サンタクロースの箱 ドラマ

クリスマスに本物のサンタクロースである父を失った初音の前に、中華料理屋の岡持ちを運ぶ謎の青年が現れる。 そして父と同じサンタを自称するこの男との出会いが、長年閉じこめていた初音の想いに大きな変化をもたらしていく...。人知れずサンタクロースが実在する世界に生きる人たちが贈る、心温まるヒューマンドラマです。 (※添付のシナリオはNHK名古屋 脚本コンクールに最終候補ノミネートされた作品を改稿したものです)
唐下 浩 67 2 0 10/22
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第一稿

ラジオドラマ 脚本
「サンタクロースの箱」
                       作 唐下 浩

【あらすじ】

 初音がまだ5歳の時だった。
父親がクリスマ ...続きを読む
「サンタクロースの箱」(PDFファイル:536.77 KB)
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ラジオドラマ 脚本
「サンタクロースの箱」
                       作 唐下 浩

【あらすじ】

 初音がまだ5歳の時だった。
父親がクリスマスプレゼントの配達中に、車にはねられ、サンタの格好で発見された。
 初音と母親しか知らないことだが、初音の父親は本物のサンタクロースだった。親がいない、または親から愛情をもらえない子供たちに、ソリに乗ってクリスマスプレゼントを届けるのがサンタクロースの、そして初音の父親の仕事だった。ところが初音の父親は、皮肉にもクリスマスに命を落としたのだ。
 月日が流れ、25歳になった初音は、都内にあるショッピングモールの北欧雑貨店で働いていた。
 クリスマスシーズンをむかえたある日、初音の前に綿谷という青年が現れた。初音のことを前から知っているようだが、初音は彼が誰だか分からない。それでも綿谷は初音に付きまとい初音が困惑する言動を繰り返す。しかも綿谷は、初音の父親と同じサンタクロースを自称するのだ。そんな綿谷に、初音は言い知れない不安を募らせていった。
 そんななか初音は、一回り歳の離れた交際相手の男性からプロポーズをされる。男性に父親の面影を感じていた初音だったが、プロポーズを受けるかどうか決めかねていた。
 しかし男性には離婚寸前だとはいえ、妻子がいることが発覚する。謎めいた綿谷の存在と、交際相手の不倫にショックを受けた初音は仕事を休み、家に引きこもるようになる。
 クリスマス当日の午前0時、サンタクロースの格好をした綿谷が、突然、初音の家にやってきた。綿谷がサンタクロースだというのは本当だったのだ。しかも20年前に、初音の父親が命にかえて、自動車事故から幼い綿谷を救ったことが明らかになる。
 サンタクロースになった綿谷は、初音の父親から託されたクリスマスプレゼントを、20年の時をかけて、初音の元に届けにやってきたのだった。


【登場人物】

 葵初音(25)北欧雑貨店の店員
 子供の初音(5)
 綿谷和也(25)中華料理屋の店員
 星野(35)初音の恋人
 母(50)初音の母
 父(享年35)初音の父
 久美(40)初音の上司
 裕太(5)少年

 店員
 老人
 親戚A、B
 客A、B、C


【本文】

初音M「あれは、今から20年前。私がサンタクロースの姿を最後
 に見たクリスマス・イヴだった」

   走る車の中。
   カーラジオから流れるクリスマスソング。

子供の初音「ねぇ、お母さん。この白い箱の中には何が入っている
 の?」
母「クリスマスケーキよ」
子供の初音「クリスマスケーキはショートケーキ? それともチョ
 コレートケーキ?」
母「それは後で、箱を開けてからのお楽しみ」
子供の初音「ちぇ。じゃあ、こっちの青いリボンで包まれた小さな
 箱は、なあに?」
母「お母さんから初音への、クリスマスプレゼント」
子供の初音「私へのクリスマスプレゼント? なになに?」
母「それは明日、箱を開けてからのお楽しみ」
子供の初音「そればっかり! つまんない」
母「あれ、お父さんかな?」
子供の初音「え? お母さん、早く窓あけて」

   車の窓が開き、風がふく。

初音M「サンタクロースは実在する。子供の頃にクリスマスプレゼ
 ントを枕元にこっそりと置いてくれたパパやママとは違う、サン
 タクロースとして生きる人たちが、世界各国には存在している。
 そのことを、お父さんから聞いたのは、いつだったのだろう」

子供の初音「ねぇ! お父さん、どこ!?」
母「ほら、あの東京タワーの上。あっ今、夕日の前を横切った」
子供の初音「あっ、お父さんだ!」

初音M「私のお父さんは本物のサンタクロースだった。何かしらの
 事情で親からクリスマスプレゼントをもらえない子供達に、喜び
 や希望が詰まった箱を、トナカイが引くそりに乗って届けるのが、
 サンタクロースであるお父さんの仕事だった」

子供の初音「お父さーん! 私も、クリスマスプレゼント楽しみに
 待ってるからねー!」
母「あら。初音は、お父さんに、ううん。サンタさんにプレゼント
 何をお願いしたの?」
子供の初音「ナイショー」

初音M「そりを引くトナカイのシルエットが風を蹴って夕焼けを駆
 け抜けていく。次の瞬間、そりに乗ったお父さんの姿が、オレン
 ジ色に染まった雲の隙間に吸いこまれた」

母「うー寒い。もう窓閉めるわよ」

   車の窓が閉まり、無音になる。

初音M「この年のクリスマスは、イヴから日付が変わった瞬間、
 突然の雷雨とともに、禍々しい雨雲が東京の空を覆った」

   激しい雷雨。
   自宅の電話が鳴る。

母「はい、葵です。えっ」
子供の初音「(寝起き)お母さん?」
母「初音。お父さんが、お父さんが」

初音M「お父さんが、死んだ」

   お経の声。
   木魚を叩く音。

親戚A「どうやらクリスマスの真夜中に、車にはねられたみたいよ」
親戚B「ひき逃げよね。犯人まだ捕まってないらしいわ」
親戚A「旦那さん、サンタの格好してたって話でしょ。クリスマス
 は天気も荒れてたし、なんだか気味が悪い死に方よね」

親戚B(オフ)「本当よね。家庭がうまくいってなかったのかしら」
親戚A(オフ)「旦那さん、どんな仕事をしていたかご存知?」
親戚B(オフ)「いえ、聞いたことないわ」
親戚A(オフ)「なんでもオモチャ屋さんで働いていたらしいわ」
親戚B(オフ)「オモチャ屋さん? それでサンタクロースになり
 きって、夜中に徘徊していたって言うの?」
親戚A(オフ)「もしそうだとしたら、よっぽど頭が」
親戚B(オフ)「やめましょうよ。こんなところでそんな話。誰が、
 聞いているか分からないわ」

初音M「お父さんが本物のサンタクロースだと知っていたのは、私
 とお母さんだけだった。そしてサンタクロースの姿が見えるのも、
 私とお母さんだけのはず。それなのにお父さんがサンタの格好で
 発見されたのは、死んだことでサンタクロースとしての力を失っ
 てしまったからだ」

親戚B「初音ちゃんもまだ幼いのに、可哀想」
親戚A「それが初音ちゃん、全く泣かないのよ」
親戚B「えっ」
親戚A「きっとまだ父親が亡くなったことに実感ないのね。これか
 ら先、初音ちゃんは何度も悲しい思いをするはずだわ」
子供の初音「悲しくない」
親戚A「初音ちゃん」
親戚B「無理しないで初音ちゃん。初音ちゃんはまだ子供なんだか
 ら、寂しい時や辛い時は、泣いたって良いのよ」
子供の初音「悲しくない。寂しくない。辛くない」

   ドアが開く音。

親戚A(オフ)「ちょっと初音ちゃん! 靴も履かないで、裸足の
 まま、どこ行くの!?」
親戚B(オフ)「わたし、奥さん呼んでくるわ!」

   外は雨が降っている(遠くで猫の鳴き声)。

初音M「お母さんは、お父さんが死んでから大粒の涙を流し続けた
 が、私は泣かないと固く心に誓っていた。父親とサンタクロース
 を同時に失って、奇跡も魔法も存在しないこの現実を、私とお母
 さんは二人で歩き続けなければならなかった」

   ガムテープで箱を梱包する。

初音M「だから私は、悲しさや寂しさといった、生きていくうえで
 不必要な弱くて脆い感情を、心の奥底にある箱の中に閉じ込めた
 のだ」

   ガムテープで、ぐるぐる巻く。

初音M「そうして20年が過ぎ、私は25歳になっていた」

   デパートのざわめき。

客A「わー。プレゼントの箱に赤と緑のリボンをつけてくれたんで
 すね」
初音「もうすぐクリスマスですから」
客A「可愛いラッピング、どうもありがとう」
初音「ありがとうございました」
久美「初音ちゃん、お疲れ」
初音「あっ、店長」
久美「店長じゃなくて、久美ちゃんでしょう。こっちは雇われで、
 いやいやなんだから」
初音「じゃあ久美さん、お疲れさまです」
久美「ううん、こっちは疲れてないわよ。奥でサボってたんだから」
初音「働いてください」
久美「サボるのも仕事のうちよ。どう、売れ行きの方は?」
初音「上々ですよ。北欧雑貨はクリスマス気分を盛り上げるみたい
 です」
久美「(嬉しそうに)うん。またこの季節がやってきたのね」
初音「(寂しそうに)はい」
久美「今年もまた1階のエスカレーターの横に、巨大クリスマス
 ツリーが設置されたし」
初音「はい」
久美「9階のレストラン街なんてさ、中華も和食も店員がサンタの
 格好をしてるから、訳わかんないことになっているよ」
初音「そうですね」
久美「そうですよ。そうなると、だね。私たちの店舗は北欧雑貨を
 取り扱っているわけだから」
初音「嫌です」
久美「サンタのコスプレ」
初音「無理です」
久美「うそ、しないの? 北欧といえば、サンタクロースの故郷よ」
初音「でもここは東京都練馬区です」
久美「雇われ店長による、業務命令って言ったら」
初音「今までお世話になりました」
久美「そんなに?」
初音「はい」
久美「あーあ。サンタさん、かわいそう。同じ格好は恥ずかしくて、
 できないとさ。言いつけてやろう」
初音「いえ、そうじゃなくて」
久美「ん?」

初音M「サンタクロースは、20年前に死にました」

久美「初音ちゃん……初音ちゃん、大丈夫!? どうしたんだい、
 急にボーっとなんてしちゃって」
初音「(呟き)悲しくない。寂しくない。辛くない」
久美「ん? 何か言った?」
初音「あ、いえ。すみません」
久美「もう、働きすぎなんだよ。ほら、休憩とっちゃいなさい」
初音「はい、ありがとうございます」
久美「今日も星野さんとランチ?」
初音「ええ、まぁ」
久美「ったく、どこが良いのかね。あんな冴えない中年男」

初音M「星野さんと出会ったのは、去年のクリスマス・イヴだった。
 1階に設置されたクリスマスツリーを静かに見上げる星野さんか
 ら、ドーナツ特有の甘い香りがしたのをよく覚えている。ドーナ
 ツは、お父さんの大好物だった」

   中華料理屋のざわめき。
   チャーハンを炒める音など。

初音M「星野さんとは、9階のレストラン街にある中華料理店で
 待ち合わせしていた」

店員「(片言)麻婆豆腐セット、チャーハン餃子セット、お待ち」
星野「うわ、びっくりした。中華料理屋の店員もサンタの格好なん
 だね」
初音「レストラン街はどこもサンタだらけよ」
星野「見て。あっちの席の家族連れと、あそこのカップル。サンタ
 の店員と写真撮影しているよ。客ウケは良いみたいだ」
初音「星野さんが働くドーナツ屋さんは、サンタの格好しないの?」
星野「うん、どうかな」
初音「星野さんのサンタ姿、見たいな」
星野「え?」
初音「ごめん、なんでもない。忘れて」
星野「うん」

初音M「星野さんは私より10歳年上だった。小太りな体格に、少
 年のような丸い瞳とフサフサな髭を蓄えた横顔が、お父さんにそ
 っくりだった」

綿谷「はーい。小籠包、お待たせでーす」
星野「え? 初音が頼んだの?」
初音「ううん」
綿谷「サービスに決まってんじゃん」
星野「あ、それなら遠慮なく」
綿谷「アンタにじゃねー」
星野「え?」
綿谷「葵初音、だよね?」
初音「はい」
綿谷「二人は付き合っているの?」
星野「そうですけど」
綿谷「ふーん、さっさと別れた方が良いね」
星野「は?」
初音「あなたは?」
綿谷「綿谷。綿谷和也。君が箱を開けるのを見届けにきたんだ」

初音M「綿谷と名乗るその男は、そう言い残して店の奥へ去ってい
 った。サンタの格好ではなく、中華料理店らしい真っ白で縦長の
 帽子をかぶったコック姿の彼は、細身で身長が高く、私と同い歳
 ぐらいに見えた」

星野「箱ってなんのこと?」
初音「さあ」
星野「もしかして昔付き合ってた彼氏とか?」
初音「違う」
星野「あっ、箱といえば、シュレディンガーの猫って知ってる?」
初音「シュレディンガーの猫?」
星野「うん。箱を開けるまで、中にいる猫が生きているのか死んで
 いるのか分からない。つまり何事も箱を開けてみないと、はじま
 らないっていう考え方」
初音「箱を開けてみないと、はじまらない?」
星野「餃子や小籠包だって、実際に口に入れるまで、本当は中に
 何が入っているか確かじゃないよね」
初音「うん」
星野「まぁ厳密にいうシュレディンガーの猫は、もっと難しい話な
 んだけど。量子力学に関する思考実験の一つで、猫をそれぞれ、
 2つの箱に閉じ込めて、放射線を放出した状態で、猫が生きて
 いるか、それとも死んでいるかを確かめるために(徐々にオフ)」

初音M「その日、私は奇妙な夢をみた」

   ハァハァと、苦しそうな息づかい。

初音M「入り口も出口もない、どこまでも続く暗闇のなかを、私は
 当てもなくさまよい歩いていたが、やがて歩き疲れた私は、膝を
 抱えてその場にうずくまった」

   猫の鳴き声。

初音M「すると、どこからか猫の鳴き声が聞こえてきた。顔をあげ
 ると、暗闇の彼方から二つの光が、じっと私を見下ろしていた」

   猫の激しい鳴き声。
   壁が崩れ落ちる音。

初音M「突然、私を囲んでいた見えない壁が音を立てて崩れはじめ
 た。私は立ち上がりそこから逃げようとしたが、逃げる場所なん
 てどこにもなかった。暗闇が大きな口を開けて、私を飲み込もう
 と迫ってきた」

   悲鳴をあげて飛び起きる。

初音M「夢から覚めると、黒猫を抱きかかえたお母さんが立ってい
 た」

   猫の鳴き声。

母「大丈夫、初音。汗びっしょりよ」
初音「どうしてウチに猫がいるの?」
母「覚えてないの? 初音が昨日、どこかで拾ってきたのよ」
初音「覚えてない。アイタタタッ」
母「あら、二日酔いなんて珍しい。何かあった?」
初音「別に」
母「どうするのよ、この猫。飼うの? それともダンボールに戻し
 てくる?」
初音「飼う」
母「そう。ちゃんと面倒みるのよ」
初音「うん。あっ、もうこんな時間。遅刻する」

   ドタバタと、慌ただしい足音。

母「ちょっと下着が上下そろってないわよ」
初音「良いの。服着たら分かんないんだから」
母「年頃の娘が、お父さんが見たら何て言うか」
初音「お父さんに下着見せるわけないでしょ」
母「しっかり見てるわよ。ほら、そこに」
初音「あー」

   チーンと、仏壇の鐘の音。

初音「(両手を合わせて)お父さん、行ってきます」
母「車に気をつけてね」
初音「うん。お母さん、シュレディンガー、行ってきます」
母「ん? シュレディンガーって何よ」
初音「その黒猫の名前」

   猫の鳴き声。
   デパートのざわめき。

久美「初音ちゃん、新しい商品入荷したから。これ棚に並べといて」
初音「へー、木でできたサンタの人形ですか」
久美「ところがどっこい、ただの人形じゃないわよ。じゃーん」

   パカッと、蓋を開ける音。

初音M「久美さんは得意気な顔で、サンタクロースの頭部を取り外
 した。すると中からまた、サンタが現れた」

久美「どう? びっくりした?」
初音「はぁ。マトリョーシカ人形ですか」
久美「反応薄っ。どんだけあなた、サンタに興味がないわけ」
初音「すみません」
久美「サンタクロースのマトリョーシカ人形。その名もサンタクリ
 ョーシカ」

   パカッと、蓋を開ける音。

初音M「久美さんはそう言ってまた蓋を開け、さらに小さくなった
 サンタクロースの人形を取り出して、私の手のひらに置いた」

久美「問題。さて、このサンタクリョーシカ。蓋を開け続けると、
 最後に現れるのは何でしょう?」
初音「え、サンタじゃないんですか?」
久美「ぶっぶー」
初音「じゃあ、猫?」
久美「猫? 正解はクリスマスツリーだけど、なんで猫?」
初音「なんとなく」
綿谷「どうもー。出前配達でーす」

初音M「振り返ると、北欧雑貨店の雰囲気にそぐわない、中華料理
 屋の店員が立っていた。たしか綿谷と名乗った彼は、昨日と同じ
 コック姿で、ラーメンの出前でよく見る『岡持ち』と呼ばれる
 上下に蓋をスライドさせる頑丈な箱を、床に置いた」

久美「ちょちょちょちょよっちょとちょと、イイ男」
初音「あなた」
久美「はははははつはは、初音ちゃんの知り合い!?」
初音「知り合いってわけじゃ」
久美「紹介しなさい。業務命令です」
綿谷「問題。さて。この岡持ちの中には何が入っているでしょう?」
久美「(ぶりっ子)ラーメンかな〜」
綿谷「ぶっぶー」
久美「(ぶりっ子)あー、餃子だ!」
綿谷「ぶっぶー」
久美「(初音に)彼、ちょっとムカつく男ね」
綿谷「ちなみにチャーハンでも、エビチリでも、もちろん人形でも
 猫でもないから」
久美「あのさ、女をじらす男はモテないよ。さっさと、その岡持ち
 開けなさい。業務命令」
綿谷「(遮って)無理」
久美「なんだと(殺すぞ)」
綿谷「んー。まだ時期じゃないし、それに箱を開けるのは、おれの
役目じゃない」
久美「えーと、初音ちゃん。あなたのお客さんよね。何とかしなさ
 い」
初音「でも私、この人が綿谷っていう名前であること以外、知らな
 いし」
久美「何それ?」
綿谷「君が知らなくても。おれはずっと、葵初音のことを考えてい
 たよ」
久美「お、おぉ」

初音M「この人、昨日から何言ってんの?」

綿谷「葵初音に箱を開けてもらうことが、おれのたった一つの願い
 だからさ」

初音M「頭おかしいんじゃない」

綿谷「あの日おれは誓ったんだ。何年かかっても、必ず奇跡を届け
 るって」

初音M「やめて。私の心を見透かしたような目で、こっちを見ない
 で」

久美「初音ちゃん、大丈夫? 顔が真っ赤。お鼻まで真っ赤っか」
初音「お引き取りください」
綿谷「は?」
初音「それ以上おかしなこと言うなら、警備員呼ぶから」

   客のヒソヒソ声。

綿谷「ははっ。さすがにこの格好は目立つか。よっと、ほいほい」

初音M「岡持ちを手にした彼は、足早にエスカレーターに飛び乗り、
 上の階へと駆けていった」

久美「なんだ、あれ? 初音ちゃんのストーカー。もう、羨ましい」
初音「久美さん」
久美「星野さんだけじゃなくて、綿谷くん、だっけか? あなたも
 罪な女ね」
初音「そんなんじゃありません」
久美「それで、クリスマスはどっちと過ごすの?」
初音「え?」
久美「初音ちゃんは最高に幸せなクリスマスを迎えるのか。なんだ
 よ、ちくしょう。私なんて生まれてすぐから、ずーっと一人だか
 らね。今年のクリスマスも、サンタといっしょに、サイレントナ
 イト、ホーリーライトよ(歌いながら徐々にオフ)」

初音M「幸せなクリスマスって、何ですか?」

   踏切の音。

初音M「私にとってのクリスマスは、20年前に消滅した。12月
 25日はクリスマスではなく、お父さんの命日でしかなかった」

   電車が通り過ぎる音。

綿谷「おかえり」

初音M「勤務を終えて家に帰る途中、黒いロングコートを着た彼が、
 線路の向こう側に立っていた」

綿谷「今日もアイツの家には行かないで、まっすぐ自分の家に帰っ
 てくるとはね。星野とは、本当に付き合っているの?」
初音「そんなこと、あなたには関係ないでしょ!」
綿谷「あんな男やめて、おれにしない?」
初音「こっちに来ないで!」
綿谷「そんな怖がるなよ」
初音「あなたは、一体誰なの?」
綿谷「君のお父さんの友人だよ」
初音「は?」
綿谷「君のお父さんから、葵初音を紹介されたんだ」
初音「いいかげんにして!」

   踏切の音。

初音「私のお父さんは20年前に死んだの。クリスマスに、お父さ
 んは私とお母さんをのこして、車にひかれて死んじゃったの。
 お父さんが生きていれば、毎年クリスマスが近づく度に、私はこ
 んなに」
綿谷「私はこんなに? 何?」
初音「なんでもない」
綿谷「私はこんなに、寂しい思いをしないですんだのに?」
初音「違う。私は寂しくない。悲しくもないし、辛くもない」
綿谷「またまた、強がっちゃって」
初音「うるさい。何も知らないくせに勝手なことばかり言わないで」
綿谷「(遮って)知っているよ」
初音「え?」
綿谷「君のお父さんは、サンタクロースだろ」

初音M「私は言葉を失った。私のお父さんがサンタクロースだって
 知っているのは、私とお母さんだけのはず。それなのに、なぜ」

綿谷「なんでお父さんがサンタクロースだっておれが知っているか、
 教えてほしい?」

初音M「彼が何者なのか。どうしてお父さんがサンタクロースであ
 ることを知っているのか。全てを知ってしまうと、私が私じゃ
 なくなる気がして、口をつぐんだ」

綿谷「おれも。サンタクロースなんだよ」
初音「ふざけんな!」

   電車が走る音。

綿谷「そういえば、あの黒猫は元気?」
初音「え? 聞こえない」
綿谷「君がここで拾った、箱の中のにゃんこだよ」

初音M「そうだった。この人に初めて会ったあの日、おさまらない
 胸騒ぎをなんとかしたくて、お酒を飲み過ぎた私は、この踏切の
 下で、シュレディンガーが中にいたダンボールの箱を開けたのだ
 った」

   電車が通り過ぎ、踏切の音がやむ。

初音M「電車が通り過ぎると、あの男の姿はどこにもなかった。
 私は家に向かって走った」

  ドアの開閉音。

母「おかえり」
初音「お母さん! 思い出したよ。シュレディンガーはダンボール
 に入れられて、踏切の下にいたの」
母「まぁ、あんた、踏切に捨てられたのかい」

   猫の鳴き声。

初音「でもね、お母さん、シュレディンガーは生きていたんだよ。
 シュレディンガーは箱のなかに閉じ込められたけど、ちゃんと
 生きていたんだよ」
母「今、冷蔵庫の隙間に頭突っ込んでるけど多分まだ、生きている
 わよ」
初音「おーい、シュレディンガー。生きているかー?」
母「(声色)生きているぞー」
初音「お尻が喋った?」
母「(声色)我輩はシュレディンガー。名前はまだない」
初音「お前はシュレディンガーだろ。すでに名乗っておる」
母「(声色)おい初音よ、よく聞け」
初音「こら、態度がでかいぞ」
母「(声色)生きていてくれて、ありがとう」
初音「え?」

   猫の鳴き声(遠ざかっていく)。

母「一緒に生きてくれて、ありがとう」
初音「お母さん」
母「だからもう頑張らなくても良いの」
初音「ううん。お母さんがいてくれたから私、ちっとも悲しくなか
 ったよ。寂しくなかったよ。辛くなかったよ」
母「初音」

初音M「お母さんはにっこり笑ったけど、どこか少し悲しそうで、
 寂しそうで、辛そうだった」

   昼間のカフェのざわめき。

初音M「私は、あの人がいるレストラン街を避け、3階のカフェで、
 星野さんと待ち合わせした。それでも彼がすぐ近くにいるような
 気がして、胸がざわついた」

星野「初音。こっち、こっち」
初音「星野さん? どうしてサンタの格好をしているの?」
星野「それは初音が見たいって言うから、通販で買ったんだ。
 どう? 似合うかな?」
初音「似合うよ、とっても」
星野「(声色)メリークリスマス。(照れ)なんちゃって」

初音M「実際、星野さんのサンタはよく似合っていた。まるで本物
 のサンタクロースみたいで、思わず『お父さん』と呼びそうにな
 るのを必死にこらえた」

星野「初音、泣いているの?」
初音「え?」
星野「そんな泣くほど喜んでくれるなんて、サンタになった甲斐が
 あったな」
初音「違うの、これは」

星野「でも初めてだよな。いつも気丈な初音が、そんな姿を見せて
 くれたの」

初音M「私は戸惑っていた。涙を流していることもそうだけど、
 決して喜びの涙ではないことに気づいていた。だからといって、
 この感情に名前をつけようとはしなかった」

星野「これ。ちょっと早いけどクリスマスプレゼント」

初音M「星野さんはポケットからリングケースを取り出して、テー
 ブルの上に置いた」

星野「僕と結婚してください」

初音M「私はその小さな小さな箱を手に取った。きっと中には大き
 な愛が詰まっているのだろう。でも私は、どうしてもその箱を
 開けることができなかった」

星野「クリスマスまでに、返事を聞かせてほしい」

初音M「星野さんからプロポーズされて、五日が過ぎた。
 クリスマスまであと、一週間だった」

   デパートのざわめき。

久美「(鼻歌)」
客B「わーこのサンタクロース、マトリョーシカになってる」
客C「カワイイ」
初音「こちらサンタクリョーシカといって、当店のイチオシ商品で
 す」
客B「サンタクリョーシカだって」
客C「ネーミングも素敵」

初音M「サンタクリョーシカは飛ぶように売れた」

老人「このサンタの人形を5個、それぞれクリスマスプレゼント用
 に、ラッピングしてもらえるかの」
初音「はい、喜んで」

   包装紙で箱をラッピングする音。

初音M「プレゼントの箱を開けた人の心が、幸せで満たされること
 を願いながら。私はサンタの人形を一体一体、箱に詰めていった」

老人「ありがとう。孫たちの喜ぶ顔を見るのが楽しみじゃ」
初音「ありがとうございました。ふふっ」
久美「なーに、ニヤニヤしちゃって。星野さん? 綿谷くん?
 どっちのこと考えていたの」
初音「ううん、どちらも。もしかしたら、お父さんもこんな気持ち
 でプレゼントを箱に詰めてたのかもなって」
久美「んん? 初音ちゃんのお父さんって、何やっている人?」
初音「サンタクロースです」
久美「は?」
初音「久美さんは、いくつまでサンタを信じてました?」
久美「今でも信じているけど」
初音「またまた」
久美「私さ、物心つく前に両親を事故で亡くしているの。でもね、
 クリスマスになる度に、サンタがプレゼント持って来てくれて」
初音「まさか」

久美「おかげでクリスマスだけは、寂しい思いしないですんだ。
 (思い出し笑い)あいつ、ちゃんとサンタの仕事してるのかな、
 おっとっと(喋りすぎた)」
初音「久美さん、そのサンタクロースって」

  少年がわんわん泣いている。

久美「何だあれ?」
初音「迷子ですかね」
久美「そりゃ迷子だけど、営業妨害だよね」
初音「サラっとひどいこと言いますね」
久美「初音ちゃんの出番よ」
初音「私ですか?」
久美「サンタクロースの娘なら、子供をあやすなんて余裕、余裕」
初音「そんなこと言って、久美さん子供が苦手なだけじゃん」
久美「なんだと(殺すぞ)」
初音「行って来ます」

   少年に駆け寄る初音。

初音M「私は泣きやまない5歳ぐらいの子供の肩に、そっと手を
 置いた」

裕太「んー?」
初音「ボク、名前は?」
裕太「裕太」
初音「裕太くんは一人で来たの? お母さんは?」
裕太「パパを探しにどこかへ行っちゃった」
初音「じゃあお姉ちゃんと一緒にパパとママを探しに行こうか」
裕太「うん」
綿谷「やめときなよ」
初音「また……なんなの、もう! あなたと話すことなんて何もな
 いから。(裕太に)行こう」
綿谷「ほっとけば良いんだよ、そんなガキ」
初音「何言ってるの! こんな小さな子供をほっとけるわけがない
 じゃない!」
綿谷「あっそ。後悔しても、知らねーから」

初音M「私は裕太くんの手を引っ張って、その場から走り去った。
 彼に会うと心がざわざわして、胸が破裂しそうになる。どれくら
 い走ったのだろう。気がつくと、1階にあるクリスマスツリーの
 下にいた」

裕太「あっ、パパだー」

初音M「裕太くんが私の手から離れた瞬間、ふわりと風にのって
 ドーナツ特有の甘い香りがした。やっぱり、そうだったんだ」

裕太「パパー」
星野「裕太。どうしてここに? 仕事場には来るなって、あれほど
 言っておいたのに」
裕太「ママと一緒にパパに会いに来たの」
星野「(動揺)ママも来ているのか。どこだ、もし誰かに見られで
 もしたら」
初音「星野さん、その子」
星野「(驚愕)初音」

初音M「星野さんの顔を見て、全てを察した」

   階段を上る足音。

初音M「星野さんが結婚していることには、薄々気づいていた。
 付き合って半年になるのに、星野さんの家に招かれたことは一度
 もなかった。嘘をつかれているのは分かっていたけど、私は星野
 さんから離れられなかった」

   階段を上る足音。

星野「待って初音」
初音「仕事に戻らなきゃ」
星野「騙すつもりはなかったんだ。妻とは離婚することが決まって
 いて、裕太、あっ、子供も妻が引き取ることになっている」
初音「ドーナツ屋で働いていたのは、奥さんの方だったんですね」
星野「ああ。僕は広告マンとしてこのデパートのリニューアルを
 任されていたんだ」
初音「へー」
星野「9階のサンタ達も、1階のクリスマスツリーも僕のアイデア
 だけど、仕事上の都合で情報をもらすことは禁じられていて。
 だから」

   立ち止まる足音。

初音「ごめんなさい」
星野「初音は何も悪くないよ。全部、僕のせいで」
初音「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
星野「初音」
初音「クリスマスなんて、(叫ぶ)大っ嫌い!」

   パカッと、リングケースを開ける音。

初音M「私は星野さんからもらった箱を開けた。星野さんには箱を
 返したはずだから、これが夢なのはすぐに分かった。箱を開ける
 と、中にあったのは指輪なんかじゃなくて、膝を抱えてうずくま
 る私だった。箱の中の私が、何かブツブツと呟いていたので、
 手のひらに置いて耳をかたむけた」

初音「(ブツブツ)悲しい寂しい辛い悲しい寂しい辛い悲しい寂し
 い辛い悲しい寂しい辛い悲しい寂しい辛い悲しい寂し」

   ギュッと、握り潰す音。

初音M「私は私を握りつぶした」

   猫の鳴き声。

母「寝るならこたつじゃなくて、布団しきなさい。風邪ひくわよ」

初音M「仕事を休んでから一週間が過ぎた。私はシュレディンガー
 と一緒に、家のこたつでゴロゴロする日々を送っていた」

母「今日も仕事休むの?」
初音「休む」
母「別に良いけど、明日はクリスマスよ」
初音「違う」
母「え?」
初音「明日は、お父さんの命日だよ」

   チーンと、仏壇の鐘の音。

初音M「お父さんが死んでから、クリスマスにケーキを食べていな
 い。ローソクに火が灯るのを見ていない。クリスマスに我が家を
 包んでいたのは、近所の笑い声と、線香の煙だった」

母「初音、ちょっとこれ見て」

初音M「お母さんはタンスの引き出しから、年季の入った古い箱を
 取り出した。青いリボンのついたその小さな箱は、どうしようも
 なく懐かしかった」

母「これ、20年前に初音に渡すはずだったクリスマスプレゼント」
初音「あ」
母「こないだシュレディンガーが口にくわえて持ってきたのよ。
 どこで見つけてきたのかね」
初音「開けても良い?」
母「どうぞ」

   包装紙を外して、箱の蓋を開ける音。

初音「スノードーム」
母「初音、あの頃よく言ってたわよね。早く雪が見たいって」

初音M「丸くて透明なドーム形の容器の中に、東京タワーとクリス
 マスツリーが並んで立っていた。容器を振ると、粉砂糖のような
 雪が、東京タワーの周りを静かに舞った」

母「どう? 気に入った?」
初音「うん。お母さん、心配かけてごめんね。明日から仕事に行く
よ。久美さんにも謝らないと」
母「よし」

初音M「お母さんとシュレディンガーのおかげで、思い出したこと
 があった」

   蝉の声。

初音M「サンタクロースに最後にお願いをしたのは、20年前の夏。
 東京で最高気温39度を観測した、記録破りの暑い夏の日だった」

   鈴の音。

初音M「そりを引くトナカイが、ノスタルジーを感じる真っ青な空
 に向かって駆け上がっていく」

父「初音。振り落とされないように、しっかりしがみついとけよ」
子供の初音「うん」

初音M「この日、生まれて初めてお父さんのそりに乗せてもらった。
 都会の街並みが小さくなるにつれて不安もあったけど、どこまで
 も広がる空を駆けていく爽快感が、私の胸を躍らせた」

父「初音、暑くないか?」
子供の初音「ううん。風が気持ち良い」
父「そうだろ」
子供の初音「でもお父さんは暑いんでしょ」
父「そんなことない」
子供の初音「嘘だ。半袖に短パンの赤いズボンだなんて、そんなの
 サンタじゃない」
父「今日はクリスマスのルート確認だから、夏服で勘弁してくれ」
子供の初音「えー、がっかり」
父「あっ、そうだ初音! 今年のクリスマスプレゼントは、何が
 欲しい?」
子供の初音「何でも良いの?」
父「もちろん。サンタクロースに届けられない物はない」
子供の初音「じゃあ、雪!」
父「雪!?」
子供の初音「ホワイトクリスマスがほしい。東京の空を覆うほどの
 雪をふらせてよ」
父「東京に雪だと!? しかも積もるほどの雪をクリスマスに? 
 それはちょっとなー、みぞれならまだしも」
子供の初音「何でも良いって言ったのに」
父「ああああ、分かった! 任せておけ。約束だ!」
子供の初音「ホント? やったー」
父「(やけくそ)今年の東京のクリスマスは、ホワイトクリスマス
 だぞー!」

初音M「お父さんの嘘つき。ホワイトクリスマスどころか、激しい
 嵐だったじゃない」

   自宅のインターホンが鳴る。

母「(寝起き)はーい。え? 今、何時なのよ? 深夜0時じゃな
 い」
初音「お母さん、私でるよ」

   ドアを開く音。

綿谷「メリークリスマス」

初音M「ドアを開けると、あの男が、岡持ちを持って立っていた。
 綿谷と名乗り、私の前に何度も現れた彼は、いつものコック姿で
 はなく、赤い帽子に赤い服、太いベルトを腰に巻いたサンタクロ
 ースの格好をしていた」

綿谷「葵初音さん。あなた宛のクリスマスプレゼントをお届けに参
 りました」

初音M「彼はワケの分からないことを言って、岡持ちを玄関に置い
 た」

綿谷「早くその箱を開けてよ。別に中はラーメンじゃないから、
 麺が伸びたりとかはしないけどさ」
初音「こんな時間に、何の用?」
綿谷「だから葵初音あてに、クリスマスプレゼントを持ってきたん
 だって」
初音「また、おかしなことを。帰って」
綿谷「あー何て言えば良いのかな」
初音「サンタの格好までして、私を笑いにきたんでしょ?」
綿谷「何でそうなるかな」
初音「私がクリスマスを嫌いなこと知ってるよね?」
綿谷「このサンタの制服のこと言ってんの? だっておれ、前にも
 言ったけどこっちが本職だし。中華屋はただのバイトだから」
初音「星野さんに奥さんや子供がいることも、あなたは知っていた
 んでしょ?」
綿谷「まぁ」
初音「どうして私に付きまとうのよ」
綿谷「それは、もう分かってんだろ。ラブだって」
初音「私のお父さんがサンタクロースだって言ったことと、
 何か関係があるの?」
綿谷「あー、そうだよ。君のお父さんに頼まれた」
初音「は?」
綿谷「だから、君のお父さんに頼まれたの。娘にクリスマスプレゼ
 ントを届けてくれって」
初音「最悪」
綿谷「え?」
初音「お父さんの命日に、そんな嘘つくなんて、最低な人」
綿谷「嘘じゃないよ。あの日、何が起こったのか、全部話すからさ」
初音「いらない。帰って!」
綿谷「いいから話を聞けって」
初音「ドアから手を離して、不法侵入!」
綿谷「痛い、痛い、痛い、痛い、手、手、手はさんでるっ!」
母「初音、こんな時間に大声出して。ご近所さんに迷惑よ」
初音「大声だしているのは、このナルシストだから! お母さん! 
 早く、警察に電話して!」
綿谷(オフ)「なにー!? て、てめぇ、だれがナルシストだ」
母「警察って。あれっ、もしかして綿谷くんじゃない?」
初音「ええ!? この人のこと知ってるの?」
綿谷「(あ、痛てててて)ご無沙汰しております」
母「あらあら。大きくなったわね」
綿谷「配達に遅れてしまい、大変申し訳ありません!」
初音「どういうこと? あっ、シュレディンガー!? だめ!」

   猫の鳴き声。

初音M「ドアの隙間から、シュレディンガーが外へ出てしまった。
 私はシュレディンガーを追って、靴下のまま家を飛び出した」

   ハァハァと、猫を探す息づかい。

初音「シュレディンガー、シュレディンガー」
綿谷「危ない!」
初音「え?」

   車の急ブレーキ音。

初音M「車に引かれたと思った次の瞬間、誰かが私の手をつかんだ。
 車のヘッドライトがまぶしくて、確信はもてないけど。車よりも
 速くて軽快に走るトナカイの姿が見えた気がした」

   鈴の音。

初音M「パッと目を開けたら、満天の星空が飛び込んできた。毛布
 の端をつかんで起き上がると、前髪がサンタクロースの背中に
 触れた。信じられないことだけど、私は、夜空を走るそりの上に
 いたのだ」

綿谷「お? やっと目を覚ましたか?」
初音「お父さん?」
綿谷「残念だけど、中華料理屋のバイトです」
初音「なんであなたが?」
綿谷「だからおれ、サンタクロースなの」
初音「嘘でしょ?」
綿谷「嘘か本当かは、一目瞭然だろ」

初音M「確かに一目瞭然だった。私たちを乗せたそりから、全長6
 34メートルといわれる東京スカイツリーのイルミネーションが
 見渡せたのだ」

綿谷「まぁ。サンタクロースと言っても、まだまだ新米だから、
 やれることが限られちゃっているけど」
初音「サンタにも新米とかあるの?」
綿谷「そりゃあるよ。一人前と認められるまでは、子供たちにプレ
 ゼントを配達できないしね。でも君のお父さんは優秀なサンタだ
 って、師匠から何度も聞いたなー」
初音「優秀なサンタクロースがクリスマスに命を落とすなんて、
 皮肉な話」
綿谷「そうじゃないんだ」
初音「え?」
綿谷「20年前。クリスマス・イヴの夜に、おれは住んでいた養護
 施設をぬけだして、自分を捨てた母親に会いに行った」
初音「うん」
綿谷「でも母親と一緒に暮らしていた家は、もうなかった。孤独と
 不安に襲われたおれは、一歩も動けなくなって、膝を抱えてうず
 くまった。そしたら突然、飲酒運転の車が突っ込んできやがった」
初音「うん」
綿谷「気がつくと、おれはトナカイが引くそりの上にいた。車にひ
 かれそうなおれを、命に代えて助けてくれたのがサンタクロース。
 それが、君のお父さんだ。でもその時に、お父さんは……」
初音「お父さんが」
綿谷「サンタクロースはさ、おれにとってのヒーローなんだよ。
 それなのに、ごめん」
初音「え?」
綿谷「結果的に、君からお父さんを奪った。謝ってすむことじゃな
 いけど」
初音「さっき車にひかれそうな私をそりに引き上げて助けてくれた
 の、綿谷くんよね」
綿谷「まぁ」
初音「それならサンタクロースは、私にとってもヒーローだよ」
綿谷「そんなんで……初音は納得できないだろ?」
初音「ううん……それで良いって、思い込むから。大丈夫」
綿谷「そっか。分かった。いや、分かんねーよ、それ。だって、
 お父さんは、君のことを、本当に」

   猫の鳴き声。

初音「あーシュレディンガー! 毛布の中に隠れていたの。もう、
 あんたのせいで死ぬところだったんだからね」

   猫の鳴き声。

初音「こいつ、全然反省してないな。お仕置きしてやる。あっ、
 こら、待て」

   ゴン!っと、頭を岡持ちにぶつける。

初音「イタイ!」
綿谷「おい、大丈夫かよ?」
初音「岡持ちに頭ぶつけた。だいたい、なんでそりの上に岡持ちが
 あるのよ」
綿谷「その箱の中に、奇跡を詰めたからさ」
初音「奇跡? この前も言っていたけど、奇跡って、何なの?」
綿谷「蓋をスライドして、箱を開けてみな」
初音「え、私が開けて良いの?」
綿谷「もちろん。お父さんから君への20年ごしのクリスマスプレ
 ゼント」

初音M「私は、恐る恐る箱を開けた」

   岡持ちの蓋をスライドさせる音。
   ビックリ箱を開けたような効果音。

初音M「箱の中から、虹色の光が四方八方に飛んでオーロラが現れ
 た。オーロラと雲の隙間から、花びらのような大きくて白い雪が、
 ひらひらと舞い落ちていく」

   しんしんと降る雪。

初音M「あっという間に、辺り一面に雪景色が広がった。それから
 雪の純白で、空が銀色に輝きはじめた。突如、真夜中の都会に出
 現した幻想的な光景に、私の目からボロボロと涙がこぼれ落ちた」

綿谷「本当はすぐにでも君に箱を届けたかったんだけど、サンタク
 ロースになるのに、それから奇跡を箱に詰めるのに、20年もか
 かっちゃったよ……」

初音「ううん、ありがとう。だけど……」
綿谷「だけど……?」

初音M「だけど私はもう、自分の思いに嘘をつくことが、できそう
 になかった」

   例えば風船の破裂音。

初音M「心の奥底にしまっていた箱が、破裂した」

初音「私、本当はお父さんが死んで、泣きたいぐらい悲しかったん
 だよ!」
綿谷「うん」
初音「叫びたいぐらい寂しかったんだよ!」
綿谷「うん」
初音「死にたくなるほど辛い夜もあったんだよ!」
綿谷「うん」
初音「それなのに……それなのにだよ。さっき車にひかれそうに
 なった時、思ったことがあるの」
綿谷「なに?」
初音「私、生きたい。たとえこの世界にお父さんがいなかったとし
ても、私……生きたい」
綿谷「(安堵)良かった」
初音「だから言わなきゃ。お父さんに、ちゃんとお別れしないと」
綿谷「あぁ。思いっきり、いけ」

   「シャン!」と、一回大きく鈴を鳴らす。

初音「お父さん! メリークリスマス!」


   クリスマスソングが流れる。  

〈了〉

「サンタクロースの箱」(PDFファイル:536.77 KB)
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