緑の時代 恋愛

緑豊かな田舎町で育った少年山本青磁は、親友である男友達、田中緑青への秘めた恋心を自覚しないまま、都会の女性、椿と出会う。 二人の奇妙な三角関係は、緑青の鬱病と共に終わりを迎え始める……。
紺未来(こんみ) 8 0 0 06/15
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第一稿

ー登場人物ー
山本青磁(18~22)主人公。当初は高校生
田中緑青(18~22)青磁の親友
神田椿 (19~21)青磁の友人、緑青の恋人

鈴木若葉(18) 青磁の友人 ...続きを読む
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ー登場人物ー
山本青磁(18~22)主人公。当初は高校生
田中緑青(18~22)青磁の親友
神田椿 (19~21)青磁の友人、緑青の恋人

鈴木若葉(18) 青磁の友人
古川楓 (18・20) 緑青の元ガールフレンド
近藤朱里(18) 青磁の友人

山本枝織(43) 青磁の母
田口良彦(36) 枝織の恋人

田中葉路(46) 緑青の父親・市長

女性A 緑青のファン
女性B 緑青のファン
女生徒 緑青の同級生

子供A 住宅展示場のエア遊具で遊ぶ子供
子供B 住宅展示場のエア遊具で遊ぶ子供
父親 住宅展示場に訪れた家族の父親
バンドメンバー 緑青のバンドのメンバー
女 就職活動中の女
男 就職活動中の男
中年面接官 青磁が受けた企業の中年男性面接官

○チープなラブホテル・前(夜)
  煙が夜空にたゆたう。
  山本青磁(18)、チカチカ光るネオンがいかにもな、安っぽいラブホテルの店前にしゃが
  んで煙草を吸っている。
青磁M「煙草はすきじゃなかった。でも、こうしていると、早くろくしょうが出てきてくれるよ
 うな気がしたから。だから、俺はいつも、ろくしょうを待つときにだけ煙草を吸った」

〇同・一室(夜)  
  薄暗い一室で、田中緑青(18)が若い女性と裸で抱き合っている。はしゃぐ2人の声。

〇同・前(夜)
  青磁、煙を吐き出す。
  キーッ、と自転車が止まる音。
  鈴木若葉(18)が目の前に。
若葉「せーじ。なにしてんの?」
青磁「ろくしょう待ってんの」
若葉「ろくしょうかあ」  
  若葉、ラブホテルを見上げる。
青磁「……あいつなりのストレス発散」
若葉「へーえ。お坊ちゃんの心の中は庶民にはよく分かりませんなあ。……あ。てことは、今、
 暇?」
青磁「まあ」
若葉「じゃあ……私とホテル行く?」
  間。
青磁「行かない」
若葉「あははは、言うと思った。ね、せーじって童貞?」
青磁「……」
若葉「綺麗な顔してんのになあ」
青磁「……何も言ってないけど」
若葉「じゃあ、好きな人は?」
  青磁の吐き出した煙が、若葉をかすめ、無数の星降る夜空へと消えていく。 
青磁「いない」
  美しく清む夜空が、煙草の煙でくすんでいく。
  ×       ×       ×
  青磁の足元には、大量の煙草の吸殻。
緑青「せーじ」
  色黒の肌に豊かな黒髪の、美しい少年が立っている。緑青である。
青磁「……おせえ」
緑青「(笑顔)ごめん」
 青磁の肩に手をかける緑青。少年たちは、夜の街へと消えていく……。

〇高原
  一面緑の立派な高原。
  制服姿の青磁と緑青、広大な大地を無邪気に駆けている。
  緑青が転げ、続いて青磁もつまずき、2人絡まるように転倒していく。
  草だらけになる2人。
  緑青の無邪気な笑い声。
  生い茂る緑の葉。

〇タイトル『緑の時代』

〇ライブハウス・内(夜)
  満員の会場。女性たちが、うっとりとステージを見つめている。
  視線を一手に集めるのは、ステージ中央で歌う緑青。力強く伸びのある歌声である。
女性A「あーっ……もう、好き! 好き!」
女性B「あれで節操なしじゃなかったらなあ」
女性A「私もう遊びでもいいかも……」
女性B「えーっ」
  女性たちに混じり、青磁。会場の一番後ろで、歌う緑青をじっと見ている。

〇同・前(夜)
  ライブハウスの前に立っている青磁。
  女性Aと肩を組んだ緑青が出てくる。緑青、青磁を見つけ、笑顔で手をあげる。
青磁「待ってるわ」
緑青「ああ、あとで」
  青磁、親密げに寄り添う緑青と女性Aの背中を見送り、ライターに火をつける。
  美しい星空を見上げる青磁の横顔。

〇森の道(朝)
  草木溢れる森の道を歩く少年2人。
  制服姿の青磁と緑青を、柔らかい木漏れ日が包みこむ。
緑青「うなじより、鎖骨が好きなの。鎖骨の凸部分をそおーっと撫でた時の女の子の戸惑った
 応が好きなの。あんな繊細な表情は、そんじょそこらのAVじゃあ、ちょっとお目にかかれな
 い」
青磁「……(ぼんやり)」
緑青「うおーい。せーじ。また黄昏てんの?そういうの、男経験少ない陰険なサブカル女子夢中
 にしちゃうだけだからやめなって」
青磁「……よく分かんないけど」
緑青「なー。せーじは、うなじと鎖骨どっちが好きなわけ?」
  緑青、やけに真剣な表情である。
青磁「……分かんない」
緑青「(呆れたため息)お前さー。もっと女子に興味持てよな。浮いた話一つ聞かねえし。俺と
 ばっかつるんでないで、たまにはうら若き乙女とおデートでもしろよ」
青磁「俺はろくしょうといる方が楽しいから」
  青葉の間から漏れる光に、目を細める青磁。そんな青磁の横顔を盗み見る緑青。
緑青「……」
青磁「あ」
  青磁、足を止める。
  少し離れた所に、選挙カーが走っている。
  車の上部には『一人ひとりが生きやすい世の中へ』と大きく掲げられている。
アナウンス「田中葉路、田中葉路でございます。本人が、皆さまのもとへ、お願いに参りまし
 た。どうぞ、ご支援よろしくお願いいたします」
緑青「げっ!!」
  緑青、急いで身をかがめ、青磁の後ろに隠れる。
  選挙カーに集まる大勢の町民たち。
  車から田中葉路(46)が下りてくる。
  笑顔で、町民たち一人ひとりと握手をしていく。
  そんな様子を離れて見ている青磁と、後ろに隠れたままの緑青。
青磁「この様子だと、今回の市長選もパパで決まりだな」
緑青「どうでもいいよ、そんなの(小声)」
青磁「ふうん。でもお前、政治家になるんじゃないの」
  緑青、我慢ならないといった様子で。
緑青「んなわけあるか! 俺は! ミュージシャンになるの! 自由で荒々しくて牧歌的な歌を
 歌って、生きてくの!」
 緑青の叫びに、田中含め町民たちが一斉に振り返る。
緑青「やべ」
  田中、町民に気づかれない程度に、小さく顔を歪ませため息をつく。
  緑青、素早く青磁の腕を掴み、森の道を駆けていく。
  二人の走る姿は、小鹿のよう。木々の間から見え隠れ。
  緑青、青磁の手を離さない。

〇高校・音楽室・前
  ピアノの柔らかい音色。
  扉の外に青磁。少し開け、中の様子を覗いている。
  と、いきなり不協和音が響く。
  緑青と、古川楓(18)が言い争いをしている。
  緑青、楓の肩を思い切り掴む。それを振り払う楓の黒髪が揺れる。
緑青「おい! 楓!」
  楓、扉を開け、小走りで去っていく。
  追いかけようとする緑青だが、身を隠している青磁に気が付き、立ち止まる。
青磁「……よお(気まずい)」
  ×        ×      ×
  緑青がピアノを弾いている。先程の繊細な音色とは違い、無骨で荒々しい。
緑青「遊びのうちの一人だよ。本気じゃない」
青磁「お前にしては珍しいタイプだな」
 ピアノの音が少し外れる。
緑青「そう? 女の子なんて皆同じだよ。皆、可愛くて。皆、軽薄だ」
青磁「……おーお。色男は言うことが違うね」
緑青「なあ。せーじ」
  ピアノの音がふいに止む。
緑青「俺、東京へ行くよ」
青磁「……」

〇アパート・青磁と枝織の部屋
  木造のボロアパート2階。
  小さな畳の居間。
  所々剥がれた机の上で、田口良彦(36)が新聞を広げている。
  キャミソール姿の山本枝織(43)、化粧台に座り熱心に口紅を塗っている。
  青磁には一瞥もくれない。
枝織「東京?」
  汚れた鏡の中に映る青磁。
枝織「……学費なんて払えないよ」
青磁「それは、平気。奨学金制度みたいなのがあるらしいし。あと、成績が良ければいくらか免
 除される、って」
枝織「あんた成績良かったんだっけ」
青磁「……割と」
枝織「(皮肉めいた笑い)ふらふらしてるように見えて、ちゃっかりしてるのね。誰に似たんだ
 か」
 枝織の唇は、いつのまにか真っ赤に染まっている。
 田口、読んでいた新聞を丁寧にたたんで机に戻す。新聞では田中が万歳をしている写真が載っ
 ている。
田口「東京に行くの?」
  田口、青磁のもとへ。
青磁「……いえ、まだ。決まったわけでは」
田口「そうかあ。それは、寂しくなるね」
  田口、青磁の髪の毛をそっと撫でる。
田口「でも、東京で恋でもしたら、青磁君はますます綺麗になるだろうね」
青磁「……」
  田口をじっと見つめる青磁。
  上着を羽織った枝織、険しい表情で田口の腕を取る。
枝織「行くよ。うちの息子にまで色目使うのやめてくれない」
田口「(焦って)ち、違うよ。ほら、青磁君は“枝織さんに似て”綺麗だっていう話じゃないか」
  部屋を出ていく枝織と田口。
  青磁、部屋のなかにひとり。ぼんやりと佇む。

〇高校・教室(夕)
  チャイムの音。意気揚々と席を立つ緑青。
  見ると、青磁は隣の席の近藤朱里(18)と談笑している。
  通りすがりの若葉、愉快げに。
若葉「ふられたわね、ろくしょう」
緑青「(つまらなそうに)……」
  ×       ×        ×
  教室前。歩く女生徒に片っ端から声をかける緑青。
女生徒「えー。やだ、ろくしょうって適当なんだもん」
緑青「んなっ……」
女生徒「それより、青磁君紹介してよ」
緑青「せーじ?」
女生徒「素敵じゃない、青磁君。真面目だし」
緑青「せーじが、真面目ぇ…?(信じ難い)」
女生徒「……まあ。確かにろくしょうと遊んでた方が楽しいかもしれないけど。でも、青磁君と
 付き合った方が幸せになれる気がする」
  緑青、途端に神妙な面持ちになる。
緑青「それは……俺も思う」

〇高校・教室(朝)
  青磁と朱里、親しげに話している。
  緑青が近づくと、朱里、急いで席を立ち去っていく。
  ぽりぽりと頭を掻く緑青。
緑青「お前、この前までは『ろくしょうと一緒にいるほうが楽しいからあ~(下手な声真似)』
 って言ってたくせにな」
青磁「俺、そんな声じゃねえよ」
緑青「こんな声だよ(ちょっと拗ねている)」

〇同・校舎裏(夕)
  向かい合う青磁と朱里。
朱里「あのね。青磁君……」
  朱里、ピンク色の封筒を取り出す。
朱里「渡してほしいの」
青磁「……誰に?」
  手紙を受け取る青磁。
  何も言わない朱里。
  短い間。
青磁「あいつ、本気にならないよ」
朱里「分かってる」
青磁「多分、君は傷つく」
朱里「それも分かってる」
青磁「あいつは君が思ってるような奴じゃ…」
朱里「全部分かってる!」
青磁「……」
朱里「私、ずっと彼のこと見てきたから分かるの。彼のこじれてる部分とか、人間としての欠陥
 とか」
青磁「……」
朱里「彼、満たされないのよね。何しても、誰といても。寂しくて、孤独なの。私なら、緑青君
 の心の中も全部分かってあげられる。ねえ、だから……」
  と、青磁、手紙をびりびりと破く。
朱里「!」
  紙屑が、二人の間を舞う。
青磁「(低い声で)お前に何が分かる……。ろくしょうの何が分かるっていうんだよ…」 
  朱里、怯えた表情。

〇高原
  無限に続くような緑の中で、仰向けに寝そべり空を見上げる青磁と緑青。
緑青「なあ。せーじって、したことあんの」
青磁「なにを」
緑青「なにってさあ……そんなの決まってんじゃん」
青磁「ないよ」
緑青「……」
青磁「女とは」
  緑青、がばっと起き上がり、まじまじと青磁を見る。
  青磁、ふっと笑う。
青磁「冗談だよ」
  緑青、真顔でじっと青磁を見たまま。
  青磁、ふいに真面目な顔になり。
青磁「俺……東京行くよ」
緑青「え……?」
青磁「お前と」
緑青「……」
  若葉を揺らす風、2人を包む。

〇高校・卒業式
  卒業証書を持った緑青。去っていく楓を追いかける。
  楓、緑青を振り払う。
  しかし緑青、強引に楓を抱きしめる。楓、思い切り緑青を拒み、走り去っていく。
  ひとり残された緑青、茫然としている。
  桜の木の陰でその様子を見ている青磁。

〇駅・ホーム
  田舎らしい、無人駅の寂れたホーム。
  マフラーを巻いた青磁・若葉・緑青が並んでいる。
  青磁と緑青は大きなボストンバックを持っている。
  電車が遠くに見える。
  若葉、白い息を吐く。
若葉「東京なんて何もないところだよ」
青磁「……」
  若葉、青磁を抱きしめる。
  空気を読んだ緑青、しばし席を外す。
若葉「もう二度と会えない気がする」
青磁「帰ってくるよ」
若葉「(首を横に振る)」
青磁「若葉……」
若葉「青磁は、東京で……自分の運命を根こそぎ変えちゃうような女の子に出会うの」
青磁「……そんなドラマみたいな話あるかよ」
若葉「でも、分かるもん…」
緑青「……」
  ×       ×       ×
  到着した電車に乗り込む青磁と緑青。
  ホームに残った若葉。
若葉「ばいばい、せーじ」
青磁「うん」
若葉「ついでにろくしょうも」
緑青「んなっ……」
  電車の扉が閉まり、出発。
  小さくなる電車をじっと見つめる若葉。

〇電車・車内
  電車の中、向かい合って座る青磁と緑青。
緑青「とうとう、誰も俺を見送りにこなかった。つくづく薄情な奴らだよ。あんなに俺の前で楽
 しげに笑っていたのに……」
  窓の外を切なげに眺める緑青。
青磁「俺がいるだろ。東京までついていくんだから。見送りの比じゃない」
  緑青、がしっと青磁の手を握る。
緑青「結婚して。せーじ!」
  周囲の乗客の痛い視線。
  ×        ×       ×
  楽譜の本を開いたまま眠っている緑青。すうすう、と寝息が聞こえる。
  青磁、優しく微笑み、そっと楽譜の本を閉じようとする。
  と、本の隙間から楓の葉が落ちる……。
  はっとする青磁。

〇大学・多目的ホール・前
  大学内の多目的ホールの前。
  『軽音サークル 新入生コンサート』と張り紙が貼られている。
  ドラムの振動音が微かに聞こえる。
  山本青磁(19)、ホールの中に入っていく。
  途端に大きくなる演奏音。割れんばかりの黄色い歓声。
  ステージ中央には、髪の伸びた田中緑青(19)。
  伸びのある声で歌っている。緑青、青磁に気が付き、手を振る。
  青磁、小さく微笑み、振り返す。

〇アパート・青磁の部屋(夜)
  大学近くの、小さなアパート。1階にある青磁の部屋。
  青磁、室内で煙草を吸っている。
  机の上には小さい水槽。熱帯魚が泳いでいる。
  がちゃがちゃ、と音がして泥酔した緑青が入ってくる。
緑青「うえーい。酔ったー」
  青磁、慣れた様子で緑青を抱きかかえ、水を飲ませる。
  呂律の回っていない緑青。
緑青「サークルの飲み会」
  緑青の首には複数のキスマークがついている。
緑青「ああ。これはかなこちゃん。こっちはなつみちゃん。奥のはえりかちゃんかな」
青磁「……(ため息)」
  床に倒れこむ緑青。
緑青「せーじー。お前だけが信じられる。お前だけが俺を理解してくれるんだ。頼むからどこに
 も行かないでくれよ……」
青磁「……酔うといつもこうだ」
  青磁、煙草の吸殻を灰皿に押し付ける。灰皿には既に大量の吸殻がたまっている。
  水槽に映る、星の見えないくすんだ夜空。

〇大学・学食
  ひとり、うどんをすすっている青磁。
  ギターケースを背負った緑青、やってきて、青磁の向かい側の席に勢いよく座る。
緑青「冷やしきつねうどん並盛」
青磁「まあ」
緑青「この学食で一番安いメニューだな」
青磁「……まあ」
緑青「よし、楽で稼げるバイトしよう」
  にやり、とほくそ笑む緑青。
 
〇住宅展示場
  広い住宅展示場。
  身なりの良い家族連れが、わらわらと、各ハウスメーカーの綺麗なモデルルームに入ってい
  く。 
  ×       ×        ×
  奥のイベントスペースに、巨大な家型のエア遊具が設置されている。
  遊具のてっぺんには、不気味な像の顔がついている。
  遊具の中、子供たちが飛んだり跳ねたりと大いにはしゃいでいる。
  遊具の出入口で心配そうに子供たちを見ている青磁。
青磁「あー。気を付けて。お友達にぶつからないようにね」
子供A「友達じゃねーし」
青磁「……(いらっ)じゃあ、他人の家族の子供にぶつからないように」
  緑青、遊具の前の受付で、主婦たちと談笑している。
  青磁、不満げに緑青のもとへ。
青磁「おい。どこが楽なんだよ」
緑青「楽じゃん?」
青磁「お前はな。俺は子供のお守だ」
  そうこうしているうちに、遊具の中から子供の喚き声が聞こえる。
青磁「あー。はいはい」
  緑青、微笑ましそうに子守する青磁を見ている。

〇住宅展示場(夕)
  がらんとしている場内。
  受付に座り、ぼうっとする青磁と緑青。
  緑青、だらんと椅子にもたれる。
緑青「……ここに来る人たちは、皆幸せそうだな」
青磁「……そうか?」
緑青「大きな家を買うんだぜ」
青磁「幸せそうにみせてるだけだろ」
緑青「……誰のために?」
青磁「知らないよ」
  青磁、目の前の大きなモデルルームを不安そうに見つめている。

〇住宅展示場
  エア遊具で子供の世話をする青磁。
  と、何者かが青磁の肩を優しく叩く。
  振り返ると、黒髪の美しい女性。
青磁「……あの、何か」
  神田椿(19)、青磁に微笑む。
  
〇町中
  東京の町中。たくさんのビルと排気ガス。
  くすんだ空。
  青磁、しきりに周囲を見回す。
  ギターケースを背負った隣の緑青。
緑青「なあ。なあなあなあ!」
青磁「なに」
緑青「椿ちゃんのことだよ。あんな可愛い子、俺らの町じゃ見たことない」
青磁「……まあ、東京の子ってかんじだよな」
緑青「いいよなあ。椿ちゃん。俺のものになんないかな」
  青磁、緑青の背中を叩く。
青磁「今は邪念を振り払え。業界関係者も見に来るんだろ?」
緑青「……うん、そうだった(緊張)」

〇ライブハウス・前(夜)
  ライブハウスの前。
  青磁と、ギターをぶっきらぼうに持った緑青、夜空を見上げている。
緑青「東京は星が見えないね」
青磁「……うん」
緑青「でも、別に地元に帰ってもさ。星なんて熱心に見たりするわけじゃないんだよな」
青磁「…あって当たり前なんだよ。でも、なかったら困る」
緑青「……な、俺らって今、同じこと考えてるよな」
  青磁、しばし黙る。
青磁「俺は熱帯魚に餌やること考えてたけど」

〇住宅展示場
  受付に座る青磁・椿・緑青。
緑青「音楽プロデューサーの人に名刺もらったんだ。今度、音源送ってみる」
椿「へえ。なんか、住む世界が違う人よね。緑青君って」
緑青「それを言うなら椿ちゃんじゃん」
椿「私……?」
緑青「椿ちゃん、映画に出てくる女優みたいに、綺麗だからさ……」
  熱のこもった瞳で椿を見つめる緑青。
  困ったように視線を外す椿。
青磁「……」
  ×       ×       ×
  受付にひとり座っている青磁に、家族連れが近づいてくる。
  父が先頭で、母親と子供(女)は手を繋いで後ろに控えている。
  3人とも晴れやかな笑顔だ。
父親「あの。花光ホームズのモデルルームを見たいんですけど」
青磁「ああ。それでは、展示場案内をお渡ししますね」
  青磁に頭を下げ、去っていく家族連れ。その幸せに満ちた後ろ姿をじっと見ている青磁。
  いつのまにか青磁の隣に座っている椿。
椿「いつかああいう家庭を築きたいなあ……っていうかんじ?」
青磁「……いや、逆」
椿「……」
青磁「家族、だなんて、自分には関係のない、どこか遠くの世界の話に思えるんだ」
  青磁、遠ざかる家族から視線を外さない。
  椿、小さく微笑む。
椿「人それぞれよ」
青磁「……」
椿「青磁君のしあわせは?」
  見ると、笑顔の緑青がこちらに向かって手を振っている。緑青を柔らかい表情で見る青磁。
椿「……」

〇軽音サークル・部室
  部室でギターをかき鳴らす緑青。
  扉が開き、バンドメンバーが勢いよく入ってくる。
メンバー「おい、緑青!」
緑青「……?」

〇住宅展示場
  子供の世話をしている青磁と椿のもとに、緑青が駆け寄る。
緑青「号外だ! 号外だー!」
青磁・椿「……?」
緑青「デビュー、できるかも」
  息を切らした緑青、満面の笑み。

〇居酒屋・内(夜)
  安い居酒屋。薄まったハイボールで乾杯する青磁・緑青・椿。
緑青「まったく、まだ決まったわけじゃないんだぞー。気が早いんだから、2人とも」
青磁「お前が強引に連れてきたんだろ」
  3人、仲睦まじく談笑をしている。

〇月日が流れる
  青磁、日々の講義とたまの飲み会。
  緑青、バンド活動と合コン。
  椿、女子大での友人付き合いと勉学。
  それぞれの大学生活を謳歌していた。
  ×        ×       ×
  夏の墨田川。秋の新宿御苑。冬の代々木公園。3人の思い出が着実に増えていく。

〇アパート・青磁の部屋(夜)
  外には雪が積もっている。
  青磁、部屋でひとり、窓の銀世界を眺めている。
  机上の水槽に、熱帯魚が泳いでいる。
  小さな本棚から一冊の本を取り出し、パラパラとページをめくる青磁。
  と、楓の葉がひらひらと落ちる。
青磁M「ろくしょうが東京に来た本当の理由を、俺は知っていた。でも、それをろくしょうに尋
 ねる勇気なんてなかったのだ。だから俺はいつまでたっても聞けないままだった。彼女には会
 ったのか、と……」

〇住宅展示場
  桜が咲いている。
  春の陽気に心を弾ませた家族たちが、意気揚々とモデルルームに入っていく。
  受付にぼんやりと座る、山本青磁(20)、田中緑青(20)、神田椿(20)。
緑青「なあ」
青磁・椿「……」
緑青「ずっと一緒にいられたらいいよな」
  青磁、じっと緑青を見ている。
椿「そうねえ(軽い調子で)」
緑青「そんでさ、ここにあるような、でっかい家に住むんだ!」
椿「……3人で?」
緑青「そう。3人で」
  椿、くすくすと笑う。
椿「おかしいわ。大人になっても友達と一緒に暮らすなんて……そんな話は聞いたことがないも
 の」
緑青「別にいいじゃんか」
青磁「……」
緑青「結婚して家族と暮らすことだけが、俺たちに与えられた幸せなのか?」
椿「それは……」
青磁「はいはい、決まり」
  椿、驚いて青磁を見る。
青磁「俺たちは3人で永遠に暮らす。決まりな」
  緑青、嬉しそうに肩を震わせる。

〇町中(夜)
  ほろ酔いで町を歩く青磁と緑青。
  2人の横を、密着したカップルが通り過ぎる。女性の方は、露出の多い格好をしている。
  緑青、はっと振り返り、その女性の背中を凝視する。
青磁「見すぎ。また、男に喧嘩売られても知らないぞ」
緑青「……」
青磁「ろくしょう?」
緑青「楓……」
青磁「……!」
  緑青、女性を追いかけようとする。
  青磁、慌てて止める。
緑青「でも……」
  青磁、首を横に振る。
  緑青、力なく俯く。

〇住宅展示場
  受付には青磁と椿の2人。
椿「この前、ろくしょうが言ってたことって……本気なのかしら」
青磁「さあ」
椿「ろくしょうって、たまに怖い。獰猛な目をするの。飢えたジャングルのライオンみたいな」
  青磁、黙りがちである。
椿「……ねえ。せーじは。本当はあの時……」
青磁「(遮るように)椿は?」
椿「……え?」
青磁「椿は、結婚したいとか思うわけ?」
  椿、悲しそうに視線を逸らす。
椿「……興味ないくせに」
青磁「え?」
椿「私のことなんて興味ないくせに、聞かないでよ。そんなこと」 
 なんとも気まずい間。

〇喫茶店・内
  客がまばらな喫茶店。
  緑青と古川楓(20)が向かい合って座る。楓は髪を茶色く染め、濃い化粧を施している。
楓「……話ってそれだけ?」
緑青「それだけって……」
楓「私もう行くから」
  楓、立ち上がる。
  緑青、慌てて止める。
緑青「おい、待てよ!」
  客、好奇の目で二人を見ている。
  楓の腕を掴む緑青。
緑青「ずっと会いたかった」
楓「大学出たら結婚するの」
緑青「結婚って……そんな」
楓「早くないわ。ろくしょうはいつだって、現実を見ようとしない……」
緑青「……」
楓「……行くから」
緑青「俺じゃだめなのか……?」
楓「……(ため息)」

〇アパート・青磁の部屋(夜)
  机の上。ひとり、水槽の熱帯魚を熱心に見ている青磁。
青磁「……謝ったほうがいいのかな」
  熱帯魚は何も答えず、ぷかぷかと水の中を浮遊している。

〇ライブハウス・内(夜)
  声を荒げて歌う緑青。
  ステージの後ろで見ている青磁と椿。
椿「今日は荒いわね」
青磁「……あのさ」
  青磁、椿の耳元に顔を寄せ、耳打ちする。
  椿、青磁の言葉を聞いて驚くが、やがて笑顔になる。
  ステージ上の緑青、そんな2人をじっと見ている。
  ×        ×      ×
  空になったライブハウス。
  緑青とバンドメンバーだけがステージの上に残っている。
メンバー「結局、デビューの話もあれから進んでないし。周りにも言われるんだよ。バンドで成
 功するのは一握りだって」
緑青「……そんな」
メンバー「正直、俺らのレベルでいいとこまでいけると思わねんだ。それなら、就職のためにも
 っと勉強したりしたいからさ」
緑青「……」
メンバー「現実的な話ね」
緑青「現実現実って皆……」
メンバー「現実なんだよ。結局。大事なのはさ……。ま、お前は続ければいいじゃん」
 ×       ×        ×
 ステージに緑青ひとり。寝ころんでいる。
 埃が宙に舞う。
 緑青、ぽつりぽつりと歌を口ずさむ。

〇町中(夜)
  橋の欄干に座り、くすんだ東京の夜空を見上げる青磁と椿。
椿「せーじは、星が好きなのね」
青磁「……別に。東京の夜空は、故郷と何もかもが違うって思っただけだ」
椿「ね。こんな話、知ってる?」
青磁「?」
椿「ある大きく豊かで、それでいて貧相な町に、星に恋をした少年がいたの。少年は来る日も来
 る日も家のベランダから両手をのばし、星に焦がれた。でもある日少年は悟るの。自分の愛し
 たこの星を抱擁することは永遠に叶わない夢なのだ……と。それでも少年は星を愛する自分の
 心を捨て去ることが出来なかった」
 青磁、切実な瞳でじっと椿を見る。
青磁「それで? その少年はどうしたんだ」
椿「死んでしまったわ。海辺の高い絶壁に立
って、星を目指して飛んだ……いえ、身を投げたと言った方がいいわね」
青磁「それじゃあ、少年は最後まで星への愛を捨てなかったんだな」
椿「違うわ。捨ててしまったから、彼は死んだのよ。少年は絶壁から飛んだ瞬間、やっぱり星を
 愛しぬくなんてできっこないんだ、と諦めてしまったの。もし少年が最後まで星を愛すること
 を疑わなかったから、遥か上空へ飛び立ち、星と結ばれることができたかもしれないのに」
青磁「……」
  短い間。
  青磁、じっと夜空を睨んでいる。
  椿、青磁の横顔に釘付けになっている。
  
〇住宅展示場(夕)
  像のエア遊具のなかで、数人の子供たちがはしゃいでいる。
  椿、なかに入り笑顔で子供たちの世話をしている。
  受付にいる青磁と緑青。
緑青「(舌打ち)うるさい……」
青磁「苛立ってるな」
緑青「別に?」
青磁「……あっそう」
緑青「ただ、子供の声がうるさいと思っただけだよ。だめなの? 子供をうるさいって思った
 ら、いけない? そういう、非人間的な感情って淘汰されるわけ?」
青磁「そんなこと言ってないだろ……」
  と、エア遊具の中から子供のけたたましい悲鳴が聞こえる。
青磁・緑青「!」
  しゅー、と音をたてて、エア遊具の空気が抜けてしぼんでいく。
  どんどん崩れていく巨大な家型の遊具。
  像の顔が不気味に歪んでいく……。  
  その壮絶な光景に、言葉を無くす青磁。
  子供たち、慌てて遊具の中から出てくる。
子供A「おかあさーん!」
子供B「怖いよう、怖いよう」
子供A「ここは安全だって、言ったじゃないか!」
  茫然としている青磁と緑青。
緑青「(呟くように)安全な場所なんて……あるもんか……」
  と、中にいる椿の声。
椿「2人とも! ちょっと、手伝って」
  青磁、行こうとするが緑青に制止される。
青磁「? おい……」
緑青「俺が行く。お前は、ここで見張ってろ」
青磁「は? 見張るって?」
緑青「……分かんだろ」
  青磁、はっとする。
  緑青、無表情でしぼんでいく遊具の中に入っていく。
  ×        ×       ×
  椿、エア遊具の中にひとり。崩れないように、支えている。
  と、緑青が入ってくる。
椿「せーじは?」
  目のすわった緑青、椿に近づいていく。
椿「……ろくしょう?」
  緑青、椿を押し倒す。
椿「!」
  緑青、拒む椿を力で制し、顔を近づける。
椿「ろくしょう……」
緑青「いいだろ?」
椿「ねえ。どうしたの……」
緑青「椿は俺を受け入れてくれるよな」
  緑青、強引に椿にキスをする。
  椿、顔を歪めてきゅっと目をつむる。
  緑青、椿を押し倒し、上着の中に手を入れる。
  ×        ×       ×
  どんどんしぼんでいく、家型エア遊具。
  人気のない展示場。
  受付でひとり、茫然と佇む青磁。
青磁「……」
  震える手でなんとかポケットから煙草を出し、ライターをつける。
  煙が夕暮れの空に溶け込んでいく。
青磁M「それは崩壊の歌だった。俺にはあの時確かに、それが聞こえた……」

〇町中(夜空)
  ひとり、あてもなく町を歩く青磁。
  身を寄せて歩く男女をじっと見ている。
  せわしないサラリーマンにぶつかり、舌打ちされる。
青磁「……」
  ふと空を見上げる。星の見えない夜空。

〇アパート・青磁の部屋(夜)
  水槽の熱帯魚、白い斑点に覆われている。

〇アパート・階段
  じりじりと照り付ける太陽。セミの声。
  階段を上がっていく山本青磁(21)。大きなスイカをぶらさげている。

〇アパート・緑青と椿の部屋
  青磁、インターフォンを鳴らす。
  しばらくして、神田椿(21)がドアを開ける。
  椿、青磁に微笑む。
椿「いらっしゃい」
  綺麗に整理された部屋。
  キッチンの棚にはおそろいのマグカップが3つ。
  居間のテーブルには田中緑青(21)が座ってテレビを見ている。
  椿、切り分けたスイカをテーブルに置く。
  椿、緑青の横に座る。
  青磁、2人と向かい合って座る。
青磁「すっかり熟年夫婦みたいだな」
緑青「……俺たち、結婚するんだもんな」
  椿、曖昧に笑う。
青磁「……」
  警報を鳴らすような、セミの音。
  ×        ×       ×
  日が暮れ、夜になる。
  テーブルには大量の缶ビール。
  緑青、酔いつぶれて床に寝ている。
椿「ああ、もう。床に寝るなっていつも言ってるのに……」
青磁「運ぶよ」
  青磁、緑青を背負ってベッドに運ぶ。
青磁「……太ったな、こいつ」
椿「……」
青磁「幸せ太りか」
椿「ねえ。せーじ。泊っていくでしょ?」
青磁「……悪いよ。いつも」
椿「いいの。泊っていって」
青磁「でも……」
椿「気にしないで。せーじがいた方が楽しいもの」
青磁「そんなんで、いいのか? 結婚したら、2人で頑張っていかなくちゃいけないんだ」
  椿、悲しげに微笑む。
椿「約束してくれたじゃない…。3人で、大きな家に住むんだって」
青磁「あれは……ろくしょうがうるさいから」
椿「少なくとも彼は本気だったはずよ」
青磁「……今のろくしょうは違うよ」
  緑青、ベッドの上で静かに眠っている。
  ベッドの脇には、弦の切れたギター。
  椿の腕に見える、殴られたような傷跡。

〇大学・学食
  午後の日差し。
  ひとり、カツカレーを食べる青磁。
  学食はスーツ姿の学生で溢れている。
学生A「ES書いた?」
学生B「まだー! どうしよう」
学生A「まとめサイトあるよ」
学生B「見たい見たい」
  私服の青磁。黙ってカレーを口に運ぶ。

〇アパート・青磁の部屋(夜)
  ほとんど記入されていないエントリーシートを机に置き、ため息まじりの青磁。
  がちゃ、と音がして、椿が入ってくる。
青磁「!」
  椿、泣いている。
青磁「……椿?」
椿「……」
青磁「……」
椿「今日は、ここにいさせて……」
  椿の腕の傷が増えている。

〇アパート・階段
  青磁、息を切らし、急いで階段をあがる。

〇アパート・緑青と椿の部屋
  持っていた合鍵でドアを開ける青磁。
  部屋のなかに入ると、ベッドの上で緑青が見知らぬ女性と裸で眠っている。
青磁「……!」
  ベッドの下、乱れた衣服が散乱している。
  青磁、緑青を揺り起こす。
青磁「おい!!」
  緑青、気だるげに起き上がる。
緑青「……ん。せーじ……?」
  青磁、怒りを押し殺した声で。
青磁「椿は階段で転んだだけだって言ってた
けど、違うよな……?」
緑青「……昼間っから何を喧嘩腰に……」
  と、緑青の隣で眠る女性が寝がえりをうつ。夢をみているようで、赤子のようにはしゃいだ
  声をだしている。
緑青「打ったあとはいつもこうなんだ。お前もやる? ぶっとぶぜ」
  青磁、緑青の胸倉を掴み、頬を殴る。
緑青「……っ!」
青磁「最低だな」
緑青「知ってるよ。椿は、全部」
青磁「……」
緑青「……付き合ってから、一度もあいつを
抱いてない」
青磁「……!」

〇アパート・青磁の部屋(夜)
  熱帯魚は水槽の中で、動かなくなっている……。

〇会社ビル・前
  スーツ姿の青磁、履歴書を持ったままうろうろ。中に入ることを躊躇っている。
  ビルから、スーツを着た男女が出てくる。
女「どうだった?」
男「志望動機、適当に答えちゃった」
女「しっかりしてよ、未来の私の旦那!」
  青磁、ひっつく男女の後ろ姿を見つめている。
  と、着信音が鳴る。
 
〇緑青と椿の部屋
  急いで部屋のドアを開ける青磁。
  床に散らばる、割れた3つのマグカップの破片。
  部屋の奥で、椿の悲鳴が聞こえる。
  急いでかけつけると、ベッドの上で、緑青が椿にまたがり、身体を殴打している。
  茫然とする青磁。
  緑青、目が血走っている。椿は苦痛の表情で、緑青からの暴力を受け続けている。
青磁「おい!」
  青磁、緑青を後ろから羽交い絞めする。
緑青「やめろよ。こいつが悪いんだ。こいつが俺の言うことを聞かないから……」
  青磁、緑青を椿から引きはがし、床に押し倒す。
椿「せーじ……。私が悪いの」
  椿の口の端から血が流れている。
椿「本当よ。私が…私のせいで……」
  と、床に倒れた緑青、狂ったように笑いだす。
  青磁、力なく項垂れる。
  錯乱した部屋の中に、緑青の笑い声だけが響いている。
 
〇会社・ビル内
  ビルの一室。
  3つ並んだ机に3人の面接官。その向かいの椅子に、青磁がひとり座っている。
  中年の面接官が、青磁の履歴書を眺めている。
青磁「将来の、夢……?」
  中年面接官、人の良さそうな笑みを浮かべている。
中年面接官「ああ、なにもうちの会社のことを考える必要はないんだよ。君が思う、率直な答え
 が聞きたいんだ」
  青磁、俯いて黙っている。
  他の面接官、怪訝そうに青磁を見ている。
青磁「将来の夢は……」
  青磁、顔をあげる。そこに表情らしきものは宿っていない。
青磁「ろくしょうと、椿と、3人で永遠に暮らすことです。大きな家で。誰にも気づかれずに。
 3人だけで」
  中年面接官、眉を歪ませる。
中年面接官「ろくしょうと、椿?っていうのは……」
青磁「友達です」
中年面接官「……そう。友達と、3人で暮らすことが君の夢なの?」
青磁「はい」
  中年面接官、鼻で笑い。
中年面接官「だって、君や、君の友達にも、いずれ家族ができるわけだろ?」
青磁「…少なくとも私は、これから、家族を持つつもりはありません」
  場、しーんと静まり返る。
青磁「私は、ろくしょうと椿がいれば、それだけで良かったんです……」
  青磁、虚ろな目のまま。
  面接官3人、戸惑って顔を見合わせる。
中年面接官「あの。もういいよ…帰って」
  中年面接官、机に青磁の履歴書を放り投げる。

〇アパート・青磁の部屋(夜) 
  水の抜けた水槽の中には、熱帯魚の代わりに、接着剤でくっつけられた3つのマグカップが
  入っている。
  部屋の隅にあるゴミ袋に捨てられたエントリーシート。
  部屋の隅にうずくまる青磁。
  がちゃ、と音。緑青が部屋に入ってくる。
青磁「……帰れ」
  緑青、酔っているようで、呂律が回っていない。
緑青「…お前だけが信じられる。お前だけが俺を理解してくれるんだ。頼むからどこにも行かな
 いでくれよ……」
  緑青、青磁をそっと抱きしめる。
青磁「……!」
緑青「せーじ……」
  緑青、そのまま床に倒れ、眠り始める。
  緑青のシャツははだけ、胸元があらわになっている。
青磁「風邪、ひくぞ……」
  青磁、緑青のシャツを直そうとする。が、緑青が突然喋りはじめたので、やめる。
緑青「椿はお前のことが好きだったんだ……」
青磁「……」
緑青「分かっていたんだろ…?」
青磁「……」
緑青「椿がああなったのは俺のせいだよ…。俺のせいで男に抱かれることができない身体
 に……。なあ、せーじ。俺は自分が恐ろしいんだよ。自分の中に潜む残虐性が恐ろしいん
 だ……」
青磁「……」
緑青「きっとこれは、放っておけばそのうちまた芽を出す……。なあ。せーじ。支配欲にまかせ
 て女を強姦するような男が、市民を守る政治家になろうとしているなんて、恐ろしいと思わな
 いか……。でもなあ。世の中は、そんなやつらばかりなんだよ。皆、善人のふりをしてなんと
 か現実に折り合いをつけているだけなんだ。皆、せーじとは違うんだよ。せーじのように、純
 粋には生きられないから……」
  緑青、静かに寝息を立てる。
青磁「……俺は、お前が思っているような奴じゃない」
  青磁、眠った緑青に近寄り、シャツのボタンをゆっくり外していく。
  緑青、起きる気配はない。
  青磁、緑青のあらわになった上半身を眺めている。
青磁「……ごめん、ろくしょう」
  青磁、緑青のズボンと下着を下ろし、股間に口をつける。次第に息が荒くなっていく青磁。
青磁「ろくしょう……ろくしょう……」
  青磁、緑青の股間に顔をうずめる。
青磁「俺……お前が……」
  と、緑青、呻きながら……。
緑青「……っ。楓……」
  途端、はっとする青磁。
  ×        ×       ×
  フラッシュバック。
  上京の電車のなか。眠る緑青の楽譜から落ちる、楓の葉……。
  ×        ×       ×
  あるはずもない楓の葉(の、影)がゆらゆらと眠る緑青の肌に落ちていく。
  茫然とする青磁。頬から一すじの涙がつたう……。
青磁「(震える声で)ごめん……」
  青磁、靴を履きかけたまま、部屋を出ていく。
  扉の閉まる音。
緑青「……」
  目を開けた緑青、悲しげに虚空を睨んでいる。

〇(回想)アパート・青磁の部屋(夜)
  泣きながら青磁の部屋へ訪れた椿。
椿「今日はここにいさせて……」
  椿、ベッドの上でうずくまっている。
  傍らに立ち、じっと椿を見つめる青磁。
青磁「……こういう時、普通の男なら、抱きしめたりするんだろうな」
椿「……」
青磁「……ごめん。俺、女を抱けないんだ」
椿「……そう」
青磁「何度か試してみたけど、だめだった」
椿「……せーじ。隣に来て」
  青磁、恐る恐る椿の隣に座る。
椿「……ごめんね、いつも意地悪して」
青磁「……別に」
椿「好きよ。せーじ」
青磁「……うん」
椿「……」
青磁「…君は確かに。“運命を根こそぎ変えちゃうような”女だったかもしれない」
椿「……」
青磁「……こっちの話だ」
椿「ねえ。手、つないで」
青磁「…………うん」
  青磁、椿の手をぎゅっと握る。
青磁M「それは、俺が今まで過ごしたなかで、一番優しい夜だった。そして、一番悲しい夜でも
 あった。あの時彼女を抱くことができたなら、どれだけよかったのだろう」

〇町中(夜)
  人びとが行き交う、東京の街。夜空は、煌々と青い。
  履きかけの靴のまま、息を切らす青磁の背中。
  青磁、必死に夜空に手を伸ばす。が、そこに星はない。
  青磁、道の真ん中で、声をあげて泣きじゃくっている。
  歩く人びと、青磁をじろじろと見ている。

〇町中
T「1年後」
  木枯らしが吹く。
  フラフラと町を歩く山本青磁(22)。
  電話をしている。
青磁「ああ。うん。久しぶり。……うん、帰らないつもり。いやあ、見つかってない。当分はフ
 リーターかな。……(呆れたように笑い)いや、だからさ、帰らないよ」
  やつれた青磁の横顔。
青磁「……気づいたんだよ。俺が帰る場所なんて、もうどこにもないんだって。……うん。う
 ん。ああ。そうだ。君に謝ろうと思って。あの時は、ごめん。俺も必死だったんだ……。大事
 なものを、失わないために。ううん。ありがとう。……なあ。最後に一つだけ、聞かせてく
 れ」
  長い間。車のクラクションの音。
青磁「……星は見つかった?」
  電話を切る音。

〇ライブハウス・内(夜)
  満員の会場。
  青磁、コートを脱ぎ、会場の中に入っていく。
  今しがた、バンドの演奏が終わったばかりだ。
  しばらくして、スタンドマイクの前にひとりの青年が立つ。
  彼の登場に、歓声が上がる。
  ステージを見下ろす田中緑青(22)は、髪をばっさりと切って短髪になっている。
  緑青がマイクを取ると、会場は途端に静まり返る。
緑青「これが最後のステージになると思う」
  青磁、会場の後ろでまっすぐ緑青を見つめている。
緑青「ちょうどこの町に桜が咲く頃には、俺は地元に帰っているはずだ。親父の事務所で働くこ
 とになった……」
青磁「……」
緑青「あんまり気は向かないんだけど……それしか道がなかった。恥ずかしながら」
  緑青、澄んだ瞳で会場全体を見渡す。青磁には気が付いていないよう。
緑青「本当のことを言えば。俺はまだ、歌い続けていたいんだ。でも……」
  青磁の表情が次第に歪んでいく。
緑青「それは、すごく難しいことみたいだ。俺が思っていたよりも、ずっと」
  静まり返る場。
緑青「なんだか、しんみりしちゃったな。ごめん。申し訳ついでに、皆にお願いがあるんだ。
 ……どうか俺と一緒に、遠くへ行ってくれないか」
 緑青、すうと息を吐き……。
緑青「俺たちは大人にならない!」
  緑青の大声に驚く観客たち。
青磁「……」
緑青「俺たちは大人にならない!!」
  次第に緑青の声が大きくなっていく。それに合わせ、数名の観客が遠慮がちに声を出す。
観客「俺たちは大人にならない……」
緑青「俺たちは大人にならない!!」
  だんだんと声をあげる観客たちが増えていく。やがて、それは会場を揺らす大合唱となる。
緑青「俺たちは大人にならない!!」
観客「俺たちは大人にならない!!」
緑青「俺たちは大人にならない!!」
観客「俺たちは大人にならない!!」
緑青「(静かな声で)……でも。俺たちは、大人になるんだ。少しずつ」
  緑青、はじまったバンド演奏に合わせて歌いだす。
  青磁、表情を崩し、たまらない様子で、会場を後にする。

〇町中(夜)
  ひとり、東京の町を歩く青磁。
  緑青の歌が重なる。

〇ライブハウス・前(夜)
  着信音が鳴り響く。
  泥酔した緑青、若い女の肩を抱きながら外に出る。
  着信が鳴り続ける携帯を取り出し、通話ボタンを押す緑青。
緑青「もしもしい? ああ、山さん。打ち上げでしょお? 今から行くってえ。朝まで飲むっ
 て。待っててよお。絶対待っててよねえ」
  おぼつかない足取りの緑青、やがて地面に倒れこむ。
若い女「大丈夫~? うちん家くる?」
  緑青、地面に捨てられている大量の煙草の吸殻に気が付く。
  そのうちの一つは、まだほとんど残っている吸いかけだ。
緑青「(呟くように)……来てくれたのか」
  緑青、吸いかけの煙草を手に取り、口へ運ぶ。
若い女「ちょっと! ろくしょー、汚いよ!」
緑青「……」
  煙がくすんだ夜空にたゆたう。
若い女「私が新しいのあげるって」
  緑青、煙の行方を追うように、夜空を見上げる。そこに星はない。
緑青「いいや、これでいいんだ……」

〇在りし日の2人
  緑豊かな高原。
  無邪気に広大な大地を駆ける、制服姿の青磁と緑青。高原を転げ落ちる。
  葉だらけになった2人、顔を見合わせる。
  緑青、じっと青磁を見て、ゆっくりと笑顔になる。顔じゅういっぱいに微笑む緑青を、いつ
  までも見ている青磁。
緑青「せーじ。目、つぶって」
青磁「……うん」
  目をつぶり、草木の揺れる音に耳をすます2人。
  緑青、目を閉じたまま、空に手を伸ばす。
青磁「……なに、探してんの」
緑青「……いや」
青磁「……」
緑青「このまま、遠くへ行けたらいいのにな」
青磁「…………うん」
  どこまでも続く巨大な緑のなかに、紛れていく少年たち……。

                 おわり  

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