なぎの日、 恋愛

春が近づきつつある頃、 自称・最悪の日を過ごした川崎直之は、ストレスを解消しようと風俗店に行く。 そこで出会った風俗嬢・桜井奈津子とある「約束」をしてしまった直之は住所を教えてしまう。 翌日、直之は部屋に来た奈津子から「約束」をエサに振り回されるが……。
あらいかわこうじ 34 0 0 03/15
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第一稿

●登場人物
川崎 直之(かわさき・なおゆき)/23歳。主人公。
桜井 奈津子(さくらい・なつこ)/25歳。ヒロイン。
波子(なみこ)/26歳。同じく、ファッションヘルス「チェ ...続きを読む
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●登場人物
川崎 直之(かわさき・なおゆき)/23歳。主人公。
桜井 奈津子(さくらい・なつこ)/25歳。ヒロイン。
波子(なみこ)/26歳。同じく、ファッションヘルス「チェリー・ブロッサム」の風俗嬢。
六郎(ろくろう)/30歳。直之が暮らすマンションの大家。


◎路上(朝)
   晴れ渡った空。季節は、春までもう少し。
   路上を桜井奈津子(25)が
   紙のようなものを片手に歩いていく。
   奈津子は辺りを見回しながら、同じ道を戻っていく。
   そしてもう一度、奈津子は同じ道を歩いていく。
   立ち止まった奈津子はゆっくり息を吸い込んで、
   前方に歩き出す。
   奈津子の目の前にあるのは、1棟のマンション。

◎マンション・エントランス(朝)
   マンションに入ってすぐ横にある
   郵便受けを見ている奈津子。
   郵便受けで目的の部屋を見つけた奈津子は、
   その部屋を目指して歩いていく。

◎マンション・部屋の入口(朝)
   奈津子は部屋のドアから少し離れて、
   表札を確認している。
   ドアの覗き穴に顔を近づける奈津子。
   ドアノブに触れようとしてやめる奈津子。
   深く息を吸い込んで、
   インターフォンに指を近づけていく奈津子。

◎川崎直之の部屋(日替わり)
   ワンルーム。こたつに座椅子。誰もいない。
   離れたところから、川崎直之(23)の声が聞こえる。
直之「どうもありがとうございましたー」
   部屋のドアを閉じる音がする。
   部屋に戻って来たジャージ姿の直之は、
   コーヒーカップを片手に座椅子に腰を下ろす。
直之「どこまで話したっけ? ……、そうそう。つまり、一昨日は『最悪』だったんだ」
   コーヒーを一口飲む直之。
直之「君も知っている通り、僕に悪意は微塵もなかったんだよ。実際に書いたものを読めば、
 誰だってわかるはず。なのに……、“それ、違う!”ってキレるヤツが現れて」
   直之は、またコーヒーを一口飲む。
直之「だから、SNSの話だよ。ホント、言葉は捉え方で変わっちゃう。
 そこからはあっという間。僕のあることないことが書き込まれて、
 気づけば僕は悪意の人になってた。恐ろしいよ。
 といっても、大したフォロワーはいないんだけど」
   直之は、ポケットから煙草を取り出して、
   100円ライターで火を点ける。
直之「そのことばかり考えていたからさ、次の日、仕事が手につかなくて。当然、怒られた。
 誰に? 上司に。仕事が1ミリも進んでなかったんだから当たり前だけど。
 一つ何かが最悪だって思ったら、行き着くところまでその気持ちは消えないんだよ」

◎一昨日の直之の部屋(日替わり・夜)
   薄暗い部屋の中。
   スーツ姿の直之が敷きっぱなしの布団の上で
   体育座りをしている。
   部屋のあちこちに散乱しているCDやDVD。
   ビールの空き缶やワインの空き瓶も床にいくつも転がっている。
   食べ散らかしたお菓子の袋がそこかしこに放り出されている。
直之M「だから、じっとして、じっとして最悪な気分が過ぎ去るのを待とうと努力したんだ」
   携帯ゲーム機で遊ぶ直之の体が左右に揺れている。
直之M「でも、我慢できなくて、呑んで、食べて、ゲームして」
   布団の上で、ヘッドフォンを付けた直之が踊り狂っている。
直之M「音楽聴いたり、映画観たり」
   直之は、仰向けで布団に寝転んでいる。
   読んでいたコミックを放り投げ、すぐ横にあった雑誌を開く。
直之M「漫画を読んで……」
   直之は雑誌を閉じると、仰向けになって天井を見ている。
   酔っている直之は、ふらふらと立ち上がって部屋を出て行く。
   が、すぐに戻ってきてテーブルの上の財布を掴み、
   中身を確認して、もう一度部屋を出て行く。
直之M「それでもモヤモヤしたから」
   遠くでドアの閉まる音が響く。

◎路上(夜)
   ふらふらと直之が夜の街を歩いていく。
   ネオンが直之の酔いに合わせて揺れている。
直之M「部屋を出て、何かないかなあって探して。入ったんだ、『チェリー・ブロッサム』。
 気になってたんだよ、あの駅前のファッションヘルス」

◎チェリー・ブロッサム・室内
   ピンク色の照明があたるベッドに2組の足。
   1組は、女性(奈津子)。足を組んで手に紙を持っている。
   もう1組は、直之。焦りながらパンツを履いている。
奈津子「明日、ホントに行くよ」
直之「……、うん」
奈津子「約束だからね」
直之「……、うん」
   パンツを履き終わった直之は出て行こうと立ち上がる。
   その瞬間、直之の腕を掴んだ奈津子がベッドに引き戻す。
   奈津子の顔が直之に近づく。
   直之は奈津子から目を逸らして後退る。
直之「な、何?」
   さらに、直之に顔を近づけた奈津子は疑いの目をしている。
奈津子「約束だぞ」
   直之は少し引きつりながら、奈津子との距離を取る。
直之「は、はい、わかりました」
   奈津子の表情に笑みが浮かぶ。
奈津子「楽しみにしてなよ、この好きモノめ」

◎直之の部屋前(日替わり・朝)
直之M「でもさ、ホントに来るとは思わないよ、普通」
   奈津子の指がインターフォンを押す。
   直之の眠そうな声が聞こえる。
直之「はい」
奈津子「約束通り、来たよ」

◎直之の部屋
   直之は躊躇いながらインターフォンを戻してドアを開ける。
   薄暗い室内に入口から光が射し込んでくる。

◎直之の部屋前
   直之はドアを開けて顔を出す。
   奈津子はインターフォンの側に座っている。
   奈津子は、じっと直之を見上げる。
直之「ホントに来たんだ」
   奈津子はそれに答えず立ち上がると、
   直之を押しのけて部屋に入っていく。

◎直之の部屋・玄関
   部屋に上がり込んだ奈津子は、室内を見渡している。
直之「何しに来たの?」
奈津子「そこ、何?」
   奈津子は、バスルームを指差す。
直之「お風呂」
奈津子「そこは?」
   奈津子は、トイレを指差す。
直之「トイレ」
   直之が答える前に、奈津子はリビングに入っていく。
直之「え? ちょっと待って」
   直之も奈津子を追いかけていく。

◎直之の部屋・リビング
   奈津子は、上着を脱ぎながら部屋全体を眺めている。
   直之はどうしていいかわからず、奈津子と距離を置いてなぜか正座する。
奈津子「約束したよね?」
直之「一応」
奈津子「一応?」
直之「約束はしたけど……」

◎直之の部屋・リビング(日替わり)
   直之は、コーヒーカップを口元に持っていくが入っていない。
直之「約束? 基本的に、僕は一人が好きだろ。いつも休みは部屋に一人だし」
   直之は煙草を1本取り出すが、元に戻す。
直之「だからさ、その人に“人間、最後はやっぱり一人だと思う”って言ったんだ。
 でも、“二人の方が楽しいよ”って言われて」
   直之は煙草を取り出して、今度は火を点ける。
直之「だったら、二人でいる楽しさを教えてよって言ったら、“ここじゃちょっと。住所、教え
 て”って。……で、教えちゃった」
   直之は立ち上がり、冷蔵庫からビールを取り出す。

◎直之の部屋・リビング(日替わり)
   奈津子は、銜えた煙草に火を点ける。
奈津子「バスタオル、貸して?」
直之「バスタオルね。……え? いきなり?」
   笑顔でピースサインをする奈津子。
奈津子「2枚」
   直之は困ったような、嬉しいような表情で立ち上がり、
   タオルを取りに行く。
   直之がタオルを取りに行ったのを見て、部屋を物色する奈津子。
   奈津子は、1枚のDVDを手に取って直之のいる方に見せる。
奈津子「これ、面白かった?」
   直之が何か答えるが、それを無視してCDの山を物色する奈津子。
奈津子「これ、知ってるー、RCサクセション。よく聴いてた」
   奈津子は敷きっぱなしの布団にうつ伏せになり、
   RCサクセションのCDを見ている。
   直之がバスタオルを持って戻ってくる。
直之「何やってんの?」
奈津子「あのさ、この布団、イカ臭い」
直之「布団がイカ?」
奈津子「君のような男子の臭い」
   奈津子は意地悪そうに笑って起き上がると
   直之からバスタオルを受け取り、臭いを確かめる。
奈津子「臭く……、ない」
直之「洗濯したばかりだから」
奈津子「洗濯機、あったんだ」
直之「洗濯ぐらい、するよ」
   正座だった直之は、拗ねたようにあぐらをかく。
   その姿を見て奈津子は笑みを浮かべる。
奈津子「シャワー、浴びてくる」
   奈津子は、バスタオルを持って立ち上がる。
奈津子「君との約束はそれから、かな。川崎君でいい?」
直之「いいけど……」
奈津子「不満そうだなあ」
直之「不満?」
奈津子「じゃあ、名前は?」
直之「あ、え、直之」
奈津子「ナオで、どう?」
直之「いいよ、何でも」
   奈津子が直之に顔を近づける。
奈津子「ホントに?」
   後退りながら、何度も頷く直之。
直之「ホント、ホントです」
奈津子「よかろう」
   直之に笑いかけて奈津子はリビングを出ていく。

◎直之の部屋・キッチン
   シャワーの音が微かに聞こえる。
   キッチンに置いてあった水のペットボトルに手を伸ばす直之。
   水を一口飲む直之。
直之「イカねえ」

◎直之の部屋・リビング
   直之は布団のシワを伸ばして、枕を嗅ぐ。
   布団に頭を突っ込んだ直之が顔を出す。
直之「まあ、いいや」
   テーブルの上にあった財布を取り、
   1万円札を2枚取り出してみる直之。
直之「出張費もつくからなあ」
奈津子「甘いなあ」
   直之が振り返る。
   バスタオルを巻いた奈津子が手元を覗いている。
   直之は奈津子の胸元をじっと見る。
直之「そうなんだ」
   奈津子は、濡れた髪を別のバスタオルで拭う。
奈津子「私の場合は、ね」
   直之は、まだ奈津子の胸元から目を離せない。
直之「そうなんだ」
奈津子「そんなことより、ナオもシャワー。今日、浴びてないでしょ?」
   自分の臭いを確かめる直之。
直之「イカ臭い?」
奈津子「何でもいいから、シャワー。時間ないよ」
直之「時間制なんだ」
奈津子「そういうもんでしょ、人生は」
直之「何分経った?」
奈津子「30分?」
   適当に答える奈津子。
   直之は慌ててバスルームに消えるが、すぐに戻ってくる。
直之「あの……、名前、聞いてなかったんだけど?」
奈津子「知りたい?」
直之「ぜひ」
奈津子「奈津子」
直之「じゃあ、なっちゃんで」
奈津子「ナオ、いくつ?」
直之「え? あ、23です」
   奈津子は、直之の正面に立つ。
奈津子「だと思った。私、25。最低限の敬い方ってあると思うよ」
直之「あ……、ですよね。じゃあ、奈津子さん、シャワー浴びてきます」
   腰を低くして、ゆっくりとバスルームに消えていく直之。

◎直之の部屋・リビング(日替わり)
   テーブルの上に、ビールの空き缶が2つ転がっている。
   直之は、空のグラスに新しいビールを注ぐ。
直之「風俗嬢が風俗嬢として部屋に来たとしたら、やることはひとつだよね? そうなんだよ。
 そうだと思ったんだよ」

◎直之の部屋・リビング(日替わり)
   布団が片づけられている。
   テーブルの上にある灰皿もキレイになっている。
   カーテンも窓も全開で、暖かい陽が部屋に入り込んでいる。
   服を着た奈津子は床に座って、持ってきた絵はがきを見ている。
   バスタオルを巻いた直之がリビングに入ってきたのに気づくと
   絵はがきをCDの山に隠す。
直之「えっ?」
奈津子「何? 片づけて欲しくなかった?」
直之「そういうことじゃなくて」
奈津子「早く服着た方がいいよ。窓開けてるから。寒くないの?」
   直之は、確実に寒さを我慢している。
直之「ホントに着替えていいの? それって、ルール?」
奈津子「ルール? 裸でいたいならいいけど。多分、風邪引くよ」
   直之は少し考えるが、寒さに耐えきれずに着替えを取りに行く。
   直之が着替えに行ったのを見て、奈津子は窓を閉め、鍵を掛ける。
   最後に、カーテンを閉める。
   奈津子が上着を羽織り始めると、直之がジャージ姿で戻ってくる。
奈津子「それでいいんだ?」
直之「何が?」
奈津子「出かけるけど」
直之「え? 外? そうなの?」
奈津子「そうだよ」
直之「聞いてなかったから」
奈津子「ダメなんだ。そうなんだ。約束はどうでもいいんだ」
直之「そういうことじゃないけど……、そういう経験がないから」
奈津子「行くよ」
   奈津子は、直之の言葉を聞かずに部屋を出て行く。
   直之は奈津子が出て行った入口を見て、呆然としている。

◎直之の部屋(日替わり)
   直之はビール2本と柿ピーを持って来て、座椅子に腰を下ろす。
直之「まあ、そのあたりでそういうことではないんだってわかってきたよね。
 でもさ、“行くよ”って言われて、嫌がるのもどうかと思って。暇だったのもあるけど、
 あの人の圧がすごくて。違うな。嫌って言えなかっただけでした」
   直之は、ビールをグラスに注ぎ、柿ピーの袋を開ける。
直之「どこまで行ったと思う? わかんないかあ。わかるワケないかあ。江ノ島。神奈川の。
 ここから片道1時間半。ちょっとした旅行だよね。よく行ったよなあ……、俺」

◎江ノ島までの直之と奈津子/点描
   一人で歩いている奈津子に、着替えた直之が追いついて横に並ぶ。
   直之と奈津子の肩が軽く触れ合う。
   慌てて距離を取る直之。
   駅のホームに立っている二人。
   電車から見える風景が流れていく。
   時折、直之と奈津子は話したり、笑ったり、黙ったり。
奈津子M「いつも休みは何してんの?」
直之M「映画観たり、音楽聴いたり、ゲームしたり」
奈津子M「引きこもりだ。暗いんだ。モテないんだ」
直之M「モテるかどうかは別の話だと思うけど……、奈津子さんは?」
奈津子M「休み? 何もしてないよ」
直之M「何もしないの?」
奈津子M「寝てる。それから……、何で教えなきゃいけないの?」
直之M「いや、別に……、いいですけど」
   奈津子が直之の肩に頭を乗せて寝ている。
   直之は嬉しそうな顔をしている。
   路線図に『江ノ島』。
   直之と奈津子が江ノ島電鉄・藤沢駅のホームに立っている。
   電車に乗った二人は並んで座っている。
   窓の外に海が広がる。
直之M「彼氏は?」
奈津子M「いるよ」
   直之と奈津子は江ノ島駅の改札に向かっていく。
   前方に見える海を目指して歩いていく。
直之M「今日はどうしてんの?」
奈津子M「彼氏? 今日はいないよ」
直之M「何、それ?」
奈津子M「今日はナオでもいいかな」
直之M「でもって」

◎砂浜
   奈津子が一人、砂浜をゆっくり歩いている。
   缶コーヒーを持った直之が追いつく。
   缶コーヒーを受け取った奈津子は、その場に座る。
   奈津子は缶コーヒーを頬にあてて、ぬくもりを味わっている。
   直之は横に腰を下ろす。
直之「そろそろ教えて欲しいんだけど」
奈津子「約束のこと?」
直之「そう」
奈津子「例えば、缶コーヒー。気づいたら冷めてない? さっきまでアツアツだったのに」
   奈津子は缶コーヒーを持つ直之の手に、
   自分の手を重ねてぎゅっと握り締める。
直之「あっつ!」
   慌てて手を離した直之は、驚いた顔で手を振る。
   奈津子は笑っている。
奈津子「最初はこんなに熱いのに、ね」
直之「そのままにしてたら、ぬるくなるよ」
奈津子「そっ。何でもそうだなあと思わない?」
直之「何でも?」
奈津子「ご飯も、仕事も、恋も」
直之「そうかなあ」
   奈津子は砂をすくい上げて、風に飛ばす。
奈津子「でもね、ずっとあったかいのもあるんだよ。ずーーっとあったかくて、冷たくならな
 い。放っておいて、そろそろぬるくなったかなって触ってみてもあったかくて。冷蔵庫に入れ
 て、冷凍庫に入れて、もういい加減って思っても、まだあったかくて」
   空を見上げる直之。
直之「それって……、いいことだと思うけど」
奈津子「私もそう思う。でも、いいかどうかわかんなくなってる」
   奈津子は立ち上がると、砂を払って歩き出す。
   直之は歩く奈津子の姿をしばらく見つめて立ち上がり、
   追いかけていく。

◎海の見える路上
   奈津子のすぐ後ろを直之は歩いている。
奈津子「あったかいっていいなあって思ってるはずなのに、苦しくて、痛くて、どうしようもで
 きなくて。どうしたらいいんだろ? これ」
直之「じゃあ、やっぱり一人がいいんだよ」
   奈津子がくるりと振り向く。
奈津子「一人もいいよ」
直之「そこ、肯定していいんだ?」
奈津子「だって、一人がいいときもあるから。引きこもりたいときとか。ナオみたいに」
   奈津子は直之を指差して、くるくると人差し指を回して笑う。
   奈津子は直之を見たまま、後ろ歩きをする。
   直之は奈津子との距離を保って、ついて行く。
直之「だったら、二人でいる良さって何?」
   奈津子は立ち止まり、直之も合わせて立ち止まる。
奈津子「だから、言っとるやろ」
直之「言っとる?」
   奈津子は、直之に手を伸ばす。
奈津子「ほら、ナオ」
直之「え?」
奈津子「いいから、握る」
   直之は戸惑いながら、奈津子の手を握る。
   奈津子は、そのまま直之の横に立つ。
奈津子「どう?」
直之「あったかい……」
奈津子「だよね」
   奈津子は直之の手を握ったまま、歩く。
   奈津子に引っ張られて、直之も歩く。
直之「これが二人の良さ?」
奈津子「どう思う? こんなこともできちゃうんだよ」
   奈津子はそのまま大きく手を振る。
   直之はされるがままに振り回される。
直之「あ、お、いや、ちょっと待って」
   奈津子は直之の反応を無視して、手を振り続ける。
奈津子「楽しくなってきたあ」
直之「ん? いや、ちょ、ちょっと」
奈津子「楽しくない?」
直之「恥ずかしいんだけど」
   直之の顔は赤くなっている。
奈津子「いいなあ、その顔。このまま、もうちょっと歩こう」
直之「あ、え? このまま」
奈津子「今日の彼氏はナオでもいいって言ったじゃん」
   奈津子は直之の手を引っ張る。

◎路上
   直之と奈津子は手をつないだまま、人混みの中を歩く。

◎喫茶店・店内
   窓際に座り、語り合っている二人が見える。

◎防波堤
   手をつないだまま歩いていく二人。
   防波堤で釣りをする人の釣果を覗き込む奈津子。
   直之の動きはぎこちないが、奈津子の表情を楽しそうに見ている。
   二人はそのまま防波堤の先まで歩いていく。

◎防波堤の先(夕)
   直之と奈津子は防波堤に座り、海を見ている。
   二人はまだ手をつないだまま。
直之「ちょっとお腹が震えるんだけど」
奈津子「お腹? 寒い?」
直之「本気で何か言おうと思ったら、お腹が震えて、声が震えてくるんだよね」
   奈津子は何も答えずに海を見つめている。
   直之は深呼吸する。
直之「奈津子さんの好きな人って、いいなあと思って」
奈津子「彼氏のこと? じゃあ、ナオじゃん」
直之「本気で話しているんだけど」
奈津子「悪ぃ、悪ぃ」
   直之の強い口調もどこ吹く風、楽しそうな表情で海を見ている。
   その姿に直之の表情は緩む。
直之「僕は一人が好きな人間だけど、今日は二人でいるのも楽しいなって思った。
 あったかいし」
奈津子「ほう、そうかい」
   直之は笑いながら、頷く。
直之「初めてそう思った気がする」
奈津子「初めて? 23で女のコと手を握るの、初めて?」
直之「そこじゃなくて、二人が楽しいって思ったことがなかったなって。そう思わないようにし
 てたっていうか、楽しませないといけないって気持ちばかりだったというか」
奈津子「それは大変だ」
直之「だから、奈津子さんがずっと好きな人はいいなって。奈津子さんもいいなって」
   奈津子は、つないだ直之の手を強く握る。
   直之は奈津子を見る。
   奈津子は海を見て、少し微笑む。
奈津子「でも、ずーーっとあったかいのも苦しいよ」
直之「それでもあったかいって、いいと思う」
奈津子「どうして?」
直之「やさしくなれる……、そんな気がしたから」
奈津子「やさしかったよ、ナオは。ありがと」
   奈津子は、直之の頬にキスをする。
   直之は固まる。

◎点描
   夕暮れの海辺が波の満ち引きで静かに時間を刻んでいく。

◎防波堤の先(夕)
   直之とつないでいた手を離す奈津子。
   直之は離れた奈津子の手を見る。
奈津子「今気づいたんだけど、ナオって意外にいい声だね」
   奈津子は立ち上がる。
奈津子「行くね」
   直之も立ち上がり、パンツの汚れを払う。
直之「仕事?」
   奈津子は微かに笑って歩き出す。
   直之も一緒に行こうと歩き出す。
   が、奈津子が立ち止まる。
奈津子「もう大丈夫。ここからは、一人で帰るから」
   奈津子が歩き出す。
   直之は振り返らない奈津子を見て、そのまま見送る。
直之M「もちろん、一緒に帰りたいって思ったよ」

◎直之の部屋(日替わり)
   ビールの空き缶に埋もれて眠っていた直之が顔を上げる。
直之「でも、そうしちゃいけない気がして。奈津子さんも言ってたから。“一人がいいときもあ
 る”って」
   グラスに残っていたビールを飲み干す直之。
直之「それでも、もう一度会いたいって思ったから……」

■チェリー・ブロッサム・室内(日替わり・夜)
   緊張気味の直之が下を向いてベッドに座っている。
   一人の女性(足しか見えない)が近づいてくる。
波子「お待たせ〜」
   顔を上げた直之は困った表情になる。
   波子はベッドに座って、足を組み直之を見る。
波子「何、何? いい女、選びすぎた?」
   波子は、直之の顔を指差す。
波子「あーー、昨日も来てくれたコじゃない。この好きモノめ」
直之「奈津子さんは?」
   波子はベッドに手をつく。
波子「奈津子? ここにはいるのは、波子。昨日会ったのも、波子。奈津子? そんなコはいなかったと思うけど」
直之「約束……、しましたよね?」
   波子は天井を見上げる。
波子「うーん……、約束? また来てねえとか指切りした?」
直之「二人でいる楽しさを教えるって」
波子「あーー、した! したと思う」
直之「ここじゃちょっとって、僕の住所、聞きましたよね?」
波子「えっ、そう?」
   波子は自分の荷物を漁って、直之の住所が書かれた紙を見つける。
波子「あれ? あれあれ」
直之「明日、行くからって」
波子「あ、そうそう。うんうん。あれはーー、あれはねえ。何というか、社交辞令という
 か……。ホントに行くなんて思わないでしょ? 普通」
直之「普通、そうですよね」
   立ち上がって出て行こうとする直之の腕を波子が掴む。
波子「どこ行くの?」
直之「今日は帰ります」
波子「今日は? そんなこと言ってーー。ここでも、二人の楽しさはたっぷり教えられるのよ」
   直之は波子に腕を引っ張られてベッドに倒れ込む。

◎直之の部屋(日替わり)
   直之は頬杖をつき、散乱している柿ピーを適当に摘んで口に運ぶ。
直之「誰だったんだろう? なあ?」
   直之の反対側には、腕を突き上げたヒーローのフィギュアがある。
直之「君は答えようがないか」
   部屋のインターフォンが鳴る。
   立ち上がってインターフォンを取る直之。
直之「はい」
   インターフォンを通して、六郎(30)の声が聞こえる。
六郎「こんちはー」
   直之はインターフォンを戻して、ドアを開ける。

◎マンション・直之の部屋前
   六郎がニヤニヤしながら部屋に入ろうとするのを押し出す直之。
六郎「あー、いやー、こんちはー。お湯、出るようになった?」
直之「さっき修理の人が来てくれて。ありがとうございます、大家さん」
六郎「違うよ、俺」
直之「違う?」
六郎「俺、大家さんじゃなくて、息子。大家の息子さん。六男坊。だから、六郎さん。
 自分で“さん”付けするのもなんだけど。いいよ、いいよ。いつも部屋を訪ねるのは俺だから
 ね。家賃もらってるのも、まあ、俺ん家だし。それよりさ、表札、変えた方がいいよ」
直之「表札?」
   『川崎』と書かれた表札。
   六郎と二人で表札を見る直之。
六郎「郵便受けも。前に住んでた川崎さんのまんまでしょ?」
直之「そのままでいいかなって」
六郎「そのままじゃダメでしょう、そのままじゃ。あなたは誰ですか?って話になるから」
直之「僕も川崎なんです」
   六郎はポケットから紙を取り出して、確認する。
六郎「お、川崎だ! 川崎直之さんだ。前の人と関係あるの?」
直之「関係、ですか?」
六郎「3カ月前に、亡くなったから」
直之「え?」
六郎「あ、関係ないのね。でも、事故物件じゃないから。川崎さんは交通事故。もちろん、前の川崎さん。今の川崎さんだったら、どうするんだって話だよね。俺は誰と話してんだってことになるよ。だから、この部屋は関係ない。うん、何も関係ない。うんうん」
直之「そうだったんだ」
六郎「表札、書き換える?」
直之「あ、いや……」
六郎「同じだからね。好きにしていいよ。郵便屋さんとか宅配さんが困ってないかなあと思っただけ。じゃあ、また何かあったらいつでも連絡して」
   六郎はニヤニヤしながら去っていく。
   六郎を見送った直之は振り返り、もう一度表札を見上げる。

◎直之の部屋・リビング/点描
   直之はビールの空き缶をごっそりゴミ箱に放り込む。
   部屋に掃除機をかける直之。
   直之は奈津子が感想を聞いてきたDVDをじっと見ている。
   ベランダで煙草を吸っていた直之は室内に戻り、
   CDの山から奈津子が見ていたRCサクセションのCDを取る。
   CDの下に1枚の絵はがき。
   宛先は『福岡県福岡市…… 桜井奈津子様』
   送り主は、『川崎武史』
   裏返すと絵の上に手書きの文字。
   『約束やけん、ここにおる。いつでもおいで。
   江ノ島でもどこでも好きなとこにつき合うちゃっけん』
直之「だから、江ノ島」

◎点描
   直之はポケットからスマホを取り出して、何かを検索する。
   スマホをテーブルに置いてカーテンを閉めに行く。
   薄暗くなった室内で服を脱ぎながら、どこかに行く直之。
   スーツ姿で戻ってきた直之は、スマホを内ポケットに入れ、
   絵はがきを口にくわえて、
   財布の中身を確認した直之がリビングを出て行く。
   遠くでドアが閉まり、鍵を掛ける音が響く。

   ●暗転●
   タイトル『なぎの日』の文字が浮かぶ。
   しばらくすると
   どこかの部屋のインターフォンが鳴る。
直之「あ……、えっと……、ナ」
   タイトル『なぎの日』が、『なぎの日、』に変わる。

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