盲目の写真家・キョウカ「ホタルと少年」 ファンタジー

シャッターを切った瞬間だけ、その光景を「見る」ことができる盲目の少女・キョウカ。その不思議なカメラを使って「ホタルを見せて欲しい」と、少年から頼まれる……。【連続物第1話想定】
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第一稿

人物
キョウカ(10)(64) 盲目の写真家

カメラ キョウカのカメラ、心を持つ

タクム(10) キョウカの友人
シゲオ(63) タクムの祖父・学者

キョウカ ...続きを読む
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人物
キョウカ(10)(64) 盲目の写真家

カメラ キョウカのカメラ、心を持つ

タクム(10) キョウカの友人
シゲオ(63) タクムの祖父・学者

キョウカの父
キョウカの母
インタビュアー
メイド
学生達

----

○(回想)キョウカの自宅・居間
   カレンダーのある日に「キョウカの誕
   生日」と○がつけてある。
   キョウカの両親が話し合っている。
キョウカの父「本物のカメラをあげようと思
 うんだ。あの子は文才もあるし絵も上手い。
 きっと芸術的なセンスに恵まれているんだ。
 だから、今度は写真の世界に触れさせたい
 んだ」
キョウカの母「でもまだ10才よ。本格的なカ
 メラはまだ早いんじゃない?」
キョウカの父「でも子供だましでだませるほ
 ど子供ではないだろう?」
キョウカの母「それはそうね…」

○(回想)同・ダイニング(夜)
   キョウカの誕生日パーティー。
   キョウカ(10)、父からカメラをもらっ
   て大はしゃぎする。
カメラの声「僕は彼女のカメラだ。ただのカ
 メラではない。心を持っている、だけでも
 ない。あの頃、彼女が僕を肌身離さず持ち
 歩く姿を、一番奇妙に、そして胸を締め付
 けられる気持ちになって見つめていたのは、
 きっと彼女の両親だろう。僕を買ったお父
 さんの、反対はしていたけどまんざらでも
 なかったお母さんの、キョウカの未来を思
 う気持ちが、紙を広げてためらいもなく上
 から真っ二つに切り裂くように切れ切れに
 なってしまうのは、僕がキョウカの元にや
 ってきた次の日の話だ」

○(回想)小学校・体育館
   体育の授業で勢いよく跳び箱を跳ぶキ
   ョウカ。
   しかし、バランスを崩して顔面からマ
   ットも敷かれていない床に落ちてしま
   う。
   キョウカの視界は真っ暗闇になる。

○(回想)盲学校・高台
   キョウカとタクム(10)、街を見下ろす
   高台に、仲良く並んで座っている。
   傍らにはそれぞれの白杖が置いてある。
キョウカ「意識が戻ったことがわかったのに、
 どうしてか目の前が真っ暗で。最初は真夜
 中に目を覚ましてしまったと思ったの。で
 も違ったの」
   キョウカ、カメラを優しく撫でている。
キョウカ「ねえタクム。お願いがあるの」
   キョウカ、カメラをタクムに差し出す。
キョウカ「これで何でも良いから写真を撮っ
 て。あなたは少し、見えるのでしょう?」
タクム「そんなことして……壊すかもしれな
 いだろ。嫌だよ」
キョウカ「だけど、このカメラ1枚も写真を
 撮ってないのよ。かわいそうじゃない」

○(回想)病院・キョウカの病室
カメラの声「目が見えなくなって、キョウカ
 はずっと心が安定しなかった」
   キョウカ、ベッドの上で泣き塞いでい
   る。
カメラの声「病院の先生が、じきに安定を取
 り戻しますと説明しても、彼女の両親は納
 得できなかった。悪魔が娘から一生笑顔を
 奪い取ってしまったと信じているようだっ
 た。だけどその日はやってきた。彼女はあ
 る朝……」
   キョウカの母、キョウカに近づく。
   キョウカ、顔を上げて母に何かを告げ
   る。
カメラの声「カメラを持ってきて、と彼女は
 言った」

○(回想)盲学校・高台
タクム「どうしてそんなことお願いしたんだ
 い?」
キョウカ「だってもう泣いていたくなかった
 のよ」
   キョウカ、微笑み、カメラを愛しそう
   に撫で回す。
キョウカ「本当にこのカメラが嬉しかったか
 ら。少し大きいカメラだけど、こうして撫
 でているだけで幸せな気持ちになれるの
タクム「そんな大事なものを壊したくないか
 らやっぱりやだよ」
   キョウカはふくれっ面を見せる。
キョウカ「わかったわ。じゃあ、どっちにき
 れいな景色が広がっているか、それだけ教
 えて。シャッターはわたしが自分で切るわ」
タクム「(ため息混じりに)わかったよ」
   タクム、目をよくこらして撮るべき景
   色を吟味する。それからキョウカの肩
   をそっと抱いて、そちらの方角に体ご
   と向けてあげる。
タクム「この辺でいいと思う」
キョウカ「本当?」
タクム「ああ。たぶん真ん中にお前の家が入
 るはず」
キョウカ「じゃあ写真が撮れたら、あなた、
 確かめてね」
タクム「なんとかやってみるよ」
   キョウカ、息を吸う。
   タクム、それでタイミングを取る。
キョウカとタクム「(声を揃えて)せーの!」
   パシャっとシャッターが切られる。
カメラの声「僕が発した生まれて初めてのシ
 ャッター音だ。人間だったら産声を上げた
 瞬間ということになるだろうか」
タクム「どれどれ」
   タクム、カメラを液晶画面を覗き込む。
キョウカ「ちょっと! なにこれ!」
タクム「なにこれじゃないよ! 耳元で怒鳴
 りやがって! カメラ落としたらどうする
 つもりだよ!」
キョウカ「見える! 見えるの!」
タクム「何が!」
キョウカ「写真!」
タクム「はあ?」
キョウカ「見える! 私の家、ちゃんと真ん
 中に入ってるじゃない!」
タクム「頭おかしくなったのか?」
キョウカ「おかしくなんかない! わたしの
 家の屋根は緑、その隣は茶色、隣の隣はク
 リーム色!」
タクム「そんなのただの記憶だろ?」
   キョウカ、むっとして、体を半分ほど
   右にずらしてもう一度シャッターを切
   る。
キョウカ「まず大きな煙突、その横にはスー
 パー……」
タクム「だからそれだって覚えていれば……」
キョウカ「信号は赤だったわ」
タクム「え……」
   タクム、液晶画面に顔を近づける。目
   一杯近づけば信号機の色を確認できる。
タクム「うそだろ」
   タクム、信号機の一番右端がくっきり
   赤くなっていることがわかり、顔色が
   どんどん変わっていく。
タクム「じゃあ、お前、本当に、写真が見え
るのかよ!」
キョウカ「信じた? ねえ、信じられる? 
 この子で撮った写真、わたし見ることがで
 きるのよ!」
   それから2人は楽しそうに近くにある
   色々な物を撮っていく。
カメラの声「2人はそばにある色んな物を撮
 った。雑草……、そこに止まっていたバッ
 タ……、あちこちに落ちている石ころ……。
 ……しばらくするとタクムが言った」
タクム「なあ、俺の顔、撮ってみろよ」
   キョウカ、急に真顔になる。
キョウカ「嫌だ」
タクム「どうして?」
キョウカ「どうしても」
タクム「どうして?」
キョウカ「わからないの?」
タクム「はあ?」
   キョウカ、そばに置いてあった白杖を
   手に取って、高台から校舎に戻ろうす
   る。
タクム「おい、キョウカ!」
   キョウカ、何も答えない。
タクム「どうしたんだよ!」
   キョウカ、その場を去る。後には追い
   かけることもできず、ただ立ち尽くす
   タクムだけが取り残される。
   (回想終わり)

○キョウカの邸宅・応接間
   キョウカ(64)、インタビュアーから取
   材を受けている。キョウカの横にはメ
   イドが立っている。
キョウカ「この沈黙…。あなたも、『どうし
 て?』という顔をしているのでしょうね」
   インタビュアー、頭をぽりぽりとかく。
インタビュアー「ばれてしまいましたか」
キョウカ「男の人は、本当に心の機微がわか
 らないのだから」
   キョウカ、静かに微笑む。
インタビュアー「質問、よろしいですか?」
キョウカ「どうしてあの時、タクム君の顔を
 撮らなかったのか、という質問以外なら」
   インタビュアー、部屋に飾られている
   賞状(「写真コンクール大賞」)や雑誌
   記事(「奇跡の盲目写真家!」)に目を
   やる。
インタビュアー「その……、あなたはずっと
 取材やご自身の書籍の中で、写真だけは見
 ることができると仰っていたわけですが、
 それはその……、まるであなたの話しぶり
 だと、それは比喩ではなく、本当に、見え
 ていたという風に聞こえるのですが……」
   キョウカ、もう慣れっこだと言わんば
   かりに、余裕しゃくしゃくと答える。
キョウカ「わたしは詩人ではありません。写
 真にはいくらかのレトリックを用いますが、
 言葉に誇張や比喩はありませんよ。私が見
 えている、と言えば、それは見えているん
 です」
インタビュアー「そうですか…」
   と呟いたっきり、インタビュアーは黙
   っている。キョウカの方も尋ねられる
   までは余計なことは話さない、という
   風に先程からずっと身動きせずにいる。
インタビュアー、カメラに視線を移す。
インタビュアー「となると…、このカメラが、
 特別なのですね?」
   キョウカ、眉がぴくんと動く。
キョウカ「あら…、その子に興味を示す人は
 …、そうね、そんなに多くはおりませんで
 したわ。よろしい。この子がどれだけ特別
 なカメラか、お話して差し上げますわ」

○(回想)盲学校・高台
   キョウカとタクム、高台で並んで座っ
   ている。
タクム「なあ、やっぱり写真撮ってるのか?
キョウカ「撮ってるわよ」
タクム「そうか。安心しろ。誰にも言ってな
 いから。それよりも、今日はお願いがある
 んだよ」
キョウカ「なに? あなたの顔を撮るって話
 なら……」
タクム「いや、それはいいよ。あれは悪かっ
 たな。なんで怒ったのか、いまだにわかん
 ないけど、もういいよ。嫌がること無理や
 りやらせようとして悪かったよ」
キョウカ「もう許してるわよ。何、頼みごと
 って?」
タクム「そのカメラで撮った写真、俺にも見
 えるようにできないかな?」
キョウカ「……どういうこと?」
タクム「ホタルを、撮りたいんだ」
キョウカ「ホタル?」
タクム「そうホタル。今日の夜、家の庭にホ
 タルが来るって、じいちゃんが言ってるん
 だ」
キョウカ「へえ…。あなたのおじいさんって
 …」
タクム「うん、学者だよ。大学の先生だ」
   X X X
   タクムの家の庭で、シゲオ(63)が葉に
   止まった虫を、虫眼鏡で観察している。
カメラの声「後で知ったことだけど、タクム
 の家は両親がいない。一般の人には馴染み
 のない、珍しい虫を研究しているという祖
 父に育てられているそうだ」
   X X X
   タクム、より熱を帯びてキョウカに、
   にじり寄る。
タクム「見てみたいんだ。じいちゃんが言う
 には、もう5年もそのホタルがやって来る
 のを待ってたって」
キョウカ「でもね、わたしにこの子の写真が
 見える理屈だってわかってないのよ。あな
 たに見えるようになるか、なんてこと、な
 んにも保証できない」
タクム「それでもいい。ダメだったとしても
 文句言わない。試すだけでいいから!」
   キョウカ、しばらく考える。
キョウカ「いいわ。お父さんとお母さんもつ
 いてくると思うよ。当然のことね。それで
 も良ければ、なんとか今晩あなたの家に行
 くこと、お願いしてみる」
カメラの声「ありがとう、とタクムは小躍り
 するかのようだったが、僕は今でもこう思
 ってる。仮にタクムに写真を見せることが
 できなくても、私がその素敵なホタルを見
 ることができればそれでいいわ。キョウカ
 ならそれくらいのこと考えていてもおかし
 くはない。

○(回想)タクムの家・庭(夕方)
   ホタルを観測するための機材がセット
   されている。
   学生達が忙しそうに作業をしている。
   キョウカ、キョウカの両親が感心した
   ようにその様子を見ている。
   シゲオ、タクムと共にキョウカ達の横
   に立ち、学生達の作業を見守っている。
カメラの声「タクムの家はとても立派だった。
 庭、といってもそこにはまるごと大きな池
 があり、周囲には僕とは比べ物にならない
 ほどハイテクなカメラや大きな温度計のよ
 うな機械がたくさん置いてあった」
キョウカの父「すごい、これはすごいですね
 !
キョウカの母「あのお邪魔ではありませんで
 したか?」
シゲオ「(かっかっかと笑い)かまいませんよ。
 賑やかな方が好きなのでね」
キョウカ「あのね、おじいさま」
シゲオ「おじいさま! おい聞いたか、タク
 ム! おじいさまだぞ俺は! お前もおじ
 いさまと呼んでみぃ!」
タクム「うるせえよ、じじいって呼ばないだ
 けありがたく思えよ!
シゲオ「(かっかっかと笑い)それで何かな、
 キョウカちゃん」
キョウカ「こんなに大勢の人がいてしまって、
 大丈夫なのですか? ホタルが逃げてしま
 いませんか?」
   うんうんうん、と頷くシゲオ。
シゲオ「大丈夫、心配せんでいい。これくら
 いはどうってことない」
キョウカ「そういうものなんですか?
シゲオ「ああ。少なくとも彼らは我々を敵と
 は思っとらんはずだ」
カメラの声「ホタルの習性はよくわからない
 けど、大学の偉い先生が言うのだから間違
 いないのだろう」
   (回想終わり)

○キョウカの邸宅・応接間
   キョウカ、うっとりとしている。
   インタビュアー、黙ってメモを取りな
   がら聞いている。
キョウカ「あの時のホタルは本当に美しかっ
 た。言葉では言い表せないわ…。写真家で
 良かったと思います。あの美しさを写真以
 外で表現することなど、わたしには到底で
 きません」
カメラの声「ホタルについて語ってばかりで
 僕のことを一向に話さないキョウカに、イ
 ンタビュアーは焦るわけでもなく軌道修正
 するわけでもなく、ただじっと聞く姿勢を
 崩さなかった」
キョウカ「でもね、結局あの時、ホタルを間
 近に見られることができたのは、……まあ、
 見るというのは皮肉が過ぎる表現かもしれ
 ないけれど、……視力のない私とタクムだ
 けだったのよ」
   インタビュアー、無言で頷いて手の仕
   草で話の先を促す。
キョウカ「現れるはずの時間になっても、ホ
 タルは現れなかったの」

○(回想)タクムの家・居間(夜)
   シゲオ、腕組みをして庭を見ている。
   キョウカ、その横に立ち、同じように
   庭を見ている。
   2人以外の全員は椅子などどこかに腰
   を下ろしている。
キョウカの母「やっぱり私達がお邪魔だった
 かしら…」
シゲオ「そんなことはありません。それは断
 じて関係ありませんよ。……縁だからの。
 こればっかりはなんともならん」
キョウカ「縁? 縁って普通、人と人との出
 会いのことを言うのだと思いました」
シゲオ「いんや。人と人だけじゃないよ。こ
 の世の全ては縁だよ。縁があるから結びつ
 く。結びつくことができたものは良いも悪
 いも大事にしなきゃな」
キョウカ「わたしの目が見えなくなったのも、
 縁?」
   すっと凍りつく場。
   シゲオ、意に介さずに話を続ける。
シゲオ「そうだ。そういう運命と縁があった。
 俺には目が見えないことの辛さはわからな
 い。だが見えない者には、見えない者なり
 の生き方がある。俺がホタルを研究してい
 るのは……」
   と言いかけた時、タクムが大きな声で
   遮る。
タクム「その話はいいって!」
   にっと悪そうに笑って、続けるシゲオ。
シゲオ「タクムがの、ホタルなら僕の目でも
 きれいに見えるに違いない、と言ったから
 だ。たしかにタクムの視力ではどんなに珍
 しく美しい蝶の羽模様であっても、それを
 見ることはできないだろう。だが、ホタル
 のように自ら光る美しい虫ならばあるいは
 と思ってな。この子は他の者では捉えられ
 ない角度で、ホタルの美しさと命を理解で
 きる素養を授かった、…と言えなくもない。
 全ては本人次第だがね」
   タクム、顔は真っ赤っ赤にして照れる。
   キョウカ、カメラをそっと前に突き出
   す。
キョウカ「このカメラ、特別な子なんですよ」
タクム「おいおいおい」
キョウカ「目が見えない私がカメラを持って
 いるってバカにする子もいるけど、この子、
 特別なんです。見えない私に、いろんなこ
 とを見せてくれる特別なカメラなの。私の
 ように目が見えない子のところにやってき
 た特別なカメラ。これも縁、かもしれませ
 んね」
   キョウカ、立ち上がり、タクムをそば
   に呼ぶ。そしてカメラを指差す。
キョウカ「この子は特別。この子ならホタル
 を呼んできてくれるかもしれない」
   キョウカ、窓を開ける。白杖で周囲を
   確認しながら、半身を乗り出す。
キョウカ「いこう、タクム」

○(回想)タクムの家・庭(夜)
   キョウカとタクム、白杖で足場の安全
   を確かめながら、ゆっくりと池のほと
   りへ近づく。
   ホタルは居ない。
   しかしそれでもキョウカ、じっと意識
   を集中している。
キョウカ「ねえ、タクム、わかる?」
   タクム、キョウカと同じように意識を
   集中した後、頷く。
タクム「わかるよ…」
   開いた窓から大人たちと学生、じっと
   キョウカ達をを見守っている。
キョウカの父「あの子達は何を感じているの
   でしょう?
シゲオ「見えない者なりに、だよ」
   キョウカ、タクムにカメラを渡す。
キョウカ「写真、撮ってみなよ」
   タクム、カメラを受け取って、開いて
   いた目をあえて閉じる。
タクム「こっちかな?」
キョウカ「たぶん、そう」
   タクム、しっかりとカメラを虚空に構
   えてシャッターボタンを押す。
   ピカッと辺りに眩しい光が飛び散る。
   カメラのフラッシュに反応して、あた
   り一面にホタルが現れる。
シゲオ「なんてことだ」
キョウカの母「きれい…」
キョウカ「何かが起きたのね?」
タクム「ああ。お前も、『見て』みろよ」
   タクム、パシャパシャとシャッターを
   切りまくる。
キョウカ「ああ、素敵……。……タクム、写
 真は見えている?」
タクム「いや……見えない」
カメラの声「僕にも不思議とわかった。やは
 り僕の写真が見えるのはキョウカだけなの
 だ。それでもタクムは幸せそうな顔をして、
 夢中で写真を撮り続けた。その度キョウカ
 の目には次々と写真が現れては消えていく。
 スライドショーにしては忙しすぎる写真の
 移り変わりだったろうけど、キョウカは何
 一つ文句は言わなかった。『困った子』と
 ただほころんでいた」
   (回想終わり)

○キョウカの邸宅・応接間
   キョウカ、話し終えて、カメラを撫で
る。
キョウカ「ね、この子は特別なのです。色々
 な意味で」
   インタビュアー、紅茶を一口啜る。
インタビュアー「わかったような…」
   インタビュアー、ティーカップを置く。
インタビュアー「わからなかったような」
   インタビュアー、頭をぽりぽりとかく。
インタビュアー「しかしあなたにとって、あ
 なたのキャリア、人生において、このカメ
 ラが必要不可欠な存在だった。きっとこの
 ホタルの一件だけでなく、数多く語り草に
 なっている様々なエピソードのあちらこち
 らで、このカメラが関わっていたのですね」
キョウカ「それが伝われば十分です」
   キョウカ、紅茶を一口啜る。
キョウカ「(紅茶が冷めていることに気づき)
 これはいけませんね。おかわりをお持ちし
 ますわ」
インタビュアー「ああ。おかまいなく」
   キョウカ、手元にあった鈴を鳴らす。
   メイドの一人が顔を出す。
キョウカ「紅茶のおかわりと、あとホタルの
 写真を持ってきてちょうだい」
メイド「かしこまりました」
キョウカ「タクムはこの後、街を引っ越して
 いきました。おじいさまの次の研究が始ま
 ったのです。彼らはそうやって何年かごと
 に街から街を渡り歩く生活だったようです。
 別れ際に彼は言いました。あの時のホタル、
 とてもきれいだったと」
インタビュアー「珍しいホタルも居たものな
 のですねぇ。カメラのフラッシュに反応す
 るホタルなんて聞いたことがありません」
キョウカ「それはホタルではなかったかもし
 れない。その後、おじいさまが発表された
 論文には書かれていました」
インタビュアー「なるほど」
   メイド、紅茶とアルバムを持ってくる。
メイド「奥様、お持ちしました」
キョウカ「ありがとう。写真を彼に見せてあ
 げて」
メイド「かしこまりました」
   メイド、アルバムに収められた何枚か
   の写真をインタビュアーの前に広げて
   やる。
   インタビュアー、苦笑いを隠せない。
インタビュアー「キョウカさん、これは…、
 ホタルを撮っていたというより…」
キョウカ「そうです。彼は、私を撮ってくれ
 ていたのです」
カメラの声「キョウカがその写真を見たのは
 あの時1回だけだ。僕が見せる写真は、そ
 の時1回限りなのだ。ふっと浮かんで、1
 分もしない内に消えてしまうらしい。本人
 がそう言ってたのを覚えている。だけどそ
 の一瞬の光景は、ずっと彼女の心に残った」
   インタビュアー、写真を見る。
   池のほとりに立っている10歳のキョウ
   カ。周囲には黄緑色のホタルが美しく
   舞っている。
カメラの声「ホタルたちはまるで彼女の瞳か
 ら逃げていく光のようにも見える。もしく
 は、それでも温かい光に満ちた人生は続く、
 続けていくことができると祝福しているよ
 うにも見える。なんにしても全ての写真の
 中心は、彼女、だった。タクムが何を『き
 れいだった』と言っていたかは、もはや僕
 が説明するまでもないことだ」
   インタビュアー、別の写真を見る。
   タクムが街を去る時に撮った集合写真
   だ。
カメラの声「これは普通のカメラで撮った写
 真だ。別れ際の寂しさを、新しい出発の門
 出を祝う明るさで洗い流そうとする5人の
 写真。しかし僕だけは知っている。そのア
 ルバムに1枚だけ、僕を使って撮った写真
 を、キョウカが忍ばせたことを」
   1枚の写真。
   それは、短い髪とほっそりした首筋が
   印象的な少年の後ろ姿の写真だった。
カメラの声「少年の眼差しは太陽を見上げて
 いるようだ。……彼の顔は、そのアングル
 と、太陽の眩しさも相まって、決して見え
 ることはない」

(終)

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コメント

  • 作者です。

    インデント処理と開業が適正にできておらず、申し訳ございません。

    できるだけ早く、シナリオ形式の書式となるよう修正いたします。
    nbsw40 06/04
  • 修正完了しました。
    nbsw40 06/04
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