FIRST AIDERS ドラマ

救急搬送が民間も含めて自由競争となって一年。救急搬送業大手のQ&Qサービスに勤める白石さゆ美(23)は、九十九拓也(39)率いるライバル社・FIRST AIDERSの金に糸目をつけないやり方に、煮え湯を飲まされ続けていた。
マヤマ 山本 29 2 0 02/05
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第一稿

<登場人物>
九十九 拓也(39)FA社の社員
白石 さゆ美(23)Q&Qの社員
安田 大和(44)同社長
郷原 元気(26)同社員
宮本 未久(21)バスの乗客
白石 ...続きを読む
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<登場人物>
九十九 拓也(39)FA社の社員
白石 さゆ美(23)Q&Qの社員
安田 大和(44)同社長
郷原 元気(26)同社員
宮本 未久(21)バスの乗客
白石 佐千代(59)さゆ美の母
薮川(21)Q&Qの救急隊員
鮫島(64)同

総務部長(50)
事務長(61)
救命医(33)
アナウンサー
患者A(66)
患者B(55)
患者C(77)
受付 声のみ



<本編>
○道路(夜)
   サイレンを鳴らし走る救急車。
アナウンサーの声「救急車利用の有料化に伴い、救急搬送業が民間との競争自由化となって一年が経ちました」

○FA社・コールセンター(夜)
   テレビではニュース番組の映像が流れている。
   多数の座席があるが、今は九十九拓也(39)しかいない。九十九の座る席には電話とパソコンのモニターが三つ。
アナウンサー「今日は、飛躍的に成長を遂げた救急搬送業の今後について、経済ジャーナリストの……」
   電話が鳴り、受話器を取る九十九。
九十九「(コテコテの関西弁で)はい、こちらファーストエイダーズエマージェンシーコール。会員番号とお名前お願いします」
   キーボードを入力する九十九。それぞれのモニターには顧客情報、地図、救急隊情報などが次々と映し出される。
九十九「確認がとれました。現在はどないな状況で? ……ほう、陣痛でっか。ほな、通常の救急隊に助産師も付けておきますわな」
   全モニターに「complete」の文字。
九十九「今ウチの救急隊が向かいますので。ほな、お大事に」

○メインタイトル『FIRST AIDERS』

○松武屋百貨店・外観

○同・事務所
   机を挟んで向かい合って座る白石さゆ美(23)と総務部長(50)。総務部長の前には名刺が置いてある。
さゆ美「弊社の救急搬送サービスは、民間では唯一サイレンの使用が許可されており、他社と比べ、安全で迅速に、かつ安価な救急搬送を実現しております」
総務部長「なるほどね〜。でも、ウチは全店舗一括でファーストエイダーズさんと契約してるからね」
さゆ美「しかし、FA社さんは高額な会員費がかかるとお聞きします。弊社の法人向けプランなら、よりコストを抑え……」
九十九「おもろい事言うの〜、若いの」
   振り返るさゆ美。入口に立つ九十九。
さゆ美「? どちら様ですか?」
九十九「今しがた噂されとったもんや」
   さゆ美に「FIRST AIDERS 九十九拓也」と書かれた名刺を渡す九十九。
さゆ美「(気まずそうに)FA社……。あ、私は……(名刺を取り出そうとする)」
   さゆ美の隣の席に座る九十九。総務部長の前に置いてある名刺を手に取る。
   「Q&Qサービス 営業三課 白石さゆ美」と書かれた名刺。
九十九「何や、あの『安い、早い、美味い』のQ&Qはんでっか」
さゆ美「弊社はファーストフード店ではありません。そんな事より、まだ私どもの商談の途中なんですけど」
九十九「ほう、そうやったんでっか? てっきり、もう結論は出てるとお見受けしましたけど。ねぇ、部長?」
総務部長「そうですね。もう時間ですし、今日の所はお引き取り願えますか?」
さゆ美「そんな……。では、また」
   渋々と席を立つさゆ美。総務部長のPHSが鳴る。
総務部長「あ〜、ちょっと失礼。(電話に出て)はい、どうかしました? ……お客様が? わかりました、すぐに向かいます」
九十九「何か問題でっか?」
総務部長「お客様が、どうやら手術痕が開いてしまったとかで、救急対応です。少しだけ失礼してよろしいですかね?」
九十九「ほな、私も同行させてもらいます。現場の様子を見るええ機会ですわ」
総務部長「もちろんです。どうぞ」
   一緒に部屋を出て行く九十九と総務部長を見送るさゆ美。おもむろにスマホを取り出す。

○同・廊下
   総務部長の後ろを歩く九十九。その後方からやってくるさゆ美。
さゆ美「すみません。よろしいですか?」
総務部長「聞こえていませんでしたか? 今はそれどころでは……」
さゆ美「いえ、聞こえていましたので、弊社の救急隊にも連絡を入れておきました」
総務部長「え……何故ですか?」
さゆ美「救急搬送は時間が勝負です。なので出過ぎた真似かとは思いましたが、弊社の対応スピードを、是非一度ご覧いただきたいと思いまして」
九十九「ウチと競争するつもりでっか?」
さゆ美「はい。お気を悪くされたのなら申し訳ありませんが……」
九十九「ええんとちゃいまっか?」
さゆ美「え?」

○同・地下駐車場
   エレベーターから降りてくる九十九、さゆ美、総務部長。
さゆ美「もし、弊社の救急隊の方が先に到着した暁には、ぜひとも契約のご検討をお願い致します」
総務部長「大した自信ですね」
さゆ美「弊社の救急搬送サービスは『安くて早い』のが売りですから」
九十九「なるほど。ただウチは『高いけど早い』んですわ」
   九十九が指す先。既にFA社の救急車が停められている。
さゆ美「!? もう着いてる……?」
九十九「これからも、お互い頑張りましょうや。ほな。(救急隊員に向かって)お疲れさん。頼むで、ほんま」
   その様子をじっと見ているさゆ美。

○同・外
   出てくる九十九。
   その前に姿を見せるさゆ美。
九十九「何や、まだ居ったんか。Q&Qさんって、暇なんでっか?」
さゆ美「どうしても気になった事がありまして。今、よろしいですか?」
九十九「どうぞ」
さゆ美「御社の救急車の到着が、あまりにも早いと思いまして。弊社でもせいぜい、出発時間が整う程度の時間しか経っていなかったハズなのに、まるであらかじめスタンバイしていたかのようでした。どんな手をお使いになられたんですか?」
九十九「ほう。早さの秘訣を直接同業者に聞く、言うんか?」
さゆ美「……やっぱり、教えられる訳ないですよね。すみません」
九十九「ええんとちゃいまっか?」
さゆ美「え?」
九十九「おもろい姉ちゃんやから、特別に教えたるわ。言うても、大した事はしとらんて。姉ちゃんの言うた通り、あらかじめスタンバイしとっただけの話や」
さゆ美「どういう事ですか?」
九十九「常駐しとるんや。ウチの救急隊と救急車が。松武屋の全店舗に」
さゆ美「常駐!? 全店舗!?」
九十九「いくらQ&Qさんが早い言うても、そもそも移動する距離が違いまっからな。ウチの方が早いいう寸法ですわ」
さゆ美「けどそんなやり方、人件費だけでとんでもないコストが……」
九十九「なぁ、姉ちゃん。アンタの命、なんぼや?」
さゆ美「え? そんな値段なんて、付けられる訳ないじゃないですか」
九十九「そういう事や。こちとら人の命に関わる仕事してるんでっせ。コストなんて二の次や」
さゆ美「そんな事言っても、私達は民間企業です。コストを度外視なんてできません」
九十九「せやからウチは、高額な会員費貰うてますわ。その代わり、救急搬送の仕方に関して、金に糸目は付けまへん」
さゆ美「……」
九十九「姉ちゃんもよう考えとき。大事なのは命か、コストか」

○Q&Q本社・オフィス
   朝礼が行われている。多数の従業員の前に立つ安田大和(44)。
安田「コストだ!」
   安田の話を聞いているさゆ美、郷原元気(26)ら。
安田「ウチは安さで勝負してるんだ。他社より一円でも価格を抑える事で業績を伸ばしてきたんだ。だからこそ、優秀な人材を一円でも安く雇い、ギリギリの人員でいかに効率よく仕事を回すか。そういう事を考えるんだ。わかったな」
   うんざりした表情のさゆ美。
さゆ美の声「どう思います?」
    ×     ×     ×
   座席が隣同士なさゆ美と郷原。企画書を読んでいる郷原。
郷原「『拠点を増やして、現場への到着速度を上げる』か。そりゃあまぁ、正論だと思うけど……」
さゆ美「やっぱり、ゴーサインは出ない?」
郷原「今日も朝礼で言ってたしね。拠点を増やせば維持費やら人件費やらが余計にかかっちゃう訳だし」
   企画書をさゆ美に渡す郷原。
さゆ美「余計、ですか」
郷原「白石もさ、そんなに一生懸命仕事する事ないんじゃない? お互い、大した給料貰ってないんだし」
さゆ美「そんな言い方……」
   電話が鳴り、受話器を取る郷原。
郷原「はい、郷原。……あちゃ〜。(通話口を押さえ、さゆ美に)白石、仕事」
さゆ美「え?」

○聖斗会病院・外観
   大きな総合病院。
さゆ美の声「どういう事ですか!?」

○同・事務長室
   机を挟んで向かい合って座るさゆ美と事務長(61)。
さゆ美「弊社の救急車が搬送してきた患者さんを受け入れないって」
事務長「『受け入れない』とは言ってませんよ。ただ『救急科ではなく他の科で扱いますよ』と言ってるだけで……」
さゆ美「同じです。それって『タクシーで病院に行って一般の外来を受診する』のと同じ扱いって事ですよね? もはや弊社の救急車を救急車と扱っていただけていないようにお見受けします」
事務長「仕方ないでしょう? おたくが搬送してくる患者さんは緊急性のない方々ばかりですし、救急隊員も話の通じない方が多すぎる、と現場からクレームが上がっているんですよ」
さゆ美「それは、その……」
事務長「とにかく、ウチは公共機関と他社さんの救急車は受け入れるけど、おたくのはよその科に回すから。宜しく」
さゆ美「全然よろしくありません。そんな事をされては、弊社のサービスの質がますます低下してしまって……」

○同・ロビー
   椅子に座り、肩を落とすさゆ美。立ち上がり、歩いて行く。さゆ美が座っていた場所に置き忘れられる企画書。そこにやってくる九十九。企画書を手に取る。

○居酒屋・外観(夜)

○同・中(夜)
   カウンター席に座るさゆ美。
さゆ美「(ビールを飲みながら)ったく、ふざけんじゃないっての。こんな安月給でこき使われて、頭下げて怒鳴られて……」
   さゆ美の隣の席に座る九十九。
九十九「姉ちゃん、隣よろしいでっか?」
さゆ美「どうぞ。(九十九に気付いて)あ、FA社の九十九さん……」
九十九「随分と荒れてまんな」
さゆ美「すみません、お恥ずかしい所を」
九十九「ええやんけ」
さゆ美「え?」
九十九「誰にだって、ガス抜きは必要や。せっかくやし、今日は奢りまっせ」
さゆ美「いやいや、そんな事していただく訳には……」
九十九「ここは一つ、年長者の顔を立ててもらえまっか?」
さゆ美「……では、お言葉に甘えて」
九十九「そういえば今日、聖斗会病院に居りましたな。お見かけしましたで」
さゆ美「……まぁ、ちょっとトラブルがありまして」
九十九「事務長はんから聞きましたで。救急患者の受け入れを拒否されたそうでんな」
さゆ美「さすが、お耳が早いですね。前にも別の病院で同じ事言われた事があって、正直、参ってます」
九十九「ほな、ウチ来まっか?」
さゆ美「……はい?」
九十九「前にも言うた通り、ウチは救急搬送の仕方に関して、金に糸目は付けまへん。それは人材集めも一緒や。お見受けした所、姉ちゃんは優秀やし熱意もある、特に『手段を選ばん』辺り気に入りましたわ」
さゆ美「『手段を選ばん』って、いつそんな事……」
   企画書を取り出す九十九。
九十九「『拠点を増やして、現場への到着速度を上げる』でっか……」
さゆ美「え、ちょ、何でそれを?」
   慌てて企画書を取り返すさゆ美。
九十九「病院で拾いましたんで、目を通させてもらいましたわ。せやけど、こないなもん持ち歩くもんとちゃいまっせ?」
さゆ美「出る時バタバタしてたんで、カバンに入れちゃってたみたいです。へぼい企画書で、お恥ずかしい限りですよ」
九十九「ようまとまってた思いまっせ。ただその内容、この前どっかの同業者から聞いた話を参考にしたんとちゃいまっか?」
さゆ美「それは……」
九十九「ええやんけ。ええもんはどんどん取り入れる。品質向上のためなら手段を選ばん。そういう若いもんが欲しかった所や」
さゆ美「そうやって、色んな所から引き抜きしてるんですか?」
九十九「せやな。この前もタクシーの運ちゃんを引き抜いた所や」
さゆ美「タクシーの運転手?」
九十九「あん人らは近道抜け道よう知っとるんでね、救急車のドライバーとして引き抜きましたわ。もちろん、それなりの待遇を用意させてもろうてね」
さゆ美「なるほど、そういうスピードアップの方法もあったんですね」
九十九「もちろん、姉ちゃんもウチに来てもろうたら、今よりええ待遇を用意できると思いまっせ」
さゆ美「それは、お給料って話ですか?」
九十九「それはもちろん、有給やら産休、育休あたりの制度も充実しとるし、何よりまだ歴史の浅い業界や。『一緒に成長して行こう』いう気概がありまっせ」

○アパート・外観(夜)
   安そうなアパート。
九十九の声「今の会社やと、安い給料でこき使われとる上」

○同・さゆ美宅(夜)
   風呂上がりのさゆ美。ベッドに腰掛ける。目の前のテーブルには企画書と九十九の名刺が置いてある。
九十九の声「せっかく作った企画案も、通らんのとちゃいまっか?」
   企画書と名刺を手に取るさゆ美。
九十九の声「ええ返事、期待してまっせ」
さゆ美「そんな事言われても……ねぇ」
   スマホが鳴る。
さゆ美「(電話に出て)はい、白石です。明日ですか? いや、私、明日から救急隊の現場研修なんで。……いや、それくらい郷原さんが自分でやって下さいよ。……え、ちょっ……(電話が切れて)ったく」
   スマホを置き、地図を手に取るさゆ美。広げて読む。
さゆ美「さて、と……」

○Q&Q出張所・外観
   「Q&Qサービス出張所」の看板。
   Q&Qの救急車がサイレンを鳴らして発進する。

○救急車・中
   運転する薮川(21)とストレッチャー脇に座るさゆ美と鮫島(64)。全員救急隊の服装をしている。
さゆ美「あの、鮫島さん。今日は本当にこの三人だけなんですか?」
鮫島「みたいだねぇ。でもほら、救急隊って三人いればいいんだし、運転する薮川君と僕と白川さんで、ちょうどいいでしょ?」
さゆ美「白石です。でも、研修で来てる私を人数に含めて大丈夫なんですか?」
薮川「だったらさ、人増やしてよ。本社の人なんしょ?」
さゆ美「はぁ……」

○ショッピングモール・広場
   飲食店をはじめとした多数の店や、憩いの広場などがある施設。多数の客が行き来している。
   二組のカップルが歩いている。双方の男性が揃って腹を押さえうずくまる。

○一軒家・前
   停車するQ&Qの救急車。ドアの前に立つさゆ美と鮫島。
さゆ美「(インターホンに)Q&Qサービスです」
   患者A(66)が出てくる。
患者A「あぁ、ご苦労さんご苦労さん」
さゆ美「患者さんは中ですか?」
患者A「いや、俺だよ。俺」
さゆ美「はい?」
患者A「聖斗会病院まで頼むよ。今日、定期検診なんだ」
さゆ美「あの、失礼ですが、緊急性のない救急車のご利用はご遠慮いただきたいんですが……」
患者A「何だと? コッチは金払ってんだよ。いいから、とっとと出せ」
さゆ美「な……」
鮫島「石川さん、ここは言う通りにしましょうよ。ねぇ?」
さゆ美「白石です。(男性患者Aに)でしたら、どうぞタクシーで行って下さい」
患者A「わかんない奴だな。そんな事したら、診察受けるまで順番待たなきゃならないだろうが」
さゆ美「……残念ですけど、この救急車で行っても外来でお並びいただく事になりますよ?」
患者A「は?」

○救急車・中
   中に戻ってくるさゆ美と鮫島。運転席で笑っている薮川。
薮川「凄ぇな、今日断りすぎっしょ」
さゆ美「いつも、ああいう人ばっかなんですか?」
鮫島「まぁ、そうだねぇ」
さゆ美「そりゃ、拒否されるわ……」
薮川「あ、じゃあ次の現場行くよ? そこのショッピングモールで食中毒だって」
さゆ美「了解です」
   さゆ美のスマホが鳴る。
さゆ美「こんな時に……。(電話に出て)郷原さん、すみませんが今取り込んでて」
郷原の声「知ってるし。食中毒でしょ?」
さゆ美「え?」

○Q&Q本社・オフィス
   電話をかけている郷原。以下、適宜カットバックで。
郷原「白石が向かってるその現場、実は他にも患者がいるらしくてさ」
さゆ美「二往復する必要がある、って事ですか?」
郷原「いや、そうじゃなくて。ウチだけじゃなくて、FA社にも通報した人がいるらしいんだよ」
さゆ美「FA社にも? でも、両方に通報って事は、FA社の救急隊が常駐してるって訳じゃないんですね」
郷原「そう言う事。通報時間もほぼ同時だしまさに『よーいドン』の競争って訳」
   郷原の視線の先、気を揉む安田。
郷原「しかも運の悪い事にこの話、社長の耳にも入っちゃってさ」
さゆ美「え、社長に?」
郷原「白石、もし負けたら……ヤベェぞ?」

○FA社・オフィス
   通話中の九十九。
九十九「今ウチの救急隊が向かいますので。ほな、お大事に」
   不敵な笑みを浮かべる九十九。

○救急車・中
   通話中のさゆ美。
さゆ美「……全力を尽くします」
   電話を切るさゆ美。車が動いていない事に気付く。
さゆ美「ちょっと、薮川さん。何で車止まってるんですか?」
薮川「仕方ねぇっしょ」

○道路
   片道一車線の道路。両方で渋滞が起きている。
薮川の声「渋滞してて動けねぇんだから」

○救急車・中
   運転席を覗き込むさゆ美。フロントガラス越しに周囲を見回す。
さゆ美「何でこんな細い道を?」
薮川「だって、ナビがそう言ってたから」
   救急車の左側に横道を見つける。
さゆ美「確かこの辺は……」
   目を閉じるさゆ美。

○(フラッシュ)アパート・さゆ美宅(夜)
   地図を広げているさゆ美。

○救急車・中
   目を開くさゆ美。
さゆ美「その横道、入って」
薮川「え? もっと細い道じゃん。入ってどうすんの?」
さゆ美「私がナビします。次を右で」

○道路
   細い路地を縫うように進む救急車。

○救急車・中
   運転する薮川とナビするさゆ美。
さゆ美「で、そこの突き当たりを右で」
薮川「凄ぇな。何、この辺地元なの?」
さゆ美「いえ、全然。この辺の地図は昨日覚えました」
薮川「さすが本社の人」
さゆ美「(時計を見て)大丈夫。周辺の道路は渋滞してるし、このまま着けば勝てるハズ」

○ショッピングモール・広場
   到着するQ&Qの救急車。降りてくるさゆ美と鮫島、目の前の状況を見て驚愕の表情。
さゆ美「そんな……」
   視線の先、FA社のヘリコプターがある。
さゆ美「ヘリコプターって……」

○(フラッシュ)松武屋百貨店・外
   対峙する九十九とさゆ美。
九十九「救急搬送の仕方に関して、金に糸目は付けまへん」

○ショッピングモール・広場
   離陸するヘリコプターを見上げるさゆ美。
さゆ美「また負けた……」

○Q&Q本社・オフィス
   安田の前に立つさゆ美。
安田「とんだ失態だな、白石。あれだけの人の前でFA社なんぞに負けやがって。おかげでウチがどういう印象を持たれたかわかるか? 『あぁ、やっぱりQ&Qは安いだけなのね』だぞ?」
さゆ美「でもこの間は『ウチは安いのが売りだ』って……」
安田「いくら安くたって、遅かった意味ないだろうが。大体、ウチはサイレン有り、アッチはサイレン無しだぞ? 何で負けてんだよ」
さゆ美「だから、アッチはヘリで……」
安田「言い訳はいい。どうやったら今回の損失を取り戻せるか、考えとけ」
   席に戻るさゆ美。隣の席に座る郷原。
郷原「とんだ貧乏くじ引かされたな」
さゆ美「(呟くように)辞めようかな……」
郷原「ん? 何か言ったか?」
さゆ美「あ、いえ……」
佐千代の声「辞めてどうすんだ?」

○白石家・リビング(夜)
   電話で通話しながら、机の前にカードを広げている白石佐千代(59)。
佐千代「他の会社がかいしき受からなくて、やっと見っけた就職先だろ?」
さゆ美の声「まぁ、ね」
佐千代「(並べられたカードを見ながら)今転職すると、いい人にいきあえなくなる、って出てるな。止めた方がいい」

○アパート・さゆ美宅(夜)
   スマホで通話中のさゆ美。以下、適宜カットバックで。
さゆ美「また、占い?」
佐千代「あらかた当たるって評判なんだよ」
さゆ美「(小声で)電話越しにやって意味あんのかね?」
佐千代「それに、いい仕事じゃんか。救急車を、その、何かやってくれるんだろ?」
さゆ美「何かって……まぁ、うん」
佐千代「コッチでもたまに見るよ、お前の会社の救急車。ホント、お父さんの時にお前ん所の会社があってくれればねぇ」
さゆ美「はいはい」
佐千代「何だい、その気のない返事は。とにかく、せっかく入った会社なんだから、ちゃっと辞めたりすんなよ? お父さんも言ってたじゃんか。『誰かに必要とされる人間になれ』って」
さゆ美「そうだねぇ……」
   九十九の名刺を手に取るさゆ美。

○FA社・外
   九十九の名刺を手に持ち、建物を見上げるさゆ美。
さゆ美「来ちゃった……」

○同・受付
   看板と内線電話のみが置かれた簡易な受付。
   内線電話をかけているさゆ美。
さゆ美「私、Q&Qサービスの白石と申しますが、九十九様はいらっしゃいますでしょうか?」
受付の声「申し訳ございません。九十九はただいま外出中でございます」
さゆ美「あ、そうですか……。でしたら、出直しますので。はい、失礼致します」
   受話器を置くさゆ美。
さゆ美「(一息つき)……だよね」
   踵を返し出て行こうとするさゆ美。そこに立っている九十九。
さゆ美「あ……」
九十九「何や、姉ちゃんやないか。どないしたんでっか?」

○同・応接室
   前面ガラス張りの部屋のため、多数のオペレーターがスタンバイする隣のコールセンターの様子がよく見える。
   向かい合って座る九十九とさゆ美。
さゆ美「(コールセンターの様子を見て)凄い数ですね。ウチとは大違い……」
九十九「まぁ、昔は夜になると一人しかオペレーター居らんような時期もあったんやけど、今はここまでになりましたわ。やっぱり、いざと言う時に電話繋がらんかったら、意味ありまへんからな」
さゆ美「確かに」
九十九「それより、この間のショッピングモールの一件、聞きましたで。姉ちゃんも救急隊に居ったそうやないか」
さゆ美「負けましたけどね」
九十九「謙遜せんでよろし。ウチはもっと圧勝かと思うとったんやで? あの日はヒドい渋滞やった。裏道よう知らんと、あない短時間では着けまへん」
さゆ美「それは、まぁ」
九十九「タクシードライバー引き抜いた話がお役に立ったようでんな」
さゆ美「……」
九十九「ええやんけ。その飽くなき向上心。よっぽどやる気あらんと、そこまで出来まへん。姉ちゃん、この業界によっぽど強い思いがあるんちゃいまっか?」
さゆ美「……一昨年、父が倒れたんです。それで、救急車呼んで。でも、搬送中に亡くなりました」
九十九「そら、辛い事聞いてもうたな」
さゆ美「いえ。でも母は未だに『救急隊が遅いからだ』なんて怨んでます」
九十九「そない遅かったんでっか?」
さゆ美「多分、一般的な時間だったと思います。ただ、母の言う事もわかるんです。あの救急車を待っている間の一分一秒は、本当に長く感じますから」
九十九「それで、この業界に?」
さゆ美「誰も私や母みたいな思いをしないように、一秒でも早い救急搬送を実現させるのが、今の目標です」
九十九「ええやんけ。……で、ウチにはいつから来られまっか?」
さゆ美「はい?」
九十九「何や、今日はその話しに来たんと違うたんでっか?」
さゆ美「それは……。あの、その話、本気……なんですか?」
九十九「本気も何も、冗談でそないな話しまっかいな。ウチとしては、今のが面接のつもりやったんでっせ? それとも何か、ウチに不満でもありまっか?」
さゆ美「不満はないですけど、競合他社に転職するというのはモラルに反して……」
九十九「全てはより良い救急搬送のためや。そのためなら、手段は選びまへん。姉ちゃんと一緒や」
さゆ美「一緒、ですか……?」
九十九「それに、姉ちゃんの目標を実現するには、Q&Qはんには失礼やけど、ウチの方が近いんとちゃいまっか?」
さゆ美「……」
九十九「まぁ、ゆっくり考えて貰うて構いまへん。……ただ『競合他社』いう呼び方だけは直してもらいまっせ」
さゆ美「え?」
九十九「我々は同業者や。競う相手ちゃう。我々が競うべきは命や。時間や。他に競うべきもん、何かありまっか?」
さゆ美「それは……」

○Q&Q本社・オフィス
   朝礼が行われている。多数の従業員の前に立つ安田。
安田「他社だ!」
   安田の話を聞くさゆ美、郷原ら。
安田「客は他社との比較でウチを選ぶんだ。他社より安くて、他社より早いからウチを選ぶんだ。だからこそ、断じて他社に負けてはならない。わかったな」
    ×     ×     ×
   朝礼が終わり、解散する一同。
安田「おい、白石」
さゆ美「はい」
   さゆ美の名が記入された有給休暇申請書を手に持つ安田。
安田「これは、何だ?」
さゆ美「えっと、ですから、今度父の三回忌があるので、有給の申請を……」
安田「そんなのは、この間の損失を取り戻してから言え」
さゆ美「うぅ……」

○居酒屋・中(夜)
   カウンター席に並んで座るさゆ美と郷原。
さゆ美「(ビールを飲みながら)ったく、ふざけんじゃないっての。有給休暇ってのは権利であって……って、聞いてます?」
郷原「聞いてる聞いてる。で、結局どうすんだ?」
さゆ美「父の法事ですよ? 行くに決まってるじゃないですか。当日欠勤して、後から有給で処理してもらいますよ」
郷原「大丈夫か、ソレ? 思いっきり会社に喧嘩売ってるし」
さゆ美「こすい作戦なのはわかってますけどいいんですよ。クビになったとしても、いざとなったら……」
郷原「なったら?」
さゆ美「……いや、別に。ところで、今日の飲み代は郷原さんの奢りですか?」
郷原「奢る訳ねぇし。言っとくけど、俺も白石と給料一緒なんだかんな」
さゆ美「ですよね」

○高速バスターミナル(朝)
   スキー客らしき一団が並んでいる。
さゆ美の声「もしもし? うん、今から帰る所。そう、高速バスで」

○高速バス・中(朝)
   スキー客らしき一団が多数を占める中、喪服姿で座っているさゆ美。スマホで通話中。
さゆ美「仕方ないじゃん、新幹線で帰るお金なんてないんだから」
佐千代の声「今からでもいいから、新幹線に変えたらどうだい?」
さゆ美「は?」

○白石家・リビング(朝)
   電話で通話しながら、机の前にカードを広げている佐千代。以下、適宜カットバックで。
佐千代「お金なら、立て替えてくれさえすればコッチで何とかするから」
さゆ美「どうしたの?」
佐千代「えらい嫌なカードが出たんだよ」
   佐千代の手元、おどろおどろしい柄のカード。
佐千代「お父さんが倒れた時も、同じカードが出てたんだから」
さゆ美「また占い?」
佐千代「おしゃらかすんじゃないよ。それにちょうど今くらいの時期だっただろ? お父さんが倒れたの」
さゆ美「……そりゃ、三回忌やるくらいだからね」
佐千代「……とにかく、新幹線で来な」
さゆ美「いいよ、このままバスで行くから。今更変えるのもかったるいじゃん。それじゃ、また着いたら連絡するから」

○高速バス・中(朝)
   電話を切るさゆ美。
   さゆ美の脇を通る宮本未久(21)の財布からFA社の会員証が落ちる。
さゆ美「(会員証に気付き)あ〜、とにかく着いたらまた連絡するから。じゃ」
   電話を切り、会員証を拾うさゆ美。
さゆ美「FA社の会員証……? (未久の元に駆け寄り)あの、落としましたよ」
未久「え? あ、すみません。ありがとうございます」

○走っている高速バス(朝)
   山道を走っている。

○高速バス・中(朝)
   空席となっているさゆ美の隣の席にやってくる未久。手にはお菓子。
未久「あの、良かったらどうぞ」
さゆ美「え? あ、ありがとうございます」
未久「さっきのお礼です。アレ失くすと、親にめっちゃ怒られるんで」
さゆ美「あ〜、FA社の会員証ですもんね」
未久「お詳しいんですね」
さゆ美「えぇ、まぁ。でもFA社って、法人専門だと思ってたんですけど、個人でも契約できたんですね」
未久「あ〜、よくわからないんですけど、パパの会社の福利厚生だとかで、社員とその家族全員がココの救急車使えるらしいんですよね」
さゆ美「へぇ、そんなサービスまで……」
   揺れる車内。
未久「さっきからこのバス、何か揺れてません?」
さゆ美「そういえば……」
   大きく揺れる車内。
さゆ美「ちょっと、どうなって……?」
   運転席側を覗き見るさゆ美。バスが蛇行しているのがわかる。
   対向車線に大型バス。
さゆ美「え、嘘でしょ……?」

○白石家・リビング(朝)
   机に向かいカード占いをする佐千代。手に取ったカードは、先ほどと同じくおどろおどろしい柄のカード。
   棚の上のコップが床に落ちて割れる。

○山中(朝)
   激突し、転倒している二台のバス。
   多数の負傷者が道路に出ている。足を引きずりながらも、負傷者へ声をかけつつ歩くさゆ美。その手にはスマホ。
さゆ美「大丈夫ですか? ……(電話に対して)あ〜、もう。全然繋がらないじゃん」
   少し考え、再び電話をかけるさゆ美。

○Q&Q本社・オフィス(朝)
   電話に出る郷原。以下、適宜カットバックで。
郷原「お電話ありがとうございます。Q&Qサービス、郷原がお受けします」
さゆ美「あ、郷原さん。白石です」
郷原「あ〜、アレか、当日欠勤の連絡か。風邪にする? 頭痛にする?」
さゆ美「今、それどころじゃなくて。信州のコールセンターに、事故の通報って入ってます? 回線パンクしてるみたいで、全然繋がらないんですけど」
郷原「え? あ〜、ちょい待ち。(パソコンを操作し)お、めっちゃ通報来てるし。何があった?」
さゆ美「二台のバスが正面衝突して、多分五〜六〇人はケガしてます」
郷原「ひょっとして、白石もその一人?」
さゆ美「まぁ、私は軽いからまだいいですけど。とにかく、そういう事なので、一台でも多くコッチに回してもらえますか?」
郷原「あ〜、わかった。手配してみる」

○山中(朝)
   電話を切るさゆ美。再び周囲の人に声をかけてまわる。
   そこに倒れている未久。頭から血を流しており、意識はない。
さゆ美「ちょ、大丈夫ですか? 意識がない……えっと……」

○(フラッシュ)高速バス・中(朝)
   FA社の会員証を拾うさゆ美。

○山中(朝)
   倒れている未久の傍らにいるさゆ美。
さゆ美「そうだ」
   未久の所持品を漁るさゆ美。FA社の会員証を見つけると、再びスマホを取り出す。
九十九の声「はい、こちらファーストエイダーズエマージェンシーコール。会員番号とお名前お願いします」
さゆ美「お名前は、宮本未久さん。会員番号は……」

○FA社・コールセンター(朝)
   通話しながらキーボードを操作する九十九。以下、適宜カットバックで。
九十九「なるほど、状況はわかりました。……ところでその声、Q&Qはんの所の姉ちゃんとちゃいまっか?」
さゆ美「え、九十九さん? コールセンターのお仕事もされてるんですか?」
九十九「細かい話はまた今度。ウチの救急隊が着くまで、そこで待っとってな」
   全モニターに「complete」の文字。
九十九「ほな、お大事に」

○山中(朝)
   倒れている未久の傍らにいるさゆ美。切れた後のスマホを見つめる。
さゆ美「『待っとって』って……。もしよその救急隊が先に来てもココに居ろよ、って事? 大丈夫かな……?」
   再びスマホが鳴る。
さゆ美「? もしもし?」
安田「……俺だ」
さゆ美「社長!?」

○Q&Q本社・オフィス
   電話をかけている安田。以下、適宜カットバックで。
安田「妙な所に居るらしいな。今そんな所に居て、出勤時間に間に合うのか?」
さゆ美「……すみません」
安田「まぁ、いい。白石、電話をずっと繋いでおけ。現場の状況を常時報告しろ。まず一一九番とウチ以外の救急搬送会社に連絡していた奴は居たか?」
さゆ美「えっと……少なくとも、FA社さんには連絡がいっているハズです」
安田「FA社か……。その現場、ヘリコプターは降りられんのか?」
さゆ美「いや、多分難しいかと」
安田「よし、チャンスだ」
さゆ美「チャンス?」
安田「いいか? コッチは白石からのリアルタイムの情報を使って、フル回転で救急車を手配する」
さゆ美「社長……」
安田「コレは局地戦だ」
さゆ美「? 局地戦?」
安田「コレはかなり大規模な事故だ。注目度も高い。だからこそ、今日は他の現場を捨ててでも、この現場を確実に勝ちに行く。そうすれば、他社を出し抜いて一発逆転するチャンスなんだよ」
さゆ美「……不謹慎ですよ」
   サイレンの音。

○山中(朝)
   さゆ美達の元へ、Q&Qの救急車が到着する。
さゆ美「来ました、社長。ウチの救急車です」
社長「よっしゃ! 一一九番や他の民間はまだだな?」
さゆ美「はい」
社長「よしよし、いいぞ。来るな、来るな」
さゆ美「……」
    ×     ×     ×
   その後も続々と来るQ&Qの救急車。
さゆ美「また来ました。ウチの救急車です」
社長「よーし! 何だ、FA社も結局大した事ないんだな。やっぱり『早くて安い』ウチのモットーは間違いじゃない」
   救急車から降りてくる薮川と鮫島。
鮫島「あれ? 越川さんじゃないですか」
さゆ美「鮫島さんに薮川さん。ご無沙汰してます。え、わざわざコッチまで?」
薮川「本当、遠すぎっしょ。で、何? (未久を見て)次はこの人運べばいいの?」
さゆ美「いや、この方はFA社さん待ちなんで……」
薮川「あっそ。じゃあ(患者Bを指して)そこの人かな。救急車、いいよ」
   出血等はないが、足の骨が折れている様子の患者B。
患者B「いや、私は結構です」
さゆ美「え? でも……」
患者B「だって、Q&Qでしょ? だったら少し待って、一一九番か他の会社で運んでもらった方が安心だもん」
薮川「は? 何だよソレ。コッチはわざわざ関東から……」
鮫島「まぁまぁ、薮川君。次の方をあたりましょう」
   その場を去る薮川と鮫島。
安田「何だ? どうした?」
さゆ美「それが……」

○Q&Q本社・オフィス
   電話で通話中の安田。
安田「搬送拒否? 何だそりゃ?」
さゆ美「どうしてもウチの救急車は嫌だそうで。しかも、一人二人じゃないんです」
安田「何? さっきまではそんな事なかったんだろ?」
さゆ美「はい。まぁ、さっきまでは命に関わる大ケガをされていた方ばかりでしたし」
安田「ったく、そんな所でそんな事されて、ウチに悪いイメージが付いたらどうしてくれるんだ」
   自分の席で通話中の郷原。
郷原「社長、あの……」
安田「何だ?」
郷原「それが、最初に患者を運んで行った救急隊から『なかなか病院に受け入れてもらえない』って」
安田「はぁ、何で?」
郷原「まぁ、ウチの救急隊を受け入れてくれる病院って、大分減ってきてましたし」
安田「他人事みたいに言ってんじゃない。もう、郷原が直接病院に連絡取れ。『人の命がかかってんだ』って脅してでも受け入れさせるんだ。いいな?」
郷原「え〜? はい……」
安田「おい、白石。ソッチはとにかく、無理矢理にでもQ&Qの救急車に患者を入れていけ。ケガの優先順位なんて関係ない。とにかく『空の救急車が待ちぼうけ』なんて状態だけは避けろ。いいな?」
さゆ美「そんな無茶苦茶な……あっ」

○山中(朝)
   FA社の大型ドクターカーが数台到着する。
さゆ美「FA社が到着しました」
安田「何だ、今更か。そこはもうどうでもいい。完全にウチの勝ちだからな」
   ドクターカーが開く。
さゆ美「……いや、ウチの負けかもしれません」
安田「何? どういう事だ?」
さゆ美「医者です」
   ドクターカーから降りてくる、多数の救急救命医達。
さゆ美「FA社は患者を搬送するんじゃなくて、医者を現場に搬送してきました」
安田「何?」
   さゆ美と末久の元にやってくる救命医。
救命医「コチラの患者さんは、FA社の会員の方ですか?」
さゆ美「はい、宮本未久さんです。よろしくお願いします」
救命医「……コレはオペが必要だな。(ドクターカーに向けて)コチラの方、二号車でオペよろしく」
さゆ美「あの車、オペも出来るんですか?」
救命医「そうなんですよ。凄いですよね」
   比較的軽傷の患者Cがやってくる。
患者C「あの……私も診てもらえるんでしょうか?」
救命医「FA社の会員の方が全員終わった後でしたら、大丈夫ですよ」
患者C「本当ですか? ありがとうございます」
   その様子をスマホで撮影している人。

○ニュース番組
   事故直後に救命医が患者達を診察している様子をスマホで撮影した映像が流れている。
アナウンサー「このように、現場に直接救命医を派遣し、自社の会員以外の患者へもサービスを適用したFA社の行動に、賞賛の声が上がっています」
   別の画像。モザイクはかかっているが薮川が救急車の運転席で女性とおどけて写っている写真。
アナウンサー「一方、同じく民間救急搬送業大手のQ&Qサービスでは、従業員がSNSに『サイレン鳴らした救急車で恋人とドライブデートをした』という旨の書き込みをし、騒動となっています」

○FA社・コールセンター(夜)
   テレビではニュース番組の映像が流れている。席に座る九十九。
アナウンサー「この騒動に伴い、今後Q&Qサービスにはサイレン使用停止命令が出るものと思われ……」
   九十九の携帯電話が鳴る。
九十九「はい。もしもし」

○居酒屋・外観(夜)

○同・中
   カウンター席に並んで座る九十九とさゆ美。
九十九「わざわざ呼び出すいう事は、結論が出たんでっか?」
さゆ美「はい。もう、えらい悩みました」
九十九「そらそうやろな。Q&Qはんは今、大変でっしゃろ? 確か『社長が辞める』いう話まで出てたんちゃいまっか?」
さゆ美「さすが、お耳が早いですね」
九十九「かと言うて、そんな状態で、評判を上げたウチに移る言うのも『モラルに反するんちゃうか』思うてまうのが姉ちゃんの性格や」
さゆ美「よくご存知で」
九十九「で、一体どないな結論を?」
さゆ美「はい」
   九十九に名刺を差し出すさゆ美。「スマートアンビュランシュ社 白石さゆ美」と書かれている。
九十九「スマートアンビュランシュ社?」
さゆ美「はい。今度この業界に新規参入する事になった会社です」
九十九「……」
さゆ美「『そう来たか』って思ってます?」
九十九「そら、ウチに来るか、Q&Qはんに残るかの二択や思うてましたからな」
さゆ美「その顔が見たかったんです」
九十九「はい?」
さゆ美「九十九さんのやり方には、毎度毎度『そう来たか』って思わされていましたから。一度くらい、立場を逆転したかったんです」
九十九「そうでっか」
さゆ美「ご感想は?」
九十九「姉ちゃんの事、ますます欲しなりましたわ」
さゆ美「では、またの機会に」
   乾杯する九十九とさゆ美。

○同・外
   サイレンを鳴らしながら救急車が走って行く。
                  (完)

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