横浜Fは終わらない(城戸賞応募ver.) スポーツ

負けたら、解散。勝っても、解散。これはそんな状況でも戦い続けた、僕達の物語……。 1999年1月1日。天皇杯優勝を最後に消滅したプロサッカークラブがあった。その時選手は、サポーターは、家族は何を思い、何をし、何を残したのか。コレは事実を基にした奇跡の物語であり、伝え続けなければならない悲劇の物語である。
マヤマ 山本 48 1 0 01/01
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第一稿

<登場人物>
古江 茂(34)フロイデスの選手兼コーチ
元町 風馬(26)サポーター
古江 翼(12)(33)古江の息子
代田 万里(24)元町の恋人
志賀崎 直(22) ...続きを読む
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<登場人物>
古江 茂(34)フロイデスの選手兼コーチ
元町 風馬(26)サポーター
古江 翼(12)(33)古江の息子
代田 万里(24)元町の恋人
志賀崎 直(22)フロイデスの選手
岩本 宏(29)同、キャプテン
高田 佳之(21)同
桃井 靖史(21)同
サンタナ(30)同
前川 透(39)フロイデスの監督
古江 雅子(34)古江の妻
古江 未来(5)古江の娘
暁(26)元町のサポーター仲間
加奈(26)同
内野(43)同、サポーター団体代表
丸山(50)スポンサー企業の社長
社員
チェアマン 声のみ
後輩    声のみ



<本編>
○サッカーグラウンド
   サッカーボールが1つ転がっている。
大人の翼M「『日本サッカー界三大奇跡』と僕が勝手に呼んでいる出来事がある」

○資料映像
   それぞれの出来事の資料映像。
大人の翼M「一つ目は一九九六年、アトランタ五輪で日本代表がブラジル代表に勝利した、通称・マイアミの奇跡。二つ目は二〇一一年、女子サッカー日本代表、なでしこジャパンによるW杯優勝」

○国立霞ヶ丘競技場・外観
   青空が広がっている。
   『歓喜の歌』の前奏が聞こえる。
大人の翼M「そして、三つ目」

○同・グラウンド
   サポーターが歌う『歓喜の歌』を替え歌にしたチャント(「戦え僕らの横浜フロイデス」という感じの歌詞)が響く中、入場する清水エンゼルスの選手達と岩本宏(29)、志賀崎直(22)、サンタナ(30)、高田佳之(21)ら横浜フロイデスの選手達。フロイデスの白いユニフォームの胸部分には「DNA」「SANO」の文字が並ぶ。
大人の翼M「一九九九年一月一日、あるプロのサッカークラブによる最も悲劇的な奇跡」

○同・バックスタンド
   チャントを歌いながら選手入場を見守る元町風馬(26)、暁(26)、加奈(26)、内野(43)らフロイデスサポーター達。
大人の翼M「負けたら解散、勝っても解散」

○同・メインスタンド
   円陣を組むフロイデスの選手達を見守る古江翼(12)、古江雅子(34)、古江未来(5)、代田万里(24)。
大人の翼M「それでも彼らは……いや」

○同・グラウンド
   ベンチ前、前川透(39)の隣でキックオフの様子を見つめる古江茂(34)。
大人の翼M「僕らは、戦い続けた」

○黒味
   T「この物語は、事実を基にしたフィクションである。」

○メインタイトル『横浜Fは終わらない』

○鹿児島県鴨池陸上競技場・グラウンド
   フロイデスと京都の試合。
   T「1998年10月24日 リーグ戦第13節 京都フシミサンガ戦」
   空席も目立つ客席。選手入場時の『歓喜の歌』のチャントも迫力に欠ける。
    ×     ×     ×
   フロイデスの選手がシュートを外す。
   ベンチ前、大袈裟に天を仰ぐ前川と隣で表情を崩さない古江。
前川「くそっ、俺だったら決めてたのによ」
   T「古江茂 控えGK兼GKコーチ」
古江「いやいや、透さんも結構外してましたよ? 現役の頃は」
   T「前川透 監督」
前川「おい、シゲ。あと何分だ?」
古江「ロスタイム入れて、五分ちょいって所じゃないですか?」
前川「向こうはどう来る?」
古江「そりゃ、引いて守ってくるでしょ」
前川「……っていうか、俺そんなに外してなかったからな」
古江「それは失礼……って、ツッコむの遅くないですか?」
元町の声「相変わらずだよね〜」

○同・バックスタンド
   試合を見守る元町、暁、加奈。
   T「元町風馬 サポーター」
元町「前川監督は喜怒哀楽激しいけど、古江は落ち着いてるっていうか」
加奈「まぁ、普段は逆だけどね」
元町「逆?」
暁「古江とか、結構喋るタイプだぜ?」
元町「……暁も加奈も、何でそんな事知ってるの?」
加奈「去年くらいに、Fで会ったから。あれ風馬居なかったっけ?」
暁「そん時、風馬はデートで居なかったからな。罰が当たったんだよ」
元町「そんな〜」

○どこかの店
   椅子に座り、文庫本の詩集を読む万里。くしゃみをする。
   T「代田万里 元町の彼女」
万里「誰か噂してる……? 風馬か?」

○マンション・外観

○同・古江宅・リビング
   入ってくる古江。
古江「ただいま」
雅子「あ、パパ。おかえり」
   出迎えにくる未来と、ソファーに座って文庫本を読む雅子。
   T「古江未来 古江の娘」
未来「パパさ、昨日の試合出たの?」
古江「ん〜? 残念ながら、出番無し」
未来「ふ〜ん、パパ出てないのに負けたんだ〜。(奥の部屋に向かいながら)お兄ちゃん、負けたのパパのせいじゃないって〜」
古江「……ねぇ、アレどういう意味?」
   T「古江雅子 古江の妻」
雅子「大丈夫、ただ単にそういう年頃ってだけだから」
古江「そっか、そういう年頃か……って、どういう年頃だよ」
雅子「パパに毒づきたい娘も、引きこもりたい息子も、そういう年頃って事」
古江「翼はあいかわらず、か……」

○同・同・翼の部屋・前
   「TSUBASA」と書かれた札。ドアの脇にはラップされた食事が乗ったトレイが置いてある。
   そこにやってくる未来。
未来「お兄ちゃん、やっぱりパパ試合出てないって〜」

○同・同・同・中
   机に向かい、サッカー漫画を読む翼。
   T「古江翼 古江の息子」
未来の声「ねぇお兄ちゃん、聞いてる〜?」
   足下にあるサッカーボールを蹴ってドアに当てる翼。

○黒味
   T「1998年10月29日」

○駅前
   携帯電話で通話しながら歩く元町。
元町「どうしたの? ……うん、うん。……え?  消滅? どういう事?」
   踵を返し走り出す元町。
   駅前の売店で売られている新聞。「消滅」の文字だけ見える。
未来の声「ねぇ、お兄ちゃん。『しょーめつ』ってどういう意味?」

○マンション・古江宅・翼の部屋・中
   ベッドに寝転がり、漫画を読む翼。サッカーボールは机の下。
未来の声「ねぇ、お兄ちゃ〜ん」
   ドアが開き、入ろうとする未来。
未来「お兄ちゃん、聞いてる?」
   ベッドから飛び起き、未来を追い出す翼。ドアを閉める。
翼「勝手に入ってくんじゃねぇよ」
未来の声「ねぇ、『しょーめつ』って何?」
翼「(ため息まじりに)消えてなくなる、って意味」
未来の声「ふ〜ん。じゃあ、フロイデス消えてなくなっちゃうんだ〜」
   ベッドに戻ろうとする足が止まる翼。

○同・同・リビング
   床に落ちた、丸められたスポーツ新聞を拾って広げる雅子。「横浜フロイデス 消滅」の大々的な見出し。

○東戸塚トレセン・外
   大勢のマスコミがいる。「何か一言」等と聞かれながら、ノーコメントでその中を分け入って進む古江。
   その様子をさらに遠巻きに見ている元町、加奈。そこにやってくる暁。
加奈「暁、どうだった?」
暁「ダメだ。全然情報入ってこない」
加奈「そっか……。で、どうする? もう少しここで粘ってみる?」
元町「それよりさ、Fに行こうよ。マスターなら、何か知ってるかもよ?」
暁「……よし、それで行こう」
   その場を離れる元町、暁、加奈。

○同・会議室
   古江ら選手、前川らスタッフが座っている。その向かいの席に座る丸山(50)ら親会社役員。
丸山「え〜、既に新聞やテレビの報道でご存知だと思いますが……」
   ざわつく選手達。
志賀崎「(立ち上がろうとしながら)おい、ちょっと待……」
   志賀崎を手で制する古江。立ち上がる。
古江「あの、その説明の前に『何故、情報が先にマスコミに流れたのか』それを謝るのが筋なんじゃありませんか?」
丸山「そうですね。その件については、申し訳ありませんでした。では、説明に入らせていただきますが……」
   呆れ、渋々座る古江。
丸山「先ほどお配りした紙にも書いてある通り、我が横浜フロイデスは、横浜マレオットに吸収合併される、という事になりましたので……」
   古江らの手には「合併について」と書かれた一枚の紙。

○喫茶F・外観
   「喫茶F」と書かれた看板。
   「準備中」と書かれた札。
内野の声「つまり、要約すると」

○同・中
   カウンター席に座る元町、暁、加奈とカウンター内に立つ内野。
内野「佐野工業が、本業の経営不振でフロイデスの運営から撤退します、って事がそもそもの原因らしくてね」
   新聞記事内のフロイデスのユニフォームの写真の「SANO」の文字に×印を付ける内野。
内野「その結果、大日空単独ではクラブを支えられなくなってしまいました、と」
   同じ写真の「DNA」の文字に×印を付ける内野。
加奈「だから合併しましょう……って事なんですか?」
元町「何で? 何ヶ月か前まで『日本が初めてW杯に出た!』って、あんなに盛り上がってたじゃん」
暁「そんな大事な話、サポーターに何の説明も……無かったですよね?」
内野「それどころか、選手や佐野工業側の人すらも聞かされてなかったらしいね」
加奈「……どうかしてる」
暁「それも、よりによってダービー相手のマレオットって……。ふざけてやがる。おい、今から大日空乗り込もうぜ」
   席を立つ暁の腕を掴む元町。
元町「乱暴は、ダメ」
暁「けどよ……」
加奈「それに今乗り込んでも、トレセン以上に近づけないと思うよ?」
暁「……ちっ」
   悔しそうに再び席に着く暁。
内野「そう言う事だね。で、他に質問は?」
元町「(挙手して)はい、はーい!」

○東戸塚トレセン・会議室
   向かい合って座る古江ら選手達と丸山ら役員達。
   一人立っている岩本。
   T「岩本宏 MF 主将 日本代表」
岩本「他のスポンサーは見つからなかったんですか?」
丸山「探しましたが、残念ながら」
岩本「今後の事はどうなってるんですか? 選手は?」
丸山「今はまだ、決まっておりません」
岩本「補償は?」
丸山「それもまだ、決まっておりません」
   呆れてものも言えない様子の岩本。
丸山「え〜、もう質問が無いようでしたら、我々はこれで」
   いそいそと退席する丸山ら役員達。
   しばしの沈黙。
   合併についての紙を手に涙目の高田とその隣に座るサンタナ。
   T「高田佳之 FW」
高田「こんな紙切れ一枚渡されて、それで終わりなんて……そりゃねぇだろ」
   T「サンタナ MF ブラジル代表」
サンタナ「コンナ事、他ノ国、アリ得ナイ」
   椅子に座り呆然とする桃井靖史(21)と、その隣で紙を床に叩き付ける志賀崎。
   T「桃井靖史 FW(控え)」
桃井「どうなるんだよ、これから……」  
   T「志賀崎直 GK 日本代表」
志賀崎「認めねぇ。絶対認めねぇぞ、俺は」
   そんな選手達の様子を、部屋の最後部から見ている古江。
   電話の音。

○マンション・古江宅・リビング
   電話に出る雅子。
雅子「はい、古江です。……あ、パパ? ……そっか、本当に合併するんだ」

○同・同・翼の部屋・前
   微かにドアが開いている。
雅子の声「大変な事になりそうだね、これから……」
   ドアが閉まる。

○東戸塚トレセン・グラウンド
   ミニゲームをする選手達。殺伐とした雰囲気。特に桃井のプレーが荒れている。
   ピッチの外からミニゲームを見ている前川と古江。
前川「なぁ、シゲ。合併って本当か?」
古江「ドッキリだとしたら、随分とタチが悪いですよね」
前川「練習してる場合なのかな?」
古江「試合も近いですし、何より今、じっとしていたって仕方ないですからね」
前川「確かに、俺達にはサッカーしか出来ないしな」
古江「……」
翼の声「俺の何が分かるって言うんだよ」

○(フラッシュ)マンション・古江宅・翼の部屋・中(夜)
   翼を抱きしめている古江と、その後ろで泣いている雅子。
翼「サッカーしか出来ないくせに!」
古江「(返す言葉がなく)……」

○東戸塚トレセン・グラウンド
   ピッチの外からミニゲームを見ている前川と古江。
前川「……シゲ? どうかしたか?」
古江「いえ、ちょっと」
岩本の声「サンタナ!」
   コートに目をやる古江と前川。
   コート内で足を抑えているサンタナとその脇に顔面蒼白で立つ桃井。そこに駆け寄る古江と前川。
桃井「すいません、すいません……」
古江「サンちゃん、大丈夫か?」
サンタナ「全然痛クナイ。ダイジョブ、ヤレルヨ」
前川「こんな所で意地張るな。(コートの外へ向けて)おい、近藤。サンタナのポジションに入れ」
   桃井に目を向ける古江。
古江の声「あんまり気にしすぎるなよ?」

○同・同(夕)
   PK練習をしながら話をするキーパーの古江とキッカーの桃井。以下、シュートは決まるか枠外かのどちらか。   
古江「サンちゃんも明後日の試合には出られそうだし、何より今日の今日なんだ。無理もないって」
桃井「……試合出たいんスよ、俺」
古江「わかるよ。サッカー選手なら、誰だって思う事だ」
桃井「普通のサッカー選手と一緒にされたくないっス。だって、チーム無くなるかもしれないんスよ? レギュラークラスならともかく、俺みたいに試合にも出てない、ベンチにも入れてないようなヤツが、他のチームから声かかると思います?」
古江「モモちゃんの言いたい事はわかる。わかるけど……それ、俺に言うか?」
桃井「すみません。でも俺、やっぱりサッカーしか出来ないし……」
古江「……」
   シュートを止める古江。
古江「よし、決まった」
桃井「いや、止めたじゃないっスか」
古江「シュートじゃねぇって。決まったのは俺に出来る事だ。サッカー以外で」
桃井「何やるつもりっスか?」
古江「とりあえず、電話かな」

○商店街
   PHSで通話している万里。
万里「はぁ? 行けないってどういう事?」

○喫茶F・外
   携帯電話で通話している元町。以下、適宜カットバックで。
元町「だからさ、ほら、万里も知ってるでしょ? フロイデスが合併って」
万里「それは知ってる。で? だから?」
元町「それで今日、これからクラブの人達と話し合いが……」
万里「そこがわかんない。風馬はただの客でしょ? そんな人間が、何でクラブと話し合ったりするの?」
元町「客じゃなくて、サポーターね」
万里「同じだし」
元町「いや、同じじゃなくて……」
   手招きする暁、加奈。
元町「ごめん。とにかく、そういう事なの。埋め合わせは今度するから。じゃあね」
   電話を切る元町。

○商店街
   PHSを睨みつける万里。
万里「この……バカ野郎!」

○マンション・古江宅・リビング(夜)
   携帯電話での通話を切り、メモをする古江。またすぐに携帯電話が鳴る。
古江「どうも、古江です。何かわかりました か? ……え、本当ですか? ちなみに、具体的な日付って……」
   通話しながらメモをとる古江。

○横浜国際総合競技場・外観
   T「1998年10月31日 リーグ戦第14節 大阪セレソン戦」

○同・前
   署名活動をする元町、暁、加奈、内野らサポーター達。「合併反対」等と書かれた幟がある。
内野「選手、サポーターを無視した今回の合併に、我々は断固として抗議します!」
元町「皆さんの力で、フロイデスを助けて下さい!」
   暁と加奈の元に来る雅子と未来。
雅子「ここに書けばいいのかしら?」
暁「ありがとうございます!」
   署名する雅子。
未来「ママ〜、未来も〜」
雅子「はいはい、大丈夫。わかってるって」
   署名する未来。
加奈「ありがとう。(雅子に)では、コチラをどうぞ」
   水色のリボンを二つ渡す加奈。
雅子「コレは何ですか?」
加奈「署名していただいた証として、皆様にお渡ししているんです。是非お付けになって下さい」
雅子「じゃあ、いただきますね。署名活動、頑張って下さい」
暁「はい、任せて下さい」
   入口に向かって歩く雅子と未来。
雅子「今日、パパ出るといいね」
未来「ううん。ナオ君の方がいい」
雅子「え〜? 今のパパが聞いたら泣いちゃうよ〜?」
未来「お兄ちゃんも来れば良かったのにね」
雅子「そうだね……」

○マンション・古江宅・翼の部屋・前
   ゆっくりと扉が開く。
   昼食の乗ったトレイが床に置かれている。その脇に「未来と一緒にフロイデスの応援に行ってます 母」と書かれたメモがある。

○同・同・リビング
   ゆっくりと扉を開け、入ってくる翼。
   誰もいない事を確認するように周囲を見回し、テレビを付け、フロイデス関連のニュースを取り上げている番組を観始める。
岩本の声「情報収集は順調ですか?」

○横浜国際総合競技場・選手用通路
   並んで歩く古江と岩本。
岩本「この二日間、あっちこっち電話かけまくりみたいじゃないですか」
古江「まぁ、俺もこのクラブでの在籍期間だけなら、誰よりも無駄に長いからな」
岩本「無駄なんて事はないですよ。おかげでシゲさんが一番人脈ある訳ですし」
古江「そう言ってくれるのはガンちゃんだけだよ。最近の若いヤツらは……ん?」
   古江らの前方、志賀崎ら選手達が一点を見つめている。
古江「ナオ、どうした?」
   志賀崎らの視線の先を追う古江と岩本。目を見開く。
岩本「何だ?」

○同・スタンド
   やってくる元町、暁、加奈。
暁「初日にしては、まずまずで……」
   周囲の客の落ち着きがなくなる。
元町「ん? 何かあったの?」
加奈「風馬、暁、アレ……」
   オーロラビジョンを指差す加奈。

○オーロラビジョンの映像
   どの場面も、場所は横浜市三ツ沢公園球技場。
   T「1993年5月16日」
   フロイデスと清水の試合。スタンドは清水サポーターのオレンジ色で染まっている。
    ×     ×     ×
   5〜6年前の映像。
   当時の古江や岩本らの活躍シーン。
    ×     ×     ×
   1〜2年前の映像。
   志賀崎やサンタナらの活躍シーン。

○横浜国際総合競技場・選手用通路
   オーロラビジョンを見ている古江ら選手達。苛立っている。
岩本「何だよ、アレ……」
志賀崎「おい、止めさせろよ!」

○同・スタンド
   オーロラビジョンを見ている元町らサポーター達。苛立っている。
元町「何か、お別れ試合みたい……」
加奈「は? 冗談じゃない!」
暁「……やってくれるじゃねぇか」
    ×     ×     ×
   オーロラビジョンに映る「99年、フロイデスはマレオットと合併し、新たな歴史を新クラブで作ります。新クラブにご期待ください」の文字。
   あちこちから「ふざけんな」等の罵声が飛んでくる。

○同・選手用通路
   苛立つ古江ら選手達。
高田「くそ……バカにしやがって」
志賀崎「もう我慢できねぇ。おい、みんな。行こうぜ!」
   その場を離れようとする志賀崎ら。
岩本「どこに行くつもりだ?」
志賀崎「今の映像流した責任者見つけて、ぶっ飛ばしてやる」
岩本「落ち着け、ナオ。もうすぐ試合だ。そんな時間はない」
高田「こんな状況で試合になるんですか? 昨日のサンタナさんじゃないけど、ただの削り合いになりますよ」
志賀崎「そもそも、どんな顔してピッチに立つの? こんな仕打ち受けて、(ユニフォームのDNAの文字を叩きながら)このユニフォーム着て、『我々のスポンサーは大日空様です』って? 冗談じゃねぇ!」
   歩き出す志賀崎ら。その進路に立ち塞がる古江。
志賀崎「どいてよ、シゲさん」
古江「戻れ」
志賀崎「売られた喧嘩を買ってるだけだろ」
古江「いいから戻れ」
志賀崎「シゲさんは悔しくないの?」
   志賀崎の胸ぐらを掴む古江。
古江「(声を荒げ)腸煮えくり返ってるに決まってんだろ! でもここで大日空と喧嘩してどうなる? 両成敗になるだけだ」
   手を離す古江。
古江「それに、合併はまだ決定じゃない」
選手達「え?」
古江「少なくとも、正式な調印はまだ先だ。それまでは何が起こるかわからない。白紙撤回される可能性だってゼロじゃない。そんな時に大日空と喧嘩なんかしたら、その僅かな可能性も潰す事になるんだぞ?」
志賀崎「……なら、教えてよ。どうやったら白紙撤回されんの?」
古江「それは……」
前川の声「策はある」
   そこにやってくる前川。
岩本「透さん、どこに居たんですか?」
前川「安心しろ。話は全部聞いてた。いいかお前ら。今日の試合、相手は大阪セレソンじゃない。もっと向こうに居ると思え」
高田「敵は大日空、って事ですか?」
志賀崎「何だ、やっぱり喧嘩?」
前川「いや、戦うべきは、世論だ」
岩本「え?」

○同・グラウンド
   フロイデスと大阪セレソンの試合。キックオフ。
前川の声「世論を動かすんだ」
    ×     ×     ×
   高田のシュートが決まる。
前川の声「『こんな凄いチームを失くしちゃいけない』」
    ×     ×     ×
   相手のシュートを止める志賀崎。
前川の声「そう思わせる試合をするんだ」
    ×     ×     ×
   必死にディフェンスをするサンタナ。
前川の声「世間を味方につけろ」
    ×     ×     ×
   オーバーヘッドでシュートを決める岩本。
前川の声「合併を許さない空気を作れ」

○同・スタンド
   歓喜に沸く元町、暁、加奈らスタンドのサポーター達。
前川の声「俺達はサッカー選手だ」

○同・グラウンド
   ベンチから試合を見守る古江、前川、他選手達。
前川の声「サッカーで世界を変えてみせろ」
前川「……やっぱり、ちょっと大袈裟だったんじゃないか?」
古江「いや、アレくらいで丁度いいですよ」
   ホイッスルの音。
   T「横浜フロイデス 7―0 大阪セレソン」

○横浜駅・西口
   署名活動をしている元町、暁、加奈らサポーター達。
元町「横浜フロイデスの消滅阻止へ、署名のご協力をお願いしま〜す! (署名に来た人に)ありがとうございます!」
   別の人に署名をしてもらっている暁と、水色リボンを渡している加奈。
   大歓声が上がる。
暁「ん? 何事?」
加奈「ねぇ、アレ……」
   付近に止められたフロイデスのバス。
   そのバスから続々と降りてくるフロイデスの選手やスタッフ約三〇名。
元町「え、えぇ!?」
    ×     ×     ×
   署名活動の輪に加わる選手達。
   志賀崎や桃井らが暁らと署名を呼びかけ、岩本や高田らが加奈らと署名してくれた人にお礼をいい、古江やサンタナらが元町らと水色リボンを手渡す。次々に集まってくる人、人、人。

○広島ビッグアーチ・グラウンド
   T「1998年11月3日 リーグ戦第15節 エストレッチョ広島戦」
   フロイデスと広島の試合。
   選手達の右袖に付けられた水色リボンは、この時点ではまだわからない。

○カシマスタジアム・前
   T「同日 アトラス鹿島 ー シフレ磐田戦」
   署名活動をする元町らフロイデスのサポーター達。鹿島、磐田の両サポーターが続々と署名に訪れる。
元町「首位攻防戦の中、お邪魔しています。(署名に)ありがとうございます。我々は横浜フロイデスのサポーターです。(署名に)ありがとうございます。この度は合併反対の(署名に)ありがとうございます。署名活動に(署名に)ありがとうございます。ご協力を、を、を〜!」
   殺到する両チームのサポーター。埋もれて行く元町の右腕に水色リボン。
   試合終了のホイッスルの音。

○広島ビッグアーチ・グラウンド
   フロイデスサポーターの前に行く選手達。皆、右袖に付けられた水色リボンをアピールし、喜びを分かち合う。
   T「横浜フロイデス 2ー1 エストレッチョ広島」

○東戸塚トレセン・ロッカールーム
   ミーティングをしている選手達。ホワイトボードには「俺達に出来る事」と題され「署名活動 済」「大日空と交渉」「選手協会へ相談」「チェアマンに直訴」と書かれている。
桃井「他に何かないんスかね?」
   考える選手達。挙手する古江。
岩本「何ですか、シゲさん?」
古江「大したアイデアじゃないけど、一つ」

○横浜市三ツ沢公園球技場・グラウンド
   T「1998年11月7日 リーグ戦第16節 アルバ福岡戦」
   試合前の集合写真撮影のため、集まるフロイデスのスタメン選手。
岩本「隠せ」
   胸と左袖にある「DNA」の文字を隠しながら集合写真撮影をする選手達。

○同・メインスタンド
   フロイデスと福岡の試合。スコアは「1ー1」。
   福岡のPKを志賀崎が止め、盛り上がるフロイデスサポーター。その中にいる雅子と未来。
未来「ナオ君、カッコイイ〜!」
   未来の隣の空席に目をやる雅子。

○同・グラウンド
   (リーグ戦の今季本拠地最終戦の)セレモニーが行われている。
   T「横浜フロイデス 2ー1 アルバ福岡」
   マイクの前に立つ岩本
岩本「選手、サポーターを無視して決めた今回のこの吸収合併には、怒りを覚えます」
   スタンドから同調の声。
    ×     ×     ×
   マイクの前に立つ前川。
前川「大日空! 誰でもいい! このチームを助けてくれ!」
   スタンドから歓声。
    ×     ×     ×
   「存続に向けて一緒に頑張ろう!」
   「フロイデスを助けて!」等と書かれた横断幕を持ってグラウンドを一周する選手達。
    ×     ×     ×
   フロイデスの旗をセンターサークル内に刺す古江。スタンドから歓声。
    ×     ×     ×
   マイクの前に立つ丸山。
丸山「吸収合併は回避できません。しかし、横浜フロイデスは、新チームで生き続けます。今後は、横浜Fマレオットを宜しくお願いします」

○同・バックスタンド
   怒号やブーイングを送るサポーター。
   いそいそとその場を去る丸山の様子を見ている。元町、暁、加奈。
加奈「ちょっ、言うだけ言って逃げる気?」
暁「野郎、引き戻してやる!」
   暁を含む、いきり立ったサポーター 達の前に立つ内野。
内野「皆さん、堪えて下さい。ここで暴力に訴えたら、何もかも台無しです」
   暁の腕を掴む元町。
元町「乱暴は、ダメ」
暁「んな事言ってる状況かよ」
元町「とにかく、ダメ。俺バカだからよくわからないけど、今暴動みたいな事したら、きっとダメな気がする。だから、フロイデスのためだと思って我慢だよ。ね?」
   強く握りしめられた元町の拳。

○マンション・古江宅・リビング(夜)
   携帯電話で通話する古江。
古江「あ、ガンちゃん。どうだった? (落胆して)そっか、そっちもダメか……」
   その様子を見ている雅子。

○札幌市厚別公園競技場・グラウンド
   T「1998年11月14日 リーグ最終節 コンドゥクトール札幌戦」
   フロイデスと札幌の試合。
   高田のシュートが決まる。
   喜ぶ古江、前川らフロイデスベンチ。

○東戸塚トレセン・ロッカールーム
   「俺達に出来る事」が書かれたホワイトボード。「署名活動 済」「大日空と交渉 ×」「選手協会に相談 ×」「チェアマンに直訴 ×」の下に「試合に勝ち続ける」の文字。

○札幌市厚別公園競技場・グラウンド
   試合終了のホイッスルが鳴る。
   喜ぶ選手達。
   T「横浜フロイデス 4―1 コンドゥクトール札幌」

○喫茶F・外観
元町の声「何が『最後のリーグ戦を4連勝』だよ」

○同・中
   テーブル席で向かい合って座る元町と万里。元町はスポーツ新聞を読み、万里は文庫本の詩集を読んでいる。
元町「最後にしてたまるか、って。ねぇ?」
万里「(興味無し)」
元町「それに、こっちの記事はもっとヒドいんだよ。『選手移籍先予想』って。マレオットからオファーがあった、っていう六人はともかく、岩本が東京ウィリディスだ、志賀崎とサンタナはセリエAだ……」
   本を叩き付けるようにテーブルに置く万里。
万里「つまんない」
元町「え? つまんない? どこが?」
万里「『どこが?』? 散々デートすっぽかして、やっと埋め合わせするかと思ったら話はずっと『フロイデス、フロイデス』って。馬鹿じゃないの?」
元町「でもさ、クラブチームの合併だよ? 普通じゃないんだよ。あり得ないんだよ」
万里「知ってる? 今は不景気なの。合併なんてどこの会社でもやってる事でしょ」
元町「……一緒にしないでよ」
万里「え?」
元町「フロイデスは会社の部活動じゃない、プロのクラブチームなんだよ。大日空の所有物じゃない、横浜市民のものなんだよ。俺達のクラブチームなんだよ」
万里「俺達の、って……」
元町「今名前が出たサンタナの事知ってる? 現役のブラジル代表だよ? 今年のW杯で全部の選手の中で、一番最初にゴールを決めた選手なんだよ? その記録に『所属クラブ 横浜フロイデス』って残るんだよ? それがどれだけ凄いか、万里にわかる?」
万里「何で私が説教されてんの? そもそも今の私は講義を受けてる訳じゃない。デート中なの。違う?」
元町「それは……ごめんなさい」
万里「わかればよろしい。で、この後は? どこ行くの?」
元町「どこも行かないよ?」
万里「は?」
元町「暁達が来たら、今まで集まった署名をみんなで……」
   勢い良く席を立つ万里。
万里「もういい」
元町「え、ちょっと、どこ行くの?」
万里「帰るの。どうぞフロイデス大好きなお仲間さんとごゆっくり」
   出口に向かって歩き出す万里。
元町「ちょ、ちょっと。万里〜」
   扉を開ける万里。

○マンション・古江宅・玄関
   扉を開ける古江。そこに立つ高田。
古江「珍しいな。よっちゃんが来るなんて」
高田「すみません、急に。ちょっと、ご相談というか……」
古江「おう、まぁ上がれや……あ〜、家ん中はダメだ。外でもいいか?」
高田「あ、はい。大丈夫ですけど」
古江「(翼の部屋に向けて)翼〜、母さんと未来は買い物中で、父さんもちょっと出てくるから、留守番頼むな〜」
   反応なし。
古江「翼〜、聞こえたか〜」
   サッカーボールがドアに当たる音。
古江「よし、行こうか」
高田「え、えっと……」
古江「(翼の部屋を指し)あぁ、何かそういう年頃なんだって」

○東戸塚トレセン・グラウンド
   PK練習に入ろうとする古江と高田。
古江「よし、じゃあ始めるか」
高田「あの、シゲさん。自分、練習じゃなくて相談がしたいんですけど……」
古江「迷ってる時はPKが一番だ。ほら、いいから蹴ってこいって」
   高田の中途半端なコースのシュートを止める古江。
高田「げっ」
古江「ほれほれ、迷いがあるからそんな中途半端なシュートになるんだって。次!」
   高田のシュートが大きく外れる。
古江「今度は考えすぎだって」
高田「……そりゃ考えますよ。シゲさんも知ってますよね? 自分、Fマレオットからオファーが来たんですよ」
古江「知ってるよ。大方、みんなが合併の白紙撤回を目指してる中で、その合併チームから『来ないか?』と言われて困ってる、って所なんだろ?」
高田「……でもその一方で、ちょっとだけ喜んでる自分もいて。……最低ですよね」
古江「喜んだっていいじゃないか、サッカー選手だもの。必要とされてるんだから、光栄に思ってればいいんだって」
高田「そうかもしれませんけど、もし仮に、考えたくないですけど、本当に合併して、自分がFマレオットに行ったとしたら、きっと『裏切り者』とか『ふざけんな』とか思う人、いますよね」
古江「安心しろって。そんな奴いる訳……」

○商店街
   一人で歩いている万里。
万里「ふざけんな、つーの! あのフロイデス馬鹿!」
   通行人とぶつかる万里。
万里「あ、すみません」
   通行人の服に付けられた水色リボン。
万里「あれは確か……」
   周囲を見回す万里。多くの人が水色リボンを付けている。
万里「こんなにたくさん……」
   並んで歩く雅子と未来。二人とも水色リボンを付けている。
万里「(未来を見て)あんな小さい子まで……。あれ?」
   うずくまる雅子。
万里「……え? え?」
   雅子の元に駆け寄る万里。
未来「ママ〜、どうしたの?」
雅子「うん、ちょっとね。大丈夫だから」
万里「あの……どうされました?」
雅子「あ、いや、大丈夫で……(お腹を押さえて苦しそうに)痛……」
万里「きゅ、救急車呼びますね。(カバンを探して)あれ、ピッチどこだ……」
未来「ママ〜、ママ〜」

○マンション・古江宅・リビング
   電話が鳴っている。

○同・同・翼の部屋・中
   寝転がっている翼。電話の音を気にするそぶりも無い。

○東戸塚トレセン・グラウンド
   PK練習をしている古江と高田。

○病院・外観

○同・病室
   恐る恐る入ってくる万里。眠っている未来をおんぶしている。
万里「失礼します……」
   ベッドに横になっている雅子。万里に気付き体を起こす。
雅子「あ、えっと……代田さんでしたっけ?色々とご親切にありがとうございました」
万里「い、いえ。気にせず、どうぞ横になってて下さい」
雅子「大丈夫ですよ。ただのストレス性の胃炎でしたから。それよりも、ごめんなさいね。未来の相手までしてもらっちゃって」
万里「いえ、そんな。それに、相手してもらったのは私の方ですし」
雅子「え?」
万里「今日、デートのハズだったんですけど彼氏と喧嘩っていうか……」
雅子「あらあら。じゃあ、お礼に愚痴の一つでも聞いてあげなきゃね」
万里「いえ、そんな……いいんですか?」
   傍らの椅子に座る万里。
万里「私の彼、フロイデスのサポーターなんですけど、最近は署名活動だクラブとの話し合いだ、今日はサポーター仲間と何かするんだとかで、ロクに会ってくれなくて」
雅子「ごめんなさいね」
万里「いえ、古江さんが悪い訳じゃ……」
雅子「まぁ、うちの主人だって似たようなものよ。最近、毎日あちこち電話してメモとったりして」
万里「でも、未来ちゃんから聞きましたよ。旦那さん、選手なんですよね? そりゃ、サポーターとは全然立場が違って……」
雅子「一緒よ」
万里「え?」
雅子「選手もサポーターも、フロイデスが生活の一部になってる事は一緒。一緒に笑って一緒に泣いて、一緒に戦って一緒に夢を見て」
万里「夢……」
雅子「そうやって地域が一つになる事が、クラブチームの理想の姿、いや、あるべき姿っていうのかな?」
万里「さすが、言う事違いますね」
雅子「まぁ、今のは全部主人からの受け売りだけどね」
万里「あ、やっぱり?」
   笑う雅子と万里。
   廊下から足音が聞こえる。
   扉が開き、駆け込んでくる古江。
古江「雅子!」
雅子「あらあら、噂をすれば」
古江「って、え、起き上がってて平気なの? 無理しないで、横になってた方が……」
雅子「心配しないで。見ての通り、私は大丈夫だから」
古江「そっか、見ての通り……って、病室のベッドの上じゃ説得力ないから。(万里に気付いて)あ、えっと、こちらは?」
万里「あ、私は……」
雅子「お友達」
万里「え?」
雅子「あら、違った?」
万里「いえ。お友達の、代田万里です」
雅子「今日はずっと付き添ってくれてて、未来の面倒も見てくれてたのよ」
古江「それは何とお礼を言ったらいいか……あ、娘は私が」
   万里が背負っていた未来を抱きかかえる古江と、それを見守る雅子。
   その様子を見ている万里。
元町の声「俺の夢?」

○(回想)喫茶F・中
   テーブル席で向かい合って座る元町と万里。互いに夏の服装。
元町「そうだな〜……やっぱり、フロイデスの優勝かな」
万里「『風馬の夢』を聞いてるんだけど」
元町「そんな事言われても、実際そうなんだし……」
万里「例えばほら、『もし子供が出来たら』とかあるでしょ」
元町「子供か……。そしたら、週末には必ずみんなで一緒にフロイデスの応援に行くような、そんな家族にしたいかな」
万里「またフロイデス? っていうか、サッカーやらせようって訳じゃないんだ」
元町「それは、ほら……向き不向きとかあるじゃん? でも、応援なら関係ないし」
万里「そりゃ、そうだけど」
元町「それに、子供が大きくなっても、反抗期になっても、引きこもりになっても、少なくともフロイデスの応援でだけは繋がっていられるような、そんな家族になれたら何かいいと思わない?」
万里「う〜ん……」

○病院・病室
   古江達三人の様子を見ている万里。
万里の声「どうだか」

○喫茶F・中(夜)
   万里が入ってくる。カウンターにいる内野。
内野「いらっしゃい。忘れ物?」
万里「あ、いえ……」
   テーブル席で署名の集計をする元町、暁、加奈の元にやってくる万里。元町のみ万里に背を向ける席のため、万里に気付いていない。
加奈「あ……」
暁「おい、風馬」
元町「ん? (振り向いてようやく万里に気付き)万里!? どうしたの?」
万里「うん……」
   しばしの沈黙。
加奈「(小声で)別れ話、とか?」
暁「(小声で)え、マジ、修羅場?」
元町「(その小声のやりとりが聞こえて)え……。ま、万里……? その……」
万里「……今日、デートのつもりだったから何も予定ないんだよね」
元町「あ……ごめんなさい」
万里「暇っていうか、手があいてるっていうか……」
元町「うん……」
万里「(観念して)何か手伝う事、ある?」
元町「え? あ、まぁ、集まった署名の集計とかなら……って、え、ど、どういう風の吹き回し?」
万里「私がコッチ来れば、少なくともドタキャンされる事は無い訳だし」
元町「……ごめんなさい」
万里「それに、無くなったら困るじゃん。私達のクラブチーム、なんでしょ?」
元町「そう、そうなんだよ! わかってくれた?」
万里「あ〜、もう。口動かす暇があったら、集計するヤツ渡してよ」
元町「はい!」
   その様子を見ている暁と加奈。
暁「こんな時にイチャイチャしやがって」
加奈「僻まない僻まない。悔しかったら、暁も彼女作る事だね」
暁「(加奈を見つめ)……」

○マンション・古江宅・寝室(夜)
   ベッドが二つ並んでおり、片方で雅子が眠っている。その脇に立つ古江。
古江「(雅子を見つめ)……」
前川の声「今日から、天皇杯に向けた練習に入る」

○東戸塚トレセン・グラウンド
   T「1998年11月23日」
   向かい合って立つ古江、前川らスタッフ陣と選手達。
前川「皆、思う所はあるだろうが、コンディションだけは整えて欲しい。合併の調印は……(古江に)何日だっけ?」
古江「一二月四日」
前川「その間にきっと、合併は撤回される。知ってるか? サポーターの皆が集めた署名の数は実に……(古江に)えっと」
古江「三四万六千」
前川「これだけの人が応援してくれているチームが失くなる訳がない。だから皆もそのつもりでこの練習に挑むように。いいな」
選手達「(覇気なく)はい……」
前川「声が小さい!」
選手達「はい!」
    ×     ×     ×
   キーパー練習をしている志賀崎。古江のシュートは中途半端なコースに飛び、志賀崎に難なく止められる。
志賀崎「ちょっと、シゲさん。全然練習になんねぇんだけど」
古江「悪い悪い、次な」
志賀崎「それより、何を迷ってる訳?」
古江「そりゃ、ナオ。今の時期、迷う事なんて掃いて捨てるほどあるってもんだろ」
志賀崎「最悪の場合……?」
古江「透さんはああ言ってるけど、クラブが失くなった場合の事も考えておかなきゃいけない時期になってきてるだろ?」
志賀崎「で、シゲさんはどうすんの? 兼任コーチのオファー待つ? それとも、選手一本?」
古江「そうだな……。よし、当ててみ。右なら兼任コーチ、左なら現役一本な」
志賀崎「……いいよ、受けて立つ」
古江「行くぞ。右か? 左か?」
   ど真ん中に蹴られた古江のシュート。
   それを読み切り、難なくキャッチする志賀崎。
古江「……よくわかったな。右でも左でもない、第三の選択肢」
   志賀崎の手からこぼれ落ちるボール。
志賀崎「……こんなに当たって欲しくない読みも初めてだよ」
古江「この程度ですら初めてとは、やっぱりまだまだ若いな。(落ちたボールを拾い)ほれ、練習続けるぞ」
志賀崎「……俺は止めないから」
古江「いやいや、止めろって。練習にならないだろ?」
志賀崎「そっちの意味じゃなくて……」
古江「わかってるって。……サンキュ」
志賀崎「でもご家族には……?」
古江「女房はもう察してるだろうな。未来には、多分言ってもわからないって」
志賀崎「じゃあ、翼君は……?」
元町の声「引きこもり?」

○喫茶F・中
   カウンター席に座る元町と万里。カウンター内に内野。
元町「古江の息子さんが?」
万里「うん。もう四ヶ月くらいになるって」
元町「知らなかったな……」
万里「そりゃ、一選手の個人的な事情までは……」
元町「そうじゃなくて、万里が古江の奥さんとそんなに仲良かったなんて」
万里「まぁ、最近ね」
元町「で、翼君だっけ? その子は何で引きこもっちゃったの?」
万里「さぁ? そこまでは聞いてないけど」
   二人にコーヒーを出す内野。
内野「『ザ・怪獣王』って知ってる?」
元町「何ですか、それ?」
万里「トレーディングカードゲーム、って言うんでしたっけ? 小学生に人気の」
内野「うん。それが翼君のクラスでも、やっぱり流行ってるらしいんだ」
元町「マスターは何でも知ってるんですね」
万里「で、そのカードゲームがどうかしたんですか?」
内野「そのカードをね、まぁ本当はダメなんだろうけど、みんな学校に持ってきてたんだって。そしたらある日、翼君の親友って子が、凄くレアなカードを盗まれて」

○マンション・古江宅・翼の部屋・中
   机で食事をしている翼。
内野の声「偶然、翼君も同じカードを持ってたらしくてね。それで、盗んだんじゃないかって疑われて」

○喫茶F・中
   カウンター席に座る元町と万里。カウンター内に内野。
内野「その時、その親友君も、他の友達も、担任の先生も、誰も翼君の味方をしてくれなかったんだって」
元町「で、そのレアカードは?」
内野「後日、全然別の場所で見つかって」
万里「じゃあ、翼君の無実は証明された訳ですね」
内野「そのハズなんだけどね。謝罪もない、上一度貼られたレッテルは消えなくて。もうクラス中からそういう目でみられてたらしいよ。それで人間不信になって……」
万里「引きこもり、か……。かわいそう」
元町「……何か、似てる気がしない?」
万里「何に?」
元町「フロイデスに」

○東戸塚トレセン・ロッカールーム
   「俺達に出来る事」が書かれたホワイトボードを見つめる古江。
   「大日空と交渉 ×」の文字。
古江「信じてた人に裏切られて」
   「選手協会に相談 ×」「チェアマンに直訴 ×」の文字。
古江「頼りにしていた人達も、当てにならなくて」
   フロイデスの合併についての記事が書かれたスポーツ新聞を手に取る古江。
古江「何の関係もない人達からは、まるで悪者扱い、か……」
   そこに入ってくる志賀崎。
志賀崎「遅いよ、シゲさん。何やってんの?」
古江「ん? ただ見てただけだよ」
   「俺達に出来る事」の文字の部分を軽く叩く古江。
古江「ただただ、見てただけだ」

○ニュース番組
   フロイデスの合併調印を伝える報道がされている。

○各地
   各々の場所でそのニュースを見ている元町、岩本、志賀崎、暁と加奈、内野、高田、桃井、前川。その表情は驚き、怒り、悲しみ等。

○マンション・古江宅・翼の部屋・中
   机に向かい、漫画を読む翼。
   何かが割れる音。
   驚き、顔を上げる翼。

○同・同・リビング
   テレビでニュース番組を見ている古江と雅子。怒りに手をふるわせる古江。床に散乱した割れた皿の破片を拾いながら、古江を見つめる雅子。
   T「1998年12月2日」

○大日空本社ビル・外観
   「大日本空輸」と書かれた看板。

○同・応接室
   向かい合って座る丸山ら役員と内野らサポーター代表。
内野「約束が違うじゃないですか。はっきり申し上げて、今回のやり方には悪意を感じますよ」
丸山「いや、まぁ、しかしですね……」

○同・エントランスフロア
   五〇人近く集まったフロイデスサポーターが警備員や社員と向かい合っている。その中にいる元町、暁、加奈。
   異様な雰囲気。
暁「……遅くねぇ?」
加奈「やっぱり、私も上行けば良かった」
元町「話し合って決めた事じゃん」
加奈「そういう風馬だって、内心行きたいって思ってるでしょ?」
元町「当たり前じゃん」
暁「じゃあ、行こうぜ」
元町「え?」
   警備員や社員の前に来る暁。
暁「俺達もフロイデスのサポーターだ。話し合いに参加させろ」
社員「駄目です。もう少しで代表の方が経過報告に来られるはずですから、それまでコチラでお待ち下さい」
暁「けど、俺達にも参加する権利は……」
社員「参加は四人まで、という約束です」
   社員に詰め寄る暁。
暁「ふざけんな。最初に約束破ったのはソッチじゃねぇか」
   同調し詰め寄る加奈らサポーター達。
元町「暁、乱暴は……」
暁「いつまでもいい子ぶってんじゃねぇ。このままじゃフロイデスが失くなっちまうんだぞ? いいのか?」
元町「良くないよ。でも、俺バカだし。行っても難しい話には参加できないと思うし。だから、代表の人達に託したんじゃん。みんなだってそうでしょ?」
暁「それは、まぁ……」
元町「だから、戻ろう。戻って、待とう」
加奈「風馬の言う通りかもね。とりあえず、待ってみよっか。もう少しだけ、ね?」
暁「……わかったよ」
   渋々元の位置に戻ろうとする暁、加奈らサポーター達。
社員「そうですよ。はい、戻って」
   社員に突き飛ばされ、転倒する加奈。
加奈「痛っ!」
元町「加奈!?」
暁「(加奈を見て)テメェ、何しやがんだこの野郎!」
   社員につかみかかる暁。それを見て追随する他のサポーター達。
元町「みんな、ダメ……」
   もみ合いになるサポーター達と社員、警備員。その勢いで近くにあった陶器製の灰皿が割れる。
   その様子を呆然と見ている元町。

○マンション・古江宅・翼の部屋・中(夜)
   机に向かい漫画を読む翼。
   ノックの音。
古江の声「翼、起きてるか?」

○同・同・同・前(夜)
   ドアの前に座る古江。その脇には空の皿が乗ったトレイ。以下、適宜カットバックで。
古江「(トレイを見て)とりあえず、生きてはいるみたいだな」
翼「……」
古江「ほら、差し入れだ」
   ドア下の隙間から古江が新聞紙を部屋の中に入れ、手に取る翼。それはフロイデスとマレオットの合併を伝えるスポーツ新聞の記事で「電撃」「抜き打ち」といった文字が踊っている。
古江「こういう事になったよ。驚いたか?」
翼「……別に」
古江「お、やっと喋ったな」
翼「人なんて、みんなそうじゃん。だったら初めから信じなきゃいい」
古江「かもな。でも、キーパーってのはどうしても、信じて待っちまうんだよ」
翼「……?」
古江「父さんが翼くらいの歳の時な、初めて全国大会に出たんだ。あ、もちろん父さんはキーパーな。ただ、一回戦の相手がめちゃくちゃ強くて。確かその大会でも準優勝だったかな。で、ボコボコにやられた訳だ。気付けば、残り五分で〇対五」
翼「負けだね」
古江「あぁ。でも他のみんなは最後に一矢報いよう、って。一点でも取ろう、って燃えてる訳だ。でもその時に思っちゃったんだよな。『あ、俺、何も出来ないな』って。『信じて待つ事しか出来ないな』って」
翼「それ、ただ見てるだけじゃん」
古江「悪く言えば、その通りだ。あの時も、二〇年以上経った今も、信じて待つ事しか出来なかった。その結果が、コレだ。無力だよな。選手としても、コーチとしても、父親としても」
翼「……」
古江「でも、これからはもっと出来る事増やして行くよ。第二の人生だ」
翼「え?」
古江「父さんな、引退する事にした」

○同・同・リビング(夜)
   少し開いたドアの脇に立ち、漏れてくる古江の言葉を聞いている雅子。目に涙を溜めている。
古江の声「この歳で控え選手じゃ、どこからもオファー来ないだろうし」
   そこにやってくる未来。
未来「ママ、大丈夫? またお腹痛いの?」
雅子「ん? 大丈夫だよ」
   未来を抱きしめる雅子。
古江の声「それに父さんは一六年、フロイデス一筋だったからな。今更他のクラブに行く気にはなれないって」

○同・同・翼の部屋(夜)
   それぞれドアの前にいる古江と翼。
   以下、中と外を適宜カットバックで。
古江「フロイデスと共に去りぬ、って訳だ」
翼「……そっか」
古江「それでさ、最後に一つ、翼に頼みがあるんだ」
翼「頼み?」
古江「部屋から出てこないか?」
翼「学校に行け、って?」
古江「そうは言ってない。まぁ、行ってくれるならそれにこした事はないけど」
翼「行かない。どうせあと三ヶ月で卒業してみんなとはオサラバなんだ、今更取り戻そうとも思わないし。行く意味なんてない」
古江「言うと思った。まぁ、ソッチは無理しなくてもいいさ。ただ、最後の天皇杯を見に来て欲しいな、って」
翼「……その程度の理由で、俺が出て行くと思ってる?」
古江「思ってるよ。だって……」
   翼の部屋の片隅に置かれたフロイデスグッズ(ユニフォームのレプリカやマスコットキャラのぬいぐるみ等)。
古江「翼は、フロイデスが大好きだから」
翼「……期待しない方がいいよ」
古江「安心しろ。『信じて待つ』のだけは得意だ」

○東戸塚トレセン・ロッカールーム
   選手、スタッフ全員が集まっている。
岩本「天皇杯、どうする?」
志賀崎「これが漫画なら『勝てば存続』なんて言いそうなもんだけどな」
桃井「トーナメントっスから、負けたら即解散。でも、勝ったとしても解散」
高田「だったら、何のために出るんだよ」
岩本「俺は、今まで試合に出場してない若手に出番をあげた方がいいと思う。天皇杯でプレーすれば、他のクラブの目に止まる可能性は確実に上がるし、そうすれば移籍にだってつながるだろ?」
志賀崎「ガンさんに賛成。俺なんかより、出るべき選手はいる(と言って古江を見る)」
前川「いや、待ってくれ。お前達の言う事もわかる。でも、俺は最後まで勝ちにこだわりたい。こういう時だからこそ、勝って、俺達の正しさを証明したい」
高田「『正しさを証明』って、自分達は別に何にも悪い事してないですよ」
   選手達を見つめる古江。
未来の声「何でフロイデスなくなるの?」

○(回想)マンション・古江宅・寝室
   ベッドに横になり文庫本を読む雅子。
   入ってくる古江。浮かない表情。
雅子「未来、寝た?」
古江「え? あぁ、うん」
雅子「? 何かあった?」
古江「……未来に聞かれちゃってさ。『何でフロイデスなくなるの?』。『何か悪い事したの?』って」
雅子「それで、何て答えたの?」
古江「答えられる訳ないって」
雅子「そうだよね。……ねぇ、天皇杯は出番ありそうなの?」
古江「どうしたの、急に」
雅子「多分、どんな言葉よりも『父の背中』を見せてあげる事が一番なのかなって」
古江「父の背中、ね……」
雅子「見せてあげてよ。未来のためにも。翼のためにも」
前川の声「シゲ。おい、シゲ」

○東戸塚トレセン・ロッカールーム
   選手や前川らコーチ・スタッフが全員集まっている。
   顔を上げる古江。
前川「ボケ〜ッとすんなよ?」
古江「すみません」
岩本「若手はどう思ってるんだ? なぁ、モモ。お前だって天皇杯出たいだろ?」
桃井「確かに、出られるなら出たいっス」
岩本「なら……」
桃井「でも、出させてもらいたいとは思わないっス」
岩本「え?」
桃井「さっき控えのメンバーだけで話したんス。出させてもらった俺達で、負けて、それでチームが終わりなんて、嫌っス。やっぱり最後は、最後に相応しい、ベストメンバーで天皇杯戦って下さい」
サンタナ「モモ、ソレデイイノ?」
桃井「ただし、優勝しか許さないっスよ」
前川「どうだ、若いのがこう言ってんだ。最後の天皇杯で、フロイデスの名前を歴史に残すために……」
志賀崎「ちょっと待った。だとしても、いや、だとしたら尚更、キーパーはシゲさんにするべきだ」
古江「おい、ナオ」
志賀崎「シゲさんはこのクラブで十何年ずっとやってきたんだ。最後のピッチに立つのに俺よりはるかに相応しいだろ?」
古江「ダメだ。ナオ、日本代表のお前が相手に与えるプレッシャーは計り知れない。勝ちにこだわるなら、お前を出す」
志賀崎「じゃあ、どっちか選べよ。天皇杯に出るか、引退を撤回するか」
高田「は?」
岩本「引退?」
前川「おい、俺何も聞いてねぇぞ?」
古江「『止めない』って言ってただろ?」
志賀崎「『止めろ』って言っただろ」
古江「それはシュートの話で……」
志賀崎「透さん。『引退のはなむけ』だとしても、ダメなの?」
前川「いや、そういう事なら話は……」
古江「ダメだ」
志賀崎「何でだよ。最後だろ? 出てくれよ。翼君や未来ちゃんに、父親のプレー見せてやりたくねぇのかよ」
古江「……娘にさ、この間聞かれたんだよ。『何でフロイデスなくなるの?』って。もちろん、答えられる訳もなくて」
志賀崎「話をそらさないで……」
古江「(志賀崎を制して)でも、答える必要なんてなかった。代わりに、その『何で?』って思いを、大きくなってもずっと持ち続けて欲しい、って。そのためにも、俺は娘に『強いフロイデス』を見せてやりたい」
桃井「『強いフロイデス』……」
古江「息子は、訳あって今は人間不信で引きこもりで。『どうせあと三ヶ月だから、学校行く意味ない』って言ってて」
岩本「あの翼君が……?」
古江「よっちゃん、さっき言ってたよな? 『何のために出るんだ』って」
高田「はい」
古江「俺もわからない。勝ち続けて、どんな意味があるのか。でも、もし何か意味があるのなら、俺はそれを息子に教えてやりたい。そのためにも、天皇杯はベストメンバーで戦って欲しいんだ」
志賀崎「でも、それじゃシゲさんは……」
古江「考えてもみろ。もしも先のない戦いに勝ち続けて、強いフロイデスを見せられたら、それはきっと『父の背中』なんかより何倍も価値があると思わないか?」
前川「本当にいいんだな、シゲ?」
古江「もちろん、実力でナオからポジション奪い返してやるつもりではいますけどね」
志賀崎「……上等だよ。ゴールは俺が守る。ここまで戦って、勝ち逃げなんてさせるか。シゲさんにも、大日空にも」
高田「そうだな。後悔させてやろうぜ、大日空を。お前らは、こんな凄ぇクラブを潰したんだぞ、って」
サンタナ「コレデ勝ッタラ、僕タチ伝説ニナッチャウネ」
桃井「いいじゃないっスか。作っちゃいましょうよ、伝説」
前川「……だってよ。どうする? 岩本」
   全員の視線が岩本に集まる。
岩本「(見回して)満場一致、ですね」
   盛り上がる選手、スタッフ達。

○マンション・外
   T「1998年12月13日 天皇杯3回戦 徳島FC戦」
   並んで歩く雅子と未来。部屋を見上げる雅子。
未来「ママ?」
雅子「あ、ごめんごめん。行こっか」

○同・古江宅・翼の部屋・中
   机に向かい、漫画を読む翼。腹をさすり、ドアを開ける。
   ドアの前、トレイに乗った昼食と、文庫本の上に置かれた「読んでみて下さい」と書かれたメモ。尚、メモが置いてあるため文庫本のタイトルはまだわからない。

○東平尾公園博多の森球技場・グラウンド
   フロイデスと徳島の試合。徳島の選手のシュートが決まる。
志賀崎「何してんだ、簡単に抜かれんなよ!」

○同・スタンド
   観戦する元町、暁、加奈。
暁「おいおい、どうしちまったんだよ」
加奈「動きが固すぎ。まぁ、状況考えれば仕方ないけど」
暁「仕方ない事あるか。もし負けたら、終わりなんだぞ? なぁ、風馬?」
元町「あぁ……うん」
   元町の隣で観戦する万里。三人の様子をどこか客観的に見ている。
万里の声「ぎこちなかったね」

○同・外
   並んで歩く元町と万里。
   T「横浜フロイデス 4―2 徳島FC」
元町「まぁ、初戦だし、気持ちが強すぎて空回りしてたんじゃないかな? 次は……」
万里「フロイデスじゃなくて、風馬達」
元町「え?」
万里「大日空で、最初につかみかかっちゃった暁君を許せない気持ちもわかるけど」
元町「べ、別にそんなんじゃ……」
万里「あ、だから今日私の事誘ったの? 三人だけだと気まずいから」
元町「違う、それだけは絶対違うから」
万里「ふ〜ん……」
元町「……もちろん、このままじゃダメだと思ってるんだよ? あと少しで、終わっちゃうのに」
万里「『決して終りはしない』」
元町「?」
万里「『なぜなら、終らせないと僕が決めたから』」
元町「それも、誰かの詩?」
万里「うん。この間、古江さんの奥さんに聞かれてさ。『今の翼君にピッタリな詩、何かない?』って。その時に、薦めた詩」
   カバンから銀色夏生著『君のそばで会おう』の文庫本を取り出す万里。元町に渡す。
万里「今の風馬達にもピッタリかもね」
元町「(一読し)いい。コレ、凄くいいよ」
   夢中で目を通す元町。
大人の翼M「終ってしまった恋がある」

○マンション・古江宅・翼の部屋・中
   机に向かい『君のそばで会おう』を読んでいる翼。
大人の翼M「これから始まる恋がある」

○鳥取市営バードスタジアム・外観
   T「1998年12月20日 天皇杯4回戦 ヴァンクール甲府戦」
大人の翼M「だけど」

○同・グラウンド
   フロイデスと甲府の試合。
大人の翼M「僕たちの恋は決して終りはしない」
   高田のシュートが決まり喜ぶ選手達。
高田「まだだ。まだ最後じゃないぞ!」
   T「横浜フロイデス 3―0 ヴァンクール甲府」
大人の翼M「なぜなら、終らせないと僕が決めたから」

○神戸ユニバー記念陸上競技場・スタンド
   T「1998年12月23日 天皇杯準々決勝 シフレ磐田戦」
   フロイデスと磐田の試合。
   声援を送る元町、万里、暁、加奈、内野。
大人の翼M「自信をもって言えることは」
   試合終了のホイッスルが鳴り、抱き合って喜ぶ元町と暁。
   T「横浜フロイデス 2ー1 シフレ磐田」
大人の翼M「この気持ちが本当だということ」

○大阪市長居スタジアム・グラウンド
   T「1998年12月27日 天皇杯準決勝 アトラス鹿島戦」
   フロイデスと鹿島の試合。
   守備に奔走する岩本。
大人の翼M「いろんなところへ行ってきて」
    ×     ×     ×
   鹿島の選手のシュートを止める志賀崎。
大人の翼M「いろんな夢を見ておいで」
   ベンチから試合を見守る古江と前川。
   大袈裟に安堵する前川と、その横で冷静に頷く古江。
大人の翼M「そして最後に」

○マンション・古江宅・翼の部屋・中
   机の上に置かれた『君にそばで会おう』の文庫本。読み込まれた形跡。
大人の翼M「君のそばで会おう」
   ドアノブに手をかける翼。しかし呼吸が荒くなり力なく手を下ろす。
   ホイッスルの音。

○大阪市長居スタジアム・グラウンド
   喜ぶフロイデスの選手達。
   T「横浜フロイデス 1ー0 アトラス鹿島」
   ピッチになだれ込むフロイデスの控え選手達。
   ベンチ前で握手する古江と前川。
響く『歓喜の歌』のチャント。

○東戸塚トレセン・外観
   T「1998年12月31日」
前川の声「いよいよ、明日は決勝だ」

○同・グラウンド
   集まる選手達と、その前に立つ前川と古江。
前川「その決勝のベンチ入りメンバーを発表する。まずはゴールキーパー。志賀崎直」
志賀崎「はい」
前川「それから……」
   一同の視線が古江に集まる。
前川「加藤洋」
   目を閉じる古江。
前川「続いて、ディフェンダー……」
    ×     ×     ×
   ミニゲームが行われている。高田が審判を、サンタナがキーパーを務め、前川も参加する等、和やかなムード。
   ピッチの外にいる志賀崎、桃井。
桃井「あれ、そういえばシゲさんは?」
志賀崎「ロッカールーム」
桃井「何しに行ったんスか?」
志賀崎「察してやれよ。今日の発表で、最後の試合に出られない事が決まったんだ。今頃一人で涙して……」
古江の声「誰が泣くか」
   振り返る志賀崎、桃井。そこに立っているユニフォーム姿の古江。
古江「老兵は泣かず、ただ消え去るのみだ」
志賀崎「っていうか、何その格好?」
古江「さっきナオが言った通りだって。明日出られない以上、今日が俺の……」
    ×     ×     ×
   フリーで放った前川のシュートを止める古江。
古江の声「引退試合だ」
古江「よっしゃあ!」
前川「くそっ、俺が現役の頃なら……」
古江「だから、こんなもんでしたって。現役の頃から」
前川「うるさい! 次だ、次!」
    ×     ×     ×
   スタッフや控え選手らも参加しボールを追っている。以下、皆笑顔。
    ×     ×     ×
   チャンスボールに飛び込むも僅かに及ばず天を仰ぐ桃井。
    ×     ×     ×
   イエローカードを出す高田に抗議する岩本。
    ×     ×     ×
   足がつり、介抱される前川。
    ×     ×     ×
   ピッチの外で皆の様子をビデオカメラで撮影しているサンタナ。
    ×     ×     ×
   志賀崎にシュートを決められる古江。ガッツポーズする志賀崎と悔しがる古江。
志賀崎「しゃあ!」
古江「この野郎、ちょっとは花持たせようとか思わねぇのかって」
志賀崎「何言ってんの、まだまだこれから。引導渡してやるよ」
古江「させるかって。絶対勝ち逃げしてやるからな」
   グラウンドの片隅、ラインパウダーで書かれた「愛をありがとう 君を忘れない」の文字。

○国立霞ヶ丘競技場・外(夜)
   列を作る元町、暁、加奈らフロイデスのサポーターと清水のサポーター。
一同「5、4、3、2、1、ハッピーニューイヤー!」
   サンバで盛り上がる一同。
   T「1999年1月1日」

○マンション・古江宅・翼の部屋・前
   ドアをノックする雅子。
雅子「翼?」
   応答無し。
雅子「……ごめん。開けるよ?」
   ドアを開ける雅子。フロイデスのレプリカユニフォームを着た翼がドアの前に立っている。呼吸が荒い。
雅子「(翼の頭を優しく撫で)お母さん、今日だけは鬼になるから」
   頷く翼。雅子に手を引かれ、部屋を出る。

○国立霞ヶ丘競技場・外観

○同・選手用通路
   続々と客が入ってくるスタンドを眺めている古江。そこにやってくる岩本。
岩本「ここに居たんですか、シゲさん」
古江「おう、ガンちゃん。見てみろって。こりゃ満員だぞ」
岩本「こうやって見てると思い出しません?  プロになって最初の試合」
古江「あの時の相手も清水だったよな。まったく、何の因果なんだって」
岩本「その時話した事、覚えてます?」
古江「あぁ。夢が叶ったな。最後の最後で」
岩本「最後……なんですよね」
古江「頼むぜ、開幕メンバーの生き残り」
岩本「じゃあ一つ、お願いしてもいいですか?」
   ペンを持っている岩本。

○同・バックスタンド
   席に着く元町、暁、加奈の元にやってくる内野。
内野「やぁやぁ。おめでとうございます」
元町「ありがとうございます」
暁「何がだよ」
元町「わかんない。何がですか?」
加奈「『明けまして』って事」
元町「あ〜。明けましておめでとうございます。今年も……」
内野「その先は、今は言わないでおこうか」
元町「……ですね」
内野「あれ、ところで万里ちゃんは?」
元町「『別の場所で、友達と観る』って言ってました」
暁「案外、フラれたんじゃねぇの?」
元町「え? え? そうなの?」
加奈「暁、変な事言わないの。きっと気を遣ってくれたんだよ。最後は、このメンバーでって」

○同・メインスタンド
   並んで座る雅子、翼、未来、万里。
雅子「ごめんね、万里ちゃん。無理言って」
万里「いえ、私なんかでよければ喜んで。ただ……」
雅子「? 何?」
万里「(小声で)翼君が全然目合わせてくれないんですけど……」
雅子「あ〜。大丈夫、そういう年頃だから」
万里「どんな年頃ですか」
   雅子が持つ古江の携帯電話が鳴る。
雅子「あ、来た来た。(電話に出て)もしもし? うん、いるよ。はーい」
   携帯電話を翼に渡す雅子。
雅子「パパから」
翼「え? (電話に出て)もしもし」
古江の声「おう、翼か。良く来たな。しっかり観て行けよ」
翼「わかってる。じゃあ」
古江の声「待て待て待て、切るなって。いいか?  切るなよ?」
前川の声「よ〜し、みんな聞いてくれ」
翼「?」

○同・ロッカールーム
   集まる選手達の前に立つ前川と古江。古江の手には他の選手の携帯電話。
前川「今日は特別に、古江から話して貰う」
志賀崎「よっ、待ってました」
古江「(志賀崎を制して)『人は二度死ぬ』って話を聞いた事あるか?」
高田「何ですか? いきなり」
岩本「一度目は肉体が死ぬ事、二度目は全ての人から忘れ去られる事」
古江「さすがガンちゃん。まぁ、そんな感じの意味だ」
志賀崎「話が見えねぇんだけど」
古江「この天皇杯で俺達は、勝ち続ける事によって、クラブチームの合併の不当性を社会にアピールしてきた。だが、おそらく世間の人達は、それほど関心を持ってはいない」
サンタナ「ソンナ……」
古江「実際、合併の調印からしばらく、マスコミの数が減ってただろ? このままじゃいずれこの問題は世間から忘れ去られる。それは、俺達の二度目の死を意味する」

○同・メインスタンド
   スタンドの人気の少ない所で携帯電話に耳を傾ける翼。
古江の声「俺達の六年間が、この二ヶ月間が無かった事になる」

○同・ロッカールーム
   集まる選手達の前に立つ前川と古江。
古江「そんなの嫌だよな。じゃあ、俺達に何が出来る?」
桃井「サッカーしかないっス」
古江「そうだ。だが、少し違う」

○同・バックスタンド
   大きな模造紙を手に内野と話をしている元町。
古江の声「フロイデスの事を語り継ぐ事は、サポーターでも出来る」

○同・メインスタンド
   じゃれ合う未来と万里を見守る雅子。
古江の声「俺達の姿を目に焼き付ける事は、家族でも出来る」

○同・ロッカールーム
   集まる選手達の前に立つ前川と古江。
古江「でも、フロイデスのユニフォームを着てサッカーを出来るのは俺達だけだ。俺達にはサッカーしか出来ないんじゃない、俺達にしか出来ない事がサッカーなんだ」
岩本「俺達にしか出来ない事……」
古江「もっと言えば、俺や透さんや、モモ達も今日の試合には出られない。今日この決勝のピッチでサッカーが出来るのは、お前達だけなんだ。だから、勝て」
   真剣な表情の岩本。
古江「準優勝じゃ意味がない」
   真剣な表情の桃井。
古江「日本のサッカーリーグが百年構想を打ち立てているなら」
   真剣な表情の高田。
古江「百年後まで語り継がれるような結果を残せ」
   真剣な表情の志賀崎。
古江「世間の人達が忘れられないような伝説を作れ」
   前川をチラリと見る古江。

○同・メインスタンド
   携帯電話を耳に傾ける翼。
古江の声「俺達はサッカー選手だ。サッカーで世界を変えてみせろ!」
一同の声「おう!」
   ホイッスルの音。

○国立霞ヶ丘競技場・グラウンド
   ホイッスルが鳴り、キックオフ。
   T「1999年1月1日 天皇杯決勝  清水エンゼルス戦」
    ×     ×     ×
   劣勢のフロイデス。
   清水の選手にシュートを決められる。歓喜の声を上げる清水サポーターと対照的なフロイデスサポーター。
   地面を叩く志賀崎に駆け寄る岩本。
志賀崎「だぁ〜、ちくしょう!」
岩本「落ち着け。一点は仕方ない。大事なのは、ここで耐える事だぞ」
志賀崎「ったりめぇだ。これ以上取られてたまるか」
    ×     ×     ×
   攻め込む清水の選手達。
   体を張ってディフェンスをする岩本。
   ボールをクリアし、脇腹のあたりをさする。

○(回想)横浜市三ツ沢公園球技場・選手用通路
   T「1993年5月16日」
   スタンドの客は七対三で清水サポーターの方が多い。
   並んでスタンドの様子を見る古江(29)と岩本(24)。
岩本「清水のサポーターの方が多いですね」
古江「あぁ。三対七って所だな」
岩本「俺達のホームゲームなのに……」
古江「焦るなって、ガンちゃん。今日がスタートなんだ。これからだって」
岩本「そうですね。……でも、いつかこの比率、逆転してやりましょう」
古江「あぁ」

○国立霞ヶ丘競技場・グラウンド
   スタンドの客は七対三でフロイデスサポーターの方が多い。
   攻め込むフロイデス。岩本がシュートを決める。「岩本」コールが起きる。
   テレビカメラに駆け寄る岩本。ユニフォームをめくり、インナーの脇腹のあたりに書かれた古江のサインをアピールする。その様子がオーロラビジョンに映り、それをベンチから古江が見ている。
古江「ったく、本当にやりやがって」
   「岩本」コールが「古江」コールに切り替わり、コールに応える古江。岩本と目が合い、互いにガッツポーズ。
   ホイッスルの音。

○同・ロッカールーム
   入ってくるレギュラー選手や前川、古江ら。
志賀崎「よっしゃ、行けるぞ。この勢いで後半一気に逆転しようぜ」
   そこで待っている桃井らベンチ外の若手選手達。
桃井「お疲れっス。どうぞ」
   持っていたドリンクをレギュラー選手達に渡す若手選手達。
    ×     ×     ×
   椅子に座るレギュラー選手達。その脇でマッサージ等のサポートをする若手選手達。
   サンタナにマッサージを施す桃井。
古江の声「今はまだ、二つの道がある」

○(回想)東戸塚トレセン・会議室
   T「1998年12月11日」
   桃井らベンチ外の若手選手の前に立つ古江。
古江「ベストメンバーで優勝を目指すか、若手にチャンスを与えるか」
桃井「つまり、俺らにも天皇杯に出るチャンスがある、って事っスか」
古江「出たいか?」
桃井「そりゃあ、出られるなら」
古江「そうだよな……」
桃井「……でも、シゲさんは逆の考え、なんスよね?」
古江「申し訳ない」
桃井「別に謝られても……」
古江「でも、お前達の今後のサッカー人生を考えれば、試合に出た方がいいに決まってる。先のない戦いで優勝したいって思いも俺の自分勝手な気持ちなのかもしれない。だから……」
桃井「シゲさんって、フロイデスの試合、スタンドから観た事あるんスか?」
古江「え? ……そういや、ほとんどないかもな。最近はコーチとして入ってるし」
桃井「スタンドから観てると、やっぱりフロイデスって強いんスよ。なのに、マスコミの報道と観てると、何か『フロイデスが弱いから合併する』みたいな言われ方で」
   涙を流す桃井。
桃井「だから『フロイデスは強いんだぞ』って、もっと世間の人に知らしめて欲しいっス。俺の今後のサッカー人生で『俺のプロサッカー選手生活は、凄く強いチームでスタートしたんだ』って胸張って言いたいっス。そのチームの一員になる為なら、俺、出来る事は何でもしますから。だから……」

○国立霞ヶ丘競技場・ロッカールーム
   サンタナをマッサージする桃井。
桃井の声「天皇杯は、ベストメンバーで戦って下さい」
   その様子を見ている古江。
    ×     ×     ×
   円陣を組む前川、古江とレギュラー選手達。その周囲に桃井ら控え選手やスタッフ達。
サンタナ「ホラ、モモ。コッチ」
桃井「え? でも俺、試合出ないし……」
サンタナ「試合出ル、出ナイ、関係ナイ」
桃井「うっス」
   周囲にいた全員が円陣に加わる。
前川「いいか? 泣いても笑っても、これで最後だ。足が折れても走れ! 全てをピッチに置いていけ! あと四五分、フロイデスのサッカーをするんだ! 行くぞ!」
一同「おう!」

○同・グラウンド
   優勢に試合を進めるフロイデス。
   ゴール前でフリーになる高田。
高田「来い!」

○(回想)東戸塚トレセン・グラウンド
   T「1998年12月18日」
   「ファン感謝祭」と書かれた看板。
   七百人近いファンが集まっている。
   ファンと写真撮影する岩本。
   ファンにサインをする志賀崎。

○(回想)同・裏
   一人で泣いている高田。
古江の声「何やってんだ? よっちゃん」
   そこにやってくる古江。
古江「こんな所でサボってないで、もっとファンに感謝を伝えに行かなきゃダメだろ」
高田「……さっき言われたんですよ。『移籍先がマレオットで良かったです』。『おかげで来年も応援に行けます』って」
   近くに転がっていたボールでリフティングを始める古江。
古江「そりゃ、良かったな」
高田「やっぱり、フロイデスのサポーターは最高ですよ。だから尚更、もっとこのクラブでやりたかったなって」
古江「じゃあ、そのためにも天皇杯は勝って一日でも長く試合やらないとな」
高田「それともう一つ」
古江「何だ?」
高田「約束しちゃいました。『フロイデスの最後のゴールは、自分が決める』って」
古江「そりゃ、大変だぞ? 決勝戦の後半四五分に、別の誰かがゴール決めちまうかもしれないし」
高田「それなら、ロスタイムに自分が決めるだけですから」
古江「いいねぇ。迷いはない、ってか。じゃあ、頑張って決めてくれ。勝利の為にな」
   リフティングしていたボールを高田にパスする古江。
   
○国立霞ヶ丘競技場・グラウンド
   ゴール前の高田へ向けてパスが来る。高田のシュートが決まる。
   盛り上がるフロイデスサポーター。
   喜び、高田に抱きつくフロイデスの選手達。高田は涙目。
高田「まだだ。まだ時間はある。これが最後なんかじゃない!」
    ×     ×     ×
   攻め込む清水の選手達。
   体を張ってディフェンスをするフロイデスの選手達。
   ゴール前で檄を飛ばす志賀崎。

○(回想)東戸塚トレセン・グラウンド
   T「1998年12月31日」
   並んで立つ志賀崎とユニフォーム姿の古江。
志賀崎「ねぇ、シゲさん」
古江「ん?」
志賀崎「明日、シゲさんのグローブ使わせてくんない?」
古江「(自分のキーパーグローブを指して)これか?」
志賀崎「俺のグローブ、何か調子悪くて」
古江「何だよ、グローブの調子って。何、生乾きとか?」
志賀崎「いいから、とにかく貸してよ。じゃなきゃ明日、俺素手でやるよ?」
   キーパーグローブを外し、志賀崎に渡す古江。
古江「ったく、素直に『明日コレ着けて、シゲさんと一緒にゴール守るつもりで頑張ります』とか言えないのかって」
志賀崎「誰が言うか。むしろ、点取られたらグローブのせいにするから」
古江「で、完封したらナオのおかげか」
志賀崎「そういう事」
   キーパーグローブを受け取り歩き出す志賀崎。その後ろ姿を笑顔で見ている古江。
古江「(小声で)サンキュ」

○国立霞ヶ丘競技場・グラウンド
   ゴール前、清水の選手と一対一になる志賀崎。シュートを止める。
志賀崎「っしゃあ!」
   フロイデスの選手達とハイタッチする志賀崎。
   ベンチの前で大きなガッツポーズをする前川と、その横で静かに立つ古江。何かに気付く。
   ベンチに背を向けたままサムズアップする志賀崎。
   ベンチの前、サムズアップで応える古江。笑顔。

○同・バックスタンド
   試合時間残り五分を示す時計。
   スタンドから時計を確認する元町。周囲には暁、加奈、内野もいる。
元町「あと五分……」
加奈「あ、あ、あ……」
   ピッチに目をやる元町。清水のチャンスだったが、フロイデスの選手がクリアする。
   安堵の息を漏らすフロイデスのサポーター達。
暁「……止めなくていいのに」
元町「え? 何言ってんの。入れられたら同点になっちゃうんだよ?」
暁「だって、このままだとあと五分で終わっちまんだぞ? けど、けど……」
   言葉に詰まる暁。
内野「『追いつかれたら延長戦で、もう少しだけフロイデスの試合が観られる』。そう言いたいんだよね?」
   頷く暁。
加奈「それは、確かに……」
元町「それでも、ダメ。最後なら尚更、純粋に応援しようよ。僕達は、フロイデスのサポーターなんだから。フロイデスの応援が出来るのは、コレが最後なんだから」
   そう言って涙を流す元町。

○同・メインスタンド
   グラウンドではフロイデスの攻撃。パスが通らず、ボールはラインを割る。ベンチ前で悔しそうに天を仰ぐ前川と微動だにしない古江の様子をスタンドから観ている万里と翼、雅子、未来。
万里「ご主人、落ち着いてますね」
雅子「え?」
万里「いえ、隣の監督さんは凄くリアクションが大きいんですけど、ご主人は微動だにしないんで、凄いなって」
雅子「そう? 大した事ないと思うけど」
翼「いや、凄いよ」
万里「え?」
翼「父さんが言ってた。『俺は信じて待つ事しか出来ない』って。だから、選手を信じてるから、安心して観てるんだと思う」
未来「お兄ちゃんが喋った〜」
   人差し指を口に当て、「静かに」と未来に伝える雅子。
翼「でも、きっと今まで何度も裏切られたハズなのに、凄いよ。選手を信じて……」

○(回想)マンション・古江宅・翼の部屋・中(夜)
   ドアを蹴破り入ってくる古江。
   ベランダから身を乗り出している翼。
古江「翼!」
   翼を抱きかかえ、力づくで室内に戻す。後ろでは雅子も駆けつける。
翼「離せよ」
古江「バカな事を考えるんじゃない!」
翼「父さんに俺の何が分かるって言うんだよ。サッカーしか出来ないくせに!」
古江「(返す言葉がなく)……」
   鍵が壊れている部屋のドア。
翼の声「鍵が壊れた部屋に引きこもる息子の事を待っててくれて」

○国立霞ヶ丘競技場・グラウンド
   ベンチの前でどっしりと構えて戦況を見守る古江の背中。
翼の声「本当、凄いよ……」

○同・メインスタンド
   観戦する翼、雅子、未来、万里。
翼「だから俺も、出来る事やるよ」
未来「出来る事?」
翼「俺、絶対に忘れない。絶対に、忘れさせない」

○(フラッシュ)各地
   フロイデスの過去の試合映像や合併報道後の署名活動等、様々な出来事。
翼の声「この六年間を、この二ヶ月間を、なかった事になんて、させてたまるか!」

○国立霞ヶ丘競技場・グラウンド
   試合中のフロイデスの選手達。
翼の声「『俺はこんな格好いいクラブのサポーターだったんだ』って伝え続けてやる」

○(フラッシュ)同・ロッカールーム
   集まる選手達の前に語る古江。
翼の声「『俺はこんなに愛されたクラブの生き証人なんだ』って百年先まで言い続けてやる」

○同・メインスタンド
   観戦する翼、雅子、未来、万里。
翼「『俺はこんな強いクラブの選手の息子だったんだ』って、学校でクラス中に自慢してやる」
   翼の頭を撫でる雅子。
雅子「翼……」

○同・グラウンド
   ベンチの前、古江や前川の後ろで総立ちのベンチメンバー。桃井ら若手選手も集まっている。
桃井「(時計を見て)ロスタイム入った」
前川「よし最後だ! 気合い入れていけ!」
   無言で見守る古江。
   ピッチ上、走る高田、サンタナ、ゴール前で声を出す志賀崎、大きくボールをクリアする岩本。
   ホイッスルの音。
   T「横浜フロイデス 2―1 清水エンゼルス」
   ピッチになだれ込むフロイデスの控え選手達やスタッフ達。
   バックスタンドで抱き合って喜ぶ元町と内野、暁と加奈。
   メインスタンドで目に涙を浮かべる万里にハンカチを差し出す雅子。
   抱き合って喜ぶ志賀崎とサンタナ。
   号泣している高田。
   ボールを抱え、涙を流す岩本。そこに抱きつく桃井。
   ベンチの前でガッツポーズを繰り返す前川。
前川「(振り返り)やったな、シゲ……」
   ベンチの中で号泣している古江。
   その肩に手を置く前川。
『歓喜の歌』の前奏が流れる。
    ×     ×     ×
   バックスタンドに掲げられた「この想いは決して終わりじゃない なぜなら終わらせないと僕らが決めたから いろんなところへ行って いろんな夢を見ておいで そして最後に… 君のそばで会おう」と書かれた横断幕。
大人の翼M「その日、最後に歌われたチャントは」
   チャントを歌うフロイデスサポーター達に手を振るフロイデスの選手達や前川、古江。
大人の翼M「ベートーヴェン交響曲第九番。『An die Freude(アン・デュー・フロイデ)』」

○同・バックスタンド
   チャントを歌う元町、暁、加奈、内野らフロイデスサポーター達。
大人の翼M「歓喜の歌、フロイデスの歌」
   手を振って答える選手達。
大人の翼M「ソレが明日以降、二度と歌われる事はないのだと」

○同・メインスタンド
   チャントを歌う翼。
大人の翼M「僕達はまだ、心のどこかで認められずにいた」
    ×     ×     ×
   表彰式が行われている。
大人の翼M「この戦いは後に『奇跡の9連勝』と名付けられる」
チェアマンの声「優勝、横浜フロイデス!」
   天皇杯を受け取る岩本。
大人の翼M「しかし、一番起こしたかった奇跡は、本当の歓喜は、とうとう起きる事のないまま」
   天皇杯を高々と掲げる岩本。
   大歓声。
大人の翼M「この天皇杯優勝を最後に」

○出版社・オフィス
   印刷された原稿に掲載された、岩本が天皇杯を掲げている写真。
大人の翼M「横浜フロイデスは消滅した」
   T「2019年」
   席に座り原稿を見ている翼(33)。原稿には写真が未定の箇所がある。
大人の翼M「あれから、二一年が経った」
   翼も写るフロイデスの天皇杯優勝の祝勝会の写真等から写真を選別する翼。
大人の翼M「年号は変わり、あの時の小学六年生が三三歳となり」
後輩の声「古江先輩、ちょっといいですか」
翼「おう」
   写真を置き、席を立つ翼。
大人の翼M「あの日以降に産まれた子供が、既にプロとして活躍している」
   翼の机の上に置かれた写真。祝勝会の写真にまぎれて、小学校卒業式の翼の写真もある。
大人の翼M「彼らは、僕達のクラブを、あの二ヶ月間を知らない」
   写真の脇に置かれた原稿。
大人の翼M「それでも、あの時代を生きた僕達が忘れない限り」
   原稿の記事のタイトルは『横浜Fは終わらない』。
大人の翼M「横浜フロイデスは終わらない」
   原稿内の「文/古江翼」の文字。
大人の翼M「とても強いクラブがあった事を僕はここに証言する」
   原稿内、胴上げされる前川や高田のゴールシーン等、様々な写真。
大人の翼M「こんなクラブは、もう二度と現れない」
   天皇杯を囲んだ前川、古江、選手やスタッフらの集合写真。
大人の翼M「こんなクラブは、もう二度と」

○黒味
大人の翼M「現れてはいけない」  
                 (完)

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