病める時も健やかなる時も 舞台

自殺によって妻あかりを失ったサラリーマンの竜司は、最愛のひとを亡くした悲しみと自己嫌悪に苦しんでいた。ある日あかりのお墓参りに行くと、寺の住職がやってくる。 「もし幽霊と対話できるとしたら、おぬしはどうしますかな?」 開かれる冥界の門。そこにいたのはタヌキにイヌに、血まみれの女!? 夜を告げる古寺の鐘が鳴れば、賑やかなお墓コメディのはじまりはじまり。 しかし、やっとの思いで出会えた妻は彼との記憶をすべて失っていた……。
唯野恭仁 40 0 0 11/30
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第一稿

登場人物


横山竜司(29) サラリーマン。最愛の妻を亡くす。

横山あかり(29) 竜司の妻。自殺。可愛いものに目がない。

住職(??) 寺の住職。女好き。過去 ...続きを読む
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登場人物


横山竜司(29) サラリーマン。最愛の妻を亡くす。

横山あかり(29) 竜司の妻。自殺。可愛いものに目がない。

住職(??) 寺の住職。女好き。過去の一件が原因で出家。冥界の門が開ける。

宇佐美光(27) あかりの元職場の後輩。ひそかにあかりのことが好き。

ポン 寺に住む幻獣。名前はポンポン丸。メスの子供。悪霊だが怖くない。

イヌ 寺に住む幻獣。名前はワンワン丸。オス。狛犬だが柴犬みたいな顔してる。

ミヅキ(享年20) 住職の昔の彼女。住職の二股が原因で心中未遂し、死亡。悪霊。













〇とあるアパートの一室。板付き、横山竜司と横山あかり。

竜司 病める時も、健やかなる時も、富める時も貧しき時も、あなたは私、横山竜司を夫として愛することを誓いますか?
あかり はい、誓います。
ではあなたは私、白河あかりを妻として愛することを誓いますか?
竜司 もちろん誓います!(指輪をあかりの指にはめる)
……ごめんな、あかり。ちゃんと式が挙げられなくて。こんな二人だけの結婚式なんて……ほんとごめん!
あかり いいの、りゅーちゃんはいま仕事が大変な時期なんだし、そういうのは後でも。私は、こうしてりゅーちゃんとやっと結婚できたことがうれしいから。ずっとこの時を待ち望んでたんだよ? まったく、どれだけプロポーズの言葉を待たされたことか……
竜司 え、そんなに待った?
あかり 待った! 大学生の時に付き合ってからだから……七年くらい?
竜司 そんなに?
あかり そんなに? ってりゅーちゃんは思ってくれてなかったのー?
竜司 ううん。思ってた。ひと目見た時からずっと、こうして一緒にいられたら幸せだろうなあって。
あかり やだーーもう!!! ふふ、指輪、ステキ。
竜司 ダイヤは付けられなかったけどな……
あかり ああっもう十分だよ。私はこれで十分幸せだから。
竜司 はあ、俺にもっとお金も時間もあったら、もっと記念になるようなド派手に演出するんだけどなあ。
あかり だからこれで十分って言ってるでしょ! もう、りゅーちゃんたらいつもそうやって見栄ばっかり張っちゃって。
竜司 ごめん。でも次のプロジェクトがひと段落ついたら絶対盛大に結婚式挙げよう。あかりのウェディングドレス姿、きれいなんだろうなあ。
あかり えへへ、私も楽しみにしてるからね。
竜司 あかり……(抱きしめる)これから絶対に幸せにする。
あかり うん。ずっと、ずっと一緒だからね?
竜司 もちろん、絶対に離さない。
あかり 絶対だからね。約束だからね?
竜司 ああ約束する。
あかり たとえ私が子供ができない身体だったとしても……私を見捨てないでいてくれるよね? ずっと私を愛してくれるよね?
竜司 あかり……?
あかり (声色を変えて)ずっと一緒にいるって約束したよね? 私を独りにしないって言ったよね?
竜司 ……お、おい?
あかり どうして、私を見捨てたの? 私を置いて行ってしまったの? 嫌いになった? 他に好きな女でもできた? 私がダメな女だから? そうだよね? だから私を独りにしたんでしょ!?
竜司 何を馬鹿なことを言ってるんだ。そんなわけないだろ! 
あかり ……そう、そうだよね。私の気持ちなんてわかるわけないよね。(ナイフを取り出し手首に当てる)
竜司 あかり!
あかり りゅーちゃん、勝手でごめんね。

暗転

〇古寺のある墓場。中央には『横山家之墓』と書かれてある墓石。上手には信楽焼のタヌキ像。下手には狛犬の像。時間は夜。板付き、竜司。墓石の前でしゃがみこんでいる。しばらしくして住職、上手から登場。


住職 おや、こんな時間に墓参りとは珍しいですな。陽も落ちかけて直に真っ暗になる。ここいらはひと気が少なくて気味が悪いと誰も寄り付かないのでね。
竜司 ああ住職さんですか。遅くにすみません。仕事終わりなんです。僕には休日なんてないようなものですから。
住職 左様でございますか。して、どちら様のお参りですかな。新鮮な菊も備えられてさぞお喜びのことでしょう。
竜司 僕の……妻なんです。
住職 奥様で……なんと、ああ、若くして。ご愁傷様です。
竜司 妻が亡くなって一か月経ちました。実感なんてありません。世間はいつもと変わらない時間を過ごしているんです。毎日仕事をして、家に帰っては寝て、起きて仕事に行く。つまらない人生かもしれません。でも僕は妻のために必死で働いてきたんです。……もう報われることはありませんが。
住職 (墓石を覗き込んで)横山あかりさん。享年二十九。こんな碑文を読むなんてあまりに心苦しい。わしのような老いぼれならまだしも、奥様のような若い人の名前を見るのはいつになっても慣れんものです。
竜司 死ぬには早すぎました。結婚してまだ三年、僕たちの人生はまだこれからだっていうときに、彼女は―—
住職 自殺ですな。
竜司 ど、どうしてわかったんですか?
住職 私はお寺の住職です。このお墓を見れば、なんとなく伝わってきます。
竜司 そうですか。ええ、妻は自殺でした。僕が仕事で長期出張に行っている間に、手首を切って湯舟の中で息絶えていたそうです。
住職 それはつらかったでしょうな……
竜司 ひとり残された僕は一体どうしたらいいのでしょう? 一生懸命考えてみても、僕にはそれがわかりません。
住職 ふむ、それは難しい問題ですな。愛別離苦は仏教の世界にも八苦のひとつとして数えられている故、愛する人に先立たれてしまう悲しみ以上に心を痛めることはございません。生と死には千尋の谷よりも深い溝がありますからな。
竜司 ええ、いっそその溝を飛び越えてしまえたらどんなに楽か。でも、実際死のうと思っても死ねないんです。いざナイフを手に取ってみても、怖くて、死ねなかった。妻は一体どんな思いで手首を裂いたのか……僕には夫として知る必要があった、知らなければならなかった。それなのに、僕は……
住職 あまり身を傷つけるのはやめなされ。おぬしがたとえ後を追ったところで見つかるものは答えじゃない。また新たに別の問題を生むだけじゃ。奥様を亡くされたことはお気の毒だが、おぬしはそれを受け入れて生きていくことが精いっぱいの供養となろう。
竜司 ……きっと、そうするべきなのでしょうね。ただ……
住職 ただ?
竜司 いえ、なんでもありません。(鐘の音が鳴る)鐘の音? もうこんな時間か。
住職 陽はすっかり暮れてしまいましたな。
竜司 話し込んでしまってすみません。では……
住職 お気をつけて。
竜司 (タヌキ像に注目して)……
住職 ……
竜司 あの、ちょっとさっきからちょいちょい気になってはいたんですけど、ひとつ聞いてもいいですか?
住職 ええ、何でしょう?
竜司 ここってお寺ですよね?
住職 いかにも。歴史は古く始まりは平安時代から続く由緒正しき古寺でございます。
竜司 由緒正しい。
住職 ええ、その昔かの藤原氏が建立したといわれております。
竜司 藤原氏。
住職 ええ、藤原の……なんだっけな。かまやつ、じゃない。なんかそういう感じの名前の……
竜司 いやそんなのはどうでもいいんですよ! (タヌキ像を指さして)なんですかこれ!
住職 タヌキですか?
竜司 そう! タヌキ! なんで信楽焼のタヌキがお寺に置いてあるんですか!! これお店の軒下とかによく置いてあるやつでしょ!
住職 なんだそんなことじゃったか。はっはっは。
竜司 何笑ってるんですか! どう考えても不謹慎でしょ!
住職 確かにそうかもしれません。でもわしも職業として住職をやってる手前、縁起がいいからってこの前古市で買ってきたんじゃよ。
竜司 お寺が商売繁盛しちゃダメでしょ!
住職 最近檀家さんも減ってお布施も少なくなってきたので生活が厳しいんじゃ。なんなら招き猫と迷ったくらいじゃよ。ほら両手挙げてる。
竜司 死者を招くな!!
住職 まあまあ、落ち着きなさいって。ほんの冗談ですから。実はこの像はいわくつきでしてね。昔とある酒屋の男がいたずらに狸を殺してしまったというのですよ。そうしたら店先においてあったこの像がひとりでに動き出したり目が光ったり、気味が悪いというので商売繁盛どころか客先がぱったりと止まってしまったそうでね。殺した狸の霊が取り付いているから、供養のために私が引き取ったんじゃよ。まあ置き場がないからここへ仕方なく置いているというわけじゃ。
竜司 そ、そうなんですか?
住職 しかし、置いてからというもの檀家さんが次々と死に、ここへ埋没していくんじゃ……儲かったけど結果として儲かってないんじゃ。
竜司 呪いのパワー強すぎん?
住職 やっぱり呪いじゃよな!? わしももう手放したいくらいじゃ。
竜司 捨てたらいいじゃないですか。
住職 何度も試したがダメなんじゃ。不思議なことに捨てても朝にはここへ戻っている。トンカチで粉々にしてやろうと思ったときも、なんかすっぽ抜けて結局砕けたのはわしの指じゃった。
竜司 馬鹿なの?
住職 馬鹿とはなんじゃ! さっきから馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿さんざん言いおって!!
竜司 一回しか言ってないから。
住職 とにかく、このタヌキにはそういう理由があるんじゃ。
竜司 そうですか。幽霊なんて全く信用しないですけど……でももし会えるものなら会いたいですけどね。
住職 奥様にですか。
竜司 ええ、なんて夢のような話ですが。
住職 それが夢のような話、ではないとしたら?
竜司 え?
住職 もし幽霊と対話できるとしたら、おぬしはどうしますかな?
竜司 からかうのはやめてください。そんなこと、え、うそできるんですか!?
住職 ええ、私は住職ですから。
竜司 住職ってすごいんですね。
住職 憧れるじゃろ?
竜司 いや別に……
住職 しかし、霊と対話をするためにはひどくエネルギーを消費するんです。もう老体のわしとしてもできれば使いたくない技の一つでしてね。
竜司 ああ、イタコさんみたいに降霊させるってことですか?
住職 いや我々があの世へ行きます。
竜司 え!?
住職 ここに冥界の門を開くんですよ。そうすれば、おぬしと奥様は再会できるというわけです。
竜司 あかりに、会える……
住職 そこで、ひとつ条件があ―—
竜司 (食い気味に)呑みましょう。
住職 はやいはやい! まだ何も言ってないから。
いやその心意気は認めますがね。本当にいいんですか? この条件はなかなかきついものがありますが。
竜司 妻にもう一度会えるならなんだってやります。
住職 左様ですか。その覚悟がおありならわしとしても受け止めねばなりませんな。ではこちらのタヌキ像に向かって今から言う呪文を大声で叫んでいただきたい。
竜司 このタヌキにですか?
住職 ええ、このタヌキにです。
竜司 え、やっぱりなんか怪しい……一体どうしてです?
住職 疑り深いですな……まあいいでしょう。実はこのタヌキの像なんじゃが、実際以上にパワーに満ち溢れていてな。それを利用することでわしの能力を最大限に発揮できるってわけなんじゃ。そのために、必要なのが呪文なのである。
竜司 本気で言ってます?
住職 嫌ならいいんじゃよ。無理せんでも。
竜司 いや信じます信じます。僕にはほかにあかりに会う選択肢なんてありませんから。
住職 安心しなされ。わしの言っていることは本当じゃ。
竜司 それで、そのセリフというのは?
住職 ああ、そうでした。これは我が古寺に伝わる門外不出の呪文でしてね。口外しないことをお約束していただかないことには教えられません。なにゆえ門外不出でしてね。もしこれを破るようなことがあれば、漆黒の闇があなたを冥界へと連れ去るでしょう……さあ、それでもお約束できますかな?
竜司 なんか悪魔みたいですね。いいでしょう、約束します。そのかわり、僕は妻に会えるんですよね?
住職 ええ、間違いなく。ただし……
竜司 まだ何かあるんですか?
住職 大声で、ですよ。大声で、恥ずかしがらず!
竜司 恥ずかしがらず? 僕今から恥ずかしいこと言わされるんですか?
住職 呪文じゃよ。冥界の門を開くには必要なことなので。
竜司 ああ、もうなんだっていいです。僕は妻に会うためならなんだってやりますから!
住職 では後に続いてくだされ。
(精一杯の猫なで声で)『はぅぁわ~♡ おはかのみんなもきゅるきゅるきゅーと! きつねもたぬきもみーんなきゅるきゅるきゅーと! めいかいのもんよひらきたまへ~!』
(促すように真顔で)はい。
竜司 帰ります。(下手側へ)
住職 ちょい!! やるって言ったじゃろ!
竜司 こんなのふざけてる。やりませんよそんな恥ずかしいこと。
住職 そんな恥ずかしいことを全力でやったわしをまず褒めてほしい!
竜司 いやですよ! 何で褒めなきゃいけないんですか。
住職 とにかく、とにかくこれは門外不出の呪文なんです。教えたからにはやってもらわないと困ります。
竜司 きゅるきゅるきゅーとが?
住職 きゅるきゅるきゅーとが、です。幸いこの時間の墓地です。ほかの誰にみられる心配もござらんでしょう。
竜司 ……わかりました。ただし約束は絶対ですよ?
住職 もちろんでございます。
竜司 ……はあ、嫌だな。
『は、ハワー、お、オハカノミンナモ、きゅ、きゅるきゅる……』
住職 恥ずかしがってはなりません。ちゃんとやるまで先生見てますからな?
竜司 誰が先生だ! ……これ言うの僕じゃないとダメなんですか?
住職 わし一人の力では無理なのじゃ。それにそんな恥ずかしいことはあんまり叫びたくない。
竜司 恥ずかしいとは思ってるんかい!!
くっそ……よし、あかりに会うためだ。恥を捨てろ!

宇佐美光、下手から菊の花束を持って登場。

竜司 (精一杯の猫なで声で)『はぅぁわ~♡ おはかのみんなもきゅるきゅるきゅーと! きつねもたぬきもみーんなきゅるきゅるきゅーと! めいかいのもんよひらきたまへ~!』

照明、短く明滅。以降、冥界とつながる。

竜司 こ、これでいいのか?
住職 ええ。いま門が開かれました。
竜司 ん?
宇佐美 (真顔でしばらく見た後引き返そうとする。)……
竜司 (宇佐美を取り押さえつつ)え、ちょっと待ってちょっと待ってちょっとおおおおお!! うそおおおおおお誰もいないって言ったじゃん!!
住職 おやおや今夜は珍しく賑やかですなあ。
竜司 言ってる場合じゃないでしょ! どうしてくれるんですか! 全力でやっちゃいましたよ! (宇佐美を指して)それに見てこの顔、キチガイを見るような目じゃないですか!
宇佐美 いや、お墓で何やってんすか。
竜司 めっちゃ冷静! いやほんとその通りなんだけどさ。ってか、あんた何しに来たのこんな時間に。
宇佐美 なにってお墓参りですよ。この通り。あんたたちこそ、ここで何してたんですか!
住職 冥界の門を開いていたんじゃ。
宇佐美 何言ってんだあんた。
住職 何言ってんだあんたって言われた……
竜司 メンタル弱すぎか! いや、でも僕は約束通り呪文を唱えましたよ。これで妻に、あかりに会えるんですよね!?
住職 もちろん。
宇佐美 ……あかり? (竜司に向かって)まさか横山あかりさんの旦那さん?
竜司 え、そうだけど。
宇佐美 そうか、あんたが……あんたがちゃんとしてねえからあかりさんは!!(竜司の胸ぐらをつかむ)
竜司 !?
住職 喧嘩はやめさなれ! ここをどこだと思っている!?
宇佐美 (住職に)きゅるきゅる言ってたお前らが言うな!
住職 ぐさあ。
竜司 あかりを知っているのか?
宇佐美 ああ、あかりさんは俺の職場の先輩だった。とても優しくて頼りがいのある素敵な人だった。あんたと三年前結婚したのを機に辞めると言って、笑顔で送り出したっていうのにこんな悲惨な結末になるなんて……どう責任取るんだよ。あのひとの命を取りこぼしておいて、あんたそれでも旦那かよ? 
竜司 それは……
宇佐美 救えたはずだろ……何やってんだよ。ずっとそばにいてやれよ……
竜司 ……

ポン、タヌキ像の後ろから登場。

ポン おーい。
宇佐美 ああ?? 今取り込み中……あ、タヌキ(失神する)
竜司 おい! (ポンを見て)わあああ、ちょっと住職さん! 住職さん!? なんかいる! なんかいるよ!
住職 タヌキか。この前はよく指を砕いてくれたな。
ポン ふん、罰が当たったんすよ! それに冥界の門を開くなんていったい何の用っすか? 
竜司 こいつ、しゃ、しゃべって……
住職 ああ、紹介しましょう。この像に宿る悪霊で名を「ポンポン丸」という。長いからタヌキでいい。
ポン ちゃんと名前で呼ぶっす! (竜司に向かって)初めまして、ポンって呼んでくれっす! (住職に)で、このひとは誰っす?
住職 お客さんじゃ。ちと、冥界の住人に用があってのう。
ポン ふーん。珍しい人もいるもんだね。
竜司 全然状況が呑み込めない……一体どうなってるんだ? 急に変な奴が現れて……本当に冥界の門なんてものが開いてしまったというのか?
住職 まあ、戸惑うかもしれんが、なにちょっとしたファンタジー要素じゃよ。だが、これで奥さんとも出会うことができるじゃろう。
竜司 本当ですか!?
住職 ああ、少し待っておれ。(墓石の裏に回り込んで)さて、ここに……あれ、いない!? おいタヌキ! ここに女の住人は見なかったか?
ポン え、知らないっすよ。冥界の住人だって毎日わんさかやってくるのに一人ひとり覚えてらんないっす。それにここに来てまでまた女漁りっすか? 坊主のくせに好きっすねえ~。
住職 そんなわけなかろう! しかし、なぜいないんじゃ?
竜司 どうかしたんですか?
住職 いや普通であれば死んだ人間の魂は墓石に眠っているはずなんじゃが……彷徨えるなんて念が強いか、あるいは……
竜司 あるいは?
住職 いやなんでもない。
竜司 あかりには会えないんですか?
住職 ほかに手掛かりがないか探してみましょう。
タヌキ、イヌはどこにいる?
ポン ワンワン丸のことっすか? 兄貴なら今……
住職 なんじゃ。はっきり言ってみぃ。
ポン (住職に耳打ちして)ポン……
住職 なに?
ポン ポン、ポン……
住職 ふむふむ。
ポン ポンポン、ポン。
住職 ほうほう。
ポン (リズムよく楽しそうに)ポン、ポンポポポン。ポンポン。
住職 ぽんぽんぽんぽんうっさいわ!! ちゃんとしゃべらんかい!!
竜司 伝わってたわけじゃないんだ!
ポン 兄貴は今日は有給休暇でいないんすよ。
竜司 冥界にも有給があるのか。
住職 関係ない。あいつの鼻がなければ人探しなどできん。イヌもここへ呼び出しなさい。
竜司 ブラック住職!?
ポン でもボクひとりでも人探しくらいできるっすよ! 兄貴がいなくたって……
住職 ダメだ。「ポンコツのポン」では力にはならん。連れてまいれ。
ポン うう、せっかくボクひとりでできると思ったのに……(上手へはける)
住職 すまないね、使えないやつで。
竜司 どういう関係なんですか……
住職 あいつはあのタヌキの像についている悪霊じゃ。この寺で引き取ったんで、雑用をさせてるんじゃよ。じゃが、あいつは子供じゃ。仕事をさせるには思考も能力もまだまだ未熟でね。この古寺の守り神である狛犬に付けとるんじゃが、あれもあれで抜けているとこがあるんでな……
竜司 もう全然ついていけない。これも全部冥界の門とやらが開いたからなのか?
住職 左様。先ほどの呪文でこの空間における現世と来世の垣根が一時的になくなったのじゃ。
竜司 きゅるきゅるきゅーとで?
住職 きゅるきゅるきゅーとでじゃ。何回も言わせるな。
竜司 でも、確かに雰囲気が変わったみたいだ。少し肌寒くなって居心地が悪い。
住職 普通冥界には生けるものは存在しませんからな。当然の感覚じゃ。わしとて何度も行きたいとは思わん……

ポン、上手から登場。

ポン おい坊主! 
住職 なんじゃ。
ポン ワンワン丸のやつ、眠りこけて穴倉からでてこねえっす。
住職 ……しょうがない。わしが直接起こしてくる。そこで待っておれ。

住職、上手へはける。

ポン お兄さんはどうしてここへ来たっすか?
竜司 死んだ妻に会いたくてね。
ポン そうっすか。(宇佐美を指して)このひとも一緒にっすか?
竜司 いや、このひとは……このひとも会いたいだろうな。事情はよくわからないけど、あかりのためにあんなに怒っていたんだから。
ポン へっ、ボクを見た瞬間に卒倒しちゃうなんて、さては僕の怖さに気付いたんだな!? ふふふ。
竜司 どっちかというと可愛いだろ。
ポン (怒ったように)可愛い? いま超絶可愛いって言ったか?
竜司 そこまで言ってねえ!
ポン そこまで可愛いといわれちゃあ悪霊の名が廃るってもんよ。人間を怖がらせてなんぼ。人間をちびらせてなんぼ。世界で一番可愛いなんて言わないでもらってもいいっすか?
竜司 だいぶ嬉しかったんだな。
ポン で、その奥さんにはどうしてそこまでして会いたいんすか?
竜司 (背を向けて)なんでもいいだろ。
ポン これはボクの仕事っす! それに人探しにはなんでも情報は必要っすよ。ボクはいま探偵なんすから。ほらほらワケを話すっす!
竜司 ……妻のあかりは自殺したんだ。
ポン あ……
竜司 僕に何も言わず、ひとりで死を選んだ。確かに僕は頼りない夫かもしれない。でも、やっぱり「夫」なんだ……彼女が死んだ理由を、知らずにこれからなんて生きていけない。だからここまでやってきた。といっても、まさか冥界の門なんて開くとは思わなかったけど。でも、もしかしたら本当に会えるかもしれないんだ。手が届くかもしれないんだ。そのためには僕は何があっても諦めたくない。
ポン そうっすか……その、なんというか、ごめんっす。
竜司 はは、悪霊なのに気を使わなくていいんだよ。
ポン ポン……
竜司 だが遺書もない。最後のシグナルさえ気づけなかった。情けないけど、僕にはなんの手掛かりも持ってないんだよ。だが、この男はどうやらあかりと接点があったらしい。もしかしたら何か知ってるかもしれない。目が覚めたら聞いてみるつもりだ。
ポン なんて言っていいか……
竜司 別にいいよ。
ポン ボク、お兄さんが奥さんに会えるように頑張るっす! だから、その、元気出すっす!!
竜司 優しいんだな、ポンって言ったっけ? よろしく頼むよ。
ポン ポン!
宇佐美 んん……
竜司 ようやく起きたか。まずはこいつからあかりとの関係を探らないとな。
宇佐美 ここは……
竜司 お前に聞きたいことがある。
ポン (竜司の真似をして)聞きたいことがあるっす。
宇佐美 うぎゃあ(ポンを見て失神する)
竜司 邪魔すんなよ!
ポン ポン……

上手からイヌ、住職登場。

イヌ あーあーもうなんですか。今日は私お休みなんですよ?
住職 休みなど知らん。
イヌ 私は閻魔様にちゃんと有給申請したんですよ? つまり非番なんです。ディスイズプライベート。オーケー? 仕事だろうが何だろうがあなたにだって従う謂れはないんです。権利ついては冥界労働法にきちんと書いてありますよ。
住職 法がなんじゃい。そんなものは建前で、プライベートがなんだろうが関係ない。しっかり仕事をせい。
イヌ はあ、夢でたくさんのレディに囲まれてキャーキャー言われてたのに、最悪の気分だ。休みの日さえ坊主の顔を見なきゃいけないなんて、鬱だ、死のう……
竜司 (イヌを指してポンに)こちらは?
ポン 狛犬のワンワン丸の兄貴っす。ボクのお仕事の先輩っす。
竜司 狛犬? どうみても柴犬じゃん!!
イヌ (怒り狂って)誰だ今柴犬っていったやつぁぁぁぁ!?
竜司 ひゃ、なんだいきなり!?
ポン 兄貴は、柴犬って言われるのが一番許せないんだ! 言っちゃダメっすよ!
イヌ ぐるるるる……!
ポン 兄貴! お手っす!(手を差し出す)
イヌ (手をのせて)ワン! じゃないんですよ! ……ん? おや、そこにいるのはポンじゃないですか。あれ、ポンがここにいるなら僕が来る必要ないのでは? ああ、休める。おやすみ。(上手へ)
住職 待てい。この案件はポンに任せるには力不足だ。
ポン だから人探しくらいボクにだってできるっすよ!
イヌ そうです。そろそろ独り立ちさせることも必要ですよ。いつまでもポンも子供じゃいけない。何事も経験を積ませなきゃ。ということで。(上手へ)
竜司 待ってください。あなたなら僕の妻を探せると聞きました。どうかお願いします!
イヌ ……このひとは?
ポン このひとは今回冥界の門を開いた張本人で、亡くなった奥さんを探してるらしいっす。
イヌ なるほど、クライアントってわけですか……確かに私の鼻を利かせればどんな探し物さえも見つけられます。しかし、私はいまお仕事をする気分ではないので。また明日にしてくださいな。今回の件はポンに全部任せます。私は二度寝してきますので。ふああ。
竜司 そんな。
住職 ならば、帰る前にひとつ教えい!
イヌ なんです?
住職 「赤い女」の気配はあるか?
イヌ 「赤い女」? ああ、そういえば……ふふ、ええ感じますよ。もしかしたらその探し物には彼女が関係しているかもしれませんね。では。

イヌ、上手へはける。

ポン へっへへ、このお仕事はボクに任せるっす!
住職 ふん、生意気言いおって。
竜司 それでなにか手はあるのか?
ポン ……困ったっす。この先どうしていいかわからないっす。
竜司 行き詰まるの早いな。なあ、お前にはあかりを探す能力ってのはないのか?
ポン な、ないことはないっす。でもボクはワンワン丸のように力が強くないから、魂のにおいをかぎ分けることも、感じることだって覚束ないっす。訓練をすれば鍛えられるとは言ってたっすけど、でもまだ……
竜司 そうか……で、さっきあの柴犬が言っていた「赤い女」っていうのは?
ポン それは……恐ろしくてポンの口からはとても。
住職 「赤い女」が近くにいる。これは少し状況が芳しくないですな。
竜司 住職さんは何か知ってるんですか?
住職 いいですか? 一つ忠告しておきますが、「赤い女」にだけは近づいてはいけません。あの悪霊は冥界の中でもイレギュラーな存在でしてね。これが腹を空かせたオランウータンよりも狂暴ときている。
竜司 うん、あんまピンとこないけど……
住職 とにかく狂暴なのです。聞くところによると、他の魂を食らっているという噂です。あなたもいまは冥界と繋がる身ゆえ、その危険の及ぶ範囲におられる。くれぐれも注意なさることですな。
竜司 魂を食らうなんて、そんな……もしその女があかりの行方と関係していたら? 
住職 食われてしまった後なら……残念じゃがわしにもどうにもできん。
竜司 そんな……早くあかりを見つけないと!
ポン だ、大丈夫、お兄さんの奥さんはきっとどこかで散歩してるだけですぐ見つかるっす。で、いったいどんな顔をしてるっすか?
竜司 ああ、手掛かりだな。それはここに写真が……あれ、ない。ああ携帯が……
ポン どうしたっすか?
竜司 なくした。
住職 これじゃわしらは探せませんな。
竜司 ほ、ほら、こういう顔してるから(空中で似顔絵を描く)
住職 わかるかい!
ポン と、とにかく女の人っすよね! ここにいても仕方ないっすからポンは向こうのほう見てくるっすね!

ポン、上手はける。

住職 「赤い女」が近くにいるとなると、猶予はさほど残されておりません。さて、私らも行きましょうかね。
竜司 そ、そうですね。僕は彼を起きてから探しに行きます。彼には聞きたいことがあるので。
住職 そうですか。では。

住職、下手へはける。

竜司 ……はあ、なんだかとんでもない展開になっているような。
宇佐美 んん。(起きる)
竜司 起きたか。
宇佐美 何が起きたんだ?
竜司 時間はないんだが、でもまずあんたには聞きたいことが山ほどある。
宇佐美 そうかい、いいぜ、俺もあんたには聞きたいことが山ほどある。
竜司 よし、こっちへ。(二人とも下手へはける)

〇冥界のはずれ①。古寺からは少し離れている。
上手から横山あかり登場。よろめくように歩き中央へ。

あかり 私、死んじゃったんだ。そっか。本当に死んじゃったんだね。ううん、こうなることは全部わかってた。わかって、私はナイフを手に取った。ずっしりとして冷たい、鈍色をした刃を手首に当てた。興奮して手が震えてる。いや怖いんだ。すべてがゼロになる。生きてきたことも今までに積み重ねてきた思い出も全部、全部捨ててしまうことが……あれ、私、最後の瞬間に何を思ったんだっけ? 誰の顔を思い出したんだっけ? どうして、思い出せない。記憶が暗闇に目隠しされているみたい。頭がずんと重くて思考がぐらぐらする。不思議な感覚ね。私、もう死んじゃってるのに。

下手からミヅキ登場。全身が真っ赤に染まっている。

ミヅキ あらようやく目覚めた? ひと月は寝てたわよあんた。
あかり あなたは……ひどい血が、怪我してるの!?
ミヅキ ふふふ、これはあたしの業よ。拭っても洗っても落ちやしない。この血の色はあたしの皮膚だし心でもある。だから気にしないで。どこも痛くないし怪我はしてないから。あたしはミヅキ。そう呼んで。あんた名前は?
あかり 私はあかり……ここは一体?
ミヅキ ここは冥界。いわばあの世って感じね。死んだ者の霊が行き着く場所。あんた罪人でしょ? 匂いでわかる。
あかり 罪人……そうかもしれない。
ミヅキ 罪状は?
あかり そういう意味ならたぶん自殺。
ミヅキ ふーん、そう。自分を一人殺したってわけね。
あかり 殺した感覚はないんだけど。一応そうなるのかな。
ミヅキ 感覚なんかありはしないわよ。私も同じようなもんだけど、死ぬ瞬間、もうひとりのあたしが泣き叫んでたのだけは覚えてる。きっとあたしがあたしを殺してる結果に戦慄してたのよ。私でない誰かが手も足も脳も支配してた。今考えてもぞっとする。
あかり これから私はどうなるの?
ミヅキ さあね、ここには解脱するためのマニュアルなんてものは存在しない。どう過ごすかなんて各々の勝手。勝手に成仏する者もいれば勝手に消滅していくものもいる。あたしは説法なんて興味ないからね。どうしたら幸せになれるかなんてどうでもいいの。あんたはお利口そうだから成仏できるようにせいぜいお経でも唱えていなさいよ。ははは、それが賢明よ。
あかり 私はそんなにお利口じゃない。
ミヅキ あらそう。じゃあ、あたしと一緒に魂でも狩る?
あかり 狩る?
ミヅキ ここにはね、救えない魂ってあるのよ。独りじゃ気丈に生きていけないような弱っちいやつはカモにされて食われちゃう……あんたも気をつけな。
あかり うん。ミヅキは優しいね。
ミヅキ ああ? どう見たって悪人の面だろ?
あかり ううん。確かに見た目は怖いけど、心が優しいよ。まだ腐ってない。
ミヅキ なんて女だ。あたしにそんなこというやつ初めて見たわ。
あかり そうなの?
ミヅキ あんた、なんで自殺なんてしたんだ?
あかり んー? なんでだろう。よく覚えていないんだ。記憶にあるのはお風呂場でナイフを手首に当ててたことだけ。あとはなんにも。ミヅキの話を聞いてて、あー本当に死んじゃったんだなあって実感してきた。私もう戻れないんだなって。
ミヅキ それを覚悟の上で死んだんでしょ?
あかり ……うん、きっとね。ねえ、ミヅキはどうして死んじゃったの?
ミヅキ え、あたし?
あかり うん、教えてよ。ここで初めてできた友達だもん。いろいろ知りたいし。
ミヅキ 友達? あんた呑気ね。
あかり 悪い? 呑気なのが私の唯一の取り柄だから。
ミヅキ まあ別にいいけど……あたしはね、自殺というか心中だった。当時付き合ってた彼氏が二股かけててね、問い詰めたらあたしを選んでくれるっていうから覚悟を見せてって言ったの。あの頃はすっごい病んでたからじゃあ一緒に死のうってなって、せーので薬を飲んだんだけど、実際に飲んだのは私だけだった。手を繋いであの世に行くなら何にも怖くないと思っていたのに、ここに来た時、あたしは一人きりだった。今となっては恥ずかしいくらい、あいつのこと好きだったのよね。今では憎い。殺したいくらいに。
あかり ひどい……そんなのあんまりだよ。
ミヅキ ああ、別に笑ってくれていいよ。あたしも二十歳やそこらの若気の至りで死んじゃったからさ。それから四十年もここでさまよってると、何であんな奴を信用したのかなって思うもん。
あかり ミヅキは純粋なんだね。彼のことが本当に好きだったんだ。
ミヅキ うーんどうだろう。で、あかりは好きな男とかいなかったのか?
あかり 私は……(思い出せない風に)あれ?
ミヅキ (何かを感じて)待って! この感覚、冥界の門が開く……はは、あはははははは、ようやくじゃねえか。あいつがこっちにやってくる。
あかり あいつ?
ミヅキ さっき話した元カレだよ。今度こそ、この手で殺す! あかり、あんたはここにいて。絶対に出てきちゃだめだからね!(走って下手へ)
あかり ちょっとミヅキ! どこにいくの? ねえ!
あーあ、また独りになっちゃった。みんな、私を置いて……みんな? 私、今誰の事言ったんだろ? ね、ねえ待ってよ!(下手へはける)

〇冥界のはずれ②。
上手から住職登場。中央まで来たとこで墓石の後ろからイヌ登場。

イヌ あなたにしては随分緊張してるんじゃないですか?
住職 帰ったんじゃないのか?
イヌ いやあ、「赤い女」のことを考えたらおちおち眠れませんよ。あなたこそ武者震いしているでしょう?
住職 黙れ。あいつは次こそは必ずこの手で終わらせる。
イヌ まあ、あなたにとってはそれが重要でしょうね。なにせあなたは彼女のために……
住職 口が過ぎるぞクソイヌ。今度生意気な口を叩くようなら、おまえだって容赦しない。
イヌ ああ、怖い怖い。別に私はあなたと争いたいわけではないんですよ。あなたのそのうちにある感情なんて興味はありません。ただその矛先があの子に向かうことだけはやめてくださいね?
住職 あのタヌキのことか?
イヌ それでなくてなにがありましょう?
住職 下らん。あの悪霊は所詮畜生からまろびでた出来損ないよ。お前のように初めから精霊の力はない。どんなに鍛えようが、これからもな。
イヌ ええ、確かに。でも別に力なんてなくてもいいのです。それに彼女自身も時が来ればおのずと悟ることでしょう。ただ私は現世でひどい目に遭ってここへやってきたあの子に、これ以上絶望してほしくないだけです。
住職 それもまた残酷な選択であることを忘れるな。どちらにせよ。あいつは救えない魂側なんだ。
イヌ それなら私が守ります。
住職 ふん、勝手にせい。しかし、冥界の門が開いたことは向こうにも伝わっているはずだ。お前も気を抜くでないぞ。

住職、下手へはける。

イヌ ええもちろん。なんだか胸がざわざわしますね……このまま何事もなければいいんですが。

イヌ、下手へはける。

〇冥界のはずれ③。
竜司、宇佐美、ふたりで上手から登場。

竜司 それで、あかりとはどういう関係だったんだ?
宇佐美 どういうって、さっきも話した通りだ。職場の先輩だよ。別に何の関係もない。ただ……
竜司 ただ?
宇佐美 あかりさんとは退職してからも連絡をとっていたということだけ。
竜司 え、それは……そのどういう?
宇佐美 安心しろ。やましい関係じゃない。愚痴や悩み事を聞いていただけだ。昔居酒屋で悩みを聞いてもらってた時と同じようにな。もちろん、あんたについての話も聞いていたよ。いいことも悪いことも。だから、俺はあかりさんが自殺したと聞いたとき、あんたに対しては憤りしか感じなかった。
竜司 そんなこと、初めて知った。
宇佐美 だろうな。あんたは彼女のそばにはいなかったんだから。
竜司 彼女は、彼女は僕について何か言っていたか?
宇佐美 あんたな……自分がどういう立場にいたのかわかってんのか? 何にも知らないじゃ済まないんだぞ。あんたは彼女の夫。彼女がどんな思いでいたのか……知らないなんて許されない!
竜司 ……
宇佐美 ……ふん、酒が進んで、酔っぱらったあかりさんの口から出てくる話の九割はあんたとの惚気話だったよ。
竜司 え?
宇佐美 私の作った料理をいつもおいしいって褒めてくれるとか、洗濯物のたたみ方が下手で可愛いとか。そんなとりとめのないことを幸せそうな顔でずっと話してるんだ。あんな表情は見たことがない。素敵だった。うらやましいくらいに。だが、ある時期を境にあかりさんとは連絡がつかなくなった。
竜司 去年の三月ごろ……
宇佐美 ああ、その通り。一体何があったんだよ。思い当たる節があるんだろ? 俺にだって知る権利はあってもいいはずだ。
竜司 彼女は……「あること」をきっかけに徐々に笑顔を失っていったんだ。
宇佐美 「あること」?
竜司 あかりは子供が出来づらい身体だったんだ。結婚して何か月かして、なかなか子供に恵まれないのを心配した折に、そう診断されて発覚した。いわゆる不妊症だ。それがあまりにショックだったんだろう。それが彼女の中では体に巻き付く鉄の鎖になった。
宇佐美 なんだ……それ。聞いてないぞ。
竜司 そうか。初めのうちはあかりもまだ前向きだった。何度も医師と相談を重ねてやれるだけのことはやった。それでも結果が出ないならと体外受精の選択もした。しかし、それには多額のお金がかかる。それに、それをしたからって必ずしも身ごもるとは限らない。まさに暗闇の中で手探りするようなものだ。検査の結果に一喜一憂し、何度も失敗の報告を聞かされた。あかりは他人の前では決して涙を見せなかったが、不安定な感情は家の中で爆発していた。こんなになるくらいならもうやめよう。子供が出来なくても構わない。なんて僕の口からは言えなかった。それは今まで苦しんできた彼女を否定してしまうような気がしたから……だから、僕はすすりなく彼女を抱きしめることしかできなかった。
宇佐美 ならなんで彼女は死んだんだ!?
竜司 ……治療のための資金が底をつきかけていたんだ。情けないことだが、僕の給料はそれほど多くない。だから生活のためにも、たくさん働いてお金を得る必要があったんだ。しかし、それはあかりのそばにいてやれない時間を増やしてしまう要因にもなった。その頃の夫婦間は絶望的なまでに暗かった。彼女は気を病んで塞ぎこむようになり、対話も拒み始めた。もしかしたら今はそっとしておいてあげるのがいいのかもしれない。そう気を緩めたときに、あかりは……
宇佐美 そうだったのか。俺にはてっきりあんたの身勝手な行動が招いた結果とばかり……
竜司 いや、実際僕の身勝手な行動さ。あんたの言う通り、僕は何があっても彼女に寄り添うべきだった。責めてくれて構わない。言い訳するつもりはないよ。
宇佐美 さっきは怒鳴りつけてしまって悪かった。それで、あかりさんはここにいるのか?
竜司 ここの住職の話じゃそうらしい。だが、いまは行方が分からないんだ。宇佐美、あんたも一緒に探してくれないか?
宇佐美 もちろんだ。協力させてもらう。
竜司 ありがとう。

中央墓石の陰からポン登場。

ポン あああああああ! いた! お兄さんたち大変なんだ!
竜司 ポン!?
宇佐美 ぎぇええええええ!?!?(失神しかける)
竜司 わー失神するな! 耐えろ!
宇佐美 な、な、なんなんだこの獣は! 俺はタヌキの類が大っ嫌いなんだよ。うわああ近寄るな!
ポン 獣じゃないっす! ボクはポンポン丸さ! (竜司に向かって)そんなことより、大変なんだ。
竜司 一体どうした?
ポン 「赤い女」が……「赤い女」が出たんだ!
竜司 なに? どこだ、連れて行ってくれ。
ポン 逃げなきゃダメっす! あそこに行くのは危なすぎるっす!
竜司 あかりに出会う手掛かりなんだ。どんなに危険だってかまわない。僕はもうあかりから逃げたくないんだ。
ポン ポン……そんなに言うなら……こっちっす。でも、くれぐれも気を付けるっすよ?
竜司 ああ。

竜司、ポン、上手へはける。

宇佐美 一体何なんだここは……おい待ってくれ。(上手へはける)

〇冥界のはずれ④。
下手からイヌ、住職が登場。上手からはミヅキが少し遅れて登場。ミヅキの手にはナイフ。

イヌ おやおやちょっと現れるのが早くないですか?
住職 向こうからやってきてくれるとは、探す手間が省けたというもの。
ミヅキ ふん、ここで会ったが百年目! クソ坊主! 今日こそてめえの首を落としてやる!
住職 いざああああああああ!!

住職とミヅキが戦う。

イヌ すみませんが私は抜けさせてもらいますよ。あなたたちの痴話喧嘩には付き合いきれませんから。(狛犬像あたりへ移動)
住職 イヌは黙っとれ!
ミヅキ よそ見してんなよ。この裏切り者!(住職を追い詰めていく)
住職 くっ!
ミヅキ あんた、よくも、よくもあたしを裏切ったね。あはははははもう一度約束をしましょう? このナイフを胸に突き刺すの。そうして今度こそあたしと一緒に!!
住職 くそ!
ミヅキ しねええええええええええええ!!(ナイフを振りかぶる)

中央からポン、竜司が登場。

ポン あそこっす!
竜司 あかり!!
ミヅキ あ? なんだお前? 今いいところなんだよ邪魔すんな!
竜司 あかりはどこだ!
ミヅキ あかり……? ああ、あの女のことか? 安心しろ。あの子は取って食うつもりはねえよ。あたしはこのクソ坊主にだけ用がある。
住職 まずい……これはまずいことになったぞ!
ポン さすがの坊主もやばいっす!
竜司 (ミヅキに向かって)あかりは無事なんだな!? 間違いないんだな?
ミヅキ うっせえな! 無事だっつってんだろ? がたがた言ってるとてめえもやっちまうぞ?
竜司 じゃあ、大丈夫です! どうぞ一思いにやっちゃってください。
住職 うそだろ! 助けろよ!!
竜司 申し訳ございません!(丁寧なお辞儀)
住職 なんて綺麗なお辞儀なんだ! 見損なったぞ! このバーカバーカ!
ミヅキ あっはははははは! あんたには味方なんていないんだよ。ここで終わりだ!
住職 くそ、この手だけは使いたくなかったのだが……(ミヅキの鳩尾に掌底を食らわす)
ミヅキ うっ。があああ!
住職 かつて愛したレディに手荒な真似はしたくなかったのだが……
竜司 え、すげえ、今のなに? ねえねえどうなったの? 
ポン 完全にお茶の間感覚っすね。
ミヅキ ……くっ、てめえ、何しやがった。
住職 我が古寺秘伝の護身術じゃよ。ここで死ぬわけにはいかんのでね。お前を成仏させるまでは。
竜司 (ポンに)なあ、ふたりはどういう関係なんだ?
ポン 詳しいことは知らないっす……ただ因縁があるとしか。
イヌ 因縁なんてものじゃありません。彼らは四十年間、冥界の門が開かれるたびに死闘を繰り広げてきたのです。あのふたりはかつての……
住職 クソイヌ。口が過ぎるぞ。
ミヅキ こいつはあたしの元カレさ。
竜司 えええ!?
住職 言うなよ。
ミヅキ 最後の舞台にオーディエンスがこんなにいるんだ。全部言ってやるよ。この男は生前、あたしの彼氏だった。当時は今とは想像もつかねえくらいイケメンで、それはそれは優しく扱ってくれたよ。ただ女好きの癖だけは目も当てられねえほど悪くて、気づいた時には二股かけてやがったがな。
ポン うわ、あのクソ坊主最低っす!
竜司 やべえな。
住職 うっさいわ!!
ミヅキ 最低なのはこれからさ。こいつは許しを得るためにあたしとずっと一緒にいると約束したんだ。だからあたしは睡眠薬を取り出して心中を求めた。手を繋いで、一緒に飲んで……それであたしは裏切られてここに落ちた。
竜司 あの女も相当やべえな。
イヌ 引くほどメンヘラでしょう?
ミヅキ なあ、どうしてあたしじゃ駄目だったんだ? あたしじゃ物足りなかったのか? あたしが持ってるものは全部あげたし、できることはなんでも犠牲にした。それでも、あたしはあんたの心をつかむことはできなかった。どうして、どうしてあんたはあたしに振り向いてくれなかったんだ?
住職 お前を殺したのはわしだ。それに変わりはない。
ミヅキ どうしてだ、って聞いてんだよ!! 答えろよ、クソ坊主……てめえがいくら地面におでここすりつけて謝ったってあたしの心は満たされなかった。何にも感じなかったんだ。それよりもあたしはあんたのすべてが欲しかった。
住職 ……すまんな。その気持ちに応えられなくて。
ミヅキ ……嘘でもいいから愛してるって言えよ。嘘でもよかったんだ。あたしはあんたの口からその言葉だけが欲しくて。でも、もう終わりだ。てめえはここであたしが殺す。この赤は今まで食らってきた魂の返り血だ。あたしはもう、普通には戻れねえんだよ。
住職 だからこそ、せめてわしの手で終わらせる。来い。
ミヅキ あたしはもう地獄を味わいつくした……絶望はもう味がしねえほど吸い尽くしたんだよ!! 思い残すことはねえ、あとはてめえを殺してあたしも死ぬ! うああああああああああ!!(ナイフを突き出し住職に向かって突進する)
竜司 危ない!

宇佐美、下手から登場。

宇佐美 あ、なんだこの状況?
ミヅキ (宇佐美に気付いて急に立ち止まる)!!!
住職 ???
イヌ なにが起きたのです?
竜司 急に攻撃が止まったぞ。

ミヅキ、宇佐美を凝視しながらゆっくりと接近する。

宇佐美 は? お、おい、なんか、この赤い人めっちゃ近寄ってくるんだけど! なに? 怖い! 赤い! なになに!?
竜司 宇佐美、危ない!
ミヅキ (宇佐美の真ん前まで来て)めっちゃ好き……!
全員 はああああああああああああ!?
住職 ちょっと待て。いまいい感じのところだったんだぞ! いい感じのシリアスシーンだったんだぞ!?
イヌ あの男一体何をしたんです?
宇佐美 こっちが聞きたいよ!
ミヅキ うそ、超タイプなんだけど。え、どうしよっ! あたし化粧崩れてないかな? 大丈夫かな? え、つけま取れてない? 最近美容院行けてないからコンディションマジ最悪なんだけど。(宇佐美に向き直って)ええっ、わ、かっこいい……せ、赤面♡
竜司 いやもとから赤いだろ。
イヌ なんという切り替えの早さ……
住職 なんか複雑じゃ。
宇佐美 言ってねえで助けてくれよ!
ポン まあ、これはこれで一件落着っすね!
宇佐美 なわけあるかー!
ポン ポン……
ミヅキ (宇佐美に)あたしはミヅキ。ねえ、あんた名前は?
宇佐美 う、宇佐美光……
ミヅキ うーさーみー♡ ねねね、彼女いんの? 仕事は何してる人? 趣味は? 学歴は? 年収は?
竜司 婚活かよ!
宇佐美 なんだよ、そんなの関係ねえだろ。だいたいお前はなんでそんなに赤いんだよ!
ミヅキ それはあんたに出会ったからでしょ。ほら心臓がどきどき言ってる。ときめいてる証拠。ここにきてこんな素敵な男に出会うなんて夢にも思ってなかった。ね、あんたもそう思うでしょ?
宇佐美 思わねえよ!!
イヌ ……(住職の肩を叩いて慰める)
住職 同情はやめい!
ミヅキ ……わかった。そんなに言うなら仕方ないよね。いいよ。結婚しよ?
宇佐美 何にも言ってねえよ! 誰か助けてくれ!!

宇佐美、下手へはける。

ミヅキ ちょっと待ってよ。あたしと宇佐美は結婚するの。もう逃がさないぞ~! ♡(下手に)
住職 おいミヅキ! わしとの決着はどうなったんじゃあ!?
ミヅキ はあ? 決着? もうそんなのどうでもいいわ。あたしはあの男と新しい生活をするの。
住職 じゃあ、わしのことは許してくれるのか?
ミヅキ 許す? ん、ああ、なんかもうどうでもいい。うん、どうでもいい。勝手にして。
住職 ……そうか。じゃあ、いいわ!
竜司 あっさりだな! 四十年来の確執じゃなかったんか!
住職 許すといったんだ。もう終わりじゃ。わしの出る幕はない。
竜司 そうか。
(ミヅキに)待ってくれ。俺からもまだ聞きたいことが。
ミヅキ なによ?
竜司 あかりはどこにいるんだ?
ミヅキ 向こうよ。あんたが彼女の何なのか知らないけど安心して、別に何にもしてないから。
竜司 向こうだな。ありがとう。
ミヅキ 宇佐美~! 待ってええ!♡

ミヅキ、下手へはける。

竜司 ……向こう? 向こうってどこだよ。
住職 あああ。(うなだれる)
イヌ なに本当に一件落着じゃないですか。もっと喜んだらどうです?
住職 素直に喜べるかい! わしはな、ミヅキを死なせてしまった罪悪感から出家したんじゃ。残りの人生を捨ててな……それがこんな、こんなあっけない終わり方で……
イヌ まあ、うん、ご愁傷様です。
ポン でも、ミヅキさんも幸せそうっす。それも坊主のおかげっすよ。坊主を殺したい一心であの長いあいだ消滅せずにいられたんっすから。ね?
住職 ……バカタレ。ポンの癖に慰めるな。
ポン ! いまポンって言ったっす。初めて名前で呼んだっす! ポンポーン!
住職 うるさい。

住職、上手へはける。

ポン ちょっと待つっすよ! 

ポン、イヌ、上手へはける。

竜司 お、おい俺一人かよ。まあ、赤い女とやらがいないなら大丈夫か。あかりを探さないとな。向こうって、こっちか?

あかり、中央から登場。ひとを探しているように。

あかり ……ミヅキー? そこにいるの?
竜司 あ、あかり?
あかり え……?
竜司 あかり!! 会いたかった!!(抱き着く)
あかり え、ちょ、なにすんの。やめてよ!(強烈なビンタ)
竜司 え。あ、ごめん。嬉しくてつい。え、ビンタ?
あかり 急に知らない人に抱き着かれてうれしい人なんていませんよ。
竜司 ……え?
あかり いったい何なんですかあなたは?
竜司 お、覚えて……ないのか?
あかり ……あなた誰ですか?
竜司 ええええええええええええ!?

暗転

〇さっきの続き。板付き、中央上手側に竜司、下手側にあかり。

竜司 もう一度確認するけど、本当に覚えてないんだな?
あかり さっきから何度も言ってますけど、覚えてませんったら。いい加減にしてください。なんですか? この期に及んでナンパですか?
竜司 ナンパも何も、君は僕の妻なんだって!
あかり はあ? 私横山竜司なんて人知りませんし、あなたみたいなひとと結婚した覚えはありません。しかもなにその口説き文句、さむ……
竜司 ああ、どうしよう。どうやら記憶が飛んでしまっているらしい。僕との結婚生活、僕との出会いすらなかったことになっている。まいったなあ……
あかり あの、もういいですか? 私、友達を探してるんですけど。
竜司 友達?
あかり ええ、この辺に真っ赤な女の子を見ませんでしたか? あの子、ものすごい憎しみの形相でこっちに走っていったから。
竜司 ああ、ミヅキのことか。あいつなら向こうで男といちゃついてるよ。
あかり え!? いちゃついてるの!? 
竜司 ああ、出会って五秒で。
あかり 出会って五秒で!? ずいぶん仲直りするの早いのね……
竜司 そんなことより、ほら、なんでもいい、何か思い出すことはないか? 
あかり だからないですって。
竜司 ……どうして自殺してしまったかも?
あかり ……さあ、それは自分でもどうしてだかわからない。きっと悲しいことでもあったのよ。そうでもしなきゃ、簡単に死を選ばないもの。
竜司 ごめん。それは僕が。
あかり 何謝ってるんですか? 別にあなたには関係ないですよ……私が全部悪いんだから。
竜司 それは違うんだ。
あかり もういいですよ。私はそういうの興味ないですから。それじゃあ。

あかり、下手へはける。

竜司 あかり! (独白)本当に、覚えてないって言うのか……そんな、これじゃあ僕は何をしにここまで来たんだ。

住職、上手から登場。

住職 どうやら感動の再会とはならんかったようじゃな。
竜司 見てたんですか? クソ坊主……
住職 え、聞き間違いかな? いまクソ坊主って言われた気がしたんじゃが?
竜司 住職さん!
住職 聞き間違いか!
竜司 あかりは記憶がなくなっているみたいなんです。
住職 なあに。そんなこと、ここじゃよくあることじゃよ。
竜司 どういうことですか?
住職 輪廻転生の摂理じゃよ。人間は死に際してそれまでの肉体や記憶や能力をきれいさっぱり忘れてしまうんじゃ。そうしてまっさらになった魂が次の生へと続いていく。つまり、おぬしの奥さんはその途中の段階にあるということじゃ。
竜司 それじゃあ、あかりの記憶がなくなっていることは必然というわけなのか……
住職 左様。
竜司 そんな……なんとか思い出させる方法はないんですか!?
住職 あることはある。
竜司 本当か?
住職 しかし、さっき見たじゃろ。あの赤い女がいい例じゃ。
竜司 ! それじゃあ、記憶を取り戻すとしたらあかりもあんな風に……
住職 他の魂を食らい、魂の色を濃くすることができれば自我を失わずに済むじゃろう。しかし、その行為は転生に対して逆行するのと同義なのじゃ。つまりミヅキのようなものは転生の機会は訪れず、何百年何千年もこの地でさまようことになる。確かに罪人の類は地獄に落ちる。しかし、「救い」がないわけじゃないんじゃ。長い間そこでひたすら罪を悔い、修練し続ければ転生の導きは訪れる。
竜司 それじゃあ、あかりの記憶は二度と……
住職 追うことを諦める。それもまた正しい生き方じゃ。誰もそれを否定しませんよ。おぬしの中にある罪の呵責とともに新たな人生を歩みなされ。
竜司 そんな簡単に言わないでください。僕にとってはあかりは大事な、とってかわることのできないひとだったんです。手放してしまった以上、僕にそんなことを言う資格なんてないですけど、でも、僕はいまでもこの先だって彼女しか見えないんです。たとえそれがこの世界の理だったとしても、僕は最後まであきらめませんよ。
住職 死者と向き合い続けるというのは、とても骨の折れることじゃ。わしも何十年もミヅキと向き合ってきた。長い時間をかけて直接霊体に触れる修練を積んだところで、わしは彼女の心までをつかむことはできなかった。一生かかってもダメだった。本当に、一生かけて何を得たのかわかりませんわい。
竜司 住職さん……
住職 おぬしはまだ若い。今からでも遅くはない。どうか、やり直しなされ。
竜司 住職さん。ここへ連れてきてくれてありがとうございます。さっきあかりに会って分かったんです。僕は彼女と真正面から向き合うことを避けていたみたいです。忘れられる恐怖。正直これ以上追いかけて傷つくのが怖かった。あなたの言う通り、彼女のことは諦める……きっとそうするのが利口だと自分でも思います。
住職 ああ、じゃから―—
竜司 でも、ご忠告の通りにはできません。僕は彼女を追いかけます。すみません。

竜司、上手へはける。

住職 ……それでも苦難の道を選ぶか青年。いや、それもまた正しき道、か。

住職、上手へはける。

〇冥界⑤。
上手からあかり登場。

あかり まったく、ミヅキはどこ行ったのかしら? それにあの人、一体何なの。ここが地獄だというなら、地獄までナンパしに来たってこと? こわ……

ポン、イヌ、下手から登場。

ポン (あかりに気付いて)あれ? あそこにいるのは?
イヌ 墓の住人でしょうね。でもむやみに近づいてダメだよ。あの女、罪人のにおいがする……
ポン 罪人!?
イヌ 何をしでかすかわからないからね。あいにくポンにはやつらと渡り合える力はない。後ろに隠れてなさい。
ポン でももしあの女の人がお兄さんの奥さんだったとしたら? こんなところを彷徨っているんだ。何か知ってるかもしれない。それに、いつまでもワンワン丸の世話になるわけにはいかないっす。確かにボクには力はない。だけど、それに甘えたまんまじゃいつまでたっても「ポンコツのポン」って言われるっす。
イヌ じゃあ、どうするんです?
ポン ……対話してみるっす。(あかりに近づく)
イヌ あ、待ちなさい!
ポン こら、そこの女ぁ!
あかり へっ!? なに?
ポン ここで何してるっすか!? あんた罪人だろう? 匂いでわかるっす。出方によっち ゃあ痛い目にあわすぜ? (イヌを指して)この用心棒がな!!
イヌ 真っ向から虚勢を張るとは……
あかり ……(ポンを凝視する)
ポン ほらどうしたっすか!? ボクに怖気づいて声も出ないか!! ポンポンポン。だろうな! なにせボクは冥界一のあくりょ……(あかり、ポンに近づきだす)な、なにするすっか! それ以上近づくなっす! わ、わ、わあああああん!!
イヌ ポン、危ない!
あかり ……かっわいいいいいいいいいい!!!♡
ポン ポン!?!?
あかり え、タヌキのコスプレしてるの? めっちゃかわいい♡ 私こういうラブリーな女の子大好きなのよね~。ねえ、名前なんて言うの? いくつ? 好きな食べ物は? 好きな人はいるの?
ポン この展開なんか見たことあるっす! こわいっすうううう!!
イヌ 敵意はないようですが、別の意味で恐ろしいですね。
あかり ああ、ごめんね。怖がらせちゃったね。ごめんごめん。
(イヌに向かって)あ、お父様ですか? かわいいお嬢さんですね~。あら親子でコスプレなんて~何のイベントなんですか?
イヌ いやそういうつもりでは……
ポン パパ助けてえええええ!!
イヌ 誰がパパだ!?
あかり ふふふ。私もこんなかわいい子供が欲しかったなあ。
ポン え?
あかり (小声で)はあ、ほんとかわいい……めっちゃ性癖……マジ尊い。じゅる……
ポン なんかぶつぶつ言ってるっす!
あかり ねえ、お名前はなんていうのー?♡
ポン ぽ、ポン……
あかり ポンちゃんかあ。かわいいねえ。(小声で)かわいすぎて生きるのつらいマジしんどい……
イヌ あなた一体何者なんです? 罪人にしては殺気が微塵も感じられない。
あかり 罪人? ああ、そういえばミヅキも言ってたなあ。でも、別に取って食おうなんて考えちゃいないから安心して! ただ可愛いものに目がないだけなの。
イヌ ……ミヅキ? あなたあの「赤い女」のことを知っている?
あかり うん、さっき目が覚めた時にずっと私のそばにいてくれたの。この世界のこといろいろと教えてもらったんだけど、どこかへ行っちゃって……
ポン お姉さん、もしかしてあかりさん……!?
あかり あれ? 私名乗ったっけ?
ポン わーーいわーーい!! すごい、お兄さんの探していた人見つかったっすーー! ねえ、ワンワン丸、これはボクのお手柄っすよね!
イヌ ただのぐうぜ……いえ、よくやりました。
ポン ポン!
あかり ねえ、話が見えないんだけど、そのお兄さんって誰のこと?
ポン あかりさんとケッコンしていた男の人っす! さっきまで一緒だったんすけど、でも、もうすぐ再会できるっすよ!
あかり 私、誰かと結婚してたっけ?
ポン ……
イヌ ……
ポン (イヌと顔を見合わせて)……あれ、違う人?
イヌ さあ。どうでしょう?
あかり さっきもそこで変な男に言い寄られたのよね。君は僕の妻だー! って。私いつの間に結婚したことになってるの? あはは。
ポン それっすよ!
あかり それ?
ポン その人が旦那さんっす!! 
あかり そんなわけないでしょー。え、あんたたちもあいつの一味? 最近のナンパは親子役まで揃えてるのね……
イヌ そんなわけないでしょ。(少し考える素振りをして)ははあ、なるほど。
ポン どうしたっすか?
イヌ 彼女、記憶がなくなっている可能性がありますね。
ポン えええ!? それは大変っす!
あかり 確かに生前の記憶は飛び飛びだし抜けている部分はあるかもしれないよ? でも、結婚だなんて。第一、そんなに好きな人がいるんだったら絶対に忘れないでしょ!
イヌ でも、その薬指にあるのはなんです?
あかり あ……(指輪に気付く)
イヌ きっと大事な人からもらった指輪でしょう? 思い出せませんか?
あかり う、頭が……(よろめく)
ポン 大丈夫っすか!
イヌ よく思い出しなさい。その指輪には誰のどんな思いが込められているのかを。
あかり ……わかんない。わかんないよ。だって覚えてないんだもん。仮にあの男の人が私の夫だったとしても、私はあのひとに対してかける言葉がなにもない。
ポン あかりさん……
あかり むやみに傷つけるだけよ。覚えてないなら、そのまま初めから出会わなかったように。互いに交わらないほうがきっといいのよ。
イヌ 本当にそう思ってるんですか?
あかり ……
イヌ ……そうですか。
ポン そんなすれ違い悲しすぎるっすよ! あのひとはお姉さんに会うためにわざわざ危険を承知でここまでやってきたっすよ? ワンワン丸、何とかならないっすか?
イヌ 思い出せないのなら仕方ないでしょう。死者が記憶を失うのはこの世界の摂理です。それを曲げることはできません。
ポン そんな、そんなのあんまりっす!
イヌ ……ただ私の力をもってすれば一時的に記憶を呼び戻すことはできます。
ポン な、なんだ、それなら!
イヌ 嫌です。私はやりません。
ポン なんでっすか! それが出来れば、二人は無事に再会できて一件落着になるっすよ!
イヌ ……無事じゃない。犠牲が大きすぎるんですよ。いつだって失ったものを取り返すということはそういうことなのです。
ポン え?
イヌ 私がポンの魂を食らう。そのエネルギーであの男と彼女の記憶を共有させて繋ぎ留めます。
ポン ボクを食らう……?
イヌ ポン、あなたには自分が思っている以上に力を持っているんです。ただそれを扱う能力がないだけ……しかし、あなたが死ぬことで解放されるその力をもってすれば―—
あかり ちょっと待って。そんな物騒なことさせないから!
イヌ ええ、だからするつもりはありませんって。私だってしたくないのですから。
あかり ポンちゃん。別にいいよ。私はこのままだって。大丈夫だから。心配してくれてありがとね。でももう大丈夫だから。
イヌ ……わかったでしょう? これ以上は手出しできません。もう行きましょう。

イヌ、俯いているポンを連れて上手へはける。

あかり (独白)指輪。この小さな輝きにいったいどんな思いが秘められているというの? でもどうしてだろう、この指輪を見ているとどうしてだか私、まったく知らない温もりに触れているような気がする。ううん、嘘よ。きっと幻……でも私、このままだと大事なものを失ってしまいそうで怖くなる。まだ間に合うかどうかわからない。けど、確実に今この瞬間でさえ何かが指の隙間からこぼれていくような、なんだろうこの胸のざわつきは……!

ミヅキ、下手から登場。

ミヅキ まったく宇佐美ったら逃げ足が速いんだから。あれ? そこにいるのは、あかり!?
あかり その声は、ミヅキ? やっと会えた! ねえ大丈夫だった?
ミヅキ それはこっちのセリフよ! 危ないから出てきちゃダメって言ったのに! 怪我してない? 変なのに絡まれてない?
あかり あ、さっきナンパされた……
ミヅキ はあ? ナンパ!? っざけんな! 私には誰もしないくせに!!
あかり そっち!?
ミヅキ それしかないでしょ! あーもう誰でもいいからあたしを愛して! あたしだけを見て! あたしだけの男になってよーー!!!
あかり どんだけ愛に飢えてんの!?
ミヅキ (あかりの両手をつかんで)そりゃそうでしょ! あんたも女だったらわかるでしょ! 愛されることの……ん、その指輪。え、あ、あんた結婚してんの!? きーーーーうらやましい!!
あかり これは……
ミヅキ 何よ。既婚者にはわからないって? 愛されないものの哀しみなんて理解できませんって? きーーーーーーーー!! ねえ、それ誰にもらったのよ! 言いなさい!
あかり それは……
ミヅキ ああ、やっぱ言わなくていい。私関係ないけど、嫉妬でなんかその男殺しちゃいそうだわ。っても、私はここから出られないけどね。あんたの男、あっちの世界でまだ生きてんでしょ?
あかり え、うん……
ミヅキ はあ、やっぱり生と死の壁は厚いなあ。あんたもそう思わない?
あかり (独り言のように)もしこの指輪をくれたひとが本当にあのひとだとすれば……
ミヅキ あかり?
あかり ねえ、ミヅキ。ちょっと手伝ってもらえない?
ミヅキ ……急に何よ。
あかり 会いたい人がいるの。

暗転

〇最初の墓の前。
竜司、上手から登場。

竜司 あかりー! どこにいる!?
はあ、まったくこの墓地、冥界の門が開いてから心なしか広くなったような……結局探し回っても見つかりもしない。またこのお墓の前に戻ってきちゃったな。

宇佐美、下手から登場。頬には赤いキスマーク。

宇佐美 そこにいるのは横山さんか?
竜司 ああ、あんたか! 大丈夫だったか。
宇佐美 なんとか振り切ったよ。だいぶ赤くされたけどな。
竜司 古典的な口づけのされ方してんな。
宇佐美 そんなことはどうでもいい。あかりさんは見つかったか!?
竜司 ああ! だが……
宇佐美 なんだよ。
竜司 記憶がないみたいなんだ。僕の存在がすっぽりと。
宇佐美 はあ? どういうことだよ。
竜司 わからない。だが、住職さんが言うには記憶がなくなるのはこの世の摂理だって。
宇佐美 ……そうか。なんだよ、ここまで来たって言うのに!
竜司 でも諦めはしない。もう一度会って、ちゃんと話をする。そうすれば蘇るものがあるかもしれない。
宇佐美 ああ、そうだな。で、あかりさんはいまどこに?
竜司 見失った。
宇佐美 はああ?? なにしてんだお前!! そばにいてやれって言ったろ?
竜司 追いかけられなかったんだ。記憶からいないものとされて、このまま存在を否定され続けることが怖かった。でも、僕が弱気になってどうするんだって話だ。つらいのは僕だけじゃない。もう逃げない。次こそ真正面から彼女と向き合うから。
宇佐美 俺もあかりさんに会いてえよ……
竜司 なあ、あんたはどうしてそんなにあかりのことを思ってくれるんだ?
宇佐美 え? べ、別にいいだろ……
竜司 ああ、別にいいんだけど……
宇佐美 ああ、もうこの際だし言っちゃっていいか! 俺、あかりさんのことずっと好きだったんすよ。
竜司 えええええ!!
宇佐美 あ、でも安心してくれ。俺は永遠の片思いだ。仕事でミスしたときは優しくフォローしてくれたり、残業続きの日に缶コーヒー差し入れてくれたりな。美人だし気遣いもできる。うちの会社じゃ有名な人気者だったんだよあのひとは。尊敬してた。それに、女性としても好きだった。なんて旦那さんの前で言うことじゃないけど。
竜司 いいよ。この際だ、語ってくれ。
宇佐美 俺、あかりさんが結婚して辞めるって聞かされた時、告白すらしてないのにふられたような気がして、なんだか見もしないあんたを勝手に憎んでたんだ。俺からあのひとを奪うな、って。でも彼女は幸せそうな顔してとうとういなくなってしまった。それからしばらくしてあかりさんから飲みの連絡が来たときは心のどこかでチャンスだとは思ったんだ。夫婦の中に拗れが生じれば、あわよくばって欲がな。でも、あかりさんはそんなひとじゃない。俺は最後の最後まで永遠の片思いだったんだよ。
竜司 宇佐美……
宇佐美 なあ、あんた自信を持て。あかりさんはあんたのことが大好きだ。それは保証する。間違いない。あとは……彼女にどんなことがあっても今度こそちゃんと受け止めてやれ。俺からはそれだけだ。
竜司 ありがとう。

住職、上手から登場。

住職 おお、ここにいたか。
竜司 住職さん。どうしてここが?
住職 なんでしょう。きっと惹かれるんでしょうな。
竜司 はあ。

イヌ、ポン、下手から登場。

イヌ ああ、皆さんお揃いで。無事で何よりです。
宇佐美 わあああなんだ一体。柴犬か?
イヌ ああん!? 私は狛犬だ。ワン!
竜司 ポン! どうしたそんな暗い顔して。
ポン ……別になんでもないっす。
宇佐美 なあ、それであんたたちはあかりさんには出会わなかったのか?
住職 ……(イヌを見る)
イヌ ……(ポンを見る)
ポン ……(俯いている)
宇佐美 収穫なしか。じゃあ、もう一回探しに行こうぜ。
住職 そろそろタイムリミットじゃよ。
竜司 それは……!
住職 冥界の門が閉じる限界じゃ。このまま帰還の儀式をせずにいればあんたらもみんなここに閉じ込められることになる。
竜司 そんな……
宇佐美 (下手へ)いいから行くぞ。時間がもったいねえ。
イヌ 探すだけ無駄ですよ。彼女はもう記憶がない。
ポン ワンワン丸!
宇佐美 あ? あんた会ったのか?
イヌ ええ、手遅れだ。もう諦めなさい。現世に戻れなくなりますよ。
宇佐美 うるせえ! 記憶がなかったとしても、思い出すかもしれねえだろ! 諦めるにはまだ。
住職 (宇佐美に)その方。イヌの言う通りじゃ。
宇佐美 くっ。
竜司 もし帰還せずに冥界の門が閉じたら、僕は死ぬんですか?
住職 ええ、我々現世のものはいま幽体だけの存在だ。門が閉じてしまえば魂は肉体には戻れない。すなわち死を意味する。そうはなりたくないじゃろ。だから―—
イヌ (何かを察して)ちょっと待って、この気配! 気を付けて、何かがこちらへ来ます!

あかり、ミヅキ、下手から登場。

あかり (竜司に)ここにいたんだ。
ミヅキ あれがあんたの探し人? お、宇佐美もいるじゃーん♡
宇佐美 うげ、「赤い女」! それにあれは……あかりさん!?
住職 いったいどういうことだ?
竜司 あかり……(あかりに近づいていく)
あかり 私、あなたのこと、全然覚えてません。
竜司 ああ。わかってる。
あかり だから、私あなたと結婚してるとか言われても全然ピンとこないし、あなたの顔を見てもさっき初めて見たような感覚に変わりはないです。
竜司 それでもいい。(にこやかな表情であかりの前で立ち止まる)
あかり でも、でも、私のこの左手薬指にぴったりとはまっているこの指輪を見ると、どうしてだか胸が熱くなるの。いくら頭の中を巡らせたところで思い出なんかあるはずないのに、どうしてだか胸が……
竜司 この指輪は僕と君が付き合って七年目に二人きりの結婚式をした時に、僕があげたものなんだ。ダイヤもないのにそれを笑顔で受け取ってくれた君は、一日中眺めていた。幸せってなんどもつぶやきながら。
あかり ……
竜司 指輪の内側にね。刻印がしてあるんだ。
あかり (指輪を外してのぞき込む)……『R&A forever』。ごめんなさい。ごめんなさい。
竜司 いいんだ。謝らないでくれ。君は悪くない。
あかり どうして私なんかに執着するんですか! 仮にもし私とあなたが夫婦だったとして、私は自殺してるんですよ。あなたを置いて。そんなひどい女のことをどうして追いかけてこれるんですか! 私にはわからない……わかりませんよ。
竜司 夫婦だから、かな?
あかり そんな理由で……?
竜司 僕にとっては十分すぎる理由だよ。僕は君を愛してる。たとえ僕の存在が君の中にまるでなかったとしても、僕は君を愛してる。
あかり ……記憶さえあれば、私はきっとあなたの胸に飛び込むことができるのでしょうね。
竜司 無理しなくていいよ。思い出せないならそれで構わない。
あかり どうして私あなたのこと、忘れちゃったんだろう……(泣き崩れる)
竜司 ……あかり。
宇佐美 見ちゃいられねえ。なあ、なんとかなんねえのかよ!
住職 わしらにはどうすることもできんよ。
イヌ その通りです。残酷ではありますが、受け入れるしかないでしょう。
宇佐美 くそ、こんな結末あんまりだ……
ポン ひとつだけ方法はあるっすよ。
宇佐美 なに!?
イヌ ポン……!
住職 なんじゃ?
ポン あかりさん、泣いちゃダメっす。あかりさんの記憶のことは大船に乗った気持ちでボクに任せるっす!
竜司 ポン? なにをする……?
ポン ワンワン丸。ボクを食べるっす。
全員 ええ!?
竜司 なんでそんなこと!?
ポン へへ、ボクにはどうやら選ばれし力があるみたいっす。でも、その力をボクは扱うことができない。だから兄貴に食べてもらって、その力であかりさんの記憶を取り戻してあげるっす。それで一件落着っす!(明るく)
ミヅキ あのタヌキ、狂ったか?
あかり ポンちゃん、そんなことやめて! 私のことはいいから!
イヌ そう。さっきも言った通り、そんなことは―—
ポン (大声で)やるったらやるっす!!! ワンワン丸、この仕事はボクに任されたものっすよね。だからボクがやれって言ったらやるっす! 魂をかける決心までしたんだ、誰にも絶対に邪魔はさせないっすから!!!
イヌ ……愚かな。それがどういうことを意味しているのかお前はわかってない! 消滅するんだぞ……? そんなこと、私の手でできるものか!!
ポン やるしかないんすよ。ボクにできることはそれしかないんす……
イヌ ポン……
ポン ワンワン丸はいつもボクをほめてくれたっすよね。仕事でヘマをして、みんなが「ポンコツのポンだ」って馬鹿にしても、ワンワン丸だけは「よく頑張ったね」って言ってくれたっす。それがずっと嬉しかったんすよ? でも、ボクもずっと子供じゃいられない。最近少しずつ自分でもわかるようになったんす。自分には才能がない。鍛錬したってまるで成長しない。全部誰かのやったことに付いて回ってるだけのお荷物だって。へへ、自覚するって結構ショックっす。でも現実なんすよね。ワンワン丸、いつもそばにいてくれてありがとっす。でも、今回だけはボクの最後のわがままを聞いてほしいっす。
イヌ ……(ポンに背を向ける)
あかり ポンちゃん。私……
ポン ボクが勝手に決めたことっすから、気にしないでくださいっす。でももし記憶が戻ったら……ボクのことも忘れないでいてくれたら、うれしいっす。
あかり 忘れない。忘れないよ!
竜司 ポン……
ポン お兄さんも、あとはしっかりやるっすよ? いいっすね?
竜司 すまん! 
ポン そこは「ありがとう」って言うっすよ!
竜司 ありがとう……!
ポン ワンワン丸、覚悟はできたっす。さあ、食べるっす!

ポン、竜司とあかりの間に入って祈りのポーズをする。

イヌ ……くっ。
住職 ポンがここに来てから妹ができたみたいで嬉しいと言っていたな。
イヌ ……
住職 その彼女がいまは成長した。立派に、立派にな。その最後の覚悟、受け止めてやらんかい。
イヌ (ポンの背後に回って手をかざす)くそ……くそがあああああああああああああ!!!
ポン さあ、悪霊ポンポン丸これが最後の仕事っす!! 大仕上げといくっすよ!!!
イヌ うああああああああああああ!!!!!

しばらく暗転。その間にポンのみはける。

暗転中ナレーション

ポンN 兄貴、あのふたりのこと、よろしくっす。最後までわがままでごめん。でもボク、兄貴と一緒にいられて幸せだったすよ! ありがとうっす。さようなら。

明転
イヌ、足早に下手へはけ、ミヅキ後を追う。

宇佐美 どうだ?
竜司 あかり?
あかり ……りゅー、ちゃん?
竜司 あかり!! 記憶が戻ったのか?
あかり うん。覚えてるよ。ポンちゃんが繋いでくれたの。生きていた時の記憶も、いまここであったことの記憶も全部残ってる。
住職 やったなポン。成功じゃ……
宇佐美 よかったあ……
あかり 宇佐美くんもありがとう。
宇佐美 ああ、あかりさんだ……(小声で)好き……
あかり (胸を抱いて)ポンちゃんもありがとう。忘れないからね。私の中でずっと一緒にいようね……
住職 そうしてくだされ。あいつはああ見えてさみしがり屋でしてね。
あかり りゅーちゃん。(竜司に抱き着く)ここまで追いかけてきてくれてありがとう。私、りゅーちゃんに謝らないといけないことがたくさんだ。
竜司 いいよ、全部許す。それ以上に僕も謝らないことがたくさんなんだから。
あかり ごめんなさい。勝手に一人で死んで、ごめんなさい。
竜司 ……
あかり 私、自分勝手だった。赤ちゃんを体外受精で産もうなんて、身体に負担がかかるのはわかってたし、お金のことでりゅーちゃんに無理させてしまうこともわかってた。それなのに、いつの間にか私だけがつらいなんてこと考えていたの。りゅーちゃんが抱きしめてくれてる時だって心の中ではずっと独りだって思い込んでた。ひどい女だよね。
竜司 いいんだよ。その気持ちを共有できなかったのはあかりのせいじゃない。
あかり りゅーちゃんが望んだように、私も同じ気持ちで赤ちゃんが欲しかった。昔夢を語ったよね? これから二人でどんな家庭を築いていこうかって。子供は二人、男の子と女の子、名前なんかもう考えちゃってさ。想像していた未来はきっとずっと今よりも明るくなるんだろうなって思ってた。
竜司 ……ああ。
あかり 私には子供が出来づらいって診断を受けたとき。それが全部霧の中に溶けてしまった。不安と焦り、挫折と絶望。現実は夢物語の通りには行かなかった。でもね、諦めたくなかったの。これは私のわがままかもしれない……苦しい毎日だった。朝起きるたびに何かに押しつぶされそうな気持ちになった。そばにいてくれるりゅーちゃんにも冷たくなって、自己嫌悪で狂いそうになった。それでも私は幸せな未来のために……でもね私、そんなに強くなかったみたい。りゅーちゃんが出張で家を空けた日、しんとした部屋のなかで突然死のうと思った。不幸の原因は、私なんだ。私さえいなければ私の愛する人は苦しまずにいられるって……馬鹿だよね。勝手でごめんね、りゅーちゃん。
竜司 あかりが一番苦しんでいるときにそばにいてやれなかったのは僕の責任だ。謝らないでほしい。言い訳なんかしない。僕がもっと話を聞いてあげなきゃいけなかったんだ。なにを悩んで、なにを望んでいるのか。もっともっとできることがあった、二人だから乗り越えられる壁があったはずなんだ。僕は結局あかりの我慢に助けられていただけなんだよ。気づいてあげられなくてごめん。ずっと一緒にいてあげられなくてごめん。
あかり 私たち、「会話」がなかったんだね。互いに思うところがあっても、気を遣って、気に揉んで、言葉がないままどうにか気持ちを探り当てようとしてきた……そうじゃない、もっと言葉を交わして傷つき癒しながら支えあう必要があったんだ。こんな簡単なこと、生きてるうちにどうしてできなかったんだろう? 私悔しいよ……
竜司 そうだな。俺も後悔してる……
あかり りゅーちゃん。
竜司 あかり。(抱き合う)
住職 感動の再会のところ悪いが、もう本当に時間じゃ。冥界の門が閉じてしまう。
宇佐美 そんな、せっかく記憶が戻って二人は元に戻れたんだぜ?
住職 無理じゃ。こればっかりはどうにもならん。ポンもいないとなれば、再び門を開けることさえ難しい。
宇佐美 じゃあ、これがふたりの最後に……
竜司 住職さん、ここへ連れてきてくれて本当にありがとうございました。僕はここに残ります。どうか二人だけで現世へとお戻りください。
宇佐美 はあ? 正気で言ってんのか?
竜司 ああ、僕とあかりはあの日ポロアパートの一室で約束したんだ。病める時も、健やかなる時も、富める時も貧しき時も、互いに愛を誓うことを。だから僕はあかりと一緒にいる。もう絶対に独りにはしない。それが命を落とすことを意味するとしても。
住職 自殺は罪じゃぞ。それでもいいんじゃな?
竜司 ……ポンが僕たちを繋いでくれたんです。迷いなんてありません。僕たちはここで一緒に罪を償います。
あかり ……ダメ、そんなのダメだから!
竜司 あかり。
あかり りゅーちゃんが死ぬ必要ないんだよ……? 私もりゅーちゃんと一緒にいられたらどんなに心強いかわからない。でも、それは私の贖罪にはならない。私の罪は私の罪なの。それはりゅーちゃんにだって背負って欲しくなんかない。
竜司 それじゃあ、僕はどうなるんだ? このまま現実に返されたって君を想いながら生きていく。それがどれほどつらいことか。いや同じことだ。すぐに手首を切って僕もあかりの元へたどり着く。ならここで一緒にいるほうがいいんだよ。なあ、頼むよ。僕を独りにしないでくれ。
あかり りゅーちゃん。ごめんね。(ビンタする)
竜司 !
あかり よく考えて!! ……命って尊いの。そんなすぐに投げうっていいものじゃない。私自殺したことを、自殺した瞬間まで後悔してるの。なんで死んじゃったんだろうって。どうして死ぬ必要があるんだろうって。ねえ、私はりゅーちゃんのことが大好きだから言うね。どうか私のために死なないで。後を追うことは贖罪なんかじゃない。いい? もしりゅーちゃんが悪いと思っているのであれば、どうか生きて。私は私の罪をここで償って、りゅーちゃんは向こうで罪を償うの。生と死には壁があるのよ……でも感じて。目に見えなくても私を感じて? りゅーちゃんが罪を犯さず天寿を全うできたとき、もし私を覚えていたなら、ここで再び出会いましょう? 私はずっと覚えているから。忘れないから。
竜司 そうだな。ごめん。
あかり (竜司を抱きしめて)ねえ、愛してる。
竜司 愛してる。
住職 いかん。もう猶予がない。(宇佐美に)連れていけ!
宇佐美 早く!(竜司を連れ出す)
竜司 ああ、ああ。あかり、あかりいいいいいいい!!!

竜司、宇佐美、住職、上手へはける。

あかり またね、りゅーちゃん……

暗転


〇現世の古寺。夜更け。
中央墓の前に竜司が倒れている。

竜司 うう。……あかり!? ああ、僕は現世に戻ってきたのか。

住職、上手から登場。素知らぬふりをする。

住職 おやおやこんな夜更けに何の用ですかな?
竜司 ああ、住職さん。冥界に連れて行ってくださり本当にありがとうございました。おかげであかりに会うことが出来ました。
住職 冥界? いったい何の話ですかな?
竜司 え、あれ、さっき……一緒に行きましたよね。ほらここにあるタヌキの像に向かって、恥ずかしい呪文を……
住職 よくわからんが、きっと寝ぼけているのだろう。こんなところで眠りこけるなんて大した肝じゃ。
竜司 本当に覚えてない?
住職 だからなんのことじゃ。
竜司 あれ、僕は本当に夢を見ていたのか? それにしては妙にリアルで感触さえも残っているような。
住職 さあ、もうおぬしも帰りなされ。ここは肝試しをするような場所ではない。罰が当たりますぞ?
竜司 そんなことするわけないじゃないですか! まあいいや。すみません。すぐ帰りますので!
(墓石に向かって)……あかり。また来るよ。

竜司、住職にお辞儀して下手へはける。

住職 ……やれやれ。夢を見ていたようにと騙すふりも大変じゃ。冥界と繋がるなんていうこの古寺の秘密は門外不出じゃからな。

宇佐美、上手から登場。口調が変わっている。

宇佐美 終わったかい?
住職 ああ、全部終わったよ。
宇佐美 ひとを救う仕事も楽じゃないねえ。
住職 なあに、迷える命を救えるんじゃ。これほど尊いことはない。
宇佐美 ふん、まあいいが。とはいえ、男の格好をして化けてくれなんて頼まれるとはね。このスーツってのは着慣れなくて困ったが、どうだい、私もいい演技してただろう?
住職 うむ。ご苦労じゃったな、キツネ。冥界の門を開くにはお前がいないと始まらんからのう。
宇佐美 別にいいさ。人間を化かすのが私の生きがいだからね。それにあたしはいいものが見れて楽しかったからよ、くくく。
住職 じゃが、ポンを失ったのは計算外じゃ。
宇佐美 私はタヌキの類が昔っから大嫌いでね。……だがあいつは確かにいい仕事っぷりしてたよ。勇ましくて、儚い。後でイヌにもよろしく伝えておいてくれ。あいつ、今頃泣いているだろうから。

宇佐美、下手へはける。

住職 さて、わしもミヅキの呪縛から解かれたことだし、ぐふふ、久しぶりにキャバクラにでも行きますかな。

ミヅキ、上手から登場。

ミヅキ おい、クソ坊主!
住職 み、ミヅキ!? お前、どうしてここに!?
ミヅキ ははははは!! 冥界の門が閉じる寸前にひょいと紛れ込ませてもらったんだよ。これであたしも浮遊霊として彷徨いこめるってわけさ。
住職 な、なんという悪霊めが。
ミヅキ おい、宇佐美はどこやった!? さっきから見当たらんねえんだ。お前何か知ってるだろ?
住職 な、なんのことじゃか……?
ミヅキ (ナイフを出して)言わねえならぶっ殺す!!!
住職 なんでそうなるんじゃ!!! 誰か助けてくれーーー!!!

住職、ミヅキ、下手へはける。
あかりの墓にピンスポ。溶暗。


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