秒速のイカロス スポーツ

速く走ることに異常にこだわるスプリンター伊田俊介。 彼はある日、事故により、片足を失う。 しかし、それは伊田が仕組んだ偽装事故だったのではないか? 健常者よりも速く走れるという噂の最新義足を身に着け、さらに速く走るための。 そんな前代未聞の疑惑を抱いた記者・鮫島は事故の真相と伊田の人物像を追い始める。 伊田は世界最速の義足スプリンターなのか?それとも、太陽に近づき過ぎたイカロスなのか?
福岡岳(ほろよい) 253 0 0 06/04
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第一稿

「秒速のイカロス」

登場人物

伊田俊介(22)(21)(17)(14)(10)(7)  義足スプリンター
鮫島郁夫(34)  『週刊ワイドスパ』記者
川畑春樹(2 ...続きを読む
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「秒速のイカロス」

登場人物

伊田俊介(22)(21)(17)(14)(10)(7)  義足スプリンター
鮫島郁夫(34)  『週刊ワイドスパ』記者
川畑春樹(22)  伊田の部活仲間
桑原信之(29)  テクニカル・スポーツ社員
坂上竜哉(40)  『週刊ワイドスパ』編集長
時本栄治(22)  伊田の部活仲間
谷口慶介(22)  伊田の部活仲間
上妻夏海(19)  伊田の彼女
伊田孝明(42)(34)(31)  伊田の父親
伊田芳江(44)  伊田の母親

西口琢磨(32)  警察官

===================================
○高塚ビル前(夜)
   工事中の4階建て高塚ビル。
   尻もちをついた体勢で右足を伸ばし、頭上を見上げている伊田俊介(21)。
   頭上から伊田に向かってゆっくりと落ちてくる鉄骨。

○伊田のイメージ
   尻もちをついた体勢で太陽を見上げている無表情の伊田の上半身は裸で、
   背中には大きくて白い翼。
   頭上の太陽を見つめてゆっくりと立ち上がり、飛び立とうとする伊田。

○元の高塚ビル前(夜)
   大きな音と共に地面に叩きつけられる鉄骨。地面に飛び散る鮮血。
   倒れている伊田の右足は鉄骨の下敷き。
   痛みに顔を歪めるが微かに笑う伊田。

○高田陸上競技場内トラック
   電光掲示板に『ゴールデングランプリ長谷部』と表示されている。
   右足の大腿部からカーボン製競技用義足になっている伊田(22)、
   他の健常者選手と並んで走っている。
   伊田、トップでゴールする。

○足利駅前コンビニ
   店頭に並ぶスポーツ新聞の一面には、『義足の新星現る!』という見出しと、
   ゴール直後に喜ぶ伊田の写真。
   次々と新聞を手に取り、購入する人々。

○平賀競技場内トラック
   電光掲示板に『関東学生陸上競技対校選手権』と表示されている。
   他の健常者選手と並んで走る伊田。
   伊田、トップでゴールする。

○『週刊ワイドスパ』本社・外観
   汚い雑居ビル。
   『週刊ワイドスパ』の看板。

○『週刊ワイドスパ』本社・編集部
   編集長席に座る坂上竜哉(40)の前に立つ鮫島郁夫(34)。
   机上の雑誌の誌面には『片足を無くした悲劇のスプリンター』という見出しで伊田が映っている。
坂上「今回頼みたいのは、こいつのネタだ」
鮫島「(雑誌を覗きこみ)ああ、今話題の」
坂上「パパラッチの腕が鳴るだろ?」
鮫島「俺、ジャーナリストなんですけど?」
   わざとらしく、眉をひそめる鮫島。
坂上「芸能人のケツ追いかけ回して年中不倫ばっか暴いてる奴が何言ってんだ」
鮫島「ジャーナリズム精神に則って仕方なくやってるんですよ~」
坂上「じゃ、そのジャーナリズム精神で、例の鉄骨落下事件、調べてくれないか?」
鮫島「まだ犯人捕まってないんでしたっけ?」
坂上「ああ」
鮫島「(嫌そうに)もしかして…俺に犯人探ししろってことですか?」
坂上「(身を乗り出して)話はそう単純じゃないかもしれないんだ」
鮫島「え?」

○足利大学・外観

○同・練習トラック
   スタートの姿勢で前を睨むように見るユニフォーム姿の伊田の右足は義足。
   伊田、笛の音でスタートを切る。

○(伊田の回想)四島小学校・運動場
   他の生徒と競い合って走る伊田(7)。
   ぶっちぎりのトップ。

○元の足利大学・練習トラック
   全速力でトップを走る伊田。
伊田(M)「速く」

○(伊田の回想)四島中学校・運動場
   他の生徒と競い合って走る伊田(14)。
ぶっちぎりのトップである。

○元の足利大学・練習トラック
   全速力でトップを走る伊田。
伊田(M)「もっと速く」

○(伊田の回想)足利大付属高校・トラック
   他の生徒と競い合って走る伊田(17)。
ぶっちぎりのトップである。
伊田、ゴール寸前。
伊田(M)「誰よりも」

○元の足利大学・練習トラック
   伊田、トップでゴール。
伊田(M)「速く」
   取材スペースでカメラを構える取材陣が一斉に伊田にシャッターを切る。
伊田(M)「勝つ事が全て」
   取材陣を満足げにチラリと見る伊田。
伊田(M)「勝つ為なら手段は選ばない」
   ニヤリと笑う伊田。
   取材スペースから伊田を見つめる鮫島。
   伊田、ベンチに座るユニフォーム姿の時本栄治(22)と谷口慶介(22)に、
伊田「邪魔」
谷口「は?」
伊田「邪魔だからどけって言ってんだよ」
   伊田を睨みながら立ち上がる時本。
   谷口、渋々立って時本と共に歩き出す。
   谷口と時本を見ながら鼻で笑ってベンチに腰掛ける伊田。
   少し離れた所からしかめ面で伊田を見ているユニフォーム姿の川畑春樹(22)。
   鮫島、不快そうに伊田を見つめている。
   ×   ×   ×
   報道陣に囲まれて、取材を受ける伊田。
記者「次回パラリンピック優勝間違いなしの呼び声高いですが、ご自身としてはいかがですか?」
伊田「どうでもいいですね。俺、オリンピックしか目指してないんで」
報道陣から驚嘆のどよめき。
伊田「義足でオリンピック出場を果たしたオスカー・ピストリウス選手って前例もあるし、金メダルを獲る自信もありますよ」
自信たっぷりの伊田へのせわしないフラッシュ。
   鮫島、不快そうな顔でスマホを見る。
   画面には、伊田の義足を製作しているテクニカル・スポーツ桑原信之の紹介記事と桑原の顔写真が映っている。

○同・男子更衣室(夕)
   谷口、時本が着替えている。
   谷口、伊田の口調をマネして、
谷口「オリンピックしか目指してないんで」
   ゲラゲラ笑う二人。
谷口「何がオリンピックだ」
時本「おとなしくパラリンピック出とけよ。義足のくせに偉そうに」
谷口「義足で俺たちの練習に参加できてるだけで感謝しろってんだよな」
   ゲラゲラ笑う2人。

○同・前(夕)
   更衣室内の谷口と時本の会話を盗み聞きしている川畑、俯いて立ち去る。

○足利警察署・前(夕)

○同・中(夕)
   向かい合う鮫島と西口琢磨(32)。
西口「まだ捜査中の段階ですので、公表されていること以外は何もお話できません」
鮫島「犯人なんて、いないんじゃないですか?」
西口「は?」
鮫島「伊田選手が故意に事件を起こしていたとしたら?」
西口「そんなバカな…あり得ません」
鮫島「なぜ?」
西口「ほとんど自殺行為ですよ、そんなの」
鮫島「足だけ負傷するように計算して…」
西口「何のために?」
   呆れたように溜息をつく西口。
西口「大体、鉄骨が落ちる仕組みを作れたとしても、あの高さから落とせばどこに落ちてくるかなんて予測不可能でしょう?」
鮫島「それは…」
西口「もし失敗したら死ぬんですよ?そんなリスクを背負ってまで、伊田さんがあんな事件を起こすメリットがありますか?」
   鮫島、眉間にシワを寄せる。

○登り坂・道(夕)
   全速力で走っている伊田。

○高塚ビル・屋上(夕)
   険しい顔で地上を見下ろす鮫島。

○登り坂・道(夕)
   全速力で走っている伊田。

○『テクニカル・スポーツ』本社・外観(夕)
   精錬されたオシャレな佇まい。

○同・中(夕)
   向かい合う鮫島と桑原信之(29)。
桑原「男子陸上100Mの世界記録、9秒58。
義足ランナーの男子陸上100M世界記録、10秒57。この差はわずか1秒」
   桑原、身を乗り出して、
桑原「この1秒の差を縮め、越える為に義足で選手をサポートするのが我々の使命です」
鮫島「障害者が健常者を超える、そんな日が来るってことですか」
桑原「もうそこまで来てますよ。競技によっては既に超えた事例も出ている」
   じっと桑原を見つめる鮫島。
桑原「走り幅跳びで世界記録を叩き出した義足のマルクス・レーム選手が良い例です」
鮫島「興味深いですね~。伊田選手の速さの秘密もやっぱり義足にあるんですか?」
桑原「伊田選手自身の実力ですよ。義足は走りをサポートしているに過ぎません」

○登り坂・道(夕)
   全速力で走っている伊田。

○『テクニカル・スポーツ』本社・中(夕)
   向かい合っている鮫島と桑原。
鮫島「義足が伊田選手の本来の実力以上の力を引き出してる、なんてことは?」
桑原「それはどういう意味です?」

○登り坂・道(夕)
   全速力で走っている伊田。

○『テクニカル・スポーツ』本社・中(夕)
   鮫島と桑原、向かい合っている。
鮫島「おたくの義足付ければ、誰でもオリンピック行けるのかな~なんて」
桑原「そんなわけ…」
鮫島「ですよね~もしそうだとしたら、義足になる為に足切っちゃう人なんかが出てくるかもしれませんしね~」
   険しい顔の桑原。

○登り坂・道(夕)
   全速力で走っている伊田。

○『テクニカル・スポーツ』本社・中(夕)
   向かい合っている鮫島と桑原。
桑原「そんな非現実的な…リスクが高過ぎる」
鮫島「もしもの話ですよ」
   不敵に笑う鮫島とどこか物憂げな桑原。

○足利大学・トレーニングルーム(夜)
   ウエイトトレーニングに励む伊田。

○同・男子更衣室(夜)
   着替えている伊田。
   伊田、義足を見ながら不敵に笑う。

○同・校門前(夜)
   校門から出てくる伊田。
   伊田、待ち構えていた鮫島を見て、
伊田「練習時間外の取材は受けられないんで」
   鮫島を振り切ろうとする伊田。
   鮫島、伊田の義足を見ながら、
鮫島「義足って、どんな感じなんですか?」
伊田「(鮫島を睨みつけ)あ?」
鮫島「(わざとらしく眉をひそめて)失礼」
   舌打ちしてから背を向け歩き出す伊田を見て、不敵に笑う鮫島。
○緑マンション・外観(夜)

○同5F・夏海の部屋(夜)
   座ってテレビを観ている伊田と夏海。
   夏海、険しい顔の伊田をチラリと見て、
夏海「また川畑さんと喧嘩した?」
伊田「は?」
夏海「なんか機嫌悪い」
伊田「別に」

○道路(夜)
   煙草を吸いながら、電話している鮫島。
鮫島「鼻につく野郎ですね~あいつ」
坂上の声「スポーツマンシップ皆無で傲慢な奴って、関係者の間じゃ有名だから」
鮫島「何が悲劇のスプリンターだ」
坂上の声「俺らマスコミの伝統芸能だよ」
鮫島「でも、あいつならやるんじゃないかって気がしてきましたよ~。義足になる為に偽装事件を起こす、なんて狂ったこと」
坂上の声「もし事実なら、前代未聞のスキャンダルだ」
鮫島「このスキャンダル、必ずモノにしてやりますよ。ジャーナリズム精神に則ってね」
   鮫島、緑マンションと書かれた看板と建物を見上げてニヤリと笑う。

○伊田の夢
   ゆらゆらと宙で揺れる2本の脚。
孝明の声「勝つことは正義だ!」

○緑マンション5F・夏海の部屋(朝)
   ベッドから飛び起きる半裸の伊田。
   隣で半裸の上妻夏海(19)が心配そうに伊田の顔を覗きこむ。
夏海「大丈夫?うなされてたよ。またお父さ
んの夢?」
   伊田の顔は険しい。

○足利大学・練習トラック
   伊田、全力疾走している。

○緑マンション5F・夏海の部屋・玄関・中
   鮫島と向かい合う夏海、名刺を見て、
夏海「記者?」

○同・同
   向かい合って座る鮫島と夏海。
鮫島「なんで速く走ることにあそこまで執着するんですかね~彼は」
夏海「たまに…可哀想になる時があるんです」
鮫島「可哀想?」
夏海「彼が速く走りたいのは、お父さんの呪縛から逃れられないからじゃないかって…」
鮫島「お父さん?」
  哀しそうな夏海と眉をひそめる鮫島。

○足利大学・練習トラック
   睨み合っている伊田と時本。
時本「は?」
伊田「だから、俺が今からそこで走るからど
いてくれる?」
時本「なんで俺が…」
伊田「(ニヤリと笑って)速い奴優先で使わせてくれんじゃねぇの?こういうのって」
   時本、伊田を睨みつけ、胸倉を掴む。
時本「てめぇ調子乗ってんじゃねぇぞ!」
   周囲でざわつく陸上部員たち。
時本「義足のクセして偉そうに!」
伊田「はぁ?」
時本「お前本気でオリンピック出る気なの?」
伊田「だったら何?」
時本「無理だよ」
伊田「なんだと?」
時本「お前みたいな障害者には無理だって言ってんだよ!」
伊田「(フッと笑って)じゃ、その障害者の俺に負けてるお前って何なの?」
時本「この野郎…」
伊田「ギャーギャー喚くなよ負け犬のクセに」
時本「なんだと!」
   伊田に殴りかかろうとする時本を抑え込む周囲の陸上部員たち。
   伊田と時本に駆け寄る川畑。
川畑「お前ら何やってんだよ!」
   時本、部員に羽交い絞めにされながら、
時本「(伊田に向かって)どんだけ速くても
お前は障害者なんだよ!」
伊田「障害者だろうが健常者だろうが、そんなことはどうでもいい。俺は誰よりも速いんだから」
   ニヤリと笑う伊田。
伊田「遅い奴より、速い俺に練習場所を提供するのは当然だろ?」
時本「てめぇ…」
   また伊田に殴りかかろうとする時本。
   川畑、伊田の胸倉を掴んで、
川畑「速けりゃ何でも許されると思うなよ!」
伊田「許されんだよ。勝つか、負けるか、俺たちはそういう世界で生きてんだから」
   至近距離で睨み合う二人。
伊田「勝つことが全て。そのために必要なのは速さだけだ」
川畑「違う」
伊田「は?」
川畑「周りのサポートだよ。それありきのタイムであって、お前なんだ。だからこそ周りがサポートしたくなる人間になる必要があるんじゃないか?」
   川畑に近づき、耳元で囁く伊田。
伊田「お前が人間性磨いてる間に、俺はもっと速くなる」
   ほくそ笑む伊田と怒りの形相の川畑。

○長井スタジアム内トラック
   伊田、前方を睨むように走っている。
   電光掲示板に『日本陸上競技選手権大会』と表示されている。
   伊田、トップでゴールする。
   巨大タイマーが「10秒09」を表示する。どよめく観客。ニヤリと笑う伊田。

○伊田家・リビング(夜)
   棚には伊田俊介と伊田孝明の名が印字されたトロフィーが大量に並ぶ。
   テレビでニュースを観る伊田芳江(44)。
   画面には『伊田、日本選手権優勝&標準記録突破で東京オリンピック出場へ王手!』というテロップ表示。
   支度を済ませ、ドアに手を掛ける伊田。
芳江「日本選手権の事、お父さんに報告した?」
   伊田、立ち止まって、
伊田「(嘲笑して)なんで俺が親父なんかに」
   出ていく伊田。
   哀しそうに仏壇に目をやる芳江。
   仏壇には孝明の遺影。

○緑マンション5F・夏海の部屋(夜)
テーブルには豪勢な料理が並ぶ。
夏海「優勝おめでとう!」
   夏海、伊田に向けクラッカーを鳴らす。
   ×   ×   ×
   テーブル上の飲食物はほぼ無い。
夏海「今さらだけど…標準記録って何?」
伊田「オリンピックに出るために越えなきゃいけない記録」
夏海「それ超えたの!?すっごーい!」

○『週刊ワイドスパ』本社・編集部(夕)
   編集長席に座る坂上の前に立つ鮫島。
鮫島「ずっと考えてたんですよ。伊田が事件を偽装したんだとしたら、そこまで伊田が勝つことに執着する理由は一体何なのか」
坂上「その理由が父親の呪縛ってわけか」
鮫島「伊田の親父、調べてみたら面白いことがわかったんです。親父も元スプリンターで、オリンピック出場経験がありました」
坂上「親子2代でスプリンターか…」
鮫島「しかも自殺してるんですよね~親父」
坂上「自殺?理由は?」
鮫島「詳しくはわかりませんけど、絶頂期に怪我して再起不能になってるんで、恐らく選手生命を断たれたことに絶望して…みたいなことじゃないっすかね~」
坂上「義足になる為に事件を偽装してまで勝利にこだわる伊田の背景には自殺した父の影あり。最高にいい記事になりそうだな」
   不敵に笑う鮫島と坂上。

○『週刊ワイドスパ』本社・編集部
   備え付けテレビに流れるニュース。
   画面には『伊田選手、オリンピック出場なるか!?』というテロップ。
   出演している男性コメンテーター、男性司会者に向かって、
コメンテーター「どこまでが伊田選手自身の力なのかって話なんですよ」
司会者「と言いますと?」
コメンテーター「テクニカル・ドーピングなんじゃないかと」
司会者「ドーピング!?」
コメンテーター「いわゆるドーピングは薬物を使って運動能力を高めますよね?伊田選手の場合は薬物の代わりに最新義足を使って運動能力を高めていると捉えることもできるわけで…」
   じっとテレビを観ている鮫島。

○ネットカフェ『バース』・個室
   PCを操作している男性客の後ろ姿。
   PC画面には、『3ちゃんねる』サイトの『伊田俊介のテクニカル・ドーピングを語るスレ』というスレッド。

○足利大学・練習トラック
   不機嫌そうにウォーミングアップしている伊田。
   遠目で伊田を見て、ヒソヒソと話している他の学生たちを睨みつける伊田。

○JR新宿駅前
   大量に列を成してねり歩く人々。
   先頭が『伊田俊介のオリンピック出場を反対するデモ』と書かれた大きな横断幕を持って突き進んでいる。
   『テクニカル・ドーピングを許すな!』『スポーツの公平性を守れ!』『伊田のオリンピック出場反対!』などのボードを各々が掲げている。
デモ行進の人々「私たちの東京オリンピックを守れ!」
  叫びながら進んでいく人々。

○足利大学・練習トラック
   練習に励む陸上部員。伊田の姿は無い。
   練習する川畑の顔は物憂げ。

○同・トレーニングルーム(夕)
   窓から中の様子を見ている川畑。
伊田の姿は無い。川畑、俯き立ち去る。

○緑マンション5F・夏海の部屋(夜)
   テレビを見ている伊田と夏海。
   テレビにワイドショーが流れている。
コメンテーター「伊田選手がオリンピックに出場するのは、スポーツの公平性を著しく
侵す行為だと、私は思いますね」
   伊田、テレビを睨みつけながら、
伊田「義足付けりゃ誰だって速くなるとでも思ってのかよ、このハゲが!」
  伊田、テレビにリモコンを投げつける。
夏海「私はわかってるから…」
伊田「(怒りの形相で)俺が障害者だからか!?だから健常者より速く走るなってか!?」
夏海「落ち着いて…」
伊田「負け犬どもが好き勝手言いやがって!俺は障害者だろうが何だろうが、勝てりゃ
いいんだよ!その為なら何にでもなる!」
   険しい顔の伊田。
   少しの間。
   頬が緩み、せせら笑う伊田。
伊田「そうか。障害者だから持て囃されて、障害者だからおとしめられてんだな、俺は」
   哀しそうな顔で俯く夏海。
伊田「障害者だとしても、負け犬じゃねぇんだよ」
   何かを睨みつけるような顔の伊田。

○伊田家・リビング
   鮫島、目を閉じて、孝明の遺影が飾られている仏壇に手を合わせている。
   大量の孝之のトロフィーが並ぶ棚。
   チラリと鮫島を見ながら、テーブルに紅茶を置く芳江。
   テーブル上には鮫島の名刺。
   鮫島、目を開ける。
鮫島「さぞ、伊田選手への陸上指導にも熱心だったんでしょうね?」
   鮫島、立ち上がり、テーブルに向かう。
芳江「ええ…病的でした」
   芳江の向かいに腰掛ける鮫島。
鮫島「病的?」
芳江「勝つ事は正義」
鮫島「え?」
芳江「夫の口癖ですよ」
   鮫島、じっと芳江を見つめている。
芳江「勝つ事にとりつかれてたんです。夫は」

○(芳江の回想)高田競技場・練習トラック
   孝明(31)、走る伊田(7)に向かって、
孝明「もっと足上げろ!」

○(芳江の回想)道
   ランニングする孝明(31)と伊田(7)。伊田の息は荒い。
孝明「何へばってんだ!これくらいで!」
○(芳江の回想)伊田家・リビング
   孝明(31)、正座する伊田(7)を見下ろして、
孝明「勝つことだけが正義だ!」

○(芳江の回想)伊田家・リビング
   テーブル上には大量のビールの空き缶。
   浴びるようにビールを飲む孝明(34)。
芳江の声「怪我で引退してからは廃人同然で、俊介との関係も悪くなるばっかりでした…」
   孝明、缶ビール片手に怒りの形相で、
孝明「あいつら…絶対ゆるさねぇ…散々持ち上げといて怪我した途端掌返しやがって…」
   ビールを一気飲みする孝明。
孝明「見てろよ…必ず見返してやる…必ず…」
   伊田(10)、嫌そうに孝明を見ている。

○元の伊田家・リビング
   向かい合う鮫島と芳江。
鮫島「あの…非常に聞きづらいんですが…」
芳江「夫の自殺理由でしょう?」
   コクリと頷く鮫島。
芳江「正直わからないんですよ。完全に立ち直ったと思えるくらい、自殺前の夫はイキ
イキしてましたから」
鮫島「イキイキ?何か理由が?」
芳江「義足です」
鮫島「(驚いた顔で)義足!?」
芳江「オスカー・ピストリウスって義足ランナーがロンドンオリンピックに正式出場したんです。それがきっかけで、義足は健常者の足を超えるとか、義足こそが世界最速の近道だとか言って、熱心に調べて実際に作ったりもしてました」
鮫島「作ってた?」
芳江「俊介がお世話になってるテクニカル・スポーツさんには夫もお世話になってて…」
鮫島「その時から繋がりが…でも…そんな人がなんで自殺なんて…」
芳江「だからわからないんですよ、私には」
鮫島「さすがに伊田選手もショックだったんじゃないですか?お父さんの自殺」
芳江「どうでしょうね…俊介はあの人のことをずっと負け犬呼ばわりしてましたし…」

○(芳江の回想)伊田家・リビング(夜)
   首を吊っている伊田孝明(42)を無表情で見上げる伊田俊介(17)。
   孝明の足がユラユラと揺れている。
芳江の声「俊介が見つけたんです。あの人を」

○(回想終わり)足利大学・練習トラック
   練習に励む陸上部員。伊田の姿は無い。
   練習する川畑の顔は物憂げ。

○同・トレーニングルーム(夕)
   窓から中の様子を見ている川畑。
   伊田の姿は無い。川畑、俯き立ち去る。

○同・男子更衣室(夕)
   着替えている時本と谷口。
谷口「いや~練習捗るな~あいついないと」
時本「あいつがいかに邪魔だったかって話だ」
   ゲラゲラ笑う二人。
   入ろうとして、谷口と時本の声に反応して立ち止まり、とっさに隠れる川畑。
谷口「もうさすがに練習来ないよな、あいつ」
時本「このまま大学辞めてくれねぇかな」
谷口「そうなりゃ最高」
時本「義足は義足同士で練習しとけってな」
   ゲラゲラ笑う二人。
   川畑、ズカズカと入ってきて、時本の胸倉を掴み、至近距離で睨みつける。
谷口「(驚いた顔で)川畑?」
時本「(川畑を睨みつけて)何?」
川畑「人間的にはなってないけどな、伊田は陸上に対して誰よりも純粋だ!義足かどうかなんて、関係ないんだよ!」
   至近距離で睨み合う川畑と時本。
川畑「あいつが義足使いこなす為に、どんだけ練習してるか、お前だって気付いてないわけじゃないんだろ?」
   バツが悪そうに視線を落とす谷口。
時本「(川畑を睨み)知らねぇよ、そんな事」
川畑「てめぇ…」
   間に入り、二人を引き離す谷口。
谷口「ちょっと…落ちつけって」
   引き離された二人、睨み合う。
   川畑、谷口を睨みつけながら、
川畑「あいつは俺が必ず連れ戻す!」
   立ち去る川畑の背中を睨みつける時本。

○道(夜)
   歩きながら電話している鮫島。
鮫島「少しお伺いしたいことがありまして」

○『テクニカル・スポーツ』本社・中(夜)
   桑原、壁際に置かれた義足を見ながら、
桑原「実は、私もお話したいことが」

○(日替わり)同・中
   向かい合って座る鮫島と桑原。
桑原「障害者は健常者に勝てない」
鮫島「え?」
桑原「そう思いますか?」
鮫島「いえ…そんなことは…」
桑原「私も思いません。私たちだけじゃない。
他の人たちだって、きっとそう答える」
   鮫島、桑原を真っ直ぐ見つめる。
桑原「でも、実際はそうじゃない。健常者と同じ土俵で戦って障害者が勝とうとすれば、もっともらしい理由を付けて、必ず引きずりおろされる」
   哀しみと怒りが入り混じった顔の桑原。
桑原「障害者は健常者に勝てないと思い知らせるために」
鮫島「それは…伊田の話…ですか?」
桑原「一個人の話じゃありません。この世界の真実ですよ。あまりに身勝手な真実です」
   様子を伺うように桑原を見る鮫島。
鮫島「なんでそんな話を俺に?」
桑原「彼の翼をもぎ取らないでほしいんです」
鮫島「翼?」
桑原「実は私も同じことを考えていました」
   訝しげに桑原を見る鮫島。
桑原「彼は義足になる為に故意に事件を起こしたんじゃないかと…」
   鮫島、じっと桑原を見つめている。
桑原「彼ならやりかねない。でももしそうだとしても私は…」
   桑原、鮫島を見て、
桑原「イカロスに翼を授けたのは誰か知って
いますか?」
鮫島「え?えっと~…」
桑原「イカロスの父親です」

○登り坂・道
   全力で駆け上がる伊田。
桑原の声「彼の父親伊田孝明さんはこの身勝手な世界に翻弄されてしまった人なんです」

○『テクニカル・スポーツ』本社・中
   鮫島、桑原をじっと見つめている。
桑原「彼は後年、義足製作に没頭し、かなり成果も上げていました」
鮫島「成果?」

○足利大学・トレーニングルーム
   ウエイトトレーニングに励む川畑。
桑原の声「製作した義足を片脚の選手に装着させ、事細かくデータを取っていたんです。
彼の作った義足はとても有能でした。ただ大きな欠点があった」
鮫島の声「欠点…」

○『テクニカル・スポーツ』本社・中
   深刻そうな顔の桑原を見ている鮫島。
桑原「耐久性が著しく低かった。とても試合で使用できる代物ではありませんでした」
鮫島「でも彼はそれを使って…」

○登り坂・道
   全力で駆け上がる伊田。
桑原の声「ええ。そして遂に、恐れていたことが起こった。練習中に義足が壊れて選手は転倒し、再起不能の怪我を負ったんです」

○『テクニカル・スポーツ』本社・中
   桑原、壁際に置かれた義足を指差し、
桑原「その時の義足を改良したものがあれです。まだまだ耐久性は低いですがね」
鮫島「(驚いた顔で)あれが…もしかして…ゆくゆくは伊田選手があの義足を?」
桑原「ええ。彼もあの義足には興味を持ってる。今後も改良を重ねて将来的には彼に…」
   桑原、俯いて、おもむろに、
桑原「実は…私なんですよ」
鮫島「え?」
桑原「あの義足で、再起不能になった選手」
   桑原、ズボンの裾を上げ義足を見せる。
   驚愕の表情で義足を見る鮫島。

○道
   ランニングしている川畑。
桑原の声「彼は…伊田孝明さんは多分、勝つ事に異常なほど執着していた自分に気付いて恐ろしくなってしまったんです」

○登り坂・道
   全力で駆け上がる伊田。
桑原の声「事故の翌日、彼は自ら命を断った」
鮫島の声「恨まなかったんですか?彼を」
桑原の声「いえ、私も同じだったので」
鮫島の声「同じ?」
桑原の声「勝つ事に執着していました。だからこそ、危険性が高いことを知りながら、彼の義足で走っていた。私は、食い殺されたんですよ、自らのカルマに」
鮫島の声「カルマ…人間の業…ですか」
桑原の声「伊田俊介を私たちの二の舞にはさせない。必ず太陽に到達させる。だから、彼の翼をもぎ取らないでほしいんです。彼の翼は、太陽に辿り着けなかった私たちの翼でもある」
   走り終え地面に寝転がる荒い息の伊田。
   川畑、伊田を見下ろすように立つ。
川畑「よお」
伊田「(睨むように川畑を見て)何?」
川畑「いや…」
   伊田、立ち上がり、川畑に背を向けて歩き出す。川畑、伊田の背中に向けて、
川畑「伊田の練習メニュー、やってみたけど、やっぱきついな」
伊田「(振り返って)は?」
川畑「俺、本当は知ってた。お前が誰より…」
   伊田、川畑に背を向けて歩き出す。
川畑「お前は速い!義足とかそうじゃないとか…そんなことどうでもいい!お前は速い
んだ!それが全てだろ!?」
   伊田、険しい顔で振り返って、
伊田「ギャーギャーうるせんだよ。当たり前だろそんなこと」
   歩き出す伊田と嬉しそうな顔の川畑。

○週刊『ワイドスパ』本社・編集部(夜)
   編集長席に座る坂上と何かを考えるような険しい顔で立つ鮫島。
鮫島「もしかして、伊田はすげぇ純粋なんですかね?勝ちたいって欲望に対して」
坂上「純粋だと?」
鮫島「その純粋さがこの世界の歪な均衡を破壊しようとしてるとしたら?」
坂上「何言ってるんだ?」
鮫島「世の中の矛盾をエグり取ろうとしてるんじゃないですか?あいつは。だから皆、あいつから目をそむけようとする。あいつのことを否定しようとする」
坂上「伊田に情でも移ったか?」
鮫島「情?これは情なんかじゃないんですよ」
坂上「しっかりしろよ鮫島」
   坂上、鮫島の顔を覗きこんで、
坂上「俺の期待、裏切らないよな?」
   鮫島、険しい顔で俯いている。

○登り坂・道
   全力で駆け上がる伊田。
   伊田、走り終え傍に立つ鮫島に気付く。
伊田「(怪訝そうに)あんた…確か…」
鮫島「お前がやろうとしてるのはテロか?それとも…革命か?」
伊田「はぁ?」
鮫島「わからなくなったんだよ…」
伊田「練習の邪魔なんで帰ってもらえます?」
鮫島「これからどうする気だ?」
伊田「どうもしない。俺は走るだけだ。そして勝つ。それ以上でも以下でもない。その為の手段は選ばない」
   鮫島に背を向け、歩き出す伊田。

○『テクニカル・スポーツ』・中(夜)
    伊田、イスに腰掛けている。
伊田「俺はずっと」
   伊田の正面に三脚で立てたカメラ。
   桑原がカメラの後ろに立ち、カメラ画面越しに伊田を見つめている。

○喫茶店『ルーツ』・店内
   伊田が映るPC画面を見ている男性客。
伊田「障害者が健常者に敵うわけがないと思ってました」

○スクランブル交差点
   スマホを見ながら歩く高校生。
   画面には伊田の姿が映し出されている。
伊田「でも俺は障害者になって、それは間違いだったと気付いた」
男「(チラシを差し出し)お願いしまーす」
   チラシには『伊田俊介選手のオリンピック出場を応援する会』という見出し。
   
○ラーメン屋・中
   備え付けのテレビに映る伊田の姿。
伊田「皆さんはどうですか?まだ、障害者を下に見てませんか?」

○足利駅前
   大型ビジョンに伊田の姿が映っている。
   左上には『伊田選手のオリンピック出場可否、審議会の判断は!?』というテロップ表示。
伊田「テクニカル・ドーピングそのものが、健常者は障害者より上だ、という優生思想に基づいた概念だとは思いませんか?」

○オリンピック審議会・会議室・前
   扉の前に『オリンピック審議会』という掲示パネルが置かれている。

○同・同・中
   巨大な会議テーブルを囲むようにして座っている出席者たち。
   前方の巨大スクリーンに映る伊田の姿。
伊田「俺にチャンスをください」
   じっとスクリーンを見ている出席者達。
伊田「俺は必ず、東京オリンピックで金メダルを獲る」
真剣な表情の伊田。

○東京オリンピック内定者会見会場・中
   カメラのシャッター音とフラッシュ光。
   伊田、川畑たちオリンピック内定者がカメラにガッツポーズを決めている。
   伊田たちの頭上には、『2020年東京オリンピック日本代表選手会見』という吊り看板。
   カメラのフラッシュを浴びる伊田、不敵な笑みを浮かべる。
   取材陣後方の鮫島、伊田を見ている。

○『週刊ワイドスパ』本社・編集部
   編集長席に座る坂上と前に立つ鮫島。
坂上「わかったろ?伊田は目的の為なら手段を選ばずに世間を欺く。そういう奴なんだ」
   眉間にシワを寄せて俯いている鮫島。
坂上「惑わされんな、あんな奴に」
   俯く鮫島をじっと見つめる坂上。
坂上「お前が今やるべきことは何だ?あいつのスキャンダルを暴くことじゃないのか?」
  少しの間。
   鮫島、拳を強く握り、顔を上げる。
鮫島「伊田が事件を偽装したって証拠、必ず掴みますよ。ジャーナリズム精神に則って」
   口角を上げる鮫島と不敵に笑う坂上。

○足利大学・トレーニングルーム(夜)
   ウエイトトレーニングに励む伊田。

○足利大学・校門前(夜)
歩く伊田の前に立ちはだかる鮫島。
   伊田、鮫島を見てうんざりしたように、
伊田「またあんたか」
   伊田、鮫島を避けるように歩き始める。
   鮫島、伊田の隣を歩きながら、
鮫島「少しお話を」
伊田「話すことはない」
鮫島「あの鉄骨落下事件、伊田選手の偽装なんじゃないですか?」
   一瞬顔をしかめるが、平静を装う伊田。
伊田「何のことだか」
鮫島「あの事件はお前が故意に起こしたんだ。足を切断して、義足になる為に」
伊田「バカバカしい」

○交差点(夜)
   赤信号で、立ち止まる伊田と鮫島。
   二人は信号待ち集団先頭に立っている。
鮫島「素直に認めたらどうなんだ?」
伊田「しつけぇな」
鮫島「勝つ事にとりつかれてるんだよお前は。だからあんな一か八かの賭けに…」
伊田「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!俺は…」
   伊田、背中を誰かに押され、体が勢いよく車道に押し出される。
   以下、スローモーション。
   伊田、車にぶつかりそうになるが、ギリギリで鮫島が引き戻し、勢い余って二人一緒に歩道に倒れる。
   スローモーション終了。
   すぐ立ち上がり、周囲を見渡す鮫島。
   全力で走り去る黒パーカーの男の後ろ姿を確認し、後を追いかける鮫島。

○路地(夜)
   鮫島、黒パーカーの男を追いかけるが、どんどん差をつけられていく。
   伊田、鮫島を追い抜いて男を追う。
   
○路地裏(夜)
   黒パーカーの男を追いかけている伊田。
   男の前に鮫島が立ちはだかる。
   挟みうちにされて、立ち止まる男。
鮫島「お前…どっかで…」
   振り返る黒パーカー男、伊田と目が合う。時本だ。慌てて顔を伏せる時本。
伊田「(驚いた顔で)時本?何でお前が?」
時本「(険しい顔で)なんで?」
   時本、フッと笑って伊田に振り返る。
時本「お前が悪いんだよ」
伊田「はぁ?」
時本「義足のくせして、偉そうに。もっと障害者らしく塩らしくしときゃ良いものを…」
伊田「何言ってんだお前」
時本「お前が速いのだって義足のおかげなんだろ。細工してあんだろ?じゃなきゃ義足であんなに速く走れるわけ…」
   伊田、時本に近づき躊躇なく殴り倒す。
   伊田、時本を嫌そうに見て、
伊田「負け犬の負け惜しみは反吐が出んだよ」

○警察署・前の道(夜)
   澄ました顔で歩く伊田と俯き歩く鮫島。
鮫島「勝つ為に事件を偽装してまで自分の脚切り落とすなんて…異常だよ…お前は。時本と同じくらい、いやそれ以上に異常だ」
伊田「バカじゃねぇの?都合良く鉄骨が足に落ちてくるわけねぇし、最悪死ぬんだぞ?」
鮫島「お前にとっては勝つ事が生きること、負ける事が死ぬって事だ。命なんか惜しくないんだろ?どうせ」
伊田「何だそれ。なんか証拠でもあんの?」
鮫島「証拠なんて必要ない。お前が一番よくわかってるはずだ」
伊田「(鮫島を睨みつけて)は?」
鮫島「このスキャンダルは俺が必ず暴く。どんな手を使ってでも。ねつ造だっていい!」
   鮫島を睨みつけている伊田。
鮫島「俺は真実なんてものに執着しない。俺が欲しいのは、世間が注目するようなスキャンダルだけだ!お前は終わりだよ。このスキャンダルが明るみに出ればな!」
   睨み合う二人。
   少しの間。
   伊田、諦めたようにおもむろに封筒を取り出して、鮫島に差し出す。
伊田「これ、親父の遺書」
   驚く鮫島。
伊田「取り引きだ。オリンピックまでは俺の不利益になる記事を一切書かないと誓え。そうすりゃこれ、やるよ」
   怪訝そうに伊田を見る鮫島。
伊田「あんた、本当は世間を喜ばせるスキャンダルなんかじゃなくて、この世界全部ぶっこわすような真実が知りたいんだろ?」
   鮫島、険しい顔で遺書を見つめている。
伊田「もっと自分の欲望に素直になれよ」
   不敵に笑う伊田。

○花丸アパート・外観(夜)
   雨が降っている。

○同・鮫島の部屋(夜)
   悲痛な顔で遺書を読んでいる鮫島。
   ×   ×   ×
   遺書を読みながら、頭を抱える鮫島。
   ×   ×   ×
   遺書を片手に頭を掻きまわす鮫島。
   ×   ×   ×
   遺書を片手に叫ぶボサボサ頭の鮫島。
   鮫島の声は聞こえない。
   窓に激しく雨が打ちつけている。

○『週刊ワイドスパ』・編集部(夕)
   編集長席に座る坂上の前に立つ鮫島。
坂上「伊田のスキャンダルを書かない!?」
鮫島「俺、わかったんですよ」
坂上「何が?」
鮫島「俺はスキャンダルじゃなくて、真実が書きたい」
坂上「はぁ?」
鮫島「あいつの走りで世の中がどうひっくり返るか、この目で見届けなきゃいけない。
それで書かなきゃいけないんだ。この世界の真実を。それがどんなに醜くても」
   鮫島、真剣な顔で、
鮫島「ジャーナリズム精神に則って、ね」

○新国立競技場・外観

○同・前
   所々で取材陣が競技場を撮影している。
   男性アナがカメラに向かって、
男性アナ「まもなくここ新国立競技場で、男子100メートル走が始まろうとしています」

○花丸アパート・鮫島の部屋
   窓を開け煙草を吸う鮫島の片手に遺書。
   スマホに桑原から着信。
鮫島「鮫島です。はい…(目を見開き)え?」

○道
   全力で走っている鮫島。
桑原の声「今どこかに閉じ込められてて…出られないんです。昨日の夜、会社で誰かに後ろから殴られてから記憶が無くて」

○交差点
   手を上げてタクシーを止める鮫島。
桑原の声「胸騒ぎがするんです…うちの会社の様子を見に行ってもらえませんか?」

○新国立競技場・男子トイレ
   洗面台の鏡に映る不敵に笑う伊田。

○『テクニカル・スポーツ』本社・中
   走ってきて、立ち止まる鮫島。
   壁際に置かれていた義足が無い。
   鮫島、苦虫を噛み潰したような顔。

○新国立競技場・男子更衣室
   伊田、会社に置かれていた義足を装着。
   義足を見ながら、不敵に笑う。

○タクシー車内
   鮫島、運転席前のモニターを指差し、
鮫島「オリンピック中継映してくれ!」

○新国立競技場・トラック
   入場してくる伊田と川畑、他選手たち。

○田村マンションの一室
   男の子、オリンピック100メートル走の中継が流れるテレビを指差して、
男の子「ママー、伊田選手ー」

○タクシー車内
   中継がモニターに流れている。
   画面にストレッチしている伊田が映る。
   画面の伊田の義足を睨みつける鮫島。

○新国立競技場・トラック
   ストレッチしている伊田、不敵に笑う。

○交差点
   ビルに備え付けられた大型ビジョンに100メートル走中継が流れている。
   信号待ち中の女、ビジョンを見ながら、
女「あ、伊田選手!」
男「(興味無さそうに)ああ、今日なんだ」

○道路
   鮫島の乗るタクシー、渋滞で動かない。

○タクシー車内
   鮫島、遺書を手にイラついた様子で、
鮫島「いつになったら動くんだよ!」
運転手「もうそこだし、走った方が早いねぇ」
   鮫島、乱暴に1万円を置いて出ていく。

○新国立競技場・トラック
   ウォーミングアップしている伊田。

○道
   険しい顔で走る鮫島の手には遺書。

○新国立競技場・トラック
   スタート位置に付く選手の伊田たち。
実況アナの声「さぁもうまもなく、注目の戦いの幕が切って落とされようとしています」
孝明の声「俊介へ」

○道
   遺書を手に必死に走っている鮫島。
孝明の声「すまない。俺は身勝手だ。今まで散々お前に速さと勝利を求め、自ら死を選ぼうとしている今、お前に許しを求めてる」

○新国立競技場・トラック
   スタートの姿勢になる選手の伊田たち。
孝明の声「お前は許してくれるだろうか。最後にまだひとつ、俺はお前に謝らなければならないことがある」

○道
   必死に走っている鮫島の手には遺書。

○新国立競技場・トラック
   スターターがピストルを頭上に上げる。
孝明の声「俺はずっと」
   伊田、スタートの姿勢で睨むように前方を見つめている。
孝明の声「お前の為に義足を作っていた」
   ピストル音と走り出す伊田たち選手。
   盛り上がる歓声。
   伊田、トップで走っている。
孝明の声「俺を見放した奴らを見返す為の道具として、お前を利用しようとしていた」

○新国立競技場・前
   必死に走っている鮫島の手には遺書。
孝明の声「来るべき時が来れば、お前の健康な足を切り落とし」

○(スローモーション)同・トラック
   走っている伊田、目を見開く。
   歓声が聞こえなくなり、無音の世界。
   伊田、義足から体勢を崩している。
孝明の声「義足でお前をオリンピックに出場させて、奴らと同じ土俵で戦わせること」

○同・観客席
    勢いよく入口ゲート扉を開く鮫島。
孝明の声「そして勝利させることで、俺をあっさり見放した奴らへの憎しみを昇華させ」

○(スローモーション)同・トラック
   伊田、驚いた顔でゆっくりと義足を見ると、義足はひしゃげている。
孝明の声「ちっぽけな自尊心を満たそうとしていた」

○伊田のイメージ
   空中で上半身裸の伊田、背中についた
   羽が燃え、ゆっくりと地上に向かって落ちていく。絶望の表情の伊田。
孝明の声「俺はずっと抗いたかったんだ。この身勝手な世界に」

○元の新国立競技場・トラック
   ゆっくりと驚愕と絶望が入り混じった表情が顔に広がっていく伊田。
孝明の声「だが俺は気付いてしまった」

○伊田のイメージ
   背中の羽が燃えている上半身裸の伊田、ゆっくりと落ちていく。
孝明の声「お前にとっては俺こそが、身勝手な世界そのものだと」
   地面に叩きつけられそうになる。
孝明の声「俺はあいつらと、同じだった」

○元の新国立競技場・トラック
   伊田、体が地面に叩きつけられる。
   悲鳴のような歓声と共に、伊田の耳にたくさんの音が入ってくる。
実況アナの声「転倒です!伊田選手、転倒しました!」
   倒れている伊田に駆け寄り、抱きかかえようとするスタッフたち。
伊田「(大声で)触んな!」
   動きを止めるスタッフたち。
   シンと静まりかえる場内。
   伊田、匍匐前進のように義足を引きずって這いつくばりながら進み始める。
伊田(M)「俺は親父みたいな負け犬には絶対ならねぇ…絶対に…」
   
○同・観客席
   唖然とする観客たち。
   茫然と立ち尽くし、伊田を見る鮫島。

○同・トラック
   伊田、這いつくばってゴールへと進む。
伊田(M)「なんで俺がこんな目に合わなき
 ゃいけねぇんだ…」

○田村マンション・一室
   男の子と母親が食い入るようにテレビに映る伊田を観ている。

○交差点
   青信号になる。
   信号を渡らず、ビジョンに映る伊田を食い入るように見つめる通行人たち。

○新国立競技場・トラック
   伊田、這いつくばってゴールへと進む。
伊田(M)「俺はずっと、勝利だけを望んでいた。それ以外のものはいらなかった。それなのになぜだ?なぜこうなった?」

○同・観客席
   伊田を茫然と見つめる観客たち。
   男性客、立ち上がって、
男性客「頑張れ!もうちょっとだ!」
   男性客に続いて、次々と立ち上がり、声援を送り始める観客たち。

○同・トラック
   伊田、這いつくばって前方を睨みつけながら少しずつ進む。ゴールは近い。
伊田(M)「俺が誰よりも速く走れるのは当然だ。誰よりも練習してんだから。義足なんて道具に過ぎない。勝つ為の道具。負け犬の親父に唯一感謝することがあるとすれば、この義足って道具の存在を俺に教えたこと。俺はこれでもっと速くなれるはずだった。もっともっと…もっと…速く…」
   観客席から巻き起こる伊田コール。
観客たち「伊田!伊田!伊田!伊田!…」

○田村マンション・一室
   男の子と母親が、食い入るようにテレビを観ている。
男の子・母親「伊田!伊田!伊田!伊田!…」

○交差点
   大型ビジョンを食い入るように観ているたくさんの通行人たち。
通行人たち「伊田!伊田!伊田!伊田!…」

○同・トラック
   伊田、ゴール目前。
   伊田、這いつくばって前を睨み進む。
伊田(M)「俺はお前らを喜ばせる為に走ってたんじゃない。今こうやって這いつくば
ってるんじゃない。お前らは一度でもなりふり構わず何かを求めたことがあるか?俺はずっと求め続けてきた。速さを。勝利を。俺が間違ってたのか?」
   客席で伊田コールが巻き起こっている。
   前方を睨みつけながら進む伊田。
伊田(M)「そうか…俺はお前らの道具にされたんだな。お前らを喜ばせる為の道具に。俺は間違ってなんかない。間違ってるのはお前らの方だ。いつもいつも、いつだって、間違ってるのは、お前らの方じゃねぇか…」

○同・観客席
   巻き起こる周囲の伊田コールの中で立ったまま茫然と伊田を見つめる鮫島。

○同・トラック
   伊田、ゴールする。
   盛り上がる観客席。
   力を振り絞り仰向けになる伊田。
   伊田への拍手喝采がきこえてくる。
伊田「そうだよな…」

○同・観客席
   盛り上がっている観客たち。

○田村マンション・一室
   テレビ前で盛り上がる男の子と母親。

○交差点
   ビジョン前で盛り上がる通行人たち。

○同・トラック
   仰向けに倒れている伊田の頬が緩む。
伊田「お前ら、これが見たかったんだもんな」
   大空で輝く太陽を見つめる伊田。
伊田「ふふふ…ふはははははははは」
   伊田の高笑いをかき消すかのように、場内は拍手喝采の嵐に包まれている。

○同・観客席
   盛り上がる客席で、立ち尽くす鮫島。
   高笑いする伊田を茫然と見つめている。

○『週刊ワイドスパ』本社・編集部
   デスクで原稿を読んでいる坂上。
   原稿タイトルは『秒速のイカロス』。
   原稿を読み上げる坂上。
坂上「伊田俊介は、義足という翼で世界最速と言う名の太陽に近付き過ぎた哀れなイカロスと言えるのではないだろうか」
   坂上、呆れた顔で鮫島の顔を見上げ、
坂上「あのさ、今の伊田は世間に勇気や感動を与える存在なわけ。今こんな記事、誰も求めてねぇんだよ」
   坂上、乱暴に原稿をデスクに投げ出す。
   哀しそうな顔で俯いている鮫島。

○同・屋上
   空は快晴。
   ベンチに座り、煙草を吸う鮫島。
   足下の小さなドラム缶の中で、『秒速のイカロス』の原稿が燃えている。
   鮫島、孝明の遺書を缶の中に落とす。
   燃える遺書と原稿を眺める鮫島。
鮫島「変わってないんだな、何も」
   燃える炎と頭上でギラギラ輝く太陽。

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