(78)。
大蔵「……母さん?」
やよい「何かあった?」
大蔵「いや、母さんこそ」
やよい「……お父さんがね……」
   目を見開く大蔵。

〇タイトル『しゃべらな』

〇小学校・大蔵のクラス(回想)
   児童たちが一斉に挙手するが、大蔵
   (8)は俯いたまま。
   挙手した児童は指名され作文を読んで
   いる。大蔵の心臓の音が響く。
   ぽと、ぽとっと作文に汗が落ちる。
教師「残ってるのは……林くんか」
隆行「おっ、待ってました師匠!」
   笑う児童たち。
浩 「やめとけやめとけ〜、話し上手はパパ
 だけ〜、あいつはぼんくら噺家ですわ!」
   クラス中が笑う。
   大蔵、自分のズボンをぎゅっと掴む。

〇田舎の駅・前(夕)
   故郷に降り立つ大蔵。
大蔵「……」
   クラクションの音。
   振り返ると、その先に古い車に乗った
   やよいがいる。
やよい「たっちゃん!」(大手を振り、車か
 ら降りてくる)
大蔵「……久しぶ(り)」
やよい「駅の周り便利になったのよ〜」
大蔵「あー(見回し)みたいだね」
やよい「ほら、乗って!」

〇車の中(夕)
   揺れが激しい車内。大蔵は後部座席に
   乗っている。やよいが運転。
   がうんと大きく揺れる車内。
やよい「あ、そうだ。今日ね。落語クラブの
 皆さん達がいらっしゃってるのよ。お父さ
 んに皆が寄席を見せてあげるんだって」
大蔵「! ……俺、その人たちが帰った後で
 も良いよ、見舞い」
やよい「何言ってんの! 挨拶してあげて
 よ。クラブの人ともしばらく会ってないじ
 ゃない」
大蔵「……」
   車が走って行く。

〇病院・内科病棟・父の病室(夕)
   くさり飾りがカーテンレールにぶら下
   げられている。床には直接置かれた座
   布団。
   五人程の落語クラブのメンバーが集ま
   っている。畑中、高橋、会員1、2、
   3。
   林耕三(83)、ベッドに座っている。
畑中「やよいさんは?」
耕三「ん、大蔵を迎えに行くとかで……」
   ドアが開き、やよい、大蔵がはいって
   くる。
やよい「あら! もう準備万端!」
   大蔵、無言で会釈をする。
高橋「お! 久しぶりだな坊主」
大蔵「……(また軽い会釈)」
   大蔵、耕三に歩み寄り
大蔵「……久しぶり」
耕三「……ん」
畑中「順番はどうする?」
会員1「やっぱり高橋さんからでしょう」
会員2「畑中さんに皮切り打ってもらうのも
 悪くないよ」
   高橋、腕を組んで
高橋「どうせなら坊主、やらないか?」
大蔵「……えっ?」
畑中「急に言ったって出来ないだろう」
高橋「大丈夫、耕三さんの息子だよ? なん
 なら昔にやったものをもう一回やるんだっ
 ていいじゃないか」
会員1「寿限無とかだったら難しくないな」
高橋「そうそう、父親に久々のお披露目って
 ことでさ」
   大蔵、俯く。
大蔵「……」
やよい「たっちゃん、どう?」
   高橋、大蔵に歩み寄り、肩を掴んで
高橋「ほら、舞台に舞台に(と座布団へ連れ
 て行く)」
   大蔵、されるがままに座布団の上に座
   らされてしまう。
   大蔵、俯いたまま。
   病室にいる一同が大蔵に注目する。
大蔵「……」
やよい「たっちゃん?」
高橋「何でも良いんだぞ?」
   大蔵、小刻みに震えている。
   小学校の頃に言われた言葉が脳内でよ
   みがえってくる。
浩の声『やめとけやめとけ〜、話し上手はパ
 パだけ〜、あいつはぼんくら噺家ですわ』
   笑い声が大蔵の脳内で繰り返される。
   耕三、大蔵を見つめている。
   大蔵、目をぎゅっとつぶり。
大蔵「(震え声で)できません……」
一同「?」
   大蔵、立ち上がり、病室から駆け出し
   てしまう。

〇車の中(夜)
   行きと同じ配置で座る大蔵とやよい。
   エンジン音だけが車内に響く。
   大蔵、俯いたままである。
やよい「急にあんな事言われたら、困っちゃ
 うわよね。高橋さんが謝っておいてって」
大蔵「……」
やよい「ごめんね。今日帰る予定だった?」
大蔵「……まあ」
やよい「……あ、やだちょっと蚊が飛んで
 る。 たっちゃん、後ろからティッシュと
 って」
   大蔵、振り返り荷物の上からティッ
   シュをとろうとすると、大量の高齢者
   用オムツが積んである。
大蔵「!」
やよい「場所分かる?」
大蔵「! うん」(渡す)
やよい「ありがとう」
大蔵「……父さんって、どのくらいなの」
   沈黙。
大蔵「退院できるの?」
やよい「……難しいでしょうねえ」
大蔵「……」
やよい「お父さん、末期ガンなんだって。ほ
 ら、お父さん病院嫌いだから全然検診とか
 行ってなくて……。倒れて病院に運ばれる
 まで、病気だなんて知りもしなかった」
大蔵「……」
やよい「たっちゃんが来てくれて、本当はお
 父さん、すごく喜んでるのよ」
   車が家に着く。
大蔵「……」
やよい「お父さんのお洗濯物、洗濯機に入れ
 て来ちゃってくれる?」
   やよいに家の鍵を渡され、大蔵、荷物
   を抱えて車から降りる。
   やよい、もう一度車を動かす。
   大蔵、俯き家に入って行く。
◯実家・玄関(夜)
   呆然と立ち尽くす大蔵。荷物の中身を
   覗いてみる。
大蔵「……」
   耕三の汚れ物。
   大蔵、涙が込み上げ荷物をぶちまける。

〇大蔵の回想・実家・居間(夕)
   小学校の頃のクリスマス。
   大蔵、プレゼントを開けた後のようだ。
やよい「よかったねえたっちゃん」
耕三「大蔵、大蔵、これでな、夏祭りの演芸
 大会では一等賞間違いなしだぞ」
   大蔵が貰ったのは渋い扇子。
大蔵「……(嬉しくなく、俯いている)」
耕三「俺が使ってる文久堂の一級品だよ」
やよい「高かったんじゃない?」
耕三「使い方分かるか? (自分の扇子を懐
 から出して)ほら、こうして」
大蔵「……こんなの、いらないよ」
   大蔵、扇子を置きっぱなしにして立ち
   上がり居間から出て行く。
やよい「たっちゃん!?」

〇大蔵の回想・学校・教室(朝)
   クリスマスの話題で持ち切りの教室。
浩 「お前プレステ貰えたのかよー! ずっ
 りー。金持ちは違うよなあ」
隆行「ま、日頃の行いってやつですか〜」
   大蔵、教室に入ってくる。
浩 「あ、大蔵来た!」
達也「なあ、大蔵何貰った? プレゼント」
大蔵「……」
浩 「おーい、言葉、忘れちゃった?」
大蔵「貰ってない」
隆行「え」
大蔵「(とぼけて)俺んち、年寄りだらけだ
 から、クリスマスなんてやらねえんだ」
   大蔵、皆の笑いの中、唇を噛み締め
   る。

〇実家・大蔵の部屋(早朝)
   大蔵、引き出しの奥から昔貰った扇子
   を出す。ずいぶん埃をかぶっている。
大蔵「……」
   大蔵の部屋に、耕三と昔撮った祭りの
   写真が。耕三も大蔵も着物を着てい
   る。
   写真の中の大蔵はここでも俯いてい
   る。
やよいの声「たっちゃん起きたの?」
   大蔵、扇子をさっとポケットにしま
   う。
大蔵「うん」
   やよい、戸を開けて
やよい「今日、稲のおばあちゃまの所に行か
 なきゃ行けないから、先に行ける? お父
 さんのところ」
大蔵「……んん」
やよい「よかった」
   やよい、去って行く。
   大蔵、改めて扇子を取り出し、見つめ
   る。

〇病院・耕三の部屋
   病室に入ると、寝ている耕三。
大蔵「……(荷物を置き、座る)」
   よく見ると細くなった手足。
大蔵「……」
耕三「(目を覚まし)……ん」
大蔵「……あ、おはよう」
耕三「ああ、大蔵か……(起きようと)」
大蔵「あ、いいよ。俺がやる」
耕三「ああ……」
   大蔵、荷物の中からタオルを出し、棚
   に入れる。
耕三「母さんは」
大蔵「稲の」
耕三「ああ、そうか、今日はそれか」
大蔵「いつも行ってるの?」
耕三「あそこのばあさんはもう自分じゃ買物
 も行けなくてな、一週間分をまとめて代わ
 りに母さんが……(咳払い)」
   大蔵、耕三の背中をさする。
大蔵「部屋で、昔貰った扇子見つけたんだ」
耕三「……」
大蔵「……昨日は、ごめん」
   沈黙。
耕三「嫌いか、落語」
大蔵「……」
耕三「そうか」
   耕三、大蔵がいない方に寝返りを打
   つ。

〇同・廊下
   大蔵、今日の分の洗濯物を持って帰ろ
   うとする途中である。
   すると、反対側から高橋の姿が-—。
大蔵「!」
   高橋も大蔵に気付く。
   立ち止まる二人。
高橋「耕三さんいるか?」
大蔵「……はい。あ、あの、昨日は……」
高橋「あー……」
   高橋、頭を掻き、
高橋「昨日、耕三さんに叱られたんだ」
大蔵「?」
高橋「坊主が行った後……、俺はな、『空気
 が読めねえ奴だ』って、お前のことを言っ
 ちまった。……そしたらな」
   ×  ×  ×(高橋の回想)
耕三「……おい」
   高橋、振り返る。
耕三「……おかしいじゃねえか」
高橋「え」
   やよい、俯いている。
耕三「話もよく聞かない間に巻き込んでおい
 て、出来ない方が当たり前だろう。それ
 が、なんだ、空気が読めないだなんだ。ど
 ちらが分からず屋だか」
   ×  ×  ×
高橋「大事にされてるな、お前」
大蔵「……父さんが」
高橋「じゃあ、またな」
   高橋を目で追う大蔵。
   ポケットから、扇子を取り出して見つ
   める。

〇実家・大蔵の部屋(別日)
   耕三のラジカセと向き合う大蔵。
   耕三の声が流れてくる。
耕三の声『昔から水ってえのは、そりゃあも
 う上等なもんだったんでございます』
   やよい、部屋を覗き
やよい「あら、ラジカセなんか出して」
   大蔵、焦ってラジカセを止める。
やよい「お父さんの落語?」
大蔵「あー……、うん」
   やよい、大蔵の隣に座る。
大蔵「母さん」
やよい「……」
大蔵「頼みがあるんだけど……」

〇病院・耕三の部屋
   大蔵、やよいと耕三に向って座ってい
   る。
耕三「……なんだ、話って」
大蔵「……俺が、この家に来てもうちょっと
 で二〇年なんだ」
耕三「……」
やよい「……」
大蔵「似てないのなんて、当然で……。で
 も、たまに似てきたって言われたんだ。
 そしたら、本当の親子みたいで嬉しかっ
 た」
やよい「たっちゃん……」
大蔵「……けど、父さんは話が上手くて、人
 気もあって。そしたら急にお父さんと似て
 ないって言われるようになった。悪気なん
 かないんだろうけどさ」
   大蔵、俯いて涙を浮かべる。
大蔵「それから父さんと同じ事をやるのが、
 怖くて……」
   耕三、深く息を吐き、大蔵の肩に手を
   置いてやる。
   大蔵、思わず涙があふれてしまうが、
   袖でそれを拭い、耕三とやよいに頭を
   下げる。
大蔵「俺、このまま父さんの子供のくせにっ
 て、言われたくない……!」
   大蔵、二人の目を真っすぐ見て
大蔵「(今一度頭を下げ)俺に、落語をやら
 せてください」
   やよい、涙を拭いながら立ち上がり、
   鞄から着物を引き出す。
やよい「……お父さん」
   耕三、やよいが持っている着物を見
   る。
やよい「お父さんの着物、たっちゃんが譲っ
 てほしいって言うの」
耕三「……」
やよい「仕立て直して、たっちゃんにお父さ
 んの着物、着せてあげたい」
耕三「……好きなように、やればいい」
   大蔵、やよい、顔を上げ、見合わせ
   る。
耕三「見返してやるんだろ?」
   耕三、フッと笑顔を見せる。
   一同、口角を上げて笑いあう。

〇実家・大蔵の部屋
   ラジカセと向き合う大蔵。
   いつものように耕三の落語が流れてく
   る。「昔から水ってえのは……」
大蔵「(鏡を前に置き)昔から……」

〇病院・耕三の部屋
   耕三と大蔵、正座して向かい合う。
耕三「だから違うって言ってるだろ。人が茶
 を飲む時はそんな顔しねえんだよ」
   大蔵、もう一度やってみせる。
耕三「違う! お前、そこの湯のみ使ってお
 さらいしてみろ! そんなんじゃ誰も腰入
 れて見れねえよ!」
   やよい、病室の外からそれを覗き見て
   いる。
   看護師1、それを見つけて
看護師1「あら、お入りにならないんです
 か?」
やよい「(振り向き)今熱が入ってるところ
 みたいなのよ」
   看護師1、やよいと一緒に覗き、ク
   スッと笑う。
看護師1「なんだか、二人とも子供みたいで
 すね」
やよい「……ええ」
   大蔵、耕三の湯のみを持って飲むフ
   リ。
   耕三、自分はジェスチャーでやってみ
   せる。
   ×  ×  ×
   耕三、寝転がっている。やよいと大蔵
   はその横に座っている。
大蔵「ありがとう」
耕三「今日で終りじゃないんだ」
大蔵「うん」
耕三「……んん、寝るから帰れ」
   やよいと大蔵、顔を見合わせる。

〇同・入り口(夕)
   やよいと大蔵、一緒に出てくる。
やよい「帰ってくれなんて、珍しいわよね」
大蔵「朝からずっと稽古し通しでちょっと疲
 れてるんだよ。父さんずっと気はってやる
 から……」
やよい「(ふふ、と笑い)楽しそうね」
   大蔵、振り返って病院を見上げ
大蔵「……久々に、ちゃんと父さんと話せた
 気がする」
やよい「! ……ねえ、たっちゃん」
大蔵「?」
やよい「なんか、あの時を思い出しちゃう」
大蔵「?」
やよい「覚えてない? 夏祭りの……」
   大蔵、やよい、駐車場へ。
   病院が夕日に照らされている。

◯林家・耕三の部屋(夜)
   大蔵、耕三のカセットテープを入れた
   箱を漁っている。全て落語のもの。そ
   の中に、10年前の「夏・ぼんぼん唄」
   と書いてあるカセットを見つける。

〇病院・耕三の部屋(夕)
   耕三が寝ている。
   心電図の音が響いている。
   しかし、急に心電図が以上な数値を示
   し、アラームが鳴る……。
   畑中、果物を持って入ってくると、ア
   ラームに気付き、荷物を全て落として
   耕三に駆け寄る。
畑中「……耕三さん? 耕三さん!」

〇同・耕三の部屋(夜)
   大蔵とやよい、駆け足で入ってくる。
   耕三の横には畑中が座っている。
大蔵「! ……」
やよい「あなた」
畑中「……ん、来たぞ耕三さん」
   寝ている耕三。
畑中「さっき、意識が飛んだんだ」
   耕三、か細い息づかい。
大蔵「俺……」
畑中「……落語をろくにやらないんだった
 ら、せめて家族のそばにいてやるくらいの
 ことはできるだろ?」
大蔵「! ……俺は」
畑中「所詮は他人か……」
   畑中、出て行こうとする。
   大蔵、畑中の腕を掴む。
畑中「!」
大蔵「訂正しろ……、訂正しろ!」
畑中「……」
大蔵「俺たちは……!」
耕三「……大蔵」
   大蔵、耕三を見おろすと、耕三が目を
   うっすら開けている。
大蔵「! 父さん(駆け寄り)」
耕三「……もういい」
   畑中、病室を出て行く。
   やよい、畑中を追いかける。
大蔵「! ……(悔しくなり、ベッドのシー
 ツを掴んで声を殺して泣く)」
   大蔵の肩に触れる耕三の手は弱々し
   い。

〇実家・大蔵の部屋
   大蔵、ベッドに座って動かない。
   やよい、部屋を覗き
やよい「……今日は、行かない?」
   やよい、去ろうとするが、もう一度
   戻ってきて
やよい「お使い頼んでもいいかしら」
大蔵「……?」

〇公民館・落語クラブ
   雑巾がけをする畑中。
   ドアを開ける音がし、振り返ると、そ
   こには大蔵が立っている。
大蔵「……」
畑中「……」
大蔵「あの、母から(紙袋を持ち上げ)」
畑中「……」
   畑中、雑巾がけを再開。
大蔵「あの」
   ×  ×  ×
   高橋にお茶を渡される大蔵。茶菓子
   も。
高橋「いやあ、差し入れなんていつぶりか
 な。昨日大変だったんだって?」
大蔵「ああ……」
高橋「何が起こるか分からないからねえ。大
 事にしてやってな、父ちゃんの事」
大蔵「……(畑中を見て)」
高橋「?」
大蔵「あ、はい」
   ×  ×  ×
   大蔵、畑中の稽古の様子を見ている。
   会員1に茶の飲み方の動きを教えてい
   る。すると、畑中はおもむろに湯のみ
   を取り出して会員1に持たせる。
大蔵「!」
高橋「ああ、あれ? 耕三さんの真似っこだ
 よ。実際にやってみさせて、っての。耕三
 さんがいなくなってから畑中さんが皆にや
 らせてるんだ」
   大蔵、畑中を見つめる。
   上手く出来た会員1と笑う畑中。
大蔵「……」

◯実家・耕三の部屋(夕)
   大蔵、カセット入れを探る。
   ぼんぼん唄を見つける。
大蔵「!」
   大蔵、カセットをラジカセに入れる。
耕三の声『あー、子供ってのは、いつの日も
 可愛いもんですな……』
   大蔵の、心臓の音が聞こえる。
   風が吹いている。
   大蔵、窓の外を見つめる。

〇同・出入り口(夜)
   畑中、帰る支度をして出てくる。
   大蔵、物陰から出てくる。
畑中「!」
   大蔵、ぺこっと礼をする。
畑中「……待ち伏せしてたのか」
大蔵「はい」
畑中「なんだ」
大蔵「……僕を、クラブに入れていただけま
 せんか」
畑中「!」
大蔵「父に、自分の落語を見せてやりたいと
 思ってます。……ここなら、父が大切にし
 ていたこの場所なら! 父の技を少しでも
 奪えるような気がするんです」
   大蔵、深々と礼をする。
大蔵「僕に、落語を教えてください……。お
 願いします!」
畑中「!」
   大蔵の姿が昨日のやよいに重なる。
畑中「……水、金、日の十五時からだ」
大蔵「! ……」
畑中「……遅刻するなよ」
   畑中、去って行く。
   大蔵、畑中の背中を見つめ
大蔵「……ありがとうございます!」
   大蔵、また深く頭を下げる。

〇実家・大蔵の部屋(夕)
   疲れてベッドに寝ている大蔵。
   思い出したように起き上がり、ラジカ
   セをベッドまで持ってくる。
   再生。耕三の落語が流れてくる。
耕三の声「あー、子供ってのは、いつの日も
 可愛いもんですな……」

〇実家・大蔵の部屋・前廊下(夕)
やよい「(部屋に近寄り)たっちゃ……」
   やよい、大蔵の部屋からラジカセの
   音が聞こえる事に気付く。
やよい「……」
   やよい、足音を立てぬよう一歩退き、
   居間へ戻って行く。

〇実家・居間(夕)
   居間には食事が並べてある。
   やよい、居間にラップを持って入って
   くる。食事にかけてやるやよい。

〇公民館・落語クラブ・前
   大蔵、やってくるが鍵が開いていな
   い。
大蔵「あれ」
畑中の声「早いな」
大蔵「(振り返り)あ、お疲れさまです」
畑中「焦りすぎるなよ。辞めたくなるぞ」
大蔵「気をつけます」
   畑中、ポケットから鍵を出して開け
   る。

〇公民館・落語クラブ
   舞台の出方の稽古。
   大蔵の前の出番が終り、はける。
   大蔵、出て来て、座布団をひっくり返
   す。そして着席。
   ×  ×  ×
   大蔵、出順のめくりをする。
   紙同士がくっついていたのを剥がそう
   として、破れてしまう。
   高橋、あきれ顔。
   ×  ×  ×
   蕎麦をすする練習。
   畑中、扇子を用いてやってみせる。
   大蔵、真似してみせる。畑中とシンク
   ロした動き。
   落語クラブ一同、目を見開く。
   ×  ×  ×(別日)
   大蔵、部屋を磨き上げる。
   大蔵に習って、他のメンバーも雑巾が
   けを始める。
   大蔵、止めようとするが、動きを止め
   た事を叱られ、慌てて作業に戻る。
   メンバー達の掃除姿を見て、はにかむ
   大蔵。
   畑中、部屋に入って来て驚き、ふっと
   息を漏らすように笑う。

〇公民館・寄り合い所(夕)
   小さな会食を開いている落語クラブ。
   酒、つまみを口に入れながら談笑。
畑中「あー、ちょっと聞いてくれるか」
   畑中、立ち上がる。隣には大蔵。
畑中「今度の祭りの、香盤を決めたいんだ」
   一同「そうだったそうだった」「俺は
   真ん中くらいがなあ」「演目も決めな
   きゃいけねえな」
畑中「あー! で、今回俺はな、大蔵も出し
 てやりたいと思ってんだよ。まあ、入った
 日取りも浅いっていっちゃああれになる
 が、皆はどう思う?」
   高橋挙手。
高橋「そんななあ、本人に聞いてみなきゃ、
 やる気があるかどうかもわからんめ」
一同「だなあ」
畑中「(大蔵に)どうだ?」
大蔵「……あ、えっと……」
高橋「こんな老人達の前であがるくらいで、
 おめえできんのか?」
一同「そうだ」
   大蔵、俯く。視線の先に、自分の椅子
   に敷いてあった座布団を見つけ、手に
   取る。
大蔵「(机の上に座布団を置く)……私林大
 蔵、林大蔵と申す者でございますが……。
 町きっての、親不孝者と呼ばれております
 次第で、あながち嘘ではございません」
   一同、静まる。
大蔵「しかしこの林大蔵、大舞台でえどんで
 ん返し、父の影追い花咲かせるとあっちゃ
 あ、こりゃ示しもつくってもんでございま
 す。だから、そこをひとつ!(机を扇子で
 叩き)席をくれやしませんでしょうか」
   静まったままの一同。
   高橋、拍手をする。
   つられて皆拍手。
会員1「おめえ、演目はどうすんだ?」
畑中「まあこいつも初心者だしな、そんなに
 小難しい奴から始めたって……」
大蔵「あの!」
畑中「?」
大蔵「ぼんぼん唄を、やりたいです」
   一同、また静まる。
畑中「志ん生か」
大蔵「はい」
高橋「そりゃ、耕三さんの……」
畑中「……ぼんぼん唄は、血は繋がらないが
 子供を可愛がっていた夫婦の子別れの噺…
 …。耕三さんに教わったのか」
大蔵「父のテープを見つけて」
畑中「……やろうじゃねえか」
一同「!」
畑中「耕三さんが、こいつに託した華だ」
大蔵「……」
畑中「俺がお前に教えてやる。ただ耕三さん
 には俺も到底及ばない。その分手探りだか
 らキツいぞ」
大蔵「やります」
畑中「……(にっと笑う)」
   大蔵、畑中、握手する。
   一同、うおおと歓声。
大蔵「……宜しくお願いします!」

〇畑中の車の中(夕)
   揺れの多い車内で沈黙する大蔵と畑
   中。
   町が少しずつ暗くなって行く。
大蔵「あの……」
畑中「なんだ」
大蔵「祭りまでに、完成させたいです、噺」
畑中「そうしてくれなきゃ困る」
大蔵「あ、あの、そうなんですけど、その」
畑中「お前には予行練習だろうが」
大蔵「!」
畑中「あれはあれで一生懸命のやつもいるも
 んなんだ」
大蔵「……畑中さん」
畑中「ん」
大蔵「病院、寄ってもらえますか」
   走って行く車。

〇病院・耕三の部屋(夜)
   カーテンを閉切って寝ている耕三。
   大蔵、部屋に入ってくるが、カーテン
   をめくらずに立ち尽くしている。
大蔵「……起きてる? 父さん」
   耕三、大蔵の影を見る。
耕三「……」
大蔵「俺、祭りに出る事になったよ。……落
 語やるんだ。クラブの人と一緒に。父さん
 みたいに出来るか分からないけどさ……」
耕三「……」
大蔵「俺、ぼんぼん唄やるんだ」
耕三「! ……」
大蔵「父さんの着物を着てやるよ、あと、扇
 子も使う。あの時と同じだよ」
耕三「……」
大蔵「それが終わったら……、ここで、父さ
 んに見てもらおうかな」
耕三「……じゃあ」
大蔵「!」
耕三「……俺は、祭りは今年はお預けってこ
 とだな」
大蔵「そうだよ。だから、ここで楽しみにし
 て待っててよ」
耕三「……んん」
   大蔵、口角を上げる。泣きそうにな
   る。

〇公民館・落語クラブ
   ぼんぼん唄を噺す大蔵。
大蔵・子「うわあ〜んあん、あ〜ん」
大蔵・旦那「どうしたんだ、お嬢ちゃん」
大蔵・嫁「あんた、この子きっと迷子だよ。
 親とはぐれちまったんだ。どうすんだい」
大蔵・旦那「どうするったって……、そり
 ゃ、親を一緒に捜してやるしかあるめえ
 よ」
大蔵・嫁「ほら、嬢ちゃん、おいでよ」
大蔵・子「あ〜ん、あ〜ん!」
   畑中、腕を組んでいる。
   大蔵、畑中の顔を見て、止まる。
畑中「……なんでやめるんだ」
大蔵「どこか、おかしかったですか?」
畑中「……子供は人形じゃない、欲に目もく
 らむし、悔しきゃ怒る。お前の子供にはそ
 ういう人間性ってもんがない」
大蔵「……」
畑中「今日は帰れ」
   畑中、大蔵を置いて出て行ってしま
   う。
   落語クラブの他のメンバーが取り残さ
   れた大蔵を見ている。

〇実家・居間
   やよい、シャツにアイロンをかけてい
   る。しわをひとつひとつ伸ばす。
大蔵の声「ただいま」
   やよい、振り返り、今かけているシャ
   ツをハンガーにかける。
やよい「早いのね」
   居間に入ってくる大蔵。
大蔵「今日は帰れって」
やよい「毎日夜まで頑張ってるものねえ。お
 父さんも、楽しみにしてるのよ」
   大蔵、自分のシャツを見つめる。
大蔵「あんまり覚えてないんだ、二〇年前の
 こと」
やよい「……」
大蔵「教えてほしいんだ。子供の時の事」
やよい「……たっちゃん、私はね、私たちと
 一緒に暮らした日々を大切にしてほしい
 の。最強の家族だもん。そうでしょう?」
大蔵「……子供の気持ちが、わからない」
やよい「……」
大蔵「誰かに拾われて、泣いてる子供が、何
 を考えてるのか、お前の演技には気持ちが
 入ってないって……」
   大蔵、正座をして、頭を下げる。
大蔵「……父さんに、俺が出来る一番いい噺
 を見せたいんだよ」
   大蔵、頭を下げたまま。
やよい「……お隣の、空き家覚えてる?」
大蔵「! ……」
やよい「トタン屋根のお家。だいぶ前に、駐
 車場になっちゃったけど……。そこにはね
 え、若い夫婦が住んでたの」

〇やよいの回想・トタン屋根の家・玄関
   大蔵の母、由里子(23)が玄関から出
   てくる。身ごもっているようだ。
やよいの声「夫婦仲がよくてね」
   玄関から追うように夫敦司(22)が出
   てくる。由里子の腰を抱く敦司。
やよい「二人はいつも二人で出かけて、二
 人 で帰って来た。でも……」

〇やよいの回想・実家・玄関(夜)
   玄関のドアを叩く由里子。
   やよいと耕三、玄関へ。
由里子「助けてください……(倒れ)」
   駆け寄るやよいと耕三。
やよいの声「赤ちゃんを産む直前、旦那さん
 の方がいなくなっちゃったの」
   産気づいている由里子。

〇やよいの回想・公園
   まだあどけない子供が砂場で砂をい
   じっている。
   呆然と子供を見る由里子。
やよいの声「一人で育てようって、朝も夜も
 働いて、たまの休みにね、公園で子供を遊
 ばせてあげて……。すこーしずつ、彼女や
 つれていった」
   遊んでいる子供、振り返ると、ベンチ
   に由里子の姿がない。
やよいの声「耐えきれなかったのかもね」

〇実家・リビング(夕)
   呆然と聞く大蔵。
やよい「公園から、一人でその子は帰って来
 たの。賢い子……。大声で泣いて、お母さ
 んを探して……。気になって、その子を迎
 えに行った」
   やよい、アイロンをしまう。
やよい「二人で預かろうってなった時、大蔵
 ね、泣いたよ。三日三晩泣いて、それから
 しばらくして、諦めたのか、忘れたのか、
 よく笑うようになった」
   やよい、タンスから古ぼけた封筒を出
   す。
やよい「……その頃ね、ポストにこれが入れ
 てあったの」
   大蔵、封筒から手紙を出す。美しい字
   で書かれている手紙。
   大蔵が封筒を見ると、旧一万円札が何
   枚かと、便せんが入っている。
   『ごめんなさい。大きくなって 由里
   子』と書かれた手紙。
大蔵「……」
   大蔵、また深々とお辞儀をする。
やよい「……頑張んなさい!(ポンと大蔵の
 背中を叩く)」

〇実家・廊下(夕)
   大蔵、自分の部屋に向っていると、柱
   に何か書いてあるのを見つける。
   柱の傷には、日付が入っている。
大蔵「……(なぞる)」

〇公民館・駐車場(別日)
   花火があげられる。
   人が大勢集まっている中、着物を着て
   舞台を見上げている落語クラブ。
町民6「出順、確認しとくか?」
高橋「どうだ、大蔵」
大蔵「?」
高橋「昔に比べて」
大蔵「小さく感じますね」
高橋「町の祭りなんてこんなもんだ。けど
 な、夜になってこう、大勢人が集まってみ
 ると不思議でな。なんかこう、大舞台で話
 してる気になっちまうんだよ」
大蔵「……(舞台を見て)頑張ります」
高橋「おう、俺もやるぞ!」

〇公民館・入り口(夜)
   祭り囃子の中、浴衣の町民が増え始め
   ている。提灯が揺れ、賑わう。

〇公民館・駐車場・舞台裏(夜)
   畑中、拍手とともに戻ってくる。
会員2「おつかれ、畑中さん」
畑中「今日の客はいいな」
会員1「俺も思った! だって枕の時の笑い
 の量が違うもんなあ」
   畑中、袖で固まる大蔵を見て
畑中「見返してこい」
大蔵「……! はい」
   大蔵、出て行く。
高橋「きざな事言っちゃって」
畑中「あのくらいがちょうど良いんだ」
   大蔵、舞台に座る。
   やよいが舞台裏に走ってくる。

〇同・舞台(夜)
   大蔵、目をキョロキョロさせる。
   観客、じっと大蔵を見ている。
   フッと照明が切れる。
観客「?」
大蔵「?」
   畑中、舞台に上がり大蔵の腕を掴む。
畑中「……来い」
大蔵「でも」
畑中「……来るんだ」
大蔵「……!」
   舞台裏のやよいを見つける大蔵。

〇同・舞台裏(夜)
   大蔵、畑中に連れられてやよいの元
   へ。
やよい「車に乗って」
大蔵「舞台が」
やよい「……乗って(大蔵の手を掴む)」

〇病院・霊安室(夜)
   着物姿のまま、大蔵と畑中は耕三の遺
   体を見ている。
   やよい、へたり込んで耕三の横に佇
   む。
大蔵「祭り、お預けなんてするんじゃなかっ
 た……」
   やよい、うわあ、と声を上げ泣く。

〇葬儀場・会場内
   沢山の町民達、落語クラブメンバーた
   ちが参列している。
   大蔵、一人一人に深くお辞儀。
   やよい、呆然と遺影を見ている。
   親戚達がやってくる。大蔵を見て、礼
   もせず、焼香を上げる。
   ×  ×  ×
   マイクの前に立つ畑中。
畑中「……この町の太陽だと、私はあなたを
 表した事があります。あなたが笑えば皆が
 笑い、あなたが悲しめば皆が泣いた。耕三
 さん、あんたはすごい人だった。私は……
 あなたに心から憧れてた。だから、あんた
 の息子にあんたの心を一生懸命教えたよ。
 もうちょっとだったじゃねえか……」
   畑中、鼻水をすする。

〇葬儀場・軽食スペース
   寿司や酒が並ぶ中、親戚、落語クラブ
   メンバーが座っている。
   大蔵、やよいは端にぽつんと座る。
   親戚達は大蔵を見ている。
親戚1「でも実際、どうなんだ。血縁のない
 奴が全部引き取るって言うのか?」
親戚2「たまったもんじゃないよ、他人の子
 なんてめんどくさいだけで……」
親戚3「よく分からないものは口と家には入
 れるなってね」
親戚2「生まれの悪い人間が親戚にいると思
 うと……ちょっとねえ」
   大蔵、俯いている。酒にも寿司にも手
   を付けていない様子。
   やよい、酒瓶を持って立ち上がり、親
   戚のところへ。
やよい「……ご足労いただき、ありがとうご
 ざいました」
   親戚一同、話をやめる。
やよい「私の故郷では、人間は所作に表れる
 と習います。箸は美しく持て、片膝をつい
 て座るな、食事の時も姿勢正しく、器に果
 てを添え、食事中は肘をつくな……」
   見事にそれを守れていない親戚一同。
   気まずそうにそれを正す。
やよい「……若い頃はそれが疎ましかった。
 けれど、息子ができて私はそれを彼に伝え
 たいと思いました。(親戚を見て)私には
 どうしても、私の息子が家族として恥ずか
 しいとは思えません。……あの子は私と耕
 三の自慢の子、林大蔵です」
   親戚一同、俯く。
やよい「どうぞ、こちらにいらした分もとを
 取れるお食事と、香典をお持ちになってお
 帰りください」
親戚4「そんな……失礼じゃない!」
やよい「霊前で金や子息への無礼な物言いを
 肴にしてお酒を召し上がる……。今の私
 と、どちらが無礼でしょうか」
   大蔵、やよいを見つめる。
   親戚一同、のろのろと荷物をまとめ、
   小走りで出て行く。
   ぽつんと一人座るやよい。
大蔵「……母さん」
   やよい、大蔵を見つめる。
やよい「お寿司、こんなに余っちゃったね。
 私たちで食べちゃいましょう、ね」
   畑中、拍手をする。
   やよいと大蔵、畑中を見る。
   残った人たちがやよいに拍手を送る。
畑中「耕三さんが惚れた理由がわかった」
やよい「まあ、あの人が私を好きだったの
 は、私が、いい女だったからですよ」
大蔵「……」
やよい「(お寿司を口に含み)美味しいね
 お父さん……(涙を流す)」
   大蔵、やよいを抱きしめる。

〇同・会場内
   棺を整えるやよいと大蔵。
やよい「……無念だったのよ、お父さんも」
大蔵「……」
やよい「大蔵の噺、楽しみにしてたの」
   大蔵、棺の角を強く握る。
やよい「でも、楽しい気持ちを持って逝けた
 ……。たっちゃんが側にいてくれただけ
 で」
   業者がやって来て、棺のふたを閉める。
   棺を運ぼうとする業者。
大蔵「……」
   持ち上がる棺。
大蔵「……待ってください!」
一同「?」
   業者、棺を置く。
大蔵「(土下座)僕は、父に見せるために落
 語を勉強していました。父の前で落語をや
 らせてください!」
   静まる会場内。
やよい「……当然じゃない」
   大蔵、頭を上げる。
やよい「父さん、やっと見れるかって、きっ
 とあくびしてるわよ」
   畑中、戻ってくると、その手には耕三
   の着物。
畑中「やよいさんは、何でもお見通しだな」
大蔵「それ……!」
畑中「朝、これを預かれってな」
   大蔵、やよいを見る。
やよい「皆、あなたを助けてくれたのよ」
   大蔵、畑中から着物を受け取る。
大蔵「着せてくれる? 母さん」
やよい「その言い方、お父さんと一緒」
畑中「だがどうする?」
大蔵「……」
畑中「ぼんぼん唄は親子の別れ話。今生の別
 れには、向かねえぞ」
   大蔵、ふっと笑う。
   ×  ×  ×
   大蔵、耕三の遺影の前に座っている。
   一同が大蔵に注目。客席の前には耕三
   の棺も置かれている。
大蔵「……私、林家こん平と申します」
   いつもより少し長めの礼。
大蔵「児童虐待、ネグレクト、世の中には嫌
 なニュースが飛び交っております。自分の
 産んだ子供に、どうやって愛情を注いだら
 いいかが分からないそうです。だいたいそ
 ういう事をする人は、幼い頃に自分が同じ
 ような事をやられた人間が多い。悲しい話
 ですよ」
   座り直す大蔵。
大蔵「でもね、世の中には、こんな夫婦もあ
 るってんだから捨てたもんじゃない」
大蔵・嫁「ねえあんた、また言われちゃった
 よ、あんたんとこ、まだなのかって」
大蔵・夫「なんだ、糞詰まりか」
大蔵・嫁「糞詰まりなんか人様に気にされる
 かってんだよ、違うよ。子供!」
大蔵・夫「子供っつったってお前、お前が
 ぽーんと産んじまえばいいじゃないか」
大蔵・嫁「ぽーんと!? お前が? あん
 た、人を化け物みたいに言わないでおくれ
 よ。このままじゃ跡継ぎもいないだのなん
 だ、肩身が狭いよ。こっちだっていらない
 わけじゃないってのにさあ」
大蔵・夫「うーん、そうはいってもなあ」
大蔵・嫁「あんた、今度百瀬の婆さんが言っ
 てた浅草の観音様っての、行ってみましょ
 うよ。豆腐屋の玄さんなんかもう、犬っこ
 ろみたいにポンポンできたって」
大蔵・夫「ポンポンか」
大蔵・嫁「ポンポンよ」
大蔵・夫「ポンポンか……」
大蔵「ご利益があるならそれじゃあ言ってや
 りましょうってんで、二人はちょいと足を
 伸ばしてお参りに出かけたってわけです」
大蔵・夫「いや〜、こんなに混んでるもんか
 ね。神様だっていちいち覚えてられないだ
 ろうに。ん? 寿司か、いいなあ、あ、
 あっちは蕎麦か」
大蔵・嫁「ちょっとあんた、しっかりしとく
 れよ」
大蔵・夫「なんださっきから行列だらけじゃ
 ないか」
大蔵・嫁「決まってるだろ、お祭りだよ」
大蔵「なんてぶつくさぶつくさ言いつつも、
 二人はこの後何日も何日も観音様の元へ通
 い詰めたそうでございます。満願日になり
 まして、これでご利益も起こるだろうと二
 人は意気揚々と帰って行きます」
大蔵・嫁「これでポンポンね」
大蔵・夫「ポンポンか」
大蔵・嫁「ポーンポーンよ」
大蔵・子「あ〜んあん!」
大蔵・嫁「そうそうあ〜んあ〜ん! ってあ
 んた、何言ってるの」
大蔵・夫「お、俺じゃねえよ」
大蔵・嫁「だって今あ〜んって……。あら、
 ちょっとあんた、見てあそこ(指差し)」
大蔵・夫「ん? 子供が、泣いてるな」
大蔵・嫁「泣いてますよ」
大蔵・夫「おい嬢ちゃん! いったいどうし
 たってんだよ。泣いてちゃ分かんねえよ」
大蔵・子「あ〜ん! あ〜ん!」
大蔵・嫁「あんた、この子きっと迷子だよ。
 最近多いって言うじゃないか、置き去りの
 ……。なああんた、どうすんだい」
大蔵・夫「どうするったって……」
大蔵・嫁「ほら、嬢ちゃん、こっちにおい
 で」
大蔵・子「お父ちゃんも、お母ちゃんも、
 帰って来ないよう、あ〜んあ〜ん」
大蔵・夫「帰って来ねえ? どういうこと
 だ」
大蔵・子「あ〜んあ〜ん」
大蔵「ってな具合でして、どうも聞いてみ
 りゃお嬢ちゃんを置いて両親がでかけたが
 いつまでたっても帰って来ない。町を探し
 て歩いたが、どうにも出来ず、仕舞いにゃ
 迷子になった……、まあこういう具合です
 わな。子供に恵まれない夫婦達はこれも
 観 音様の思し召しと、娘に「おひろ」と
 つけて引き取ることにしたそうです。おひ
 ろは三日三晩泣きもしたがその後はよく二
 人に懐き、すくすくと素直で妖艶な少女に
 育っていったそうでね」
   やよい、大蔵を見つめている。
   畑中、棺の淵をさすっている。
大蔵・夫「おひろ、隣の喜一と祭りに行くの
 か」
大蔵・子「うん! お父さんにもね、お土産
 たんと持って帰ってくるよ」
大蔵・夫「お前はいつも小遣いもねえのに愛
 想だけで皆に可愛がられちまって……、ま
 ったく、俺譲りの愛嬌撒きだな!」
大蔵・嫁「何が俺譲りだ、あたし譲りに決ま
 ってるよ。ねえ、おひろ」
大蔵・喜一「おい、おひろ! お前が遅いか
 ら皆待ちくたびれてるんだぞ!」
大蔵・子「ああ、今行くよ!」
大蔵「てんで、おひろは祭りに出かけていき
 ました。町は盆祭りで、人々は唄を唄い踊
 る。おひろたちも、大声で唄ってみせま
 す。「♪ぼ~ん、盆の十六日、江戸一番の
 踊りは八丁堀」と……」
大蔵・喜一「おいおひろ! お前だけいっつ
 も間違った唄唄いやがって、変な奴!」
大蔵・子「変じゃないやい!」
大蔵・夫「おいおいどうしたってんだ。唄ど
 うこうで大事にしやがって、どうでもいい
 じゃねえか」
大蔵・喜一「だって、こいつ、江戸一番の踊
 りは相生町って言うんだ!」
大蔵・夫「相生町……?」
大蔵「これはもしやと、夫婦は翌朝相生町に
 おひろを連れて行くことにいたしました」
大蔵・夫「もし、そこの。この辺で、子供を
 捨てた親なんて聞かねえか」
大蔵・町民「子供を捨てた……? そんな
 おっかねえ話は聞かねえなあ」
大蔵・夫「だよなあ。やっぱり勘違い」
大蔵・町民「でもな。子供がいなくなっちま
 ったってのなら、越前屋のご主人よ」
大蔵・嫁「越前屋?」
大蔵・町民「ちょうどあんたが連れてる子く
 らいになってるのかな。いやあ不幸な話で
 ね、ここで待ってろとお嬢さんのお守りを
 買うから待ってろってとこで、人ごみに紛
 れてはぐれてしまったそうなんだよ。娘想
 いのいいご主人だったのに、まったく不幸
 な話だよなあ」
大蔵「夫婦はおそるおそるその越前屋ののれ
 んをくぐってみました。すると驚き、おひ
 ろに瓜二つの主人がいる。夫婦も馬鹿じゃ
 ない。おひろも、自分お生みの親のところ
 に行くのが幸せだあ……」
   大蔵、話がぴたっと止まる。
   ざわつく一同。
   大蔵、一人一人の顔を見つめる。
   耕三の棺。静かに眠る耕三。
大蔵「お前は本当の家へお帰りという両親に
 おひろは、こう言いました」
大蔵・子「お父ちゃん、お母ちゃん。あたし
 は、お父ちゃんとお母ちゃんが大好きだ
 よ。あたし、忘れてた。お父ちゃんとお母
 ちゃんは、本当のお父ちゃんとお母ちゃん
 じゃなかったってこと。でもね、……でも
 ね、それでも二人はあたしのお父ちゃんと
 お母ちゃんなんだ。♪ぼ〜ん、ひろの母ち
 ゃん、江戸一番の自慢のお母ちゃん! ♪
 ぼ〜ん、ひろの父ちゃん、江戸一番の自慢
 のお父ちゃん!」
   やよい、耕三の棺を覗き込む。
   大蔵、ふっと真顔に戻り、
大蔵「越前屋の両親を説得するには大変骨が
 折れました。しかし彼らも、おひろが幸せ
 に、健康に育つならばと、夫婦におひろを
 託したのです。そんなめまぐるしい毎日が
 続きましたが、おひろと夫婦がこの先とも
 に暮らせる喜びには叶わなかったそうです
 (深く礼)」
   畑中、口火を切るように拍手。
   みんな続いて拍手。
   大蔵、そのまま顔を上げない。

〇実家・居間(夜)
   耕三の遺骨が置いてある。
大蔵「父さん骨でかかったね」
やよい「頑丈だったのよ、骨だけはね」
   大蔵とやよいは晩酌をしている。
大蔵「明日からもさ、こうやってたまに飲ま
 ない?」
やよい「えー……」
大蔵「何だよ」
やよい「なんだか、たっちゃんらしくなくて
 気持ち悪い」
大蔵「失礼な母親」
やよい「変な息子」
   耕三の遺影。遺影の前には同じ杯で酒
   がつがれている。大蔵、自分の杯と耕
   三の杯をぶつける。

                 終  

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