熱波! ドラマ

 不動産屋の腰水昇は、その冷淡な性格で地上げ屋スレスレの土地買収をしていたが、愛着のあるサウナを地上げする様に依頼された事で初めて心が揺らぐ。そして事態は思わぬ方向へと向かっていく。
相馬 光 83 0 0 06/13
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第一稿

○サウナ『風見鶏』・サウナ内(夜)
   テロップ『10年前』。
   大勢の男性客が汗を拭い、ため息をつ
   く。
   真ん中の席で無精髭を生やし、俯いて
   座 ...続きを読む
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○サウナ『風見鶏』・サウナ内(夜)
   テロップ『10年前』。
   大勢の男性客が汗を拭い、ため息をつ
   く。
   真ん中の席で無精髭を生やし、俯いて
   座る腰水昇(こしみずのぼる)(27)。
客1「(文恵を見て)まじかよ……」
 従業員服の科戸文恵(しなとふみえ)(63)が入り、お
   辞儀をする。
客2「おばちゃん、俺らより先に倒れちまう
んじゃねえのか?」
   客2の言葉を聞き微笑む文恵。
文恵「それでは熱波を送らせていただきます」
   それまでの穏やかだった目が鋭く光る。
   全身を使ってタオルを振り回す文恵。
   客1、客2が唖然としている。
文恵「おかわり欲しい方はいらっしゃいます
 か?」
   昇の顔に熱波が当たり思わず顔を上げ
   る。

○タイトル『熱波!』

○久松家・玄関
   テロップ『10年後』。
   土間で鞄を持って立つ昇(37)。
   久松駒乃(ひさまつこまの)(79)が契約書を持って中か
   ら出て来る。
   その後ろから久松雄輔(ひさまつゆうすけ)(56)が来る。
雄輔「母ちゃん本当にいいのかよ! ずっと
 大事にしてきた家なんだぞ!」
   昇、無表情で見つめる。
   契約書を昇に差し出す駒乃。
   昇、受け取って目を通す。
雄輔「もう一回だけ……考え直そう!」
   駒乃、答えない。
昇「ここにも印をいただけますか」
雄輔「地上げ屋、てめえ……何吹き込んだ?」
   駒乃、雄輔を制して契約書を受け取る。
   下駄箱の引き出しから朱肉を出し、息
   を吹きかけて判を押す。
雄輔「(憎々しげに)……血も涙もねえのか」

○同・外
   昇が出て来る。
   ドア越しに陶器がぶつかり割れる音が
   響く。
雄輔の声「二度と来るな!」
   顔色一つ変えずに歩き出す。

○住宅街
   むせ返る様な熱気。
   無表情の昇の頰に汗が一つ垂れる。
   小さくため息をついて歩いて行く昇。

○凪山不動産・内(夕)
   狭く書類が溢れかえっている社内。
   五、六人の社員がパソコンに向かって
   いる。
   デスクに座っている神谷真志(かみやまさし)(43)。
   神谷の正面に立っている昇。
神谷「ノボ、これ久松さんとこのじゃ……」
昇「はい、契約内容を全て了承していただく
 のに少し手間取ってしまいましたが」
神谷「良いよ全然。むしろ誰が行っても追い
 返されてたから快挙だよ、これ」
   樺山涼太(かばやまりょうた)(24)がお茶を持って来る。
樺山「いやぁスゲエっすね。俺、何度も『帰
 れ地上げ屋!』って怒鳴られて心折れまし
 たもん」
昇「(お茶を受け取って)ありがとうござい
 ます、樺山さん」
神谷「怒鳴られ恨まれが当たり前の仕事だぞ。
 そんなんで折れてたら心何個あっても足り
 ねえよ。よし、今日は祝杯だ!」
樺山「えっ、また飲むんですかぁ? 三日連
 続ですよぉ?」
神谷「何言ってんだよ、バカ山は這ってでも
 来い」
樺山「マジっすかぁ。腰水さん、主役だから
 勿論参加っすよね?」
昇「大事な用があるので、今日は行けません」
神谷「ずーっとフラれっぱなしだな、ノボに
 は。たまには付き合えよ」
昇「すみません、遠慮させていだきます」
   お辞儀をして、帰り支度をする昇。
   その背中を見つめる神谷と樺山。
樺山「(小声で)さすがロボさん。人間とは
 付き合わねえんスね」
神谷「おい(と言って樺山を小突く)」

○住宅街(夜)
   薄暗い道を一人歩く昇。
   何か小声でつぶやいている。
神谷の声「ま、あいつくらい仕事が出来りゃ
 文句は言えねえよ」
昇「(小声で)ロウリュとは、サウナストー
 ブにアロマウォーターをかけた時に出る蒸
 気の事です」

○サウナ『風見鶏』・前
   年季の入った二階建ての建物。
   看板に『サウナ風見鶏』と書かれてい
   る。
   屋上では電灯に照らされた風見鶏がゆ
   っくりと回っている。
   中へ入って行く昇。

○同・受付
   霧島(きりしま)かほり(26)が昇にロッカーキー
   を渡す。
かほり「おかえりなさ……あっ失礼しまし
た! いつもありがとうございます!」
   昇、面食らいつつも小さくお辞儀する。
   かほりの胸元の名札をちらりと見て中
   へ入って行く昇。
   掃除道具を持った文恵(73)が入れ替
   わりで出てくる。
   文恵、結っていたソバージュヘアをほ
   どいて一息つく。
文恵「(かほりに)おっ、来たねえ。ロボさ
 ん。充電の時間だ」
かほり「(少し笑いつつも小声で)文恵さん、
 聞こえますよ!」
文恵「大丈夫だよ。それよりかほりちゃん、
 おかえりなさいって(と言って笑う)」
かほり「ごめんなさい! 毎日来るからつい」
文恵「もうここ十年くらい皆勤賞じゃない?」
かほり「あの人、そんなに来てるのかぁ……」
文恵「そんな常連さんのおかげで今日も満員
 だよ。嫌になっちゃう」
かほり「嬉しいくせに。また大仕事の時間で
 すね」

○同・脱衣所
   四、五人の客が着替えている。
   昇、ロッカーの前で手帳を取り出す。
   全ての日付に受付やロウリュ担当の名
   前水風呂の水温などが記入されている。
   『今日の受付、霧島さん。ロウリュ、
   プードルさん』とメモして鞄にしまう。
○同・大浴場
   七、八人の客が身体を洗ったり水風呂
   に入ったりしている。
   その中でシャワーを浴びている昇。
   文恵がバケツに入った柄杓とタオルを
   持って入る。
文恵「まもなく七時のロウリュを始めさせて
 いただきます。ご希望のお客様はサウナ室
 へお越しください」
   大浴場にいた全員が立ち上がり身体を
   拭きながらサウナへ向かう。

○同・サウナ
   二十人ほどの男性客がひしめき合って
   座っている。
   中央に座る昇。
文恵「ロウリュとは、サウナストーブにアロ
 マウォーターをかけた時に出る蒸気の事で
 す」
   昇も小声で文恵と同じセリフを言う。
   文恵、柄杓でサウナストーブにアロマ
   水をかける。
文恵「マイナスイオンの熱気が発生し、サウ
 ナ全体を包みます」
   ジュッという音が響き蒸気が立ち上が
   る。
文恵「それをタオルで扇ぐ事により熱気が体
 に当たり、体感温度を上げて発汗を促進し、
 更にアロマウォーターの香りで皆様に癒し
 を提供いたします」
   柄杓とバケツを床に置く。
文恵「近年ではサウナと水風呂に繰り返し入
 りリラックスする事を『ととのう』と言っ
 たりするそうです」  
   タオルを取り出す。
文恵「仕事や勉強でお疲れの方、健康にお悩
 みの方、皆様の『ととのい』に繋がる様、
 熱波を送りたいと思います。では……」
   穏やかな表情から真剣な目つきになる。
   タオルを勢いよく扇ぐ文恵。
   それまでとはうって変わった様に激し
   く、しかし丁寧に一人一人に風を送る。
   熱波が昇の顔に当たる。
   無表情ではあるが、目が輝いている。
文恵の声「おかわりが欲しい方は申し出てく
 ださい」

○蕎麦屋・内(日替わり)
   年季の入った人気のない店内。
   神谷と昇が蕎麦を食べている。
神谷「(空のコップを持った手を上げて)お
 かわり!」
   店員が水を注ぎに来る。
昇「昨日の件、何かございましたか?」
神谷「ああ。そっちはもう大丈夫。半年後に
 は立派な駐車場だ。でもあそこ息子厄介だ
 ったろ? その後は大丈夫か?」
昇「ええ、多少怒鳴られましたが、問題あり
 ません。で、今日は……」
   水をグイッと飲む神谷。
神谷「いや実はね、どうしても取ってきて欲
 しい物件があるんだわ」
   奥でスーツ姿の星野富保(ほしのとみやす)(52)が向か
   いに座る敷地大和(しきじやまと)(27)を叱っている。
星野「出来ませんじゃねえだろ! グズ!」
敷地「すいません!」
昇「(気にも留めず)はい、取ってきます。
 どちらですか」
神谷「頼もしいねえ、ここなんだけどさ」
   資料を昇に渡す。
神谷「例の市議会議員さん。またあっちのス
 ジの人と一儲けしたいんだと」
   昇、目を走らせるが動きが止まる。
神谷「(小声で)社長曰く、『どんな手を使
 ってでも取って来い』」
   昇、何も答えない。
神谷「まぁ、言っても俺らギリギリサラリー
 マンだからさ。限度ってもんはあるんだけ
 ど」
   神谷、蕎麦をすする。
神谷「ちなみにもし取ったら昇進だ。でも」
   昇、神谷を見る。
神谷「正直これしくじったら……ちょっとヤ
 バいからな」
   昇、書類を見つめ続けている。   
神谷「ま、ノボだったら大丈夫か」
   再び蕎麦をすする神谷。
   昇が持っている資料には『サウナ風見
鶏』と書かれている。

○サウナ『風見鶏』・前
   屋根の上で回る風見鶏を見つめる昇。
   ドアに『本日は閉店しました』の看板
   が下げられている。
扉に貼られいてたボロボロの『熱波師
募集!』のチラシが、風で取れる。
   落ちる寸前でチラシを手に取る昇。
   反対の道から文恵がやって来る。
   お辞儀をする昇。
文恵「あら、随分早く来ちゃったじゃない!
 サウナまだ入れないけど……中、入る?」

○同・ロビー
   誰もいない静かなロビー。
   ベンチに座っている昇。
   文恵が麦茶を持って来る。
文恵「ちょうど話し相手が欲しかったの」
   麦茶を渡す。
昇「……あ、ありがとうございます」
文恵「こちらこそ、いつもありがとうね」
昇「私、凪山不動産から来ました腰水昇と申
します」
   文恵に名刺を渡す昇。
文恵「ご丁寧にどうも。科戸文恵です」
   お辞儀をする文恵。
文恵「で、何のご用?」
昇「あの、実は……」
   鞄から土地売却の資料を出そうとする。
昇「その、ここの……(と言って口ごもる)」
文恵「え? 何?」
   先ほど扉に貼られていた『熱波師募
集!』のチラシが出てくる。
文恵「もしかして……熱波師になりたいの?」
昇「いや、あの……」
文恵「(はしゃいで)嬉しい! ちょっと待
 って、かほりちゃんに電話するから!」
   奥に入って行く文恵。
   昇、立ち上がるが声をかけられない。

○同・脱衣所
   Tシャツに短パンの従業員服姿の昇。
   文恵とかほりが立っている。
文恵「うん、ちょうどいいんじゃない?」
かほり「じゃあそれ、使って下さい!」
昇「は、はい」
文恵「今日は来られる?」
昇「仕事の後であれば……」
かほり「じゃあしばらく仕事終わってから来
 ていただくようにしましょう」
文恵「よろしくね、ロボ(と言いかけて)昇
 さん」
昇「よろしくお願いします。プードル(と言
 いそうになるのを堪えて)……文恵さん」
かほり「ん? どうしたの二人とも」
   何事もなかった様によそ見をする昇と
文恵。

○凪山不動産・内(日替わり)
   神谷、昇を手招きする。
神谷「(小声で)例の件、どんな感じ?」
昇「手こずって……ます」
神谷「ノボがそう言うんなら相当だな」
昇「すみません。でも私一人でどうにかしま
す」
神谷「それなら良いんだ。まぁ焦らずな」
   昇、頷く。
神谷「でも、限度は一ヶ月だ。何が何でもそ
 れまでに取って来い」
昇「はい。これからまた、行って来ます」

○サウナ『風見鶏』・ロビー
   客は誰もいない。
   従業員服の昇と文恵。
   ボーリングのピンの様に空のペットボ
   トルが並べられている。
文恵「風を送ってあれを倒すの。空っぽでも
 全部倒すの難しいんだから」
   メモを取っている昇。
文恵「ただ力一杯やれば良い訳じゃないの。
 肩の力は抜いて、送りたい相手を想像する」
   タオルを持ち、力を抜く文恵。
文恵「思ってる事、言いたい事を風に込めて
 振る!」
   目つきが変わり、タオルを勢いよく振
   る。
   ペットボトルが全て倒れる。
   思わず圧倒される昇。
文恵「風が吹けば……なんだっけ」
昇「桶屋が儲かる、ですか」
文恵「それそれ。でもうちの場合は『風が吹
けば、誰かがととのう』」
   昇、メモをとる。
文恵「いいの、そんなのメモしないで。じゃ、
全部倒れるまでやって見て」
   文恵からタオルを渡される昇。
   昇、タオルを構える。

○同・サウナ内(日替わり)
   かほりと文恵だけが座っているサウナ
   でタオルを振る昇。
文恵の声「腕だけに頼らないで、全身使って」

○アパート・昇の部屋(夜)
   リビングにペットボトルを置いて、タ
   オルを振る昇。
文恵の声「考えるんじゃなく、想像するの」
   三本だけ倒れる。
   無表情ながらも小さく頷く昇。

○公園(日替わり)
   スーツ姿でベンチで昼食を食べる昇。
   周囲に人気が無い事を確認して、鞄か
   らタオルを出す。
   飲み終えたペットボトルを地面に置き、
   風を送るがビクともしない。
   何度も送るうちにゆっくりと倒れる。

○サウナ『風見鶏』・内
   床にペットボトルを置いて、タオルを
   振る昇と側で見ている文恵。
   七本倒れる。
文恵「まだ余計な力が入ってる。空気を回す
 イメージで」
   メモを取る昇。

○同・サウナ内(夜)
   客に混じって文恵の熱波を受けている
   昇。
文恵「おかわり欲しい方いますか?」
   真っ先に手をあげる昇。
○同・水風呂
   水温計は『十五度』を示している。
   ゆっくり浸かり天井を見上げる。

○同・中庭
   デッキチェアで横になる昇。
   心地良い風が吹く。
   深く穏やかなため息をつく。
神谷の声「ととのってるねえ」

○凪山不動産・内(日替わり)
   デスクで仕事をしている昇、ほんの少
   しビクッとする。  
   神谷、コーヒー片手に昇のデスクを見
   ている。
   隣に座る樺山の机は散らかっている。
神谷「バカ山、出来る奴っていうのはこうい
 う所が違うの。ちゃんと整理整頓してんだ
 から」
   昇のデスク、過剰に整頓されている。
神谷「ノボ。飯、行くか」

○蕎麦屋・内
   昇と神谷、蕎麦を食べている。
   神谷、少し焦っている。
神谷「どうだ? もうすぐ一ヶ月経つぞ」
昇「申し訳ありません」
神谷「まぁ、俺に契約書を持って来てないっ
 てことはそういう事だもんな」
昇「あと少し、待っていただけませんか」
神谷「わかった。どうにか引き伸ばしでおく」
昇「(心苦しく)……ありがとうございます」
神谷「何か俺に手伝える事あったら言えよ」
   神谷、蕎麦をすする。
   昇、答えられない。

○サウナ『風見鶏』・ロビー
   ペットボトルを置いて、タオルを振る。
   昇と側で見ている文恵。
   十本全部倒れる。
   思わず息を飲む昇。
文恵「今夜、やってみる?」
昇「……良いんですか?」

○サウナ『風見鶏』・サウナ内
   男性客で満席となっているサウナ内。
   緊張した面持ちの昇が立っている。
   その横に立つ文恵。
昇「(小さい声で)仕事や勉強でお疲れの方
 ……健康にお悩みの方……」
客1「兄ちゃん、もうちょい声張って来れね
 えか?」
昇「(少し声を張って)えー、皆様の『とと
 のい』に繋がる様、熱波を送りたいと思い
 ます。では……」
   タオルを構える昇。
   文恵、左端からタオルを振る。
   昇、右端から振っている。
客2「文恵さん、おかわり!」
   他の客からも同じ様な声が上がる。
○同・大浴場
   サウナ内から拍手が聞こえる。
   汗だくで出てくる昇と文恵。
   文恵、昇の肩を叩く。
文恵「最初はみんなそんなもん」
   昇、悔しさが少し顔に出ている。

○同・ロビー(深夜)
   閉店後の薄暗いロビー。
   ペットボトルに向かって風を送る昇。
   私服のかほりが歩いてくる。
かほり「まだやってたんですか!」
昇「すみません、遅くまで」
かほり「どうでした? デビュー戦」
昇「おかわり、貰えませんでした」
かほり「そっかぁ……」
昇「でも、生まれて初めて拍手貰えました」
   かほり、笑う。
かほり「私、女性用サウナ担当なんですけど、
 最初はおばちゃん達から怒鳴られました」
昇「そうでしたか……つかぬ事をお聞きしま
 すが、かほりさんはいつからここに?」
かほり「十八の時からだから……八年だ! 
 そんなにいたのか、私!」
昇「八年ですか……凄いですね」
かほり「いやぁ、凄いのは文恵さんです。私
 が来る前、旦那さんが生きてた頃からずー
 っと毎日休まずやってますからね」
昇「……信じられませんね」
かほり「でもここがあってくれたおかげで、
 どこに居ても邪魔者だった私もようやく居
 場所を見つけられた様な気がして……」
   かほり、微笑む。
かほり「きっと、そういう人沢山いると思う
 んです。ここに助けられた人」
   昇、深く頷く。
かほり「無くならないで欲しいなぁ。ずっと
 残ってて欲しい」
   昇、少し苦い顔で俯く。

○凪山不動産・前(日替わり)
   フラフラと歩く男の足。

○同・内
   ドアが開く。
樺山「いらっしゃいませ……」
   明らかに酔っ払った喪服姿の雄輔が立
   っている。
雄輔「……腰水はどこだ」
樺山「あの、どういった御用で……」
雄輔「質問に質問で返すんじゃねえよ! あ
 の地上げ屋はどこだ!」

○サウナ『風見鶏』・ロビー
   誰もいないロビーでペットボトルめが
   けてタオルを振り続ける作業着の昇。
   ベンチに置いてある携帯が鳴っている
   が気付かない。

○凪山不動産・内
   電話を切る樺山。
樺山「(神谷に)ダメです。出ません」
   神谷、立ち上がり雄輔に近づく。
神谷「腰水は今、外出しております」
雄輔「またどっかの土地むしり取ってんのか
 (と言って卑屈に笑う)」
神谷「腰水の上司の神谷と申します。私でよ
 ければお話を……」
雄輔「(遮って)あいつを呼べ! 早く!」
神谷「樺山君、腰水君を呼んで来てくれ。多
 分ここにいる」
   『風見鶏』の住所が書かれた紙を渡す。
   樺山、受け取って出て行く。

○サウナ『風見鶏』・大浴場
   清掃している昇と文恵。
   文恵、椅子を一つずつ丁寧に磨く。
文恵「ごめん、昇さん。替えの洗剤、ロビー
 裏の倉庫にあるから取ってきてくれる?」
昇「はい!」
   作業を止めて出て行く昇。

○社用車・車内
   運転する樺山。
   少し遠くに『風見鶏』が見える。

○サウナ『風見鶏』・ロビー
   手帳に『替えの洗剤ロビー裏』とメモ
   している。
   樺山、入る。
樺山「腰水さん……何ですかその格好!」
昇「こ、これは……」
樺山「いいから急いで!」
   連れ出される昇。

○同・外
   慌てて車に乗る昇と樺山。
   女湯の窓から見るかほり。

○同・大浴場
   風呂桶を洗う文恵、少し苦しそうに胸
   を押さえる。
   外から車が走り去って行く音がする。

○社用車・車内
   運転する樺山。   
   助手席に座る昇。
樺山「この間契約まとめた久松さんが来てま
 す」
昇「クレームか……」
樺山「ただのクレームっていうかその……刃
 物、持ってんスよ」

○凪山不動産・内
   雄輔が酒を飲みながら座っている。
   手に持っているボロボロの小さな鞄か
   らは刃物が見える。
   静かに緊張する神谷と他の社員。
樺山の声「腰水さんを呼べって、一点張りで」

○サウナ『風見鶏』・ロビー(夕方)
   少しずつお客が入り始めている。
   男湯から出て来る文恵。
   かほり、昇がベンチに置いていったス
   ーツや鞄を運ぼうとしている。
文恵「どうしたの?」
かほり「昇さん、会社の人に呼ばれちゃった
 みたいで……」
文恵「じゃあ今日は私がロウリュやらなきゃ
 ね」
かほり「えっ、でも文恵さん。顔色が……」
文恵「大丈夫大丈夫!」
   男湯に入って行く文恵。
   かほりが持っている昇の鞄から土地売
   却の資料が落ちる。
   かほり、思わず見てしまう。

○凪山不動産・前
   社用車が止まり、昇と樺山が降りる。
昇「樺山さん。携帯をお借りしてもよろしい
 ですか?」
樺山「はい……?」
   携帯を樺山に渡す昇。
   手帳をめくり、電話をかける。

○同・内
   中に入る昇と樺山。
   来客用の椅子に座っている雄輔。
   神谷、昇の格好に眉をひそめる。
雄輔「よぉ、地上げ屋」
   お辞儀をする昇。
雄輔「母ちゃん、死んだよ」
   雄輔、包丁を握っている。
雄輔「先週、急に体調悪くなって……そのま
 んま」
昇「それは……ご愁傷様です」
雄輔「なぁ、俺の借金の事知ってたのか? 
 それで母ちゃんに売る様にけしかけたんだ
 ろ?」
   答えない昇。
雄輔「遺言状にまで書かれてよぉ! 家族に
 も親戚にも知られたよ!」
   机を蹴る雄輔。
雄輔「とんだ恥かいたよ! 家さえ売らなき
 ゃなぁ、こんな事にはならなかったんだ!」
   包丁を昇に向ける。
   神谷、身を乗り出しそうになる。
昇「……いえ。お母様もご家族の皆様も、借
 金の事は前から知ってました」
雄輔「そんな訳あるかよ! 誰にも言ってね
 えんだぞ!」
昇「事業所の変更通知」
雄輔「ハァ?」
昇「ローン会社の事業所が変わるという通知
 書です」
   雄輔、動きが止まる。
昇「ご実家に遊びに来た際に置いて行った競
 馬新聞に挟まっていたと仰っていました」
雄輔「……嘘だろ?」
昇「心配になったお母様が奥様に連絡をし、
 こっそり財布を調べて欲しいと言ったそう
 です」
   雄輔、包丁を持つ手が震えている。
昇「そこからローンカードが出て来て、確信
 に変わった」
   雄輔、脱力する。
昇「それでも、あなたから打ち明けていただ
 くのをずっと待っていたそうです」
雄輔「知らねえの……俺だけだったのか」
   包丁を床に落とす雄輔。
雄輔「俺が最初から正直に言っていれば……」
   『正直に言っていれば』という言葉に
   小さく反応する昇。
雄輔「皆に迷惑かけちまった……」
昇「久松さん、勝手な事してしまい申し訳ご
 ざいませんが、ご家族の方を呼ばせていた
 だきました」
   窓の外を見る昇。
   外で立っている雄輔の妻と子供の影。
   立ち上がり窓の外を見る雄輔の後ろ姿、
   肩が震えている。
   昇、『風見鶏』のタオルを雄輔に渡す。

○同・外(夜)
   雄輔が乗った車を見送る昇と神谷。
昇「申し訳ございませんでした」
神谷「恨まれてナンボの商売だ。でも言った
 ろ、アフターケアはしろって」
昇「……はい」
神谷「どうした? ノボらしくねえな……っ
 ていうか何だよ、その格好」
   昇、頭を深く下げる。
昇「すみません……あそこの物件だけは、ど
 うしても出来ません」
   昇の胸ぐらを掴む神谷。
神谷「やりますって言ったから一ヶ月好きに
 させたんだぞ? 今更出来ねえって何だよ」
   昇、答えられない。
神谷「しくじったら俺ら……終わるんだぞ」
昇「……申し訳、ございません」
神谷「第一どうして今まで何も言わなかった
 んだよ? 俺ら十年一緒に働いてるんだぞ。
なのによぉ……」
   神谷、俯く。
神谷「……全然わからねえよ」
   昇、神谷を見ている。
神谷「もういい。この物件は俺がやる」
   神谷、昇の胸ぐらを掴んだ手を離す。
神谷「(吐き捨てる様に)がっかりだ」
   中に入って行く神谷。

○サウナ『風見鶏』・前
   救急車が停まっている。
   歩いていた昇、小走りになる。

○同・ロビー
   十人ほどの客が心配そうに男湯の方を
   見ている。
   担架で救急隊員に担ぎ出される文恵。
   かほりが連れ添っている。
昇「ふ、文恵さんは!」
かほり「(目を合わせず)後で連絡します!」
   通り過ぎて行くかほりと救急隊員。
   立ち止まり呆然と見送る昇。

○凪山不動産・内(朝)
   神谷が入る。
   樺山、デスクでパンを食べている。
樺山「おはようございます!」
神谷「(周りを見回して)ノボは?」
樺山「それが……しばらく休みますって」
   神谷、舌打ちをする。

○サウナ『風見鶏』・ロビー
   ベンチで寝ている昇。
   かほりが入る。
   慌てて起きる昇。
昇「文恵さんは!」
かほり「詳しくはわからないです。しばらく、
 市民病院に入院するって……」
昇「そうですか……」
かほり「昇さん、覗くつもりはなかったんで
 す。でも、鞄から落ちて……」
   土地売却の資料を出すかほり。
かほり「私、高校もロクに行ってないから…
 …その、難しい事とか全然よくわかんない
 んですけど」
   かほり、昇を見る。
かほり「ここ、売るんですか?」
   昇、答えられない。
かほり「文恵さんに取り入るつもりで今まで
 やってたんですか?」
   首を振る昇。
かほり「じゃあ何なんですか? 私たちの仲
 間のふりして、期待させておいて……」
   震えるかほり。
かほり「出てってください……今すぐ」
   昇を睨むかほり。

○同・外
   荷物を持って出てくる昇。
   茫然自失としている。

○アパート・昇の部屋(日替わり)
   荒れている室内。
   外からは雨の音がする。
   室内で洗濯物を干す昇。
   無精髭が生えている。
   タオルを見つめる。
   『サウナ風見鶏』のロゴが入っている。
   何度かはたいて熱波師の動きになって
   いく。
雄輔の声(回想)「血も涙もねえのか」
   テーブルの上に雑然と置かれた空のペ
   ットボトルめがけて風を送る。
樺山の声(回想)「さすがロボさん。人間と
 は付き合わねえんスね」
   何度も何度も風を送るが倒れない。
神谷の声(回想)「がっかりだよ」
   息が切れてその場に座り込む。
文恵の声(回想)「最初はみんなそんなもん。
 大丈夫だよ」
   昇、顔を上げる。
かほりの声(回想)「無くならないで欲しい
 なぁ。ずっと残ってて欲しい」
   もう一度立ち上がりタオルを振る。

○同・外
   昇、家を飛び出し走り出す。
   雨は止んでいる。

○同・昇の部屋
   誰もいない室内。
   ペットボトルが全て倒れている。

○凪山不動産・内
   昇が入る。
樺山「いらっしゃいま……」
   樺山、思わず立ち上がる。
昇「神谷さんは?」
樺山「それが……」

○サウナ『風見鶏』・前
   凪山不動産の社用車が停まっている。
   中に駆け込んで行く昇。
  
○同・ロビー   
   辺りを見回している神谷。
   受付で話しかけずにじっと見つめるか
   ほり。 
   息を切らせて中に入る昇。
神谷「何だよ、お前は関わるなって」
昇「自分は……腰水昇といいます」
神谷「知ってるよ」
昇「入社十年目で、土地の売買を担当してい
 ます。趣味は……」
   昇、顔を上げる。
昇「ここのサウナに入る事です」
   神谷、昇を見つめる。
昇「今の仕事の前に……散々嫌がらせ受けて」
   昇、少し顔が強張る。  
昇「ある日、どうしても耐えられない夜が来
 て、クローゼットにタオル引っ掛けて、首
 を吊りました」
   かほり、息を飲む。
昇「でもパイプが折れて、死ねなくて……ど
 うしようもなくて、外ウロウロして」
   神谷、じっと昇を見ている。
昇「ここの前を通って……何か良い匂いがし
 て。そういや風呂入ってなかったなって気
 づいて」
   昇、顔を上げる。
昇「それで、文恵さんの風を初めて受けて…
 …熱いんだけど、優しくて。何度もおかわ
 りして」
   かほり、少しだけ微笑む。
昇「そしたら常連さんに面白がってもらって、
 水風呂の入り方とか教わって」
   昇、窓の外の中庭を見る。
昇「外にある休憩用のデッキチェアで横にな
 ったら、すごい気持ち良い風吹いて」
   昇、再び神谷を見る。
昇「生きたいって……また生きてここに来た
 いって思ったんです」
   かほり、小さく頷く。
昇「もし、俺にもそんな風が送れたら……」
神谷「やっと、話してくれたか」
   神谷、俯く。
神谷「ハンコもらう前だったら気が変わった
かもしれねえけどさ」
   押印された契約書を見せる神谷。
昇「それは……」
神谷「お見舞いに行って、話をしてきたんだ」
かほり「そんな……今は契約の話とか出来る
 様な状態じゃないはずです」
神谷「ちゃんと頷いてくれたよ。それで俺が
 手伝って、無事に契約成立」
かほり「手伝うって……強引にやったんでし
 ょ!」
神谷「人聞きの悪い事言うなよ! 全部きっ
 ちり説明したさ! ノボ、お前なら分かる
 よな!」
   昇、答えない。
神谷「俺も、仕事でやってるんだよ。悪いな」
   神谷、出ようとする。
   昇、神谷の前に立つ。   
昇「だったら自分も、『仕事』させてもらい
 ます」
   辞表を出す昇。
神谷「正気か? 俺らとやり合うのか?」
昇「いえ、正確には神谷さんと一対一で」
神谷「ハァ?」

○同・外
   出て来る神谷。
   建物の方を振り返る。
昇の声「今夜、ここで待ってます」

○同・大浴場
   昇、一心不乱に掃除をする。
   その姿を見つめるかほり。

○凪山不動産・内(夕)
   帰り支度をする神谷。
樺山「あれ、もう帰るんですか?」
神谷「……初めてノボから誘われたんだ」
   少し嬉しくも哀しい表情の神谷。

○サウナ『風見鶏』・サウナ内
   サウナマットを整えている昇。
   かほりが入る。
かほり「本当に……会社、辞めるんですか?」
昇「……仕事が無くて、何者にもなれないん
だって落ち込んでた時に今の不動産の仕事
を見つけて」
   かほり、昇を見つめる。
昇「お客さんからは酷い言葉沢山浴びせられ
 ました」
   昇、マットを整え続ける。
昇「でも、自分なりにその人の今後に役立て
 る様なやり方でやってきました」

○住宅街
   神谷が歩いている。
昇の声「神谷さんも自分のやり方を認めてく
 ださっていました。それがとても嬉しかっ
 た。でも……」

○サウナ『風見鶏』・サウナ内
   昇、手を止める。   
昇「……ここだけは、無くせません」
   かほり、昇を見つめる。
昇「また何者でも無くなりますけど」
かほり「そんな事ないですよ」
昇「え?」
かほり「何者でもないなんて、そんな事ない
 です」
   かほり、真っ赤なタオルを出す。
かほり「文恵さんが運ばれた日。これを昇さ
 んに渡しといてって頼まれたんです」
   タオルを昇に渡す。
   タオルを開くと『熱波師 昇』と大き
   く刺繍が入っている。
   グッとタオルを握る昇。

○同・受付(夜)
   神谷、入る。
   かほり、少し緊張しつつも微笑んでロ
   ッカーキーを渡す。
   黙って受け取り中に入る神谷。

○同・サウナ内
   五、六人の客。
   その中に神谷もいる。
   昇、サウナストーブにアロマ水をかけ、
   お辞儀をする。
昇「それでは、始めさせていただきます」
   肩の力を抜いた後、渾身の力でタオル
   を振る。
   強い風で神谷の髪がなびく。
○同・大浴場
   客が次々と出てくる。
客2「あんなにおかわりしたら身体に悪いよ」

○同・サウナ内
   昇と神谷しかいない。
   神谷に熱波を送り続ける昇。
神谷「足りねえよ……もっと来いよ!」

○同・大浴場
   フラフラで出てくる昇と神谷。
   昇、暑さのあまり服を脱ぐ。

○同・水風呂
   息を切らせながら浸かる昇と神谷。
神谷「意外と……冷たくねえんだな」
昇「ゆっくり入って動かなければ、すぐに慣
 れますよ」
   神谷、天井を見つめる。
   電灯が水面に反射し、キラキラと光っ
   ている。

○同・中庭
   デッキチェアに横になる昇と神谷。
神谷「(気持ち良さそうに)これだったのか」
   昇、神谷を見る。
神谷「お前が無茶苦茶やってでも守りたかっ
 たのは」
   昇、頷く。
   心地よい風が吹く。

○同・ロビー(深夜)
   閉店後のロビー。
   スーツに着替えた神谷。
   作業着の昇とかほりが立っている。
   鞄から契約書を出す。
神谷「(わざとらしく)あれ、これハンコ欠
けてんなぁ」
   神谷を見つめる昇。
神谷「よそだったら認められるかもしれねえ
 けどこれじゃあ俺は認められねえや」
   契約書を破く神谷。
かほり「あっ」
神谷「仕切り直しだ」
   ビリビリに破いて鞄にしまう。
昇「でも、神谷さん……!」
神谷「大丈夫だよ。怒鳴られ恨まれが当たり
 前の仕事だ(と言って笑う)」
   昇、深々とお辞儀する。
神谷「また来るよ、ととのいに」
   出て行く神谷。

○病院・病室(日替わり)
   ベッドで寝ている文恵。
   団扇で文恵を扇ぐ昇。
文恵「熱波師になりたいって来てくれたあの
 日、お医者さんに言われたの」
   文恵、窓の外を見る。
文恵「私、長くないかもしれないんだって」
   昇、黙って扇ぐ。
文恵「ま、検査結果はまだなんだけどさ」
昇「それなのに、押しかけちゃってすみませ
 ん……」
文恵「いいのいいの。本当に話し相手欲しか
 ったから」
昇「そういえば、タオルありがとうございま
 した」
   赤いタオルを出す昇。
文恵「直接渡せなくてごめんね。おかわり、
 もらえたんだって?」
昇「会社の先輩との意地の張り合いなんで…
 …あれは、ちょっと違いますね」
   文恵、笑う。
昇「いつか、ちゃんとおかわりって言っても
 らえる日が来るといいんですけど……」
文恵「あなたなら大丈夫」
   昇、文恵を見つめる。
文恵「きっとあなたの風を心から気持ち良い
 と思ってくれる人が来てくれるはずだから」
昇「ありがとうございます」   
   深々とお辞儀をする昇。
   文恵、微笑む。
   団扇で優しく扇ぎ続ける昇。

○サウナ『風見鶏』・サウナ内(夜)
   満席のサウナ。
   風を送り終え、息を切らせている昇。
昇「おかわりされる方いますか?」
   前に蕎麦屋で怒鳴られていた敷地、目
   を瞑っている。
神谷の声(回想)「おかわり!」

○蕎麦屋・店内(回想)
   冒頭の蕎麦屋のシーン。
   敷地と星野が向かい合って座っている。
   敷地の顔色が明らかに悪い。
   少し離れた席で昇と神谷が蕎麦を食べ
   ている。
   神谷のコップに水を注ぎに来る店員。
星野「出来ませんじゃねえだろ! グズ!」
敷地「すいません!」
星野「泊まりでも何でもして明日の朝までに
 終わらせろ!」
   星野、席を立ち出て行く。
   肩を震わせながら蕎麦を食べる敷地。

○会社・内(深夜)
   薄暗い人気のないオフィス。
   敷地が一人でパソコンに向かっている。

○商店街(朝)
   疲労困憊でフラフラ歩く敷地。
   魚屋の前で水撒きしている雄輔。
   敷地の鞄に水をかけてしまう。
雄輔「あっ、兄ちゃんごめんな!」
   そばにあったタオルを取り、鞄を拭く。
敷地「大丈夫です……」
雄輔「顔色悪いぞ。本当に大丈夫かい?」
   電話が鳴る。
雄輔「ごめん! それ、やるよ!」
   慌てて電話を取る雄輔。
雄輔「はい! 今月分は必ず明日、お持ちす
 るんで……!」
   タオルで鞄を拭き歩く敷地。

○会社・内(夕方)
   メモが置かれている『明日までに全て
   やり直し』。
   破かれている資料。
   敷地、思わずデスクのコーヒーを倒す。
星野「何してんだノロマ!」
   慌ててタオルで拭く敷地。
星野「ったく使えねえなぁ本当よぉ」
   星野、敷地を睨みつける。
星野「いつ消えてもらっても構わねえからな」
   キーンという高音ノイズが鳴り、周囲
   の声が聞こえなく鳴る。

○アパート・敷地の部屋(夜)
   薄暗く、散らかった居間。
   椅子に座る敷地。
   開いているクローゼットの扉。
   雄輔から渡された汚れたタオルを見つ
   める。

○同・クローゼット前
   ハンガーをかける為のパイプにタオル
   を括り付け首を絞める敷地。
   グッと締まり、苦しそうな声を出す。
   パイプが折れて床に転がる。
   涙目でゼェゼェ呼吸する。
   床に落ちたタオルを見つめる。
   『サウナ風見鶏』と書かれている。

○繁華街
   カップルや大学生たちが楽しそうに歩
   いている。
   神谷と樺山が歩いている。
神谷「な、いいじゃん! 行こうよぉ! と
 とのいてえんだよぉ!」
樺山「えーっ、昨日も行ったんですよねえ?」
   タオル片手に一人で歩く敷地。
   周囲の声は聞こえない。
   酔った大学生が敷地にぶつかる。
   敷地、路上に倒れ、服が汚れるも立ち
   上がり気にせず歩く。

○サウナ『風見鶏』・前
   俯いて歩く敷地。
   ふと立ち止まり、顔を上げる。
   『サウナ風見鶏』の看板が目に留まる。 
   敷地、手に持っているタオルと自分の
   汚れた服を見る。
   吸い寄せられる様に中に入る。

○同・受付
   ロッカーキーを渡すかほり、微笑む。
   受け取り、小さく会釈する敷地。

○同・大浴場
   身体を洗い流し周囲を見回す敷地。
   柄杓とバケツを持った昇が入って来る。
昇「ただいまより、ロウリュを始めさせてい
 ただきます。ご希望の方はサウナへどうぞ」
   浴場にいた全員が立ち上がる。
   つられて立ち上がる敷地。

○同・サウナ内
   満席のサウナ。
   最前列の真ん中の席に座る敷地。
   昇、サウナストーンにアロマ水を垂ら
す。
昇「近年ではサウナと水風呂を繰り返し入り
 リラックスされる事を『ととのう』と言い
 ます」  
   真っ赤なタオルを取り出す。
昇「仕事や勉強でお疲れの方、健康にお悩
 みの方、皆様の『ととのい』に繋がる様、
 熱波を送りたいと思います。では……」
   タオルを敷地に向かって振る。
   熱気が敷地の顔を撫でる。
   思わず目を瞑る。
昇「おかわりの方、いらっしゃいますか」
   敷地、ゆっくり目を開け、手をあげる。
敷地「(声がひっくり返りつつも)お、おか
 わり……」
   敷地、自分の声に思わず笑ってしまう。
   昇、目に涙をためている。
   敷地、笑顔で頷く。
   顔中を濡らして笑う昇。
   汗か涙かは分からない。
敷地「おかわり……お願いします!」
   昇、頷いてタオルを振り上げる。
                    完

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